
はてなキーワード:権利とは
この2月15日で、「保育園落ちた日本死ね!!!」から10年なのだそうです。あの言葉から感じられたかもしれない強さとキャッチーさは、当時を経験した人にとっても、そうでない人にとっても、今もどこか引っかかりを残したものになっているかもしれません。今も同種の問題は解消されきってはいませんが、あの生活の叫びがなければ、今の親たちの働く権利はもっとあやうく、今よりもずっと奪われて遠ざけられたもののままだったかもしれないです。さて、私には、私たちの暮らしにおいて、あの時期くらいからネットとリアルの声の境界は溶けたのだったかもしれないと思えています。そして今では、どのメディアにもSNS由来の言葉を見ることができるようになりました。そのことで、一方では、社会を変えたり整えたりするための新たな回路が開かれました。その一方では、同時期にはすでに、「Naverまとめ」や「WELQ」で課題視された情報の汚染という問題がありました。この問題は、2026年の現在になってもあらわれる形を変えながらずっと続いていて、構造的な情報の歪みは私たちの日常に埋め込まれています。スマートフォンを通して加工された情報や状況があなたに届き、あなたから出ていくという今の情報環境においては、私たちはやはり、すべてを受け取ることはできず、すべてを知ることはできません。だからといって、それに自分なりの文脈を見出せないままで、それらを無関係なノイズだと切り離したつもりになったり、誰かの切実な声を迷惑だと断じることは危険なことです。そのようにすれば、あなた自身が、あなたの居場所を維持することを放棄することになったり、あなた自身が誰かにとっての無報酬の攻撃者に仕立て上げられているかもしれないということでもあります。しばしばいわれるように、社会運動と暮らしとは常に地続きです。生活と政治とが無関係なはずもないです。あなたのもとに何かが届いたり、あなたが何かの担い手になるということ自体が、とても社会的な営みのなかにあることだからです。そしてそれは、あなたの生活の営みそのものであるはずです。だから、他の人の声と自分の存在とに線を引いたつもりになることは、自分を攻撃することにも似てしまいます。そのような現在の問題として、「日本死ね」の言葉の攻撃性にとらわれて顔をそむけてしまうことがそのまま、自分自身を攻撃させた状況を許したままにすることになるというようなパラドックスがあるといえそうです。だから、「保育園落ちた日本死ね!!!」のことは、私たちが集まれるある種の場所として、記念碑的に伝えられるべきだと感じます。10年経った今また、その手触りを再確認するために、これを書きます。
(※SNSの自分のアカウントに投稿するために書いたものだけれども、ある種の礼儀の示しかたかなと思って、少し文字の使い方とかを整えた上で、増田にも置くね。ソフトめのアジテイション文です。)
マジでいい加減にしてほしい。今日、出先の商業施設で絶望した。
女子トイレのあの絶望的な行列、見たことある? 30分待ちは当たり前。一方で、隣の男子トイレからは男が涼しい顔で数秒で出てくる。これ、単なる混雑じゃないから。私たちの時間と尊厳が、男たちに不当に奪われてるってことに、いい加減みんな気づいたほうがいい。
そもそも、なんで男女のトイレ面積が同じなの? 男は小便器がある分、回転率が爆速。女は個室でやることも多いし時間もかかる。それなのに面積が同じってことは、実質的に女の枠を男に明け渡してるのと同じ。これ、明白な差別だよね?構造的に、男が女のトイレスペースを盗んでる状態。この設計をした奴も、それを見て見ぬふりしてる社会も、全員加害者。
私は男女平等社会を実現するために、あえてここで声を大にして言いたい。
今の日本はおかしい。本来、全ての女性が自立してバリバリ働き、自分の収入をしっかり得る。その一方で、生活費とか家事とか、そういう物理的な負担は全部男性が担う。これが本当の平等でしょ?女性には、キャリアを築く自由と、経済的な基盤を確保する権利がある。
ぶっちゃけ、女性が仕事を辞めるとか、経済力を失うってことは、サバンナで丸腰でライオンの前に立つのと同じ。死を意味する。だからこそ、女は稼がなきゃいけないし、そのための環境を男が用意するのは義務。トイレの行列で私たちの貴重な仕事時間や休息時間を奪うなんて、経済的損失どころか人権侵害レベル。
自民党圧勝で終わった選挙。今個人的に高市総理に望むことはイランへのおせっかい。
食事と睡眠、警護はついてくるが提供するのは「箱」のみの日本国内の宿泊サービスへのお誘い
よくコメンテーターの人も言ってますよね。リーダーシップを発揮しないといけないと。
でも全然何すりゃいいかは言わないの。そこでちょっと考えてみました。
たぶん誰も困らないし、嫌がらないと思うんですよね。
イランもアメリカも嫌なら断るだけでいいんだし、良いタイミングだとも思うんですよね。
内容的にも。直接的な利害関係がないのもいいですね。
例えお互い様だとしても、昔石油を売って貰った恩に報いるためにも
頼まれもしないのに双方に話し合いましょうよと言うのがリーダーシップだと思うのですよ。
それに受け入れられても断られても
日本と仲良くしておくと、困った時の最後の最後に場を提供して貰える場合もある
ってのを積み重ねることで、各国にも私たちにも新しい安全保障を一つ提供する事にもなるとおもうのです。
だいたいのルールは下記な感じ、たぶん三方良しになっているはずだけど抜けてるかも
事前に打診もしないし、働きかけもしない。事後も何も渡さないし受け取らない
透明性の原則
誘うのは案件ごとに一度きり、公に
何か要望が示された瞬間に招待自体が出来なくなったことも公開する
一度貸しても次を保証せず、理由を明かさず断る権利も保持する。
場を貸すか貸さないかは、日本が決める。使うか蹴るかは、相手が決める。あとは知らんってのが却ってよいのかなと。
基盤弱いときにはじめてもあんま意味ないし、キャラもあっていそうだし、今ならこれで咲き誇れない?
普通に考えたら、
だと思うんだけど、ここを見ると意外に逆の人が多いんだなーとカルチャーショックだった。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/teriyakivet.com/entry/2026/02/13/230753
人間の場合にも意思表示の出来ない重度障害者や認知症の高齢者には安楽死は適用すべきではないと思うが、
何故か逆の人が多いのは安楽死を個人の権利ではなく共同体維持のための手段として見ているからなのかな。
1.ブッダがホロライブのメンバーを誹謗中傷する動画をアップする
2.ホロライブがそれうちの著作権に違反してるから削除しろと削除要請する
3.動画が削除される
4.ブッダがこれに対してホロライブの権利は自分が所持していることは明白であり嘘だったら虚偽の申告で罪になっても構わないとDMCA法に則って宣言しカリフォルニアの連邦裁判所で著作権の所有者を確認する裁判を起こされても構わない旨を表明した
5.これで何もしないと米国で登録してる権利のすべてがガチでブッダの物になるのでホロライブは現地の有名な知財専門の弁護士を雇って表明された通り権利確認訴訟を起こした
6.ブッダは「異議申し立てでYoutubeに動画を精査してもらうだけのはずがなんで訴訟沙汰になってるんだ!?」と慌てて動画とTwitterを全削除
「公益・公の秩序」を理由に権利を制限できる条文は、日本独自どころか、近代憲法ではかなり一般的な書き方です。特に戦後憲法は「無制限の自由」ではなく、「他者の権利や公共利益との調整」を明文化するのが標準です。
🇩🇪ドイツ
ここでいう
「憲法秩序に反しない限り」
と明記。
🇫🇷フランス
フランスは「公の秩序(ordre public)」という概念を強く採用しており、
公の秩序の維持
制限できる
第21条・22条:
ファイナルコール搭乗で炎上させるの、さすがに余裕なさすぎじゃない?
安全な所から石を投げて良いとわかった時のジャップオスの圧力、すげーよな
https://gist.github.com/froshbone/316ee401d5b11e02225de3a5f96f9d3f
https://gist.github.com/froshbone/bc9a9350931bb35b0d43718398485ebe
https://gist.github.com/froshbone/503f397e1c6cf3860b27835379f14d21
https://gist.github.com/froshbone/fac5e7632678b6f3cfd803c99030ac55
権利って言うけど、理性ある他者を損ねる時点で公共の福祉に反してるんだ
子供にも認めてないんだし
日本が主体となった戦争は出来ないけれど他国の腰巾着となって言われるがままに戦うのは出来るようにも読める点だと思う。
「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」
つまり、まさに百害あって一利なしの改憲。これなら侵略戦争上等にして軍事国家を目指した方がまだマシなくらい。
ていうか、現行憲法の「第二章 平和主義」が「安全保障」になっているのは完全に意味が変わってるし、「国防軍」のネーミングが致命的にセンスなくてダサッ!こんなネーミングセンスなのに野党は古くてどうのと言えるのは、ただのバイアスだろ。
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
本来女に相手なんてしてもらう権利のない弱者男性なんぞに機会を与えてしまってるのが風俗嬢だからな
この2つに
「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすること的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」
という制限がついてる。
【郭報道官】いわゆる「サンフランシスコ平和条約」は、中国やロシアなど第二次世界大戦の主要当事国を排除した状態で、日本と単独講和を結び、発表した文書だ。この文書は、1942年に中国、米国、英国、ソ連など26ヶ国が署名した「連合国共同宣言」における敵国との単独講和禁止規定に違反し、「国連憲章」及び国際法の基本原則に違反している。台湾の主権の帰属など、非締約国である中国の領土及び主権的権利に関わるいかなる処置も、不法かつ無効である。
高市早苗首相は、十分な国際法上の効力を有し、かつ「中日共同声明」「中日平和友好条約」など二国間文書で明確に強調されている「カイロ宣言」「ポツダム宣言」には触れず、不法かつ無効な「サンフランシスコ平和条約」のみを強調した。
https://jp.china-embassy.gov.cn/jpn/lcbt/wjbfyr/202512/t20251223_11781594.htm
わかるか?中国共産党外交部は、サンフランシスコ平和条約をな不法かつ無効としてるんだ
つまり、日本は現在でも台湾と朝鮮半島やその他外国領土を領有してるんだよ!!!
1.高市政権の発足を機に女性天皇容認を巡る報道に触れることが増えた。リベラルは「男女平等」を錦の御旗に賛成論を唱え、保守派は「伝統」というワードでねじ伏せようとする。だが、どちらの陣営も自らが口にしている議論が、皇室というシステムの本質を無視した暴論であることに無自覚だ。
本稿で問題にしたいのは、女性天皇の是非などという表層的なことではない。我々日本人が皇室という存在に対してどのような「加害」を行っているか、そして、我々がその差別構造にいかに無自覚であるかということである。
2.まず我々が直視すべきは、天皇とは日本において唯一「人権」を事実上剥奪された存在であるという事実である。
「象徴」として天皇家を戴くということは、我々日本人が総意の名の下に特定の家系を差別し、特別な地位という檻に閉じ込め、「国民・伝統・形式のためにのみ祈る装置」であることを強いる行為に他ならない。
この「高貴なる犠牲」を中心として国民が一致団結し、国家の連続性を担保しているのが日本という国の正体だ。我々は特定の家系を差別し、生贄に捧げることで統合している集団なのだ。この構造的残酷さを自覚せず、単なる敬愛の対象としてのみ語るのはあまりに偽善的である。その自覚はあるか。
3.この差別構造が最も醜悪な形で露呈したのが、眞子元内親王の結婚騒動だった。
当時、国民総出で繰り広げられたバッシングの本質は、「皇族に『結婚の自由』などあると思うな。結婚したいのであれば、我々主権者のお眼鏡にかなう男を連れてこい」という、むき出しの差別意識である。我々日本人は、一人の女性の「自己決定権」を完膚なきまでに蹂躙したのだ。その自覚はあるか。
4.極めて不可解なのは、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「女性の権利向上」や「男女平等」といった文脈で「愛子天皇」を待望する世論である。
自分たちがつい先日一人の女性の人権を踏みにじった事実には目をつむり、今度は「進歩的な人権派」を気取っている。
だが、少しでも想像力があれば気づくはずだ。愛子内親王に「天皇の座」を求めることは、本来であれば結婚によって皇籍から離脱し自由を得るはずだった彼女から基本的人権を永久に奪い去るという、残酷な宣告だ。彼らはそのむき出しの暴力性を「男女平等」という美辞麗句でグロテスクに飾り立て、彼女を「人権のない檻」に閉じ込めようとしているのだ。
繰り返すが、天皇家とは個人の幸福を追求することが許される存在ではない。国民全体のためにのみ存在することを許された「純粋なる形式」である。その「差別」を大前提としたシステムに中途半端に「個人の尊重」や「平等」などという近代的な人権概念を持ち込むことは致命的な自己矛盾である。その自覚はあるか。
5.特定の血筋を差別し、職業選択も結婚も言論も居住もありとあらゆる自由と権利を奪い続けることに対し、近代的な理性を備えた人間であれば耐えがたい罪悪感を覚えるはずである。
しかし、日本人はその罪悪感から逃げるために天皇家を「神聖なる存在」として奉り、莫大な公金を投じて尊厳と格式という金箔を貼り付けてきた。「尊崇の念」さえ抱いていれば、一族から自由と権利を奪い、生贄にしても許されるという傲慢さだ。
これらはすべて自分たちが加担する非人道的な構造から目を逸らし、己の良心を麻痺させるための「鎮痛剤」に過ぎない。その自覚はあるか。
6.「伝統を守りたい」という形式維持の欲求と、「差別者になりたくない」という人権思想のいいとこどりは不可能である。
天皇制に人権思想を持ち込み、愛子内親王を「男女平等」という文脈で語るのであれば、その論理的帰結は「皇室廃止」以外にあり得ない。人権と世襲差別は水と油であり、混ぜれば制度は内側から崩壊するからだ。
誤読されないようにはっきり言っておくが、私はここで「女性天皇を容認せよ」、「皇室を廃止せよ」と主張しているのではない。また、逆に「伝統を死守せよ」と言っているわけでもない。
もし皇室というシステムを存続させたいのであれば、「我々は人権を蹂躙する差別者である」という汚名を甘んじて受け容れなければならない。逆に、その差別者という汚名にどうしても耐えられないのであれば制度を解体するほかはない。
最も許しがたいのはそのどちらの覚悟も持たず、「自分は差別などしていない」という無邪気な顔をして、安全圏から「女性天皇で男女平等」や「麗しき伝統」などとさえずることだ。
弱者男性「……ヒヒッ、見てろよ。俺は『チームみらい』に投票したんだ。AIが政治をやれば、俺みたいな弱者も見捨てられないはずだ。社会保険料も下がるし、ようやく俺の時代が……」
女子中学生「……吐き気がするわ。あなたみたいな『社会の残りカス』が、私たちの未来を象徴する政党の名前を口にしないで。その薄汚れた一票が、どれだけ日本の価値を下げているか自覚してる?」
弱者男性「な、なんだと……!? 俺だって国民だぞ! この地獄みたいな格差社会を変えてくれるのは安野さんしかいないんだ!」
女子中学生「格差? 笑わせないで。あなたが底辺なのは、ただの自業自得。それに対して、私たち女性は、あなたたちみたいな無能なオスが作った『男性優位社会』のせいで、どれだけ才能を搾取されてきたと思っているの? 私は女というだけで将来の選択肢を狭められている。被害者は私、加害者はあなたなのよ。」
男子中学生「(小刻みに震えながら)……その通りだよ。おじさん、僕たちは男に生まれた時点で、女性に対する『原罪』を背負っているんだ。僕たちの存在そのものが、歴史的に女性を抑圧してきた証なんだよ。一生かけて、這いつくばって贖罪しなきゃいけないのに……自分の権利を主張するなんて、恥ずかしくないの?」
弱者男性「原罪!?贖罪!? 知るかそんなもん! 俺は腹が減ってるんだ!仕事もない、金もない、誰も俺を愛さない! チームみらいが、AIが、俺を救ってくれるはずなんだあああ!」
女子中学生「AIが真っ先に弾き出すのは、あなたのような『非効率で有害な個体』よ。チームみらいの政策は、未来を創る人のためのもの。あなたの居場所なんて、データのゴミ箱にさえ残らないわ。死ぬまでその不潔な部屋で、過去の遺物として朽ち果てなさい。」
男子中学生「……さようなら、おじさん。せめて最後は、女性の足を引っ張らないように静かに消えて。それが男に残された唯一の美徳だよ。」
弱者男性「……あ……ああ……。俺の……俺の一票が……。誰も……誰も俺を見てない……。AIも、子供も、世界も……俺を殺そうとしてるのか……!? 嫌だ……嫌だああああああ! うわああああああああああああああああ!!!」(自らの髪をかきむしり、泡を吹いて倒れ込む)