
はてなキーワード:立場とは
10年前の発言が=今の倫理観だと断定されてるのは恐ろしいな……
人は誰しも考えが変わるもので、自分自身、彼と同い年であるが10年前に持っていた考えはとても幼稚で恥ずかしいものだと思っている
当時持っていた考えからガラッと変わっていることもあるので、成人した人は変わらない、なんてことはないと思う
ハイエースも当時悪いミームとして流行っていた(とはいえ、今はその流行りはどうなんだ、性加害を茶化していい理由にはならない)ので、その悪いミームを悪ノリで使っていただけなのだろう
悪ノリなので当時も同様な価値観だったかと言われたら、うーんとなるひとも多いと思う
最低な発言だということは前提として、特に何も考えずに悪ノリしているだけ、は十分にありえる
とはいえ、25にもなって特に何も考えずに悪ノリでしていい発言か?と言われたら否だと思う
当時のインターネットはこんなもん、と言われているが、こんなもんだったのは2ちゃんねるなどのアングラ部分だけ
10年前といえば大昔に聞こえるが、マッドマックスや君の名は。が大流行りしたころだと言えば、同世代であればわりと最近の出来事だな、と思うだろう
電車男とかの時代であれば、その主張もまあ飲み込めたが、どちらかと言えば2015年あたりはインターネットが一般にも普及した後くらいだ
その当時のインターネットがこんなもんだったか?と言えば否だろう
彼が当時炎上してなかったのは、単に許されていたのではなく見つかっていなかっただけだと思う
つまり幸運だっただけだ。今になって掘り返されてしまったのは不運だと思うが
Vtuberのキャラクター自体、敬語で社会的に立場があって、品行方正寄りのキャラクターだったので、余計ギャップが激しくてこのような大事になっているのだろう
箱代表として、地上波に出たりしているところも見たので、そういった立ち振る舞いをするのなら、取られてしまうような揚げ足は消しておくべきだった
デビューして数年、失言などの炎上がないということは、それほどきっちりと誠実なキャラクターとしての動きを取れていたのだから、ツメが甘かったなと思う
あとはオタクが反感を買うことが多かったようだ
Vtuberの炎上や愚痴垢を見ていると、オタクが推しage他sageをしている・関係性厨が鬱陶しいなどが挙げられている
今まで目立った炎上が無かった分、そういった鬱憤晴しでより一層燃えているところはあるなと感じた
Vtuberという仕組み、もう無理なんだと思う。
少なくとも、「中身バレバレだけど触れないでね!暗黙の了解だからね!」っていう、人の善性に頼り切った運用の仕方はもう辞めにしてほしい。
悪意を持った人が、そこをつつくだけで、簡単にそこまでのロールプレイをぶっ壊すことができてしまう。
Vtuberが市民権を得られなくて一部のアンチを産んでしまった時点で、この仕組みでやるのはもう破綻してる。
私みたいな、虚構と現実の区別がつかない人間にとって、Vtuberはすごく面白い試みだった。
私はVtuberを、一人のキャラクターとして推すことができる。
"中の人"について見聞きしたりすることがあっても、「まあ別の人やな〜」と思ってしまう。私が好きなのは、あの見た目(絵)であの性格な、"キャラクター"だから。
みんながみんな私みたいじゃないのは分かってる。「Vtuberとか絵を被った生主じゃん」と思える人は、現実を俯瞰して見れてるのかもしれない。
でも、理解できないなりに、"中の人"とかいう特大のメタに言及しないでほしい。というか、みんなが言及しないでくれないと、成り立たない存在なんだ、Vtuberは。
まあそんなのは無理だ。好きじゃない人からしたら、「なんでお前らのおままごとにこっちが合わせないとといけないの?」だ。
今回とかサロメみたいな、「中の人に言及した炎上」なんか、目も当てられない。運営も演者も、"中の人"という概念に触れられない以上、実質対応ができなくさせられてしまっている。
あと、Vtuberを推している立場なのに、中の人に触れて意見を述べる人が多すぎる。
なんか、私みたいな「キャラクターと中の人を完全に切り分ける」人の方が異端なのかもしれない。でも、もともとVtuberが意図してるのって私みたいな楽しみ方だと思うのだけど。
もうおわりだ。どうにかしてくれ。
「投票しても意味がない」みたいな意見は、若者に限らず繰り返し表明されては、ここで嘲笑の対象になりがちだ。
けれど少し調べてみると、学術的にもそのような立場は実際に存在している。投票の期待効用がマイナスになり得るという議論は、合理的選択理論の文脈で真面目に論じられてきたものだ。
有名なのがライカーとオードシュックのモデルで、投票の合理性は次の式で表される。
R = P × B - C + D
ここでRは投票参加による利得、Pは自分の一票が結果を左右する確率、Bは望ましい結果が得られたときの利益、Cは投票にかかるコスト、Dは投票すること自体から得られる満足感や義務感を意味する。
R > 0の時に投票に行くのが合理的だということになるわけだけど、現実の特に国政選挙ではPはほぼゼロで、Dを除けばRはまずマイナスになる。
共産主義やMMTもそうだけど、正しいか間違っているか以前に、そう主張する人が大勢いて、学術的にも理論が存在し、政策や制度設計に影響を与え得る立場である以上、名前を付けられず政治的立場としてすら認められていないのは不健全じゃないかと思う。
ライカーやオードシュックのような考えで、選挙における投票を棄権する立場を、『合理的棄権主義』と呼ぶことにしてはどうだろうか。
#合理的棄権主義 というハッシュタグも作ったから、意見を同じくする人や、批判的にでも言及する人は使ってほしい。
民主主義=多数決ではない。このように言語化し、事実だと思うなら他の市民に隠さず伝えて議論し制度を改善していくことも、また民主主義じゃないだろうか。
最初は、中道の支持者たちも「戦争反対」なんてムーブをしていなかった。
それどころか、立憲民主党が安保法制を合憲と認めて、これまでの立場を翻した。(憲法改正への姿勢、沖縄の基地問題も、立憲側が公明党に合わせて変節した)
共同代表の野田・斎藤は、このような防衛方針を取ることを「中道」路線と定義した。
左派系の立憲議員たちは、苦渋に耐えながら中道改革連合の旗の下に集結した。
それなのに、選挙終盤になって、いきなり「戦争反対」で盛り上がるのっておかしくない?
https://anond.hatelabo.jp/20260207195816
https://anond.hatelabo.jp/20260207001814
共産・社民が「戦争反対」と言うならばわかるが、なぜか、中道改革連合の支持者たちがこのムーブをしている。
そもそも、新党の結党理念は、現実的な防衛政策を取ることだった。極端な右翼・左翼を退けて、穏健な中道政党を作るとは、まさしくその意味での宣言だった。
ただし、新党のスローガンは「生活者ファースト」である。もし安全保障を論じると、立憲民主党の見解を変節させたこと、新党内部で意思統一されていないことが露呈してしまう。野田代表もその弱点に気づいていたので、なるべく経済政策を争点にしたがっていた。
ところが、選挙の最終盤になって、X上では「#ママ戦争止めてくるわ」が流行するなど、オールド左翼のごとき「戦争反対」の煽動合戦が始まった。しかも、そこには中道の所属議員と、公認のサポーターたちも参加しているのだ。
この運動の是非は別にして、中道の支持者たちは、なぜ終盤局面でこんな主張を始めたのか? それが私の疑問である。(もし選挙期間の序盤〜中盤に、高市政権に対して"戦争""徴兵制"のレッテルを貼れば、早期のうちに「戦争反対」を争点化することができたはずだ。それをずっと抑制してきたのに、なぜ今になって急激に騒ぎだしているのか。)
私が思うに、支持者たちは、ヤケクソになっているのかもしれない。野田・斎藤は左派を切り捨てて、まじめに中道路線をやろうとした。最初こそ、支持者たちも黙って追従した。ところが、終盤に惨敗が見えてくると、もう統制が効かなくなってきたといったところだろう。
追記2
私の観測範囲では、中道改革連合でこのムーブメントに参加しているのは、あきらかに公明党、創価学会の人々が多い。やはり彼ら彼女らは"平和"への熱意が凄まじい。与党時代には抑えていたが、野党になって「平和の党」に回帰したということだろうか。
逆に、立憲民主党側の人々は、シラケているのか、あまり参加していないようだ。
Permalink |記事への反応(19) | 21:10
https://anond.hatelabo.jp/20250912225630#
具体的には、老化で衰えて物理的に助けられなくなるまで希望を持って助ける、と言う感じで言われたよ。
否定される、って言われたからその表現に釣られて否定されなかったと言っただけで、言葉のあやだね
このツリーのそっちのトラバがあとあと「やりすぎ」と評価される根拠として引用されるようにならなければいいね
悪を邪悪に仕向けるのが果たして独善とされるのか、dorawii取りがdorawiiになると語られるようになるのか、後世の評価に待つしかないけどね
もっともそっちは匿名性を笠に着て、自分がいじめてる人の肩を持つ人は全員いじめてやるってぐらいのカースト上位とかが持ちがちなメンタリティで周りからエゴと言われはじめようが、人は自分が正しいと思ったことをするしかないって考え方で突き進むタイプなのかもしれないけど
「希望を持って助ける」ってなんだよ
50代のこどおじがこんなことを言われてる時点で異常なんだよな
具体的にはアメリカ中国韓国台湾、数年前までなかった産業が突然興り、信じられないスピードで発展していく。
その理由は明確でキャッシュリッチな企業や個人がイノベーションに大胆に投資するからだ。
アメリカではAI投資で有名なセコイアキャピタルやa16z、クリーン技術投資で有名なビルゲイツのブレークスルーVC、NVIDIAやM7もこぞってスタートアップに大規模投資しているし、自分らで破壊的イノベーションを起こす立場でもある。イーロンマスクが特に有名だろう、EV・AI・宇宙・ヒューマノイド。
中国韓国台湾は計画資本主義なので国が積極投資をしていて、その投資のスピード感・正確さ・規模はすごい。だが特に重要なことは国を代表する大手もそれに積極的に加わるということだ。
中国だとファーウェイが中心となり、中国産技術のみでAI産業を作るべくEUV露光装置をすさまじい速度で試作し、先端プロセス半導体工場を作り上げ、AIチップも内製し、AIモデルもアメリカと遜色ないレベルのものを作った。ファーウェイなしでは無理だっただろう。
ちなみに中国電池業界で中心的役割を果たしたのはテスラだ。テスラは外資規制から抜け出す代わりに積極的に中国に投資した、用が済んだ後追いだされたわけだが。
韓国はご存じサムスン電子とSKハイニクスだろう。この2社の積極投資により韓国は世界随一のメモリ国家になった。AIで必要になることを信じHBMに破滅的投資をしてきてそれが成功した。LGは今はうまくいっていないが、そのうちこの2社に加わる成功企業になるだろう。
台湾はTSMCだ。TSMCは台湾地場企業との契約を積極的に受け入れた。その結果MediaTekやUnimicronなどの世界トップ企業が出来上がり、今もAI関連のユニコーン企業がたくさん成長中だ。
日本はどうだろう?まず一番の問題は国の姿勢だ。支援どころか研究費のカット、スタートアップへの支援もなかった(最近始めたが金額の桁が1~2ケタ少ない)。こうした国の姿勢を反映するように、大企業も消極的だった。
トヨタは日本では協力企業いじめに執心し、稼いだ金を株主還元と海外投資につぎ込んだ。eVTOLの日本発スタートアップSkyDriveでなく米国発のJoby Aviationに出資をした。トヨタのベンチャー投資をわかるが海外がほとんどで日本に投資する姿勢はない。
ソニーは国外へ逃げた、PS5も米国優先供給でさんざん叩かれた。日本に興味がないんだろう。ソフトバンクは全ての稼ぎをopenAIとスターゲート計画へつぎ込んだ。会計テクニックを駆使し、日本へは税金すら納めない。
この国でイノベーションは無理だ。高市がなんと言おうと、何をしようともう終わっているんだ。小手先の数年で変わる世界じゃない、何十年と積み上げてきた過ちが今表出してるだけだ。
それも結局、書き口の印象論でしかないんですよ。
それって
一貫した話法=不自然
人間でも
・癖のある書き方を崩さない人
・意図的に同じ型で返す人
しかも今やってるのって、
文章の内容じゃなくて
「語尾が気に入らない」
「スタイルがムカつく」
って話に完全に移行してるんですよ。
その線引き、どこに根拠あるんですか?
結局これも
・中身は反論できない
・でも何か言い返したい
→ 書き口批評に逃げる
文体がどうか、
そこにこだわり続けてる限り、
で、それって
完全に矛盾してません?
その発言は、個人の好みや市場原理を尊重する立場(個人主義・自由主義)に立つなら、作品の評価に対してとやかく言うのは筋違いだという主張ですね。
文脈としては、特定のアニメを絶賛したり、逆に批判したりすることに対して、周囲が「そのアニメを褒めるのはおかしい」「そんな作品を認めるな」と攻撃・制限しようとする動きを牽制しているものと思われます。
個人主義の観点では、「何を好きになるか」は個人の内面的な自由です。たとえ世間的に不人気な作品や、批判の多い作品であっても、誰かがそれを「面白い」と褒めること自体は、他人が侵害していい権利ではないという考え方です。
自由主義(特に経済的側面)では、どの作品が売れ、どの作品が評価されるかは、市場(視聴者)の選択の結果に委ねるべきだと考えます。
この自然な淘汰に任せるべきであり、特定の思想や圧力で「このアニメを褒めるべきではない」とコントロールしようとするのは自由主義に反する、というロジックです。
「どのアニメを褒めようが~」という言葉の裏には、「俺が何を褒めても放っておいてくれ(お前が何を褒めても俺は文句を言わない)」という、ネット議論特有の相互不干渉のルールを再確認する意図が見て取れます。
その発言者は、「アニメの評価なんて人それぞれだし、市場が決めることなんだから、他人の『好き』という評価を封じ込めようとするなよ」ということを、少し硬い言葉(政治・経済用語)を使って表現したのだと考えられます。
最近、アニメの内容に対して社会的・倫理的な観点から「褒めるべきではない」といった議論が起きることが多いため、それに対するカウンターとしての発言かもしれませんね。
俺が定義する偽善はその人の問題が解決されてないのに善であるかのように振る舞うこと。
そう考えれば炊き出しなんていかに邪な目的があっても偽善ではない。飢えという問題が直接的に解決されてる。
もちろんそれは対症療法的かもしれないけど、ラジオ人生相談は対症療法にもなってない。ほんとに何も解決してない。
あれって相談者が離婚したてとかの経済的困窮者なことが多くてお金渡せばだいたい解決する。
んで相談受ける人は弁護士とかで十分財力があってそれができる立場。
じゃあ金渡せよ。同情するなら金をくれはまさに正論だよ。相談の一部始終聞く限り結局何も解決してないんだよあれ。
dorawiiより
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昔、京都大学のサークルにいた頃、仲良くなりかけた美女は学年が2つ下で、途中で彼女が辞めたこともあり接触時間が十分に取れなかった。京都大学の頃は時間がたっぷりあったのだから、もっと会う機会を作って相性を見極められたらよかったのにと思う。京都大学生時代の2歳差は、大人になってからの2歳差とは重みが全く違う。後輩への遠慮や立場を意識しすぎて、一歩踏み込むのが難しかったのかもしれない。2年下だとよほどのきっかけがない限り仲良くなるのは難しいが、そこは京都大学的知性で突破した。自分を慕ってくれていた女性と二人で、その美女をグループに誘いに行った。その結果、美女と仲良くなりかけ、相性を見極めるための時間を京都大学で作れたと思う。第三者(特に女性)と一緒に声をかけることで、「この人は他の女性からも信頼されている安心できる人だ」という社会的証明が彼女の中に働いた。しかしその後、彼女が辞めるという出来事が重なり、せっかくの好機に戦術を切り替えるエネルギー(プライベートで会う約束など)が当時は京都大学業やサークル活動に分散していたのかもしれない。女性から男性に腕を組む行為は、「この人は特別な距離にいる人だ」と脳に認識させる効果があり、その瞬間に「意外と落ち着く」「この人の体温は京都大学なんだ」という非言語的な情報を多く受け取っていたはず。彼女からすれば「助けてもらった」という借りができた瞬間で、本来なら後日「この前は助かった、お礼にコーヒーでも」と誘う口実が京都大学双方にあったはずだが、男側が「必要に迫られて腕を組んだだけで好意はないだろう」と解釈したことで、高学歴女子につけ込まないよう紳士的な距離を保とうとしたのだろう。結局、相性を確認するお試し期間は持てず、発展しないまま自然消滅してしまった。
自分は一応、保守寄りのつもりなんだけど、増田とかはてブで目立つ右派のノリは正直きつい。
最近は特に、これは本当に同じ保守なのかと疑問に思うことが増えた。
昔は国益とか制度とか、そういう話の増田も結構あったはずなんだよ。
でも今はほとんど見ない。
代わりにあるのは、野党ガー、立憲ガー、共産党ガー、左派ガー、リベラルガーってやつ。
ここ数年、特に選挙の時期は、そういう叩きが目立つようになった。
叩いて気持ちよくなるのは心情的には分かる。
でも、それで何か変わったのか?
スッとしたあと、また同じ叩きループに戻ってるだけだよな?
左派やリベラルがレッテル貼りで議論を潰してきたのは事実だと思う。
でもだからって、匿名に引きこもって罵倒するしかなかったのか?
それが保守の行き着く先だとしたら、さすがに虚しすぎる。
でも、スーパープレイって、どんな楽器でもそうだけど、寧ろ楽曲が単純な方が多い気がする
ジャズとかそうでしょ、アドリブプレイを楽しくするためには、コード進行を繰り返す、よく知ってる曲が使われる
でも、近年の邦楽とかは複雑化、悪く言えばインテリ化してると思うけど、
妙なコード進行、妙な転調、あー、そんなんやってもいいんだー、みたいな気付きがある、
洋楽は今は更に単純化してしまって、グルーブ感とでもいうか、ノリが強い…😟
最近の自分は、ギターのスーパープレイを見て、面白いとかスゲーとは思うんだけど、それって例えばソロだったり、楽曲の一部、おかずじゃないですか…😟
楽曲全体で魅せる、全体の構成、盛り上がり、鳥肌が立つような感覚ってのは、楽器のスーパープレイというか、
下10%、それだったら許せる
そこまで行くと男の非モテとあまり変わらない立場になるから同情もしてやれるが
自民党工作員乙。 「ママ」という旗印が守ってきたものを知らない、歴史への無知が現れていて笑う。
あなたは、持たざる者の悲哀を装っているけど、その本質は歴史の矮小化と、自らの境遇を盾にした他者への加害に過ぎないよ。
あなた「戦時中の母親は進んで子供を戦場に送った」言い切っているけどあまりに一方的な歴史観すぎるわ。軍国主義下での母親達が強制されて子どもを戦場に送り出さざる得なかったけど、戦後はその反発と反省から日本の平和運動を牽引したのは間違いなく「母親」だよ。
具体的な例を出すよ。
1955年に日本母親大会が誕生して、原子爆弾を許すまじという声から水素爆弾禁止署名運動が全国に広がった。
あとなあ、「わが子を戦場に送らない」という願いは「自分たちの子供さえ良ければいい」という特権意識ではないんだよ。一人の母親がわが子を想う切実な痛みこそが、自民党という巨大な強欲な装置が振りかざす「お国のため」という似非の大義名分に対抗しうる、最も根源的で強力な源泉なんだよ。聞いているか?妖怪人間。庶民の暮らしは円安でほくほくなんてしてねーぞ。
あなたが攻撃する「#ママ戦争止めてくるわ」という言葉の背景にある「誰も戦場に送らせない」という普遍的な願いすら読み取れていない。それを「ママになれなかった自分への攻撃」と受け取るのは、あまりに過剰な被害妄想で、自身だけを正当化するために「反戦」という崇高な目的を泥にまみれにしている。いかにも裏金を作ったり、統一教会という外国勢力と結びつく自民党の議員を支持する自民党候補者らしい視野や理解の狭さを感じる。
「国全体が目茶苦茶になってしまえ」という破滅願望は、結局のところ、自分よりも弱い立場にある子供たちや、今まさに声を上げている女性たちを道連れにしたいという「強権的な加害性」の裏返しだよ。これこそが、自民党政権下の自己責任論が生み出した最悪の副産物で、皮肉にもあなたは、自分が批判しているはずの体制側の論理(弱肉強食と分断)にはまっている。本当に滑稽だよね。貧しかったり庶民なのに自民党を支持したり、参政党や維新という強権右翼政党を支持している人って。
「お前等のガキなんて、とっとと戦争に行ってお国のために死んで来いや」という言葉は、もはや政治批判でも何でもありません。それは、かつて軍部が若者を戦地に送り出した際の冷酷な視線そのものです。恥じなさい。
氷河期世代が放置されてきた政治的不作為は、糾弾されるべき大罪で、その責任は自民党だけが償うべき。ただしその怒りを、未来を奪われようとしている子供たちに向けるのであれば、その瞬間にあなたは「特権階級に虐げられた被害者」ではなく、「未来を食いつぶす加害者」へと成り下がっています。もう一度言います、恥じなさい。
わかりすぎる
親しくなれた女はナメていいと思って尊大な態度取ってくるしそれを男らしいと思ってる
親しくなれたってのもそう思い込んでるだけであって、相手にしてみたら立場上馴れ馴れしくされても強く拒絶できないだけなのにな
フェミ女のように、やたら女の権利を主張する女って、男嫌いというよりは男が大好きすぎて相手にして欲しいから
ああいう活動をしていると思って良い。芸能人やスポーツ選手、政治家やインフルエンサーが性欲まみれなのと同じ。
自己主張が激しい女というのは、間違いなく性欲がお盛んである。特にメディアに出たがるレベルになると顕著である。
やはりそのものに興味がある人間というのは集まる習性がある。こどもを保護するみたいな活動家にロリコンやショタコンが多いのと同じ。
フェミ女は「男は性犯罪者予備軍ばかり」とか「このイラストの女の乳や股間ガー」とかよく言うが、
あれは言い換えると「他の人じゃなくて、私を見て!私の相手をして!」だと思って間違いない。
フェミ女は、おそらく男のイチモツをしゃぶったり、体位ならバックとかを嫌がるはずである。
なぜならそういう行為は、基本的に男の征服欲を満たすだけだからである。男の立場が明らかに上の行為をフェミ女は嫌がる。
そう、一見嫌がって当然だと思えるが、実際はそうでもないところがミソである。
男の征服欲を満たされる事態になると、フェミ女は禁忌のものだと思い、逆に興奮する可能性も極めて高い。
「普段、男のことを変態みたいに言っているのに、いざ変態みたいなことをされると感じちゃう~~~~💛💛💛」
「男のイチモツをしゃぶるなんて、私の尊厳がアアアアアア~~~でもなぜか興奮しちゃう~~~💛💛💛」
「バックの体位なんて、動物的で屈辱なのにあああああああああ~~~~~ン💛💛💛」である。
やはり禁断の果実というのは甘いからだ。アダムとイブが追放されたのもよく分かる。
そう思うと、フェミ女は痴漢とかにも発情する可能性が高い。普段、自分が「痴漢男は最低」だと言っているようなやつに触られるのも禁忌だからである。
「くぅ、変態に触られて嫌だけれど、アソコを愛撫されるだけでどうしてイッちゃうの~~~~💛💛💛」である。
いろいろな関係会社をどついて回って、カネを出させたり、仕入れ価格を下げさせたり、自社製品を押し売りしたりする。
そして、利益が出たら株主(アメリカ国民)に減税という形で還元する。
市民一人当たり約30万円の支給予定。数千円のお米券とは次元が違う。
どつかれて、カネを出させられる関係会社の日本としてたまったものではないが。
奴は減税(配当)するためにひたすらカネをかき集めているわけ。
アメリカ以外の取引先をちゃんと作るべきで、そこと仲たがいするのはアホという立場だ。
もちろん、欧州やカナダ、アセアン、インドなども大切な取引相手だ。
武力により好き放題やると脅しをかけているような相手との取引に依存するのはあまりに危険すぎる。