
はてなキーワード:絶対的貧困とは
日本の老化は、実際の年齢よりも激しい。
中年層すら、他の国の中年層よりも国際社会の発展に対する認識が遅れている。
それは何故か?
ゼロ年代、20年前を、他の国のまともな社会人は「大昔だな〜」と感じる。
その間、日本は…何も変わらなかった。何もできなかったというより、大人が自ら進歩を拒んで過去に拘泥すらし続けた。
現在の日本の開発の遅れは、単に世界の経済成長にまったくついていけてないからだ。
この事実さえ認識できれば、貧乏な国がもはや技術力で世界をリードできるわけもないと普通にわかりそうなものだが、まずこれが認識できないので、脳死老人の脳内では、まだ日本に何か凄い力があるという妄想が止まらない。
しかし、日本には何も残っていない。それどころか、衰退から目を背けるために、自ら自省する知性を投げ出しつつすらある。
惨めだ。
努力すれば東大(早慶・MARCHでもなんでも良い)は入れる、入れなかったのは努力不足みたいな発言に関連して、
自分がいかに恵まれているかがわかっていない!みたいな批判を最近よく見かけるようになったけど、
この手の発言で想定されている「人」って自分が所属していた団体(学校とか塾とか)にいた結果が出せない人たちであって、
環境のせいで努力の機会すらない人のことなんて考えてなくない?
同じフィールドで勝負していない人のことまで考える必要ってあるのだろうか?
というよりもそれを指摘して何を期待しているのだろうか?
最終的には「(失敗の延長線としての)現状の不遇は自己責任ではない」という議論に展開しがちだけど、
数量的に見れば、「努力すれば結果を出し得た人」の数は「努力する機会すらなかった人」よりずっと多いはず。
※努力する機会すらないレベルは、日本の経済水準を考えると相対的貧困では足りないはずで、絶対的貧困に近い必要があるはずという前提。
この一部の「かわいそうな人」をかばうために、努力はできたのにしなかった、挽回のチャンスがあるのに挽回しなかった怠惰な者まで正当化してあげる必要はあるのだろうか?
とはいえ、個別に自己責任的不遇者と非自己責任的不遇者を分けて認定していくみたいなことは無理なので、自己責任的不遇者を救うために救う必要のない非自己責任的不遇者も救うという議論にせざるを得ないのはわからなくもない。
両親がいて、家庭の所得が高くてもネグレクトは起こり得るから客観的指標だけで判断することは難しいだろうし。
でも、自己責任的不遇者までが結局救われる。努力せずに、あがきもせずに、他人を責め、社会を責め、環境を嘆き、運の悪さを呪う人たちに対して愚痴を言いたくなるのも当然じゃない?
生活保護を奪えとかって話でもないし、結局は努力して成功した人たちが納めた税金が大部分であるものにフリーライドしているのは間違いないのだし、それで「お前ら環境と運が良かっただけだから調子のんな」って言われるのはおかしくない?
低所得者の所得税・住民税なんて雀の涙だし、納税者と胸を張れるようなものではない。
じゃあ自己責任的不遇者は申し訳なさそうにして成功者に対して感謝をし続けろというのか?みたいな感じになるけど、その通りで、成功者に感謝をし続けるべきだと思う。
問題状況的には専業主婦or主夫が家事をしない状況で配偶者に感謝すらしないみたいなものだと思っている。
賢ければ気持ちよくお金を運んできてもらうために下手に出てうまく担いであげるんだろうけど、それすらできないポンコツだからなおさら腹が立つわけでしょ?
非自己責任的不遇者は救済されるべきだと思うけど、奴隷みたいな絶対的不遇と比べて相対的な不遇だし、国が裕福になればそのうち救われるかもしれないけど、
今の社会状況だと救える方法があるとは思えない。だからこそ、努力すればできる論とかではそもそも対象とされていないのだと思う。
仕方ないものは仕方ない。
年収700万円が弱者かどうかで議論になってるようだけど、彼が自分を弱者だと思うならそうなんじゃないかな
貧困問題に絶対的貧困と相対的貧困があるのと同様、弱者かどうかも絶対的な話と相対的な話があるんだと思う
相対的って意味なら自分は間違いなく弱者女性だと感じるし、日々生きていて辛い
きれいにまとまってない殴り書きだけどこんな感じ
・勤務先で年収1500万は平均よりもちょっと上くらいでそこまで高くない
・勤務先や大学時代の友人と比較してそこそこ残業がある(週平均10時間くらい)
・パートナーはもちろんプライベートで遊ぶ友人もいないから休日が孤独かつ同僚の休日や家族の話を聞くと複雑な気持ちになる
・精神疾患がある(職場の理解は得られているからそこは幸せだと感じる)
・したがって孤独感を解消したり愛される実感を持つことが永遠にないと感じる
・実家との折り合いがとても悪く何年も顔を合わせていない
・同僚と違って有名私立高や海外大出身でない自分の出自にコンプレックスがある
観測範囲を広げて、どこと比べて相対感を見ていくかを修正しろってことなんだろうね
そんなことはわかってるけど日々接する人は変えられないし、やっぱりつらいよ
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