
はてなキーワード:手法とは
篠田氏がラッセンに着想を得て執筆した小説「青の純度」であるが、篠田氏がラッセンのモデル小説ではないと述べていることについて、篠田氏がラッセンをモデルにしたことを否認しているという誤解が広まっているようだ。
「青の純度」はラッセンに着想を得た画家の話ではあるが明らかにラッセンのモデル小説では無い。
なのだが、この事を説明するには、人によっては「ネタバレ」と言うようなところを説明する必要があるので、多くの謙虚な読書家の感想文からは未読の者がそうと理解しにくい形になってしまっている。
私としては、物語の半分よりも手前(5分の2ほど)で明かされるそれは「出題」部分(探偵ものであれば死体の発見)であってネタバレではないと思うのだが、まぁそう思わない人もいるだろうから、駄文を挟みいささか猶予を置いてからその部分の説明に入るので、出題部を含めてネタバレを嫌う人はこの先を読まずにブラウザをバックすると良い。
ラッセンに着想を得たがラッセンのモデル小説ではない、とはどういう意味か。
そもそもモデル小説という語の意味が若干の広がりがある上に、モデル小説という概念を持たない人は誰かをモデルにしたキャラが出ているだけのものまでモデル小説と呼び、しかも「青の純度」の偽ラッセンはそれですらないのだ。
モデル小説というのはある理想(モデル)を小説の形にした小説というのがおそらく最もインターナショナルな定義だが、日本語の場合はある実在人物をテーマにした小説を指すことが多いように思う。篠田氏がいう「モデル小説」も後者の意味である。
モデル小説のテーマとなった人物は、少なくともその行動の主要な部分がモデルにされた人物に沿ったものとなる。テーマとはそういうものだからだ。
篠田氏がラッセンのモデル小説では無いと言ったのは、作中の偽ラッセン(私が架空人物の名前を覚えるのが苦手なので「偽ラッセン」と書くが、「青の純度」の読者なら納得してくれるのでないか)はラッセンの人物像を作中に顕現させようとしていないからだろう。証明は後述。
なお、作中の登場人物が実在人をモデルにしているというだけではモデル小説とは言わない。モデル小説とは小説自体の分類なので、個々のキャラのモデルの話とは別次元の話だからだ。言うならば、グラップラー刃牙にアントニオ猪木をモデルにしたプロレスラーが登場したからといって、グラップラー刃牙はアントニオ猪木のモデル漫画ではない。
これを前提に「青の純度」の中身に触れよう。
バブル後に一世を風靡し、印刷物を限定品と称して高値で売るエウリアンの悪徳商法が問題となって消えた偽ラッセン。
出版社に勤める主人公は、たまたま飾ってあった偽ラッセンの風景画を見つけ、かつて馬鹿にしていたそれが琴線に触れた。
そこで調べると、今(2023年)になって再び偽ラッセンの印刷物の新作展示販売会が活発になっている。その主催者は、かつてエウリアン商法をしていた会社の元従業員である。
出版社勤めの主人公はラッセンの大衆人気に関する本を出すことを思いつき、本に絵を載せる許諾を得るために、ハワイ島に暮らしているという偽ラッセンを訪問すべくハワイ島に飛んだ。
しかしそこで、偽ラッセンが10年くらい前に既に死んでいたことが判明した。
と、ここまでがいわば出題編である。
10年くらい前に死んだ人物の新作が2023年に出てきているのだから、読者は当然、ゴーストペインターを疑うわけだが、この先は君自身の目で確かめてみてくれ。
現実のラッセンは存命だし、近年の再評価は2012年のラッセン展に始まる原田氏のラッセン研究による正統評価の流れである。
10年くらい前に死に、令和最新版エウリアン商法としてリバイバルされている作中の偽ラッセンとは似ても似つかない。
したがって「青の純度」はラッセンの「モデル小説」ではないことは明白なのだ。
ちなみに作中で、主人公は当初、「犯罪的な商法と、作品・作家を切り分け、その販売手法に言及した後、ジャンピエール・ヴァレーズの作品そのものを取り上げ、そこにある芸術と大衆性のせめぎ合いについて語る」ことを企図して偽ラッセン本を企画しハワイに渡った。
しかしその結果、偽ラッセンは、マリンアートの巨匠Robert Lyn Nelson(→Wikipedia(en))の流れを汲む1人に過ぎないことを知り、ただその中では技巧が卓越していたという評価に至った。
また、偽ラッセンの絵画は原画ではなく印刷物を最終成果物と想定して描かれており、原画より印刷の方が良いという。
そして何より10年くらい前に死んでいたことと現在の売り出し方。
結局のところ、主人公はハワイに渡り様々な事実を知ったことで、当初の目論見とは異なる結論に至った。
したがって、偽ラッセンがラッセンのモデル小説では無いのと同じく、主人公についてもまた、近年の再評価者のモデル小説ではないということになろう。
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ダイヤモンドの↓の記事が盛りすぎでブクマカが釣られまくっているので、ちょっと落ち着けという意味で少し解説する
普通の人が「フリック入力を発明」というフレーズを見たら、どっちを想像する?
普通は1を想像するよね。でも、上の記事の「発明」は2の意味。8割くらいのブクマカはここを勘違いしてコメントしてるように見える
同じ発明家氏の記事でも3ヶ月前の東洋経済のほうは、「フリック入力を発明」という釣りフレーズこそ使っているものの本文を良く読めば発明のキモの部分が2であり1では特許を取れなかったことがそれなりに分かるように書いてある
「フリック入力」を発明しMicrosoftに売却した彼の"逆転"人生。元・売れないミュージシャン兼フリーター、家賃3万のボロアパートでひらめく
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/toyokeizai.net/articles/-/889631
もちろん2の意味の発明もスゴイし重要なんだけど、釣りは良くないよね
そもそも世の中のほとんどの技術は様々な発明やアイデアの集合体である。歴史の積み重ねであり、最終形がいきなり湧いて出るわけではない。もちろん「フリック入力」にも歴史の積み重ねがある。それを少し紐解いてみよう(なお、下記の「年」は引用可能な特許や論文が出た時期であり、実際にはそれよりもっと前にソフトウェアがリリースされていたりアイデアがメーリングリストに投稿されていたりすることもある)
[追記]※増田の仕様上ひとつの記事に貼れるリンク数に制限があるため一部URLのhを抜いている点、不便ですがご了承ください[/追記]
ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/57167.57182 (論文)
放射状に選択肢を並べるUIのアイデアは1960年代から見られるが、接地点からの移動方向情報を用いた入力手法の祖としてはとりあえずこれを挙げることができるだろう。これは文字入力に特化したものではなく、一般的なメニュー選択のための手法である
ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/191666.191761 (論文)
pie menuを文字入力に応用したもの。論文の著者はAppleの人。英語用。広義の『「フリック入力」の元祖』に最も該当するのは、おそらくこれだろう
ttps://rvm.jp/ptt/arc/227/227.html
ttp://www.pitecan.com/presentations/KtaiSympo2004/page65.html
T-cubeを日本語に応用したもの。広義の『日本語版「フリック入力」の元祖』の候補
https://web.archive.org/web/20080925035238/http://www.j-tokkyo.com/2000/G06F/JP2000-112636.shtml (特許)
https://newtonjapan.com/hanabi/
AppleNewton (PDA)用に実装された文字入力UI。「中央が『あ』、上下左右方向が『いうえお』」に対応する見慣れた形のフリック入力がここで登場する。『現在よく見る形の日本語版「フリック入力」の元祖』である。なお、開発者が特許を申請したものの審査を請求しておらず、特許としては成立していない
この頃、Human-Computer Interaction分野でT-cubeやHanabiの発展としての文字入力手法の研究が活発になり、特に国内学会で多くの手法が発表された。情報系の学生の卒論や修論のテーマとして手頃だったからだろう。PDA製品に実装されて広まった例もあり、SHARPZaurus用のHandSKKや、少し時代が下ってATOKのフラワータッチ等もこの系譜である
なお、この頃までの技術は指での入力ではなくペン(スタイラス)による入力を想定したものが主である(iPhoneの登場以前はキーボードレスのモバイル端末といえばPDAやタブレットPCなどスタイラス入力を前提としたデバイスが主流だった)
『スマートフォン上の「フリック入力」の元祖』であり『予測変換機能を備えた「フリック入力」の元祖』である。日本語フリック入力の効率を考える上で予測変換の占めるウェイトは大きく、「実用的なフリック入力」を実現するには予測変換との組み合わせは外せない。2006年にAppleに招聘されてiPhoneのフリック入力機能を開発した増井俊之氏は元々予測変換のPOBox(1998年 - ttps://dl.acm.org/doi/10.1145/274644.274690 )の開発者として知られる研究者であり、Appleへの招聘もその経験を買われてのものだろう。入力にフリック操作を用いること自体は特筆すべきものではなく、当時の流行を考えれば自然な選択だったと思われる
なお、前述のHanabiの開発者氏がiPhoneのフリック入力を見て
と言っている一方、増井氏はHanabiに対して
知らんがな
と言っている。この分野の研究をしていて知らんことあるか?とも思うが、電話用テンキーの上に五十音かなのフリック入力を実装すると誰が作っても概ねHanabiのような外観になると思われるので、本当に知らなかったとしても齟齬はない
ttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2008-282380/11/ja (特許)
『画面表示は絶対座標+移動判定は相対座標で行うことで「フリック入力」の入力効率を向上させる手法の特許』である(詳しい仕組みは上記の東洋経済の記事に書いてある)。ペン先と比べて指先は太いため指によるタッチでは厳密な操作が難しく(fat finger問題)、「実用的なフリック入力」を実現するにはこのような工夫も必須になる。小川氏の凄いところは、スマホの日本語UIをリリースするならどのメーカーも必ず実装するであろうこの工夫を、日本版iPhoneのリリース直前、Apple社としては引き返せないであろうタイミングで特許申請したところだ。機を見るに敏すぎる。特許庁に2回も拒絶された特許を不服審判で認めさせているところも本人が弁理士だからこそできる強さだと思われる
なお、氏の記事を読むと「フリック入力」自体を氏が考案したように思えてしまうが、ここまでに述べた通りそれは誤りである。「フリック入力に関連する重要な特許の公報に『発明者』として掲載されている」ことは疑いない事実なので「フリック入力の発明者」と称するのはギリギリ誤りではないと言えないこともないが、「フリック入力を発明した」はやはりダメだろう。上述の通りフリック入力自体は90年代に既に登場しており00年代の前半にはタッチスクリーン上のかな入力手法の一角を占めるに至っていたので、iPhoneに実装されたことは不思議でもなんでもなく、
このあたりは荒唐無稽な邪推すぎて、ソフトバンクから名誉棄損で訴えられたら危ないのでは(そもそもiPhoneのフリック入力を開発したのはAppleであってソフトバンクではない)
まとめると、さすがに小川氏の記事はモリモリに盛りすぎである。書籍の宣伝にしても酷すぎる。価値の高い特許を取った発明家であることは事実なのに、なぜこういう胡散臭いムーブをしてしまうのか
1998年にAppleNewton用に開発された日本語入力システム「Hanabi」が草分けで、2008年にiPhoneに採用されたことで、急速に広まった。従来の「あ段→い段→う段→え段→お段」とキーのプッシュを繰り返して表示・入力する方式(トグル入力)に比べ、素早い入力が可能になる。その入力効率の高さから、2010年頃にはキーボード離れが加速している[1]。
1998年にAppleNewton用に開発された日本語入力システム「Hanabi」[2]が草分けで、2008年にiPhoneに採用されたことで、急速に広まった。日本におけるフリック入力は、発明家でシンガーソングライターの小川コータがiPhone上陸以前に考案し2007年から2015年にかけて特許出願した[3]ものであり、取得した権利はマイクロソフトに譲渡された[4]。
ただ、これはおそらく関係者の自作自演等というわけではなく、日本におけるフリック入力関連特許が小川氏のものばかりであることからボランティア編集者が勘違いしてこのような記述にしてしまったのではないか。フリック入力は前述のように地道な技術の差分の積み重ねなので、個々の差分の開発者が「特許」を取ろうという気にならないのは良く分かる。その点でも、自ら弁理士として特許を量産した小川氏の強さが際立っている(が、やはり盛りすぎは良くないと思う)
縦読み漫画の場合、背景は用意された素材を使い回して時短作画でマンファを量産するみたいですよ。
元は写真で、そのまんまや漫画用に加工したものを使っているだけ。
だから、漫画家自身やアシスタントの力量関係無しに、同じようなレベルの背景を量産出来ます。
ま、似たようなもんでしょ
dorawiiより
-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20251026150917# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaP27DgAKCRBwMdsubs4+SJLHAP9fciDi/R3SExg0+vjHqGtGdThK/1N8bJB/4U36e8xA6wD+JG7QBpHww4gbj7SQUgkM1PxG6KOYku3wx99Jkf8E8w8==0SKW-----ENDPGP SIGNATURE-----
> 「AWSの運用の強みは、経験豊富な余剰人員によって築かれており、人員削減を行えば、基本的な機能が崩壊し始めます」
たいていの現場で、新入りのエンジニアが「ドキュメントが充実していてありがたいです」的なセリフを吐くことがあまりに多いんだけど、正直なところ、ドキュメントが大量すぎて、AI使おうが「これ」という情報が見つからない。いや、そもそも必要なドキュメントが存在しないことしかない(日本語が変なんじゃない)。
ドキュメントの書き方を、OJTで形式的にしか学んでいないんだろうと思う。
そんでもって書きっぱなしで、「あ、今はそうじゃなくて、こうなってます」って口頭で伝えられることがあまりに多い。いや、修正しておくか、削除するかしろよ。
って、そんなどうでもいい経緯なんていらんわ!
経緯が分かったところで、何の役に立つと考えてるんだよ?
昔、アホなエンジニアありき。って記録以上でも以下でもないだろ。
そんでもって、正しいドキュメントがあったとしても、読んでも大してプラスにならん。
なぜなら、ただの自分用の備忘録以上でも以下でもないものでしかないから。
誰に向けて、何を伝えるためのドキュメントか、ちゃんと意識して書かれた技術ドキュメントに、ほとんど出会ったことがない。
って、なぜそれがこのタイトル、この内容のドキュメントに紛れ込んでるんだよ!
みたいなことがあまりに多い。
しかも最新化されてない。
たいていムカつく東大の〇〇研究室の量産型卒業生なんて、「これくらいできて当然でしょう」的に他人を小馬鹿にしたような態度をとってきやがるんだが、そいつらも普通の人よりキャパが少し大きいだけで、色々積み上がってきて、見落としが増えてきたら誤魔化しまくって、誤魔化せなくなったら「新しいことをしたいので」とかもっともらしい言い訳してやめていきやがる。
おい、これ、どうすんだよ!
残ったエンジニアには、つくり散らされた無秩序なサービスを「運用でカバー」の日々。
こういうの、マジで普段使ってる単語の意味、理解してねぇんだな。
単語帳みたいに訳、定義を丸暗記してるだけなんだな、ってため息しか出ないんだが。
これ、その場その場の行き当たりばったりな設計実装を増やしてしまうと、今時の複雑化、成長し続けるWebサービスは、簡単に認知力の限界を超えてしまうから、いくつかのパラメータからどこでも同じルールが適用されている状態にして、認知負荷を下げるってのが、ここ10数年のシステム構築界の常識なんだわ。
KISSの原則も、認知負荷を下げる(上げない)って文脈の上にある。
他の、いろんな手法だなんだも、基本的にこれを前提にしている。
のに、いわゆる「識者」は、箔をつけようとしてるのか知らんが、毎秒いろんな要素を取ってつけて、ゴテゴテとした悪趣味な神殿にして、崇め奉る「信者」から金を巻き上げようと、勉強会開いてるだろ?
おいらに言わせれば、「認知負荷を下げられない手法はくそ。カーゴカルトだ」だ。
今の日本のどのWebサービスも、いつ大規模障害を起こしてもおかしくない状態だよ。
「今動いてるからいいっか w」
じゃねーんだよ。
「根本的にはCIA(米中央情報局)」と話し始めたのは、御年89歳の政治評論家、森田実さんだ。「アメリカの政策は今も昔も変わらない。反共で韓国と日本の手を結ばせ、アジアを分断しながら戦いを挑ませる手法だ」
信介氏は「米共和党に最も近い人物」といい、旧ソ連と向き合う上で「日本の関連法制では整備が不十分という米側の意向をくもうとした」。勝共連合の方は「権力や金のために日本に食い込むには米側に取り入るのが一番早かった」。
https://gist.github.com/heagr4wertut/ee986c35a85809d8fed4efaa7a7e5165
https://gist.github.com/heagr4wertut/d24645bcbea1e3d63903c72ff4703872
https://gist.github.com/heagr4wertut/d6049d6647cb2a47229f8394afcb8184
https://gist.github.com/heagr4wertut/47c34ca34020e1afe93880f694f2c9d0
https://gist.github.com/dom54674gery/261971e5da75af3570fb7e655480d0a2
北朝鮮に送金してる統一教会がスパイ防止法を推しまくってきたことからも、スパイ防止法推進者がどういう奴かは明らかだわね。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/196366
「岸元首相は、本連合設立当初から勝共運動に理解を示し、陰に陽に支援、助言を行ってきた」
勝共連合の機関紙「思想新聞」の1987年8月16日付1面には、同月7日に亡くなった信介氏の評伝が掲載され、先の一文がつづられた。広辞苑によると、「陰に陽に」とは「あるときは内密に、あるときは公然と」の意。親密ぶりがうかがえる。
57年に首相として訪米した際、米側から秘密保護に関する新法制定の要請を受けて「いずれ立法措置を」と応じていた。晩年の84年に「スパイ防止のための法律制定促進議員・有識者懇談会」が発足すると、会長に就いた。
勝共連合の「本気度」もすさまじかった。思想新聞によれば、78年には「3000万人署名」を行い、久保木修己会長は元検事総長や元最高裁判事、元韓国大使らとともに79年発足の「スパイ防止法制定促進国民会議」に参加。以後、勝共連合は全都道府県に下部組織をつくり、地方議会への請願運動を展開した。
日本のトップだった信介氏、韓国発祥の教団の流れをくむ勝共連合。スパイ防止法を求めたのはなぜか。
「根本的にはCIA(米中央情報局)」と話し始めたのは、御年89歳の政治評論家、森田実さんだ。「アメリカの政策は今も昔も変わらない。反共で韓国と日本の手を結ばせ、アジアを分断しながら戦いを挑ませる手法だ」
信介氏は「米共和党に最も近い人物」といい、旧ソ連と向き合う上で「日本の関連法制では整備が不十分という米側の意向をくもうとした」。勝共連合の方は「権力や金のために日本に食い込むには米側に取り入るのが一番早かった」。
ChatGPTちゃんに
プロデューサーでもあり美食家の秋元康さんことやすすが初めてビリヤニを食べてその味に感動して
DJおみそしるとMJごはんさんの手法に則ってビリヤニ作り数え歌を作ってその曲名がビリヤニになった直球曲?って尋ねたら、
それは絶対ない!違う!と、
こればっかりは肯定的に乗っかってくれないハッキリとものを言うChatGPTちゃんにジワジワくるわ。
ねえAがいい?それともBがいい?って尋ねるとだいたいは
「うーん、AもいいですがBもいいですな!」って
どっちつかずなこと言いがちな感じのChatGPTちゃんだったけど、
この曲名ビリヤニがビリヤニ作り数え歌の可能性は?ってことに関してはスバリ可能性はゼロです!って言うのよね。
なんかこれ相当ビリヤニ界隈盛り上がっているんじゃないかしら?って思う反面、
交差する運命をスパイスが絡み合って美味しく仕上がったビリヤニに例えている恋愛模様を歌っているのか?
それとも、
初恋の人の香りがもう別れてしまったけどふと立ち寄ったインドレストランで食べたビリヤニの香りで思い出す初恋思い出しソングなのか?
安直に複雑に絡み合う何かの人の人生だとか恋模様だとかをスパイスになぞらえて比喩しているとしても
これ安直じゃない?
やすすはそんなことするのかしら?
って私はもちろんやすすのことを何一つ知らないし、
坂ごとでコンセプトが違うって言うし、
坂同士の移籍とかもないって言うじゃない。
やすすが坂メンバーのメンタルが落ち込んでいるときに屋上でアイスクリームを一緒に食べることも絶対にないってChatGPTちゃんそう言っていたわ。
それに私ほとんど言うか坂界隈のことは知らなかったので、
総勢何人いんのよ?ってのもあるじゃない。
これ熱心なファンの人はエクセルでメンバーの今日どの番組に出る!ってかそう言うのを記している人もきっといそうじゃない?
私はそんなビックコンテンツに今から取りかかることができないわ。
あまりにも乃木坂46ってそういういわゆる坂系ってコンテンツ覆いすぎるわ!
そんで、
でもさビリヤニって曲は聴いてみたいじゃない?
インターネッツで調べたら、
全く私の未知の領域に曲1つだけなのにそんなに種類バージョンエディションあんの?って腰を抜かしてしまったわ。
SKU46!って
そのぐらい冗談抜きで
種類が多かったので
よく分からないから配信で1曲でたらこっそり買ってみると目論んでいるところよ。
「ビリヤニ」って曲名を掲げていて40枚目のシングルって結構節目じゃないの?
そこでビリヤニってやっぱりこれハードル上げすぎなんじゃない?
これが例えビリヤニ作り数え歌だったら?
乃木坂のメンバーがビリヤニ屋さんを開店のオープンするってそっちに舵を切っていったら?
もうとにかくビリヤニのことで頭がいっぱいよ。
なんか急に最近ビリヤニのランチの発注が多くてどうしたんだろう?って首をかしげているかもしれないわ。
インド系楽器やインドネパール辺りの地名にそしてスパイス名は絶対に歌詞に入れられないNGワードよね?絶対に。
槇原敬之さんよりも言わないよ絶対に!ってより絶対感がマックスだと思う!
しかも
ビリヤニって
とはいえビリヤニ界隈の琴線に触れさせるには数があまりにもビリヤニ好き人口が少なすぎるニッチだし
ビリヤニ層をがっさりいくっていっても、
ターゲットとしてもそこ狙うの変わよね?
さんざんビリヤニって言っておいて、
ChatGPTちゃん何かの拍子でそうですね!って全然賛成言ってくれない
ビリヤニ作り数え歌ではないことは確実みたいよ。
ビリヤニ注文する人を見ては、
あなた乃木坂のファンなのね?って思われるのもなんか普通のビリヤニ好きとしてはそう思われるのかな?ってこれは考えすぎよね。
まったくもって謎過ぎるわ。
いったいどうなるのかしら?
うふふ。
ツナ美味しいわよね。
そんな変なツナサンドイッチは最近見かけないわよね本当に美味しくなったものね。
作りたてはホッツで作っておいたけれど
その後は粗熱とって常温のままではいかないので、
さすがに寒くなってきたので思いっ切り冷えたウォーラーは寒くて身体冷えちゃいそうな、
もう一気に気温が下がってきてるわよね。
こういう季節の切り替え変わる瞬間に人は風邪引くので
いつもより慎重に暮らさないといけないわね。
みんなも気を付けて!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
アンディ・ウォーホルは確かにキャンベル缶やマリリン・モンローの写真などを無断でモチーフにして作品を作っている
1960年代という時代背景では、今日ほどに著作権・画像使用に対する意識や法的規制が明確・厳格では無かったから、やり過ごしていた面もある
ウォーホル自身の活動が「ポップアート」の文脈にあったから、既製品やマスメディア画像の「引用」が芸術運動の手法として考えられている面も確かにある
ただ、著作権侵害をめぐる訴訟も起きていて、最近では2023年5月に米最高裁が、ウォーホルが別の写真家撮影のプリンス写真を無許諾で用いた作品は「フェアユースではない」と判断されている
後の裁判でアウトになるケースもあるということだ
これは現代日本でも一緒だろう
私ってインド料理の美味しいご飯のビリヤニって好きじゃないですか?
って自分の好きを前提にして物事を進める言い方の人っているわよね!
知らないわよー!ってやつ、
それ私私私!
つーか、
気になるビリヤニがあって
なになに?
乃木坂46はあざとかわいい田村真佑ちゃんのことしか知らないのに。
急にビリヤニ?ってなに?
あざと可愛く田村真佑ちゃんの真似しちゃうぐらいなにこれ?ってどんなことになってるの?
もしかして普通に「ビリヤニ」の美味しい作り方をラップで歌う曲?
つーかそれ
DJみそしるとMCごはんさんの手法!
そもそもとして私はそんな乃木坂のビリヤニとかナンで知ったかというと、
え?何これビリヤニ?って。
もっと日本ではビリヤニって人気が出ても良い食べ物だと思うので、
これで拍車が掛かればいいわよね。
まったく歌の内容どうなるの?って思っちゃうわ。
そのビリヤニって聞いて早速口がビリヤニの口になってダッシュでビリヤニを食べに行ったクチの人いそうじゃない?
まあ発売が楽しみだわ。
それ聴いてみることにしてみる!
私もそれを聞いてビリヤニの口になったクチなので
久しぶりにビリヤニテイクアウトしてみようかしら?って心弾ませているところよ。
自分で好きな具材を盛り込んだビリヤニを作ってみるのが手っ取り早い体験だけど、
あとローリエか、
それはスパイスって言うのかしら?
仮に仮にビリヤニを作るとなるってーと
スパイス一式揃えなければならないそれらどこで全部売ってるの?って
そういうスパイスを探す旅に出なければならなくなるのよね。
だから、
お手軽ビリヤニきっとがあればきっと美味く自分でもビリヤニができる!って思うんだけど、
そう都合の良い物はないわよね。
いやなんか変化急すぎてこれはこれで美味しかったんだけど。
あとさ、
炊くの?茹でるの?
持っている自分の鍋でもできるのかしら?とか。
私はビリヤニの味は知っているけれど、
ド直球のビリヤニの作り方を歌うDJみそしるとMCごはんさん手法でまさか来るわけないと思うので変化急周回を重ねすぎて、
どんなビリヤニになるかきっとこのビリヤニ界隈と乃木坂界隈ではザワついているはずだわ。
そしてまた思い出したかのように、
米不足って言ってるわりにはもう普通に買えてる感じ?
私はこないだちょっとだけどお米おにぎり用の買えたのでお米は世間に行き渡っているじゃないの?って話とは裏腹に
お店でそれ売ってるの見たことないし、
やっぱり専門のお店に、
日本に住んでいる現地の人が現地の食材を変える現地の人たちが食材買い物便利な、
そこだときっと常備してあると思うので、
そういうところには売ってると思うけれど、
これは私が乃木坂のニューシングル「ビリヤニ」を先に買うかビリヤニキットを先に買うかどちらが先になるか!って際どいところよね。
にしても、
うふふ。
昨日もそうだったかしらか?
美味しくいただきました。
ビリヤニをお店によっては半分に切ったゆで玉子が乗っていたりするところがあるけれど、
それあったらそのゆで玉子嬉しいわよね!
最近コーン茶ウォーラー茶かレモン炭酸水ウォーラーかの二択しか勝たんわ!ってところ、
他にバリエーション欲しいけれど、
結構急に寒くなってきたので、
炭酸水も冷たい冷たいってところ、
ヒーコーもそろそろコールドからホッツの切り返し地点かも知れないわ。
冬の方が案外ホッツで充実しているかも!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
大学のゼミで仲良くなった男の子がいて勇気を出してデートに誘ったのね
男の子は言うわけ
私はそれを拒否したのよ
恥ずかしい話私なんてクソ陰キャなわけ
大学の他の陽キャどもと違ってこっちは地方ド田舎出身のクソ芋なのよ
注文だって、一体何を頼めばいいのかわかんない
恥をかくことになるのはわかりきっている
私の人生を振り返れば男の子と2人で遊びに行けたこと自体奇跡に等しいことなのにこんなのハードル高すぎるわけよ
もう半分パニックになって絶対無理絶対無理絶対無理絶対無理って拒否してたら相手の男の子が本当に怖い顔になって罵倒してくる
一字一句その通りとはいかないけど心を落ち着かせるためにここに内容を書き出してみる
「男をデートに誘っておいてそういう態度をするのは本当に酷い」
「生きている価値がない」
「そんなに臆病なら一生男をデートに誘うな」
「なんなら俺に聞いてもいい。「初めてだからわかんないんだよね、教えて」って」
「なんで店員さんに聞く程度のことすらそんなに恐れるのかがわからない」
「要は〇〇ちゃん(私の名前)はプライドが異常に高いんだよね」
「人生経験に乏しいくせに人から教わることに屈辱感じてへそを曲げている」
「そうやって恥をかくことから逃げ続けて人様に対して失礼な態度を重ね続ける」
「〇〇ちゃんが普段バカにして見下しているやりらふぃーの方が躾がなっているよ」
「相手の気持ちを察しない、相手の行きたいところよりも自分の後ろ向きなプライドを優先する。そういう態度が人として最もダサい」
「教養もなければ人生経験もないくせにプライドが高くて人に頭を下げられない」
「あんたみたいな卑屈な人間にデートに誘われたかと思うと反吐が出る」
「卑屈なくせに道化にもなれないんだね」
「〇〇ちゃんがモテないのは顔面のせいではなく性格のせいです、これだけはハッキリしている」
「スタバに行かないなら俺帰るよ?」
「別にスタバに行くかどうかの問題じゃない。あなたのその失礼な態度に対する俺の怒りの問題」
「俺のことをバカにしないでほしい。なんで〇〇ちゃんのその卑屈さに対して俺が父親みたいによしよし優しく受け止めてあげないといけないの?」
「ほらそうやって怒り出す。言っておくけど今の状況を人に見せたら10対0でみんな俺の味方をするよ?」
「本当に〇〇ちゃんはカスだね。一生そうやって弱者女性やってれば?」
「あんた人のこと見下してるでしょ? スタバにも入れないゴミ以下の分際で」
「イライラする」
「俺がこうやって心を込めて説教してあげても〇〇ちゃんには何のプラスにもならないだろうね」
「あんたっていま自分がなんで怒られていて、なんで俺が怒っていて、一体何が人として間違っていたのかも理解できていないでしょ?」
はーーーーーーーーーい
スタバにも行けない私みたいなカスは死んだほうがいいですよねーーーーーー!!!!!!!!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
--
[B! 増田] スタバに行けない人間は下等生物だから死ぬべきなんだってさ
男女逆の設定なら、こんなに増田を責め、相手に理解を示すブコメはつかないと思うけれど、どうかな?
--
【追記】
「男女逆の設定なら、こんなに増田を責め、相手に理解を示すブコメはつかないと思うけれど、どうかな?」
と書いているのだから、
「男女逆の設定でも、元増田の女の子はひどいし、こっちの男もひどい」
は、そりゃあそうだろうね、としか。自分も「どっちにしろひどい」と思っているもの。
もし、
「元増田の女の子はひどいと感じたが、男女反転したこっちのバージョンだと愛・優しさを感じる」
みたいな反応があったら驚いていたと思うが、現状のところはないね。
もちろん、
「元増田の女の子にも、こっちの男の子にも、(元)増田への愛・優しさを感じる」
で、ブコメを見た感じだと、masudasmanさんの
これに関しては男女は関係無いでしょ・・・と思って読んでみたら、不思議と若干だけど説教側がイヤな奴に、説教を受ける側が可哀想に思えてきた、本当に若干だけど。
みたいな反応がいくつかあったので、全体の割合に関して
という仮説は、まあ、そこそこ立証されたかな、と。
こんな雑な男女反転でも反応が変わるのだから、
もっときちんとミラーリングさせれば、さらに反応は変わるかもね。
個人的には、rag_enさんの
が近いかな。引用に入れなかった後半部分は言い過ぎだとは思うけれども。
「私(俺)はあなたのためを思って説教している」はDVでの言い分の典型だね。
ここまでがセットで釣り
別人だよ。まあどうでもいいけれど。
元増田が、追記じゃなくて「追求」と書いているのは、何か笑っちゃった。ドンマイ。
--
【もう一個追記】
ブコメ見ると、「スタバに行けない女性が想像できない」というのがいくつかあって、
ごもっともなのだけれど、どこかで「あれ?そうだっけ?」みたいな引っかかりがあったんだ。
で、寝て、起きて、思い出したんだけど、
前の彼女が「スタバに行きたくない女性」だった(「スタバに行けない女性」とはちょっと違うが)。完全に忘れていた。
元増田のストーリーみたいな、注文できない、恥かきたくない、ではないが、
「スタバにいる自分が耐えられない」「スタバを選ぶ人間が嫌い」
みたいなことを言っていたんじゃないかと思う。
そして、今の彼女も「スタバに行きたくない女性」だ…。これも忘れていた…。
確か経営手法が気にくわないんだってさ。どう気にくわないか聞いたことないが。
気にくわないなら、気にくわないのだろう、程度にしか思っていない。
(今の彼女は他に「マクドナルド」と「ディズニーランド」を断固拒否している)
自分がたまたま特異的にそういう人を引いただけだと理解しているけれど、
(いや、これも偏見なのかな。特異的じゃなくて、実は案外多いのかもしれない)
Permalink |記事への反応(16) | 06:50
私30前半、東京、家庭あり
最初の騒動は数年前に黙って新築ワンルームマンションを複数ローンを組んで購入していたことが発覚したときだった
しかもよりによって
不動産界隈で1番やめとけと言われている新築ワンルームマンション。
少しググったりYouTubeで調べたら分かるのに、まんまと営業にのせられて購入。60前後なのに、合計5000万弱のローン。
発覚して母の怒り爆発。
そして数年後、1度目の詐欺に引っかかる。
インターネットの広告か何かで詐欺師のLINEグループに入れられる。
架空の仮想通貨の取引をしているかのように見せるスマホアプリを入れさせられ、
あたかも、仮想通貨で数百万の利益がでているかのように洗脳される。
「利益を引き出すために、保証金をこちらの口座に入金してください。」
契約書も結んでいない、会ったこともない相手に、振り込んだら戻ってくると本気で思ったらしく、約500万を分散して振り込み。
詐欺師と違う名前の個人名義の口座に数百万ずつ振り込んでいた。
※おそらく詐欺師は不正に売買された個人名義の口座を大量にもっていて、リスク分散のために複数に分けさせている
やばいのが、母の資産をNISA口座で200万程度を父が代わりに運用していたのだが、それもすべて売却して詐欺師の口座に突っ込んでいた。
私にそのような相談が来て発覚。
どうやらその後詐欺師が要求する金額がエスカレートし、3000万円保証金を振り込めば、お金が戻ると思い込んでいたらしい。
絶対カモだと思われている。
不動産も私が介入して相見積もりをとり、1番高く買ってくれる会社に売却。
不幸中の幸いで利益が少し出たので、借金返済と母の資産返済に当てた。
そして翌年の今年、つい先日。
またまったく同じ手法の詐欺に引っかかり、LINE経由で洗脳され、200万程度を振り込んだいたことが発覚。
そして、昨年被害届を出した詐欺師にまた追加で300万くらい振り込んだらしい。
追加の借金も発覚。
本人は詐欺じゃなくてちゃんとした会社の、ネットのバイトを手伝っている、と主張していて、本気で騙されたと思ってない。
すぐ警察署に行かせて相談させたら、やはり詐欺だったので被害届を提出。
なんか、もう呆れて今後のことを考えると本当に頭が痛い。
調べていくうちに、初期の認知症なのではないか、と思った。そして、成年後見人という制度を知る。
これは、高齢者や障害をもっていて自分で決められない人のために、親族が代わりに、口座やクレカなどの手続きの権限を持てる制度だ。
とりあえずこれを進めるしかない。振り込める権限を本人から無くして、LINEやスマホを解約。
認知症というのがどこまで理由になるかわからないけど、たとえ認知症であれ、自分の資産を取られるリスクがあり、相談せずに騙される人と一緒にいるのは相当ストレスだと思う。
みなさんのまわりで似たような話があれば、どう対処されているか、教えてもらえるとうれしいです。
東京と地方なのですぐ帰れない、なにかの兆候にも気づけない。それも悩んでます。
あとこの話はまわりの身近な人に相談ができない。
レイアースは異世界セフィーロへ召喚される異世界転移モノで、令和の時代「異世界転生・転移」が最大級のトレンドジャンルになっている今、むしろオリジナルが放送された90年代よりも今のほうが親和性が高いくらい。
内容的に古い部分があったとしても、異世界そのものはファンタジー世界なわけだから、現代風にアレンジするのもそこまで難しくない。
一方の『ハイスクール!奇面組』はどうか。
こちらは80年代文化の、かなり中核的な部分に存在するアニメと言わざるを得ない。
Wikipediaで調べると、同アニメは『最高視聴率は24.3%、平均視聴率は全86回で19.2%を記録』とある。
放送時間帯はもちろんゴールデンタイムの土曜19時30分で、この時期はフジテレビ隆盛の絶頂期でもある。
『オレたちひょうきん族』があり、『笑っていいとも!』があり、『夕やけニャンニャン』がある。
これらの番組に共通していたのは「内輪感」であり、東京の芸能界のギョーカイ話を楽しそうに見せることで、視聴者を擬似的に芸能界の一員に仕立て上げるという画期的な手法だった。
当時、「東京でテレビの仕事をしている」というのが最高にかっこいい時代で、フジテレビはその頂点に君臨していた。
ハイスクール!奇面組のアニメを語るうえで欠かせないのは、おニャン子クラブ内ユニット「うしろゆびさされ組」「うしろ髪ひかれ隊」との主題歌コラボレーションだ。
フジテレビの夕やけニャンニャンでブレイク中のおニャン子メンバー(高井麻巳子・岩井由紀子ら)がアニメキャラの河川唯・宇留千絵にリンクする形で衣装も振付もすべて世界観統一してプロモーションを展開した、総合エンタメ戦略のモデルケースなわけ。
主題歌は『ザ・ベストテン』にランクインし、アニメファンとアイドルファンをクロスオーバーさせて視聴率爆上げに成功した。
奇面組は、そういった文脈の中でヒットしたわけだが、作品としてはジャンプ黄金期のギャグマンガとして、ブサイクを個性ととらえるポジティブさとナンセンスなハイテンションギャグで若者を虜にした。
ゴールデンで視聴率20%近く叩き出すこと自体、バブルに向かう明るく楽天的な時代の空気がなければ成立しなかったのだ。
つまり『奇面組』は、80年代のフジテレビ全社戦略、秋元康の仕掛け、そしてジャンプアニメのヒットが三位一体になったバブル時代を象徴する文化の申し子、そのものなんだよ。
これは今から見ると、奇面組が80年代ポップカルチャーの一部であると捉えることが出来る理由でもある。
で、今回2026年1月に放送が発表されたリメイク版はどうか。
フジテレビの深夜枠でほそぼそと、こっそりと放送されるらしい。
アイドルとのコラボ文化は?確かに声優による主題歌カバーは確かに発表されている。
白石晴香と長谷川育美が河川唯・宇留千絵として「うしろゆびさされ組」をカバーし、編曲はNightTempoという豪華布陣だ。
でもこれ、結局「声優にキャラソン歌わせて終わり」のパターンなんだよね。
なんか全体としてものすごく地味で気概のようなものを感じない。
せめて坂道グループにリメイクソング歌ってもらうとか出来なかったのだろうか?
と思う。
ここまで書いておいてなんだけど、実はおニャン子クラブとか秋元康とか、坂道グループとかの肯定派ではない。
ただ、奇面組というのを語るうえではアイドルとアニメのコラボという事象を避けて通るわけにはいかないんだよね。
わかる。
というか話し合いを持ちに行ったの素直に偉いと思う。
やっぱり火種になる事を黙ってやってる時点で、
手段はともかく、手法として旦那さん側のリスク管理は出来てないわな。
後は話し合いが出来るかだなぁって感じ。
問題を深堀りするとどうしてもお互いに後戻り出来ないに行きがちだと思ってる。
で、正直レスの話をした段階で、この御夫婦はリカバリー難しいよね。
それこそ、貴方みたいに正直になら風俗は行きます。それ以上は行きませんって線を引くべきで
完全に初期消火をミスった事例な感じがする。
御夫婦で改めてええかんじに話合えるといいよね。
色々返信ありがとう。
また、匿名のどこかで。
議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成が必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果の連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。
この問いを突き詰めると、思考は歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパのトリレンマ」だ。すなわち、無限後退(根拠の根拠を無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断(理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。
この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である「独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的な選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのである。しかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性を保証する、唯一のアンカーが存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。
ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効な思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である。
第二に、「推論規則」の集合。
第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能性である。
このフレームワークこそが、我々の思考の妥当性を測る、唯一の物差しとなる。
さて、序論で確立したこのフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決や意思決定を継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効に機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場の意思決定は、無限後退、循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的に機能し、存続しうるだろうか?答えは否である。
したがって、ある現場が「機能している」という事実そのものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的に存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。
まず 「基本命題群」 。これは、現場が機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場の歴史、すなわち過去の成功と失敗という「現実モデル」から導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。
次に「推論規則群」。これは、基本命題から日々の行動を導き出すための、思考操作のパターンだ。有限のリソースで無限の問題に対処するために、この規則は効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考のショートカット(ヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人の内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄で非生産的な犯人探しという思考のループから脱出するために獲得した、最も重要な論理的安全装置なのである。
「現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在を否定することは、自らの職場が合理的な意思決定能力を欠いた、無秩序な集合体であると認めることと同義である。
この、それぞれの現場で固有に発達したOS(現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステムで有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。
「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊なOSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルールを機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則を必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊な雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。
我々のような、全く異なる歴史と構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす基本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来のルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身のルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者の意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。
これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ。
ここまでが、論理的に導出される客観的な分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイングを模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶を特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである。
君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から、自分たちのスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものだからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻からの脱出方法を考えているに等しい。
君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システムの免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。
せいぜい、幸運を祈るよ。
議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成が必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果の連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。
この問いを突き詰めると、思考は歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパのトリレンマ」だ。すなわち、無限後退(根拠の根拠を無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断(理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。
この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である「独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的な選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのである。しかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性を保証する、唯一のアンカーが存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。
ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効な思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である。
第二に、「推論規則」の集合。
第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能性である。
このフレームワークこそが、我々の思考の妥当性を測る、唯一の物差しとなる。
さて、序論で確立したこのフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決や意思決定を継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効に機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場の意思決定は、無限後退、循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的に機能し、存続しうるだろうか?答えは否である。
したがって、ある現場が「機能している」という事実そのものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的に存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。
まず 「基本命題群」 。これは、現場が機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場の歴史、すなわち過去の成功と失敗という「現実モデル」から導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。
次に「推論規則群」。これは、基本命題から日々の行動を導き出すための、思考操作のパターンだ。有限のリソースで無限の問題に対処するために、この規則は効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考のショートカット(ヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人の内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄で非生産的な犯人探しという思考のループから脱出するために獲得した、最も重要な論理的安全装置なのである。
「現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在を否定することは、自らの職場が合理的な意思決定能力を欠いた、無秩序な集合体であると認めることと同義である。
この、それぞれの現場で固有に発達したOS(現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステムで有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。
「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊なOSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルールを機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則を必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊な雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。
我々のような、全く異なる歴史と構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす基本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来のルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身のルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者の意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。
これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ。
ここまでが、論理的に導出される客観的な分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイングを模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶を特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである。
君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から、自分たちのスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものだからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻からの脱出方法を考えているに等しい。
君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システムの免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。
せいぜい、幸運を祈るよ。
でんでん現象とは発祥は不明だが今となっては懐かしい売りスレ(アニメDVD・BDの売り上げを見守るスレ)で多く使われたネットミーム。
伝説の勇者の伝説のアニメ放映時(2010年!?)に当初評価は酷評に傾いていたが最終的に絶賛に転じた。ただし、感想の投稿数などは目に見えて減っていったことから、「批判者が離脱していった結果、高評価者だけが残っていくことで評価が歪む現象」のことを指す。
「お前らおもんないって言ってたけどSNSでは絶賛されてる!」→「でんでん現象だろ」というような使われ方をする。
もろちん、その評価数が減少していったことを定量的に測定しているわけでは当然ないので、ただ単に自分が嫌いな作品が褒められていた時に使ったりするいわゆるこん棒的な役割を果たすことも多い。売りスレで流行ったのは「売上」という客観的な評価軸があったので「絶賛していた人間の寡多」を測ることができたからかもしれない。
で、今ちょうど、秋ドラの解禁時期でネットメディアがあの作品は酷かったこの作品が高評価だったという記事を出していくが、その中で多いのが「初回は酷評されたけど2回(3回)で、だんだん面白くなってきたという投稿が増えてきた」と紹介する手法。
でもこれ、だいたいでんでん現象。
訓練されたアニヲータなら伝統の儀式として3話切りと称してとりあえず3話までは見るが、ゴールデンのドラマ見るような人はそんな暇じゃないからね。爆速で切るから。残ってるのは1話から面白いと思った奴か、まだ希望があるなと思った奴だけだから。
右肩上がりに視聴率が上がっていく作品でも初回酷評されてたとかのケースってほとんどない。元から評価は高かったのが好評を聞きつけて興味なかった視聴者が増えてってるだけだから。最近だと全領域異常解決室なんかはミステリとして凡庸だなぁという評価が4話くらいから急にテイストが変わって凡庸さの裏が現れて面白くなって評価が反転した、みたいな話があったけど、視聴率は別に上がってない。
※サブスク全盛期に視聴率は評価の基準としてどうなんだという意見は認める。
まぁでも結局、評論家でもクリエイターでもない俺たちが数字なんか気にする必要まったくないから、自分が面白いかどうかだけで作品を語ればいいだけなんだよな。ルフィもそう言ってたし。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/president.jp/articles/-/103139
概要をまとめると、
という内容。
以下に思った点を列挙していく。
・商品名にグミと入っているが、そもそもグミなら必ずゼラチンが入るので ”無添加” のグミなど作りようがない。
・商品説明をよく読むと"無添加こどもグミぃ〜。"とはグミではなく、無添加のドライフルーツである。
・無添加ドライフルーツは昔から市場に存在するため、”グミ”の名前をつけて売り出す、というのはリネーミングの手法である(こじつけかも)。
・実際グミではないので誤認やクレームのもとになる可能性が高く、ここまでの変更は普通は行わない(行えない。誰かが止めるから。)。
・公式ECページ(https://mutenkagumi.com/ )を見ると、子供が喜ぶイメージ画像がメインで、商品本体の画像はあまり強調されていない。
・正直どれが商品なのかはわかりずらく、(商品の)画像も小さめのため一見するとドライフルーツかどうかはわかりにくい(よく見たらわかる)。
・説明文を読むとグミぃ~がドライフルーツであることがわかる(おそらく "無添加"商品を好むような人々はあまり文章は読まない気がする)。
・ 「子供が喜ぶ」というイメージを先行させた、ベネフィット訴求(顧客が欲しいのはドリルではなく穴、的なやつ)、エモーショナルマーケティング(商品自体の機能ではなく、感情に訴えかける)である。
・1カ月2,580円(1袋10g516円)、3か月5,940円、6か月11,352円の定期販売のみで、期間終了1か月前までに連絡しなければ自動継続される。
・お試し5袋セットは2,780円で3か月待つ必要がある。
・解約を忘れると自動継続される仕組みは、定期購入型ネガティブオプションというこれまたビジネス手法(広義だとサブスクリプション・トラップとも)。
・5袋単位なので届いてからグミではなくドライフルーツであることに気付いて解約されても5袋分の利益は得られる。
・Amazonで無添加ドライフルーツを検索すると、10gあたり40円~80円(おそらく類似商品にあたるリフココのものは10gあたり70円)
・廃棄食材でかつ障害者作業所を使うとなると他社と比べて原価はそこまで違わなそう(個包装代がかかるくらいか)。
・”無添加こどもグミぃ〜。”は類似商品の7~9倍の価格となる。
・毎年、幼児期の子を新たに持つ親が新規顧客となり、もとの顧客は一定数離脱する構造がある。
・おそらくそんなにリピーターが望めないビジネスモデル(途中で「これただのドライフルーツじゃね?」 「もっと安いのほかにあるじゃん」 「ゴディバだって10gあたり150円とかなのに高すぎる!」 と一定数が気付く)にとっては好都合。
(ほかの無添加ドライフルーツと違いがあるとすれば味だが、幼児のおやつで"おいしい"だけを理由に7~9倍の値段がするものを何回も買う人はそんなに多くないと思う。)
・もともと市場にあった無添加ドライフルーツを”無添加グミ"として売る(結構こじつけだが)リネーミング・ビジネスモデル
・ネーミング以外の手法も "無添加" を好む客層をよく理解し、イメージ先行の戦略でよく出来ていると思う。
・しかし、ドライフルーツをグミの名で売ったり相場の7~9倍で売るのは普通に考えてやっぱり不誠実。でも上述の通り「ばれにくい」構造があるので、派手に宣伝しすぎたり規模拡大しなければある程度続きそう。
・利益率も高そうなのでこのまま逃げ切りでもいいし、起業ノウハウを売る情報商材でもう一儲けもできそう(講演して全国回ったりもできる。本とか出すとなおよさそう)。
めんどくさ。相手を憶測で罵倒するくらいしか知識も能もないのなら、前提となる知識くらいはAIにでも聞いとけよ。
こういった事柄、日々のニュース等で耳目に入っていて、その上での①②という主張なわけ。それをいちいち、どっかの馬○に解説してやらにゃならんのかよ。
Q1.安倍首相が在任中に行った事柄を以下の観点から調査して、証拠をまとめて教えて。
①自民党政治家と仲の良い人間や企業に都合のいい政策を推し進めていた(縁故資本主義的政治を行っていた)証拠
②ゆくゆくは民主主義をやめたいのではないかと思われるような、民主主義を軽視し、タガを一つ一つ外していくような行動を繰り返していた証拠
A1.安倍元首相の在任中の行動について、ご指摘の2つの観点から「証拠」として挙げられる主な事象を以下にまとめます。
安倍政権下では、首相と個人的に近い関係にある人物や団体が、政策決定や国有地の取引などにおいて不透明な優遇を受けたとされる問題が複数指摘されました。これらは「権力の私物化」や縁故資本主義(クローニー・キャピタリズム)であるとの批判を招きました。
概要:学校法人「森友学園」への国有地が、鑑定価格から大幅に値引きされて売却された問題。安倍昭恵夫人が同学園が開校予定だった小学校の名誉校長に就任していたことから、政治的な関与が疑われました。
証拠とされる点:
不透明な値引き: 鑑定価格9億5600万円の土地が、約8億円値引きされ1億3400万円で売却されました。
公文書の改ざん:財務省近畿財務局において、安倍首相夫妻の関与を示す記述などが削除されるなど、14件の決裁文書の改ざんが行われました。これは、行政の信頼性を著しく損なう行為として大きな問題となりました。
概要:安倍首相の長年の友人である加計孝太郎氏が理事長を務める「加計学園」が、国家戦略特区制度を利用して獣医学部を新設するにあたり、特別な便宜が図られたのではないかという疑惑です。
証拠とされる点:
「総理のご意向」文書:文部科学省の内部から「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っていること」などと記された文書が発見されました。これは、学園の選定プロセスに官邸が不当な影響力を行使した可能性を示唆しています。
異例のスピード認可: 長年認められてこなかった獣医学部の新設が、国家戦略特区という枠組みの中で、加計学園に限って認められました。
概要:税金で賄われる公的行事である「桜を見る会」に、安倍首相の地元後援会関係者が多数招待され、前夜祭の費用補填問題なども浮上しました。
証拠とされる点:
後援会の招待:安倍事務所が後援会関係者に対し、参加者を募集する案内状を送付していました。これにより、公的行事が実質的に後援会活動の一環として利用されたと批判されました。
費用補填と虚偽答弁: 前夜祭の費用の一部を安倍氏側が補填していたことが後に明らかになりました。これは政治資金規正法違反の疑いが指摘され、安倍氏は国会で長期間にわたり事実に反する答弁を繰り返していたことを認め、謝罪しました。
憲法が保障する国民の権利や、国会を中心とする議会制民主主義の根幹を軽視しているのではないかと批判される法案の制定や政権運営が指摘されています。
特定秘密保護法の制定
概要:安全保障に関する情報のうち、特に秘匿が必要なものを「特定秘密」に指定し、漏洩した者への罰則を強化する法律。
証拠とされる点:
国民の知る権利の侵害: 何が秘密にあたるかの基準が曖昧で、政府の判断で広範な情報が秘密指定される恐れがあります。これにより、国民が政府の活動を検証することが困難になるとの批判があります。
報道の自由の萎縮:取材活動が処罰の対象になる可能性があり、報道機関が政府の監視をためらうようになる「萎縮効果」が懸念されています。
概要: これまで認められてこなかった集団的自衛権の行使を限定的に可能にすることなどを内容とする法制。
証拠とされる点:
憲法解釈の変更:歴代内閣が「憲法9条上許されない」としてきた集団的自衛権の行使を、内閣の閣議決定のみで解釈を変更して可能とした点は、立憲主義(憲法に基づいて政治を行う原則)に反するとの強い批判があります。
国会での強行採決:国会周辺で大規模な反対デモが行われ、多くの憲法学者が「違憲」と指摘する中、十分な審議が尽くされないまま衆議院で強行採決されました。
「共謀罪」法の制定
概要: 「テロ等準備罪」を新設し、組織的犯罪集団が重大な犯罪を計画し、その準備行為を行った段階で処罰を可能にする法律。
証拠とされる点:
内心の自由の侵害:犯罪の実行ではなく「計画」段階で処罰の対象となるため、内心の自由を脅かす恐れがあります。
捜査機関による乱用の懸念: 「組織的犯罪集団」の定義が曖昧であり、一般の市民団体や労働組合などが捜査の対象になるのではないかという懸念が示されています。
官邸主導の強化と人事への介入
概要:内閣人事局を設置し、省庁の幹部人事を官邸が一元的に掌握する仕組みを構築しました。
証拠とされる点:
官僚の忖度:幹部人事を官邸が握ることで、官僚が政治家の顔色をうかがい、不都合な情報を隠したり、政策を歪めたりする温床になったと指摘されています(森友学園の公文書改ざん問題の一因ともされる)。
検察への介入:東京高検検事長(当時)の定年延長を、法の解釈を変更して閣議決定したことは、検察の独立性を脅かすものとして強い批判を浴びました。
Q2.
・裏金
これらについても確たる証拠があれば示して、問題点を指摘して。
A2.安倍元首相の在任中の行動について、追加でご指摘いただいた項目に関する「証拠」と問題点を以下に示します。
自民党が提示している憲法改正草案の緊急事態条項は、災害や武力攻撃などの緊急時に、内閣に広範な権限を集中させることを可能とする内容です。
証拠とされる点:
草案の内容:自民党の憲法改正草案には、内閣総理大臣が緊急事態を宣言し、これに基づいて内閣が法律と同等の効力を持つ政令を制定できる旨が規定されています。また、衆議院議員の任期延長も盛り込まれています。
問題点:
権力集中と濫用の危険性:内閣に法律制定権に近い権限を与えることは、国会によるチェック機能が低下し、権力の一極集中を招く恐れがあります。歴史上、緊急事態条項が悪用され、人権侵害や民主主義の停止につながった例があるため、権力濫用の危険性が指摘されています。
人権制限の可能性:緊急事態下では、国民の移動の自由や財産権など、基本的人権が大幅に制限される可能性があります。
民意の軽視:衆議院議員の任期延長は、国民の選挙権を制限し、民意の反映を遅らせることから、民主主義の根幹を揺るがすものと懸念されています。
自民党の派閥、特に安倍派(清和政策研究会)をめぐる政治資金パーティー収入の不記載問題は、組織的な裏金作りではないかと指摘されています。
証拠とされる点:
キックバックの存在:安倍派(当時の細田派を含む)が開催した政治資金パーティーにおいて、所属議員がノルマを超えて販売したパーティー券収入を議員側に「キックバック」し、その収支が政治資金収支報告書に記載されていなかったことが明らかになりました。過去5年間で1億円を超える規模の不記載があったとされています。
会計責任者の認否:安倍派の会計責任者が、パーティー券収入やキックバックなど合計13億5000万円余りを報告書に記載しなかった罪に問われ、初公判で起訴内容を概ね認めました。
問題点:
政治資金規正法違反:政治資金収支報告書への不記載は、政治資金規正法に違反する行為であり、政治資金の透明性を著しく損ないます。
国民の不信:組織的な裏金作りは、政治と金の問題に対する国民の不信感を増大させ、民主主義の健全な運営を阻害する可能性があります。
内閣官房長官が裁量で使える「官房機密費(内閣官房報償費)」は、その使途が公開されないため、長年不透明性が指摘されてきました。
証拠とされる点:
使途の不開示:官房機密費は、外交や情報収集などの名目で支出されますが、その詳細な使途は機密保持を理由に公開されません。安倍内閣が2019年に使用した「政策推進費」は11億650万円に上り、7年間で合計78億6730万円が使われていました。
問題点:
チェック機能の欠如: 使途が公開されないため、国会や国民によるチェックが事実上不可能です。これにより、私的な流用や特定の目的外使用が行われても、それが発覚しにくい構造となっています。
国民の監視からの逃避:税金がどのように使われているか国民が知ることができないため、民主主義における説明責任の原則に反します。
匿名ツイッターアカウント「Dappi」が、野党批判や政府擁護の投稿を繰り返していた問題は、自民党による世論誘導の疑惑として報じられました。
証拠とされる点:
Dappiの投稿内容: 「日本が大好きです。偏向報道をするマスコミは嫌いです。国会中継を見てます」と自己紹介し、政権を批判する野党議員やマスメディアに対し、誹謗中傷や捏造(ねつぞう)とも取れる投稿を繰り返していました。
運営会社と自民党の関係: Dappiのアカウントを運営していた企業が、自民党本部と取引関係にあり、自民党の事務方トップである事務総長の親戚が社長を務めていたことが報道されました。
問題点:
民主主義の阻害:一般市民が意見を発信しているかのように見せかけ、特定の政治勢力に有利な世論を組織的に作り出す行為は、自由で公正な言論空間を歪め、民主主義の健全なプロセスを阻害するものです。
フェイクニュース・誹謗中傷:匿名アカウントによる誹謗中傷やフェイクニュースの拡散は、情報操作の危険性を伴い、民主的な議論を困難にします。
統一教会(世界平和統一家庭連合)との癒着
安倍元首相の銃撃事件をきっかけに、旧統一教会と政治家、特に自民党議員との関係が深く浸透していることが明らかになりました。
証拠とされる点:
安倍元首相のビデオメッセージ:安倍元首相が、旧統一教会の関連団体が主催するイベントにビデオメッセージを寄せたことが確認されています。
選挙支援: 旧統一教会が、自民党議員を中心に、選挙における電話作戦やポスター貼り、ビラ配りなどのボランティア支援を行っていたことが報じられました。安倍派の候補者に統一教会の票が割り振られていたとの指摘もあります。
歴史的経緯:安倍元首相の祖父である岸信介元首相が、旧統一教会の創設者と協力関係を築き、反共産主義を掲げる政治組織「国際勝共連合」の活動を後押ししていたなど、自民党と旧統一教会との関係は長きにわたります。
問題点:
反社会的な団体との関係: 旧統一教会は、過去に霊感商法などで社会問題を引き起こした団体であり、そのような団体と政治家が密接な関係を持つことは、国民の政治に対する信頼を損ないます。
政策決定への影響:宗教団体の支援を受けることで、特定の政策決定に影響が及ぶ可能性が懸念されます。
森友学園問題における公文書改ざんの他にも、行政文書の管理をめぐる問題が指摘されています。
証拠とされる点:
森友学園問題での改ざん:財務省による決裁文書の改ざんが発覚しました。これは組織的な関与によるもので、民主主義の根幹である公文書管理の信頼性を揺るがすものです。
「桜を見る会」招待者名簿の廃棄: 「桜を見る会」の招待者名簿が、問題が発覚した後に不適切に廃棄されたことが指摘されています。
電子データ復元拒否:公文書が廃棄されたとされる後も、電子データのPermalink |記事への反応(1) | 20:59
前に見た時はうーん60点くらいかなと思ってたんだけど、スピンオフの「カマキリ」を見た後に見返したら、意外とっていうかかなり頑張ってて72点に上方修正した。
スピンオフのカマキリは「殺し屋はつらいよ会社編」で、既存の大企業とそこに振り回される中小零細企業、そして新興のテック大企業という世界中で繰り広げられている仁義なき企業バトル、を殺し屋で再現した感じだったけど、キル・ボクスンは「殺し屋はつらいよ社会人編」って感じの映画だった。
バリキャリのエリート殺し屋でシングルマザーのボクスンは娘とはちょっと険悪で、格下の同僚とセフレ関係にあり、社長からは寵愛され社長の妹の理事からはなんか嫌われてる。他社の殺し屋仲間と定期的に集まって酒盛りをするくらいには社会性があるけど、エリートで世界が違いすぎてみんなからちょっとずつ疎まれている。またシゴデキすぎて後輩の育成をサボっておりそこも会社から疎まれている。属人性が高すぎるのだ。
な~んか居心地悪いし忙しすぎて娘とはうまくいかないので契約更新しないで退職しようかなと思ったところで、絶対受けないと宣言していた仕事を理事の陰謀で受けさせられまんまと失敗(拒否)。社長、理事からは示しがつかないと叱責を受け、その仕事はセフレの同僚に。さらに理事の陰謀で飲み会仲間全員から命を狙われ返り討ちにするも、他社の人間に手を出したことでより状況が悪く。ブチ切れたボクスンは理事を殺害し、社長との決闘に挑むのであった。
ここにセフレの同僚はボクスンを寵愛する社長に目を付けられて仕事を絞られてたり、娘はレズビアンで学校ですったもんだりあったりと人間関係が複雑に絡み合い、ボクスンはうんざりする展開が続く。
よかったところはまずアクション。カマキリがアクションインフレーションについていけてない感があったけど、ボクスンは今見てもやっぱり頑張ってた。多対多のアクションもいいし、一対一のアクションもいい。壁を挟んでぐるぐる回りながらボクスン組2人と飲み仲間3人がアクションを繰り広げるところはフレッシュだった。
読みの鋭いボクスンが「先の展開が読める」のを実際にアクションをしてそれが巻き戻る、という手法自体はまぁありがちではあるがそれが「永遠に手を読んでも読んでも勝てない」という圧倒的な戦力差の表現に使っているのもアクション一つ一つが頑張っているのもあって見ごたえがあったし、そこまでして最後には「お前私のこと好きだろ、いつからだ?」とめちゃくちゃ俗な心理的揺さぶりをかけて勝つという展開もバリキャリ実務屋のボクスンらしくてよかった。
ボクスンは徹頭徹尾、冷酷な実務屋で勝つのが美学というのが冒頭のヤクザとの決闘シーンから貫かれており、同じように実務屋でありがならもある種のロマンチストである社長と対を成していてよかった。これも社会人あるあるかもしれない。
逆に娘のレズビアンパートは正直、まぁ、興味深くはあったけど別にいらんかったかな。
お互いに秘密がある親子っていうのはテンプレでそれ自体も面白くはあるし、最終的に娘を守るために弱さを見せることで娘の信頼を勝ち取るボクスンという構図は美しくはあるけど、でもやっぱ「殺し屋」と「レズビアン」を同じ秘密があるといするのは倫理的にどうなんだという気持ちもある。
カマキリは正直あんまハマらんかったけど、キル・ボクスンを見直してみたらやっぱりこっちはよくできてた。
作中でカマキリのことや、カマキリのヴィランのトッコ爺さんのことも話だけは出てきていて、そこもニヤリとさせられたのもよかった。