
はてなキーワード:生来とは
日本でもたまにニュージーランドでプライド・パレードやインド人の宗教行事に立ちはだかってハカを踊る集団が紹介されていることと思う。
動画のキャプションには「ニュージーランドの誇りを守るために」であるとか「ワガママばかり言う迷惑外国人に対抗するために」などとあまりにも大嘘なことが書かれており現地民はこのようなプロパガンダを見るたびに日本もここまで落ちたかと悲しくなっている。
これらの更新は正式な手続きを経て認められた合法なものであり、また、マオリを含めた現地の宗教団体が作る協会では全く支持しない姓名が出されている。
こういった迷惑行為を敢行する団体はいかにも愛国者というふりをしてハカを踊るのだが、この集団はブライアン・タマキという男性が主催するニュージーランドのキリスト教系カルト集団デスティニー・チャーチが下部組織を作って行っている。
デスティニー・チャーチ本体でやっていないのはおそらく本体に何らかの問題が起きることを避けるためであろうと陰謀論的に考えているし、こういった組織にお金をかけて作っているあたり(例えばユニフォームを作る、それなりの人数を集める、動画撮影をして配信をするなど)に誰かがスポンサードしているのだろうとも思っている。
現在この集団が画策していることの一つが「ハーバーブリッジを歩いてデモ行進する」と言うものだ。
このハーバーブリッジというのはオークランドのCBD地区とノースショア地区を結ぶ交通上の大動脈であり、これが塞がれてしまうと壊滅的な渋滞が発生する。多くの人は通勤すらできなくなってしまう。
同時にこの橋は人が歩いて渡るような設計もされていないため、このデモ行進は却下されている。
ハーバーブリッジを生身の人間が渡るというのは、現地のマラソン大会などの特別な場合のみであるが、このときも大規模なデモ行進というよりはまばらに人が渡るという点で許可されている可能性が高い。
しかしデスティニーチャーチは「これまで何度も人が渡っているのに我々のデモ行進を却下することは違法である」という立場をとっている。警察やオークランド市、また、NZTAという道路を管理している団体は、人が渡ることではなく、その規模や用途が橋にダメージを与えかねないということを懸念して却下しているのだが、デスティニーチャーチ側は何が何でも論点を合わせようとはしない。
このデモが一体何を目的にしているかだが、コロナ規制に対する反対デモという名目だった。そもそもこの目的すらなんで今ハーバーブリッジでやるのか全くわからない。ニュージーランドではコロナ感染率は現在では世界トップクラスの感染率を誇り、もはや日常とかしている。
かつてジャシンダ・アーダーンが本来踏襲すべき法的手続きを無視して国家非常事態宣言を宣言してロックダウンを強行、それによって国内は家庭内暴力が深刻化し、企業は倒産し、失業者で溢れ、彼らの年収を保証するために凄まじい額の国債を発行してしまったのだが、このときは国民は皆で協力してこの難局を乗り切ろうという空気感ではあった。
デスティニー・チャーチは「このデモ行進ができなかったらニュージーランドは二度とその機会を逃す」と言っており、強行する姿勢を見せているようにも見えるが、だったらどこか別の安全な場所でやればいいのにと多くの人は思っているが、何故かハーバーブリッジをデモ行進で渡ることに固執している。
最悪なシナリオとしては内戦のきっかけづくりだ。ニュージーランドではワイタンギ条約の破棄が現在論争を巻き起こしており、万が一ワイタンギ条約が破棄されればマオリ族の権益が脅かされる可能性が高いことやマオリ文化が尊重されなくなることが懸念されている。
知性のあるマオリ族はならばより良いワイタンギ条約をみんなで作ろうと思っているようだが、デスティニーチャーチにいる野生動物のような彼らはそう考えていない。
マオリ語で白人はパケハというがこの言葉は侵略者という意味もあり、そもそもマオリ族は白人を信用していないということは根底にあり、その上でどう付き合っていくかを皆模索しているというのが正解だ。
2026年1月31日に企画されたこのデモ行進は、ビクトリア・パークという公園から開始されるのだが、おそらく当日は警察が厳戒態勢をとることになるだろう。
また、当日はカウンタープロテスト、つまりデスティニー・チャーチのデモ行進に対抗する別のデモが3つほど予定されており、万が一デスティニーチャーチのデモがこう言った様々な手続きの結果を無視してハーバーブリッジになだれ込むようなことがあれば大変な事になりかねない。
なぜ私がデスティニーチャーチがハーバーブリッジでデモを強行しようとしているのかと考えているかというと、彼らは「今回の決定は違法である」という立場をとっているからだ。違法な決定に従うことなどしないとブライアンタマキが一言言えばおそらくデモはハーバーブリッジになだれ込んでしまう可能性が高い。
ハーバーブリッジでのデモ行進がなぜ禁止なのか、という話だが、技術的には「それだけの人数がデモ行進をすることを想定して作っていない」という一言に尽きる。
ハーバーブリッジはもとは細い橋だったが、交通量の増加に伴って拡幅工事をしている。幅を広げた箇所は橋の本体に引っ掛ける形で作っているので、確かに強度は低いと思われる。
ハーバーブリッジの狭い区画に多くの人が集まってシュプレヒコールを上げるようなことがあれば、その箇所に深刻なダメージを与える可能性があり、もしそうなればオークランドの大動脈でもあるハーバーブリッジはしばらく使えなくなり、そうなるとオークランドはこれまで以上に深刻な渋滞に悩まされる可能性すらある。
ハーバーブリッジに人が集まってハカを踊る場合、ハカは足で地面を踏みつける動作も多用されるので、最悪橋が崩落などもありうるかもしれない。橋が崩落してしまえばニュージーランドの対応の遅さや不景気から今後数年は使えない可能性すらある。
オークランドは連日凄まじい渋滞が起きており、この影響で世界でもトップクラスに空気汚染が深刻な都市になっているが、これがさらにひどくなれば住民への健康被害すら起きる可能性が上がっていく。
しかしデスティニーチャーチは「このデモをやりたい、オークランドの決定は違法だ」といかにも強行を匂わせることを言っているため、当日は本当に出歩かないほうが良いだろう。
まだ、デスティニーチャーチという団体はニュージーランドにおいてはマオリやパシフィカが主な構成員となっており、彼らのフィジカルは日本人からは想像もつかないほどに強い。
相撲で言えば体型で言えば曙程度の人がそこら中にいるようなものをイメージすれば良いかもしれない。
生来フィジカルが屈強な彼らは生まれてから一度もトレーニングをしていなくてもすでに強い、と考えたほうが良いくらいに強いので、万が一乱闘にでもなれば警察も太刀打ちできない可能性があり、そうなれば重火器の使用や軍隊まで出てくる可能性すらある。それくらいにデスティニーチャーチのデモは規模が大きい。
今は単に大騒ぎしてハカを踊って終わっているだけで済んでいるが、これが乱闘となったらどのような大惨事になるか想像もつかない。
特に注意してほしいのは、すでに書いたがデスティニーチャーチのデモはマオリやパシフィカが主体となっている点だ。
彼らは民族間での横のつながりがとにかく強いため、もしかするとほうぼうで呼応した人々が何かをしでかす可能性も考えたほうが良い。
ボブサップくらいに巨大な人々が暴れれば日本人は遠隔武器でもない限り安全は保てないので、改めていうが家から出ないことをおすすめする。
もしも明日ニュージーランドに来ることを予定している人がいるのであれば、オークランド空港からできるだけ早急に滞在場所に移動することをおすすめするが、渡航延期が一番いいかもしれない。少なくともCBDには近づかないほうが良いだろう。
天才スポーツ少年の悲哀を描きたいってテーマは悪くないと思うんですけど
やってることが少女漫画なんですよね
主人公の天才描写があまりに上っ面でスカスカで、そのくせお友達との譲り合い察し合いネチネチ心理描写にだけページ割いて
しかもその心理描写がただ文章でつらつら書いてるだけで、これ漫画でやる意味ある?って感じました
作画の質も、なんか登場人物みんな目をカッと見開いてて無表情だし、男の仕草が口に両手を当てて驚いたりやたら赤面したりで妙にホモ臭いし
試合の動きの描写も「これで天才少年なの!!???」って思ってしまう躍動感ゼロの絵で、もう少し頑張ってほしいです
ストーリー展開も王道の「友達のために頑張っただけなのに、不本意ながら大人に持て囃され、逆に友達との溝は開いていく一方」ですが
そのストーリー展開のために登場人物が「うじうじ悩みを喋らさせられてる」「小賢しい悪口を言わさせられている」という感じで全然登場人物ごとの生来の魅力を感じません
よくよく見るとブスだが、太らないように気を付けているのと髪のセットはそれなりにしているので、パッと見は「概念としての女」に見えていると思う。
持病があり、他人といると疲れるのでパートナーもおらず独身で、全く求めてもいない。しかし、『手近なところにいる独身の女(派手でもなく若くもないが、「女」の概念から外れてもいない)』ということで、職場の高齢童貞(推定)おじが何か勘違いをしてしまった。
私としては他の女性社員がおじに接するのと同じようなノリで話していただけなのだが、おじにとっては「冗談混じりで雑談してくれる既婚者女性」が「冗談混じりで雑談してくれる独身女性」になっただけで、ワンチャンいけるような気がしてしまうものなんだろうか。
「満更でもないんだろ」みたいな雰囲気を出しながらしつこく話しかけて来たり、誘ってきたり、セクハラまがいの冗談を言ってくる。
「今日は髪パサパサだね。駄目じゃん、いつも綺麗にしてないと」(ウゲーーーーーーーッ)(鳥AA略)みたいな事を言ってきたり、帰り道にいくら撒こうとしてもついてきて「女の子を車道側歩かせるわけにはいかないから」とわざとらしく車道側に回ろうとしたりするのである。女でも男でも車に轢かれれば普通に死ぬんだが、なんなんだその「男らしさを見せないと」みたいな時代錯誤でクソキモトレンディな勘違いは。
そういうのが本当にキモくて嫌で、先週末とうとう比喩でなくストレスでゲロを吐いてしまった。
しかし思うのは、この高齢童貞おじ、別に私に好意を持っているのではなくて、「概念としての女」と「概念としての恋愛」をしたいだけなのだなと言うことだ。
私だって鬼ではないので、自分個人に対して好意を向けてくれている相手にキモいなどと言わない。おじがキモいのは、ひたすらに私が「女の髪型をした、女の匂いがする、女の体型の女」であることにのみ着目してウキウキしているからだ。
おじは私がわかりやすく女らしいリアクションをすることに喜び、私は内心「死ねクソ」と生来の口の悪さ全開で罵りたい気持ちを社会性によって必死に抑えている。
おじに媚びたいわけではなく、職場で明るく無害で無個性なキャラクターをやろうとすると普通にそうなるのだ。職場で個性なんか出しても良い事は何もない。
おじはそれを知らず、「ワァ〜、俺、今女と男女のコミュニケーション取ってるぞ〜」と悦に入っているのである。
私もな、他人の身なりを上から評価して自分は鼻毛出てるようなおじでなければこんな事は言わないよ。
恋愛がしたいのであればまず自分の身なりを何とかしろよ。鼻毛を切れ。髭を剃れよ。痩せろ。そういう好かれる努力を何一つしないままに、女の身なりをイジって勝手に親密になった気になるなよ。
私がおしゃれするのや髪や肌の手入れをするのはひとえに自分のため、自分のモチベのためなんだが、それをタダ見してダメ出しする資格が自分にあると思うんじゃねえわ……。
高齢童貞おじの中にはおそらく「概念としての女」が自分の小粋な冗談や男らしい振る舞いに喜び、好意を持ってくれ、いつか交際してトレンディな所でデートをしてセックスして結婚する、のようなステレオタイプな恋愛への固定観念があるのだろう。
手近なところにいた独身の女である私はそのターゲットにされているわけだが、どんなに(自認)小粋な冗談を言われようと、(自認)男らしい振る舞いをしようと、私がおじに好意を持つことはなく、交際してセックスすることも結婚することもない。
永遠にない。
なぜならばおじは私に好意を持たれる要素もなければ、その努力もしておらず、男らしさというのもトレンディさというのも時代錯誤でズレており、全く魅力がないからである。
むしろこうなる以前に感じていた「意外と面白い人だな」という評価も、数々の非モテムーブによって無に帰した。
非モテムーブは場慣れしてなくてみっともないから悪いのではなく、独りよがりで相手の事を全く考えていないから悪いのである。
「奢ってあげるよ」と言う前に、相手が行きたがってるかどうかを気にしろ。そういうデリカシーがあるところを見せた方が、タダ飯食わせるよりモテる可能性なんぼか上がるんだよ。
まあ治安悪いところにあるスーパー銭湯だから致し方なしってところかなぁ…
公式のコメントでは、性別規定について「お答えすることはありません」とのことらしい
女性ユーザーとしては「生来の性別のみで区別します」って明言してくれた方が安心だったんだけど
今どきそういうことをハッキリ言うとうるさい人がいるもんね
私は某有名チェーンで占い師をやってる。
1日に客は20人ほど来るが中にはクソオブクソゴミ客がおり、そんなよくあるゴミについてのひとりごとだ。
わし「見てみますね!どんな人がいいんですか?」
クソ客「専業主婦したいんで、させてくれる人。私職場転々としてるんですけどぉ(バイト)、周りのレベルが低過ぎてどこも合わないのでぇ。レベルの高い会話ができる学歴いい男の人がいいです。あとはお金もある程度欲しいのでぇ。」
※スペック:顔ほんこん、30代後半、職一年続いたことがない、本当に本当に芋い(自分ではイケてるとおもってる)実家住み、家事できない、貯金ない、かなりの地方在住(推し活で東京に占いに来た)地方Fラン大卒
占うまでもないが?????
「ええと…職場とか周りに男性いないってことなのでネットとかマッチングアプリはできそうですか?」
あのさ、マッチングアプリネット無理趣味推し活職場女のみ友達紹介してくれないってどこで会うの???????
現実考えれば清潔感を出して、40になる前に一刻も早くネットで(それ以外出会いの場所ないだろ地方実家在住で考えたらわかるだろ)で出会いを募るしかないだろ???????
…まぁこいつを今ここで喜ばせることはできる。
「あー出会いのチャンスの星は8月にめぐるのでそこで好みの人現れるかもですね!確かにレベルが高過ぎてどこの職場も合わなかったですねウンウン」
とかいうときゃあいい。(出会いの星チャンス縁が来ても今のままでは彼氏できないがそれは伏せる)
…ただ本当に伝えるべき真実は「40になる前に一刻も早く出会いを探せマッチングアプリをしろ後悔する前に」
なのだが、
一度良かれと思い死ぬほどオブラートに包んで上記を伝えるとクソ口コミ笑が入った。
「なんで私が動かないといけないんですか?理想の人が出てくる出会いの時期を聞いてるのに意味わかんないです!クソ占い師」みたいな。
その瞬間
あーーーーーーー良かれと思って少しでも真実言うのは意味ないわ、嘘八百でいこ。
ぜーーーーんぶ耳触りの良いことだけ言いますね、知りません。
ほんこんに言いたいこと。
お前ゴミだよ?市場価値マイナスだよ?なんで選ばれると思ってんの?占いでドラえもんみたく解決できると思ってんの?頭悪いからバイト先毎回首になってんのよ?あと臭いから風呂入れ?????歯磨きしろ?????
うん、それだけです。
とりあえずこれからも嘘ついて手遅れ女子量産していこうと思う。
私は某有名チェーンで占い師をやってる。
1日に客は20人ほど来るが中にはクソオブクソゴミ客がおり、そんなよくあるゴミについて語らせていただく。
わし「見てみますね!どんな人がいいんですか?」
クソ客「専業主婦したいんで、させてくれる人。私職場転々としてるんですけどぉ(バイト)、周りのレベルが低過ぎてどこも合わないのでぇ。レベルの高い会話ができる学歴いい男の人がいいです。あとはお金もある程度欲しいのでぇ。」
※スペック:顔ほんこん、30代後半、職一年続いたことがない、本当に本当に芋い(自分ではイケてるとおもってる)実家住み、家事できない、貯金ない、かなりの地方在住(推し活で東京に占いに来た)地方Fラン大卒
占うまでもないが?????
「ええと…職場とか周りに男性いないってことなのでネットとかマッチングアプリはできそうですか?」
あのさ、マッチングアプリネット無理趣味推し活職場女のみ友達紹介してくれないってどこで会うの???????
現実考えれば清潔感を出して、40になる前に一刻も早くネットで(それ以外出会いの場所ないだろ地方実家在住で考えたらわかるだろ)で出会いを募るしかないだろ???????
…まぁこいつを今ここで喜ばせることはできる。
「あー出会いのチャンスの星は8月にめぐるのでそこで好みの人現れるかもですね!確かにレベルが高過ぎてどこの職場も合わなかったですねウンウン」
とかいうときゃあいい。(出会いの星チャンス縁が来ても今のままでは彼氏できないがそれは伏せる)
…ただ本当に伝えるべき真実は「40になる前に一刻も早く出会いを探せマッチングアプリをしろ後悔する前に」
なのだが、
一度良かれと思い死ぬほどオブラートに包んで上記を伝えるとクソ口コミ笑が入った。
「なんで私が動かないといけないんですか?理想の人が出てくる出会いの時期を聞いてるのに意味わかんないです!クソ占い師」みたいな。
その瞬間
あーーーーーーー良かれと思って少しでも真実言うのは意味ないわ、嘘八百でいこ。
ぜーーーーんぶ耳触りの良いことだけ言いますね、知りません。
ほんこんに言いたいこと。
お前ゴミだよ?市場価値マイナスだよ?なんで選ばれると思ってんの?占いでドラえもんみたく解決できると思ってんの?頭悪いからバイト先毎回首になってんのよ?あと臭いから風呂入れ?????歯磨きしろ?????
うん、それだけです。
とりあえずこれからも嘘ついて手遅れ女子量産していこうと思う。
何をやってもうまくいかず、病気になって仕事も失い引きこもり、そこからなんとか少し持ち直して以来、人生はずっと低調のまま続いている
一応はまだうつ病ということで薬は飲んでいるが、本当にうつ病なのか単なる気分の浮き沈みを主治医が病気と受け取っているのか、自分でもわからない
ただ、薬を飲んでいても働き生きていくのは辛く、かと言って働かずにいればもっと辛い
そのうち自ら人生を終わりにするしかないんだろうなと思うけれども、本能的な死や痛みへの恐怖が先に立つ
希死念慮が強い時でさえ、勝手にホームドアのない線路に吸い寄せられそうになるのが怖くてベンチにしがみ付いていたくらいだ
生来生き汚いんだろう
増田にこんな事書いたらそれこそ生きづらさを抱えた連中から死ね死ねと煽られるんだろうけれども、お互いままならないもんだよな
死にたい死にたいと言いながら不摂生するでもなく、通院や、歯医者の予約までしている
そうしてだらだらと先延ばしにしているうちに、物価が上がって飯を食えなくなるのか、災害に巻き込まれたりするのか、案外還暦過ぎても騙し騙し生きてたりするんだろうか
一年のうちで一番夜が長く昼が短い
外は真っ暗で5時を過ぎても夜が明ける気配はない
基本的には左利きなのだから、そのままの性質を活かしたほうが運動能力はより向上してただろう。
私はそれが原因かどうかはわからないが球技とか大変苦手な子供時代を過ごしたから辛かった。
長じて、絵を描くことが好きになったがそれも利き手を変えられてなかったら画力に影響はあったんだろうか?とかよく考える。
いや、そんなん利き手を変えられたからって運動神経とか絵を描くこととかに関係せんやろ?
と思う向きもあるかもしれないが、
ってことを考えてみれば私の気持ちもわかってもらえるかもしれない。
というか、利き手を矯正されたんだけど唯一矯正しきれなかった行動がある人間の利点がある。
というと、ピンと来る人もいるだろう。
でも、まだネタバレはしない。
私が子供時代に字を書くことやその他のことを矯正されているときに、
どうにもこうにも上手く出来なくて、結局はそのままにされたこと、
(実はこういう人は結構、多い。)
でも、基本は右利きなので、フォークとかスプーンはかなり器用に使えます。
おそらく生来の右利きの人が左手でスプーンを使うよりもはるかに機能します。
そう、そうなのです。
それはどういうことか!?こういうことです!!
左手にお箸、右手にレンゲを使う共同作業でのチャーハンを食べるという行為です。
レンゲでは掬いきれないチャーハンのご飯粒を箸でレンゲに乗せて食べるということが出来るのです!!
ああ、なんということでしょう、お皿に残ったご飯粒がなんとキレイに一粒残らず食べられました。
タフでもなくクールでもないので、せめてヒューマンタッチではあろうと努める毎日であるが、そこは両親共に末っ子でその二人の間に生まれた末っ子の俺、つまり末っ子のサラブレッドには生来の「愛されて当然」気質があり、与えたならばその10倍は与えてもらわないとねという思いを是消し去れず、結局のところはヒューマンタッチどころか過剰報酬待ちの課金ユーザーのようにクレーマー予備軍じゃなかろかワシ、なんて思いを抱えながらそれにつけてもカネの欲しさよ、というのは人間関係の潤滑化にはなんでこんなにカネがかかるのか、時間を費やすのは残りの人生にたいした目標なきワタクシにとっては些事でございますオホホと余裕ぶっこけるもカネは有限、有限是憂鬱也と昔の偉い人は言ってないが、命もお金も人間関係も有限であるからには(以下略、仏教入門本でも読んでいてください)、つまりあれだグフ特区/ゴーンjoke、そんで何の話かっていうと「ウケる」って言葉ね、あれ悲しくないですか?悲しくない、そうですか、俺は悲しい。
大して笑いもせぬままにウケるという言葉を発しているのを見て、なんでそんなに自分の状態を客観的に記述したがるのか不思議に思い、本来ならウケているなら自らを分析できぬような忘我状態であってもいいはずのところをこの冷静な言説、たとえればこれは「俺はキレたぜ」とかと同じでアカギさんに無表情でピストルでぱんぱん撃たれて「キレた線は繋がったかい?」と嘲笑されてしまうような自己言及、実は制御可能な感情でつまり本来的なウケではないのであり、そのように自分の状態を表明することで自らの感情を無理矢理定義づけ、ともすれば醒めてしまいがちな自分を必死に鼓舞し、本当はウケることなど何一つ無くなってしまった世界を何とか誤魔化していこうとしているのかもなぁと悲しくなる。
なんでしょうね、あれ、自分の感情的な状態を努めて客観的に描写しようとするの、「推し」とかもそうで、定義が先に立つというか、そういう感情を持っていなければならないという何だかよくわからない社会的要請を勝手に感じて自らの感情を制御してるみたいに見えんのね、オッサンには。
ゲーミングノートだよ。
Amazonのブラックフライデーでさ、うきうきしながら予算内で一番心惹かれたパソコンを買ったんだ。
ゲーミングPCだ。ノートでゲーミングはやめとけ。インターネットにはそんな声があふれている。知ってる。でも置き場所の問題があった。
ともあれ、ゲーミングノートパソコンを買った。キーボードが光っている。なんか色がころころ変わる。すごい。
5年位前に買った普通のノートパソコンと比べると、当たり前だけど処理速度がめちゃくちゃ早い。何もかもがスムーズ。すごい。
ゲームについてはとりあえず、原神とスターレイルは特にストレスなく動きそうだしまあ問題ない。画質きれい。すごい。
で、まあ仕事とかなんか色々忙しくて、今日初めて長文を打ったんだ。パソコンだからね、文章くらい打つこともある。
すっっっっっっっっっごく打ちにくい。
え?なにこれ??ってなった。特に右側のShiftキーがささやかすぎる。え?ちっちゃ。Shiftちっちゃ。
そのくせすぐ近くにある左矢印キーは思った場所にない。「←」を押したはずが画面下部に「Fn」が現れる。今はファイル名変更も文字変換もいらないんだな。わかる?然るべき時に輝いてほしいんだ君には。
しかも日本語「ろ」キーがまた微妙な位置にあって、「?」や「。」を押したいだけなのに、金にがめつい人間のようにひたすら¥¥¥が打ち込まれることもある。
なんだこれは。私は金にがめつく損をしないよう生きようとする度、生来のずぼらさを思い知るだけの人間だというのに。円は好きです。
………。まあこれが、ゲーミングパソコンというものの定めなのかもしれない。
ゲーマーというものは右側のShiftキー、そんなに使わないのかもしれない。使わないのかな? よくわからない。
ちなみにここまでこの文章を打ちながら、Shiftを押そうとする度に上矢印キーを誤打してしまい、何行も上にすっ飛ぶこと数知れず。具体的に言うと「?」を入力する度私の文字カーソルは跳躍している。
とはいえ、まあそういうものなら仕方ない。私はこのパソコンを何年使おうと思って買ったんだ。5年だぞ。5年、せめて3年。でもできれば5年。5年後も原神やスターレイルをこのパソコンでやりたいんだ。
………5年? え?5年もこの扱いづらいキーボードで文章打つの?マジで?いちいちキーボード確認しないとShiftの位置もわからないんだけど?ヒエ~~~><><
どうにか早めに仲良くなりたい。このオーロラに光るキーボードと。Shiftと。¥と。矢印キーたちと。私の未来で待つ、快適なはてな匿名ダイアリーライフのためにも。
子どもに言うことを聞かせるための(これも思い返せば躾の一環というより母の我儘を通すためのものだった)、例えば説得する能力だとか論理的に説明する能力が足りなかった。
そして口で子どもを言いくるめられないとわかった母は、殴る蹴る・飯抜き・怒鳴る・大切なものを壊すという手段を選び、幼少期の俺にはそれらの効果がテキメンなことを理解しそれを繰り返すようになった。
また母は生来コンプレックスが強く、いつも誰かの学歴や若さや自由であることをひがんでいた。そして同時に(守られる立場の)"子どもであること"にさえ嫉妬していた。
俺を自分のコンプレックスを代わりに晴らしてくれる操り人形にしようとしたし、俺が"子どもであること"にムカついたときは憂さを晴らせるサンドバッグにしようとした。
疲れた顔を見せると「自分がやるって言ったじゃん」とお決まりの文句を言う。
たしかに「やるよね?」とは聞かれて、「やる」と答えた。
そう言わないと、殴られたり蹴られたり「あんたのことを思っているのに! 恩知らず!」とヒステリックに怒鳴られる。
(どうしても嫌でずっと「やる」とは言わなかった時があった。母は自分の思い通りになるまで夕飯終わりから深夜にかけて、そして夜が明けてもずっと怒鳴っていた。眠そうな素振りを見せると殴られ起こされた)
こんなこともあった。
(俺が使っている)毛布を買い替えた方が良いと思って。
もう汚いでしょあれ。
新しいの選んで。
そう言った。
俺は嫌で、黙っていた。
母が汚いと言った毛布はあの頃の俺にとっては"あんしん毛布"で、家庭にも心休まる場所のない俺の精神にとってすごく大事なものだった。
それを替えたくなくて選ばずにいると、母はもういい!と怒って早歩きで駐車場へと向かっていった。
慌てて追いかけると、車が無い。
ここまで連れてこられた車が無い。
そのうちに店員さんに保護され1時間ほど経って母が帰ってきた。
にこやかに店員さんに「〇〇くん〜! 良かったー! はぐれちゃって心配したんだよ! 本当にありがとうございます!」と挨拶をし(外面だけはほんとに良かった。少し成長した後、周りの人間に毒母について相談しても信じてもらえず「甘え」認定されて終わった)、もう一度毛布売場に俺を連れて行った。
「毛布選んで。選ばないと今日から寒い寒いだよ。汚い毛布はもう捨てたから」
やるせなさにいっぱいいっぱいになった俺を『してやったり』という微笑で見る母の顔を今でも覚えている。
心はずっとぐちゃぐちゃだった。
(今は、少年期でも鬱病はあるという認知が広がっているらしいが、この頃[20年前]は少年期の鬱病はおろか精神疾患に対する偏見が今よりもっと酷かった)
母は一貫性が無い。
思いつきで俺を様々な方向へ行かせようとして、そしてそれに従わないと大人と子どもの差を利用して心をめためたに潰してくる。
そして、たまに甘やかすのだ。
「母は愛してくれていて、期待に応えられない自分が悪い」って感情と、
「この苦しみの元凶はこの女である」という本能という相対するものが頭の中を絶えずぐるぐると回っていてこの時期が人生の中で一番辛かった。
なんとか死なず(死ねずに。自死は何度か考えたが、怖かった。怖すぎた)に中学、高校と俺が成長していくにつれて、大人と子どもの差を利用できなくなっていった。
殴る蹴るは成長した男の身体には効かず、飯抜きもどうにかできるようになり、大切なものもあらかじめ隠しておくようになった。
またこの頃からインターネットやそもそも俺の移動範囲が増えて図書館等から毒親(まだこの名称は一般的では無かったと思う)や虐待に関する知識を得られて、前述の「この苦しみの元凶はこの女である」という本能に確信を持ち始めていて、母に抗うようになっていった。
(言い返せるようになったからといって平気になったわけではなく、言い返すたびにエネルギーの消耗は激しかったし、なにより虚しくひたすら悲しかった)
母はおそらく焦った。
そしてやはりそれを受け入れる資質が無かった。
高校3年生の冬、相変わらず母は毎日俺を"矯正"しようと怒鳴ったが(子の受験期よりコントロールを取り戻すのが大事なようだった)、俺はいっぱいいっぱいになりながら勉強を重ね、センター試験ではまあまあの結果を残し、県外の国公立大なら進学できるかもしれなかった。
だが(授業料等は自分でなんとかするにしても)、どうしても県外まで受験しにいくお金が無かった。
俺はここまで母への憎しみばかり記してきたが、この頃はまだどこかで『親は子を愛しているものだ』という偏見を抱いていた。
また高卒の母の息子が国公立大学に行くというのは、母のコンプレックスを代償として晴らすという点で目的が合致しているように思われた。
だから、金の無心をしに勇気を持って話し、そこで出願書類をビリビリに破かれた。
真っ赤な顔をしてボロボロと涙をこぼしながらわめいていた。
全然言うことを聞かないで。生意気言って。親の言う通りにしないで。
都合の良い時だけ頼るな。
もう良い。
働け。働いて今までお前にかけた金を返せ。
そう言った。
子どもがおままごとかなにかをしていて、最初は楽しぬ遊んでいたんだけれど思い通りにいかなくなったとたん、どうでもよくなってすべてめちゃくちゃにするようなことがあるけど、それを実の子の人生でやったのだ。
そうして少し落ち着いたあと、おそらく急に『人(子)の人生を壊した』ことに怖くなったのか「お前の人生だからな」と俺を突き放した。
上の記事のコメントで『体験を書いてみたら』というものがあった。
自分の境遇を省みる過程の中でネットにあまり虐待体験期は転がっていない(女性のものは時たま見かけるが、男のものはほんとに見ない。まるで存在していないかのように)のが気になった。
だからここに記してみる。
"同じような境遇の人がいるんだな"程度でも役立ってくれたらいいな。
ただしある程度の規模を維持できている限りは、という条件はつく。
ということだから焼畑農業的な炎上商法の一種(本人が自覚的にやってるのかどうかはともかくとして)であることには変わりがない。
なんつーか、どんだけ偉大なアニメ監督でも自分の頭の中のイメージからだけで創作物を作り続けることなんて出来ない。
昭和時代からの生き残りである宮崎駿とか富野由悠季とかを見ていても、それはわかる。
富野監督なんて、ガンダム、イデオン、ザブングル、ダンバインと、毎年のようにアニメを作っていたが、はやくもダンバインの段階で、自分の中のアイデアはもうこれで終わり枯渇した、
自分の中の頭の中のものは出し尽くした、というようなことで、ダンバインの次のエルガイムを作るときは、永野護というサンライズの新人が頭の中に抱え込んでいた創作のイメージを絞り出させて、自らのオリジナルアニメとしてつくってるくらいである。
大雑把に言って創作者にとって、やりたいこと、というのは割と創作の初期段階で尽きてしまうものなのだ。
だから、みんな必死に勉強して、自分の頭の中の耕して種まきして、なんとか実を結ぶもんが出てこないもんか?と必死になる。
宮崎駿みたいな、原作が会っても原作を無視して映画を作ってるような人でさえ、なぜ原作が必要なのかと言えば、もうイメージが枯渇してしまってるからなんだと思う。
とここまでイメージと書いてきたが、ちょっと適切な単語ではないと思う。
ここでいうイメージというのは、自分の中に抱えてる世界とか、物語とか、そういう創作の種みたなもののこと言ってるんだと思って欲しい。
だから、どっかから原作を持ってこないと宮崎も映画が作れない。
最新作の君たちはどう生きるか?にしたって海外の小説が原作となっている。
(というか、あれ原作として使ってるのにクレジットも金も払ってないのはどういうことなんだ?)
つまりだ。
細田守だって、もうとっくにイメージなんてないんだから、どっかから持って来い。
というか、生来細田守に欠けているのは、そのイメージなんだと思う。
だからそもそもTVアニメとしてしっかりとした土台、イメージがあるデジモンとかをやらせるとものすごく成功するのだ。
どれだけ原作とかけ離れているとしても、そのイメージの土台があるからこそ、ある程度のものが出来上がるんだ。
細田にかけているのは脚本力なんかではない(それは結果論なのだ)。
彼の中には、彼の中で抱えている、イメージ、訴えかけたいこと、「俺はいまこういう物語を抱え込んでいるんだけど君たちそれをどういうふうに思う?」という創作者という名の語り部として欠かせないある種の資質が決定的にないのだ。
おそらくは宮崎と鈴木が細田をジブリに入れなかった理由(わけ)もそのへんに転がっているのだろうが、その真意はよくわからない。