
はてなキーワード:気高いとは
※自語りを多分に含みます、たぶん。
見ているとかなり面白い意見が飛び交っていて、中には「作中生まれついてヴィランだったのはAFOと爆轟だけ」のような極端な意見まで散見された。
個人的に爆轟には幼少期の増田がかなり重なるところがあり、黒歴史をつんつんと刺激されるキャラなので好きではあるのだが、どうしてこんなにも爆轟のアンチが定期的に再燃するのだろうか。
今回は爆轟アンチがどんな人間たちなのか、なぜ爆轟は定期的に再燃するのか、そして爆轟がどうしてあの性格になるのかを個人的感想と自語りを混ぜ折りながら書いていこうと思う。
=====
弱者男性。
一番近い炎上はHIKAKINのハーゲンダッツ買いまくった動画だと思う。
普段から金に物言わせるような動画を作っていたHIKAKINが、それより費用の少ないハーゲンダッツで燃える。
一見筋の通っていなさそうな炎上だが、これは「身近である」という一点が大きかった。
普通の人間は「100万円」という金額をどこか遠いものだと思っている節がある。(増田も含む)
に対して、ハーゲンダッツをいっぱい買うというのはものすごく身近で、想像しやすい贅沢だ。
愚衆は、想像力の働かない範囲において怒りを覚えず、想像しやすい分野にのみその正義感のような何かを燃やす。
ようはメロスなのだ。政治が分からずとも、邪知暴虐を定義することはできる。(と思っている。)
爆轟の件もこれに近い。
たくさんの人死にを出しているヴィランに悲しい過去があるだけで許せてしまうような人間が、
実際に誰の被害も出していないただの中学生のすこしラインを超えた発言ひとつに熱心に怒りを燃やすのは、
人を殺す人間が存在しているとしてもそれがどれだけ悪いことかは自身の周りの人間が殺されないとわからないが、自分が悪口を言われた経験があれば、
一方で、緑谷が無個性ながらヒーローを目指す発言が、爆轟の逆鱗に触った理由などは皆目想像できないから、
爆轟が悪いと、一方的に怒り狂うことができるのであろう。
要は、自分が他人に見下されてきたから、見下されることに敏感なのだ。
爆轟と幼少期の増田が重なるところがあり、なんとなくあの気持ちがわかるので、ある程度ロジックからどうしてあの正確になるのかを記述する。一部本編で描写があるので重複するところがあるが、目をつむってほしい。
筆者は幼少期、とくに勉学面において優秀であった。
全能感があり、調子に乗り、周りを見下していた。
中学3年生くらいの時に自分より頭のいい奴が友達としてできて、鼻っ柱はおられたのだが。
爆轟もこれと同じである。
増田もそうだったが、1桁の年のころは「なんでみんな俺と同じことができないんだろう」と疑問に思う。
この時、平均よりちょっとだけできる程度だと、この「なんでみんな俺と同じことができないんだろう」という思考から抜け出せない。(こういう人間もよく見た)
なぜなら平均よりちょっとできるくらいの人は周りに数人はいるからだ。そういう人間が普通だと勘違いしたまま、しばらくの間周りに疑問を抱くことになる。
しかし、飛び抜けている場合は別だ。「俺がすごいのか?」という仮説が生まれ、それが確信に変わっていく。増田も、勉学面ではこの確信を抱いていた(ただの幻想だったわけだが)
爆轟に関しては全分野に才能があり、また個性という目に見える形での優劣で、自身の特別性を確認していくことになる。
こうして優秀であることを確かめた人間のうち何割かは、「ノブレス・オブリージュ」的思考になる。
選ばれた人間だからこそ、自分にしか成しえないことをしなければ。
例えば、圧倒的な天才であるサム・バンクマン=フリードは、自身の頭脳を活かし、他人を救うために圧倒的に金を稼ごうとした。
それと同じように、爆轟が選んだ自分にしかできないことは、ヒーローだったのだ。
自分の持ちうるすべての才能で、OFAを超えるようなヒーローになる。これが、爆轟が選んだ道だった。
つまるところ、ヒーローになるということは、爆轟にとって特別なことだった。
そんな爆轟がデクに対してあのあたりの強さになるのも、上記の内容が関係する。
爆轟にとって「ノブレス・オブリージュ」として存在するヒーローに、何も持たない男がなりたいと言い出すのだ。
おまえになれるわけがない。そう思うのは至極当然で、自身がその夢に向けて努力しているのならことさらに
「なにも持っていなくて何もしていないお前が」と思うだろう。自身の夢を馬鹿にしている存在といっても過言ではない。(オールマイトと会うまで筋トレすら怪しかったのはさすがにナードすぎる)
口が悪くなるのも当然だと思う。身の程をわきまえろと思うのも当然ではないか?
「何も持っていないなら来世にかけろよ」はさすがに言い過ぎだが、彼もまた恵まれた才能に振り回されているだけのただの10代の少年なのだ。
まだ我が身を振り返る力がなく、がむしゃらに前に進むしかない若者の、たった一つの暴言を持って、爆轟を嫌う人間。
悲しい過去を持っていれば悪いことをしても同情する人間ならば、同列の論理として恵まれた過去から出てしまった発言一つくらい許すべきではないか?
自殺幇助などともっともらしいことを言って、ただお前らがしたいのは能力にも生まれにも恵まれなかった自分を緑谷少年に投影し、爆轟に言い返すことでうっぷんを晴らそうとするだけのルサンチマンであろう。
爆轟にヴィランの才能はない。
生まれ持った自身の才能から人を救う道を選ぼうとした少年の気高い志を、馬鹿にするような存在に対して出てしまった加害性一つを取ってヴィランの才能があったなどとなじるような人間のほうが
勘違いしないでほしいが「産まれてきた時に障害者だったことが罪である」と私は言っていない。
「障害者のくせに生き続けているが罪である」と私は言っているのだ。
昔は障害者の子供はズンズン運動などで間引きされていたが、昨今はそういった行為に対する世間の眼が厳しくなっている。
彼女の両親はそういった風潮に負けて彼女を生かし続けることを選んでしまったが、これは紛れもなく社会に対する罪なのだ。
自覚しているからこそ、こんなにも怒りを顕にしているのである。
自分に責任があると自覚している人間ほど、声を大にして「これはあなた達に問題がある!」と叫ぶものだ。
この話についてはよくネットで引用されるナニワ金融道が詳しいので全巻読んで欲しい。
だが、罪を犯しながら生きることを選んでいる。
勇気ある行為でもあるが、こんなことは日本にいる高齢者の大多数が平然とやっていることではある。
だが多くの老人は生き延びることが自分たちの当然の権利だと思っている。
ボケた頭で意味不明な言動を繰り返し、悪臭を垂れ流し、自分が払った以上の年金を平然と受け取る自分たちが「罪人である」ことに全く自覚がない。
そんな無自覚なクズと比べれば、自分の罪を自覚し、その罪の自覚故に自分が迷惑をかけ続けている健常者の社会に対して「お前たちこそが加害者なのだ!」と叫び続けることのなんと気高いことか。
本当に素晴らしいことだと思うよ。
「五等恋譜(ごとうれんぷ)」
舞台設定
架空の王国。「公・侯・伯・子・男」の爵位を持つ五つの家が領地を治め、政治と権力の均衡が王国の安定を支えている。
しかし、その陰で若い世代の恋愛や結婚が、家の誇りや序列のために縛られていた。
公(こう)家の長男・廉明(れんめい)
五家で最も格式の高い家の嫡子。責任感が強く、恋よりも義務を優先してきたが、実は自由に生きたいという秘めた願いを持つ。
侯(こう)家の娘・彩霞(さいか)
明るく気高い性格。外交の才を持ち、誰からも慕われているが、自分自身の幸せは度外視してしまう傾向がある。
自由奔放で芸術好き。爵位に縛られるのが嫌で、絵や詩に心を傾けるが、地位の差ゆえに周囲から危険視される恋をしてしまう。
子(し)家の娘・蓮華(れんげ)
優しくて控えめだが、芯は強い。身分に縛られない愛を夢見る。俊宇との恋に心惹かれていく。
男(なん)家の三男・暁真(ぎょうしん)
五家の中では最下位の爵位の家に属し、立場は弱い。しかし勇気と誠実さを備え、地位よりも心の誇りを大切にする。彩霞に憧れている。
王命により、五家の若者たちは政略結婚に駆り出されることになる。恋よりも爵位を保つ結びつきが求められる。
秘密の想い
俊宇は蓮華に恋をするが、両家の立場ゆえに「許されぬ愛」として密かに結ばれていく。
一方、暁真も彩霞に想いを寄せるが、侯家の娘に向けることは身分違いの夢にすぎない。
廉明は王国のために他家との政略結婚を受け入れようとするが、次第に俊宇と蓮華の純粋な恋を知り、自分の中の「義務と自由」の間で揺れる。
試練と対立
秘密の恋が発覚し、五家の均衡が崩れ始める。裏で政敵がそれを利用しようとする中、若者たちは自らの「愛と誇り」に従って行動を決意する。
結末の形
最終的に、俊宇と蓮華の恋は悲劇か、それとも奇跡的に認められるのか。
彩霞は暁真の真摯な想いを受け入れるのか、それとも家の義務を選ぶのか。
そして廉明は、五家をまとめる「義務」と「情」の狭間で、真実の答えを見つけ出す――。
若者たちの選ぶ愛の形と、その結末
男はストーリーを重視し、女はキャラクターを重視する傾向があると思う。
多分、鬼滅のキャラごとのターゲットはこういった具合に分散されてるのかな?
時透、義勇、善逸......女子人気高い。前者二名は無口で特別な才能と中性的な容姿を持つインキャと分類できる。善逸のような女好きタイプも捨てがたい。
煉獄、派手柱......男子人気高い。堅固な信念を持ち、人を巻き込むタイプ。
しのぶちゃん、カナヲ......小さな女の子たちの憧れのお姉さん枠。フリーレンと一緒。
禰󠄀豆子......キャラデザインが非常に優れているが、その実どこをターゲットにしているのかよくわからないキャラクター。女の子的感性からして可愛いのはわかるけど、感情移入対象ではないと思うし、男目線でそこまで唆られはしない。アクリル板とか一枚絵にすると映える。けどそれだけ。
炭治郎......もっともニュートラルな立場のキャラ。主人公でありながら、炭治郎推しというのは少ない。主人公って案外それくらいが一番良い。BL需要はある。
この2つ、言い換えれば自分と他人を大切にする気質があってはじめて、ポジティブで気高いメンタルを堅持できる
そういう得難い聖人君子感を幻視するからこそ、人はそれをアイドルと崇める気になるわけ
だから実際にアイドル関連の職になることと、アイドルらしいアイドルになることには、大きな隔たりがある
アイドル気質の人は別に何の仕事をしてようと自然とアイドル視されるしね
その障害を乗り越えてよりアイドル的なメンタルタフネス方向へと自身を鍛える糧としていけるかどうかで
名実ともにアイドルになっていくか、アイドル職というガワを利用するだけして幻想が解けるまでの間ちやほやされるだけの小物で終わるかが決まる
今はきっとその分水嶺なんだよ
でも虚を実に変えるのが職業としてのアイドルの仕事だとしたら、自分の気質を少しずつでも理想へと近づけていくこともそこに含まれるんじゃないか?
アニメ・漫画・スポーツ・ドラマ・映画・・・色んなコンテンツが世の中にはあるけれど、女性に刺さりそうな男性がいれば収益源が安定したコンテンツになっていると感じる。
これは逆のパターン(美女アスリート、女性アイドルが主演とか)と比較してもコンテンツの盛り上がりぐらいが違う。
そもそもYahooで見ることができるXのトレンドにやたら男性アイドルの名前が出てくる。あとはスポーツで言うとバレーとか。ハイキュー効果ももちろんあるがそれ自体が女性人気高いしね。最近だとブルーロックか?
男性よりも全体的に収入が少ない性別なのに、男性が作り出したコンテンツに搾取される女性の不遇さを嘆くとともに、社会の財政基盤となって生きる彼女らを遠目で応援したい。
映画見てないやつがTwitterとYoutubeの寄せ合わせで書いた記事がバズってて腹立たしい。見てきた俺が本気でダメなところを書いてやる。
https://anond.hatelabo.jp/20250330023655
綺麗だけど儚い花(白雪姫)に対して、硬くて傷さえつかない美しさ(魔女)の方が凄いし国民から求められているのよって意味なんでしょうが、わけわかないっす!
比較するなら花と剣などでは?しかも魔女が圧制強いてるせいで国民支持率0だから説得力無いし。
白雪姫を追って軍隊がやってくるシーンでは、ほとんど素手のレジスタンス連中が甲冑騎士たちを翻弄します。ちょっと無理があるんじゃないかなぁ。
小人の鉱物学者に「インテリなんだから怪我の治療ぐらいして見せろ」って迫るシーンですが、普通に不快。レジスタンス側でやれや。
怪しいという次元を超えて、魔女が敵だと分かっているのに差し出された林檎を白雪姫が食べるわけないだろ!なシーンなんですが、おかしすぎて逆に笑ったところでもある。
魔女は最期、鏡に怒りをぶつけて破壊→死亡ENDなんですが、ここは脚本の逃げが現れてるように感じました。
気高い精神を持つ白雪姫が、敗北した魔女をどう扱うかこそがその精神性が現れるところじゃないんですか?
自爆で殺したのはそこ全部投げ捨ていてかなり残念です。
「ポリコレメッセージがうざい!」っていう感想がやたらバズってますが、実際見てみるとそういうウザさは無いです。
増田は今30なんだが、大学生の頃、半年だけ性欲が消えた時期があった。
なにかきっかけがあったわけでもなく、本当に突然性欲が消えたんだよ。
そして謎の万能感があった。
自分は特別なのだという優越感に浸り、休日には東京タワーに行って下界を一望し、忙しなく行き来する人々や車両を眺めながら「あの人たちは未だ性欲に囚われ、悩まされているんだろうな」と一人ほくそ笑んでいた。
そうやって人々を睥睨するのは気分が良かった。
今にして思えば中二病の大学生版のようなものだったのかもしれない。
けど今まで性欲を抑えるために費やしてきた時間を、勉強や読書に当て嵌めることが出来たのは実際とても快かった。
邪念が消えて、自分が崇高で気高い人間に思えたのもポイントが高い。
でも終わりも突然だった。
ある日、起床前から凄くムラムラしていて、起きると限界まで朝勃ちしていた。
はちきれんばかりに勃起していて、酷く困惑しながらも頭の中は色欲に溺れ、そして何もかもが性的に見えて、勃起が全く収まらない。
こりゃまずい。どうしよう?
何て迷うのは一瞬で、俺はすぐソー〇に行くことを即決していた。
本当にそれ以外のことが考えられなかったんだ。
いざという時のためのお金をすべて財布に詰めると、あの時は夏で、ずいぶんと汗を搔いていたのでシャワーを浴びようとまず風呂に入った。
風呂に入れば、自分の勃起した一物にさえ興奮している自分がいて、永久機関が完成していた。
こりゃたまらん。落ち着こうとその場で一度抜き、僅かに興奮が収まったのを狙い目に、風呂から出るとすぐに家を出た。
最寄り駅に急ぎ、駅には当然老若男女がいるわけで、その時の俺には”女性”といった存在の刺激が強過ぎた。
10秒、じっと見つめれば射精してしまいそうだったので目を逸らし、生足を目にした瞬間爆発してしまいそうで恐怖した。
だから出来るだけ地面ばかりを見て歩き、電車に乗るとあとはずっと目を瞑っていた。
幸い調べたお店は駅に近く、改札を抜けると真っ直ぐ向かい、すぐにたどり着いた。
それから俺は初のソー〇を体験したわけだが、ドラマチックなことがあるわけでもなく、単に猛獣のような猛々しさしのみが記憶に残っている。
嬢の裸を見るだけで既に先っぽからは漏れ始めており、あの時の俺は多分、人間ではなく本当に野獣のような状態だったのだと思う。
陰茎は非常に敏感で、少し触れられればハンドソープのポンプを押すみたいに射精した。本当に何度も何度も射精した気がする。
性欲は少しずつ収まり、枯れるように果てるとようやく性欲が消える以前のような、今まで通りに戻った。
あの時性欲が突然パッと消えたのは本当に印象的で、反動のように激しく性欲が滾ったのは今でもよく覚えている。
不思議な体験だったので共有しようとここに書いてみたんだけど、似たような体験をしたことがある人が居たら教えてほしい。
そして、きっかけとかを教えてほしい。
Permalink |記事への反応(13) | 19:01