
はてなキーワード:由利本荘とは
あらぬ誤解が発生しつつあるので明記しておきますが、私は京大やレノバを含めた洋上風力業界とは一切関係のない一般人増田です……
----
2021年に端を発するためか、そもそも何が起こったのかを知らぬままSNSで騒がれている様子が散見されたので、読みづらくならない範囲でまとめたいと思う。
(三菱商事の社長会見ライブを見ていて、彼らの責任の重さが伝わってこなかったので、書くことを決めた)
洋上風力発電の事業は、基本的に「海域を占有して発電を行う権利」を国が事業者に与える仕組みで進められている。
海は公共財であり、漁業者や航路利用者との調整が不可欠なため、「公募占用制度」と呼ばれる仕組みが導入され、国が事業者を選定する。
流れを単純化すると次のようになる。
つまりこの公募は、一度勝てば1兆円規模の事業権を数十年にわたって独占できる巨大なビジネスチャンスであり、それ以上に今後の洋上風力発電業界を「誰に任せるか」にも影響するという、日本のエネルギー戦略を左右する重大な制度設計である。
その最初の本格的な実施が、2021年12月に行われた「ラウンド1」であった。
このラウンド1は特に注目を集めた。なぜなら、由利本荘(819MW)、能代・三種・男鹿(478MW)、銚子(390MW)という3つの大規模案件を一度に公募という、極めて異例のやり方を取ったからだ。
国の狙いは明快だった。
つまりラウンド1は、単なる民間企業の入札競争ではなく、国家的な産業政策の号砲といえた。
このラウンド1における主人公に"株式会社レノバ"がいるのだが、そもそもその存在を知らない人も多いだろう。
レノバは従業員300人程度の再エネ専業ベンチャーにすぎない。
だが今回の舞台となった地域の1つ、秋田県由利本荘市沖への洋上風力発電事業参入を早期から表明し、2015年から風況観測・地盤調査を始め、2017年以降は環境アセスや漁業者説明会を重ね、さらに2020年にはCOOを常駐させた地元事務所を設置した。
特に2020年のコロナ禍で説明会や対話すら難しい時期も、彼らは現地に足を運び続け、「地元で汗をかいた」という実績がレノバの存在を支える最大の資産となっていた。
漁場などに大きな影響を与えうる洋上風力発電では、通常の公共事業以上に地元との協力体制が実現性を左右するからである。
これら積み重ねに加え、当時の再エネブームやESG投資(Environment, Social, Governance)の追い風を受けて金融筋からも支持を受け、コスモエコパワーや東北電力、JR東日本エネルギー開発との連携につながり、ベンチャーながら由利本荘における“本命候補”と目される素地になった。
しかし、2021年12月に公開された結果は社会に衝撃を与えた。
なんと、三菱商事率いる連合が由利本荘を始めとする3地域すべてを総取りしたのだ。
当時すでに鋼材や資材価格の高騰は誰の目にも明らかで、業界では「12円を切る水準は採算が合わない」という声が多かった。
公募直後の2022年2月からウクライナ進攻が始まったのは運が悪いともいえるが、とはいえ、元々が数十年スパンを見据えた公募である。そのような長期リスクも踏まえて算出された価格であるというのは大前提である。
また、レノバのように事前調査や地元への根回しを十分に行う事もなく、まさに青天霹靂といったダークホース具合だった。
結果として、三菱商事が総取りした事実は、たとえあのまま事業が実現したとしたとしても、制度本来の目的――国内の複数事業者が“並走して”サプライチェーンと人材基盤を育てる――は事実上無に帰した。
特に“実績の少ない市場”の立ち上げ期は、複数の施工・保守プレイヤーが経験曲線を描ける余地が不可欠である。競争の果実を1者に集中させる設計は、調達単価の見かけの最小化と、産業基盤の脆弱化リスクとのトレードオフを過小評価しやすい。
とはいえ、ラウンド1総取りはそのようなリスクも分かったうえで、"あの"三菱商事が総取りを仕掛けたわけで、さすがに何らかの根拠と戦略により、三菱グループという責任を背負って完遂してくれるだろうという淡い期待もあった。
また当然の帰結として、最大6000円超まで伸長していたレノバの株価は、1500円以下まで急落し、3日間で時価総額が1800億円溶けたという報道も流れた。
知っての通り、三菱商事は由利本荘を含む総計1,742MWの3案件(能代・三種・男鹿478MW、銚子390MW)からの撤退と正式表明となった。
こうして大規模洋上浮力発電の2030年運転開始どころか、大幅な遅延が必至となり、三菱商事による根拠不明の焦土作戦の末、国家エネルギー戦略の時間は失われた。
経営判断としてたった数百億で済む現時点での撤退は合理的ではあるが、松下幸之助が説いた「企業は社会の公器である」という理念に照らせば、三菱商事の責任は極めて重大である。
国家戦略の根幹をなす案件を総取りし、他社の芽を摘んだうえで、採算悪化を理由に放り出す。その結果、失われたのは単なる帳簿上の赤字ではない。系統接続枠や港湾整備計画といった公共資源、そして地域住民や漁業者との信頼関係といった“社会的資本”が無為に浪費されたのである。
「三菱なら最後までやり遂げる」という社会的信頼があったからこそ国も地域も委ねた。だがその信頼を踏みにじり、制度全体の信憑性を瓦解させた責任は、一企業の経営判断に矮小化できない。
いま問われるべきは、"三菱"という組織が社会的責任を真に果たす覚悟を持ち得るのか否かという点である。
時を戻して、2023年12月に結果が発表されたラウンド2以前に目を向けよう。
要は、ラウンド1で生じた「安値総取り」と「地域調整軽視」の反省を踏まえた調整だった。
だが同時に、それは元々の制度設計がいかに脆弱で、現実を見通せていなかったかの証左でもある。
併せて、ラウンド2の見直しをめぐり、「負けたレノバのロビイング活動でルールがねじ曲げられた」との論調も当時出た。(まあ、こちらはこちらでかなりの無茶したようだが……)
しかし実際の改定は採点枠組み(120/120)を維持しつつ、総取り防止の落札制限や実現性評価の補正、情報公開やスケジュールの見直し等、市場の立ち上げリスクを減じる方向が中心だ。特定企業の“救済”というより、極端な安値一極集中の副作用に対する制度側のバックストップ強化と整理して良いと思われる。
再エネ議連が毎週、圧力をかけた成果で、5月に入札ルールが変更され、6月に行われる予定だった第2回の入札は来年3月に延期され、審査方法も変更された。野球でいえば、1回の表で負けたチームが審判に文句をつけ、1回の裏から自分が勝てるようにゲームのルールを変えたようなものだ。
http://agora-web.jp/archives/220630094751.html
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/agora-web.jp/archives/220630094751.html
エネルギー素人の池田信夫氏による批判記事と、それに同意するブクマの数々を一例として示すが、三菱商事が自陣の提示した価格の安さで撤退した今となっては笑うしかない。
ここについては2025年視点からの結果論でもあるので、これ以上のコメントは差し控えよう。
ラウンド1の失敗が避けられなくなった結果、この先の洋上風力発電市場、ひいては国家の再エネ政策全体に深刻な影響を残した。
反原発層はここにこそ大声上げるべきだと思うんだけどな。
三菱商事が撤退検討に至ったことで、「三菱ですら無理なら誰がやるのか」という冷笑が広がり、外資や国内他社も日本市場に消極的になった。ラウンド2以降も撤退連鎖が起きる懸念は現実味を帯びている。
本来は「長期的に産業と人材を育てる場」として設計された公募が、逆に「信頼を失わせる負の前例」となってしまった。
安値入札が勝者となったラウンド1に引きずられ、ラウンド2以降も価格面で無理をする形での参入がベースに。市場育成の健全な芽を摘んだ。
ここまで三菱商事への糾弾を重ねてきたわけだが、真に責任を負うべきは、まともな制度設計をできなかったMETI(経済産業省)である。
洋上風力は国家戦略の柱であるはずが、その最初の大規模公募で制度不信を広げ、時間という取り戻せないコストが支払われる結果となった。
必要なのは、第三者機関を交えたラウンド1の反省と、現実を直視した制度設計を国が改めて示すことであると考える。
https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0284.html
ラウンド1当時の批判については、京都大学大学院経済学研究科の講座コラムとして詳細に論じてあるため、興味がある方は是非目を通していただきたい。
Permalink |記事への反応(30) | 18:58