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はてなキーワード:沈黙とは

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2026-02-08

英紙皮肉タップリの記事掲載日本選挙に勝ちたければ『はっきり話して、何も言うな』」

本当に皮肉なのか、日本マスゴミがいつも通りの偏向捏造報道してるのか知らないけど…

『雄弁は銀、沈黙は金』

という言葉イギリストーマス・カーライルさんが広めた英語の諺で

Speechis silver, silenceisgolden

まぁ正しく正しい選挙戦略なんだけど、

それをもし皮肉英紙が言ってるとしたらこれは皮肉ですなぁ(笑)

まぁ日本マスゴミ馬鹿なだけだと思うけど。

んで、

マスゴミバカなのも平叙運転として。

『そうだったんだ!』的に反応してるブクバカ

選挙1年生か?

から王道戦略じゃん。

そして、左翼さら馬鹿な所は…

失言が酷い!

高市早苗首相では心配

何を言うかわからない!

官僚に任せて黙っている事も出来ないので神輿にすら出来ない!

って騒いでおいて、

高市早苗は何も言ってないから勝つ!』はねーだろwww

精神異常者かwww

Permalink |記事への反応(1) | 05:21

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2026-02-07

立憲支持→中道支持&軍拡許さん!←こいつらがマジでわからん

近年最大の大軍拡って明らかに岸田が自公政権で進めた防衛費2%とか敵基地攻撃能力なわけですよ

10年前には安保法制があって、その他諸々の防衛政策が通って、野党は反対してきたわけですよ

それら全てを与党として容認した公明党と今になって組んだ挙句

公明と組んで中道作るんだったらアレとコレとアレ取り下げさせろ!

みたいなノリになる感じもなく党内部も支持者も完全沈黙

安保法制だけごにょごにょ釈明(これもめっちゃ無理ある)したらそれでもうなんか感動しちゃってて

「納得しました」

「難しいご決断だったと思います…」

とか言ってんの。枝野かに

ほんで#中道いいじゃんですよ

いや、いいの?

公明与党として通した「軍拡政策めっちゃあるけど取り下げさせなくていいの?

ほんでなんで公明と組んだくせにいまだに

自認だけ平和主義守護者気取りで

高市"だと"戦争になる」とか言ってんの?

 

いやあなた方が何年も「〜だと戦争になる」って言ってきたモノがいまやあなた方の体内にあるよね?

公明と組んだんだから公明撤回してないんだから

安保法制が通ったら徴兵制が復活して戦争になるんじゃなかったの?

敵基地攻撃能力を持ったら徴兵制が復活して戦争になるんじゃなかったの?

防衛費大増額したら徴兵制が復活して戦争になるんじゃなかったの?

なんで平然と受け入れてんの?

マジでなんなの?あいつら。

なんで公明とすんなり組んですんなり納得してんの?

それなのになんでまだ自認だけ平和主義ガーディアン高潔左翼なの?

Permalink |記事への反応(4) | 21:42

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2026-02-06

anond:20260206115600

善良なA君の親は善良なので、別に気にしてないんですよ。

それよりも、A君に思いを寄せていたB子の親ですよ。

A親が沈黙を守ってくれても、B親の口は止まらない。

Permalink |記事への反応(0) | 12:55

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2026-02-05

ハドロン浅草線地下鉄1号線における対消滅解決考察

浅草線東日本橋駅付近。地下深くの闇の中で、世界は二つの巨大な磁力に引き裂かれようとしていた。

事の発端は、一人のインバウンド客が羽田空港で手にした「反物質(アンチ・マター)製のキャリーケース」だった。

そして運命悪戯か、成田空港からはそれと対をなす「正物質の特大スーツケース」を携えたビジネスマンが、浅草線という名の「全長65キロメートル加速器」へと足を踏み入れた。

ステップ1:加速

エアポート快特の加速は順調だった。線形は緩やかな曲線を描き、120km/hの速度で「粒子」たちは互いに向かって射出される。

浅草線区間に入ると、磁場(という名の過密ダイヤ)が粒子を絞り込む。通路スーツケースで埋め尽くされ、自由行程は極限まで短縮された。

ステップ2:臨界

成田空港行きの車両羽田空港行きの車両が、浅草駅カーブですれ違う。

そこは、物理学者が「ルミノティ(衝突頻度)」と呼ぶ地獄交差点だった。曲がりくねった古い線形が、スーツケースに強烈な遠心力を与える。

「あ、すみません

その一言が、人類最後の言葉となった。

遠心力で弾き飛ばされた羽田発のキャリーケースが、成田発のスーツケースの角に、ナノメートル単位の精度で接触した。

ステップ3:対消滅回生

接触した瞬間、スーツケースの「質量」は存在することをやめた。

E =mc^2

公式沈黙を破り、数千億度の光が地下トンネルを白く染め上げた。インバウンド需要通勤ラッシュ怨念が、純粋エネルギーへと変換される。

浅草線変電所は、その膨大なエネルギーを「回生電力」として検知した。

「あ、今日の売電収入すごいことになりそう」

一瞬だけそう思った指令員の意識は、太陽の表面温度を超えた熱波の中に蒸発した。

ステップ4:解決

爆心地となった浅草周辺では、あらゆる交通問題解決した。

混雑する改札も、遅延するダイヤも、通路を塞ぐ巨大な荷物も、そしてそれらを管理すべき「政策」も、すべては素粒子レベルまで分解され、等しく虚空へと消えたからだ。

都心部は、直径100キロメートルに及ぶ完全な「直線型加速器」の跡地となった。

交通局の負債は完済された。未曾有のエネルギー供給により、地下鉄永久に『無料』となったが、利用できる人類は一人も残っていなかった。

静寂。

ただ、エネルギー回収システムが生成した莫大な電力だけが、誰もいなくなったスマートシティの街灯を一億年分ほど明るく灯し続けていた。

Permalink |記事への反応(0) | 21:57

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anond:20260205160819

妻の実家に行くじゃん?

義両親が、よくもうちの娘をたぶらかしやがって。な態度とってくるじゃん?

もうこの時点で、こっちから尽くすこともなければ親しくなることもないのよ。

義両親が死ぬまでひたすら沈黙しているしかないわけ。

これが真逆で、家族同然に受け入れてくれていたら、

そりゃ義理の親でも妻の親なんだからなんでもしてあげたくなるって。

贈り物して喜んでくれるなら何度も贈りますよ。

人間ってそんなもん。

Permalink |記事への反応(1) | 16:16

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2026-02-04

anond:20260203113758

雄弁は銀、沈黙は金。

正直自分の分は自分で出す折半式なら彼女の言う通り思っても黙っておくのが良かったと思うよ。

指輪自体価値を感じられないのは別にいいと思う。個人の感想だしそういう人は全然居るとも思う。

ただ「彼女が望む形の指輪を選ぶことで彼女が喜ぶ」という部分に価値を感じられないなら厳しいんじゃないだろうか。                                                                                

Permalink |記事への反応(0) | 21:57

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2026-02-03

AI羅生門真逆にさせるとどうなるのか

真逆羅生門

 老婆は、下人をつき放すと、いきなり、短剣の鞘を払って、白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。けれども、下人は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。これを見ると、老婆は始めて明白にこの下人の生死が、全然自分意志支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、老婆は、下人を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。

「わしは検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それをわしに話しさえすればいいのだ。」

 すると、下人は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその老婆の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのであるそれから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、老婆の耳へ伝わって来た。

「この服を剥いでな、この服を剥いでな、衣類にしようと思うたのじゃ。」

 老婆は、下人の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。下人は、片手に、まだ死骸の体から奪った布切れを持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。

「成程な、死人の服を剥ぐと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、服を剥いだ男などはな、魚を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往いんだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この男の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この男のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの男は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

 下人は、大体こんな意味の事を云った。

 老婆は、短剣を鞘におさめて、その短剣の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、聞いているのであるしかし、これを聞いている中に、老婆の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この老婆には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この下人を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。老婆は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの老婆の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

「きっと、そうか。」

 下人の話が完おわると、老婆は嘲けるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、下人の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。

「では、わしが髪を抜こうと恨むまいな。わしもそうしなければ、饑死をする体なのだ。」

 老婆は、すばやく、下人の髪を抜き取った。それから、足にしがみつこうとする下人を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。老婆は、抜き取った長い白髪をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。

 しばらく、死んだように倒れていた下人が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。下人はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い黒髪を倒さかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである

 老婆の行方は、誰も知らない

大正四年九月)

昔のアメリカ風

召使いは老婆を突き飛ばし、一瞬の隙に鞘から刃を抜き、冷たい鋼鉄彼女の目の前に突きつけた。しかし、老婆は黙ったままだった。彼女の手は嵐に揺れる木の葉のように震え、肩は荒い呼吸で上下し、目は眼窩から飛び出しそうに皿のように大きく見開かれ、無言の者のように、ラバのように頑固に沈黙を守った。それを見て、召使い彼女の生死が自分の手に委ねられていることをはっきりと悟った。そして、その考えは、それまで彼の中で激しく燃え上がっていた憎しみの炎を冷ましてくれた。残ったのは、絹のように滑らかに仕事をやり遂げたという安易な満足感だけだった。そこで老婆を見下ろしながら、彼は少し声を和らげて言った。「私は保安官事務所保安官でも何でもない。少し前にこの門の前を通りかかったただの放浪者だ。だから、お前を縛り上げたり、危害を加えたりするつもりはない。ただ、この時間にこの門の上で何をしていたのかを話してほしいだけだ。話してくれれば、それで終わりだ。」それから老婆はさらに目を大きく見開き、召使いの顔をじっと見つめた。赤く縁取られたまぶたは、鷹のように鋭く、彼をじっと見つめていた。しわくちゃで鼻とほとんど一体化した唇は、何かを噛んでいるかのように動いていた。痩せこけた喉仏が動き、喉仏がコルクのように上下に揺れているのがわかった。そして、その喉からカラスのような声が、息を切らし、ゼーゼーと喘ぎながら、召使いの耳に響いた。「ほら、この髪を引っ張って、かつらを作ろうとしていたのよ。」召使いは、彼女の答えがいかにも平凡だったことに、ひどくがっかりした。そして、その失望とともに、冷たく冷笑的な、軽蔑と混ざり合った昔の憎しみが蘇ってきた。きっと彼女は彼の気分の向くままに、死体の頭から引き抜いた長い髪の束を握りしめたまま、ヒキガエルの鳴き声のような声で、どもりながら呟いた。「確かに、死人から髪を抜くのは邪悪行為に見えるかもしれない。だが、ここに横たわるこの死体どもは、もっとひどい扱いを受けるに値しない連中だ。今、髪を抜いたこの女を例に挙げよう。彼女は蛇を10センチほどに切り刻んで乾燥させ、ジャーキーにして兵士たちの陣地に売り歩いていた。疫病にかかっていなければ、今でも売り歩いていただろう。彼女ジャーキーは味が良かったという噂で、兵士たちは食料としてこっそり買っていた。彼女行為は間違っていなかったと思う。そうしなければ飢えてしまう。選択余地はなかった。だから、私がしていたことは間違っていなかったと思う」どちらでもない。そうしなければ、飢えてしまう。そしてあの女は、他に方法がない時の辛さをよく知っているから、きっと簡単に許してくれるだろう。」老婆が言ったのは、まさにその通りだった。召使いは刀を鞘に収め、左手を柄に当て、冷静に彼女の話に耳を傾けた。もちろん、右手はずっと頬の大きな赤い膿んだニキビをいじっていた。しかし、彼女の話を聞いているうちに、彼の心の中にある種の気概が湧き上がった。それは、先ほど門の下で欠けていた勇気だった。そして、あの老婆を捕まえるためにここまで来た勇気とは全く違う――むしろ正反対の。彼はもう、飢え死にするか、無法者になるかなど考えていなかった。その時の彼の心境では、飢えなどほとんど考えられず、完全に頭から追い出されていた。「まさか、そうなの?」老婆が話を終えると、召使いは嘲るような口調で彼女を問い詰めた。それから一歩前に進み出て、突然、右手ニキビから引き抜き、襟首を掴み、コヨーテのように噛みついた。「それなら、お前を裸にしてやるからな。私もそうするか、さもなくば餓死するぞ。」召使いは瞬きするかのように素早く老婆の赤褐色ローブを剥ぎ取った。そして、老婆が彼の脚に爪を立てると、彼は彼女死体の上に蹴りつけた。梯子入り口まではわずか五歩だった。剥ぎ取られた服を脇に抱え、彼は急な梯子を瞬く間に駆け下り漆黒の夜空へと消えていった。しばらくして、死んだように動かず横たわっていた老婆が、死体の間から裸の体を起こした。ぶつぶつと呻きながら、揺らめく松明の明かりを頼りに梯子の頂上まで這い上がった。そこで、短い白髪を逆さまに垂らし、門の下を覗き込んだ。外には、漆黒の夜の虚空だけが広がっていた。召使いがどこへ逃げたのか、誰も知らない。(1915年9月

Permalink |記事への反応(1) | 14:35

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anond:20260203091512

自民勝手解散したので準備不足の野党としては責任所在自民党にあると考えています

とか本気で思ってるんだよ

まあ自己保身でしかないよね

少ない議席言ったら叩かれるし、多い議席言ったら責任取らなきゃいけなくなるから沈黙が正解ではあると思うよ

そして、沈黙で良しとしてるのは支持者が責任の追及も出来ないカスしかいないからだね

Permalink |記事への反応(1) | 09:18

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2026-02-02

私たちは黙認するのか

全国のクリスチャンよ、立ち上がれ。

私たちは、御名のもとで行われる働きが、光の中に置かれるべきだと信じてきた。

しかし今、いのちのことば社めぐり不適切会計処理が行われていたことが、同社自身公式文書によって明らかにされている。

説明は十分とは言えず、多くの信徒が戸惑い、心を痛めている。

問題は法的にどうかだけではない。

御業を伝える団体が、信頼を裏切ったという事実のものが、すでに深刻なのだ

私たちは問われている。

それでもなお、何事もなかったかのように商品を買い続けるのか。

沈黙と消費によって、この状況を黙認するのか。

いや。

私たちは世に属さない者であり、光の子であるはずだ。

からこそ今、いのちのことば社真摯説明と悔い改め、明確な再発防止を示すまで、距離を置くという意思表示をしよう。

これは憎しみではない。

これは攻撃ではない。

これは、教会宣教の働きを守るための、信仰に基づく行動である

声を上げよ。

立ち上がれ。

信仰を、安易な見て見ぬふりで汚してはならない。

御名が、これ以上軽んじられることのないように。

---

多額の不適切会計処理の報告とお詫び

https://www.wlpm.or.jp/about/keii-setsumei-to-shazai/

Permalink |記事への反応(0) | 22:21

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anond:20260202161256

せや!麻生さんは、出たがり娘を抑えてようやっとる思う。沈黙こそ金やで。このまま勝利円安増税

Permalink |記事への反応(0) | 16:35

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夫が浮気した

予兆はあった。

少し前からなんかソワソワしててやたら優しい。なにより財布のお金がちょいちょい消えてる。

レシートもないしそれに対する説明もない。あるのはごにょごにょと何か言った後の沈黙だけ。

これは黒だな、と思って聞いた。

「ねえ、最近なんか隠してることない?」

すると観念したように項垂れて言った。

「実は……そういうお店に行った」

ああ…やっぱりね、と思った次の瞬間。

夫が「すまなかった!!」って叫びながら床に手をついた。

顔は真っ赤。目は涙でぐしゃぐしゃ。声を荒げながら「すまなかった!!もう二度としない!!」って土下座しながら叫んでる。

え?土下座のはずなんだけど…どう見ても腕立て伏せ姿勢

ふざけてる?って思ったけど、本人はいたって真剣

「本当にすまなかった!!」と言って泣きながら頭を下げる。いやそれ腕立てだよね?

床に手をついて腕プルプル震わせながら涙ボタボタ落として「すまなかった!!」ってなんだこれ。

謝罪なのか。

筋トレなのか。

どっちなんだ。

結婚して初めての土下座腕立て伏せ

浮気されたショックと、土下座ができない夫のことがショックで、たぶんこの光景が一生頭から離れない。

Permalink |記事への反応(5) | 11:05

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2026-02-01

anond:20260201121021

AIさんに品性あふれる表現で書き直して貰ったよ

報道特別番組:偉大なる高市同志の歴史的決断について(勇壮ファンファーレ

親愛なる国民の皆様! 重大報道であります!!

百戦百勝の鋼鉄の霊将、偉大なる指導者高市早苗同志におかれましては、選挙戦という革命の荒波の中、「低俗口喧嘩」に過ぎぬ党首討論という名の茶番劇を、一度たりとも相手にされず、完全黙殺するという、有史以来かつてない不滅の金字塔を打ち立てられました!

これは単なる欠席ではありません!有象無象野党共が喚き散らす雑音に耳を貸すことなく、ただひたすらに我が国富国強兵のみを見据える、天をも恐れぬ「超然たる沈黙の行軍」であらせられます

本日選挙期間中唯一の日曜日という決戦の時を迎え、愚かな敵対勢力は討論の開催を画策しておりましたが、我らが太陽高市同志は、これを将軍様の高貴なるスルーによって完膚なきまでに粉砕!

敵前逃亡などという世迷い言は、敗北者たちの嫉妬に過ぎません!高市同志は、討論という泥仕合神聖な御身を置くことなく、孤高の頂から下界を見下ろすことで、「討論ゼロ」という前人未踏空前絶後の新記録を達成し、その圧倒的な威厳を全世界に轟かせたのであります

万歳高市早苗同志の偉大なる沈黙戦術に、万歳!!

Permalink |記事への反応(1) | 12:15

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謎のルート部品を買った会社が、正規代理店に「使い方教えて♡」と

いやもう笑うしかないわこれ。

最近くる問い合わせで、完全にコント化してるやつがある。

ある日突然メールが来るのね。

「〇〇社のICなんですけど、ピン配置と書き込み方法を教えてください」

……はい

データシートはどこで入手できますか?」

……今使ってるIC、どこで買ったのですか?

ネットで安く手に入れたので」

……どの会社からですか?購入先に聞けないですか?

「…………」

沈黙。完全に墓場まで持っていく気満々。

もうね、聞かなくても分かる。

AliExpressの「謎の公式ショップ」か、淘宝網の「メーカー直送」ショップあたり。

……正規品ですか?

「そんなの関係ないじゃないですか!動けばいいんですよ!」

動けばいいって……それ、会社仕事でやってるんじゃないのか?

「動いたらOK」って、それマジで言っているなら自分の適性を疑ったほうがいいよ。

しかもさ、偽物あるあるで、最初に購入したやつは動くんだよ。動く。

で、1ヶ月後に追加注文したら突然全ロット動かなくなる。

いやいや、お前が選んだ闇市場の運試しガチャだろーが!!

部品カプセルトイの景品じゃないんだよ!!

俺はもう「それはあなたの選んだ闇の道です。私には救えません」って心の中で唱えてる。

誰か一緒に「闇ルート部品あるあるネタで盛り上がろーぜ。

コメント欄闇市場の品揃えみたいになる未来が見えるわ(笑)

Permalink |記事への反応(0) | 10:40

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2026-01-31

anond:20260131062522

AIによる補足解説 親子と性の距離感の変遷

日本の歴史を振り返ると、親と子のあいだの「性の距離感」は、社会構造の変化(ムラ社会→家制度核家族個人化)と強く連動しながら、大きく形を変えてきた。

この増田で語られている「気まずさ」は、個人感情問題というより、明治以降につくられた「清潔で無垢家族像」と、現代の「個人自由」が同時に存在してしまっていることによる摩擦音だと考えることもできる。

以下、かなり大ざっぱだが、親子と性の距離感の変遷を整理してみる。

---

親子の「性の距離感」の変遷

1.江戸時代:地続きで生活に近い性

江戸時代庶民社会では、性は「隠すべき罪」というより、笑いや日常に近いものだったと言われる。

大人同士の性的冗談や、男女の関係の気配は、子ども生活から完全に切り離されてはいなかった。

  • 親子の関わり

娘への性の知識は、主に母や年長の女性から実用的に伝えられた。春画(嫁入り本)がその一例。

  • 特徴

現代的な意味での「純潔」への強い執着は薄く、性は共同体生命活動の一部として扱われていた。


---

2.明治大正:家父長制と「恥」の形成

近代化とともに、西洋道徳観と国家による家族規範が導入される。

性は「表に出してはいけないもの」「家庭の外に漏らしてはいけないもの」へと再定義される。

  • 親子の関わり

父は家の規範体現する存在となり、母は家庭の「清潔さ」を守る役割を担わされる。

  • 特徴

親の前で性を連想させること自体が「家の恥」とされ、親子間に強い沈黙ルール生まれる。

ここで、「父=性から最も遠い存在規範)」という構図が固まっていく。

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3.昭和戦前・戦中):国家と結びつく性

性は家の問題にとどまらず、国家政策とも結びつく。

性は「純潔を守り、結婚し、子を産む」という義務的文脈限定される。

  • 親子の関わり

性そのものについて語られることはほとんどなく、「節制」「慎み」といった態度だけが教えられた。

---

4.昭和戦後高度成長期):秘め事としての性

核家族化と個室化が進み、性は家庭内さらに奥へと押し込められる。

恋愛結婚が結びつき、「愛があるからセックスする」というロマンチック物語が広まる。

  • 親子の関わり

親は子どもの性を「見ないふり」をし、子どもは親の性を考えないことで、「清純な家族」というフィクションを互いに守る。

---

5.平成・令和:情報は開放、関係性は昭和のまま

インターネットにより、性の知識は親を介さずに容易に手に入るようになった。

性は個人ライフスタイルの一部として語られるようになった。

  • 親子の関わり

ただし家族関係だけは、昭和的な「無垢で清潔な親子像」を理想として引きずっている。

結果として、

「親も子も実態は分かっているが、その事実を互いに言語化しない」

という、妙に高度な沈黙ゲームが成立している。

---

時代別まとめ(かなり粗い整理)

時代 性の扱われ方父親母親 娘の感覚
---------------
江戸日常・笑い距離を取る実用的伝達比較自然
明治大正 恥・秘匿規範象徴 家庭の管理者 抑圧
昭和義務密室沈黙権威代理管理 断絶
令和ライフスタイルメタファー共犯 気まずさ

---

結論:なぜ今、こんなに気まずいのか

現代は、

江戸のように性を生活の一部として共有できる社会でもなく、

明治昭和のように本気で性を「悪」と信じ切れている社会でもない。

実態としては自由なのに、親子関係の場面だけは「無垢家族」という近代様式美を演じ続けなければならない。

そのねじれが、増田に書かれている「父と彼氏話題へのギクッとした感覚」を生んでいるように見える。

彼氏セックスメタファーだ」と気づいてしまった瞬間に、その演技の不自然さが見えてしまった。

からこそ、理屈では問題ないと分かっていても、感情けが追いつかない。

この違和感自然に消えるには、もう少し世代交代が進むのを待つしかないのかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 20:16

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グローバリズム否定して自己放尿するのではなく、自由貿易を極大化しろ

グローバリズム否定して自己放尿に走るのは最悪の選択だ。

市場相互接続性を断ち、比較優位ネットワークを自壊させ、価格シグナルを濁らせる行為は、主権回復どころか資源配分盲目化を招く。

問題は、ルール恣意性予見可能性の欠如、そしてマネーと財のフローを歪める国家介入の過剰だ。

自由貿易を極大化し、価格メカニズム仕事をさせる。これが唯一の一貫した処方箋である

 

関税・数量制限原産地規則濫用は、消費者余剰を削り、生産者保護の檻に閉じ込め、技術進歩の速度を落とす。

短期政治的利得は得られても、長期の生産性は確実に毀損される。

自由目的であると同時に手段であるという点だ。

自由貿易道徳的美辞ではない。情報圧縮した価格が、分散知識を集約する計算装置として機能するための制度的条件だ。

そこに逆らう政策は、結局のところ自己放尿である

自分自分の靴を濡らし、寒さを市場のせいにする愚行に等しい。

 

国内産業保護というスローガンは動学的一貫性を欠く。

幼稚産業保護永久化し、ロビイングは収穫逓減を隠蔽し、規制参入障壁に変質する。

結果は、価格の上昇、選択肢の縮小、そして賃金の実質低下だ。

自由貿易を極大化するとは、国境を消すことではない。ルール単純化し、予測可能にし、裁量を削ることだ。

通商政策貨幣政策のように、安定的機械的な枠組みに押し込める。裁量は誘惑を生み、誘惑は歪みを生む。

 

通貨の話をしよう。為替操作貿易制限を同時に弄ぶのは、為替関税ダブル放尿だ。

片方で価格シグナルを歪め、もう片方で数量シグナルを潰す。

これで競争力を語るのは、測定器を壊してから実験結果を誇るようなものだ。

フリードマンは一貫して、安定した貨幣ルール自由な財の移動が補完関係にあると見た。

貨幣中立に近づくほど、貿易利益は透明化し、政治的介入の余地は縮む。

 

自由貿易批判者は、分配の問題混同する。

分配は国内政策で解くべき課題だ。

再訓練、移転税制中立性。ここで必要なのは精密なスキャルペルであって、通商という大動脈を塞ぐハンマーではない。

貿易制限雇用を守るという物語は、一般均衡無視した部分均衡の錯覚だ。

雇用は守られず、価格けが上がる。消費者沈黙のうちに課税される。

 

グローバリズム否定して内向きに縮こまるのではなく、自由貿易を極大化し、ルールを薄く、安定的に、予見可能にせよ。

国家役割は、勝者を選ぶことではない。審判を公正に保つことだ。

市場に任せるとは、放置ではない。制度設計の厳格さである

自己放尿をやめ、為替関税ダブル放尿を断ち、価格に語らせよ。

そこに、成長と自由の同時達成がある。

Permalink |記事への反応(0) | 12:45

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2026-01-30

謝っても許されない社会を作ったリベラル

問題提起

本来リベラルが目指してきたのは

対話

修正

社会的回復

しか現実には

謝罪や訂正をしても終わらない社会を作り出している側面がある

謝罪機能しなくなった理由

• 謝る=「過去の罪を認めた証拠」として固定化される

• 訂正は誠実さではなく

「追及を続けるための材料」になる

• その結果、謝罪解決ではなく

制裁永続化するトリガーになる

「許さない」ことの道徳

• 許さない態度が

• 厳しさ

• 正しさ

被害者への配慮

として評価される

• 反対に

区切り

• 再挑戦

回復

を語ると

「甘い」「加害者擁護」と非難される

修正不能社会

• 間違いを認めても評価回復しない

沈黙した方が安全になる

対話検証が止まり

表面的な同調けが増える

なぜリベラル内部で止められないのか

• 内部の潔癖基準に疑問を出すと

裏切り」「敵認定」される

• 自浄作用より

空気の維持が優先される

結果として生まれる分断

• 外部から

「何をしても許されない集団」に見える

• 説得より排除が目立ち

支持は広がらない

批判者は離れ、残るのは同質性だけ

皮肉帰結

本来

• 学び直し

• 更生

社会復帰

を支える思想のはずが

• 実際には

一度の過ちで永久に裁かれる社会を後押ししている

総括

問題は「厳しさ」ではない

• 許しと区切り設計しなかったこ

• 謝っても終わらない社会

正義暴走した結果であり

リベラル自身が向き合うべき課題である

--

対象的に絶対に謝らない政治家存在し続けている。

Permalink |記事への反応(0) | 19:50

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伊藤詩織擁護派が村社会から抜け出せない理由

時間経過という事実

問題提起から10年が経過している

• それにもかかわらず

事実認定の整理

論点収束

社会制度への具体的反映

はいずれも進展が乏しい

特に直近1年に限って見ても

• 新しい検証

議論の前提更新

合意形成

はほぼ見られない

自己正当化の罠

10年分の発言・断定・攻撃の蓄積がある

• いま前提を修正すると

過去言動全体が不正確だった可能性を認めることになる

• そのコストがあまりにも高く、前進より現状維持が選ばれる

象徴依存から離脱不能

伊藤詩織が「長年語ってきた象徴」になっている

10固執した対象を手放すことは

運動の失敗

自己評価崩壊

意味しかねない

• 他事例へ展開しないのは、停滞を直視したくない心理の裏返し

内輪評価システム固定化

• 外部から見れば停滞でも

• 内部では「語り続けている」こと自体が成果扱い

• 同じ論点を繰り返すだけでも

• 「問題提起を続けている」

• 「沈黙させていない」

評価される

• その結果、10年経っても議論が循環するだけ

直近1年の特徴

新事実よりも

過去の言説の再掲

既存批判への反応

人物攻撃動機批判

が中心

問題解決に向けた設計検証は見られない

実質的には議論の消耗戦に近い

「語り続けること」の完全な目的

問題解決すると

• 語る理由

立場正当性

が失われる

• そのため

• 未解決状態を維持すること

自体無意識選択される

責任主体の不在

10年間、誰も

• 誤りを確定させず

議論を締めず

• 次の段階に移行させていない

集団の「空気」が判断主体となり

修正や方向転換が起きない

結果としての循環

建設批判者が離脱

• 内部同意さらに強化

議論10年前と同じ場所に留まる

• 直近1年ですら前進が見られない

総括

問題は「難しいから進まない」のではない

• 進めない構造10年かけて作ってしまった

• その構造を壊さない限り

次の1年も同じ議論が繰り返される

--

Permalink |記事への反応(0) | 19:16

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東京が冷たいのは東北人のせい。

東京人が冷たいっていうか、今の東京って実質「東北植民地」だろ。

そもそも江戸っ子を見てみろよ。あいつら、うるさくて、お節介で、宵越しの銭は持たない。中身はほぼ大阪人ニューヨークの露店商なんだよ。本来の都会人ってのは、もっと図々しくて陽気なもんなんだわ。

​それが今やどうだ?電車の中は通夜みたいに静かで、隣の奴が倒れてもスマホ見てる。「プライバシー尊重」とか意識高い言葉で誤魔化してるけど、その正体は東北の「雪国メンタリティ」そのものじゃん。

​無口を美徳だと思ってる

​知らない奴はまず警戒する

感情を表に出すのは恥だと思ってる

​これ全部、上野駅経由で大量流入した東北人のDNAだろ。

高度経済成長期に、真面目で寡黙な東北若者東京労働力としてマジョリティになった。その結果、江戸っ子の「おせっかい文化」は駆逐されて、東北の「沈黙は金」が東京スタンダードとして定着したんだよ。

​今の東京は、ただの「人口がめちゃくちゃ多い雪国」なんだよ。雪は降らねーけど、心には常に3メートル積雪がある。

Permalink |記事への反応(2) | 19:14

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2026-01-29

anond:20260129200646

いか……よく聞け。

あのNPO法人X、表向きは「少女を守る」だと?

笑わせるな。

あい看板ほど危険なんだ。

まずな、NPOってのは監査が甘い。

補助金助成金委託事業――

金は入るが、使途は「活動費」「調査研究費」で全部ぼかせる。

ここがポイントだ。


NPO法人Xの決算書、よく見てみろ。

なぜか毎年必ず海外連携事業がある。

しかも行き先は――そう、中国周辺地域

交流のためです」

相互理解のためです」

……その言い回し、どこかで聞いたことないか


そう。

中国共産党の統一戦線工作公式用語そのままだ。

さらに不自然なのは人事だ。

理事の経歴を見ると

・元研究

・元マスコミ関係

・元自治体アドバイザー

肩書きは立派だが、

全員が“世論形成に関わる職歴”を持っている。

偶然?

そんな偶然が何人も重なると思うか?

しかもだ。

NPO法人Xの内部研修資料表現が妙に似通っている。

対立を避ける」

「分断を生まない言説」

一方的批判は好ましくない」

批判するなとは言っていない。

だが結論は必ず“中国に不利な話題を薄める方向”に着地する。

これが何を意味するか。

彼らは情報操作しない。

空気”を操作する。

怒る人間を「過激派」にし、

疑問を持つ人間を「排外主義者」に仕立てる。

そうやって――誰も本題に触れなくなる。

これが現代スパイ活動だ。

銃も暗号も使わない。

使うのは

善意

正義感

補助金

NPOという無垢仮面

証拠を出せ」と言う人間がいる。

だが私は逆に問う。

なぜNPO法人Xは

中国共産党を明確に批判した声明を一度も出さない?

人権を語る団体が、

なぜ一番大規模な人権問題だけ沈黙する?

沈黙中立じゃない。

沈黙選択だ。

そしてその選択の先にいるのが――

中国共産党だ。

信じるか信じないか自由だ。

だが覚えておけ。

国は、軍事侵攻だけで壊れるんじゃない。

善意の顔をした組織から、静かに侵食される。

気づいた時には、

もう誰も「それを言ってはいけない空気」になっている。

……そういう仕組みなんだよ。

Permalink |記事への反応(1) | 20:10

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2026-01-27

佳勝会報道がが中核連に大打撃をあたえています。ここから挽回する方法を教えてください。

「佳勝会」に関する報道中核派革命的共産主義者同盟全国委員会)の組織運営や対外活動に小さくない影響を及ぼているようですね。

厳しい状況にある組織が、こうした「打撃」から挽回し、勢力を立て直すための一般的戦略を整理しました。

1. 内部結束の再構築

外部から批判報道が激しい時ほど、組織は内側から崩れやすくなります

総括と自己批判の徹底:報道された内容に対して、組織内で曖昧にせず明確な「総括」を行うこと。指導部が責任所在をはっきりさせ、下部組織への説明責任を果たすことが信頼回復第一歩です。

教育の再徹底:組織の基本理念綱領)に立ち返り、構成員思想的な引き締めを行うことで、動揺による脱退や内紛を防ぎます

2.対外広報戦略の転換

隠蔽」や「沈黙」は現代メディア環境では逆効果になることが多いです。

カウンター・プロパガンダ:報道内容に対して、事実に反する点があれば論理的実証的に反論する資料を即座に提示すること。

情報の透明化:秘密主義的な印象を払拭するため、可能範囲活動内容や資金の流れをオープンにし、「開かれた組織」という見せ方へのシフト検討する必要があります

3.実践活動による「有効性」の証明

議論だけでなく、大衆が求めている具体的な課題で成果を出すことが、支持を取り戻す近道です。

労働運動住民運動への注力:報道イメージを上書きするほど、現場での実直な労働支援生活支援を行い、「自分たちにとって必要存在である」と周囲に認識させること。

SNSデジタル戦略の強化:既存メディアフィルターを通さず、直接大衆に訴えかけるプラットフォームでの発信力を強め、若い層へのアプローチを再編します。

注意点

どのような組織であれ、現代社会において法令遵守コンプライアンス)を軽視したままの挽回は極めて困難です。社会的な「正当性」をどこに見出すかが、今後の存続を左右する大きな分岐点になるでしょう。

Permalink |記事への反応(0) | 10:18

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2026-01-25

選択夫婦別姓導入、実は大きな苦しみをもたらす悪魔契約

最近、また選択夫婦別姓議論が活発だけれど、少し冷静に整理してみたい。

先に断っておくけれど、私は別に伝統家族観を守るべきだ」なんて主張したいわけじゃない。

改姓に伴う行政手続き煩雑まりないことも理解しているし、銀行口座からパスポートまで書き換える手間は、生産性観点からも損失でしかない。

現状、そのコストほとんどを女性側が負担しているという非対称性が、フェアでないことも理解できる。

キャリアの分断やアイデンティティ問題も、至極もっともな話だと思う。

ただ、今の社会ドライに見ると、別姓導入という選択肢は、自由』を手に入れる代わりに、全く釣り合わないような難題を新たに背負うように見えてくる。

なぜ「全く釣り合わないような難題を新たに背負う」のか。

少し書き残しておく。

現行の「同姓制度」は、必要悪としての「紛争軽減装置である

現行の「結婚時にどちらかの姓に統一する」というルール。 これは人権個人尊厳という観点から批判対象になる。

だが、全体的な視点で見ると、実は「将来発生しうる対立を、初期段階で強制的解決してしまメカニズムとして機能している。

結婚という事象は、当人同士の「愛」の結合に見えて、その背後には「家(夫の実家)と家(妻の実家)」の力学が厳然として存在する。

同姓制度は、この潜在的な緊張関係に、婚姻届提出という入り口の時点である程度強制的に枠をはめる。

「姓を変える=相手の家に一旦合わせ、合流させる」 この理不尽なまでの強制力によって、その後の「子供の姓の帰属」や「お墓の問題」といった火種を、オートマチックに処理する。

多少の運用コストを強いる代わりに、難題の解決スムーズに保っているとも言える。

別姓導入によって覚醒する「土着の価値観

では、選択夫婦別姓を導入するとどうなるか。

これは、 「選択肢が増えて自由になる」という単純な話では終わらない。

日本社会の深層には、まだ「家」や「先祖」といった、成文化されていない土着の価値観が根強く残っているからだ。

今までは法律で決まっていますので」という錦の御旗で沈黙させられていた親世代親族たちが、夫婦別姓化によって交渉ステークホルダーとして浮上してくる。

「うちは代々続く家だから」 「一人娘なのだからこちらの姓を残してほしい」 こうした要望が、夫側と妻側の双方から顕在化する。

まり結婚が「夫婦二人の合意」で完結せず、「夫の両親」対「妻の両親」という、多者間の調整フェーズへと大きく複雑化する。

夫婦間の意識人間力交渉スキルいくら高くても、背後にいる親族意向を完全に無視して関係を維持できるカップルが、今の日本にどれだけいるだろうか。

兄弟」が「他家のライバル」になるディストピア

さらに深刻なのが、子供への影響だ。

よく妥協案として出される「1人目は夫の姓、2人目は妻の姓にすれば平等だ」というロジック

これは一見公平に見えるが、子供視点に立つと家庭内における代理戦争の引き金になりかねない。

同じ家の中に「田中くん(兄)」と「鈴木くん(弟)」がいる状態想像してほしい。

ここで起きるのは、単なる兄弟喧嘩ではない。背後にいる祖父母スポンサー)を巻き込んだ資源争奪戦だ。

田中家の祖父母は「自分の家の名を継ぐ孫」である兄を可愛がり、教育費や遺産を集中投下するかもしれない。

一方で鈴木家の祖父母は弟に入れ込む。

「お兄ちゃんはお父さんの家の子から」「僕はママの家の子から」 親や祖父母から愛情リソースが、子供自身資質ではなく「どちらのラベルを貼られたか」によって偏るリスクがある。

さらに恐ろしいのは、「優秀な子供の奪い合い」だ。

「兄は出来が良いからウチの跡取りに」「弟はパッとしないから向こうへ」といった、能力に基づく選別(ドラフト会議)が行われないという保証はどこにもない。

子供を「家を存続させるための駒」として比較し、競争させ、評価する

そんな残酷構造が、家庭という安らぎの場に持ち込まれしまう。

これが「子供のため」になる制度と言えるだろうか。

「条件付き運用」の脆弱性と、置き去りにされる「生活実感」

では、その他の「条件付き運用」ならうまくいくのか。

1. 「子供を作らないならOK」論の破綻

子供を持たないカップルに限ればいい」という意見もあるが、生殖は完全に制御可能パラメータではないし、人間価値観は可変だ。

数年後に子供が欲しくなった時、どうするのか。

ルール違反へのペナルティ設計強制離婚強制改姓?)など現実的ではないし、「この年齢ならOK」といった線引きは脱法行為の温床になる。

2. 「婚前合意子供の姓の一元化)」とアウトサイダー問題

結婚時に子供の姓をどちらかに統一することを義務付ける」という案。

論理的には一番筋が通っているが、これにも家庭内名目上のアウトサイダーを生み出す」という懸念がある。

夫だけ、妻だけが家の中で異なる姓を持つ状態は、結婚本来持つ「新しい共同体形成」という機能毀損しないか

重要なのは、「あるべき論」と「今の私たち感覚」の乖離

いわゆる「ウォークイズム」的な議論は、個人の完全な自律親和性の高い「最終的な理想地点」を設定し、そこに向けて「どう強制力を働かせるか」ばかりを議論しがちだ。

しかし、そこには「今を生きている人々の生活実感」への視点が欠落している。

名前なんて記号だ」という理屈はわかる。

でも、実際には多くの人が「家族みんな同じ名前であること」になんとなくの一体感安心感を感じているのも事実だ。

その感覚を「古い」「遅れている」と切り捨てて、理想の型に嵌め込もうとするのは乱暴すぎる。

必要なのは短期・中期・長期の時間軸での整理だ。

長期的には「家」なんて概念消滅するかもしれない。

でも、短期的にはまだ我々は「家」に依存して生きている。

まずは現状の感覚尊重しつつ、落としどころを慎重に探るべきだ。

何もしない、という選択肢や弥縫的な対処短期・中期(50年程度を想定)的に模索することは、必ずしも悪ではない。

進化すること」ありきで、現在自分たちの感覚否定して進むのは、社会実装の手順としてあまりに危うい。

結論:フェアネス自由を得る代わりに、より根深問題を先送りにし、解決困難化していないか?

結局のところ、選択夫婦別姓という制度変更は、結婚入り口にある「姓を変える負担」を取り除く代わりに、

その調整コスト出産時」や「親の相続時」といった、より後段のライフステージへとタイムシフトさせているに過ぎない。

しかも、後になればなるほど、関係者は増え、状況は複雑化し、「譲れない条件」の争いとなり、解決難易度は上がっていく。

いわば、「難問の先送り」だ。

今の日本社会空気感、我々の内面化している価値観が、まだ「家」という引力に縛られている以上、この制度を「強力なリーダーシップで」実装するのはリスクが高すぎる。

結婚自由度を高めるための制度が、皮肉にも調整コストへの忌避から結婚出産のものを躊躇させる要因になりかねない。

現状の過渡期においては、良かれと思ってトップダウンで線を引き直すと、より悪魔的な問題が噴出するようなことは起こりがちだ。

より大きなデメリット解決するための、やる気もビジョンも実行力もないなら、法律的な措置は控えるのが筋だ。

活動家は「自分の主張に有利なこと」「つごうのいい事」を「今すぐやれ」と主張するだけで、デメリットトレードオフは見て見ぬふりをする人間の集まりである

左右どちらかに限った話ではない。

法律を通してさえしまえば、問題が起きても、「いいか法律に従え」としか言わなければいいので、どんなに卑怯でも法案成立だけを目指せばいいからだ。

活動家の主張を通した結果、新しく不幸な人が増えても、活動家は、まったく責任を取らないし、何もしないし、顧みることもないことは、始める前から明らかである(歴史はそれを証明している)。

からネガティブテーマこそ、真剣にどこまでも議論することが大事なのである

Permalink |記事への反応(1) | 15:38

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2026-01-24

伊藤詩織擁護派の現在地

直近の批判を「過去過激バッシング」と混同し、議論を止める擁護派の典型パターン

時系列意図的圧縮

過去の人格攻撃誹謗中傷と、現在制作過程説明責任への具体的批判を同一視する

• 「ずっと同じ攻撃が続いている」と語り、現在論点検証不能にする

論点感情化(内容から動機へのすり替え

事実確認手続き上の指摘を「叩きたいだけ」「悪意がある」と動機批判に変換

• 内容への応答を回避し、議論を終了させる

過激少数意見代表

• 明らかに過激不適切投稿を取り上げ、批判全体の代表として扱う

• 穏健で論理的批判まで一括して否定する

被害者性の前借り

過去存在した深刻なバッシング根拠に「今回も同じ構造」と断定

現在検証行為のもの二次加害として封じる

議論は開かれている」という免罪符

• 表向きは対話を装いながら、前提や結論は固定

反証異論は受け付けない閉鎖的運用

結果として生じていること

• 具体策が提示されない

改善点が言語化されない

中間層沈黙離脱する

• 界隈外での信用が低下する

総括

• 直近の批判過去過激バッシング混同させることは、議論を進めないための防御戦略

• 影響力のある擁護派ほど自覚的に用いている

Permalink |記事への反応(0) | 18:51

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anond:20260124182940

その文章、すごく丁寧に書いてるんですけど、結局「評価と言うな、説明しろ」って言ってるだけなんですよね。

でもそれって、現実言論空間の使われ方を無視してると思うんですよ。

まず、「不快」と「甘え」は別物だ、って言ってますけど、別に誰も「甘え」という言葉学術的な規範判断として厳密に使ってないんですよね。

多くの場合、「それ、周りに配慮してないよね」「自分都合だよね」っていう日常語の圧縮表現なんですよ。

そこに「どの義務違反したのかを明示しろ」とか言い出すのは、正直、言葉の使われ方に対する要求水準が高すぎます

次に、「再投稿をしてはならない義務存在しない」って点ですけど、これも論点がズレてて。

義務が明文化されてない行為でも、「やりすぎ」「空気読めてない」「自分本位」と評価されることは普通にありますよね。

それ全部「論理的不可能」と切り捨てるなら、人間同士のコミュニケーションの大半が成立しなくなるんですよ。

あと、「スパム荒らしとは違う、害がケース依存だ」って言ってますけど、これ、むしろ不利な主張で。

ケース依存で「うざさ」や「占有感」が発生するからこそ、雑に「甘え」と言われる余地が生まれるんですよね。

明確な線引きができない行為から評価語で処理されてるだけで、それ自体不思議でも不当でもないです。

人格評価に飛んでいる」と言いますけど、「甘え」って人格全否定ですか?

多くの文脈では「その行為、甘えてない?」っていう行為評価しかなくて、人格を劣位化するほど重い言葉として受け取ってるのは、書き手側の解釈がだいぶ強いと思います

それから、「法じゃない沈黙強要問題だ」という話。

これも一理あるんですけど、じゃあ逆に聞きたいんですよね。

誰かが「それ甘えだと思う」って言う自由まで封じたら、それはそれで別方向の萎縮じゃないですか?

評価批評まで「説明が足りないから不当」とすると、発言コストが跳ね上がって、結果的に何も言えなくなる人が増えるだけだと思います

「再投稿しただけで規範的に劣位に置くな」という主張も、実はかなり強いんですよ。

なぜならそれは、「周囲がどう感じたか理由評価するな」と言ってるのとほぼ同義なので。

でも評価って、基本的他人主観から逃れられないものなんですよね。

最後

不快だと言う自由と、相手道徳的に劣位化する自由は同じではない

って部分も、きれいな言い方ですけど、実際の言論空間では完全に分離できないです。

人は不快を覚えたとき、だいたい評価語で語るからです。

それを全部「説明不足だから無効」と扱うのは、理想論としては分かるけど、運用論としては無理があります

要するに、

投稿する自由はある。

嫌がられる自由もある。

「甘え」と言われる自由もある。

それを「説明が足りないから不当だ」「沈黙強要だ」と一段高い場所から裁こうとする態度こそ、

実は一番、他人言葉遣いをコントロールしようとしてるんじゃないですかね。

少なくとも、「再投稿批判する側だけが雑で、再投稿擁護する側だけが論理的」みたいな構図には、ならないと思いますよ。

Permalink |記事への反応(1) | 18:42

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anond:20260124182211

「再投稿は甘えだ」という批判は、一見すると穏健で現実的に見える。しかしこの言葉は、よく見ると、説明されない評価相手押し付けているだけで、論としては成立していない。

まず重要なのは、「不快だ」「だるい」という感情と、「甘えだ」という評価は別物だという点である。前者は単なる感情表明だが、後者行為正当性を下げる規範判断だ。規範判断を下す以上、本来は「どの義務違反しているのか」「誰にどんな不当な負担をかけているのか」が説明されなければならない。しかし「再投稿は甘えだ」という言い方では、その説明がほぼ常に省略されている。

匿名言論空間において、再投稿をしてはならないという義務存在しない。読む側の時間を守る義務空気を維持する義務既読者に配慮する義務――そうしたものは暗黙に想定されがちだが、明文化合意もされていない。義務定義されていない以上、それに違反したとして「甘え」という道徳的ベルを貼ることは論理的不可能である

この点を指摘すると、「義務がないならスパム荒らし正当化されるのか」という反論が出てくる。しかしこれは混同だ。スパム荒らしは、他者の利用を妨害するという比較的明確な害を持ち、行為基準批判できる。一方、再投稿は害がケース依存で、原理的に同列には扱えない。にもかかわらず、行為の中身や影響を検討せず、いきなり人格評価に飛ぶから問題になる。

また、「表現の自由国家の話であって、匿名掲示板とは違う」という指摘も的外れだ。現代において表現が萎縮する原因は、法的制裁だけではない。非公式規範や、道徳語による沈黙強要もまた、発言抑制する力を持つ。「法律じゃないか無関係」という理解は、あまりに古い。

「再投稿人権だ」という言い方も誤解されがちだが、これは「再投稿しなければならない」という話ではない。ただ、「再投稿したという事実だけで、規範的に劣位に置かれるべきではない」という、きわめて消極的な主張にすぎない。人は一度言ったことを、二度と言ってはならない義務を負っていない。

結局のところ、再投稿を嫌がる自由否定されていない。問題にされているのは、嫌悪感理由説明なしに「甘え」という評価語に変換し、相手発言資格を下げる行為である

不快だと言う自由と、相手道徳的に劣位化する自由は同じではない。

投稿する自由はある。嫌がられる自由もある。

だが、「嫌だから」という理由だけで「甘え」と断じる正当性はない。

投稿擁護するとは、行為を美化することではない。

説明放棄したまま、強い言葉沈黙を強いるやり方を拒否することだ。

Permalink |記事への反応(1) | 18:29

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投稿人権

「再投稿は甘えだ」と言う人間がいる。しかしこの言葉は、批評でも指摘でもなく、単なる思考停止の表明にすぎない。なぜならその発言は、再投稿という行為がどのような権利に基づいて成立しているのかを、一切理解していないかである

まず確認すべきは、再投稿とは何かという点だ。再投稿とは、新たな特権要求する行為ではない。他者に何かを強制する行為でもない。ただ、再び語るという、表現行為の最も基本的形態にすぎない。人は一度語ったことで、永遠に沈黙する義務など負っていない。語り直す自由、言い直す自由、繰り返す自由は、表現自由に内在する。これは好意によって与えられる余地ではなく、人が人であることから必然的に生じる権利である

にもかかわらず、「甘え」という言葉が持ち出される。だが、ここで使われている甘えという概念は、完全に空虚だ。甘えとは本来、果たすべき義務放棄し、他者負担押し付けることを指す。では問う。匿名言論空間において、再投稿しない義務はどこに定められているのか。読み手時間を守る義務か。空気を維持する義務か。既読者への配慮義務か。そんな義務は、どこにも存在しない。存在しない義務根拠に「甘え」を断罪することは、論理的不可能である

さらに、「再投稿は読む側への配慮が足りない」という反論も、同様に破綻している。なぜなら、匿名空間において投稿は、誰かの目に強制的に押し付けられるものではないからだ。読むか読まないか、関与するか無視するか、その選択権は完全に読者側にある。選択権を持つ側が、「不快からやめろ」と言うことはできても、それを権利制限根拠にすることはできない。不快であることと、許されないことは別だからだ。人権とは、快・不快によって左右されるものではない。

ここで重要なのは、再投稿否定する発想が、言論を一回限りの競技として誤認している点である言論とは、本来、反復と修正と再提示によって深化する営みだ。人は後になって、「あのときは言い切れなかった」「別の形で語る必要があった」と気づく存在である。再投稿否定することは、人間思考時間をかけて成熟するという事実否定することに等しい。完成された言葉だけを一度で差し出せ、という要求は、人間に対して神であることを強いる要求だ。

にもかかわらず、「再投稿は甘え」という言葉が使われるのはなぜか。理由は単純だ。それは、明確なルールを示せない者が、道徳語を使って空間支配しようとする行為からである。「甘え」という言葉は、論証を伴わず沈黙強要するためのラベルであり、秩序維持のための感情的武器だ。これは議論ではなく統制であり、批評ではなく排除である

そして決定的なのは、再投稿という行為が、匿名言論空間における公共性のものを支えているという点だ。再投稿は、「この場は誰の所有物でもない」「語る権利は一度で消滅しない」という事実を、実践的に示す行為である。もし再投稿が「甘え」として封じられるなら、その空間は、声の大きい者、早く来た者、空気支配した者だけの私有地になる。これは人権否定にほかならない。

投稿は甘えではない。

それは、語る自由が一度きりで終わらないことを確認する行為であり、

沈黙強制されないための最低限の抵抗であり、

人が人として不完全なまま語り続ける権利行使である

それを甘えと呼ぶ者は、再投稿否定しているのではない。

人が語り続ける権利のもの否定しているのである

Permalink |記事への反応(2) | 18:18

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