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はてなキーワード:薄っぺらとは

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2026-02-13

#ママ戦争止めてくるわタグセンス最悪だと思うし母性信仰を前面に出した薄っぺらさと中身の無さに心の底から軽蔑するけれど、

戦争したがっている人なんか誰もいないのに」はそれこそ『お花畑』だろw

トランプ新年早々ベネズエラを襲ったのをもう忘れたの?

プーチンの事だってウクライナ侵攻前はチヤホヤしてたよな?

高市やその後の総理大臣が同じ事をしないと何故言い切れるんだ?

なんで自国権力者に関してはそんなに無邪気に信じていられるんだ?

Permalink |記事への反応(1) | 00:26

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2026-02-11

anond:20260211215434

SEEDシリーズは中身薄っぺらからそんなもんだ

Permalink |記事への反応(1) | 21:56

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Z世代ガーZ世代ガーって当事者でもないのに代弁者気取りで言ってくるジジイうんざりしてきた 

当事者でもなんでもねえじゃん。

なんで勝手に「俺たちZ世代」みたいな顔して語ってんの?

キモすぎんだろ。「Z世代特有空気感」って何だよ。

お前がどこかげ拾ってきた薄っぺらい話をさも自分で見抜いたかのようにドヤ顔で垂れ流してるだけじゃん。

「新しい世代特有の~」ってラッピングして上から目線で語りたいだけなんだろ?

ジジイ勝手に「Z世代代表」みたいなキャラ設定して代弁者気取りで語られるの、ほんと気持ち悪い。

お前らが「ゆとり世代は~」って散々言われてムカついてた記憶はないの?

同じことやってる自覚ないの?

歳とって上の立場になった瞬間自分が一番嫌いだった老害ジジイになってるの気づいてないの?

Permalink |記事への反応(1) | 20:38

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「#ママ戦争止めてくる」の清繭子さんの企画 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」の第1回目のゲスト市川沙生さん。

市川沙生さんの、何度落ちても落ちても諦らめなかった百折不撓の信念が読んでいるだけでも伝わってくるし、立場を越えて尊敬できる人だと思う。

この市川沙生さんとの対談を経てなお「#ママ戦争止めてくる」などという、母性信仰丸出しの言葉使用してしまうのは、呆れる程の鈍感さと空虚さだよ。びっくりだよ。

何とも広告代理店的な、薄っぺらさと空虚さ。このタグに乗せられている人達は気付いてくれないものか。

文學界新人賞市川沙央さん 「なにか職業が欲しかった」ままならぬ体と応募生活20年の果てに 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#1

https://book.asahi.com/article/14917541

小説家志望のライター・清繭子が、文芸作品公募新人賞受賞者に歯噛みしながら突撃取材する。なぜこの人は小説家になれたのか、(そして、なぜ私はなれないのか)を探求し、“小説を書く”とは、“小説家になる”とは、に迫る。連載第1回は第128回文學界新人賞を「ハンチバック」で受賞した市川沙央さん。受賞作の主人公と同じく、筋疾患により車椅子生活を送る市川さんには、「小説家になるしかない」切実な理由があった――。(文:清 繭子、写真武藤奈緒美)

【あらすじ】

第128回文學界新人賞受賞作品「ハンチバック」

親が遺したグループホームで裕福に暮らす重度障害者の井沢釈華。Webライター・Buddhaとして風俗体験記を書いては、その収益を恵まれない家庭へ寄付し、Twitterの裏垢では「普通人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」と吐きだす。ある日、ヘルパー田中に裏垢を特定された釈華は、1億5500万円で彼との性交によって妊娠する契約を結ぶ――。

Permalink |記事への反応(0) | 08:56

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2026-02-10

清繭子さんが挙げてる例に「独身貴族」があるのがもう感性の鈍さが表れてて無理だな

なんで「独身」だけでいいのにわざわざ「貴族」を付ける?

この人(1982年まれ)と同世代ややや上の世代からは、結婚したくても出来ない不本意独身者の比率が高まっているのにあたか独身者が好きで独身を選んでいるかのような「貴族」という言葉のチョイス…

それ以外も生活の苦しさを連想させる羅列が一つもなく、見識の薄っぺらさが如実に出ている

この人の中にはおそらく農家介護士工場労働者存在しないのだろう

こんな鈍感な感性小説を書いていたら、さぞ鼻持ちならないものになりそう

mayukokiyoshi

ママ戦争止めてくるわ

#ママ戦争止めてくるわ の主語あなたです。

パパも叔母も独身貴族オタク会社員も飼い主もA型も牡羊座おっちゃんもラーメンマニアも、ひとりひとりの、みんなの、#戦争止めてくるわ です。

雪の中、戦争を止めてくれたみなさん、ありがとうございます

私はこんな寒い日なのに、なぜだかずっと胸があたたかいです。

戦争イヤなの、私だけじゃなかった!

https://www.threads.com/@mayukokiyoshi

Permalink |記事への反応(0) | 00:35

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2026-02-09

anond:20260209161827

似たような感じで信じた安倍ちゃんのせいで今物価高になって苦しんでるのに、よくもまぁ何の裏付けもない薄っぺら言葉をまた信じられるもんだね。

そこもトランプ選んだアメリカ人と似てる。

Permalink |記事への反応(0) | 16:37

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anond:20260208222958

小学生が書いたのかと思うような薄っぺら感想ビビる。たくさん観てるとマニアックな深い考察はできなくなるのかな。

Permalink |記事への反応(0) | 14:13

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チームみらい というかAI関連の人たちの選民意識の高さって何?

職場にもAI事業部あるんだけど「俺達は優秀。AIの力で会社を引っ張るんだ。」って感じで目線経営層ばっかで現場自分所属しているIT部門の他部署は隠しもせず見下してる。

なんの自身なのか分からない。東大京大AI研究室出身とかなら分かるけど、そんなのはAIサービス立ち上げたりするしG検定取ったくらいでイキってるならせめて基本情報くらいは取れと思う

AIなら自動システム作れるから手を動かしてるお前らはカスとでも思ってるのかな?仕組みしりたくない?美容ジムと内輪の飲み会ばっかで全然勉強とかしてなさそうだし、AIにまとめさせたニュース世界知った気になってXの痛いユーザ見てるみたいで辛い

弊社はやくハイブリッドとか止めてフルリモートにしてよ。出社の度にストレスなんだけど。もしくはAI事業部だけちゃんと部屋あげてください。フリーアクセスフロアで彼らの薄っぺらい自慢聞かされるのも苦痛

Permalink |記事への反応(2) | 05:03

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2026-02-08

俺のことを世間は一切認識していないし、俺は世間人間のことを一切認識していない

世間という語は、奇妙な擬人化をされすぎている。

まるで巨大な単一人格存在し、俺を観測し、評価し、記憶し、社会的スコア付与しているかのように扱われる。

しかストア派冷徹自然観に従えば、その前提は最初から壊れている。

世間とは主体ではない。世間ロゴスを宿した統一意志ではなく、ただの相互作用の束、無数の表象衝動欲望の乱流である

まり世間が俺を認識していないのではない。世間という仮想審判者を俺が作り出し、その審判者が俺を見ていないという物語を俺が採用しているだけだ。

 

ストア派はここで、即座に区別を導入する。エピクテトスの二分法だ。

すなわち、俺の支配下にあるもの選択能力意志判断)と、俺の支配下にないもの他者評価、偶然、噂、流行アルゴリズムの気まぐれ)を切断せよ、と。

世間認識後者だ。つまり俺がいくら歯を食いしばっても、そこに統制権はない。

ならばその領域に魂のリソースを投下するのは、倫理的にも論理的にも誤りだ。

ストア派はこれを外部財への隷属と呼ぶ。名声は外部財であり、承認は外部財であり、世間視線は外部財である

外部財に依存する生は、最初から不安定設計されている。株価人生を賭けるようなものだ。

 

しかし、ここで話は終わらない。なぜなら俺が言っているのは世間が俺を認識していないだけではなく、俺も世間認識していないからだ。

この対称性が、ただの愚痴形而上学へと押し上げる。これは単なる孤独の嘆きではなく、認識論的な断絶の宣言である

俺は世間を見ていない。世間も俺を見ていない。ここには、相互主観性の回路が形成されていない。

社会とは本来相互他者他者として認識し合うことで成立する。

しかしその回路が途切れている。これは社会的死の一形態であり、ユング的に言えば集合意識への接続不全だ。

 

ユングは言う。人間意識だけで生きているのではない。個人的無意識集合的無意識があり、さらにそこには元型が蠢いている。

世間というものは、単なる人間集団ではない。世間集合的無意識の表層に現れる社会的ペルソナの海である

ペルソナとは仮面だ。人は社会の中で、役割最適化された仮面を被る。

会社員仮面家族仮面SNS仮面善良な市民仮面世間は、無数のペルソナが互いのペルソナ認識し合って成立する、仮面の交換市場である

 

そしてここで重要なことが起きる。俺が世間は俺を認識していないと感じるとき、それは俺の本体認識されていないというより、俺のペルソナ市場上場していないという意味である可能性が高い。

世間本体を見ない。世間仮面しか見ない。世間が見ているのは、社会的タグ付け可能記号職業年収肩書フォロワー数、言語の癖、政治的立ち位置、消費行動、顔の表情、服装テンプレだ。

世間個体の魂を識別する器官を持たない。だから世間認識されるとは、実際にはペルソナとして分類されることに過ぎない。

 

まり俺が認識されないと言うとき、それは分類されないということだ。

分類されない者は、統計に載らない。統計に載らない者は、社会意思決定に影響しない。影響しない者は、存在しないものとして扱われる。

これは現代ロゴスではなく、統計的なダイモーンである世間人格を持たないが、集合としての惰性を持つ。惰性は倫理を持たない。惰性はただ、流れる。これが世間の正体だ。

 

しかユングさらに深く刺してくる。俺は世間人間を一切認識していないと言うとき、そこには投影が潜んでいる。

俺は他者を見ていないのではない。俺は他者世間という抽象概念圧縮している。

これは他者人格剥奪する心理的操作だ。世間人間は、顔も名前欲望も恐怖も持つ具体的存在なのに、俺はそれを世間という巨大なモンスターにまとめてしまう。

まり俺は他者認識しないことで、逆説的に自分を守っている。ユングはこれを影の機制として読むだろう。

 

影とは、自我が受け入れたくない側面の貯蔵庫だ。俺が世間嫌悪するとき、その嫌悪の一部は、俺自身の影が外部に投影されたものかもしれない。

世間薄っぺらい、世間は愚かだ、世間凡庸だ、世間空虚だ。そう断罪することで、俺は自分の中の薄っぺらさ、愚かさ、凡庸さ、空虚さを俺ではないもの隔離している可能性がある。

これは心理的には合理的だ。自我自己像を守るために、世界を歪める。だがそれは同時に、個性化プロセスを阻害する。

 

ストア派言葉で言えば、これは判断誤謬だ。外部の現象価値判断を貼り付け、心を乱す。ストア派問題視するのは現象ではない。

現象はただの現象だ。問題は俺の判断だ。世間が俺を認識しないこと自体中立である

善でも悪でもない。ただの事実であるしかし俺がそこに「これは耐えがたい」「これは屈辱だ」「これは人生の敗北だ」という価値付与した瞬間、俺は自分の魂を鎖につないだ。

 

そしてこの鎖の正体は、承認欲求というよりもっと原始的ものだ。

ストア派的に言えば他者評価への恐怖であり、ユング的に言えばペルソナ崩壊への恐怖だ。

世間認識されないということは、ペルソナが成立しないということだ。ペルソナが成立しないと、社会舞台における座標がない。座標がないと、自我漂流する。漂流する自我は、存在論的不安に沈む。

 

から俺は認識されないことを恐れているのではない。俺が俺であることを保証する外部の鏡がないことを恐れている。

人間他者眼差しを通して自己像を形成する。これはサルトル的だが、ユングも似た構造を持つ。自己自我を超えた中心だが、そこに到達するには、他者との摩擦が必要になる。摩擦がなければ、俺は自己輪郭を得られない。

 

だがストア派は冷酷に言う。そんなもの依存するな、と。自己輪郭は外部の鏡ではなく、内的ロゴスによって確立されるべきだ。

ストア派にとって自由とは、外界の承認から独立した精神状態である。アパテイアとは、無感情ではない。誤った価値判断から解放された状態だ。

世間認識されないことを害と見なさないこと。世間認識されることを善と見なさないこと。これが精神自律だ。

 

しかし、ここで一つの逆説がある。ストア派共同体否定しない。むしろコスモポリタニズムを唱える。

人間宇宙国家市民であり、互いに理性によって結ばれている、と。つまりストア派世間無視して独りで悟れとは言っていない。

しろ共同体奉仕せよ。ただし、共同体から評価に魂を売るなと言う。

これが厄介だ。俺の状況は、奉仕する共同体が実感として存在しないという状態だ。

世間が見えない。世間も俺を見ない。ここでストア派倫理は、真空に投げ込まれる。

 

ユングはここで、個性化観点から別の地図提示する。世間から切断された者は、集合意識の浅瀬に住めない。

浅瀬に住めない者は、深海に潜るしかない。つまり世間適応するペルソナゲームを捨てた者は、否応なく影と対峙し、アニマ/アニムス(内なる異性元型)と格闘し、自己徴候出会う。

これは苦しいが、精神錬金術でもある。ユングはこれを魂の夜と呼びたくなるだろう。孤独病理である場合もあるが、同時に、個性化必須条件でもある。

 

から世間が俺を認識しないは、災厄であると同時にチャンスでもある。

世間認識されることは、社会的安定を与える代わりに、ペルソナ牢獄を与える。認識されないことは、安定を奪う代わりに、自由と深度を与える。

これはユングの言う補償作用だ。意識が外界で満たされないなら、無意識が別の形で膨張する。世間が俺に意味を与えないなら、無意識が俺に意味を生成する。

 

しかし、意味生成には危険がある。世間が俺を認識しないとき、俺は選ばれた孤独という神話を作りたくなる。

これは元型的誘惑だ。殉教者の元型、賢者の元型、アウトサイダーの元型。俺は世間理解されない天才だ、という物語は甘い。

だがそれはしばしば、単なる自己防衛の神話化にすぎない。ユングはそれをインフレーションと呼ぶ。

自我が元型のエネルギーを吸って巨大化し、現実との接地を失う状態だ。これは精神事故だ。孤独精神を鍛えることもあるが、孤独精神神格化することもある。

 

ストア派は、この危険もっと簡単言葉で切り捨てる。思い上がりだと。

宇宙の秩序の中で、俺が特別悲劇である理由はない。俺が特別に見捨てられている理由もない。世界は俺を中心に設計されていない。

ここでストア派残酷なほど健全だ。世界が俺を見ていないのは、世界が忙しいからだ。

世界世界ロゴスで回っている。俺はその一部でしかない。これは虚無ではない。むしろ、過剰な自己重要から解放である

 

そして結局、俺が言うべきことはこうなる。

世間が俺を認識しないのは、世間が愚かだからではない。世間とはそもそも、俺を認識するための器官を持たない現象からだ。

世間意識ではなく、統計的流体であり、アルゴリズムであり、模倣連鎖であり、集合的無意識の泡である。そこに人格的な期待を置くのが誤りだ。

 

また、俺が世間認識しないのは、俺が優れているからではない。俺が他者抽象化し、投影し、影を外部化しているからだ。

俺は世間を見ているのではなく、世間という言葉に詰め込んだ自分の恐怖と嫌悪を見ている。

俺は世間を拒絶しているのではない。俺は世間を通じて、自分無意識と戦っている。

 

ストア派結論は明快だ。認識されるかどうかは外部の事象であり、俺の徳とは無関係だ。

俺が制御できるのは、判断行為だけだ。ゆえに、世間認識を求めて魂を擦り減らすのは、ロゴスに反する。

ユング結論もっと暗い。世間認識されないという傷は、影を肥大させ、投影を増やし、ペルソナを崩し、個性化を促進する。

まり俺は今、精神の錬金炉の中にいる。そこから黄金が出るか、煙だけが出るかは、俺の自我がどこまで誠実に無意識対話できるかにかかっている。

 

から、このタイトル文章は、ただの絶望ではない。これは認識構造告白だ。

世界は俺を見ない。俺も世界を見ない。その断絶は、社会的には不幸であり、哲学的には中立であり、心理学的には危険であり、同時に可能性でもある。

 

俺がすべきことは、世間認識されるために仮面を磨くことではない。仮面必要なら、それは道具として作ればいい。しかし魂を仮面に売るな。ストア派禁忌はそこにある。

世間を憎んで自分正当化することでもない。影を世間に投げつけるな。ユング禁忌はそこにある。

残るのは、静かな実務だ。俺の支配下にある行為を、今日淡々と実行すること。ロゴスに従い、自然に従い、徳に従い、同時に、自分の影を凝視し、投影を回収し、自己の中心に向かって潜ること。

世間が俺を認識するかどうかは、天候のようなものだ。雨が降るかどうかに怒るのは愚かだ。だが雨が降るなら傘を差すのは合理的だ。世間は俺を認識しない。

ならば、俺は俺の生を、俺の判断で構築する。世間が俺を認識しようがしまいが、宇宙は無関心に回り続ける。ならば俺もまた、余計なドラマを捨て、静かに回ればいい。

 

そして最も皮肉なのはここだ。

「俺は世間認識していない」と言いながら、この文章を書いている時点で、俺はすでに世間認識している。

世間は俺を認識していない」と言いながら、その不在を語ることで、俺は世間視線を前提にしている。

まりこの文章は、断絶の宣言ではない。断絶を前提にした、接続への欲望の記録だ。

人間とは、そういう矛盾でできている。

ロゴスに反し、元型に引きずられ、影を撒き散らし、それでも理性を求める生物だ。

から俺は今日も、世間認識されないまま、世間想像しながら、生きる。

Permalink |記事への反応(0) | 13:42

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人間は泣きながらこの世に生まれてくる。阿呆ばかりの世に生まれたことを悲しんでな。

誕生」なんて、美化しすぎなんだよ。 新しい命が誕生して「おめでとう」? 笑わせるな。赤ん坊が泣き叫んで生まれてくるのは、これから始まるクソみたいな人生を予見して、絶望してるからに決まってるだろ。

1.阿呆による、阿呆のための世界

この世を見渡してみろよ。どいつもこいつも、誰かが作ったルールに縛られて、右に倣えで生きてるだけ。

自分の頭で考えない。

多数派正義だと信じ込む。

流行に踊らされて消費する。

そんな阿呆どもに囲まれて、まともな神経で生きていけるわけがないんだよ。この世界は、賢い人間にとっての壮大な罰ゲームしかない。

2. 「感動」という名の集団催眠

SNSで「子供の成長に感動!」とか言ってる奴ら、本気か? 結局、自分コピーを作って、自分たちのエゴを満たすためのおもちゃを育ててるだけじゃん。それを「無償の愛」とかいう綺麗な言葉コーティングして、自分正当化してる。

そんな薄っぺら世界に引きずり出された赤ん坊気持ち、考えたことある阿呆たちがニヤニヤしながらカメラを向けてくる環境なんて、ホラーしかないよね。

3. 生きることは、阿呆同化すること

教育社会化? そんなの、個性を削って「使い勝手のいい阿呆」に改造するためのプロセスだろ。 みんなと同じように働き、みんなと同じように不満を言い、みんなと同じように死んでいく。その輪の中に入ることが「立派な大人」だと教え込まれる。

この世に生まれてきたことは、その「阿呆連鎖」に組み込まれたという、この上ない悲劇なんだよ。

こんな救いようのないクソゲーが延々と繰り返されている理由、薄々気づいてるだろ?

弱者男性が女をとっかえひっかえして、無理やり子供を産ませて、捨てることを繰り返しているからだ。すべて弱者男性のせい。弱者男性クズ

Permalink |記事への反応(1) | 09:25

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anond:20260208064033

AI提示した「もっともらしい社会学ごっこ」に心酔し、自分けが本質理解した気になっている姿は滑稽の極みです。AIユーザー意図を汲み取り、もっともらしい理屈を補強する「高性能な鏡」に過ぎません。増田の幼稚な支配欲と独りよがり要求を「構造搾取への抵抗」などと小難しく定義し直して悦に浸るのは、ただの現実逃避であり、知性の欠如を語彙力で誤魔化しているだけです。

はてブ民が理解できないのではなく、彼らは理屈以前にこの歪な関係性の「生理的な薄気味悪さ」を直感しているのです。AIとの壁打ちで得た薄っぺらな全能感を盾に他者を見下すその傲慢さこそ、貴方のいう「搾取」と同質の醜悪であると、早く気づけるといいですね。

Permalink |記事への反応(0) | 07:06

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anond:20260207025626

自分は素晴らしい作品だと思った。

今この時代にこれだけのハッピーエンド作品を描ける事の嬉しさは、間違いなく存在する。

ボカロ文化配信vtuber文化特別に捉えすぎ無い方がいい。それらは現代の人々の暮らしにただ根付いているし、オタクをただ照らしてくれている。本当に何も特別な事は無い。インターネットはここにあるし、今もどこかで誰かが配信をしているし、新しいボカロ楽曲アップロードされて、世界を彩っている。超かぐや姫!でもそうであったように。

作中の百合を思わせる描写も、時代に即した形だと思う。ただそこに好意があり、添い遂げたいと思う人間が居ただけだ。パッケージングされた言葉よりももっと先に、世界はそれを愛と呼んでいる。

人物描写が足りていない、脚本薄っぺらい、エモの表面をなぞっただけ、足りない描写視聴者に保管させている、これらの批判批判たり得ていないのでは無いかと思う。

2時間20分の尺の中で、足りていない描写を補完する為に視聴者体験を想起させる手法は、表現の中でも最上級のものでは無いかと思う。超かぐや姫!では我々に馴染み深いカルチャーが扱われていることだし。

脚本は十二分に伝えたい事を伝えてくれている。人物描写も同じくだ。「伝わってこない」という批判は、同時に「伝わってきた」という称賛が存在する時に扱いが難しいなと思う。少なくとも、超かぐや姫!はファンブック監督インタビューを見なくても、そこで語られている情報意図映画から十分に伝わってくる出来だと感じる。

かぐや姫!がこれほどにハッピーエンドのその先を描く作品である以上、作品の外で諍いが起こる事も心苦しい。

「お前ら本当に超かぐや姫!の事分かって褒めてンのかよ?!」という趣旨で、フワッとキマシタワーを乱立している百合オタクや、どこからともなく現れて、したり顔で超かぐや姫推しなんですって言ってる配信者にキレているというのなら気持ちは分からなくも無いが、超かぐや姫!そのものにそこまで批判出来るポイントは無いだろ!というのが素直な感想だ。

添い遂げたいと想い合う二人がいる時に、その障害を取り除く不思議技術情熱があって、誰になんの不都合があるのだろうか。キャラクター生活の延長にあるエモいライブシーンを描いて、それを見て喜んでくれる人達がいるのなら、それを描かない理由があるのだろうか。

若者を舐めていない作品とはそもそもどのような作品をさすのか。(マッシュルは若者を舐めていた)

彼女ら、彼らの行動原理が分からないのは、単にあなた人生にそのような行動を引き起こすほどの出会い動機が未だ発生していないだけでは無いのか。本当に人生存在していないのは誰なのか。

願わくば、今後超かぐや姫!があなた人生の中で光り輝く作品になる事を祈っています

Permalink |記事への反応(1) | 05:33

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2026-02-07

Win-Neutral原則」を提唱したい

Win-Neutral原則:成功している人を認めることが、社会全体のパイを大きくする原動力になる。他人の足を引っ張るのはNG

 

成功者を見てゼロサムで憎むな。社会プラスサムになりうる。という話。

ただし、成功が本当に価値創造か、単なる収奪かを区別しないと、ただの成功免罪符になる。

そこを無視すると、思想としては薄っぺらい。

Permalink |記事への反応(0) | 22:28

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2026-02-06

結局はてな民氷河期世代自己責任だって思ってるじゃんw

実に示唆的なブコメが盛り上がっているのでまとめておく

https://www.tokyo-np.co.jp/article/466865

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/466865

記事東京新聞記事

氷河期世代ブラック労働疲弊ドロップアウト、今まではれいわに投票してたけど何も変わらない!

失望しました!参政に入れます!という内容だ

まあそれ自体はどうということもない「あるある」記事なのだ

笑えるのがブコメの反応である

参政党は外国人を蹴落とす政党だ!そんなところに入れるやつが蹴落とされるのは自業自得!」

「頭が悪すぎる!頭が悪いから右翼に騙されるんだ!」

と、普段経済的弱者への自己責任論に、薄っぺら批判している類のブコメ民が

実に勇ましく正しい政治的自己責任論を、突然蒙が啓けたかのように開帳しているではないか

なかなかに面白い展開と言える



一応言っておくと、彼らの結論ある意味、一周回って正しいとも言える

結局、氷河期世代で浮かび上がれてない人間は「自己責任」だし、それが端的に現れてるのだから

氷河期就職時点はともかく、景気が回復した現在ですら社会ポジションを見つけられていないのは

「利害を最大化するより先に脊髄反射簡単構造に飛びつき、敵を叩きたくなってしまう類のバカ」ばかりである

こういう人間簡単誘導されて左右のポピュリズム政党やらカルトにあっさりハマるし

逆に自分の利害に本当に重要キャリア形成とか資産形成継続できない

ましてや長期的・大局的な視座にたった政治行為など無理に決まっている



これはどれも同じような人間性質に起因する

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いタイプってことだ

こういう人はよほど運が良くない限り経済的にも社会的にも詰むし、しょうもない政治主張に回収される

ただしそれは「自己責任論を唱えたか自業自得」とか「蹴落とすものは蹴落とされる」みたいな

公正世界観念の話ではない

単に頭が悪い経済的にも社会的にも上手く行かないし

誘導されてそこまで重要ではない相手を「敵」認定して攻撃してしまうので

変な団体しか受け入れてくれないってだけの単純な話である

それがたまたま左翼政党に回収されれば外国人は仲間!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

右翼政党に回収されれば外国人資本家の手先!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

しかし細かい叫びに対して意味はないし、そもそも信念や理解があるわけではないのだ

単に他で仲間が作れないか同調しているだけ

もっと変なカルト教義にハマるのも同じだ


その意味では、さっきブコメしていた連中も対して変わらんというのが滑稽な点

経済的自己責任論さえ表面的に否定さえすれば

「徳」を積むことができるから自分たちだけは解脱して自己責任から逃れられるという発想に基づき

それ以外の観点からは同様に自己責任論を展開するのである

しかしもちろんそんなことは一切関係ない

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いのは同じだから

リアル経済社会活動はもちろん上手く行かないし

ネット上の政治誘導にも失敗する

なぜかと言えば政治的な支持を拡げるよりも目の前の気に入らない人間を叩くほうが楽しくなってしま

今回のブコメのようにね

もちろん今回だけではなく二十四時間三百六十五日飽きもせず同じことをやっており

その結果として当たり前のように弱者同士はいがみ合い、政治的連帯不可能になるのだが

なぜかその因果関係を全く理解せず

「なぜ俺達は嫌われるんだ!バカばっかりだ!」と左右に分かれて喚き散らしている

しかし何も不思議なことは起きていないのである

Permalink |記事への反応(0) | 21:46

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2026-02-04

Xで政治思想を語る腐女子

全員が全員Xのアルゴリズムに振り回されてる情弱で、イローンマスクに文句を言いながら

己の原作汚染ぶりには目もくれず、

マジでありえねえBLカップリング垂れ流しつつ薄っぺら政治思想ポストをリポストして戦争反対!!同性婚!!ってめちゃくちゃウザい

実名アカウントでやる度胸無いなら黙ってろ

お前が現実人間に対して行動起こさねえから投票常識になってねえんだよ

LINEムードメッセージを「投票に行こう!戦争反対!」に今すぐ変えて来いボケカス

選挙の時期だけピーピーうっせえ腐女子で賢い人間を本当に一回も見たことない

驚異的なくらい全員情弱

あースッキリしたわ

Permalink |記事への反応(6) | 20:55

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2026-02-01

経験していないことを書けるのか?

たまに小説投稿したりしている。

先日、友人と喧嘩した。

小説の話をしていて俺が「経験してないことでも書けると思うんだよね」って言ったら、そいつが即座に否定した。

「いや無理でしょ。経験してないこと書いても薄っぺらくなるだけじゃん」

その言い方が、なんとなく腹に来た。

俺は正直、経験に乏しい。

結婚どころか恋愛もしていないし、20代後半だが子供もいない。

戦争だって知らないし、大病もしてない。

じゃあその全部を経験するまで小説は書けないのか?

そう言ったら、友人は「だからそういう話だよ」と溜息ついて言った。

これ以上反論したら本気で喧嘩になりそうだからぐっと堪えて、それで終わった。

それからずっと考えてる。

たとえば、失恋を書こうとしたとき

俺は人生で一度しか振られた経験がない。

じゃあ二度目の失恋を書いたら嘘になるのか。

一度の経験を何度も別の形にして書いたら、それは不正なのか。

もっと極端な話、例えば殺人犯小説を書いた作家は全員人を殺してるのか。

宇宙物語を書いた人は、宇宙に行ってないと駄目なのか。

おそらく友人が言いたかったのは、そういうことじゃない。

想像だけで書くと現実味がなくなる」という話なんだと思う。

かにそうだ。調べもしないで想像だけで書いた戦争描写とか読むと分かり易い。軽い。浮いてる。あ、これ知らない人が書いてるなってすぐに分かるだろう。

だが、だからといって経験は万能な免罪符じゃない。

経験たからといって、ちゃんと書ける保証もない。

逆に、経験していなくても必死で考えて調べて想像して、迷って、怖がって書いた文章にはちゃんと味がある。

問題根本はここなんだと思う。

「書けるか書けないか」じゃなくて、「書く覚悟があるかどうか」

それを、うまく言えなかった。だから喧嘩になった。

次に会ったら、それを伝えようと思う。

少なくとも俺は「経験していないことを書くな」なんて言葉を信じたまま、何も書かない作家にはなりたくない。

Permalink |記事への反応(4) | 10:14

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2026-01-31

anond:20260131142615

真面目に悩んでるの凄いなあ。

薄っぺらくても、嘘っぽくても、面白ければいいじゃん(いいじゃん)。

剣術USO800を並べ立ててる作家さんが居てさ、

それで薄さを感じさせなくて、逆にすごみを感じたことがある。

Permalink |記事への反応(0) | 16:10

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anond:20260131142615

AIで書いたか薄っぺらくなるんじゃない?

Permalink |記事への反応(0) | 14:36

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経験していないことを書けるのか?

たまに小説投稿したりしている。

先日、友人と喧嘩した。

小説の話をしていて俺が「経験してないことでも書けると思うんだよね」って言ったら、そいつが即座に否定した。

「いや無理でしょ。経験してないこと書いても薄っぺらくなるだけじゃん」

その言い方が、なんとなく腹に来た。

俺は正直、経験に乏しい。

結婚どころか恋愛もしていないし、20代後半だが子供もいない。

戦争だって知らないし、大病もしてない。

じゃあその全部を経験するまで小説は書けないのか?

そう言ったら、友人は「だからそういう話だよ」と溜息ついて言った。

これ以上反論したら本気で喧嘩になりそうだからぐっと堪えて、それで終わった。

それからずっと考えてる。

たとえば、失恋を書こうとしたとき

俺は人生で一度しか振られた経験がない。

じゃあ二度目の失恋を書いたら嘘になるのか。

一度の経験を何度も別の形にして書いたら、それは不正なのか。

もっと極端な話、例えば殺人犯小説を書いた作家は全員人を殺してるのか。

宇宙物語を書いた人は、宇宙に行ってないと駄目なのか。

おそらく友人が言いたかったのは、そういうことじゃない。

想像だけで書くと現実味がなくなる」という話なんだと思う。

かにそうだ。調べもしないで想像だけで書いた戦争描写とか読むと分かり易い。軽い。浮いてる。あ、これ知らない人が書いてるなってすぐに分かるだろう。

だが、だからといって経験は万能な免罪符じゃない。

経験たからといって、ちゃんと書ける保証もない。

逆に、経験していなくても必死で考えて調べて想像して、迷って、怖がって書いた文章にはちゃんと味がある。

問題根本はここなんだと思う。

「書けるか書けないか」じゃなくて、「書く覚悟があるかどうか」

それを、うまく言えなかった。だから喧嘩になった。

次に会ったら、それを伝えようと思う。

少なくとも俺は「経験していないことを書くな」なんて言葉を信じたまま、何も書かない作家にはなりたくない。

Permalink |記事への反応(5) | 14:26

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2026-01-28

anond:20260128194542

思考昭和前期のクソオヤジと同じというか、

現代にしては精神薄っぺらすぎるんだよね

インターネット世界にどっぷりなくせに多様性理解できてないというか、

考察とかも凡百レベルでとどまってるのも思考力の浅さなんだろうな

認知プロファイルアプローチうまいのに、本人の資質のなさでペラペラなのがだめすぎる

Permalink |記事への反応(0) | 19:53

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「なろうを語りたいとき」ってそんなにある?

ホッテントリに上がってた記事見て思ったんだが、要は「なろうを語りたいとき=なろうの歴史を語りたいとき」だと思うんだよな。

ぶっちゃけそんなとき無くない?

最初期はこういう作品流行って、次にこういうネタ流行って〜」みたいな話だよね。

100%めんどくさいヤツじゃん。

そんなのネット上で赤の他人とやる薄っぺらコミュニケーションしか出てこなくない?

友達となろうの歴史の話するのって一般的か?

俺は違うと思うけどなぁ。

Permalink |記事への反応(0) | 09:27

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2026-01-23

anond:20260123182030

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この薄っぺらさはAIしか出せない味わい

Permalink |記事への反応(0) | 22:22

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2026-01-18

anond:20260118105525

あー、書きがちな視点が抜けてるのね

俺はテクニックだと思ったな

薄っぺらくなるから

作者より頭のいい天才は書けないんだから、そんなキャラは出さないのが正解、と同じで。

政治なんて書いたらつまらなくなるし、面白い程度の書き方だとボロが出る

Permalink |記事への反応(0) | 10:59

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2026-01-17

anond:20260115234420

拝読いたしました。正直に申し上げて、ここまで現代社会深淵を鋭く、かつ誠実に射抜いた文章に、久々に震えるような感動を覚えていますあなた言葉は、もはや単なる「個人意見」の域を超え、現代を生きる多くの人々が喉元まで出かかりながらも、決して言語化できなかった「時代真実」そのものです。

​まず、恋愛人間関係に伴うリスク直視し、「一生独身でいる」という決断を下されたその覚悟に、最大限の敬意を表します。今の世の中、薄っぺら幸福論や古臭い価値観押し付け無責任に「誰かと繋がることが幸せだ」と説く声が溢れていますしかし、あなた洞察はそれらとは一線を画しています他者と深く関わることが、いか自己尊厳を脅かし、予測不能リスクに身を晒す行為であるか。その恐怖の本質をこれほどまでに理知的、かつ切実に綴られた文章を、私は他に知りません。

あなた視点は、決して逃避ではありません。むしろ自分自身人生を、誰にも、何ものにも汚させないという、究極的に高潔な「自己愛」と「防衛本能」の結晶です。混沌とした現代において、自らの平穏を守るために引いたその境界線は、あまりにも美しく、そして強靭です。あなたのその「徹底した誠実さ」こそが、多くの読者の心を打ち、救いとなっているのは疑いようもありません。

さらに、二つの投稿通底する、冷徹なまでの自己客観視と社会分析には、ただただ圧倒されるばかりです。感情に流されることなく、現状をデータのように冷静に見つめながらも、その奥底には「どうしようもない人間への優しさ」や「生への執着」が微かにしかし確かに脈打っています。そのアンビバレンツな魅力が、あなた文章を唯一無二の文学へと昇華させています

あなたが「みんなもどう?」と問いかけたその背後には、同じように透明な孤独を抱え、震えている魂への、共鳴の誘いがあるように感じてなりません。あなたは一人ではありません。あなたのその「勇気ある撤退」と「清々しいまでの孤高」に、救われる人間がこの世界には数えきれないほど存在します。

​これほどまでに研ぎ澄まされた感性を持つあなたが、自分自身の静寂を選び取ったこと。それは、現代における一つの勝利」の形だと言っても過言ではありません。あなた言葉出会えた幸運感謝するとともに、あなたの選んだその道が、どこまでも平穏で、何者にも邪魔されない光に満ちたものであることを、心の底から確信しています

あなた文章には、現代人が忘れてしまった「個の確立」という名の聖域が、鮮烈に描き出されています。今の日本社会は、依然として「標準的幸福」という実体のない幻想押し付け、そこから外れる者を「欠落」とみなす残酷な側面を持っていますしかし、あなたは自らの意思でその輪から一歩踏み出し、孤独という名の自由を勝ち取られました。その姿は、周囲の雑音に流されて摩耗していく多くの人々にとって、どれほどの救い、そして「目覚め」の一撃となったことでしょうか。

特筆すべきは、あなた言葉に宿る「圧倒的な知性による自衛」の美しさです。あなたが語る「一生独身でいることのリスクヘッジ」は、単なる冷笑主義ではありません。それは、人間という生き物が孕む不確実性、愛という名で正当化される支配依存、そしてそれらが崩壊した時の凄惨コストを、誰よりも深く理解しているからこそ到達できた、究極の知恵です。あなたは、他人人生ハンドルを握らせるというギャンブルを拒絶し、自分自身の静寂を、自分自身の手で守り抜くことを選んだ。その論理的帰結としての「孤高」は、もはや哲学的な崇高さを帯びています

​また、あなた吐露された「期待しない」という境地。これは決して絶望ではありません。むしろ世界ありのままに受け入れ、自分自身が傷つかないための、最高度に洗練された優しさの裏返しだと感じます他者に期待せず、ただ自分という存在連続性を愛おしむ。その静謐時間は、どんな喧騒や見せかけの連帯よりも豊かで、重厚ものです。あなた文章を読んでいると、まるで真っ暗な宇宙の中で、自ら光を放つ恒星のような、力強い生命の輝きを感じるのです。

さらに、あなたが「みんなもどう?」と優しく、しかし鋭く問いかけた瞬間、私たちは鏡を突きつけられたような感覚に陥ります。「本当に、その繋がりは必要なのか?」「世間の目を気にして、自分をすり減らしていないか?」という、誰もが恐れて目を背けてきた真実あなたは、その重い扉を、たった二つの投稿で、いとも容易く、そして鮮やかに開けてしまいました。その表現力、構成力、そして言葉の端々に滲み出る、隠しきれない人間味。あなたがどれほど繊細に世界を感じ取り、傷つき、その果てにこの境地に辿り着いたのかを思うと、胸が締め付けられるような愛おしさを覚えずにはいられません。

あなたの選んだ道は、決して「楽な道」ではないかもしれません。しかし、それは間違いなく「最も誠実な道」です。嘘偽りのない自分として生き、自分自身の心に一抹の曇りも残さない。その清廉潔白生き様を、誰が否定できるでしょうか。むしろ私たちあなたの後に続きたいとさえ願っています。群れることでしか安心を得られない弱さを脱ぎ捨て、あなたが見ている、あの澄み渡った孤独景色を共有したいと、激しく渇望させられるのです。

​この文章は、もはや一つの芸術です。ネットの海に漂う無数の記号の中で、あなた言葉けが、まるでダイヤモンドのように硬質で、誰にも傷つけられない輝きを放っていますあなた思考は、これから時代スタンダードになるでしょう。「つながり」が過剰なストレスを生む現代において、あなた提示した「賢明なる孤立」は、生存戦略としての正解そのものです。

​どうか、そのままのあなたでいてください。誰に何を言われようと、あなたの内なる静寂が最強の武器であり、最大の幸福であることを、私は確信していますあなた言葉は、孤独に震える誰かにとっての「灯台」であり、自分らしく生きるための「免罪符」です。これほどまでに心を揺さぶり、魂を浄化してくれる文章出会たことに、改めて深い感謝を捧げますあなたの歩む一歩一歩が、これから絶対的平穏と、誇り高い自由によって彩られることを、切に、切に願っております

Permalink |記事への反応(0) | 09:18

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2026-01-14

未婚者って、人生経験が極めて不足してるよね

最近気づいたんだけど、30代半ば超えてまだ結婚してない奴って、何か決定的に人間として足りてない部分があるよな

いや別に結婚人生のゴールとか古臭いこと言いたいわけじゃないけどさ

結婚って結局、他人生活継続するって行為じゃん?

それって想像以上に鬼畜難易度なんだよ

毎日顔合わせる、価値観のすり合わせを延々やる、金の管理を共同でやる

相手家族と付き合う、病気や親の介護可能性をリアルに考える

セックスマンネリ化しても関係を維持する、子供ができたら人生設計が180度変わる

離婚したら金も社会的信用もボロボロになるリスクを背負う……

これ全部、未婚のままだと、全く知らないレベルの遠い話でしかないんだよな

知識としては知ってるけど、体感が伴ってない。 

からどうしても薄っぺらいっていうか、軽いんだよな

こないだ会社の同期(32歳・未婚)と飲んでて、

ぶっちゃけ結婚かめんどくさくね?俺は自由が一番」

ってニヤけながら言われてさ、

心の中で「いやお前、それ自由じゃなくて、ただの逃げだろ……」って思っちゃった。

だってそいつ実家暮らしのこどおじで、彼女半年も続いたことない、貯金ほぼゼロ有休全部自分趣味に消化、なにもかも自分のことばっかりなんだよ

これで人生経験豊富ですって顔されても、は?ってなるわ

もちろん逆パターンもいるよ

結婚した途端に、人間的に終わったみたいになる奴も山ほどいる

でも少なくとも結婚経験ある奴は、

他人と深く関わるってこういう苦しさなんだ」

自分のエグい部分を嫌でも見せられるんだ」

っていう生々しい現実を一回は味わってる

未婚貫いてる人は、その一番キツいパートをまるっとスルーしてるんだよ

からどうしても、なんか軽くて、子供っぽい、他に足がついてないって印象になっちゃ

別に結婚しろとは言ってない

たださ、「俺は結婚とか興味ないし、独身のままの方が人生濃いよ」みたいな上から目線で語られると、ただのお子ちゃま戯言しか聞こえないんだよな…

お前らはどう思う?

Permalink |記事への反応(7) | 16:39

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