
はてなキーワード:自体とは
コミケは落ち目オワコンなんて10年以上前から言われている事だけどついに実感する感じになってきた
中堅エロ同人作家の結構な数はコロナ禍でなろうコミカライズ作家になって売れて同人界から消えてしまった人も多いし
コミケ自体は最近また人が増えてきたとか言っている人もいるけどVtuber系とかのキッズがファッション的に増えているだけで、過酷な夏を1、2回経験したらそのうち居なくなるだろうなと思う
日本語の堪能なフィンランド人アカウントがポロっと言っていた。
(彼はこの問題で署名集めたりして母国の議員を批判している。)
釣り目擁護議員を擁護するフィンランド人たちの言い分を観察すると、
要するに「なんにでも過剰に反応するポリコレへの疲れ」みたいなものがあるのだ、という。
気持ちはわかる。
俺もポリコレが嫌いだし。
社会を改善するための取り組みってそれじゃねーだろと思ってるから。
浜田世代のハリウッドスターであるエディーマーフィーのコスプレだから。
エディや黒人を嘲笑してる内容が有ったら舐めてるがそれはない。
あれは黒人を舐めてる要素はないからセーフというのが俺の判定基準。
警察の衣装として浜田だけビバリーヒルズコップなのが面白い、というボケ、笑い。
だから抗議を突っぱねたよね。正しいと思う。
過去にあった黒人を嘲笑するためのショーと表象が類似するからなんなの?と。
内容見ればそれとはちげーのがわかるんだから無理筋抗議するカス相手に引いてはいけない。
やましくない・主張できる筋があるなら軽々に謝ってはいけない。
「嫌な気分した人がいたんだから謝れよ」には反対。
一方で。
中国人が先に何かしたなら理解するけど、いきなりなんなん?てなるじゃん。
「頭痛で頭をもんだシーンだった」とか言ってて
そういう嘘ついて逃げるってことはやましいんじゃん。
主張できるような筋もないわけじゃん。
なら謝って終わりだろ。
ただ謝った後もあの女が職を奪われたりすんのは反対。
イメージ商売だから使いづらくなった辞めてくれは仕方ないかなとしぶしぶはく奪を認めるライン。
舐めてキレられて謝ったというだけの顛末に
移民やLGBTや黒人や女について何か言えば、それがどんな言い分でも謝罪に追い込まれたり解職されたりするあれがあるのだという。
それはよくない。
きちんと自分の筋を点検したうえで覚悟をもってある個人や集団に批判を向けることは舐めではないし、
自分達にとって都合悪い指摘や批判を受けた時に受け止めて反論するのでなく
「差別」の話に摩り替えて理外に反撃する人間は相手のこと舐めてる。
適当に批判するのは舐めてるし、批判をきちんと受け止めて反論しないのも舐めてる。
そういう相互の舐め行為を許容することで社会はどんどん歪んでいき誰のためにもならない。
で、そもそもポリコレが保護してるのって黒人や女性や移民やLGBTであって
アジア人はむしろ差別のラストリゾート的に保護から外されてるわけじゃん。
ポリコレが過剰だ、疲れた、と思うならポリコレ導師やポリコレが保護してきた層を殴ってラインを引き直すべきで
ポリコレ保護外のアジア人を殴ってポリコレ疲れを表現したりガス抜きにしたりするのは
筋が通ってない上にあまりにもだらしねえよな。
そういうだらしなさはフィンランド社会を良くしないと思う。右翼としても情けない。
あのポーズ自体に精神的ショックを受けるってことじゃないんだよ。
そのポリコレルールを徹底せずに特定集団だけ保護から外すとはどういうことだ
というのが今回のフィンランドへの驚き&ムカつきとしてあるんだよな。
アジア人にも押し付けたルールの保護対象からアジア人を外す、というのは著しい舐めがある。
「これは舐めとるな」という感覚がある。
あらゆる対象に対してこの程度の無礼はOKとするというのがあるよな。
黒人も移民も女もフィンランド人も同じラインでからかえるなら俺は許すよ。
社会の全員そういう扱いならば、社会の蛮性は上がるけど舐めはないから。
極論西部の荒野みたいに市民が路上で名誉の決闘する社会でも、そこに嘘やアンフェアやだらしなさがないなら舐めはないから。
「ジャップなんかポリコレで守られる側の存在なのにポリコレに服さないのは滑稽!」とかほざいてたよな。
大嘘じゃんな。現実のポリコレってこんなもんよ。人の手で作ったガラクタよ。
・平気で嘘をつき
という舐めの三重奏であって
お前等が憎悪されてるのは他人さまを舐めてるからだぞっていう。
今回も「海外の同胞が困っているのに出羽守呼ばわりで嘲笑してる日本人がいる!」とか言って憤慨してる海外在住日本人が複数いたけど
その手の奴に限って過去の発言見たら日本のこと適当にディスりまくり。
「整形女が多い」「オワコン衰退国」みたいな下品な侮辱までかましてて
これで困ったときだけ「同胞を助けて」って、まあ 舐めとる よな。
あとは この騒動自体に苦々しさを隠せてない様子のリベサヨ も沢山見る。
日本人は加害者としてしか差別の問題にかかわってほしくないと言わんばかりの。
開拓時代の西部だったらこうした不用意に人を舐め腐るくそどもなんぞはとっくに誰かに撃ち殺されてるのにな。
うちは柔道場を営んでいる。一応は家族経営という形だ。もうすぐ、この道場の正式な後継者になる。
一応は名門と言われてきた道場だ。平均的な広さの道場に比べれば畳数もある。学校の柔道場には及ばないが。
ただ、名門という看板は泥まみれに近い。少なくとも泥は被っている。
タイトルのとおりで、だいぶ昔のことだが教え子を死なせてしまった。遺族から訴訟を起こされてニュースにもなった。
厳密に言えば、元妻が死の原因を作り、俺はそれを傍で見ていただけだ。けれど、それは俺の責任でもある。
こんな自分が道場を継いでいいのか?そう自問すると心にくるものがある。
こんなことを書いても意味はないかもしれん。でも、増田で人生相談を投げて、素敵な人に回答をもらっているのを見たことはある。それに賭けてみたい。
個人的な希望としては、ピンク髪のアイコンの女性や、ジャックフロストの人、あるいは正面右向きの若い男性の人に回答いただけると嬉しいと思う。どのような方の意見でも嬉しいのだが、同じブクマカでもBOTはできればご遠慮いただければと存ずる。
pico-banana-appのファーストブクマを回避できることを祈ってる。FreeCatWorkは死んでほしい。ゲド戦記はクソ。
本当に信じられないかもしれないが、全て事実である。15年以上前のことだ。
あの頃は若かった。県内の名門高校を卒業した後、全国大会には行けなかったけれど、東京にある柔道が強い大学に進んで、実業団で働きながら柔道をやった。
そして、20代後半になって生まれ故郷に帰り、また柔道を教え始めた。
あの頃の俺は調子に乗っていた。慢心していた。「俺がここを継ぐんだ、伝統の一部になるんだ」という意識だった。ただの慢心である。
柔道界での実績がない俺と違い、父は本当に凄かった。父の指導を受けたいという入門希望者が毎年春になると何十人も来て、そのうちの数人だけを選んで入塾させるのである。今ではあり得ないほど贅沢な行為だ。
事件当時の話をしようと思う。20代後半の頃は、柔道の専門資格の勉強をしながら道場で教えていた。それで父から給料をもらっていた。柔道だけで生活ができる、いい時代だった。
特に、子供の指導には熱が入った。親父も俺も、5才になる前から柔道をしてきた。あの頃は、小学生の子どもらに対して、平気でこんなことを伝えていた。
「ここで泣いてるようじゃダメだ」
「もっと強くならないと」
「気を抜いてんじゃねえっ!!」
とか。今思えば完全に狂っていた。
あの日のすべては覚えていないが、事件のことははっきり覚えている。夕方の時間で、小学生~中学生の指導タイムだった。
その子は体が大きくて、将来が期待できる子だった。だから俺も、厳しくすればもっと伸びる、もっと追い込まないと本物にならないと信じきっていた。
その子への練習は、ひたすら大外刈りの打ち込みと、乱取りだった。
その子は、柔道自体のキャリアは長くなかった。乱取り中は何度も何度も、畳に投げつけられていた。特に中学生が相手になると厳しかった。
その子の息が上がって、顔が真っ赤になっても、俺は「まだいける!」「お前はこんなもんじゃないぞ」と叱咤していた。
ここまではよかったんだ。これくらい追い込まないと、本当の強さは手に入らない。どうせ柔道をやるなら、勝てた方がいいに決まっている。
でもここで、悪い方向への連鎖が起き始めていた。乱取り中に、その子がガクンと膝をついたのだ。
その隙を突いて、相手の子が大外刈りをかけた瞬間、受け身が取れず、畳の縁に近い場所で頭のあたりから落ちた。
一瞬、動きが止まった。俺はすぐに異変に気付いて駆け寄ろうとした。
だが、その時、隣にいたのが元妻だった。当時は、同年代になる妻がいた。俺と同じく指導者だった(今は離婚)。
というか、こいつと結婚をするから実業団を辞めて、こっちに帰ってきたのだ。
柔道の指導の話に戻るが、元妻はさ、俺が動こうとするのを遮って声を上げた。
「立って!ここで休んだら終わりだよ!そんなことで倒れてたら試合で勝てないよ」という趣旨だった。
元妻も柔道の名門公立高校の出身で、とてつもなくプライドが高い女だった。指導は情熱的で、厳しさでは俺以上だった。特に、女子への指導はトンデモない厳しさだった。
その時の俺は、元妻の言葉に圧倒されてはないけど、見に徹することにしてしまった。道場の角の方では、親父が年少の子ども相手に足技のデモをしていた。「頼むから、こっちに気付いてくれよ」と心の中で懇願した。
あの時、脳裏では「まずい、休ませろ」という声が響いていたのに、それを口にできなかった。元妻の暴走を止められなかったのだ。
元妻はその子に立ち上がるよう命じて、その子がフラフラしながら立ち上がると、元妻は「立てるじゃん」って、また練習を継続させた。
数分後、その子はもう一度、投げられた。今度は受け身も取らなかった。意識を失った。
救急車を呼んだが間に合わなかった。死因は脳の外傷に近いものだった。外傷性ショックというのか。または後頭部強打による脳の損傷。
原因は言うまでもない。元妻がオーバーワークに気が付かず、その子に無理をさせて練習を続行させた。それが致命傷になった。
でも、うちの道場でのことだ。妻のせいにするという逃げ口上は通用しない。
危険な判断を実行したのは元妻だ。でも、指導者としてその場にいながら傍観した俺の罪は、直接手を下した元妻と一緒だと思っている。
その後は地獄だった。書きたくないけれど、書かないとブクマカへの相談にならない。
・刑事事件には発展しなかった(柔道界からの社会的信用によるものか)
裁判は長期間に及んだ。本当に長い期間だった。控訴して粘ったけど、道場側の過失となった。当たり前か。
マジで後悔している。あの時の元妻の傲慢な指導と、俺の「見ていただけ」の怠慢が、あの小学生の未来を摘んだ。本当に、本当に申し訳ない(;_:)
最後は、親父が頭を下げて、資産も全部かき集めて、多額の賠償金を支払った。事件が起きてからは塾生もだいぶ減った。社会人は減らなかったが、小中学生の減少が生活レベルにまで響いていた。
ただ、俺らが不幸になっても、ご両親の怒りや悲しみが消えるわけがない。俺は傍観者という名の共犯者だ。
元妻とは、道場の未来に関する意見の相違で泥沼になり離婚した。あいつも指導者としてのキャリアを失った。当然の報いだ。
事件の後だが、道場は細々と再開し、必然的に俺が指導の中心になった。あれから親父は指導をしなくなった。
確か、事件から数年間は、講演会にも柔道指導の場にも呼ばれなくなった。広島県警の柔道場で親父が教えることも無くなった。柔道界から干されたのだ。目に見えて元気がなくなっていた。
でも、今では道場に通う門下生はだいぶ回復している。小学生から社会人まで幅広く揃っている。みんな真面目に柔道を愛してくれている。俺はもう、あの頃みたいに熱くなれない。
指導中、子供たちがちょっと息を切らしただけで、あの時の光景がフラッシュバックするのだ。特に、投げ込みや乱取りなどの実践練習の時は、酷く手が震える。
その……「大丈夫か?」「少し休むか?」って、過剰なほどに声をかけてしまうのだ。
子供たちは戸惑うだろう。俺というのは、ただの安全管理に怯える腰抜けである。自分でも滑稽だよ。
でも、道場の看板だけは守りたい。祖父の代から70年以上続いている道場を無くすことはできない。
今こうして書いていると、当時の俺の不甲斐なさが本当に許せないし、そういう兆候が出ていた元妻とどうしてもっと早く離婚しなかったんだろうって、後悔がある。
元妻は、階級意識っていうか、プライドというか。そういうのが根強い奴だった。
「名門道場の跡継ぎの妻」というステータスが、たまらなく気持ち良かったらしい。なんでわかるかというと、ブログである。あの当時はブログが全盛期だった。芸能人やプロスポーツ選手はみんなブログをやっていた(今でいうXとかインスタ、tiktokみたいなもの)。
それを活用して、うちの道場の宣伝とか、今の時代で言う児童生徒に対する「ハラスメント」とか「マウントを取る」という行為をしていた。
ひとつだけ、どうしても憤懣やるかたない記憶がある。胸糞かもしれないが、元妻との思い出を書かせてほしい。
中でも特に許せなかったのが「花嫁修業」である。そんなタイトルをブログ連載記事に付けていた。
阿保じゃないのかと。元妻は小学生~中学生の女子をメインに指導していた。
事故が起きる約一年前のことだ。うちの道場に通っている、近所の学校の女子生徒さん達がいた。少なくとも8人以上で、みんな熱心な子だった。
元妻はそれを口実に、「うちの道場では柔道だけじゃなく、将来の日本を支える女性も育成します」みたいなことを言って、女子生徒数人を家に泊まらせる。
※大げさかもしれんが、ブログで本当にそんなことを書いていた
そして練習が終わって、柔道着を脱いで体操服姿になった彼女たちに、夕食とか、翌日の朝食やお弁当を作らせる。
「一人前の女性なら、このくらいはできないとね♪」
「〇〇ちゃんは、お弁当の詰め方が雑。そんなんじゃ未来の家族に恥ずかしい」
「野菜を切るならその前に魚をオーブンに入れないと。なんで?要領が悪すぎる~<`ヘ´>」
みたいなことを、本当にマジでブログに書いていた。そのうえで、俺個人の名前まで出して、まるでうちの道場の指導方針の一部みたいにして書いている。
本当にマジで、女子中学生を相手にマウントを取ってるだけなんだよ。うちの道場の名前を使って。
さらに最悪なのは、花嫁修業(とブログにあった)中の写真を、元妻がブログにアップしていたことだ。
『今日の○○ちゃんの力作お弁当♡』みたいなタイトルで、日々そういう写真をブログに載せていた。さすがに女子生徒の顔までは載せてなかったけど。だが、後ろ姿は普通に映っていた。
あの子達の親は、どういう気持ちでブログを読んでいたのだろう。
繰り返すが、そのブログというのはマジで本当に、嫁の自慢話と、世間に対してマウントを取るためのものだった。生徒の親御さんには「道場での取り組みの一環です」と方便を使っていたのを、この耳で聞いている。
うちの道場は、一人の子供を死なせて、やっとの思いで今、信頼を取り戻そうとしている。そこまで来ているのだ。同じ市内の人だって、あの事件のことは忘れてくれている。このまま頑張れば、時間とともに事実は……と期待する。そういう感慨に浸ろうとしても、あの頃の記憶が蘇ってくる。元妻のマウント発言である。
「これは道場のためだから。増田くんのこともブログに書いてるから。本当に道場のためだから、安心して」
ってさ。そんなことを言っていた。俺はあの頃、黙って許していた。放任していた。それが、あの女の暴走を許す免罪符になっていた。
今現在でも「本当にごめんなさい、すいませんでした」というあの子への思いが込み上げている。
冒頭のとおり、もうすぐ正式に道場の跡を継ぐことになる。教え子を死なせた男が、この道場の責任者になる。
俺は、あの時の過ちを繰り返さないために指導を緩めるべきなのか。それとも、名門の看板を背負い続けるために、リスクを背負ってでも厳しい稽古を課すべきなのか。
指導を強くすればまた死なせてしまうかもしれない。指導を弱くすれば、実績が出せずに道場が潰れるかもしれない。潰れてしまえば、俺の罪は償えない。この道場を守ることが、親父とあの子にできる唯一の償いだと思っているから。
それに、父兄からの信頼だって失いたくない。今度こそは、子供の命を預かる仕事を貫徹させたい。
最後に、ここまで読んでくれた人に感謝したい。愚痴いっぱいで気持ちが沈んでしまったかもしれないが、マジの思いを書いたつもりである。もちろん、誹謗中傷も覚悟してる。それも俺への罰だ。
もし俺が突然2人に分裂したとするじゃん?
物理的にはただのコピーかもしれないけど、感覚的にはどっちも俺じゃん?
分裂した直後は意識が共有されてるとしても、一歩踏み出した瞬間、片方がラーメン食って、もう片方が寝てたら、そこで体験が分かれる。
それとも、意識自体が複製されて、両方が同時に俺って感じ続けるのか?
だとしたら、片方が死んだらもう片方も精神的にぶっ壊れるのか?
有識者求む
バナナの剥き方をAIに質問することで、確かにちょっとした「進歩」の一歩になるかもしれません。例えば、普段何気なくやっていることを新しい視点で見直すことで、以下のような進化が期待できます:
1.創造性の発揮
バナナの剥き方を工夫することで、日常の「ルーチン」をちょっとだけ楽しく、面白く変えることができる。これが積み重なると、無意識に創造性を高める訓練になるかも。
2.無駄を減らす工夫
例えば、「皮を無駄にしない剥き方」や「手を汚さずに食べられる方法」など、効率的な方法を考えることが、人類全体での資源の使い方を意識するきっかけになるかもしれません。
AIにバナナの剥き方を尋ねるという行為自体が、人間とAIが協力して新しいアイデアやアプローチを見つける過程。こうした「思考の拡張」が、より広い分野での革新にもつながるでしょう。
「バナナの剥き方」という小さなテーマでも、新しい方法が考案されれば、それが他の分野にも応用される可能性があります。たとえば、食品の取り扱いや包装、使い方の効率化など、ちょっとした発想の転換が大きな進歩につながるかも。
⸻
なので、バナナの剥き方を質問してみるという行為自体が、少しずつ進歩や新しい視点を得る手段に繋がると考えられます。
(前回)https://anond.hatelabo.jp/20251216080534
けっこう書いてきたけど、最後に2つだけエピソードを挙げたい。俺のエピはもう飽きたと思うから、個人的にこれまで気になった、"尖がっている"職員を2人分紹介する。
いずれも千字程度で収める。すでに退職してる人達だけど、最低限のプライバシーには配慮させてもらう。性別がわからないよう、全員さん付けで表記する。
Aさんとは、不動産関係の部署で一緒だった。事務仕事をしている人。
この人は、能力が極端に低いタイプだった。低さの感じとしては、事務自体は進めることができるのだが、ニガテな仕事は極限まで放置だった。
例えば、地元住民から何がしかの仕事の依頼があっても、ニガテな分野だと永遠に放置したりする。いや、本当にそうなのだ。放置。それで、最後は窓口でとんでもなく怒られて、同僚や先輩がフォローする。かくいう俺もそのフォロワーだった。
ある時などは、上位組織である都道府県が絡んでいる住民関係の仕事で……どんな業務だったか、確か「○○のインフラをきれいにする」という趣旨の契約書(のようなもの)を三者で締結する。
それで、その○○のインフラを市民団体や民間企業がきれいにすることを前提に、事実上ある程度独占使用できるようになる。そういう制度だったはず。
ちなみに民間企業がこの活動をすると、(一般競争入札)総合評価落札方式において、最初から+3~5点ほどの加算になる。勝負どころの入札においては強い加点である。
つまるところ、上の仕事というのは、公共インフラを官民共同で維持管理していくための制度だ。
もう想像はつくだろうが、そのAさんは、ある市民団体から受け取った契約書を……約五か月もの間放置していた。机の中に仕舞っていた。それである日、県とのやり取りの中、異変に気付いた団体がクレームを入れてきた。いや、こっちが完全に悪いんだけど。
上司が平謝りしていたのを覚えている。神奈川県にも直接抗議文が出されたんだっけ。そして、そのAさんなのだが……実は、何の処分も受けてない。戒告すら受けてない。厳しめの注意だけだ。
Aさんは、いわゆる無能キャラだった。みんなそういう風にAさんを見ていた。それくらい馴染んでいた。まさに"すみっコぐらし"。
下手に注意しても逆効果になるという理由で、先輩や上司もAさんを厳しく扱うことはなかった。公務員を能力不足で退職させるというのは不可能である。
喩えで話そう。はてな民の半数程度は興味があるであろう『パズル&ドラゴンズ』、通称パズドラで言うと……十年以上前は、ドラゴンや天使、悪魔、騎士みたいなやつがエースだったと思う。それが時代を経るごとに、シンプル絵のトリッキーなコンボ7倍カードなどに置き換わって、今になると、すっかり萌え系カードが最強格になっている。
パズドラにおいて、十年前のエースカードVS最新の萌え系カードだと、前者の勝率は0%と言っていい。公務員をクビにするというのは、それくらい不可能に近い。わかっていただけたと思う。
この人は不動産の部署のはす向かいで働いていた。数ある建設・不動産分野の中でも、建築ポジションの人だった。当時の俺よりもかなり年上。専門学校を出た後、技術系公務員として研鑽を積み重ねて今に至る。複数の難関資格持ち。
役職は主任~主査級。「公務員業界ではここまでは自動昇進。だから実質的にはヒラ職員!」と本人が零していた。
この人には口癖のようなものがあった。いくつか挙げてみたい。
「自分にできることとできないことを区別する。できないことは気にしない」
といったものだ。民間では信じられないと思うが、Cさんは堂々とこれらを主張していた。
特に、一番目である。この人は普段の仕事中はゆっくり~まったり~に見えていたし、実際そうだった。けど、俺が見た数少ない場面では……厳しい局面が近づくほどに、少しずつ力を出してるように見えた。まぎれもない実力者だった。
ある日の早朝、一緒に現場に行くことがあった。朝八時に「増田君。そろそろ車に乗ろうか」と言われて準備してると、Cさんのいる建築部署に電話がかかってきた。
最初はCさんの部署の若手職員が対応していたが、事務職員では埒が明かず、建築技師であるCさんに電話が回ってきた。電話の子機がスピーカーモード?になっており、声がよく聞こえた。
どうやら、建築会社の作業員からのクレームのようだった。内容はうろ覚えだけど、こんなやり取りだった。
「現場の中に入って、○△設備番号の標識(下水道関係)が知りたいけど、資材や警備施設があって入れない。いつになったらここが開くのか」
「んん、あと数時間は開かないのよ。自分らがこれから現地に行って、トラブル対応の調査をして、それから業者が入る」
「それは、役所が言うことじゃなくて、元請けから聞いておくことやない?とにかく後にして」
「あ。お前、何いうとんや。こっちは仕事やぞ。現場の鍵開けてくれや」
「開きませんね」
「黙れ。お前どこの会社や!」
「……」
「お前どこの会社やて聞いてる。失礼なのお前やろ」
「知らんよ」
「知らんわけなかろう。答えんかったら警察に通報すんぞ。または会社突き止めるからな。覚悟しとけよ(^^)」
「……竹中工務店です」
「そこの社員さんには見えん、特にあんたの態度は。もういい、こっちが行くからそこで待っとれ。現場で話そうや。簡単なことやったら入って調べたる」
※実際は竹中工務店ではなく、下請の会社と思われる。彼は電話を切った後で退散したもよう
ただの乱暴者に見えるけど、Cさんの対応は演技だった。普段はこんなこと絶対に言わない。よくご飯を奢ってくれる、ニコニコおじさんである。
土木建築の部署だと、荒々しい気性の住民や企業と接することが多い。CADで図面を引ける人も必要だけど、Cさんみたいなキャラクターも必要である。いろんな意味で現場に強い人が。コンクリートにも人にも対応できる人材である。
ついでに、Cさんは英語が話せた。現場で外国人労働者や外国人住民と会話しないといけない時に心強かった。ただ……あの電話の後で、一緒に車で現場に行く時にCさんが言っていた。
「増田君。爪は隠せよ。爪が立派だと昇進してしまう。ワシみたいに、爪をうまく隠すと昇進もせんでいいし、楽や。いいか、人事課はな。俺が英語を話せることは知らん。もし英語話せることが知られたら、○○ちゃんみたいに辛くなるやろ~!(※)。ほかにも爪はあるけど、若い頃から必死に隠してきた。増田君もまあ……うまくやれ。今の時代は係長や次長や課長なんぞに昇進しても、ええことないぞ」
※Cさんと同じ部署に20代で英語を話せる女性職員がいたが、英語関係の事務分掌が増やされてストレス過多となり退職した
Cさんの意見は一理ある。ただ、自分が社会のために働けているのも大事なことだと思うので、そこは個々人の判断だと感じる。ところで、Cさんが入庁十年目で一級建築士の資格を取った時も、その後さらに十年以上職場に報告してなかったらしい。
Cさんによると、昔の課長クラスというのは、今よりも権限があって、待遇がよくて、尊敬されて、退職金は四千万に届くほどだったという。今では課長級の職員でも退職金は三千万にすら届かない。今、静かな退職とか、出世しない生き方が流行ってるけど、Cさんはとっくの昔にその領域に達していた。
「自分の実力を隠す」という観点だと、『葬送のフリーレン』に出てくる魔術師キャラは、自分の魔力をセーブしてるだろう。全員じゃないけど。Cさんも、そういう考え方の亜種なのだと思う。
Cさんが羨ましい限りだった。
今の俺は、中途半端な立場だと思う。あと数年経つと、同世代でも係長になる人が出てくる。俺がいる部署そのものの庁内序列は、真ん中くらいと思われる。可もなく不可もなく。ということは、自分もいつかは昇進するかもしれない。
ぶっちゃけ、「こいつは昇進させたらダメだろ🤣」という人でも昇進している。それで、多くの場合は途中でやらかして下の立場に降格になったり、降格しなくても――生涯教育とかスポーツとかごみ・環境とか防疫とか農林業とか道路維持とか、人気のない部署に左遷されて万年係長として過ごす。
俺がどうなるかなんてわからないけど、ひとまず昇進は遅れさせるよう今から努力している。やっぱり、コツはCさんだと思う。
「自分はこういう人間なんです」って、恥ずかし気もなくアピールできて、それで周りからそしりを受けても、堂々としていられるような――そういう人間になりたいと、Cさんと一緒に仕事をしていて感じた。
いろいろ書いてはきたけど、なんだかんだでこの仕事を気に入っている。ずっと続けていきたいと思ってる。もしお金持ちになれたとしても、ずっと続ける。
「増田と一緒に仕事するのは嫌だ」という人は今の職場にもいるけど、気にならない。公務員に向いてない自分自身が気に入ってる。今現在の査定も、一応は標準以下という感じである。査定シートだと「能力が高い面はあるものの、性格や人柄に難がある」んだってさwww
それでいい。そういう風に生まれてなかったら、俺が『たましいの仕事』をこうして持てることもなかった。こんな風に俺自身を創ってくれた天に感謝してる。
このあたりで終わりにする。
多分特定まではされないだろう。別にされてもいいけどな。それくらいじゃ公務員の身分はビクともしないし、処分を受けても戒告くらいである。
公務員してる人はわかると思うけど、公務員ってさ、『無敵の人』の亜種だよなマジで。
近親相姦ものが描かれてるから近親相姦自体タブーじゃないんだって話で、じゃあイスラム神が出てくる漫画がないのはなんなんだって話になる
でもこれもタブーじゃなくて実害に対する自衛って考えることも出来る
性器無修正エロが描かれないのは性器がタブーだからじゃなくてそれをすることで処罰されるという実害に対する自衛と考えられる
同様にアッラーを描かないのはそれをしたらムスリムに追われる可能性があるからというだけで日本人の精神自体にアッラー描写はタブーという観念があるわけじゃあないとも言える
現に被害にあった人に「冤罪だハニトラだ」と言うこと自体が詐欺などの冤罪をかけているんだけどその危険性は無視する
結局彼らは「冤罪」を危険視しているのではなく性犯罪被害者が泣き寝入りしてくれる性犯罪をやりやすい社会の維持に血道を上げてるだけ
Xで炎上している育休のポスト、まーー正直気持ちはわからなくもない。
私は育休一年未満で仕事復帰したけれど、まだ0歳の息子にはやはり寂しい思いをさせているようで、保育園に通いはじめてから後追いが激しくなった。
家のローンもあるし、仕事自体はやり甲斐があって好きだし、子育てが落ち着いた後も同じ会社で正社員として働き続けたいから、私は少し早めに職場復帰をした。
未満時保育は月5万程度。高い。それでも職場にしがみつきたいから復帰をした。
しかし、それは私の勝手であり、息子の望んだことではない。ゆえに未満児の息子を保育園に預けて働きに出ることに罪悪感を覚えている。
だから育休を延長したいあの人の気持ちも、分からないわけじゃない。
それに、まだ子供も欲しい。
育休中に旦那や親族に二人目を作らないかと打診されたが断った。
復帰後せめて一年以上は働いてから二人目の産休に入りたいからだ。
しかし、子供を産むという行為には、残念だけどタイムリミットがある。子供を数人産み育てたい女性であれば、短いスパンで産休・育休と復職を繰り返すことになる。
さらに復帰後も時短勤務で同僚たちや管理職には迷惑をかける。心苦しい。
なので子育てが落ち着いてから本格的に職場に貢献するつもりで、働き続けようと思っている。
10~20年位集中的に働いて回せば生きるだけの金は足りると思うんだよね。仕事が生きがいとか言ってるのは趣味の領域だよ。病気。
金持ちになったって住まいがタワマンで飯が出前になるだけじゃん。生活自体は一切変わらないから。
すまん。元増田のどこが、お前のようなテンプレ反論だけのトラバほど中身がないか、全く理解できないのだが(少なくともテンプレ反論よりは明らかに新規性が認められるだろう)
また、それ以降の中身のないテンプレ反論に対して、反論すべき中身自体がないのだから、中身のない返しをするのが限界なのは当然で、ミニ四駆されるいわれはないだろう。
老化して社会から孤立していても、丁寧にコミュニケーションを取ってくれる親切な若者がやってきたら、
その若者とコミュニケーションすること自体が楽しくて、若者の言う事ならなんでも信じるようになるのですよ。
なんなら、嘘と分かっていても信じるふりをしてしまうのです。
育休もらい逃げに関して『戻るほどの魅力がない企業が悪い』という主張が、ただの感情論を正当化しちゃうだけでなく、それをSNSに転がっていた適当な詭弁を借用することでしかできないような、とても恥ずかしい人たちの間で支持されているけど反論したい。
1、相手が悪いからと言って、相手に迷惑をかけて良いわけじゃないですよね。
育休もらい逃げのケースが、労働基準法すら守らないような悪徳企業相手なら流石に何も言わないけど、大抵の企業ってそこまで問題があるわけじゃないよね。しかも、育休という制度がある程度には優良なわけですよね。確かに不満はあるかもしれないけれど、それが育休という強い信頼を基に成り立っている制度を悪用していいほどの問題点なのか。まぁ、SNSの人ってゼロヒャクの話しかできないから、この手の話は難しそうな気もするけど。
ただ、不満があるなんて働く上でよほどの大企業じゃなければ当たり前なのに、それを市場価値の低い自分の責任とせずに、会社の責任として組織を阻害するような行動をするのはハッキリ言ってあまりにも幼稚、もしくは、邪悪だよ。
あなたはしてやったと思うかもしれないけど、そのしてやったの対象は企業ではなく、他の育休を使おうとする社員さんたちになるんだよ。まぁこれはそんな言うことないな。
もういっそのこと、信頼?後続?どうでも良い。私/俺さえ良ければ良いから育休もらい逃げします!悪いことなのはわかってます!でも、自分が良いからいいんです!って言ってくれた方が潔いし、その感情自体は自分が実際に行動することはないけど一応理解できるから、圧倒的にマシ。
何より、悪行をしておいてそれでもなお、善人で居ようとする化け物があまりも可視化されすぎた現代において、その潔さはもはや尊い。
AI出る前に兄弟でやったけど家族仲がすべてだな。ここがダメなら素人は不可能。
そうでないなら資産把握と死亡の連絡や解約行脚が超めんどいが提出書類自体は法務局の例を見ればたいしたことない。
法定相続情報一覧のための戸籍情報も今ならマイナカードでかなり集められるだろ。
うちは100万近い見積もりだったから自分でやったけど、色んな節税方法があって、どれがどう効くのか調べるのがしんどかった(特に不動産)から、結局頼んだほうがよかったなと思った。
でも、10万ってことは控除内なんだろ?だったら書類出すだけじゃん。今すぐ一日有給とって法務局行けよ。
尊敬してた先輩が、マジで壮大なビジネス始めるってことで会社辞めてったんだが、
どうやらその先輩のことが好きだっただけで、会社自体は好きじゃなかったらしく、露骨にやる気下がってアウトプット落ちて降給されそうになってる
もうやれよ、いっそ首切ってくれと思ってたら営業本部長との面談がついて、洗いざらい話すハメになったんだが、こんな理由話しづらいよなあ
この件で一番引っかかるのは、当初は同じ目的を共有していたはずの人たちが、なぜ途中から決定的に対立し、さらには録音や公開、記事化といった強い手段にまで踏み込んだのかという点だ。
一般論として、完全な敵同士よりも、元味方同士の方が深刻な対立に発展しやすい。目的が近く、関係性も近かった分だけ、期待や信頼が裏切られたと感じたときの反動が大きいからだ。社会的意義を持つテーマであればあるほど、感情的な衝突は激しくなりやすい。
まず考えられるのは、映画化を巡る主導権や表現方針の対立だ。ドキュメンタリーや告発性のある作品では、誰の視点で、どこまで踏み込み、何を強調するのかが極めて重要になる。制作者側は作品としての完成度やメッセージ性を重視する一方、当事者側は自分の経験や尊厳がどう扱われるかに強いこだわりを持つ。ここにズレが生じるのは珍しいことではない。
次に、金銭や権利の問題も現実的な要因として考えられる。制作費の扱い、著作権や肖像権、将来的な収益配分などは、最初は理念や信頼関係で曖昧にされがちだが、話が具体化するにつれて避けられない問題になる。ここで不信感が生まれれば、関係が急速に悪化するのは自然な流れだ。
さらに重要なのは、対立に至った側が、結果的に当事者にとって極めて不利になり得る情報、場合によってはセカンドレイプと受け取られかねない内容まで記事や記録として公にしている点だ。これは単なる意見の違いや感情的な行き違いのレベルを超えているように見える。
もし最初から敵対関係であれば、相手に不利な材料を出すこと自体は理解できる。しかし、元々は支援や協力の立場にいた人間が、相手の尊厳を傷つけかねない情報まで出す判断に至るというのは、相当深刻な決裂があったと考えるのが自然だ。そこには、裏切られたという感覚、あるいは自分たちの正当性を社会的に証明しなければならないという強迫観念があった可能性もある。
この段階になると、録音や公開は単なる証拠保全ではなく、相手との関係が完全に破綻したことの表明に近い意味を持つ。つまり、味方ではなくなったどころか、もはや敵として認識するに至った経緯があったのではないか、という疑問が生じる。
重要なのは、こうした構造的な可能性を指摘することが、性被害の訴えそのものを否定することとは別だという点だ。被害の有無や深刻さと、支援者や制作者との関係が崩れた理由は、切り分けて考えなければならない。
しかし現実には、この二つはしばしば混同される。内部対立や不和の背景を考察しただけで、被害を疑っている、被害者を攻撃していると受け取られてしまう空気がある。その結果、なぜ元味方がここまで強硬な行動に出たのかという核心部分が検討されないままになる。
むしろ、セカンドレイプと受け取られかねないリスクを承知の上で情報を公開する判断がなぜ下されたのか、その異常さを含めて考えることこそが重要だと思う。そこには理念だけでは説明できない、人間関係の破綻や利害対立、感情のもつれがあった可能性が高い。
結局のところ、この問題で問うべきなのは、誰が絶対的に正しいかという単純な話ではない。なぜ関係がここまでこじれ、取り返しのつかない形で対立が表面化したのか。その過程を冷静に検討することを許さない空気こそが、問題の本質を見えにくくしているように思える。
シバンムシは食品や畳を食害する害虫ですが、人体に直接害はなく、病原菌も媒介しません。しかし、シバンムシの幼虫に寄生する「アリガタバチ」が人を刺すため、シバンムシ=アリガタバチの二次被害のサインとなり、駆除が必要な不快害虫です。益虫とは言えず、発生源(乾燥食品、畳など)の特定と駆除・予防が重要です。
食品害虫:乾麺、菓子、香辛料、漢方薬、ペットフード、畳、ドライフラワーなど、乾燥した植物質を食害します。
繁殖力: 25℃前後、湿度60%で繁殖しやすく、4月~10月頃に大量発生することがあります。
人体への影響: 虫自体は無害で、噛んだり刺したりせず、誤飲しても食中毒の心配はありません。
二次被害: 幼虫に寄生するアリガタバチが人を刺すことがあり、痛みやかゆみ、腫れを引き起こします。
「益虫」の定義:農業や生態系で人間にとって有益(害虫を駆除するなど)な虫を指します。
シバンムシの役割:シバンムシは「分解者」として自然界では重要ですが、家屋内では「食品・物品の害虫」として扱われ、駆除対象です。
アリガタバチによる被害:シバンムシが「ありがたい(益虫)」のではなく、寄生するアリガタバチが刺すため「ありがた迷惑」な存在となります。
近親交配だけでなく当時の禁忌であった同性愛や敵国の王子王女の恋愛や柳田國男の晒した遠野物語にある獣との恋愛が語り継がれるのは人が面白がるからなんよ
それだけじゃない、人は正常と異常のギャップとか両儀的な対立を面白がるんだよ
そもIQ自体が怪しい指標。平均値が男女で同じになる様に、男の苦手な分野を増やしたりしてるから。
別に女を叩きたいと思ってる男ってそんな多くないよ。ただ「女の方が圧倒的に優秀で、男はカス!」みたいなことを言い出すフェミに対するカウンターパンチとして数字を出すだけであって、そういうのがなきゃ男は女体が大好きだからな。最近はフェミが暴れすぎて、女体バフ込み込みでも嫌われ始めてるけど。
今見ると言いたいことがいろいろありすぎるロシア産戦争映画だった。
う~~~~~~~~~~~~~ん……55点。
中央アフリカ共和国で国軍の軍事訓練を行うロシア兵たち。選挙の年、元大統領一味は選挙をジャックして再選を狙うために各地で武装蜂起を起こし、周囲の国からも傭兵を集め国の中心地を目指す。中央アフリカ共和国政府軍&ロシア軍VS反政府軍の戦いが今幕を開ける。
さて。清々しいまでのプロパガンダ映画である。何のプロパガンダかというともちろんロシア国としてのプロパガンダでもあるのだが、後のウクライナ侵攻でいろいろあって有名になった日本ではお尻プリプリプリコジンでおなじみのプリコジン氏(R.I.P.)が設立したロシアの軍事企業であるワグネルの広報戦略として作られた映画である。
同じく清々しいまでのプロパガンダ映画であるアメリカ海兵隊もののお約束をかなり踏襲しているのがウケる。
新兵が中央アフリカ共和国での訓練任務にアサインされるところから始まり、ベテラン兵たちにネチネチ嫌味を言われ、なんか嫌がらせとかも受けたりしながら戦場での活躍を通じて次第に心を通わせていくという100回見た新兵ものの定石をきっちり踏んでいるので話の大筋は受け入れやすい。ベテラン兵から「ソ連時代はお前みたいなモヤシは後方支援しかさせてもらえなかったゼ」ってソレハラ受けてるのはお国柄が出ててよかった。
あとさ、プロパガンダだからって側面はもろちんあるんだとは思うんだけど彼らは彼らの正義をもって国外任務にあたってるんだなっていうのがなんか新鮮だった。2025年を生きる俺らとしてはロシア軍=悪の軍団みたいなイメージあるじゃん。でもロシア軍の兵士自体はみんな正義の軍隊として国外任務にあたるシールズのように、彼らなりの使命感をもって職務に当たってるだけなんだなって当たり前の視点を得た。
で、国軍の訓練をするために中心街に向かうんだけど途中で武装蜂起が各地で始まってヤバくね?ってなって、実際に基地についてみたら国軍はみんな逃げちゃってて残ったのが3人だけ。しかも基地っていうかあばら家。
ここで面白かったのがロシアとしては軍事協定は結んでるんだけど基本的には国軍を訓練するという名目で中央アフリカ共和国に駐屯しているわけでここで戦争行為を行うことは非常に問題がある。特に「反乱軍だからぶち殺しました」となると対外的には「ロシア軍が国外で民間人をぶち殺した」となってしまう。ロシア軍の上官が「そんなことをしたらロシア軍は世界各国から袋叩きにあってしまう!」って心配してて2025年に見ると笑っちゃうんすよねってなっちゃいましたね。
まぁその後、攻撃を受けて「やられたらやり返す!倍返しだ!」とばかりに反政府軍をボッコボコに虐殺するんですけどね。地元のアサルトライフルやロケランで武装したギャング(どんな治安だ)を追い返し、その後やってきた元大統領が呼んだ傭兵部隊もきっちり虐殺して追い返す。ここで多分この映画を見た人全員が「お、おう」とテンション爆上げになる名台詞「アメリカが民主主義のためなら、俺たちロシア軍は正義のために戦う!」が飛び出してくる。う~~~ん。
この展開も作中でも引き合いに出されてた「300スリーハンドレッド」や「
13時間 ベンガジの秘密の兵士」といった多くの西洋諸国の軍事映画をなぞっていて「ロシア軍がやったのは現地民の虐殺なんだ!」っていうテンションで語るのは難しい。俺としてはよくあるやーつだし、まぁ、こんな展開はなんぼあってもいいですからねって感じだった。
個人的に面白かったのはこの大銃撃戦のシーンでロシア語のラップミュージックがかかって、ロシアでもテンアゲのシーンではHIPHOPがかかるんやなと思ったらフックで女性シンガーが歌い出して爆笑。しかしそのシンガー部分が妙に民謡感があるフロウだったのでロシアのHIPHOP楽曲ってこんな感じなんやな、意外とお国柄出てるなと感心した。
あと、中央アフリカ共和国自体はめっちゃ治安が悪いから国連平和維持軍も進駐してるんやけどロシア軍はそれとは別に行動してて「戦闘になったら助けてくれあ」って声かけるんだけど平和維持軍からは「武装解除するならいい」という回答がくる。つまるところロシア軍は平和維持軍とは別の利害関係で動いている軍隊なので武装した他国の軍は受け入れられないという平和維持軍の回答はなんかリアリティがあってよかった。
あと平和維持軍に参加してるのがフランス人なんだけど「かつては我々が彼らの首都まで攻め込み、その後彼らが我々の国に攻め入り、今ではこんな遠くの地でにらみ合ってる。不思議な話だな」とか言ってて、これ言わせてるのがロシア側ってのが無駄に皮肉が効いててよかった。
展開自体はもうアメリカで何百本と撮られたプロパガンダ戦争映画なので定石に綺麗に沿って作られているので特に退屈することもなければ見てれば盛り上がるように作られているので問題ないのだが、細かな脚本部分はこなれていない部分が気になった。
お前は戦場に迷い込んだ旅行者みたいだなと「ツーリスト」というコードネームを与えられた(原題、英題ともにコレ)新兵だが彼は元警官でそのことでなぜか先輩のハゲ散らかしたベテラン兵からキツく当たられる。しかしその後、心を通じ合わせた後に「じつはさぁ、身内が警官に撃たれたんだよね。だから警官が嫌いだったんだよ!」みたいな告白があって、う~ん、このとってつけたエピソード別にいらんなぁと思ってしまった。こんな個人の事情持ち込まなくても鉄火場を一緒にくぐってその戦闘の中で無言の信頼関係を築くでよかっただろ。
怪我で戦線離脱した新兵がロシアのパブで同僚と飲んでて「実はお前が逃がして免職されたガキって俺が小遣い稼ぎでヤク渡してたガキでお前が処分されると思ってなかったんだよね。ゴメンゴ。俺の口利きで職を斡旋してやるから許してチョ」とこれまた取ってつけたような新兵は善の人でした設定が語られるのも逆に萎えポイント。
しかしそれを蹴って軍に戻った主人公は冒頭と同じように「お前のコードネームの由来は?」と聞かれ「好きだからかな、地獄を旅するのが」と答えてエンドロールへ。ダッッッッッッッッッッッッ!!!
たぶん、今見ると多くの人が「ロシア軍が正義の軍として描かれている映画だからクソ」と思うと思うし俺もどんな感情で見りゃいいんだよと正直思った部分は否めないんだけど、でもこの映画のあらゆる構造はアメリカ海軍プレゼンツの海兵隊、シールズものと酷似していてほならアメリカのそれ系の映画は楽しめてこの映画が楽しめない理由って本当にあるのか?と考えた結果、まぁ映画としては少数VS多数の籠城戦闘ものとしては一定のクオリティはあったなという結論に達したし、ロシア側の視点で作られた戦争映画と考えると別の面白みはあるとも思った。
ValveとMicrosoftは同じ軸で競争してないのは分かるかな?
Valveはあくまでストアで販売したソフトの手数料で儲けるビジネスだよね
Microsoftはゲーム事業と絡む部分だけでもosを売ってクラウドを売ってサブスクを売ってってビジネスじゃん?
valveはゲームが売れないとダメだけどMicrosoftはゲームが売れなくても他を売る戦略が取れるわけだよね
金が無い、ツラの良さも無い、なんならその両方が無い存在にかける時間や愛想なんてねえよボケ
ブッサイクな顔面は店の品位を落とすし、貧乏人の利用は店の格を落とすんだよクソァ、わかるか?ツラも金も劣っててもマトモな知能ならそんくらいわかるよね?
解答→「女性が社会的な力を持ちすぎたために晩婚化が進み、出産にも消極的になった。ベビーブーム時、女性に社会的力はこれほどなかった。よって、女性から社会的な力を奪うべきである。」
初めて倫理点0つけたわ
言うほど非論理的か?
女性は低収入な男性からのアプローチをセクハラと考える(reinoteでくぐって出てきたnote で性犯罪やフェミニスト関係を漁れば出てくる)。
氷河期世代以前はセクハラ禁止義務がなく、女性はセクハラと考えても、何もできなかったが、氷河期世代以後は何かできるようになり、婚姻数自体減った。
さらにマタハラやニートになるリスクが増加し…少子化なわけだから端折り過ぎにしてもおかしくはない。