
はてなキーワード:発見とは
『四十路福田の俺ご飯』というもので、タイトルの通り、サラリーマンの福田がおいしくご飯を食べるという内容で、最近はすっかり定番ジャンルとして確立された日常系のメシ漫画だ。可もなく不可もなくという印象で、メシ漫画なのだから、肩の力を抜いて読めるこれくらいのものがいい、という意見もあるかと思う。
問題は、この漫画は「肩の力を抜いて楽しめない」ものだということだ。作中の描写が不自然で、どうしても気になってしまう。なんとなく読み進めていても、細かな違和感がいくつも積み重なっていく。
包丁の反りがおかしいとか、ちょっとした作画のミスなどはよくあることだし、ひとつふたつなら流してもいいのだけど、あまりにも多いと、内容が頭に入らなくなってしまう。気付けば違和感の正体を探していて、間違い探しをしているような気分になる。
「間違い」というのは少し大げさだけど、「違和感」のうち発見できたものをいくつか挙げよう。
タイトルの画像(正式な名前はわからない)は、ベランダでおにぎりを食べている福田の絵だ。ここからすでにおかしい。半袖シャツなのでクールビスだと思われるのだが、なぜかネクタイをしている。サラリーマンがネクタイを肩にかけるのは、おそらく作者の萌えポイントなのだろう。ただそれは、何かしらの作業をするときの仕草であって、おにぎりを食べるときには別にネクタイは邪魔にならないので何か変だ。ちなみに1話の扉絵では腕まくりをしていて半袖シャツではない。やっぱりネクタイを肩にかけているけれど、これも炒飯を炒めている最終なので、ネクタイが燃えないように肩にかけるのは理解できる。ワイシャツで炒飯つくるなよ、とは思うものの、そういう人もいるだろうし、「サラリーマンが料理を楽しむ」という漫画の内容を表す演出なのだから、そこはスルーしたい。
・四十路じゃないのに
ちなみにタイトルは「四十路福田」だが、作中で福田は41歳となっていた。四十路とは40歳のことなので、ちょっとひっかかかる。まあ、41歳の人が「四十路で」と言うことはあるだろうし、大きな問題ではないけれど、違和感のひとつにカウントしておく。読み切り版は40歳だったので、そこから1年時間を進めてなんとなく41歳にしたのだと思う。
1話の冒頭で福田は湯船に浸かりながら入浴剤を入れている。そんなことをする人はいない……とまでは言い切れないけれど珍しい。まあ漫画上の演出だろう。右手に持っていたはずの入浴剤用のスプーンがいつの間にか左手に移動しているのも、まあよくあるミスなので気にしないようにする。
風呂のシーンで一番の問題は腕時計だ。福田はなぜか浴槽に浸かっているときも腕時計をしている。よっぽど違和感があったようで、アプリ内のコメント欄でも複数指摘が見受けられた。激務のサラリーマンという設定なので、これが防水のスマートウォッチで、風呂の間にも通知を気にしている……という言い訳ができなくはないけれど、いくら防水の時計でも、OKなのはせいぜい軽めのシャワーくらいで、石けんやシャンプー、入浴剤などに浸けることは推奨されていないはずだ。「丁寧な暮らし」をしているはずの福田の一番わかりやすい奇行がこれだ。2話以降でこの奇行の説明があることを祈る。
・テレワを開く
コメント欄で一番指摘の多かった謎セリフ。風呂上がりにパソコンを起動して持ち帰り業務を始める際の「テレワを開いて」だ。テレワークを始める、という意味なのは推測できるけれど、あまりに馴染みのない言い回しに読者のほぼ全員が戸惑っただろう。
風呂上がりに仕事を始めようとしたところで夕食がまだのことを唐突に思い出す福田。そんなわけないだろう。帰宅後にまず風呂に入れるところは偉いけど、健康な40代男性なら、ぜったいにメシは忘れない。空腹を思い出した福田が食べるのは、お茶碗半分に、サバ缶半分を乗せた茶漬けだ……少ない! 少なすぎるよ! 倒れちゃうよ! 福田はかなり背が高く、おそらく元スポーツマンと思われるくらい体格もいい。あの体格の成人男性が、仕事終わりの夕食に、お茶碗半分で満足できるはずがない。半年前に胃の手術をしたとか、それくらいの事情があって、ようやく納得できるレベルだ。茶漬けを食べて「なんぼでも食える!」と叫んでいたが、もっと食べてほしい。心配になる。あと調理中にサバ缶を食べるのは、つまみ食いであって味見ではない。自分で味付けしてないからね。
・水にロックアイス
お茶漬けを食べたあとは水が出てくる。わかる。熱い茶漬けのあとの水がうまいのは同意する。コップの中身がたっぷり残っているのに、氷が「カラン」と音を立てるのも違和感があるけれど、それもまあ漫画的な演出として流そう。問題はその氷がどうみてもロックアイスなことだ。家で、ごはんを食べるときに、ロックアイスを……? 漫画は白黒なので「水じゃなくてウイスキーを飲んでいるのかも」という言い訳が思いつくが、それはありえない。福田は茶漬けを作る前にビールを飲もうとして、仕事があるから、と我慢しているのだ。丁寧な暮らしって、たぶんそういうことではないだろう。
「フライパンをその角度にしたら炒飯こぼれるだろ」みたいな作画上の違和感はほとんど無視した。リアルなだけがいいとも限らないし。
ひとつひとつは大した違和感ではないし、話自体がダイナミックなものだったら気にならないのだけど、丁寧な暮らしを扱ったメシ漫画でと、どうしても気になってしまった。少し乱暴な言い方をすれば『サラリーマンエアプ』『40代男性エアプ』『丁寧な生活エアプ』の雰囲気を感じ取った。
コメント欄に書くのも憚られるので、ここに吐き出させてほしい。
幼い頃の弱男は親に連れられて海辺に行き親の知り合いの同世代のイケメンと一緒に遊んでいた
そしたら見知らぬ男が話しかけてきて、イケメンとばかり話し、「君はすごい、賢い、僕と一緒に来てほにゃららして世界を救おう」と言い出した
イケメンは誇らしげに男についていき、そしてそのまま行方不明になり親たちは阿鼻叫喚
長じて弱男は、あの男は多分小児性愛者か臓器目当てだかの者で、海の向こうの知らない国に連れて行かれてイケメンは悲惨な末路を迎えたのだろうと推測した
一方で、本当にイケメンは一般人には及びもつかないなにか特別な使命を与えられどこかで少年漫画のような活躍しているのではないかとも妄想した
イケメンの選民意識に満ちた誇らしげな顔と、選ばれず連れていってもらえなかったことへの悲しみが弱男には絶えずつきまとった
弱男が川辺にいると、幼い日の自分のようにキャンプをしている数組の家族があった
美しい子供たちがキャッキャと遊ぶ中で、いかにも陰キャな子供はぽつんと一人で座って川を眺めていた
その子供を弱男は自分のようだと思った、誰にも選ばれないままの人生を送っていく人間になるだろうと
弱男は子供に話しかけ、「君はすごい、かしこい、僕についてきて」と呼びかけ、人気のない場所で子供の顔を川に押し付けて殺害した
子供の死体は発見されて事件になり、テレビニュースで保護者たちは「少し目を話した隙に溺れてしまったようだ」と悲しんでいた
少しだけなんかではなく、誰も子供を気にかけず一人にしていたことを弱男は知っていた
誰にも選ばれない透明な存在が、自分に選ばれたことで多くの注目を集められ取り上げられていることに、弱男はかつての自分が救われたかのような思いを抱いた
“家族は、ウサギがかみちぎった男児の指先を飲み込んだと思い、ウサギを解剖して指先を探したものの見つからず。その後、指先がウサギのケージの隅に落ちているのを発見した。男児の指先は病院でつなぎ合わされ、順調に回復しているという。”
https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/recordchina/business/recordchina-RC_969822
フライパン乗せて手軽に蒸し料理ができる蒸し網を買ってからというもの、
蒸し野菜の快進撃が続いていると思いきや、
ここで強敵登場なの!
それはレンコン!
私は横着してしまって、
いつもの勢いでえいや!ってその蒸し網に乗せたそのままの一切の切らない姿のまま蒸せたら攻略できる!って思っていたけれど、
それが今回は40分ぐらい蒸しても、
ぜんぜんカチコチで
大敗を喫するかー!って思ったけど、
ここは大逆転
干した魚を蒸したら美味しいんじゃね?ってその時一緒に買っておいて実験しようとした食材のアジの開き干しがあったので、
別で蒸してみたの!
こっちは大正解!
ホクホクでは箸でつかめないぐらい柔らかく仕上がってしっとりと、
水分の多いレンコ鯛を蒸したときと違って、
水っぽさの味はなくしっかりとした鯵の開き干しを食べることができたの!
こっちはホームラン級とまでは行かないけれど、
美味しいのは美味しかったわ。
うーん、
ここで私の連続試合連続ホームランの記録は途絶えてしまったの。
くー!
何でもかんでも蒸してしまえば美味しくなってしまうマジックに陥るかと思ったけど、
そうは海苔問屋が美味しい海苔をそう簡単には卸してくれないように、
食材を蒸せばなんでも最強になる説!はことごとく崩れ去ったの。
うわー。
レンコン後から調べたらちゃんと1センチぐらいには切ってから蒸さないととてもじゃないけど固いみたい。
すっかりレンコンを蒸すとお餅のようになること間違いなし!って言っていたのに!
私もAIで複合食材の最強の組み合わせを導き出していたその答えをすっかり鵜呑みにしてしまった鵜が魚をちゃんと鵜飼いの元へお利口にはい!って言って喉から魚を出すようにはいかなかったのよね。
うーん、
難しくなってきてるわ。
とりあえず、
気を取り直して、
それこそホームラン級の美味さ!にはとどかずの
鯵の開きの干物とジャガイモとそして実はこっそり一緒に蒸しておいたピーマン4この姿蒸し選手に助けられたって感じ。
相変わらずの
ピーマン単体を姿蒸ししたまるでそれは緑色に輝く苦味や青臭さが一切無いピーマンの中に美味しいルーシーの汁が閉じ籠もった小籠包のような美味しさは、
2度目の2回連続の成功を納めて美味しかったのは美味しかったの。
とはいえ、
ピーマンなので、
そんなにお腹がそれでいっぱいになるか!ってところで
その美味しさにほっこりと助けられたようだわ。
ジャガイモっていつでもキープストックしておけば良いかも知れない!って思っちゃったわ。
それはサツマイモの紅はるかにも同様に言えることだと思うので、
蒸すだけでオニオンスープになるタマネギの存在もこれもストックキープ食材としては大活躍しそう。
買い物面倒だなって思ったときに
これらジャガイモとサツマイモの紅はるかとタマネギはいつでもあってもいつでも困らないわ。
なんかイマイチこれ固いレンコンを囓った際の嫌な思い出が思い起こされてあんまりもう蒸かしたくないなぁって思っちゃうけど、
また忘れた頃に再チャレンジを再び挑戦してみようと思うわ。
今度は横着を爆発させずに
1センチぐらいから2センチぐらいの間にちゃんと切って蒸してみる。
今度はレンコン美味しさ爆発するように
私のションテンが爆上がり出来ますように!って願うばかりよ。
レンコン手強いわー。
うふふ。
間違いない殿堂入りしている私の大好きなタマゴサンドイッチで今回の蓮根敗退のことは忘れちゃいましょう。
でも、
美味しくいただきました!
朝起きたときのお腹が空っぽ胃が空っぽな感じをより体感できるに相応しい、
なんか快調よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
蒸した野菜が全部美味しいすぎる増田だけど長いだけでもお芋の長芋を蒸しても意外といけちゃうのかも知れない可能性の方が高くなってきたので無駄に長いお芋の長芋も蒸したら化ける食材かも知れない複合食材の組み合わせの新素材を発見出来る可能性が大きいことになるかも知れない山脈に向かってヤッホー!って叫ぶわ。
家で猫ちゃんを飼ってる
完全室内飼育
いままで一度も野外で遊ばせたことはない
室内ではトイレもあるし常に餌も水もあってキャットタワーなんかもあり生活に不自由はしない
すでに去勢済みということもあるけど、ここでは死ぬまで新しい出会いはない
もし野外で生きていれば日々新しい出会いがあり発見があり数多くの選択肢の中で生きていく自由があるだろう
楽しい未来だけではなく何日も食べるものがなかったり、病気で苦しんだり、いきなり捕獲されて死ぬこともある
野生の猫はおおむね3〜4年で死ぬらしい
完全室内飼育のうちの猫ちゃんは自由な生き方と引き換えに不安のない生活を選ばされている
ここでは俺という存在がなければ成り立たない
「絶対ニューヨークに行くべきだ」と思ってる人間は「行かない」こともまた人生経験になるし、「ニューヨークになんか行かなくてもいいでしょ」と思ってるなら「行くこと」が人生経験になり得る
自分の歩んだ道にだけ新しい発見があるんじゃなくて、自分が選ばなかった道の先にもまた発見がある
大仰な例えを真似るなら、地元を出ずに一生を過ごした人は、上京した人に比べて自生経験で劣るのか?スポーツ選手になる道も選べたのに会社員として生きる道を選んだ人は?
選ぶって事には全て意味があって、選択そのものに価値がないように見えてもその先にそれぞれの人生経験があるもんなんだよ
気持ちはわかるが、クズみたいな作品を処理しねえと、真の名作は発見できねえんだ。
運が絡まないということは、既存と似たことをしているということで、求めてるのはそれじゃないんだから
玉石が混合しているところにしか、玉はない。
先日某学会誌に投稿された論文を査読したのだが、ひどいものだった。
レビュー論文として投稿されたものだったが、既存の議論のエッセンスを羅列しただけで、セクション間のつながりはおろかパラグラフ間の関係も不明瞭で、論文全体として何を目的としているのか全く曖昧なドラフトであった。
著者は「バランスの取れた分析を提供する」という目的を掲げていたが、議論を整理するために著者独自の視点や切り口が提供されていないレビュー、そうした分析の視点に対して理論的正当化が与えられていないレビューというは、読んでいても論争状況が全く頭に入ってこないし、今後の研究の発展に資するような洞察も提供してくれない。
レビューというのは論文をたくさん読んでいれば簡単に書けるようでいて、実は奥が深いのである。
著者自身が当該分野の課題をしっかり剔出できなければ、適切な視点から先行研究を再整理することはできない。同時に、著者自身がそうした課題群の解決策について見通しをもっていなければ、個々の論点に関係する先行研究を適切に評価することは難しい。
つまり、当該分野で何が問題となっているのか、その問題をめぐって今まで何が示されてきたのか、現状の課題は何であり、それを解決するために今後どういった研究が望まれるのかを示すのがレビュー論文の役割であり、その点に新たな学術的貢献が宿るのだ。
したがって、単に当該分野における既知の発見を羅列したものはレビューと呼ぶに値しない。
しかしながら、昨今AI技術の発展によって、AIを使って書かせたクソレビュー論文が増大しているらしい。
私が査読した論文もおそらくその類であったのではないかと推察される。
そうした論文は往々にして体裁だけは中身のあるレビュー論文と同じように整っていて、一見するときちんとした学術的貢献を果たしているかのように思われるのだが、実際に中身を読んでみると、レビューに求められる適切な俯瞰的視点というものが全くもって欠如している。したがって、まるで血が通っていないかのごとく、論文を読んでもまったく中身が頭に入ってこない。そうした論文はそもそも先行研究を整理する視点が妥当でない、あるいは、見かけ上そうした整理が行われていても実際は全くもって論点が整理されていないのだから、当然といえば当然だ。
もっとも、そうした事象はAI生成レビュー論文に限った話ではない。
昨今の公衆衛生や科学技術社会論関係の論文には、やたらと「○○に関する一般市民の態度を調べました」的な研究が多い。国内外を問わずである。
この手の研究はいったんデータをとってしまえば確実に論文化できるのが厄介である。論文が書けるのでみんなこぞってそういう研究をやりたがる。
しかし、レビュー論文同様、適切な問いを欠いた状態で調査を行ったところで、出てくるのは単なる事実の羅列にすぎない。「○○について人々は××な懸念を抱いており、××の懸念は△△への態度と相関していた~」みたいな研究をよく見かけるが、いったい何を目的としているのか明らかでないことが非常に多い。そもそも何を目的として市民の態度を調査するのか、研究者自身もきちんと考えずに調査をしているので、調査項目も往々にして統一感に欠けるし、当該論文によって「特定の時期における市民の意識を明らかにする」ということ以上にどのような貢献が果たされたのか、広い学術的コンテキストからみたときに、その点が全くもって不明瞭なのだ。
さらに悪いことに、最近ではそうした一般市民の態度調べました系論文のレビュー論文というものも登場し始めている。それに生成AIが使用されたらどんなことになるか…。
中身のない論文をもとに中身のないレビュー論文が生成され、その査読によって研究者の貴重な時間が奪われる、といった事態だけは勘弁願いたいものだ。
上手く言えないんだけど今の時代のほうが音楽を聴いてもらおうっていう空気があると思う。
俺の学生時代、TSUTAYAでバイトしてた頃は音楽を聴いてもらうじゃなくてCDを買ってもらうにフォーカスしてた。
特典DVDや握手券を付けた限定版商法で発売告知日にはひっきりなしに店の電話が鳴って
告知直後はPOSに登録もされてないのでずっと手書きで予約を受け続けてた。
今はサブスク全盛となり、もちろん最初の数秒で視聴者を掴む仕掛けが求められるといったことはあるんだろうけど、
好みのアーティストを軸に、そこから知らないアーティストも混ぜたプレイリストの提案があったり、
いろんなテーマに合わせたプレイリストを提案されたりして、そしてそこからこれ良いじゃんってアーティストに出会って、
アーティストページに飛んだら意外と再生数が多い、もしくは全然少ないみたいな発見もあって聴いてて楽しい。
当時のCDショップより今のサブスクサービスのほうがより音楽を身近に感じるんだよね。
音楽に身近に触れることが出来るしさ。
ドイツの貴族女子修道院で見つかった400年前のガラス製いちもつ、その使用目的は?
https://karapaia.com/archives/580008.html
ドイツの町ヘルフォルトにある、かつての貴族の女子修道院の跡地から、敬虔なイメージを覆すような遺物が発見された。
深さ2mもある古いトイレの遺構から、長さ20cmほどの薄緑色のガラス製の男性器を模した物体が発見されたのだ。
厳しい戒律に縛られていると思われがちな修道院の中で、高貴な女性たちが豊かなユーモアを持って生活していたという、人間味あふれる実態を伝えている。
増田ではこういったニュースにはあまり反応されないのは分かってる。
でもこれを読んだ瞬間心の中で悲鳴を上げていたので、増田として認めておきます。
三井住友金属鉱山伸銅三重工場で、工場内の天井に設置されたクレーンを操作して、
重さ6トンあるコイル状の銅材を移動させていた****さん(*0)が、
吊り上げていた銅材と積み上げられていた銅材の間に頭を挟まれたということです。
**さんは単独作業中で、クレーンが動いていないことに気づいた他の従業員が
**さんを発見して...
俺はゲイで長年のパートナーいるからマチアプ初デートサイゼありかなしかは結構どうでもいいんだけど、サイゼなしならどこの店行けばいいんだ話を聞いてて思ったのは、それ母親と飯行く時の店選びと一緒じゃね??ってこと。
・好き嫌い多い(揚げ物洋食大好き/レア肉とモツ系全般と青魚と芋を除く根菜とネギが嫌い)
・ハイチェア嫌い
・席が広めだとご機嫌
・駅から遠いと面倒がる
・高級な店はNG(俺が奢るんだけどあんま高いとかーちゃんがすごく気にするので)
というプリンセスぶりなのだが、これ結構初デートで使える店選びと結構被ってるよねww
エスニックは避けるとか、駅から遠すぎないとか、予算2000円前後くらいとか。初デートでもかーちゃんとデート(笑)でもあんま変わんないだなっていう発見。
しかし、俺もあんま店知ってるわけじゃないけど、そういう時に使える店を知らなくてサイゼ!ラーメン屋!みたいになる奴って、親と飯行ったりもしないのかな?
まーでもマチアプやるのって20代〜30代くらいと考えるとまだ親もそこまで高齢じゃないし、あんま色々気にして店選びとかしないか。若ければ若いほどまだ自分が子供の立場で一緒に食事といっても親が決めてるパターンも多そうだしな。同居ならなおさら接待感でないよな。
うちは父親が早くに亡くなってて母一人で俺はパートナーと住んでるから、様子見がてらちょくちょく飯行ったりしてるけど、自分が子供いたりしたら尚更そんなことしてる余裕もないかもだし。
前に「孫の顔見せられなくてごめん」て言ったら「その分私に金使ってくれてるから贅沢できてありがたいよ笑」と(本心はどうであれ)笑って言ってくれたかーちゃんだから、大事にしたいんだけどさ。
で、話戻すと、都心だと結局「高価格帯めな商業施設のレストラン」か「百貨店のレストラン」か「上級すぎないホテルのレストラン」か「高級路線チェーン店(ロイホ等)」が安牌という結論に至ってるんだけど、やっぱみんな同じかな?
個人店は人気のところだと混んでてすんなり入れない
こと多いし(その上ランチタイム予約不可も多い気がする)入れても長居するのはちょっと…な雰囲気あったりで、結局さっきの条件みたいなところが多くなってしまう。本当は個人店ももっと開拓したいんだけど、安牌な店は安牌な店の良さがあってなかなか他に移れない…。
店選びって、やっぱ手間だし面倒臭くもあるよな。でも最終、一緒に行く人に少しでも楽しい時間過ごしてもらいたいしな、みたいな気持ちでみんな選んでんだよな。
年齢の近い女性に愛想が尽きたのでついに2丁目の男の娘に手を出して仲良くなったのだがオススメかもしれん。ゲイも孤独だからお互いウィンウィンな関係になれるのももちろんだが、他にも色んな発見があった。ただのゲイではなく男の娘はほぼ女性で美容に気を使っているので髪のケアとか美容について色々聞ける。男の場合はオシャレな男のグループに入れないと聞く相手がいない。高価なドライヤー使わないと髪はサラサラにならないとか一般男性は知らんし。どんな服が自分に似合うのかとか髪型とか色々アドバイスもらえるだろうし。これはありがたい。
それと男性視点も持ちながらも女性視点も待ち合わせているのでバランスが良い。「女性があまりにも自己中だから少しずつゲイになり男を選んだ」という独特な考えで男性を好きになるから面白い。男の考えに寄り添ってくれる。なので孤独な弱者男性はゲイの男の娘がオススメなのではないかと思った。が、よく考えたらその男の娘の許容範囲のビジュアルの男だったり好みじゃないと一緒にいてくれないから結局同じだわ。でもそこまで酷いビジュアルじゃない男は男の娘もオススメだと思う。ホリエモンがニューハーフに目覚めた理由がわかる気がする。一般女性は頑張ってエスコートするほどの価値ないもん。
「極悪でも、すごいことをしたら世界に褒められる」が表している思想は、かなり危険な考え方だとされます。
この考え方は、ざっくり言うと:
です。
つまり「どんな人間か」より「何を成し遂げたか」を世界は評価する、という考え。
歴史的には、
でも、
はっきり言うと、否定的です。
ユダヤ教では人は「何を成し遂げたか」ではなく「どう生きたか」で裁かれると考えます。
「人は外見を見るが、ハシェムは心を見る」 (サムエル記I 16:7)
つまり
たとえ
としても、
彼は
でもトーラーでは
高慢と残虐の象徴として描かれ、最終的には獣のように堕ちます(ダニエル書 4章)。
「極悪でもすごいことしたら世界に褒められる」
のほうが、神の前では偉大。
誰にも褒められなくても、です。
世界は「成果」を褒める。
トーラーは「義」を問う。
・大きな戦いを終え、なおやり残した目的を発見したために再び戦場に立つ主人公
・若き日の技術・流行と現在の戦いにおける状況の変化・比較・歴史 二郎系はロケットの2段目
(それを語るための座組)
・本人の意図に反してのっぴきならない理由でトラブルに巻き込まれる各章
・昔の因・縁・恩・怨のあるキャラクターを積むエピソード 終活
・(東京中心であり、ロードムービーものではないが)旅先で巻き込まれるトラブル
・主人公は伝説級の人物 まっとうな社会人としては眉を顰められるような欠点の持ち主 必要に応じて外ヅラは整えられる
・アル中が出てくる
ドローン防衛とか電子戦の話を追いかけている軍事オタクが、なるべく噛み砕いて今やっていることをまとめてみる。
一言でいうと、「リアルFPSみたいなシステムをガチで組み上げて、空を“監視と妨害のネット”で覆い尽くそうとしている」が近い。
ドローン防衛の最初の仕事は、とにかく「どこにいるかを知る」ことだ。
ここで使われているのは、大ざっぱに言えば次の4種類。
市販ドローンの多くは、Wi‑Fiや専用電波で操縦者とやり取りしている。
その電波パターンを聞き分けて「この周波数、この信号形式=ドローンだな」と特定する。
「飛行機用レーダーのミニ版」みたいなやつで、超小型・低空を飛ぶドローンでも拾えるように調整されている。
反射波の細かい揺れ方を見て「これは鳥」「これはドローン」と仕分ける。
高倍率カメラとサーモグラフィーで、「空に浮かぶ小さな点」の形や熱を見てドローンかどうかをチェックする。
ここにも画像認識AIが突っ込まれていて、「空のノイズの中からドローンだけをハイライト」みたいなことをやっている。
プロペラ音はわりと独特なので、マイクアレイで音の方向を割り出し、「この方向にドローンっぽい音がする」と場所を推定する方式もある。
実戦では、これらを単体で使うというより「レーダーでだいたいの位置」「カメラで目視確認」「電波で機種や操縦者位置を推定」というふうに、センサーを束ねて一つの画面にまとめる。
要するに、リアルタイム空域マップに敵マーカー表示を出すことを目指している。
ドローンは、「趣味の空撮」と「自爆ドローン」が見た目ほぼ同じ、という面倒な存在だ。
これらを総合して「これは要注意」「これはたぶん無害」とスコアリングしていく。
ここでもAIが使われていて、過去のログやシミュレーションから「この動き方は攻撃前の典型パターン」といったものを学習させて、危険度を自動判定しようとしている。
空の敵味方識別装置(IFF)を、あとから必死にAIで増設している、という状態に近い。
見つけて、ヤバそうだと分かったら、次は「止める」フェーズに入る。
ここは分かりやすく「ソフトキル(壊さず無力化)」と「ハードキル(物理で潰す)」に分かれる。
ドローンと操縦者の通信にノイズをぶち込んで、操作不能にする。
多くの市販ドローンは、リンクが切れると「その場着陸」か「離陸地点へ帰還」するので、それを利用して「やんわり追い返す」わけだ。
そこでGPS信号を妨害したり、ニセGPS信号を流して「お前いま別の場所にいるぞ」と勘違いさせ、進路をそらしたり、変な場所に帰還させたりする。
電波のプロトコルが分かれば、そのドローン専用の操作信号を逆利用して「こっちで操縦権を乗っ取る」という発想もある。
うまくいけば、爆発物を抱えた機体を安全な空き地に着陸させる、といったことができる。
ソフトキルは「周りに破片をばらまかない」「味方施設も壊さない」のが利点だが、自律型や暗号化が進んだドローンには効きにくくなってきている。
いわゆる機関砲で撃ち落とす方式。対空用レーダーと連動して、空中で弾をばら撒いて命中させる。
ただし市街地だと「外れ弾どこ行く問題」があるので、使える場所はかなり限定される。
既存の対空ミサイルを流用したり、ドローン専用の小型ミサイルを飛ばしてぶつけるパターン。
高価なので、「一機数万円のFPVドローンに数千万円のミサイル」というコスパ崩壊が常につきまとう。
高出力レーザーを当てて、プロペラや内部回路を焼き切って落とす方式。
メリットは「弾切れがほぼない」「光速なので当てさえすれば速い」。デメリットは「出力を稼ぐのが大変」「霧や煙に弱い」。
強力なマイクロ波を浴びせて、ドローンの電子機器をまとめて不調にするというアイデアも研究中だ。
網を撃ち出して絡め取る銃や、ネットを展開する迎撃ドローンで「捕まえて落とす」というやり方もある。
超近距離・限定シチュ用だが、「上空で炸裂させて破片を抑える」といった応用もありうる。
ハードキルは「確実に止める力」がある一方で、コストや周囲への被害、法規制など、現実の制約といつも綱引きしている。
ここまで見て分かるように、「万能武器一個で全部解決」という発想はまず捨てられている。
実際の構成は、RPGでいうところの「タンク・ヒーラー・DPSそろえた多層パーティ」に近い。
これらを、指揮統制ソフトが一括管理し、「どの脅威に、どの順番で、どの手段を当てるか」を半自動で決める方向に進化している。
要は「空域版タワーディフェンス」をリアルで構築しているようなものだ。
ここまでやれば無敵かといえば、当然そんなことはない。攻撃側もちゃんと進化してくる。
結果として、「100%全部落とす」はほぼ不可能で、「どこまで被害を抑え込めるか」「攻撃コストをどれだけ割に合わなくできるか」が勝負になる。
レーダー・カメラ・音・電波を全部つなげると、人間オペレーターが見きれない量のデータになる。
そこでAIが「これは鳥」「これは民間ドローン」「これは多分敵」とリアルタイムに仕分ける方向に進んでいる。
ある基地で検知した脅威情報をネットワーク経由で他拠点と共有し、「この型のドローンにはこう対応するといい」という知見をアップデートしていくイメージだ。
攻撃側がスウォームを使うなら、防御側も自律ドローン群で迎撃する、という「ドローンVSドローン」の構図も現実味を増している。
人間が一機ずつ見て判断していた世界から、「AIと自動防衛ビルドが、常時空を監視して自動カウンターを出す世界」への移行期にあると言っていい。
ドローン防衛は、表面だけ見ると「レーザー砲」みたいな派手な兵器に目が行きがちだが、実際のキモは
という、非常に地味なシステム設計の戦いになっている。
ラスボス武器を一本作るというより、「延々とパッチを当て続けるオンラインゲームの運営」に近い世界観。
今回の衆院選、地元の選挙区にオレンジ色がシンボルカラーの政党から、20代の若い新人候補が出馬している。
どうも行動範囲がかぶってしまったのか、選挙告示してから今日までに、なんどか街頭演説しているところに出くわした。
で、毎回、“日本人は戦後、GHQによっめ自虐的な歴史観を“とか、“ウォーギルドインフォメーションが“とか、“2600年以上の歴史をもつ私たちの国を”とか、そんな話ばかりしている。
あ、最後に出くわした時には“日本の経済が失われた30年に突入したのは、消費税が導入してからなんです!私たちは将来的には消費税は廃止して…“と、雑い経済認識を披露していたな。
ま、消費税が導入されたのが平成元年で、その後にバブルは崩壊したから、時系列は間違っていないが。
まあ最長でも2~3分しか聞いてないので、もっとずっと聞いていればもう少し具体的な経済政策やら外交やらなんやらの話もしたのかもしれない。
が、しかし、複数回遭遇してもほぼ同じ話をしているので、そのへんが一番訴えたいところなのだろう。
まだ選挙公報も届いておらず、ざっと検索してもxやインスタのアカウントはあるものの詳細なホームページとかはなく、マスコミがまとめた候補者紹介はものすごく簡略化された情報しかなく、某有名国立大の理系の院卒でバイオ企業に務めていたのは分かるのだか、それ以上はイマイチどういう人なんかわからん
…と思ったら、どうやらご本人のものらしいWantedlyというSNSのアカウントと記事が2本だけアップされたnoteがあった。
noteには某国にいったらみんな愛国心があって、“自虐史観”の教育を受けてきた自分には色んな発見があった、みたいな話と、サラリーマンにプログラミングは役に立つか、なんて話がかかれていたが、この人がその後国政選挙に出馬するという雰囲気は全く感じられなかった。
ただ、wantedlyからもnoteからも、なにか成し遂げたい!という野望は感じた。
wantedlyの経歴見ると高校は現在立候補している地域とは違う地域の公立高校なので、落下傘候補なのであろう。
xによると、解散が決まったあとに、この選挙区で党の“国政改革委員“なるものに就任したらしい。
よく知らないが他の党でいうところの“支部長“的なことだろうか?
ここの選挙区、超ベテランの自民党を筆頭に、維新の比例復活現職に加え、国民民主、中道も候補者がおり、急遽落下傘で降りてきた若者にはなかなか厳しかろう。
まあとにかく彼が活動し、比例票の底上げをしてくれれば、党本部としては充分なのであって、当選などハナから期待してないのだろうな、とは推測するが。
あのオレンジの政党の“地方組織を拡大する力“は相当なもので、何かを成し遂げたいとか、現状を変えたいとか、そんな若者も結構惹きつけられていると聞く。
その裏にはマルチで鍛えた人身掌握術が…という噂の真偽は知らないが。
彼、どうなるんだろうな?
会社辞めて、縁もゆかりも無さそうな土地で“コマ“として選挙出て。
「不本意」とは何か。誰が、どのような基準で、他者の人生を「本意」と「不本意」に分類するのか。
調べてみると、不本意非正規とは「非正規で働いている理由を尋ねた際に『正規の職員・従業員の仕事がないから』と回答した人」という、極めて限定的な定義であることが分かった。
第一に、「正規がいい」と明確に回答した人だけがカウントされる。
第二に、「正規を望んでいたが諦めた」人が別の選択肢に回答した場合、統計上は「本意」として処理される可能性がある。
第三に、正社員であっても賃金カーブが停滞している人々の苦境は、この指標の射程に入らない。
つまり、この指標は「困っている人の数」を数えているようでいて、実際には「困っていると自分から申告した人」だけを数えている。実態として苦しんでいても、本人がその選択肢に丸をつけなければカウントされない。
厚生労働省の資料によれば、不本意非正規雇用労働者の割合は「非正規雇用労働者のうち8.7%(2024年平均)」とされている。
この数字だけを見れば、「8.7%しかいないなら、もう大きな問題ではない」という結論に誘導されやすい。
しかし、ここに罠がある。
不本意非正規とは、困難の全体像ではない。困難の切り取り方の一つに過ぎない。しかも、その切り取り方は極めて狭い。
現実には、正規の仕事がないから非正規になった人であっても、様々な事情で別の回答を選ぶことがある。
説明する気力がない日もある。家族や健康上の事情で条件を譲れず、結果として非正規しか選べない人もいる。「正規で働ける会社がなかった」と断言することが精神的に辛く、「自分の都合の良い時間で働きたいから」「家計の補助のため」といった、角の立たない選択肢に回答する人もいる。
「不本意」の線引きが、回答フォームの一項目に過度に依存している。
この不本意非正規という指標は、就職氷河期世代の議論において、どのように使われているか。
「氷河期世代の不本意非正規は減少した。なお35万人存在する」「しかし減少傾向にあり、大半は既に正社員になっている」「したがって、今後は別の課題へ移行する」
このように、問題の終結を示唆する文脈で使用されることが多い。
内閣官房の資料でも、氷河期世代について「不本意非正規は11万人減少したが、なお35万人存在」「無業者は3万人増加」といった数字が並んでいる。
減少した、という事実は認める。支援や努力が全く無かったとは言わない。
しかし「まだ35万人いる」と同じ資料に記載されているにもかかわらず、世間に伝わるのは成果の部分だけになりがちである。
そして、不本意非正規が少数派なら、もう問題は解決した、という空気が醸成されていく。
氷河期世代の苦境は、非正規雇用の問題だけではない。正社員になれた人々にも、薄く長く持続する損失がある。
不本意非正規という言葉は、本来、困っている人を見つけるためのラベルであったはずだ。
しかし、いつの間にか「困っている人はこのラベルに該当する人数だけ」という枠組みに変質していないか。
ラベルが救命具ではなく、救済済みを示す印に成り下がっていないか。
労働政策研究・研修機構の報告書でも、「正社員になれなかった」理由の比率や内実は時期によって変化してきたという整理がなされている。
不本意非正規という一語で固定的に語ることには、本質的な危うさがある。
そして、最も深刻な点がある。
不本意非正規という言葉は、表面上は「救済の余地がある」ことを示しているように見える。「不本意」なのだから、「本意に戻す施策を実施する」という方向に進むはずだと。
不本意非正規の人数が減少するほど、社会は「問題は解決しつつある」と認識する。その瞬間、残された人々は「取り残されたまま、可視化されにくくなる」。
最も深刻なのは、不本意非正規にすらカウントされない人々の存在である。
諦めた人、声を上げる気力を失った人、統計の選択肢に自分の気持ちを反映できない人。そうした人々は、数字の上では「本意」として処理される可能性がある。
本意であるはずがない。
政府の資料は「今後の課題」として、高齢期を見据えた施策を前面に出し始めている。
氷河期世代の当事者からすれば、「若年期に挫折し、ようやく立て直しかけたところで、次は介護と老後の問題が待っている」という、途切れることのない困難の連続である。
「困っている人を発見するための道具」としての機能は理解できる。しかし「困っている人を少なく見せるための道具」として消費され始めた時点で、その指標は害悪でしかない。
不本意非正規という言葉が、「支援が必要な人を照らすライト」ではなく、「支援したことにするための演出照明」になった時、この指標は本来の意味を完全に失う。