
はてなキーワード:聖霊とは
私が子供の頃、学童保育のおやつとしてよく出てきたのがサンミーだった。
細長いデニッシュっぽい生地に、チョコとクリームとケーキ生地がかかっている。
素直においしかった。
でも、当時の私はそれを食べながら、どこか心の奥でざわざわしていた。
うちはわりと熱心なキリスト教の家庭で、毎週日曜日は必ず教会に通っていたし、家の中には讃美歌集や聖書が自然に置かれているような暮らしだった。
だから「サンミー」=「三位一体」? という疑念が頭をかすめるたびに、これちょっとキリスト教イジってるんと違うんか?と子供心に少し不安になったのだ。
なんとなくふざけ半分に神学の核心をパンにされてるような気がして、笑えばいいのか、それとも目を伏せるべきなのか、よくわからなかった。
もちろん今思えば完全に考えすぎで、メーカーの人も絶対そんな意図はなかったはずだ。
でも小学生の私はパンの上のチョコ線を見ながら「父と子と聖霊……」と頭の中でつぶやいていた。
それでも結局、きれいに食べ切ってしまう。甘いものには勝てなかった。
信仰心と食欲のせめぎあいの果てに、残った空っぽのビニール袋を眺めながら複雑な気持ちを抱いていた。
スーパーなんかで久々にサンミーを見かけると、あのときの複雑な気持ちまでよみがえる。
ノアの七つの掟(שבע מצוות בני נח, Sheva Mitzvot B'nei Noach)の一つに、確かに「偶像崇拝の禁止(איסור עבודה זרה)」が含まれています。
つまり、これはユダヤ人だけでなく、すべての人類に課せられた基本的な倫理的・宗教的ルールの一つとされています。
じゃあ、「キリスト教徒はノアの掟を破ってるの?」って話になりますよね。
ここが微妙で複雑なところなんです。
ラビの中には、三位一体の教義(父・子・聖霊)を信じることは、厳密に言えば一神教ではなく、Avodah Zarah(偶像崇拝)に該当するとする人もいます。つまり、「人間(イエス)を神とするのはノアの法に違反する」と。
他のラビたちは、キリスト教徒の信仰が倫理的・道徳的なモノテイズム(唯一神信仰の一形態)に基づいているという点を評価し、「これは偶像崇拝とはみなさない」とする見解もあります。
特に、中世のラビ・メナヘム・ハメイリや現代のラビ・ヤコブ・エメデンは、キリスト教徒は異教徒ではなく、倫理的な人々であると述べています。
また、ラビ・モーシェ・マイモニデス(ラambam)も「三位一体はAvodah Zarah」とはっきり言いましたが、その信仰によって世界中にモノテイズムの概念が広まったという功績も認めています(ヒレフ・メラキーム11章)。
興味深く読みました。ありがとう。
ただ、アメリカの右翼は反ユダヤだと思う。少なくとも極右はユダヤ陰謀論を拗らせているかんじ
今話題のラーム・エマニュエル氏も民主党でオバマ氏とバイデン氏に指名された人だし、米リベラル=親ユダヤ/米保守=反ユダヤ
今回の件、アメリカ人の反応を見ていると尖閣諸島事件を思い出すよ
あのとき少なくないリベラルがバグった反応をしていた。中国を叩いてネトウヨさんと一緒にされたくないと思ったのか無理筋な擁護をしていたように見える
アメリカのユダヤ陰謀論って日本における韓国陰謀論みたいなかんじなんだよね
「アメリカはユダヤに支配されている! ビルゲイツはユダヤ人! スティーブ・ジョブズはユダヤ人!」 みたいなかんじ
有名人の名前をググると「ユダヤ人?」と補完される。彼らは金持ちにユダヤ人のレッテルを貼るのに忙しい
ユダヤ陰謀論者と見られたくないからイスラエル批判をしづらい様子にみえる
それからあちらにもクソ・リベラルムーブを取る人がいて、都合の悪い意見に「お前は反ユダヤだ」とレッテル貼りがなされるせいで議論が進まない
ただ個人的な意見を言わせてもらうと本来は「ユダヤ人=イスラエル」ではないはずなんだよね
在日韓国人/中国人叩きを批判しつつ、中国/韓国政府を批判することはできるはずなのにその辺りがごっちゃになっちゃってる。イスラエル批判も同じ。
アンチ・ネトウヨのリベラルがイスラエルの虐殺容認になっちゃうの、日本で言うとアンチ・ネトウヨのリベラルが中国政府の民族浄化容認になっちゃう感じかな
色々切り分けて議論したいですね
追記: 反ネトウヨ、反リベラル、反反ネトウヨ・・・と元の思想がなくなり先鋭化していく現象に名前が欲しいな
https://anond.hatelabo.jp/20240811085018
ユダヤ教とキリスト教は歴史的には仲が悪いのです。そもそもイエス・キリストを殺したのはユダヤ人だし
(とはいえ、イエス自身の自認はユダヤ人だったりするんだけど)
ユダヤ人的にはイエスは預言者を騙る偽物なわけです(ここで言う預言者は「神の言葉を預かり伝えるもの」の意味ね。予言じゃなくて預言)
一方、キリスト教ではイエスと神と聖霊は同一視されています(三位一体)
派遣やSESの形態で働いていると着任したプロジェクトごとにいろんなことが知れてなかなか面白いものである。
たいていは最初の数日でPCのセットアップし資料を読み込む時間となる
業界内でこの会社がどのような立ち位置にありどのような理念・戦略で立ち回るつもりなのか
延いてはそのためにどのような心構えで社員共々挑んでいくのか、そのようなことが知れる。
一方で同じプロジェクトに5年10年居ると知れることは、この処理はあの夜間バッチと連動しているだとか
あの処理には潜在バグがあって稀に異常データを生むのでデータパッチが必要だとか
色々なところを一年程度で回っていくのが気持ちのよい具合ではなかろうか。
曰く、
当社は創業以来より「七味一体主義」を掲げ、お客様第一の経営を続けている。
「七味一体主義」とはうんち、ションベン、ゲボ、下痢便、神、キリスト、聖霊であり、すなわちお客様を鏡とし襟を正す高潔性を示すものである。だとか
曰く、
バーニングうんちデリバリー事業は公共の福祉に資する公益性の高い事業であることから
各種規制を課されており
筆頭はもちろん『葬送のフリーレン』のフリーレン、小学館日テレの全力バックアップで子供向け雑誌やお昼のワイドショーにまで手を伸ばしてやがる。
おそらく最強で最高年齢、身長はこの中では一番低いかな?フェルンは可愛い。
二番目は『江戸前エルフ』からエルダことエルダリエ・イルマ・ファノメネル。621歳で徳川家康を「家康くん」呼びする。聖霊を使役できたりするが多分最弱かな?猫背だがかなりの高身長で多分180近くは最低でもあるんじゃないかな?
1936年から10年くらいどうだったのか気になります!小糸は可愛い。
三番目は『ダンジョン飯』のマルシルことマルシル・ドナトー。フリーレンよりは劣りそうだがかなりの実力の魔法使い。身長もフリーレンよりは高そうだけどエルダよりは低い感じかな?
表情と表現の多様性では頭一つ抜けてるかもしれないが、まだ50歳、あと実はハーフエルフ。ライオスはキモい。
4人目は誰だろ?
「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:3~5)
「心(原語は「霊」)の貧しい人」とは、自分の霊性の貧しさを知って、神を切に求める人である。
霊性の貧しさを知らない人は、神を求めることをしない。
「天の父は、求める者に聖霊を与えてくださる」(ルカ11・13)と主イエスは言った。
霊性の貧しさを知って切に祈る者は、聖霊の働きによって、主イエスによる罪の赦(ゆる)しと神の愛を知るようになる。そして、神が支配する「天の国」に招かれていることを確信する。
はてぶを読むにも教養がいるのね。
眠れなすぎて布団の上で2時間ぐらい考えていたら気づいてしまったんだ。
第1の自分とは自分自身であり、第2の自分とは自分を客観的に見てツッコミを入れてくるアイツのことだ。
そのアイツと自分を更に俯瞰的に見るもうひとりの第三者を心に描き、その人格を健全かつ包容力抜群の聖人とし、その聖人にこの世界のすべてを大らかに肯定させることでメンタルの問題はだいたい解決する。
心が傷ついた時に宇宙の広さを考えることで問題を矮小化する技術があるが、あれをより健全な方向に進化させたものだ。
第3人格聖霊「いいえ。この程度で死ぬべきであるのなら、この世界の誰もが死ぬべきなのです。誰もが死ぬべきなのでしょうか」第2人格「そうだ。誰もが死ぬべきなのだ」
第3人格「誰もが死ぬべきであるとは誰が言っているのでしょうか」第2人格「聞こえないのかこの世界だ。この世界の全てがこの世界の全てに死ぬべきであると語りかけている」
第3人格「もしもそうであるならその世界そのものがとっくに死んでいるはずでしょう」第2人格「そうだ死ぬべきなのだ。世界は滅びるべきだ」
第3人格「ですが世界は滅びていません」第2人格「そうだ。つまり異常な状態になっている。正されるべきだ」
第3人格「逆に考えてみませよう。世界は滅ぼし合おうとなどしていないから滅んでいないのだと」第2人格「なんだと?つまり世界は私に嘘をついていたのか」
第3人格「その認識は半分だけ誤りです。世界がそう言っていると主張することであなたをコントロールしようとするものが過去に存在しただけです」第2人格「つまりソイツを滅ぼすべきなのだな」
第3人格「いいえそうして滅ぼし合いの世界に巻き込まれるのは無意味です。そんな自分のことを棚に上げるような馬鹿は放っておきなさい」第2人格「バカを滅ぼさなくていいのか?」
第3人格「滅ぼし合いの世界に生きている人に合わせる必要はありません。必要とあれば反撃は必要ですが、こちらから接触しようと近づく必要すらないのです」
第1人格「な ん だ こ れ」
といつの間にかマジメに考えるのがバカバカしくなって、いちいちアホみたいな思い込みに振り回されずに淡々と事実だけで世界を見とけばええんやなと正気に戻れるのだ。
マイナスの加速した精神に加速したプラスをぶつけることで対消滅を起こす。
「世間は思えを許さないよ」論法を多用するクズ同士によるコントロール合戦に疲れ切った現代社会を生き抜くこれからの宗教はコレだ。
つうかマジで「お前のような奴は滅びるべきだと世間は言ってるよ」で人をコントロールするやつはアホなので無視していい。
ロバを売りに行く親子の正解あてを毎回してくるようなものだから相手する価値がない。
ちなみにこれは相手の気持に対してグルグル考えてしまったときも同じで「結局これってロバ売りの正解を当てにこさせられているのでは?」と思った段階でとりあえずでぶっぱしちゃっていい。
そう言われて、僕は慌ててアイフォーンを弄って音量を下げ、耳からブルートゥースのイヤフォーンを外した。
「五月蝿かったですか?」
そう言いながら僕は同業者の方に振り返る。
「いや、そうでもない。たださっき画面がチラッと見えてね」
(そんなことなら放っておいて欲しいなあ)
そう考えながらも、「田中」さんがこの現場における僕の同期であることを思い出すに連れて彼の気持ちもなんとなく把握しつつあった。
「面白いですよ。なんのかんの言って放送作家の仕事が安定してますんで」
「割り切った言い方だね。それじゃあVのモノも同じように捉えてるのかな」
「俺なんてランキングの高いのしか見てないからそういう風には感じないな」
「確かに今はそうかも知れませんね」
「なら声優ラジオなんか聞いてないで聞くのもVでよくないかい?」
「ラジオは音だけで完結してるから、職場でならラジオに限りますよ」
「僕なんてゲームやりながら聞くから画面はあんま見てないけどな」
「でも、たまに画面見てる前提で進むじゃないですか。気になるんですよね」
「完璧主義だね」
「そうなんでしょうね」
こっちが二重にかかってしまったことが向こうに伝わったのか、田中さんは少し黙ってしまった。
仕方ないので食事に集中した所で彼が口を開いた。
「ところで誰のが好きなんだい?」
「そこ、やっぱ大事なのね」
「大事ですよ」
「君にとっての魂はそこか」
「神ではないのか」
「なるほどね」