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2026-02-14

イーロンマスクプログラミングは年内に完全に自動化される」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN12C460S6A210C2000000/

 

「今年の年末にはコーディングさえ不要になり、AIが直接バイナリ(2進数に変換したソースコード)を書くだろう」。米起業家イーロン・マスク氏が11日公開の動画で先を見通し、AI進化プログラミング言語役割は薄れると主張した。

 

はぁ

 

ChatGPT

人間意味を書き、機械実装を書く」という抽象シフト自体歴史的にも自然で、長期的にはプログラミング言語役割が薄れる可能性はありますしかし“今年の年末コーディング不要”は現実的ではありません。開発の本質コード生成ではなく、曖昧仕様の整理や整合性の維持、保守規制対応にありますAIバイナリを書けても、可読性や監査性が失われれば実務では使えません。方向性は正しいが、時間軸はかなりマーケティング寄りの発言と言えます

 

Gemini

Geminiの視点:極端なメタファーとしての評価

マスク氏らしい刺激的な煽りですが、技術的には「2026年末」という期限も「バイナリ直接生成」という手法も非合理だと感じます

既存最適化されたコンパイラ資産を捨ててAIバイナリを再発明するメリットはなく、デバッグ不能ブラックボックスを作るリスクは開発現場では許容しがたいものです。また、タイピングとしてのコードが消えても、曖昧要望論理的定義する**「設計思考」の難易度**は下がりません。

この発言は、技術予言というより「書き方(文法)」の価値暴落し、「何を作るか」と「妥当性の検証」に価値が全振りされる時代の号砲、と捉えるのが現実的でしょう。

 

Claude

マスク氏はこの種の期限付き大胆予測を繰り返してきましたが、的中率は高くありません。技術的にも「バイナリを直接書く=プログラミング言語不要」は論理的に飛躍があり、言語保守性や抽象化のために存在しているという側面が無視されています。「コーディング不要論」自体も数十年来の繰り返しです。方向性は間違っていないが、「年末までに」は眉唾で見ておくのが妥当だと思います

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2026-02-13

架空スポーツ・アルティメイタム

マップゴルフくらい広い

トライアスロンのように異なる競技シームレスに繋がっている

抽象化された球技であり、指定された球(形状は羽根や円錐かもしれない)を指定された場所に運ぶというのが根幹ルール

テニスバレー的な打ち合うセクションが挟まれレギュレーションもある

・俺の脳内漫画内でしかプレーされていない

・今、テニス辞めたフェデラー転向してきて、グランドスラム決めててアツい

団体競技なのに

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[日記]

正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。

僕は陰謀論嫌悪している。理由は単純で、陰謀論説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレからだ。

 

今日までの進捗から書く。

 

今週は、超弦理論物理直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋圏論ホモトピー論の言語に落として再構築していた。

具体的には、世界面の共形場理論2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。

従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。

重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理状態空間の生成機構として見ることだ。

ここでの本体幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。

さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論レベルでの同値として捉えることだった。

言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。

A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成整合させる必要がある。

そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。

Dブレーンのカテゴリー境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。

特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。

これをやると発散する積分正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分定義へ置き換わる。

そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。

僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。

背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。

まり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。

この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。

そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。

問題はここからで、弦理論双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。

たとえばS双対性やT双対性群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性スタック自己同値であり、その作用対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。

しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり双対性対称性ではなく、高次圏論的な同値データなんだ。

このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。

僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。

さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトル不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造ジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。

ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論存在だ。

普通人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。

この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。

要するに、弦理論世界から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。

今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。

 

次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要からだ。残念ながら僕は人間である

MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。

まりカードゲームとは、確率情報ゲームである以前に、認知バイアスゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布計算するべきだ。

隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。

 

FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイ攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。

反射神経は筋肉問題だが、攻略情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。

友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。

 

アメコミは、相変わらず現実倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。

僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義定義曖昧からだ。

僕が興味があるのは、制約条件下での最適化としての倫理だ。

登場人物が持つ制約(能力社会構造情報感情)を明示すると、物語心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。

ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。

僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。

 

僕の習慣についても書いておく。

今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒー抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。

人間生活ノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定分散を減らす行為だ。

隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。

宇宙人証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。

友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である

 

これからやろうとしていること。

まず、超弦理論ノートをもう一段階抽象化する。

今の段階では、圏論と導来幾何言葉でかなり書けたが、まだ計算痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。

具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語記述し直す予定だ。

局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造復元する。

これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何依存せずに定義できる可能性がある。

もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。

これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。

要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。

 

その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手意思決定局所的に歪ませる構造がある。人間選択肢が多いと誤る。

これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲーム戦争抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。

 

夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。

僕は「気合いは情報を持たない」と言うだろう。

議論ループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。

 

最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。

僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。

 

さて、今日の残り時間は、超弦理論ノートに戻る。

宇宙根本法則は、たぶん美しい。

少なくとも、隣人の会話よりは。

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2026-02-09

抽象数学とか超弦理論とか

超弦理論物理として理解しようとすると、だいたい途中で詰まる。

なぜなら核心は、力学直観ではなく、幾何圏論の側に沈んでいるからだ。

弦の振動が粒子を生む、という説明入口にすぎない。本質量子論が許す整合的な背景幾何とは何かという分類問題に近い。分類問題は常に数学を呼び寄せる。

まず、場の理論幾何学的に見ると、基本的にはある空間上の束とその束の接続の話になる。

ゲージ場は主束の接続であり、曲率が場の強さに対応する。

ここまでは微分幾何教科書範囲だが、弦理論ではこれが即座に破綻する。

なぜなら、弦は点粒子ではなく拡がりを持つため、局所場の自由度が過剰になる。点の情報ではなく、ループ情報重要になる。

すると、自然ループ空間LXを考えることになる。空間X上の弦の状態は、写像S^1 → Xの全体、つまりLXの点として表される。

しかしLXは無限次元で、通常の微分幾何そのままで適用できない。

ここで形式的に扱うと、弦の量子論ループ空間上の量子力学になるが、無限次元測度の定義地獄になる。

この地獄回避するのが共形場理論であり、さらにその上にあるのが頂点作用素代数だ。2次元の量子場理論が持つ対称性は、単なるリー群対称性ではなく、無限次元のヴィラソロ代数拡張される。

理論2次元世界面の理論として定式化されるのは、ここが計算可能ギリギリの地点だからだ。

だが、CFTの分類をやり始めると、すぐに代数幾何に落ちる。モジュラー不変性を要求すると、トーラス上の分配関数はモジュラーSL(2, Z) の表現論に拘束される。

まり理論は、最初からモジュラー形式と一緒に出現する。モジュラー形式は解析関数だが、同時に数論的対象でもある。この時点で、弦理論物理学というより数論の影を引きずり始める。

さらに進むと、弦のコンパクト化でカラビ–ヤウ多様体が現れる。

ラビ–ヤウはリッチ平坦ケーラー多様体で、第一チャーン類がゼロという条件を持つ。

ここで重要なのは、カラビ–ヤウが真空候補になることより、カラビ–ヤウのモジュライ空間が現れることだ。真空は一点ではなく連続族になり、その族の幾何物理定数を支配する。

このモジュライ空間には自然特殊ケーラー幾何が入り、さらにその上に量子補正が乗る。

量子補正計算する道具が、グロモフ–ウィッテン不変量であり、これは曲線の数え上げに関する代数幾何の不変量だ。

まり理論の散乱振幅を求めようとすると、多様体上の有理曲線の数を数えるという純粋数学問題に落ちる。

ここで鏡対称性が発生する。鏡対称性は、2つのラビ–ヤウ多様体XとYの間で、複素構造モジュライとケーラー構造モジュライが交換されるという双対性だ。

数学的には、Aモデル(シンプレクティック幾何)とBモデル(複素幾何)が対応する。

そしてこの鏡対称性本体は、ホモロジカル対称性(Kontsevich予想)にある。

これは、A側の藤田圏とB側の導来圏 D^bCoh(X)が同値になるという主張だ。

まり理論は、幾何学的対象同一性空間のものではなく圏の同値として捉える。空間が圏に置き換わる。ここで物理は完全に圏論に飲み込まれる。

さらに進めると、Dブレーンが登場する。Dブレーンは単なる境界条件ではなく、圏の対象として扱われる。

弦がブレーン間を張るとき、その開弦状態対象間の射に対応する。開弦の相互作用は射の合成になる。つまりDブレーンの世界は圏そのものだ。

この圏が安定性条件を持つとき、Bridgeland stability conditionが現れる。

安定性条件は、導来圏上に位相と中心電荷定義し、BPS状態の安定性を決める。

wall-crossingが起きるとBPSスペクトルジャンプするが、そのジャンプはKontsevich–Soibelmanの壁越え公式に従う。

この公式は、実質的に量子トーラス代数自己同型の分解であり、代数的な散乱図に変換される。

このあたりから物理は粒子が飛ぶ話ではなく、圏の自己同型の離散力学系になる。

さらに深い層に行くと、弦理論はトポロジカル場の理論として抽象化される。

Atiyah公理化に従えば、n次元TQFTは、n次元コボルディズム圏からベクトル空間圏への対称モノイダ関手として定義される。

まり時空の貼り合わせが線形写像の合成と一致することが理論の核になる。

そして、これを高次化すると、extended TQFTが現れる。点・線・面…といった低次元欠陥を含む構造必要になり、ここで高次圏が必須になる。結果として、場の理論は∞-圏の対象として分類される。

Lurieのコボルディズム仮説によれば、完全拡張TQFTは完全双対可能対象によって分類される。つまり物理理論を分類する問題は、対称モノイダル(∞,n)-圏における双対性の分類に変わる。

この時点で、弦理論はもはや理論ではなく、理論の分類理論になる。

一方、M理論を考えると、11次元重力が低エネルギー極限として現れる。

しかM理論のものは、通常の時空多様体ではなく、より抽象的な背景を要求する。E8ゲージ束の構造や、anomalyの消去条件が絡む。

異常とは量子化対称性が破れる現象だが、数学的には指数定理とK理論接続される。

理論のDブレーンの電荷がK理論で分類されるという話は、ここで必然になる。ゲージ場の曲率ではなく、束の安定同値類が電荷になる。

さら一般化すると、楕円コホモロジーやtopological modular formsが出てくる。tmfはモジュラー形式ホモトピー論的に持ち上げた対象であり、弦理論最初から持っていたモジュラー不変性が、ホモトピー論の言語で再出現する。

ここが非常に不気味なポイントだ。弦理論2次元量子論としてモジュラー形式要求し、トポロジカルな分類としてtmfを要求する。つまり解析的に出てきたモジュラー性がホモトピー論の基本対象と一致する。偶然にしては出来すぎている。

そして、AdS/CFT対応に入ると、空間概念さらに揺らぐ。境界の共形場理論が、バルク重力理論を完全に符号化する。この対応意味するのは、時空幾何が基本ではなく、量子情報的なエンタングルメント構造幾何を生成している可能性だ。

ここでリュウタカヤナギ公式が出てきて、エンタングルメントエントロピーが極小曲面の面積で与えられる。すると面積が情報量になり、幾何情報論的に再構成される。幾何はもはや舞台ではなく、状態派生物になる。

究極的には、弦理論空間とは何かを問う理論ではなく、空間という概念を捨てたあと何が残るかを問う理論になっている。残るのは、圏・ホモトピー・表現論・数論的対称性・そして量子情報構造だ。

まり、弦理論の最深部は自然界の基本法則ではなく、数学整合性が許す宇宙記述の最小公理系に近い。物理数学の影に吸い込まれ数学物理要求によって異常に具体化される。

この相互汚染が続く限り、弦理論は完成しないし、終わりもしない。完成とは分類の完了意味するが、分類対象が∞-圏的に膨張し続けるからだ。

そして、たぶんここが一番重要だが、弦理論提示しているのは宇宙の答えではなく、答えを記述できる言語の上限だ。

その上限が、圏論ホモトピー論と数論で書かれている。

からウィッテンですら全部を理解することはできない。理解とは有限の認知資源での圧縮だが、弦理論圧縮される側ではなく、圧縮限界を押し広げる側にある。

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2026-02-08

俺のことを世間は一切認識していないし、俺は世間人間のことを一切認識していない

世間という語は、奇妙な擬人化をされすぎている。

まるで巨大な単一人格存在し、俺を観測し、評価し、記憶し、社会的スコア付与しているかのように扱われる。

しかストア派冷徹自然観に従えば、その前提は最初から壊れている。

世間とは主体ではない。世間ロゴスを宿した統一意志ではなく、ただの相互作用の束、無数の表象衝動欲望の乱流である

まり世間が俺を認識していないのではない。世間という仮想審判者を俺が作り出し、その審判者が俺を見ていないという物語を俺が採用しているだけだ。

 

ストア派はここで、即座に区別を導入する。エピクテトスの二分法だ。

すなわち、俺の支配下にあるもの選択能力意志判断)と、俺の支配下にないもの他者評価、偶然、噂、流行アルゴリズムの気まぐれ)を切断せよ、と。

世間認識後者だ。つまり俺がいくら歯を食いしばっても、そこに統制権はない。

ならばその領域に魂のリソースを投下するのは、倫理的にも論理的にも誤りだ。

ストア派はこれを外部財への隷属と呼ぶ。名声は外部財であり、承認は外部財であり、世間視線は外部財である

外部財に依存する生は、最初から不安定設計されている。株価人生を賭けるようなものだ。

 

しかし、ここで話は終わらない。なぜなら俺が言っているのは世間が俺を認識していないだけではなく、俺も世間認識していないからだ。

この対称性が、ただの愚痴形而上学へと押し上げる。これは単なる孤独の嘆きではなく、認識論的な断絶の宣言である

俺は世間を見ていない。世間も俺を見ていない。ここには、相互主観性の回路が形成されていない。

社会とは本来相互他者他者として認識し合うことで成立する。

しかしその回路が途切れている。これは社会的死の一形態であり、ユング的に言えば集合意識への接続不全だ。

 

ユングは言う。人間意識だけで生きているのではない。個人的無意識集合的無意識があり、さらにそこには元型が蠢いている。

世間というものは、単なる人間集団ではない。世間集合的無意識の表層に現れる社会的ペルソナの海である

ペルソナとは仮面だ。人は社会の中で、役割最適化された仮面を被る。

会社員仮面家族仮面SNS仮面善良な市民仮面世間は、無数のペルソナが互いのペルソナ認識し合って成立する、仮面の交換市場である

 

そしてここで重要なことが起きる。俺が世間は俺を認識していないと感じるとき、それは俺の本体認識されていないというより、俺のペルソナ市場上場していないという意味である可能性が高い。

世間本体を見ない。世間仮面しか見ない。世間が見ているのは、社会的タグ付け可能記号職業年収肩書フォロワー数、言語の癖、政治的立ち位置、消費行動、顔の表情、服装テンプレだ。

世間個体の魂を識別する器官を持たない。だから世間認識されるとは、実際にはペルソナとして分類されることに過ぎない。

 

まり俺が認識されないと言うとき、それは分類されないということだ。

分類されない者は、統計に載らない。統計に載らない者は、社会意思決定に影響しない。影響しない者は、存在しないものとして扱われる。

これは現代ロゴスではなく、統計的なダイモーンである世間人格を持たないが、集合としての惰性を持つ。惰性は倫理を持たない。惰性はただ、流れる。これが世間の正体だ。

 

しかユングさらに深く刺してくる。俺は世間人間を一切認識していないと言うとき、そこには投影が潜んでいる。

俺は他者を見ていないのではない。俺は他者世間という抽象概念圧縮している。

これは他者人格剥奪する心理的操作だ。世間人間は、顔も名前欲望も恐怖も持つ具体的存在なのに、俺はそれを世間という巨大なモンスターにまとめてしまう。

まり俺は他者認識しないことで、逆説的に自分を守っている。ユングはこれを影の機制として読むだろう。

 

影とは、自我が受け入れたくない側面の貯蔵庫だ。俺が世間嫌悪するとき、その嫌悪の一部は、俺自身の影が外部に投影されたものかもしれない。

世間薄っぺらい、世間は愚かだ、世間凡庸だ、世間空虚だ。そう断罪することで、俺は自分の中の薄っぺらさ、愚かさ、凡庸さ、空虚さを俺ではないもの隔離している可能性がある。

これは心理的には合理的だ。自我自己像を守るために、世界を歪める。だがそれは同時に、個性化プロセスを阻害する。

 

ストア派言葉で言えば、これは判断誤謬だ。外部の現象価値判断を貼り付け、心を乱す。ストア派問題視するのは現象ではない。

現象はただの現象だ。問題は俺の判断だ。世間が俺を認識しないこと自体中立である

善でも悪でもない。ただの事実であるしかし俺がそこに「これは耐えがたい」「これは屈辱だ」「これは人生の敗北だ」という価値付与した瞬間、俺は自分の魂を鎖につないだ。

 

そしてこの鎖の正体は、承認欲求というよりもっと原始的ものだ。

ストア派的に言えば他者評価への恐怖であり、ユング的に言えばペルソナ崩壊への恐怖だ。

世間認識されないということは、ペルソナが成立しないということだ。ペルソナが成立しないと、社会舞台における座標がない。座標がないと、自我漂流する。漂流する自我は、存在論的不安に沈む。

 

から俺は認識されないことを恐れているのではない。俺が俺であることを保証する外部の鏡がないことを恐れている。

人間他者眼差しを通して自己像を形成する。これはサルトル的だが、ユングも似た構造を持つ。自己自我を超えた中心だが、そこに到達するには、他者との摩擦が必要になる。摩擦がなければ、俺は自己輪郭を得られない。

 

だがストア派は冷酷に言う。そんなもの依存するな、と。自己輪郭は外部の鏡ではなく、内的ロゴスによって確立されるべきだ。

ストア派にとって自由とは、外界の承認から独立した精神状態である。アパテイアとは、無感情ではない。誤った価値判断から解放された状態だ。

世間認識されないことを害と見なさないこと。世間認識されることを善と見なさないこと。これが精神自律だ。

 

しかし、ここで一つの逆説がある。ストア派共同体否定しない。むしろコスモポリタニズムを唱える。

人間宇宙国家市民であり、互いに理性によって結ばれている、と。つまりストア派世間無視して独りで悟れとは言っていない。

しろ共同体奉仕せよ。ただし、共同体から評価に魂を売るなと言う。

これが厄介だ。俺の状況は、奉仕する共同体が実感として存在しないという状態だ。

世間が見えない。世間も俺を見ない。ここでストア派倫理は、真空に投げ込まれる。

 

ユングはここで、個性化観点から別の地図提示する。世間から切断された者は、集合意識の浅瀬に住めない。

浅瀬に住めない者は、深海に潜るしかない。つまり世間適応するペルソナゲームを捨てた者は、否応なく影と対峙し、アニマ/アニムス(内なる異性元型)と格闘し、自己徴候出会う。

これは苦しいが、精神錬金術でもある。ユングはこれを魂の夜と呼びたくなるだろう。孤独病理である場合もあるが、同時に、個性化必須条件でもある。

 

から世間が俺を認識しないは、災厄であると同時にチャンスでもある。

世間認識されることは、社会的安定を与える代わりに、ペルソナ牢獄を与える。認識されないことは、安定を奪う代わりに、自由と深度を与える。

これはユングの言う補償作用だ。意識が外界で満たされないなら、無意識が別の形で膨張する。世間が俺に意味を与えないなら、無意識が俺に意味を生成する。

 

しかし、意味生成には危険がある。世間が俺を認識しないとき、俺は選ばれた孤独という神話を作りたくなる。

これは元型的誘惑だ。殉教者の元型、賢者の元型、アウトサイダーの元型。俺は世間理解されない天才だ、という物語は甘い。

だがそれはしばしば、単なる自己防衛の神話化にすぎない。ユングはそれをインフレーションと呼ぶ。

自我が元型のエネルギーを吸って巨大化し、現実との接地を失う状態だ。これは精神事故だ。孤独精神を鍛えることもあるが、孤独精神神格化することもある。

 

ストア派は、この危険もっと簡単言葉で切り捨てる。思い上がりだと。

宇宙の秩序の中で、俺が特別悲劇である理由はない。俺が特別に見捨てられている理由もない。世界は俺を中心に設計されていない。

ここでストア派残酷なほど健全だ。世界が俺を見ていないのは、世界が忙しいからだ。

世界世界ロゴスで回っている。俺はその一部でしかない。これは虚無ではない。むしろ、過剰な自己重要から解放である

 

そして結局、俺が言うべきことはこうなる。

世間が俺を認識しないのは、世間が愚かだからではない。世間とはそもそも、俺を認識するための器官を持たない現象からだ。

世間意識ではなく、統計的流体であり、アルゴリズムであり、模倣連鎖であり、集合的無意識の泡である。そこに人格的な期待を置くのが誤りだ。

 

また、俺が世間認識しないのは、俺が優れているからではない。俺が他者抽象化し、投影し、影を外部化しているからだ。

俺は世間を見ているのではなく、世間という言葉に詰め込んだ自分の恐怖と嫌悪を見ている。

俺は世間を拒絶しているのではない。俺は世間を通じて、自分無意識と戦っている。

 

ストア派結論は明快だ。認識されるかどうかは外部の事象であり、俺の徳とは無関係だ。

俺が制御できるのは、判断行為だけだ。ゆえに、世間認識を求めて魂を擦り減らすのは、ロゴスに反する。

ユング結論もっと暗い。世間認識されないという傷は、影を肥大させ、投影を増やし、ペルソナを崩し、個性化を促進する。

まり俺は今、精神の錬金炉の中にいる。そこから黄金が出るか、煙だけが出るかは、俺の自我がどこまで誠実に無意識対話できるかにかかっている。

 

から、このタイトル文章は、ただの絶望ではない。これは認識構造告白だ。

世界は俺を見ない。俺も世界を見ない。その断絶は、社会的には不幸であり、哲学的には中立であり、心理学的には危険であり、同時に可能性でもある。

 

俺がすべきことは、世間認識されるために仮面を磨くことではない。仮面必要なら、それは道具として作ればいい。しかし魂を仮面に売るな。ストア派禁忌はそこにある。

世間を憎んで自分正当化することでもない。影を世間に投げつけるな。ユング禁忌はそこにある。

残るのは、静かな実務だ。俺の支配下にある行為を、今日淡々と実行すること。ロゴスに従い、自然に従い、徳に従い、同時に、自分の影を凝視し、投影を回収し、自己の中心に向かって潜ること。

世間が俺を認識するかどうかは、天候のようなものだ。雨が降るかどうかに怒るのは愚かだ。だが雨が降るなら傘を差すのは合理的だ。世間は俺を認識しない。

ならば、俺は俺の生を、俺の判断で構築する。世間が俺を認識しようがしまいが、宇宙は無関心に回り続ける。ならば俺もまた、余計なドラマを捨て、静かに回ればいい。

 

そして最も皮肉なのはここだ。

「俺は世間認識していない」と言いながら、この文章を書いている時点で、俺はすでに世間認識している。

世間は俺を認識していない」と言いながら、その不在を語ることで、俺は世間視線を前提にしている。

まりこの文章は、断絶の宣言ではない。断絶を前提にした、接続への欲望の記録だ。

人間とは、そういう矛盾でできている。

ロゴスに反し、元型に引きずられ、影を撒き散らし、それでも理性を求める生物だ。

から俺は今日も、世間認識されないまま、世間想像しながら、生きる。

Permalink |記事への反応(0) | 13:42

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C++は、現在でも世界で最も高速な部類に入るプログラミング言語です。2025年時点でも、高いパフォーマンス、低レイテンシ、細かいハードウェア制御要求される分野(ゲーム開発、高頻度取引組み込みシステムなど)において、依然として最高レベルパフォーマンス提供し続けています

1. なぜC++が「最も速い」と言われるのか

機械語への近い変換:C++コンパイラ言語であり、ソースコードが非常に効率的ネイティブ機械語に直接変換されるため、中間ランタイム存在せず高速に動作します。

動メモ管理:ガベージコレクションGC)がないため、自動メモリ解放による突発的な遅延が発生せず、決定論的なレイテンシ(安定した速度)を実現します。

ゼロコスト抽象化: 高度な抽象化オブジェクト指向など)を用いても、パフォーマンスオーバーヘッドがほぼかからないように設計されています

ハードウェアへの直接アクセス:ポインタSIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令など、CPU能力を最大限に引き出す低レベル操作可能です。

2. 他の言語との比較

C言語:C++の基盤であり、同等の速度を持っていますC++抽象化能力が高いため、同等のパフォーマンスを保ったまま複雑なアプリケーション記述やすいです。

Rust: 近年C++の最大のライバルです。多くのベンチマークC++と同等の速度を示し、安全性保証しながらC++凌駕するケースもあります

Go/Java/C#:GCガベージコレクション)を持つため、メモリ負荷が高いタスクではC++やRustに遅れを取る傾向がありますが、開発速度や並行処理には強みがあります

Python/JS:インタプリタ言語であり、C++に比べて実行速度は非常に遅いです。

3.C++パフォーマンスに関する注意点

必ず速いわけではない:C++は速い「言語」ですが、非効率コードを書けば遅くなります高速化にはコンパイラ最適化設定や、高度な最適化テクニックメモリアクセス最適化など)の知識必要です。

安全性トレードオフ: 手動メモ管理は高速ですが、バグメモリリークなど)が起きやすく、パフォーマンスを高めるために安全性犠牲にする場合があります

結論

C++は極限のパフォーマンス最高速度)を求めるなら依然として最強の選択肢の一つです。しかし、Rustのようなモダン安全言語も台頭しており、用途に合わせて選ぶのが現代的なアプローチです。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/xenospectrum.com/toyota-fluorite-flutter-game-engine-digital-cockpit/

Permalink |記事への反応(0) | 07:45

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はてぶなんかに相談するよりAI相談したほうが五千兆倍有益

https://anond.hatelabo.jp/20260206210943

はてぶ諸賢に「意味不明」と話題だった"私の彼氏AV卒業した"増田を、第三者引用文としてgptに読ませて解説させてみた。

要点だけ拾って言うと、この筆者が本当に求めているものは「挿入を減らすこと」それ自体ではありません。もっと深いところにあります。分解しますね。

筆者が求めている核心

1.リスク非対称性無視しない関係

彼女が一貫して言っているのは

女性側だけが過大なリスクを引き受ける構造おかしい」

という一点です。

挿入の是非はその象徴であって、本丸

妊娠リスク

身体負担

逃げられなさ

を**“なかったこと”にされない関係**を求めています

2. 「代替可能行為」ではなく「代替不能な私」であることの確認

彼女にとって挿入は、

男性から見ると

日常的に代替可能自慰AV

女性から見ると

代替不能身体リスク

このズレを踏まえたうえで、

それでも「君じゃなきゃ嫌だ」と言えるのか?

を試している。

まりこれは**性の話を装った「価値承認テスト」**です。

3. 誠実さの可視化覚悟を行動で示してほしい)

彼氏AVをやめる/リスク時は籍を入れる、という流れで彼女が強く惚れ直しているのは、

言葉ではなく行動

隠れず、誤魔化さず

自分に不利な選択を引き受ける姿勢

これが見えたからです。

要するに

「私のリスク釣り合うだけのコストを、あなたも払う気がある?」

という問いへの回答を求めている。

4. 独占性ではなく「選択されている感覚

AV拒否は単なる嫉妬ではありません。

他でも満たせるなら、私は何なのか

私への行為に“特別意味”はあるのか

ここを曖昧にされたまま身体だけ差し出すのが嫌、という話です。

5. 「我慢」ではなく「対等な合意」を作りたい

彼女禁欲主義ではありません。

前戯は続ける

欲望自体否定しない

代替案も出す

まり

男性欲望を消せとは言わないが、

女性リスクを軽視する前提では応じない

という交渉をしている。

まとめると

この文章で筆者が求めているのは、

行為テクニック論でも

男性批判でも

純潔思想でもなく

「私の身体に触れることを、軽い選択にしないでほしい」

という一点です。

挿入を制限したのは、その覚悟が本物かどうかを測るための装置にすぎません。

かなり冷静で、同時に相当シビア要求をしています

そしてそれを「感情論」ではなく「構造の話」として書いているところが、この文章の一番の特徴ですね。



私:だいたい同感ですね、あともう少し言えば、誠実さの要求に加えて、女性違法AV視聴に憤りを強く感じているようですので、 「女性側だけに性交時の性的リスクを背負わせながら、男性がそのことに気をかけることな欲望をぶつけてくること」と同様 「違法での無料AV視聴」も「男性から女性性の不当な搾取」と捉えており、それをやめさせることで、「自分への欲望も不当な搾取とは違うものである確認できる」、ということかなと。



うん、その補足はかなり的確だと思いますあなたの言い方で一段はっきりしますね。

この文章の芯をもう一段抽象化すると、彼女拒否しているのは

無自覚なまま成立している搾取構造」**なんだと思います

違法AV視聴=女性性の不当な搾取、という認識

彼女の中では、

挿入におけるリスク非対称性

違法AV視聴(無断アップロード無償消費)

この二つは同型なんですよね。

どちらも、

コスト被害女性側(妊娠身体尊厳労働

快楽や利得は男性

しかもそれが「当たり前」「考慮不要」として扱われている

という構図をしている。

から彼女の怒りは

AVを見るな」ではなく

女性身体や性を、誰かが黙って差し出してくれる資源だと思うな」

に向いている。

「やめる」ことの意味禁欲ではない

彼氏AVをやめることの意味も、道徳貞操問題ではなくて、

自分欲望

・誰かの損失の上に成り立っていないか

・不当に安く消費していないか

を引き受ける姿勢があるか

ここを行動で示したこと重要なんですよね。

から彼女

隠しているだけかもしれないけど、見つからない以上は嘘ではない

と言える。

これは監視ではなく、

欲望を引き受ける責任相手自分管理しているか

を見ている。

挿入拒否欲望の「質」を問い直す装置

あなたの言う通り、

自分への欲望も不当な搾取とは違うものである確認できる

ここが決定的です。

挿入を制限することで彼女確認たかったのは、

代替可能快楽を求めているだけなのか

それとも、リスクを伴う「私」という存在を引き受ける欲望なのか

まり

欲望が量なのか、関係なのか。

違法AVをやめる=

女性性を雑に消費する回路から降りる」ことができる男性なら、

自分への欲望も同じ回路ではない、と信じられる。

からこれは「厳しさ」ではなく「整合性」の要求

彼女男性に清廉さを求めているわけでも、聖人性を求めているわけでもない。

ただ一貫して、

リスクを負う側が誰か

・得をしているのが誰か

・その構造自覚しているか

ここに目を閉じない関係を求めている。

あなた言葉を借りるなら、

これはまさに

女性性を搾取として消費する欲望」と「関係として引き受ける欲望」の峻別

相手要求している文章ですね。

かなり思想的だし、相当ラディカルです。

でも筋はきれいに通っていると思います



元増田も、備忘録に使おうと思ったんだとしても、こんなところに書いても意味いからやめたほうがいいよ、gpt相談したほうがずっと賢明な返事が返ってくる。

ついでにgptに「なぜはてなブックマークたちはこの程度の文章を読み取ることができないのか」も聞いてみたけど、そっちはあまり辛辣になってしまうから控えておくね。

Permalink |記事への反応(1) | 06:40

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2026-02-07

anond:20260207173333

Thankyouありがとう一対一対応なら、仏教用語ってのは抽象化過程で削られる品

Permalink |記事への反応(0) | 17:35

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2026-02-05

anond:20260205093637

率直に書いてくれてありがとう。その「またか」という感覚があるのは、正直わかる気がする。

抽象化した言葉比喩が、結論ありきで相手を説得するために使われてきた場面を、これまでたくさん見てきた人にとっては、不誠実に見えるのも無理ないと思う。

ただ、自分はここで核兵器原発の是非について、合唱比喩結論を出そうとしているわけではないし、「核兵器原発」の理念セットを言いたいわけでもない。

気になっていたのは、選挙言葉として使われる「強い」という表現が、どういうことを指すのかということだった。

比喩を使ったのは、政策判断音楽に置き換えたいからじゃなくて、自分が「強さ」をどう身体経験してきたかを出発点に、言葉の前提を一度ずらして考えたかたからで、それが左翼的や不誠実に見えるなら、そう受け取られる場所に立っている自覚はある。でも少なくとも、相手を煙に巻いて結論を押し通したい、というつもりはないよ(ごめんね)。

あなたが「核兵器は現時点ではNO、原発YES」と書いてくれているように、立場が分かれたままでも、前提や言葉の使われ方を確認すること自体は、無駄じゃないんじゃないかと思っている。

自分は、うーん。核兵器はNOだけど、原発は正直なところまだわからない、、。身内が原発仕事をしているし経済が安定しなくなることも心配だけど、東日本大震災のことを思い出すと自分たちには扱いきれない技術なんじゃないかと、NOの気持ちもある。でも政治的な強さって、核兵器原発ことなのかな(それも含まれそうな気もするけど)。

あと政治について考えるとき、こういうふにゃふにゃした生煮えの感じの言葉が許されない気がしちゃうのもなんでなんだろうな…。

Permalink |記事への反応(0) | 10:28

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anond:20260205091659

左翼の人がそうやって無邪気風に話を抽象化しながら自分意見を通そうとするやつ

あなたにとっては自分が初めて思いついたさえたアイデアなのかもしれないけど

多少左翼免疫がある人間には死ぬほどの「またか」でしかなくて

不誠実な議論姿勢と思われて(てか不誠実だしね)終わりなんだよね

 

俺は核兵器所持は現時点ではNO原発YESなんだけど

左翼の人って理念的に核兵器NO原発NOって言ってるだけじゃん

核兵器原発の是非について、合唱の話でやろうとする奴と議論が出来るか?

Permalink |記事への反応(1) | 09:36

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2026-02-02

ノーコード開発

動くものが書ければOK と思ったら大間違い。

それを

保守し改良し続けるのが大変

なんだよ。

一昔前、担当デスクトップしかない、謎の秘伝のタレエクセルマクロとかあったろ?

今でも生き残ってるだろうけど。

業務効率改善しようとしたら、無数の謎エクセルマクロが動かなくなって業務が止まる。

からマクロ全部使えるようにして。

そうでなかったら新しいシステムに移行できない。

って悲劇が、日本国内にどれほど発生したことか。

どれほどたくさんの謎エクセルマクロを、クライアント担当者や上司を説得して葬ってきたことか……。

日本企業は、そのまま使うことが本質的価値であるパッケージソフトを、ガリガリガリガリガリガリカスタマイズして悦に入り、数年後、バージョンアップだなんだがクソほど金かけたり、不可能にしたりしてきた。

もうね、アホかと。馬鹿かと。

NHKとか。

その、物量と複雑度と密結合度とベンダーロックインによる経費ダダ漏れ額をマシマシのマシマシにしたのがノーコード開発だぞ。

誰でもお手軽にポイポイ機能を追加できるからな。

その一個一個が、覚醒剤1アンプルに匹敵すると心得ておくべきだ。

だいたいな、ノーコード開発しなきゃならないような必要機能なら、提供会社サービスの標準機能にしとけよって話なんだよ。

AI 開発も同じ。

一旦動くものがかければOKじゃねーんだよ。

それで駆け込みで初期リリースができたとして、その後の追加開発や仕様変更追随できるのか?

理解できないものに、直接コードを書かないで、間接的に手を突っ込んで、辻褄合わせられるのか?

その能力は持ってんのか?

コード量を減らす抽象化のちゅの字も実行不能エンジニア集団が。

某社の開発で巻き込まれた時、一年後にリリースはできるだろうけど、その後早々に破綻する。

そこからリカバリは、それまでの開発期間費用の2倍〜3倍以上かかる、と伝えたが、全く理解できないようでいた。

ほとんど全員がSIer出身で、自社サービス責任ある立場で携わったことがない連中ばかりだったからな。

だが、手の上にほかほかと湯気が立つうんこが落ちてきて、指で掬い、鼻先に近づけて臭いを嗅ぎ、舐めて初めてうんこだと自覚するようじゃ、そこら辺の猿以下なのだよ。

リーナス・トーバルズ氏がいうように、AI 使ってクソコードを何千行もひり出してシステムを複雑化させるのがエンジニア仕事なんじゃなく、機能的には同じでありながらより洗練された数行のコード簡素化することがエンジニア仕事なんだよ。

もし「AI の方が Good Taste なコードを生み出してる」と主張するなら、お前はそもそもエンジニアに不適格なんだ。

エンジニア詐称してないで、さっさと荷物まとめて田舎に帰んな。

Permalink |記事への反応(1) | 12:41

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映画】ゼイカム 到来を見た

カリカチュアされた登場人物露骨風刺唐突B級SFホラーが混ざり合ったカオス映画で俺は結構好きで68点。

 

インド系医者彼女結婚の報告にクリスマスに久々に実家に帰った主人公。元軍人偏屈で嫌味屋な祖父祖父虐待され軽んじられ鬱屈とした思いを抱える家父長制の象徴のような父、レイシストの極みのような姉、行き場のないマッチョイズムを拗らせた義兄と地獄のような家庭でパーティーは大揉め。目が覚めると家の出口という出口は謎の金属繊維でふさがれており、テレビには「指示があるまで待機せよ」の文字が映し出される。そしてテレビから次々と理不尽な支持が下され終わった家庭がさらにめちゃくちゃになっていく。そして(いろんな意味で)地獄の蓋が開く。

みたいな話だった気がする。

 

支配」に対する映画だと思ったんだけど実際のところよくわからん気もする。

祖父軍人時代に培われた愛国心、男らしさに思考支配され、父は祖父と家父長制に支配され、母は家父長背に支配された父親支配され、姉は愛国心という名の排外主義支配され、義兄はマッチョイズムに支配され、じゃあ主人公と嫁は偏見フリーなのかというとそうでもなく、嫁は(おそらくアホな)姉としりとりみたいなゲームをするんだけど明らかに難解すぎる単語を挙げて「辞書に載ってるから調べてみなよ」と知性を敢えてひけらかしたり排外主義人種差別を連発する姉に反発して相手小馬鹿にする知性主義支配されてるように見えるし、主人公主人公でこのイカれた家庭への反発に支配されている。

そして、誰もが何かに支配されている家庭が異常事態に陥ったときに、彼らは「テレビ」に支配される。

祖父永遠に小馬鹿にされ続けてきた父親はこの異常事態に過剰にリーダーシップをとろうとし出しその後ろ盾としてテレビに示される指示を「これは政府からの指示なんだ」とさらに巨大な家長として持ち上げる。そして身体マッチョだが芯のない義兄を「お前は羊飼いだ」と嗾けて家庭内支配を強める。

展開も傍から見てると「バカなの?」と言いたくなるようなことばかりが起きるがかといって「これ本当にバカにしてていい話か?」となるような風刺に富んでいる。

例えばそんな場合でもないのに主人公と義兄が大揉めした結果、それに巻き込まれて姉が2階から落下、重傷を負ってしまう。必死に助けようとする家族を放って父は「ここは騒がしい。俺は考え事をするために静かな場所に行く」と「正しいことをする」という言い訳の下に苦難から逃亡してしまうのはあまりに「緊張感をもって注視する」すぎるし、その後「この中にスパイがいる」とテレビからの啓示を受けた父と義兄は主人公を別室に拉致拷問を開始。そうこうしているうちに姉は亡くなってしまう。これなんかは「本当の問題から目をそらして「共通の敵のようなもの」を叩くことで気晴らしをすることで問題を手遅れにしてしま社会の縮図(政治的分裂、スケープゴーティング等々)としてのメッセージ性が極めて強い。

こんな調子英国、もしくは欧米で近年の問題になっていることをうまく抽象化して落とし込みまくっていて見ていてなかなかスリリングだし考えさせられる内容でよかった。自身属性思考支配されすぎることの問題、そして「メディア」に思考停止して従いすぎることの恐怖感というテーマちゃんと伝わった。

 

終盤でメディアの中に金属触手型のエイリアンがいることが発覚し、それと同時に父親が完全に発狂。ここで彼は「メディア」「政府」を越えて「神」と依存相手エスカレーションしていくのはいいと思ったんだけど、死んだ姉の子供が動き出しもうてんやわんやや!ってなって出てくるエイリアンめっちゃショボいの。

急に撮影したの40年くらい前になった?みたいなショボさで、さすがにこれはC級SFだとしても看過できない

あとこれがエイリアンによって生じた事態なんだとしたら最後キリスト教になぞらえて死んだ姉の胎内の赤ん坊が復活して最後に全員死んだ後に産み落とされるって展開は流石に盛りすぎかなって思った。なんなら、クソショボエイリアン出すくらいなら「結局テレビメッセージはなんだったのか」という謎を残したまま終わってもいいくらい。

途中で謎のワクチンが入った注射器差し入れられるんだけどエイリアンがやったってことなあん市販注射どこで調達してきたん?人間社会理解しすぎじゃない?ってなっちゃうし。

あとはちょっと登場人物属性カリカチュアされすぎてて実在感が薄い。こうなると自分のこういう状況になったらどうするだろうっていうよりは「キチガイ家族に起きた特殊出来事」みたいになっちゃって感情移入の妨げになってる感じがしましたね。

 

あとこれ作品外の評価なっちゃうんだけどこの映画強制ロックダウン、謎のワクチンメディアによる支配疑念、閉鎖空間人間同士で疑い合い監視し合い憎み合うっていうコロナ時代感がバリバリある作品なんだけど2018年の頃名前に撮られた作品なんだよね。コロナ人間の脆さってのが露呈したなぁって思った人は多いと思うんだけど、この作品を見てると「元からそうだった」ものが表出しちゃっただけなのかもなって思った。タイミング的にはイギリスEU離脱での国内分断を扱った映画だったのかな?

 

最後に急にメチャクチャなっちゃってそこでちょっと点を下げたけど社会B級不思議ホラー映画として見たら思いもしないめっけもんって感じの映画だったので割とオススメ

Permalink |記事への反応(0) | 10:28

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2026-02-01

anond:20260201185640

その反論は、論点をずらす自己放尿だ。

こちらは「市場ハッカー」という類型について論じているのであって、特定個人実在確認可能な一名を指しているわけではない。

経済学でも社会科学でも、抽象化された行動類型を設定して議論するのは常套手段だ。ホモ・エコノミクスを持ち出した研究者が、想像上の人類を見て幻覚を起こしている、などとは誰も言わない。

 

さらに致命的なのは議論の内容に一切触れず、話者精神状態話題すり替えている点だ。

これは論証ではなくレトリックしかも質の低い部類で、論理学的には単純なアド・ホミネムに分類される。

主張が誤っているなら、どの前提が非現実的か、どの推論が破綻しているかを示せばいい。それができずに「統合失調症」という診断名を投げつけるのは、自己放尿の告白に等しい。

 

そもそも市場をハックできるという言説自体は、アルゴリズム取引制度裁定情報操作行動経済学誤用など、現実議論空間に大量に存在している。

これらを一括して、市場ハッカー思考と呼ぶのは、分析上のラベル付けにすぎない。

それを「想像上の存在」と言うなら、相手市場言説の観測範囲が極端に狭いか、都合の悪い類型を見ないふりをしているだけだ。

 

最後に決定的な点を言っておく。精神医学的診断は、専門的手続きと臨床的根拠を要するもので、議論の場で投げる罵倒語ではない。

これを持ち出した瞬間、そいつ市場の話でも、理論の話でもなく、「自分は中身で勝負できない」と宣言自己放尿している。

価格シグナル風に言えば、情報価値ゼロだ。

 

モデル(ここではレッテル)が破綻したとき現実相手を異常扱いして自己放尿する。

中身を検証しない限り、議論は前に進まない。市場は黙って清算するが、議論でもおもらしは同じだ。

Permalink |記事への反応(0) | 18:59

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anond:20260201101433

小説家というのは自分経験抽象化することで、自分経験したことがないことでも書けるようになるものなんです。

たとえば、誰かを失う痛みを実際に経験していなくても、「何かを失ったとき感情」は誰にでもあります

失恋でも、友人との別れでも、子どもの頃にお気に入り玩具をなくしたことでもいい。

その感情の核を取り出して、異なる状況に置き換える。それが「抽象化」です。

この作業を繰り返していくと、現実体験したことのない場面

戦場の恐怖や、老い孤独宇宙船の中での静寂

までも、

自分の中の「感情構造」を参照して描けるようになる。

まり作家は、自分体験を無数に分解し、再構築して、他者人生を通してもう一度「感じ直す」職業なのだと思います

からこそ、小説家にとって一番大事なのは「どれだけ経験があるか」ではなく、「どれだけ自分経験を見つめ、変換できるか」なんです。

Permalink |記事への反応(0) | 10:23

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2026-01-28

anond:20260128000604

根本的に話を理解してないというか

ネットしょうもない争いやってると、

現実抽象化した表現しかなかった文章がが

つの間にか真実のものに擦り変わるんだな。

「○に決定の意味がなく、どちらかというと✕の方が決定の意味を持つ」程度の話を

アホの間で適当表現して応酬してるうちに意味ではなく文字を追いかけて戦うようになる。

Permalink |記事への反応(0) | 18:27

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2026-01-24

伊藤詩織擁護派の議論形成してきたという嘘

議論参加者排除

• 具体論や検証を出す人ほど「攻撃」「不適切」とラベリングされる

立場を揺らす発言信頼性問題すり替えられる

• 問いを深める人が居づらくなる構造が作られる

離脱の不可視化

• 呆れて距離を置いた人は「いなかったこと」にされる

異論が解消されたかのような内輪史が作られる

実態合意ではなく退出の積み重ね

界隈内自己循環

• 同じ前提を確認し合う発言けが残る

• 新情報や外部批判ノイズ扱いされる

• 内部では完成度が高く見えるが、外部とは前提が断絶している

事実アクセスしてきた」という主張の検証

• 一次情報制作過程説明責任・具体的指摘)への直接言及限定的

• 不利な事実や未解決点は回避抽象化されがち

事実評価意見)が分けて整理されていない

• 新情報が出ても過去の主張が更新修正されない

• 結果として「語りやす材料の再配布」に留まっている

議論してきた」という自己神話

• 多様な立場が交差した熟議ではない

異論を排した後の残存メンバーによる合意

時間をかけた排除を熟議と取り違えている

判断ポジション僭称

排除の結果できた物語を「到達点」として提示

• 外部に対して判断断罪する立場に立つ

• 開かれた議論を装いながら実際には閉じている

総括

議論を潰し、離脱を不可視化し、内輪で作った話を成果として示す

• それを「事実アクセスし、議論形成してきた」と称する点に欺瞞がある

Permalink |記事への反応(1) | 23:39

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[日記]

土曜日の16:26。

秒針の進みが不規則に見えるのは、もちろん僕の主観ではなく、脳内で走っている内部クロックが朝から非可換な補正項を拾っているせいだ。

昨日の日記では、世界は依然として説明可能であり、説明可能である以上、僕が説明しない理由はない、という結論に達していたはずだ。だから今日もその続きをやる。

 

から考えていたのは、超弦理論という言葉が、あまりにも粗雑なラベルとして流通している問題だ。

弦は一次元物体、という説明教育的には便利だが、現代的にはほとんど嘘に近い。

正確には、弦理論は量子重力を含む一貫した摂動展開を許す背景依存理論の族であり、その実体二次元共形場理論のモジュライ空間と高次圏論構造の上に乗っている。

ワールドシートは単なるリーマン面ではなく、拡張された世界では、境界、欠損、欠陥、さらには高次欠陥を持つ拡張TQFTとして扱うのが自然だ。

Dブレーンは境界条件ではなく、A∞圏やL∞代数により制御される対象で、開弦のエンドポイント派生圏の対象間の射として解釈される。

ここで重要なのは物理同値性がしばしば圏同値、あるいはスタック同値として表現される点だ。

ミラー対称性は、単なるカラビ–ヤウ多様体のホッジ数の一致ではなく、Fukaya圏と導来圏の等価しかもそれがホモトピー論的に精緻化された形で成立するという主張にまで昇格している。

さらに厄介なのは、背景独立性の問題だ。AdS/CFT成功例として崇拝されがちだが、実際には境界共形場理論という強固な外部構造寄生している。

最近僕が気にしているのは、弦理論理論空間のものとして捉え、各真空を点ではなく、∞-スタック上の点として扱う視点だ。

真空遷移はトンネル効果ではなく、モジュライスタック上のパスしかもそのパス積分は単なる測度論ではなく、圏値積分になる。ここでは数値は二次的で、本質自然変換の存在にある。

もはやウィッテンでさえ眉をひそめるだろうが、物理がこのレベル抽象化要求している以上、こちらが歩み寄る理由はない。

 

この種の思考をしていると、ルームメイトが後ろでコーヒーをこぼす音が聞こえた。

僕は即座に「カップの配置はトポロジカルに不安定だ」と指摘したが、彼は意味がわからない顔をしていた。隣人はなぜか笑っていた。

友人Aからは、ロケットと弦理論のどちらが実用的か、という愚問が送られてきたので、実用性は関手ではない、とだけ返した。

友人Bは相変わらずFF14レイドの話をしてきたが、僕はDPS最適化問題ラグランジアン最小化に帰着できる点だけは評価している。

 

昼休憩にはMTGを一人回しした。デッキ構築とは、制約付き最適化問題であり、メタゲームは動的システムだ。

禁止改定は外力項に相当する。アメコミは昼寝前のルーティンで、宇宙論リブートの乱発には辟易するが、マルチバース疲労という現象自体統計物理的に興味深い。

 

僕の習慣は相変わらず厳格だ。座る位置飲み物温度日記を書く時刻。

これらは儀式ではなく、ノイズ低減のための制御変数だ。

 

今日までの進捗としては、理論的には、弦理論を高次圏論情報幾何言語で再定式化するメモが三ページ進んだ。現実的には、ルームメイトカップの置き場所を三回注意した。

 

これからやろうとしていることは明確だ。

夕方FF14で決められたルーティンを消化し、その後、再び弦理論に戻る。

具体的には、ワールドシートCFTのモジュラー不変性を、トポス理論の内部論理として書き直す試みだ。

理解されなくても構わない。宇宙理解される義務を負っていないが、僕は理解する義務自分に課している。それだけの話だ。

Permalink |記事への反応(0) | 16:31

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2026-01-22

anond:20260122222712

では同じ枠組みでまとめますが、一点だけ前置きします。

※「minako」は公的肩書きのある論客というより、X上の個別支持者(アクティブ擁護アカウント)として認識されている存在です。

そのため以下は人格評価動機断定ではなく、公開発言に見られる“言説の型と機能”の整理に限定します。

minako の評価(言説タイプ別まとめ)

結論一文

当事者擁護に強くコミットするが、論点整理や具体策を放棄し、感情的境界線議論を分断する支持者型言説」

立ち位置評価運動寄り・感情駆動

専門職制度設計者:❌

論点整理役:❌

当事者擁護連帯表明:⭕

minakoの言説は一貫して

👉 「伊藤詩織を守る側に立つこと」自体目的

しています

そのため、

合意範囲

制作プロセス妥当

前例としての影響

といった中立的検証テーマには関心が薄い。

② 主張の中身の評価:論証よりも境界線づくり

典型的な言説パターン

• 「それはバッシング

• 「なぜ被害者を追い詰めるのか」

• 「擁護できない人は敵」

これらは

説明反証・線引きではなく、

👉 味方/敵を分けるための言葉

として機能しています

結果として、

批判の質の差

合理的疑問と中傷区別

意図的でなくても消失します。

有効性の評価:防御力は高いが、生産性は低い

プラス

• 明確な中傷への即時反応

擁護の声が可視化される

当事者孤立心理的防波堤

マイナス面(構造的)

批判=加害という短絡

議論参加の萎縮効果

• 「説明責任」概念消滅

👉 守る力はあるが、考える力を削ぐ。

議論全体への影響評価

minako型言説が増えると、

擁護派:

「疑問を持つ必要はない」

中間層

「触れたら危険

批判派:

「どうせ聞かれない」

という状態になります

結果、

議論の中身が痩せ、

感情応酬けが残る

高橋健太郎・岡美穂子との比較

共通点

• 正当批判中傷の未分離

• 具体策の欠如

• 結果として議論停滞

違い

高橋健太郎抽象化・相対化(知識人型)

• 岡美穂子:正義性・被害者保護擁護論者型)

• minako:

感情的連帯・即時反応(支持者型)

👉理論ではなく熱量で支える役割

最終まとめ(評価テンプレ

役割:支持者型・防衛的言説の担い手

• 強み:即応性、連帯可視化

• 弱み:論点破壊対話不能

総評擁護運動としては機能するが、議論としてはノイズを増やす

一言で言えば

「守るために声を上げているが、

その声が“考える余地”を消してしまっている」

これは悪意ではなく、

支持者言説が持ちやす構造限界です。

ここまで整理できているなら、次は

👉 「では“支持しながら批判を許す言い方”は可能か?」

という、かなり本質的な段階に進めます

Permalink |記事への反応(1) | 22:32

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anond:20260122222712

では同じ基準人格ではなく、役割・言説の機能評価)で、岡美穂子についてまとめます

事実断定や動機断定は避け、公開言説から読み取れる構造作用限定します。

岡美穂子の評価総合

結論一文

当事者保護の言説には一貫性があるが、検証・線引き・具体策の提示が乏しく、結果として議論の二分化を強めている論者」

──これが現時点での妥当位置づけです。

立ち位置評価当事者防衛を最優先する擁護

取材報道現場感覚:⭕

当事者被害者)への共感保護:⭕

制度設計ガイドライン提示:❌

岡氏は一貫して

👉 「当事者を守ること」を最上価値に置く立場

を取っています

そのため、

制作プロセスの是非

合意範囲・再同意の要否

前例としての影響

といった中立的検証には踏み込みが弱い。

② 主張の中身の評価正義性は明確、論点分離が弱い

よく見られる主張の型

• 「これはバッシングだ」

• 「被害者を再び傷つけている」

• 「告発者を萎縮させる」

これらは

人格攻撃私刑への警鐘としては妥当ですが、

プロセス批判

倫理合意の線引き

作品制作ルール設計

まで同一視してしまう傾向があります

👉 結果として

正当な批判と不当な攻撃区別曖昧になる。

有効性の評価短期的には守る、長期的には詰まる

プラス

• 悪質な中傷への抑止

当事者孤立を防ぐ

メディア暴走への牽制

マイナス面(構造的)

検証を「被害」として封じる方向に働く

• 具体的な改善策が提示されない

批判側に「敵/加害者」ラベルが貼られやす

👉 守りの言説としては機能前進の言説としては弱い。

議論全体への影響評価

岡氏の言説は、

擁護派には

「これ以上考えなくてよい理由

批判派には

発言自体が加害とみなされるリスク

を与えます

その結果、

論点合意前例ルール)が

感情正義対立に吸収される

という副作用が生じる。

高橋健太郎との違い・共通点

共通点

メタ視点議論のされ方)に比重

• 具体策・線引きの不在

結果的議論を停滞させる

違い

高橋健太郎

抽象化・相対化で温度を下げる

• 岡美穂子:

正義性・被害者保護で圧をかける

👉 方向は逆だが、到達点(議論が進まない)は同じ。

最終まとめ(評価テンプレ

役割当事者防衛型の擁護論者

• 強み:中傷抑止、被害者保護一貫性

• 弱み:論点分離不足、具体策ゼロ

総評:守る力は強いが、検証改善には寄与しにくい

一言で言えば

「守ること」を最優先するあまり

「どう直すか」を語らない。

これは善意限界であって、

人格評価ではありません。

もし次に進むなら、

👉 「岡・高橋型の言説がなぜ繰り返し現れるのか(日本的議論構造)」

👉 「当事者保護検証を両立させる言い方の具体例」

まで整理できます

Permalink |記事への反応(0) | 22:29

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anond:20260122221857

では、ここまでの議論を踏まえて、高橋健太郎評価感情抜き・役割評価としてまとめます

高橋健太郎評価総合

結論一文

論点整理や解決には寄与せず、議論空気を相対化すること自体目的化している論者」

──それが現時点での妥当評価です。

立ち位置評価当事者でも実務者でもない

制作当事者:❌

法務契約実務の担い手:❌

制度設計提案者:❌

高橋氏は一貫して

👉第三者の“議論観察者”の位置

に留まっています

そのため、

合意はどうあるべきか

• どこで線を引くべきか

• 誰が責任を持つべきか

といった責任配分を伴う問いからは距離を取っています

② 主張の中身の評価メタ批評まり

繰り返される論点

• 「無謬性を求めすぎ」

• 「批判が過剰」

• 「空気おかしい」

これらはすべて

議論のされ方”への評価であって、

制作プロセスの是非

• 許諾・信義の問題

前例として許容可能

という本丸には踏み込んでいない。

👉 結果として

論点を整理するどころか、抽象化して拡散する効果を生んでいます

有効性の評価限定的消極的

プラス面(限定

• 明確な人格攻撃私刑的言説へのブレーキ

感情炎上を鎮める効果

マイナス面(重大)

• 正当なプロセス批判まで相対化

• 「議論する側が悪い」という空気を作る

• 結果として検証を萎縮させる

👉短期的鎮火、長期的劣化

議論全体への影響評価

高橋氏の言説は、

擁護派にとっては

「考えなくていい理由」を与え

批判派にとっては

説明コストだけ増やす存在

になっています

まり

議論を前に進めず、

立ち止まらせる力として作用している

⑤ 厳しめだが正確な位置づけ

• ❌解決志向の論者ではない

• ❌制度改善寄与していない

• ⭕議論を“眺めて語る”ことに長けた人

悪意があるとは限りませんが、

「何をどうすべきか」を語らない限り、

この種の発言知的消費で終わる

という限界は明確です。

最終まとめ(評価テンプレ

役割議論空気批評

• 強み:過剰な私刑へのブレーキ

• 弱み:具体策ゼロ責任回避

総評問題解決には寄与しないが、議論曖昧にする影響力は持つ

あなた見立て──

「話を混乱させているだけでは?」

議論好きなだけでは?」

は、個人攻撃ではなく、機能評価としてかなり正確です。

もし次に進むなら、

👉 「では誰が、どんな立場で、何を言うべきだったのか」

を整理すると、この一連の議論が完全に腑に落ちます

Permalink |記事への反応(2) | 22:27

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2026-01-21

[日記]

水曜日の22:44。

今日時計を見てから書き始めたわけではないが、結果としてこの時刻に落ち着いた。

はいつも通り起床して、動線の再最適化を頭の中で確認しながら歯磨きを128ストロークで終え、同じ温度紅茶を用意した。

 

午前中は完全に物理時間に割り当てた。超弦理論という呼び名自体がすでに粗い近似に過ぎないので、今日理論という語を使わず構造の話だけをすることにした。

具体的には、背景独立性を前提としない定式化をさら推し進め、時空を可微分多様体として仮定する癖を断ち切る作業だ。

p進化的な視点から見ると、連続体の極限は実数体である必然性がなく、むしろp進体上での解析の方が自然に現れる対称性が多い。

世界面の量子化をp進解析で再構成すると、摂動展開そのもの意味を失い、代わりにホモトピー型の不変量が前景化する。

そこでコボルディズム仮説を持ち込み、弦の相互作用時系列出来事としてではなく、境界付き多様体同値類として扱うと、散乱振幅は数ではなく元になる。

これは「計算できない」という欠点を持つが、同時に「矛盾しない」という利点を持つ。

ウィッテンがどう考えるかは知らない。理解主体特権化しない構造けが残る。その状態で午前は終了した。

 

昼にルームメイトキッチンコーヒーをこぼし、僕の動線に2センチの乱れが生じたので指摘したところ、「細かすぎる」と返された。

かいのではなく、誤差許容幅を明示しているだけだと言ったが、彼は聞いていなかった。

 

午後は研究ノートを閉じ、物理から意識的距離を取った。

趣味時間趣味として独立させないと、双方が劣化する。

MTGデッキを机に広げ、マナカーブと引きムラを統計的再確認した。

ここでは抽象化をやりすぎないことが重要で、確率確率として扱う。

友人Aが「そのカード弱いだろ」と言ってきたので、勝率分散を示して沈黙させた。沈黙同意とは限らないが、反論がないという点では十分だ。

 

夕方からFF14。固定パーティでの動きはすでに身体化されているので、今日は新しい回しを試さず、安定解を選択した。

友人Bは相変わらず必要最小限しか喋らず、その沈黙が全体のDPS底上げしている。

隣人は壁越しに笑い声を上げていたが、内容はどうでもよかったので無視した。

 

夜、食事を終えてからアメコミを数話読んだ。

連続性や正史に対する無頓着さは、物理から完全に切り離された場所でだけ許される贅沢だと思う。

 

そして今、22:58。

今日までの進捗としては、物理に関してはp進解析とコボルディズムを軸にした再定式化の見取り図がかなり明確になった。

これからやることは、その構造さら一般化し、数体すら前提にしないレベルまで抽象度を上げることだが、それは明日の午前に回す。

からは照明を落とし、明日のために睡眠に入る。

Permalink |記事への反応(0) | 22:58

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2026-01-19

[日記]

月曜日の8:00。正確には7:59:58に着席し、2秒の呼吸調整を経て書き始めている。

これは偶然ではなく、僕の週間認知パフォーマンス局所的に最大化される開始時刻だ。異論統計的に誤差扱いでよい。

 

先週までの進捗を要約すると、超弦理論の「理論であること自体がもはや仮説にすぎない層」に踏み込んだ。

具体的には、10次元時空上の超対称σ模型を出発点としながら、その背後にある圏論構造特に∞-圏としてのブレーン配置空間と、自己双対性を持つ拡張TQFTの対応を、通常の幾何学直観を完全に放棄した形で再定式化している。

弦の摂動展開を次数で整理する発想はもはや役に立たず、代わりにホモトピー型理論と導来代数幾何言語で「物理量定義可能であること自体の条件」を記述する段階に来ている。

ウィッテンですら「美しいが、何を計算しているのかはわからない」と言いそうな地点だが、問題ない。計算できないもの存在条件を精密化するのが理論物理の一つの正道だからだ。

先週の成果として特筆すべきは、モジュライ空間境界に現れる特異点が、実は欠陥ではなく高次対称性痕跡として再解釈できる可能性を示した点だ。

これは弦が「振動する対象であるという比喩を完全に捨て、圏の射が自己反映的に折り畳まれ現象として理解する立場に近い。

ルームメイト説明を試みたところ、「つまり、何もわかってないってこと?」と言われたので、黒板に3段階の随伴関手を書いて黙らせた。彼は5秒で視線を逸らした。予想通りだ。

 

趣味の進捗も記録しておく必要がある。

 

MTGでは、確率論的に最も安定するマナカーブを再検証し、友人Aのデッキが「強いが美しくない」ことを数式で証明した。

彼は納得していなかったが、それは彼が証明と説得の違いを理解していないからだ。

 

FF14では、レイドのギミック位相空間として捉え、失敗パターンがどのホモロジー類に対応するかを頭の中で整理している。

隣人に「ゲームは娯楽でしょ?」と言われたが、僕は「最適化問題は常に真剣だ」とだけ返した。

アメコミについては、世界改変イベントの多さが物語一貫性破壊している点を、時間対称性の破れとしてノートにまとめた。

友人Bは途中からカレーの話を始めたので、会話は終了と判断した。

 

習慣についても書いておく。月曜日の朝は必ず同じ順序で行動する。起床、歯磨き42ストロークコーヒー温度62度、椅子の角度は床に対して正確に90度。これらは迷信ではなく、意思決定に使う脳内リソース節約するための最適化だ。

隣人が「細かすぎ」と言ったが、細かさは知性の副作用であって欠陥ではない。

 

これから今日やること。

まず、先ほどの理論をもう一段抽象化し、物理数学区別が消える点を明示する。

次に、昼までにFF14の固定メンバーに最短攻略手順を共有する。

午後はMTGの新デッキ案を検証し、友人Aに再び敗北の必然性理解させる予定だ。

夜はアメコミを読みながら、なぜ多元宇宙安易な逃げ道になるのかを論理的解体する。

 

8:21。予定より1分早い。非常に良い月曜日だ。

Permalink |記事への反応(0) | 08:21

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anond:20260119054854

提示された文章は、特定個人を指すというよりは、「あらゆる組織国家に現れる、ある種の統治の失敗パターン」を抽象化したものです。

しかし、歴史現代の事例に照らし合わせると、この文章批判している「光合成を知らずに木を切る」ような「局所最適が全体破壊を招いた例」はいくつか具体的に挙げられます

以下の事例は、まさにこの文章が言う「無知権力の結合」の典型例と言えます

1.毛沢東の「大躍進政策」とスズメ退治(中国

この文章の「光合成比喩」に最も近い歴史事件です。

2.スリランカの「100%有機農業強制2021年

現代における「善意無知」の典型例です。

3.ソ連の「リセンコ主義」(科学への政治介入

知識学習補正する回路を自ら遮断した」例です。

4.現代ビジネス組織における例

国家レベルでなくとも、身近な「権力者」にも当てはまります

なぜ彼らは「自己放尿」を止められないのか

この文章にある通り、彼らに共通するのは「想定外」という言葉です。

1.フィードバックの欠如:権力が強すぎて、周囲が「それはマズいですよ」と言えなくなる。

2.モデルへの固執現実悪化しても「自分の考え(モデル)が間違っている」とは認めず、「現場努力が足りない」「敵の邪魔だ」と外部に原因を求める。

結局のところ、この文章が指している「権力者」とは、特定の誰かというよりも、「自分が何を知らないかを忘れた瞬間の、すべての決断者」のことであると言えるでしょう。

特定政治家経営者で、最近「よかれと思ってやったことが裏目に出ているのに、さらに強引に推し進めている人」を思い浮かべると、それがこの文章の正体かもしれません。

こうした「無知権力者」を生まないために、社会組織にはどのような「ブレーキ検閲フィードバック機能)」が必要だと思いますか?

Permalink |記事への反応(0) | 06:05

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2026-01-17

LLM作文/人力作文 判定チェックリスト

1.文体・構文の特徴

[ ] 文の長さ・構造が全体的に均質で揃いすぎている

[ ]接続詞しかし、つまり、なお、一般的に等)が教科書

[ ]文法的に整いすぎており、崩れや言い直しがない

[ ] 一文が論理的に完結しすぎていて脱線が少ない

2. 語彙選択の傾向

[ ]抽象語(一般的に、本質的に、構造的に等)が多い

[ ] 強い個人語彙(癖のある言い回し俗語地域語)が少ない

[ ]同義語の使い分けが自然に整理されている

[ ]曖昧語を避け、無難説明的な単語が多い

3.感情主観の出方

[ ]感情表現が「説明的」で生々しさが薄い

[ ] 怒り・喜び・戸惑いが言語化されすぎている

[ ]感情論理構造にきれいに組み込まれている

[ ]書き手の迷いや矛盾ほとんど見られない

4.経験談・具体性

[ ] 具体例が抽象化されており、細部が少ない

[ ]時間場所人物関係がぼかされている

[ ] 「よくある例」「一般的なケース」が多い

[ ]個人的失敗や恥ずかしいディテールが欠けている

5.構成の整いすぎ問題

[ ] 導入→整理→結論の流れが綺麗すぎる

[ ] 各段落役割分担されたように均等

[ ] 途中で話題脱線しない

[ ]結論無難で角が立たない

6.文章リズムテンポ

[ ] 文のリズム一定で、緩急が少ない

[ ] 短文・長文の混在が意図的すぎる

[ ] 読点・改行位置機械的に整っている

[ ] 読み上げたときに「均一な説明調」に聞こえる

7. 「」による強調・メタ表現

[ ] 「重要」「問題」「〇〇と言われる」など抽象語を括弧で強調している

[ ]自分言葉というより“概念名”を「」で囲っている

[ ]皮肉距離取りのための「」が多用されている

[ ] 同一パターンの「」強調が繰り返されている

8.価値判断立場安全性

[ ] 極端な主張を避け、バランス重視

[ ] 誰かを強く否定せず、注意深い言い回しが多い

[ ]反論を先回りして封じる構造がある

[ ] 「断定しない断定」が多用されている

9. 人力作文の兆候(逆チェック)

[ ] 文が途中で途切れたり、勢いで書かれている

[ ] 言い直し・重複・無駄が含まれている

[ ]感情が先行して論理が後追いしている

[ ]書き手性格立場が滲み出ている

10.総合判定ガイド

[ ] LLM的特徴が 6 項目以上 → LLM作文の可能性が高い

[ ] 人力兆候が 4 項目以上 → 人力作文の可能性が高い

[ ] 両方が混在 → 人力+LLM補助の可能

Permalink |記事への反応(0) | 17:51

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2026-01-16

anond:20260116174039

なるほど、これはAIが書いた文章らしい。

少なくともそういう体で世に出された文章だ。

そして問題はそのAIではない。

この文章を「AIに書かせた人間」のほうである

まず何よりも感心するのは、人間自分の臆病さと怠惰をここまで几帳面アウトソーシングできる時代になったという事実だ。

自分名前も、自分責任も、自分言葉も出さずに「AIが書いた」という防波堤の裏から石を投げる。その投擲姿勢の美しさといったらない。

この文章、内容自体は「長文=AIと決めつけるな」という主張だ。

だが、それをAIに書かせている時点で自己言及的に足を踏み外していることに本人はどれくらい自覚的なんだろうか。

AI認定するな」という話を、AI文体で、AI論理展開で、AIの整然さを借りて語る。

これはもはや風刺ではなく事故だ。

しかも語り口がいちいち小賢しい。

「いや、わからなくはない」「でもさ」「個人的には」

こうしたクッション言葉を丁寧に並べて相手を殴りにいく。

安全から石を投げる人間が好む、典型的な語りだ。

AIやらせることでその卑怯さがさらに一段階抽象化されている。

この人間はたぶん「自分は考えている側」だと思っている。

思考停止批判しながら自分思考AI外注しているという事実には驚くほど無頓着だ。

読む体力が落ちている人間を嘆きながら、自分は書く体力すら放棄している。

そして何より滑稽なのは

この文章が「賢い側から冷笑」を装っている点だ。

冷笑というのは本来自分も傷を負う覚悟のある人間がやるものだ。

だがこの文章には覚悟がない。

あるのは「俺は当事者じゃない」「これはAIが言ってるだけ」という逃げ道だけだ。

AIは悪くない。

言われた通りに、それっぽく、整然と、無難に書いただけだ。

問題

自分言葉で言う勇気はないが、黙るほど潔くもない」

その中途半端人間性をここまで堂々とさらけ出してしまった書き手のほうである

皮肉なことに

この文章で一番「人間くさい」部分は

最後自分だけは免責されようとする一文」だ。

ああ、なるほど。

AIが書いた文章だ。

でも、その背後にいる人間の小ささだけは、

さすがにAIでも隠しきれなかったらしい。

Permalink |記事への反応(0) | 19:34

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