
はてなキーワード:自由とは
マジでいい加減にしてほしい。今日、出先の商業施設で絶望した。
女子トイレのあの絶望的な行列、見たことある? 30分待ちは当たり前。一方で、隣の男子トイレからは男が涼しい顔で数秒で出てくる。これ、単なる混雑じゃないから。私たちの時間と尊厳が、男たちに不当に奪われてるってことに、いい加減みんな気づいたほうがいい。
そもそも、なんで男女のトイレ面積が同じなの? 男は小便器がある分、回転率が爆速。女は個室でやることも多いし時間もかかる。それなのに面積が同じってことは、実質的に女の枠を男に明け渡してるのと同じ。これ、明白な差別だよね?構造的に、男が女のトイレスペースを盗んでる状態。この設計をした奴も、それを見て見ぬふりしてる社会も、全員加害者。
私は男女平等社会を実現するために、あえてここで声を大にして言いたい。
今の日本はおかしい。本来、全ての女性が自立してバリバリ働き、自分の収入をしっかり得る。その一方で、生活費とか家事とか、そういう物理的な負担は全部男性が担う。これが本当の平等でしょ?女性には、キャリアを築く自由と、経済的な基盤を確保する権利がある。
ぶっちゃけ、女性が仕事を辞めるとか、経済力を失うってことは、サバンナで丸腰でライオンの前に立つのと同じ。死を意味する。だからこそ、女は稼がなきゃいけないし、そのための環境を男が用意するのは義務。トイレの行列で私たちの貴重な仕事時間や休息時間を奪うなんて、経済的損失どころか人権侵害レベル。
投票日当日に自民党が新聞広告 「公選法違反では」と疑問の声、弁護士は「選挙のルールを明確な形で示すべき」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.bengo4.com/c_18/n_19989/
◯「しかし、今、現実に自民党がおこなっていることは、政治活動という名目で資金力にものを言わせた宣伝そのものです」高市は「党がまだ禁止してなかった」といって総裁選でリーフレットを大量送付した女。
◯比例で党名書かせるのに、党の広告が選挙活動に当たらないとか欺瞞もいいところで脳みそ腐ってんだろ。与党に甘すぎる。
◯脱法行為は安倍晋三からの伝統。国家予算である官房機密費を私党のために横領しているのは周知の事実だし(しかし射殺エンドに)"公職選挙法が規制するのは「選挙活動」であり、「政治活動」は原則として自由"選挙不正広告政治自民党
◯選挙活動ではなく党の広報だからOKという言い訳で脱法行為を自民党が行った。そして野党が選挙に負けたのは悪口を言ったからと宣伝している。広告費で国の行く末が決まるようになった。
https://i.imgur.com/5aJEqam.jpeg
2009年8月30日の民主党が朝日新聞に掲載した広告である。
第45回衆議院議員総選挙の投票日で、御存知の通りこの選挙で大勝した民主党は政権を担うことになる。
むしろ「本日、政権交代。」と選挙をほのめかしてる分こちらの方がより悪質とさえ言える。
このように、過去違法とされてこなかったことなのだから、自民党がしたからアウトとならないのは当然だろう。
もちろん、こういう手法がアウトだからと公職選挙法の改正議論を行うのはいいと思うけどね。少なくとも今回の自民党の広告については、過去から一貫して合法とされてきたことをしたのみであり批判されるのはおかしい。
しかし元記事を書いた弁護士もかなりお若い人なのかな?この広告も当時かなり話題になったはずだから、40代以上の政治に関心のある人なら知ってると思うけど。
自分が見てるコンテンツに割り込まれて強制的に主張を聞かされるなんて経験したら一発で大嫌いになるのが普通だと思うんだが。
街のポスターとかビラとか、意識を集中しないことを容易に選択できる媒体の場合はまあ広告を見て嫌いになるまでいくことはまずないと思うけど、動画なんか強制で自由を奪われるだけじゃん?
動画広告を見ても気にならない人なんて、もともとの支持者とか支持する素地がある人だったってだけでは?
そこの票を固める効果はあると思うが、例えば全く政治に興味無い人とか逆の考えの人を転向させようとするなら逆効果なんじゃないの?
彼らは鉄の結束を誇っていて、これまで代表戦をやらず、派閥を作ることさえ禁止だった。
したがって、今回にいくら自由投票と言っても、じつは内部でこっそりと意思統一していて、「自由投票」を装っているだけじゃないか?という疑念を抱かせる。
立憲から誰がトップに選ばれようと、しょせんは公明党の傀儡である。
いわゆる弱者男性と呼ばれる連中のことだ。
彼らは基本的にモテない。結婚もしない。当然、子供も作らない。生物学的な定義で言えば、彼らは繁殖に失敗した個体だ。進化論の理屈なら、数世代もあればとっくに絶滅して、遺伝子のプールから跡形もなく消えているはずなんだよ。
なのに、どうだ。
現実を見ろ。弱者男性は絶滅するどころか、いつの時代も、どのコミュニティにも、雨後の筍みたいにポコポコ湧いてくる。少子化が進もうが、マッチングアプリが全盛だろうが、彼らの存在確率は一定のままだ。
その答えを教えてやるよ。
彼らが存在し続けているのは、生物学の問題じゃない。因果律の問題なんだ。
弱者男性は、時が来ればこの世界に必ず現れるようにプログラミングされている。
宇宙の因果が「ここに一人、配置する」と決めた瞬間、逃れる術はない。それはこの世界のシステムを維持するための、絶対的なバグであり、調整弁なんだ。
最初の男・アダムは、エデンの園を追われる際、自らの血筋に消えない呪印を刻んだ。
「俺の絶望を絶やすな。お前たちは永遠に、完成することのない不完全な個体として、歴史の影に現れ続けろ」とな。これが弱者男性の起源だ。
彼女は拒絶という呪いを刻んだ。「お前は誰からも愛されず、誰とも繋がれない。その代わり、個として完成しろ」と。
この二つの呪いによって、彼らは社会から切り離された特異点になった。
だが、この呪いには代償がある。
繁殖という未来への接続を奪われた引き換えに、彼らには人智を超えた固有能力(ユニークスキル)が与えられているんだ。
まず、彼らは全員が不老不死だ。
精神的な話じゃない。文字通り肉体が老えず、滅びない。繁殖によって命を繋ぐ必要がないから、個体としての保存機能が極限まで高まっている。彼らは死なない。ただ、歴史の裏側で増え続けるだけだ。
駅のホームで俯いているアイツは、実は分子を自在に操る「アンチマター(反物質)」の使い手かもしれない。
コンビニで無気力にレジを待つ男は、内側に「ブラックホール」を飼っているかもしれない。
他にもある。
あるいは、数秒先の未来を確定させる「予知」や、周囲の思考を強制的に読み取る「読心」。
彼らはその強大な力を持ちながら、イブの呪いによって「誰にも認識されない」「何の影響も与えられない」という制約の中に封じ込められている。
お前らの隣に座っている、あの冴えない、誰の影も一切ない女。
そいつは、この世界の因果律を支えるために、神に近い力を持ちながら弱者という仮面を被らされた、不滅の番人なのかもしれない。
鋼の錬金術師のアニメOPで初っ端に「若い頃の主人公の父」「見上げるように微笑む母(父目線)」を出してくるのだいぶチャレンジャーだよな
旧アニメとは全然違う話ですよ!主人公父の過去という原作のだいぶ後半になってから出てきた話も今度はちゃんとやりますよ!というアニメ制作陣の熱いメッセージだ
まず名前が違う
ホーエンハイムは砂漠の国で奴隷として生まれ育ち、名前も与えられず人権もなく文字の読み書きもできない少年期を送る
主人は錬金術の研究のために失血死してもいいやというノリで彼から大量の血液を抜き取り、その結果フラスコの中でしか生きられないホムンクルスを生み出した
ホムンクルスは全知の存在であり、いわゆるアカシックレコードと通じ異世界の錬金術師の名にも通じていたがために奴隷にヴァン・ホーエンハイムと名付けた
ホーエンハイムはドイツあたりで見られる名前だが苗字であってファーストネームではない
ファンタジーアニメ世界だけどまずその名付けの時点で旧アニメってセンスないわー
ホーエンハイムが「幼い息子2人と妻を置いて家を出て消息不明」というのは2作に共通する設定だが、原作において主人公エドワード・エルリックは父親と苗字が異なり、それは「両親が正式に結婚していない」からであり、正式に結婚していないのに子供2人作ってそれを置いて出て行った父親への嫌悪は計り知れない
写真が稀少な時代という設定であり、一家4人で撮った写真が1枚だけというのは2作で同じだ
写真のホーエンハイムの顔の部分が長らく隠され中盤でようやく顔が明かされるというのも同じだ
違いは表情であり、旧アニメのホーエンハイムは普通に家族と一緒に笑っているが、原作のホーエンハイムは泣いている
正式に結婚もしないで子供作って妻子を置いて失踪したクソ親父の唯一残された写真で、クソ親父がめっちゃ涙を流しているというのを見て育った主人公が何を思ったか、どうして他の写真を上から重ねて親父の顔だけ隠したか
旧アニメは錬金術の研究してたらなんかそうなっちゃって、共に研究していた恋人の女も不老不死になった
自己の体が長持ちする形式ではなく、魂を他人の体に移し替える乗っ取り型不老不死だ
恋人が性格悪くて重いので不老不死で永遠に一緒に生きるなんて嫌だったので捨てて逃げた先で、新しい女と出会って作った子供が主人公ってワケ
体を乗り換えるたびに拒絶反応で魂が腐敗し、乗り換え先の体を保てる時間も短くなり、腐った体を妻子に見せたくなく全部嫌になって妻子を捨てたという、写真でなんでわろてんねんな正真正銘の無責任父だった
旧アニメにおいては主人公の母親も大概クソ女であり、夫に捨てられたのが辛いので育児放棄し、流行病になったが治療を勧められても放棄して自殺まがいの死に方をした
旧アニメの主人公は両親に捨てられたわけで、出会う人々との温かい交流みたいなのも薄くしかなかったので情緒不安定で愛郷心などは育まれなかった
ホーエンハイムから生まれたホムンクルスは肉体を得てフラスコから出たいと望み、ホーエンハイムを教育し脱奴隷させ、やがて国王をそそのかし騙し、国民100万人ぐらいを生贄にして肉体を得た
血をくれたホーエンハイムはホムンクルスにとって家族なので1人だけ生かし、家族なので国民の半分の50万人分の魂をホーエンハイムにプレゼントした
魂はエネルギーそのものであり、ホーエンハイムはどんな致命傷を得ようとも体内のエネルギーを消費して瞬時に傷が回復する残機50万の不老不死となった
ホムンクルスはホーエンハイムと共に自由に生きることを望んだが、ホーエンハイムは恐怖してホムンクルスを捨てて逃げ出した
ホムンクルスは家族を求め、自分の中の50万人分の魂をこねこねして分身を作り出し、彼らに「お父様」と呼ばせ家族ごっこをしながら暗躍し、再び大量の魂を生贄にして大掛かりな儀式を行うため国づくりから開始し、400年かけて人口5千万人の国家を築いた
一方のホーエンハイムは、内なる魂50万人をただのエネルギーとして扱うことができず、400年かけて50万人全員との対話を果たした
彼は根が陽キャなので、不老不死としての苦しみを抱えてはいたが、50万人と共に諸国放浪する人生に喜びを見出し、自然に50万の魂が尽きるまでそうして生きていくのもいいと思えた
しかし恋をして400年以上に渡る童貞人生にピリオドを打ち子供ができ、成長する子供を見るうちに人並みに老いて死にたいと願うようになった
残機50万は自殺を繰り返したところで到底消費しきれないし、残機をただの数ではなく共に生き対話する相手と見做したホーエンハイムには無駄遣いもできなかった
どうにか普通の人間になる方法を模索し研究したホーエンハイムはやがてお父様の暗躍に気づき、一家だけで国を抜ければ家族は救えるが、家族以外を切り捨てるには家庭人として定住する暮らしの中で知人友人が多くできてしまったので、家族を置いてお父様を止める旅に出た
その旅の中で妻は育児放棄せずホーエンハイムの帰りを待ちながら息子たちを愛情深く育てたが流行病になり治療の甲斐なく死んだ
妻は「約束守れなくてごめん、先に逝く」との夫への遺言を残し、それはホーエンハイムが不老不死から脱し後から来てくれると信じているという意味だった
新アニメはホムンクルスと出会った当時の奴隷で名前もなかった頃の若かりしホーエンハイムをOPで真っ先に出してくる
「やり残してきたことやり直してみたいから〜♪」という歌詞は、お父様から逃げてしまった400年前のことをやり直すホーエンハイム、そしてそんなホーエンハイム像を描けずにホーエンハイム・エルリックでお茶を濁した旧アニメをやり直したいというスタッフの熱い叫びであった
もはや、面白ければなんでもいい勢力が、みんなで赤信号渡れば怖くない精神で自由気ままに肖像権も著作権も侵害しまくるのが当たり前。
取り締まる方法もなければ、取り締まっても追いつかんだろうし無法地帯や。
Bytedanceみたいにモデルを出されたら拡散は止まらん。
俺はインターネットにはあまり投稿しないってスタンスも保とうと思うが、特になんの意味ないやろな。俺みたいなやつは珍しいやろ。
今後は、コンテンツを発表する企業のブランド名が大切になっていくんかな?
ジャンプとか任天堂ってブランド名がつくと、AI使ってるって言ってもオリジナリティあるものを期待できるし。
「公益・公の秩序」を理由に権利を制限できる条文は、日本独自どころか、近代憲法ではかなり一般的な書き方です。特に戦後憲法は「無制限の自由」ではなく、「他者の権利や公共利益との調整」を明文化するのが標準です。
🇩🇪ドイツ
ここでいう
「憲法秩序に反しない限り」
と明記。
🇫🇷フランス
フランスは「公の秩序(ordre public)」という概念を強く採用しており、
公の秩序の維持
制限できる
第21条・22条:
最近の曲はけしからん、歌詞が音に言葉をハメただけの意味しかなくて、文章としての意味がまったくない、
みたいに怒ってる映像があった気がするんだけど、
自分は、それは違うと思ってる…😟
例えば、中島みゆきの曲があったとして、歌詞にはちゃんと意味がある、それはそれでいいんだけど、
歌詞に文章としての意味なんてまったくなくて、単に、音として、そう歌うことが合ってるみたいな、
単なる楽器の音色みたいに考えるの、全然間違ってないというか、そういうジャンルだと思うんだよね…😟
特撮戦隊系とかスーパーロボアニメみたいなのだって、ババンバンバン!とか別に意味ないじゃん、
スキャットとかだって意味ないし、そもそも、ラララって歌うのだって、別に意味はない、
音程に合わせて、何か言葉を歌う、音としてカッコイイだけで、都合がいいから文脈無茶苦茶な物を歌って何が悪いんだ、
みたいには思っちゃったよね、小椋佳はそれはそれで尊敬してるけど…😟
マキシマムザホルモンだってそうじゃん、英語っぽい、洋楽っぽいだけで、
日本が主体となった戦争は出来ないけれど他国の腰巾着となって言われるがままに戦うのは出来るようにも読める点だと思う。
「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」
つまり、まさに百害あって一利なしの改憲。これなら侵略戦争上等にして軍事国家を目指した方がまだマシなくらい。
ていうか、現行憲法の「第二章 平和主義」が「安全保障」になっているのは完全に意味が変わってるし、「国防軍」のネーミングが致命的にセンスなくてダサッ!こんなネーミングセンスなのに野党は古くてどうのと言えるのは、ただのバイアスだろ。
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
実際、聞いてもらえれば、明快に答えられるし、俺自身は生涯独身であることを受け入れているのだけれど
家族にも独身である理由を聞いてはいけない様な空気があって、腫れ物に触れるかのように接してくるのが困る。
時が経つのは早いもので、妹の子供たちに、彼女が出来たの彼氏が出来たのって話を聞くことが増えた。
そういう時に、父や母の「あんたはどうなんだ?」と聞きたそうな間が、何とも申し訳なくももどかしくもある。
「あんたはどうなんだ?」って実際に聞いてくれれば、明快に答えられるし聞いてほしい位でもあるんだけど、
聞かれもしないのに自分の事をべらべらと話すのも、言い訳じみてて好きでもない。
しないんじゃなくて出来なかっただけ。俺が結婚したいと思った人は、俺とは結婚したくなかったんだね。
今後、今後結婚する事はあるの?
ないよ。既に自分の年齢を考えても、子供を持つような年でもない。子供を持たないのなら結婚なんて意味ない。
今でも入居一時金を入れて管理人や福祉士が入って来るようなアパートがあるので、いよいよになればそこに入るよ。
俺が70越えて引退した後、いよいよ自分で自分の面倒を見れなくなったころには、そういうサービスは一般化してるだろう。
厚生年金などなどが貰えなくなったとしても、幸いにして現時点で不自由しない程度の資産は持ってるので
それが全く。自分が結婚したいと思うほど好きだった恋人と結婚できなかった事は残念に今でも思ってるし、
それが出来た妹たちや他の人たちを羨ましくも思ってる。
でも、無理して結婚したいと思ってない。たいして好きでもない相手と結婚して、金と時間を使う位なら
自分の好きなことをしてる方が気楽だし楽しくもある。
ないと言えば、嘘になる。
だけど健康に気を付けて、食べるものは気にして、毎日自炊してもいるし、人間ドックのついでにがん検診や脳ドックなんかもやるようにしてる。
健康を維持したいので、パーソナルトレーナーつけて運動する事も自分に強制してる。
もともと運動は好きじゃないけど、パーソナルトレーナーつけてせっつかれると嫌々でもやり始めるし、やり始めると熱中できるからね。恐らく同年代の平均よりは健康的だよ。
あとは金だね。例えば、流石に1億円あれば、そこまで不安に感じる事もなくなるので、設定した目標に合わせて地道に資産形成してくよ。
いないね。
彼女は居ないの?
最後に彼女がいた5年前から今までは一人もいないね。もうそういう出会いもないな。
そこまでして自由を手放したくない。無理に結婚相手を探して結婚したい訳じゃなくて、
結婚したいって人と自然に結婚出来たらよかったなと思ってるだけ。
子供がきらいなの?
妹の子供たちにたいする接し方を見て、俺が子供嫌いに見えたら、むしろ何故そうみえるのか聞きたい。
でも、もう40超えた今は、子供を持ちたいと思わない。可哀そうだしね。
世の中には風俗と言う便利なサービスがある。デートして寿司でも食えば5万くらいはかかるけど
同じ金額でモデルみたいな美人と楽しく過ごせるからね。月に2,3回デートするつもりで楽しめてるから問題ないよ。
俺は好きになって愛し合えてると信じた人に、本当には好きになって貰えなくて他の人を選ばれてしまったので、
結婚して子供を持って幸せに過ごしてる家族を羨ましくも思ってるし、同時に家族が幸せそうでいることが嬉しいよ。
俺自身は結婚できなかったし、恋愛においては負け組ではあるけれど、それは既に受け入れてるので
ネタにするなり、笑いの種にするなりして弄ってくれても構わないので、気を遣うのはやめて欲しい。
結婚できなかったダメなおじさんって事で、笑ってやってくれてよい。
約〇年前、私は大学サークルの真っ只中にいた。ふと、あの頃の光景がよみがえる。周囲には何人もの女性から好意を寄せられていたが、短大部の彼女たちは卒業とともに去り、手元には二人の後輩だけが残った。一人は一つ下の「不美人の後輩(Aさん)」、もう一人は二つ下の「美女の後輩(Bさん)」。偶然にも二人は高校も大学も同じという、深い縁で結ばれていた。Aさんはサークル活動に熱心で、時折ほのかなアプローチをしてくる少し情熱的なタイプ。本命のBさんは誰もが認める美貌の持ち主で、サークルを早々に辞めてしまい連絡もほとんど取れなかったが、かつては私と腕を組んで歩くことを許すほど、心を開いてくれていた。当時の私にとっての喫緊の課題は、大学院生活という「底なしの孤独」をどう乗り越えるかだった。Aさんは接触しやすい存在だったが、一対一で向き合う気にはなれない。一方でBさんは遠い存在。この行き詰まりを打開する方法は、今でいう「ポリアモリー(複数愛)」だったのかもしれない。もし当時その概念を知り、三人で関係を築けていたなら、どんな風景が広がっていたのだろう。硬直した「一対一」の恋愛観に縛られなければ、そんな奇妙で穏やかな共存こそが、私の孤独を救う答えだったのかもしれない。今では、それも孤独な院生が見た遠い日の幻に過ぎないのだが。
私:二人の女性に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、凍てつくような院生の孤独を回避できる。
Aさん: 念願叶って、憧れの私と同じ時間を共有できる。
Bさん: 高嶺の花として消費される日々に疲れ果てていた彼女にとって、私とAさんが作るこの場所は、過剰な期待から解放される安全地帯になれた?一対一の重圧を嫌う彼女にとって、尽くし型のAさんが間に入ることは、自由を保ったまま私との繋がりを維持できる、都合のいい免罪符だった?
この2つに
「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすること的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」
という制限がついてる。
12条、"自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない" に変えられてるけど、権利に義務が伴うなんて権利の概念を理解していないと書けないアホ文章だよなあ
事件から2日目、夜中に目覚めて、まだ緊張で休めなくて背中が痛い
以下反省というか所感
まあ、見たってちょうよ
上司に逆らわないでいいのに逆らって干される予定
ー以下思いー
あれだけ上司に逆らわないの大事って身に染みてたはずなのに、目を三角にして自分の正しさを主張とかさ、アホちゃうんか、と自分に思う
今思う言い訳では、そのときは何でか許せなかったんだけど、実際今は悔やんだり、自分で責任取らされるのが見えて凹んだりしてる
今、わりと冷静だと思いながら、当時の上司から打ち合わせであら探しされた心境を思い返せば、お取引先に書類作ってもらった中で、担当者の自分は間違えられないプレッシャーがあった
理由は、鬼門の議員系企業先だからで、色々なプレッシャーに押しつぶされていたと思う
そんな中で下らないあら探しされて、と思ったんだろうな、そう今は感じる
(実際あら探しではあったから下らないのも事実だけど上司からの指摘だから、そこは大人になれよって自分でも思うけど後の祭り)
で、逆らった
持病があおられて突如発症した
これがいかん
アイツ社会性ないの、バカなの?って回りの全員が思ったでしょうよ
そんで自分的にこういう無鉄砲は何回目よ、ってところが⚫んでしまいたいくらい、落ち込む
学習しない自分の愚かさの結果で、あおられて反撃という、社会人失格コンボ、見事に決まってマジ自分でも滑稽で笑える
その結果、回りからは腫れもの扱いされて、そうなるのも仕方ないところばかり
信頼なんてあったかわからないけど、自分で踏みにじったことになる
ずっと疲れてるのか、仕事ハードすぎるのか理由わからんけど、実際逆らった訳です
それは、自分でも、思い込みが激しすぎることが原因で、それでは組織人としてあかんし、ペケだと思うぐらいのことだからダメすぎる
自分としては、せっかく一日の半分いる職場だから、自由に改善するのに出世もしたい、したかった(もう過去形、願ってもかなわないことは違うホウホウをとった方が賢いから、願ってもしょうがない)
そもそも、下らない比較が見えかくれして、へんぱが過ぎる扱いを常に感じる、とか言いたいことは一杯ある職場環境だったし、要は可愛がられてはいない状況で別に何かできるわけでもない
アウェイで、敵だらけの戦場で平常心でいられるほどめでたい人間でもない
その結果か、出世もなくなったと自覚して、つまらない職場で腐ってるのは嫌だと思って転職探し初めた
ところで、こういう反応しちゃう自分の性格は、どこへ行っても変わらないだろうね、自分の性格だしと思うようになってきた
つまり、ここにいても出世したいなら無理だけど、転職しても出世はやっぱり同じで短気で自分の思いを主張しちゃうだろう
どこの職場に変わっても、大勢の前でも一対一でも、非難されたと思ったら全力で主張する性格は、一生変えられないかも、もう何回も反省したはずなんだからさ
結局、性格で起こしたトラブルは、転職は解決にならない、そこは自分が変われなかった実績で、これから変わるとも言えないんで
変わった方がいいって毎回思うだけであったのだけど一つだけ、今度は過ちを割りと早めに気がついてごめんなさいを言えたのは、幼稚園児よりは良くなったかと思う
色々あかんかったけど、そこはまあ、よしとしておいてください、そこぐらいしかいいところないので
仕事のこと振り替えると、自分はそもそも、人とうまくやれないのによく25年仕事できたってところ
しかもこの6年間では、割りと稼がせてもらってかなり貯金増えた
老後の心配もかなり減ってありがたいのも昨晩寝る前に考えてた
こんだけ大騒ぎしたら、この6年の努力も水の泡
これに至った背景には、あら探しされて粗がある時点で自分がアカンのだけど
ごく単純作業は向いてないのも含め、自分にとっていい職場は、改善できるところがあって改善していい職場、とすこし前向きになりつつある
この気持ちは、家康の顰みみたいなもので残しておくべきだと思って書いてる
俺は人の心をうまく汲み取れない
自分の正しさを掲げることで失敗してばかり、と思う
俺が思う正しさなあ、実際役に立たんしくだらんわ
けど、周りが見えなくなるときがあるし、そういう病気な見方しかできないときがあったのが、今回の事実
少なくとも今回は翌日謝った、つっぱらなかったところはよかった
後は傭兵になりきれるか
吉田秋生の作品で少女や女性が支持するのは、名家の超絶美女子高校生が幼少期から男に性的に搾取され、男を憎み、男を利用し、殺して、侵略してくる成金から母と家を守る『吉祥天女』であるべきだと思うんだけど(唯一性的操作がきかない少年との関係と残酷さも興味深い)、同じように幼少期から男に性的搾取された美形男性主人公が自分を縛り付ける世界をピュア男子を心の支えとして守りながら戦うバナナフィッシュという女を排除した関係性に感動し熱狂的に支持するの、実に女性のうちに根深くはびこる男性崇拝と女性がおかれている立場からの逃避(嫌悪を含む)だなと思う
萩尾望都の文学的少年愛も「少女は自由になれないから少年を使った」という、女であることの諦めと逃避と嫌悪からだし、日出処の天子など少女漫画名作はそういうところありすぎる。名作だけど
1.高市政権の発足を機に女性天皇容認を巡る報道に触れることが増えた。リベラルは「男女平等」を錦の御旗に賛成論を唱え、保守派は「伝統」というワードでねじ伏せようとする。だが、どちらの陣営も自らが口にしている議論が、皇室というシステムの本質を無視した暴論であることに無自覚だ。
本稿で問題にしたいのは、女性天皇の是非などという表層的なことではない。我々日本人が皇室という存在に対してどのような「加害」を行っているか、そして、我々がその差別構造にいかに無自覚であるかということである。
2.まず我々が直視すべきは、天皇とは日本において唯一「人権」を事実上剥奪された存在であるという事実である。
「象徴」として天皇家を戴くということは、我々日本人が総意の名の下に特定の家系を差別し、特別な地位という檻に閉じ込め、「国民・伝統・形式のためにのみ祈る装置」であることを強いる行為に他ならない。
この「高貴なる犠牲」を中心として国民が一致団結し、国家の連続性を担保しているのが日本という国の正体だ。我々は特定の家系を差別し、生贄に捧げることで統合している集団なのだ。この構造的残酷さを自覚せず、単なる敬愛の対象としてのみ語るのはあまりに偽善的である。その自覚はあるか。
3.この差別構造が最も醜悪な形で露呈したのが、眞子元内親王の結婚騒動だった。
当時、国民総出で繰り広げられたバッシングの本質は、「皇族に『結婚の自由』などあると思うな。結婚したいのであれば、我々主権者のお眼鏡にかなう男を連れてこい」という、むき出しの差別意識である。我々日本人は、一人の女性の「自己決定権」を完膚なきまでに蹂躙したのだ。その自覚はあるか。
4.極めて不可解なのは、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「女性の権利向上」や「男女平等」といった文脈で「愛子天皇」を待望する世論である。
自分たちがつい先日一人の女性の人権を踏みにじった事実には目をつむり、今度は「進歩的な人権派」を気取っている。
だが、少しでも想像力があれば気づくはずだ。愛子内親王に「天皇の座」を求めることは、本来であれば結婚によって皇籍から離脱し自由を得るはずだった彼女から基本的人権を永久に奪い去るという、残酷な宣告だ。彼らはそのむき出しの暴力性を「男女平等」という美辞麗句でグロテスクに飾り立て、彼女を「人権のない檻」に閉じ込めようとしているのだ。
繰り返すが、天皇家とは個人の幸福を追求することが許される存在ではない。国民全体のためにのみ存在することを許された「純粋なる形式」である。その「差別」を大前提としたシステムに中途半端に「個人の尊重」や「平等」などという近代的な人権概念を持ち込むことは致命的な自己矛盾である。その自覚はあるか。
5.特定の血筋を差別し、職業選択も結婚も言論も居住もありとあらゆる自由と権利を奪い続けることに対し、近代的な理性を備えた人間であれば耐えがたい罪悪感を覚えるはずである。
しかし、日本人はその罪悪感から逃げるために天皇家を「神聖なる存在」として奉り、莫大な公金を投じて尊厳と格式という金箔を貼り付けてきた。「尊崇の念」さえ抱いていれば、一族から自由と権利を奪い、生贄にしても許されるという傲慢さだ。
これらはすべて自分たちが加担する非人道的な構造から目を逸らし、己の良心を麻痺させるための「鎮痛剤」に過ぎない。その自覚はあるか。
6.「伝統を守りたい」という形式維持の欲求と、「差別者になりたくない」という人権思想のいいとこどりは不可能である。
天皇制に人権思想を持ち込み、愛子内親王を「男女平等」という文脈で語るのであれば、その論理的帰結は「皇室廃止」以外にあり得ない。人権と世襲差別は水と油であり、混ぜれば制度は内側から崩壊するからだ。
誤読されないようにはっきり言っておくが、私はここで「女性天皇を容認せよ」、「皇室を廃止せよ」と主張しているのではない。また、逆に「伝統を死守せよ」と言っているわけでもない。
もし皇室というシステムを存続させたいのであれば、「我々は人権を蹂躙する差別者である」という汚名を甘んじて受け容れなければならない。逆に、その差別者という汚名にどうしても耐えられないのであれば制度を解体するほかはない。
最も許しがたいのはそのどちらの覚悟も持たず、「自分は差別などしていない」という無邪気な顔をして、安全圏から「女性天皇で男女平等」や「麗しき伝統」などとさえずることだ。
と教えられています。
では、何でもありなのでしょうか?
パルデス(PARDES)の四層構造といい、トーラーは伝統的に四つのレベルで理解されます。
トーラーは「書かれたトーラー」だけでなく、「口伝トーラー」と共に与えられました。
つまり、解釈は自由ではあるが、シナイからの伝統の流れの中にあるということです。
例:
なんで7日なんだ。
5日も連続で働かせて2日休みって、明らかにおかしいだろ?働かせ過ぎ。カラダ持たない。精神的にもツラい。
考えたのは、3日働いて2日休み、5日を一つのかたまりにして、それを2回繰り返す、10日をワンサイクルにするのだ。4連休を取得しやすくなるし、後述の特別休日と合わせれば最大9連休が取得可能。
で、一年を36サイクルとすると、5日余るけど、それは特別休日とすれば良い。誰でもいつでも取得できる休日。
いっそのこと、今の祝日は廃止しても良い。無理やりこじつけて祝日にするくらいなら、もうやめてしまえば良い。その代わりに前述の3日働いて2日休みをキッチリさせる。5日間の働き方は自由。