
はてなキーワード:悪法とは
刑法175条もそうだが日本は悪法の改正という法整備をさぼりすぎだ
dorawiiより
-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20260114190325# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaWdp8QAKCRBwMdsubs4+SO5/AP466jeg51mACSE+rfFk6LChoyvzmzrMSVmZN+VDA+F1hAEAtSVx9IfiWi2R+MaItW0Fjv1jF+TNp0mzcXXXzlGp2Qw==88GD-----ENDPGP SIGNATURE-----
「『二つの悪は二つの正義を作らない(Two wrongsdon’tmaketwo rights.)』とでもいうべき原理が重要です。チョムスキーの主張はその逆。『どちらも悪いのだから互いに相手を責められない』という理屈は、一見誠実ですが、どちらの悪も許してしまっている。つまり、自己批判の倫理的根拠をも掘り崩しているのです。『米国よ、ロシアを裁く資格があるのか』という主張は結局、強国が他国を抑圧するという悪を容認しあう『悪のなれ合い』です」
「ハマスの民間人虐殺に憤るイスラエル国民の間では、自軍によるガザ住民虐殺を当然の報いと見る者も多い。自国の戦争犯罪が敵のそれで帳消しにされるという論理は、それぞれの悪を相乗的に積み重ねることを合理化する危険な詭弁です」
「この倒錯的な『二悪が二正を作る』論は、実は我々人間が陥りやすい落とし穴です。とりわけ戦争責任論をめぐる議論に、この自己正当化欲求が典型的に表れています」
――いわゆる「勝者の裁き」批判ですね。
「そうです。第2次大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判に対して、ドイツや日本からいまだに上がり続けています。これは、『何人も自己の事件の裁判官たりえず』という法原理に反する、という手続き的欠陥の指摘というよりも、『連合国の国々も植民地支配や侵略を行ってきたし、原爆や無差別爆撃という戦争犯罪も犯したのに、なぜ我々だけ断罪されなければならないのか』という実体的な不満です。敗戦国の私たちに強い心理的訴求力を持つ言説ですが、極めて自壊的です」
「裁く側の二重基準を、裁かれる側が批判するのは正しい。ただ、『お前らが裁かれないなら我々も許される』という二悪二正論に開き直る者は、公正な裁きが依拠する政治道徳原理の規範性を否定しているのです。『勝者の正義』の欺瞞(ぎまん)を真に正そうとするなら、この原理を尊重し自らの悪を認めたうえで、相手を裁き返さなければならないのです」
「弱き者は強き者が作る秩序に従え、という『力の論理』に迎合するシニシズムをこれ以上、広げないためには、ウクライナ戦争もガザ戦争も、正義が回復されるかたちで終結させなければなりません」
――力の支配ではなく、法の支配によって実現すべき「正義」とは、いったい何でしょう。
「その前に、法とは何か、そして法は正義とどう絡むのか、考えてみましょう。すなわち『悪法も法なのか』という問題です。これをめぐっては、法実証主義と自然法論の伝統的な対立があります。前者では、法を実定法に限定し、正義とは切り離します。そのため、それぞれの社会の価値観に基づく法が制定され、調停不能に陥って『文明の衝突』を招きかねません。一方で後者は、客観的正義たる自然法に反するものは法ではない、と主張します。こちらはこちらで、無政府主義を呼び込みかねません」
「私はどちらでもなく、『法は正義への企てである』と規定します。法は正義を真摯(しんし)に追求している限りにおいて法たり得る、という立場です。その意味では国際法も、世界正義への企てだと捉えます」
「それでは『正義』とは何でしょうか。一口に正義といっても、それを全体利益の最大化と見なす功利主義や、個人の自由や権利を絶対視するリバタリアニズムなど、その具体的基準に関し、様々な思想が対立競合しています。ただ、これらはすべて『正義の諸構想(conceptions ofjustice)』です。様々な立場が競合できるのは、それらに通底する共通制約原理があるから。それが『正義概念(the concept ofjustice)』です」
「私が考える正義概念の規範は、『普遍化が不可能な差別は禁止する』です。分かりやすく言えば、『得するのが自分だからいい』『損するのが他者だからいい』という要求や行動を排除せよ、ということです。この規範は『自分の行動や要求が、他者と視点や立場を反転させても正当化できるかどうか吟味しなさい』という、反転可能性テストも要請します」
「この正義概念は、何が最善の正義構想かを一義的に特定はしませんが、およそ正義構想の名に値しないものを排除する消極的制約原理として強い規範的な統制力をもちます。それは『正義のレース』の優勝者を決める判定基準ではなく、このレースへの参加資格をテストするものです」
「他者の負担にただ乗りするフリーライダーや、ご都合主義的なダブルスタンダードは、この厳しいテストが課すハードルを越えられません。外国人に正当な権利を保障せずに労働力を搾取する。民主主義や人権を掲げてイラクに侵攻しながら、専制的首長国家のクウェートやサウジアラビアとは友好関係を維持する。ハマスの戦争責任は問うのに、イスラエルの蛮行は座視する――これらは明確に正義概念に反しています」
「自らの正義構想に照らして正当性(rightness)がないと見なす政治的決定でも、共通の正義概念に照らして公正な政治的競争のルールに従ってなされたのなら、正統性(legitimacy)あるものとして尊重しなければならない。このルールを保障するのが『法の支配』です。立憲主義とは、この『法の支配』の理念を、成文憲法のなかに具現化するものです」
「正義の諸構想が国内社会以上に鋭く分裂し対立する国際社会においても、『正義概念』の共通原理に基づいて、安全保障体制や法秩序が築かれる必要があります。例えば、人道的介入をうたいながら大国の友好国か敵対国かによって選別的に武力行使を発動するのでは、正統性を調達することはできないのです」
「米国はバイデン政権時代、イスラエルの戦争犯罪を追及する国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相らへの逮捕状を発行したことを強く非難しました。一方で、ロシアが報復措置まで取ったプーチン大統領への逮捕状は正当とし、自らはICCに加盟していないにもかかわらず、各国に逮捕への協力を求めました。このあからさまな二重基準は、誰の戦争犯罪であれ厳正に裁くというICCに託された国際法の使命をおとしめるものです」
されど国連 夢の断片を回収し修復を
――世界正義を貫徹し、実現するには、どのような具体的措置が必要ですか。
「世界では今、欧州連合(EU)のような『超国家体』や、巨大多国籍企業や国際NGOなどの『脱国家体』の存在感が増しています。しかしどちらも、民主性や説明責任の欠如といった欠陥を抱えている。私は、やはり主権国家を中心にしたシステムを再評価すべきだと考えます」
「国内で至上の権力をもつ危険物である主権国家は、個人の人権を保障するという責任を果たすことによってのみ承認され、存在し得ます。世界は『諸国家のムラ』であり、その基本原理は、国力格差にかかわらず平等に扱う『主権対等原則』です。もちろん、これは一つの虚構です。しかし虚構だからこそ、巨大な力の格差という現実を補正し、大国の横暴に抗する規範として意義を持ちます。このムラでは、どの国も他の国に依存せずには生き残れない。国際法というおきてを破った国は、この互酬性ネットワークから村八分の制裁が科されるからです」
「国連は現在、様々な欠点があるとはいえ、国際的正統性を調達し、諸国家や超国家体、脱国家体などが連携し調整を図る上で、最も広範な包含力を持ちます。もちろん、戦勝国支配の残滓(ざんし)である常任理事国の拒否権を制約するなど、安保理改革は必須です。そのための国連憲章改正にも、5大国は拒否権を行使できます。でもそれは結局、自分たちの国際的威信を低下させ、軍事力・経済力以上に重要な正統性調達力というソフトパワーを毀損(きそん)することになる。他の国々が団結して非難の声を上げれば、国際的圧力に耐え続けることは難しいはずです」
「先ほど私は『国連の夢は破れた』と言いました。人類が自らに加えた殺戮(さつりく)と迫害の罪業はあまりに巨大で、それを克服する試みは20世紀中に達成できなかった。21世紀の四半世紀が過ぎても、克服できていません。しかし、夢は消えたわけではない。破れた夢の断片を再回収し、修復し、より強靱(きょうじん)なものに再編する――その地道な努力を続けなければなりません。私たちに、他に選択肢はないのです」
井上達夫さん
いのうえ・たつお 1954年生まれ。95年から2020年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授を務め、現在は東京大学名誉教授。「法という企て」「現代の貧困」「世界正義論」「立憲主義という企て」「普遍の再生」「規範と法命題」「ウクライナ戦争と向き合う」「悪が勝つのか?」など著書多数。
国旗損壊罪が表現の自由を奪うとか、国家主義だとか、そういう意見よく見るけど、実際に他の国の状況調べると全然そんな単純な話じゃない。
先進国見ても、国旗損壊を罪にしてる国もあれば、してない国もある。でも、それによって社会が極端に右傾化したとか、表現の自由が死んだとか、そういう事例は見当たらない。
むしろ国旗損壊って、特定の国や民族へのヘイトの道具に使われることもあるんだから、ある程度の制限は社会的にも妥当だと思う。表現の自由を守るのと、他人への攻撃を許すのは別の話でしょ。
もちろん国旗を燃やしたくらいで逮捕はやりすぎって感覚もわかるけど、「この法律がある=独裁の始まり」みたいな論法はちょっと飛躍しすぎてる。実際、他国を見てもそんな相関ない。
理想の自由を守るために、現実の悪意を野放しにしてるだけじゃないのって思う。
どこかの国で麦わらの海賊旗がレジスタンスの象徴になってるらしいけど、読み返してたらまあそういうこともあるよなって納得する。
ルフィって「海を支配」という言い方にも反発してたけど、基本的に支配からの解放者的な役割だよね。初期のモーガンとかもだし、アラバスタ編も民衆と協調路線の王を廃して強権的な体制を築こうとしているクロコダイルを打倒する話だし、シャボンティの人魚魚人差別に反抗するところとか、ワの国で虐待されてる民の側に立ってカイドウの支配を終わらせたりとかも。
まあ、あの漫画だと民主制の国って基本出てこなくて、民の側に立つ王か上から支配する王かの違いでしかなかったりもするけど。
テーマ的にも抑圧や排除が取り上げられてることが多い。空島の領土争いとか先住民排除の歴史の話だし、グレイステーションなんかも階級差別と虐殺の話。
もちろんあくまで漫画でしかなくてご都合的な展開もあるし、作者自身が現実の差別や支配の問題にどれくらい関心を持っているのかもよくわからないけど、それでも「ルフィだったら差別や抑圧、支配には法を破ってでも反抗する」という印象は強い。ワポルのあたりの話からは、「悪法とまた法」ではなく、「恣意的な法は支配の手段であり、破るべきものだ」という思想も感じる。
あちこちで強まっている移民排斥とか、性的マイノリティの抑圧とか、ルフィたちなら打ち破ろうとして戦ってくれるだろう、ルフィがいないなら自分たちがルフィになろうという求心力は確かに感じる。トランプが移民や性的マイノリティを攻撃しながら「おれは戦争を止めた。ノーベル平和賞に相応しい」とか演説してるの、ルフィならとりあえずぶん殴りそう。
(https://archive.md/B9qS4#selection-3497.0-4315.8https://archive.md/lBkvB#selection-1483.45-2349.8 )
“氷河期世代の要望、精度が上がるにつれて「女をあてがえ」「加害の自由をよこせ」「1995年くらいからやり直せ」「お前ら全員不幸になれ」などであることが分かってきてしまったため、もういいかなってなってる向きも多いのでは”
“意図的に放っておかれてる可能性すらありますね この状態で文句だけ言わせておくことで左派系野党の手数を浪費させることができてきたわけですから”
“「護憲ばかり訴えている」という労組批判と同様で、「いやそれが交渉材料になるんやで」という駆け引きの理屈が軽視されているのが謎”
“そんな悪法だったら要らない!なあんて、あまりうかつに言わない方がいいですよ。ほんとに潰れてしまったら、事態はもっと悪くなるかも知れないんですからね。”
自分は違法行為もある種の大きな法の中に含まれていると考えている。ここでの法とは自然界のルールであり、アウトローもすべて含まれる。
世の中では、なぜか法律が最も上位のルールだと思っている者があり、さらにはそれを破ってもお咎めがないときには破る者もある。
ここでの法とは、人を殴れば報復として殴られる可能性は高くなるとか、闇金から金を借りて利子をつけて返したにも関わらず闇金がまだ請求してくると客は「正当」な怒りを抱くとか、または逆に、法的にはチップを払わなくてもいいが払うべき場面で1円も出さないというようなときによく考慮される。
法には、理不尽な悪法も含まれるし、自然の摂理のようなものも含まれる。
その行為が法に則ったものや無法であるかを問わず、何らかのルールによって結果が変わるというのは、体得しておくべき事柄だろう。
だから、在日米軍から派遣されてるような、やたらガタイが良くて彫りの深い豚ポチ野郎も居るのである。
結局、在日米軍なんてのは、日本人が金を払って、日本人を奴隷化するために運営されてるだけの連中だ。
淫行条例なんてのは、こいつらが美人局で日本人を脅迫しやすくするために、欧米の圧力で作った、売国自民の悪法に過ぎない。
まとめブログなどで、異常な男性差別を繰り返しているあの連中は、こういう糞ヤクザのために暴れてるのと同じだ。
あの弱女チー牛腐女子どもによって、本当に同情すべき存在を助けず、むしろ味方するようなことまでした社会の罪は重い。
おぞましい醜女どもを野放しにしたツケは、本当に獣としか言いようがない屑どもの脅迫を安易にし、どんどんと立場が悪くなり、いざという時、助けるために戦ってくれる人は居なくなる。
この国の偽善は、正義のために戦う人を排除し、ただ奴隷化して、他の国民にも奴隷になることを強要するような屑を増やしている。
そうするように言論統制と世論誘導しているのがマスゴミであり、マスゴミのために働くことによって、ヤクザの底辺低能チンピラと同じように、日本人を奴隷化するためにわが身を犠牲にして奉仕しているのだ。
この偽善者どものせいで、ロリコンたちが闇社会の奴隷となり、力を増した犯罪組織により、ロリコンでも何でもな国民も被害を受けるのである。