
はてなキーワード:結構とは
この生活して5年以上経って気付いたが、これ23区にこだわらず地方都市ですらない地方でもいいんじゃないかと思うようになってきた。
起きてる時間は常に暇。普通の人なら外に出て飯食ったり街ブラとかのレジャー楽しんだりするんだろうけど、自分は「自宅外で丸一日過ごす」ような外出を一ヶ月に一回もしていないことに気がついた。
一応、自宅から五反田や新橋や品川あたりなら電車で乗り換え無し20分弱で行ける場所に住んでるのに。
席で電子タバコ吸えるカフェがそこかしこにあるとかなら外で丸一日過ごすのもやぶさかではないんだけど、都心ほどそういうカフェが全然ない。
上野で国立科学博物館や美術館行ったりしてガッツリ外出してやろうかなとも思ったが、自分は夜暗くなっても自宅から離れた場所にいる状態にかなり不安を覚える謎の体質であり、そうなると日が短い秋冬なんかは午前9時には自宅を出発していないといけなくなるので、「今日もう遅すぎて都心行けねえわ」と諦めることになる。ほとんど毎日。
そうなると、タバコも自由に吸えて好きなときにオナニーできて夏涼しくて冬暖かい自室でいいじゃん、ということになり結局部屋に引きこもり、(大好きな)セブンイレブンで食事を調達してまた部屋に戻って夜に寝るという暮らしが自ずと通常運転になる。
だから「これ別に地方でもいいじゃん」と思った。別に地方の都市部から離れたエリアでも徒歩圏にセブンイレブンある場所はいくらでもあるだろうし。
自分と同じように働かず親の仕送りで一人暮らししてる人って結構いるらしく、ネット空間限定の友達すらいない俺でもSNS上で簡単に何人か見つけることができたほどなんだが、彼らはみんな世捨て人・弱者・社不を自称している割には「外で遊ばないと死んじゃう!」みたいに随分と社会性が高くて、高円寺や中野や阿佐ヶ谷や落合あたりに定住してやたら評価の高い個人経営のカレー屋や洒落た飲み屋に幾度となく繰り出し、こんな便利で楽しく刺激的な東京暮らしは絶対に捨て難いと固い決意をしていた。自分とはまるっきり別人種だった。
俺、仕送りが相変わらずという条件付きなら釧路でも松山でも宮崎でも今と同じ快適さで暮らしていける気がするんだよなあ。
本当に出不精な体質なんだと思う。車だって持っててわざわざ月極駐車場契約してるのに週1回も使ってないからな。しかも使うときは絶対に都心に行かず逆に山梨とか南房総を目指すという。
ここで思考実験として自分がりくの彼氏だと考える。すると、世の中ではあの2人が画面に映るたびに付き合ってるよね,絶対付き合っているよねと噂をしているのを聞いてヤキモキする気になってくる。演技終了後に感極まって自分の彼女がりゅうをウットリした目で見つめて、それに対してりゅうが頭ポンポンしたりするのを見て居ても立っても居られない気持ちになるのである。
りくは良い子である。りゅうの方がどんな奴なのかは知らないが、りくとりゅうが間違った事をしでかすことがないというのは冷静に考えればわかる。しかし、スケートに全てを賭けるりくの俺は何を理解していると言えるのだ。2人で喜びも悲しみも分かち合いながら世界の頂点を目指す姿を見ると、りくにとって本当に大事なのは俺ではなくてりゅうの方でないか、とそんな思いが俺を苛むのである。
こんな人も、彼氏とかできたら全然意見変わるんだろうなって思ったけど、今時男性ならまだしも女性で恋人いないって結構珍しいからそりゃないか
恋人いても性欲そういう感じになるもんなんだね
個人居酒屋でニャ~ンって猫が歩いてて、ビックリしたら店主に言われたけど、
猫は好きだよ。飲食業でカウンター回り歩かせるなって言ってんの。車屋の犬放し飼いもそうだけど、ペットと商売をはき違えてる店結構あるよな。
Fortniteは若年層が遊んでるってのがまずあると思う。まぁVTuber見る層もやってるっちゃやってるけど、「VTuber見てFortniteもやる」ような人って確実に面倒っていうか、変な絡み方してくる輩が多いだろうね
あとあのゲームの建築テクニックってなんかもう極まり過ぎてて、新規参入かつ配信者がやるには結構厳しいことになっている。建築無いモードもあるけど、それならまぁApexとか他のゲームやるよねっていう。
フリーって誰か忘れたけど1人めっちゃホモに人気のキャラいなかった?
未だにピクシブに腐女子向け・ホモ向けとしてAI作品結構頻繁に投稿されてるからまだまだ現役なんじゃない?
あと内容的にガチの腐女子かホモしか見てなさそうだからちょうどいいんだと思う
日本でも女は花より男子の道明寺みたいなモラハラクズが好き!みたいなのたまに見る
未だに花より男子かよって思うけどそれ以外パッと思いつかない
NHKで「若者が何故中道を支持しないのか」というのをやっていたが、理由の2位が「公明党が参加しているから」だった。
https://posfie.com/@mumimushunyu/p/5uBkoGr
JX通信社の米重克洋代表が、昨年の参院選で公明に投票した有権者が今回、投票先に中道に選ぶ割合は73・6%。一方で立憲に投票した有権者は55・7%というデータを紹介
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/376332?page=1
妄想で敗因語るのも結構だけど創価学会が予想以上に嫌われてただけじゃないっすかね
貴様は今日も設計を名乗りながら、プログラマーを手が速いだけの文字入力装置として扱い、仕様という名の曖昧な願望リストを投げつけ、実装フェーズで破裂する地雷原を育てていることと思う。
大変結構。地雷の栽培は趣味としては悪くない。だが仕事でやるな。
気分と希望と思いつきのトリプル放尿をPowerPointに整形しただけの、装飾付き未確定情報である。
そして貴様はそれを「この通りに作れ」と言う。
その資料には「整合性」「境界条件」「異常系」「性能要件」「運用」「データ整形」「責務分離」が存在しない。
あるのは雰囲気と矢印と、謎の箱だけ。
決めた上で、破綻しないように制約を置き、曖昧さを潰し、例外を定義し、トレードオフを明示し、運用まで見通す。
「たぶんこう」「いい感じで」「よしなに」で逃げる。
そして何より滑稽なのは、貴様がプログラマーを「タイピスト」だと思っていることである。
論理を構築している。
異常系の宇宙と格闘している。
データの整合性を守りながら、速度と保守性と拡張性の三つ巴の地獄で妥協点を探している。
簡単なら、お前がやれ。
だが現実は違う。
その地味さに耐えられず、見栄えだけの資料を作り、「設計完了」と言って会議室から消える。
そして炎上したら戻ってきて、こう言う。
「なんでこんな実装にしたの?」
それはお前が決めなかったからだ。
ここで貴様の最終奥義が出る。
「設計通りに作ってくれればよかったのに」
出た。責任転嫁の完成形。
設計が曖昧だから実装側が補完したのに、その補完を勝手な判断と呼ぶ。
最後に言っておく。
設計者を名乗るなら、最低限やれ。
決めろ。曖昧さを残すな。
データの形を決めろ。型と制約を決めろ。
敬具。
田舎の50代未婚ホビットおじさんの「私スタダヲタの女だけどジャニヲタはなんで死ぬまでジャニヲタなの?」「日本の女は全員ジャニが好き、ブサメン高身長より低身長イケメンを選ぶ遺伝子、右も左もフェミもアンフェも全ての日本人女性がジャニーズ性加害を擁護した」という主張も虚しく…
パクるとかより、今の🍼にジャニーズ感じちゃってる状況が悲しいよね
ここ(🍼)にあるやんみたいな現象がおきてる
今のバズり曲調も結構あの頃のトンチキジャニーズに似てる所あるってずっと思ってた
ジャニヲタの僻み凄くて見てられない
先輩が後輩を可愛がるとか後輩が先輩を尊敬して伝統を受け継ぐとか、そういう清いブラザーフッド的な雰囲気とかもスタエンに残ってないからね、自然と長年やってた事務所に客も流れるよ。他事務所の方がちゃんと基礎レッスンされてるし露出も現場もあるし。
先輩が後輩を可愛がるとか後輩が先輩を尊敬して伝統を受け継ぐとか、そういう清いブラザーフッド的な雰囲気とかもスタエンに残ってないからね、自然と長年やってた事務所に客も流れるよ。他事務所の方がちゃんと基礎レッスンされてるし露出も現場もあるし。
ラポネに限らず2次元とかVとか舞台オタも害悪行為してるやつとかマナーなってないやつって大体ジャニオタ出身なのマジでなんなんだあれ
というか最近アイドルのファンサ分析みたいなのめっちゃ増えた気がする、、〇〇はまんべんなくみんなに〜、〇〇は可愛い子ばっかりに〜とか、、前までここまでファンサにこだわる人ってあんまり多くなかった気がするけどこれもジャニオタが流れてきた影響なのかな?
ジャニオタ上がりでもけーぽ界隈に溶け込もうとするオタクとジャニオタ人格のままで好き勝手するオタクに分かれる。mond主は後者。嫌われやすいやつ。
ドドドドドド新規です🙋♀️💛
ジャニヲタ歴10年以上で、初めてこの界隈を好きになったので、先輩み!るきーずの皆さんおすすめの曲とかライブ参戦の時の注意とかありますか?
ぜひ教えて頂きたいです🙇♀️
#MILK
#みるきーず
(流れ防止の仁人くん↓)
(ALTも見てください🙇♀️)
2008〜ジャニヲタずっとして初めてジャニ界隈以外のアイドルにハマってるからジャニーズ?って毎回聞かれる🤧M!LKはジャニではない!w
これもお前?
https://anond.hatelabo.jp/20260201183717
発表直後はショックで食欲とともに体重が落ちたが、流石にもう元に戻った。
それでもまだときどきモヤモヤする。思考に隙間ができるとモヤモヤが入り込んでくる。
アニメにハマって、気がついたら中の人にもハマって、、、というパターンである。
なので彼女には結構アイドル声優的な立ち振る舞いを求めていた。
しかしながら、せつ菜を降板してからはそういうムーブはほとんど見られなくなり、今一つ満足感を得られないまま推していた。
今思うとそこでさっさと推すのをやめてしまうべきだったのだと思う。
それでもまあ可愛いしライブはそこそこ楽しいしなんとかモチベを保ちつつやっていけていた。
彼女の方向性は先にも述べた通り、典型的なアイドル声優ではなかった。
しかし、売り方は完全にアイドル声優といういびつな構造ができていた。
例えば、CDをリリースするたびにリリイベとして対面サイン会を開催し、ファンにCDを積ませた。
よくわからない商品を出すのはアイドル声優らしくないが、その搾取構造自体はアイドル声優と言えるだろう。
そんな売り方が嫌で結婚しちゃったんじゃないかなあと考えてしまう。別に擁護はできないけど。
そして今、彼女はラジオや個人番組、イベントを全部キャンセルして、表舞台から姿を消している。
これは3月末まで続くと見られている。
ほとぼりが冷めるのを待っているのかもしれないが、まだファンでいてくれる人々に対して誠意ゼロだろう。
まじでなんなんだ。
よく言われている「学生時代からの〜」は余計だった論は正直自分にとってはどうでもいい。
せつ菜をやっていた頃のアイドル声優楠木ともりの影を今もずっと追い求めていて、でも結局こっちを振り向いてはくれなかった。そんなところにガッカリしているのかもしれない。
https://anond.hatelabo.jp/20260209194059
ファンからすると寂しいかもしれないがとても誠実で羨ましいと思った。
つい最近アーティストデビュー5周年を迎え、まだまだ上に行けると思っていたが、結婚してしまった。
こうなると、正直もう伸びしろは無いだろう。武道館なんて絶対無理だ。
東山奈央さんのようにアーティスト活動10周年を華々しく迎えることも難しいだろう。
どうしてこの選択をしたのだろう。
写真のような絵であれば、写真と同じ価値しか無いのが本来であるが、手描きで描かれたと聞かされた途端に価値を認めるのが人間だ。
これは、その創作物の制作過程にこそ価値があるのだという人間の本音の現れである。
このような普段我々が意識していない本当に自分が勝ちを置いているのはどこか?ということを理解することは大事だと思う。
逆に自分の価値基準を知らずに、理想的な価値基準こそが自分の価値基準であると勘違いすることのほうが危険だ。
なんだってそうだと思う。
例えばルッキズム。
ルッキズムは人間の価値基準に深く刻み込まれていて、ほぼすべての人間においてデフォルトであるはずなのだが、それを否定するのは危険なことだ。
わかるだろうか?
ルッキズム自体を否定することと、自分がルッキズムな価値観に支配されていることを否定するのは別の意味であるということを。
私たちが「見る」ということが、その対象のファーストインプレッションであれば、それは確定的だ。
もちろんそうではないこともあるっちゃある。
たとえばネット上の文字ベースの交流で知り合った相手と初めてリアルで会う場合などだ。
それまで会ったことはないが、ネットでの交流で人柄や考え方などを知っている場合だ。
その場合には、人の見かけ=その人の価値、とは直結しないだろう。
とはいえ、それとて、その人の見かけによって、それまでのその人に対する評価は大きく変わることは言うまでもない。
と言った具合のことを素直に認められるかどうか?というのは結構重要な分かれ目であると思う。
という認識であればいいが、私はルッキズムに支配されていないと考えるのはおそらくは間違いだ。
怒ってはいけないという風潮が広まった
クレーマーやガミガミさんを黙らせる分には大変結構なことなのだが、逆に他人を怒らせるようなことをする奴が野放しになり、まるで匿名のインターネット掲示板のような風紀に社会全体がなってしまった
怒らせたもん勝ちというか、怒らせたら勝ちみたいな
ちゃんとしてる人はロム専みたいなもん
民主党政権時代には結構メディアから批判されてた気もするけど、長らく自民党政権だから「体制に待ったをかけられる存在」としての重宝はメディアにとってたまらなく魅力的(使い勝手がいい)な政党だったと思う
•メイク
色はパーソナルカラードンピシャのもの買わないと結局使わなくなる
•服 靴 小物
パーソナルカラーと顔タイプと骨格診断の真逆のもの選ばなければ結構なんでもいい
逆にパーソナルカラーと顔タイプと骨格診断極めた服はコスプレとかアニメキャラっぽくなり、奇抜なのに無難で違和感
骨格診断に8割、顔タイプに1.5割、パーソナルカラー0.5割くらい
•髪
江戸時代にも薩摩藩による琉球王国の侵略だったり、北海道の開拓という名の侵略だったりと、結構周辺国を自国領(自国の影響下)に組み込んでいるから、江戸時代が平和だったわけでもないし、植民地がなかったわけでもない。
https://anond.hatelabo.jp/20260213002708
税務+キャリアコンサルみたいな仕事してるんだけど最近多い案件を思い出した。
「兄弟や兄妹で、死ぬまで一緒に暮らそうと思うんですけど、何か問題とかありますかね?」
みたいな相談。
最近は家族仲が多い世帯が多いのか、よくわからんけど。とにかく増えている。
「扶養控除もまあ額面によってはできますねえ、医療同意権が明確保証されてなかったり、共同名義で不動産所有したりすると結構トラブルの元っすよ?」程度のことしか言えないんだが。
(あと、片方がボケた時、同じ老人ホームに入った時に、クソほど揉めるケースがすっげえ多いって介護士の友人は言っている。おすぎとピーコみたいだね)
俺は姉貴いるけど、絶対一緒に暮らしたくねえな~、と思いながら、とりあえずそんなアドバイスしてる。
30歳のイケメン兄貴とずっと腕組んでる美人な26の妹さんとかも見たよ。すごいよね。俺には想像もつかない世界だ。
でも、先輩、後輩も最近はこの手の相談めっちゃ受けてるんだよな。
みんな、結婚は諦めて、ルームシェアも諦めて、家族とずっと、死ぬまで一緒にいるっていう段階に戻ってきたらしい。
独身、実はもう十分に助け合ってるんだよな。
娘の進学について、もし自分と似た所があったら何を助言できるかなぁと考えて過去を整理したので、ここに書き留めておくことにする。
中学受験コースに通い四科目の勉強を始めた。途中から社会の勉強がつまらなくて(楽しんで覚えられなくて)、二科目コースに移った。すると受けられる学校の幅が狭くなり、その中には強く行きたいと思う学校も無かったので、嫌になって中学受験コースから学校のサポートコースみたいなコースに編入した。
サポートコースは受験コースと比べると当然易しい内容で、簡単すぎると感じることもあった。
中学に上がると流石に高校受験を目指すコースになったが、そこでは上位クラスをキープできた。小学校の頃の助走があったこと、最初から三科目で行くと割り切っていたことも大きかったと思う。五科目で理科社会をやっていたら潰れていたか、結果的に総合的な偏差値を下げていたと思う。(社会は相変わらず覚えられなかったので……)
夏期講習や夜遅くまでの授業、正月特訓などを経て、無事に高校受験には成功した。
さすがに塾に通うことにはうんざりしていたので、絶対に予備校なんて行かない、大学の付属校に行くぞという気持ちで付属校ばかりを受けまくり、五校のうち四校に合格した。
高校ではその後、色々な点で苦しみながらも、友達や趣味に恵まれそれなりによい思い出を持った状態で卒業することができた。
苦しみについて補足すると、学校の授業で学び、家で宿題をするという当たり前の習慣に馴染めなかった。要するに勉強するモチベーションが沸かなかった。鬱に近い状態であったと思う。
勉強しなくてもちゃんと成績が取れる、という世界線を望んでいたのだと思われる。しかし自分はそのような天才ではなかったので、普通に悪い点を取ってはしょげてた。
それを認識した上でも、まだ勉強することに面白みを見いだせない時期が続いた。勉強は苦しみであった。もしも、目的意識がある、学問領域としての面白さに気付く、得意な科目で無双する、楽しんで競争する、といったことが出来ていたら、また違ったのかもなぁと思う。
そういう意味では情報の授業では割と無双してHTMLやJavaをやっていたかもしれない。
あとは、試験勉強を友達と学校やファミレスでやるというのも、楽しかったな。それに、そこで救われていたとも思う。
その反省も踏まえ、エスカレーターで進学した大学ではこの勉強が次にどう繋がっていくか、ということを少しは考えていたと思う。
B1は学部内で学科が分かれずに、B2で振り分けがあるタイプだったので、行きたい学科に行くためにはよい成績を取らなければならない、しかもこの学習はB2の基礎になるはずだ……とまでは考えたのかは覚えていないが、それなりに頑張ったと思う。
学科への振り分けも決まると、ようやく勉強と職業との繋がりが見えるようになってきて、学んでおきたいというモチベーションは増えた。またB3では研究室配属があるため、行きたい人気の研究室に入るためには良い成績を取らないとなぁという観点でも、諦めたりすることは無かった。
また、サークルに参加したのも良かったし、普段から内部進学の友達やB1でクラスが一緒だった友達とつるんでいたのも良かった。サークル活動に励んだり、喋ったりご飯を食べたりするのは楽しかったし、必然的に情報交換をして、頑張ろ〜なのかやんなきゃ〜なのか分からないけど、勉強のモチベーションになっていたのかもしれない。
サークル活動が専攻の内容ともリンクしていたことも価値があったと思う。これってどういうことだ?という疑問がサークル活動の遊びの中から生じて、別に宿題でも何でもないけど図書館に行って調べたり、活動の成果物を作るためにあれこれやったりしていた。
この頃は結構成績も良くなってきて、専門科目は一部を除いて良くできていた気がする。
そんなこんなで気になっていた研究室にも入ることが出来て、やりたい分野の企業にも就職することができた。今の仕事にも満足している。
勉強の苦い経験というのは、成長しているということであり、多かれ少なかれ苦しむことになると思う。その時に折れないで頑張れるかどうかは、自分の経験では目的意識と交友関係が大事だったのだと思う。
娘には、色々な事に興味を持てるといいね、仲間と一緒に遊んだり勉強したり色々やれるといいね、という方向性を提示していきたい。