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2025-10-14

anond:20251013235210

🥞「🫲蜂蜜です」

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2025-10-10

糖尿病中国起源説韓国発)

病気じゃなくて病名の話。

病名「糖尿病」とは

私の学生時代記憶では、「糖尿病」と言う漢字の病名の起源は、明治日本ドイツ語「Zuckerharnruhr」を翻訳してできた、と言うもの医療系の人はわかるように、Zuckerツッカー=糖、harnハルン=尿。ruhrは基本は赤痢という意味で、ここでは「流れ出る」的な意味だとか(今調べた)。明治日本医学教育が、原則としてドイツ医学を模範として構成されたことは、いうまでもない事実だと思う。つい最近まで医療現場では、ツッカー、ハルンに限らず、バッサー、エッセン、kot、ステルベンなどとよく使っていた。体温をKTと書いたり。「カルテ」は今でもカルテだし。ちなみに「メス」はオランダ語

まり、「糖尿病」が、ギリシャ語由来の英名「Diabetes mellitus」の直訳っぽくない理由は、ドイツ語から翻訳だったから、というわけである。納得のいく説明だ。

糖尿病呼称変更しよう運動

日本糖尿病学会などを中心に、この古き由来のある病名を変更しようという動きがあった。「ダイベティス」にしようとのこと。国際病名に合わせようとのことだ。

そういえば、「統合失調症」に完全に呼称変更に成功した旧「精神分裂病だってドイツ語schizophreniaの翻訳だ。schizoが「分裂する」、pheniaが「精神」だとのこと。ドイツ語なんてもういらん、ってとこがあるのかな。とは言えこちらは国際病名がschizophreniaなんだけど。

実際のところ、現代ではドイツでもzuckerharnruhrなんて言わず、diabetes mellitusの方が普通に使うらしい。

ところが、現代中国は「糖尿病」の語を使用している。

「中华医学糖尿病学分会」

https://diab.cma.org.cn/cn/index.aspx

ダイベティス」に呼称変更すると、中国とは同じ病名で会話(筆談)できなくなる。まあどうせ国際会議英語からいいのかもしれん。

昔は中国では同じ病気を、消耗性口渇を表す「消渇」と言っていたらしい。20世紀から中国医学文献でこの病名「糖尿病」になったようだから、おそらく孫文などが活躍していた頃、日本留学組が本国に持ち込んだのだろう、と推察する(根拠はない)。

ところで本題

で、ここから本題。問題は、英語Wikipediahttps://en.wikipedia.org/wiki/History_of_diabetes)には、「糖尿病という言葉インドのmadhumeha (蜂蜜尿)という言葉翻訳したもので、今は韓国日本もこの言葉を借用している」って感じで書いてある。

Themore modern term, tángniǎo bìng (糖尿病), means "sugar urine disease", andis equivalent to diabetes mellitus.[13]Ithas been suggested that the modern termis derived from exchanges with Ayurvedic practitionerswho called the condition madhumeha ("honey urine").[14] Within the Sinosphere (regions of East and SoutheastAsia historically influencedby the linguistic and literary traditions of theChineseempire),[a] this etymologyhas also been borrowed intoKorean (tang nyobyeong [당뇨병]) andJapanese (tou nyoubyou [とうにょうびょう]).[9][14]

さらさらに、その根拠となる引用文献14は、韓国語のwebsitehttp://www.docdocdoc.co.kr/news/articleView.html?idxno=132745である

‘단 오줌(sweet urine)’을 뜻하는 인도말인 ‘맏후메하(Madhumeha)’는 중국, 우리나라, 일본의 의학에 그대로 영향을 미쳐 지금도糖尿病이라 쓰고 잇다. 하지만 중국어로는 [tangniaobing], 우리말로는 [당뇨병], 일본말로는 とうにょうびょう[tounyoubyou ]라고 쓰고, 발음한다.

「甘い尿(sweet urine)」を意味するインド語の「マドゥメハ(Madhumeha)」は中国韓国日本医学にそのまま影響を与え、今も糖尿病と書いている。しか中国語では[tangniaobing]、韓国語では[당뇨병]、日本語ではとうにょうびょう[tounyoubyou]と書き、発音する。

(Gemini翻訳

どういう根拠で書いてるんだ

Permalink |記事への反応(0) | 19:24

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2025-10-08

[日記]

ルームメイトが僕のホワイトボード勝手に消した。

僕が三週間かけて導出したp進弦理論局所ゼータ関数上の正則化項を書き直せると思ったら大間違いだ。

あの計算は、ウィッテンでも手を出さな領域、すなわち、p進版のAdS/CFT対応をde Sitter境界条件下で非可換ゲージ群に拡張する試みだ。

通常の複素解析上では発散する項を、p進体のウルトラトリック構造を利用して有限化することで、非摂動的な重力の相関関数再構成できる。

だが、問題はそこにある。p進距離三角不等式が逆転するので、局所場の概念定義できない。

これはまるで、隣人がパンケーキを焼くときに「ちょっと目分量で」と言うのと同じくらい非論理的だ。

朝食はいものように、オートミール42グラム蜂蜜5グラムカフェイン摂取量は80mgに厳密に制御した。

ルームメイトはまたしても僕のシリアルを間違って開けたが、僕はすでにこのような異常事態に備えて、バックアップとして同一銘柄を3箱ストックしてある。

僕が秩序を愛するのは強迫ではなく、宇宙の熱的死に抗うための小さな局所秩序の創出だ。

今日研究は、T^4コンパクト化されたIIb型超弦理論D3ブレーン上における非可換ゲージ理論自己双対性

通常、B場を導入することで非可換パラメータθ^{μν}が生成されるが、僕の考察では、θ^{μν}をp進値に拡張することで、通常のMoyal積が局所整数体上で閉じない代数構造を持つ。

これが意味するのは、物理空間が離散的p進層として現れるということ。言い換えれば、空間のものが「整数木構造」になっている。

ルームメイトが「木構造空間って何?」と聞いたが、僕は優しく、「君の社交スキルネットワークよりは連結性が高い」とだけ答えておいた。

午後は友人たちとゲームをした。タイトルエルデンリング。だが彼らのプレイスタイルには忍耐が欠けている。

僕がビルド純粋知力型にしてカーリア王笏を強化している間に、彼らは無計画に突っ込んではボスに殺されていた。

統計的に見ても、平均的なプレイヤーの死亡原因の82%は戦略ミスに起因する。

僕は「量子重力パス積分と違って、こっちはセーブポイントがあるんだ」と指摘したが、誰も笑わなかった。理解力が足りないのは罪だ。

夜、コミックを再読した。ウォッチメンドクターマンハッタン描写は、量子決定論詩的表現として未だに比類ない。

あの青い身体は単なる放射線象徴ではなく、観測者のない宇宙比喩だ。

僕が大学時代に初めて読んだとき、「ああ、これは弦の振動意識を持った姿だ」と直感した。

今日もそれを確かめるため、ドクターマンハッタン時間非線形認識するシーンを分析し、p進時空における時間関数t→|t|_pの不連続性との対応を試みた。

結果、彼の非時間意識は、実はp進的時間座標における不連続点の集積と一致する。つまりマンハッタンはp進宇宙に生きているのだ。

寝る前に歯を磨く時間は、時計23:00を指してから90秒以内に開始しなければならない。これは単なる習慣ではなく、睡眠周期を最大化するための生理学最適化だ。

音楽再生しない。音波は心拍数を乱すからだ。ただし、ゼルダの伝説 時のオカリナエンディングテーマだけは例外だ。あれは時間対称性を感じさせる旋律から

僕の一日は、非可換幾何と行動最適化連続体でできている。宇宙エントロピーが増大しても、僕の部屋の秩序は一定だ。つまり、少なくともこの半径3メートル範囲では、熱的死はまだ先の話だ。

Permalink |記事への反応(0) | 00:23

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2025-10-03

気づけば冷蔵庫チーズだらけ、けれど最初はただの偶然だった。

本格的に沼に落ちるきっかけは、地元イタリアンで食べたモッツァレラ

それまではピザパスタの具として「何となく旨い」くらいに思っていた。

でも、ある日、皿に乗ったカプレーゼの白いモッツァレラフォークで切った瞬間、

プニッとした弾力、スッと立ち上るミルク香り

口に入れたら、柔らかさと淡い塩気、ほんのりした甘みが混じって、

「これ、牛乳の延長じゃない。別物だ」と脳天を砕かれた。

あの日トマトバジルオリーブオイルモッツァレラ

今まではスーパープロセスチーズしか知らなかった俺が、その一皿で世界が広がった。

「本物」を知った瞬間だった。

それから家でも試してみたくなり、スーパーで水に浸かって売られているモッツァレラを買った。

最初ちょっと高いな、でもどうしても再現したくて、家でカプレーゼをつくった。

結果は、正直、レストランみたいに仰天はしなかった。

スーパー品は日持ち重視で固め、塩気も控えめ。でも、「プニ感」と淡い味わいには感動。

ここで初めて「チーズってピザ用だけじゃないんだ」と思った。

それからネットで調べ始めた。

モッツァレライタリアでは水牛乳が主流」「本場はもっとモチっとしてる」

北海道や輸入物の値段にビビりながら、勇気を出して新しい銘柄を買ってみる。

何種類か試すうちに、モッツァレラの奥にカマンベールブリー、ゴーダ、パルミジャーノが並んでいることに気づいた。

そして2週間後、デパ地下で「カマンベールおつまみに最高ですよ」と店員に勧められ、

今度はフランスチーズに手を伸ばすことになる。そのまま、白カビ、青カビ、ハード――

どんどんチーズ世界が広がり、気づけば冷蔵庫が「沼」になっていた。

でもその「なんとなく」の壁を超えた瞬間、世界は激変する。

【まず知れ】

チーズは味の違いくらしか意識してない奴がほとんどだ。

でも、チーズ世界はめちゃくちゃ体系化されていて、クセや用途、食べる順番まで全部意味がある。

フレッシュチーズ、白カビ、青カビ、ハード――この4ジャンルを間違いなく頭に叩き込め。

フレッシュチーズ

カッテージ、リコッタマスカルポーネモッツァレラ

牛乳ギュッと詰まって、クセゼロ、爽やかでほぼ乳製品

カプレーゼサラダパンに乗せて食え。

ピザモッツァレラもここ。

日本の安いのは牛乳だけど、本場イタリア水牛

水分たっぷりで、とにかく柔らかい。ただし日持ちはしない。

【白カビチーズ

カマンベールブリー。表面が白くて中がとろける。

クリーミーに塩気。クセはピンと来るが、初心者にも食べやすい部類。

クラッカーパン果物ワインに最高。熟成によって香りトロみも増していく。

【青カビ(ブルーチーズ)】

ゴルゴンゾーラロックフォールスティルトン

名前の通り青や緑のカビがびっしり入り込んでいる。初見は怯む。

でも一口食えば、塩気と旨みにやられる。

蜂蜜かけてパンに乗せろ。パスタソースナッツとも相性抜群だ。

クセは最強クラス。でも慣れると抜け出せなくなる。

ハードチーズ

チェダー、パルミジャーノエメンタール、グラナパダーノ。

粉にしてパスタに、スライスしてサンドイッチグラタンカルボナーラ――全部に使える。

塩気、コク、旨みが信じられないくらい詰まってる。

パルミジャーノイタリア産の「チーズ界の王様」。

エメンタールスイス名物、穴あきでチーズフォンデュやラクレットの主役。

プロセスチーズって何だ?】

スーパーに大量に並ぶ、よくある「プロセスチーズ」。

アレはナチュラルチーズを細かく切って溶かし、再度固めた“再構成”の食品

クセなし、安定した味、料理向きだけど、

本物のチーズの「魂」とは距離がある。

でも日常使いにはものすごく便利。

さらに、沼の底は深い】

ここまで聞けば普通スーパーの棚にも勇気が湧くはずだ。

でも、本当の沼民はここからさらに進む。

白カビの頂点エポワスオレンジ色で酒の香り、室温で液体になるほどトロトロ)、

リヴァロ、ポンレヴェック――これぞ発酵臭の暴力褒め言葉)。

山羊乳のシェーヴルは、酸味とほんのり土臭さ。これを蜂蜜と合わせると「酸味×甘味」の天才タッグ完成だ。

ブルーチーズ界のラスボスロックフォール

羊乳で作ってフランス洞窟熟成

パンワインも持ちこたえきれないクオリティ

ブリヤ・サヴァランやタレッジョ(イタリアまれ)も「ダメ人間製造機」級の誘惑。

お前らは「臭い」「クセが強すぎる」「高い」と尻込みするかもしれない。

でもその先に未知のうまさが待っている。

固くて塩辛くてボロボロ崩れるハードチーズは、パスタサラダを何倍も美味くする。

ブルーチーズは一度蜂蜜と合わせてみろ、いっき人生変わる。

実際、沼に足を踏み込む冷蔵庫一角チーズで埋まる。

月々の食費が跳ね上がり、体重計と胃もたれに泣く日もある。

でも、その一口一口がご褒美だ。

酒飲みにはもちろんだが、甘党も塩党もチーズ無限に遊べる。

ここまで読んだ初心者はきっと「どこでチーズを買えばいいかわからん」「どう選べばいいかわからん」と感じているだろう。だが、入口簡単だ。

番手なのは、まず近所のスーパー当たってみる。でも正直、ラインナップは控えめだろう。

モッツァレラカマンベール、チェダー、ゴーダ、パルミジャーノあたりが置いてあればいいほう。

だったら、デパ地下チーズ専門コーナーが断然おすすめ

ここではフレッシュからハード、青カビ、山羊乳までそろってる。しかも「量り売り」が多いから、少しだけでも買える。

何も知識がないままでも店員さんは慣れている。初心者はこう声をかけろ

チーズ初心者で、クセが少なくて食べやすものを教えてください」

パンワインと合わせたいんですが、おすすめありますか?」

「この予算で色々試したいんですが、人気の品ってどれですか?」

基本は、モッツァレラ(爽やか)→カマンベールクリーミー)→チェダー/ゴーダ(コク・クセ控えめ)あたりをまずすすめられる。

もし勇気があれば、「青カビや山羊乳も少しだけ試したい」「クセはあっても平気です」と伝えれば、小さくカットされた本格派も出してくれる。

量り売りがあるデパ地下なら「100gくらい」「少しずつ数種類を食べてみたい」と言ってみろ。店員は必ず、「初心者セット」的な組み合わせを選んでくれる。

大事なのは「わからないのでおすすめを知りたい」と素直に伝えること。遠慮するな。

専門職はその場で味や特徴も教えてくれる。

まずはデパ地下で、「初心者です。食べやすチーズを色々教えてください」でOK。値段が気になるなら「できれば○○○○円くらいで」と一言添えれば、絶対外れないか安心しろ

一歩踏み出せば、冷蔵庫に新しいチーズ人生に新しい楽しみが増える。沼民はその報告を待っている。

Permalink |記事への反応(10) | 20:27

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2025-09-17

個性ってなんだろう。

結局みんな朝になったら同じように目を覚まして、朝ごはんを食べて、家を出ていく。その「同じ」にどれだけ差し込める余地があるかで個性が生まれる気がする。

たとえば、「朝起きて、朝ごはんを食べて、家を出た」なんて、教科書の例文みたいな日常だ。でも、同じ朝でもある日は目玉焼きを食べたり、ある日は納豆をかき混ぜたりする。このほんのちょっとした部分が、人間の「違い」=個性につながる。大量の人の中で「自分」が埋もれてしまいそうでも、たった一つ食べるものを変えるだけで、自分物語が始まる。

細部の違い。それこそが個性の真髄なのだ個性とは、一見すればどうでもいいくらい小さな違いの連続だ。「今日目玉焼きだったから元気が出た」「納豆の粘りで憂鬱ちょっとだけ消えた」。そうやって、日々の選択自分らしさを積み重ねていく。

よく「自分言葉で語れ」などと学校会社で偉そうに言われる。でも、それって要するに、自分他人なら気にもしないようなどうしようもない細部についていちいち言葉にすることじゃないのか。「朝起きて憂鬱だったから、いつも食べないカレーを朝から温めてみたら、なぜか死にたくなる気持ちが消えた」とか、「洗濯機の音が止まらないせいでトーストが焦げた」とか、そんな取るに足らない事情を語ることが自分言葉を紡ぐ作業だ。

一般論とか、他人受けを狙った物語ほど、個性から遠ざかる。その文章は平均化されて一気に凡庸になる。逆に、ごく個人的事情――誰も気にしない失敗や、理由なき習慣、偶然見た夢について語るほど、「自分言葉」になっていく。「俺は今朝、牛乳蜂蜜を混ぜて飲んだ。粘度が高すぎてストローが詰まった。詰まったまんま置きっぱなしにして玄関で靴ひもを結び、仕事遅刻した」。こんな話はおそらく誰にも響かないが、間違いなく他人には語れない一回限りの個性痕跡なんだ。

から個性とは細部、その違いを語る力」だと思う。わざわざ「自分語り」なんて言われてバカにされるけれど、みんな個性が欲しいなら、もっと些細な現実を一つ一つ拾って語ればいい。たとえば朝ごはんのたった小さな選択肢に、自分らしさは宿る。その些細な違いをこと細かに語ることこそ、「個性」なんだ。

Permalink |記事への反応(1) | 03:13

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2025-09-07

anond:20250905054532

私の世界は、丁寧に、そう、まるで細胞の一つ一つにまで神経を行き届かせるようにして磨き上げられた、半径およそ十メートルほどのガラスの球体であり、その球体の中心には、世界のすべてであり、法であり、そして揺るがぬ神であるところの、生後六ヶ月の息子、光(ひかる)が、ただ健やかな呼吸を繰り返している。その完璧な球体を維持すること、それこそが水無月瑠璃(みなづき るり)、すなわち三十一歳の私に与えられた唯一にして絶対の使命であったから、私は今日もまた、タワーマンション二十八階、陽光白磁の床にまで染み渡るこのリビングダイニングで、目に見えぬ埃の粒子と、あるいは時間という名の緩慢な侵食者と、孤独な、そして終わりなき闘争を繰り広げているのであった。北欧から取り寄せたというアッシュ材のテーブルの上には、一輪挿しに活けられたベビーブレスの、その小さな白い花弁の影さえもが、計算され尽くした角度で落ちており、空気清浄機は森の朝露にも似た清浄さを、ほとんど聴こえないほどの羽音で吐き出し続け、湿度計のデジタル表示は、小児科医が推奨する理想の数値、六十パーセントを寸分違わず指し示しているのだから、およそこの空間に、瑕疵という概念の入り込む余地など、どこにもありはしなかった。かつて、外資系コンサルティング会社で、何億という数字が乱れ飛ぶ会議室の冷たい緊張感を、まるで上質なボルドーワインでも嗜むかのように愉しんでいた私自身の面影は、今やこの磨き上げられたガラス窓に映る、授乳のために少し緩んだコットンのワンピースを着た女の、そのどこか現実感を欠いた表情の奥に、陽炎のように揺らめいては消えるばかりであった。

思考は、そう、私の思考と呼んで差し支えるならば、それは常にマルチタスクで稼働する最新鋭のサーバーのように、光の生存に関わる無数のパラメータによって占有され続けている。次の授乳まであと一時間二十三分、その間に終わらせるべきは、オーガニックコットンでできた彼の肌着の煮沸消毒と、裏ごししたカボチャペーストを、一食分ずつ小分けにして冷凍する作業であり、それらが完了した暁には、寝室のベビーベッドのシーツに、もしかしたら付着しているかもしれない、私たち世界の外部から侵入した未知のウイルスを、九十九・九パーセント除菌するというスプレー浄化せねばならず、ああ、そういえば、昨夜翔太が帰宅時に持ち込んだコートに付着していたであろう、あの忌まわしい杉花粉の飛散経路を予測し、その残滓を、吸引力の変わらないただ一つの掃除機で完全に除去するというミッションも残っていた。これらすべては、愛という、あまり曖昧情緒的な言葉で語られるべきものではなく、むしろ生命維持という厳格なプロジェクト遂行するための、冷徹なまでのロジスティクスであり、私はそのプロジェクトの、唯一無二のマネージャーであり、同時に、最も忠実な実行部隊でもあった。誰がこの任務を私に課したのか、神か、あるいは生物としての本能か、はたまた「母親」という名の、社会発明した巧妙な呪縛か、そんな哲学的な問いを発する暇さえ、このシステムは私に与えてはくれなかった。

である翔太は、疑いようもなく、善良な市民であり、そして巷間(こうかん)で言うところの「理想の夫」という、ほとんど神話上の生き物に分類されるべき存在であった。彼は激務の合間を縫って定時に帰宅すると、疲れた顔も見せずに「ただいま、瑠璃。光は良い子にしてたかい?」と、その蜂蜜を溶かしたような優しい声で言い、ネクタイを緩めるその手で、しかし真っ先に光の小さな体を抱き上げ、その薔薇色の頬に、まるで聖遺物にでも触れるかのように、そっと己の頬を寄せるのだ。週末になれば、彼はキッチンで腕を振るい、トマトニンニク匂いを部屋中に漂わせながら、私や、まだ食べることもできぬ光のために、絶品のペペロンチーノカルボナーラを作り、その姿は、まるで育児雑誌グラビアから抜け出してきたかのように、完璧で、模範的で、そして、どこか非現実的ですらあった。誰もが羨むだろう、この絵に描いたような幸福風景を。友人たちは、私のSNS投稿される、翔太が光をあやす姿や、手作り離乳食が並んだテーブル写真に、「理想家族!」「素敵な旦那様!」という、判で押したような賞賛コメントを、まるで祈り言葉のように書き連ねていく。そう、すべては完璧なのだ完璧なはずなのだ。このガラスの球体の内部では、愛と平和と秩序が、まるで美しい三重奏を奏でているはずなのだ

――だというのに。

夜、ようやく光が天使のような寝息を立て始め、この世界のすべてが静寂という名の薄い膜に覆われた頃、ソファで隣に座った翔太が、労わるように、本当に、ただ純粋愛情と労いだけを込めて、私の肩にそっと手を置く、ただそれだけの、あまりにも些細で、そして無垢行為が、私の皮膚の表面から、まるで冷たい電流のようにして内側へと侵入し、脊髄を駆け上り、全身の毛穴という毛穴を、一斉に収縮させるのである。ぞわり、と。それは、神聖な祭壇に、土足で踏み込まれときのような、冒涜的な不快感であった。あるいは、無菌室で培養されている貴重な細胞のシャーレに、誰かが無頓着なため息を吹きかけたときのような、取り返しのつかない汚染への恐怖であった。彼の指が触れた肩の布地が、まるで硫酸でもかけられたかのように、じりじりと灼けるような錯覚さえ覚える。私は息を止め、この身体が、この「水無月瑠璃」という名の、光のための生命維持装置が、彼の接触を、システムに対する重大なエラー、あるいは外部からハッキング行為として認識し、全身全霊で拒絶反応を示しているのを、ただ呆然と、そして客観的に観察していた。

「疲れてるだろ。いつも、ありがとう

翔太の声は、変わらず優しい。その瞳の奥には、かつて私が愛してやまなかった、穏やかで、そして少しだけ湿り気を帯びた、雄としての光が揺らめいているのが見える。それは、私を妻として、女として求める光であり、かつては、その光に見つめられるだけで、私の身体の中心が、熟れた果実のようにじゅくりと熱を持ったものだった。だというのに、今の私には、その光が、聖域である保育器を、ぬらりとした舌なめずりをしながら覗き込む、下卑た欲望眼差ししか見えないのだ。許せない、という感情が、胃の腑のあたりからせり上がってくる。この、二十四時間三百六十五日、寸分の狂いもなく稼働し続けている精密機械に対して、子を産み、育て、守るという、この宇宙的な使命を帯びた聖母に対して、己の肉欲を、その獣のような本能を、無邪気に、そして無自覚にぶつけてくるこの男の、そのあまりの鈍感さが、許せないのである

ケダモノ

その言葉が、私の内で、教会の鐘のように、低く、重く、そして厳かに反響する。そうだ、この男はケダモノなのだ。私がこの清浄な球体の秩序を維持するために、どれほどの精神を、どれほどの時間を、どれほどの自己犠牲にしているのか、そのことを何一つ理解しようともせず、ただ己の種をばら撒きたいという原始の欲動に突き動かされているだけの、ただのケダモノなのだ

そんなはずはない、と、脳のどこか、まだかろうじて「かつての私」の残滓が残っている領域が、か細い声で反論を試みる。これは翔太だ、私が愛した男だ。雨の匂いが充満する安ホテルの、軋むベッドの上で、互いの名前を喘ぎ声で呼び合いながら、世界の終わりが来るかのように貪り合った、あの夜の彼なのだパリへの出張中、セーヌ川ほとりで、どちらからともなく互いの唇を求め、道行く人々の冷ややかな視線さえもが、私たちのためのスポットライトのように感じられた、あの瞬間の彼なのだ結婚記念日に、彼が予約してくれたレストランの、そのテーブルの下で、こっそりと私のスカートの中に忍び込んできた、あの悪戯っぽい指の持ち主なのだ。あの頃、私たちは互いの肉体という言語を、まるで母国語のように自在に操り、その対話の中に、世界のどんな哲学者も語り得ないほどの、深遠な真理と歓びを見出していたはずではなかったか。あの燃えるような記憶は、情熱の残骸は、一体どこへ消えてしまったというのだろう。それはまるで、昨夜見た夢の断片のように、あまりにも色鮮やかで、それでいて、掴もうとすると指の間から霧のように消えてしまう、遠い、遠い銀河の光なのである

瑠璃…?」

私の沈黙を訝しんだ翔太が、私の顔を覗き込む。私は、まるで能面のような無表情を顔面に貼り付けたまま、ゆっくりと彼の手を、自分の肩から、まるで汚物でも払いのけるかのように、そっと、しかし断固として取り除いた。そして、立ち上がる。

「ごめんなさい。少し、疲れたみたい。光の様子を見てくるわ」

それは、完璧な嘘であり、そして、完璧真実でもあった。私は疲れていた。だがそれは、育児という名の肉体労働に疲れているのではなかった。私という個人が、水無月瑠璃という一個の人格が、「母親」という名の巨大なシステムに呑み込まれ、その歯車の一つとして摩耗していく、その存在論的な疲弊に、もう耐えられなくなりつつあったのだ。これは、巷で囁かれる「産後クライシス」だとか、「ホルモンバランスの乱れ」だとか、そういった便利な言葉で容易に片付けられてしまうような、表層的な現象ではない。違う、断じて違う。これは、一個の人間が、その魂の主導権を、自らが産み落とした別の生命体に完全に明け渡し、「装置」へと、あるいは「白き機械」へと、静かに、そして不可逆的に変質していく過程で生じる、存在のものの軋みなのである

聖母、とはよく言ったものだ。人々は、母という存在を、無償の愛と自己犠牲象徴として、何の疑いもなく神格化する。だが、その実態はどうか。自己を失い、思考も、肉体も、感情さえもが、すべて「子」という絶対的な存在奉仕するためだけに再構築された、ただのシステムではないか。私は聖母などではない。私は、高性能な乳製造機であり、汚物処理機であり、そして最適な環境提供する空調設備が一体となった、ただの生命維持装置に過ぎないのだ。この気づきは、甘美な自己陶酔を許さない、あまりにも冷徹で、そして絶望的な真実であった。そして、この真実を共有できる人間は、この世界のどこにもいやしない。翔太のあの無垢な優しさでさえ、結局は、この優秀な装置が、明日も滞りなく稼働し続けるための、定期的なメンテナンス作業しか見えないのだから、その孤独は、宇宙空間にたった一人で放り出された飛行士のそれに似て、どこまでも深く、そして底なしであった。友人たちがSNS投稿する「#育児は大変だけど幸せ」という呪文めいたハッシュタグは、もはや、この巨大なシステムの異常性に気づいてしまった者たちを、再び安らかな眠りへと誘うための、集団的自己欺瞞儀式しか思えなかった。

寝室に入ると、ベビーベッドの中の光は、小さな胸を穏やかに上下させながら、深い眠りの海を漂っていた。その無防備な寝顔は、確かに、この世のどんな芸術品よりも美しく、尊い。この小さな生命を守るためならば、私は喜んで我が身を投げ出すだろう。だが、それは、この身が「私」のものであった頃の話だ。今の私にとって、この感情は、プログラムに組み込まれ命令遂行しているに過ぎないのではないか。愛でさえもが、システムを円滑に稼働させるための、潤滑油のような機能に成り下がってしまったのではないか。そんな疑念が、毒のように心を蝕んでいく。

私は、息子の傍らを離れ、再びリビングへと戻った。翔太は、ソファの上で、テレビの光をぼんやりと浴びながら、所在なげにスマートフォンをいじっている。その背中は、拒絶された雄の、どうしようもない寂しさを物語っていた。かつての私なら、きっと背後からそっと抱きしめ、「ごめんね」と囁いて、彼の寂しさを溶かしてやることができただろう。しかし、今の私には、もはやそのための機能が、インストールされていないのである

私は、彼に気づかれぬよう、書斎として使っている小さな部屋に滑り込んだ。そして、ノートパソコンの冷たい天板に触れる。ひやりとした感触が、指先から伝わり、かろうじて、私がまだ血の通った人間であることを思い出させてくれるようだった。スクリーンを開くと、真っ白な光が、闇に慣れた私の網膜を焼いた。カーソルが、無人荒野で、点滅を繰り返している。何を、書くというのか。誰に、伝えるというのか。この、言葉にもならぬ、システムの内部で発生したエラー報告を。この、機械の内部から聞こえてくる、魂の悲鳴を。

それでも、私は指を動かした。これは、誰かに読ませるためのものではない。これは、祈りでもなければ、懺悔でもない。これは、私という名の機械が、自らの異常を検知し、その原因を究明し、あるいは再生可能性を探るために、己の内部へとメスを入れる、冷徹自己解剖の記録なのだ

真っ白な画面に、私は、震える指で、最初言葉を打ち込んだ。

『これは、私という名の機械が、自己を観察し、分解し、あるいは再生を試みるための、極秘の設計図である

その一文を打ち終えた瞬間、私の内側で、何かが、硬い音を立てて、砕けたような気がした。それが希望の萌芽であったのか、それとも、完全なる崩壊への序曲であったのか、その時の私には、まだ知る由もなかったのである。ただ、窓の外で、東京夜景が、まるで巨大な電子回路のように、無機質で、そして美しい光を、果てしなく明滅させているのが見えた。私もまた、あの無数の光の一つに過ぎないのだと、そう、思った。

自己機械定義たからには、次なる工程は当然、その性能向上のための最適化、あるいは、旧弊OSから脱却するための、大胆にして静かなるアップデート作業へと移行せねばならぬのが、論理的な、そして必然的帰結であった。そう、これは革命なのだと、私は深夜の書斎で、青白いスクリーンの光に顔を照らされながら、ほとんど恍惚とさえいえる表情で、そう結論付けたのであった。かつてロベスピエールが、腐敗した王政ギロチン台へと送り、新しい共和制の礎を築かんとしたように、私もまた、この「母親という名の献身」や「夫婦の情愛」といった、あまりにも情緒的で、非効率で、そして実態としては女の無償労働を美化するだけの前時代的な概念を、一度完全に解体し、再構築する必要があったのだ。そのための武器は、かつて私が外資系コンサルティングファームで、幾千もの企業相手に振り回してきた、あの冷徹ロジックと、容赦なき客観性という名のメスに他ならない。愛という名の曖昧模糊とした霧を晴らし、我が家という名の王国を、データタスクリストに基づいた、明晰なる統治下に置くこと、それこそが、この「水無月瑠璃」という名の機械が、オーバーヒートによる機能停止を免れ、なおかつ、その内部に巣食う虚無という名のバグ駆除するための、唯一の処方箋であると、私は確信していたのである

かくして、週末の朝、光が心地よい午睡に落ちた、その奇跡のような静寂の瞬間に、私は翔太をダイニングテーブルへと厳かに召喚した。彼の前には、焼きたてのクロワッサンと、アラビカ種の豆を丁寧にハンドドリップで淹れたコーヒー、そして、私が昨夜、寝る間も惜しんで作成した、全十二ページに及ぶパワーポイント資料印刷したものが、三点セットで恭しく置かれている。資料の表紙には、ゴシック体の太字で、こう記されていた。『家庭内オペレーション最適化計画書 Ver. 1.0 〜共同経営責任者(Co-CEO体制への移行による、サステナブル家族経営の実現に向けて〜』。翔太は、そのあまりにも場違いタイトルを、まるで理解不能な古代文字でも解読するかのように、眉間に深い皺を刻んで見つめた後、恐る恐る、といった風情で私に視線を向けた。その瞳は、嵐の前の静けさにおびえる子犬のように、不安げに揺れている。まあ、無理もないことだろう。彼にしてみれば、愛する妻が、突如として冷酷な経営コンサルタントに豹変し、家庭という名の聖域に、KPIだのPDCAサイクルだのといった、無粋極まりないビジネス用語を持ち込もうとしているのだから

瑠璃、これは…一体…?」

説明するわ、翔太。よく聞いて。これは、私たち家族が、これから幸せに、そして機能的に存続していくための、新しい聖書バイブル)よ」

私は、そこから淀みなく、プレゼンテーションを開始した。現状分析As-Is)、あるべき姿(To-Be)、そのギャップを埋めるための具体的なアクションプラン家事という、これまで「名もなき家事」という名の混沌の海に漂っていた無数のタスクは、すべて洗い出され、「育児関連」「清掃関連」「食料調達調理関連」「その他(消耗品管理資産管理等)」といったカテゴリーに分類され、それぞれに担当者と所要時間、そして実行頻度が、美しいガントチャート形式可視化されている。例えば、「朝食後の食器洗浄」は、担当:翔太、所要時間:十五分、頻度:毎日、といった具合に。さらに、月に一度、近所のカフェで「夫婦経営会議」を開催し、月次の進捗確認と、翌月の計画策定を行うこと、日々の細かな情報共有は、専用のチャットアプリで行うこと、そして何よりも重要なのは、これまで私一人が暗黙のうちに担ってきた「家庭運営の全体を俯瞰し、次の一手を考える」という、いわば管理職としての役割を、これからは二人で分担する、すなわち、彼にもまた、単なる作業員(ワーカー)ではなく、主体的思考する共同経営責任者(Co-CEO)としての自覚と行動を求める、ということ。私の説明は、かつてクライアント企業役員たちを唸らせた時のように、理路整然としており、反論余地など微塵もなかった。翔太は、ただ呆然と、私の言葉の奔流に身を任せるしかなく、すべての説明が終わった時、彼はまるで催眠術にでもかかったかのように、こくり、と小さく頷いたのであった。

「…わかった。瑠璃が、そこまで追い詰められていたなんて、気づかなくて、ごめん。僕も、頑張るよ。君を、一人にはしない」

その言葉は、疑いようもなく誠実で、彼の優しさが滲み出ていた。私は、その瞬間、胸の奥に、ちくり、と小さな痛みを感じたのを覚えている。違う、そうじゃないの、翔太。私が求めているのは、あなたのその「頑張るよ」という、まるで部下が上司に忠誠を誓うような言葉ではない。私が欲しいのは、私がこの計画書を作る必要すらないほどに、あなたが私の脳と、私の視界と、私の不安を共有してくれるPermalink |記事への反応(0) | 05:15

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2025-09-02

欧州では仕事9-17時、春1w(イースター)、夏2w、冬2wの海外旅行をして、貯金も貯まる。

ある年の冬、オフシーズンギリシャに行った。空港から地下鉄ストライキをしていて、駅員に聞いて乗り換えた。アテネ建物は古く、中心部はあまりれいではない。

とはいえ地区によっては瀟洒アパートきれいなブティックもある。当時、ギリシャ経済は最悪だったが、丘の上から夜景を眺めると、確かに明かりはG7の国の首都に比べれば控えめだが、それほどでもない。

博物館収蔵品は見応えがある。

アテネでは観光客らしくパルテノン神殿ホテル屋上からも見える。夜はライトアップされる)やそこらに点在する遺跡プラ地区の店やカフェを冷やかして周ったあと、車で時計回り国土の南三分の二を一周することにした。

コリントス地峡を渡って(シーサイドの道中、橋の夜景が絵になる)水かきのついた手の形をしたペロポネソス半島に着くと、酒屋で赤ワインを買って宿でバッカス乾杯した。なお、近所にバーはない。ギリシャ北部で作られる、クシノマヴロという葡萄品種の酒は、中重口で優美でおいしく、瓶熟成も期待できそうな、輸出できる味だが、伊仏のそれと比べて安い。

朝は煮出した濃厚なギリシャコーヒーで目を覚まし、近くの透き通った海で英気を養う。

この半島は、内陸部はオリーブしか生えないような岩と乾燥土の荒れ地で、岩山のてっぺんに砦があったりする。寝坊したので、古代遺跡に着いたらすでに入り口は閉まっていたが、柵を乗り越え中に入って古代競技場の観客席に腰掛けたりはしない。

半島の先端に行ってみたが、住人のいない迷路のような道の村に羊が歩いていた。

スパルタの町は、道路信号がなく、交差点では左右の車を阿吽の呼吸ですり抜けた。外国人でも通じるらしい。博物館彫像は、ことごとく首なしか鼻欠けだった。征服に来た古代マケドニア人仕業らしい。

いくつか小さな町に立ち寄ったが、海に近いのでシーフードがおいしい。

オリンピア遺跡を見た。

国道は片側一車線だが、路肩を使って二車線になっている。

夜、給油すると、係が、20%の消費税をぼやいていた。「政府が俺らを殺しているんですよ、メリークリスマス

風が強かったが、フェリーに車を乗せてザキントス島に着いた。イオニア海きれいな緑色をしている。ここは、夏場は欧州一円から来たパリピ若者が夜通し遊ぶところだが、冬はクラブも閉まって静かだ。何もないので、カフェバービールゆっくり飲む。

翌日、浜辺に難破船のあるシップレックビーチまで、道を間違えつつ辿り着き、崖の上から眺めた。鮭の切り身のような形の岩壁が突き出し、ここだけ色がひと際鮮やかなエメラルドブルーの海を区切っていて、有名な写真スポットだ。晴天だが風が強く、帰りのフェリー欠航まちがいない。島を一周して宿に戻る道すがら、レストランで久しぶりに鯛を食べた。

半島に戻ると、橋を渡って、本土西側イオニア地方の丘の上の遺跡を歩いた。この辺りの国道はなにもない丘と低木の生えた乾燥地を抜けていて、車は時速100km以上ですっ飛ばして行く。

実はギリシャ本土は北に行くほど山がちで、スキーリゾートがある。これを知らず、車はノーマルタイヤだった。なにしろ比喩的心筋梗塞に襲われ、旅行の前日に思い立って航空券を買ったのだ。

メテオラという、ビルほどの巨大な奇岩が連なっている天辺修道院が乗っている所に来た。修道院には、ロープウェイ物資を運んでいるらしい。

その後、オリンポス山を見に行ったのだが、雪に煙って見えなかった。バーに入って酒をたのんで話をしたあと、覚えていない。

ギリシャトイレ水道管は断面が狭いらしいので、トイレットペーパーは流さないでかごに捨てることになっているところが多い。

朝食では、濃厚なギリシャヨーグルトに特産蜂蜜をかけて食べた。いろいろギリシャ料理があったが、名前は忘れた。

一方通行路地の片側にはびっしり駐車してあり、しかも一台分の割り当てが短い。慣れずに苦戦していると、「きみ、出るのか入るのか、どっち?」

この日、神殿を見にデルフォイまで行くつもりだったが、途中、雪が散らつき車を飛ばせず、峠に向かうと夜になり、固く引き締まった雪道に空は吹雪いていた。実は、車屋の親父が調子のいいやつで、タイヤチェーンをトランクに入れてくれたのだが、サイズが合わない。峠で唯一のホテルの前で、明かりを頼りに苦戦していると、主が出てきて、中でコーヒーを飲ませてくれた。結局、諦めてアテネに戻ることにした。途中の高速道路新雪と融雪が斑なシャーベットになっていて、一台だけ時速60kmで進んだ。アテネに近づくと、辺りは雪の気配さえない。真夜中、アパートホテル場所を探すのに、手間がかかった。

結論として、今度ギリシャに行く機会があるとすれば、北部都市テッサロニキを見てみたいが、気温40度になる夏、あるいはたくさんあるうちの島のいくつかのビーチで寝そべって過ごしたいかといえば、よく分からない。もしかすると、クレタ島もいいかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 20:47

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オートミールの不味いレシピ

一般的にはお湯でふやかして食べるんだって

俺はヨーグルト蜂蜜混ぜて食べてるよ

そっちの方が健康的で美味しいし飽きないよ

お湯でふやかしてコメご飯代用にしてる奴、それ一番不味い食べ方だよ

病院食食べたいなら病院で食べればいいじゃん

Permalink |記事への反応(0) | 09:19

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2025-08-09

今日の神パン屋

今日買ったもの

イチジク生ハムサンド

かつてInstagramに載っているのをみて、この町でこんなもん出してる店があるのか、いつか行ってみてえな、と思った記憶がある

それを実際に食うことができた

なにかがガツンとくるわけではない、落ち着いた味わいのサンドイッチだ

パンは地味に旨く、イチジク甘味ほのかで、生ハムの塩気も控えめ

しかし、そのあたりが渾然一体となり、しみじみとうまい いい味だなあ、と素直に思う

なんとなくこれは焼かないほうがうまいかも?と思って冷たいまま食ったけど、正解だった気もするし、パンだけリベイクしてみるという選択肢もあったろうな

またあったら買いたい

レモンバターサンド

硬めのパンに、蜂蜜漬け?にしたあとに焼かれた?干された?レモンと、バターが挟まっている

パンはけっこうしっかり硬くて、噛みちぎるという動作必要なくらいの質感

そういうパンに、噛めば甘味と風味の出るレモンが組み合わさって、バターがまとまりを与える

これもかなり良かった

夏を感じるサンドでした

ピザパン

これはダークホースだった

まず、hunme(神パン屋の店名)でピザパンって文字列を見るとは思わなかったんだよな

ピザパンって、「下賤」じゃないすか

なんだったら普通個人ベーカリーでもそんなに見ない

チェーン系のでっけえベーカリーとか、スーパーパンコーナーとかに結構あるけど、個人サイズベーカリーでは全然見ない なぜならピザパン邪道・下賤のパンであり、パン一筋でやるならわざわざそっち方向に行くことはないから(似たようなことをやるにしても、もっと洒落名前にしたりして、ピザパンは名乗らない)

んなことはなかった 俺の偏見だった

白を基調とした清潔感のある店内の、これまた白を基調とした洒落たポップに、がっつり「ピザパン」って書いてあった

いい店なんだよなやっぱ いい店なんだよ 

トマトチーズパン」みたいな逃げを打たずに、ピザパンって名前を使ってくれたことで好感度アップ

そして、そんな下賤の名前なんで、わりとジャンクフード食うくらいの気持ちでさっき食ったんだけど、味は全然ジャンクじゃなくて、しばらく思い出すくらいうまいわけ まあ普通ピザパンだってうまいんだけど、それとはまた方向の違う、一品料理なうさなわけですよ

なんといっても生地がいい ピザパンの具が乗ってない耳の部分って、通常は消化試合的な感じになると思うんだけど、このピザパンはむしろ耳を楽しみに食えるくらい、生地に旨みがある 食感も硬めで、噛みごたえが心地良い

そんでもちろん、逆に具が足を引っ張ってるなんてことはなく、具の部分もうまいわけさ ほどよい厚みにスライスされたトマトが、リベイクによってあの加熱されたトマト特有の味を出してくれて、そこにチーズなんかが相まって、大変よろしかった

これはまた見たら絶対買うね

キッシュ

まだ食ってない 明日の朝に食う!

けっこう楽しみでワロタ

かぼちゃとうもろこし自家製ベーコンチーズなんかが入ってるらしいです

キッシュはあれば毎回買っていて、毎回うまい

毎回加熱が微妙にうまくいかなくて、ちょっとぬるいまま食ってる

今度こそいい感じにあっためて食いてえ

明日の朝は、このキッシュ存在により、いい朝になることが確定している

(もしかしたら今日消費期限かもしれないが、俺は強靭な胃袋があるのでたぶん大丈夫)

カルダモンロール

これもまだ温存している

カルダモンロールは店の看板商品で、いつ食ってもうまい

でも結構、日によって味わいに幅がある気もする(粉なんかをちょいちょい変えている的な話があった気がする)

後味が大別して酸味・甘味・無味のパターンがある気がして、俺は個人的には甘味が残るような印象のやつが好きだ 

明日のやつはどっちかな

Permalink |記事への反応(1) | 22:24

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2025-08-01

anond:20250801151242

チャイロイコグマちゃんリラックマより少し色が濃く、顔が幼く(大抵目が少し大きく、口が小さい)、ふわふわの胸毛がチャームポイント

しり蜂蜜がついていてリラックマとは違い基本的四足歩行

ちなみにリラックマデザイナーであるコンドウアキさんがサンエックスを退社後に作られたキャラクターでコンドウさんはノータッチなので、登場当初は古くからファンから茶色い熊は二匹もいらない」等の反発があった

最近あんまり表だったアンチは見ないけど諦めただけで受け入れてないファンも少なからずいる

Permalink |記事への反応(0) | 15:14

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2025-07-30

酒場のボブに聞いたらおすすめしてくれそうなカクテル

ボブが営むちょっと渋くて物知りな酒場……そんな彼が「今夜の一杯にどうだい?」とグラスを差し出す姿を想像すると、次のようなカクテルが似合いそうです:

🍸 ボブのおすすめカクテルリスト

1. ラスティネイル(Rusty Nail)

スコッチウイスキードランブイハーブリキュール

「男が過去を語るには、これくらい渋くないとな」

2. ネグローニ(Negroni)

ジンカンパリスイートベルモット

「苦味がわかるようになったら、大人ってもんさ」

3.サイドカー(Sidecar)

ブランデーコアントローレモンジュース

「昔、戦場帰りの奴が好んでてね……語りたくなる味だ」

4.オールド・ファッションド(Old Fashioned)

バーボン砂糖ビターズオレンジピール

名前通り、古いけど間違いのない一杯だ」

5. ブラッディ・マリー(Bloody Mary

ウォッカトマトジュースレモンスパイス

二日酔いでも、恋でも、これが治すって噂さ」

6. スモーキーナイト(ボブのオリジナル

ラフロイグ(強いスモーキーウイスキー)+ブラックコーヒーリキュール+一滴の蜂蜜

「煙と苦みと、ほんの少しの甘さ。人間もそうだろ?」

「ボブ」は、味にうるさくて無駄口は叩かないけど、グラス越しに人生を語ってくれるタイプマスター。だからこそ、深みのある味、語りたくなる背景のあるカクテルをすすめてきそうです。

もし、もっとユーモア寄りや物語重視のボブがいいなら、そちらに合わせて別案も出せますよ。

Permalink |記事への反応(0) | 09:37

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2025-07-19

👮‍♂️🚔️「生の葡萄や収穫してから火をとおしてない蜂蜜に水を足したもの、それらを容器に入れて放置している者は申し出なさい」

Permalink |記事への反応(0) | 07:42

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2025-06-24

 手紙には新蔵が蜂蜜をくれたから、焼酎を混ぜて、毎晩杯に一杯ずつ飲んでいるとある。新蔵は家の小作人で、毎年冬になると年貢米を二十俵ずつ持ってくる。いたって正直者だが、癇癪が強いので、時々女房を薪でなぐることがある。

Permalink |記事への反応(0) | 06:24

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2025-06-22

カタツムリはちみつ金柑のど飴

熱帯夜が来てもカタツムリは元気である

https://anond.hatelabo.jp/20250529112656

最近暑いいか水をごくごく飲んでいるのをよく見かける。

ハムスターとか体温のある動物なら部屋の温度調節もしてあげなければいけないのかもだけど、コイツ真夏小松菜出身。外の気温には慣れてるだろうと思って室温に関してはあまり気にしていない。寒けりゃ冬眠し、暑けりゃ夏眠するだろう。

 

カタツムリはまた少し大きくなった。殻だけですら、もうそこらのビー玉よりよほどでかい。どうすんだこれ。

 

先日、たわむれに掃除の間だけ蜂蜜金柑のど飴をあげてみたらペロォ…ペロォ…と食べていた。ここまで甘いものをあげたのは初めてだ。

コイツも多分人生初の膨大甘味量だろう。ベタベタした飴は水分の多いカタツムリと相性が悪かったようで、「うう、つらい、でも何これ…あまい、食べたい…食べたいよう…」という感じで欲望嫌悪の渦が私にも伝わってきた。

野菜とかはすぐむしゃむしゃ食べるけど、蜂蜜金柑のど飴はおそるおそる口先だけつけてベタベタするのを最低限に抑えつつ食べてるなどしてちゃんと工夫してた。かしこい。

 

体に合わせて脳みそも大きくなってるからだと思うけど、家に来た頃よりも思考の流れが複雑になってる。本能的な「こうしよう」から「こうだから、こうしよう」の2段階くらい踏んでる感じ。…いやそれはちょっと言い過ぎかも。せいぜい「お、じゃあこうしよう」くらいかな。

 

暑っ、おなかすいた、これおいしい、キケン、これいらん、のどかわいた、サムっ、ひぇええ、え、なに?くらいの思考パターンは完全にあると思う。案外思考量があることに毎回ビックリする。

 

私は妊娠経験がないので実際のところどんなもんかわからないけど、きっと人間胎児もこのくらいの大きさの時からもういろいろ考えてるんだろうなーなどと思う。カタツムリ人間を一緒にしたら怒られるかもだけど。

 

我が家カタツムリは、胎児なら多分妊娠8〜9週目くらいのサイズっぽい。指とか顔ができてくる頃だそうだ。赤ちゃん、そのときにはこのカタツムリと同じくらいのことは考えてるんだろうなーって思うと胎児かしこい。「これうまっ」「え、暑ッ」くらいは思ってるはず。

こんな別思考が突如体内に発生したらそりゃ悪阻も起こるわなとも思う。妊婦さんは大変やでしかし。

Permalink |記事への反応(3) | 18:56

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2025-06-09

anond:20250609213454

🐻(蜂蜜罠か…!)

Permalink |記事への反応(0) | 21:44

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2025-06-08

好きな食べ物

Permalink |記事への反応(1) | 00:29

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2025-05-27

4歳児の子供の偏食がひどい

ついに、白飯も食べなくなった。

ここ数ヶ月で口にするのは以下のとおり

お菓子部門

歌舞伎揚

アスパラガスビスケット

じゃがりこ サラダ チーズ じゃがバター

ポテトチップス うすしお しあわせバター

チップスター うすしお

越後樽焼き 旨み塩

飲料部門

牛乳

coopさわやかブレンド

果物部門

バナナ

パン部門

・本仕込み8枚切りにマーガリンを塗ってトーストして蜂蜜をかけたもの

ヤマザキチョコチップスナック

パスコスナックパンチョコチップ

ファストフード

マックフライポテト

ホントにこれしか食わない。

ポテトチップスのりしおは食べないし、コンソメパンチも拒否

今のところ健康そう。

野菜なんて食べないのに、快便。

Permalink |記事への反応(1) | 18:23

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2025-04-12

吾輩は猫である

蜂蜜を引っくり返すと蜜蜂になる。にゃーん

Permalink |記事への反応(0) | 21:20

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2025-03-29

anond:20250329204853

見たところ調味料が塩と蜂蜜ぐらいしかないがこれで本当に美味しいのだろうか?

自分なら失敗を恐れて最後コンソメを入れると思う

Permalink |記事への反応(1) | 20:59

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2025-02-28

anond:20250228182850

ヴィーガニズム動物性食品摂取否定するライフスタイルなので「卵を許容する派閥」なんてものは無い。

ベジタリアンであれば卵や乳製品魚介類を許容する人たちは存在する。ベジタリアンの中でも動物性排除

最も徹底しているのがヴィーガニズム蜂蜜や白砂糖も避ける (白砂糖は精製に牛骨炭を使用する場合があるため)。

ヴィーガン食事だけでなく、たとえば革製品や獣角、羊毛シルクなどの利用も望ましくないと考えている。

Permalink |記事への反応(0) | 18:42

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2025-02-24

今日代謝が活発! 時には、体が動き続けるためにもう少し燃料が必要なこともあります

昼食までしのぐのに役立つ健康的なスナックアイデアをいくつかご紹介します。

もちろん

全粒粉トーストナッツバター:この組み合わせは、タンパク質食物繊維絶妙バランス提供します。

リンゴスライスピーナッツバター定番で、カリカリとした食感が空腹を満たしてくれるかもしれません。

ニンジンスティックまたはキュウリスライスフムス:さっぱりしてお腹がいっぱいになります

ナッツまたは種子を一握り:アーモンドクルミ、またはカボチャの種はかなり満足できます

ギリシャヨーグルト蜂蜜を少し垂らすか、ベリーを一握り:お好みに合わせてカスタマイズできます

これらなら、昼食まで満腹感を保てるはず。ください! 😊

これらのスナックは、満腹感を保ち、エネルギーたっぷり補給してくれるはず。

生けるもののすべての生命に限りがあるのならば海は死にます

山は死にますか風はどうですか 空もそうですか? 😊

Permalink |記事への反応(1) | 11:14

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2025-02-10

カレーを頼む時にプレーンナンじゃなく蜂蜜が入ってるやつにしてみたんだけど失敗だな、これ

カレー喧嘩して全然美味しいと思えない

この蜂蜜ナンはこれだけで食べるおやつ

Permalink |記事への反応(0) | 13:05

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2025-02-04

[日記]楽天で1kg×2本の蜂蜜を2000円で買った

まずくはない

まずくはないんだけど…なんか違う…

中国産からなのか?

安物買いの銭失いとまでは言わないけど

この他の候補っていったら1kg3000円とかしかないんだよなぁ(国産とかウクライナ産とか)

体に入れるものなんだから高くとも美味くて質の良いものを買うべきだろというのはあるんだけど

Permalink |記事への反応(2) | 15:14

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2025-01-31

anond:20250131135014

蜂蜜精液とかめちゃくちゃ陰湿じゃん

男は冷静で論理的とか爽やかでカラッとしてるとかナルシストすごいけど実情にそぐわないんだよね

Permalink |記事への反応(1) | 13:53

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2025-01-25

絶品焼き鳥のタレレシピ

食欲をそそる焼き鳥のタレレシピをご紹介します。ご家庭で簡単に作れるので、ぜひ試してみてください。

材料(作りやすい量)

ニンニク:3かけ

しょうゆ:100ml

みりん100ml

酒:100ml

砂糖:大さじ3

生姜:1かけ(すりおろし

長ネギの青い部分:1本分(みじん切り)

作り方

ニンニクを準備する:ニンニクは皮を剥き、みじん切りにする。

タレを作る: 鍋にしょうゆ、みりん、酒、砂糖、すりおろし生姜、みじん切りにした長ネギを入れて中火にかける。

煮詰める: 煮立ったら弱火にし、アクを取りながら10分ほど煮詰める。

ニンニクを加える: 3にみじん切りのニンニクを加え、さらに5分ほど煮詰める。

ます: 火を止め、粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やす

ポイント

ニンニクの量:ニンニクの量は、お好みで調整してください。よりパンチの効いた味が好みなら、多めに加えても美味しいです。

煮詰める時間: 煮詰める時間は、好みのとろみになるまで調整してください。

冷やして使う: 冷やすことで味が馴染み、より美味しくなります

アレンジ

リンゴ:リンゴをすりおろして加えると、タレにコクが深まります

蜂蜜:蜂蜜を加えることで、甘みが加わり、風味も豊かになります

ごま油:ごま油を少し加えると、香ばしさがアップします。

その他

市販焼き鳥タレに、みじん切りのニンニク生姜を加えてアレンジするのもおすすめです。

焼き鳥だけでなく、豚肉鶏肉を焼く際にも活用できます

注意

ニンニクは加熱することで風味が強くなります。焦がさないように注意しましょう。

冷蔵庫で保存する場合は、清潔な容器に移し替えて、密閉してください。

美味しく焼き鳥を食べるためのコツ

焼き鳥を焼く前に、タレに漬け込んでおくと味が染み込みます

焼き鳥を焼く際は、強火で短時間で焼き上げるのがおすすめです。

焼きあがったら、熱いうちにタレをかけると、より一層美味しくなります

ぜひ、このレシピを参考に、美味しい焼き鳥を作ってみてください!

Permalink |記事への反応(0) | 00:03

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