
はてなキーワード:証拠とは
幸福の科学のアニメ映画に「すごーい!私の声優、小清水亜美ちゃんなんだ!」ってセリフがあったらしくてGoogle検索したら
AIに「それは素晴らしいですね!小清水亜美(こしみずあみ)さんは、多くの人気作でヒロインからカッコいいお姉さん、強い女性まで幅広く演じている実力派声優さんです。
もしそのキャラクターが、以下のような代表作の系統であれば、すごく魅力的な声が期待できますね。」とか言われた
ブラウザのプライベートモードで開いたので証拠スクショ撮れなかったのは残念
いいですね、構造分解いきましょう。
「私の夫tueee」は単に“助けに来る”だけでは弱い。
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2. 敵の登場と優位性の誇示
4. 決定的危機
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## ①平穏(落差を作るための地面作り)
###目的
・夫の不在を自然にする
ヒロインだけが“夫の本当の恐ろしさを知らない”とより美味しい。
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## ② 敵の登場と優位性の誇示
###目的
・敵の強さを見せる
* 高位貴族
*王族の縁者
* 有力商会
*聖職者
こと。
これで一旦、読者の不安を最大化する。
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###目的
・守られたい感情を最大化
ここが超重要。
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## ④ 決定的危機(絶体絶命)
###目的
・読者のストレス最大化
・次のカタルシスの準備
「恐怖」よりも
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ここが「私の夫tueee」の核心。
例:
「——私の妻に、何か?」
1. 敵が“初めて”怯える
2. 周囲がざわつく
3.ヒロインは驚きつつ安堵
4. 夫は怒っているが冷静
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###目的
・溜めたストレスの回収
###パターン
ここでやるべきことは
例:
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# ■ 「私の夫tueee」を成功させる3条件
## ① 夫は“常にヒロイン側”
迷いがない。
疑わない。
これが安心の源泉。
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## ②ヒロインは“守られるだけではない”
完全被害者にすると弱い。
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## ③ 敵はちゃんと嫌われるように作る
ここは遠慮しない方がいい。
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# ■ 失敗例
「俺tueee」との違いは、
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### ②ヒロインが初めて“夫の恐ろしさ”を知る
「……ああ、この人は、本当に世界を動かせる人なんだ」
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もしよければ聞きたい。
どの方向に掘ります?
きっかけは、とある婚活男性が「帰宅して温かい手料理が食べたい。なぜなら、家事代行では『心』がこもっていないからだ」と話しているのを聞いた時のことだ。
私にはこれが、どうしても「低コストで、自分を全肯定してくれる母親的な役割(ケアの供給源)が欲しい」という願望の言い換えにしか聞こえなかった。
本来、「心」や「愛情」は、対等な関係性の中で時間をかけて信頼を築いた結果、自然と生まれるギフトのようなものだ。それを最初から「結婚の条件」として要求するのは、相手を人間ではなく、「心という機能が付いた全自動ケアマシン」としてモノのように見ている証拠ではないだろうか。
男性はよく「自分はATM扱いだ」と嘆く。しかし、敬意やケアを金銭や生活費で「サブスク」できると思い込んでいるその精神構造こそが、極めて一方的で、搾取的な論理に基づいているのではないか。
今の時代、高度なデバイスや専門サービスを使えば、身体的な欲求や家事の充足は自己完結できる。それなのに、なぜわざわざ生身の女性に、しかも「心」という重い感情労働までセットにして無償で要求するのか。
それは、彼らが求めているのが「パートナーシップ(対等な相互ケア)」ではなく、「自分の未熟さやストレスを無条件に受け入れ、癒やしてほしい」という甘えの露出だからだ。
「変わらない男性(不良債権)」に投資し続けるより、あきらめて「自己の幸せ追求」に舵を切る方が、圧倒的にコストパフォーマンスが良いからだ。
結果として、古い価値観に固執する男性たちは婚活市場の「養分」となり、自らの幼稚さを自覚できないまま、縁遠くなっていく。サザエさんのような家族制度はもはや幻想になり、個が独立して生きる時代が来ているのだ。
私が感覚的に捉えただけだが、今の婚活市場は、「歴史的不均衡の精算」という構造的な淘汰の現場として映っている。
かつて長らく男性優位で世界を動かし、女性を陰に置いていた歴史。その十分な清算もなく、準備もなく「総活躍」と女性を表舞台に放り出し、権利と義務だけを折半しようとした歪み。この流れを主導したのは、女性の声を反映しきれなかった男性中心の政治だ。
愛想を尽かした女性たちがボイコットを選択するのは、極めて正常な反応といえる。
男性も「家族を養う」という古い重圧から解放されるのだから、そろそろ「お母さん役」を探す不毛な努力はやめて、自分一人で自分の機嫌を取り、孤独を乗りこなす「術(すべ)」を身につけた方が、男女共に楽な世界にならないだろうか。
例えばこの前判決が出た交差点に194キロで突っ込んで右折中のドライバーを殺した事故では危険運転だと認められなかった。
https://www.asahi.com/articles/ASV1Q1DT3V1QTIPE004M.html
なぜ危険運転と認められないのか、危険運転は「進行を制御することが困難な高速度」を出していたと証明されなければならないが、被告が乗っていたのが数千万のスーパーカーだったせいで、同じ車で走行実験して制御困難だと証明することができず、他の車で実験したから。
また、走行実験に参加したプロドライバーの「現場をミスなく運転することは難しい」との証言を採用した一審判決について、高裁は実験に使われた車両は被告の車と車種が異なり、「証拠価値に乏しい」と指摘。「被告の車両の具体的性能を前提として立証する必要があった」とした。
数千万出せない一般人被害者では勝ち目がなく、どれだけスピード上げられるか試してみようと一般道で194キロ出した上級国民の運転は危険運転と認められない事になった。
2(二) これは小選挙区制が悪い
4(一)ハッシュタグ「私は8割」
6(中) チームみらいは得体がしれず気色悪い
1(中) 票を得ても、それは白紙委任ではないぞ
4(右) 負けた者を嘲笑するのはやめましょう
改憲派の勝率が7割?明らかに異常じゃねーかという指摘。伝聞証拠や状況証拠があるため、陰謀論ではないらしい。
おかしいのは野田氏の選挙戦略だということには気づかず、とりあえず他責。
選挙というゲームに負け、そのルール自体に文句を言っている。比例では結構勝っていたのに、小選挙区で負けたのはルールがおかしいから、という難癖。
なお現在の選挙のルールを作ったのは、ほかでもない小沢一郎氏である。
自分たちは頭がいい。愚かな国民によってこうなってしまったという主張。彼らにとって、これは選民思想とは呼ばないらしい。
我々の素晴らしい政策を読めば中道に投票するはずなのに、それすら見ていないと本気で思っている。「消去法」という概念自体がないのかもしれない。
開票後に現れたハッシュタグ。惨敗して少数派になり、ズタズタになったメンタルを癒すために生まれた。
自民党に投票した2割より、我々のほうが多数派だ、という慰安。
悪魔合体に失敗したのに、まだ野党全体で結集できると思っているらしい。
昔別れた元カノのことをいまだに引きずっている。あるいは他責の言い訳。
野党は与党の批判をするのが仕事なのに、と怒っている。「批判する」という手段が、もはや党の目的だと錯覚してしまっている。
ずっと欲しがった「無党派層」がそこにいるのに、それすらも敵に回す。参政党ですら支持者を諌めるレベルの言動。
ナチスは選挙で選ばれた、選挙に選ばれたのは高市。だから高市はナチスだ、という非常に分かりやすい方程式。
この理論で行くとトランプはナチスではないのだが、そこは無視するものとする。
自分たちがいつかユダヤ人のように迫害されると勝手に危機感を覚えている。
選挙戦よりずっと前から、巨悪の陰謀によって敗北することは決まっていた、とする諦観。大敗によって、今回ばかりは弱音を吐いている支持者が多くみられる。
もしくは「自分たちは悪くなかった」という他責思考の類なのかもしれない。
中道になって現実路線に入ったのに、まだその事実を受け入れられていない。
もしその「予言」が当たると言うなら、いつまでに戦争になるのか教えてほしい。今のうちに三菱重工の株を買っておくので。
議院内閣制の基本を教えてくれている忠言。毎日新聞まで1面でこれを書いている。
明らかにくやしまぎれの言葉なのだが、中道改革連合が自分たちの白紙委任によって誕生したことはとうに忘れている。
政権がもし失敗したら、投票した人のせいだ、という押し付け。「もうしーらない」という、ふて寝でもある。
この理論で行くと、自分達には中道の監督責任がある。まずは自分の政党から立て直してほしい。
中道の存在自体が有耶無耶になりそうなので、まだ後回しなのかも。
弁士なのにデマに負ける程度の発信力なら、当選しても影響力がないのと同義なのだが、そこは立候補者の力不足ではないのだ。
議席は激減したが、それを笑われたくないという完璧主義的な気持ち。
自責の念に囚われたくないので、言い訳をして一生反省はしない。
自民党単独で3分の2を取ったことから、維新への恨み節も飛び出している。
自分達が名前を変え、国民民主党との間に取り交わした協定を反故にして無視したことを、もう忘れている。
我々はしばき隊として、私的制裁を加えたのに、という意味でもある。
与党だけでなく自分達の不都合な部分も曝け出されることを失念している。
成果主義的な主張。約半年という期間では自分達も批判しかできていないはずだが、そこは棚上げしている。
成長を見守る、という発想自体がないのかもしれない。
公職選挙法違反を責めると、自分達の首も締まってしまうことまで気が回っていない。
中道と参議院の残党とで、政党交付金をどうしたのか、これからどうするのかは不透明だが、そこはダブスタ。
隙あらば憲法を持ち出す手法。護憲派なので、憲法解釈だけは一丁前にできる。
確かに自民党議員は多様であり、権力維持志向が強く長いスパンで見れば政治姿勢に変化があるのもその通りだが、自分が注目してるのは「党のアイデンティティーとは何か」という根本的な結党精神の話である。
自民党の公式文書を見る限り、米共和党的な保守主義や古典的な自由民主主義の擁護だけでなく、「わが党は、福祉国家の実現をはかる政党である」といった米民主党的なリベラルな側面も初めから掲げていた。そして、このリベラル標榜は単なるお題目だったわけではない。その証拠に、生活保護法や社会保険、労働法を整備してきたのは他ならぬ自民党政権であった。
したがって自民党とは、原義(=米共和党的、19世紀欧州的)と現代的定義(=米民主党的)の両方のリベラルを標榜する党である、ということになる。これに対して旧社会党は「平和的に日本の社会主義化を目指す」という結党精神で対抗していたが、ソ連崩壊によって存在意義を失ってしまった。
そうすると、もう野党には結党精神のレベルで自民党と差別化できる理念が残っていないことになる。現代において、米共和党的価値観と米民主党的価値観のいずれとも異なる理念など、存在するだろうか。中道政治? それはこの両価値観を結党時からカバーする自民党とどう違うのか。9条護憲? 確かにこれは両価値観とは根本的に異なり差別化要因にはなるが、安全保障無視の空論になってしまう。
結局、野党には自民党に対抗できる結党理念が実は無いことになる。欧米のリベラルとの決定的違いがこの点にあると、自分は思っている。
女を「飯炊きオナホ」扱いして、「家事は女の仕事」「子育ては母親が当然」って押し付けてくる。
男根崇拝の家父長制そのまんまじゃん、クソ野郎ども。 でもよ、女も悪いんだよ。
結局ママニズムにハマって、「産む女は尊い」「ママは神」って勘違いして、男にムチュコタン甘やかされて喜んでるだけ。フェミニズムじゃなくてママニズムだろ?
「男は加害者!」って叩きながら、本音は「甘やかされたい♡」「棒isLove♡」で、飯炊きオナホになるのを夢見てウズウズ。 男が女を性的搾取してるって言うけど、女自身がママニズムで男を甘やかしてる構造。
お互いクズ同士で補完し合ってるだけじゃん。 男は「女はオナホ」って蔑視、女は「ママだから甘えさせて」って依存。
お前らの本質はただの棒教徒で、女を飯炊きオナホにしたいだけ。
女どももママニズムの仮面かぶったムチュコタン依存症。 お互い最低。
「陰謀論だ」で思考停止して馬鹿にするのもどうかと思うけどね。後に本当だったと分かった事例もあるし、自民党と統一協会との癒着はその代表例だろう。
なお、各々の事例のなかには「柳条湖事件」や「北朝鮮による日本人拉致問題」のように、当初は当事者によって陰謀論と主張されていたが、後に事実であることが確認されたものもある。一方、プロパガンダとして悪用された虚偽や、事実誤認や自説に都合のいい証拠のみ(チェリー・ピッキング)で構成されたもの、一部は事実であると確認されたものの、誇張が大いに含まれているものも少なくない。そのため都市伝説に近い主張も含まれていることから、真贋については注意が必要である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AB%96%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。
僕は陰謀論を嫌悪している。理由は単純で、陰謀論は説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレだからだ。
今週は、超弦理論の物理の直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋に圏論とホモトピー論の言語に落として再構築していた。
具体的には、世界面の共形場理論を2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。
従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。
重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理的状態空間の生成機構として見ることだ。
ここでの本体は幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。
さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性の同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論のレベルでの同値として捉えることだった。
言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。
A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成と整合させる必要がある。
そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。
Dブレーンのカテゴリーが境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。
特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間の積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想基本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。
これをやると発散する積分を正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分の定義へ置き換わる。
そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動的定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。
僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。
背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。
つまり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。
この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。
そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。
問題はここからで、弦理論の双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。
たとえばS双対性やT双対性を群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性はスタックの自己同値であり、その作用は対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。
しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり、双対性は対称性ではなく、高次圏論的な同値のデータなんだ。
このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。
僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。
さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトルの不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造のジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。
ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別な対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論的存在だ。
普通の人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。
この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動的定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。
要するに、弦理論は世界面から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。
今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論的量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。
次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要だからだ。残念ながら僕は人間である。
MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。
つまりカードゲームとは、確率と情報のゲームである以前に、認知バイアスのゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布を計算するべきだ。
隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたとポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。
FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイド攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。
反射神経は筋肉の問題だが、攻略は情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。
友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。
アメコミは、相変わらず現実の倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。
僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義は定義が曖昧だからだ。
登場人物が持つ制約(能力、社会構造、情報、感情)を明示すると、物語は心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。
ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。
僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能は存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。
僕の習慣についても書いておく。
今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒーの抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。
人間の生活はノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定の分散を減らす行為だ。
隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化の放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。
宇宙人は証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。
友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である。
これからやろうとしていること。
今の段階では、圏論と導来幾何の言葉でかなり書けたが、まだ計算の痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。
具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語で記述し直す予定だ。
局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造を復元する。
これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何に依存せずに定義できる可能性がある。
もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。
これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。
要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。
その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手の意思決定を局所的に歪ませる構造がある。人間は選択肢が多いと誤る。
これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲームは戦争の抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。
夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。
議論はループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。
最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。
僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。
少なくとも、隣人の会話よりは。
ついに正体を現したようだな。
貧乏人だからそう言うんだろ?ってのは、議論じゃなくて自己放尿だ。
経済学への反論ではなく、人格攻撃で論点を溶かして逃げている。
インフレ政策が資源配分を歪めるか、インフレ税が逆進的か、期待形成がどう働くか、そういう話に一切触れずに「お前の懐事情」を持ち出す時点で、貴様は自己放尿しているのである。
市場でも同じだ。価格は誰が言ったかじゃなく、取引の集積で決まる。
論点は「インフレ政策が実質賃金と価格シグナルをどう歪めるか」であって、「言ってる奴が金持ちか貧乏か」ではない。
さらに言うと、仮に俺が貧乏人だったとしても、その事実はむしろインフレ政策批判を補強する。
つまり「貧乏人が嫌がる」こと自体が、インフレ政策の逆進性の証拠になってしまうだろう。
反論できないから、貴様は理屈を捨ててマウンティングに切り替えた。
※誰かを攻撃する意図はありません。自分自身の整理と今後、誰かが同じ状況になった際の判断材料として記します※
※「」内に関しては発言を書き起こしたものではなく、そういう趣旨の発言であったものになります※
そのインフルエンサー(以降「A」とする)がどんな人かと言うことをざっと並べると、
・当時推しの名前をXで検索すれば、そのインフルエンサーの投稿がトップの方で表示される
そして
推しと出会う以前・以後のビフォーアフターを写真付きでかなり赤裸々に明かしていた
…といった感じ。
影響力の大きい人だというイメージはあったけど、
Aはある日を境に
「ライブチケットで良席を得て、推しからファンサをもらえたのは“引き寄せの法則”を利用したから」
といった投稿を始める。
※引き寄せの法則とは、
今自分の手元にない欲しいものを“すでに持っている”ものと意図して生活していたら、
思いがけない形でそれを得ることができちゃうよ〜みたいな法則(ざっくり)※
その頃くらいから、
引き寄せの法則にまつわる発オンライン講座を少額(ワンコインほど)で複数回開催し始める。
当時の講座も受けたことがある。
AはSNSで見る姿と変わりなくよく喋るが、面持ちからは緊張を感じた。
講座自体もしっかりした作りで、私はAに人間味を感じ、さらにAを信頼することになる。
講座を受けた人たちの引き寄せたものの実績もみるみる積み上がっていった。
ほどなくしてAは、
長期かつやや高額(型式が古くて5万キロ強走行した中古車なら1台は買える額)
な講座を主宰することになる。
そこにいる人々の様々なビフォーアフターも講座宣伝よろしくタイムラインに流れていく。
“それなりの幸せで満足しなくていい、もっと私たちは欲しがっていいんだ”
『もしかしたら私も変われるかもしれない』という気持ちは膨らんでいく。
だがいかんせん、値段が高すぎる。
興味はあるけど、参加は見送るつもりでいた。
某日、Aが
「講座自体はとてもいいものになっているのに、思ったより集客が伸びない」
というような弱音を吐いたことがあった。
記憶はかなり朧げなので内容は正確ではないが、
その時点で絆された私は、飛び込みで講座の受講を決定。
契約書もろくに読まず記名し、受講料を払った。
これで人生変わるんだ、と本気で思った。
『私なんかが…』と遠慮して受け取れなかった様々に手を伸ばせるようになった。
この機会じゃなきゃ出会えなかった人と、
そこに対してはAに感謝している。
ただ、この話はここでは終わらない。
ある講座生(Bとする)が Aに対して声を上げた。
「私は提出した課題に対して、Aさんからフィードバックをもらいたくてこの講座に入った。
それがないならここにいる意味がない。引き寄せを勉強しようと思うなら、本を読めばいい。
そうではなく、Aさんから学ぶことに対してもっと意味のあるものにしたい。なんとかならない?」
講座生は各々課題を提出するわけだが、Aからのフィードバックは無かった。
Aが提出された課題に添削して、その添削が見える環境にしてしまうと、
講座生同士で提出した課題に関して意見交流してもらうのを優先しているためだった、
Aの主張も、Bの主張もわかる。
私はBと同じく消費者として、
この流れに期待感を持っていた。
しばらくそのやりとりは続き、Aのある発言で空気がガラッと変わる。
「けど私からのフィードバックがないと意味がないって思うのは、Bさんの課題なんだよ」
「買い手としての一意見が、私の精神的な許容量の問題って言いたいってこと?」
Bは声を荒げ、Aは「そういう意味じゃない、間違えた」と切り返そうとするが、
A本人から個人のキャパの問題だと一蹴され、なあなあに決着をつけられてしまった。
この一連の流れに、私は事業者としてのAに不信感を抱くようになる。
その後も、
講座生に向けた講義とは別の配信でAがBに対して苛立ちをぶつけるような場面
・Aのオープンハートとも取れるが、見方によっては講座生に対する雑な扱い
・私欲を満たすために講座生たちが払ったお金を使われたのち、
講座受講期間中にAから「金策に困っている」というような発言を何度も聞いたこと
などの出来事も重なり、
私は特に「お金がない」という話を聞き続けた結果、精神的に疲労してしまった。
講座を履修したら継続で入れるサロン(月額も決して安くはない)があったが、
退会を決め、Aの事務局に申し出るも、申出から退会の受理までの対応に1ヶ月以上かかるなど、
退会を申し出てからの1ヶ月分のサロン月額料金は請求されなかったことから、
これを機会にAから離れ、学んだこと以外は忘れたように過ごそうと思っていた。
しかし、
ある時のタイムラインでAの過去の投稿について、糾弾するアカウントを見かける。
著しく良識に欠けていて、推しの人権を侵害しているという趣旨の発言と、
インフルエンサーとして好感を持った側面でしかAを知らなかった私は、
どうやらとんでもないことに首を突っ込んでいたらしいとようやく気づく。
ただ、講座を修了している以上、できることはほぼないに等しいのも安易に予測がつく。
悩んだ末、ネットで調べた情報をもとに、地域の消費生活センターに相談してみることにした。
になる。
同じようなケースの人がここにたどり着いた時のために記載しておくが、
消費生活センターの窓口相談を利用するには電話予約が必須なので気をつけて欲しい。
私は電話口で説明できる自信がなかったので、窓口相談を利用した。
契約書や、 Aの事業用のHPなどをかき集めて相談した結果の見解は、以下の通りになる。
代表者氏名が未記載であることから、事業者としての信用性は極めて低く、悪質性は高い。
・決済手数料の扱い
支払い方法によっては、規約外である手数料が上乗せされていることも問題である。
・返金対応
最初に説明されたカリキュラム通りに講座自体は進行していたことから返金は求められない。
また、通信契約の特性上、契約書の規定が優先されるため、返金を求めることはできないという結果。
(契約書にいかなる理由でも返金には応じないといった趣旨の記載)
説明された内容と実際の講座内容に明らかな乖離ががある証拠がない場合は、返金は厳しい。
無いに越したことはないが、同じケースに鉢合わせた場合は、不信に感じたその時に相談して欲しい。
センター自体に強制力はないが、今後Aに関しての相談件数が増えた場合は指導が入る可能性はある。
消費生活センターとしては、本件は“霊感商法による被害”という位置づけになるらしい。
誰でも被害者になりうるというお話も相談員の方からお伺いした。
困っている人がいたら、ぜひ電話でも窓口でも相談してみては、と思う。
被害者に限らず誰でも申し出は可能だが、金銭トラブルの解決は目的としていない。
契約書上の“この契約は消費者契約法や特定商取引法の適用を受けない”という記載に対して、
“法律(強制法規)が優先されて効力を持たない”という意味では、法律違反にあたる可能性がある。
(本件を具体的に相談した結果ではないので、あくまで可能性という結果にはなる)
という感じだった。
・現品を見て買えないものは、買う前にとにかく情報を集めましょう。
・良い口コミばかり出てくるものはめちゃくちゃ疑った方が良いです。
・そのインフルエンサーのことが好きでも、
・同じ買い物をした人たちが同じように消費者として傷ついていたら、
もし勇気があるなら手を取り合って、声をあげてください。
でもその人から買い物する時は疑って欲しい。誰かが私と同じように傷つく必要がない。
勉強代としては決して安くはなかったが、
“信頼と契約は別物”という教訓をこれだけ大騒ぎして得られたのは、
まぬけではあるが。
Aは今でもどうやら、講座を主宰しているらしい。
私はもう離れてしまったけど、
Aなりに楽しんで推し活するんだろう。
チャーミングな人だった。
ようやくこれを書き上げた。
この件に対してのモヤモヤをここに置いて、
もっと身軽にやりたいことを楽しむつもりだ。
うん、悪くない響きだ。
これ以上、この件については
追求することはありません。
ただ、いつかの誰かにこの記録が
役立てばこれ以上のことはありません。
B含む講座生のみんなにも、
あの時タイムラインで見かけた投稿者の方にも、相談員さんにも、
そして、 Aにも。
ありがとうございました。
ばいばい。
「桜を見る会」や「獣医学部問題(加計学園問題)」などの追求の仕方が、古代の裁判方法である「盟神探湯(くかたち)」のようである、という見方は、政治的追求において「客観的な事実の提示」よりも「相手の疑惑や潔白を熱湯(スキャンダル)で判定するようなプロセス」に焦点が当てられている、という批判的な観点から語られることがあります。
この比喩の背景には、以下のような共通した側面があると考えられています。
盟神探湯は、古代日本で行われた神判(裁判)で、熱湯の中に手を入れさせ、火傷をするかどうかで真実を争った方法です。罪がある(ウソをついている)人は火傷し、潔白な人は火傷しないと信じられていました。
特徴:証拠や論理的根拠よりも、一種の「儀式」や「恐怖の体験」を通じて最終的な判定を下す、非合理的な一面があります。
これらの問題では、以下のような追求方法が議論の対象となりました。
具体的な決定的な証拠が出る前から、報道や国会で「疑惑がある」という疑念が先行し、それをメディアと野党が一体となって膨らませる構造。
憲法違反、私物化、忖度といった言葉を用いて、感情的な批判を強め、相手に「潔白の証明(熱湯から手を無傷で引き出すこと)」を求めるプロセス。
証拠となるはずの資料が廃棄されていたという事実が、逆に「何かを隠している(罪がある)」という判定材料として機能した。
「桜を見る会」や「獣医学部問題」の追求では、最終的な真実が判明する前に、疑惑が「事実」として社会的に決定される傾向がありました。これは、客観的な証拠で真実を証明する「法的な裁判」ではなく、政治的・感情的に潔白を判定する、まさに「現代の盟神探湯」のようなプロセスではないか、と批判する声があるのです。
たとえば飲酒運転で起訴までいくのは、その酒を購入したり飲食店で飲んでいたことがカード履歴や防犯カメラで確認されたなどのケースが多い。(単に飲酒運転が裏付けられる証拠になるというだけでなく、事故時に逃げたりして呼気検査をしていなくてもこれらから飲酒の蓋然性が高いとして起訴されることもある。)あるいはまっすぐ走れていないことの車載カメラ等での確認とかな。
民事での賠償の話になっても、当然ながら無理やり酒を飲まされた側はそのことを主張するし、刑事事件としての段階でおそらく押収されるその飲ませたアルコールの空き缶や空き瓶を自分が買っていないことを証明すればよいので(あるいはその他として、飲食店にも行っていないとか、行っていてもその店で酒を飲んでいないことをレシート等で証明すればよい)、まあ無理やり飲ませたことに対する賠償金が上乗せされるだけな可能性が高いな。今なら車載カメラもあるし、飲ませてすぐだとアルコールの値も変な数字が出るしな。
まあつまり、素人がぱっと思いつくような馬鹿な考えくらいはこれまでに試したやつがいるもので、そういったものは通用しないようなチェックポイントも確立している。
自民が負けてる時に比例得票率とかを持ち出してまで反論・擁護してる人は私の観た限り居なかったように思う。
そもそも小選挙区は自民に入れたけど比例は別の政党って人も割と居るだろうから比例得票率ってあんまアテにならんくない?
というかリベラルにとって勝った政党の支持率がいくつなら民意を得たなの? 90%とか?
そんな結果は独裁国家以外無理でしょ
VAMBI氏側には、何度もLINE・DMなどを送っています。
そもそも、オファー〜今まで、催促しないと返信が来ないということが何度も何度もありました。
「放送前のVTRチェック→承諾までは配信しない」と契約書で結んでいたので、放送の1ヶ月前に確認を依頼→2週間前に再度連絡→1週間前に再度連絡するも、全て無視されていました。(証拠のスクショをツリーに貼っておきます)
別件では連絡をとっているのに、VTRチェックの件は「時間をください」もなく、完全に無視。
放送前日まで連絡がなかったので「また(3回目)無連絡でオンエア延期かな」と思っていたら「明日この内容で配信します」と突然VTRを送ってくる。
「明日までにチェック→修正依頼→修正は無理なので延期してください」と言っても「スポンサーがいるので変更できません」「無理です」「すいません」
「承諾がないと配信しないという契約にはなっていますが、オンエア日の調整については契約書内で触れられていないので、対応する義務はありません」という謎理論で強行突破。
「逆らったら強制退学」と言われていたので「配信中止を求めたら、退学になってしまうかもしれない」と思い、それ以上は強く言えませんでした。
これがVAMBIのやり方です。
それでも好意的な宣伝をしていたのは「逆らったら強制退学」の制約があったからです。
「REAL INFLUENCERの数字を伸ばさなければ、貢献しなければ、いつ見込みなしと判断されて切られるかわからない」という恐怖感があったからです。
だから、嘘をつかない範囲で「番組の良かったところ」をピックアップして、宣伝に貢献していました。
でも、入学を蹴られたならもう恐れる必要はありません。契約書の内容に違反しない程度に、自由にお話していこうと思います。
学長(@HEROZZ_VAMBI)はクソですが、講師には魅力があると思ったし、自分一人ではこの状況から脱却する方法もわからないので、藁にもすがる思いで出演や入学を決めました。
で、その利益を得る方法を断たれたので、せめて理不尽を公表し、志願者やHERO'ZZへ入学を検討している方の判断材料を落としておこうと思っただけです。
十分な利益を得ているのに悪く言うのはカッコ悪いかもしれませんが、得ていないので。
契約の時には気がついていたので、自分から「承諾なしに配信しないという一文を契約書に盛り込んでくれ」とお願いし、このような契約に至りました。
名誉毀損で訴えられる可能性は全然あるなと、今も恐ろしく思っております。
しかしこの情報を伏せることは、今後の番組志願者や入学希望者を騙すことにもなってしまうので、気をつけながら情報を置いていくしかないと考えています。
できることとしては「公益性」のあるものや「すでに公になっている情報」「自分の感想」に限定し「番組の営業上、技術上の情報」を避けることくらいかと。
また番組側から一度は「NGなしで話して良い」「こちらの不手際があったのはこちらのせいだから」とのコメントもいただいております。
あなたに悪意があるかは判断できかねますが、事実を精査しないまま一方的な憶測で「無視されているわけでもないのに〜」と否定されることに、非常に傷つきました。
それが不本意であるなら、今後は「是々非々」「一方の意見を過信しない」というスタンスで、今後も見守っていただけますと幸いです。
「謝罪が入学の条件」だとしても、先に伝えていただけたら承諾したと思います。
でも「入学条件を調整したい」「条件の内容は動画撮影の中で伝える」「当日まで明かさない」と言われてましたから。
「金を払え」「アカウントを消せ」「コスプレをやめろ」などと言われる可能性も自分は考えていました。
自分の意に反するものや、絶対にやりたくないこと、これまで守ってきたものをぶち壊すような条件を出されても「飲まなければ退学」ですから。
断って私が泣くようなことがあれば万々歳。
飲めば「でも動画でOKしたよね?証拠あるよ?」と詰められ続ける。
ある程度のリスクや理不尽は覚悟で下手に出ていましたが、そこまでこき下ろされるような理不尽に耐える必要はなかったですよね。
「VAMBIのいう『大衆を取れ』って、こうやってやるんだな〜」と実感しています。
x.com/the_Vambi/stat…
詳しくは言えませんが、
という雰囲気は、VAMBIさんの対応からずっと感じていました。
影響があったと断定するには:
現時点で:
決定打だったと断定できる証拠はない。
チームみらい、トレンドにまったく上がらないのに支持が広がった。薄気味悪い
webに残っているのはチームみらいの公式が発表している整ったレポートだけ。
まるでダークウェブで連絡をとっているかのようなうすきみ悪さ。
ドイツやアメリカの企業は、もし日本に証拠法ができたら、テロ工作の下請けに使いにくくなって、困るのかもしれないな
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。陰謀論や根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。
オンライン上のトローリングや攻撃的なコメントに対しては、マーシャル・ローゼンバーグのNVCを応用した「脱エスカレーション・ループ」が有効である。
このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズの悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。
個人の対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSのアルゴリズムが増幅する情動的二極化に対抗するためには、デジタル空間の特性(アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。
政治的コミュニケーションにおいて、左派と右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派は壁画やプロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代の右派(特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手を嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。
この非対称性が意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミームは文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動(特に嘲笑や優越感)を喚起することで拡散する。
対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)
反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略が必要である。
ネットワーク分析の研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー(拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割を果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定のイデオロギー・クラスター内で情報をキュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパー」である。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である。
批判的メッセージを拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツを設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である。保守系マルチプライヤーは、リベラルな正論は無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスターの境界を浸透できるのは、そのクラスターの言語で語られたメッセージのみである。
X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒の情動を引き起こす投稿を優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造的ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心(Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。
以上の理論と技法を、一般市民や草の根活動家が実践可能な形に落とし込むためのマニュアル(ハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国の草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクション、テンプレート化)を参照している。
目的:実践者のマインドセットを「論破」から「影響」へとシフトさせる。
本報告書で提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモン・シネックが言う「無限のゲーム」――すなわち、対話が継続可能であり、社会システムが崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。
情動的二極化という「内戦」状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能な競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判者自身がまず武装(道徳的優越感)を解除し、相手の認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略的共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的なエンジニアリングである。