
はてなキーワード:現代とは
複雑な気分。
あのレブレサックが。あの人間大好きのガボからして、憤懣の果てに『もういいよ……』と見放す発言に及んだレブレサックが。あのナンバリングタイトル胸糞ランキング不動のエースであるレブレサックが。あの魔王の唯一の善行はレブレサックを封印した事、とまで言われたレブレサックが。
いや、正直期待してましたよ? リメイクでエリーやレブレサックやラグレイになんかフォローが入るの。
しかしですね堀井先生、なろうを愛読する世代が求めてるのは更生じゃないんです! 断罪なんです!
主人公にディスったクソ野郎に求めるのは謝罪よりも処刑なんです!
レブレサックにはクズのまま突っ走って、恩人である主人公をコケにされた砂漠の女王が山越えて攻め込むような展開なんです!
親友にして想い人である主人公に舐めた真似されたグレーテが魔法兵団率いてレブレサックを更地に変えるような展開なんです!
……まあ、クズのままにしておく選択肢もあるけど、流石に選べないよなこりゃ。
うーん、複雑。ある意味、人間は環境次第で良くも悪くも変わりうる、という新たなテーマを入れ込んだとは言えるかもしれんけど、レブレサックの場合は元々『世代交代』そして『記憶を継承する事』という大きなテーマがあったんだよなあ。
レブレサックというのは、一度は教訓を残そうとして残すのに失敗した村であり、同時に子供達が大人の言う事を盲信せずに、2度に渡って間違いを正そうとした村でもある。
正義や正当性の在り処とは別に、共同体の一員として妥協しなければならない事もある、という厳しさをテーマとして持っていた村なのだ。神父の2度の選択からして、『真実を尊重する選択ではないが、村人のためを思うなら是非もない』という消極的な善でもあったのだ。
その辺考えると、主人公の選択により教訓の継承に成功した事で、現代レブレサックの子供達はある意味で見せ場を失って親も疑う必要がなくイジメもしない単なる無邪気な子供と化しており、主人公という外から来た異分子を触媒として親離れを果たした以前の頼もしさを覚えている身としては、
(まるで成長していない……(;・`д・́)...ゴクリ...)という感が否めないのである。
まあ、いいか。ヌルスケもレブレサックが良い村だから骨を埋めたんだろうし。
さて、原作とは順番が前後したが、次はドラクエ昼ドラ劇場グリンフレークだ。
現代のテクノロジーが異世界人にとって衝撃的で、高価格に設定しても飛ぶように売れる。
お手軽に大きな利益が出て、周囲からも大事に扱われて承認欲求も自己肯定感も満たされて異世界ライフたのしー!っていうライトな仕上がりのお話。たまには良い。
でもこういう仕組みの経済ってどうなっていくんだろう。
異世界で原料や労働力を調達することなく商品を売っているので、異世界から一方的に富を集めている構造。
やがてとんでもないインフレがおきたり、謎の商品を生み出す商人を巡って戦争が起きるような気がする。
現在、みんな大好きレブレサックまで進んだが、いまだに全滅一回もなし。
死者が出ても戦闘終われば生き返るので、基本的に全滅しなければ攻略が続行できる。
街の教会や宿屋も普通にあるのに、ダンジョンの入り口に全回復&セーブポイント。中ボス前にも全回復&セーブポイント。長いダンジョンでは途中にも全回復&セーブポイント。
広かったダンジョンは狭くリフォームされてるのに、「ちょっとまだ全然MPとかへってないんだけど」というタイミングでも容赦なく出てくる全回復&セーブポイント。
「ダンジョンの途中でMP尽きたんで撤退」なんて絶対させないとばかりにシェルパ100人雇って高尾山登山するような難易度。
どんなにレベル差があっても1回の戦闘で必ず5ポイント貰える職業経験値。
「MP尽きるまで戦ってから宿屋泊まろー」と思って戦闘してると、MPが尽きる頃にはレベルが上がって全回復してしまう事もしばしば。
魔法効果のある有能武器も多いから、呪文メインの職業がMP尽きるみたいな事態になっても手詰まりにならないし、
年がら年中誰かバースト(リミットブレイクみたいなやつ)してるせいで、逆に戦略が立てづらい。放っておいても何とかなっちゃうんだもん。
職業も副業できるから、笑わせ師みたいな使えないジョブも、メイン職業がゴッドハンドで閃光斬りする裏側で育成できる。(まあ、方向性の違う職業を副業につけちゃうと、ステータスの補正が食い違ってしまって弱体化は避けられないが)
AIも優秀だから「バッチリがんばれ」でバッチリがんばってくれて、ボス戦をAI任せにしても別に困らない。副業&AI任せという時代の先端を行くワークスタイルのドラクエ7。つみたてNISAとリモートワークも実現できないだろうか。
戦闘はレベル差があれば、戦闘に入らず斬って捨てて1ポイントの職業経験値を稼ぐか、あえて戦闘に入って5ポイント稼ぐか2択が可能。
まだ取ってない石板の場所は案内人に聞けて、石板の祭壇は一画面に集約。
こんだけ至れりつくせりだと、原作にあった面倒臭さは微塵もない・・・と思うじゃん?
面倒臭いんだなこれが。
というのも、石板世界をクリアしたら、現代に戻ってクリアしたばっかの出現した島を探索し直さなきゃいけないから。
町の中の宝箱も、ダンジョンの中の宝箱も、もう一度取り直さなければならず、当然町の人たちとも話す必要がある。
くっそ面倒臭い。
今やってるレブレサックも、石板世界クリアした後に、また現代のレブレサックに行って嫌な思いをしなきゃならんのである。
なおシナリオは原作にかなり忠実であり、「あれ、なんか省略されたかな?」と感じるポイントはあっても会話は違和感はない。
で、レブレサックは半年前のPS1版に続けて2度目の体験なのだが、
レブレサックの何が嫌って、そんなに非がないのが一番嫌なところだな。
悪と言えるほど悪ではないのだ。第一印象は完全に普通の村であり、
むしろ、一度はOKした仕事を理由も言わずに「やっぱやらん」と言い出した主人公達を、納屋に閉じ込める程度で済ませてるあたり、かなり理性的であるとも言える。
まあ、ドラクエ主人公の常として何喋ったのか全く表示されないから、ほんとは何か言ってたのかもしれんけど、仲間も何も言わねーし。
「あの魔物は何かおかしくて裏事情がありそうだから、ひとまず我々に本件を預けてもらえないか」程度の事が言えればあんな事態にはなってないのではないかと思われ、
主人公サイドももーちょっと何とかならなかったのか、という感があるところもプレイヤーのイライラに拍車をかける。
で、そんならレブレサック良い奴なのでは? というと別にそんな事もなくて、やっぱり嫌な村なのである。
とにかく小市民根性で、被害者意識が強いせいでその裏返しで集団暴力に走るという、もう人間の嫌なところ見せられてる気分になるのである。
現代のレブレサックはまた違うところが嫌なのだが、まあ、そっちはまだ辿り着いてないから置いとこう。
そーいや、黄金の女神像出てきたけど、あれの扱いは結局どう変わるのかな。
まあ楽しみにさせてもらおう。
何より肝心なのは敵対者から身を隠すコントロール能力の高さである
従来は大雑把なカテゴライズで配信されていた。そのカテゴリに関心があるなら手当たり次第突っ込まれていた
しかしSNSの発達した現代では露出よりも反感を買わない方が重要である。
またmetaが実施した治安機関に詐欺広告を配信しない技術などもある
詐欺広告は警察や消費者団体から隠れ続け、政治広告は支持者とその隣人に深く浸透するように集中して投下される
女性の好みってさ、要は
・めちゃくちゃ人気な男がすき
・私だけにして欲しい
これでしょ?
しんどくない?
私だけにして欲しい女性が100人居たとしたら倍率100倍じゃん
対して男性は、究極言えば「たくさんの女性」「誰でも良い」でしょ?
それがいいことかどうかは別にして、
「麻雀で金を賭ける」とか「未成年が飲酒する」みたいなことって、50年前からすれば潔癖とも言えるような発言がそこかしこで聞かれるようになってるけど、実際にそういう「空気感」のおかげで、そういう人数は減ってると思うんだよな。
だから、未成年が成人向けに触れる事が、少なくとも50年後には、まあ極端な話だけど、現代における飲酒運転くらいNGな話になっている可能性はあるかもしれない。
ふた昔前のアニメを見てると、豊かさを感じる。特に子供向けが顕著。
それに心惹かれ、見漁ってしまう。
と同時に、未来を諦めているみたいで、悲しくなる。
子供向け作品は、大人の世界では嘲笑されるような、目を背けられるような、でも絶対に必要なきれいごとを並べてくれる。とにかく純真で、未来を見ている。
過去の作品に「未来に希望を抱け」と叱責され、涙を流しながら、失われた豊かさに縋り続ける自分が、情けない。
きっと制作陣は、視聴者に前を見て欲しかったはずで、自分はそのメッセージを受け取っているのに、とどまっている。
こんな人間が多いから、現代は貧しくなっているんだと思いながら、過去の遺産に思いを馳せ続ける。
せめて、周りの人間にやさしくありたい。
本当は、インフラ関係の肉体労働職とかできたら、たくさん社会貢献ができていいなと思う。
あります。
また、
箴言 26:4–5
え?どっち?となりますね。
タルムード(シャバット30b ほか)はまさにこの矛盾を議論します。
答えは「状況による」ということです。
愚者は単に頭が悪い人ではありません。頑なで、聞く気がない人のことです。
ラビたちは言います。「叱責が届かない者を叱ると、あなたが消耗するだけだ。」
ではなぜ「答えよ」とも書いてある?
それは、相手が周囲を誤導しているとき、または沈黙が真理の敗北になるとき、この場合は答える。
つまり基準は、相手のためか?それとも聞いている第三者のためか?
現代では、議論する価値がある人と時間を奪うだけの人の区別が重要です。
しかしタルムードは「アピコロス(破壊的嘲笑者)」とは議論するなとも言います。
なぜなら議論は「真理を求める場」であって、「自己顕示の舞台」ではないからです。
分断への助言は、
どう見分けるか?
「その人は学ぶ用意があるか?」
もしゼロなら、去る。もし1%でもあるなら、種をまく。
分断が激しい時代にこそ、ユダヤ思想は深い示唆を与えてくれます。
思想が違っても、世代が違っても、国家が違っても、相手は神のかたちを宿す存在。
しかしユダヤの視点では、相手も神の像を持つ存在である以上、完全否定はできません。
ユダヤの伝統では、対立は破壊ではなく、真理を磨くための摩擦です。
アヴォットの教え 5:17「天のための論争は永続する。」
問題は「論争があること」ではなく、動機が自己栄光か、真理追求かです。
ユダヤ的助言は。自分は真理を求めているか?それとも勝ちたいだけか?
ラビたちは言います:平和は受動的ではなく、追いかけてでも作るもの。
アロン(モーセの兄)は争う二人の間に入り、双方に「相手はあなたを大切に思っている」と伝え、和解させたと伝えられています(アヴォット1:12)。
ヒレルは言いました:
SNSの議論、政治の対立、家庭内の分断、この一文だけで世界は大きく変わります。
3. 人と意見を分ける
4. 「私は間違っているかもしれない」と心に置く
5.平和を追い求める行動を一つ具体的にする
何百年にもわたる異なる意見の集積です。
つまりユダヤそのものが、「分断を抱えながら共存する文明」なのです。
老人には知恵と経験があるから捨てるのをやめようって結末だったけど、現代だと老人の知恵とかネットに圧倒的に負けるじゃん?
確かに自民党議員は多様であり、権力維持志向が強く長いスパンで見れば政治姿勢に変化があるのもその通りだが、自分が注目してるのは「党のアイデンティティーとは何か」という根本的な結党精神の話である。
自民党の公式文書を見る限り、米共和党的な保守主義や古典的な自由民主主義の擁護だけでなく、「わが党は、福祉国家の実現をはかる政党である」といった米民主党的なリベラルな側面も初めから掲げていた。そして、このリベラル標榜は単なるお題目だったわけではない。その証拠に、生活保護法や社会保険、労働法を整備してきたのは他ならぬ自民党政権であった。
したがって自民党とは、原義(=米共和党的、19世紀欧州的)と現代的定義(=米民主党的)の両方のリベラルを標榜する党である、ということになる。これに対して旧社会党は「平和的に日本の社会主義化を目指す」という結党精神で対抗していたが、ソ連崩壊によって存在意義を失ってしまった。
そうすると、もう野党には結党精神のレベルで自民党と差別化できる理念が残っていないことになる。現代において、米共和党的価値観と米民主党的価値観のいずれとも異なる理念など、存在するだろうか。中道政治? それはこの両価値観を結党時からカバーする自民党とどう違うのか。9条護憲? 確かにこれは両価値観とは根本的に異なり差別化要因にはなるが、安全保障無視の空論になってしまう。
結局、野党には自民党に対抗できる結党理念が実は無いことになる。欧米のリベラルとの決定的違いがこの点にあると、自分は思っている。
靖国神社は千代田区に3万坪の敷地があるらしい。これに固定資産税を取るとしたら数百億円になるようだ。
一方で収入でいうと20億程度らしいので固定資産税だけで破産するぞ。との主張がされていた。
現代人の6割以上が無宗教となっていて国民の殆どにはそういった宗教が存在することへのメリットが存在していないのに
靖国神社自体は必要だという意見を採用するとしても、土地が余って安い地方に移転すればいいですよね。
女を「飯炊きオナホ」扱いして、「家事は女の仕事」「子育ては母親が当然」って押し付けてくる。
男根崇拝の家父長制そのまんまじゃん、クソ野郎ども。 でもよ、女も悪いんだよ。
結局ママニズムにハマって、「産む女は尊い」「ママは神」って勘違いして、男にムチュコタン甘やかされて喜んでるだけ。フェミニズムじゃなくてママニズムだろ?
「男は加害者!」って叩きながら、本音は「甘やかされたい♡」「棒isLove♡」で、飯炊きオナホになるのを夢見てウズウズ。 男が女を性的搾取してるって言うけど、女自身がママニズムで男を甘やかしてる構造。
お互いクズ同士で補完し合ってるだけじゃん。 男は「女はオナホ」って蔑視、女は「ママだから甘えさせて」って依存。
お前らの本質はただの棒教徒で、女を飯炊きオナホにしたいだけ。
女どももママニズムの仮面かぶったムチュコタン依存症。 お互い最低。
私が素人ながらケアニューディール https://note.com/taomorohoshi/n/n022e9aa48349 としてjabiで発表してきたことと多分同じで。
通貨発行権のある国家は利潤(税収)無関係に公定価格(介護報酬等)を設定して支払える。
その為、その支出でその産業の名目賃金を増やせ、名目成長させる(GDPの政府最終消費支出)。
ここまでは表層。
1/
次に、単価を国家が設定出来るので、他産業より高単価(利用者には無料)にも出来るので、【労働移動】が起こる。
すると他産業が人手不足になるため、自動化投資や賃上げに追い込まれ、物的労働生産性や付加価値労働生産性が上がる。
2/
低炭素労働への労働移動は、環境負荷の多い分野のブルシットジョブからの労働退出を促す。
介護は人以外に資源を使わず(まあエレベーター設置とか社会全体が備える設備含めるとわからないが)、製品を輸出する為に資源を輸入、みたいなのが不要。
3/
持続可能性、と言う面でもう一つ述べると、生命再生産、労働力再生産の持続可能性を担保する。
外では賃労働。家では無償ケア労働。いつ寝るの?という話で、賃労働のパフォーマンス、生産性は落ちる。
4/
寝る暇もなく疲弊した状況(介護離職の場合は更に金銭的余裕が無くなる)で、恋愛も生殖も不可能。
仕事、介護、家事、子育て(の前の生殖に至る交際)を全てこなすのは不可能。
たまにこなせる人もいるが、持続可能ではない。
5/
生命再生産は家庭内ケア労働で行われる(これが無償か有償か、自費か国費かの影響は後述)。
昭和はこれを妻が担っていた。
その再生産にかかる費用(再生産費用)を、企業も昔はある程度は支払っていた。
6/
現代は、と言うか資本主義では、この再生産費用の不払いが可能な限り徹底される。
資本蓄積の本源は、他国からの略奪、労働者からの搾取のほか、家庭内で行われる労働者の生命再生産にかかる費用を無償化することで得られる。
7/
利潤のために資源を枯渇するまで採取すればその資源を活用していた産業は終わる。
同様に、ケア労働も枯渇すると社会的再生産、労働力再生産が不可能化する。つまり資本主義というか経済が終わる。
8/
介護保育などに代表されるケア労働を無償にして、なお枯渇させずに生命再生産を可能たらしめるには、企業内賃労働者を家庭内ケア労働に従事させねばならない(つまり介護離職)。
その上で賃労働に再生産費用を組み込むには、賃上げを強制するしかない。
9/
そうでなければ、次世代労働者を産み育てる経済的余裕が失われる。
あるいは、企業内賃労働に家庭内無償ケア労働者を労働移動(いわゆる女性の社会進出)させたまま、再生産を担保するには、再生産を外部委託する他ない。
が、これには外注費がかかる。
10/
この外注費(介護育児の他に、外食やクリーニングは家事の外注)を自己負担できるなら、それはつまり企業が再生産費用を支払っていると言うことになる。
前述の様に、それは企業の利潤、資本蓄積を困難にするため、まず望めない。
ではどうするか。
11/
政府が再生産費用を支払うときに税や社会保険料、自己負担で取るか、通貨発行で支払うかがある。
前者は累進性が高くなければ、あるいは労働組合などが強くなければ結局は労働者が支払うのと同じことになる。
だとしても支払わなければ資本主義が終わるので支払うしかないが、後者でもいいはず
12/
後者(通貨発行で再生産費用を支払う)だと、企業は長期での労働者を確保でき、国内消費者も確保できる。
市場と労働力が確保できて、更に再生産費用を不払いにして置けるので(それがいいとは思わないが)、投資がより大規模に可能となる。
13/
ただし前述のように、国家が再生産費用を支払うとは、有償でケア労働者を確保することを意味するので(それが家庭内ケア労働への移動か、介護施設や訪問ヘルパーなど公的ケアサービスへの労働移動かはさておき。後者の方が効率的ではある)企業の賃上げ圧力は常にかかる。
14/
上の方で書いてたこととだんだんループしてきたが、このことが全体の賃上げに寄与するし、そもそもケア労働、ケア責任(魔女裁判から続く女性への抑圧で実現し得た、無償の再生産装置としての立場)は女性に負わされ、それを公定価格の据え置きで国家が低賃金に固定してきた訳で、
15/
女性の低賃金は資本主義と国家が作り出したものと言って過言でない。
介護保育など公定価格の引き上げは経済成長云々の前に不正義の是正として避けられない面もある。
経済成長としては14で言いそびれたが(もっと上で述べたか)賃上げ圧力は自動化投資の圧力でもあり、これが生産性向上である
16/
ポストが短文を細切れなのでだんだんループして、論点も忘れてきたが、とにかく【生産は再生産が強固でなければ持続し得ず、ケア領域とは再生産領域である】
ということ。
という事でとりあえず終了。
アメリカが作ったから変える、というのもただのお気持ちでしかない
むしろその当時の世界大戦後の大きな後悔と、国連発足に伴う新しい未来への希望が込められている
そんな文章、豊かな社会に麻痺した現代人が書き直しても大丈夫なのか?
ただの自己満足だろ
佐藤一光
@kazzuaki
以前なら治せなかった病気が治せるようになること(ただし金はかかる=資源投入は増える)、これは経済発展の帰結というか、これこそが経済発展。にも関わらずなぜ医療費は叩かれるか。
・非生産説。古典的な経済感には生産的である産業と、非生産的な産業があるとされた。政府部門、医療は非生産的と見るのが伝統的な見解。財政学はそれに反対して政府部門、医療を生産的と考えた。
※現代のマクロ経済統計(国民経済計算=SNA)では、全ての産業は付加価値を産むとされている。
・いわゆる医療費亡国論が1980年代から唱えられるようになった。当時の厚生省には、大蔵省からの突き上げもあったのだろうと思う。その結果、産業として育成するという契機を逃してしまったのではないか。
・私的所有が全面化し、市場経済が社会を覆うようになると、他者への支出=公共政策への嫌悪感が広がる。この嫌悪感への後付けとして、理由が考えられるようになる。それは公共政策としてふさわしくないよ、と。
参考資料は吉村仁厚生省保険局課長の1983年の論考「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」。
https://x.com/kazzuaki/status/2022136033924853809/photo/1