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はてなキーワード:父性とは

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2026-01-13

anond:20260113043157

1ミリも読んでないけど、ブスじゃなくて、卑屈じゃなくて、元気で後輩ムーブメントできるやつがイージーモードだよ。

とにかく、ブスじゃなけりゃなんとかなるんだよ。

 

ブス好きなやつは、ブスに性格悪いことを期待してるからブスが頑張ってもモテない。ブスがかっこいいこと、可愛いことしてもキモがられる。

小物ムーブして、こいつ救いようないな…と思われるくらい落ちるとこまで落ちると、頭悪いのに母性父性強くて、その欲求を抑えきれない人に拾われる可能性が残る。

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2025-12-24

anond:20251224215805

プロレスでタッグを組むなら、アントニオ猪木か?それともダイアン津田か?」について議論して。

A:……あの、今回はさすがに怒りますよ。高市さんの時はまだ「言葉」という共通言語がありました。でも今回はプロレスです。アントニオ猪木ですよ? 死線を幾度も超えてきた「世界のプロレス」の象徴と、ダイアン津田を並べるなんて、猪木さんにビンタされるだけじゃ済みませんよ。

B: まあ、落ち着いてください。もちろん、純粋な戦力で言えば猪木さんでしょう。でも、考えてみてください。猪木さんとタッグを組むということは、対戦相手だけじゃなく、「隣にいるパートナー」とも戦わなきゃいけないということなんです。あなたリング上で、猪木さんのあの眼光に耐えられますか?

A: 耐えるに決まっているでしょう。それがレスラー矜持です。猪木さんと組むということは、彼の「風」を感じ、彼の「怒り」を共有するということ。たとえ試合中に猪木さんから鉄拳制裁を食らったとしても、それは「闘魂の注入」であり、レスラーとしての格を一段引き上げてくれる儀式ですよ。津田さんと組んで、何が得られますか?

B: 「生き延びる喜び」ですよ。猪木さんと組んだら、下手したら試合後に命を削られています。でも津田さんはどうですか。彼がリングに上がって、対戦相手の巨漢レスラーに詰め寄られた時のあの「怯え」。そして放たれる渾身の「ゴイゴイスー!」。その瞬間、殺伐としたリングに一筋の光が差す。観客は「津田、頑張れ!」と一つになる。この一体感は、猪木さんの殺気では作れません。

A:プロレスは「頑張れ」でやるもんじゃない、「殺す気で来い」でやるもんです。猪木さんのタッグは、常に緊張感の連続です。タッチ一つとっても、そこには哲学がある。津田さんのタッチなんて、ただの「助けてくれ」という悲鳴でしょう。そんな情けない背中を見て、誰が熱狂するんですか。

B:現代プロレスファンは、強さだけを求めているわけじゃないんです。弱者強者に立ち向かう「不憫さ」にこそ、自分人生投影する。津田さんがジャーマンスープレックスで投げられそうになっている時、パートナーあなたが助けに入る。その時の「待ってました!」という大歓声。猪木さんが強すぎて一人で解決してしま試合より、よっぽどタッグマッチとしてのドラマが成立していると思いませんか?

A: それは「介護」であって「タッグ」じゃない。猪木さんと組めば、自分限界以上の力が引き出される。猪木さんの「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」という一喝。あれを隣で聞けるだけで、アドレナリンが沸騰する。津田さんの隣で聞こえるのは「もう無理や」「帰りたい」「岸大介呼んでくれ」……そんな言葉で、あなた闘争心燃えますか?

B: 逆に燃えますよ。「俺がこの男を守らなきゃいけない」という、一種父性本能が爆発する(笑)。それに、猪木さんと組むと、どうしても「猪木の引き立て役」で終わってしまう。でも津田さんと組めば、スポットライトは二人に均等に当たる。津田さんがボコボコにされている間に、自分が逆転のチャンスを伺う。戦略的にも、津田さんは「最高のデコイ(身代わり)」なんです。

A:猪木さんを「引き立て役」にするくらいの気概がなければ、そもそもタッグを組む資格がないんです。猪木さんは常に、パートナーにも「いつ俺の首を獲りに来るんだ?」という視線を向けている。その緊張感の中で、お互いの魂をぶつけ合うのがプロレスの至高の形です。津田さんにあるのは、魂じゃなく「脂」でしょう。

B: 脂の何が悪いんですか! あの必死の形相、あのテカテカした肌、あれこそが「生」の証明です。猪木さんが「道」を説くなら、津田さんは「迷い」を体現している。今の時代、どっちが切実かと言えば、僕は津田さんの迷いの方だと思う。

A: 迷っている間に3カウント取られますよ。……ただ、少しだけ認めましょう。猪木さんと組むのは、精神的なコストが異常に高い。試合が終わった後、精神ボロボロになっているのは確実だ。

B: そうでしょう? 一方で津田さんは、試合が終われば「お疲れ様でしたー!」って、すぐにいつもの楽屋のノリに戻れる。この「切り替えの良さ」も、巡業を続けるプロレスラーには大事資質じゃないですか。

A: 巡業……。確かに毎日猪木さんと一緒に移動するのは、地獄以外の何物でもないかもしれない。……いいでしょう。では、第2ラウンドでは、リング上での「演出」と「リアリズム」について。猪木さんの「環八理論」と、津田さんの「バラエティの掟」が、リング上でどう衝突するかを突き詰めましょう。

(続き)

A: 先ほど「移動が地獄」なんて軟弱なことを言いましたが、やはり撤回します。プロレスリングは、日常を忘れるための場所なんです。そこに津田さんのような「日常象徴」を持ち込むのは、ファンへの裏切りですよ。猪木さんはリングに上がる時、自分人生思想、そして「怒り」の全てを乗せてくる。あの殺気こそが、チケット代に見合う価値なんです。

B: でも、今のプロレス界には「多幸感」も必要なんです。猪木さんのプロレスは、観る側に「覚悟」を強いる。それは時に苦しい。対して津田さんのリングはどうですか。彼がロープに振られて、戻ってくるときに盛大に転ぶ。それだけで会場は爆笑と歓声に包まれる。猪木さんが作った「環状八号線の外側まで届く殺気」も凄いですが、津田さんが作る「隣の家まで届く笑い声」だって、一つの立派な興行ですよ。

A: 笑い声でチャンピオンベルトが巻けますか?猪木さんと組めば、世界中の強豪と渡り合える。「イノキ・アリ状態」のような、ヒリヒリするような真剣勝負の地平が見える。津田さんと組んで、一体誰と戦うんですか。彼にラリアットを一発食らわせたら、そのまま引退会見ですよ。

B: 誰と戦うか……。それは「人生不条理」ですよ。自分よりデカ相手理不尽な状況。それに翻弄される津田さんを、パートナーあなたが「これぞプロレスだ!」と鼓舞しながら、奇跡の逆転勝ちを収める。これはもう、ロッキー・バルボアを超える感動のドラマです。猪木さんのタッグは「勝って当たり前」の強者論理ですが、津田さんとのタッグは「負けから再生」という弱者論理なんです。

A:再生、ね……。確かに猪木さんはあまりに巨大すぎて、パートナー存在が消えてしまう。猪木さんの隣にいると、観客は猪木しか見ていない。でも、津田さんと組めば、観客は「隣で困り果てている自分」に同情し、注目してくれる。……皮肉なことに、レスラーとして目立つのは、津田さんと組んだ時の方かもしれませんね。

B: そうなんです!猪木さんの隣は「修行」ですが、津田さんの隣は「プロデュース」なんです。あなた津田さんをどう動かし、どう守り、どう輝かせるか。その手腕こそが、プロレスラーとしての知性を証明する。猪木さんのような太陽の隣で影になるか、津田さんという未完の素材をプロデュースして新しいジャンルを創るか。

A: ……認めましょう。もし私が、プロレスという枠組みを使って「社会への問い」を投げかけたいなら、津田さんを選ぶかもしれません。彼がリングで流す涙や、叫ぶ「ゴイゴイスー」が、プロレスリアリズム根底からさぶる「毒」になる。一方で、もし私が「男の美学」を貫き、死ぬ瞬間に後悔したくないなら、猪木さんの隣で鉄拳を食らいながら戦いたい。

B:究極の選択ですね。「歴史に残る地獄」か、「記憶に残る混沌」か。猪木さんの隣で闘魂の炎に焼かれるのも本望、津田さんの隣で「なんで俺がこんな目に!」と叫びながら爆笑さらうのもまた、レスラー幸せ最期かもしれません。

A: 結局、タッグを組むというのは、相手人生を背負うことですからね。猪木さんの「重すぎる十字架」を背負う覚悟があるか、津田さんの「軽すぎる十字架」を重く見せる才能があるか。

B: どっちを選んでも、リングを降りた時には、見たこともない景色が見えているはずです。……さあ、ゴングを鳴らしましょうか。

Permalink |記事への反応(1) | 21:58

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2025-12-14

anond:20251214141711

別に子供子供で一生恨んでりゃええやろ。どんなに償っても、それを跳ね除けることで愛情を確かめるねっとりとした性格しかならんぞ。

過去のことは悪かったが、その態度でいるなら知らん」で跳ね除ける父性が足りない。そうやってぶつかってこそ区切りがつく。要するにきみが少し弱いんだよ。

Permalink |記事への反応(1) | 14:34

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2025-12-07

真逆(まぎゃく)」はいから使われだしたか

前提


1927年アルス写真大講座 第二巻』

記念したい被写体を取り入れたいために時には真逆の方向(カメラ太陽に向ふ)に向ふ場合もあるでせうが、このとき直射日光レンズに当らないやうに注意をして頂きます

フリガナがないので「まぎゃく」と読むかはわからないが、意味的には「正反対」の意味で使われていそうだ。

いまのところ「正反対」の意味で使われている最古の用例である

追記1937年写真月報』

只逆光線で太陽を前景のカメラもつている人でシエードした事が、レンズ太陽の直射を避けて雲海にあたつた真逆の光線をうまく捉へる事が出来ました。

写真関連で検索してみたが、なるほど。

写真用語では太陽光の当たり方を「順光線(順光)」「斜光線(斜光)」「逆光線(逆光)」などと分類するが。

逆光をさらに「半逆光線(半逆光)」と「真逆光線(真逆光)」に分けることもあるというわけか。

検索してみるかぎり、用例としては「真逆光」が圧倒的に多いが、「真逆の光線」「光を真逆に受ける」のような例もわずかに見られる。

1959年富士岡田紅陽

太陽富士山頂の上に輝やき、眼前の雲海の表面を真逆に照しつけていた。

一気に時代が飛ぶが、こちらは「まぎゃく」とフリガナがあるので間違いない。

ネット検索できるかぎりでは、いまのところ最も古い「真逆(まぎゃく)」であろう。

ここまでは用例が少ないので、もちろん「真逆(まぎゃく)」が広まっていたとは言えないだろう。

しかすると、文章にならないような口語俗語として使われていた可能性はあるが、それはわからない。

さて、1970年代に入ると一人の男が颯爽と登場する。映画評論家松田政男である

この人物が「正反対」の意味の「真逆」を広めたと言っても過言ではないのではないか

彼はそのくらい「真逆」を多用しているのである

1971年風景死滅松田政男

コスタガブラスが『Z』にひきつづいてつくった第三作『告白』は、いわば、日本の喪名の永久革命家の理念とは真逆視点から革命反革命弁証法をとらえようとした政治的茶番劇である


1972年キネマ旬報』「映画批評 わが緑の大地」松田政男

往年の安部公房テーゼ"猛獣の心に計算器の手を"とまさに真逆に、ポール・ニューマンは"ハトの心にタカの爪を"と、後行する世代叱咤しているのである


1973年不可能性のメディア松田政男

自動車から飛行機への発明ベクトルがひたすら上昇の方角にのみ向けられているのとまさに真逆に、グーテンベルグ以降におけるエレクトロニクスメディアの発達は、ひたすら私たちの<内部世界>の深部に向って下降するベクトルをもっているのではないか

エンツェンスベルガーは、エレンブルグの「作家ならば、ドゥルティの生涯のものがたりを書いてみようとは、けっして思うまい。それはあまりにも冒険小説そっくりだった」というしたり顔とはまさに真逆に、そういった意味合いでの「物語作者は、自己否定しなければならない」が故に「集団的フィクションとしての歴史」――正確には「反歴史」を書くべく試みたのだ。

チャップリンが、常に、可哀想ヒロインのために献身するのに対し、キートンはまさに真逆禁欲的にまで非情に、アクション共同体映画のなかへ制度化すべきことを他者に向って要求するのである

そしてエイゼンシュタインは「人に秀でた人間」として、しかトロツキーとは真逆に、スターニスト・レジームへの自己批判を倦むことなくつづけることによって生き延びて行ったのだ。


1973年キネマ旬報』「キネ旬試写室化石の森」松田松男

この点いかに苦悩の色を露わにしつつ純文学を志そうと、できあがった作品が常に一つの社会現象として、つまりエンターテインメントとして消費されてしま石原慎太郎と、篠田正浩はまさに真逆であると言っていい。


1974年キネマ旬報』「今号の問題作キャロル斎藤正治松田政男

私たちは「スティング」のあの不愉快なだまされ方とまさに真逆に、龍村らが「キャロル」に仕掛けたさわやかな詐術を愉しんでおけばいいのだから······


1974年朝日ジャーナル』「密室国家難民キャンプ なぜ、いま、パレスチナ革命なのか』松田政男

レーニン以前に、もとよりレーニン以上に楽観的に「生産者たちの自由平等な協力関係の基礎のうえに新たに組織する社会は、全国家機関を、そのばあいしかるべき場所へ移しかえる、すなわち、紡ぎ車や青銅の斧とならべて、考古博物館へ」と断定したエンゲルス理想とはまさに真逆に、いま紡ぎ車や青銅の斧と共に博物館へ並べられているのは、彼らエンゲルスレーニンや、その他もろもろの革命理想である


1975年現代の眼』「シネマ・マンスリー

この密林の猟師年齢不詳だがむろん年老いており、したがって初めキャステイングされていた三船敏郎のような精悍さとは真逆の、むしろ志村喬だとか千秋実だとか黒沢一家長老ふうな中央アジア出身の老優が起用されていて、これがかえって野生の賢者という風格をかもし出してなかなかにいい。

これは匿名記事だが文体からして松田政男か?

1976年キネマ旬報』「自主映画の新作その(3)」松田政男

この静謐な、余りにも静謐な〈自然〉は、ゴダールとは真逆の"観念論的記録の試行なのか?


1978年シナリオ』「77から78へ日本映画の秋冬アイデア燃えあがる日」松田政男

そこへ行くと、日活ポルノ裁判被告として四年間の沈黙余儀なくされていた山口清一郎が、初めてATG提携製作した新作『北村透谷・わが冬の歌』は、『原子力戦争』とまさに真逆に、開かれた映像空間の造型に、一定程度の成功を収めえている。


1979年『日付のある映画論』松田政男

高橋明庄司三郎ら日活独特のポルノ男優たちが、画面のなかでいかにタフに振舞おうとも、私たち観客に対しては常に控え目な存在であるのとまさに真逆に、ここにおけるホストどもは、私たちの目の保養を邪魔立てする文字通りに目ざわりな夾雑物なのだ

しかし、『25時の舞踏派』『貘をぶっ殺せ』『造花の枯れる季節』と一九七五年に三連作された8ミリ長編劇映画とは真逆に、このうまさは、なぜか上すべりするうまさなである


1979年現代の眼』「和製B級映画現在形」松田政男

亀和田武は、そこで、私とはまさに真逆に、自らの石井隆論を全面展開しながら辛辣きわまりない反撃を重ねて行くのだが、先述したように、私がヨリ関心を惹かれるのは、個別作家論というよりも、その大前提たるべき情勢論なのだ


1979年現代の眼』「松田政男映画戦線への斬り込み」松田政男

そして、面白いのは、西欧的な父性原理依拠する『くるみ割り人形』とはまさに真逆に、信州フォークロアに原型をもつ物語真相には、東洋的な阿闍世コンプレックスに由来する母性原理が、不十分ながら貫徹していることだろう。


といった具合に、松田政男は「真逆」を使いまくっている。

いずれもフリガナは振られていないので、本人は「まさか」の読みで使っていた可能性もあるが、少なくとも意味的には「正反対」で間違いなかろう。

1970年代から1980年代にかけて、この「正反対」の意味の「真逆用法は、特に映画系のライターあいだで広まっていったようである

たとえば田原総一朗もその一人である

1975年大統領を知らない人たちアメリカで見たしたたか生き方田原総一朗

もっと地獄絵は、その猥褻さ、はなはだ幽玄的でない表現に寄って、裸や性器露出がいやらしいこと、不自然なこと、いわば忌み嫌うべきこと、非人間的なことであることを強調しているわけで、これは、古代ギリシャをはじめヨーロッパ絵画彫像が裸の美を強調し、裸こそ人間自然の姿だといわんばかりに表現しているのとはちょうど真逆である


1978年穀物マフィア戦争田原総一朗

「当然でしょ。”緑の革命“とは、発展途上国にとっては、自立とは真逆の、アメリカへの依存度をより高めさせ、アメリカ政府と、多国籍企業世界支配システムにより深く組み込まれることでしかなかったのですからね」


1979年『潮』「二都物語1新潟VS山口総理大臣をうんだ街」田原総一朗

松陰は、この狂を愛し、みずから狂夫たろうとしていた。だが、岸信介には、狂はない。むしろ吉田松陰とは、真逆のように思える。


仮に、このあたりの記述が「まさか」という読みを意図していたとしても、フリガナがないので「まぎゃく」と読む人は多かっただろう。

よって「真逆(まぎゃく)」が広まったのは1970年代ではないか、というところで結論としたい。

Permalink |記事への反応(0) | 23:57

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2025-11-30

そもそも婚姻機能父性推定にあるんだから

結婚しても子供を産まない→困らない

結婚しないのに子供が産まれる→困る

なんだよ

同性同士ならば絶対子供は出来ないのだから同性婚を認める必要はないと思う

Permalink |記事への反応(1) | 15:29

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2025-11-29

anond:20251129190440

知的or境界知能+優れた外見は可愛いし、守りたくなるんよな

母性父性を刺激する

Permalink |記事への反応(0) | 19:07

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2025-10-30

母娘という呪い

私の母親不倫をしていた

相手の家に連れていかれたり電話しながら性的なことをしている声が母の部屋から聞こえたりすることがままあったのだが関係は数人と持っていたようでなかにわたし叔父もいた

父も不倫をしていたし(わたしはこのせいで当時W不倫のことを夫婦ともに不倫していることだと勘違いしていた)家庭内暴力も酷かったので 母のことは全く恨んでいない

のだが

最近恋人がいるひとを好きになってしまって ダラダラ電話したりそういう関係をもったりしていて

これはほんとうに全面的に私が悪いし恥ずべきだし最低だし裁かれるべきなのはわかっています

ここでくらいしか吐き出せないので

浮気相手はかなり年上のひとだけど

そういえば母の不倫相手も相当年上のひとだった

母の不倫相手祖父に似ていた

わたし浮気相手は父に似ている

わたしたちは父性を得られなかった(母は祖父からまり愛情を注がれていないようだった)から 似たような行動に走るのか ?

わたしもお母さんと同じだったみたい です

Permalink |記事への反応(2) | 23:01

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anond:20251030145039

推し活は行き先のない母性父性の垂れ流しであるからけしからん」という主張に

「その理屈犬猫飼う行為にもそのまま当てはまるが?」と応じたら

「猫好きは熊殺すなと言うやつが多いと思うからけしからん」って

ナチュラルに全く関係ない話してるけど、自分じゃわからないんだね。

なんかもうグロいんだけど。あたまわるすぎて。

Permalink |記事への反応(1) | 15:24

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推しブームが許せない

本来推し活は母性とか父性廃品回収なんだわ。

子育て終わったババアが有り余った母性のせいで暴走しないために韓国アイドル応援したり、本来子供に注ぎたかった愛情受け手がいなくて寂しいジジイアイドルに貢いで夢を見るみたいなものだろ。

若い人がすることじゃない。

若いお前らがこれから先、一緒に生きていく人に注ぐべき大切な愛情を、そんな金儲けの道具に吸収されて良いわけないんだ。

オタク同士でいくらお金を注ぎ込んだか競わせるような商法若い人にもやるな。

宗教と同じじゃないか

オタク同士の階級なんて何にもならないのに。

推し活で何が残る?

若い時なんて短いんだぞ。その間に大切な愛情を奪われて、何が残るんだ。

メディア推しブームなんて言って若者から搾取するな。

若い人たちは自分人生を生きてくれ。

年取ってから推し活でも何でもしてくれ。

Permalink |記事への反応(1) | 13:59

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2025-10-24

anond:20251024133344

自分の子どもに一切興味ない(というか自分のことにしか興味がない)母性/父性ゼロタイプの親って

日本人の親にめちゃくちゃ多いよなって最近よく思う

こういう親が多いか自己肯定感ものすごく低くてパパ活するような子供もそりゃ多いよなーとも

Permalink |記事への反応(0) | 13:59

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2025-10-23

子供を持ちたくないし子供嫌いだけど、教育に関心あるし児童を襲う人は死ぬ気で阻止する

そういう人って多分一番面倒くさいから、俺は関わりたくない

本人は結婚もしないで遊んでいる謎のオジサンスタイルなんだろうけど、不審者と何ら変わらん

端的に言えば口も手も動かすな

何にもせず、あらゆる子供に関することを傍観していた方がマシだ

お年玉無理にあげなくていいし教育をより良くする発言とかもしなくていい

責任を取る必要がなく行き場のない母性父性の解消目的にやってる人は、いつか子供に牙を剥く

なんなら、その親に対して敵意を向けてくる

Permalink |記事への反応(0) | 02:18

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2025-10-15

anond:20251015191018

それは、もうちょっと頑張ったらどうにかなるのではないか

父性を感じるとか、そういう方向?

Permalink |記事への反応(0) | 19:36

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ピースメーカー シーズン2を見た

良くも悪くもジェームズ・ガン節炸裂って感じの作品だったな。

俺はガンの露悪的な趣向が好きで見てるから最高だったけど、良心派の映画好きギークの中にはそこが引っかかって楽しめないって人が少なくないからそういう人には地獄作品だったかもしれない。

 

ガンのフィルモグラフィーを見ても彼が「トキシックスキュラティ有害男性性)」の徹底的なアンチであり、それはいわば反父性主義であり、ファミリー(血族ではない)の力でそれを乗り越えるという展開が繰り返し描かれ続けている。

リブート版のスースクトキシックスキュラティ権化として現れたピースメーカーが「政府」という巨大な父性に操られ本当の「平和使者であるリック殺害してしまたこから自身アイデンティティがゆらぎ、自身過去と向き合っていくのがシーズン1。

過去と決着=家族と決定的な別離をするもその結果になおも苦しむピースメーカーしか我が家次元ポータルの先に「全員が無事な世界線」があることがわかり、家族再構成したい、理想的自分でありたいと考えてしまうも、実はその世界は……というのがシーズン2。

 

特に示唆的で面白かったのが、ポータルの先の世界線はいわゆるアースXと呼ばれる「ナチス勝利してナチス的な思想になったアメリカ」であり、ピースメーカーはその世界で誰もが認める「ヒーロー」として活躍している。これは「悪人」として登場し、世間から政府からも冷ややかな目で見られている元の次元ピースメーカーとは真逆である

しかし、問題アースXは「ナチス思想の非常に差別的世界である」ということである

その世界ヒーローとして崇められるピースメーカー。つまり、ガンはこの脚本を通じて「元々のピースメーカー思想というのは非常にナチス的で危ういものであると再度警鐘を鳴らしている。もっと言ってしまえば「アメリカのために"悪人"を容赦なく退治するアメコミヒーロー」というものに対するアンチテーゼともとれる。それって「国のために」ユダヤ人虐殺したナチスと何が違うの?ということである

ちなみにこの部分は見ていればそうわかるように作られているが、具体的に言及されることはない。エラい作りだ。

ピースメーカーアースXがナチス世界だと気づいていなかったことをギャグ的に「我が闘争オフィスに大々的に置いてあるのに?」「マッチョは本なんか読まない」「オフィスの壁にヒトラーが書かれてるのに?」「今気づいた」と詰められるシーンがあるが、これも単なるギャグではなくピースメーカー典型的な「白人男性であることから特権階級者はそのことに異常に無自覚である」という強い皮肉を感じる。

でもこういうことを口煩くお説教してこないのがガンのいいところだと思う。これらは「見ていればわかる」ように描かれているが基本的にはおバカ集団ポータルを狙う政府組織を戦いながらガン的不謹慎ジョーク飛ばし合いながらときに殴り合い、ときに慰め合うエンタメ全振りの展開が続くので、普通に楽しい作品に仕上がっている。

ナチス世界だと視聴者に気づかせる(さまざまな細かなモチーフは第1話から登場しており、登場人物白人しかいない状態が続くが)決定的な要素として、元世界ピースメーカーチームの黒人女性が歩いていると「黒人が逃げ出したぞ!」と追いかけられる展開もめちゃくちゃガンらしくてよい。あとヴィジランテを名乗る反社会的ヒーローがめちゃくちゃオタクで家(つまり子供部屋おじさんでもある)では年老い母親に「ババアノックしろって言っただろ!」系のイキリを披露しまくるシーンではイテテテテとなってしまった。ガンは嫌な奴だ(憤怒)

最終的に仲間たちの力でピースメーカー過去を振り払い、新たなヒーロー組織(ほぼ全員社会不適合者)を結成し大団円最後最後でとんでもないクリフハンガーを挟んで終了。私、アメドラのはちゃめちゃクリフハンガー嫌い。

 

スーサイドスクワッド、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーといったガン映画が好きならマストで見ていい作品だと思う。まぁ、1のほうが展開もダイナミックで面白かったと言われたらそれはそうかもしれんけど。

Permalink |記事への反応(0) | 11:16

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2025-09-09

付き合う女が「母親に似てしまう」の呪縛から逃れられない

顔は違っても、性格がどうしても似通ってしまう。

直母親のことは嫌いだ。外面がよく常識のあるフリをしてるが自分勝手ヒステリック自分意見が通るのが当たり前だと思ってる。

「私が怒鳴るのはあなたが嫌な思いをさせたから!」とか言ってしまえる。

父親単身赴任で不在、父性を求めてくる。


長く続いた、相手依存してくる女はみんな片親、父親不在の家庭だった。

外面はいいが、2人きりになるとヒステリックになる。

多分俺がそういう感情を引き出してしまってる部分はあると思う。

母親に求められてきた、顔色伺い反論しない、黙って話を聞いてくれる、怒らない怒鳴らない、諭すように反論することを求められる。

論理的反論相手言及してはいけない。


自身は30超えて定職につかないクズだが、そこら辺はあんまり言及されない。

自分の隣にいて、理想的な「優しい父親」を求められてるんだろう。

これ系は治らない。どうやって対処しよう。

Permalink |記事への反応(8) | 05:49

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2025-08-15

メロいメロくないの定義しようとしてる女さんまじでムカつくな

男みたいにエロいことに反応する棒が付いてないから「エロとは違う」なんて世迷言が言えるんだよ

男が女性について語るときエロ母性を避けて通れないように、女もエロ父性を避けて男を語れるわけがない

エロとも父性とも別のところにある「メロ」なんて純潔感情があるわけないだろ

正直に言え、エロいって

Permalink |記事への反応(0) | 09:01

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2025-08-10

anond:20250810151048

倫理的虚構ってやつだね

元増田水戸黄門主題歌を聞いたことがないのか?ってなる

勧善懲悪水戸黄門主題歌が下記なのはマジで日本だとワイはちびっこの頃思ったよ 

 

1.
人生楽ありゃ苦もあるさ
 涙のあとには虹も出る
 歩いてゆくんだしっかりと
 自分の道をふみしめて
2.
人生勇気必要だ
 くじけりゃ誰かが先に行く
 あとからきたのに追い越され 
泣くのがいやならさあ歩け

 

この良いもんのお上(水戸黄門)、絶対父性(「全知全能の神」や「万能の父」や「パターナリズム」)の守り神がマジでいるなら、

 

  • 自分の足で歩かなくていいよ
  • 理不尽なことに涙を拭くような目には合わせないよ
  • 誰も取り残さないよ

 

こうなるはずだから

ワイは、ちびっこの頃、水戸黄門を見て下記を理解したんよ

 

 

「良いお上」が実在しないことはみーーーんなわかってるのよ

ワイが「サンタなんておらんやろ。でも黙っとくと父ちゃんちゃんサンタから2種類プレゼント貰えるから黙っとこ」ってやってたのと同じ、

水戸黄門理想的なお上)とサンタクロース、どっちも大人は信じてないのに、社会のために子どものため未来のために、演じ続ける社会フィクションなのよ

 

政治家不正ニュースを見ながら「正義は勝つ」と水戸黄門勧善懲悪ドラマに頷いて、泣くのが嫌なら歩けと歌を歌うという矛盾。これが日本社会の二重性

日本の文化ってこういう「タテマエとホンネ」の二重構造がやたら強い。みんながフィクションだと知りながら、それでも共有する物語を大切にする

 

まぁワイは、実害(誰かが傷ついて実害が観測される)、あるいは自分の得がなければ、フィクションへの参加をスルーするけどね

Permalink |記事への反応(0) | 15:18

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2025-07-28

anond:20250726235606

父親くらい歳の離れたおっさんと付き合ってた子(後に結婚から離婚)知ってるけどその子は家庭環境がめちゃくちゃ荒れ狂ってて父性を求めてた気がする

本当に本当に嫌な子で嫌いだったけどそこはなんか複雑な気持ちになったのを覚えてるな

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2025-07-26

去年の冬はストレスがやばすぎて仕事終わって部屋に帰ってきたら部屋の電気をつけずに過ごしていたなあ

明るいのが刺激になってダメからデスクライトだけで過ごしてた

そしたら部屋がほんのり暗くなっていいんだよな

今日土曜日だったけど思ったほど混まなくて暇だった

たぶん先週の3連休でみんなお金使いすぎちゃったのかなってのと(3連休はめちゃくちゃ混んだ)

東京が40度超えしたみたいだからそんな暑さの中でさすがに出掛ける気にならんかっただろうなと

かに軽井沢とか涼しい(とされる)地方にいきたいかも知れない

以前軽井沢にある某スーパーお盆の時期応援に行かされたことあるけど殺人的な混み方してたな

たぶん今日みたいな他がどこもかしこ暑い日はみんな軽井沢にいきたいわ

気になってためしアメダス見てみたけど今日軽井沢の最高いっても30度だからすごいわ

前橋なんて最高37度だってのに

今日仕事だんだん楽しくなってしまって

昨日考えた計画を実行に移そうと思ってたのに

また冬も来ようかなとか考えてしまった

からもうどっちでもいいや、って思うことにした

あと帰ってから幼少期の振り返りをした

最近自分アダルトチルドレンだと知って

自分を変えたくてインナーチャイルドと向き合う作業をしてるんだけど

これがまあしんどい

幼少期の傷と向き合う作業

母にどんなこと言われたのか 言われたときどんな気持ちだったのか

なにがいやだったのか って全部思い出して追体験していく作業

なんというか、できなくはないけどやりたくはないしうっすらしんどい

正直もう一度味わいたいものではないしやってて楽しくはない

できれば二度と体験したくない、今でもトラウマになってる体験も多い

それをわざわざ思い出してもう一回味わおうとするんだから鬼畜作業

でもわたし自分を変えたいと思ったからいやだけどやる

少しずつ 早く終わらせたいけどそう簡単には終わらないし膨大で終わりは来るのかって気が遠くなる作業だけどこの作業なしに人は変われないし変わりたいからやるんだ

母が毒親だってことにはうっすら気がついていたけど母のせいでできあがったパーソナリティによって社会人になってから苦しむようになってカウンセリングにも長らく通った

もうまじで無理、本当に受け入れられないし耐えられない、ってなった今年の4月 そこからは連絡を絶っている

向こうから別に心配する素振りは見せないしわたしの近況を案ずるような連絡も来ない(もともと来ない)ので

少しは心配してほしいなとも思いつつこの先私から連絡することはしばらくないかなと思う

ちなみに心配してるのかしてないのか興味がないのか向こうから連絡を寄越さないのは父も同じで父は中身が子供のような人なのでなんかもう最近は諦めている(父性みたいなのを求めるのはやめにした)

成人するまで一家路頭に迷うことなく育ててくれたこと、進路も好きな道を選ばせてくれて大学まで行かせてくれたので深く感謝している

しかし母、お前は駄目だ

未だに許せない気持ちを持っているしインナーチャイルドがじたばた暴れる感覚がある

これはまだ母については諦めがついてなくて甘えたかった、もっとこうしてほしかったという気持ちが残っているからなんだろうね

この辺にしっかり向き合わないと自分のいま困っている性質を変えることは難しそうなので

いやだけどがんばる

Permalink |記事への反応(1) | 22:49

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2025-07-19

anond:20250718130812

>本気で女性結婚しない生活できない状態に戻したい勢力がいるのか?

 

これは男にとって根源的な欲求だよ

女だけ人権抑制するというのはね

 

女が経済的に男に依存せざるを得ない社会構造だと女の発言力は弱まるだろ?

社会全体を男に都合がいい理屈、正確に言うと「上位の男のとって都合がいい」理屈が正しいとされる社会にすることができる

 

男にとって女の肉体を完全に支配下に置くほうがメリットが大きい

女は結婚しない生活できないなら、男の子どもを産み育てる出産育児マシーンに仕立てることも可能

男が本能的に恐れるのは父性不確実性(子どもが本当に自分の子かどうかの確実さが薄いこと)であり

女の経済的自由を奪って逃げられないようにすることは父性不確実性への対応である

(このため哺乳類のオスはメスの行動を自分に都合がよいようにコントロールしようとする性質がある)

 

しかも女は女というだけで満足な収入を得ることが不可能なので一定売春に走る

その状況だと女はわずかな金のために自発的に、喜んで売春を選ぶ(これは男もだが)

その中には「性的魅力だけで男から求められる女である私」に誇りを持ち、アイデンティティを確保する女すら現れる

男は家庭では子どもを確保したら外では若くきれいセクシーな女と遊べるわけだ

 

個人間のパワーゲームになるので家庭内の実権を握る女も一定率あらわれるので「別に男尊女卑じゃないよ?」という言い逃れもできる)

 

それから

単に少子化を女のせいにしたいって勢力もいるはずだよ

社会問題は全部なんでもかんでも女のせい

女が出しゃばるからこんなふうに悪くなってる、

そう言いたいだけで本当の動機なんか自分でも自覚してない勢も一定数いるだろうよ

Permalink |記事への反応(0) | 01:37

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2025-07-18

anond:20250718095849

快適な実家だと婚活を一切しないのは女性も同じなのですが、家事ができることが多いので両親が死んだあとも自活できます

あの人たちは相続資産会社員としての収入があるのと自分家事をするのとで好きに生きていきます

なんなら精神障害シングルマザー家庭に生まれ恋愛依存症になった層よりも幸福度高いんですね(男と関わっていないので男に捨てられるという経験すらない。恋愛依存症の女は何回も男に捨てられたり殴られたりしている。同年代の男に父性を求めて試し行為を繰り返すと殴られます

男性家事ができないことが多いので母親が死にそうになったとき急に焦り始め(自分家事をするという選択肢は浮かばない)、低収入の45歳なので全くもてず、女叩きを始めます

Permalink |記事への反応(1) | 10:03

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2025-07-12

anond:20250712221320

この増田は女だろうと思いながら読み進めていたらやはり姉であった

から見ると弟がいる男はわりとわかる(自分兄弟の弟)

なんつうか父性強め

たぶん女性から見てチャラ男ではない、結婚後もいいお父さんになりそうな落ち着いたモテ男兄弟の兄

Permalink |記事への反応(1) | 22:44

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2025-07-01

ジークアクスって「シャアには父性必要だった」って話なの?

シャアのような拗らせた人間(と言っても私はファーストも何も観てないから知らないのですが)に必要なのは母性ララァではなく、父性シャリアだったのだって話なんですか?

シャアは父も母も幼少期に死んだ(要人だったからザビ家に暗殺された?)という経緯があり、その解決策としてララァ母性のみが求められていたが(ララァシャアよりずっと年下の未成年で、娼館で働いている。モチーフ児童性搾取じみている)、

本当に必要だったのはシャアより10歳程度年上?の精神が安定した、理解力のある父性の強いシャリアが抑えになることであったと?

そしてシャアが拗らせルートに行った場合どうヤバいのかは逆襲のシャアを見ていないと分からないと?

いやジークアクスが丸ごと「知らんがな」になってしまうんですが…ファースト逆シャアも未視聴なので。

 

シャア周りを知らなくても主人公三人組だけ追っていれば物語を楽しめるとはいうけど、こっちはシュウジの中身が無さすぎ。

ディズニープリンセス物のほうがマシなレベルです。ラプンツェルのフリンとか。アナ雪のハンスなんかは悪役だったけど面白いキャラだったし。野獣、アラジン辺りから面白くなり始めたんだよな相手役。

白雪姫オーロラ相手役の王子積極性(という名の死姦趣味)と肩書があるだけの「虚無」になっており、アリエル相手役の王子アリエルに追われる「虚無」であるのは変わらなかった。

マチュが一生懸命シュウジを追いかけてシュウジに受け入れられる話ではあったけど、アリエル時代みたい。シュウジが「無」すぎる。相手役の男性に単体の魅力がない。

マチュの相手役でしかない。女性ファッション誌の男性モデル(主役である女性モデル彼氏役として横に立たされておりピントが合ってない)みたいな、添え物。

シャリアには単推しする人いるけど、シュウジは「マチュとのセット」で推す人しか居ないでしょこれ。マチュというキャラクターを示すための装飾物になってしまってる。

 

主人公三人組のほうゴッチャゴチャに散らかっててシュウジが昔のディズニー王子みたいな虚無さで、感動している人たちはだいたい「シャア良かったね」「ララァ良かったね」なので、何を見せられたんだふざけんなって感想です。

深夜にやるな日5でやれなんて言われてたけど必要ないよこんなの。

Permalink |記事への反応(5) | 10:39

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2025-06-30

anond:20250628231720

単なる殺人未遂に対してシバ父性だの自由にしてあげただのと美辞麗句を重ねる信者が心底気持ち悪い

そこは普通に政敵邪魔から殺したでいいだろ?

Permalink |記事への反応(0) | 15:49

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2025-06-29

ジークアクスのシャリア・ブルのシャア殺しが仮に父性だとしたら

元農水事務次官長男殺害事件みたいな父性かな

息子がクズ邪魔から父親の手で始末してあげようっていう。

日本はとかく子殺しに甘い文化

母親の子殺しに関しては甘い声も多い反面批判の声も多いが

父親の子殺しに関しては同情一辺倒だもの

シャリア・ブルが最終回後も禄に批判されずに人気なのはそういう文化風土もありそう

Permalink |記事への反応(0) | 21:33

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ジークアクスのシャリア・ブルにとってシャアって金正男と同じだよな

今後担ぎ上げる独裁者邪魔になるから排除されただけ

それを父性だのと美辞麗句で語るガノタ醜悪さに反吐が出るわ

Permalink |記事への反応(0) | 16:11

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