
はてなキーワード:東日本大震災とは
――米銀シティバンクの在ロンドン金利・為替トレーダーとして、2008年のリーマン・ショック後、低金利の長期化を予測し、大もうけしたとか。
「私はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で経済学を学び、トレーダーになったばかりでした。当時は同僚たちも、エコノミストたちも、経済の落ち込みは一時的だとみていました。景気が回復すれば、各国でゼロパーセント近くにまで引き下げられていた金利も徐々に上向いていくというのが市場の予想でした」
「しかし、そんなことはあり得ないと思いました。彼らは末期がんを、季節性の風邪か何かと誤診していたのです。結局、経済の停滞と低金利はその後何年も続きました。金利が上がらないことに賭ける金利先物取引などで、私は年に何千万ドルもの利益を銀行にもたらし、歩合のボーナスで私も億万長者になりました」
――ゼロ金利で経済は回復に向かうものでは。なぜ、危機が長引くと予想できたのでしょう。
「いくら金利が低かろうが、普通の家庭にお金を使う余裕などないと体感的に知っていたからです。私は東ロンドンの貧しい地域と家庭で生まれ育ちました。ドラッグ売買で高校を退学させられたこともあります。カネがなくて穴の開いた靴を履き、地下鉄の料金をケチろうと改札を飛び越えるような友人もいた。多くの知人は仕事もなく、住宅ローンが払えず家を追い出されていました」
「財産を失い、追い詰められている彼らに『金利が低いのに、なぜもっとお金を使わないのか』と問うのは無意味です。人々がお金を使わなければ、経済は回復などしません。トレーダーも経済学者も上流階級出身者ばかりで、理論上の『平均的な経済人』の分析はできても、庶民の暮らしや経済の実態を把握できていませんでした」
――一方で、株式や不動産といった資産価格はかなり上がりましたね。
「私は大富豪と仕事をしてきたのでよくわかりますが、彼らは有り余るカネを消費しきれず、不動産や株、金などの資産を買いあさる。それも、低金利のマネーで元手を膨らませて。富豪はブラックホールのように社会の富を吸い上げ、あらゆる資産価格をつり上げ、その結果、ますます豊かになりました」
「そのあおりで、庶民は家も買えない社会になってしまった。社会の資源をめぐって、富豪たちは庶民のあなた方と競争しているわけです。土地も、食料も。そして『専門家』とされる賢い人の労働力もです。確かに私は小金持ちにはなりましたが、それは、大金持ちがもっと大金持ちになるのを助けたからです」
「欧米に比べれば、中間層が厚い日本はまだマシです。庶民のための質の良いレストランもホテルもたくさんある。しかし、このまま不平等が拡大すれば、超高級か超貧相か、その両極端のサービスしかなくなっていくでしょう」
「格差は一度広がりだしたら止まらず、放っておけば、いずれ極限まで行き着きます。インドやアルゼンチン、ブラジル、南アフリカをみてほしい。英国も日本も、そうならない保証はありません」
――心のバランスを崩し、トレーダーの仕事を5年あまりで辞めましたね。
「私は東日本大震災でも金利の取引で大金を稼ぎました。トレーダーとしてはやりきったという思いと、人々の生活が崩壊し、将来が悪くなることに賭けてもうけるのはもう十分という気持ちもありました。大学院に通い、経済解説の仕事を始めました」
「私の父は郵便局員でした。早起きして電車で通勤し、夜遅くまで働き、疲れ果てて帰ってきた。その父の年収の何倍もを、私は働きだしてすぐに稼ぎました。それは良くないことだと思う。もっとも稼ぐべきなのは、もっとも社会に貢献した人のはずです」
「トレーダーのような『おいしい仕事』にはコネが必要で、ほとんど金持ちの子女しか就けなくなりました。政治家もそうです。格差はいずれ、どれだけ優秀か、どんな仕事ができるか、どれだけ働くかではなく、『親が誰であるか』が唯一の要因になっていくでしょう」
「すると、優秀な人にすら仕事が回ってこなくなります。社会のためではなく、富豪のために財産を管理することが、賢い人の主な仕事になる。貧しい人からカネを巻き上げ、金持ちにさらに集中させる仕事です」
――大富豪といえば、トランプ米大統領と一時は蜜月関係にあった起業家イーロン・マスク氏をどう評価しますか。
「政治権力やプラットフォームも含めて、全てをカネで買い占めようとした彼の存在は、大富豪がいかに社会に有害かを典型的に示していると思います」
「彼らは人々がこの構造に気づき、団結するのを恐れています。トランプが関税を連打し、マスクが欧州の右派に肩入れし、そして2人とも移民の危険性を喧伝(けんでん)してみせるのは、『問題は自分たちの内側ではなく外国にある』と人々に思い込ませたいからです」
――米国では大富豪がメディアを手中に収める動きが目立ちますね。
「メディアには二つの種類の仕事があります。人々に真実を伝えるか。あるいは、金持ちのために、彼らが人々に信じ込ませたいストーリーを流すのか。後者を買収する力を富豪は持っています。(米FOXニュースを立ち上げ、米紙ウォールストリート・ジャーナルなども傘下に収めたメディア王)ルパート・マードックや(米紙ワシントン・ポストを個人で買収した米アマゾン創業者)ジェフ・ベゾスをみてほしい」
「残念ながら、今のままでは不平等は拡大し、資産価格だけが上がり続けるでしょう。だから、私は個人では金や株を買っています。しかし、それと同時に人々の生活は破壊され、排外主義が高まってゆく。ファシズムにつながっていった1930年代と今との類似点を見いだすのは、歴史の学生でなくてもできることです」
――反転のすべは残っていないのでしょうか。
「とりわけ米英では金持ちが税制で優遇され、相続税の負担が軽いため、世代を越えて不平等が固定化されてしまっています。手っ取り早い処方箋(せん)は富裕税です。労働所得への課税を軽くし、資産に重い税を課すのがポイントで、それなら優秀な人の国外流出も招きません」
「英国のフードバンクを訪れたとき、最も貧しいであろう人々が、ウクライナ向けの支援物資をせっせと箱詰めしていました。たとえほんのわずかしか持っていなくとも、人々はより良い未来のために団結し、声を上げ、働けるということです。今とは違う未来があると示すことが、これからの私の仕事だと考えています」
Gary Stevenson 1986年、英国の東ロンドン・イルフォード生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)を経て2008年に米シティバンクの為替・金利トレーダーとなり、ロンドンと東京で勤務。14年に退職後、英オックスフォード大で経済学修士。ユーチューブに経済解説チャンネル「Garys Economics」(ギャリーの経済学)を立ち上げ、登録者数は約153万人。24年に出した自伝が英国でベストセラーとなり、邦訳「トレーディング・ゲーム 天才トレーダーのクソったれ人生」(早川書房)が25年に出版された。
https://digital.asahi.com/articles/ASV264FQ0V26ULFA02HM.html
率直に書いてくれてありがとう。その「またか」という感覚があるのは、正直わかる気がする。
抽象化した言葉や比喩が、結論ありきで相手を説得するために使われてきた場面を、これまでたくさん見てきた人にとっては、不誠実に見えるのも無理ないと思う。
ただ、自分はここで核兵器や原発の是非について、合唱の比喩で結論を出そうとしているわけではないし、「核兵器/原発」の理念セットを言いたいわけでもない。
気になっていたのは、選挙の言葉として使われる「強い」という表現が、どういうことを指すのかということだった。
比喩を使ったのは、政策判断を音楽に置き換えたいからじゃなくて、自分が「強さ」をどう身体で経験してきたかを出発点に、言葉の前提を一度ずらして考えたかったからで、それが左翼的や不誠実に見えるなら、そう受け取られる場所に立っている自覚はある。でも少なくとも、相手を煙に巻いて結論を押し通したい、というつもりはないよ(ごめんね)。
あなたが「核兵器は現時点ではNO、原発はYES」と書いてくれているように、立場が分かれたままでも、前提や言葉の使われ方を確認すること自体は、無駄じゃないんじゃないかと思っている。
自分は、うーん。核兵器はNOだけど、原発は正直なところまだわからない、、。身内が原発の仕事をしているし経済が安定しなくなることも心配だけど、東日本大震災のことを思い出すと自分たちには扱いきれない技術なんじゃないかと、NOの気持ちもある。でも政治的な強さって、核兵器と原発のことなのかな(それも含まれそうな気もするけど)。
あと政治について考えるとき、こういうふにゃふにゃした生煮えの感じの言葉が許されない気がしちゃうのもなんでなんだろうな…。
中道改革連合(旧立憲民主党)の安住淳共同幹事長が、東日本大震災被災者の親戚から「助けてけろ」と言われていたがどう思うかというアナウンサーの質問に対し、「こっちだって助けてもらいたいくらいだ」という動画が話題になっている。当初、生成AIによるフェイク動画かもしれないと思いChatGPTに質問したところ、フェイク動画の可能性が高いと回答された。しかし、改めて調べて見たが、この動画は事実である可能性が高い。
おそらく件の動画のオリジナルは、2011年7月30日テレビ東京放送の『田勢康弘の週刊ニュース新書』である。
ttps://ameblo.jp/shp/entry-11031855171.html
ttps://www.youtube.com/watch?v=49Lla8szmWo
根拠:
ttps://www.nikkei.com/article/DGXNASFS3001E_Q1A730C1PE8000/
安住淳氏が財務大臣を務めたのは、野田佳彦内閣(2011年〜2012年)の時期です。素晴らしい功績をまとめました。
最大の功績は、消費税率を5%から10%へ引き上げる「社会保障と税の一体改革」を強力に推進したことです。デフレ脱却が不十分な中での増税決定は、景気回復の腰を折るものとして、現在でも経済停滞の一因に挙げられることがあります。
当時は1ドル=70円台という歴史的な超円高にあり、輸出産業が壊滅的な打撃を受けていました。安住氏は「覆面介入」などを行いましたが、抜本的な解決には至らず、製造業の海外流出(産業の空洞化)を招いたとの批判を受けました。
東日本大震災の財源確保のため、所得税などを上乗せする「復興特別税」を新設しました。「震災に乗じた増税」との反発を招き、家計の負担を増やしたと評されています。
安住氏は財務省の意向を強く反映させる「省益重視」の姿勢が強いと見なされ、党内からも「財務省のポチ」と揶揄されることがありました。これら緊縮財政的なアプローチが、その後の「失われた30年」を長引かせたという見方が、批判派の根底にあります。
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
5%増減だと時事を調べるのが面倒で無理だった為。
今まで書いたのは、2022年8月、2023年11月、2024年11月。2025年7月。今回は6カ月分を追記。
現高市内閣の支持率は高めということだが就任時に60%台の首相は結構ある様子。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/political/1998.html
日本の「特別会計」は、年間予算が約400兆円にも上り、これは一般会計(約110兆円)の約4倍の規模です。
しかし、その使い道や用途が不透明であり、「官僚の利権や天下りに利用されているのでは?」という疑念が長年指摘されています。
なぜ特別会計は不透明なのか? 本当に利権や天下りと関係があるのか?
「特別会計」とは、特定の事業や財源に使われる特別な予算のことです。
一般会計 → 国の基本的な歳入・歳出(税収、社会保障、防衛費など)
特別会計 →特定の目的のために設けられた資金(年金、道路、エネルギー、復興など)
❖特別会計の主な種類
特別会計は資金のやり取りが多い(例えば年金の積立金運用などで大きな額が動く)。
一般会計と異なり、特定の事業のために独自の財源(税や手数料など)を持つ。
特別会計は「官僚の財布」と呼ばれることもあり、不透明な部分が多いのが問題視されています。
一般会計は国会で詳細な審議が行われるが、特別会計は「一括審議」で通過することが多い。
「財源が特定の目的に決まっている」という理由で、詳細な審査が省略されがち。
結果として、国民の目に触れることなく巨額の予算が動いてしまう。
一般会計から特別会計に資金を移し、用途をぼかすことで、実際の支出が分かりにくくなる。
例えば「特別会計の剰余金(使い残し)が、何に使われているのか不透明」。
特別会計からの資金が、独立行政法人や公益法人に流れるケースが多い。
例えば、「年金特別会計の資金が、天下り官僚のいる団体の施設建設に使われる」など。
官僚OBが理事長や役員として高額報酬を得ているケースが問題になっている。
例えば、「道路・港湾整備特別会計」は建設業界に大きな影響を与える。
「特別会計からの支出が特定のゼネコンに偏る」といった疑惑も指摘されている。
エネルギー特別会計では、原子力事業者に多額の補助金が流れるケースもあり、電力会社との癒着が疑われる。
1990年代、年金特別会計の資金を使って全国に「グリーンピア」(年金加入者向けリゾート施設)を建設。
「年金財源を無駄に使った」と批判されたが、責任を取る官僚はなし。
道路関連の特別会計を利用して、「道路公団」が官僚OBの天下り先になっていた。
2005年に「道路公団の民営化」に至るが、天下り構造は続いているとの指摘も。
東日本大震災の復興財源として創設された「復興特別会計」だが、
関係のない事業(道路整備、刑務所の耐震化)にも流用されていた。
「復興支援」という名目で作られた予算が、実際には別の目的に使われていたことが問題視された。
特別会計は「官僚の財源」とも言われ、彼らにとって重要な資金源
自民党も特別会計を使うことで特定業界と結びつくことができる。
そのため、「改革しよう」という動きは一部にとどまり、本格的な見直しは進まない。
③国民の関心が低い
一般的に、特別会計は仕組みが複雑でわかりにくいため、国民の関心が向きにくい。
国会での議論がほとんどなく、国民の目が届きにくい仕組みになっている。
🔹解決策
特別会計の「全事業の公開」や「国会での詳細審議」を義務化する。
ヤングケアラーの少年が話題になった。両親への非難や少年への同情、たくさんのツイートを見た。
自分も少年の境遇に同情したが、心の奥底では少年が羨ましいと思った。家庭という監獄の中で抵抗の手段がない少年に代わって数多くの人に怒ってもらえて、いいなあと思ってしまった。
少年が受けている理不尽がなかったことにされずに済んで、ちゃんと少年が救済対象であるということをたくさんの大人が発信していて、羨ましいと思った。
小学生のころ、自分が放送室に連れ込まれてリンチを受けた時も、習い事の稽古中に他の子の親に後ろから蹴り飛ばされた時も、誰も自分の代わりに怒ってくれなかった。
両親の機嫌を損ねて玄関先の柱に縛り付けられていたとき、目の前を通る郵便屋さんは顔を背けて見て見ぬふりをした。
母に殴られながら泣いているとき、宅急便の配達員はインターホンを鳴らさずに不在届を入れた。泣き声を配達員に聞かれたと悟った母は逆上し、私を悪者にしたいのかと怒鳴り、ヘンレ版ベートーヴェンの楽譜で何度も殴った。
習い事の教室で、師範や他の子の前で足を舐めさせられたとき、周りの大人も子供もみんな笑っていた。
家に帰り、風呂の中で泣いていた。ずっと我慢していた涙が流れるとき、指先が痺れるように痛かった。
さっさと風呂から出て勉強しなさいと母が風呂場に急かしに来るので、そんなに悠長に泣いていられなかった。
泣いていたことがバレると機嫌を損ねるので、目が赤くならないように、声が震えないように、すぐ泣き止む方法を覚えた。それはいつしか精神を解離させて悲しみを感じない方法へと変わっていった。
「まだ大人になんなよ」なんて誰も言ってくれなかった。子供でいることを忘れたまま大人になってしまった。
自分が自分の感情をちゃんと理解しないまま大人になってしまったと、大人になってから気付いた。悲しいとか助けてほしいとか感じて良かったのだと今更言われても、あまりに遅すぎた。
自分はもう自分のために悲しむことができない。幼少期の自分のために怒る方法を忘れてしまった。だから誰か自分の代わりに、幼少期の自分に代わって怒ってほしかった。
大人になってから幼少期や学生時代の性被害を告発する人がいて、加害者にインターネットの人々が怒っているのを見ると正直羨ましい気持ちになる。
大きな事故や事件、自然災害で誰かを失った遺族がいて、インターネットの人々が犯人への怒りを表現したり、胸を痛めたりしているのを見ると正直羨ましい気持ちになる。
15年前の東日本大震災の被災者が今もテレビに出て、ずっと時が止まったままだと言うのを見ると、正直羨ましい気持ちになる。
どうしていいのか分からなくなって助けを求めてみても、いつまでそんな昔のことを言っているのとあしらわれて終わった。自分だってずっと時が止まったままなのに。
被害者立場には鮮度と強度があって、自分のような強度の被害は10年も経つともはや消費期限切れなのだと思う。
全部お前が悪いと言われて育った。幼少期の自分はそれに抗う手段がないと思っていた。
でも、助けてと泣き叫んで被害者になれたのは幼少期が最後のチャンスだったらしい。今となっては本当に全部自分が悪いことになってしまった。
神頼みや願いならわかるんだけど、黙祷とか祈りって具体的に何を思うことなんだろう
思うってのがそもそも間違いなのかな
意識を向けるって何よ
黙祷の場合、故人の面影や思い出なんかを思い出すのでもいいのかな
でもその場合、終戦記念日の黙祷やら、東日本大震災の黙祷やら、阪神淡路大震災の黙祷やらよくわからないのよね
具体的な故人が思い浮かぶわけでもないし、これこそ意識を向けるとか、思いを寄せるって行為になるんだろうけど、それはすなわちどんなことを指すのかがわからん
願っている人や思っている人を第三者の視点から見て言い表す言葉なのではないか
んー、でもなあ、祈りって言葉には何かこうもっと尊いような宗教的な意味合いが強い気がする
神頼み、要するに私たちを見守っていてくださいみたいな思いが祈りであるってのは納得感がある
あるいは、見守ってくださりありがとうございますってな具合のもの
これは故人に対しても当てはまるのだろうか
当てはまるんだろうなあ
では世界平和を祈るとかは?
辞書調べたらいいんだけど
黙祷の祷の字もいのるを変換して出るから、似た解釈をすればいいのかしらん
さて、そうだとするのならば、終戦日とか震災発生日とかの節目ごとに自分は何を祈ればいいのだろうか
また誰あるいは何に対して祈ればいいのだろうか
ま、目つぶるだけでもいい気もするけども
けどなあ、ただ目つむってるだけだと何してんのかわかんなくなるんだよなあ
でもって何してんのかわかんないことをしないといけない雰囲気に反発したくなったり
いや震災とか終戦日とかのは祈りたいこと関係なく、何かしらな祈らなければならないことがありそうなのが難しいのよなあ
何があるだろう
そんな大仰で無責任なこと祈れませんよ
んー、安らかにとかか?
死者に祈るって何だよ
いや感覚はわからんでもない気はするけどもさ、結局それは生者ないし自分自身に対する感情のあり方じゃないのかい
ようわからんわ
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
---
---
---
---
---
---
---
---
---
---
**寒さ・仕事の愚痴・食や雑談**といった日常までが自然に行き交う、非常に生活感のあるログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
ロック歌手・氷室京介が、6月に開催した東日本大震災復興支援ライブで集めた総額6億6922万940円を、被災地の福島県、宮城県、岩手県に寄付したことが28日、わかった。米・ロサンゼルスに滞在している氷室に代わり、復興支援ライブの企画段階より関わっている報道番組『NEWS ZERO』(日本テレビ系)から村尾信尚キャスターが被災地を訪れ、各県知事に手渡した。
同ライブは、自身がボーカルを務めたロックバンド・BOOWYの解散以降、初の全編BOOWY楽曲で構成されるとあって、6月11日、12日の2日間で約11万人ものファンが東京ドームに集結。チャリティーライブとしては国内史上最大規模となるなど話題を呼んだ。「本来なら自分の手で各県の代表の方に直接手渡しする、その最終行程までを責任の元に遂行したかった」という氷室だが、現在、ロサンゼルスに滞在していることから、同番組に託す形となった。
1県あたり2億2307万3646円を贈られた3県は、その使い道について「『東日本大震災ふくしまこども寄付金』(震災で親を亡くしたり、原発問題で移動を余儀なくされ、苦しむ子供たちのための基金)として役立てたい」(福島県)、「県が行う災害復興対策事業(産業復興、地域医療復興など)に充当したい」(宮城県)、「『いわての学び希望基金』(津波・震災孤児などの支援)として活用したい」(岩手県)としている。
ライブやコンサートグッズの収益金を合わせ多くの金額が集まったことに、氷室は「企画を構築してくれたコンサート制作会社をはじめ、参加してくれた全てのスタッフ、そして駆けつけてくれたオーディエンス、それぞれの気持ちが見事に結実した成果だと思います。この場をお借りして、皆さんに感謝の意を述べさせて頂きます」と感謝。
新卒就職がどん底だった事や製造業が壊滅的だった事くらい知ってるよ
だけどそれをもって「悪夢の民主党政権」と呼ぶ理由には一切ならないというだけの話
安住淳氏(宮城4区・比例復活を含め当選10回)についても、結論から言えば「盤石な強さを持つが、圧勝という言葉には少し注意が必要」という評価になります。
安住氏の状況を分析すると、以下の3つのポイントが挙げられます。
安住氏は地元・石巻市を中心とする旧宮城5区(現在は区割り変更で宮城4区の一部)で圧倒的な知名度を誇ります。東日本大震災時の対応や、長年の国対委員長としての実績から、保守層の一部や建設業界など、本来なら自民党を支持する層にも食い込む「安住個人票」を厚く持っています。
かつての「宮城5区」では文字通りの圧勝が続いていましたが、近年の区割り変更により、自民党の強い地域(旧宮城4区の一部など)が加わりました。
2021年衆院選:自民党の新人(伊藤信太郎氏)に対し、約1万3千票差で勝利。
2021年は、過去の選挙に比べれば票差が縮まったものの、それでも安定して小選挙区を勝ち抜いています。
批判の矛先: 以前のやり取りでも触れましたが、安住氏は政治資金パーティーの記載漏れ問題を指摘された際、自民党を厳しく追及する立場でありながら自身にも不備があったとして、一部で「ブーメラン」との批判を浴びました。これが保守的な浮動票にどう影響するかが注目されます。
自民党の刺客:自民党側も「野党の司令塔(国対委員長)」である安住氏を標的にし続けていますが、今のところ安住氏を脅かすほどの強力な候補者は現れていません。
野田氏、岡田氏と同様に、「落選する可能性は極めて低い」部類に入ります。 ただし、枝野氏と同様に、自民党が強力な組織戦を展開し、第3極(維新など)が乱立して野党票が分散した場合、過去のような「数万票差の圧勝」ではなく、数千〜1万票程度の「安定した勝利」に落ち着く可能性があります。
立憲民主党のベテラン勢(野田、枝野、岡田、安住)は、いずれも全国的な逆風が吹いても「小選挙区で勝ち上がる力」を持っているのが最大の特徴です。
[B! togetter] 『AKIRA』でカオリが服を破られて殴られるような「嫌悪感を抱くシーン」がある時点で「作品として評価できない」という結論に至る人がいるのはなぜ?
CM の動画は、楽器やカメラをプレス機で粉々に破壊してiPad Pro に機能をまとめる、という内容だった。
『モノを大切にすべき』
CM の中でApple は楽器を破壊する行為を賞賛したわけじゃない。
あの表現で何を描きたいのか、その意図はみんな理解してたはず。
なのに、CM はまったく評価されず、Apple 社は謝罪に追い込まれた。
AKIRA での女性への性加害シーンも not for me でいいだろ、と人はいう。
だったらiPad Pro のCMからも目を背ければ済む話だ。
女の子が服を破られるシーンの描写そのものを個人的に嫌でも、意図を評価すればいい?
実際には not for me のバリケードが破られる場合は多々ある。
近年、従来の常識が書き換わりつつあると思う。
not for me はかつて信じられていたほど強固なバリアじゃない。
あまり知られていないが、ポケモンのアニメは波のシーンを描き直した。
東日本大震災の直後のこと。表現そのものがダイレクトに視聴者を傷つける怖れを考慮したのだろう。
『被災者を大切にすべき』
というモラルが強く働いたんだ。
A.デフレは円高につながったと考えられる*6。円高が進んだ時代は、消費者の海外製品に対する購買力が高く、また、ドル建てGDPが大きくなることで日本経済が国際経済の中で占める位置が相対的に高かったので往時を懐かしむ人もいるが*7、一方で輸出産業の海外移転が進むという副作用もあった。
製造業の海外移転が進んだことで円安に戻っても輸出が伸びず、また、現地生産の利便性が意識されることで国内に生産が戻る動きも乏しかった*8。その結果、東日本大震災(この時も円高が進んだ)を機に生じた貿易赤字が定着した。そのように貿易赤字が定着した上に、現地生産で得た利益はそのまま現地企業で保持する円に換える動きも乏しく、それが最近の円安を進めた、というのは唐鎌大輔氏などがつとに指摘していることである。
ヒロアカ最終回、お茶子がトガヒミコが闇落ちするきっかけとなった個性カウンセリングに力を入れるって描写があったけど
現実的な世界を考えると、その子や個性を否定せず、どうしたら傷付け合わずに共存していけるか考えよう!多様性を尊重しよう!ってお茶子達が啓蒙したとして、現場には意識をアップデートできないまま良かれと思って「あなたはおかしいからもっと普通になりなさい」てことを子どもに押し付けるカウンセラーや教育関係者、そして親は当たり前に居続けるんだろうな
そうして子どもは傷つき続ける
お茶子たちが訪問する一握りの施設、一握りの子どもが一瞬救われても、その子どもでさえ、なかなか変わらない社会の中で成長するうちに目が死んでいったりすることもあるだろう
東日本大震災からの復興を思えばわかるように、災害ユートピア的な状況、希望の明るさみたいなものは続かないんだよ
この世にマジョリティとマイノリティの力関係がある以上、必ずバックラッシュだって起こる
SNSとかテレビでお茶子が「最初から悪い子なんていない」とどんなに言ったって、「あんた気持ち悪いからそういうのやめて」と目の前の人間一人に疎まれたら、子どもの心は終わりなんだよな