
はてなキーワード:萌えるとは
「きみは世界の中心です」を読みました! #パルシィ #きみは世界の中心です #金田一蓮十郎
https://palcy.onelink.me/3GiH/vadyornh
今これ好き
その作品自体がいいのも当然あるけど、私のロマンにフィットする設定だ…
小学生のころ初めてどハマりした少女漫画や大人になってからアプリでハマった恋愛漫画にも共通するんだが、幼少期に絡みがあって、その後交流なく過ごし、再会するタイプの幼馴染もの(長期間断絶がある関わりを幼馴染とは呼ばない派閥も居るのは承知。便宜上使わせていただくが…)でどちらかだけが覚えている事実やあるいはどちらかだけが本気にしている約束があるというシチュエーションが萌える…。
どっちも同じくらい認識してると萌えない。例えば星の瞳のシルエットとか嫌いではないが萌えなかった。
第三者のライバルではなくお互いの記憶や思い入れの不均衡という障害にこそ、燃える…
あるいは埋められない事情があったり、埋めようとして上手くいかないもどかしさがよい。結果的に埋められないのもよい。
フフフ…
きみせかはハッピーでかわいい作品だけどね。こういうのも大好き。
きみせかは誕生日が同じってところがいいな、意味なんてないのになんとなく親近感が湧く。そして同じ成人した日に婚姻届を出そうという約束を、ハイスペ王子様化した方だけが一点の曇りもない本気で覚えているという気持ちいい設定。
十年ほど昔、斉藤環Dr.だったか、年長の人による「男性は視覚で萌えて、女性は関係性に萌える」といったオタクの男女間の相違を読んだことがあった。また、「男性はキャラクター単体に萌えて、女性はキャラクターの関係に萌える」というバリエーションも見かけたと思う。多少の例外はあるにせよ、当時の認識として、これらは概ね合っていたような気がする。
ただし、オタク男女間の違いが無くなったわけではなく男性向けの同人界隈では、執拗にセックス描写に拘った作品が多く、また、体液の表現を強調した作品も頻繁に見かける。こうした拘りは、女性向けの世界ではそこまでポピュラーとは言い難い。
生物学的な相違にも由来しているであろうニーズの違いは、今までもあったし、これからもあるに違いない。
とはいえ、最近の男性オタク界隈の様子を見ている限り、「関係性萌え」「関係性にブヒる」作法が相当のところまで普及しているように見える。
関係性への着眼とpleasureは、女×女 だけに限らず、男×女に対してもそれなりに適用されているようだ。また、少なくともネタのレベルでは、男×男の関係性に対しても、敏感になっていると考えて良いのかもしれない。
男性側の領域でも、キャラクターとキャラクターの関係性を敏感に読み取り、それを頼みに妄想や空想を膨らませて楽しんでいる人が増えているように見受けられる。
一次創作もする、人の創作もみる、二次創作もする、創作交流企画もする、TRPGもする人間の個人的な意見。
一次創作は己の好きなキャラを好きなように好き勝手にやって萌えたり、やりたいことを表現することを目的としているの。
人の創作は他人の作ったキャラ、ストーリー、やりたいことを浴びて自分には無い発想だとか、欲しかったものを浴びられる快感に酔い知れられる。そのに自分の意思は介在しないからこその、完成品を浴びる楽しさ。
二次創作は他者の素晴らしい作品のを見てる中で芽生えた、こんなことしてみたい!という一次創作的な欲求が混じったもの、好きな物の中で好きな表現を行う楽しさがある訳で。
創作交流企画は完全な一次創作とはまたちょっと違って、他者の意思がそこに介在したり、他の人の作った世界観が介在してくる。完全一次創作とは文字通り勝手が違うが、だからこそ「私だけでは作りえなかった予想外のストーリーや化学反応」が見れるたのしみがある。人のキャラにもおのれのキャラにも萌えられる
TRPGは創作交流企画と人の創作の間の子に近いものがあると思う。
創作交流企画と何が違うかといえば、それがゲームであることだ。
つまり作り手の意思の通りに物語は転がらない。戦いに勝つか負けるか分からない、キャラが生きるか死ぬか分からない。
それが好みかどうかは分からないけれど……
自分の作ったキャラに萌えることもできるし、他者のキャラやNPCに萌えることも可能というのはそういう、一次創作でも人の創作でも二次創作でも創作交流企画でも無い塩梅の立ち位置にあるのは大きいのではないでしょうか。
自キャラ大好き!という色が濃い人からすると、TRPGや創作交流企画でよその子やNPCに熱をあげるのは珍しく映るのかもしれないですね
一次創作もする、人の創作もみる、二次創作もする、創作交流企画もする、TRPGもする人間の個人的な意見。
一次創作は己の好きなキャラを好きなように好き勝手にやって萌えたり、やりたいことを表現することを目的としているの。
人の創作は他人の作ったキャラ、ストーリー、やりたいことを浴びて自分には無い発想だとか、欲しかったものを浴びられる快感に酔い知れられる。そのに自分の意思は介在しないからこその、完成品を浴びる楽しさ。
二次創作は他者の素晴らしい作品のを見てる中で芽生えた、こんなことしてみたい!という一次創作的な欲求が混じったもの、好きな物の中で好きな表現を行う楽しさがある訳で。
創作交流企画は完全な一次創作とはまたちょっと違って、他者の意思がそこに介在したり、他の人の作った世界観が介在してくる。完全一次創作とは文字通り勝手が違うが、だからこそ「私だけでは作りえなかった予想外のストーリーや化学反応」が見れるたのしみがある。人のキャラにもおのれのキャラにも萌えられる
TRPGは創作交流企画と人の創作の間の子に近いものがあると思う。
創作交流企画と何が違うかといえば、それがゲームであることだ。
つまり作り手の意思の通りに物語は転がらない。戦いに勝つか負けるか分からない、キャラが生きるか死ぬか分からない。
それが好みかどうかは分からないけれど……
自分の作ったキャラに萌えることもできるし、他者のキャラやNPCに萌えることも可能というのはそういう、一次創作でも人の創作でも二次創作でも創作交流企画でも無い塩梅の立ち位置にあるのは大きいのではないでしょうか。
自キャラ大好き!という色が濃い人からすると、TRPGや創作交流企画でよその子やNPCに熱をあげるのは珍しく映るのかもしれないですね
はじめはごく普通の感じのいいお姉さんだと思った、恐らく自分より一回りは年上だったからだ
とはいえAがオタクになったのは最近のことらしく、どこか浮ついたポストも多かったがそこまで鼻につくことはなかった
あれ、と思い始めたのは繋がってひと月くらい経った頃に下ネタの雰囲気のTLで自身の経験談的な軽い下ネタを混ぜたポストをしていたのだ
直接的なものではないが正直「うわぁ……」と思ったのは事実で、しかしAのオタク歴が浅いこともありそういう時期もあるかな、と流していた
次に苛つきを覚えたのは、とあるイベントに合わせて自分が主催となってアンソロを作ろうとした時だ
狭い界隈なのでXのグループDMでお知らせなど全体のやり取りをしていたのだが、Aは直接そのお知らせ用のグループDMでアイビスの使い方を聞いてきた
いやお前が今手に持ってる板はなんのためにあるんだという言葉が出かかった
そもそもそういったソフトを使ってコピー本を出したことがあると聞いていたのになんでそこで躓いたんだとも言いたかったが、ぐっと飲み込んだ
次からは主催である自分にソフトの使い方をDMで問い合わせてきた。だからお前が今手に持っている板はなんのためにあるのかと小一時間問い詰めたい気分になった。大人だから我慢して「今私も検索したのですが」と返信した
この時点で私はAに対して疲労感を感じていた。人柄が悪いわけではない。とにかく考え方が合わない
自分は下ネタが嫌いなわけではなく誰かの実体験を匂わすようなポストが苦手、ソフトでわからないことがあったらまずネットで検索するのが先
Aは恐らく実体験を匂せる下ネタも平気で、ソフトの使い方がわからなかったら知り合いに尋ねるのが先
イベントも無事終了したが、ここでAが別名義の匂わせをしだした
確かに同ジャンルの他カプで、私の好きなカプでもあったが同時に描いていたのがド地雷カプだった
申し訳ないが別名義はブロックした、ド地雷カプは名前も見たくないし口にするのもおぞましいと思うほど地雷だからだ
別名義の匂わせ時点でAをミュートしていた
自分はとにかくめんどくさいオタクなのでド地雷カプを好きなオタクのポストなんて見たくなかった
それでも自カプの萌えるポストもあるし、紹介してくれた相互Bの面子もあるし……とブロックまでには至らなかった
その頃から私が転職し多忙になったこともあり、なかなかXに浮上できなかったからある意味ミュートでちょうどよかったのだ
しかし、Aはなぜか私のことを気に入ってくれていた
恐らく話しかけやすかったのだと思う。私の実力は中の下ほどで仲間意識も持たれていたのだろう
今度は直接DMで「私さんの推しのグッズ当たったから」などのやりとりが発生するようになった
もう勘弁してくれ!と叫びたくなる
そもそも私はパーソナルスペースが広めであまり誰かとベタベタしたくない、前々から感じていたがAは距離感が近すぎて嫌だった
それでもなんとか時間差で対応していたが、Aが別名義で出したコピー本を贈りたいと言い出して限界になった
Aからのまるでリアルの友人に対するような距離感が無理になった
ド地雷カプではない好きなカプの本だが、もうA本人が地雷になっていた
アンソロはグループDMでやりとりができる(複垢持ちなので確認した)ことがわかったのでそれでやりとりができる
ならここまでストレスを感じながら彼女との繋がりを保っている意味がなかった
これで自カプ界隈から避けられてもいいや、と思った
数年前ウマ娘が大流行したとき、pixivやTwitterで、メディア欄がBL二次創作イラストだらけだった腐女子が突然ウマ娘にハマりメディア欄がウマ娘だらけになる、ってことがそこそこあったんよ。
中にはウマ娘同士の百合カプにハマる人もそこそこいて、これまでBLにしかハマらなかった人なぜそこまで?って思って考えてみたら
・腐女子はキャラ自体の萌え+キャラ同士の関係性に萌えるオタクが多いから王道スポ根もの、かつ元ネタの競走馬における同世代やライバル、血統つながりなど美味しい関係性が山ほどある。
・そもそも女性オタクは腐女子かどうかに関わらず美少女キャラや百合に抵抗がない人が多い。
・普段美少女ゲームをやらない層も流行や競走馬の美少女化というテーマに釣られてプレイする人が多かった。
・R18二次創作が禁止されているから、過激なエロ絵などが咄嗟に目に入る心配がない。
辺りが大きな理由になるんかなーと思った。
ここからは勝手な考察だけど、↑みたいなウマ娘のメイン層以外へのウケ方を他の美少女ソシャゲも上手く真似してる気がする。
例えば学園アイドルマスターとか、これまでのアイマスだと露骨に巨乳だったりでエロ売りしたいんだなってアイドルが一人はいた、でも学マスは(今のところ)それがない。さらにシナリオもアイドル同士の関係性が強調されてるし、グッズも特定コンビ売りが多い。その結果学マスも売れに売れて女性ファンも歴代アイマスシリーズより増えたように見える。
個人的には、自分もこういう女性キャラの描き方が好きなんで良い傾向だなーと思う。これからの美少女ソシャゲはもっとコンテンツの間口を広げるような運営が増えるといいなー。まぁこれはさすがにワガママかなー。
中学生〜高校生の思春期のおよそ2年間ほど、既婚者の男性動画投稿者にリアコしてた時期がある。
当時は異性との共演を見るのもしんどくて、当然配偶者の話なんかは聞きたくなくて(幸いなことに動画の中であまり配偶者の話をしないタイプではあった。だからこそ好きになれてしまったのかもしれないけども)、最初はただ面白くて動画を見てたはずなのにいつのまにか辛さの方が増してしまった。
いわゆるアイドル売りをしているようなタイプでもなかった。とはいえコメント欄などでは女性ファンが目に見えて多く、「かわいい」みたいなコメントはなんとなく許容されていたのだけども、そんな中でもリアコ的なコメントをするのは当然非常識みたいな風潮があったし、見えないところならOKという感じでもなかった。少なくとも私はSNSなどでそのような発信をしてる人を一度も見かけたことがなかった。なので私も、コメント欄でもSNSでもそのような発信をしたことは一度もない。現実でも誰かに話したことがなかった。頭がおかしい自覚があるから。
何がきっかけで離れたのかはあまり覚えてないけど、元々二次元オタクだったし、別の二次元の推しが出来たんだった気がする。その推しにもリアコしていた。なんかずっと、現実とそうでないものの区別がついていない。
数年経って、久しぶりにまたその人の動画を見るようになった。もともとは面白さで好きになったから、久しぶりに見てもやっぱり楽しく見れる。たまにちょっとした言動から胸がギュンとして「ああ好きだなあ」って思う瞬間があるけど、それにしても以前より穏やかな気持ちで見れている。気がする。
配偶者について積極的に触れるタイプではないのだけれど、動画の中でその存在が匂わされるとしんどくなってブラウザバックしてしまう。せっかく本人はあまり触れないスタイルなのに、コメント欄で憶測で盛り上がってたりするとすごく気分が悪い。そういう人たちのコメントは明らかにメロついてて、動画投稿者を異性として意識しているのが滲んでいるのに、それと「奥さん大事にしてる感が萌える」みたいな感情がどうして両立できているのかが分からない。私はただただ、奥さんの話をされるのが、存在を感じてしまうのが嫌。
配偶者についてあまり触れないタイプだと思ってたのだけど、メンバー限定配信ではよく奥さんの話をしてるらしい。(好きとか言っておいてメンバーにもなっていないのは何っていうのは本当にそう。一番ハマってた時期がお金のない学生のころだったから許してほしい)お互い思い合っていて、理想の夫婦らしい。
以前、どこかの掲示板みたいな仄暗い場所で、「子供もいないし離婚しそう」と書かれていたのを、ずっと胸の中に、拠り所として置いていた自分に気づいた。どうやらそんなことは起こらないらしい。すごくショックを受けている。そして、自分の醜悪さが恐ろしい。
なんで、会ったことも話したこともない人を好きになれるんだろう。二次元のキャラクターなんて、そもそもこの世に存在すらしていない。普通に考えてあまりにも恋愛のプロセスから外れている。推しのような絶対に手の届かない人を本気で好きになれてしまう人と、そうでない人の違いってなんなんだろう。
男女問わず、推しと付き合いたいとか結婚したいとか、SNSで気軽に発信してる人は普通にいるけど、なんなんだろう。私は自分の頭のおかしさがチラついてしまって、堂々と付き合いたいとか言えない。もしかしたら、付き合いたいとかそういうのは萌え語りにおけるファッション的なもので、本当に恋愛感情として好きって訳じゃないんだろうか。
アイドルみたいに、ファンがリアコすることも想定していて、そういう売り方してくれてたら、楽にそれに乗っかれたのかもしれない。握手会とかチェキとか会えるイベントもないし、スパチャをしたら名前を呼んでくれるみたいなのもない。疑似恋愛すらできない。
わたしは普通の人が異常な性的衝動に駆られて葛藤するというシチュエーションが死ぬほど性癖で、それ以外のシチュエーションではどうしても心を満たすことができない。
例えば女子高生が自転車のサドルに媚薬を塗られて帰宅中に発情オナニーするAV、本当にかわいい。我慢できなくなったり、友達に話しかけられて無理に正気を取り戻したりするいじらしさがほんとうにいい、最後にトイレに駆け込んでひとりでしちゃうとことか。
とにかく、我慢できなくなって、おかしくなりそうで、衝動的に、でもあくまで普段はまともに過ごしている普通のいい子が、っていうのがたまらなくかわいい。
正直最後の男性との性交シーンはあんまり興味なくて、ただ女の子がひとりで疼いていて、ギリ満たされてない様子が好き。
本当に好きだ、かわいい女の子のかわいい映像をこうして作り出してくれて本当に感謝してる。
そして、かわいい男の人で同じ映像を作ってくれたら、同じようにきっとすごくかわいいと思う。
性の目覚めと共に初めからふつうの素直なポルノを手に取っていればこんなことで苦しまずに済んだのかもしれないけど、性に目覚めた当時のわたしはへんに真面目で性欲に対しての罪悪感もあったので、18歳未満閲覧禁止だと言われてしまえば抗うことができなかった。
ポルノを手に入れられなかったから、抑圧された日々のストレスと年頃の性欲に脳を支配され続けた思春期の苦しみの中で、とにかく数多くのWikipediaのえっちな記事や文章を読み漁り、その結果として性癖が歪んだ。
はじめは知ってる単語を調べてたどり着くことができる「性行為」「オナニー 」の記事に始まり、宗教的タブーについての記事、多様なフェチシズムや性に関する病気についての記事など性的なタイトルを扱うページを読み漁り、英語版の存在に気付いてからは「Humping」や「Frotteurisme」「Schuren (seksuele handeling)」などひたすらに読み耽って、ついでに苦手科目だった英語の成績もぐんぐん上がっていった。(英語版wikiにはそれほどに素晴らしい記事がたくさんある)
それらを読み耽り健全で道徳的な性行為のよろこびに憧れを抱くだけなら何も問題はなかったんだけど、わたしにはもうひとつ最悪のお気に入りジャンルがあって、それは性にまつわる事件や、異常な有名犯罪者の記事でした。
残酷な犯罪を犯した有名犯罪者の幼少期や生い立ちについては大抵ひどい不幸と家庭内での性虐待が描写されている。
彼らの不幸な過去とその破滅的な犯罪行為との間には人生を破壊してしまうほどの異常な性的トラウマや性衝動を感じて、倫理観が性欲に完全敗北した思春期の脳みそと身体は死ぬほど興奮した。
殺人を犯しながら勃起していた最低の変態殺人犯も、とにかく人を殺すほどの苦しい人生の中で気が狂って勃起していることがかわいいとしか思えなかった。日本で起こった事件や性の相談窓口に寄せられる母子相姦被害者の男の子たちのエピソード、それらの問題について書かれたすごく古い本をわざわざ取り寄せては読みながら何度もオナニーした。
女としての母親からの性暴力はどう考えても悍ましく残酷な行為で、それなのにわたしは他人の心の傷と尊厳を踏み躙るようなとてもひどいことを考えて本当にどうかしているし終わってるって分かっていたし罪悪感は苦しいけどそれでもどうしようもなかった。
そのうち、自分は母子相姦が好きなわけではなくて、ただ男の人たちが身体によって一方的に与えられる性的な仕組みから決して逃れられないという事実が嬉しいのだとわかった。男の人がふつうでまともで、常識的で、優しい人であればあるほど嬉しい。
身体のしくみから逃れられないということ自体は男の人に限った話ではないのだけど、異性の受難には共感の余地がないので特別に思えてしまう。
この抽象化に成功してしまったせいで性欲の対象は母子相姦の被害者や異常殺人者に限らなくなって、男の人が少し哀れな目にあったり泣いたり傷ついたり、苦悩を抱えていたり理不尽に耐えて生きていることを知るたびに、それでも生活の中に性的な瞬間があるということを意識してどうしようもなく興奮した。
性欲と理性との矛盾や、それによって自尊心を損なう苦しみはわたしには想像できないほどひどいものかもしれないし、そんな苦しみはすべてわたしの勝手な妄想かもしれないけれど、男の人たちを最低な方法で消費して異常な妄想を繰り返すのを結局大人になってもやめられない。
男の人が性欲に苦しむ切ない様子や、いじらしい自己嫌悪、どんなに頭がよくて優しくて不幸や苦しみの中にいても身体のつくりのせいで性欲や性機能があって、彼らにも下着を汚したり健康を損なわないために仕方なく吐精をする必要があって、ふつうの生活の中に性的に興奮している時間や頭をバカにしながら必死になったり、手慣れた手つきでティッシュ越しに精液を受け止めたりするのだという事実がだいすき。
どんなにひどい地獄に落ちても構わないくらい性欲と理性の矛盾に苦しむ男の人が好き。
18歳を迎え、20歳を迎え、年齢制限の壁を完全に克服したわたしは、以降あれこれ自分の嗜好に合うポルノを探し続けているのですが、性被害者による異常性欲の作品なんてもちろん見つからないし、そもそもかわいそうな男の人の性欲に萌えるための作品は殆ど見当たらなかった。
そのため18歳の節目はわたしの性欲にとってpornhubの解禁以外にほとんど恩恵はなく、外国人が電車内で勃起して女の人に押し当ててる動画とか、毎日寸止めしながら射精禁止生活をしているマゾの男(edgingという趣味らしいです)の寸止め動画やRedditの投稿を読むなどをみたり、たまにDLsiteを巡回して小銭を使う程度に落ち着いた。
いつか、着衣の女性の背中やお尻に男の人がズボン越しの勃起ちんぽを必死に擦り付けるだけのかわいい映像を撮影してネットにアップロードしてみたい。喘ぎ声は我慢して欲しいけど、呼吸は荒く苦しそうになってほしいし、女性とは一度も目が合わず言葉も交わさないまま終わって欲しい。
性欲の話をするのは楽しい。
誰にも知られずにこんな話ができるなんて、はてな匿名ダイアリーはいいサービスですね。
〇十年ぶりに、男女カップリングにはまった。
同人活動を始めてからというもの、ずっとBLばかり追ってきた。
女性キャラが嫌いなわけではない。ただ、女性が絡む恋愛にまったく興味がわかなかった。
体つきがよく、愛想のない、おじさんとお兄さんの中間みたいな年齢。好みドストライクだった。
しかしどうにもピンと来ない。
中途半端に関係性オタクであるがゆえに、彼の周りの男たちとの恋愛未来を想像できなかったのである。
そこで目に留まったのが、彼を軽やかに翻弄する女キャラだった。
好きな相手に振り回さる男、それが大変萌える要素である私にとって、その女は理想の受けだったのだ。
そして気づけば、〇十年ぶりに男女カップリングへ転がり落ちていた。
ただ、そのカップリングは決して創作が盛んなわけではなかった。
公開されている二次創作も多くなく、飢えた私は筆を執った。
欲望のまま書いてみたところ、エロを入れない限りはBLも男女も大して勝手が変わらず、自給自足は順調だった。
そう、エロを入れなければ。
尻や乳首の話なら書ける。
散々乳首開発の描写を書いてきたのに、同じノリで女の胸に挑んだ途端に筆が止まる。
この女、胸が大きすぎやしないか、と。
掬えばいいのか?
揉めばいいのか?
押しつぶせばいいのか?
どの動きが正解なのかまったくわからない。
どのタイミングで喘ぐのか。何と言わせながら喘ぐのか。
まさかこの年齢になって、童貞のような悩みに直面するとは思わなかった。
(「再会」の尊さがデカすぎる )
ナーフされていても強過ぎて敵の
「やられ役」感が強い
・ダメ元で短話読み始めたら面白くて短話買いまくって駄目だった
読むのがやめられんかった
離れていた期間からの再会という倍増装置でマシマシで伝わらせてくれるところが
「お、おう」ってなってたから作者様、まだ全然「描ける」やん!!!
ってなった 紙に出力されたものを読み返すことで
2000年代連載当時の書き手の感情出力は固定されるが作者様は生身の人間なので
・魔界が〜の件はようわかってないし
新キャラにはそんなに興味関心湧かないので
でもやっぱりその割には面白すぎる
「パートナーは絶対守る」という意思がヒシヒシ感じられる構図、
滅茶苦茶萌えるんだよなぁ…
となるが親戚のおじさんムーブする清麿はめちゃくちゃ萌えるのでヨシ!
己を奮い立たせ
パートナーを信じ
その瞬間ごとにやるべきことをやる
・ブラシェリは続編のがすき
ブラゴ死亡と聞かされた時の 割り切れるわけがない激情が押し寄せるとこ
・私だけ流れる「時」がみんなとズレてきているのかもしれないのだ…(手の震え )とか
なんか術が発動した時にいつもと違ったのだ…俺も…のくだりで
もう清麿が人間卒業してガッシュと千年統治コースのお膳立てか…?ってなった
よくわかっていない
・背景すごいページ見開き、「ス、スゲェ…!(ゴクリ )」感より先に来る
(これ外注で描いてもらってるんかな)感
そんだけアクティブなインディージョーンズ教授ライフしてたんやろなぁ
っていうのが察せられる
・月一(休載あり)はキチイて…!
待ち遠しすぎ!
腐女子をやめることにした。
これが全てなので、後のことは暇な方だけしか読まないでください。
10年くらいジャンルを移動しながら細々と書き続けてきたが、筆を折ることにした。
作品だったり人物だったりの下調べをしてからでないと書けないせいか、書いたものはそこそこ力の入ったものになり、読者も少しいるようになった(いらっしゃったと書くべきなのだろうが、この読者に悩まされ続けたので、いたと書く)。
書いている最中が一番楽しく、自分の楽しさを分け合うつもりで投稿したり、ポストしたりしていた。まあ、一方的な感情だったと気がつくわけだが。
一部の読者が私に対して過度にへりくだり、そのくせ自分の望み通りのものを私が書くよう、欲を押し付けるようになっていった。ポストするのは推し関連だけで日常ポストは全て別の場所でやっていたから、画面の向こうにいる自分が人間ではないかのような扱いは仕方がないと割り切った。遠回しな誘導は気が付かないふりをして無視した。だが「供給助かります!」と言われた時に自分の中で何かが切れた。
同人は書き手と読み手が同じフィールドにあると思っていたのだが、彼女らにとって自分は萌えを供給する機械のようなものだったらしい。読者である自分達は何も生産せずただ他人の書いたものを消費するのみ。この頃には読者に萌えを分け合うような気持ちもなくなっていた。
それでも書くことは楽しかったので、辞めればいいのに書いていた。6、7年ぶりにイベントにも出てみた(申し込み後一緒に出ようと言っていた腐女子が失踪した)。
感想や手紙をもらった中で、気が付いたのは崇拝はひたすら重たいということだ。自分がそう感じたのは、その器ではなかったからかもしれない。今後手紙類は一切遠慮しようと思うくらいには消耗させられた。
読者の文章の中で、私の痛い言動が、くだらない下ネタのポストが、欲望を込めたただの同人誌が目一杯美化されていることに吐き気を覚えた。理想像の押し付けである。好きにさせてくれよ。私はただの気持ちの悪いオタクでしかないのに。
傾向として、匿名性が高いツールであるほどこの賛美は過剰に行われた。それなので適当な理由をつけてフォームを閉じることにした。
私と仲良くしているワタシってすごい! みたいな者が現れはじめたのも足を洗う理由になった。私をダシにしてもなんの特にもならないし、あなたも私もすごくはない。現実を見てくれ。
いらやしいのは、ある匿名フォームで一方的に善意をなすりつけられたことだ。絵文字のみをスタンプのように送信することができるのだが、そのスタンプを日々送り、自分が反応しないと「あれ?私がスタンプ押したのに元気でませんでしたか? もっと押したほうが良かったですか?」と指摘が匿名で送られてくる。私は頼んでいないし、作品を読みもしないのに日々増えていくスタンプが不気味ですらあった。評価するなら私ではなく作品にしてほしかったし、気持ち悪いのでやめてほしかった。
恩着せがましい言い方が癇に障ったので、そのカップリングではもう書かないことに決めた。また執着されたら怖い上に作品を書きでもしたらその相手が喜ぶと思って。自分の嫌いな相手を喜ばせたくないというのは、自分にとってカップリングを移動するのに十分な理由だった。
一番大きな理由としては、エロ厨の多さだ。昨今の商業BLの過激さを見ればまあ、どれだけ腐女子の性欲が強いかよくわかるだろう。自分も呆れるしドン引きする(この記事をchatGPTに読ませたら「腐女子全体がそうであるかのように言及することはやめましょう」とツッコミを入れられた)。
渾身の力を込めて、ジャンル移動前の集大成と思って書いたストーリーとキャラ分析重視の全年齢作品に対して「エロはないんですか? 続きは? まってます」と感想が送られてきた。
エロこそが関係性の頂点であり、愛し合っていることの証左だと考えるのはあまりに幼くて、あまりに勿体なさすぎやしないだろうか。腹が立ったのでこういうのでいいんだろと半ばキレ気味に書いたエロは、短時間で全年齢を上回る閲覧数になった。よし、こういうのでいいんだな。筆を折った。
考察が面白くてフォローした人のポストも時が経つにつれて「犯したい」「受けは攻めくんに犯されろ」としか言わなくなり、それなりに付き合いもあったがお別れした。同年代で彼女のことを尊敬していたが、もう敬えなくなった。同年代と知っているからこそ、そういったポストばかりする彼女の姿を見ると悲しくなった。分析や、尖った性癖をひけらかす彼女に戻ってほしかった。
エロが悪いわけではないけれど、何でもかんでもエロに結びつけるのは短絡的すぎないか、というのが自分のスタンスだ。そんなことを言ったら人類は繁栄していないが。エロに至るまでの道のりが長くて険しいほど萌えるのかもしれない。だから自らの手で物語を書くことによって欲を満たしてきた。
腐女子の間では自分の変態性が価値のように扱われ、性癖が尖っていればいるほど、声高であればあるほど、表現が過激であればあるほど、正義だとされている、と自分は感じる。でも世の中から見ればマイナーな趣味であり、おかしな言動に見えてしまいかねない。自分達を客観的に見る力が圧倒的に欠如しているのだと思う。私も含めて。
そんな姿が嫌になって(もちろん私自身も含む)腐女子をやめる気持ちを固めた。
男男以外の一次創作をしてみようとしたが、久しぶりすぎてこれっぽっちも思い浮かばなかった。男女カプでの二次創作も経験したけれど、これもまたこれで違う苦しみがある。そしてエロ厨はどこにでもいる。
ジェンダーレス制服が素敵だから見てほしいというイラストなのに、なぜか女性キャラにくねくねポーズを取らせたイラストレーターが炎上しているようだが、これはこのイラストレーターだけが問題なのではなく、絵描き界隈で無自覚に信じ込まれている旧来のジェンダー観そのものが問題だと感じた。
ネットで男女の描き分け方の講座や動画を見ると、身体的な性差だけではなく、社会的に付与されたジェンダーも描き分け技法として含めていることが多い。
例えば男性は女性より肩幅が広いとか、首が太いとかは身体的な性差だし別に良いと思うが、女性は内股気味に〜腕を内側に〜とか、男性は座るときに脚を開くとか「それは社会的に付与されたジェンダーだろ!」って突っ込みたくなる。
今の時代、男でも女でも脚は閉じるべきって考え方が主流だし、女は内股が可愛いなんて誰も言ってないのに、絵描き界隈ではこの考え方が未だに根強いのだ。
こういう女性キャラに旧来の女性らしさの押しつけであるくねくねポーズをさせたイラストを擁護する人がよく「コントラポスト」というワードを出して論破した気になっている姿をよく見かけるが、それじゃあ何の論破にもなっていない。
コントラポストとはあくまで体重の大部分を片足にかけるポーズを指すのであって、くねくねポーズでないコントラポストはいくらでも存在するからだ。元はギリシャの彫刻技法らしいが、ギリシャ彫刻の男性像がみんなくねくねポーズしているわけではないだろう。
「棒立ちじゃ絵に動きがないから」も全く同じ。「だったら男性キャラを描くときもくねくねポーズさせるの?」って言いたくなる。
多分オタクって、俺(私)の萌える異性キャラというものを「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という価値観として内面化してしまってるのではないかと思う。もちろん非オタクでも自分の理想の異性のタイプをステレオタイプとして内面化してしまってる人もいると思う。ただ非オタクの理想の異性のタイプはあくまで現実に存在する異性であって、オタクの好む実在しない極端に理想化された異性像ほど現実とのギャップがないのだ。
ただ男性オタクと違って、女性オタクや腐女子に関してはあまりステレオタイプに毒されていないなぁと感じる。
女性オタクや腐女子の描く男性キャラは旧来の男らしさにとらわれていないものも多い。BLの受けなんかは特にステレオタイプから脱却した多様性の象徴のように思える。男性オタクは保守寄りで、女性オタクはリベラル寄りというのはこういう部分にも現れているのかもしれない。
毎日毎日両者の争いが流れてきて発狂しそう。おすすめ欄を見ないようにしても気付いたらなってる。カス。
『いちばん美味しいゴミだけ食べさせて』、見たときはまあsteamやフリゲによくあるアングラゲームだよねと思った。私の好みドンピシャではないけど好きそうな人はいそうだし。(実際発売を楽しみにしてるフォロワーもいた)だからこんなに炎上すると思ってなかった。ラブドールにゴミを食べさせて知能を付けさせる。ゴミ食と通常食。葛藤を楽しむ。こういうインモラルで道徳や価値観を問われるような話が私は結構好きだし、steamは十分ゾーニングされた場だという話だし、おそらく性行為の描写があるわけでもない。(ちなみに私の好きなゲームのニディガはある。17歳以上なんですねあれ でもぶっちゃけR18以外のレーティングって現状在って無きが如しじゃない?)嫌いだってのはわかる。わかるけど発売中止しろとか規制しろってのは違うと思う。この前選挙で表現の自由がどうの、中国でBL作家が逮捕されてこうの、って話になったのにどうしてこうなっちゃうんでしょうね。マジで。
で、ここからが本題なんだけどさ。私がわざわざはてなのアカウント作ってまでこのお気持ち書いてる理由なんだけどさ。
最近毎日インターネットで争ってるアンフェと偽フェミ・リベラル気取り腐女子には全員派手に爆発して死んでほしいんだ。
noteとかにしなかったのは一応私も文筆を嗜む人間である以上死ぬほど汚い言葉を使いまくる予定のこのお気持ち文と私の作品を結び付けられたくなかったから。
本当に許せなくて。私はメスおにいさんが大好きな左右固定腐女子で、昔からリベラル気取り腐女子にはリバは寛容で対等うんぬん固定は不寛容うんぬん女っぽい受けはどーのこーの言われてうっせーなカス死ねと思ってたんだけど、今回そのうっせーなカス死ねな言動が腐女子全体に飛び火してきて本当にクソ。私たち腐女子だって非実在青少年を性的消費している立場には変わりないし、BLは人間の汚い部分を排除したもの~とかいう妄言もはぁ????でしかない。恋愛なんて多かれ少なかれみんな汚えもんだろうがよ!!!!というか私はそっちのほうが萌える!!!!!BLだけ無罪なんてことはないし、女エロだけ有罪なんてこともない。現実の女性差別やら格差やらには取り組まず非実在の女の保護(笑)にばかり取り組んでる声がデカくて頭がスカスカで行動力ばかり無駄にある偽フェミ共(私はこいつらの行動をフェミニズムだと思ってないので偽フェミと呼ぶ)が表現規制に走って女エロが焼かれたら次はBLだってなんで分からないんでしょうね。その果てに待つのは無味乾燥な表現だったものの残骸だというに。死ねよ~~~。
で、アンフェども。涼しい部屋でする戦争ごっこきもちいいでちゅか~~~~~~??????死ねよ。
な~~~にがBLは丸々規制しろだよ。なにがBLとかいう本物のゴミだよ。なにが攻撃が有効だということが示されただよ。お前らという女叩きしたいだけのカスどもに持ち上げられる『いちばん美味しいゴミだけ食べさせて』が不憫でならねえよ。お前らの中に何人元々あのゲームを楽しみにしてた人間がいるんだろうな。何人あの炎上で知って嬉々としてお神輿にしにきたカスがいるんだろうな。お前らも偽フェミも女体しか見てねえんだろうな。死ね。お前らが攻撃しなくたって私たちはあのふざけたBL作家に「んなわけねえだろカス」って言えるよ。お前らは痴漢とか現実の女差別にあれこれこちゃこちゃ言ったり女側に罪をなすりつけたりしてこれだから女さんはwとか鼻高々に言うだけで満足して自浄作用とかする気も微塵もないくせに腐女子というか女オタクには要求するんだな。私たちだって縁もゆかりもないキチガイに関わりたいわけないだろ。死ね。すぐ女という属性に帰属して女さん頭悪いw俺たちは頭いいwって気持ちよくなるのをやめろ。できないんなら死んでくれ。
結局さ。子供の発育とか女性搾取とか表現の自由とか実は誰もかれもどうでもよくて、嫌いなものを叩いて自分が正義であるという幻想に酔ってシコシコ気持ちよくなりたいだけなんだよね。死ねよ。お前らの醜いところ、己の醜さを棚に上げてキレイ面するところが本当に嫌いです。くたばれ。
この辺まで書いたところでスッキリしたから締めるけど、両者は本当に死んでほしい。死ななくていいから視界から消えてほしい。
そんな願いが叶うわけもないので、このお気持ちをインターネットの海に放流して、ひとりでも多くのアンフェ、偽フェミ、リベラル気取り腐女子の目に留まって嫌な気持ちにさせることを願うばかり。
・面白かった
観る愉しみ〜ってなった してもらった
・10年前の自分なら「しなやかな動きで抜刀ムーブをして華麗に敵をいなす五右衛門たそ、
ボロボロになりやつれた五右衛門タソ、萌え萌えすぎますゾ〜↑↑↑」と
pixiv巡回していたがお年を召し「公式の供給にのみ萌える」ぢからを
得て夢でも腐でもなくお出しされたキャラクターを
素で萌えを消化でき、それで満足できるようになった
己の変化が悲しいような落ち着いたような気持ちや
最短かつ的確に萌えツボついてんな…ってなった
・あの歳であの距離感でくっついて離れてを繰り返して長くつるめる
ルパンの歳に近くなり滅茶苦茶感じた
代わり友人と疎遠になるの文脈や…