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はてなキーワード:認識とは

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2025-12-17

百合百合好きだけにウケても商業的に難しい~百合資本主義

百合好きにウケても売れはしないという発言は残念ながら、これはかなり正しい。

そして、それを否定する限り百合は売れない。

であればどうすれば百合作品が売れるのか、作り手側・売り手側の視点から考えた。

ただ少なくとも百合自体否定したいわけではなく、私としては百合商業価値を信じたいと思っている。

 

まず百合作品を世に出すという行為が、商業行為であるという認識を持たないといけない。

少なくとも商業作品である以上、「百合から仕方ない」という言い訳が許されるフェーズはもう終わっている。

 

まず漫画小説出版アニメ化は全て商業行為であり、資本主義行為であると言える。

雑に言うと、出版も他の私企業と同じ、資本主義的な投資回収モデルで動いている。

その前提に立った時に、ファンタジーだろうが、アクションだろうが、百合だろうが、

作家としては売れる作品提供しなければ、その作品は連載継続が出来ない。

 

では、消費者が支払った対価以上の価値があると思える作品提供し続ければ売れるのかというと、決してそんなことはない。

 

市場にはパイ存在するからだ。

仮にパイを取り切り、それでもなおROIが0を下回るような場合、その市場単体には投資価値がない。

それだったら、その分のリソースを他ジャンルに回したほうが合理的だ。

 

そして個人的にはすでに百合好き、

特に熱狂的な「百合から」という理由だけで購入してくれる層はほぼ取り切り、

今後は微増傾向になるのではないかと思う。

 

もちろん昨今百合知名度は上昇した。

それにより潜在的顕在百合好きの母数も増えたと言え、

yuriという単語自体英単語としての意味を持つようになったという事実がある。

10年、20年前と比較して、ROIとしては一応プラスに転じるようになっただろう。

 

ただそれでもなお、事業として赤が出ないだけであり、

投資案件として見た場合とても百合からという理由だけでプッシュできるほどジャンルとして強くはない。

 

となると現状百合には二つの選択肢がある、

既存パイからさら利益という樹液を搾り取るのか、

もしくは何らかの方法パイを広げるのか。

 

個人的には後者現実的だと考える。

技術的には円盤商法・特典商法・多重購入文化等、

パイの規模を維持したまま一人当たりの平均使用金額一時的に上昇させることは可能だ。

ただし、個人可処分所得には限度があり、

外圧により継続的に分不相応可処分所得作成することが不可能である

従って、この策は結果的市場の縮小という結果を招くと言える。

 

となると後者の方が合理性がある。

まり百合市場を拡大するためには、「百合から買う層」に依存するのではなく、

百合でも買う層」「気づいたら百合だった層」を商業的に取り込む必要がある。

では、どうすれば「百合でも買う層」「気づいたら百合だった層」を取り込めるのか。

 

そのためには一旦百合を捨てよう。

 

わかる、百合作品を売るのに百合を捨てろとはどういうことだと。

文句を言いたくなるのは非常にわかるが、少し待ってほしい。あとで拾うから

 

何も非百合作品を売れと言っているわけではない。

その作品から百合という要素を抜いた時に、それでも面白く、

それでもって百合という要素がないと破綻するような作品を書けばいいわけだ。

この構造百合作品に限らず、多くのヒット作で確認できる。

 

例えば名探偵コナン、あれは推理漫画ではあるが、

同時に一部幼なじみによる恋愛的側面や、黒の組織との対決という純少年漫画的要素も持っている。

そこで仮に工藤新一毛利蘭がおらず、

引きこもり陰キャが一人で遊園地に行ったところ黒の組織に遭遇し、身体が縮んでしまったとしよう。

そんな彼が強く元の姿に戻ることを望むだろうか?

否、戻る理由存在しない。

 

蘭がいるかコナン工藤新一に戻る必要があり、戻る必要があるから黒の組織と対決する。

そして読者はそこに期待をし、読み始め、結果として推理パートも楽しんで読むのである

 

これからもわかる通り、百合作品において重要なのは百合を主軸に据えること」ではなく、

百合がなければ成立しない構造を、百合以外の魅力で包み込むこと」だ。

比較マイナーミステリで読まれる続けるために組織との対決があるように、

同じくマイナー百合を読み続けるためのインセンティブを売り手側が設計し、読者に提供しなければならない。

 

ではここで、どのような設計であれば売れるのかという問題が発生している。

先に言うと、一般化できるような解決策は存在しない。

というか出版社は物語を売るということに特化した企業なのだから、知っていたらすでに自社の利益のために使っている。

ただここまで話してきてそんなもの知りませんじゃ、ここまで読んでくれた方は納得しないだろう。

 

ここからは、百合作品設計するうえでの具体的なリスク要因について触れる。

つのアイデアとして言うのであれば、

少なくとも純粋恋愛を前面に出すのはリスクが大きいということだ。

もちろん百合とは狭義には女性同士の恋愛を含むはずだが、

果たして恋愛を出さな百合百合なのかという指摘があるのは理解している。

そして恋愛リスクと言うのであれば

わたし恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)」はどうなるのか?という反論もあるだろう。

 

まず一つずつ処理をしていこう。

 

恋愛を出さな百合百合なのか」:これに関しては百合定義が厳密すぎないか

個人的には恋愛に限らず広義の女性同士の関係百合として定義してしまっていいのではないかと思う。

それこそ友情であり、敵対であり、憎悪も含め、

女性女性に対して比較的強い感情を向けることを百合とすることで、

マーケット的にも百合パイが広がるという恩恵がある。

そして広がったことにより、ファンタジーが、王道ファンタジー、ダークファンタジー異世界ファンタジー、などのように

分化しているのに習って、百合自体も細分化させればいい。

 

さて、次にわたなれだが、これに関して私が考えるのはゲートウェイとして機能したのは恋愛面ではなくコメディ面ではないかという点だ。

コメディという点から見ると、「魔法少女にあこがれて」も言えるだろう、

もちろんこちらは若干のエロ売りも入ってるわけだが、それを加えても、どちらも百合要素はあるが、それだけに留まっていないのである

 

 

結局のところ百合作品を売るために必要なのは百合を強調することではない。

百合でなければ成立しない感情構造を、百合以外の魅力で読者の前に差し出す設計なのだ

そして、作者や出版社は百合以外の魅力を読者の前に差し出すことを恐れる必要はない。

なぜなら制作者は読者を楽しませ、その対価をいただくことで、出資者還元するという役目を果たさなければならないのだから

Permalink |記事への反応(0) | 00:57

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anond:20251216151625

タブーなら一つでもありゃ多いって考えも成り立つよ。タブーなんだから一つもないのが当然って認識

Permalink |記事への反応(0) | 00:54

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2025-12-16

フィクション現実区別をつけろって言われてもそもそもこれってどうも抽象的な指摘な訳でどういう状態区別がついていないと言える状態で(たとえば区別がついてるからこその言動だって認識自分にあることが多い)どうすればそれが直ったとされたことになるのか教えてくれるやつ皆無だから現状維持を続けるしかないんだよな

Permalink |記事への反応(0) | 21:38

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anond:20251216212639

ほんとこういうクソテンプレいい加減にしろ

ハンコ過ぎなんだよ

ゴミ

Permalink |記事への反応(0) | 21:36

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消費者は「AI使用」に何を期待しているか

一部の人が大好きな農作物場合

理由は完全に農薬が0と消費者が誤認するため。

生産者栽培間中農薬を使っていなくても、近隣からの飛散や土壌・水源から残留可能性があり、「一切の農薬使用」を保証できないため

有機栽培化学農薬を使うのはNGだけれど、JAS規格で使用可能肥料OKでその肥料原材料(稲藁など)は化学農薬使用して育てた植物でもOK

日本農業構造上、完全にオーガニック飼料だけで育った家畜の糞や、無農薬の稲わらだけで肥料を賄うのは現実的に困難であるため、間接的に流入する可能性は許容されている。

特定農薬使用してOK

残留農薬や近隣の畑から農薬が飛んで混入することは否定しない。


もし消費者が「無農薬レベルで「AI使用」を期待している場合

農薬場合農薬使用」(どこかに農薬使用とは農薬栽培間中使用であることの説明必要)は農薬が含まれている可能性はOKだけれど、

食品添加物の不使用表示に関するガイドラインにあるNG類型

類型9:加工助剤、キャリーオーバーとして使用されている(又は使用されていないことが確認できない)食品への表示

にあるように 「不使用表記でも消費者は「含まれていない」事を期待しうる。

フォントやブラシ素材がAI製じゃねーか。


AI使用」とはどのレベルなの?

ポン出しやそれのちょっとした改変がNGなのは万人が納得いくと思う。

じゃあ、自分が描いた絵をi2iするのは?

写真をi2iするのは?

AIが出力した絵を見て描くのは?

(あるいはコンタミネーション

上記NGならiPhone等で撮影した写真AIがi2iした画像を出力しているので、それを資料にするとアウトになる。

AIとは関係なしに「無意識依拠」というものがある。

過去に見聞きした作品無意識のうちにパクってしま行為。これは本人はパクったつもりが無くても、著作権法違反になる。

AIが出力した絵を見て描くのがNGなら、いちどでもAI作品を見たなら「無意識依拠」してしま可能性がある。(過去にみたAI作品著作物性が有り)の作品類似してしまうと著作権法違反となる。これはまさに、AIが出力した画像をみて描いたと同じ結果)

本当に大丈夫

間接的な利用はOKなん?

利用しているアプリAIで作られていた場合。それはOKなん?LinuxWindowsにも生成されたコードは含まれてるけれどOKなん?



AI使用」を謳うより先に「AI使用」とは何かを決めるべきでは?

AI使用しない事ではなくどこまでAI使用してよいかを決めるということ。





余談。

食品添加物の不使用表示に関するガイドラインのほかの類型に以下のものがある。

類型6:健康安全と関連付ける表示

実際のものより優良又は有利であると誤認させるおそれがある

類型健康安全以外と関連付ける表示

無添加あるいは不使用健康安全以外の用語(おいしさ、

賞味期限及び消費期限食品添加物用途等)と関連付けている表示をいう。

ようするに優良又は有利である認識させる利用。

この目的で「AI使用」を使うの?

手作り」は現在法律で何も規定されていない。

優良又は有利である認識させる期待で付けるのが殆んどだろう。

完全機械で作っても手作りOK不正競争防止法等でNGになる場合はある)

完全機械でも手作り「風」ならもっとOK

手作り」的な立場で「AI使用」を使用するん?

それとも「農薬栽培間中使用」や「食品添加物の不使用」的な立場で「AI使用」を使用するん?

Permalink |記事への反応(1) | 21:16

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恋人が欲しい、結婚したい人へ

「君が欲しいのは『恋人』『配偶者』であって、目の前にいる『一人の人間』じゃないよね??」

最近婚活垢をよく見かける度に思っていた事を吐き出させて頂く

当方スペックとしては

女、20代恋人持ち

数年前にマッチングアプリで一通り遊び尽くし、何人もの男とメッセージ上でやりとりをし、週1-3人の男と会っていた

100%ヤリモクというよりかは、楽しく遊んで良い雰囲気になればヤるし、ならなくても楽しければヤリナシで男友達として仲良くするし、上手く行けば恋人を手に入れようくらいのスタンスでやっていた

ちなみに、当時はかなり若く痩せていたので、市場の中では比較的選び放題の立場だったと言えるだろう(とはいえイケメンハイスペは全然手が届かないが)

そんな私が当時、絶対メッセージの段階で切っていた男の特徴を伝える

それは何より、小手先モテテクニック(笑)を使う奴

もちろん大前提として、本人なりに色々調べて努力して女性に魅力的に映ろうとしているのは十分伝わっているし、よく頑張ってると思う

けれど、残念ながら『女性』によく見られたいだけであって『私』と仲良くなりたい訳ではないのが露骨に伝わってしまっている

あくまで私調べだが、そもそもモテテクニックを使う人は目の前の人間とのコミュニケーションが上手く出来ていない

それは相手を『女性』という自分認識やすい型に当て嵌めてしまっているからだ

例えば、そういう人間は、ホリデーシーズンは意中の女性イルミネーションデートやお洒落なディナーを予約して連れて行けばいいと思考停止しがちだ

もちろん、それを喜んで楽しみにしてくれる女性も沢山居るには居るだろう

けれど、今やりとりしている目の前の人が本当にそれを望んでいるのか一度胸に手を当てて考えてみて欲しい

その人は、人混みが嫌いだったりしない?

こんな寒い時期の休みの日に外を出歩くのが嫌いだったりしない?

堅苦しい高級レストランよりも、もう少しランクを落としたレストランや家でのんびり食べる方が好きだったりしない?

そういった相手の好みを日常的に汲み取って尊重出来るかがカギなのだ

そして、今、自分相手尊重出来ている!周りの男とは違うぞ!とほくそ笑んだりしていないだろうか

本当に申し訳ないが、君は熟練モテテクニック(笑)をお持ちなだけの同類

本当に目の前の人間を大切に出来ているならば、最初に思うことは「次のデート、あの人は本当に楽しみにしてくれているかな?」だ

ちなみに、これは男性に限った話ではない

ただ「恋人」が欲しいだけの女性全然居る

そういう人とモテテクニックマンマッチングして数少ない彼らの成功例になっていくのだろうと分析している

そして、お互いがお互いをわかりやすい型に嵌めたまま関係が進展していき、結婚出産育児といった各ステージの何処かで高確率破綻するのだろう

結婚」をしたかっただけで夫婦生活育児をしたかった訳ではないな…と

Permalink |記事への反応(0) | 21:07

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かもめ食堂ムーミンマリメッコとわかりやす世界ランキングで、勝手にうっかりやや神聖化してたけど、そんなことはなかった。

そりゃそうですよねという思いと、そんなことより超認識甘々なだけだったという結末。

いやー、植え付けられたポジティブ偏見危険だよなぁ。

Permalink |記事への反応(0) | 18:01

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30代前半男による女オタク世代観察

初音ミク結婚した男性に似ている30代男性オタクです。

中学の頃からジャンプ感想を言い合うオタクグループにおり、「オイィイイイイ!」とツッコミを入れる新八腐をリアルタイム経験してきました。

宮崎勤事件から時間が経っていたからかオタクへの差別特に経験しておらず、一軍から攻撃を受けることもなく男女混合の陰キャグループでデュフデュフと生きてきました。

妻が「ソシャゲもあまりやらなかったし、もうVTuber界隈に全くついていけない。オタクとか女オタクと括られても、最近オタク女の子たちはもうよく分からない」と言っていたので、なんとなく自分認識範囲をまとめてみました。

 

第一期:紙媒体即売会期(1975~1994年頃)ど真ん中世代の現在の年齢は50歳前後

技術基盤:個人での紙同人誌出版が唯一の発表手段コミックマーケット1975年12月21日に開始し、1980年代後半に『キャプテン翼』(1981~1988年連載)の二次創作やおい/BL同人誌の隆盛を牽引。

文化的特徴:印刷製本搬入という高いハードルがあり、参入できるのは相応の熱量資金を持つ層に限られた。このため「女性オタク腐女子BL愛好者)」という等式がほぼ成立し、男女カップリング相対的に影が薄い状態だった。

世代象徴する代表的IPキャプテン翼聖闘士星矢機動戦士ガンダム

 

第二期:個人サイト期(1995~2005年頃)ど真ん中世代の現在の年齢は30代後半

技術基盤:インターネット普及により個人サイトでの創作発表が可能になった。夢小説1995年からネット上で確認され、cookie/JavaScriptによる名前変換技術が読者参加型創作を加速させた。

文化的特徴:Web公開により印刷コスト遠征コストといった参入障壁が下がり、これまで存在感が薄かった男女カップリング愛好者と夢女子可視化された。

世代象徴する代表的IPテニスの王子様NARUTO鋼の錬金術師

 

第三期:SNSプラットフォーム期(20062014年頃)ど真ん中世代の現在の年齢は30歳前後

技術基盤:Twitter20063月誕生)、pixiv2007年9月開始)により、個人サイトを構築せずとも作品投稿交流可能に。

文化的特徴:投稿プラットフォームの整備で創作交流の敷居がさらに低下し、BL・男女カプ・夢小説それぞれのコミュニティが並立。

ただしキャプテン翼の頃から変わらず「少年向け原作女性が消費」の構図は継続し、竜崎桜乃テニスの王子様)や井上織姫BLEACH)など原作ヒロインへの批判的言説が続く。

世代象徴する代表的IP銀魂家庭教師ヒットマンREBORN!黒子のバスケ

 

第四期:スマホ女性向けIP期(2015年現在)ど真ん中世代の現在の年齢は20代

技術基盤:スマートフォン普及とアプリストアの成熟により、ブラウザ/アプリゲーム日常接触メディアになる。『刀剣乱舞ONLINE』(2015年1月)、『あんさんぶるスターズ!』(2015年4月28日)など女性向けイケメンIPが相次いで登場。さら2018年頃にはVTuber配信プラットフォーム側でカテゴリ化され、ドルオタ文化ジャニーズK-POP)との融合が進む。

文化的特徴:最初から女性ターゲット設計されたイケメンIPが充実し、「少年向け原作女性が消費」をやらなくてもよくなった。そもそも作品女性キャラ存在しないことにより、女性キャラ叩きが発生しなくなった。男性配信者・男性VTuberへのガチ恋ナマモノ実在人物二次創作など半生(半ナマ領域が拡大し、ジャニオタK-POPオタといったドルオタ文化女性向け二次元オタク文化境界曖昧に。多様な推しスタイルが並立する状況となった。

世代象徴する代表的IP刀剣乱舞あんさんぶるスターズ!ヒプノシスマイクディズニーツイステッドワンダーランドにじさんじ

 

第一期と第二期の間がかなり飛んでますね。世代的に第一期の認識曖昧で、よくわかっておらず。キャプテン翼BL同人誌編集者に怒られた件しか把握していなかったりします。

多分、30代についての認識が一番濃い。リアルタイムに女オタクから話を聞いていたので。あと普通感想に割り込むようにして桜乃や織姫、その他の女キャラへの叩きが書き込まれていたのは自分自身の不快記憶でもある。

第四期については、これまたかなり広い領域をひとまとめにしてしまっている。ソシャゲ期と配信期に分けても良かったかもしれない。

あと妻の話によると、自分たち世代は「架空ホモに興奮するキショキショオタクのウチら」という自虐ムーブが染みついているが、近年は腐女子ではなく「Shipper」を自称してポリコレ準拠文化的趣味としてBLを嗜もうとする出羽守性を持ったBL好き勢力結構な勢いで台頭しており、自虐ムーブはいにしえのオタクの振る舞いなので批判対象である、そうだ。この辺りもSNS海外と繋がることにより文化面での影響があったということなのかもしれない。

世代当事者的な意見、あるいはもっと世代が上の人、下の人から解像度が高い意見を聞いてみたいものだ。

Permalink |記事への反応(2) | 16:35

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残業多いやつもっと監視したほうがいいぞ

管理職って残業減ってからあん管理してない人も増えたけど

そこで異常に残業重ねてるやつおかしいか監視したほうがいいぞ

一人だけ突出して残業時間が多いやつは

1,みんなに仕事押し付けられている

2,仕事ができない

3,日中無駄なことをしてる

だいたいこの三択なのだが、役職は大体「残業頑張ってるなぁ」で片付ける

3はとくにうるさいやつが注意で「仕事の話だと言って全員の作業ストップさせる」やつだったりする

全員の残業時間を増幅させてる要因だったりする

1回面談して「てめぇの感覚で人の作業を止めてはいけないよ」と言ってあげないと「自分仕事をしている」「自分は誰よりも残業をしている」「自分は誰よりも働いている」と無能は思ってしま

本当にこういうやつは無自覚無能なのでさっさと対処したほうがいい

仕事、結局もくもくとやるのが正解

もっとこの認識広まってくれ。残業するやつはトイレ携帯触ってんだ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:34

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anond:20251216115748

日本人認識とは

東京清潔感がある

地方清潔感がない

である

Permalink |記事への反応(0) | 12:04

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ブロック相手にバレるし人によっては逆ギレを誘発する、時代ミュー

ブロックすると「攻撃された!」「コイツは俺に喧嘩売った」と認識する少し頭のよろしくない方々がX(ツイッター)に生息しているので

不快ものとかやかましものを見たくないときミュートの方がいい

ミュートは相手にバレないからね

Permalink |記事への反応(1) | 10:59

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anond:20251216102757

この件で一番引っかかるのは、当初は同じ目的を共有していたはずの人たちが、なぜ途中から決定的に対立し、さらには録音や公開、記事化といった強い手段にまで踏み込んだのかという点だ。

一般論として、完全な敵同士よりも、元味方同士の方が深刻な対立に発展しやすい。目的が近く、関係性も近かった分だけ、期待や信頼が裏切られたと感じたとき反動が大きいからだ。社会的意義を持つテーマであればあるほど、感情的な衝突は激しくなりやすい。

まず考えられるのは、映画化を巡る主導権や表現方針対立だ。ドキュメンタリー告発性のある作品では、誰の視点で、どこまで踏み込み、何を強調するのかが極めて重要になる。制作者側は作品としての完成度やメッセージ性を重視する一方、当事者側は自分経験尊厳がどう扱われるかに強いこだわりを持つ。ここにズレが生じるのは珍しいことではない。

次に、金銭権利問題現実的な要因として考えられる。制作費の扱い、著作権肖像権、将来的な収益配分などは、最初理念信頼関係曖昧にされがちだが、話が具体化するにつれて避けられない問題になる。ここで不信感が生まれれば、関係が急速に悪化するのは自然な流れだ。

さら重要なのは対立に至った側が、結果的当事者にとって極めて不利になり得る情報場合によってはセカンドレイプと受け取られかねない内容まで記事や記録として公にしている点だ。これは単なる意見の違いや感情的な行き違いのレベルを超えているように見える。

もし最初から敵対関係であれば、相手に不利な材料を出すこと自体理解できる。しかし、元々は支援や協力の立場にいた人間が、相手尊厳を傷つけかねない情報まで出す判断に至るというのは、相当深刻な決裂があったと考えるのが自然だ。そこには、裏切られたという感覚、あるいは自分たちの正当性社会的証明しなければならないという強迫観念があった可能性もある。

この段階になると、録音や公開は単なる証拠保全ではなく、相手との関係が完全に破綻したことの表明に近い意味を持つ。つまり、味方ではなくなったどころか、もはや敵として認識するに至った経緯があったのではないか、という疑問が生じる。

重要なのは、こうした構造的な可能性を指摘することが、性被害の訴えそのもの否定することとは別だという点だ。被害の有無や深刻さと、支援者や制作者との関係が崩れた理由は、切り分けて考えなければならない。

しか現実には、この二つはしばしば混同される。内部対立不和の背景を考察しただけで、被害を疑っている、被害者を攻撃していると受け取られてしま空気がある。その結果、なぜ元味方がここまで強硬な行動に出たのかという核心部分が検討されないままになる。

しろセカンドレイプと受け取られかねないリスク承知の上で情報を公開する判断がなぜ下されたのか、その異常さを含めて考えることこそが重要だと思う。そこには理念だけでは説明できない、人間関係破綻利害対立感情もつれがあった可能性が高い。

結局のところ、この問題で問うべきなのは、誰が絶対的に正しいかという単純な話ではない。なぜ関係がここまでこじれ、取り返しのつかない形で対立が表面化したのか。その過程を冷静に検討することを許さな空気こそが、問題本質を見えにくくしているように思える。

Permalink |記事への反応(1) | 10:40

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晴海フラッグに住んでみた感想

晴海フラッグに越してしばらく経つ。

数十年生きて住む街を何度も変えたけど、ここまで毎日新鮮な犬のクソにお目にかかる街は初めて。1つや2つどころの話ではない。特定街区に限った話でもなく、当然のようにあちこちに落ちている。外清掃の職員がいるようだが、落ち葉を端に避けるくらいでゴミを拾うことがなければクソも当然拾わない。そのうちゴミとクソの地層ができる。

路上ゴミも酷い。ポケットから飴のゴミが落ちました、のレベルじゃない。煎餅の外包装とか菓子パーティーの形跡がそのままベンチに放置してあるとか、スケールが違う。人生で一度もポイ捨てしたことがないので理解できない価値観人間生活圏が同じであることに恐怖すら覚える。

バス停の植樹帯に刺さった日替わりのゴミを観察してから通勤するのが日課になった。

タワー棟ができてsnsにはラウンジから夜景が上がるようになったが、ラウンジキックボードを乗りこなすキッズと注意しない親の集会所と化していますので。

白タク民泊が無くなる気配もない。良心のある住民通報し続けてくれても解決しない。そのうちイタチごっこから泣き寝入り収束するだろうね。

ちゃんポイ捨てするタバコ火事さえ起きなければ僕はそれでいいです。

みんな大好き晴海フラッグは当初からネガキャンが多くて買えなかった人たちの妬みだと思っていた。

でも誇張したネガではなく事実だったし、一般的住宅地では考えられない無法地帯だという世間認識は正しい。

今朝オープンチャットで、車寄せに駐車している運転手立ちションをしていたという目撃情報が寄せられて朝からネタに困らない。

買い手がつくうちに売り抜けたいのでこの投稿晴海フラッグ検討する人に読まれませんように。

Permalink |記事への反応(0) | 09:38

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anond:20251216090737

嫌われてるのか認識されてないのかどっちかにせえよ

Permalink |記事への反応(0) | 09:18

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たぶんみんなどっかで差別はしている

フィンランドのおえらいさんが吊り目ジェスチャーをしたらしい。

その行為に「アジア人差別」の文脈が乗っかっていることは理解している。

でもたぶん、フィンランドのおえらいさんはそこんところが意識化されていないように感じる。

日本人も、肌を真っ黒に塗ったお笑い芸人が笑いを取るネタを四十年ぐらい前はやってた。

その行為に「黒人差別」の文脈が乗っかっているということを、当時は理解していなかった。

突然海の向こうの遠くの国の誰かさんが、「それは黒人差別という文脈があるんだよ」と言うから、そういうことになったように思う。

高い鼻をつけるお笑い芸人もいた。その行為に「白人差別」の文脈が乗っかっているってことも、海の向こうの遠くの国の誰かさんが言ってたから、そうなった。

差別をしようと思って意識的に差別をする人は、流石に見たことない。たいていそういう行為は、「ウチら」の中では表現として認められてる。

でも、「ウチらの外」は表現として認めていなくて、それを差別意識している。つまり差別定義するのは被害者側なんだなと思う。

たぶんみんなどっかで差別はしている。誰かがそう認識してないだけで、みんな失礼なことしてる。

その失礼なところを、「ウチらの外」から指摘されたら、少なくとも「ウチら」以外のところではやめたほうがいい。めんどくさいことになるから

フィンランドの件は、そういうところで面倒なことになってるなぁ、って、あったかお茶飲みながら、対岸の火事みたいな感じで見つめてる。

Permalink |記事への反応(1) | 09:00

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💻貴殿SIer批判に対する反論

中小SIer入社されて感じられた率直な感想や疑問点、そして業界に対する鋭い批判、大変興味深く拝見いたしました。特に、「技術が軽視されている」「人月商売構造」「SE/PGの分業」といった点に関するご意見は、まさに私ども顧客企業が日々、SIerとの取引の中で肌で感じ、時には課題として認識している部分でもあります

しかしながら、貴殿文章には、Web企業比較した際のSIer価値や、顧客企業側のニーズに対する理解が一部不足しているように見受けられます顧客企業立場から貴殿のいくつかのご批判に対して反論させていただきます

1. 「人月商売」の横行は、顧客側の「リスク回避」と「変動費化」のニーズの表れ

貴殿は、SIerが「プログラムが書ける人」を自社サービスに使わず「人に貸して金取る」のは戦略的に間違っていると指摘されていますWeb企業が自社の「武器」を理解しているという点も理解できますが、SIerの「人月商売」が横行する最大の理由は、顧客企業側の根強いニーズにあります

大規模システムの実現:

Webサービスのような単一製品ではなく、金融製造物流など、複雑かつ大規模な基幹システムを構築するには、一時的に数百人規模の専門的なマンパワー必要になります

リスクコスト変動費化:

顧客企業は、開発ピークが過ぎた後、大量のIT人材を社内に抱え続けるリスクを避けたいと考えます必要な時に必要スキルを持った人材スポット調達変動費化)できるSIerビジネスモデルは、極めて合理的です。

プログラムの複製可能性」の限界:

貴殿プログラムの複製可能性に言及されていますが、私どもが求めているのは、パッケージソフトではなく、企業業務フロールールに完全に合わせた、オーダーメイドの「複雑な業務システム」です。この「業務への深い理解」と「それを実現するカスタマイズ」こそがSIer提供価値であり、Web企業とは根本的に異なります

2. 「SE/PGの分業」は、「専門性」と「品質管理」のために必要不可欠

貴殿SEシステムエンジニア)とPGプログラマー)の分業に強い違和感を覚えているようですが、これは「単価」のためだけでなく、システムの「品質」と「持続可能性」を保つために必要構造です。

求められる専門性の違い:

SEは、業務要件定義顧客折衝、システム全体設計プロジェクト管理といった、高度なコミュニケーション能力ビジネス理解力が求められる専門職です。PGは、品質の高いコード実装技術的な最適化に特化します。どちらも極めて重要ですが、役割を分けることで、それぞれのプロフェッショナルが最大限の能力を発揮できます

「切っても切り離せない」が故の分業:

貴殿が仰る通り、設計コーディングは密接ですが、大規模システムにおいては、設計者が自ら全てをコーディングするのは物理的に不可能です。設計SE)はシステムの骨格と道筋を決め、PGはその設計に基づき品質保証された実装を行うという、明確な役割分担が、納期遵守と品質維持の鍵となります

3. 「技術の軽視」と「マネジメントへのシフト」の背景

SIer技術が軽視され、マネジメント層へシフトすることが「単価」のためだと断じてますが、これは「顧客ビジネス成功責任を持つ」というSIerの責務に裏打ちされています

私ども顧客企業が求めるのは、「最新技術」そのものよりも、「システム導入によるビジネス上の成果」です。

マネージャーは、技術だけでなく、予算納期人員配置顧客との調整といった、プロジェクト成功に直結する要素全てを管理し、最終的な成果に責任を負う役割です。このリスク責任に見合う対価(単価)が設定されるのは当然であり、経験を積んだ優秀な人材マネジメントに就くことは、顧客にとっても極めて重要です。

  

貴殿の、現状を改良しよう、自動化しようという姿勢は非常に素晴らしく、私ども顧客企業はそうした熱意ある提案を常に歓迎いたします。しかし、SIerビジネスモデルは、単なるプログラミング受託ではなく、「顧客業務全体を理解し、巨大なシステム納期予算内で完遂させる」という、極めて複雑でリスクの高いサービス提供によって成り立っていることをご理解いただきたく存じます

anond:20151216232851

Permalink |記事への反応(0) | 07:39

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2025-12-15

セブンイレブンの7つの

人はセブンイレブンに行く。

別に、何か買う必要があるわけではない。ただ、そこに行く。そこに、何かがあるような気がするからだ。

セブンイレブンという場所は、奇妙だ。24時間開いている。常に、そこにある。

そこには、七つの掟があるのだと、僕は考えるようになった。公式には、存在しない掟。だが、セブンイレブンという生命体が、無意識のうちに従っている掟。

第一の掟:「商品は、常に回転する」

セブンイレブンの棚の商品は、決して停滞しない。

古い商品は消え、新しい商品が現れる。季節ごとに、新しい味、新しいパッケージが登場する。

これは、単なる流通戦略ではなく、もっと深い何かだ。それは、「変化を拒むものは、ここには置けない」というメッセージだ。

セブンイレブンは、静止を認めない。全てのものが流れ、変わり続ける。

僕たちも、その流れに身を任せなければならない。

第二の掟:「客は、常に一人である

セブンイレブンには、多くの人がいる。だが、全員が一人だ。

誰も、誰かと一緒にいない。みんな、自分欲望だけを抱えて、列に並んでいる。

親子で来ても、夫婦で来ても、友人同士で来ても、そこは破られない。各自が、自分のかごの中に、自分の欲しいものを入れる。

セブンイレブンは、孤独強制する場所だ。

そして、その孤独が、実は、最も安全だということを教えてくれる。

第三の掟:「レジは、絶対的存在である

レジ店員は、神だ。

その人の顔を見ることはない。目を合わせてはいけない。ただ、商品スキャンしてもらい、金を払う。

その交換は、神聖であり、無言である

時々、店員が「温めますか」と聞く。その質問に答えるとき、初めて人間人間として認識される。

だが、その瞬間も短い。すぐに、別の世界に戻される。

レジの前では、誰もが平等だ。誰もが、同じ無言の作法に従う。

第四の掟:「深夜は、別の時間である

セブンイレブンは、24時間開いているが、時間帯によって、別の世界になる。

深夜11から夜中3時までの間、セブンイレブンは、本当の顔を見せる。

その時間帯に集まる人たちは、昼間の客ではない。別の世界に属する人たちだ。

そこには、暗黙の了解がある。「ここにいる人たちは、昼間の世界に属さない」という了解

深夜のセブンイレブンは、別の次元場所なのだ

第五の掟:「商品の裏側を見てはいけない」

セブンイレブン商品には、原材料表示がある。だが、その表示を読んではいけない。

読むことで、その商品本質が見えてしまう。添加物栄養価製造地。

そうしたことを知ると、その商品は、単なる「便利」ではなく、「何か別のもの」に見えてしまう。

セブンイレブンは、その不知の状態を保つことで、存在している。

知ろうとするな。ただ、欲しいものを欲しいと思え。それが、第五の掟。

第六の掟:「支払い方法は、自由であり、同時に決定されている」

現金クレジットカードQRコード決済。支払い方法は、多様だ。

だが、その選択は、実は選択ではない。

客は、「どの方法で払うか」を選んでいるのではなく、すでに決まっている方法を選んでいるだけだ。

セブンイレブンは、その自由の中に、微妙な制約を仕込んでいる。

客は、自由だと思いながら、実は、常に誘導されているのだ。

第七の掟:「セブンイレブンは、永遠に存在する」

セブンイレブンは、消えない。

閉店することもない。新しい店舗が次々と現れ、古い店舗改装され、常に新しい顔で現れる。

それは、不死の生命体のようだ。

僕たちは、セブンイレブン依存している。朝、コーヒーを買う。昼、弁当を買う。夜、ビールを買う。

セブンイレブンなしに、現代生活は成立しない。

そして、セブンイレブンは、その依存を知っている。だから、決して消えることはない。

これらの七つの掟は、セブンイレブン公式ルールではない。

だが、セブンイレブンという空間に入ると、誰もが、無意識のうちにこの掟に従う。

それは、宗教に近い。信仰に近い。

セブンイレブンは、僕たちに何かを与えると同時に、何かを奪っているのだ。

何を与え、何を奪っているのか、明確には分からない。

だが、その曖昧さが、実は、セブンイレブンの最大の力なのだと思う。

夜中3時、僕は、またセブンイレブンに行く。

何か買うわけではない。ただ、その空間にいたいから。

その不思議な、完全に消毒された、完全に規格化された、完全に孤独空間にいたいから。

セブンイレブンは、僕たちの現代を最も正当に表現する場所なのだと思う。

Permalink |記事への反応(1) | 19:57

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はてなーマックスむらい嫌い過ぎだろ…

俺の中では昔活躍してソシャゲの人って認識なんだがここにきて「はてなーに嫌われてる昔活躍したソシャゲ人」にクラスチェンジしたぞ。

おまえらとマッむらの間に何があったんだよ…

追記

マックスむらい氏のことは正直よく知らんかったのだけど、彼の名を冠したスマホフィルム金欠学生でも気軽に買える価格だったのでたびたび買ってた。せっかくだから感謝気持ちを述べたい。ありがとうマッむら。

Permalink |記事への反応(1) | 18:02

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RTA界隈がダメなのは本質的にそこが"発達障害界隈"だから

まず、RTA界隈がダメだというのは前提とする。

個別案件について語るわけにはいかないし、

RTAを「インジャパでやってるやつだよね!」ぐらいの認識しか捉えていない人には関係のない話だし、

・そうでない人はこの界隈の闇を既に知っているだろうからだ。

その上で、なぜダメなのか。これはタイトルの通り、「そこが発達障害持ちの煮凝りになりやす性質を持っているから」であると考える。

考えてもみてほしい。定型発達者が、特定ゲームクリアタイムを縮めるという誰も求めていない目的のために、同じゲームを何百時間・何千時間とやり込むだろうか?

そう、やらないのだ。普通は一度クリアして満足する。もし、これが普通だと感じられないのであれば、あなたは既に異常者である可能性がある。

もちろん、RTA走者の全員がそうだ、とまでは主語を広げるつもりはない。ただ明らかに発達障害を持ち、定型発達者であれば退屈で到底やっていられないような作業を延々とこなせるような人間が集まる界隈であることに疑いはないだろう。

となれば、話は早い。発達障害者は、程度の差こそあれど、場の空気を読む力に乏しい。相手を気遣うことも、言葉の綾を理解することも、彼らにとってはRTAを走ることの何倍も難しいことなのだ。

さらに悪いことに、彼らにとっては、そういった社会で当たり前に求められるスキルよりも、自分がこだわりを持ってやっているゲームが上手くなる方が優先度が高くなってしまっていることが往々にしてある。

そうであれば、もはや他人と衝突しないでいるという方が無理な話であろう。

さらに言えば、RTAチャートというのは、しばしば秘伝のタレのように内密にされたり、そこまで行かずとも詳しいことは走者に聞かないとわからない、ということが結構ある。

そうなると、いわゆる"身内ノリ"が自然と生まれてくる。そしてこの"身内ノリ"こそが、またもや悪い方向に働くのは想像に難くないだろう。

まり、その界隈の自浄作用が失われる。誰かが問題発言をしたとして、その人のタイムが早ければなあなあで済まされ、遅い人は「過剰に反応しすぎである」として叩かれる。

そして、タイムが遅い人というのは、当たり前だがその界隈に来てから日が浅い人が多い。となれば、その人は早々にそこから退場することになる。

構造的に、RTA界隈というのは、ダメになる特徴をこれでもかと持ち合わせているのである

最後に。この日記を誰が書いたとか、そういう詮索はしないこと。これは外野から観測でも十分にわかることだからである

それに、「あいつが書いたんじゃないか」という猜疑心を抱きながら行動しなければならないとしたら、それ自体あなたの界隈のいづらさを表しているのではないだろうか?

Permalink |記事への反応(2) | 17:19

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anond:20251215154532

推し中毒患者の頭のおかしいところは事務所が悪いブラックだって騒いでるところよな

お前らが求めた結果タレントうつ病になっとる認識ゼロなんや

Permalink |記事への反応(0) | 15:46

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anond:20251215151308

市場は安くて最高品質のものを求めてるけど

提供する企業側にも都合があるからそんなもの提供できない

よってそのような商品市場が席巻されることはない。

みたいなごく当たり前の前提があるから

企業側の都合の話をまずクリアしないと市場の話なんてなんも関係ないわけだけど

そういう当たり前のところから認識する知能がないんやね。

Permalink |記事への反応(1) | 15:40

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行為、めんどくせ~~~

・触られたらそれなりに快感はあるし反応もするが、快感=行為が好きとはならない

・ただ好きにさせるだけならまだ問題は少ないが、こちから好意的な反応を示さないといけないのが本当に面倒くさい

・性行為は好きではないと言ってはいけない空気があるのが意味が分からない

しかレス一般的に酷いことであるという認識はあるので仕方なく応じている

・いつまでこんな無駄なことを続けないといけないのかと思うと気が重い

相手のことは顔も体も性格も好きであり、どうしてこんなに性欲を持てないのか自分でも謎

似たような人、向き合い方とか性欲の振り絞り方とかあれば教えてほしい

Permalink |記事への反応(0) | 14:44

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やりたいことを1ヶ月間必死に探しても見つからなかったら、生きていないのと同じだし生活費を払い続けるのをやめて死のう

大学生ときに思ったことがある。恋人と別れたショックで思いついた、ただの自棄である。なんと青い自棄だろうか。

今は15年間の社会人を経て、転職先も決めずに退職届けを出し有給消化中のスッキリタイムの真っ最中ストレスがなかったとは言わないが、少なくとも自分人間関係についてはしがらみのない状態気持ちよく退職届を出せたと認識している。

人生は一度だし最大1年くらいの無職期間があっても良いだろうということで消化中の有給前半は健康的な運動をし、全力で睡眠たっぷり取った。今日からその後半に入るが、今後の身の振り方を考えていたうえで先述の「やりたいことが一ヶ月見からなかったら死のう」を思い出したのである

貯蓄については数年はフツーに過ごせるだけ溜まっているし散財できないわけではないのだが、その貯蓄を使う目的が「生存記録を1日ずつ伸ばす」以外に特にない。あいにく自分は楽しければ短命でも良い派だが。

基本的に金は自分家族のために使うことは決めているが、妻は数年前に病気他界してしまったので新しく伴侶を求める気がないし、親兄弟特に金には困っていない。

何か新しい趣味を見出すことももちろん考えた。しか趣味面白くて金を使うならともかく、その楽しめる趣味がどうにも見つからない。

今までやってきた趣味釣り自作PC裁縫電子工作ソフトボール3Dプリントハイキング料理で多岐にわたるのだがそれらも今となっては飽きてしまった。

金を使うために金を使うのは性に合わないのでFXやらスマホゲームに興味がない以上それらで貯蓄を溶かすのも違う。募金することも考えたが、収入を得る気のない人間募金をした挙げ句に困窮するのは募金される側だって望む話でもないだろう。

そうして「何のために生きているのか?」「やりたいことが特にないぞ」という壁にぶちあたってしまったのである

無気力かと言われると「何か面白いことはないだろうか」を退職届を出す前から調べたり考え続けていたので少し違う気はする。有給を完全に消化しきった退職日がだいたい「探し続けて通算一ヶ月」くらいになるのだ。

二ヶ月目に何か面白ものが見つかるかも知れないがそれだって保障があるものではないし、何より「面白ものがもう見つからない」という現実に嫌気がさしているのである

死んでしまうと悲しむ人間が出るので、この現実に耐えられない自意識だけ殺して、AIに抜け殻を操作させて生き続けさせるような術はないものか考えている。

しろ、これを見つけることが自分のやりたいことかも知れない。

Permalink |記事への反応(0) | 14:07

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AI責任を取れない理由を真面目に解説する

https://anond.hatelabo.jp/20251214182609

そもそも責任とはなんだろうか。日本語では曖昧だが、英語圏では以下の責任を明確に区別する。

元増田が使っている「責任」はこの三つが混在しているが、それぞれ分けて考えると、議論の見通しが良くなる。

①responsibility(タクシー業を遂行する責任

事故をなるべく起こさずに運転する、という意味では、AI人間より高い responsibility を果たし得る、という指摘には同意できる。

疲労せず、注意が散漫にならず、統計的に安定した挙動を取れる以上、運転行為のものに限ればAIの方が優秀な場面は多いだろう。

ただしこの記事で扱われている responsibility はほぼこの「運転行為」に限定されている。

自動運転タクシーにおける responsibility には、

といった、運転を除く遂行責任が大量に含まれる。

これらはAIには担えず、人間が引き受けなければシステム自体が成立しない。仮に部分的タスクを切り出して任せることは出来たとしても、AIに頼んで待機していればシステムが構築される、というレベルの responsibility は、現代の生成AIの延長線上にはまだ見えてこない。

② accountability(説明是正責任

事故が起きたときに、

  • なぜ起きたのか
  • どの前提が破綻していたのか
  • 何を変えるべきか

説明し、制度設計に反映させる責任は、AIではなく人間側の制度に属する。

現代安全設計では、謝罪や後悔よりも、
この accountability をどう回すかが核心になる。

しかしこの記事では感情的責任否定される一方で、accountability の議論はほぼ登場しない。その結果、責任議論期待値計算収束している。

③ liability(賠償責任

記事の後半で主に扱われているのは、実質的にはこの liability だけだと思われる。事故が起きたら保険補償される、結局は金銭解決される、というのは事実だ。ただし、liability が制度として処理されていることと、responsibility や accountability が不要になることは同義ではない。

liability の期待値だけを見ると、

といった上流の責任構造が不可視化される。

またliabilityには刑事責任も含まれるが、AI牢屋に入れないのでその点でも責任は果たされない。

最後

ここまでの説明の通り、AIが直接代替可能責任とはresponsibilityの下層、タスクとして明確化された範囲に過ぎない(代替による改善の結果が他の責任を軽くすることはあり得る)。

しか自分元増田の、『人間責任を取れるというのは自惚れ』という論を概ね肯定する。

なぜなら元増田をはじめとする多くの人々は『責任』を運転のような個別行為遂行するresponsibility の下層であるタスクの確実な実行としてしか認識できず、本来責任主体である制度設計やそれを構築する行為まで考えが及ばないからだ。そういった人達にとっては、AI自分たちの責任範囲を脅かす脅威であることは疑いようがない。

結局現代AIをどう評価するかは、技術の性能以前に、どの層の責任を見ているか問題なのだと思う。

Permalink |記事への反応(10) | 12:57

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anond:20251214182609

責任を取るってのは責任を果たすって事で

責めるのは責任者本人じゃなくて被害者のほうだよ

被害補填をしてもらうって任を果たしてもらうために責を受けてもらうんだよ

事故が何パーセントであれ確率でいえば事故にあうかあわないかは二分の一

事故ゼロでないなら発生した場合

対人、民事ではだれが失ったもの補填してくれるのかって話

これは被害者に対しての話

公的社会的にはどう改善されるのかによって提供している企業の存続が決まるって事

これは害がないよという前提で社会提供を許されていたもの

そうではなかった場合基準を変えたという証明なしには存続できない事

謝罪して辞職ってのは会社意向としての謝罪表明を代わり受ける事

問題点があった事を認識して、なぜ問題点をそのままに運用していたのかという理由づけに

「その人がその立場からみて問題だとおもっていなかった」というマーカーにフラグを立てることで

「これまでは問題ありだったが、改善される」という事の

「これまで問題だと思わなかったのはどうしてか」という問いに

「その人が機能していなかったから」

を表明するわけで、これはバグ修正でも同じ

これは別に責任ではないし、責任を果たしたという評価になるのは「責任を取るべき企業の内部と運用されるであろう社会にむけて」だよ

個人企業役職謝罪をみて満足や納得するとしたら逆に「何様だよ」って話

辞職ってのは企業のこれまでの問題点払拭して改善するためにいなくなる事

そのバグを直してよくなりますよという事でこれは企業の存続のための改善点であって別に被害者への責任」とは関係ない

企業社会において提供をつづける事ができる理由づけのためにしてることで

謝罪や辞職は別に部品の交換でいい

からまり事故がおきたとき被害者に何ができるかって話が責任だよ

保険をかけてもいいしなにかを補償してもいいしなんでも失ったものを取り戻せたらいいんだよ

ドライバーAIになるのはキャブレター電子制御になったりハンドルがパワーアシストされたりするのと同じ

それでも「責任は?」ってなるでしょ

メーカーとか工場長とか作業員とか、結局どこかの人に

それらを踏まえて責任っていうのは結局人が取ることになる

だって補償ができる蓄えをもっているのは法人であれ個人であれ人格から

そのうえでAIかどうかを選ぶのはまた別の話で

キャブレター電子制御か、マニュアルオートマか、AIタクシーか人のタクシー

そういうのは気分の問題

責任がとれるから人間のほうが」って言葉

それは仕様です」で損害が補償されない懸念があるよって気分の話

自動車ミサイルみたいに「ブレーキふんだのに加速してつっこみました」が

仕様で済むのかどうかって話

踏んだ記録がブレーキだと運転手の脳にはあるから運転手責任があるように

「その場合、加速します」って条件で人につっこんだら

被害者は全員「仕様でした」で終わったらたまらんよという懸念だよ

Permalink |記事への反応(0) | 11:59

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