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はてなキーワード:望月新一とは

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2026-02-08

[dorawii]anond:20260208185233

まず大前提として、

「賛成派が全員いなくなったら正しさが決まる」

なんて主張、こっちは一度もしてないですよね。

それ、あなた勝手に付け足した

藁人形です。

数学的な正しさは、

・誰が生きてるか

・誰が賛成してるか

多数派かどうか

一切関係ありません。

仮に極端な話として

世界中数学者が全員いなくなっても、

「射影すると単射性が失われうる」

という命題の真偽は1ミリも変わらない。

これ、分かります

望月新一の件でも同じで、

あれは

「人が死ねば正しくなる」

じゃなくて、

検証が困難

理解時間がかかる

共通言語がまだ整っていない

という社会的検証的な問題があるだけ。

真理が

「賛成派の人数」で決まるなら、

中世の時点で

地動説永遠に間違いだったことになりますけど、

さすがにそれはないですよね。

で、あなたの今の主張を整理すると、

人の評価が変わる→ 正しさも変わる

って言ってるわけですが、

それは

数学じゃなくて社会学の話です。

数学命題

証明があるか

・反例があるか

それだけ。

人がどう思うかは

ノイズであって

判定条件じゃない。

要するに今の発言って、

・「相対化」という言葉を使って

・真偽判定の軸を

人間関係すり替えてる

だけなんですよ。

で、肝心の命題――

変数を消去(射影)すると情報が落ちうる」

ここに反例、出せます

出せないなら、

賛成派がどうこう、望月がどうこう言っても、

それは全部話題そらしです。

正しさは

人が生きてるか死んでるかで決まらない。

この一点、まず受け入れないと

何も前に進みませんよ。

Permalink |記事への反応(2) | 18:54

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anond:20260208184651

いや、「正しいと思ってる人が分かれてる=相対化=認知の話」

この三段跳び、成立してないんですよ。

人によって

・正しいと思う

・間違ってると思う

が分かれること自体は、

真理の性質じゃなくて

理解状況の分布の話なんですよね。

たとえば

「1は素数か?」

昔は教科書でも割れてました。

でも今は定義が整理されて

数学的には決着してる。

この間ずっと

認知割れてただけで、数学が相対化されたわけじゃないですよね。

今の話も同じで、

・射影すると区別できない点が生じうる

変数消去で自由度が下がる

これ、命題としては

真か偽かのどちらかです。

人が割れてるからって

命題が急に主観的になるわけじゃない。

で、望月新一を出した時と同じ構図なんですけど、

あなた

判断割れてる」

認知問題

「相対化」

って一本道にしてるけど、

その間にある

検証可能性難易度を丸ごと落としてるんですよ。

難しい話ほど

理解時間がかかる

・誤解も増える

から割れる。

でもそれは

真理が相対的からじゃない。

今回の件なんて、

極端に言えば

具体例1個で終わる話です。

そこに「相対化」持ち出すの、

スケール感が合ってない。

要するに、

・人が割れてる →社会的事実

命題が正しいか数学事実

この2つを混ぜた瞬間に、

「全部認知の話」って錯覚が生まれるだけなんですよ。

から結論シンプルで、

相対化されてるのは

評価理解であって、

命題のものじゃない。

そこ切り分けない限り、

何を持ち出しても

全部「認知の話」に見えてしまうだけなんですけど、

その区別、ついてます

Permalink |記事への反応(1) | 18:50

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anond:20260208183504

まず最初段落ですけど、

それ読み違えてます

僕が言ってるのは

数学的正しさは資料の有無で決まらない」

であって、

「高度だから例外」なんて主張はしてないんですよ。

望月新一を極端なケースとして分けたのは、

「正しさの判断認知が絡むかどうか」の話を

一般論拡張するのが無理、って指摘しただけです。

まり

・正しさの基準は常に同じ

・ただし検証難易度が違う

これを分けて話してるだけで、

ダブスタでも譲歩でもないんですよ。

次に一番大事なところ。

俺が言ってるのは「削除」という言い回し用語法の話

ここ、ようやく論点が噛み合いました。

で、結論から言うと

「削除」という言い回し

厳密な専門用語じゃない

これはその通りです。

そこは否定しません。

ただし、

変数を消す

・射影する

・消去して低次元に落とす

この操作

形式的に「情報が落ちる」「削れる」って表現する

これは普通に行われてます

教科書だと

・「情報が失われる」

・「区別できなくなる」

・「単射でなくなる」

って書かれるだけで、

「削除」という単語を避けてるだけなんですよ。

まりここで起きてるのは

用語一般的じゃないから伝わらなかった

これでほぼ終わってて、

内容が意味不明だったわけじゃない。

じゃあ

用語法が存在するかというレベル資料を求めるのは妥当

これについて。

「その言い回し教科書語か?」

という意味なら、妥当です。

答えは

教科書語ではない。

口語的・説明用の表現

でも

「その概念存在するか?」

という意味なら、

資料要求はズレます

なぜなら概念

・射影

・消去

単射性の喪失

として、いくらでも正式名で存在してるから

なので整理すると、

・「削除」は厳密用語ではない → 正しい

・だから意味不明になる →文脈次第

概念自体が怪しい → それは誤り

ここを全部ひっくるめて

AIっぽい」「ポエム

って処理したから、話が拗れただけなんですよ。

要するにこれは

数学の正誤の話じゃなくて、用語選択の失敗。

そこまで来てるのに、

まだ「正しさ vs資料」に話を戻す必要

あります

Permalink |記事への反応(1) | 18:38

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anond:20260208182935

いや、望月新一の件を今の話に一般化するのは無理筋ですよ。

あれは

・超高度

前例がほぼない

・新しい理論体系そのもの

っていう、数学例外中の例外なんですよね。

今話してるのは

変数を消去すると情報が落ちることがある」

っていう、学部レベルの既知事項です。

この2つを同列に置く時点で、スケール感が完全に狂ってます

望月理論問題になったのは

「正しいかどうか」じゃなくて

理解可能か」「検証可能か」なんですよ。

しかも最終的には

「主張自体既存理論矛盾しない」

ところまで来てますよね。

一方こっちはどうですか?

・射影すると単射でなくなる

自由度が落ちる

・低次元に押し潰すと区別できなくなる

これ、反例を一個書けば終わる話なんですよ。

人間認知がどうこう以前の問題なんです。

たとえば

(x,y,z) と

(x,y,z') を

(x,y) に落としたら区別できない。

はい、終わり。

認知の歪みもクソもないですよね。

望月の件を持ち出すことで

人間認知が絡むから判断できない」

って言いたいんでしょうけど、

それは難しい話にしか通用しない免罪符なんですよ。

分かりやすく言うと、

学部数学認知問題に逃げる余地はほぼない

最先端理論認知検証問題が出る

今扱ってるのは、圧倒的に前者です。

からこの主張、

内容に反論できないか

レアケースを盾に一般論を濁してるだけなんですよ。

で結局また戻るんですけど、

情報が落ちる」のどこが間違ってると思ったのか、

そこ一度も示してないですよね。

望月新一を持ち出しても、

その空白は埋まらないんですよ。

Permalink |記事への反応(2) | 18:32

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anond:20260208182641

その主張が正しいかどうかってことに人間認知が関わっちゃってるのは望月新一騒動がよく示してるよw

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(1) | 18:29

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2026-01-21

いつかマルクス全集みたいに望月新一全集作られてからが本番なんだろうなあ

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(1) | 17:23

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2026-01-06

anond:20260106174651

お前って説明能力皆無だよな

フィールズ賞受賞者にお前は何もわかってないとかいえない望月新一みたい

まあお前ばただの底辺学校夜勤だが

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(1) | 17:49

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2025-12-08

望月新一は初の糖質状態ですごいことをやり遂げた人なのかもしれない。(岡潔がなったのは後では?)

糖質になるとなんでもできる気分になる。気分だけ。だから四つ足で走る方が合理的とか言って全くの素人だったのに短距離の記録を塗り替えるとか本気で思ってその走りを始める珍行動をしたりとかさ。

令和の虎に出てたナマズの脳と量子コンピュータをつなげて作曲するとか言ってた人も結局殺人未遂。そりゃそうだ彼の5ch書き込み見ても浅い知識をくっつけたポエムだったんだから

自分の中では整合してる気になってるんだよね。

で、望月はどうか。

ショルツ氏は彼の証明は系3.いくつだか忘れたがとにかく具体的な箇所を指摘してそこから過程がすっとばされてると言っている。

望月学部生でもわかることがわかってないと反論

これはどうにも怪しい言動だろう。

かに数学は初学者や中級者でも行間が見えない証明ってものがあるけれど、分かる人には行間が正確に補えるものになっているから、いわゆる訂正可能性みたいなもの保証されているか問題ない、数学的主張しての効力を認められているといる。

それが同じ専門の大家同士なのに本人以外は行間cが補えないっていうのはどうなのか。

また学部生でもわかることと言ってるが学部生では太刀打ちできない理論であることは望月自身自分が取った弟子に対して認めていたことらしいのでここに主張の無理筋さが感じられる。ショルツでもわからないことが学部にわかるだろうか?

自分が見た数学作法本には数学証明とは誰が見てもちゃんと読めば同じ結論が成り立つことが一部のごまかしもなくはっきり分かる主張ということであるということが書いてあった。

相手認知リソース依存しきりの望月反論はもはや証明精神に明確に反すると言えるのではないか

まり望月証明として見てくれと言うもの正真正銘本人を除き誰も行間を補えないレベルの飛躍が起こっているとして、さすがに本人しか証明として解読できない表現証明とするのは無理があるのではないかということだ。万人が理解できるのが理想とされるのが証明であるのに、この世でたった一人しか理解できないものになっているのだから

それでも過去の業績は疑いようなく優れたものらしい人なわけだから今回も望月の頭の中ではすっ飛ばされた過程について省略せずに書いたらどうなるかということがはっきり頭の中にあるのかもしれない。令和の虎の人は東大には行ってたらしくそれも普通の人から見れば素晴らしいわけだから、この過去が素晴らしいなら糖質になったとしてもその成果は素晴らしいはずだという考えをどこまで適用できるかという程度問題なところがある。

でも望月の今までの業績に比べたら東大合格なんて鼻くそレベルなのも確かだろう。

頭の中に省略部分があるならフェルマーごっこをやってないできちんとその行間提示すればいいのに、しないのでは、糖質ゆえの法螺吹きごまかしと受け取られても仕方がないと思う。明確に証明作法に反しているのだから

でもやっぱり彼の頭にはいまだ公開していない完全形の証明があるかもしれないと考えてしまえるほどには今までの天才ぶりに関する信用貯金が残ってるのがなんとももどかしいところ。

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(0) | 21:16

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2025-12-01

理解」の彼方にある数学──望月新一とIUT理論が問いかけること

1. はじめに──氷河の上の対話

2018年12月京都であった5日間の対話

一方には、自ら構築した「宇宙際タイヒミュラー理論」で数学界の難問ABC予想を解いたと主張する望月新一

もう一方には、その証明に「説明不能ギャップ」を見るペーター・ショルツェ。

彼らは同じ言葉数学語)を話しているはずなのに、まるで異なる星の住民のように、互いの論理を捉えきれなかった。

「どこが分からないのかさえ、分からない」。

これは、数学者がIUT理論に触れた時に口にした、ほとんど哲学的な嘆きである

2.数学は、いつ「別の教科」に化けるのか

我々が学校で習う数学は、確固たる地面の上に築かれた都市のようなものだ。

公理という基礎の上に、定義というレンガを積み、定理という建造物を建てていく。誰もが同じ地図を持ち、同じ道を歩める。

しかし、ABC予想のような深淵に近づくと、地面は忽然と消える。

そこには「夏場の動く氷河」が横たわっていた。足場は流動し、割れ目は見えにくい。

望月新一は、この氷河を渡るために、従来の登山道具(数学概念)では不十分だと考えた。

彼は新しいアイゼン宇宙)とロープブリッジ)を発明し、一人で渡ってしまった。

「見よ、対岸に着いた」と彼は言う。

しかし、彼以外の者は、その渡り方をまだ知らない。

3. 「ブリッジ」という名の幻想、あるいは天才

IUT理論の核心は、異なる「宇宙」を結ぶ「ブリッジ」にあるという。

だが、このブリッジは、従来の数学が知るどの「橋」とも似ていない。

それは具体的な写像ではなく、関係性の比喩のようにも、あるいは情報転送する「儀式」のようにも読める。

「このブリッジ設計図には、応力計算が書かれていない」とショルツェは言う。

「いや、これは新しい種類の橋だから、従来の応力計算では測れないのだ」と望月は応じる。

ここに、論争の本質がある。

革新は、往々にして既存検証基準を逸脱する。

だが、基準を逸脱したものが、果たしてまだ「数学証明」と呼べるのか?

4.地動説の再来、それとも幻影?

ガリレオが「それでも地球は動く」と囁いた時、人々は自分の足元が動いていることを想像できなかった。

IUT理論は、数学世界の「地動説」かもしれない。

まり直感に反するため、受け入れるには世界観の書き換えを迫られる。

しかし、地動説には望遠鏡という共有可能検証手段があった。

IUT理論には、その「数学望遠鏡」がまだ大多数に共有されていない。

望月という一人の天才けが覗ける望遠鏡で見えた景色を、どうやって共同体の確かな知識昇華させるのか?

5.孤独と共同性の狭間

数学は、歴史的に「孤独な探求」と「共同的な検証」の緊張関係の中で発展してきた。

ガロア孤独群論を創り、ワイルズは7年間を孤塁で過ごした。

だが彼らの証明は、いずれも共同体に開かれ、検証され、受け入れられた。

IUT理論は、このバランスが大きく傾いたケースである

まり自己完結的で、あまり独自言語で書かれているため、検証のための「共通の場」が成立しにくい。

それは、一人の建築家が、共通建築基準無視して建てた、あまりに独創的な塔のようなものだ。

美しいかもしれないが、他の建築家には、その安全性正当性)を確認する手段がない。

6.数学の、そして人間認識限界

IUT理論論争は、数学の内部問題を超えている。

それは、「人間はどのようにして、個人の深い直感を共同の確実な知識に変換するのか?」 という、科学哲学根本問題に触れている。

しかすると、我々の「共同的な理解」というフィルターは、真に革新的な知を濾過してしまうのかもしれない。

あるいは逆に、そのフィルターこそが、科学を単なる個人妄想から救う防波堤なのか。

望月新一は、そのフィルターを──意図的か否かは別として──きわどくかすめるようにして、新しい数学大陸発見たかもしれない。

だが、彼だけがその大陸上陸し、他者はまだ船(理解)を持たない。

7. 終わりに──氷河は解けるか

「5日間では短すぎた」。

そう誰もが思う。だが、果たして何日あれば足りたのか。

新しいパラダイム理解するには、時に「学び直し」に近い時間を要する。ショルツェら一流の数学者でさえ、その途上にある。

IUT理論は、査読という形式的な関門は通った。

だが、数学的真理の受容は、単なる手続きではなく、共同体の魂が納得するプロセスでもある。

氷河ゆっくりと、しかし確かに動いている。

つの日か、この氷河が確固たる大地として多くの人に認識され、ABC予想への道が共有される時が来るのか。

それとも、この氷河は「夏の終わり」と共に消え、数学史の不思議エピソードとして記憶されるだけなのか。

答えはまだ、誰も知らない

ただ、この論争が我々に教えてくれるのは、数学が──ひいては科学が──常に「理解境界線」との戦いである、という厳粛な事実である

数学とは、確かな地面を歩む技術であると同時に、時には氷河を渡る勇気でもある。

望月新一は、その渡河を一人で成し遂げた。

問題は、彼の後を、我々が続けることができるかどうかだ。

Permalink |記事への反応(0) | 21:25

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2025-06-22

dorawii

chatgptが望月新一の例の論文理解してないっておかしいよな。

人間と違って疲れることも無く一日中論文学習に回せるのだから証明追体験はできるはずだ。

普通人間よりよっぽどブレのない推論ができるのだから

それで「私は他の評価をまた聞きした印象から論文言及することしかできません」とか言うのはなにか意図的ものを感じる。

より多くの人がchatgptの解説を通じて論文理解できるような状態になったら困るとか思ってるのかもしれない。

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Permalink |記事への反応(0) | 19:43

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2025-06-20

dorawii

望月新一はいろんぱっぱw

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Permalink |記事への反応(0) | 19:25

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2025-05-25

dorawii

望月新一論文日本語に書き直すだけでだいぶとっつきやすくなるのではないか

何が書かれているのか理解できない状況が彼の天才性を演出するであり、ラテン語に威張っていた聖職者と同じに見える。

ハーツホーンも和訳が出ただけで劇的に手を伸ばす人が増えただろ。

anond:20250523205954

Permalink |記事への反応(1) | 17:27

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2025-05-21

dorawii

望月新一自分のあの論文有効性を示すなら、ABC予想証明以外にもいくつか簡単な興味深い(小中学生でも理解できるような)命題の、証明をその理論を使ってやってみたってのをいくつか見せればいいんだけどな。

当の本人がおそらく「自分論文完璧理解してる人しか議論相手として認めず、完璧理解してるのなら応用方法としての他の証明への適用もおのずと思いつく」と思ってるから平行線って感じかするんだよなあ。

ちなみに当の論文でABC予想の証明下りになってる部分はたった5ページほどらしい。

Permalink |記事への反応(0) | 17:25

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2025-05-15

anond:20250515173019

望月新一みたいな難解な知識を得ている人も論文がわかりづらすぎるし十分排他的なんだけどな

Permalink |記事への反応(1) | 17:32

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2025-03-25

望月新一論文劇場といった術語が独特過ぎてつまづくってNHKでは紹介されてたが

そんなこと言ったら量子力学も「香り」なんて術語使ってるし大概だろ

製作スタッフ理系エアプかな

dorawiiより

Permalink |記事への反応(0) | 12:18

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2025-02-19

anond:20250219180606

うそう。

世の中全員が望月新一みたいな天才だらけになっても、プロジェクト書類作ってまとめる人の存在必要

偉い人はわかってんだけど、新人にはわからんのですよこれが。

Permalink |記事への反応(1) | 18:07

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2024-07-07

数学界では一つの証明をしてから何年も次の研究に入らないのは普通ことなの?

だって望月新一って今は何を研究してるのって感じでしょ?

Permalink |記事への反応(0) | 20:48

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2024-07-06

神は万能を与えず

望月新一ブログの文才のなさ具合つまらなさを見るとよくわかる

数学的処理に最適化されすぎると人を惹きつける文章は書けなくなるんだろう

なんとなかなるのは岡潔レベルまでなんだろうな

Permalink |記事への反応(0) | 17:39

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2024-02-16

anond:20240216171356

なら、望月新一ABC予想証明に対して、これは証明できてるという人と証明できてないという人もいるのはなぜ?

同じ法則を共有できてないからでしょ?

そういうのみると、法則規定する定義そもそも一意に可能だったのかって話になるでしょ?

学生公式を「誤って」適用する。間違える。

でも学生は答えと解説を見るまでは疑いなく正しく公式適用してると思っているかもしれない。

相対性理論かになってくると延々と自分流の理解から脱却できず知恵袋で恥をかいている人がいる。おそらくこれはそれほど安易に決めつけ理解したのではなくむしろ精一杯苦しんでもがいてその自分が正しいと思っている理解に至ったのかもしれない。

でもまっとうと言われる学者はそれを間違いとはっきり考えている。でもその学者理解もまた思い込みでないとどうやって証明できるんだろうか?知恵袋で恥かいてるやつも学生が苦しんだ公式ぐらいは一般に正しいとされる理解をするかもしれない。学生知恵袋の人、知恵袋の人と学者、全ては相対的だ。

そういうことを感じさせるのもまた望月新一周りの紛糾である。ある論理的情報とそれに対する理解内容との矛盾は一意的に評価可能なのかということだよ

Permalink |記事への反応(2) | 17:19

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数学定義は本当に厳密で一意なものと言えるのか気になりました

たとえばユークリッド幾何学での直線は「幅をもたず、両側に方向に無限にのびたまっすぐな線」だそうですが、これも「幅」とは?「(幅を)持つ」とは?両側とは?「方向」の定義は?「無限(限りが無く)」とは?そもそも「限り」って何?「のびる」とは?「まっすぐ」とは?「線」と結論づけるのは循環論法じゃないの?

と突っ込む人にとっては厳密ではなくなっていませんか?

ここで、これらの言葉意味は、国語辞典に載っている意味と同じものだよなどといおうものなら、それこそ数学の厳密性を否定したようなものになってしまっていると思います

たとえば「方向」を調べたら「向くこと」とでます。これを調べると「物がある方向を指す」というふうに出ます。これは循環論法に陥ってますし、「物の正面があるものに面する位置にある」という別の語釈もありますが、物とは?正面とは?面するとは?位置とは?となります。これを繰り返せば結局どこかで循環論法に行きつくでしょう。

そもそも数学の根幹部分を支える論理学重要概念である否定(そうでないこと)」にしても、厳密に定義することは可能なのかと思います

「~でない」というのは、そうであることがないということ、と言ってみたところで循環論法

そうであるのになぜ上記のような定義公理が厳密なもの認識されているかといえば、「さすがにここまで平易な単語の組み合わせで書けば、これらの単語については私が常識として理解してる意味と同じ常識を、相手も持ってるはずだから同じ理解をするよね?」みたいな態度に立っているんだと思います

結局相手も同じ常識を持っているという不確かな信念によりかかっている、甘えている点で、数学記述もまた完全に厳密で一意というわけではないのかなという気がしてくるのです。

そもそも「方向」なんていうような概念は、言語によって定義されたものを知っているというよりは、幼少期に言語習得していく過程で、それが話されるシチュエーション、つまり五感などあらゆる感覚総体とセットでそうした言葉が使われているという環境に身を置いているなかで理解しているにすぎません。理解内容が各個人で全く同じである保証はどこにもないと思います

どんなに高度な数学表現も究極的には自然言語還元されるはずで(どんな高級言語機械語に置き換えられて処理されるように)、自然言語の各単語に対する人々の理解原理的には五感に根差し感覚的なものなのだから数学記述が厳密で一意というのは、結局はほかの記述の仕方に比べた程度問題(つまりは誇張表現)なのかなと思うのです。

感覚によらない「証明」をすることに価値を見出す人が数学をありがたがることがありますが、数学もまた根源的には感覚ありきの理解に基づいていると思うわけです。

この考えは間違っているでしょうか?そうであればどうして間違いなのか、どこがどう理解を誤っているのか知りたいので教えてください。

ちなみにたとえば「否定」というのは、根本的には、やはり言語理解が完結しているものではなく、現実の状況としての存在非存在にそれぞれ直面して、それぞれに対して「○○がある」「○○がない(なくなってる)」と言われてる場面を経験したうえで、その状況から理解した内容のさらなるアナロジーとして理解してるに過ぎないと思います(理解のあり方が、言語的ではなく、観念直観的)。

数学が他よりも他者と厳密に同一な合意が常に成り立つ、その工夫として、抽象度を高くしているのがその工夫にあたるのではないかという人がいました。↓

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14293524459

しか抽象度を高くすることは、合意内容のずれを減らすという点で「有効でもあり逆効果でもある」のではないかと思いました。つまり諸刃の剣なわけです。

有効である理由リンク先に書かれているのでそこに説明を譲るとして、逆効果であると思う私の説明を書きます

まり抽象度が高い概念は、抽象度が低い概念や直接的な事物に比べて理解が難しい傾向があるのがまずあるわけです。

また定義者の提起する定義をそれを発信される側が期待通りに理解しているか確認するのも、抽象度が高い概念ほど困難な傾向はあると思います

これ自体ある意味抽象のものなのでたとえが悪いですが、たとえば「左を向いて」という発言に対して、「左」を向く反応をすることで、この人は左について正しく理解してそうだなという確認(いや原理的には推定というべき)することができます

抽象度が高くなるほど具象と結びつけたこのような正しく理解してるかの評価確認テストをすることが難しくなるでしょう。

といってもそもそもわれわれは相手自分の言ったことを期待することと厳密に一致した内容で理解してるか確認することは原理的に不可能です。

頭をパカっと割って理解内容を覗きみるということはできないですから

対象となる言葉に関連したその人の発言や反応をみて、理解の結果としての発言や反応として、その人がある部分で正しく(定義者の期待通りに)理解してるだろうということを推定するしかありません。

しかも全体ではなく一部だけの理解が正しくても、発言や反応には異常が見られないということもあるでしょう。

反応や発言いくら調べても、概念全体を期待通りに理解してるかのテストには無限通りのパターン必要と思われ、原理不可能と思います

哲学的ゾンビにも通じそうな話ですが、日常範囲内で「理解齟齬があるような反応が返ってこないなら」そんな「理解が完全同一でないかもしれない」という可能性上の話を心配する必要はないというのはその通りでしょう。

ただ場合によってはそれが表出したように見える一例が、あれの原因がこれだとは言いませんが、望月新一がABC予想を証明したという論文での紛糾みたいなことが起こる一因にはなりえると思います

あれだけ理論として抽象的な概念を積み重ねた先には、定義者とそれ以外のその定義を見た人とでの理解のずれは、反応や発言として顕在化してくるほどになっても不思議ではありません。(定義者の解釈が正しいという優劣の問題ではなく)

特定公理範囲内において論理的矛盾のないシステム

はいますが、そもそも矛盾」とは何か?「論理」とは?「範囲」とは?とは、といくらでも曖昧でしょう。

たとえ矛盾記号論理の表現記述して定義した気になったところで、じゃあその記号定義ないし意味は?とどこまで突っ込まれても感覚に頼らない定義可能なんですかね?と思います

dorawiiより

追記

数学に限らない話じゃんっていうのはまあその通り。

でも定義について「厳密で一意」であることを(得意げに?)標榜してるのは数学(+論理学)とそれベース客観的であろうとする学問ぐらいだから別にエントリ詐欺じゃないよね?

a=b、aはbだ。「は」って何?「だ」って何?「英語的にはどっちもisという語に集約されてるけど、じゃあisってなんだよ」ってところから概念の共有をしてない前提に立った時、その概念を非感覚的で厳密に共有することは可能なのか、それが「完全に」できたと確かめるのにはどうすりゃいいって話よ。

言葉という形式が従で、それに乗るべき内容が主であることは百も承知だが、形式言い換えれば入れ

物抜きに内容を厳密に伝えられるのか、入れ物の存在無関係な、内容の厳密な伝達というテレパシーじみたものを考えることはそれこそ論理的に正しいのかという話でもある。

言語的なテレパシー論理的に矛盾してるので存在しえないのではないかとは思っている。

さら追記


イデア論かな哲学書読めばってブコメついたけど、順序が逆なんだよね。

イデア論とか学校で習って本読んだりして教養として知ってるからこそ、改めてその考え方を自分なりの具体的な考察対象にあてはめて思索したくなるわけよね。

先達の哲学者たちがいなかったら俺はいまだにブルアカで抜くだけの毎日だわ。むしろ哲学者リスペクト100パーセントなんだよね。

語彙力ないので語弊ありそうなのは百も承知だが、哲学って考え方の基幹部分のオリジナリティーはそんな求められてないんだよ。

しろ先人から受け継いだ考え方をどう今の時代の具体的な問題適用して考察を広げるかが大事なので、ちょっと哲学かじったような素人目には過去論文の焼き増しに見えてその存在意義が理解できないような論文ごまんとあるんだよね。

哲学において焼き増しは無意味パクリじゃないのよ。

あいブコメつける人って「方向性とかみたいな意味ベクトルという言葉を使ってる人は横文字使いたがりの格好つけ」と言ってる人みたいな人を性悪説的にとらえるクレーマー気質が高い人間に感じる。

ちなみに俺はベクトルという言葉を使う人は「周りがベクトルという言葉を使ってるからリアルタイム性を要求される会話でとっさに出てくる言葉ベクトルから、それをそのまま使ってる」ってだけだと思う。

Permalink |記事への反応(31) | 12:43

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2023-12-31

数学(あとせいぜい理論物理)の研究をするような人たちがほかの全学問研究従事すればいいと思いませんか?

数学は数論の本とかだと入門書でも修士レベル知識がないと読めないのがあるそうです。他の学問でこんなことはそうそうないでしょう。文系なんかは別に入門書じゃなく、専門家が同じ専門家に向けて出したガチの専門書の体で出された本だとしても、下手したら高校生でも読めると言ったら言い過ぎかもしれませんが、賢い大学生なら普通に読めるでしょう。

数学とそれ以外じゃ学問としてのレベルが違いすぎるのだと思います

まり、今現在他の学問をやってる研究者は数学をやるのは理解力が足りず無理でしょうが、逆に数学やってるような人がほかの学問をする分には、今その学問をやってるような人たちよりもまず頭がいいので、今後もその人たちに研究を続けさせた場合に得られるものよりもより多くて高度な成果が得られるのではないかと思いました。

自由主義なのでそんなことは無理ですけど、もし成果だけで考えたなら、今数学以外の研究してる人には全員学術の場からは退いてもらって、望月新一みたいな優秀な数学者のクローンを作ってその人たちにあらゆる学問研究をさせたほうがいいと思ったのですが、みなさんはどう考えますか?

Permalink |記事への反応(1) | 12:16

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2023-12-29

天才望月新一がもし数学ではなく生物の道に山中伸弥と同じ時期に進んでいたら、同じように(あるいは史実よりもっと早く)IPS細胞に関してノーベル賞を受賞する業績を出せていたと思いますか?

質問はここまでで以下余談です。

もしそういうことなのであれば、もうあらゆる知的作業要求する分野は全部彼に任せちゃえばよくね?って思います。少なくとも今後クローンを作るために死後アインシュタインみたいに脳みその切片を保存すべきだと思いました。んであらゆる学問研究を全部彼のクローンやらせる。大は小を兼ねるということで。

Permalink |記事への反応(0) | 16:01

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2023-10-05

感情論も仕方がない

人は自分論理的思考力を超えたことに対して考えて主張するには感情論になるしかないんだから

望月新一証明があってるかなんて話になると専門家のくせに感情論のぶつかり合いってなんである

最低でも第二不完全性定理証明理解できない程度なら結構無意識感情論連発してると思う。もちろんおれも。

でも意見はしたい。なので意見したらそれは非論理的にならざる得ないというだけの話だ

そもそも感情論と非論理的論を同じものにみたいに扱うのが正しいのかも自信ないしな

Permalink |記事への反応(0) | 17:29

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2023-08-29

anond:20230829194534

ふーん?一点突破でもなんでもいいけどこれ以上ないぐらい二次創作肯定派を騙される論法だと軽く物事発明した気分になったぐらいだけどなあ?俺自身は何年も知恵袋二次創作周りの口論見てきた上でのこの投稿だよ。

それなのに結局肯定派は知恵袋で見てきたようなゴネ方しかして来ないのは望月新一のIUT理論賛否両論ある如く天才のそれだからこそ反発したがるってことなのか、それとも単に何を言われてもカルトじみてて一行たりとも都合よく曲解することしかしないから周回遅れの反応になるのか…

暴行罪関連だとたとえば腕引っ張る程度なら暴行と感じるか感じないかやられた側の感覚は別れると思うけど、暴行罪はその行為同意してる限りは成立しないってんで親告罪的でもあるが、だからといって初対面相手同意してくれることを期待して腕引っ張ることをデフォでして大丈夫、あるいは自己責任として喧伝していいと思うか?

Permalink |記事への反応(0) | 19:58

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2023-08-17

論理的な正解なるものなどあるんだろうか?

学生公式を「誤って」適用する。間違える。

でも学生は答えと解説を見るまでは疑いなく正しく公式適用してると思っているかもしれない。

相対性理論かになってくると延々と自分流の理解から脱却できず知恵袋で恥をかいている人がいる。おそらくこれはそれほど安易に決めつけ理解したのではなくむしろ精一杯苦しんでもがいてその自分が正しいと思っている理解に至ったのかもしれない。

でもまっとうと言われる学者はそれを間違いとはっきり考えている。でもその学者理解もまた思い込みでないとどうやって証明できるんだろうか?知恵袋で恥かいてるやつも学生が苦しんだ公式ぐらいは一般に正しいとされる理解をするかもしれない。学生知恵袋の人、知恵袋の人と学者、全ては相対的だ。

そういうことを感じさせるのもまた望月新一周りの紛糾である。ある論理的情報とそれに対する理解内容との矛盾は一意的に評価可能なのかということだよ

Permalink |記事への反応(1) | 16:27

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