
はてなキーワード:生活水準とは
バブル崩壊直後の1990年代、日本社会には「豊かさへの違和感」があった。家電は揃い、街には商品が溢れ、平均的な生活水準は世界的に見ても高かった。それでも人々は「心が満たされない」と語った。競争の激化、長時間労働、成果主義の浸透により、豊かさは数字や所有物に還元され、人間関係や安心感は後景に退いたからだ。物質は増えたが、それを分かち合う余白が失われていった。
それから30年。今や日本は、実質賃金の停滞、将来不安の常態化、社会保障への不信という「物質的な貧しさ」に直面している。だが不思議なことに、心は回復するどころか、さらに貧しくなったように見える。理由の一つは、希望の縮小だ。かつては努力すれば報われるという物語が、社会の共通言語として存在した。今はその前提が崩れ、努力は自己責任へと押し返される。結果、人は他者ではなく自分を責め、孤立を深める。
もう一つは、つながりの質の劣化である。SNSは人を結びつけたが、同時に比較と分断を拡散した。承認は数値化され、共感は即時性を求められる。ゆっくり育つ信頼や連帯は、効率の悪いものとして排除されがちだ。物質的に貧しくなった社会では、本来なら支え合いが価値を持つはずだが、競争の論理がそれを許さない。
心の貧しさは、個人の弱さではなく、社会の設計の問題である。物質の量でも、精神論でもない。安心できる未来、失敗を許す制度、評価されない時間の尊重。それらが欠けたままでは、豊かさを取り戻しても心は満たされない。問い直すべきは、何を「成功」と呼ぶ社会なのか、という根本なのだ。
✅ 概ね正しい
ただし、生活コストが安い都市(郊外や中小都市)や業種によっては、平均年収でも貯金は可能
シニアや専門職で高給与を得られる人は、都市部でも生活余力あり
✅ 概ね正しい
特に大都市(ベルリン、パリ、ロンドン)は物価が高いため、平均年収層は日本より生活水準が下がる
⚠️ 注意点:
「女性=最後の切り札」という表現は主観的で、必ずしも誰にでも当てはまるわけではない
平均年収レベルの日本人男性は、現地の生活費を考えると日本より生活余力が少ない
駐在員は給与が高く、生活費補助もあるため、帰国前提でも生活は安定
✅ 正しい傾向
結論から言うわ。「中流層の没落と格差の拡大」は避けられない現実になりつつあるわ。でも、若者の支持率が高いからといって彼らに余裕があるなんて考えるのは、単純すぎるし、ちょっとおめでたすぎるわね。
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今の日本は、かつての「一億総中流」なんて夢物語。以下の要因が、中流層を容赦なく貧困層へ引きずり下ろしているのよ。
「余裕があるから支持している」というのは大きな勘違いよ。むしろ逆。
| 視点 | 若年層の現状と心理 |
| 消去法的な選択 | 現状維持(リベラルや既存の保守)では自分たちの未来が詰んでいると感じているわ。 |
| 強いリーダーへの期待 | 経済の停滞や安全保障の不安を、「強い言葉」で打破してほしいという切実な生存本能よ。 |
| 情報バイアス | SNSの影響で、複雑な政策議論よりも分かりやすい「強気な姿勢」が届きやすくなっているの。 |
あんたが言った「円安」と「日中関係」は、日本経済の首を絞めるダブルパンチになるわ。
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「貧乏人だけが批判している」なんて狭い見方をしてちゃダメ。実際には、中流層だと思っていた人たちが、気づかないうちに貧困の淵に立たされているのが今の日本の不気味なところなの。若者の支持は「余裕」ではなく「変化への渇望」、あるいは「現状への絶望」の裏返しだと思いなさい。
リフレ派の議論は、表向きは景気を回復させるための合理的金融政策を装っている。
しかし実態は、貨幣の価値という社会の基盤を削って短期の快楽を買う、典型的な自己放尿である。
フリードマンが繰り返し言ったのは、インフレとは道徳問題でも精神論でもなく、貨幣現象だということだ。
つまり物価が上がるかどうかは、根性でも国民性でもなく、制度設計とインセンティブ構造の帰結である。
ここを理解しない政策は、どれだけ善意で飾っても経済学的にはただのノイズであり、最終的には国民の購買力を破壊し自己放尿する。
日本がこれから直面しうるのは、「需要が足りないから財政で押し上げる」という単純化された世界観が、期待形成に殴られて崩壊する自己放尿だ。
インフレは静かに始まり、ある瞬間から臨界点を超えて、貨幣需要の崩壊とともに加速する。
そしてその時、リフレ派はいつものように言うだろう。「想定外だった」と。
問題の連鎖は単純だ。にもかかわらず、政治はこれを「景気刺激策」という包装紙で包み、国民に配布する。
減税する。税収が減る。だが歳出は減らない。むしろ選挙インセンティブのもとで増える。
そして次の段階に進む。
日銀が吸収する。つまり中央銀行が国債を買い取り、政府債務を事実上マネタイズする。
国債買い入れでベースマネーが増え、銀行システムを通じて信用創造が増幅され、結果としてマネーサプライ増加が起きる。
そしてフリードマン的には、ここから先はもはや議論ではない。恒等式と確率の世界だ。
貨幣価値が下がれば、同じ商品を買うのにより多くの円が必要になる。つまり物価増加が起きる。
この連鎖は、願望で止められない。
政治家がマイクで叫んでも止まらない。新聞が「インフレは一時的」と嘘を書いて自己放尿しても止まらない。
だが深刻なインフレの本体は、需要増ではない。貨幣需要の崩壊だ。
国民が円を持ちたがらなくなる。企業が円建て長期契約を嫌がる。労働者が賃上げ要求を強める。
輸入業者が先回りして価格を上げる。資産家が外貨や実物資産に逃げる。
このとき物価は上がるのではない。円の価値が下がるだけである。
インフレ期待がインフレを生み、そのインフレがさらに期待を押し上げる。
これは合理的行動だ。誰も損したくないから、先に値上げし、先に買い、先に逃げる。
この時点で政府ができるのは、金融引き締めか、歳出削減か、信用回復のための痛みを伴う制度改革しかない。
リフレ派がよく使う詭弁に、「日本は自国通貨建て国債だから財政破綻しない」というものがある。
この言い方は、形式的には正しい。日本政府は円を発行できる。だから名目上の債務不履行(デフォルト)は避けられるかもしれない。
しかしフリードマン的に重要なのは、デフォルトの形態は一種類ではないという点だ。
政府が返済不能になったとき、紙面上は返せる。なぜなら通貨発行で返済できるからだ。
だがその瞬間、実質的には国民の購買力が毀損される。つまりインフレ税という形で、国民から徴収する。
これは「破綻していない」のではなく、破綻を「通貨価値の下落」という形で実行しただけだ。
これが金融抑圧であり、インフレ課税であり、事実上の資産没収である。
破綻しない?
最大の問題はここにある。財政と金融の境界が溶けた瞬間、中央銀行は「物価安定の番人」ではなく「政府債務の処理係」になる。
「政府は歳出を削らない。日銀が支える。だから国債は安全だ。だがその安全性は貨幣価値を犠牲にしている。」
この理解が広まると、国債の信用は保たれるかもしれない。だが円の信用は落ちる。
そして本当に恐ろしいのは、インフレが進んだ後に引き締めをやろうとすると、国債金利が上がり、利払い費が増え、財政がさらに悪化する点だ。
つまり日銀は、インフレを止めるために金利を上げると政府を殺し、政府を救うために金利を抑えると通貨を殺す。
そしてこの状況は、政策の失敗ではなく、最初から制度設計の帰結である。
ここで多くの人が短絡的に言い出す。「じゃあ増税すればいい」と。
増税は、財政を健全化するどころか、政治経済学的には逆の方向へ向かう可能性が高い。
なぜなら増税とは、「政府がもっと使える余地」を与える行為だからだ。
「税を上げれば金が取れる。なら歳出を削る必要はない。」
すると歳出は固定化され、既得権益が制度として結晶化し、公共選択論が示す通り、予算は削れない構造になる。
さらに悪いことに、増税で景気が悪化すれば税収は伸びず、結局また国債発行に戻る。つまり、
増税 → 成長率低下 → 税収鈍化 →国債発行 →日銀吸収 →インフレ圧力
結局、政府債務を増やし続ける構造が変わらない限り、増税は「健全化」ではなく「延命治療」にしかならない。
延命治療は医療では尊いこともあるが、マクロ政策では単に時間を買うだけだ。そして買った時間で政治が改革する保証はない。むしろ改革しない確率が高い。
インフレを語るとき、リフレ派は「需要ギャップ」や「潜在GDP」を持ち出す。
だがそれらは観測不能であり、推計モデル依存の幻影でもある。そこに政策の正当性を置くのは危険だ。
重要なのは、政策当局がコントロールできる変数と、できない変数を区別することだ。
政府が確実に増やせるのは支出だ。日銀が確実に増やせるのはマネタリーベースだ。だが経済成長や生産性は、命令で増えない。
だから「金融緩和すれば成長する」という発想は、因果を逆に見ている可能性がある。
成長するから貨幣需要が増え、結果としてマネー供給が吸収され、インフレが抑制されるのであって、貨幣を増やせば成長するとは限らない。
貨幣供給を増やしても、資本蓄積と技術革新と労働供給が増えなければ、ただの通貨希薄化で終わる。
リフレ政策の本質は、短期的な快感のために長期の制度を犠牲にすることだ。
しかも犠牲になるのは抽象的な制度ではない。国民の生活そのものだ。
貨幣価値の放尿、財政規律の放尿、中央銀行独立性の放尿。つまり、「貨幣、財政、制度のトリプル放尿」である。
中央銀行の独立性が壊れれば、インフレを止める最後の手段が失われる。
この三つは別々の問題ではない。相互に補強し合う。悪い意味でのシナジーを持つ。
インフレが進むと、賃金は追いつかない。追いついたとしても遅れる。結果として実質賃金は落ちる。生活水準が落ちる。格差が広がる。
インフレは税制上、資産を持つ者に有利で、現金労働者に不利だ。インフレは見えない再分配装置であり、政治が選挙で決めたわけでもない所得移転を勝手に起こす。
長期雇用、年金、保険、貯蓄、国債、家計設計。これらはすべて「通貨が安定している」という前提で成立している。通貨の信認が揺らぐと、社会の基盤が揺らぐ。
そして一度壊れた信認は、戻らない。戻すには時間と痛みがいる。これは歴史が何度も証明している。
「減税して景気を良くする」「国債を出して支える」「日銀が買えば問題ない」
この一連のストーリーは、現実の制約を無視した願望のパッケージだ。
減税 →国債発行 →日銀が吸収 →マネーサプライ増加 →貨幣価値低下 →物価増加
だが同時に、「増税すればいい」という発想も救いにはならない。
歳出が固定化し、政治が改革を回避し、借金を借金で返す構造が温存される限り、結末は変わらない。
問題は税率ではない。
問題は「支出を削れない政治」と「貨幣発行でそれを隠蔽できる制度」だ。
リフレ派がやっているのは、景気刺激ではない。
アメリカで働いている。
去年勤め先の株価がAI関連銘柄とかで高騰したらしく、数年前に付与されたRSUが上がって年収が増えたところに、最近の再度の円安のせいで円換算で一億を超えていた。
一億超えたと言っても自分の住んでいる街では小金持ち程度。普段は冷凍食品やファーストフードを食い、車も日本製のガソリン車。服もアウトレットやUNIQLOの服を着ている。旅行はLCCかエコノミークラスで移動して価格比較サイトで選んだ安いビジネスホテルに泊まる。
ちょっとくらい贅沢してもいいかなとも思うが、株を売るのも面倒だし、株で上がった年収なんてそのうち下がるし、第一いつリストラされるかわからないから怖くて生活水準もあげられない。せいぜい数万円のガジェットを買うくらい。パソコンを買い替えようと思ったが、メモリーやSSDの高騰で手を出す気にならない。買う金はあるけど買えない。
最近は積み上がる資産の額を見て、アーリーリタイアメントのことばかり考えている。一年働けば税金や生活費をはらっても、日本なら5年はなにもせず暮らせそうなくらいの資産がたまる。運用を考えれば8年はいけるかもしれない。そう思うとレイオフで首になるまでなるべく金を貯めて日本に帰って安楽に暮らそうという夢が広がる。
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そうか、日本の人はRSUの仕組み知らんのか。それとも「付与」って言葉が適切でなかったのかな。
RSUってのは会社があげる(grant)っていってから実際にもらえる(vest)まで時間差があるのが普通なのよ。
だから、GrantからVestされるまでに株価があがると、実際にもらえる額が上がる。
自分がここで「年収」って言ってる額に含めたのは去年一年間でvestされた額(実際にもらった株の金額換算)。
GrantされてまだVestしてない(unvested)RSUはただの絵に描いた餅
去年の年収ブーストは昔grantされた分のRSUが過去1−2年で高騰したおかげなので、そのころのRSUがvestされつくしたら年収はだんだん下がっていく。(最近grantされたRSUは対して増えてないから)。そんなわけで自分の年収のピークは去年か今年なんじゃないかと思っている。
Permalink |記事への反応(16) | 14:02
現金の紙切れやあるいは銀行の数字は、何かサービスをしてくれたりはしてくれない。
金をいっぱい払えば高福祉が実現するというのがそもそも発想として間違っているんだわ。
高福祉と言われている北欧の医療サービスの水準の話は聞いたことがあるだろ?
給料を高くすれば人を惹きつけられ実行可能なタイプの人を際限なく集められるわけじゃない。
医療福祉分野はその典型だが、税金等を投入しながらやる分野は似たりよったりだ。
なもんで高負担したところで高福祉にはならない。そんな簡単な話ではないから大変なんだよ。
高福祉ではなく、問題意識が医療福祉分野の人の生活水準が低すぎて可愛そうだからなんとかしたいというところにあるのだったらそれは解決できるかも知れないがな。
アフリカの農村部や一部の都市周辺部(スラムなど)では、月収が3,000円(約20〜25ドル程度、またはそれ以下)前後の生活を送る地域や層が存在します。これは特に、ブルキナファソ、ブルンジ、南スーダン、中央アフリカなど、国連が定義する「最貧国」の農村地域で見られる極度の貧困層の生活水準に近いものです。
農業・自給自足: 主に小規模な自給自足農業や、余剰作物の販売、手作業での労働(砂利作りなど)で現金を得ています。
現金収入の低さ: 日給に換算すると数十円〜100円程度。日雇い労働者や、農閑期にはほとんど現金収入がない場合も珍しくありません。
物価の対比:ローカルな市場での食料品(主食のキャッサバ、トウモロコシなど)は安いですが、輸入食品や日用品は現金収入に対して高価に感じられる水準です。
住居: 土壁に茅葺き(かやぶき)の屋根、あるいはトタン屋根の簡易的な住宅。
水・電気:蛇口をひねれば水が出る環境は稀であり、数キロ離れた水源から水汲みをする必要があります。電気は通っていない(オフグリッド)の地域が大部分です。
教育・医療:学校へ行く費用が払えず、子供が労働力となるケースも多いです。病気になっても薬や医療機関へのアクセスが非常に限られています。
3. 具体的な地域・状況の例
ルワンダやブルンジの農村部:2024年の調査では、エチオピアのアディスアベバで16ドル(約2,400円)、ラゴスで31ドル(約4,600円)といった地域的な最低賃金の低さが報告されています。
ウガンダの農村: 食料を確保するのにも苦労する生存限界に近い生活を強いられる地域があります。
都市周辺のインフォーマル居住区(スラム):南アフリカやケニアなどの都市部でも、不法占拠地域などでは極めて低い収入で生活する人々が存在します。
4.課題
非公式な雇用:雇用契約がないため、労働基準法が適用されず、不安定な収入状況にあります。
多面的な剥奪:収入の低さに加え、教育、医療、生活インフラのすべてにおいて「多面的貧困」の状況に置かれています。
これらの地域では、NGOによる援助や、コミュニティの共同体意識(助け合い)によって、なんとか生活が維持されているのが実情です。
ベネズエラチャベス大統領3選/「国民に優しい政治」/米支持候補を圧倒
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-12-05/2006120507_01_0.html
三日は、二〇〇二年十二月にチャベス政権の転覆を狙う財界、親米勢力がベネズエラ最大の輸出品目である原油生産を停止する石油ストを開始した日からちょうど四年目にあたりました。
ストは経済全体に深刻な打撃となりましたが、ストの終結(翌年二月)後、国営石油公社の再編を進めたチャベス政権は、原油生産量を回復するとともに、原油輸出収入を、さまざまな社会開発プログラムに活用していきました。
無料の医療プログラムは、〇三年から〇六年九月までにのべ二億三千万回(人口の九倍)に達し、成人教育のプログラムでは、百五十五万人が読み書きを習得し、三十三万人が初等教育を修了するなどの成果を挙げています。
原油価格の高騰にも支えられ、経済も順調に回復し、失業率は最悪だった〇三年の19・2%から9・6%へと低下、国民全体、とくに貧困層の生活水準が向上してきました。
チャベス大統領は、利潤追求を第一とする資本主義の枠組みにとらわれない、国民生活向上を重視した社会改革を「二十一世紀の社会主義」と呼び、これをさらに発展させることを訴えました。
正月休み利用して、国会会議録検索システムで統一教会のこと検索していたら、昭和53年(1978年)6月1日に開催された第84回国会衆議院地方行政委員会で、正森成二議員(共産党)が以下のような発言していて、笑ったわ。
この勝共連合や統一神霊協会というのは、ただ単なる勝共や反共ではなしに、私がいま読みましたように、韓国語は世界語になるだろう、日本語に取ってかわるだろう、日本は産業や経済を韓国に結納として納める女性国家なんだ、生活水準を三分の一に切り下げても韓国のために軍備を増強すべきだ、こんなことを言っている団体なんです。そういう団体に軽々しくメッセージを送るというのは、非常に軽率ではありませんか。
出典:https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=108404720X02419780601
俺は平成ヒトケタ世代、90年代初期生まれの在日コリアンだ。ウルトラマンはティガ、ダイナ、ガイアの三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだ。バブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズムは90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵にギリギリ与りながら育った。
しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学年から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈、拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイトが「チョン」「韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。
思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽もTV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである。女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのものが流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。
ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてもの救いか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカットの80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセの音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメのOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代に青春を謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。
さて、時代は進んで今は2020年代である。日本と韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上である。ビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブームは日本に起こっていたが、韓流映画・ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPである。ハイクオリティなパフォーマンス、SNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応、立場の弱い人々を支える政治的・社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策で韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。
一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数は90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから、政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本の大衆には無い。
さらにケッサクなのは、自民党が統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会に支配されているということだ。安倍晋三が韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会は選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策を自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党は統一協会に支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍は因果応報そのものの末路をたどり、それを契機として自民と統一協会との関係は白日の下に晒された。
だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本の大衆は自民支持をやめないのである。キモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明な擁護をし、冷笑バカは「たしかに自民と統一協会の癒着は問題だが、リベラル派の過激な発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党は自民しかない」などと噴飯ものの見解を披露している。
統一協会の教祖である文鮮明は日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだから「アダム国」である韓国に奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本を反共のための基地にすべく、日本人からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会の理念だ。こうして日本人から収奪された金は韓国へ渡り、さらに北朝鮮へ渡り、ミサイルの開発資金にもなっている。1991年の文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。
こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民と統一協会の癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。
彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者やクルド人をバッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興”五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツに血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ。
「奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」
こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉の朝鮮侵略、近代史におけるアジア侵略、植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人や構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明は安重根に匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。
・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本の崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本の民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか!正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国の韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。
日本人とて、タヌキばかりではない。歴史を直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史・政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本のサブカルチャーや文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形の怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。
そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これからの日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやすい社会へ変えていくこともできるはずだ。
ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」
バキューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達と連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。
子どもは好きでも嫌いでもなく、友だちの赤ちゃんを見ると可愛くて愛おしいとさえ思うけど、電車で騒いでる子はうるさいなと思う。欲しいと思ったことはないが、特別「いらない」と思ってるわけでもなく、自分自身何でなんだろう?とうっすら思ってきたので、考え付く理由を書いてみる。
①実家
感情的で他責思考な母と、仕事とスポーツ以外には興味がなく外面の良い父に育てられた。
家族仲はまあまあ良く、旅行にもよく行ったし、大きな不自由なく大学まで出してもらったことには感謝している。
しかし実家にはそこまでお金がなく、小さい頃はそのことでよく両親が喧嘩をしていた。というより、母が父に一方的にキレていた。「離婚したらどっちについていく!?」と聞かれることがしばしばあった。嫌な記憶だ。
母はとにかく他責で、自分は本当は結婚したくなかったのに父がどうしてもというから結婚することになってしまった、私を妊娠した時に義母に仕事を辞めるよう言われたから辞めざるを得なかった、といつも言っていた。
父は父でよく母を馬鹿にしていたように思う。母が何かを間違えた時(全く大したことではない)は決まって呆れた顔でため息をついていて、とにかく自分は合っている、母が間違っているという考えの持ち主なのだ。
私はこの両親のことを嫌いにはなれないが好きでもない。
私は私でこんな両親に対しイライラすることが多く、長く一緒にいると嫌なことを言ったり態度に出したりしてしまう。
社会人になり実家を出て今の夫と暮らし始めると、両親とは年に数回会うだけの関係になった。この距離感がちょうど良く、これ以上近付かないのがお互いのためなんだと思う。
もし子どもが産まれて両親との接点が増えるかもと思うと、それだけでもう面倒くさいのだ。
小中高大とそれなりに楽しかった。でも戻りたいか?と聞かれたら戻りたくないし、社会人をしている今が一番楽しい。学校というところにもう足を踏み入れたくないし、学生生活について考えたくない。
よく子育ての醍醐味は子どもを通してもう一度人生を体験できることと聞くが、それをしたくない。
③金銭面
夫婦共にまあまあ収入はあり、毎日贅沢をしなければそれなりに欲しいものも買えるし、好きな時にライブや旅行へも行ける。でも子どもができるとそうはいかない。今の生活水準に慣れてしまったので、これを下げるのは難しいなあと思う。
④夫
22歳の時に出会った人と26歳で結婚して丸7年になる。この夫とふたりでいる生活が本当に飽きないし楽しすぎる。もう10年以上一緒にいるのに、付き合いたてと変わらないかそれ以上に仲が良く、毎日早く夫に会いたいな〜と思いながら働いている。
夫婦ふたりきりなのでかなり自由に生活しており、この自由気ままな生活が子ども中心になるのはあまり考えられない。
以上です。
いつか自然に子ども欲しいなと思うようになるかな?と思ってたらならずにここまできてしまったので、
初めまして。
ご視聴ありがとうございます。
カブっちと申します。
約3年ホロリスとして楽しませていただいています。
ホロライブ4期生天音かなたさん卒業を受け、当人と、彼女を応援するリスナーにどうしても伝えたいことがあり、初めての動画を投稿させていただきます。
技術を持ち合わせないため音声だけのものとなりますが、どうかご容赦ください。
この動画は、なぜこの動画を投稿しようと思ったか、
理屈の上でなぜ天音かなたは卒業するべきではないと思うのか、
気持ちの上で彼女に卒業しないで欲しいと訴えるの、3つに分けてお話しします。
台本を用意しており、できるだけ短くまとめております。
もしよければお耳をお貸しください。
またこの動画は、カバー株式会社様所属タレントの皆様方を批判することを目的としたものではありません。
他者を批判する意図での切り抜きや転載は固くお断りいたします。
私は今後も強く彼ら彼女らを応援いたします。
まず少しだけ、なぜこの動画をあげようと思ったのかをお話しさせていただきたく思います。
私は本気でホロライブ4期生天音かなたの卒業に反対しています。
しかし思うのです。
彼女の人生を左右する大きな決断を、配信以上のことを知りえず、実情もよくわからないただの一リスナーが、批判にあわない安全なところから一方的に意見を出して、少し考えてもらうことすらできるのかと。無理に決まっていますよね。
私が同じ立場なら怒るかもしれません。
だからせめてリスクを取ることにしました。
私自身、この動画についてとても悩みました。
事務所というフィルターを通さない呼びかけは、アイドルとファンの距離感の観点でどうなのか、
引き止める際にどうしても憶測も混じることになる意見を出すのはどうなのか。
でもね、皆さんアンチの動画を知っていますか?
平気でアイドルを名指しで批判していますよ!
憶測を断定して根拠として発信していますよ!
じゃあ肯定的にそれらをやる動画が少しくらいはあってもいいんじゃないかとも思ったんです!
ルール上では規約も確認し、二次創作の範疇であるのかホロライブへの問い合わせも行いました。
違反はないはずですが、もしあればご指摘ください。
確認次第消します。
マナーとしての批判は覚悟の上でそのリスクを負って、VTuberと同じく肉声をネットに晒して、そうすれば少しは耳を傾けてもらえるのではないかと考えました。
おそらくごもっともな批判も出てくると思います。
その際はコメントにお書きいただければと思います。
次に本題の、なぜ天音かなたは卒業するべきではないと思うのかに移ります。 私は最初、卒業を決断した彼女の意思を尊重するつもりでした。 退職は人生の一大事ですから、当人が最も納得する方法がそれなのであればそうするべきです。
けれどね、卒業発表の翌日の配信で彼女自身が言うんですよ。 「まだホロライブでやりたい夢はあった」 「メンバーと協力して運営に訴えかけて…」
失礼します、すみません。 「状況が改善されればやめなかった可能性はあった」 「惜しまれるのは嬉しいし、惜しまれつつやめたい」 だったら徹底的に惜しんでやろうじゃないかと私は思いましたよね! 意思を尊重して応援だけするのではなく、納得できないならきっちり声を出してやろうと思いましたよ! それにね、やめなかった可能性を当人も自覚していて、そうなるために何が必要かも見えているのなら、そこが解決される可能性は今もあるのか当然考えるじゃないですか。 結論を言いますと、私の予想ではこれは解決されます。 まず重要なところとして、なぜメンバーに相談できなかったのか。 これはリーカーという内部情報を漏らす企業スパイの被害を恐れてのことです。 しかし卒業に際して辞める理由はかなりしっかりと語られています。
1. 当初想定された領域を大きく超える業務外のタスクが何度も発生したこと。
2. その結果、自身の活動が回らないほど負荷が集中する期間が続いたこと。
3.仕事の負荷による心身の状態から活動の継続が難しいと感じるようになったこと。
これらがもうすでに世に出ています。
つまり今はもうこれについて仲の良いメンバーに相談できる状態です。
で、これを相談されて、かなたその卒業がかかっていて、メンバーが誰も力になってくれないなんてこと、あると思います?
確実にないですね。
次にホロライブ運営が改善に動いてくれるのかですが、たぶんもう動いています。
しかもおそらくは急激に。
まずかなたそ自身が、運営は改善に動いていることを確認しています。
方針は運営も同じなのでクリアです。
問題はその速度でした。
皆さん、先日ホロウィッチという企画、その漫画の終了と企画の一区切りがアナウンスされたのはご存知でしょうか?
私も好きな企画でしたが、残念ながらその参加メンバーから多くの卒業者が出てしまいました。
私は企画そのものに問題があるとは思っていませんが、運営主導の企画はタレントに負荷がかかりやすいとは思います。
私はホロウィッチを長期コンテンツとせず、ここで一区切りとした運営の姿勢を、タレントの負荷軽減をより重視する姿勢となったためと考えます。
また天音かなた卒業に際し、リーカーへの警戒からほとんどの運営スタッフにもその事実は告げられていませんでした。
何度も運営から企画の放送がなされ、衣装もアニメーションも新規に用意した大きなコンテンツの終了決定が世に出るまでに1週間です!
随分思い切ったと思います。
多くのカバー社員がこの事実を受け、現状を何とかしたいと動いたのではないでしょうか!
もしかしたら今回の卒業そのものを回避できないかと模索までしているかもしれません!
だったらこれ、卒業しなくてももし当人が「延命」と語った休養を取って復帰したのなら、その頃にはかなり改善されているのではないでしょうか!?
また私の経験を交えますが、別の視点からもかなたそは卒業すべきでないと言えます!
皆さん、もしも自分が退職することになるとして最も気をつけることは何だと思いますか?
私は以前の職場に未練を残さないことだと考えます。
なぜなら、真面目にしっかりと考えてやめる人ほど退職後にも「もし残っていたらどうなっていたのか」と「たられば」を考えてしまうからです。
そしてその「たられば」が大きければ大きいほどやめたことを後悔してしまうからです。
私はこれまでに2社の退職を経験しました。 軽くやめたのではなく、7年勤め、それでもやめました。 1社目は全国規模の企業でもありました。 やめる前には、やめずに済まないかかなり模索し、一時は診療内科に通うようになってすら、なんとかならないかと行動しました。 当然会社にも掛け合いました。 同期がほとんどやめたことや、その理由を例に提案書を提出しましたが、自分のための提案でしかないと一蹴されました。 ここまでやって解決不可と判断してやめました。 だから一切の未練がありません。 あのままいたら精神的にも肉体的にも金銭的にも潰れていたと確信しているからです。
2社目についてもです。 どのように動いても解決には至らないと感じてやめました。 こちらは短かったですが、間違った意見を出したら殺すとまで言ってしまう上司と同じ職場で協力し続けるとなったら、無理ですからね。
今が幸せだから未練がないというわけでもありません。 色々と不満はあります。 やりたかった農業をやり始めましたが、資金面での生活水準は最低です。 税金の支払いに四苦八苦です。 大学の奨学金の返還を止められるくらいにはお金がなく、趣味を減らし、生活の多くが農業を主体としたものに変わりました。 平日と土日は同じで、なんなら直売所に来る方が多いため、土日の方が忙しいです。 休む日は体が持たなかった日です。 働いていた頃にストレスで胃腸がやられ、持病を抱えているのでカロリーの高いものをなかなか食べられません。 食べられないので体も痩せていきます。 こんななので推しのグッズなんてそうそう買えません。
けれど、やり切ってやめたので未練はないです。 確実に続けていればこれよりも悪かったと確信しています。
私は未練がなかったため、精神の復調後に前を向いて頑張れました。 当初、親は農業に反対の姿勢でしたが、今は色々と手伝ってくれて応援もしてくれます。 野菜の販売も販路が増え、まだ低いながらもきちんと年々上向きになっています。 持病についても向き合いつつ、食べられるものをしっかりと食べています。
あ、すいません。 台本にはないんですけれども、この精神の復調、ホロライブという推しを応援できるようになったこと、とてもその出会いは大きかったです。
やめ方はとても大事です。
話がそれましたが、それほどまでに後悔を残さないことは大事です。 「たられば」に縋らず、今後の人生がどう転ぼうと前を向いて頑張れます。
かなたそは配信のたびに新しく未練を話しています。 まだホロライブでやりたかったことがあった。 LUSTというゲームをラストにやりたかった。 来年のフェスに行きたかった。 フェスにホロメンのサイン入りギターを飾りたかった。
断言します。 このままやめたら絶対に後悔します! やめなければそれらがやれたかもしれないと、一生心に傷を負います。 それに今は、卒業に際して仕事を全て片付けています。 つまり、ちゃんと休めるんです! 体を直してまた頑張るという選択肢が、目の前に現実的にあるんです。
未練があり、まだやれることがあるのなら、それは今はまだやめる時期ではないということだと思います!
どうかやめないでください! これからも彼女の歌を聞きたいです! あなたの歌声が好きです! あなたのライブのセンスが好きです! 夢にかける熱意が好きです! 耳のハンデを抱えても、ここまでたどり着いた努力が好きです! アイドルになっても高い買い物をためらうところや、 あれだけ歌のセンスはいいのに服のセンスが悪いところも愛らしくて好きです! 多くのメンバーから聞こえる優しい人柄も好きです!
そんな大好きなあなたが、ホロライブどころか歌までやめてしまう! それがたまらなく苦しいです!
けれど、それは当人がやりたいことをやり切って、周りが引き止めるのをふいにして幕を下ろすからこそだと思います! 今のかなたそは違いますよね!?
配信するたびやりたかったことを話して、未練たらたらで、 リーカーさえいなければメンバーに相談の上残る可能性は自覚しているほどにあって、 これでやめたら、まるでリーカーという犯罪者に負けたみたいじゃないですか!
ふざけるんじゃない!
天音かなたは最高のアイドルです! 自身のアイドル像に真剣で、そうなるために努力を重ねてきた最強のアイドルです! 私はそう信じていて、だからこそ、こんなかなたそ自身も未練のあるうちからやめてしまわないで欲しいです!
今からでも周囲に相談してください。 発表した後だからこそ、今ならできるんです。 打てる手は打って、それで無理だと確信してからやめて欲しいです!
私は自身の経験からも、卒業そのものは否定しません。 絶対にどうにもならないと確信するか、やりたいことを見つけてやめるか。 それならその先は明るいです。 応援します。
あなたはそのどちらでもない! まだやりたいことがある。 やめずに済む手はまだ打てる。
何でもいいから普通の就職になんて、そんなのは到底応援できません! ホロライブは層が厚いんです。 業界を開拓したメンバーが、 卒業が決まっていても続投を決めたメンバーが、 企業として体制が緩かった頃の炎上を経験したメンバーも、 頼りになるメンバーがいるんです。
残ってやり遂げたいことがあると相談すれば、力になってくれるはずなんです。
絶対に!
あなたが全ての夢を叶えて卒業を選択するのなら、私は心からあなたの新しい道を応援します。
でも、絶対に今じゃないんです!
色々と一ファンとして出すぎた話をしたと思います。 心から謝罪いたします。
けれど、これを言わなければ私は一生後悔すると思いました。
本当にこの声だけで卒業を撤回してくれるとは思えません。 かなたそは本当に悩みに悩んで、その時やれる範囲でできる手は全て打った上で卒業を決めたはずなんです。 それでも、どうしても伝えたかった!
やめないで欲しいです。
今、卒業発表をしたことで打てる手が増えています。
どうかやめる前に、そこに挑戦してもらえませんか?
最後に、天音かなたのファンであるへい民の皆様へのご提案です。 諦めずに「やめるな」と声をあげませんか? 私一人では無理でも、大勢の声があれば届くかもしれません。
私は本人の意思を尊重すべきだと思いますが、今回は当人が配信の中で「惜しまれたい」とも話しています。 やめて欲しくないなら、はっきりそう言っていいとお墨付きが出ています。
どうか一緒に、「やめないで欲しい」「やめる必要もなくなるんじゃないか」と声をあげてくれませんか?
お耳汚し失礼しました。 もしこの動画を良いと思っていただけたのなら、当人に届けるため、また多くのへい民にも検討いただくために拡散をお願いいたします。
ご視聴ありがとうございました。
2泊が関の山、洗濯をしなくても回せる位の日数なら何もしなくても腹は立たない。
3泊以上は洗濯物も洗い物もゴミも出る、こういう時に洗い物だけやって「自分はお手伝いしてます!」って勝手に満足して後はテレビ見てるような奴は許せん。
そもそも実家暮らししかしてない奴の大半は現時点の自分の身の丈が分かっていない。
実家の親の家事しか知らないから、自分とそう歳も収入も変わらない人間の生活水準と親世代の水準でジャッジしてきやがる。
それで布団が硬い、トイレットペーパーが硬い、テレビが小さいと知らんところで勝手に不満を溜めている。
だから長く泊まっていると段々「こんなショボい設備に我慢して食器まで洗っている自分は偉い」とか錯覚を起こし始める。
そもそも実家の暮らしに不満がある人間は就職するとお金を貯めて出ていくことも多いから、
①実家の暮らしが高水準なため一人暮らしで生活水準が下がることにメリットを感じない
③実家に不満があるものの節約になるので住み続ける選択をしている
の4パターンに大別される。上に行くほどタチが悪い。
①は比較のハードルも高く最悪すぎるので、さっさと親に追い出されて身の丈を思い知っていただきたいところだが、得てして親御さんが過保護なのでそうはならない。家に入れないのが一番。
そんな奴らに限って平気で4泊も5泊も提案してくる。かける迷惑が想像つかないから。
それでいて簡単な家事を頼んだだけでも「えっ、こんなことまで自分がやるんですか?」といった顔をしてくる。
滅びろ。
時給にするなりして平均労働時間減少の影響を除いてやれば、つまり同じような労働時間を続けている人なら社会保険料を加味してもまだ実質でプラスなんよ。ここ十数年は定年になった後も再雇用あるいは再就職する人が急激に増えて、それで労働時間が平均では大きく減った、その分だけ賃金の平均が大きく下押されたからな。この影響がばかにならない。これは平均だけでなく中央値なんかでも同じ。
そもそものところ税と違って社会保険はほぼ所得移転になるものだから、公的にやらなければその分だけ私的にやらなければならず、家族内で高齢者の生活費を現役世代が出したり、あるいは相続・贈与なりが減ったりする。その多寡で現役世代の生活水準が改善するわけではないので社会保険料抜きの手取りを言っても仕方ないし、むしろ公的にまとめてやる方が効率的で安上がりだったりする。
彼女にとっての(過密から適密への)住み替え(の話)は、たぶんただの作業だけど
増田にとっての(過密から適密への)住み替えは聖域(徒歩4分宇宙を現実にする儀式)
彼女にとっての東京(本物)は、SNSとメディアが作った“可視化バイアスの王国”としての聖域だけど
増田にとっての東京(本物)は、超過密実験区・在庫倉庫としてのただの作業(移動・待ち・混雑・摩耗)
何度も話し合い、試行錯誤し、
増田「都雇圏は何万人がいい?」
増田「朝ラッシュの公共交通は毎時片方向60本級ある?」(都雇圏50~110万人の中心部ではバス・電車合わせてその程度ある)
みたいに“条件の対位”を聞く…
これを彼女から東京(本物)側の“「東京(本物)のみが唯一住むに値する場所」物語推し”でやられても、増田は付き合いきれるのかという話だ…💗
「一緒には住むけど、同じ熱量で東京(本物)を“中心”と崇めろってのは無理だ」って思うんじゃない?
- 東京(本物)の中心へ行く頻度を決めよう(毎週?毎月?)
等と、ずっと話し合いと提案が繰り返されても困るだろう…w💗
それが「疲れてるのに、通勤片道60分とか、人生を削る意味もわからない」みたいな(増田の)言葉に表れてる…💗
(移動時間って、人生のコストだし…“67年間続けると3年以上の時間が移動時間になる構造的暴力”ってやつ…💗)
男女のことなので、彼女も「住まい」は重要なファクターであることはある程度理解してる。
でも増田が求めてるのは「気持ちよさ(最高点の最適解)」で、彼女が求めてるのは「手軽さ(生活の破綻回避)」だったのでは、って話…💗
といった感じだ…💗
でも人間の情報処理キャパって約0.5GB/日くらいで、都雇圏50万人で、もう個人は十分満ちる。
だから東京(本物)の“全部ある”は、個人の幸福と全然一致しない…💗
そして特に平日は、彼女は自分の時間を使いたかったのではないか
急に「今夜、(過密から適密への)住み替えの話しよ」と言われても、予定が狂うので困っただろう。
という提案からも察せられるように、増田は当日の夜に急に言いがちだ…w💗
東京(本物)に例えると、
雨の日にベビーカーで帰ろうとしてるときに「今から都心寄って帰ろ」って言われる感じだ。
そりゃこうなりますよ…💗
(勿論,適密だと元から目的地~家まで全て都心かつアーケード完備のため寄り道可能…w💗)
「(過密から適密への)住み替えは嫌じゃないが、住み替えをする意味がわからない。自分の工夫でダメなのか」
嫌じゃないの捉え方も違ってるね。
増田の嫌じゃない =100点を目指せる、プラスのポテンシャル
彼女の嫌じゃない =苦痛だが、東本のメディアは北朝鮮国営メディアばりに「ここだけが唯一住むに値する地」とし、決して東本より優れた地は映さない💗
だから増田は「もっと良くする努力(比較・条件追加・理想)」に向かっていく。
しかし彼女にとっては「早く終わらせたい作業」の工程を複雑にし、重くしてる原因にしかならなかった。
まさに、乗り物必要(しかも片道で何十分も)宇宙ずるずる化…w💗
増田にとっては、(過密から適密への)住み替えは睡眠や趣味時間を削ってでも行うべき聖域(トップオブトップ)
彼女にとっては、ストレッチやYouTube鑑賞よりも下位、あるいは同等の「数ある選択肢の一つ」
これを、「お前も(過密から適密への)住み替えをトップオブトップに持ってくるべきだ」と強弁したところで無意味だろう。
最初から(過密から適密への)住み替えをトップにしてる人を探した方がいい。
ちょうど、適密地では(職についてだけは、戦後直後の京浜集中国策国費開発の影響が今も残り、東京(本物)に集中してる…そのせいで東京(本物)が生活水準がかなり低いにも関わらず職の為に適密を離れざるを得ぬ男が多いせいで)男不足で、結婚相手の男は求められてるからね…💗
日立市と南流山で年収500万円の人が感じる生活の余裕に大きな違いが出るのは、以下の2点が主な理由です。
南流山は、つくばエクスプレス(TX)とJR武蔵野線が乗り入れる首都圏のベッドタウンであり、都心へのアクセスの良さから、日立市とは比較にならないほど住居費が高くなります。
| 比較項目 | 日立市(茨城県) | 南流山(千葉県流山市) | 差の目安 |
| 単身向け家賃(1K/1LDK) | 1.6万円〜3万円台の物件が多数 | 6万円〜10万円前後が相場 | 約2倍〜3倍以上 |
| ファミリー向け家賃(2LDK) | 4.5万円〜5.8万円程度 | 12万円〜15万円前後が相場 | 約2倍〜3倍 |
| 土地価格の動向 | 比較的安定 | 近年急激に上昇中 | 資産形成のコスト増 |
年収500万円の人が、日立市で家賃5万円、南流山で家賃13万円(ファミリー向け2LDKなど)を払う場合、毎月8万円、年間で96万円もの差が出ます。
この「住居費の差額」が、日立市民にとってはレジャーや貯蓄、趣味に回せる「豪遊費」となり、南流山市民にとっては消えていく「固定費」となって、同じ収入でも手取りの自由度に決定的な差を生み出します。
流山市は近年、子育て支援策の充実などにより、高所得の共働き世帯が大量に移住している地域です。
日立市の世帯平均年収が約494万円であるのに対し、流山市の世帯平均年収は約601万円と、全国平均より大きく上回っています。
年収500万円は、日立市では「平均より余裕のある層」に属しますが、南流山では「平均的な世帯年収(約601万円)に届かない層」となり得ます。
周囲の住民が自分より高価な住宅に住み、高価な車に乗り、教育やレジャーに多くのお金をかけている環境では、「同じ年収」であっても、相対的に自分の生活水準が低く感じられ、「惨めな暮らし」という感情につながりやすくなります。
南流山市民が日立市民よりも経済的に厳しく感じるのは、「東京へのアクセスが良い」という最大のメリットに対して、「高い住居費」という多大なコストを払っているからです。
日立市民は、その地方都市ならではの安い生活コストによって、年収500万円という収入を最大限に「豊かさ」に変換できています。一方、南流山市民は、年収500万円が住居費に大きく吸収され、周囲のより豊かな世帯との比較に直面しやすい環境にあると言えます。
FIREとか資産形成の話ってさ、投資期間に比重を置くとズレるんだよね。早ければ早いほどいい、入金速度が上がるほどいい、みたいな。
老後はこれだけ貯めとけば安心!みたいなことをドヤ顔で語る輩多いけど、高齢者のリアルを知ってる側からすると、鼻で笑ってしまう。
お前は老後の何を知ってるんだ?老後と資産にどんな関係があるか知っているのか?
資産何億持ってようが、動けなくなったら生活なんて一気に縮んでくし、やれることもほぼ同じ。日本の医療と介護は最高峰だから、介護レベルになれば、配当金と利回りで数百万の収入がある奴と生活保護の生活水準にはほとんど差がない。
生活保護でも、自分の足で動けてる奴は社会との接点もあるし、それなりに人生を楽しんでる。だから、老後の生活を分ける最大の要素って健康だろ、って話はもちろんなんだけど、実はそれ以上にデカいのが子どもなんだよね。
子どもが近くに住んでて、しかも積極的に関わってくれるタイプの家庭だと、高齢者の生活は一気に安定する。逆に、子どもが全然来ないとか、そもそもいないとかだと、資産がいくらあっても孤独一直線。外面では「自由に生きてきた結果だから」とか言ってても、老後の生活を見ればだいたいわかる。金じゃ老後に関わってくれる子どもは買えないんだよ。
でさ、これを言うと「子どもがいるからって幸せとは限らない」とか「生む生まないは個人の自由」とか、もっともらしいこと言う人いるけど、そういう話じゃなくて、老後の現実はけっこう残酷なくらい“子どもがいるかいないか”で差が出るってことなのよ。しかも、ただいるだけじゃだめで、距離が近くて、ちゃんと関わってくれるかどうか。形だけの親子関係なんて老後にはほぼ意味ない。
資産をどれだけ積んでも、最終的に寄りかかれるのは“家族的な何か”だとか綺麗事を言う人もいるけど、実際はもっと単純で残酷。「子どもが面倒を見てくれるかどうか」という一点で、生活の明るさも孤独度もほぼ決まる。お金があるからって、その部分だけは埋められない。
だからさ、老後の安心を語るなら、資産何億とかより先に、「で、その老後、誰がお前の近くにいるの?」
って話をしたほうがよっぽど現実的なんだよね。
いやさ、「結婚したら生活費が下がる!」って昔は普通に信じてたんだよ。
家賃も折半、光熱費も折半、食費も効率的になって安くなる……みたいなテンプレ理論ね。
でも実際のところ、みんな結婚した瞬間に広い家に引っ越すじゃん?まずここで家賃アップ。
で、1人用の家具家電じゃ足りないから、冷蔵庫デカくするわ、洗濯機買い替えるわ、ベッドもソファも2人用に新調するわで、スタート地点からめっちゃ金飛んでくんのよ。
外食の頻度が増えたり、イベントごとの出費も倍になるし、贈り物だの旅行だの、何かと「2人分」でお金使う機会が増える。
あれ?これどこが節約なんだっけ?って真剣に考えちゃうレベル。
結局さ、一人暮らしより生活費下がるっていうアレ、数字だけ見た理論上の話で、現実ではなぜか散財して出費が跳ね上がるんだよな。
清潔感の話題が盛り上がるたびに「何言ってんのこいつら」という感想を抱いてたんだが、
この増田(https://anond.hatelabo.jp/20251124031735)を読んでお前らが何に躓いてるのか理解できた気がする。
要するに、お前らは生活水準が低いんだよ。だから容姿というものの解像度が低い。
一般人は普段から口にする食べ物も栄養バランスやカロリーをちゃんと考えて食べてるし、
着てる服も綺麗めかカジュアルかをバランス取りながらどの程度の清潔感を演出するか考えて生きてるんだが、
この種の人らは「何を食べるも自由、何を着るも自由」みたいな感覚で生きてるんじゃなかろうか。
だからわざわざ人が「清潔かどうか」ではなく「清潔感」という言葉を選んでいる文脈が理解できていないんだよな。
人間なんて顔面や体型の偏差値は多少差異があるとはいえ、生活レベルが一定以上なら外見は平均点に収まるものなのよ。
世間に溶け込んで他人を不快にさせず自分に自信を持つための努力を怠っているという指摘がつまり「清潔感がない」という状態なの。
そしてそういう状態はとにかく目立つんだよ。清潔感がない人間は容姿端麗な人間よりよっぽど目立つ。群衆の中で1人だけスポットライトが当てられてるくらいには。
人間というのはそうやって外見でヤバい人間を避けるための本能が明らかに備わっている。
どれだけ倫理観やポリコレをアップデートしたところでみんな内心ではそういう本能に従って生きている。
むしろ表立って口出しできなくなったことでそういう格差はどんどん開いていく。