
はてなキーワード:拡声器とは
そんな日々の中で最も厄介なのは、CxOたちだ。
──CIO、CTO、CDO、CISO、CPO……肩書きは違っても、やっていることはだいたい同じ。
PowerPointを開いて「DXを推進している」と言う人たち。
うちのCxOはこう言った。
翌日、僕がPull Requestの内容を説明したら、「Goってタクシーのサービスの?」と返された。
その瞬間、何かが切れた。
──ケーキではない。
CxOたちはコードを読めない。
それ自体は罪ではない。
だが、読もうとしないことは怠慢だ。
よく聞く反論がある。
確かにそうだ。
ただし前提が抜けている。
つまり、コードを読めという話ではなく、読めるだけの構造理解を持てという話である。
「技術的なことは詳しくないが、成果は出している」
それはたまたまだ。
「上が言ってるから」「今期の方針だから」「スピード優先で」。
Pull Requestは読まないのに、Excelの進捗バーだけが毎日更新される。
これもよく聞く言い訳だ。
しかし、リソースが限られているならなおさら、理解の精度が重要になる。
僕が書いたAPIは、リクエストごとに外部APIを叩いていた。
「キャッシュを挟もう」と提案したが、PMは「リリース優先」と言った。
CxOたちは言った。
「想定してなかったのか?」
──想定してた。
だが、理解できないのは説明の問題ではなく、聞く姿勢の問題だ。
Slackの“#incident”チャンネルだけが、いつも一番アクティブだ。
CxOたちは「コストを切れ」と言う。
切れるのはコストだけ。
削ったコストの穴埋めに、技術的負債の利息を支払うのは現場だ。
Goで書かれた美しい構造体も、やがてはコメントだけが動くレガシーになる。
CxOたちは「我々はデジタル変革を進めている」と言う。
だが変わっているのは、スローガンのフォントと会議資料の配色だけだ。
クラウド導入もAI活用も、認知が変わらなければ儀式でしかない。
──違う軸を持つのは構わない。
現場を理解しない経営視点は、地図を見ないドライバーと同じだ。
「コードなんて書かなくていい。これからはノーコードの時代だ。」
だが、それは“コードをなくす”技術ではなく、“コードの抽象度を上げる”技術だ。
だが、隠したコードが消えるわけではない。
ボタンの裏にも、ワークフローの下にも、API呼び出しやロジックは確実に存在する。
それを理解せずに使えば、「コードを書かずにバグを埋める」だけの仕組みになる。
「ノーコードでいい」と言うCxOは、
「物理を知らなくてもロケットは飛ぶ」と言っているのと同じだ。
理解しないまま導入するノーコードは、“ノーコード”ではなく“ノーガード”である。
人を楽にするどころか、誰も直せない仕組みを量産する。
DXとは、ツールを導入することではない。
それを理解しない限り、
理解しないことだ。
真っ先に切られるのは、
──コストだけ。
CxOたちは「未来を見ている」と言う。
未来とは、仕様書ではなく、Pull Requestの積み重ねだ。
お前と付き合っても何もいいことがないって新部を通じてママが言っていた。坊主にすると受刑者になるだけだしな。
むろん拘置所内ではやっぱり絶対河川敷に行った方がいいわって何回も思ったけど、催眠詐欺により、やってもいいけどあれは少年が底上げしているぞ
となんどヒントが出たか。 また、6月に釈放されると延岡拘置所の前のアパートの佐々木が、ない、ないといってゴミステーションに向けて刀を振り下ろし
俺が拡声器をしていると、ガールズバーの老人が拳銃を撃ってくる夢を見た。あれはどうやってつくっているのか。またその夢をみるのが楽しみなばかりに
週に1回ウンチ漏らしてる人に「君さあ、社会人は年に1回であってもウンチ漏らしちゃ駄目なんだよ?分かってるの?」と言われたら理不尽すぎてブチギレでしょ。
結局、人間ってのはどこかで「お互い様だから仕方ないよね」である種の契約を結んで暮らしてるんだよ。
週に1回ウンチ漏らす人がいても我慢するって世界では、「週に1回ぐらいウンチ漏らすぐらいするよね。人間だもんね。みんな我慢しようね」ってルールがいつの間にか結ばれてるわけ。
そんな中で当の本人が「なんでウンチ漏らすの?許されることじゃないよ?」って自分の漏らしたウンチを棚に上げて語りだしたら、「我慢するってルールにして上げてたよね?君のために?なんで君がそれを破れるの?どの立場で?」って気持ちにならない?
「キャラクターであっても性的消費は良くないと思います。それはそもそも社会悪だから」と宣言してる本人がキャラクターを性的消費するような内容を描きあげているから、「そういうルールになってないよね?なんで君は自分で決めたルールを自分で破ってるのに、みんなで守りましょうって拡声器に向かって口にしてるの?」となってしまってる。
つまり「怒り」っていうのは「そういいうルールだと思ったから俺は守ってたのに、なんでいきなりひっくり返して知らん顔してるんだ?」ということから産まれてくるんだよ。
そして多くの人が目の前の理不尽を「これはそういうルールだから我慢しよう」と飲み込んでるってこと。
飲み込んだ不快感情は、ルールが平然と破られたときに爆発するんだ。
「俺は人に期待してないから怒らないよ」と言ってる人は単に周囲がまともなだけだと思うよ。
自分が週一でウンチ漏らしてたら、他の人が週一でウンチ漏らしてても「ここの村ではそれはセーフ」として許すってルールを自分が作らせたことを自覚できる程度にまともな人。
昨年あたりから、川口・蕨エリアに住んでいるというと、「治安悪いんでしょ?」と言われることが増えた。ネット上の切り抜き動画を見ると「キケンな町」だと思うらしい。昔、このあたり出身の星野源が「住宅やら赤ちょうちんしかないような場所」と形容したように、たいした特徴のない街だ。
しかし、ここのところ、大きな変化が1つ。拡声器で口汚い言葉を叫ぶ、市外の活動家たちが駅前にやってくるようになったのだ。さらに、それに反対するために、口汚い言葉で言い返す活動家までやってくる。
当然、罵詈雑言の投げつけ合いが起こる。言葉のキャッチボールじゃない。撃ち合いだ。右から飛んできた弾でも、左から飛んできた弾でも、耳に流れ弾が直撃すると、不快きわまりない。
昨夜、改札を出たら、こんな声が聞こえてきた。
―日本人がぁ、1番でいいんでぇす!!
―(ヤジ)そうだー よく言ったー
―(ヤジ)うーそつき うーそつき レイシスト帰れぇ!
マジうっせえ。お前ら、まとめて黙れよ。どうせ、市外から来たんだろ、帰れよ。
この夏、地域を愛し、地域のために働く「市民ファースト」の人たちが一生懸命準備した祭りの日にまでやってきて、ギャアギャア言いやがって。お前らが、内輪にしか届かない罵詈雑言ばらまくと、地域がギスギスすんだよ。気づけよ。
だいたい、しばき隊とか言うヤツらもうっせーよ。お前らが口汚い言葉でギャアギャア反論すると、騒音レベル上がるから、別のアプローチしろ。
そして、河合ゆうすけ!しかめっ面で駅の周りうろうろして、誰かを叩いて、発信して、議員の手当てもらえるのかよ、いいな。スーパークレイジー君も当選した戸田市で1度だけトップ当選したからって、民意を得たと勘違いしやがって。おい、戸田市民、そちらの市議がこちらにやってきてとんだ迷惑だよ、なんとかしろよ。市境、越えさせるなよ
そして、彼を囲むヤツら、「そうだー」「そうだ-」とか同調してるけど、まず、髪の毛洗えよ、歯を磨けよ。デモの日、駅前がくせえんだよ。差別じゃない。事実だ。言葉の流れ弾並みにキツいわ それだけで体感治安、さらに悪くなる。
ネットの断片的な情報見て、覚醒したのかもしれないけど、まず、自分の面倒見ろ。そこに混ざって叫んでいたら、今ここにある孤独や不安は癒えるかもしれないけど、帰属するところ間違っているぞ。その活動、恋人や家族や同僚からは敬遠されるぞ、絶対。名門の大学出て、お笑いでたいした人気もでず、「ヘイト」という道に活路を見出した男に魅せられたって、あいつは人生の責任とってくれない。
ここまで読んだら、絶対何人かは「危機感のない、バカが書いている」とか「かの国の人だ」とか言い出すヤツいるだろ。地域を愛する「市民ファースト」の日本人だよ。市外の活動家、蕨・川口に来るな!出てけ!
ソープの話題が出てたのでChatGPTに調べて貰った。(DeepResearch)
ソープランドやデリヘルといった風俗店では、建前上「本番行為(性交)は提供せず、お風呂やマッサージだけ」を謳います。しかし実際には、個室で客と従業員が自由意志で恋愛関係になった結果として性交したという形を装い、店側が売春を斡旋していないと主張するのです。料金は「入浴料」などと称し、性的サービスそのものには対価を払っていないというフィクションで法の網をくぐっています。この「自由恋愛だから売春ではない」という業界の建前は、1986年の最高裁判決で明確に否定されており、経営者が「知らなかった」と言い逃れできないと判示されています。
本来ギャンブル禁止の法理念が事実上骨抜きにされ、事実上日本最大のギャンブル産業が合法的に存在している矛盾です。社会的にはパチンコが深刻なギャンブル依存症の原因になっており、本質的には賭博と変わらないにもかかわらず、グレーな状態で巨大産業として存続しています。依存症による家庭崩壊や経済的損失など倫理的・社会的問題も大きいのに、法の網をくぐっているため十分な規制・課税が及びません。また景品交換所は古物営業法の適用除外とされており(「盗品等の処分の実態がない」との理由ですが、実際には強盗や窃盗事件も発生しています)、制度の不透明さが治安面の懸念も招いています。
公職選挙法は選挙運動の方法を厳しく制限する法律です。戸別訪問の禁止や文書図画(ポスター等)の制限などが規定される一方で、選挙運動用自動車(選挙カー)による連呼行為は例外的に認められています。同法140条の2で「連呼行為の禁止」を定めつつ、「但し選挙運動用の自動車上では連呼してよい」と明記されているため、候補者名の連呼だけは走行中でも許されているのです。
この規定により、日本の選挙では選挙カーが大音量で候補者の名前を連呼する光景が定番化しています。公職選挙法は選挙運動期間を公示(告示)日から投票日前日まで、時間も原則朝8時から夜8時までと定め、それ以外の深夜早朝は活動禁止です。ただし拡声器の音量について明確な上限規制はなく、住宅街でも法定時間内であればいくら大音量でも違法ではないため、実質ノーガイドラインの状態です。その結果、各候補が少しでも有権者の耳目を引こうと最大音量で連呼を繰り返し、毎回の選挙で「名前を連呼するだけのうるさい車」が走り回ることになります。これは本来、公職選挙法が戸別訪問等を禁じた副作用とも言えます。禁止事項が多いため候補者は合法な宣伝手段として「連呼」に頼らざるを得ず、結果として騒音公害のような現象が合法化されてしまったのです。
2006年以降、民間委託の駐車監視員が違法駐車の取り締まりに当たるようになりましたが、彼らが対象とするのは主に運転者が離れた「放置駐車」です。そのため運転席に人が乗ったままの車は、たとえ長時間停車していても監視員は直接取り締まらないケースが多いのです。実際には「運転手さえ乗っていれば駐車違反にならない」というのは誤解で、運転者がいても5分を超えて継続的に停まっていれば法律上は駐車違反です。しかし現場では、監視員が車に近づきタイヤにチョークマーキングしようとすると運転手がすぐ移動してしまい証拠固めができないため、結局見逃されてしまいます。加えて警察OBいわく「緑のおじさん(監視員)はトラブル回避のため運転手が乗っている車はスルーするよう指示されている」節もあり、運転席に人を残したままハザードを点滅させて路上駐車するのが物流業者やタクシーで横行しています。「ちょっとの間なら…」と誰もがやりがちなグレー行為として半ば定着し、駐車禁止標識が形骸化しているのが実状です。
技能実習制度は事実上、認めていないはずの単純労働を外国人にさせる抜け道として機能しています。例えば農業・建設・介護など人手不足の分野で、開発途上国から来た実習生が3~5年間働きます。名目上は「技能の習得」ですが、実際には過酷な労働や長時間残業、低賃金で働かされるケースが多発しています。監理団体と送り出し機関を介し、中小企業や農家が直接雇用する形をとらない複雑な構造も不正の温床です。結果として実習生への賃金未払い・暴行・パワハラ等の人権侵害が後を絶たず、毎年数千人規模で失踪者(逃亡者)が出るなど闇が深い状況です。制度の恩恵を受けるはずの受け入れ企業からも「使い捨ての安価な労働力として酷使されるだけでなく、失踪リスクや手続コストもかかり、こんな制度はおかしい」と批判の声が上がっています。現に、「これは人身売買だ」とまで制度を非難する雇用者もいました。
日本は相当数の二重国籍者を黙認しているのが現状です。国籍法には22歳までに国籍を選べとありますが、選択しなかった場合の罰則はなく、役所から「選択宣言をしてください」という通知が来る程度です。また日本国籍離脱は本人の意思による届け出制であり、他国籍を取得しても本人が届け出ない限り日本政府は把握できません。例えば米国など第二国籍を取った日本人でも、日本には報告せず日本旅券を更新し続ける人もいます。政府側も海外で外国籍取得の情報を完全に把握する術はなく、結果として黙認状態が長年続いています。一部では、著名人などが二重国籍疑惑を指摘され問題化する例(2016年の政治家のケースなど)もありますが、そうしたケースでも最終的に国籍離脱を強制されることはまれです。つまり法律上は禁止だが事実上は放置という典型例になっています。
友達の草野球見に行ったんだけど、隣の面のグラウンドで地元少年軟式野球チームが練習してたのでそっちのほうも見てた。
大声出す時もあるけどフレンドリーな調子(頭抱えながら「〇〇~!!お前それだとランナーセーフなっちゃうよー!!!www」みたいな)。
俺子供のときに一瞬だけ野球やってたことあるんだけど、それと全然違いすぎて衝撃受けた。
20世紀がほぼ終わるような時代だったので、さすがに指導者による子供への暴力はほぼなかった。
でも、例えば警察24時とかあるいは夕方のニュースなんかでたまに流れるような、交通トラブルのドラレコ映像さながらの狂ったような大声で罵詈雑言を怒鳴り散らされるってのは毎日のようにあった。
拡声器を常に手放さずに精神疾患を疑ってしまうほど狂い散らかしてるのがデフォの指導者すらいた(周りの野球ガチ勢から聞くに、中学軟式の指導者のキチガイ率は格段に高いようだ。強くもないそこらへんの中学でも関係なしにキチガイ監督が当たり前に君臨してるような世界なんだと)。
俺はもう35歳になるけど、野球辞めて以降、リアルの生活において30代40代のオッサンが当時の少年野球レベルに発狂キレ散らかしてる場面に遭遇したことはない。
彼らはどう考えても異常者だったと思う。
それだけに、少年野球の現場から耳をつんざくようなボリュームの怒声や罵倒雑言がすっかり消え失せている現実を目の当たりにして隔世の感があった。
野球って競技はまあとにかく選手がチームメイトに対して攻撃的で容赦ないのが(中の上~上の上レベルのチームに関しては)ごくごく当たり前で、
「下手はいじめられるよね。仕方ないよね。ダサいよね。あー野球上手くて良かった!」
が界隈の"あるある"だったんだけど、その動物界チックな感じは今の時代でも変わってなかった。
まだ声変わりもしていない身長140cmくらいの少年が、練習中にミスをしたチームメイトの背中に向かって守備位置から
「おめえ、前もそれやったせいで負けたんだろ死ねよコラ」
と露骨に嫌悪感丸出しの表情を作りながら淀みなく罵倒を浴びせていた。
【この記事要約】ウクライナ版のバチェラーに出演していた男性が戦争で脚を失った退役軍人だったそうです
本来戦争と結びつかなさそうな番組にまで爪痕があってショックでしたし、ハイスぺイケメン役が退役軍人というあたり色々考えさせられました
あと自分の価値観とか考え方のクセについても考えさせられました【要約終わり】
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趣味ブログに万博行ったレポートを載せる予定なのだが一か所あまりにも、あまりにも印象的すぎた展示があるので先にメモしとく
ただの感想なので深い考察や知見とかはないです、語彙力もないです
前提としてコモンズC館にあるウクライナ展示の形式は、黄色を基調にした壁に青の模型とバーコードが展示されていて
バーコードをスキャンすると現地の様子と説明の短い映像が流れるんだけどそれがだいぶ生々しかった
たとえば一番最初に目につく青の拡声器のバーコードをスキャンすると「戦争中でもLGBTQ+デモは行われていてウクライナの多様性を守るために戦ってて云々」みたいな
あるいはテディベアのバーコードなら「ロシアは子供たちを不当に誘拐したり「子供たちのために」と書かれたミサイルを飛ばしたりしてた」とか
説明はうろ覚えだけどとにかくウクライナの現状を現地映像付きで見れたしショックというか悲しかった
で、ここからが本題。個人的に一番印象的で生々しかったのは薔薇のバーコード
急にウクライナ版バチェラーの話が出てきて「流れ変わったか?」と思ったら「出演男性は戦争で脚を失った退役軍人です」とか流れてショックすぎた
なぜかって
まずバチェラーといえば世界的に知名度あって私も名前と内容くらいは聞いたことあったから、単純に知ってる番組にまで戦争の爪痕があるのがショックだったし
「独身ハイスぺイケメンを女性たちが取り合う」という本来戦争と結びつかなさそうなエンタメ番組にまで影響が及んでいるのもまた地獄すぎた
加えてバチェラーはドキュメンタリーではなくリアリティショーなんだからもっと現実離れしたイケメンを連れてきてもいいはずなのに退役軍人って人選なのが
退役軍人しか連れてこれないくらいに人材不足なのか、もしかしてイケメンの基準に実戦経験者が入る=戦争が男性観にまで影響を与えるレベルなのか、あるいはエンタメ番組に元軍人を起用して国威高揚しないといけないレベルで追い詰められてるのか
実際に番組見てないから的外れかもしれないけど(公式YouTubeとかないか後で探す)、色々深読みしてしまって
あとこっから自語り度高くなるんすけど
ウクライナの展示で個人的に一番印象に残ったのがバチェラーってのが、これってどうなのかなって
普通の人は多分子供が誘拐された・「子供のために」と書かれたミサイル飛んだとか、デモとか、地下鉄が学校替わりになってしまったとか、「ヒマワリ油の半分はウクライナ産なので買ったら支援できるかもね」展示とか
そういう実生活に根差した展示の方が印象に残る気がするんですよ
でも自分は夢ばかり見ながら生きたい人間なので「エンタメ番組にまで戦争の影響が及んでます」って方が生々しさを余計に感じてしまって
じゃあもしエンタメ業界すらない、貧しかったり被害がもっと壊滅的な土地の戦争なら生々しさを感じないのだろうか……とか思考がグルグル回ってしまった
ちなみにウクライナの展示は数十分並びました、が見に行く価値はあると思います
単純にバーコードスキャン形式の展示も珍しかったので変わり種パビリオンを求めてる方もどうぞ
そしてパビリオンには「Not for Sale」と書かれた看板があったのですが、これも深読みすべきなんですかね…
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1.上記の説明だけだとウクライナが戦争で疲弊してるところだけ流されてる感ありますが
実際には戦争にあらがう人々の様子も多く載せられていました、というより「戦争はひどいけど私たちは抵抗しています」的なノリが趣旨だった
まあ万国博覧会だし国の威厳を見せるのは当然の流れよな
バチェラーのやつも「私たちは生き続けてます」的な結論で締めくくられてた記憶がある、とはいえ個人的にイケメン役が退役軍人ってのがショックでそれどころではなかったけど
2.ここに載せ忘れてた展示で覚えてるやつ要約
「私たちは(おそらく戦争で壊された)家の建築工事を上回る音量で音楽をかけ、復興に挑んでいます」
2025年7月24日に開催された万博スト6大会こと「アンリミテッドスポーツフェスティバル」に参加しました。
個人的な意見も混ざってるので「自分も参加したけどそうじゃなかった、そうは思わなかった」という人もいると思いますが大目に見ていただきたいです。
ルール編
・3on3でbo1というのは事前に知らされていたのですが、ダブルエリミネーションということは当日に初めて知りました。
・トーナメント表は当日に発表されました。
控室編
・選手控室はまあまあ広く、冷房が効いていて快適でしたが、他の種目の選手(ダンスだとか他のスポーツだとかぷよぷよだとか)も全員そこに集められたので人で溢れかえり、用意されている椅子も少なく疲れたら地べたに座るしかない状態でした。
・熱中症で具合の悪い人をこの部屋で応急処置を行っていました。せめてもう少し静かな部屋を用意してあげてほしかったです。
・人がたくさんいる中スタッフさんが選手の呼び出しをするのですが、拡声器なども使わず大きな声で呼び出していたのですが周りの話し声のせいで待機している場所によっては全く聞き取れませんでした。
・氷水が入った大きな容器にたくさん飲料水を用意していたので水分補給は手軽に出来てありがたかったです。
会場編
・屋外です。屋外のライブ会場にあるようなでっかいスクリーンを映すところに長机、パソコン、モニターを置いてありました。大きな扇風機でパソコンに風を送っていました。椅子から立ち上がるのもちょっと苦労する狭さでした。
・振り返ればすぐ後ろに映像を映したスクリーンがあるのと、日陰になっているとはいえ屋外なのでモニターは場所によっては見辛かったです。
・ラグチェックは自分からラグチェックをしたいと申告しないと無さそうでした。スタッフからラグチェックしてくださいとの声かけもなし。(スタッフによるかも?)
・配信台と配信しない台もこの時点ではすべてここで進められていました。
機材トラブル編
・ウィナーズとルーザーズの一回戦が終わったごろから機材トラブルが発生したとのアナウンスが入る。そのまま控室で待機していると、パソコンの熱を逃すために1時間の休憩をとることになったとスタッフさんからアナウンス。
残るチームがほとんどでしたが、途中で棄権し帰られた人もいたようです。
・屋内に場所を移して大会を進めることにした模様。しかし、どこかの部屋を使うとかではなく、控室がある建物の2階の踊り場みたいなちょっとした、ほんとにちょっとした狭いスペースでの進行。
・時間が押している関係からか、ここからチーム戦から個人戦の大将戦1on1をすることに。bo1。
決勝は3on3のチーム戦をする予定。
・さっきの屋外よりも狭い。ぷよぷよのトーナメントも同じところで行われてました。
このような感じでした。
自分は暑さに耐えられず自分たちのことが終わったら早々に帰りました。
駅に向かう道中、空調の効いた大きな会場で開催されていたもう一つのゲームイベントを見かけて思うことはありましたが、疲れすぎていたので知らないフリをしました。
2006年9月24日、京都発のIT企業・はてなの実験場「はてラボ」からはてな匿名ダイアリーがひっそりと産声を上げた。
当初は単なる試みの一つに過ぎず、誰もが自由に匿名で日記を書ける――いわゆる「匿名ダイアリー」、通称「増田(ますだ)」がこうして誕生したのである。
ちなみに「増田」という呼称はanonymous diary(アノニマスダイアリー)を日本語読みした際に「アノニ“マスダ”イアリー」と聞こえるダジャレに由来する。
サービス開始直後、匿名性を守るための施策が次々講じられた。リリース翌日の9月25日には投稿者のプロフィールページ(マイハテナー)へのリンクが早くも削除され、9月29日には画像貼り付け機能も禁止となっている。
テキスト主体で完全匿名を貫く方針が、最初の一週間で明確に示された形だ。初期の増田にはユーザー有志による「匿名ダイアリーならではの遊び」がいくつも提案されたものの定着はせず、10月上旬には投稿数も落ち着いた過疎期に入った。
しかし10月下旬になると様相が一変する。匿名ダイアリー発のエントリが徐々にはてなブックマークの「注目エントリー」(ホッテントリ)に顔を出し始めたのだ。
たとえば「はてなブックマークで話題になるブログとならないブログの違い」といったメタ考察の記事が注目を集め、増田発の長文論考がちらほらと人気入りするようになった。
サービス開始初日に投稿された記念すべき最初の増田のタイトルが「はてなの名でやるような事でもない」だったことも象徴的だ。
冒頭からして手厳しい内部批評であり、いかにも「はてならしい」船出と言える。
しかし、この小さな匿名ブログが後に国会で言及されるほどネット世論を動かす存在になるとは、当時誰が予想しただろうか。
サービス開始から数年、はてな匿名ダイアリーは着実に投稿数を伸ばし、技術ネタから社会批評まで多種多様な記事が日々生まれてきた。
匿名ゆえに過激な表現や内部告発(怪文書)、果ては明らかな釣り投稿まで玉石混淆だが、その一方で思わず涙ぐむような人情話や腹筋がよじれるほどの笑い話まで幅広く揃っているのがこの文化の面白いところだ。
たとえば2006年の増田人気記事には「JASRAC伝説」のようなネット業界の笑い話や、「プログラミング用のフォントを探してたら一日が終わってた」といったオタク的自虐ネタがランクインしている。
一方で「就職できない学生」のように現実の社会問題を吐露するエントリも早くから登場し、匿名という気軽さを武器に時に鋭い社会批評が行われた。
2010年前後には、増田は既にはてなユーザーコミュニティ内で話題の火種として定着していた。
とはいえ爆発的に脚光を浴びる転機は2013年に訪れる。この年の4月、はてなブックマークのトップページ刷新によって匿名ダイアリーへの導線が強化され、多数の増田がホッテントリ入りする事態となったのである。
事実、2013年以降は匿名ダイアリー全体の月間ブックマーク獲得数が急増している。
アクセス増に伴い投稿も活発化し、増田は技術系・生活ハック系から時事ネタ・人生相談まであらゆるジャンルのネタが飛び交う一大プラットフォームへと進化していった。
2016年にはサービス開始10周年を迎え、それを記念して公式Twitterアカウント(@hatenaanond)が開設された。
投稿のHTTPS化やスマホからの投稿機能検討などもアナウンスされ、実際2017年には全ページ常時SSL対応が実現している。
また同2017年には「人気記事アーカイブ」機能が追加され、過去の名作エントリを月別・日別に人気順で振り返ることができるようになった。
蓄積された匿名ダイアリーの膨大な記事群は、もはや日本ネット文化のアーカイブとも言える存在感を帯び始めている。
匿名ダイアリー(増田)は、日本のネット言論史の中で匿名掲示板とブログ/SNSの中間的ポジションを占めるユニークな存在だ。
巨大匿名掲示板(2ちゃんねる/5ちゃんねる)では多数の名無し達が雑然と議論を交わすが、増田では一人の匿名ユーザーがブログ形式で思いの丈を綴る。
いわば2ちゃんねる的な「名無しさん」の文化を受け継ぎつつ、ブログ的な長文表現とパーソナルな語り口を可能にしている点が特徴である。
そのため「公式」と「名無しさん」の隙間とも言えるポジションに位置づけられ、「実名では波風が立つが、完全匿名の掲示板よりは自分の言葉として語りたい」――そんなときに選ばれる場所となっている。
実際、ある著名人(川上量生氏)がNHK番組での騒動について心中を吐露した際、自身のブログではなく増田に「最後の書き込み」を残したケースもある。
彼は立場上「公式」に発信すると面倒が大きいが、匿名ダイアリーなら「詠み人知らずだった」と言い張ることもできると判断したのだろう。
このように増田は内部告発や本音の告白をしたい人々にとって格好の受け皿となってきた。
増田発のエントリが2ちゃんねる住民に発見されスレッドで引用・議論されることもあれば、逆に「今現在2ちゃんねるで起こっていること」を増田がまとめてホッテントリ入りするような例もある。
また、増田の内容が面白いとまとめサイトやTogetterに転載・紹介され、そこからさらに拡散する二次的な波及も起こる。
匿名掲示板、まとめサイト、増田はそれぞれ文体や文化は異なるものの、互いにネタを供給し合い日本のネット言論空間を賑わせてきたと言える。
一方、Twitterとの関係も緊密だ。Twitter全盛期以降、ニュースやトレンドを見たユーザーが詳細な議論や感想を増田に書き、それをまたTwitterで共有するというサイクルが生まれている。
140字(現在は拡張)の制限があるTwitterでは語りきれない本音や体験談を増田に綴り、そのURLがTwitter上で拡散されるケースは少なくない。
象徴的なのが2016年に匿名ダイアリー上に投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!!」という怒りの叫びである。
このエントリは瞬く間に数百件のブックマークを集めてホッテントリの頂点に躍り出ただけでなく、Twitterでも大拡散し、ついには国会で野党議員が引用するまでに至った。
増田発のフレーズ「日本死ね」は2016年の流行語大賞候補に選ばれるなど、ネット世論がリアル政治を動かした一例として語り草になっている。
Twitter上では当該エントリへの賛否や共感が渦巻き、「#日本死ね」のハッシュタグが飛び交った。
増田で火が点いた匿名の声がTwitterという拡声器を得て社会現象化した典型と言えるだろう。
このように増田のエントリははてなブックマークを起点に各所へ波及していく。
匿名ダイアリーに投稿された記事は誰が書いたか分からないぶんタイトルと内容のインパクト勝負になる。
面白い/有益/刺激的だと感じた読者がブックマークしてコメントを付けることで評価が可視化され、一定数のブックマークが集まればホッテントリとしてトップページに露出する。
結果、さらに多くの読者が押し寄せてブクマが雪だるま式に増える。
この明確な評価システムゆえに、増田投稿者の中には「如何にブクマを稼ぐか」を意識して釣り気味のネタや炎上覚悟の過激な持論を投稿する者も現れた。
実験的に一ヶ月間で13本もの釣りエントリを投下し、4本をホッテントリ入りさせた強者もいるという。
ブックマーク数という指標があることで、匿名とはいえ投稿者は観客の反応を強く意識するようになり、増田は単なる独白の場から「ウケる文章」の競演の場へと文化的に洗練されていった面もある。
では実際、Hatenaブックマークで多数の反応を集める増田とはどのようなものだろうか。その傾向をいくつか具体例とともに分析してみる。
自身の子どもが保育園に落選した母親(と推測される)が、日本の子育て環境への怒りをストレートにぶちまけたこの文章は、多くの親世代の共感と怒りに火を付けた。
ブックマークコメント欄は賛同や政府批判の声で溢れ、大量のブクマが付くだけでなくメディア報道にまで発展した。
そして何よりも、この匿名の叫びが国政レベルの議論を誘発した意義は大きい。
他にも「民主党支持者としての愚痴」(民主党政権への苦言)や「東京都心の求人状況がヤバイ。はよ移民入れろ…」といった景気や労働問題への提言など、タイムリーな社会問題を扱った増田はブックマークが伸びやすい傾向がある。
匿名ゆえに本音で社会批判ができる点が、読者の溜飲を下げ「よく言ってくれた!」という反応に繋がるのだ。
個人のユニークな体験談や、役立つアドバイス記事も人気を博す。
例えば2014年の年間ブックマーク数1位となった「部下がくれたアドバイス」は、ある上司が部下から教わった貴重な助言を紹介したエントリだ。
具体的な内容は伏せるが、職場での人間関係改善につながる示唆に富む話で、多くの社会人読者の心を打ち大量のブクマを集めた。
また「1人暮らしのための料理の豆知識50」のように実用性の高い生活ハックも人気だし、「メールで使える英語のつなぎ言葉」のようにすぐ役立つ知識の共有は安定してブックマークが付く。
恋愛や結婚、離婚といった人生の局面に関する赤裸々な語りも注目されやすい。「離婚序章からの帰還」というタイトルの連載風エントリが話題になったり、「本当に悲惨な独り身の最期」といったショッキングな孤独死レポートが議論を呼んだこともある。
この種の投稿は読者の感情を強く揺さぶり、同情や驚きのコメントとともに拡散していく。
増田発のネタの中にはネットならではのオタク文化やサブカル的話題も多い。
例えば「( ・3・)クラシック好きの上司がジャズを聴きたいと言いだして」という2015年の人気増田は、音楽趣味の異なる上司と部下のユーモラスなやり取りを描いたもので、多くの読者の笑いを誘った。
他にも「Yahoo!チャットって場所があったんだよ」のように懐かしのネットサービスを語るノスタルジー系や、「無課金で数年続けていたソシャゲをやめて分かったこと」のように現代ネット文化(ソーシャルゲーム)に関する内省などもバズりやすい。
こうした記事は特定クラスタには刺さりやすく、はてブのコメント欄でも「わかる」「懐かしい」「自分も経験した」と盛り上がる傾向がある。
増田は匿名ゆえに自由な創作の発表の場にもなっている。ショートショート風のフィクションや、一発ネタ的なジョーク文章が投稿されることもあり、出来が良ければしっかりブクマを稼ぐ。
「家事は、レベルを上げて物理で殴れ」は家事のコツをRPG風に比喩したユーモア記事で、多くのユーザーの爆笑を誘った。
また、一部では増田発の優れた文章を「増田文学」と称し、ファンが選ぶ賞を作る動きまである(増田文学大賞など)。
このようにエンターテインメント性の高い文体やオチの効いた話も増田ならではの楽しみであり、はてなブックマーク常連のネタ枠として機能している。
総じて、はてなブックマークで大きな反響を呼ぶ増田には「共感・有用・驚き」のいずれか、もしくは複数が備わっていると言えよう。
強い共感や感情を喚起するもの、実生活や知的好奇心に役立つ情報を提供するもの、あるいは純粋にネット民を驚かせ楽しませるものが、人々の目に留まりやすい。
そして匿名という特性上、その内容が事実かフィクションか判然としない場合もあるが、それすら含めて読者は一種の物語として増田を消費している節がある。
だからこそときに釣り記事に踊らされることもあるが、それもまた増田という遊び場の醍醐味であり、読者も「ネタかもしれないが面白いからヨシ!」と受け止めているのだ。
何にせよ、「増田」はネットの深層心理を映し出す鏡のような存在だ。
喜怒哀楽、嫉妬や独白、叫びと祈り――匿名の影に人間の本音が渦巻いている。
ネット言論の文化史において、はてな匿名ダイアリーは2ちゃんねる的匿名文化を継ぎつつブログ的表現力を与えた場としてユニークな地位を占めてきた。
そしてその魅力は今も色褪せていない。
これからも誰かが増田にそっと心情を綴り、それが思いがけず何万もの人々に届いて共感を呼ぶことだろう。
匿名という仮面を被った本音のドラマは、きっとこの先もインターネットという舞台で上演され続けるに違いない。