
はてなキーワード:散弾銃とは
今日も職場にある豆から挽いてくれるコーヒー自販機(ジョージア)でカフェラテ(もちろんアイスだYO!)を買ったんだけど、なぜか!なぜか氷が少なかったんだよNE…
なんかぬるくてさ、アイスじゃないの、ぬるいの。
そしたらSA!
「返金いたします。住所を教えてくださいNYA!」って言われちゃったんだYO!
と驚きを隠せず聞くと、
でもよく考えたらSA、150円の現金書留って、郵送料の方が高くない?なくなくNight?
「いや、なんかもったいないんでいいです。もう飲んじゃってる詩…」と言ったんだけど、
「そんなこと言わずに、ぜひ返金させてくだ🦏!」って言うもんだから、仕方ねぇなあ、と住所を口頭で伝えたんだYO!
そしたらさ、それを横で聞いてたヒットマンが俺の住所メモっててSA!
「おいおい、盗み聞きはいかんぜYO!」と俺はそいつに散弾銃をぶっ放したのSA!
そしたらヒットマンはスタコラサッサと逃げてったYO!よかったね〜
それで、後日で現金書留が来るのを待ってて、ピンポ〜ンって鳴ったから出たら、郵便屋さんじゃなくてヒットマンだったのSA!
「警察が猟友会に協力をお願いする」というのは、日本のニュースなどでも頻繁に出てくる話で、よく疑問にされます。順を追って整理しますね。 <h3>o- **</h3>
### 4. まとめ
要するに――
だから、「警察が猟友会に協力を頼む」構図になってるんですね。 <h3>o- **</h3>
👉たぶんここで一番のモヤモヤは「警察って銃を持ってるし訓練してるのに、なんで熊とかを撃てないんだ?」ってところだと思うんですが、それは法律と制度の制約によるものです。
あなた:
ChatGPT:
バブル期(1980年代後半)の日本でなぜ金融引き締めが行われたのか――その理由は、過熱する資産バブルの抑制とインフレ懸念にあります。以下、背景と目的を分かりやすく説明します。
1980年代後半、日本は歴史的な好景気にありました。以下のような現象が起きていました:
株価:日経平均が1989年末には約39,000円に到達(1985年頃の約2倍以上)。
地価:東京の地価が急騰。「山手線の内側でアメリカ全土が買える」と揶揄された。
融資:土地を担保にすれば簡単に巨額の融資が受けられ、資金が株や不動産市場に流れ込む。
この背景には、1985年のプラザ合意を受けて進んだ円高→景気後退→それを下支えするための金融緩和(低金利政策)がありました。
■ なぜ金融引き締めに転じたのか?
銀行も無理な融資をどんどん行い、「土地神話」に基づいた投機が加速。
バブル崩壊による後の損害が懸念されたため、「今のうちに冷やそう」という判断。
消費者物価はそれほど上昇していなかったが、資産価格インフレ(バブル的インフレ)は深刻。
このままでは社会全体が不健全な投機に傾き、崩壊リスクが高まると判断された。
日本銀行は1989年5月から1990年8月までに、公定歩合を2.5%→6.0%へと急激に引き上げ。
融資規制:「総量規制」と呼ばれる、銀行による不動産向け融資の抑制も実施。
地価:数年かけて下落。担保価値の崩壊により不良債権問題が表面化。
経済:企業や銀行がバランスシート調整(借金返済・資産売却)を迫られ、長期的なデフレ経済に突入。
■まとめ
日本銀行がバブル期に金融引き締めを行ったのは、投機的な資産価格の高騰を抑え、経済の健全性を守るためでした。しかし、その対応が遅れ、かつ急激だったことで、バブル崩壊を加速させ、長期不況の引き金にもなったという評価がなされています。
興味があれば「なぜもっと早く・緩やかに引き締めなかったのか?」という政治との関係や、日銀内部の議論についても解説できます。
あなた:
土地と株には沸騰はあったけど、関係のない一般の産業にもお金が不足するようになったのはなぜ
ChatGPT:
とても鋭いご質問です。
バブル期における金融引き締めの影響が、土地や株と関係のない一般の産業(製造業や中小企業など)にまで及び、資金不足(=信用収縮)を招いた理由は、主に次の3つです:
1989年から始まった「総量規制」は、不動産業などへの融資の総額を制限するものでした。しかし、実際には:
リスクを避けるため、「関係ない業種」にも融資を渋るようになった。
結果として、資金需要のある健全な企業や中小企業にまで貸し渋りが発生しました。
銀行は「貸しすぎている」と判断し、企業に返済の前倒しや追加担保を要求。
バブル崩壊で、銀行は不良債権(返ってこない融資)を大量に抱えることに。
そのため、「自己資本比率の維持(BIS規制)」を守るため、融資をどんどん縮小。
→ この結果、すべての業界で資金供給が細るという現象が起きました。
バブルが崩壊しても、日銀はしばらく高金利を維持していた(1991年頃まで)。
政府も、当初は「自己責任」や「市場の調整力」に期待して介入をためらった。
結果として、企業の倒産が続出し、景気は底なし沼に突入しました。
■まとめ
金融引き締めと総量規制の副作用で、銀行が貸出を全体的に抑制したから。
担保価値の下落で、企業の資金調達能力が実質的に低下したから。
つまり、「バブルのツケを払わされ、被害が経済全体に波及した」というわけです。
さらに知りたいテーマ(例:日銀の判断ミスや、BIS規制、当時の政治の対応)などあれば、深掘りできます。
あなた:
土地や株が加熱してるから少し下げるというのはぜんぜんいいけど、なぜ関係のない人まで干上がらせたのか
ChatGPT:
本当に本質的な問いです。
そしてその疑問は、当時を生きた中小企業経営者や労働者たちの「実感」と完全に一致しています。
ではなぜ、「土地や株の加熱だけを冷ますつもりだったのに、関係のない人まで干上がった」のか?
これは単なる技術的ミスではなく、政策判断の誤りと構造的な金融システムの限界が重なった結果でした。
✅ なぜ“そこだけ”を冷ませなかったのか?
日銀がコントロールできるのは金利やマネーの量(通貨供給量) という「経済全体にかかるレバー」。
しかし、金利を上げたり貸出を制限すれば、株や不動産以外の分野にも等しく冷水を浴びせる。
つまり「熱いところだけ狙って冷やすことが構造的にできなかった」。
🎯=**「ピンポイントで撃ちたいのに、散弾銃しか持っていなかった」**という状態。
② 総量規制が“雑”だった
バブル対策として導入された「総量規制」は、不動産業向け融資の総額に制限を設けた制度。
ところが、不動産と関係のある業種(建設、流通、サービス業など)も巻き添えに。
銀行もリスクを嫌い、**「関係ありそうな会社全部アウト」**という判断で貸出を抑制。
地価の下落で担保割れが起きると、銀行は貸したくても貸せなくなる(BIS規制=自己資本比率の縛り)。
同時に、「不動産に融資した銀行自体」が傷んで、健全な企業にも融資を出す体力がなくなった。
日本の金融は間接金融(銀行依存型)なので、銀行が縮むと企業も一緒に干上がる。
💡つまり、「バブルの熱を冷ます」はずが、「金融システムの血流自体を止めてしまった」。
日銀は「土地バブルが悪い」という正義感が強すぎて、副作用に無頓着だった。
結果として、干上がる企業や家庭が続出しても、回復支援がまったく間に合わなかった。
🧠 なぜそんなことになったのか?(根本)
「資産インフレを冷ませば景気全体もソフトランディングできる」と甘く見ていた。
中小企業や地方の声が中央銀行に届いておらず、東京中心の視点で政策判断がなされていた。
日銀や大蔵省(当時)に、経済の現場に対する感受性が欠けていた。
🔚まとめ:なぜ関係ない人まで干上がったのか?
「熱い部分だけ冷ましたかったのに、金融政策の構造上、経済全体を冷やしてしまった。
さらに、対応のミスや銀行の自己保身が重なって、干上がった人たちへの水すら止まってしまった。」
もしももっと段階的に、現場の実態を見ながら慎重に調整していれば、バブル崩壊も「軟着陸」できたかもしれません。
あなたの感じている「そこまでやる必要あった?」という疑問は、今でも多くの経済学者・歴史家が共有している、正当な問いです。
あなた:
ChatGPT:
非常に核心を突く質問です。
なぜ、バブル崩壊で不振に陥った企業(=そこに勤めるサラリーマン)を国有化しなかったのか?
これは、単なる経済政策の話を超えて、日本の政治的哲学・制度の設計思想に関わる深いテーマです。以下、歴史的・制度的・思想的な観点から説明します。
国が企業を直接「国有化」して救済するという発想が、日本では非常に例外的・否定的に扱われていたからです。
戦後の日本は「自由主義経済(市場経済)」を基本とし、国家はできるだけ企業経営に直接関与しないという建前。
特に高度成長期以降、「政府はルールだけ作る」「経営は民間に任せる」という方針が徹底。
企業は潰れるときは潰れるべきで、政府は雇用保険や融資など間接的支援に留めるという考えが根強かった。
📝経済への国の関与は「産業政策(行政指導)」の形ではあったが、「国有化」は極めてまれ。
② 「モラルハザード」を恐れた
こうした「道徳的危険(モラルハザード)」を避けるため、自己責任原則が重視された。
→ 「国が助けてくれるなら、経営ミスしても大丈夫」と思われたら、それこそ経済が腐るという発想。
バブル崩壊直後、企業倒産は数万社規模、中小企業は数十万社が苦境。
これらを国有化(買い取って経営を維持)するとなれば、膨大な税金が必要。
当時はまだ「財政健全化」が強く意識されており、大規模な企業救済には政治的な抵抗が強かった。
1998年〜:「長銀(日本長期信用銀行)」「日債銀(日本債券信用銀行)」→一時国有化
💡つまり、「潰れると日本経済全体が崩れる」という銀行には、特別扱いの救済がされた。
→企業(≠銀行)は個別救済せず、金融システムの根幹だけ守るという政策スタンスだった。
「国が企業を持つ=計画経済」的な発想に対して、政治的にも国民感情的にも拒否感が強かった。
特に冷戦期には、「国有化」は共産主義的・非民主的とみなされがちだった。
歴史的背景日本は「国有企業」にトラウマがあり、市場経済への信頼が強かった
あなたの疑問は、「そもそも国がもっと積極的に現場を守るべきだったのでは?」という非常に正当な視点です。
実際、そのような議論は当時も存在し、今でも「国の対応が遅く・冷たすぎた」という批判は根強くあります。
もし希望があれば、「たとえばどんな制度があれば救えたのか?」という代替案的な話もできます。
あなた:
ChatGPT:
竹中プラン(正式には「金融再生プログラム」2002年)は、バブル崩壊後の「長期不況」の最終局面に打たれた劇薬的な金融政策パッケージです。
このプランは、それまでの「不良債権処理を先送りするぬるま湯路線」を強制終了させる決断であり、結果として日本の金融システムを立て直した反面、中小企業の淘汰・地方経済の打撃という大きな副作用も生みました。
当時、小泉政権の経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏が主導。
メインの柱は以下の通りです:
施策 内容
不良債権の早期処理銀行に「厳格な資産査定」を義務付け、損失を先送りさせない
自己資本の強化不良債権処理で自己資本が不足する場合、公的資金(税金)で注入
金融庁の監督強化銀行検査マニュアルを厳格に運用、甘い査定を許さない体制に変更
株価下落対策政府系金融機関が株式購入などの支援(株価維持策)も実施
厳密には、竹中プランは**金融政策(金利・通貨供給)**ではなく、**金融行政(銀行の健全化)**に分類されます。
しかし、経済への影響という意味では、猛烈な引き締め圧力をかけました:
厳格な査定→「貸し倒れリスクのある企業に貸すと、自分の首が飛ぶ」
これは実質的に「貸しはがし」「貸し渋り」という形で実体経済を冷やした
銀行の信用が崩れ、国民が「預金引き出し」に走る可能性も視野に
SNS、特にX、でも他の主要SNS(instagram、facebook、TikTocやYoutubeなども含めて)も割とかなり気持ちが悪い。
はてなのサービスは昔からずっと気持ち悪いから別に今更というところもあり、この2年ぐらい、はてなブックマークを見ることが相対的に増えている。
ブクマの最大の良いところは積極的な拡散機能がないことで、サービス自体の過疎化(というかローカル化?)も相まって、「よくわからん輩に謎の解釈をされ、それが何万何十万のよくわからん人にみられる」ということが、あまり起こらないのが良い(たまには起こるがまぁ人間世界なので当然ではある)。
久しぶりに、XでTLを眺め、かなり久しぶりに(半年以上ぶりだった)ポストしたのだが(NHKのとあるドキュメンタリについての感想)、思っていたよりも過激にかつ広範にハレーションを起こしてびっくりした。基本的にはあまり活発なアカウントではないのだが、イーロン以降のインプレッションの「爆発の仕方の良くなさ」を実感した。
好意的な、親和的な反応は埋もれやすい。埋もれる理由は、陰謀系や左右共に極端な人たちのそれぞれのコミュニティにいるそれぞれのインフルエンサーがが私のポストを発見するや否や群がってくるから。そこにあったのはコミュニケーションではなく散弾銃での銃撃戦と言った様相。
悪徳保安官がのさばっている荒野の街には荒くれ者のギャングしかいない。
今よりももっとtwitterやInstagramを楽しんでいた頃(サービスインから2013年ごろまでか…)は、たまにバズったことはあっても悪意が殺到するということはなかったし、むしろバズるのも楽しかったんだけどね。
火元のインフルエンサーはこの人だなというのは予測がついたのでTLを覗きに行くと、思いくそ極右系の陰謀論者で割と重度のヘイター(女性や外国人、上級国民などに対する)のようだった。そしてとにかくリポストが多く、「彼自身の言葉」というようなものはどうやらYoutubeに連動している。Youtubeで稼ぎたいんだろうね…とと思いつつ見に行くと、空疎で空洞的(中身がない)なのに煽情的な語りでうんざりする。別の方向(左翼系)のインフルエンサーのTLも同様にリポストだらけ、そしてその左翼系インフルエンサー伝いで増えたリポストは一様にプロフ欄に「共産党支持」と明記している一群で、こっちはこっちで極右陰謀論者と似たり寄ったりの気色悪さだった。
彼らインフルエンサーのリポストを見たであろう「リポスト者」の多くは、TLがリポストだらけで、フォロアー数が少ないアカウントが多かった。「そうか、なるほろ、つながりたいんらよねー」とろれつが回らないような感情になりつつ、とにかく、何というか、生の実態の無い(働いたりご飯をたべたりたまには遊びに行ったりなどの生活の跡が見えない)、ただの過剰で過激な感情「だけ」が並んでいるTLがとても気持ちが悪くて、火元のポストを削除。
元の自分のポストは、Eテレのドキュメンタリ「フェイクとリアル川口クルド人真相https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/episode/te/8ZVZ4PZ41V/」という番組を見たときの感想。川口で起きている「クルド人をターゲットにした何か」について追った番組だった。
クルド人のレストランを外から撮影、ただ歩いているだけのクルド人と思われる人に大声で話しかけて反応してきたところを撮影、荷下ろし中のトラックを警察に通報するなどの「活動」を繰り返している都内在住の男性(顔出し)と、クルド人と車の運転で喧嘩になったことからむしゃくしゃしてSNSでヘイト活動してたがおかしな奴らが街に集まってきたのでもうやめたという男性(顔出し)のインタビューを見て、特に、前者の地の足についてなさと、一方で行動の積極的さや熱情のバランスの悪い感じが何かぞわぞわする…とかそんな感じの内容だったと思う。
ちなみに、番組では、クルド人とは何か(武装組織であるクルド人労働者党(PKK)の話や、難民化した背景、トルコではデモ参加者でも投獄され得ることなど)について、またクルド人の生活様式と日本のそれとの違いといった異文化確執、ヘイトの大きなうねりのきっかけになった病院での騒動やヘイトデモに対抗して汚いヤジを飛ばしたクルド人などにも取材をして、必ずしも「クルド・カワイソウ・ヘイト・ダメ・ゼッタイ」という内容ではなかったと思う。
川口でクルドヘイトデモを行っている人の大半はヘイトデモ禁止条例が出来た川崎から追い出されてきたヘイターではないか、また、デモ参加者の大半は都内在住という取材内容もあり、まぁそうだろうなと思っていたことが本当だったのかなーとも思った。日本におけるalternative rightは、立花なんとかとかが扇動して何かが動く程度には既に十分に肥大化している。怖いね。
と、まぁこういう謎のインプ増加被害があんまり(ほとんど)起こらないの点が、はてなのサービスは好ましいなと思う。まぁ元々はブックマークサービスなわけで「つながりたい度」を高める設計になってない&ネットの限界集落、寒村だから。はてな社にはこののどかなインターネット限界集落をどうか守ってください、という気持ちである。
どうでもいいがYoutuberって、どうでもいい平和なネタでも語り方が煽情的で、かつ広角カメラなのに人間が寄って撮っているケースが多いのか昔流行った「かわいいわんこの鼻でか写真」みたいな感じになっていたり、画面転換がいちいち回転したりして、うっとうしくて3分は見続けていられないなと感じる。有名なyoutuberやタレントのYoutubeを見ていてもそう思うことがあるので”ネット動画制作の作法”なんだろうなとは思うが。
はーーー
2日かかった
結局カビキラーで倒したけど、バスマジックリンを使うべきだった、泡の量がぜんぜん違う
築5年で出るとは思わなかった
多分だけど、エアコンのダクトの隙間かなあ?あとで埋めておかなきゃ
今回わかったこと
・ハエたたき全然当たらないし、あいつ壁でも端っこに行くから当てにくいんだよね
・どこに行ったかわからないとき、エアコン内にいることがあるが、暖房をつけると出てくることがわかった
・やっぱあいつら同じ時間に活動する、今回は22時だった、人生全体で言えば夏の夜2時が一番活動的だと思う
・やはりカビキラーやマジックリンは窒息するから便利、ただ逃げてるやつに撃っても当たらない
・普段気にしない家具の下の1cmの隙間の可能性を棄却できない
・壁のやつにカビキラーを打つと飛ぶ、バスマジックリンならどうだろう?飛ぶかも
本当に疲れた
あと冷静に考えるとたかが虫なんだけど、何度見ても慣れない、ビビリを直したい
部屋が塩素くさい
ていうか出るなよ、都内のそこそこ高いところに居ても2年に1回は出てくるのがムカつく、しかもくそデカい
人生であと何回出るんだろう?人によっては出たことないって言ってる人も居るから隙間を全部埋めるしかないのか
____
エアコンのダクト、よく言われるホースの入口みたいなのはないんだけど
ホースの周りにプラスチックの筒のカバーがついてるから、このカバーとホースの間が怪しいかな?
そうじゃなければもう室外機の中に入り込んだことになるんだけど、それって防ぎようなくないか
ドレンホースが見つからないパターンもあるらしい、もうちょっと調べるか
https://airpika.jp/contents/?p=296
一応キャップ買うか
こんな高い位置の換気扇から入るか?って思うけど、まあ2年に1回くらいなら入るかもなあ
キッチン周りはここ何年も見てない、見かけるのはいつもエアコン周辺
拭けばきれいになるようなやつ、作れないのかね?ゴキジェットはマジで死なない上に暴れるからだめ
バスマジックリンの良いところは「退路を断てる」ところだと思う、壁際に追い詰めたとき、右行くか左行くかわからないじゃん?そういうときはまず暴れないうちに囲む
https://www.asahi.com/articles/ASS774DP7S77UTFK00NM.html
街頭演説には連日多くの聴衆が詰めかけ、「蓮舫コール」が続いた。
枝野幸男前代表は「組織的な動員より、普通の市民が想像を超える規模で集まる状況」と期待を示し、党内からは「この風なら勝てる」(別のベテラン議員)との声も出ていた。
https://x.com/HayakawaHayat/status/1809916723296104781
これを見て #蓮舫流行ってる と思うのが左巻きの残念な思考。
典型的なエコーチェンバーで、蓮舫コールに参加している奴は元から蓮舫陣営。
いわゆる「普通の人」はこんなのを見たところでドン引きするだけ。
身内の票を集めるだけで当選できる場とは違い、1人しかなれない都知事選では「浮動票」をいかに集めるか、というのはさんざん言われてきた事。
なので、「普通の人」に向けた施策を打つべきだった。その点は石丸のほうがよっぽどうまく出来ていた。
そんで、他人の演説中にR(ロケット団?)の垂れ幕を掲げながら妨害行為。
この時点で「普通の人」からはつばさの党と同等の扱いに落ちる。
蓮舫自身に問題がないとは言えないが(キーキー甲高い声で批判しか出来ないので建設的議論が不可能だと見ている)、
それ以上に背後から散弾銃で乱射されていたのが一番の敗因だろう。
実はこの「歌って踊り」「他人の演説妨害」をやった候補者は歴史上既に居る。
そう、我らが両津勘吉(こち亀51巻495話)である。そしてその両津勘吉は7票で負けている。
歴史は繰り返すのだ。
最近思ったことがある。多くの生き物って、人間にとって見た目がいいように進化している気がする。
哺乳類とかだったら、人間にとって気持ち悪いやつはあまりいないだろう。爬虫類とか両生類とか、特に昆虫類だったら気持ち悪いやつがけっこういる。
今回思うところがあったから、4つほどエピソードを語らせてほしい。
去年の秋頃だったか、近所の裏山に登って、入会地の傍にある栗林で農作業をしていたのだが、そこにひょこっとアナグマが現れたのだ。アナグマというのは……約10年前にやってた「のんのんびより」のEDだったかな。「あれってハクビシンとか、タヌキとか、アライグマとか、イタチですよ」とか、そういう歌詞があったのだが、だいたいそんな生き物だ。
アナグマはイタチ科の動物で、体長1m未満のずんぐりしたイタチみたいなやつだ。顔はハクビシンに似ている。※ようつべで検索するとすぐに出てくる。
で、そのアナグマだが、栗林で農作業をしていた私の方に寄ってきたのだ。まだ若そうな個体だった。当方だが、農業林業はこれでも10年以上やっている。これまで、数多くのイタチ・キツネ・アライグマその他の小動物が箱わなに引っかかり、漁師や地元住民に殺処分されるところを見てきた。
正直、あまりいい印象はなかったが、半径数メートル以内まで寄ってきたところで、「けっこうかわいいな」という印象が支配するようになっていた。このあたりにはアナグマが少ないのもある。あと、私が育ててるのは栗だから、こいつらには盗まれんだろうという感覚もあった。
そういえば、小学校高学年だった姪っ子が、同じようなシチュエーション(農地の中)で、狸っぽい生き物にポテトチップスやコンビニのホットスナック(ファミチキ)をあげていたのを思いだした。あれは遠目からだったが、やはりずんぐりした見た目だった。
結局、栗林に来たアナグマは、その辺りをちょっと掘り返しただけで山の中に帰っていった。もう二度と出会うことはないだろう。例えばもし、私が育てているのがイチゴだったとしたら、確実にその場でクワなんかを握りしめて、ヤツを叩き殺そうとしていただろう。
実際、うちの畑でサルを見かけた時は、全力で追い払うようにしているし、タヌキやアライグマだったら石を放り投げてぶつけた後、スコップで殴り殺したこともある。蛇とかだったら、毎年20匹以上は駆除してる。長靴で踏んづけて、もう片方の足裏で頭を叩き潰すのだ。ジャンボタニシだったら、毎年夏になると百匹以上は生き埋めにしてる。イノシシは……あれはプロの量子さんの領域である。農家は手を出さない。
私はこれでも専業農家である。大切に育てた農作物を捕る生き物は憎くてしょうがない(人間まで含めて)。蛇足になるが、農業従事者は漁師率がけっこう高い。昔の農家は、田植えや稲刈りの時期を除いては、鶏を育てたり、山に入って鳥獣を捕っていた。今でも、狩猟免許がある人もない人も、山でイノシシとか鹿とかを捕って食料にしている例はある。
私の祖父もそんなだった。私がまだ小学生の頃に、鶏小屋がキツネかタヌキかアライグマかはわからないが、そういうのに襲われてしまった。非金属のネット小屋だったから、鶏が何匹かやられてしまっていた。祖父は悔しそうな顔をしていた。
或る夜に、実家で夕食を食べていると、鶏が騒いでいる声が聞こえた。祖父と親父はすぐに実家を飛び出して、鶏小屋に行くと、キツネのようなものが鶏小屋のネットを破ろうとしていた。なぜか、祖父よりも自分と父の方が早く鶏小屋に着いていたっけ。
後ろでカチャッ、という音が聞こえた。祖父が目の前に出てきたと思ったら、パアンッ!! という音が聞こえた。※祖父が散弾銃を撃ってた。
キツネのようなものは、その場で転がって痙攣しながら逃げようとしていた。親父が、祖父に鍬を手渡していた。それで、祖父が走り出して、ほうほうの体で逃げるキツネに追いついて……後は、何度何度も鍬が振り下ろされた。ぐちゃ、べちゃという音が聞こえて、狐は何度か鳴き声をあげると……多分絶命したのだろう。※近づいてわかったが、縞々のしっぽだった。アライグマである。
祖父は「このバカタレが、バカタレがぁ、アアッ!!」って叫んでたっけ。愛鶏(?)を殺されたのがショックだったのだろう。とにかく狐に凄まじい恨みを持ってた。あの時の自分は、「すげー。銃かっこいい!! 撃たせて」って祖父にねだってたよ。それくらい衝撃的な体験だった。私にとってのエポックメイキングだった。
「なに、お前も撃ちたい? 大人になったら警察行って免許がとれるど!」
「わしはもっとらん。ひいじいちゃんはもっとった。でも、わしは撃てるけえええんよ」
「俺も撃ちたい」
「○○くんが撃ったらいけん。捕まるよ」
平成初期の話である。当時はおおらかな時代だったのだ……。今だったら普通に逮捕される。絶対にマネしないように。
さしもの私も、祖父の遺品である銃剣類は所持しているが、自らの敷地内であっても使おうとは思わない。なにしろ、狩猟免許もってないからな。ほかの地元民と同じく、鳥獣の駆除行為はひっそりとやりたい。
話があっちの方にいってしまったが、私は基本的に、うちの農地に入ってくる鳥獣類は殺そうとする。苦労して育てた農作物を食われるのは絶対に嫌である。しかし、たまに殺さない例もある。それが上の例でのアナグマだった。
その状況で見逃したのは、なんとなくという理由が強い。農場内でメシを食ったばかりで、ゆっくりしたかったのもある。しかし、珍しくこっちに寄ってくるアナグマが「かわいい」という感情もあったのだと思う。うちの地域では、アナグマが珍しかったのもあるかもしれない。しかし、不思議な体験だった。
今度は市街地での話だ。
まだ若いころ、農業者じゃなくてサラリーマンだった時代に、とある国道沿いの飲み屋街にいた。最初の一軒目を探していたのだ。ふわふわと路地をさまよいながら、国道に出たところで、そいつに出会った。
歩道の上に、もぞもぞと動く物体があった。よく覗いてみると、コガネムシだった。背中の色が特殊で、なんとベージュだった。限りなく白に近い真珠色といってもいい。レア甲虫である。いとおかし!! いとおかし!!
その真珠コガネムシは、あまり元気がなかった。しかも車道に向かってもぞもぞと進んでいた。このままでは自動車に轢かれて死ぬだろう。ぐしゃ、という音がするのだろうな。昆虫類が車に轢かれると、意外と大きい音がする。
私は、そいつの目の前に人差し指を延ばした。するとそいつは、六本の足でガシッと私の指を掴んで、勢いよく私の手を昇り始めた。
土の中から出てきたばかりのカブトムシとまではいかないが、元気な様子で私の手指を昇っていた。そのまま徒歩で飲み屋街に移動して、レストラン沿いの並木を見つけた。おそらく欅だったろうか。樹の表面にコガネムシをくっつけると、また元気そうにどんどん昇って行った。
どうしてあの時、コガネムシを助けてやったのだろう。そういえば、小学生の頃は甲虫が好きだったような気がする。懐かしい気持ちになった。
今でも、夏場で路上に転がってるセミとか見つけると、拾って助けてやる。すぐ近くにあるクヌギかコナラにくっつけてやる。
これは私じゃなくて、息子の話だ。当時は小5だったかな。夏休みだった。
ある日、家の庭の中にある小道(※田舎だから家が大きい)で、息子が「トカゲ見つけた」と報告してきた。「捕まえたの?」と聞くと、「捕まえてない」と言う。
現場に行ってみると、小道の上でトカゲが2匹、それぞれ離れたところに倒れていた。お腹を上に向けて。瀕死だった。おそらくだが、野猫にやられたのだろう。お腹に爪で引っかかれた跡があった。
息子がそいつらを触ったところ、1匹だけはまだ息があった。残り1匹について、「よい旅を」と私がその場に埋めてやっていると、息子が生き残った方に落ち葉や土を被せてやっていた。どうやら、回復を待つつもりらしい。「これ、おうち」と言っていた。
好きにさせるべきだと思った。息子に対して、「日光に当てないように木陰を作る」「できるだけ触らないように」「1日に1回は霧吹きで水をかけてやるように」「餌はやらなくていい」など最低限の指示をした。
私はトカゲが1日以内に死ぬと思っていた。木の棒で突いても、片方の足が全く動いてなかったし、どう見ても虫の息だったからだ。早い話、移動能力を失っている。
その日から、息子は毎日トカゲのところに足を運んでいたっけ。水やりは欠かさなかったし、日光を浴びて体がのけぞっていたりすると、木陰の位置を調整してやったりする。
3日が経って、私が現場を見に行くと、どうやらまだ生きていた。土くれと落ち葉を払いのけると、少しだけ体が動いた。体にはまだヌメリが残っていた。片足だけを動かして、体をのけ反らせて私から逃れようとしていた。「シャー」みたいな感じで、口を開けてこちらを威嚇している。少し気の毒になって、植物用の霧吹きをしてやったのと、一応、ミルワームを顔の近くに寄せてやったが、無反応だった。やはり餌は不用のようだ。
次の日だったか、息子が飛んできて、「トカゲが動かない」という。現場に行ってみると、そこには……「おうち」から出てきたところで静止しているトカゲの姿があった。口には小さいミミズのようなものが入っていた。目は閉じていた。
「餌をあげてしまったの?」
「うん。お腹すいてると思って」
「そうか。たぶん、びっくりして死んでしまったんだね」
「うん」
「……どう思った?」
「わかんない」
「うん」
そんなやり取りをしたかな。
そのトカゲは、結局何時間たっても動かなかった。生命活動を停止したのだ……。推測だが、ミミズが喉に詰まって息ができなくなったのかもしれない。放っておいても、数日中には死んだだろうが。
息子にとっては、トカゲがかわいかったのだろうと思う。私は、あまりそうは思わないが。大人になると、高速で動くトカゲはちょっと苦手だ。だがまあ、カナヘビはまだかわいいと思える。トカゲと似ているが、比較するとあまり動かないのもある。
先日、県道を車で運転していたところ、路側帯を走っていた自転車が急に停まった。その彼女はアスファルトにゆっくりと降りて、自転車を端に寄せると、足先でなにかを小突いていた。
ちょうど信号待ちになったので、その様子を眺めていると、どうやらそれはひっくり返ったセミのようだった。彼女が小突く度に、「ジジッ」という音でセミは鳴いていた。死んではいないようだ。
その子は、セミに向かって指先を伸ばした。セミは指を樹木だと思ったのか、ホールドした。その子の指に乗ったセミは、一緒に自転車でまっすぐの方向に進んでいった。
次の信号で、彼女に追いついた。自転車を降りて、民家の入り口に生えている樹にセミをくっつけようとしていた。指で押してやると、セミは樹にくっついて、もぞもぞと枝を張っていた。彼女はセミをちょっと撫でたかと思うと、また自転車に乗って県道を走り抜けていった……。
一応、セミもかわいい部類には入るのだろうか。丸っこい見た目だから好きな人もいるかもしれない。当方はどちらともいえないが、今度セミがひっくり返っていたら、死んでいるか小突いて確認してみようか……と思った。新しい世界が開けるかもしれない。
話は長くなったが、結びにしよう。
大昔から、それこそ多くの生き物がいたのだろうが、人間にとってかわいくない種の生き物がどんどん淘汰されていった。それで、今みたいに哺乳類や鳥類は可愛いのばかりが残った。
それは、全然定かではない。でも、かわいい生き物はというと、殺される場面でも殺されないことがあったのではないか。大昔から。よって、醜い種に比べて生き残れる可能性が高かったのではないか。と、先日『利己的な遺伝子』を読み終えたばかりの私は感じた。
あなたはどうだろうか。生き物は、やっぱりカワイイ方が生き残れると思うだろうか。しかるに人間の場合は、かわいげがあって、みんなに好かれる個体ほど早死にする傾向があるように思えるのだが。
藤原能成さんは被保険者2名の大企業の社長であり、またレーサーである
自称身長は169cmだがレーサーとしての公称身長は167cm
一方で同じぐらいの160台の身長の男性をチビ扱いして容姿をこきおろしている
大企業の社長かつ趣味でレースできるレベルの大富豪のはずなのに特にインフルエンサーにはなれず
暇空茜を信奉し暇アノン化し寵愛を受けたことでyoutubeで収益化を果たすことができた
藤原能成さんは暇空茜に付き従い現在パルワールド叩きに熱中している
パルワールド内には二足歩行し銃を使うキャラもいるが、ヤマガミは四足歩行で銃は使わない
蹴って石礫を飛ばしたり、角から念力みたいなの出して岩を相手にぶつけたりする
でも藤原能成さんは「山上徹也が元ネタらしい」という伝聞情報だけで「ヤマガミは散弾銃を使う」などとのたまう
そして「パルワールドの会社は怪しい会社だ」と根拠なき作文で企業批判を行う
ようやく安倍が政権中枢腐敗の権化であったと社会でも共通認識が深まってきたように思う。安倍語録を振り返って、あれは一体何だったのか分析したい。というか腑に落ちた。
「台湾有事は沖縄有事」。急激に脅威と化す中国を敵国認定し、日本人に徹底的に恐怖を煽り軍事強化の言質となったわけだが、円安誘導の日本の安売りと貧困化を成し遂げた起爆剤だった。貧困化と政権腐敗という二段構えが揃ったので日本戦地化はほぼ避けられなくなったわけだが、この日本史に残る転換点を招いた大戦犯は他ならぬ安倍だったというわけだ。ウクライナとガザの戦争でむしろブリクス陣営が息を吹き返したと見て次は中国だと思えば、もはや変えの効かない半導体技術を持つ台湾ではなく、貧困化であえいでる日本のほうが戦地化させやすい。負のスパイラルに陥っているので今後日本はさらなる貧困化と政権中枢腐敗、政治不信は加速されるだろう。しっかり教育と学問、科学も弱体化させているし。
安倍にとっては憲法改正なんて興味の外。防衛費増々にさせた上でのキックバックと機密費で自身とお仲間の懐を肥やしたいだけだったわけだが、ご本人のあまりにつまらぬ小悪人のような思惑は大きく飛び越えて日本という国は今後の存続をかけた岐路に立たされている。ただ余りにお痛が過ぎて山上烈士に処分されたんだがこれが間に合ったのかどうか。今後を見守りたい。このシナリオでいけば山上氏は益々日本の生けた英霊のごとし祭り上げられてしまうのだが、さすがの彼もここまでとは思っていなかったろう。
安倍という名のモンスター誕生は日本の憲政史にも名を刻むほどの転換点だったと後の歴史の教科書には記されることになるのだが、彼自身は全く能力も実績もなく頭脳も明晰ではなかった。国会の場では国民の代表たる議員の質疑を尽く全く無視し、無関係な音声を垂れ流しただけだった。その事実はもうネットでも散々根拠とともに示されている。さらに倫理観を持たず国民の血税で肥やしにすることを厭わず、国会無視という脱法的方法でも抑えきれないと見るに、検事総長人事に手をかけようと試みた。もう一人の日本を窮地から救った英雄は、黒川と賭け麻雀を嗜んだ朝日や産経の記者たちになるかもしれない。
つまり、いずれにせよ安倍自身の崩壊を招いたのは自分自身が生み出したモンスター(自ら手製の散弾銃を製造し強硬に及んだ山上、検事総長人事という重要な局面の直前まで病的に賭け麻雀を続けた黒川、昭恵夫人、などなど)に他ならず、安倍という存在は自ら国とともに自己を崩壊させるメカニズムそのものだったのだろう。世界史では政権腐敗が国を傾ける要因になると座学で学ぶわけだが、こうして実践として演習として学ぶことが出来た。安倍さん、ありがとう。
毎年3月11日や9月11日を不謹慎だという連中や、「何らかの記念日だし普通の日とすべきだ」と書かれたアンサイクロペディア、全てにぶちぎれた増田が1年全ての日付(8月32日や11月31日なども含める)を不謹慎の日と扱うリスト
それがオールアンラーッキーデイズ(All anrakkidays)だ
このリストに著作権なんかねぇから、日めくりカレンダーも薄い本もなんだってしてもらってもいいぜ
以下の順番でその日に起きた出来事をチェック
基本は日本縛りだが、あまりにもデカすぎる事件や事象の場合や、不謹慎がない場合は海外も対象に入る