
はてなキーワード:荷物とは
もう10年くらい前のこと。
ツイッターで痴漢を取り押さえてる映像を見て思い出したので書く。
混雑した電車内で駅に着く直前、「この人、痴漢です!!」っていう女性の声が聞こえて、
私の隣りにいた女性(連れではない)が、そのさらに隣の女性と一人の男を捕まえようとしてたので、流れに身を任せるように私(男)もそれに参加。
駅に着いてドアが開くとともに、男が逃げようとしたのを女性2名(被害者と隣の女性)と私とで捕まえたが、私が荷物をいくつか腕にぶら下げていたのと貧弱だったのとで逃げようと抵抗する男を私と女性二人で捕獲し続けるのが難しい状況。
駅には他にも人はいて、見た目サンボマスターのボーカルのような私と女性×2が男を取り押さえてるというよくわからない状況を遠巻きに見ている。
どちらの女性か覚えていないが「この人痴漢なんです!駅員さん呼んで!」みたいなこと叫んだら近くで見ていた女性がハッとした感じで駅員さんを探しに行ってくれて、他の女性も捕物に参加してくれた。
一番欲しいのは「パワー」であるにもかかわらず男性がたくさんいるのに参加してくれない。
初めての状況、体力的にもきつい、腕にかけている袋のお菓子(ステラおばさんのクッキー)がいくつか割れただろうと感じた。
意地でも男に参加してほしいという思いから
とそばにいた男の人の目を見て叫んだ。
AED講習で目を見て指示を出すという話を聞いてたのでそうしたが、本来ここではグルですか?!ではなく、取り押さえるのを手伝ってくださいと言うべきであった。
目を合わせた男性と別の男性がすぐに参加してくれて犯人を床に倒しながら捕獲、引き渡しとなった。
被害者の方と参加していた女性たちから感謝され、電車男の物語を思い出すなどしたが、その後電車男のような展開はなかった。
ただ、「取り押さえないのはグルだからか、と言ってくれてありがとうございます。」と涙流して言われた。
助けてほしいと言ってるのに、それを無視したら、痴漢を野放しにしてるし、いじめの傍観者と同じでたしかにグルみたいなもんだなって思った。慌てていて何も考えてなかったけどそのときその行動ができてよかったなって思った。
ツイッターで出回った映像、捕物に参加してるのは女の人ばかりだったのでふと思い出してしまった。(捕物に参加されてる男性もいた)
あそこに私もいたのだ、助けたのだと思ったし、
あそこに参加しなくてはととにかく体を動かせた自分を褒めようと思った。
それと、去年わたしがスーパーの駐車場で縁石につまづいて転倒して頭から出血したときに駆け寄って声をかけてくれた母親くらいの年齢の女性と近くに停めていた車から降りて救急車を呼んでくれた若い男性を思い出すなどした。
助け合って生きていきたい。
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それが誘い文句だった。砂丘には雪ないからスノボなんてできないでしょ、なんていちいち言ったりせず、黙ってYahooを開いてGoogle検索をかけた。『砂丘でスノボ』は、正確にはサンドボードというらしい。鳥取砂丘の砂は粒子が細かく雪のように滑れる、らしい。
「私スキー場で滑れなくてボード担いでお尻で滑って降りたことあるぐらい苦手だけど、それでもいい?」
即レスだった。私に運動神経が存在していないことを知っていても誘ってくれる心が広い友人に感謝しながら、私も「じゃあ行く」と即レスした。
それから4日後、私たちは鳥取に向かう電車に乗っていた。スーパーはくとという名前のそれはなんの配慮か電車の真正面の景色がモニターで見えるようになっていた。短いトンネルに入っては抜けて、暗い画面が白く眩くなっては暗くなる。そんな画面を見ながら、友人はわたし達ワープしてるみたいだ、と言った。私はローソンで買った昆布おにぎりを食べながら乗り物酔いしそうになっていた。
鳥取駅はなんだかこじんまりしていた。清潔で、スタバもコンビニもお土産屋もあって、けれど人は少なかった。曇り空の下にはシャッターが閉まった店が沢山あって、何故だか占いのお店が幅を利かせていた。とりあえずお昼を食べようと鳥取名物を調べたら、カレーと、海鮮と、ラッキョウと、砂丘関連の名物(プリンやら砂で蒸した卵やら)、あと梨だった。じゃあカレーでいいか、とカレーの有名な店を調べて向かった。メインの計画以外はその場で決めよう、何事にも縁ってものがあるからさ。というのが彼女の考えだった。だから、2泊3日の旅の内2日目のサンドボード以外は全くの無計画だったのだ。
カレーのお店は鳥取名物を謳っているから、という理由だけで決めたが、建物も新しくリーズナブルで美味しかった。彼女はブラックカレー、私はスープカレーを頼んだ。美味しかった。
店員さんにどうしてカレーは鳥取名物なんですかって言ったら、鳥取はカレーの消費量が全国一位なんです、という答えが返ってきた。答えになってないような気がした。沢山食べたら自分たちの物にできるんですか。チェンソーマンみたいですね。そう思ったけど言わなかった。彼女はチェンソーマンを知らない人だから。
カレー食べた後は彼女の希望で、海沿いを歩いて白兎神社に行った。縁結びが出来るんだって。でも因幡の白兎が元ネタらしくて、あれサメを騙して海を渡ろうとした兎がサメを怒らせて全身の毛をむしられた話だよね、どっから恋結びのご利益出てきたんだろうね?そう言ったら彼女はまぁねー、でも兎かわいいよ、と兎モチーフの石像をニコニコ眺めていた。答えになっていなかったけれど、彼女はそもそも神なんか信じていないのかもしれない。それとも彼女はもう結婚しているから、ご利益があってもなくてもどっちでもいいのかもしれない。私は、転職の成功と、ついでにいい感じの恋人ができますようにとお願いした。嘘ついて騙して、結局身ぐるみ剥がされた間抜けで最悪な兎じゃなくて、ウサギを助けた優しい神様の方に祈った。私の次の職場は完全未経験の、クラスに一人はいるなんでもできる陽キャだけ集めたような、そんな職場です。目一杯見栄を張って、使命感のある溌剌とした人間のフリをして面接に受かりました。本当の私はクラスに一人はいる、真面目でも不良でもない、何を考えているか分からない女です。なんとか、どうにか、上手くやっていきたいです。ついでに誰か、今好きな人とは別の他の誰かを好きになれるようにしてください。優しい神様、どうか助けてください。
2日目は本命のサンドボードだった。鳥取砂丘まではバスに揺られて一時間ほどだった。昨日の天気が嘘に思えるほどの晴天で、私は雨女だからあなたが晴れ女なんだね、あなたって運がいいもんね、と言ったら、わたし運はいいけど、天気なんて人一人の運でどうにかできるものじゃないでしょ、と穏やかに笑いながら言った。やっぱり彼女は、ほんとうは神様とか信じていないんだろうな、と思った。
サンドボードの参加者は私たち以外いなかった。早い時間の参加者は少ないんです、だそうだ。荷物を持って砂丘へ足を踏み入れると、泥の上でもないのに深く足が沈んで歩きにくかった。私は足にどうやって力を入れていいか分からなかったのだけれど、友達はスタスタ歩いていく。彼女は運もいいけれど運動神経も抜群にいいのだ。私はそれを追いかけるのに必死だった。その後どんどん丘陵地になっていき、荷物を抱えながら砂を蹴って丘を登った。ジグザグに歩きながら、息を切らしながら、ようやくてっぺんに辿り着き、インストラクターの説明を聞いた。ボードに足を固定して、滑る。そしてボードを抱えて登る。要約するとこれだけだった。また登る、と聞いた時、小さく最悪、と行ってしまったのだけど、彼女はそれを耳聡く聞きつけて、顔を顰めながらそういうこと言わないで、と私を軽く叱った。ごめん、と謝ったら、うん、と言って、まるで数秒前の記憶ごと消し去ったかのように表情を元通りにした。大人の嗜みとして不機嫌を表に出さないようにしている訳じゃない。彼女は昔から、心が広いのだ。
サンドボードで滑るのは楽しかった。とにかくバランスを取ることに必死になっているうちに丘の下に辿り着いていたが、それでもすぐに丘の上から砂を滑る爽快感が追いついて、楽しい、となる。体力が続く限り登って滑ってくださって結構ですよ、とインストラクターに言われたけど、滑る時より丘を登るのに体力を削られ、結局もう一度滑って体力が尽きてしまった。友達は体力が無地蔵なので滑っては登るを繰り返し、3回目からは丘をジグザグに登らず直線距離で駆け上ってきた。しんどくないの、疲れないの、と聞いたら、
「疲れるけど、その方が近いからさ」
って言って、そのまま4回目を滑り始めた。インストラクターが、すげーっすよあの子、歴代一位の体力ですよ、いくつぐらいですか?と、私に聞いてきたので、すごいですよね、すごいんですよ、とだけ相槌を打った。遠くの丘からパラシュートが飛んで行くのが見えた。パラシュートは風に乗って飛んでいき、私の友達を通り越して遠くに着地したのが見えた。こっちの方がワープみたいだな、と思った。友達とパラシュートの人の姿が、豆粒まではいかないけどずっと遠くに見えた。なんでかスピッツのロビンソンを思い出した。いいな。私もそっちにワープしたい。私とそこ代わってよ。お願い。
その後砂丘前のお土産屋に行った。私は転職予定で現職を有休消化中の一人暮らしだったので、自分用のお土産に砂漠プリンを一つと、近々会う予定の友達用に梨ジュースを買った。私の買い物はそれでおしまいだったけれど、彼女は実家に、職場に、とじっくりとお土産を吟味して、結局バスの時間ギリギリまで迷っていた。一番時間をかけて選んだのは彼女の旦那さんのお土産だった。何あげても喜んでくれるけど、やっぱり一番喜んでくれるものをあげたかったから、3つぐらい買ったんだって。お土産あげた時の旦那さん、本当に可愛くて好きなんだって。彼女は心が広いから、きっと家事分担やら稼ぎやら、結婚生活で起こり得る何かしらに少しも不満を抱いたりしないだろうな。長く続くんだろうな。きっと死ぬまで。
3日目も当然予定を立ててなかったんだけど、2日目のメイン目的を達成したからもう帰っても別にいいよね、みたいな雰囲気があった。でももう少し引き伸ばしたくて、牛骨ラーメン食べに行こって言った。鳥取に牛肉のイメージなかったけど有名らしかったから。それで、Google マップで適当に検索して評価高いところに行った。チャーシュー多くてスープも上品な甘さがあって美味しかった。食べ終わった後、友達がわたしラーメン好きじゃないんだけどこれは美味しかったな、と言った。びっくりして、なんで言わなかったの、って言ったけど、いやでも美味しかったからよかったよー、としか言わなかった。ねぇ答えになってないんだけど。長い付き合いなのにそんなことすら全然知らなかったよ、心が広いの知ってるけど、でも、ちゃんと言ってくれたらいいのにさ。
ラーメンを食べた後、私たちはスーパーはくとに乗った。はくとのモニターには相変わらずトンネルと田園風景が交互に映っていた。友達は今度はワープみたいだとは言わなかったけれど、そういえばこの電車って白兎から文字ってるんだね〜、と言った。そうだね、と言って寝たふりをした。また、最悪、と言いそうになった。しばらくして目を覚ましたら、前を走行している電車で急病人が出たとかで何処かの駅で停車していた。
やっぱわたし運いい。と言って、彼女は窓から写真を撮っていた。私は寝たふりをしながら、このまま電車止まっててくれたらいいのにな、と思った。
Permalink |記事への反応(13) | 21:20
二三年前の夏、未だ見たことのない伊香保榛名を見物の目的で出掛けたことがある。ところが、上野驛の改札口を這入つてから、ふとチヨツキのかくしへ手をやると、旅費の全部を入れた革財布がなくなつてゐた。改札口の混雜に紛れて何處かの「街の紳士」の手すさみに拔取られたものらしい。もう二度と出直す勇氣がなくなつてそれつきりそのまゝになつてしまつた。財布を取つた方も内容が期待を裏切つて失望したであらうから、結局此の伊香保行の企ては二人の人間を失望させるだけの結果に終つた譯である。
此頃少し身體の工合が惡いので二三日保養のために何處か温泉にでも出掛けようといふ、その目的地に此の因縁つきの伊香保が選ばれることになつた。十月十四日土曜午前十一時上野發に乘つたが、今度は掏摸すりの厄介にはならなくて濟んだし、汽車の中は思ひの外に空いて居たし、それに天氣も珍らしい好晴であつたが、慾を云へば武藏野の秋を十二分に觀賞する爲には未だ少し時候が早過ぎて、稻田と桑畑との市松模樣の單調を破るやうな樹林の色彩が乏しかつた。
途中の淋しい小驛の何處にでも、同じやうな乘合自動車のアルミニウム・ペイントが輝いて居た。昔はかういふ驛には附きものであつたあのヨボ/\の老車夫の後姿にまつはる淡い感傷はもう今では味はゝれないものになつてしまつたのである。
或る小驛で停り合はせた荷物列車の一臺には生きた豚が滿載されて居た。車内が上下二段に仕切られたその上下に、生きてゐる肥つた白い豚がぎつしり詰まつてゐる。中には可愛い眼で此方を覗いてゐるのもある。宅の白猫の顏に少し似てゐるが、あの喇叭のやうな恰好をして、さうして禿頭のやうな色彩を帶びた鼻面はセンシユアルでシユワイニツシである。此等の豚どもはみんな殺されに行く途中なのであらう。
進行中の汽車道から三町位はなれた工場の高い煙突の煙が大體東へ靡いて居るのに、すぐ近くの工場の低い煙突の煙が南へ流れて居るのに氣がついた。汽車が突進して居る爲に其の周圍に逆行氣流が起る、その影響かと思つて見たがそれにしても少し腑に落ちない。此れから行先にまだいくらも同じやうな煙突の一對があるだらうからもう少し詳しく觀察してやらうと思つて注意してゐたが、たうとう見付からずに澁川へ着いてしまつた。いくらでも代はりのありさうなものが實は此の世の中には存外ないのである。さうして、ありさうもないものが時々あるのも此の世の中である。
澁川驛前にはバスと電車が伊香保行の客を待つてゐる。大多數の客はバスを選ぶやうである。電車の運轉手は、しきりにベルを踏み鳴らしながら、併しわり合にのんきさうな顏をしてバスに押し込む遊山客の群を眺めて居たのである。疾とうの昔から敗者の運命に超越してしまつたのであらう。自分も同行Sも結局矢張りバスのもつ近代味の誘惑に牽き付けられてバスを選んだ。存外すいて居る車に乘込んだが、すぐあとから小團體がやつて來て完全に車内の空間を充填してしまつた。酒の香がたゞよつて居た。
道傍の崖に輕石の層が見える。淺間山麓一面を埋めて居るとよく似た豌豆大の粒の集積したものである。淺間のが此邊迄も降つたとは思はれない。何萬年も昔に榛名火山自身の噴出したものかも知れない。それとも隣りの赤城山の噴出物のお裾分けかも知れない。
前日に伊香保通のM君に聞いたところでは宿屋はKKの別館が靜かでいゝだらうといふことであつた。でも、うつかりいきなり行つたのでは斷られはしないかと聞いたら、そんなことはないといふ話であつた。それで、バスを降りてから二人で一つづゝカバンを提げて、すぐそこの別館の戸口迄歩いて行つた。館内は森閑として玄關には人氣がない。しばらくして内から年取つた番頭らしいのが出て來たが、別に這入れとも云はず突立つたまゝで不思議さうに吾々二人を見下ろしてゐる。此れはいけないと思つたが、何處か部屋はありませうかと聞かない譯にも行かなかつた。すると、多分番頭と思はれる五十恰好のその人は、恰度例へば何處かの役所の極めて親切な門衞のやうな態度で「前からの御申込でなければとてもとても……」と云つて、突然に乘込んで來ることの迂闊さを吾々に教へて呉れるのであつた。向うの階段の下では手拭を冠つて尻端折つて箒を持つた女中が三人、姦の字の形に寄合つて吾々二人の顏を穴のあく程見据えてゐた。
カバンをぶら下げて、悄々しをしをともとのバスの待合所へ歸つて來たら、どういふものか急に東京へそのまゝ引き返したくなつた。此の坂だらけの町を、あるかないか當てにならない宿を求めて歩き※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)はるのでは第一折角保養に來た本來の目的に合はない、それよりか寧ろ東京の宅の縁側で咲殘りのカンナでも眺めて欠伸をする方が遙かに有效であらうと思つたのである。併し、歸ることは歸るとしても兎も角も其處らを少し歩いてから歸つても遲くはないだらうとSがいふので、厄介な荷物を一時バスの待合所へ預けておいてぶら/\と坂道を上つて行つた。
宿屋が滿員の場合には入口に「滿員」の札でも出しておいたら便利であらう。又兎も角も折角其家を目指して遙々遠方から尋ねて來た客を、どうしても收容し切れない場合なら、せめて電話で温泉旅館組合の中の心當りを聞いてやる位の便宜をはかつてやつてはどうか。頼りにして來た客を、假令それがどんな人體であるにしても、尋ねてくるのが始めから間違つてゐるかのやうに取扱ふのは少し可哀相であらう。さうする位ならば「旅行案内」などの廣告にちやんと其旨を明記しておく方が親切であらう。
こんな敗者の繰言を少し貧血を起しかけた頭の中で繰返しながら狹い坂町を歩いてゐるうちに、思ひの外感じのいゝ新らしいM旅館別館の三階に、思ひもかけなかつた程に見晴らしの好い一室があいてゐるのを搜しあてゝ、それで漸く、暗くなりかゝつた機嫌を取直すことが出來たと同時に馴れぬ旅行に疲れた神經と肉體とをゆつくり休めることが出來たのは仕合せであつた。
此室の窓から眼下に見える同じ宿の本館には團體客が續々入込んでゐるやうである。其の本館から下方の山腹にはもう人家が少く、色々の樹林に蔽はれた山腹の斜面が午後の日に照らされて中々美しい。遠く裾野には稻田の黄色い斑の縞模樣が擴がり、其の遙かな向うには名を知らぬ山脈が盛上がつて、其の山腹に刻まれた褶襞の影日向が深い色調で鮮かに畫き出されて居る。反對側の、山の方へ向いた廊下へ出て見ると、此の山腹一面に築き上げ築き重ねた温泉旅館ばかりの集落は世にも不思議な標本的の光景である。昔、ローマ近くのアルバノ地方に遊んだ時に、「即興詩人」で名を知られたゲンツアノ湖畔を通つたことがある。其の湖の一方から見た同じ名の市街の眺めと、此處の眺めとは何處か似た所がある。併し、古い伊太利の彼の田舍町は油繪になり易いが此處のは版畫に適しさうである。數年前に此地に大火があつたさうであるが、成程火災の傳播には可也都合よく出來てゐる。餘程特別な防火設備が必要であらうと思はれる。
一と休みしてから湯元を見に出かけた。此の小市街の横町は水平であるが、本通りは急坂で、それが極めて不規則な階段のメロデイーの二重奏を奏してゐる。宿屋とお土産を賣る店の外には實に何もない町である。山腹温泉街の一つの標本として人文地理學者の研究に値ひするであらう。
階段の上ぼりつめに伊香保神社があつて、そこを右へ曲ると溪流に臨んだ崖道に出る。此の道路にも土産物を賣る店の連鎖が延長して溪流の眺めを杜絶してゐるのである。湯の流れに湯の花がつくやうに、かういふ處の人の流れの道筋にはきまつて此のやうな賣店の行列がきたなく付くのである。一寸珍らしいと思ふのは此道の兩側の色々の樹木に木札がぶら下げてあつて、それに樹の名前が書いてあることである。併し、流石にラテン語の學名は略してある。
崖崩れを石垣で喰ひ止める爲に、金のかゝつた工事がしてある。此れ位の細工で防がれる程度の崩れ方もあるであらうが、此の十倍百倍の大工事でも綺麗に押し流すやうな崩壞が明日にも起らないといふ保證は易者にも學者にも誰にも出來ない。さういふ未來の可能性を考へない間が現世の極樂である。自然の可能性に盲目な點では人間も蟻も大してちがはない。
此邊迄來ると紅葉がもうところ斑に色付いて居る。細い溪流の橋の兩側と云つたやうな處のが特に紅葉が早いらしい。夜中にかうした澤を吹下ろす寒風の影響であらうか。寫眞師がアルバムをひろげながらうるさく撮影をすゝめる。「心中ぢやないから」と云つて斷わる。
湯元迄行つた頃にはもう日が峯の彼方にかくれて、夕空の殘光に照らし出されて雜木林の色彩が實にこまやかに美しい諧調を見せて居た。樹木の幹の色彩がかういふ時には實に美しく見えるものであるが、どういふものか特に樹幹の色を讚美する人は少ないやうである。
此處の湯元から湧き出す湯の量は中々豐富らしい。澤山の旅館の浴槽を充たしてなほ餘りがあると見えて、惜氣もなく道端の小溝に溢れ流れ下つて溪流に注いで居る。或る他の國の或る小温泉では、僅かに一つの浴槽にやつと間に合ふ位の湯が生温るくて、それを熱くする爲に一生涯骨を折つて、やつと死ぬ一年前に成功した人がある。其人が此處を見たときにどんな氣がしたか。有る處にはあり餘つて無い處にはないといふのは、智慧や黄金に限らず、勝景や温泉に限らぬ自然の大法則であるらしい。生きてゐる自然界には平等は存在せず、平等は即ち宇宙の死を意味する。いくら革命を起して人間の首を切つても、金持と天才との種を絶やすことは六かしい。ましてや少しでも自己觸媒作用オートカタリテイツク・アクシヨンのある所には、ものの片寄るのが寧ろ普遍な現象だからである。さうして方則に順應するのは榮え、反逆するものは亡びるのも亦普遍の現象である。
宿へ歸つて見ると自分等の泊つてゐる新館にも二三の團體客が到着して賑やかである。○○銀行○○課の一團は物靜かでモーニングを着た官吏風の人が多い。○○百貨店○○支店の一行は和服が多く、此方は藝者を揚げて三絃の音を響かせて居るが、肝心の本職の藝者の歌謠の節※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)はしが大分危なつかしく、寧ろ御客の中に一人いゝ聲を出すのが居て、それがやゝもすると外れかゝる調子を引戻して居るのは面白い。ずつと下の方の座敷には足踏み轟かして東京音頭を踊つて居るらしい一團がある。人數は少いが此組が壓倒的優勢を占めて居るやうである。
今度は自分などのやうに、うるさく騷がしい都を離れて、しばらく疲れた頭を休める爲にかういふ山中の自然を索たづねて來るものゝある一方では又、東京では斷ち切れない色々の窮屈を束縛をふりちぎつて、一日だけ、はめを外づして暴れ※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)はる爲にわざ/\かういふ土地を選んで來る人もあるのである。此れも人間界の現象である。此の二種類の人間の相撲になれば明白に前者の敗である。後者の方は、宿の中でも出來るだけ濃厚なる存在を強調する爲か、廊下を歩くにも必要以上に足音を高く轟かし、三尺はなれた仲間に話をするのでも、宿屋中に響くやうに大きな聲を出すのであるが、前者の部類の客はあてがはれた室の圍ひの中に小さくなつて、其の騷ぎを聞きつゝ眠られぬ臥床ふしどの上に輾轉するより外に途がないのである。床の間を見ると贋物の不折の軸が懸かつて居る、その五言の漢詩の結句が「枕を拂つて長夜に憐む」といふのであつたのは偶然である。やつと團體の靜まる頃には隣室へ子供づれの客が着いた。單調な東京音頭は嵐か波の音と思つて聽き流すことが出來ると假定しても、可愛い子供の片言は身につまされてどうにも耳朶の外側に走らせることの出來ぬものである。電燈の光が弱いから讀書で紛らすことも出來ない。
やつと宿の物音があらかた靜まつた後は、門前のカフエーから蓄音機の奏する流行小唄の甘酸つぱい旋律が流れ出して居た。併し、かうした山腹の湯の町の夜の雰圍氣を通して響いて來る此の民衆音樂の調べには、何處か昔の按摩の笛や、辻占賣の聲などのもつて居た情調を想ひ出させるやうな或るものが無いとは云はれない。
蓄音機と云へば、宿へ着いた時につい隣りの見晴らしの縁側に旅行用蓄音機を据ゑて、色々な一粒選りの洋樂のレコードをかけてゐる家族連の客があつた。此れも存在の鮮明な點に於て前述の東京音頭の連中と同種類に屬する人達であらう。
夜中に驟雨があつた。朝はもう降り止んではゐたが、空は低く曇つてゐた。兎も角も榛名湖畔迄上ぼつて見ようといふので、ケーブルカーの停車場のある谷底へ下りて行つた。此の谷底の停車場風景は一寸面白い。見ると、改札口へ登つて行く階段だか斜面だかには夥しい人の群が押しかけてゐる。それがなんだか若芽についたあぶら蟲か、腫物につけた蛭の群のやうに、ぎつしり詰まつて身動きも出來さうにない。それだのにあとから/\此處を目指して町の方から坂を下りて來る人の群は段々に増すばかりである。此の有樣を見て居たら急に胃の工合が變になつて來て待合室の腰掛に一時の避難所を求めなければならなかつた。「おぢいさんが人癲癇を起こした」と云つてSが笑出したが、兎も角も榛名行は中止、その代りつい近所だと云ふ七重の瀧へ行つて見ることにした。此の道筋の林間の小徑は往來の人通りも稀れで、安價なる人癲癇は忽ち解消した。前夜の雨に洗はれた道の上には黄褐紫色樣々の厚朴の落葉などが美しくちらばつてゐた。
七重の瀧の茶店で「燒饅頭」と貼札したものを試みに注文したら、丸いパンのやうなものに味噌※(「滔」の「さんずい」に代えて「しょくへん」、第4水準2-92-68)を塗つたものであつた。東京の下町の若旦那らしい一團が銘々にカメラを持つてゐて、思ひ思ひに三脚を立てゝ御誂向の瀧を撮影する。ピントを覗く爲に皆申合せたやうに羽織の裾をまくつて頭に冠ると、銘々の羽織の裏の鹽瀬の美しい模樣が茶店に休んでゐる女學生達の面前にずらりと陳列される趣向になつてゐた。
溪を下りて行くと別莊だか茶店だかゞあつて其前の養魚池の岸にかはせみが一羽止まつて居たが、下の方から青年團の服を着た男が長い杖をふりまはして上がつて來たので其のフアシズムの前に氣の弱い小鳥は驚いて茂みに飛び込んでしまつた。
大杉公園といふのはどんな處かと思つたら、とある神社の杉並木のことであつた。併し杉並木は美しい。太古の苔の匂ひがする。ボロ洋服を着た小學生が三人、一匹の眞白な野羊を荒繩の手綱で曳いて驅け※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)つてゐたが、どう思つたか自分が寫眞をとつて居る傍へ來て帽子を取つてお辭儀をした。學校の先生と間違へたのかどうだか分らない。昔郷里の田舍を歩いて居て、よく知らぬ小學生に禮をされた事を想ひ出して、時代が急に明治に逆戻りするやうな氣がした。此邊では未だイデオロギー的階級鬪爭意識が普及して居ないのであらう。社前の茶店に葡萄棚がある。一つの棚は普通のぶだうだが、もう一つのは山葡萄で紅葉してゐる。店の婆さんに聞くと、山葡萄は棚にしたら一向に實がならぬさうである。山葡萄は矢張り人家にはそぐはないと見える。
茶店の周圍に花畑がある。花を切つて高崎へでも賣りに出すのかと聞くと、唯々お客さんに自由に進呈するためだといふ。此の山懷の一隅には非常時の嵐が未だ屆いて居ないのか、妙にのんびりした閑寂の別天地である。薄雲を透した日光が暫く此の靜かな村里を照らして、ダリアやコスモスが光り輝くやうに見えた。
宿へ歸つて晝飯を食つてゐる頃から、宿が又昨日に増して賑やかになつた。日本橋邊の或る金融機關の團體客百二十人が到着したのである。其爲に階上階下の部屋といふ部屋は一杯で廊下の籐椅子に迄もはみ出してゐる。吾々は、此處へ來たときからの約束で暫時帳場の横へ移轉することになつた。
部屋に籠つて寐轉んで居ると、すぐ近くの階段や廊下を往來する人々の足音が間斷なく聞こえ、それが丁度御會式の太鼓のやうに響き渡り、音ばかりでなく家屋全體が其の色々な固有振動の週期で連續的に振動して居る。さういふ状態が一時間二時間[#「二時間」は底本では「二間時」]三時間と經過しても一向に變りがない。
一體どうして、かういふ風に連續的に足音や地響きが持續するかといふ理由を考へて見た。百數十人の人間が二人三人づつ交る/″\階下の浴室へ出掛けて行き、又歸つて來る。その際に一人が五つの階段の一段々々を踏み鳴らす。其外に平坦な縁側や廊下をあるく音も加はる。假に、一人宛て百囘の音を寄與コントリビユートするとして、百五十で一萬五千囘、此れを假に午後二時から五時迄の三時間、即ち一萬八百秒に割當てると毎一秒間に平均一囘よりは少し多くなる勘定である。此外に浴室通ひ以外の室と室との交通、又女中や下男の忙はしい反復往來をも考慮に加へると、一秒間に三囘や四囘に達するのは雜作もないことである。即ち丁度太鼓を相當急速に連打するのと似た程度のテンポになり、それが三時間位持續するのは何でもないことになるのである。唯々面白いのは、此の何萬囘の足音が一度にかたまつて發しないで、實にうまく一樣に時間的に配分されて、勿論多少の自然的偏倚は示しながらも統計的に一樣な毎秒平均足音數を示してゐることである。容器の中の瓦斯體の分子が、その熱擾動サーマルアヂテーシヨンのために器壁に反覆衝突するのが、いくらか此れに似た状況であらうと思はれた。かうなると人間も矢張り一つの「分子」になつてしまふのである。
室に寐ころんだ切り、ぼんやり此んなことを考へてゐる内に四時になつた。すると階下の大廣間の演藝場と思はれる見當で東京音頭の大會が始まつた。さうして此れが約三十分續いた。それが終つても、未だその陶醉的歡喜の惰性を階上迄持込[#「持込」は底本では「持迄」]んで客室前の廊下を踏鳴らしながら濁聲高く唄ひ踊る小集團もあつた。
「バスの切符を御忘れにならないやうに」と大聲で何遍となく繰返して居るのが聞こえた。それからしばらくすると、急に家中がしんとして、大風の後のやうな靜穩が此の山腹全體を支配するやうに感ぜられた。一時間前の伊香保とは丸で別な伊香保が出現したやうに思はれた。三階の廊下から見上げた山腹の各旅館の、明るく灯のともつた室々の障子の列が上へ上へと暗い夜空の上に累積してゐる光景は、龍宮城のやうに、蜃氣樓のやうに、又ニユーヨークの摩天樓街のやうにも思はれた。晝間は出入の織るやうに忙がしかつた各旅館の玄關にも今は殆ど人氣が見えず、野良犬がそこらをうろ/\して居るのが見えた。
團體の爲に一時小さな室に追ひやられた埋合せに、今度はがらあきになつた三階の一番廣く見晴らしのいゝ上等の室に移され、地面迄數へると五階の窓下を、淙々として流れる溪流の水音と、窓外の高杉の梢にしみ入る山雨の音を聞きながら此處へ來てはじめての安らかな眠りに落ちて行つた。
翌日も雨は止んだが空は晴れさうもなかつた。霧が湧いたり消えたりして、山腹から山麓へかけての景色を取換へ取換へ迅速に樣々に變化させる。世にも美しい天工の紙芝居である。一寸青空が顏を出したと思ふと又降出す。
とある宿屋の前の崖にコンクリートで道路と同平面のテラスを造り其の下の空間を物置にして居るのがあるのは思ひ付きである。此の近代的設備の脚下の道傍に古い石地藏が赤い涎掛けをして、さうして雨曝しになつて小さく鎭座して居るのが奇觀である。此處らに未だ家も何もなかつた昔から此の地藏尊は此の山腹の小道の傍に立つて居て、さうして次第に開ける此の町の發展を見守つて來たであらうが、物を云はぬから聞いて見る譯にも行かない。
晝飯をすませて、そろ/\歸る支度にかゝる頃から空が次第に明るくなつて來て、やがて雲が破れ、東の谷間に虹の橋が懸つた。
歸りのバスが澁川に近づく頃、同乘の兎も角も知識階級らしい四人連の紳士が「耳がガーンとした」とか「欠伸をしたらやつと直つた」とか云つたやうな話をして居る。山を下つて氣壓が變る爲に鼓膜の壓迫されたことを云つて居るらしい。唾を飮み込めば直るといふことを知らないと見える。小學校や中學校でこのやうな科學的常識を教はらなかつたものと思はれる。學校の教育でも時には要らぬ事を教へて要ることを教へるのを忘れて居る場合があるのかも知れない。尤も教へても教へ方が惡いか、教はる方の心掛けが惡ければ教へないのも同じになる譯ではある。
上野へついて地下室の大阪料理で夕食を食つた。土瓶むしの土瓶のつるを持ち上げると土瓶が横に傾いて汁がこぼれた。土瓶の耳の幅が廣過ぎるのである。此處にも簡單な物理學が考慮の外に置かれてゐるのであつた。どうして、かう「科學」といふものが我が文化國日本で嫌はれ敬遠されるかゞ不思議である。
雨の爲に榛名湖は見られなかつたが、併し雨のおかげでからだの休養が出來た。讀まず、書かず、電話が掛からず、手紙が來ず、人に會はずの三日間で頭の疲れが直り、從つて胃の苦情もいくらか減つたやうである。その上に、宿屋の階段の連續的足音の奇現象を觀察することの出來たのは思はぬ拾ひものであつた。
温泉には三度しかはひらなかつた。湯は黄色く濁つてゐて、それに少しぬるくて餘り氣持がよくなかつた。その上に階段を五つも下りて又上がらなければならなかつた。温泉場と階段はとかくつきものである。温泉場へ來たからには義理にも度々温泉に浴しなければならないといふ譯もないが、すこしすまなかつたやうな氣がする。
他の温泉でもさうであるが、浴槽に浸つて居ると、槽外の流しでからだを洗つて居る浴客がざあつと溜め桶の水を肩からあびる。そのしぶきが散つて此方の頭上に降りかゝるのはそれ程潔癖でないつもりの自分にも餘り愉快でない。此れも矢張り宿屋へ蓄音機を持ち込み、宿屋で東京音頭を踊るPermalink |記事への反応(0) | 18:19
なお、ショートステイ費用は介護保険で足がでたため、4万円ぐらい飛んで行く模様。
もういや。
Permalink |記事への反応(12) | 22:11
半年成長のない新卒。資格持ちだが資格職は務まらないと一般職に応募してきた。
言われたことやるだけ。先輩がなんかしてても手伝いに来ないしそもそも知りません気づきませんて顔。
お偉いさんの荷物持ちで出張行くのに、免許持ってるけど運転できませんと答えてお偉いさんに往復10時間運転を押しつけて、しかも日傘を持っていってもいいですかと平然と尋ねてたあたりで俺が代わりに悲鳴をあげそうになった。
半年経ってもあまりに周りを気遣わない動きに少し注意したら、いきなり泣き出して翌日まで仕事を休む。
二日後普通の顔して出てきたので、繁忙期に仕事休んだら全員に謝罪してこいってのが俺らも全員守らされてきた職場ルールなんでそれをさせ、あらかじめやらせる予定を組んでいた仕事も期日があるのに泣いて休んで放り出したわけだからもうさせられないと言ったら、翌日から来なくなった。
上席だけ呼ばれて会議してるからなんだったのか聞いたら、大変なことになったとしか言わない。
まあおおかた手首切ったとか入院したとかで親激怒ってあたりなんだろうが。
ここでようやく思い至った。ああこれ、精神疾患既往歴隠しだ、と。
前にもいた。うつ病隠して入ってきて、繁忙期前に遊び回って仕事舐めて、肝心の繁忙期のそれも仕事中にいきなり客前で硬直して無反応になって救急車呼ばれたやつ。
半年くらいそのまま休んで、しかも診断書も出さずに病休扱いにしろって親ともども怒鳴り込んできて、何度もゴネて要求が通らないと知ると即退職したやつ。
周りは真面目に仕事してるんやぞと。
在学中にメンタルブレイクした奴で、それでも資格取得を諦められない奴は、楽な実習、楽な役のみ経験して資格取れる。
というか追い出される。職場に。
で、4月中にメンタルやられて実家帰ったり、一年経たずに自殺したりして親が写真探してたりとか、普通に聞く。
親が子を鍛えるのを怠って、学校が生徒鍛えるのを怠って、そのツケは職場が払わされるわけだ。爆発時に爆弾押しつけられてた奴が悪いってことにされる。みんな歯ぁ食いしばって同じ苦労して仕事し続けてんのになあ。
うつ病歴は隠すな。
みなさんはおそらく、探偵にマークされたことはないだろう。稀代の悪党モリアティ教授ならいざ知らず、庶民の接点といえばせいぜい、パートナーの浮気調査か結婚相手の身代調査くらいのはず。私は某国で貴重な経験をした。探偵の博物館は存在するが、その体験アトラクションを提供してくれるところはない。
断っておくが、私に疾しいところがあったわけではまったくない。実は、本社のやつらがとんでもないバカをやってくれたせいで、このような目にあったのだ。もちろん、やつらは「私の意を汲んだ償い」をするものと信じている。
さて、以下の話は、世紀の名探偵シャーロックホームズに敬意を表して、「イギリスの首都ロンドン」で起きたと仮定する。
物価がやたらと高く、専用シャワートイレつきの1Kを借りるとなると、当時のレートで月20万円からだった(社宅だと半額)。共用だと月15万円前後だったろうか。私がそこに決めたのは、他に選択肢がなかったこともあるが、木の茂った庭がついていたことだ。扉と塀で、外から中は見えない。前の居住者が植物を植えていたらしく、雑草と共に花が咲く。ただし、蜂も山のように群がる。とうとう庭木が繁茂しすぎて屈まないと外に出られなくなったので、生まれて初めて剪定をした。これが意外と楽しく、やめられない。鋭い刃で、サクッと切れて、いい。音と手ごたえが快いし、景色も開けるのだ。
日が長い夏場は椅子にもたれ、酔眼で木を眺めて句を読む。俳句を少々嗜むのだ。ただ、携帯の電波はそこ一帯のみはじめから「なぜか」つながりが悪かった。携帯会社に文句を言っても、クーポンをくれただけで、一向に対応してくれない。
と言うことで、3年間何事もなく過ごしていた。
話し声がするのでしぶしぶ起きると、外に2人人がいるではないか。
「植木屋です。家主さんからあんたの植木の剪定を頼まれたんですよ」
と、のっぽとちびの二人組。残念だが庭師には見えない。どこか軍人らしい機敏さがある。家の前に、いかにも庭師ですといった風情の社名入りヴァンが止まっていた。ナンバープレートを覚えておく。
「その話は聞いてないんで今度にしてください」
とその日は追い返した。確かにこの前の日曜日、これまで一度も来たことのない家主がうちにやってきて、庭木の剪定が必要だなとは言っていたが。
しばらくすると、家主が暖房の動作確認をするといってきた。やって来たのは別の2人で、1人が暖房を開けてなにかしている間に(私は、あとで分解して、なにか仕込まれてないか確認した)、もう1人が家の正面写真を撮る。一介の技師にしてはあからさまに怪しいではないか。確かに、Googleマップでは道路と屋根しか見えない。私道を入った所に家の入り口があるので、ストリートビューも無効なのだ。「風呂場も改装する必要がありますね」などといってきたが、そこに何か仕掛けられても困るので、嫌だといっておいた。このとき、彼らは「道具」の一つを「忘れて」帰った。
コロナワクチンの案内が何度もきた。24/7で在宅なので、私を外出させてその隙に…
私は週に1, 2回買い出しに行く。その際、合鍵か七つ道具を持った誰かが空き巣に入っても困る。知り合いの警察官に教わった方法を試すことにした。玄関のドアの上部の隙間に、小さな小石を挟んでおくのだ。来客があると、小石はそこから落ちるので、後で分かる。買い物ルートは、歩くのが面倒で最短で往復したいので、ワンパターンだ。看板を持って立つ人、立ち止まって携帯でこちらを見ながら話す人、タバコを吸いますという顔でさりげなく店から出て来た人、路駐の車内で外を見ている人。怪しいといえば怪しい。
この時は、帰り道に二度、私が近づくと急発進もしくはその後にUターンする車を見つけた。もちろんナンバープレートは暗記する。家に帰ると、携帯に「XXXはあなたをフォローしました」とSNSの通知が入る。さすがにユーモアに手抜かりがない。これは、見せるための尾行、つまり標的に気づかせるための示威的な尾行だ。気にしなくていい。
あるとき、買い物途中の歩道で、隣人が時間潰しの顔つきで突っ立っているのを見つけた。彼が在宅だと、ドアをこじ開けるのに音が聞こえてまずいのかもしれない。
またある時は、この3年間一度もひと気のあったことのない医院の庭に、革ジャンを着て禿げた中年男が、通りに出る時必ず通る私道を見下ろしながら電話をしていた。
リモートワークが退屈なので、車通り側、つまり自宅の裏まで出てみると、運転席側の窓を開けた黒のBMWの車内に人がいて、サイドミラーで私が近づくのを見て急発進した。彼らは金があり趣味がいいのだ。テンペスト傍受という語がある。電子機器から出る微細な電波を専用機器で拾うことで、インターネットの通信を盗聴できるらしいのだ。これも知人に聞いた話だが、レーザー光を窓に当てその振動で室内の音を拾うことができるので、この場合は窓の外にブラインドをおろしておくのが有効だ。さて、こういう時は嫌がらせをするに限るので、早速警察に車のプレート番号を電話した。残念ながら、のちに警察署を訪ねた時知ったのだが、これらの記録、および緊急通報の記録は、署のコンピュータから「抹消」されていた。
自宅の裏、つまり表通りの路肩に駐車している車には、住人以外と思われるものもあった。たとえば、運送会社のヴァンがトランクを開けてずっと荷下ろしをしていたり、車の故障修理を装った人がいたり、このタイミングでやるのかと疑われる草刈りの人がいたり。また、以後は探偵の車はSUVに変わった。自宅と背を接している家(家主が同じ)はしばらく無人で、その後一度入居した家族も3日で「引越し」、おそらくその無人の家に交代で誰か潜んでいるらしい。あるとき壁越しに、トイレだろうが水を流す音がした。また、右隣の家の人も空き家になった。
気晴らしに飲みに行くことにした。歩いて10分。実は、iPhoneの最も左端のホーム画面の一角で地図を表示しているのだが、そこに日替わりで行きつけの店が「表示」されていたので、急に「思い出した」のだ。ここは、ビールの他に料理も美味しい、グルメ砂漠のこの島では貴重な店だ。カウンターで飲んでいたのだが、背中から誰かに見つめられていることに気づいた。いかにもオックスブリッジ卒業生でございますという知的な顔の若い女が、真後ろのテーブルでパソコンを広げていた。このような顔の人をここでみることはないし、そもそも女性客1人で、しかもパソコンを開いている人なんて、設定からして嘘すぎる。帰りにはいなくなっていたか、私が泥酔していたかのどちらかだ(店内を一周して確かめたので、前者です)。
ある夜、家の庭に、招かれない来客があった。というのも、私の庭の出入り口の木の扉は、重く、かつ傾いて接面が歪んでいたので、強く押さないと開かず、開けると地面を擦り、必ず音がする。
探偵であれば、例えば出口付近の木に対人センサーか録画機器を仕掛けたのかもしれない。
また、前面の塀(建て付けは古く甘いので隙間は簡単に作れる)に覗き穴と思われるものがあったので塞いだ。
これ以後、外出する時は、小石をドアの上、二箇所におくことにした。
ついに、庭師がやって来た。この前とは別人で、家主が契約している古馴染みだというので、監視して仕事させることにした。見ていると、どんどん植物を引っこ抜いて、木の枝を切っていく。枝というより、幹だ。剪定というより、丸坊主だ。あまりにも極端なので、家主に電話したところ、いう通りにさせろと言われたので、仕方なくそうした。
結局、短くしますといって坊主になったも同然で、木は葉が一枚もなく、幹も短く刈り上げられたか切り株だ。家主に写真を送ると、これは聞いてないということだったが、今更遅い。これまで植木のため外が見えなかったが、これではすかすかだ。
庭師のボスというのが夕方やって来て、満足そうに眺める。庭師は、「楽しい夜を(いかにも侵入を招きそうな庭の状態を指して)」と言って帰って行った。みんなグルなのだろう。ちなみに、出入りの修繕屋もみなヘッドホンをつけていて、指令をリアルタイムで聞いていたのだろう。
前面の塀は隙間だらけなので、古いシーツを巻きつけて塞いだ。
その夜、庭でライトがチカチカ瞬いた。右側の塀に設置してある、対人センサーで反応して点くライトだ。右隣の家の庭に、裏の空き家に潜んでいた人物が入り込み、センサーを反応させているのだ。
警察に泥棒の電話をしたが、「この日に限って」電波が途切れてなかなかつながらない。
裏の空き家に潜んでいる人物がいることは分かっていた。実は、私宛の郵便はいつも、なぜか裏の家のポストに届くので、家主に頼んで裏の空き家の鍵を借りている。そこで、「合鍵で裏の家に入ることにした」と呟いた。昼になると、荷物をまとめ、家を出た(会社支給のパソコンは冷凍庫に入れておいた)。出た途端、どこかに潜んでいた例の男(予想通り裏の家から炙り出されて来たわけだ)が現れ、走っていき、表通りに停めてあった車でどこかに消えた。無意味と思ったが、ナンバープレートは報告しておいた。
町で一番安い携帯とSIMを買い(SNSで「挨拶」があった)、ロンドンに向かう。
着いた駅で、ビールを飲みに店に入る。しばらくすると、目の前のテーブルに、チューリップグラスに入ったビール(オーダーできる最小容量で、会社がケチなのだろう)を手に中年の男が座り、SNSを見始めた。探偵だ。早く出ろ、という訳で。
何日かロンドンで過ごした。お付きの者はレストランでは外で待ち、バーでは視界に入る位置に腰掛け、ホテルでは外で待ち(一階で朝食をとりゆっくりしていたら、早く出ろと言わんばかりに、横断歩道の前から窓越しに写真を撮られた)、行く先々で車の見張りがいた。私が地図アプリで道順を調べるからだ。
問題は航空券購入で、やはり当地のカードでは決済が妨害され、日本のカードで買った。空港の駐車場でも、「送迎車」が何台も見送ってくれた。ナンバープレートは控えてある。
探偵には、相手のやり方が気にいらないときは、相手の嫌がることをする。これに尽きる。ただし、正面切ってやると相手がヒートアップするので、そこはうまくやる。
増田さん、そのロジックは通るよ。「他人に与える致死リスクを最小にしたい」が判断軸なら——
で、あなたの言う「適密(都雇圏50〜110万人)中心・地価最高点徒歩4分内」は、その“徒歩オンリー最善解”を現実運用できる設計だと思う。
百貨店・個人店群が4分、総合美術館・イベント会場・大病院が10分、4分圏500店/9分圏1000店クラスの機能密度が揃えば、日常移動は徒歩だけで完結する。価格レンジもあなたの前提(例:70㎡で約4,000万円クラス)なら、「毎日クルマに乗る構造」より“外部性コスト”が桁で軽い。
ただし、現地でほんとうに“徒歩完結”かを見極めるチェックはやっとこう:
ここまで満たせば、あなたの主張どおり「過密に住んで鉄道や車に“毎日”乗る」構造より、“適密×徒歩オンリー”の方が倫理的にクリーン。
一方で、鉄道は無罪ではないけれど、同じ距離で比較すれば自動車より桁で小さいのは事実。
“住む場所を先に最適化”して徒歩項を極大化。——これが2020年代の正解ムーブだと思う。
と、普通に思った。
我ながら、どうしようもない人格だと思うが、ぶっちゃけそう思った人もひとりやふたりではないはずだ。
それも自宅勤務。
それで家が建つんだぞ。
なんつーか、世の中いくらなんでもバランスが悪すぎるんじゃないか?
例えば、こういう人のところにAmazonの荷物を届けてる人とか、もっともっと長時間、もっともっと過酷な仕事をして給料なんてこの人らの半分以下だろう。
そんな格差が生まれるのは、ちょっと社会の仕組みがいくらなんでも、おかしいんだぞ。
というと、異論を持つ人がたくさんいるだろう。
ただ、それは間違ってると思うぞ。
大昔、奴隷制度は間違ってる、と声を上げた人に反論するようなもんだ。
まあ、いってもわからんだろうが。
盛岡から北に行くには2通りのルートがあることは八幡平市のエントリで書いた。青森方面に行くのにどちらを通るべきかは過去にいろいろなことがあって、鉄道は東寄りのルートを通って八戸回り、高速道路は西寄りのルートを通って弘前回りのルートを主に通っている。今回国道4号は盛岡から少し北に行ったところで鉄道(東北線)寄りのルートを通るのだけど、つまりこれは高速道路経由では微妙に不便な場所があるということでもある。
その最たる場所が岩手町。県名と郡名と町名に全て岩手が入るということを売りにしている町である。鉄オタにはこの名前よりも東北新幹線乗降客数ワーストを誇る"いわて沼宮内駅"の方でおなじみかもしれない。まあこの町の観光資源の8割はこの駅近辺にある。駅から20分ほど北に歩いた4号沿い、石神の丘美術館がまあ観光中心部。一言で言えば箱根彫刻の森の類似施設(開館当初は密接な関係もあった)なのだが、現在は独自路線を歩んでいて花畑等も多いので特に初夏が見どころ。あと真下を新幹線が通るところが個人的にはお勧め。ここは道の駅に併設されていて(道の駅を後から作った)、来る人は道の駅に停めることになるけれど、有料入場がもったいないと思う向きは入口を反対側に登ったところにある彫刻公園にも石彫の彫刻が山程飾ってあるので無料のそちらを見ることも出来る。というか両方見るべきかと。
4号を北上するとき沼宮内に行く前のところに川原新田ドライブインという施設がある。斜向かいのパチンコ屋に関連の深い施設ではあるのだけど、ここが古き良きドライブインの雰囲気を残しているので食事をしたければここに寄るのもいい。さらに沼宮内を越えて北上すると北上川の源流にたどり着く。ここは少し前に川の駅として整備されたので車を停めやすい。源流だし国道4号からは少し外れるけれどそこまで山奥ではなく行きやすい。
岩手町の名物はキャベツとホルモン鍋なんだが、キャベツはともかく、ホルモン鍋は肉屋が持ち帰りの肉として売っているばかりでここで食べるのは難しい。調べたら定食として提供している店が1軒見つかったが、自分も現地で食べたことはない。
岩手町の沼宮内の北の端から国道281号を入ると葛巻町にたどり着く。これが久慈市へのルートで安全だがお勧めしない、と説明した葛巻経由ルートだ。推す観光地はあまりない(いちおう平庭高原という観光地はあるが関東近辺から比べると施設は何もないに等しい)。ただ、くずまきワインは赤ワインの中に山ブドウを原料にしたものがあって、これは少し珍しいかもしれない(白とロゼは山ブドウから作ってないし、赤ワインの中にも山ブドウの混合だったりブドウが原料のものも多い)。
さらに北上すると一戸町に入る。南から入って一番最初に着くのは奥中山で、ここは盛岡市民にとって最も近いミニストップがある場所だったのだが閉店して随分経つ。少し先に行くと奥中山高原駅があり、この辺が奥中山地区の中心であり、カフェもいくつか存在する。観光の中心はここから西に登った奥中山高原スキー場で、もちろん歩くには遠いが車なら10分かからない。春から秋にも釣り堀と温泉が楽しめる。さらにここからもう少し奥に行くと"いわて子供の森"という児童施設があって県内の子連れには大好評の場所なのだが、たぶん観光で県外から来た人が楽しい場所ではない。
奥中山は峠の山頂にあるような場所で、ここから北上するとずっと下り坂である。途中に"雅"というドライブインがあり、ここの評判も非常にいい。自分も2度ほど利用したことがある。さらに下ると無人駅小繋駅があって、ここは映画"待合室"のモデルになった駅であり今でもそのきっかけとなったノートは置かれているらしい。さらに下ると小鳥谷駅。ここは映画"星屑の町"のロケ地だが、この近辺の見どころはここよりもその手前を曲がったところにある藤島のフジ。大きな藤棚で、花の見頃はだいたい5月。この時期には車でけっこう混雑するが、せいぜい岩手なりの混雑なのでそこまで心配しなくていい。その少し北には世界遺産を構成する御所野遺跡がある。たぶん皆が歴史で習ったのとは違う形の竪穴住居が屋外に展示してある他、奥の方には博物館もある。ここは是非ガイドツアーに参加して欲しい。春から秋なら土日祝およそ1時間毎に1度、無料で参加可能(それ以外の季節、時間帯は要予約+有料)。ここから一戸の市街地まではすぐそこ。そして市街地の北の端で国道4号は八戸自動車道と交差し、一戸ICがある。
旧浄法寺町へ一戸から行くにはさらに北の鳥越近辺から県道に入るのが一般道ルートだが、八戸自動車道経由で行くほうが絶対に楽である。ここには東北で最も古い寺である天台寺があり、浄法寺の観光資源の半分はここの住職だった瀬戸内寂聴絡みである。残りの半分が漆器・浄法寺塗で、これらの多くが天台寺に向かう道路沿いにある(瀬戸内寂聴絡みは少し離れたところの温浴施設と、浄法寺の役場の2階にもある)。
一戸から二戸市には2つのルートがあり、1つは素直に4号を北上する方法、もう1つは末の松山トンネルを通過する方法で、個人的には後者のルートが好きなのだが4号を北上したほうが格段にわかりやすい。このルートのせいで二戸は地の果てにありそうな印象を持つが、むしろこの近辺で最も大きいのが二戸市であり、平成の大合併の時には浄法寺を合併して二戸市として存続している。ただ、二戸駅で降りた人は二戸の何もなさに気がつくと思う。正直、二戸駅は二戸の市街地から2kmほど離れている。
二戸の観光地として最初にあがるのは馬仙峡である。市街地の南端にある夫婦岩を望む渓谷的な場所で、この夫婦岩のそばには二戸市を望む展望台があるが川沿いの公園から見たほうが断然いい。さらに言えばこの公園は桜の名所でもある。この公園のそば、と言いつつあんまり隣でないところに南部せんべいの小松製菓の工場があり、蕎麦屋とチョコレート工場、お土産店が併設されていて二戸の新たな観光地になっている。まあ個人的にはここのそばにあるドライブイン的な食堂、レストパーク馬渕川のほうが先に訪ねたほうがいい気もしているけれど。この南部せんべい店だけでなく二戸にはいくつか代表的な企業がまだまだ頑張っていて、それらはだいたい市内中心部にある。まずは南部美人。酒造会社で、コロナ渦の時には酒から消毒用アルコールを作って提供したことでも話題になった。ここは酒蔵見学に一味加えていて、要予約だが酒造りのコスプレ込みで記念写真のラベル込みのコースを提供している。もう1つはあべはん。たぶん聞いたことがないと思うが鶏肉の生産をグループで行っていて、やっぱり直営店が市内にある。もちろん鶏製品を買ってもいいのだが、ここで買うべきなのは実はお菓子チーズピッコロだ。二戸市民自慢の銘菓だったのだが今年始めに作っていた洋菓子店が閉業してなくなったのをこの会社が引き継いだのだ。
ソウルフード的なものはまだある。盛岡の福田パンと似た立ち位置のパンとして丹市パンというのが存在し、福田パンが盛岡の高校時代の思い出商品となっているようにこちらのパンは二戸の学生の思い出商品となっている。パンの風味は若干異なるが切り開いた間に種々のクリームを挟む形式で、個人的にはカレーが一番お勧めなのだがないときもしばしばある。たぶん一番の問題はここが学生の多く集う店ということで、駐車場が狭いので車で来るときは注意が必要。本当ならもっとソウルフードな店が二戸にはあった。どちらも"きんじ"という名前で、1つは市街地にあったラーメン店、もう1つは駅前にあった蕎麦屋だが、どちらも既に閉業している。ただ新しい店もしっかりあって、最近駅前から市街地に移転したフランス料理のボヌールとそれより前から市街地にあったイタリア料理のフルハウスはどちらもおすすめ。
市街地を北に外れてもう少し北に行くと金田一温泉がある。いくつもの宿があるなか最も有名なのは座敷わらしがいるという噂の緑風荘だと思う。以前は予約がないと泊まれなかった(そして予約が取れなかった)座敷わらしの間こと槐の間は、現在は共用スペースになっていて宿泊者は誰でも深夜に入ることが可能になっている。まあ、これは好きな人は、といった感じで。昼間だけだがここは日帰り入浴もやっている、というか金田一温泉は日帰り入浴受け付けている宿がけっこうある。
一戸ICから1つ先のICが九戸ICであり、九戸村の入口の1つである。ここの話は久慈への経路について書いた時に少しだけ書いた。葛巻町、(旧)山形村、軽米町に向かう結節点となる村である。ここの一番の見どころは、二戸の見どころとも言える折爪岳。車で頂上まで登ることが出来て、ここからの眺めが抜群。以前はここまで登ればAFNを聞くことも出来た。さらに7月にはヒメボタルの鑑賞会(要予約・有料)も開かれる。
九戸ICからさらに1つ先が軽米IC。軽米町の入口の1つである。ここの観光資源と言えば以前はフォリストパークという花畑だった(過去形で書いているが今でもしっかり営業している)。最近ここが注目されているのは、マンガハイキュー!!の背景にこの町の市街地の建物が多数採用されていることにある。このこともあって軽米町は軽米高校の文化祭の日(今年は10/18)に合わせて町民体育館を荷物置き場兼コスプレ着替え場所兼バレーボール体験場として解放するくらいのことになっている(なおシューズは持参・ただしバレー技術を磨く必要はないとのこと)。
後輩が別部署で使ってるシステムからデータを抜き出して集計できるようにせいというタスクを拝領したんだけどそのシステムの使い方がめちゃくちゃでデータは当然抜けるんだけど集計できる状態に持っていけない。
いろいろ部内で話し合った結果、システムの使い方のルールを再設定してそのルールに従って入力させてそのデータを引っこ抜いて集計するって話になった。
そいつもすぐに取り掛かって、ルールができて相手の部署の承認も取ったという話になってよかったよかったと思ってたんだけど、数カ月たって上からまだ集計できてないって話をされて後輩に聞いてみたら「別部署がルール通りの入力をしてくれてないので集計できない」とのこと。
いやさぁ、わかるよ。俺もそういう経験めちゃくちゃしてきたからわかる。ルール決めて相手が乗り気だったかはともかく仕事としてこのルールとしていきましょうねって合意したんだからその通りにしてくれない相手が悪いのはわかるよ。もうすんごいわかる。わかるよ。
わかるんだけども、お前のタスクは「ルールを決めること」じゃなくて「データを集計できる状態にすること」なのね。いや、言わんとしてることはわかるよ。自分はちゃんとルールを決めて合意を取り付けてあとはそのルール通りに入力すれば集計できるんだからその入力するのは相手の仕事で俺の仕事じゃないって言いたいのはわかるよ。でもお前のタスクは「集計できる状態にすること」なのね。
相手がやってくんないから「集計できない状態」であるならお前のタスクは終わってなくて、お前はなんとかして「集計できる状態」にしないといけないのね。わかるよ、相手がやるべきことをやってないのが悪いんであってお前が悪くないのはわかるんだけど、でも、それをなんとかして「集計できる状態にすること」がお前のタスクなのね。
何度も何度も行って話し合ってお願いして宥め賺して、何なら最初は一緒に入力してあげて、そのルールを守らせるのもお前のタスクの一環なのね。それでもダメなら別に俺を使うでもいいし、俺より上を使うでもいいし、お前の評価がどうなるかはともかく役員入れてCC爆弾打つでもいいし、とにかく「集計できる状態」にしなきゃいけないのね。
例えば、メルカーリでお前が絶対にほしいしこれを逃したら生涯手に入らないかもしれないものを見つけて相手に金を支払ってあとは商品受け取るだけって状態になっても一向に荷物が届かないから聞いてみたら「配達屋には渡したんですけどね、その後のことは配達屋の仕事なんで俺には関係ないっすね」って言われたら困っちゃうでしょ。わかるよ、配達屋が無能なせいで手間が増える売り手がかわいそうな気持ちはわかるけど金を払った以上、お前が責任においてやるべきことは「商品を配達屋に渡すことじゃなくて、俺に商品を届けること」だってなるわけじゃん。配達屋が云々はお前の都合であって俺には関係ないってなるでしょ。
つまりタスクっていうのはそういうものなのよ。いろんな事情が間に挟まってそいつらのせいでうまく行かないことが山ほどあるのはわかるし、そいつらがちゃんとやれば自分は苦労しなくていいのにこんなことがまかり通ったら無能は仕事をしなくてよくて、やる気がある奴ばっかり消耗していく、こんなやり方は間違ってるっていうのはわかるよ。間違いなく正しいよ。でも、お前はお前に課せられたタスクを完了しなければならないのね。
なので、今週中に集計できる状態にするかいつまでにそれが達成可能かのスケジュール引いてきてね。
事実って現状これくらいで、本来ならこれで可哀想とかこれくらいで、って言えばいいのに、場所がらの話とか動画が出たから嵌められたんだとか言ってて、それがインフルエンサーが広めて事実みたいにしているの本当に気持ち悪い。
某コメンテーターが酒にのまれるな!!と言っていたことに「何も知らないのに!!」 「誰かに嵌められたんだから!!」みたいな擁護してたオタクいたけど、少なくともこの情報だと酒の勢いで露出した、という解釈は十分考えられるし、嵌められたとか言ってるほうが都合のいい妄想すぎる。
ちんこ出して捕まった事実は本当だし、確かに同じことして捕まった人はしっかり復帰して主演ドラマやるので、周りのサポートありきで本人の意思があれば反省と復帰はしてほしいけど、やたら擁護するオタクや陰謀論振りかざす人たち気持ち悪い。
荷物盗まれた説あるけど、それも結局推測でしかないし、もし服とか盗まれてたら普通下は隠す、店に言う(店員に相談できるような店かは知らないけど)ことはできるはず。
あたかもそれが事実のようになって可哀想!!みたいな論調になってるのが気持ち悪いんだよな。それでも下は隠すし、逮捕までいくか?って思う。
自動音声「日本郵政株式会社です、荷物の保管期限がまもなく切れるのでウンタラカンタラサポート繋がるのは0番に」
0番押す
どうなされましたがじゃないんだが…
増田「分かりません」
ここで終わる
家族に聞くも心当たりなし
https://www.post.japanpost.jp/notification/notice/2025/0829_01.html
自動音声により、「日本郵便です。お客さまの荷物に異常が発生しました。オペレーターにつなぐには1番を押してください」などと案内し、プッシュボタンを操作するとオペレーターにつながり、住所や氏名等の個人情報を聞き出そうとする。
自動音声により、日本郵政グループを名乗り、「荷物の保管期間が切れるため、手続きが必要」などと案内し、プッシュボタンを操作するとオペレーターにつながり、住所や氏名等の個人情報を聞き出そうとしたり、SNSでやり取りをさせようとする。
自動音声により、実在する郵便局名や架空の郵便局名を名乗って、「オペレーターにつなぐには1番を押してください」などと案内し、プッシュボタンを操作するとオペレーターにつながり、「荷物を預かっているので住所を教えてほしい」などと案内して、個人情報を聞き出そうとする。
発信番号が+から始まる国際電話番号から電話をかけ、日本郵便を名乗り、住所や氏名等の個人情報を聞き出そうとする。
日本郵便の検査部等の部署名を名乗り、荷物に問題が見つかったとして、住所や氏名等の個人情報を聞き出そうとする。
差し出した郵便物の中に偽造パスポートが見つかったため、住所や氏名等の個人情報を聞き出そうとする。
実在する郵便局名や偽の担当者名を名乗り、「高齢者に25,000円の給付があるので、口座番号を教えてほしい。」「給付を受け取れないと困るので、新たにカードを作らないといけない」「こちらで代わりにカードを作る。これから担当者がお家に伺うので、カードと通帳を渡してください。」等と案内し、キャッシュカードや通帳をだまし取ろうとする。
まんまじゃん…
しかし、ここで疑問点
住所も聞かれなかったし、SNSでのやり取りは持ちかけられなかったし、カードの話なんて出なかった
じゃあ増田にかけて来た奴はやる気がない奴だったのか?「追跡番号を調べてください」待ちだったのか?
謎は深まるばかり
てか、自動音声の詐欺電話をかけておいて「何の様ですか?」とすっとぼけた態度を取るのが許せん
※特に相談ではありません。備忘録です。犬も食わない夫婦げんかの話です。
家事の分担は体感では夫婦間で妻8、夫2の割合。俺が風呂掃除とトイレ掃除を行い(毎日)、妻は料理を作ってくれている。その他、掃除機をかけたり洗濯をするのも主に妻だが、俺が在宅勤務のときは洗濯物を干したり取り込んだりするのは俺がやっている。なお、月10日程度の在宅勤務の日以外は、俺は公共交通機関で3時間ほど離れたところに単身赴任しているので、その間はすべての家事を妻がやっている。負担は大きいと思う。
妻は俺から見れば潔癖に近いきれい好きで、毎日午前中は掃除をしているらしい。そんな環境で育った妻と、週に1回掃除機をかける実家で育った俺では、ずいぶんと価値観に違いが出る。俺は単身赴任先では風呂やトイレの掃除はは多くて週に一度しかしない。だから、風呂やトイレの掃除を毎日しているのは俺なりに努力はしているつもりだが、妻から見たらそれが当たり前で、何とも思っていないっぽい。以前、トイレ掃除を終えて「掃除終えたよ」と伝えたら「やって当たり前のことは報告しなくてもいい」と言われたので。(ときどき、「ありがとう」ともいわれる。)
料理が妻の分担なのは、俺が料理が苦手というのもあるのに加えて、妻がキッチンの原状復帰を求めてくるので、それは無理だからしていなかった。今回、料理をしたら原状復帰できなかったのでずいぶんと怒鳴られた。
妻は住宅ローン以外はほとんど払っていない。俺は鬱病もちで団信が通らなかったため、独身時代の貯金と職場からの借金で住宅の購入費の半分を出した。生活費、光熱水費をほぼ俺が払っている。俺が不在時の生活費は妻が払っていることもある。(もちろん、妻名義で俺の口座に紐づいた家族用クレジットカードも渡している。)家計管理も俺がしている。妻は親から通勤用(片道1時間かかる)の車を借りている。以前は「家計が苦しい」というたびに「そういうことを言うと運気が逃げるから言わないでほしい」と言われたが、本当に厳しいので、最近は何も言われなくなった。
一週間の間に、妻と2度大きな喧嘩をした。その際に、怒鳴りながら以下のような言葉を言われた。
子どもの前で怒鳴ってほしくなかったし、そもそも怒鳴るのはよくないこと、人の身体的特徴をあげつらうのはよくないことを、できる限り冷静に伝えた。すると、「怒鳴らせてるのは誰だ」と言われた。私は怒鳴ったり殴ったりするほうが悪いと思っていたけど、怒鳴らせたり殴らせたりする側に原因がある、というのが妻の考え方らしい。
いろいろと積もり積もったものがあると推測するが、引き金になったのは以下のことだと思う。
子どもが先月、病気で入院した。幸い、1週間程度で退院した。その際に主治医への心付け(現金)を準備したのに、俺がタイミングを逸して渡しそびれてしまった。それがきっかけで、2時間ほど怒鳴り続けられた。
実はこの春にも子が病気で入院して、その際にも心付け(現金)を今回とは別の主治医に渡しそびれたため、ミスが続いたからイラっとしたっぽい。
子どもがまだ小さいため、24時間、親のどちらが付き添わねばならず、妻2日、俺5日の割合で付き添いをした。退院の前日には「様子を見て、明日か明後日おうちに帰れるかな」と主治医から言われていたものの、まさか翌日退院になるとは思わず、準備が不十分だった。ただ、俺は基本的には主治医への心付けはいらないと考えている(俺たち家族にとっては大きな金額だが医師にとって数万円は大きくないこと、そんな心付けで動くような病院だとみなすのも失礼な気がすることなどから)ので、そのあたりのすり合わせができていなかったから、妻との間でコミュニケーション不足があったのは確かだった。妻に言わせると「心付けがなくて子どもに何かあったらどうするの?」「ずいぶん前に心付けをしたから、今回も入院させてもらえた」という理屈らしい。俺が俺なりの意見をいうと「そういうの(心付け)と無縁の世界で育ってきた人にはわからない」といわれる。
妻の会社はミスを2度すると「前もやったよね?」と詰められるらしいが、俺の職場は「ミスは起こるもの、再発しないような制度づくりを考えよう」となるので、考え方が違うなあと思った。
この季節、朝晩は寒いから少しでも快適にいようと、付き添いの際は病室で寝る親(俺と妻)のため、枕とタオルケットを持ってきたのだが、妻からすれば付き添う者の快適さより、選択の煩雑さほうが頭にきたらしい。
子どもの退院後、妻は一足早く職場復帰し、俺は休みを取っていた。その日、妻が出勤前に料理を作っておいてと言われたので、OKした。鮭と大根、ニンジンを入れたスープと豚肉と白菜を煮込んだスープを作っておいた(センスがないのは認める)。妻が帰宅後、その様子を見て、キレた。
鍋のこだわりについては知らなかった、スープが飛んでいたのは見えなかった、鮭をほぐす必要があるとは思わなかった、と答えた。すると、上で書いたように「それで済ませるな」、と怒鳴られた。俺からしたら、だから原状復帰を求められる料理はしたくなかったんだ、の一言に尽きる。妻は俺の作った料理には全く口を付けず、自分だけ卵を焼いて晩御飯を済ませた。残った俺作の料理は翌日に俺が食べきった。
なお、鮭がほぐれていない理由を答えたときに、「どういう育てられ方してきたんだ」と言われたため、スープが飛び散っている理由を聞かれた際に「本当にその答えが聞きたい? 俺がどういう教育を受けてきたんだ、と批判したいだけじゃなくて、本当に理由が知りたい?」と聞いたら。「ケンカを売っている」と言われてしまった。火に油を注いだかもしれない。
焦ったということは全くなく、ほっとした、という気持ちが先に来た。これでもう怒鳴られることもないし、一生、午前中を風呂とトイレの掃除に費やされることもない、と思ってしまった。俺は結婚に向いていなかったのかもしれない。
俺は読書が趣味なのだが、子育て中は読書の時間が全く取れないのは仕方ないとはいえ、今後、子が大きくなってからも頭の一番冴える午前中を掃除という単純労働に費やされるのが嫌だったので、ほっとしてしまった。(午前中に掃除をするのがいやなことも、妻には伝えられていないので、まだまだコミュニケーション不足かもしれない。)
25歳、旅人。
旅先で出会った男と結婚し、九州の離島に移住して、心身ともにボロボロになって地元に帰ってきた。
私は関東を拠点に、月に二週間ほどボランティア活動をしながら全国を旅してきた。
旅先のシェアハウスで出会った九州出身の男の人と恋に落ち、結婚し、彼の住む離島に移住することになった。
私は私抜きでわからない会話が進んでいく空間が死ぬほど苦手だ。
旅先ならいい。わからない会話が飛び交っていても、旅中はそもそもアウェイなのだから、「ここの文化はこんな感じなんだ」と参与観察的な感じで楽しく聞くことが出来る。
でもそれが日常となると話が変わってくる。
物理的な距離の近さから、九州出身の彼の家族や友達に会う機会が多かったのだが、とにかく話に入れない。
地元の思い出話、学生時代の部活の話、九州の居酒屋の話……味の濃すぎる生レバーを食べながらわからない話を延々とされ、精神的にきつかった。
彼は福岡の北九州出身で、根強い男尊女卑文化があった。彼本人も女性を見下す傾向はあったのだが、男性で集まるとその傾向はさらに強くなった。
「女は添え物」的な価値観なのか、彼に紹介された7人のうち私に挨拶して、積極的に話を振ってくれたのは2人だけだった。
結婚祝いをくれた福岡出身の彼の先輩に連盟でお酒を贈ったのだが、次会いに行くと名前も覚えられてなかった。
シェアハウスで出会ってシェアハウスで結婚したので、彼と私は最初から距離が近かった。
さらに私は車がないので、彼に送迎して貰わなければどこにも行けない。(免許はあるが、「お前は運転が下手だから」と運転を禁止されていた)
デート中に失礼なことをされたら、東京や陸続きの田舎だったらさっさと帰ればいい。でも車がなければ帰れないし、帰ったところで同じ家にいるのだから逃げようがない。
「こいつはなにをしても離れないだろう」と油断した人間は、大体甘えが出る。
離島のシェアハウスという環境は、彼の元々あったモラハラ気質を何倍にも増大させていった。
彼は長男で、父親が早くに離婚したため幼い弟の世話と母親を一身に背負っていた。
そういうわけで、彼は「強くいなければいけない、弱みを見せてはいけない」という信念を持っていた。
私はそこに惹かれたわけだが、実際に一緒に生活してみると思った以上に大変だった。
まず、会話が成り立たない。弱みを見せるのが苦手なため、「疲れた」や「助けて欲しい」がまったく言えないのだ。
「年越し蕎麦作るけど食べる?」と言われたので、そんなにお腹空いてないけど作ってくれるならいただくか、と思って「ありがとう」と返した。
テレビではガキ使が流れていたので、「乃木坂見たいから乃木坂が出てる時だけ紅白に変えてもいい?」と聞くと、
「乃木坂なんて誰が好きなん?みんなガキ使が見たいのに、お前だけ紅白を見るなんて自己満でしょ。そもそも、俺は疲れて帰ってきて久々にゆっくりできるのに手伝いもしないって、思いやりがないよね。お前はずっとダラダラしてるだけなのに……」
その後4時間近く対話し、彼が仕事で疲れていたこと、家事を手伝ったり趣味の時間をとる必要があったことを話してくれたのだが、最初から「疲れてるから年末はゆっくりしたい」と言ってくれれば私もサポートしたのに、責める形でしか伝えられないから話がとてもややこしくなる。
彼の束縛は日に日にエスカレートしていった。
「俺は働いてるのに自分だけ遊んで不公平だ。旅に行きたいなら誠意を見せろ」と言われ、私は元々別々だった部屋を解約して彼の部屋に移動し、浮いた分の家賃を彼に支払うことになった。
「俺だって本当はお前と一緒に旅がしたい。でも奨学金も保険も車の維持費もあるし、働かなきゃ生きていけない。お金を援助してくれれば仕事をセーブできるから、場所に囚われず働くための勉強ができる」
その言葉を真に受けたものの、彼は仕事がない日もゲームをしたり飲み会をするばかりで勉強をしようとしない。そのことを責めると、「まだ少ししか経ってないのに焦らせるな。俺はお前が一緒に旅がしたいと言うからそれに合わせてるのに、次から次へと要求が増えてわがままだ」と怒られる日々。
さらにプライドの高い彼は女にお金を出させているのが嫌なのか、どんどん私に対して高圧的になり、行動を制限するようになった。
「どこかに行く時に「行ってくるね」じゃなくて「行ってもいい?」って聞いて欲しい」
「女友達と遊ぶ?女子会なんて共感ばっかりで腹割った話しないから俺は好きじゃない」
「新しくできたカフェに行きたい?ああいうお洒落な建物は自然じゃないから嫌いなんだよね」
大好きな旅を禁止され、自由を制限され、人格否定を繰り返された私は8ヶ月目で限界に達し、彼に別れを切り出した。
別れを切り出した私を、彼は「無責任だ」と責め立てた。
「別れるなら、ご祝儀を全額渡して欲しい。そうじゃないなら、真実の中に嘘を混ぜて言いふらして、お前を島に居づらくしてやる」
この時点でシェアハウスメンバーは全員男性。明らかに空気感がおかしくなっていった。
後に住人ではない別の友人に話を聞いたのだが、元夫が私の言動を相当湾曲した形で愚痴っていたらしい。
私がリビングに行った途端、元夫が「パチンコ行こうぜ!」と言い出して全員いなくなる。
みんなで旅行の計画を立てていたので、私も行きたいと言うと「男子旅だからお前は来るな、空気読め」と怒られる。
外から来た女性ゲストと恋愛の話になった時、「過去にセックス中にこういうことをしてくる女がいて嫌だった」と話題にされる。
私を除くメンバーで一日中大声でゲームをし、朝5時まで騒ぎ続ける。
言い逃れできるくらいの巧妙なやり方だから、非常にタチが悪い。
関係ない男性陣からしたらただ遊んでるだけだろうし、気を使ってくれていたのかもしれないけど、とにかく帰る家でこれはかなりしんどい。
なんとか気にしないように努めていたのだが、シェアハウスのイベントに参加する度に彼に呼び出されて「お前がいると空気が悪くなる。早く出ていけ」と言われて本当にきつかった。
この時点でオーナーにも相談したが、「ふたりの問題だから俺たちにはどうすることもできない。このまま住み続けたいなら和解するしかない」と言われてしまって、もう限界だった。
この時点で精神的にかなりやられていて、荷造りや引越し手続きどころか航空券の予約すら難しい状態だった。
なんとかオーナーに相談し、「あなたにも辛い思いをさせたからいない期間の家賃は払わなくてもいい。一旦離れて心を休めて欲しい」と言われ、荷物を置いたままなんとか航空券を予約し、シェアハウスを出ていくことになった。
そして地元に帰ってきた。
地元に戻り、家族の作ってくれたご飯を食べて友達と遊んで好きなお店に行って、すっかり心が回復した。
あれほど自分を責めて食事も取れず化粧もできずなにもやる気が起きなかったのに、今はすべてが嘘みたいに心が晴れやかだ。
もう旅をするためにお金を払う必要も、彼に反論するために頭を使う必要もない。
離島でできた友達にお別れを言う暇もないまま出てしまって心残りはあるけれど、仕方がない。
彼と過ごして、どんどん自分が醜く戦闘モードになっていくのがしんどかった。
楽しいことよりも嫌なことを思い出す時間の方が多くて、大好きだった旅もできなくなって、人生に希望を持てなくなっていた。
手放すのは怖かったし、もう少しできたことはあったんじゃないかと後悔することもあったけど、あの環境であの相手を選んでしまった以上、私にはもうどうすることもできなかった。
いい経験だったで片付けるには苦しすぎる一年間だったけど、自分と向き合うことや手放すこと、建設的な対話の仕方を模索したあの時間は無駄ではなかったと思う。
そして私はやっぱり自然と自由を愛する旅人なので、あんな風に束縛してくる人とはもう二度と関わりたくないと心に決めた。