
はてなキーワード:苦痛とは
結果のわかりきった戦闘演出みるの無駄だから全飛ばししたらマジで虚無だわ
唯一のとりえの二次元キャラがわちゃわちゃ動くのを飛ばしてるんだから当たり前だけど
でも時間ももったいないし結果がわかりきってる戦闘アニメーションとかただの飾りでしかない
せっかく凝った演出してんのに結果が戦闘前にわかるから全部茶番でしかない
クソとか苦痛じゃなくて虚無
13騎兵であんだけこったストーリー作ってたバニラウェアはどこいったん?って感じ
あそこまでいかずともオーディンスフィアとか朧村正レベルでいいからまともな話とキャラの掘り下げしてほしかったわ
戦って敵のボスが仲間になっての繰り返しでマジでつまらん・・・
マジで匂わない。うちは防臭剤も使ってたからストマの交換とか便を捨てるのとかも全然苦痛じゃなかった。むしろふつーの下の世話より全然楽。
うちは介護だったからトイレは基本的に障害者用使ってたけど、オスメイトトイレが増えたときは感動した。
お風呂とかプール用のちっちゃいパウチ(ちっちゃい方が目立たないからね)とかも売ってる。アクティブな人はおすすめ。
これは介護ならではなんだけど、一番困ったのはストマの袋の交換じゃなくて、袋を貼り付ける板みたいなのの交換のとき。
ストマとその周辺を優しくあらって拭いてあげる必要があるんだけど、他人の体のむき出しのそんな部分をあらったり拭いたりは痛そうで怖かった。あと板を貼り付けてる接着剤的なのを落とすのが慣れるまで大変だった。
それって背景しかみてないのでは
息子は幼稚園に通う5歳の時、レゴとゲームが好きだった。公園に連れて行くと虫取りに熱中した。幼稚園でも砂場に穴や溝を作って水を流すようなことをやっているらしく、かけっこやサッカーといった身体を思いっきり動かすことには興味を持っていなかった。
息子は全体的に夫に似ている。穏やかで面白くてゆったりしている。
夫は小学生の頃運動が嫌いで体育が苦痛だったらしい。上手くできないし疲れるから嫌だったと。
そして多分、このままでは息子もそうなりそうな感じがした。
母親の私は昔から運動するのが好き。中高生の時は個人競技で全国大会に出て2回勝てるくらいの強さだった。
夫婦で話し合って、息子には小学生時点で体育が楽しいくらいにはなってほしいなーということになった。
無難に体操教室やプール教室を探したけれど、大体月謝が1万円前後で高い。
そんな時自治体がやっている月謝千円のスポーツ教室を見つけた。元気な身体を作るのが目的です、みたいなやつ。
安かったのでそこに入って週2で息子は運動をした。最初は何もできなかったから行きたくないと言う日もあったが続けた。
いまだにゲームとレゴが好き。将来はロボット作る人になりたい。
少し前にスポーツ教室でしっかりと、しかし基礎と1つの技しか習っていない個人競技の県大会に出て優勝した。
息子は金メダルをもらえて大喜びだった。
相手の子たちは競技を始めたばかりだったのかもな、うちは週2で頑張ってたから小さいうちに努力が報われる経験をさせてもらえて良かった〜くらいに思っていた。
昨日、近くで全国大会が開催されたので出場した。
県大会では勝つ経験ができたから、次は負ける悔しさやそこから立ち直る術を学んでもらえたらと思ったから。
そしたら3人倒して1回負けて3位に入賞した。
息子は負けて泣いた。負けた直後はもう試合に出ない、やめるといっていたが銅メダルをもらってコーチから褒められれると、次は優勝したいな〜とニコニコしていた。
相手の子たちはみな、親がクラブのコーチをして幼児期から競技漬けでハイエースで全国回って大会に出てるタイプだった。技が多彩。隙がない。上手い。
しかし息子は1つの技とタイミング、フィジカルだけで互角以上にやりあえた。
あれ、息子はもしかして強いのか?この時始めて思った。
全く無名の息子がいきなり出て勝ったから、いろんな指導者から話しかけられた。
いつからやっているのか、他のスポーツはしていたのか、親は何かやっていたのか。
そしてこの競技に特化したクラブに入って週4で練習すれば技を覚えられてもっと強くなるからどうだと誘われた。
私はちょっと運動ができるようになれば楽しいだろうな、くらいの気持ちだった。
競合チームに入ってたくさん練習したら、そりゃ強くなるだろう。
でも息子は家でレゴしてゲームして、ロボット作ることを選択できるような大学を目指して勉強するほうが幸せなんじゃないのか??
ゆったり昆虫図鑑見たり自由帳に僕が考えた最強の武器とか最強の敵を描いてる今の生活の方が幸せなんじゃ???
息子にもっと練習増やしたいから聞いたら、どっちでもいいよ〜とのことだった。
多分本当にどっちでもいいんだと思う。
何のスポーツだって、競技の世界は厳しい。私くらいのレベルでも中高生のころはほとんど練習だった。毎日5時間くらいやればある程度までは勝てる。けれどトップになれるのは才能の有無が関係することも認めざるを得ない。
ありがたい悩みだと思う。
教えてくれる先生も、頑張っている息子も、大会を運営してくれるスタッフさんにも感謝しかない。
つまり、セックスは苦痛だからしたくもない、性欲全くない彼ピッピがいい、だがその彼ピッピが例えセックスしなくとも他所の女と会うのもいやだから辞めろ、と言ってるわけだ。
女として周りの話を聞いていると確かにこういう思考の人はいるね、1割くらいかな?
で、もっとやっかいなんだけどこの思想を持ちながらも結婚はしたい(自分が結婚できない人になりたくはない)、または子供はほしいからという理由で結婚や懐妊までは嫌々耐えてるっぽいんだよね
このパターンは夫がレスに対して何をどう改善しようとしても本当に話が前へ進まない、だってそれがこの女の本来の目的だから
でも不倫された人にもなりたくないんだよね、自分の価値が貶められた気がするから
ある意味テイカーなのだと思う、でもこういう女は「相手こそがテイカーだ、性的搾取だ」と信じている
大抵普通の恋愛結婚は難しく、最終的には結婚相談所に流れ着くのでよく見極めてほしい
見抜くポイントは日常的に女側からスキンシップをしてくるか、逆にスキンシップした時いつまでも身体が固くないかじゃないかと思うんだけどどうだろう?
一番多いレスのパターンとしては、性欲も弱いので本当は性行為なしで寝たい気持ちはありつつ、相手が辛いのは可哀想だから応じてるみたいな
ところが出産後はそのお情けもできないくらい疲労してて心身ともにボロボロになる、そんな時に何度も迫られると相手への信頼も砕かれてしまって心が折れてレスになる
こっちは信頼関係をちゃんと維持して、相手の身体を気遣ったり育児を共に頑張りつつ産後1年半過ぎてからちゃんと話し合えば戻る余地はあると思う
そして0.1割くらいで浮気や不倫してて他の男に抱かれてるからレスのパターンもある、これは付き合う前にキスや性行為できてしまった女、他の男がいるのに略奪で付き合えてしまった女で起こりやすいから気をつけろ
いろんな女からレスの話を聞くが、総じて相手の性行為が下手だと言う。私は直接見たわけではないので本当に下手なのかわからないが、話を聞く限りAVの知識をそのまま披露してしまったり、前戯が雑だったりすると。女にとって性行為はコミュニケーションがなにより大切だから、相手に触れる時はどのくらいの強さが不快でどのくらいの強さが快なのか、相手の自己肯定感を高めるような声かけ、ハグ、肌を撫でる、みたいなところをちゃんとやるのが良いと思う。
育児を親が不幸と解釈するか幸せと解釈するかで人生観変わってくるよな
育児終わってから、「育児つまんなかった」「子供作るんじゃなかった」って思う親にはなりたくねえ
子供からしたら「てめぇが勝手に始めた物語(子育て)だろ。勝手に始めておいて勝手にガッカリして絶望してんじゃねえクソ親が。健康に生まれて子育て体験させてやっただけでも感謝しろよ」って話なんだよな
育児するんじゃなかったと後悔してる親にはなりたくねえけど育児という趣味は苦痛があまりにも大きい
100均でじっくり時間かけて6歳の子供のオヤツ選んで買ってそれをベビーカーの上で(6歳だけど色々問題山積みでベビーカー乗ってる)食べさせて、その後本屋に寄ったんだけど
私が売り場の本をじーっと見て物色してたら
子供が「ねぇ、なんで本ずっと見てんの?退屈退屈」と言い出し、早々に本屋を去ることにした。お菓子食べさせてるけど退屈って言われちゃうんだなって思った。まぁ、今月本買いすぎたからさすがにもう本は買えないなって状況だったから
でも、本屋にどういう本があるのかチェックしときたかったんだけど
家の近所には品揃えの悪い駅ナカの書店しかなくて、本格的な本屋にはなかなか行けない
子供って自分が興味ないもんに付き合ってくれないんだよ。無理やり付き合わせるのも子供に悪いし
こういうとき、育児ってなんでこんなにつらいんでしょうね。親の自由を奪うんだろうねって思う
それ自体は気持ちはわかる。言い分もわかる。おかしなことを言ってるとは思えない
だけど、そのうえで他所の女に会うな(まぁわからなくもない)、どころか風俗にも行くな、恋人の体に子宮頸がん植え付ける気か虐待だ!ギャオオオオオオオン!!とキレてる奴等が多くて、
つまり、セックスは苦痛だからしたくもない、性欲全くない彼ピッピがいい、だがその彼ピッピが例えセックスしなくとも他所の女と会うのもいやだから辞めろ、と言ってるわけだ。
通るかそんなふざけた話が
女だからというわけでもなく、これを男女逆にしたとしたら、いきなり「セックスしたくない、する気もない、だがお前は他所の男にも会うな」と言いつけてくるわけで、マトモな常識と教育受けた男女はブチ切れる通り越してそもそも「えっ何こいつ、何言ってんの?宇宙人?」ってくらい価値観違い過ぎて恐怖すら感じるわ
そもそも、セックスしないんなら変な病気移りようがねーじゃねーか、それとも何か、こいつらの世界観では子宮頸がんは空気感染するのか
大体、何でそこまで身勝手で人が本質的に嫌いなのに、恋愛なんかするんだ?一人で生きてりゃよくねえの?付き合う相手の身にもなったれよ
徹頭徹尾他人の気持ちや事情なんか、わかったって慮る気もないけど男と付き合ってるという社会的ステータスが欲しいからやってるって、価値観が昭和の成金と変わんねーんだよ、それでよく最新の進歩的人権の考え方とか嘯けたもんだな。
そもそも、それ付き合う男にいったい何のメリットがあるんだ?ただの寄生じゃねーの?自分が漫画のキャラみたいな大富豪だったのならいいよ、一生遊んで暮らせるだけの待遇与えてやりゃあ、それに合わせてくれる異性だっているよそりゃ
でも大体は、稼げてるといっても、相手以下って奴ばっかじゃん、なのに何でそんな超態度だけはデケぇの?何様?結局、人がいいからあんまり強く言えない男見繕って他人の茶碗に横から手突っ込むような真似したいってだけだろ?
この手の無惨様みたいな価値観の奴って、女も男もホントに毒親だとかお察しの家庭環境で、心が歪んだまま育った様な奴らが多いんだろうけども、
そもそもが健全な恋愛や結婚生活が営める精神発達してないってだけなのに他人を巻き込もうとするなよ
本質的に人が嫌いで、自分の思い通りにならない世界や社会そのものが憎いという気持ちはわからんでもないが、だったらせめて大人しく一人で過ごしていてくれ、人間様の社会に出てくるな、としか言いようがない。
セックスしたい側に合わせることになったらセックスしたくない側が我慢することになるんだよね。
どっちかが苦痛を味わうはめになるなら別れたほうがいいと思う。
・全く興味ない
・痛い
・妊娠が怖い
などをよく見る。
セックスすると物理的な損害が生じる可能性があるのは事実である。
一方、セックスを我慢することは精神的には苦しいかもしれないが物理的な損害はない。セックスしないせいで病気になったりはしない。
それならより損害が生じにくいほうに合わせるべきでは?と思うんだけど、どうですか。
まぁ子どもがいないなら好きにやってくれ。
「子どもがいないなら好きにやってくれ」というのは、子どもがいなければ二人の問題だけど子どもがいるなら子どもに対する責任を取りなさいよということ。
ちょっと前に、子どもが生まれたので子どもが生活の中心になりセックスをする心身の余裕がない、パートナーがそうではないことに苛立つ、という増田があったと思うんだけど、そのブクマで「セックスレスなら離婚」というのがあって、それはないだろうよと思ったんだよね。
本能が云々、子孫繁栄が云々言うなら、子どもが生まれたらその子を健やかに育てることが一番の目的になるはずでしょ? それより自分の欲望を優先させるのは都合が良すぎるよ。
まぁ両親が険悪になるのもそれはそれで子どもに良くないから、どうしてもセックスを優先させたいなら離婚もやむなしと思うけど、ちゃんと養育費は払ってね。
Permalink |記事への反応(23) | 17:14
父が出張の帰りに土産物を買ってきてくれることがあり、ある時、らっきょうを買ってきた。でも前かららっきょうは苦手で食べられない。
しかし父の癖で土産物を家族に対して「ご自由にどうぞ」的に置くことはなく、盛られた飯の上に強制的に置く。
「ごめん前にも言ったけどらっきょう本当に苦手で」と言い、「そうなの?」と返された。食べ物を残すのは良くないという考えがベースにあるので、その1回は無理をして食べた。
そして翌日には忘れられており、また飯の上にらっきょうを置かれた。
(この、土産を飯の上に置いてしまって絶対に食べさせるという手間をかける時点で、自分には理解できない。自分は土産を買ったと宣言し、ただ家族が気づく場所に設置して食いたいときに食えよとフリーにしておくタイプだから)
もう食えないし、食ったらまた置かれると思い、らっきょうを皿にどけて残して、ダイニングに放置し、他の皿は洗って片づけた。そうすると二度と強制的に置かれることはなかった。
前にもこういうことがあり、言葉で無理だと伝えても一瞬で忘れられて、同じことをまたやられることがあった。そして行動で拒否をすると伝わり、繰り返されることはなかった。
Xで「嫌知らず」という言葉が使われていたが、これ、言葉で伝えたものがすべて聞き流されており忘れられるというパターンなんじゃないだろうか。
残されたらっきょうのビジュアルが無いと、こいつはらっきょうを食べないという事実を認識できないとか。言葉は頭に入ってこないとか、すぐ忘れるとか、あるいは言葉による表明を根本的に軽視しているとか。
言葉ではらっきょうを嫌いだと言っているけど、結局、一度は無理して食ったので、「食ったじゃん」と、事実だけを認識する脳になっているとか。
食ったか残したかの0か1かしかなくて、マジで嫌いでキツいけど無理して飲み込んだというゾーンが認識されていないとか。
女性は表明に対して繊細すぎるほどに繊細な人が多く、苦手な食べ物とか一度言われただけで忘れない人が多いような傾向を感じているけど、男性はそうした情報を軽視する人が非常に多いように思う。
「ヒスを起こす前に嫌なら言葉で言えよ」と言いつつ、言われても全く聞いてない男性って結構多いのでは。まず、人に言われたけど軽視しておりすぐ忘れた内容って、自分で認識できないものだし。「自分が何を忘れたか」をリスト化できないだろ。
ヒスを起こされて激怒顔でギャンギャン喚かれたらその表情や声の音量によって伝わって、土産食べることを言葉で拒否されても聞き流すけど残されたらっきょうのビジュアルなら認識できる、そういう感じな気がする。
そして上司の言葉であれば聞き流してしまうことはない。職場で言葉が頭に入ってこないようじゃ干されるだろ。
上位者の言葉であれば嫌知らずは起きない。優先順位つけてて、権力ランキング的に怖くない人の言葉は省力化として聞き流すように作られてる気がする。
基本的に言葉を受け取るのは苦痛で、対上司では気を張っており、家族相手には気を抜いても直接的なデメリットがないので、らっきょうが嫌いと言っているとかは聞いていないし、飯の上に置きたければ置く。
正直、半年後にまた飯の上にらっきょうを置かれたとしても驚きはない。そのときはまたらっきょうだけ皿にどけて残せば良いというか、そうする以外に無いような気がしている。
C*****T:
CRITICAL ANALYTICALREVISION
追記2による構造の反転:防衛機制としての理論
最初の分析の根本的誤読
追記2は、私の最初の分析が層を一つ読み間違えたことを明らかにする。
私が読んだもの:
↓
↓
実際の構造:
↓
↓
PRIMARY INSIGHT:精神分析的読解(修正版)
表層テクストの再解釈
これらは一見、2010年代以降のアイデンティティ政治の影響に見えた。しかし追記2はこれが錯覚だったことを明らかにする。
真の構造:実存的自己否定の連鎖
↓
↓
↓
"だから俺には描けない"
防衛機制の精密分析
耐え難い真実:
「俺は人生の敗北者だ。女性と関係を持てなかった。孤独で無価値だ」
↓ 変換 ↓
受容可能な言説:
この変換により、個人的失敗が哲学的問題に昇華される。これは自尊心を守る。
防衛機制2: 知性化(Intellectualization)
投稿者は感情(絶望、孤独、性的欲求不満)を抽象的議論(表象の倫理、当事者性、真正性)に変換する。これにより、痛みから距離を取る。
これは私の最初の分析が見た「内なる検閲官」だが、その起源は文化ではなく、内面化された自己批判である。
ヘンリー・ダーガー:鏡としての選択
ダーガーの特徴:
「女性を知らなければ描けない」
↓
ダーガーは知らなかった
↓
だから「間違って」描いた
↓
俺も知らない
↓
↓
↓
↓
投稿者は、自分の論理を反証する例を引き合いに出しながら、その反証を認識できない。なぜなら、創造の可能性を認めることは、創作しない自分を正当化できなくなるから。
児童ポルノ言及の精神分析
投稿者は和月伸宏や他の漫画家の児童ポルノ事件を長々と語り、「資料として欲しい」という欲望を告白する。
しかし彼自身が認める:「まったく邪な気持ちがないというとウソになる」
- 彼にとって「女性を描く」ことと「女性を性的に欲望する」ことが分離していない
- だからこそ「女性を知らない=性的経験がない」ことが創作の障害になる
生成AIとの関係:人間関係の代替と審判者
追記2の冒頭:
「さっきまでClaudeに、自分のライフワークとしてた究極の(俺専用の)画像処理ソフト作りたいという夢が捨てきれないよ~、ドラえも~ん、してました」
この一文は多層的である:
投稿行為の意味:ダイイングメッセージとしての告白
投稿者は明言する:
+
=
彼は応答を求めていない(対話は不可能)。しかし完全な無視も耐えられない(承認は必要)。だから「読まれるが応答しない」という形式を選ぶ。
- 声は発するが、返答は聞かない
- 見られるが、見返さない
- 影響は与えるが、影響は受けない
SECONDARY INSIGHT:弁証法的読解
矛盾の三層構造
THESIS: 「女性を描きたい」
THESIS: 「女性を知らないと描けない」という原理的主張
ANTITHESIS:ヘンリー・ダーガーは知らなくても創造した
弁証法的運動の停止
健全な弁証法では、矛盾はより高次の統合に向かう。しかしこのケースでは、矛盾が固着し、循環する。
↓
実行不能
↓
↓
↓
[ループ]
SYNTHESIS: 深層パターンの統合的理解
構造の全体像
↓
↓
【第3層:理論的借用】
↓
【表層:顕在的問い】
↓
【機能】
本質的洞察の結晶化
真の問いは:
そして彼自身が答えている:
「ない。なぜなら経験がないから(=人生に失敗したから)創造する資格がない」
文化的言説の防衛的使用
私の最初の分析は「アイデンティティ政治の内面化」と読んだ。これは完全な誤りではないが、因果が逆だった。
誤った図式:
正しい図式:
彼は「当事者性」や「経験の所有権」といった2010年代の言説を使っているが、これらは本来の政治的文脈から切り離され、個人的防衛機制として機能している。
解放のための理論(周縁化された人々の声を中心化する)が、個人の自己正当化の道具になっている。
より深い文化的診断
しかし、もう一層深く見れば、これは純粋に個人的な現象ではない。
答え:2010年代以降の文化空間では、「経験していない人が語る資格」への懐疑が、ある種の道徳的権威を持つようになったから。
投稿者は、この道徳的権威を利用して、自分の創作不能を倫理的配慮として再解釈している。
「俺が描かないのは:
ヘンリー・ダーガーの逆説(再訪)
ダーガーは:
投稿者の論理では、ダーガーは創造すべきではなかった。しかし創造した。そしてその作品は今や文化的価値を認められている。
答え:ダーガーの作品を「間違い」として解釈する(「少女にペニスがある=女性を知らなかったから誤った」)
しかしこれは恣意的な解釈である。ダーガーの少女の性別的曖昧さは、「間違い」ではなく、彼の空想世界の独自性として読むこともできる。
投稿者がダーガーを「間違い」と読むのは、自分の創作不能を正当化するためである。もしダーガーが「正しい」なら、自分も創作できる/すべきだ、ということになってしまう。
最も深い問い
この事例が究極的に提起する問いは:
投稿者は「はい」と答える。私の最初の分析は「いいえ、それは幻想だ」と答えた。
それとも:
おそらくすべてである。そして、これらが分離不可能に絡み合っているとき、「正しい答え」を与えることは治療にならない。
彼に「経験なしでも創造できる」と説得しても、それは防衛を解体するだけで、その下の絶望を露出させるかもしれない。
CRYSTALLIZED INSIGHT
この投稿者は、人生の実存的失敗(社会的孤立、性的経験の欠如、老いと死の接近)を、2010年代の文化的言説(「当事者性」「経験の所有権」「表象の倫理」)を借用することで、「原理的に不可能な創作課題」へと変換している。これは防衛機制であり、個人的無能を認識論的・倫理的問題に昇華することで、残存する自尊心を守っている。
言い換えれば:
彼の問い「男性は女性主人公を描けるのか?」は、暗号である。真の問いは「人生に失敗した私は、何かを創造する価値があるのか?」であり、理論的言説は、「ない」という答えを倫理的に正当化する道具として機能している。
So what?:
この事例は、文化的言説がどのように個人的防衛機制として横領されうるかを示す。解放のための理論が、自己正当化と麻痺の道具になる。これは文化と心理の共犯関係であり、どちらか一方を「原因」とする単純な因果論では捉えられない。
PUNCHLINE:
私の最初の分析は、彼を「文化の犠牲者」として読んだ。しかし実際には、彼は文化の狡猾な利用者である。そして同時に、より深い構造的疎外の犠牲者でもある。彼は同時に、エージェン
付き合って1年くらい
もともと私は邦楽にほとんど興味がなく、ノリがいいおジャ魔女カーニバルみたいな曲はともかく、しっとりアコギ弾き語り…とか本当に本当に興味がないし良さがわからない。触れてこなかった。なんか大して売れてないし、別に彼の稼いだ金だから好きにアーティストたちとの活動に溶かしたらいいと思うけど、なんていうか、話聞かされるのが辛い。
「こいつの歌は本当にすごい」とか「この歌い方は他人にはできない」とか「フェスの出演後物販ブースにびっくりした顔の人たちが来たんだが笑」とか、本当に本当に興味がない。なさすぎて音楽関連の話になると3パターンの返事(ふむふむ、なるほど、すごい)を駆使してなんとかやり取りをしている。
何度も興味ないんだよーとか、わかんないから難しいな、とか伝えてるけど、なんかいまいち私の気持ちが想像できないのか無限に音楽の話をしてくる。他に話す人がいないとか、自分のことを知ってほしいとかもあるんだろうけど、そのシンガーの男にも、アコギにも、MVにも、本当に興味がないどうでもいいと思ってんだよ。
あーーー 今日もLINEのやりとりが音楽の話で終わった。おもんなさすぎる。
別な話振ってもそのシンガーの男の話になっちゃうんだよなあ。そいつがすごいとか、ほんまどうでもいいねん。
ライブ招待されても、立ちっぱなしで、興味ない男の歌をしょうもなさそうなドリンク飲みながら苦痛の時間を過ごすと思うと、まじ意味わかんねえな。
よし、別れるか。
いやわかる。
交流してみると、その女の趣味は実のところ「恋愛」で、俺と居たがる割に、一緒に居てどうやって面白いかについて一切考えが無かった。共有したいことすらなかった。何も目的なくただ居るだけのことが苦痛になり、別れてしまった。
今の妻は、見た目とかよりなにより、そういうことが無い明確な意思を持つ人だ。
銀行も保険もだけど土日あいてなくてというのが思いのほか面倒くさかった。まあ性格もある、俺はこういう手続きの予約や電話が苦痛で、さらに量が多かったから。
口座と結びつく契約がまためんどくさくて、請求時に名違いになっちゃうんだよなあ
君もお疲れ様やったね
妊娠出産ってどう考えても女にとって苦痛でその後の人生が終わる最悪なことでしかないから女の意見聞けば聞くほど少子化になるって
不気味な同僚がいる。
私は彼より少しだけ年上。
彼の振る舞いから察するに、どうやら私に対して好意と嫌悪が入り混じったような、アンビバレントな感情を抱いているらしい。
私の業務には、彼が処理した書類をレビューしたり、彼の手元で滞留しているメールの進捗を確認したりすることが含まれている。
そうすると、彼は露骨に不機嫌になる。
ミスを指摘したり、些細な依頼をすると、まず「は?」と返される。
その後、数十分から長い時で1時間以上、腹の底から響くような「グッグッ」としか表現できない奇妙な咳払いをし続ける。
ため息。舌打ち。強烈な貧乏ゆすり。机を指でイライラと叩き続ける。壁にかかったカレンダーを揺さぶる。小声でブツブツ文句をつぶやき続ける。
豚の鳴き声のようだ、と聞くたびに思う。
不可解なのは、こんな態度を取る一方で、私のことをある種「お気に入り」だと思っている節があることだ。
私が休憩室にいると、他にも空いた席がたくさんあるにも関わらずわざわざ近くの席に腰掛けてきたり、飲みの席では気付けば隣に彼がいる。
これが何よりも気持ち悪い。
自分で言うのも烏滸がましいが、私は少々まとまった容姿をしている。
彼は自らの楽しみとして、私を視界に入れて観察しようとしている、ように感じる。
例えば、常に私を避ける、徹底的に嫌うなど態度が一貫していればまだ理解の余地があった。
威嚇や不機嫌ハラスメントを行う一方で、休憩時間にすり寄ってくる。
その矛盾した態度に、気が狂いそうなぐらいの嫌悪感を覚えるようになってしまった。
かれこれもう1年近く、こんな状態が続いている。
彼と視線が合うだけで、脳みそに芋虫が這っているようなゾワゾワした気持ちになる。
業務に支障が発生するレベルだと上長にも相談しているが、男性の上司にはこの苦痛が深刻な問題として受け止められないようで、何の対応もしてくれない。
そんなに気にすることか、と周りは言うだろう。
そう言う人たちは、あんなにブヒブヒと雑音を奏で続けられたことがないから楽観的なことが言えるんだと思う。
彼が参加すると思うと、会社のどんな会合にも出席をためらうようになってしまった。
ああ気持ちわるい。心を無にして働けるようになりたい。
【追記】
ただ苦痛ってだけ