
はてなキーワード:経験談とは
この話は順風満帆な経験談ではない。限界集落で嫁がブチギレ、深夜の田舎道を脱走、警察沙汰。最悪の関係を経験した男の話だ。 (「女の激情型」クソダリィと当時は思った。この表現は許してくれ)
俺の読者には男性が多いだろうから、存分に味方してやりたいところなんだが、結論を言う。
原因の90%は男性側にある。
世の中には「ダメ夫」コンテンツが溢れ返っている。妊婦たちはそれを武器に「やっぱり男が悪い」と自信満々だ。憎たらしい。 男側の視点で書かれた情報を探しても、ほとんど見つからない。
だが、10ヶ月を経験した俺の結論は「男側に問題がある」だった。
残酷な話なんだけど、世の中の問題が解決しない最大の原因は、事実を認識できず、自己正当化バイアスに浸かって相手の悪いところばかり探すことにある。俺自身がそうだった。
これを事前に知っていれば、どれだけ楽だったか。だから、伝えたい。
構成はこんな感じ。
価値観なんて全て合うはずがない
1.価値観なんて全て合うはずがない
冷静に考えてみてくれ。いくら愛し合っていても、生まれ育った数十年は全く違う環境だ。その過去の経験が今の価値観を作っている。完全に一致するわけがない。
ここで多くの男がやる失敗がある。 「価値観をすり合わせよう」とすることだ。
違う。価値観は「すり合わせる」ものではなく「広げる」ものだ。
相手の価値観を否定せず、自分の世界を広げる材料にする。これができないと、妊娠中どころか、一生喧嘩し続けることになる。
男側のよくある意見
「俺だって仕事で疲れてるのに、帰ったら不機嫌な顔されても困る」
「何が不満なのか言ってくれ。察しろは無理だ」
「同じことを前はスルーしてたのに、急にキレるのはなんなんだ」
女側のよくある意見
「私は24時間この体で逃げ場がないのに、あなたは外に出られていいよね」
「言わないとわからないって、ずっと一緒にいて何を見てたの?」
ここで残酷な事実を言う。 男には、どんなに想像しても、体の負担は絶対に理解できない。
つわり、腰痛、眠れない夜、胎動による内臓の圧迫。24時間、逃げ場なし。 俺たちはそれを「大変そうだね」としか言えない。想像の限界がある。
だからこそ、「どっちが正しいか」で争っても意味がないんよ。そもそも、同じ土俵に立っていないんだ。
問題は「正しさ」じゃない。「どう向き合うか」だ。
ここが核心だ。
男は「今」で評価する。今日ゴミを出した。今日優しくした。今日家事を手伝った。 だから「俺はちゃんとやってる」と思う。
女は「総合」で評価する。 この1週間、この1ヶ月、付き合ってからの全期間。 積み重ねた不満、言わなかった我慢、全てが蓄積されている。
男が「今日は頑張った」と思っても、女の帳簿には過去の負債が山積みになっている。 この評価軸のズレを理解しないと、永遠に噛み合わない。
ここで起きる負のスパイラル
男:「俺は稼いでる。だから十分貢献してる」 女:「稼いでるのは1項目。家事は?育児は?私への気遣いは?」
男:「今日はちゃんとやったのに、なんで不機嫌なんだ」 女:「今日だけじゃない。この3ヶ月の積み重ねの話をしてる」
男:「何が不満か言ってくれ」 女:「言わなきゃわからない時点で、見てないってことでしょ」
噛み合わない。永遠に。
「それでも満足して、幸せな家庭もあるじゃないか」と言いたい人もいるだろう。 残念ながら、それは精神年齢が遥かに高く、子供を守ることが第一優先の彼女らが「諦めている」だけだ。
@minatoku_genkai
·
ある程度成功してる経営者に共通して大いなる勘違いしてることがひとつある。
お金持ち
=それだけで旦那(彼氏)レベル10点満点中7点くらい行けてると思ってる
これ、俺的には大いなる勘違いで、お金持ちであることは五角形の1項目に過ぎないことを忘れている。
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経営者に多い勘違いがある。 「稼いでる=旦那レベル高い」と思ってること。
違うんよ。稼いでるのは五角形の1項目に過ぎない。家事、育児、家族サービス、全部が横並びの項目だ。
「俺は稼いでるから」は、女の総合評価では1項目のプラスでしかない。 他の4項目がマイナスなら、トータルでマイナスだ。
家事をやらないのは、仕事で借金を抱えてるのと同じ。社会がどれだけ賞賛する人間であっても、お金をたくさん稼げたとしても、部屋を散らかして家事を投げ出した場合、大きな意味では「借金のあるニート」がたくさん家事を頑張っていることと変わらない。
そう気づけるかどうかが、分かれ道になる。
ここまで読んで、「じゃあどうすればいいんだ」と思っただろう。
まず、大前提を思い出せ。妊娠はとても幸せだという事実を忘れるな。
妊娠は奇跡だ。できなくて苦しむ人も多い。 これから可愛くて仕方ない天使と暮らせる。 今はその幸せの準備期間だ。
多少、相手にイライラを感じても、この状態が途轍もない幸せであり、さらなる幸せに向かうための準備だと思え。
より良い父親、母親になるために価値観を広げる準備。 楽せず楽しめる人間性を獲得するための準備。 そう捉えろ。
一方的にやってると、バランスが崩れて、相手が図に乗るから嫌だ。 そう思うこともあるだろう。
じゃあ聞く。子供にも同じことを思うのか?
そして、相手を変えることなんてできない。 ただ、どんなに図に乗る人でも、たくさんのことをやってもらったら人は変わるものだ。
自分が器を広げ、変わり続けることが大事。 (男にこれは期待できないがw男はどんどん図に乗ってあぐらをかく)
自分の器を広げること
@minatoku_genkai
·
結婚の決め手はなんだったの?って聞かれること多いけど、いつもこう答える。
みんなが欲しいのは条件とかなんだろうけど、人を条件で選ぶ。と言うこと自体が一番器が小さい状態だと思うんよ。
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結婚の決め手を聞かれたとき、俺はこう答える。 「自分自身が器を広げて豊かになること」
条件で相手を選ぶ。相手に変わってほしいと思う。 それ自体が、器が小さい状態だ。
相手の責任にするのではなく、自分を変えていく。 これしかない。
@minatoku_genkai
·
せっかく自由手に入れたのに、なんで制限してくるような人と結婚するの?って聞かれるんやけど、自由でいることは、そもそも幸せではない、「楽しい」と「楽する」を履き違えてるだけ。
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「せっかく自由なのに、なんで制限される結婚をするの?」 そう聞かれることがある。
答えはこうだ。自由でいることは、幸せではない。 「楽しい」と「楽する」を履き違えてるだけだ。
俺みたいな自由奔放な人間を制限できるパワーがある人といるほうが、一歩後ろを歩く人より、一緒にいて面白いに決まってる。
できることはなんでもしろ
大変なことは百も承知だ。俺が自分の無能さを自覚して行動した結果を見て学んでくれ。全然足りないと思うが、あまり人に感謝を伝えるタイプじゃなかった妻が毎日ニコニコ「ありがとう」と何十回も言うようになった。
@minatoku_genkai
·
俺は港区時代、今の妻と同棲中にも関わらず毎日朝まで飲みに行っていた。
当時は仕事だと正当化していたが、全て最高到達点の高い理想を実現できた方が絶対に良いと完全に気持ちを切り替えた。
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幸せも、自由も、責任も、全て自分の手の中にあることを忘れないで生きたい行きたい。
そして、家族が誇れる、自分が誇れる魅力的な人間とは、常に理想を高く持ち、そのために変化を恐れずに行動し、葛藤を抱え、悩みながらでも前に進み続けることができる人ではないだろうか。
まとめ:俺が10ヶ月で学んだこと
稼いでるのは五角形の1項目。他の項目も上げろ
これを実行したら、警察沙汰から、途轍もなく幸せな夫婦生活になった。
変われない自分に言い訳してる時間があったら、一緒に行動しよう。
いろんな邪念がまだまだよぎるだろうが、より高い理想を目指そう。より良い父親、旦那を目指そう。高い理想には大きな痛みも伴うが、それでこそ楽しい人生だし、魅力的な人生なんじゃないだろうか。
もしこの記事を読んで、少しでも参考になったという人は引用などでより多くの人に届けてほしい。そして、各々のパートナーにシェアしてほしい。
まだ未婚の方はブックマークで保存を推奨する。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
一つの経験談を話しているだけなのに、現実以外でもネット上でぶつかって来る人もいるが悲観しないでほしい。
私は不幸で社会的弱者だから道を譲ってくれて当然と言語化する事はおそらくないだろうが潜在的にそうなっている人もいる。
自分のSOSをこういう形でしか示せない人もいる。(中には検挙され犯罪者となってしまう人もいる)
相談できる人がいないとこうなるケースが珍しくない。犯罪を犯せば信頼度は無くなる事ががこうせざるを得ない人がいる。
存在の承認欲求:社会的に孤立し、誰からも認識されていないと感じる人は、負の形であっても「他人に影響を与えた(ぶつかった、怒らせた)」という事実に、歪んだ充足感を得ることがある。
置換(ディスプレイスメント):本来怒りを向けるべき対象(職場、家庭、社会制度など)に手が出せないため、無関係な通行人やネット上の見知らぬ人を「安全な攻撃対象」として選ぶ現象です。
認知の歪み: 「誰もが自分を蔑んでいる」という被害妄想的なフィルターがかかっていると、道を譲る・譲らないという些細な出来事が、生存をかけたプライドの闘いにすり替わってしまう。
これらを考慮して向かってきた相手とチキンレースをするメリットは無い。
自分を守るのであれば10m先に人が居たなら積極的に視線を合わせず避けたほうがいい。
道幅がなければ立ち止まっていも良い。田舎なら道幅は広い。
困っている相手を救いたい思いはあるが、個人ではどうしようもない。
経済学の定理とかあるとして、それを数値に落とし込めば対称性とか出てくるのに、文系は定義で理解しようとするから、定義に合致しない主張を「数値が示していても」拒否している。
経済学の定理は、本来はほとんどが数式で書ける。効用関数、制約条件、期待値、均衡条件。そこに一度落とし込むと、対称性や保存則めいたものが自然に立ち上がる。
たとえばMM命題でも、「企業が外に出す総キャッシュフローが一定」という制約の下で、配り方を変えても価値が不変になる、という構造的対称性が見える。これは定義の問題ではなく、写像の不変量の話だ。
「企業価値とは何か」「株主が得するとは何か」という定義をまず固定し、そこから外れる主張は、たとえ数値やモデルが示していても「定義に合わないから却下」になる。これは反証拒否というより、形式言語への過剰コミットだ。
「優待は現実に得をしている人がいる」→「得している以上、価値がある」
ここでは期待値も価格調整も、数値としての均衡条件も登場しない。代わりに「得」という日常語の定義だけが支配する。数値モデルが示す対称性は、最初から視界に入っていない。
まず量を置く。保存量があるかを見る。対称性があればノーザー的に不変量を疑う。定義は最後に整える。
経済学の定理も、本来はこちら側の文化に属している。MM命題が美しいのは、倫理でも経験談でもなく、対称性が露出しているからだ。
このズレが厄介なのは、数値で示しても通じない点だ。
「この条件下では期待収益は等しい」と言っても、相手は「でも優待は嬉しいよね?」と返す。これは反論ではなく、別の座標系で話している。
問題は、構造の話をしている場面で、例外や感情を主語にしてしまうこと。
経済学の定理がしばしば誤解されるのは、「社会の話なのに、実は対称性の話をしている」からだ。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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**寒さ・仕事の愚痴・食や雑談**といった日常までが自然に行き交う、非常に生活感のあるログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
最近 Claude Code と OpenAI Codex の比較がたまに流れてくる。個人的な感想や経験談はまあ読んでて楽しいものの、そこから発展して「このサービス使う人はこうだ」みたいな謎のレッテル貼りや攻撃があったりして、なんだかなと。
情緒的価値の判断による選択を正当化しようと必死なのが滑稽だなと感じる。
そもそも客観的かつ定量的な比較評価ができないし、個人で評価軸も変わるし、言ってしまえば比較を発信する意味がないものである。
とはいえ個人が発信したくなるのはわかるし、やめるべきとも思わなけども。せめて発信力のある人があたかも "正しい比較" を元にした "事実"であるかのような顔をして言ったり、ましてや相手を貶めようとするのは、大変やめたほうが良いのではないかなと思わなくはない。
[ ] 文の長さ・構造が全体的に均質で揃いすぎている
[ ]文法的に整いすぎており、崩れや言い直しがない
[ ] 強い個人語彙(癖のある言い回し、俗語、地域語)が少ない
[ ] 怒り・喜び・戸惑いが言語化されすぎている
[ ] 具体例が抽象化されており、細部が少ない
[ ] 「よくある例」「一般的なケース」が多い
[ ] 導入→整理→結論の流れが綺麗すぎる
[ ] 短文・長文の混在が意図的すぎる
[ ] 「重要」「問題」「〇〇と言われる」など抽象語を括弧で強調している
[ ] 同一パターンの「」強調が繰り返されている
[ ] 極端な主張を避け、バランス重視
[ ] 「断定しない断定」が多用されている
[ ] 文が途中で途切れたり、勢いで書かれている
[ ] LLM的特徴が 6 項目以上 → LLM作文の可能性が高い
[ ] 人力兆候が 4 項目以上 → 人力作文の可能性が高い
[ ] 両方が混在 → 人力+LLM補助の可能性
貴様の自己放尿は、レッテル貼りと論点すり替えを同時にやっている点で、議論としては致命的に弱い。
まず「これ系の理系」という曖昧語で対象をぼかし、「PCカタカタできるだけ」という侮蔑的表現で能力を矮小化しているが、これは主張の内容に一切触れていない。
数学的に正しいかどうかを検討できない人間が、人格類型をでっち上げて安心しようとして自己放尿しているだけだ。
そもそも、ここで問題にしているのは「他分野について専門家面しているか」ではない。
アルゴリズムが入力履歴に基づいてレコメンド分布を更新し、その分布が利用者の情報環境を規定する、という事実だ。
これは経験談でもノリでもなく、確率過程と最適化の話であり、まさに数学の領域だ。
条件付き確率、強化学習、情報エントロピー、これらを知らずにYouTubeやAIを語る方が、よほど誤解を持っている。
数学は内容の格付けをしない。再生数が多いか少ないか、流行っているかどうかには無関心で、構造が正しいか、論理が閉じているか、仮定と結論が整合しているかだけを見る。
高度理論の動画が再生数1桁に留まることは、数学的には何の矛盾もない。
むしろ、対象人口が指数的に小さい分野ほど、期待再生数が低くなるのは自明だ。
ここを理解できずに「ちゃんとしたものは伸びるはず」と言うのは、統計リテラシーの欠如を自白しているに等しい。
また「PCカタカタできるだけ」という表現自体が、数学と計算機科学の関係を根本的に誤解している。
現代のアルゴリズム、機械学習、推薦システムは、線形代数、確率論、最適化理論なしには一行も書けない。
コードは結果であって本体ではない。本体は数式とモデルだ。そこを理解せずに「他分野にも通じているつもりだろ」と揶揄するのは、顕微鏡を覗いたことのない人間が生物学者を「ガラス眺めてるだけ」と言うのと同じ愚かさだ。
結局その反論は、「自分には分からない数学的議論を、態度や人格の問題に落とし込んで無効化したい」という防衛反応でしかない。
数学は冷酷だ。誰の肩書きも、分野横断の印象論も救ってくれない。正しいモデルを立て、正しい推論をし、観測と整合するか、それだけだ。
ありがたいことに両親は健在で、正月は実家に家族が集まりました。
50代のおばさんの近況報告は場にそぐわないだろうと思い、
姉妹の子どもたち(私から見て姪・甥)を含めた家族の話を聞きながら、
私は一人で帰宅し、元旦でも開いているスーパーに寄って簡単な夕食。
その時ふと、「ああ、一人なんだな」と実感しました。
結婚や家庭を持たなかったことを後悔しているわけではありません。
30代・40代の頃は「一人最高」と思っていましたし、
ただ、50代になり、
「これからをどう生きていくか」「どんな心構えで過ごしていくか」を
改めて考えるようになりました。
また、不幸だとか寂しさを誰かに埋めてもらいたい、という気持ちでもありません。
同じように50代でおひとりさまの方が、
どんな目標や楽しみを持って日々を過ごしているのか、
心の持ちようや、60歳までにやっておいて良かったこと
やっておこうと思っていることなどがあれば、
私は、体が動くうちは旅行を楽しみ
はじめはごく普通の感じのいいお姉さんだと思った、恐らく自分より一回りは年上だったからだ
とはいえAがオタクになったのは最近のことらしく、どこか浮ついたポストも多かったがそこまで鼻につくことはなかった
あれ、と思い始めたのは繋がってひと月くらい経った頃に下ネタの雰囲気のTLで自身の経験談的な軽い下ネタを混ぜたポストをしていたのだ
直接的なものではないが正直「うわぁ……」と思ったのは事実で、しかしAのオタク歴が浅いこともありそういう時期もあるかな、と流していた
次に苛つきを覚えたのは、とあるイベントに合わせて自分が主催となってアンソロを作ろうとした時だ
狭い界隈なのでXのグループDMでお知らせなど全体のやり取りをしていたのだが、Aは直接そのお知らせ用のグループDMでアイビスの使い方を聞いてきた
いやお前が今手に持ってる板はなんのためにあるんだという言葉が出かかった
そもそもそういったソフトを使ってコピー本を出したことがあると聞いていたのになんでそこで躓いたんだとも言いたかったが、ぐっと飲み込んだ
次からは主催である自分にソフトの使い方をDMで問い合わせてきた。だからお前が今手に持っている板はなんのためにあるのかと小一時間問い詰めたい気分になった。大人だから我慢して「今私も検索したのですが」と返信した
この時点で私はAに対して疲労感を感じていた。人柄が悪いわけではない。とにかく考え方が合わない
自分は下ネタが嫌いなわけではなく誰かの実体験を匂わすようなポストが苦手、ソフトでわからないことがあったらまずネットで検索するのが先
Aは恐らく実体験を匂せる下ネタも平気で、ソフトの使い方がわからなかったら知り合いに尋ねるのが先
イベントも無事終了したが、ここでAが別名義の匂わせをしだした
確かに同ジャンルの他カプで、私の好きなカプでもあったが同時に描いていたのがド地雷カプだった
申し訳ないが別名義はブロックした、ド地雷カプは名前も見たくないし口にするのもおぞましいと思うほど地雷だからだ
別名義の匂わせ時点でAをミュートしていた
自分はとにかくめんどくさいオタクなのでド地雷カプを好きなオタクのポストなんて見たくなかった
それでも自カプの萌えるポストもあるし、紹介してくれた相互Bの面子もあるし……とブロックまでには至らなかった
その頃から私が転職し多忙になったこともあり、なかなかXに浮上できなかったからある意味ミュートでちょうどよかったのだ
しかし、Aはなぜか私のことを気に入ってくれていた
恐らく話しかけやすかったのだと思う。私の実力は中の下ほどで仲間意識も持たれていたのだろう
今度は直接DMで「私さんの推しのグッズ当たったから」などのやりとりが発生するようになった
もう勘弁してくれ!と叫びたくなる
そもそも私はパーソナルスペースが広めであまり誰かとベタベタしたくない、前々から感じていたがAは距離感が近すぎて嫌だった
それでもなんとか時間差で対応していたが、Aが別名義で出したコピー本を贈りたいと言い出して限界になった
Aからのまるでリアルの友人に対するような距離感が無理になった
ド地雷カプではない好きなカプの本だが、もうA本人が地雷になっていた
アンソロはグループDMでやりとりができる(複垢持ちなので確認した)ことがわかったのでそれでやりとりができる
ならここまでストレスを感じながら彼女との繋がりを保っている意味がなかった
これで自カプ界隈から避けられてもいいや、と思った
先日 数回目の万引きでとうとう
初めてではない取り調べ
万引きの担当の警察官は苦手で、また怒鳴られるのかなぁと思っていたら温厚な方でした
2回目の示談の時は、正直思い出したくもないくらいの罵詈雑言で
悪いことをした事は認めているし 受け答えがハッキリしているタイプの自分は
正直捕まってしまったものはどうしようもないのでハッキリ話しているだけなのに
頭を垂れてボソボソと話せば はたまた泣きながら許しを乞う事をすればいいのか悩みました
あれはなんなんでしょうか 何が正解なのでしょうか
正直、悪い事をしたのは理解していたし、
その時、反省の意もありましたが
反論するのも違うと思いましたが、正直そこまで言う必要ある…?と疑問を覚えました。
自分は「わかりました」とだけ返答し、心にモヤモヤを抱えたまま 3回目の万引きをしました
「犯罪者の顔って言われたから」という投げやりな気持ちでした。
それをそのままその時の取り調べでも言いました
そしたら取り調べしてくれていた警察官が
「それって、クレプトマニアの事でしょう?」と言われました。
後に調べた所、クレプトマニアとは
クレプトマニア(窃盗症・病的窃盗)とは、個人的な必要性や金銭目的ではなく、物を盗みたいという衝動を抑えきれずに繰り返し窃盗行為に及んでしまう精神疾患です。盗む行為の直前に緊張感が高まり、盗んだ時に快感や満足感を得るのが特徴で、盗んだ物は使わずに捨てたり隠したりすることが多く、自分でもやめられずに苦しむ人が少なくありません。との事で
クレプトマニアの人は毎日のように万引きを繰り返してしまう病気で、だから自分は当てはまっていないから安心して、そんな事言った警察官が頭おかしいよ 悪い事はしてしまったけど病的なものではないよとその時の警察官に言われたことが私の救いでした。
取り調べが終わり0時を回る頃、とある女子拘留所に連行され荷物を預かり処方薬や持病や性病の有無、拘留所で使うもの(主に石鹸タオルハンカチ靴下パンツリンスインシャンプー等)を購入することになりました、初めての拘留 いつ出れるのかな?という気持ちもあったので私は最小限に納めましたが 基本靴下パンツハンカチは2枚ずつが基本で、ハンカチかぁ…となった私は警官を振り切って1枚だけにしました。
後はリップクリーム ボディクリーム等がありましたが必要ないかなと買いませんでした。
私の通された部屋は海外の人3人日本人のおばあちゃん1人の私を合わせて5人部屋で
海外の人2人が日本語がまあまあ使えて 1人はほぼ使えない 静かな部屋に通されました
勿論名前は番号呼びで 基本友人を作るのは禁止(後に出た時に交流の際脅されたり等のトラブルがあるらしい)なのですがメンツがメンツなので話すことはありましたが友人にはなりませんでしたね。
問題がここから まず東京地裁に行き検事さんとお話します、その後裁判所で拘留の日数が決まるのですが大都会東京都は2日に分けてそれをやる(地方は一日で済むらしい)のですが
それがほんとーに苦痛でした、朝8時に出て3箇所纏めてやるのですが私語厳禁のただの硬い椅子に手錠をされてほぼ12時間缶詰…私は10日拘留で済みましたが地裁には4回行きました…
それがなければ、拘留所にいる際は
6:30 起床
7:00 朝食
昼ごはんまでの間に点呼や運動(実際は髪を梳かしたりするだけ)や5日に1度お風呂(20分)ぐらいがあるのでそれを済ませ 後は一日1度前日に選んだ本を読めるのでそれを読む
12:00 昼食
17:00 夕食
21:00 消灯
という感じで 私は結局4冊は読めたのかな?
イニシエーションラブと地面師のスピンオフ作品と10代が読むような小説を読みました
漫画は何故かスラムダンク(凄く中途半端な巻数から)がありましたね。
最後の検事さんとの話と弁護士を挟んでくれるので(自分で知り合いがいる場合はその人を呼べる)弁護士さんと話しながらなんとか不起訴で拘留所を出ることが出来ました。
ちなみに同室のおばあちゃんは話を聞いている限りクレプトマニアで拘留所から出てまたすぐ万引きして来年には刑務所に行くのだとか…
おばあちゃんはどうやら孤独で、拘留所や刑務所にいる方がいい とまで言ってました…凄いと言っていいのか 寂しい人だなと思うべきか…
他の部屋の人はわかりませんが、若い子や海外の人が多かった印象です。
私は深くは聞きにくいので他の人の罪状はわかりませんが…
ですが、防犯カメラもそうですが結構人の集まるお店には万引きGメンがいるってのはわかりました、示談で済めばその店出禁位で済みますが、示談出来なければ即逮捕なので
ほぼいないと思いますが、絶対にしない方がいいです 1度でも成功してしまうと癖になってしまうので…
最後に逮捕された時に取り調べした警察官さん、私の話を親身に聞いて否定してくれてありがとうございました お陰であのモヤモヤは晴れて再犯はしないと思えました。
万引き担当の警察官さん 怒るのは必要だし、こちらが悪いことをしているから何も言えないけれど、言っていいことと悪い事の分別はつけて欲しいなと思いました。
あと、ハッキリ話しているのを反省していないと判断するのも軽率なのでは?と思います。
例えば
単純に
セックスしたら
イケメンと話せた
色んな性癖の話がきけた
勇気を出してカッコいい人に声をかけただけ
今までMでやってきたけど、少し相手の気分を上げるために「S」をした
イチャラブも悪くないと再発見した
コンドームしっかりつけれない奴
店員さんが「いいよ!この単男!」と言っていた人に勇気を出して声かけたけどイケメンすぎてうまく話せず終わった
無言が怖いからとにかく場を回そうとしたけど、女性が別にそれやらなくていいよって言われた
気を使いすぎっていわれて、数時間しか話してない初めて会う人に見透かされた
カウンターで隣の男性と何話していいかわからず、店員さんにSOS求めてその場で濁す
(ほぼ私の経験談!)
「最悪だった日」みたいな出来事も全部ひっくるめて「いい経験」に変換できるならば
もっと声かけておけば・・・・この躊躇って一歩踏み出せなかったという「経験」が
この前職場の隣の席で若いイケメン社員が会話してたんだが、ずーーーーと女性の悪口言ってた。
女はみんな自分が食事代払ってもらえるのを当たり前だと思ってる。当たり前だよ?当たり前っておかしいだろとか。
女優遇されすぎてないか。なんで女性だけ女性専用車両なの。男は冤罪のリスク高すぎるしそんなに痴漢怖いなら電車乗るなよとか
まるで普段非モテがネットに書き込んでるようなことをモテモテで幸せなんだろうなと勝手に決めつけてた側の男が言ってるのみて驚いた。
しかも軽い感じの愚痴じゃなくて話し方がシリアスで重くて怖いんだよ。
もしかして非モテよりも本当の本当に女性を嫌悪してるのはイケメンで普通に彼女作れる男側なんじゃね?と思った。
確かに考えてみれば非モテは現実のデートの経験が無いから女性への嫌悪感は全て脳内の妄想でしかない。あってもマチアプとかの少ない経験談だろうし。
しかしガチのイケメンは何度も何度も何度も若い可愛い女のワガママな態度を実際に味わってきてるわけだ。
ここで俺はある仮説をたてた。
↓
↓
・社会人になった途端に金が絡むようになり話が複雑になる。
彼氏に求めることがイケメンに留まらず(デートで奢ってくれる人)(プレゼントをくれる人)など歯止めが効かなくなる。
↓
・都内でデートしてるカップルは一見幸せそうに見えて男は金をせびる女を心の底では嫌悪している。
「顔は可愛いしセックスできるから我慢するか…」とギリギリで耐えながら付き合う
金がいくらあっても足りない。
↓
なのだと思われる。
最終的に同じイケメンならイケメンで金持ちを選びコロコロ浮気する。
そんな経験を踏まえてイケメンのほうが非モテよりもむしろ女性の嫌悪感が強いんじゃないかな。
ただ、俺は男性にも責任があると思う。俺らが女性を甘やかしすぎた結果なんだよ。
若くて可愛い女の子が職場にいたら可愛いというだけでみんな多少の態度の悪さとか許容しちゃうだろうし。
男は単純だからヤりたいがために顔が可愛いだけの女にペコペコしちゃうだろうし。
アイドルブームとかの”可愛いが正義で可愛ければ全て許される”みたいな風潮も間違いなく女を調子に乗らせた原因の一端。
「世田谷区とは言っても千歳烏山だよ〜? 全然お嬢様じゃないよ〜」と彼女は謙遜して言うけど、地方のクソ田舎出身の私からすればそもそも東京に住んでいる時点で上級国民なのだ
貴族と言っても過言ではない
A子は本当にいい子だと思う
ゼミが同じになったというだけで私みたいな芋臭いデブスとも仲良くしてくれる
とにかく愛想が良く、気遣いがうまく、それでいて押し付けがましくない
ユーモアもあり、教養もあり、都会的な洗練された振る舞い方をしている
はたから見れば私のような上京したての芋ブスごとき、こんなお嬢様によくしていただいたって時点で頭を下げて感謝すべきだって話なんだろうけどA子と話していると時々どうしようもなく疲れてしまう
いや、疲れるというのも適切ではない
疲れとイライラと無力感を足して割ったような、そして時々A子を刺し殺してやりたくなるような、そう言う気持ち
田舎者の僻みだと言われればそれまでだけどA子に対して今までの人生でもほとんど感じたことのないような憎しみを抱くことが時々ある
友達になってすぐ、大学の帰りにゴンチャを飲みに行ったことがあった
地方クソ田舎出身の私はほとんどゴンチャの実店舗に行ったことがない
用事があって家族と最寄りの地方都市に行った際に寄ったことはあったけど友人同士は初めてだった
田舎者の私にとってゴンチャに行くのは一大イベントであり、憧れであり、特別なことなのだ
会話の流れでそのことをA子に話したらA子は「ええー!それならもう毎日行こうよ」と冗談めかして言った
「毎日はともかくシーズンごとに行こう」「新作がでたら行こうよ」と
A子は話の流れで「中学のときに友達とよく通ってた」「高校に入ってからは太るからあまり行かなくなった」と言っていた
脇からすーっと男が寄ってきて「おねーさんたち、いまひま?」「飲みに行かない?」と声をかけてくる
私は本当にびっくりして「こんな漫画でしか見ないようなことほんとにあるんだ!」と感動半分、恐ろしさ半分といった気持ちになっていた
時間にして20秒くらいだと思うけど私にとってはあまりに衝撃的すぎて今でもあの男の顔、セリフの一つずつを正確に思い出せる出来事だ
「本当にナンパっているんだね!」と感動して伝えるとA子は「あんなのしょっちゅうだよ」と苦笑いしていた
「どこにでもいるよ、あんなの」「夜に駅を歩いてたら絶対に1回は声をかけられるよ」「明大前くらいまで行けば流石にあまりいないね」と
「居酒屋奢るから一緒に行こうって相手に言われて、「私、高校生ですよ?」って伝えたら「え!ラッキーじゃん!」って叫ばれたことがあるよ、いろんな意味で倫理観終わってるでしょ」
A子は笑い話としてこともなげに言う
高校生にこんなことを言う男にドン引きしたし、もし私の地元で同様のことが起これば全校集会で注意喚起されて警察のパトロールが増えて近所一帯全員1ヶ月はこの話をし続けることになるだろうと思う
でも、東京で青春を過ごしているA子のような女子中高生にとってはこんなの日常茶飯事で、ナンパの躱し方くらいは常識らしかった
夕飯はホテル内にある高めな雰囲気のレストランに行くことになっていた
「大学生ならこういうのを一個を持ってなさいってお父さんが買ってきたやつだよ」
「使う機会ないと思ってたけどこういう機会があってよかった」
私は田舎者なのでロエベなんてブランド知らなかったからその時は「ハイブランドなの?すごいね!」と調子を合わせてた
ホテルのペラペラの浴衣にロエベのポーチを手に持ったA子の姿は今でも鮮明に覚えている
一方で私のポーチはZOZOTOWNで適当に買った謎ブランドのそれ
そもそも旅行に行くって話を聞いてから私はお金を稼ぐためにガールズバーでバイトしていたけど、実家暮らしのA子はきっと旅行の費用は全部親から出してもらっていたのだと思う
ブランドと言えばA子に服を買うのに付き合ってもらったこともある
地元にいた頃は服は基本ZOZOTOWNでブランドも見ずに買っていたし、上京してしばらく経ってもそれは同じだった
でも東京にいて友達と遊べば色々なブランドの色々な実店舗を目にすることになる
それでA子に服選びに付き合ってもらった
色々悩んでナノ・ユニバースのなんてことはない1万円以下の上着を買ったけど、きっとその時A子の身につけていた服装はもっと上の価格帯のものだったんだろうな
「なんでこんな中高生が着るようなブランド買ってんだろ」って内心バカにしていたのかもしれない
私がこんなクソ田舎の僻み根性丸出しにして劣等感を抱えていることを察してもいない
高校生にもなって「夜8時頃うちの学校の生徒が〇〇街近辺をうろうろしていたそうです! きちんとおうちに帰りましょう」なんてクラスのホームルームで注意喚起されるような環境も
校則で男女交際が明確に禁止事項として挙げられていて、誰かと誰かが付き合ってることがバレれば先生に呼び出されるような環境も
放課後にやれるのは部活くらいなものでふらっと遊びに寄れるような施設すらない暮らしも
A子は言っていた
高校時代に付き合っていた彼氏が結構遊びに行きたがる人だったからそのおかげでこうして新宿の街案内ができていると
行きつけのカフェもレストランもその彼氏と通い詰めたところだと
「新宿は歌舞伎町のある方より西口の方がいいお店たくさんあるよ」
「ビジネス街だから殺風景だけど美味しいご飯食べたりお茶をしたりするだけなら絶対西口の方がいいよ」
新宿西口を「殺風景」というような価値観なんて私には一生かけても獲得できないと思う
こういう、何の抑圧も受けずに欲しいものはすぐ手の届く範囲にあってぬくぬく育ってきた東京育ちの、それ故の優しさや気遣いって本当に鼻につく
こういう人種の厄介なところはこっち側が僻んでいるだけだから責められないというところ
A子のせいで私は散々傷つけられているのに、こういう傷つきもすべて私の性格の悪さのせいにされてしまう