Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「藤原弘達」を含む日記RSS

はてなキーワード:藤原弘達とは

2025-05-14

カリフォルニア米4キロ2890円?高過ぎ😠

日本の米が5キロ千円で買えてたのにアメリカの米が2890円だってよ😅

日本の米値上げはアメリカの米売るためか?もう外食なんかしたくないよ

(;つД`)

ってことは日本の米は値段下がらないって事だね。

小麦アメリカ米もオレンジも高くなったね😅牛乳チーズマックとかさ、買わないからいいけど😁

しってますか?十年前からお菓子原材料せんべいとか米製品アメリカ米に変わっていて俺怒ってたよ😠

貿易赤字なんて嘘❗ってね😁

それ以外にもジャガ芋とか菜種油とかコーンとか10品目以上が原材料変わってました。外食チェーンもアメリカ産肉ばかりだし、バーガーはなんの肉か分からないし、兎に角アメリカ産ばかり食わされていやだーって怒っていた始めての人が俺で拡散されたよ😁

それ以外にも内容量が少なくなってるとか、通訳おかしいとか事実拡散していたんだよ私は。


しかし、米の量減らして食べて節約してたらばかに高くなり、前回買ったときは2980であきたこまちキロ地元産変えたのに...無洗米なんて1380円でバーゲンゲットできたのにどうなってるの?

今回は3980円でバーゲン品買ったけどコシヒカリともあきたこまちとも書いてなくて富山てんたかく?だっけ?買ったよ。そしたら18週ぶりに値下げとか今日ニュースで言っていた...、監視されてるわ...

ってか見たことの無い米ばかり...古古米?同じ米で袋違う富山てんたかくは500円高???古米

政府の嘘は深刻だ〰️💣️💥⚡

しかカリフォルニア米4キロ2890円は嘘でしょ?一寸前には10キロ2780だったよね?そんなに円安かい

しかも俺の生活覗いて色々言ってるのが分かってさ、賞味期限を伸ばすとか諸だね😠だって半額とかなってるの喜んで買っていて過ぎても全然大丈夫って

それに10万円欲しいとか思ってたらとあるブログコメント10万円貰っても自公投票しないと書いたの一昨日だし...、公明持ち上げニュースばかりでヘド出るわ まぁ、平和願う学会員正宗帰依した方がいい

もう公明党に投票しなくて良くなるからね😁だって憲法改正されたら最悪だよ‼️‼️⚡カルト傀儡独裁特高警察国家監視社会もう始まってる😠

それ創価婦人部が危惧してたよね?

動画見たよ‼️気付いたら子供戦争へ...

公明党の議員の黒い手帳とかさ、集団ストーカーとかされたとか言ってるけどさ、平和主義捨てて自民利権にとびついたからでしょ?

被害者も悪いところ有るよね?

母や妹、俺の場合一方的に仏敵カルトカオスストーカーよ⚡〰️💣️💥⚡

technologyデジタル犯罪集団ストーカーはセットですから😠

母と全く同じ犯罪で俺の4度の犯罪手口同じで藤原弘達さんが書いたのと同じ被害にあっていて、今回は大幅にtechnologyデジタル犯罪加えてるし、統合失調症にされた妹と俺は全く違う。

俺は人に一方的に切れたりしないよ。

諭してる悟り慈悲深い会話してます

最近信心していて変わったし、

統合失調症陽性に思わせる工作通用しません〰️💣️💥⚡⚡⚡⚡

周りの人たちみんな分かってる。

たぶん警官もね?⁉️

後さ、実は今僕は前妻と会いたいと思っていてね、真実しりいからご祈念し出したのが5月9日なんだよ。そしたらストーカー事件報道して殺人事件ばかり流すでしょ?

これ思考盗聴監視してる証拠だよ。

実は何処に住んでるかは分からいか義理の...考えていたら

ストーカー事件報道して殺人事件とか精神鑑定とか言い出してるでしょ😠

義理が会わないように工作だよね...

俺が言ってるニュースで仄めかしはこういうのよ😠本人しか分からん😠

カルト政府、国が俺を監視してるのだよ。全国ニュースクライシスアクターみたいな事件いね⁉️

休み警察たまたま電車に乗っていて犯人取り押さえるとか〰️💣️💥w

警察持ち上げね〰️💣️💥w多いよこういうのワイドショー見るとねw

もうね、地元警察署もだけど警察ストーカー最近も凄いよ

2分間に4台とか どう考えても待ち伏せだろとか、なぜ俺の居場所分かるんだろう?思考盗聴されてる記事

被害回顧録2.4..5など読めばはっきり書いてる。ってか被害回顧録に全て書いてるし今年に入ってから記事に全部書いてるけど真実からね〰️💣️💥⚡⚡⚡⚡

technologyデジタル犯罪加害者とぐるな気がしていて嫌だけど???

警官は指示されたら逆らえない...

悪いのは警察署長とかカルト幹部官僚総体革命自民特効カルト達だよ...

もうね、頭から腐りきっていて警官可哀想...

昨日も私に何かあったらと名を聞いて釘を刺してきた😁

でも「指示には逆らえないよね」と優しく、そして丁重にお願いしたよ。

行き先でストーカーされていることを伝えた。でも聞いてくれるよ⁉️

逮捕されてない😊

そして「家の周り中心でパトロールして欲しい、無理にとは言わないけど...」

すると「分かりました」言ってくれた😊犯人侵入する時間は決まってる。俺はいつも出掛ける時間同じなのね😁そして毎日

本の向を変えたり、調味料の置き場を変えたり、セロテープ剥がしたり、新聞盗んだり、もしかしたらウイルスとか毒とか仕込んでるかも😁

体調が今また悪いけど身体は元気で体力もついて、本来自分が出せる時間が限られた場所で少しあります😊

先週今週は精神科先生内科先生役所の方、弁護士相談議員さんに相談や端末会社相談交番、#9110愛知県警法務局被害を訴えたり

凄い被害なんだよ毎日侵入されて20年ぶりにウイルスに掛かってるし、料理酒8割有ったのが1割に減っていて、焼酎の味変だったし、作り置きのヤカンガスコンロに置いてたお茶も飲んだら速攻喉が傷んでもう三日目で、20年ぶりの風邪きついし、風邪か?

必ず入った証拠をわざとらしく私が分かるようにしていきます

technology思考盗聴監視犯罪から証拠など残すはず無いのに証拠証拠とか馬鹿なの?

私のハードディスク動画まで見るし、本や新聞など家の中やりたい放題しています。全部把握してますよ、ずっと上とか他にいて監視しているんだから😠

騒音は音声送信イストスカルだよ

頭や脳の音もね、だって耳鳴りも鳴るからねたまに〰️💣️💥w

耳鳴りで始まったけど今は明らかに耳鳴りじゃない😠レーザー攻撃の激しい痛み伴うことあるし😠

はてなは新記事二本書いてからアクセス1300以上有ったけど読者が36人増えて🌟は押し付け憲法ばかりだった???

見たらPC板が全文表記に変わっていて、俺の記事は長いから四つ目にたどり着かなくなっていた...、しかも15記事設定だからね...😅

どうりで最近記事に🌟が着かないわけだ😅

昨日気がついたが有料にしないと全文表記って俺だけ?ってかPCでみてる人ばかりなの?

嫌がらせか、発信して2日間だけ🌟着いたけど奇跡か?

いつから全文表記に変わった?

🌟着けてくれたの54人だけで1%切って0.5パーセントしか🌟着いてない...

0.5%様ありがとうございます(*⌒∇⌒*)✨

最新記事はもぅと酷くて全然🌟着きません...

カルト体制technologyデジタル犯罪集団ストーカーハッキングで間違いなしだ‼️‼️⚡

例の日本憲法の本

半分読んだが、怒り込み上げるよ😅

今の政府は全く日本憲法守ってない😠創価学会公明党と維新ケケ中党とインサイダー官僚政府は駄目〰️💣️💥⚡⚡⚡⚡

メモしながら読んだから(*⌒∇⌒*)

最近ニュースみんなやっと気がついたんだね...、

俺は10年前から検閲アクセスカウンター攻撃や上の内容書いていた😁

遅すぎだよ..。。。もう全部個人情報まれ丸裸、外資傀儡特高警察国家独裁政府にね...新自由主義にね...

社会保障は当たり前❕憲法守れ❕

自由国民主権官僚(与党政治家含む)は一部のカルト支持者や外資グローバル企業だけの政治していて最悪です。配当幹部給料上げすぎだし、日産はもう日産じゃないじゃんね?また外国人社長...、それに、憲法宗教団体与党など駄目、政教分離と書いている😠全部書いていた‼️

年金問題‼️⚡GPIF租税回避タックスヘイブン変えようとしたのが民主党ですから(*⌒∇⌒*)

から潰された、しかも大震災で...

自公維新は誰のための政治してますか?

私の逮捕強制入院なども憲法違反なのが分かるし、離婚に仕向けられたのは警官四名から暴行を受けたのを隠すためであり、その後の激しいtechnologyデジタル犯罪集団ストーカーハッキングで多重犯罪人生を潰されたのははっきりしてます‼️‼️⚡

Permalink |記事への反応(0) | 09:31

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2008-09-02

公明党創価学会基礎知識2008

日本第3の政党であり自公連立政権を8年以上続けてきた公明党。そしてそれを支える創価学会。決してタブーではないはずなのに、この両者の歴史を語った本やサイトは少数。しかし有権者ならしっておくべき、必要最小限の知識をまとめてみました。

1ページ目 【創価学会の成立と発展】

創価学会の成立と迫害

創価学会は、昭和初期に教育者であった牧口常三郎が「創価教育学会」として創設したものが母体になっています。つまり、創価学会は当初、教育団体だったわけで、なんだか宗教ぽくない名前になっているのは、そのためです。

しかし牧口はその後、日蓮宗のなかの一宗派・日蓮正宗(しょうしゅう)と出会い感化され、その後次第に組織宗教化をすすめていきます(後述しますが、現在日蓮正宗創価学会関係はありません)。

そして牧口は「創価学会」の初代会長として、宗教団体としての創価学会の活動をはじめるわけですが、戦時中はこうした新興宗教などは徹底的に弾圧された時期で、創価学会もその例外ではありませんでした。

戦時中宗教弾圧は単に天皇制に背くものだけが対象ではありませんでした。むしろ天皇制原理主義のような宗教危険視されていました。宗教ではありませんが、やはり日蓮宗信者で、極端な天皇主義(天皇の他は万人平等)などを唱えた北一輝は、「2・26事件」の精神指導者として処刑されてしまうわけです。

いずれにせよ、政治実験を握り社会をすみずみまで統制しようとする軍部にとって「新興宗教」は邪魔存在以外の何者でもなく、強力な弾圧対象となったのでした。

このような世情のなか1943年に牧口ら学会幹部は逮捕起訴され、牧口は翌年に獄死します。この弾圧が、結果的に[天皇制ファシズム軍国主義反対→平和主義]という創価学会の主張を作ったと言っていいでしょう。このことは、今の創価学会公明党を知るうえでも重要なことです(新テロ対策特措法再可決に消極的なところなど)。

創価学会の発展

戦後民主化にともない、創価学会は復活します。その会長となったのが、牧口とともに捕らえられていた、戦前学会ナンバー2、戸田城聖でした。そして、彼のもとで、学会は飛躍的に発展することになります。

戸田は敗戦後学会組織の再建に努め1951年に2代会長に就任します。そのとき彼が呼び掛けたのが、「折伏(しゃくぶく)大行進」でした。

折伏というのはもともと日蓮宗の教義で、他宗派を攻撃し、人々を法華経に帰依させることをいいます。戸田は、まだまだ数百人しかいない学会を大きくするため、「75万世折伏」を実行するよう呼び掛けます。

とほうもないように見えた計画でしたが、戸田1958年に死去したときにはすでに百万世帯が学会に入っていました。東京五輪の年には公称5百万世帯です。

強引で悪評もたった(その後、学会自身も公的に反省することになる)「折伏」の姿勢が、学会拡大の1つの要因ではあるでしょう。しかしもう1つの要因は、高度成長につれて起こった日本人口構造の転換に求めることができます。

農村から若者たちが働くためにやってきて、都市が一気に過密化していったのが高度成長時代の、特に前半期の人口構造変化の特徴です。もっとも現代のように大学に入るために上京してくる若者たちと違って、就職のために上京してきた彼らには大学のような受け皿になるコミュニティがありません。

そんな彼らの孤独の中に入っていったのが創価学会と、もう1つは共産党でした。この両者が今でも都市を中心にした基盤を持っているのはこういった側面からも理解できます。いずれにせよ、こうして学会はそういった人々の「都市砂漠のなかのオアシス」となり、都会に流入していった人々をしっかり取り込んでいったのでした。

学会の国政進出はじまる

こうして創価学会に多数の会員が集まると、会長戸田はまず1955年統一地方選挙に候補を擁立、選挙活動を始めます。これで一定の成果をあげると、翌年の参院選にも参戦、学会推薦議員を3名当選させます。59年の参院選では当選は倍の6名へと急進しました。

これが後の公明党になるわけですが、なぜ戸田政治に活動の場をもとめたのでしょうか。1つの背景として、日蓮宗開祖日蓮もまた、政治に対する主張をしていった、そういう歴史的なものがあるでしょう。しかし、いくつもある日蓮宗諸団体のなかで、国会議員を自力で擁立したのは創価学会だけです。

2ページ目 【公明党の結党と田中派への接近】

社会的地位向上を狙った国政進出?

1955 年からの高度経済成長は、学会員たちにもとうぜん恩恵をもたらしました。豊かになった彼らとしては、次に社会的地位がほしいと思うわけです。学会員社会的地位の向上、それを示す手っ取り早い方法が「学会議員」を作ることだったのではないかとガイドは考えています。

折しも創価学会は特に左翼革新勢力から「折伏(しゃくぶく)大行進」に対する非難を浴びていた時期でもあります。左翼革新勢力が大きな力を持っていた時代、学会学会員社会的地位を向上させることは、そういう意味でも大きな目標だったのかもしれません。

いろいろ言われているように、戸田国立戒壇、要するに僧侶日蓮正宗の戒律を授ける場所を国に設けようとか、あるいは日蓮正宗の国教化とか、ここまでのことをどこまで「本気で」思っていたかどうかはわかりません(国立戒壇設置はしばらく主張するのですが)。

公明党誕生池田会長の就任

しかし戸田学会の政界進出がはじまった矢先に死去します。しかし、学会の政界進出はさらに続きます。1961年には公明政治連盟が設立され、さらに1964年には公明党が結成されました。そして1967年衆院総選挙で25議席を獲得して第4政党としての勢力を誇るまでにいたるのです。

この間、会長池田大作に変わりました(1960年)。池田は、57年の参院選公職選挙法違反にあたる戸別訪問をするように学会員に指示したとされ、逮捕されていますが、下された司法判断は無罪判決でした。

この一連の出来事、特に投獄→信念を曲げず無罪獲得、というストーリーによって彼のカリスマ性が高まったことは否定できません。そのためなのか、彼はかなりの若さ頭角を現わすことになったのです。池田会長就任は実に32歳の時です。

そして公明党と学会はさらに勢いを増し、69年の総選挙では衆院議席を47議席にまで増やし、さらには雑誌『潮』『第三文明』を立ち上げたり、「民音民主音楽協会)」をつくってここを拠点に多数の芸能人を送りだしました。学校法人も作り、大学まで設立します。

こうして創価学会公明党は、その社会的地位の向上という目標を十二分に実現するのでした。

言論弾圧事件」と自民への接近

公明党の利害は自民党の、特に主要派閥である田中派との利害と一致し、連携が始まった。

しかし1969年公明党は1つの岐路を迎えます。それは、明治大学教授(当時)・藤原弘達が書いた『創価学会を斬る』の刊行を、公明党が妨害しようとして、逆に藤原に暴露された、いわゆる「言論弾圧事件」です。

このとき活躍したのが、当時自民党幹事長だった田中角栄です。このことは、その後のNHKの討論番組でも「よけいなおせっかいをしました」と事実上本当であることを認めています。

自民党は、1960年代を通じて絶対安定多数の議席を維持していましたが、実のところ得票率はゆるやかに低下していました(1960 年:41.9%→1969年:32.3%)。なかでも所得の高くない都市労働者市民たちの支持獲得はうまくいっていませんでした。彼らは、公明党共産党の強力な支持層でした(社会党の支持者は移ろいやすい「無党派層」のさきがけ的な人たちが多かったのです)。

さて、田中角栄は地方への「利益誘導政治を形作った人です。つまり、農村を基盤とした地方に、中央から予算などをつけることによって、地方を豊かにしていく。地方はその見返りに、田中派などの自民党議員に票を集める。今でも批判されているこの図式を確立したのが田中です。

もともと、学会員たちの多くは地方出身なわけで、彼らの生まれ故郷を豊かにしてくれる自民党田中派と、自身の都会での生活を豊かにしてくれる公明党とは結びつく存在になる。……こうして、いつのまにか田中派公明党学会関係が補完関係になり、親密さを増していた。それを明らかにすることになったのも田中が介入した「言論弾圧事件」だったといえるでしょう。

また1972年には、竹入義勝・公明党委員長首相となった田中の依頼を受けて訪中田中訪中日中国交正常化の地ならしを行っています。

学会公明党の「政教分離

さて、「事件」でバッシングされた公明党創価学会は、大きなショックを受けます。池田会長は「お詫び」をし、学会公明党のいわゆる「政経分離」を宣言・実行しますが、それでも公明党は72年総選挙議席を半数近くまで落とします。

もちろん公明党創価学会は「国立戒壇設置」なる政策を降ろさざるを得なくなり、池田の政界入りも閉ざされ、池田創価学会はこれ以降ひたすら、外部に対してはとにかく低姿勢で臨むようになります。実際、今日池田大作という人は雑誌などを見る限りでは極めて穏やかな宗教家です。

また、どういうわけか創価学会はライバルであった共産党との結びつきを強めます。いわゆる「創共10年協定」というもので、これは公明党幹部にとっても実に寝耳に水の話でした。

学会共産党支持基盤を奪い合うライバルであったわけですが、戦時中ファシズムの中でともに弾圧され構成員が獄中にあったという共通する過去も持っていたわけです。これに目をつけたのが作家松本清張で、彼は池田宮本顕治共産党委員長を引き合わせ、この学会共産党の「同盟」を実現させたのでした。

もっとも、自民接近を行っていた公明党はこれに反発。ここに「政教分離」をし自立しようとする公明党の姿があります。しかし、結局は学会の意向を無視することができませんでした。公明党学会なしには存在し得なかったからかもしれません。

また70年代は「革新の時代」といわれるほど革新勢力の力が強かった時代。公明党ではむしろ自分たちの軸足を「保守中道」から「革新中道」に移した方が得策、との考えが広がり、結局はこの協定を許すことになるのです。

結局、これで公明党イメージ向上に成功したのか、76年総選挙で失った議席をとりもどします。反面、共産党には余り効果がなかったらしく議席を落としています。

結局、この共闘は公明党には効果があったものの、共産党には特に利がなく、結局公明党顧問弁護士宮本委員長宅を盗聴した事件があり、もともと共産党が早くからこの協定を反故にしようとしたこともあったため、この協定は終わりを告げます。以後は現在に至るまで、公明党共産党は、逆に犬猿の仲になってしまっています。

3ページ目 【自公連立への道と創価学会

公明党与党

新進党を挟んでの公明党の分解と合流の流れ。実際には公明党新進党の前に短期間だけ「公明新党」が存在する。

1970年代末から1980年代初頭にかけて、社会党を中心とする、あるいは公明党を軸とする連合政権構想が浮上するようになりました。しかし、それが実現することはありませんでした。

1992 年、公明党民社党社会党議員総辞職願いまで出して反対したPKO協力法を支持、自民党への接近を図ります。平和主義をうたっていた公明党がこれに協力したのは、当時の自民党田中派の系譜を継ぐ竹下派であったからでしょうか(もっとも公明党がPKF(平和維持軍)参加に消極的だったため、2001年まで自衛隊のPKF参加はできないようになっていました)。

また1980年代から地方議会でも公明党都市部を中心に勢力を広げ、地方政治与党の一員として存在感を増すようにもなっていきます。こうして公明党連立政権は作らなかったものの、与党的な存在になっていったのです。

公明党与党化は、1988年に2人の公明党国会議員が受託収賄罪で逮捕起訴されたことにも現れています。与党的な位置にいるからこそ、このように収賄逮捕される国会議員も出てしまったといえます。

もっともこの不祥事には創価学会学会員もそうとう反発をしたようで、それが響いたのか、公明党国会勢力は1989年参院選では前回比1議席減、1990年衆院選では11議席減となっています。

公明党の連立参加と「新進党参加」

1993 年、総選挙自民党過半数割れすると、公明党は非自民・非共産連立政権である細川内閣に加わります。しかし、創価学会がこのあたりをどう考えていたか、詳しいことはわかりませんし、考える暇もなかったのかもしれません。それくらいこの連立政権は短期間で崩壊してしまいました。

その後、公明党小沢一郎らが中心になって設立された新進党に「参加」します(1994年)。カギカッコ付きで述べたのは、公明党の地方議員参議院議員1995年選挙で改選されない議員たちが別に「公明」という政党を作り、新進党に参加しなかったからです。

結果、学会員ら旧公明党支持者は、旧公明党以外の新進党議員を熱心に支持しませんでした。そして旧公明党勢力も自民党と敵対することに躊躇(ちゅうちょ)をしていました。そのため結局「公明」の新進党への合流が不可能になり、新進党は解党しました。

その後、旧公明党衆院議員は「新党平和」を、参院議員は「黎明クラブ」を経て「公明」に合流、やがて「新党平和」も合流し「新公明党」つまり現在公明党誕生することになります。

公明党誕生自公連立

新進党当時の公明勢力はバラバラになったこともあり、一部では路線対立や学会との距離などもできていたようですが、新しい公明党誕生により学会との距離も元通りになり、両者の間で自民との連携が確認されたようです。

こうして小渕内閣(小渕首相田中派を源流)のとき、公明党自民党と本格的に連携地域振興券の実現を成功させます。さらに自民・自由の連立政権に正式参加、自由党が連立離脱すると、(自由党の分派・保守党2003年まで連立政権に参加していましたが)事実上自公連立政権スタートすることになります。

そんななかで小泉政権が発足。公明党小泉ブームに乗りながら一方で社会保障などに力を入れ、特に年金改革ではその中心となり国民政権担当能力を見せつけています。そして今日まで連立与党として8年以上の実績を積み上げてきました。

しかし、公明党としてさらなる勢力拡大という路線をとる気配はありません。あくまでも現状維持。二大政党化していくなかで、公称800万世帯を誇る創価学会母体にして、政界のキャスティングボードを握ることに徹していこうとしているのでしょうか。

また先のページで述べた「地方:自民都心公明」という連携の図式も、大都市の地方出身者割合が減少していくことによって、徐々に変化せざるを得ないでしょう。そのようななか、とりあえずは新テロ対策特措法延長をめぐって、その衆院再可決による通過を「平和主義」の観点から渋る公明党の動きが注目されます。果たしてそれでも自公なのか、それとも離反なのか……。

これからの創価学会公明党

微妙になりはじめた自公連立公明党はどのように動き、創価学会はそれを支持するか……。

この間、創価学会会長だった池田1979年日蓮正宗との紛争の責任をとって辞任し、名誉会長に就任しています(2008年8月現在会長原田稔/日蓮正宗とはその後1990年に決別)。しかし、実際には今でも池田名誉会長創価学会の最高実力者であることは、さまざまな学会系の雑誌新聞などをみても明らかです。

政教分離」をした今、創価学会公明党のあくまで主要な支持母体の1つ。非学会員公明党公明党候補に投票することももちろんあります。言われているように学会、特に池田名誉会長の指示1つで党が動くのかどうか、実際のところそれはわかりません。

ただ言えることは、公明党にとって創価学会は頼みの綱、必要な存在だけれども、創価学会にとっての公明党はどうなのかということです。学会壮年部長読売新聞の取材に対して「公明党を基軸にしながらそれ以外でもいい議員さんは応援するという人物本位」ということを述べている(2006年4月29日号)ことは注目に値します。学会公明党以外の政党とも手を組む可能性を模索しているのかもしれません。

公明党はこれからも創価学会の支持をいかにとりつけるか、個々の国会議員学会員の支持をどのように得るかが課題となっていくのではないかというのがガイドの考えです。創価学会公明党なしでもやっていけるが、公明党創価学会なしにはやっていけないわけですから。

さて2008年池田名誉会長は80歳を迎えました。彼に後継者はいないといわれています。長男の池田博正・創価学会理事長がいますが、池田名誉会長や幹部は世襲に反対しているとも言われています。その一方で待望論もあるようですが……。

いずれにせよ現在創価学会組織力は一見「宗教官僚」ともいわれるほど強固なものとなっていますが、「その後」の創価学会は、そのままなのか、それとも急激に変化していくのでしょうか。その予想は非常に難解だといわざるをえません。

人名について一部敬称略とさせていただきました。

参考書籍サイト

SOKAnet:創価学会公式ホームページhttp://www.sokanet.jp/sg/sn/index.html

Permalink |記事への反応(2) | 08:16

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

 
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp