はてなキーワード:現実主義者とは
壊死した田舎の元人里も当然持て余す。
田舎の山中や海岸線に人っ子一人住んでない廃墟がこれから先どんどん出てくる。
人口減少はこれから先酷くなるので、持て余す廃墟も加速度的に増えていく。
自然はまだ口だけじゃなく金を出す物好きも多少はいるだろうけど、廃墟はほとんど見向きもしねぇよな。
メガソーラー業者が活用してくれるなら願ったり叶ったりだよな。
周辺に人っ子一人住んで無いなら有事の避難計画も従業員だけでいいし、周りもどうせ誰も金出そうとしないんだから敷地扱いにして住めなくすりゃいい。
原発の必要性を語る癖に近場に作りたがらない自称現実主義者も、原発を毛嫌いする癖に電気はゴリゴリ消費する反原発主義者も満足だろう。
Switch2が当たらないから、当たったら買う予定のゲーム版シャインポストの予習として、ユーチューブの公式チャンネル(https://www.youtube.com/@SHINEPOST)で期間限定公開をされているTVアニメ版シャインポストの感想を書いていく。
うう……こんなん……こんなん、絶対お杏のファンになるじゃん! あんま丁寧語真面目優等生キャラ好きじゃないんだよなー、おちゃめなジョークも寒いし──って思ってたらめっちゃ後ろから刺してくるじゃん! めっちゃ自我出してくるじゃんよぉ!!!!
四話見終わったら語彙力がお終いになってしまった……Switch2 を手に入れたら絶対お杏を武道館に連れて行って、「一歩前の世界」をセンターで歌わせてやるからな。
3,4話は TiNgS のメンバーの一人玉城杏夏がメインで描写される。1,2話ではMCが上手くておちゃめなジョークが寒い何でもそつなくこなす優等生というイメージだったが、3,4話では彼女が内に秘めた強い思いと諦めの気持ちの狭間で苦しんでいることが描かれる。
同級生に連れて行かれたアイドルライブで観客を前に輝いているアイドルを見て、自分もそれになりたいと憧れた話。何度もオーディションに落ちていた暗黒期。運良く拾ってもらって TiNgS としてデビューできたが、そこで圧倒的にアイドルとしての実力差のある存在──青天国春──と出会ってしまって、単なる優等生でしかない自分の力量を思い知らされた話。それでもかつて見たあの時間を夢見て、センターではなく縁の下の力持ちとして自分が目立たなくてもいいと貢献したいと思う現実主義者の心と、夢を諦めきれない惨めな自分の対比。
このね……自分の実力を弁えて、サブに徹してこれでいいと理性では納得しているのに、必至に言い聞かせているのに……それでもあの日心を撃ち抜いたキラキラした存在になりたくてなりたくてしょうがなくて、想いが涙になってこぼれ落ちていく。そんな重い話が二人目で描かれるとは思わんやん。
玉城の T.O. のトッカさんも非常にいいキャラをしていた。最近はホストの問題や推し活の負の面などで推しとファンという関係の健全さが不透明な昨今だが、このトッカさんと玉城の関係性は一種の理想的な関係性だと思った。自分の推しがトラウマのある曲にチャレンジしようとして緊張しているのを察すると、周りが引くのも構わずに一緒に声を上げて歌い出すそのどこかかっこわるいまでの必死さ(しかも声を張りすぎて調子が狂ってる)。でもトッカさんのその必死な声が顔が堅い玉城に届いて、フッって彼女の緊張を和らげてリラックスした顔になるシーンがとてもとても良い。歌い出しは緊張している声だったのに、トッカさんの声に背中を押されて伸びやかになるの声優さんすごいと思った。
そして示される、もう彼女は彼女がなりたくてしょうがなかった誰かにとっての特別な存在になれている、って言葉がまた泣ける。たった数人のファンでも彼・彼女たちにとっては彼女はどんなアイドルよりも格好よくて可愛くて元気をくれる存在なのだ。愛。そして特殊EDに入るのだけど、Youtube のコメント欄にあったけど、ED入り前の瞳をズームアップするシーン。玉城の目に映っているのがフロアを埋め尽くす彼女の担当カラーのピンク色のサイリウム=自分を見てくれているファンを瞳に収めている、っていうのほんとうにすごい丁寧だ。
影山という男がいた。彼はかつて、巷に溢れる「ポジティブシンキング」という名の薄っぺらな信仰を、公衆の面前で完膚なきまでに論破することを生き甲斐にしていた。朝礼で朗らかに「今日も一日、前向きに!」と宣う上司がいれば、「前向きとは具体的にどのような精神状態を指し、それが業務効率にどう統計的有意差をもって貢献するのかご教示願いたい」と真顔で詰め寄る。SNSでは自己啓発的な名言を垂れ流すアカウントを見つけては、その論理的矛盾や現実逃避的側面を、鋭利な言葉で執拗に、粘着質に指摘し続けた。周囲からは「また始まった」と生暖かい目で見られ、やがて煙たがられる存在になったが、影山はどこ吹く風。彼は自らを、甘ったるい幻想にまどろむ大衆に警鐘を鳴らす、孤高の現実主義者だと信じて疑わなかった。
しかし、いつの頃からだろうか。影山の熱心な「ポジティブ叩き」は、徐々にその様相を変えていった。彼が執拗に監視し、批判の的としていたポジティブな言説や人物、それらに対する彼の情熱は、憎悪というよりは、もはや執着と呼ぶ方がふさわしいものへと変貌していたのだ。気がつけば、彼は「ネガティブこそが真実であり、世界を覆う欺瞞の光を打ち破る唯一の聖剣なのだ!」と、今度はネガティブという教義の黒帯レベルの信者と化していた。
彼の日常は、ポジティブなものを探し出し、それを打ち砕くための聖戦に捧げられていた。朝一番にチェックするのは、昨日彼が論破したはずのポジティブ系インフルエンサーが、今日も元気に「小さな幸せを見つけよう!」などと投稿していないか。電車の中吊り広告に踊る「夢を諦めないあなたへ」というキャッチコピーを見れば、舌打ちと共にその欺瞞性を脳内で反芻し、帰宅後には長文の批判ブログを書き上げる。スーパーで「元気が出るビタミンカラー!」と銘打たれた野菜を見れば、「色彩心理学を安易に商業利用するな」と心の中で毒づく。
彼は、ポジティブなものを叩き潰すことに夢中になりすぎるあまり、逆にいつもポジティブのことばかり考えていた。それはまるで、憎いはずの相手のSNSを隅々までチェックし、その一挙手一投足に心をかき乱され、相手の思考や行動パターンを誰よりも熟知してしまうという、屈折した片思いの構図そのものだった。ポジティブな言葉、ポジティブな笑顔、ポジティブな物語。それらは彼にとって、否定し、論破し、解体すべき敵であったはずなのに、いつしか彼の思考の中心を占め、彼の行動を規定する原動力となっていた。
ある雨の日の午後、影山は古本屋の隅で、なぜか自己啓発書のコーナーにいた。彼は無意識のうちに、鮮やかなオレンジ色の背表紙に金文字で『人生が輝く!魔法のポジティブ習慣』と書かれた本を手に取っていた。ページをめくり、そこに並ぶ安直な励ましの言葉や、根拠の薄弱な成功譚に目を通しながら、彼はいつものように「くだらん」「欺瞞だ」と心の中で呟いた。しかし、その時、ふと奇妙な感覚に襲われた。それは、獲物を見つけた狩人のような、微かな高揚感。この陳腐な言葉の群れの中から、新たな否定の材料を見つけ出し、それを完膚なきまでに論破する未来を想像し、ほんの少しだけ、口角が上がったような気がしたのだ。
彼はハッとして本を棚に戻した。そして、雨に濡れた街を眺めながら、自問した。自分は一体、何と戦っているのだろうか?ポジティブという概念を否定するために、誰よりもポジティブなものにアンテナを張り、その情報を収集し、分析し、それについて思考を巡らせる。これほどまでにポジティブなものに時間と情熱を捧げている人間が、他にいるだろうか。
「もはや、俺はポジティブに取り憑かれているのかもしれないな」
自嘲めいた呟きが、雨音に混じって消えた。
彼が憎み、否定し続けたポジティブという名の亡霊は、いつしか彼の影そのものとなり、彼の内なる芯を形作っていた。それは、否定という行為を通じてしか他者や世界と繋がれない、影山の哀しいまでの純粋さが生み出した、皮肉な殉教者の姿だったのかもしれない。そして彼は、明日もまた、新たなポジティブを探しに出かけるのだろう。それを否定するために。そして、それによってしか、自身の存在を確かめられないかのように。
婚活を始めて半年くらい経つんだけど、最近めっちゃ冷めてきてる。いや、女性が悪いとかじゃなくて、もっと根本的なとこで「これ、マジで結婚ってコスパ悪くね?」って思うようになった。
理由はタイトルの通り。相手女性の職業を見たときに「この人、5年どころか3年後この仕事あるのかな…?」っていう不安がふと頭をよぎるようになったから。
実際、マッチングした女性のプロフィールを見てみると、「経理」「一般事務」「受付」「カスタマーサポート」「DTPデザイナー」みたいな職種が多い。家事手伝いは論外で、ちゃんと働いてること自体は認めている。でも、それって今だけでこの先は経済的負担にしかならないのでは?って思ってしまう。
冷静に考えてみて、今ってChatGPTやGeminiを筆頭にAIがどんどん進化してるし、今ですら経理もクラウドでかなり自動化できる時代。事務職もデータ入力とかメール対応くらいならAIで代替できるようになってるし、カスタマーサポートなんてチャットボットがだいぶ仕事してる。DTP系のデザイナーも、CanvaやAdobeの自動化機能、そして生成AIが猛追してる。
もちろん、完全にすぐに置き換わるとは思ってないけど、間違いなく「価値が下がる職業」だとは思う。そして、それらの職業に就いてる人たちが「今後どうキャリアアップしていくのか」って視点を持ってるかというと、ほとんどの人は「特に考えてない」って感じ。普段から何か勉強しているか?というとそうではない。普通に「今の仕事をこのまま続けていけたらいいな」みたいな感じで話す。
ここで一気に現実的な話をしてしまうけど、自分が将来結婚して子どもができて、家のローンや生活費をまかなっていくってなったときに、もし相手が失業して「専業主婦しか無理…」ってなったら、どうなるの?って考えてしまう。このご時世専業主婦って経済的な面もそうだが、自立心ない向上心ない専業主婦を厭わない自尊心なき人間を一人の人間として長期的に付き合っていけるか?少なくともそんな人間を友人に選ばないので、やはり相容れないのだろう。
もし最初から「この人はいずれ専業主婦になる未来しかないな」って見えてしまったら、それって「一生分の経済的負担を自分が背負うことになる」ってことでもあるわけで。初めましてからいきなりその状態で「この人と一緒にいたい」って素直に思えるかというと、正直キツい。
結婚って、感情だけじゃなくて生活そのものだから。仕事・家計・育児・将来の介護…いろんな現実がついてくる。そのときに「お互いに支え合えるパートナー」ってより、「自分一人が支えないと崩れるパートナー」になる未来が見えてしまうと、もうそれって結婚というより「負債」じゃないかって感覚になる。
今の時代、共働きでやっていくのが当たり前だし、自分もそういう家庭をイメージしてた。でも、現実には「AIによって仕事がなくなるリスクが高い職業の人」が婚活市場には多くて、しかもそういう人たちは危機感が薄い。何かあったときの備えとか、キャリアチェンジの意識とか、そういう話をしても「えー?でもそうなったら考える〜」みたいなノリで返されて、こっちはますます不安になる。
結局、「この人と結婚したら、もしものときにどうなる?」ってシミュレーションをしちゃって、「うーん、それなら一人の方がまだ気楽だな…」ってなってしまうんだよね。悲しいけど、それがリアル。
婚活してると、「好き」とか「相性」とか以上に、「この人と人生設計できるか?」って視点がめちゃくちゃ大事になる。そしてAIが急速に進化している今、職業の未来性ってのは切っても切り離せない要素。
発言者は、アニメの1話の特定のシーン(「小売店の年齢確認ネタ」)に引っかかり、それが作品全体の印象や見続けるかどうかの判断に影響を与えていると述べています。このことから、細かい部分に注目し、それを自分の中で深く考え、全体の評価に結びつける傾向があると考えられます。物事を感覚的に流さず、論理的・分析的に捉えようとする性格がうかがえます。
特に、「年齢確認ネタ」が現実的でないと感じた理由を、「実在しない」「都市伝説レベル」と具体的に説明している点や、仕事におけるストレスの感じ方を「ルールで決まっていること」「アドリブやミス」といったカテゴリに分けて考察している点から、観察力と内省的な思考が強いことが分かります。
発言者は、アニメの描写を現実の経験や感覚と比較し、「しっくり来ない」と感じたときに作品への共感が難しくなると述べています。例えば、「年齢確認みたいなルールで対応が決まっていることはストレスにならない」「仕事でストレスを感じるのは別の部分」と、自分の実体験をもとに作品のリアリティを評価しています。このことから、現実的な視点や自身の経験を重視するリアリスト的な性格が垣間見えます。
また、「なろう作品」に現実の仕事観を当てはめて批判するのは野暮だと自覚しつつも、感覚のズレが気になってしまうと告白している点は、理屈と感情の間で葛藤する一面も示唆しています。
「感覚が違いすぎる作品っぽく見えてしまう」「この作品に共感できるかな?」という言葉から、発言者がエンターテインメントに求めるのは「共感」や「感情移入」であることが分かります。単純な面白さだけでなく、自分と作品の世界観やキャラクターの感覚が一致するかどうかを重視しているようです。これは、内向的で自分の内面や価値観を大切にする性格の表れかもしれません。
ただし、「薬屋のひとりごと」は例外的に好きだと述べており、「結局は面白いかどうか」が最終的な判断基準になるとも言っています。この点から、共感性は大事だが、それを超える面白さがあれば柔軟に楽しめる、バランス感覚も持ち合わせていることがうかがえます。
発言全体を通じて、自分の感情や思考プロセスを詳細に説明し、「こういうことが気になってるってことはこの作品は僕にはつまらなく感じられてるってことなんだろうなぁ~」と自己分析で締めくくっています。この自己認識の高さと、自分の感じたことを率直に言語化する姿勢は、正直で内省的な性格を示しています。また、少し自嘲的なトーン(「~なんだろうなぁ~」)からは、深刻になりすぎず軽やかに自己を捉えるユーモアや謙虚さも感じられます。
仕事や日常でのストレスについて、「ルールで決まっていることは気にならないが、立場的に断りづらい雑務やミスの方がすり減る」と述べている点は、発言者が規則や構造化された状況に安心感を抱き、不確実性や曖昧さがストレス要因となるタイプであることを示唆します。これは、計画性や秩序を好む性格、あるいは不測の事態への適応が苦手な一面がある可能性があります。
この発言者には、以下のような性格的特徴があると考えられます:
分析的で観察力が高い:細部に注目し、それを現実や経験と照らし合わせて深く考える。
現実主義者:フィクションであってもリアリティや共感性を求める傾向。
内省的で自己認識が強い:自分の感情や思考を整理し、率直に表現する。
共感を重視しつつ柔軟性も併せ持つ:感覚のズレに敏感だが、面白ければ受け入れる余地がある。
秩序やルールを好む:不確実性や曖昧さよりも、明確な枠組みの中で安心感を得るタイプ。
この人は、アニメや物語を楽しむ際に「自分とのつながり」を重視しつつも、頭の中で常に現実との整合性をチェックしているようです。そのため、感覚が合わない作品には距離を感じやすく、逆に共感や面白さが際立つ作品には強く惹かれるのでしょう。「薬屋のひとりごと」を楽しめたという点からも、知的好奇心や緻密なストーリー展開に魅力を感じる一面もあるかもしれません。
多分、当初思ってたのは、ナチスドイツのポーランド侵攻に対して宥和策を取ったら第二次世界大戦になったので、今回は最初からきちんと抵抗しておく、というくらいだったかなぁ。多分、同じこと言ってた人は他にもいたと思う。
トランプは現実主義者だ、って言ってる人いるけど、今の振る舞いは明らかにチャーチルよりチェンバレンと似た動き、って感じはすると思う。
で、結果として分かったのは、あの時ポーランド侵攻に小さな介入をしていたら、こんな感じになってたんだろうな、ってことかなと
それでね、恐れてるのはやはり、じゃあロシアに宥和策を取ったらどうなるか、っていうと、やっぱり、第三次世界大戦になるんじゃない?ってことですよね。
もちろん、そうと決まったわけじゃないけどさ。賢者は歴史に学ぶというし。素人である私は上記のもと、バイデンやEUや岸田の判断を支持したし、支持し続けるなぁ。
この人生訓を唱える人物は、以下のような人物像が想像されます:
この人物は、人生経験が豊富で、自己改善に努める成熟した大人の印象を与えます。社会の中で上手く生きていくための知恵を持ち、それを他者に伝えようとする姿勢が感じられます。
Citations:
[1]https://www.y-nm.ac.jp/main/wp-content/themes/y-nm/assets/pdf/guide/publications/kiyo16.pdf
[3]https://www.fukuchiyama.ac.jp/img/report/2023/2023_report02.pdf
[4]https://www.tuhw-h.ed.jp/wp-content/uploads/2023/07/2023gakutoku2_english.pdf
[5]http://www.nissyo-youchien.net/kusuri.html
[6]https://digitalcast.jp/v/20593/
[7]https://jp.voicetube.com/videos/183743/65704044
俺もそう思う。
日本の景気がマシだった頃は、国民皆保険とか年金に反対するアメリカ人の考え方がさっぱり理解できなかったけど今ならわかる。
社会保障なんて経済がバブってること前提にしか成り立たないよ。
そりゃ現実主義者の自由主義者が多いアメリカで嫌われるわけだ。
将来破綻することが明らかにわかっている制度を導入して、自分の自由の原資となる手取りが日々奪われていくんだからさ。
皮肉なのは、アメリカよりはるかに先行きが暗い少子高齢化大国日本で、現役世代の手取りを削りまくって今も必死に社会保障制度が維持されてることだよな。
今の若者が社会保障制度の恩恵を積極的に受けられるような年齢になったとき、果たしてどれだけ制度が改悪されているんだろうな。
せめて存続だけでもしてくれてたらいいけどな。
最初はビジョンがないだの、新しい資本主義が曖昧だの言われていたが、数字で成果を出したよな。
GDP株価賃金インフレ抑制(世界的に見たら大成功) どれも及第点どころか大成功。円安を抑えられなかったことだけが悔やまれる。逆に円安を解決できていたら憂なしだと言える。
「聞く力」に関しても安倍菅で繰り返された「増税して給付金バラマキ」を非難する世論に合わせて「住民税定額減税」という即効性のある方法をすぐやったフットワークの軽さ。
これに対し令和や共産等消費税減税論の支持者は、仮に消費税が半額になったとして実質便乗値上げが行われることは想像していないのか。ジュースが自販機で120円、牛丼が280円で食べられた時代は二度と来ないし、消費税が赤玉出ないのは明白。消費税減税万能論は短絡的すぎるのを見抜き控除で対応した岸田文雄は現実主義者として極めて有能であると言える。
統一教会問題の早期解決、ウクライナ侵攻や台湾危機に伴う防衛費改革と今までのタブーに真っ向から挑み、インフレに対して即座に公務員の待遇改善を行い上からの賃上げの流れを作った度量の大きさ。
裏金、統一、国葬、円安と逆境に翻弄されてきた中、ゆらりくらりと舵をとり決して逃げなかった人間としての素晴らしさ。
安倍や小泉は所詮「宣伝が得意なタレント」で「成果を出せなかった」。父の方の小泉と安倍はB層だのこんな人たちだの選民思考が見え隠れする独裁者気質があったが、岸田文雄にはそれがない。
岸田は魅せることこそ下手だが、「数字で結果を出した」。
国民民主党の玉木雄一郎は昔から問題の多い政治家であるが、今回はさらに踏み込んだ発言をした
https://youtu.be/thejRIsTQyU?si=y882wPI8UiAYakqt&t=5780
書き起こす。
「えー、社会保障の保険料を下げるためには、我々は、えー、高齢者医療、特に終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて。こういったことも含めて医療給付を抑えて若い人の社会保険料給付を抑えることが、実は消費を活性化して次の好循環と賃金上昇を生み出すと思っています」
はっきり言っている。玉木が違うことを言っていると思う人は、Youtubeをちゃんと聞いて欲しい。国民民主党の党首が、事実上の選挙戦のスタートを切る日本記者クラブ主催の党首討論会にて、数ある施策からピックアップしてこの発言をしたのである。
つまり、若者のために終末期の人間は死ねと言う公党による殺人政策である。一般に人を殺すと殺人罪に問われるが、それに例外を加えて、この場合は罪に問わないとするということだ。憲法25条の改正も必要だろう。
日本は自由で民主的な国であり、なおかつ憲法を押し立てている法治を是とする民主主義国家であるので、いくら公党の党首であろうとも、また基本的人権や生存権を侵害する思想であろうとも、その脳内の思想信条については批判しない。
これは簡単な四則演算でざっくり計算することができる事実である。
終末期の日額入院単価(自己負担含む総額)は平均で31,800円であり、平均入院期間は14日だ。従って医療費は445,200円である。高額療養費が適用されて、公的保険で賄われるのは約40万円。
日本人の年間死者数は約156万人なので、仮に、この全ての人が終末期医療を受けていると仮定すると、約6240億円が医療保険から終末期医療に使われている事になる。
よって、医療費における終末期医療に使われている金は、全体の1.3%程度である。
玉木は若者を出汁にしているが、30代の平均年収で負担金を計算すると、年額にして2300円である。
全ての人が終末期医療を受けるわけではないので、これは最大と考えて良い。
玉木の殺害政策を実行しても節約できるのはこの程度である。一方で、終末期医療を受けられないことによる社会の不安定化、社会不安の増大による悪影響は計り知れないほど大きい。
(医療保険金は人数で単純で割ることでは算出できず、所得からの一定割合でもなく、控除や上限もあるのでもし追試する場合はそのあたり気をつけて計算してくれ)
当然のごとく、手取りが年数千円増えるためだけに、自分の祖父や祖母、あるいは知り合いに対して死ねと言い放つ若者は皆無であり、国民民主党がそのようなニッチな有権者層を狙って選挙戦を進めるのは政党として自殺行為であるし、そのような政党が潰れるのは民主主義として正しい。
しかし、国民民主党とその支持母体である全日本労働組合総連合会は、玉木雄一郎に従って心中して良いのか?
一見現実主義者っぽく見えるが、全くデータや事実に基づいていない意味の無い話である。国民民主はこんなのばっかりだ。一見すると理論的に基づいているように見えるが、先に結論があって無理矢理屁理屈をくっつけている間違った政策だらけである。
政治や行政は事実とデータを第一にして動かしていくべきであり、それよりも己の思想信条を優先するような人間を党首にしてはならない。
支持者はそれが嫌なら今すぐ玉木雄一郎を引きずり下ろせ。
健康保険は皆保険なので、人数が無茶苦茶多い。そのため、一部の高額医療を使う人よりも、大多数の数に効く方を抑制した方が効果がある。
たとえば、ジェネリック医薬品の普及による抑制効果(仮に全部先発薬だった場合との差)は4兆円という試算がある。医療費全体の1割弱、さらに医療費における薬剤費は10兆円ほどと言われるので、その半分弱にあたる医療費は抑制出来ている事になるわけだ。
ジェネリック医薬品は基本的に安くて大量に出る薬が対象になるため、ひとつひとつの金額は少ない。センセーショナルな数字にはならない。しかし、適用される数が半端ないため、かなり効くのである。
もっとも、既に数量ベースで日本の医薬品の8割程度がジェネリック医薬品に移行していると言われているため、これ以上の抑制はなかなかできないのではあるが……。
現在は、特許が切れているものの、製造が難しい医薬品をジェネリック医薬品化出来ないかと言う検討が行われている。
ほか、医療技術の向上をやっていくというのも重要である。それも数が多いところからやっていく。
例えば、白内障手術。年間150万人が受ける手術だが、かつて入院が必要だった頃は、医療費が60万円ほどかかっていた。(私の祖母が受けたガラスレンズ時代はもっとかかっていたはず)
これが、現在、医療技術の向上により入院が必要なくなり、また部材費が安くなる等した結果、13万円ほどになっている。
単純計算だが、旧方式だった場合に比べこれだけで年間7050億円削減出来ている。もちろん手軽にできる様になったから手術をすることにした、という人もいるだろうからそう簡単なわけでは無い。
この他、高齢者に多い大腿骨骨折などは、昔の金具で外から固定してギブスで安静と言う療法はリハビリ開始が一ヶ月後であるためにその後3ヶ月近くのリハビリが必要→それをしてもなかなか動けなくなるから介護が必要、と言う状況から、できるだけ早く骨の内部にボルトを通して固定し、手術後麻酔が解けたら即リハビリ開始(本人がいたがろうと何しようと)、とすると、手術後一週間で杖ありで歩けるようになる、と言うような事などがある。
こういったことで今後有望なのが、手術支援ロボットの普及や、データによる総合的な医療連携、アプリや運動処方などの最適化などがある。
また、再生医療の中には慢性的な病気を治すことができるものが出てきており、これらを適用すると相当な医療費削減効果が見込める。
もちろん、医療費削減だけではなく患者本人にとってもよりよいのは言うまでもない。
さらに、無駄の削減もある。無駄といっても、年齢差別主義者を落選させれば国会議員歳費がそれだけ浮く、と言う話ではなく、今行われているが、実際には効果が無いと言われている医療行為をやめさせるという事である。
分かりやすいのが、抗生物質の無駄な処方だ。最近はないだろうが、風邪はウイルスなどで、抗生物質はきかないのも関わらず処方されていたのが抑制されている、等がある。
そのほか、慢性症で薬がどんどん増え続けて、病気を改善しているのか副作用を改善しているのか分からないようなケースにおいて、ちゃんと減薬して調整することを定期的に義務づける、同じ病気において、複数の病院を慢性的に通い続けているようなケースについて整理を促す、などがある。
これらの実現のために医療保険全体のシステムを改修しておデータを集約するなどしており、そのためのIDとしてマイナンバーシステムを使っている、と言う意味だとこれも無駄を削減するための施策だとも言える。
この話は「カード」だけ言われるが本質はこっちである。なお、マイナンバーカード並のセキュリティを持ったカードを別に発行すると、それだけで一千億円かかるが、それも費用削減が出来ている。
報道などで1回の投与に数百万円かかる薬価が問題、と言う発言がみられるが、こう言う薬が高いのは薬の研究開発費が乗っかっている一方で、薬を必要とする患者数が少ないからである。
全体の金額に比べればたいしたことがないので、この辺りを叩くのは愚策中の愚策である。
むしろ、保険とは何かを考えると、これらにこそ保険金が出るようにするべきだ。
保険とは、そうなる確率は低いが、もしなってしまった場合に致命的な状態になるため、個人で備えるのが非効率になることに備えるためのものである。さらに、皆保険で終生義務化することによって、リスクの高い幼少期や高齢期と、その中間のリスクの低い時期とでリスクを平均化すると言う効果がある。本来は健保組合も国民に協会けんぽ、企業別などを廃止して統一するのが社会的にも最も効率が良い性質のものだ。
難病にかかった場合、高額医療が必要になった場合に対する備えというが最も重要だ。また、再生医療のように毎月5万円分の薬を飲み続けるか、100万円の手術をするかならば、金がないために延々と前者を続けるのではなく、後者を選べるようにしていく事でもある。
故に、極論を言えば、生活を切り詰めてやればなんとか払えるぐらいの部分の保障を削減してでも、そちらを手厚く見てやることが重要になる。そう言う意味で、医療保険の負担という意味では高額療養費は据え置きに、医療費の自己負担率を上げるという選択肢はあり得るが、ここは「医療費の削減」という議論なので別に譲る。ただし自己負担率を上げれば上げるほど、社会全体のコストが上がっていくことは見逃せない。
その点でも、一度にお金が必要になる終末期医療などの特別な場合を保険で払うと言うのは合理的な仕組みであり、それを保険で見ることによって、各個々人が無駄に金を使わずに備えると言うことが不要になり、
実はではなく王道的に消費を活性化して次の好循環と賃金上昇を生み出すと思っています。
Permalink |記事への反応(29) | 11:05
自民党総裁選に立候補した石破茂元幹事長は16日のインターネット番組の討論会で、米国が核兵器を使用する際に同盟国も意思決定に関与する議論の必要性を主張した。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1633M0W4A910C2000000/
広義の核シェアリングに前向きな発言であり、自分はいわゆる頭お花畑な連中とは違うんだぞ、安全保障に関して積極姿勢で、軍事通にして現実主義者だぞと、総裁選を前に自民党員にアピールしている。
で、実際にさよくの人らがプンスカしている。
しかし核シェアリングなんてのは日本の安全保障にとって何一つ現実性のない絵空事に過ぎないのだ。
なぜならアメリカは核兵器を使用する際に同盟国を意思決定に関与させる気など1ミリもないからだ。責任薄めるために自分で決めておいて「日本も同意した」形をあとづけすることはあり得るが、それは核シェアではない。罪業シェアだ。
「核シェアリングとは」の雑駁な説明として以前書いたものを引用しておく。
核シェアリングというのは
なんか字面的にメジャーな選択肢としてそういうものがあるのかと思いがちだが、そんなものは存在しない。
アメリカが同盟国や属国に核のスイッチをレンタルしてまわってるというような事実はない。頼んだって絶対に渡してくれない。
冷戦の最前線の西ドイツに配備した核をポスト冷戦期のNATO体制に引き継ぐ際の小細工に核シェアリングという名前をつけただけの完全な特殊解だ。
そもそも核シェアリングの議論は安倍総理が思い付きレベルで持ち出してそのまま店晒しになった、しょーもない話である。事なかれ主義の党がその議論を封殺した!というストーリーを共同だったか毎日だったかが煽り立て、あほ保守層がいきり立つという妙な騒ぎもあった。
石破茂がいま核シェアがどうとか言いだすのは安全保障について何もわかってないか、そうでなければ国民を…というか世の中をナメている。どっちにしても最悪だ。
増田とかで定期的に「職場のおかしいやつ」「困ったさん」の話題が上がってくる。
石破茂はその一種だ。進行している議論を卓袱台返しするためだけの、「い ま そ れ ど う で も い い だ ろ ....!」なことしか言わない、ソイツ噛ませたらさいごどんな話も動かなくなる問題児、それが石破茂という男だ。
そういうやつは自身の信念も何もない。熟議が必要だとか思考実験だとか議論を深めるために敢えて対案を提示とかもっともらしいことを言って結局サボタージュしかしない。自分の小利口さを示したいだけなのだ。
の続きです。
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もういっぽん!
もののがたり
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機動戦士ガンダムSEED DESTINY
これは何とか出来るやろ?
と粘られてしまう。
さっさとビビらずにNATOがフルコミットしておけばプーチンも負け戦を認めていた。
あからさまな敗北を強要せずにプーチンの面子を立てておけば、さっさと負けるための形作りに移行したのは間違いない。
負けるとわかりきっている戦いは絶対にしない。
核も使わない。
プーチンは負けるとわかっている戦いはしない。
長らくの間、外交面において米国に服従していたのはそのためだ。
そこからどうなるのか?
プーチンは考えた。
しばらくすれば西側の結束はいつものように崩れるのはわかりきっていた。
軍属とは違い、優秀で信頼できる経済官僚たちは西側の制裁を乗り切れる施策を次々と立案した。
ちょうどウクライナの小麦を必要としているようにロシアの石油は必要なのだ。
それを無かったことにすることは出来ない。
経済は試練を乗り越える目算がついた。
では戦いは?
これは結局、規模の比較になる。
それは動員力の違いだ。
質の面では士気も含めてウクライナに仮に劣っていたとしても、量では絶対に負けない。
どちらかが大きく劣っていれば勝てない。
これは過去の戦訓にもよる。
(賭博としかいいようがないマッカーサーの作戦が成功しなかったら韓国の領土はもっと小さくなっていたか存在していなかったかもしれない。)
そしてロシア軍は質の面でも大きくウクライナ軍に劣るわけではない。
少なくともイラク戦争のときのような革命防衛軍と多国籍軍ほどの顕著な違いがあるわけではない。
多少の優劣があっても僅差だ。
それならば量で勝てる。
それが残っている限りプーチンは戦い続ける。
もちろん難題はいくつもあった。