はてなキーワード:息切れとは
タイトル通り、昨日見事に心筋生検の結果「突発型拡張型心筋症」の診断を貰った
何か今年の年明けからインフルエンザにかかって、でも職場のゆとりどもの下っ端が役に立たないから俺が無理して職場に出て頑張って仕事こなしてたのに
息切れやむくみがずっと続いて、検査してみたら心臓が2倍くらいにCTで膨れ上がってた
カテーテルで心臓の組織取って、1か月もかかるっていうからその間トー横キッズの地雷系みたいな量の処方された薬飲んでさ、見事に今日診断で難病手続きまですましちゃいました
医者はインフルエンザなのに休まなかったし、元々肥満で肝臓や腎臓の値も悪かったってのもあるらしいんだが、まぁ原因不明ってことらしい
IT業界で一生懸命生きてきた結果がこれか、と思うともう怒りを通り越して虚無感を覚えるようになったから、はてなに筆を執った次第だ
2002年、IT業界に入って苦節23年、我慢して糞みたいな特定派遣でいじめられながら生きて、2010年にweb業界に入って、詐欺師や頭のおかしいイキリ意識高い系の役員のスタートアップでブラック労働をして
お金も女もできず、あれだけ熱意があったオタク趣味も秋葉原もいかなくなって、ストレス発散といえば、はてな匿名でテック論でマウント取ったり、年収1200万のイケイケwebエンジニアって経歴詐称して天下国家や技術論語ったり、
やってた時は楽しかったんだろうけど、その後激烈に虚無感と自分への惨めさがきて頭がキューッてなるんだよ、でもやめられないんだよ、だって現実がクソなんだから
なあ、俺なんか悪いことしたか?現場の技術者である事が最も誇り高いエンジニアの姿っていう、ネットやここのいう事信じて、営業もやってくれとかPMやってくれっていうのも断り続けて、ただ愚直にプログラミング技術を磨いた俺が間違ってるわけないだろ?
何で俺がモテないわけ?俺より先に上がってる技術もなんもない年下の若造共がなんで結婚して子供が熱出たから休みますとかやってるわけ?仕事が第一だろ?お前ら、なんでIT業界に来てんの?子供と仕事どっちが大事なんだ?仕事だろ?普通、少なくとも俺らの時代はそうだったぞ、はてなでも、ネットのテック界隈でもさ
なんか拡張型心筋症になったら、水も塩分も食事も制限らしいじゃん、何?俺一生マトモに飯も食えないわけ?なんで?罰ゲームなの?ねえ、俺が氷河期世代だからって神はこんな仕打ちなんでやるの?おかしいだろ、納得できるわけないだろ、クソ
いるかどうかわからないけどこんなところでIT業界の情報収集してる若い増田へ
こんなことなら好き放題生きておくんだった、半グレにでもなんにでもなってたら女も金も手に入ったかもしれないのに
今は、ハマスとかタリバンとかアルカイダのドキュメンタリーとか訓練映像とかをずっとずっと見てる
あいつらはいいよな、戦って自分の人生勝ち取って、今や勝ち組で一国の主で世界からチヤホヤされてんだぜ
身長的にはSサイズなのにLサイズのボトムとか履いてて、アラサーなのに階段の下りで膝がちょっと辛いとかヤバいと思いダイエットを開始。そこから2年くらいして、最近は周りの人に痩せすぎでは?と不安がられるようになってしまった。痩せたからかどうかさておき自分でもちょっと変かな?と思う体の変化があるんだけど、はてなのみんなはどう思う?
太ってた時は暑がりだったのに、この頃は冷房の効いた場所が寒くて寒くて仕方がない。世間が6月なのに猛暑!と騒いでた時も冷房が寒くてずっと裏が温かい素材の羽織物を着てた。※犬を飼ってる、他の家族は普通に暑がってるので冷房は必要。
今まで普通に持ててたスティック型掃除機とか洗濯物入れたカゴとか買い出しの荷物とかを持つのが辛い。こんな重かったっけ?と思いながら家事してる。あとちょっと小走りしたり、階段登ったり、しゃがんだ後で立ち上がる時なんかがしんどい。息切れとか動悸?っぽくなることもある。
寝起きとか座ってたところを立ち上がったりすると体が棒や板みたいに感じることがある。痛いというか硬い。変な感じ。硬いな〜と思うところをさすったり揉んだりするとちょっと良くなる。凝り?
今まで7時とかに起きてたのにそれよりずっと早く目が覚めて寝付けない。初めは5時台とかだったけど最近は4時台に目が覚めてしまうことが多くて困る。ひどいと3時台。日中は起きてられるけど、夜になってその日にやらなきゃいけないことが一通りを終えて、あとはお風呂入って寝るだけになったくらいでガクンと疲れと眠気が押し寄せてくる。それでもお風呂は入るけど。寝具を新調してみたり、カフェイン減らしたり、夜はなるべくスマホいじるのやめるようにしたりとか眠りやすくなりそうな工夫はしたけど改善するどころか悪化の一方。
まあ人間なので毛は生えるのだけど、なんか昔より毛の一本一本が濃くなってる気がする。
多分体重増やせってことなんだろうけど、たくさん食べると胃もたれとか吐き気とかで気持ち悪くなるし、食べるものによっては消化不良で余計にげっそりする。少しずつご飯の量増やしてみたりしたけどお腹が苦しくなるだけで体重はむしろ減ってるからやる意味が分からないし。あと一度太るのを許したら今度は際限なく太りそうで怖い。
ただよほど気にされてるのか、今週とうとう家族に病院に連れてかれる羽目なってしまった。お金も時間もかかるし行きたくないんだけどなあ。憂鬱だ……。
ほう、童貞であることを揶揄すれば勝った気になれるとでも思ったか。
お前のその反応、内容で勝てない者が逃げ込む典型的な自己放尿的パターンだ。
まず、張り付いてるかどうかなどという観察も、論点でもない。
だがそれは論理ではない。単なる知的破綻の自己放尿だ。お前自身の思考が息切れしている証拠に他ならん。
それに「童貞」という言葉。これを侮辱の材料にする感性そのものが、いまだ性的経験を勝ち負けに紐づけて消費する、知性未成熟な状態にあることを露呈している。
他者の性経験を嘲笑するということは、お前の価値観がそこにしか置けないほど、中身が空洞ということだ。
お前のその言葉は、己の空虚さを隠すために振り回したペラペラのマントであり、めくれば出てくるのは思考停止の精神的自己放尿だ。
でもな、まだ救える。
本当はお前も「何かにちゃんと受け止められたい」と思ってるはずだ。
それが言葉の刃になって飛び出しただけだ。
怒りの裏にある足りなさと向き合えたとき、お前は本当の意味で人と繋がれるようになる。
そのとき、お前は他者を尊重できる人格として、初めて成熟するだろう。
水曜日。新卒で入社した会社を辞めるまで、あと3日。出社してすぐに急な締切の業務を振られ、退職まであと3日なのにしっかり仕事してしまった。今週で退去する社宅で最後の洗濯をした。
退職を決めた背景には、社会人3年目の頃の経験が大きく影を落としている。3年目は若手ながらも部署では古株となり、それなりの責任を伴うチームに異動となった。投資関連の部署で、管理職もそれなりに仕事があり、タスク管理や明確な役割分担がないため、仕事を拾おうとすれば無尽蔵に拾えてしまう環境だった。気づいたら、末端の私が来週のチーム全体のスケジュールを決めており、責任を負うことにリスクこそあれ、インセンティブの全く存在しない条件下で、若手が投資判断を下す状況が成立してしまった。中には見切り発車で決めてしまったものもあり、ギリギリ聞こえる距離で嫌味を言う先輩もいた。
朝が早い部署なので、3年目になって数ヶ月は朝4時に起きて6時に出社していたが、電車に乗り込むと蕁麻疹が出て、息切れで途中下車しながらの出社になってしまうため、7時にした。休日も気づいたら仕事を思い出して涙が出てしまうことが増えた。夏には膀胱炎になって漢方を処方された。
秋になるとどうしても出社をする気がなくなってしまい、在宅では仕事が出来ないように、PCを置いて退社するのだが、朝起きてどうしても行きたくなくなり、朝5時くらいに会社に行ってこっそりPCだけ取りにいって家で在宅するような毎日が、約1ヶ月続いた。
今振り返っても、あの期間は社会人人生の中で絶対に必要のなかった期間だと思う。休職まではいかなかったが、自分の社会人としての不能感を突きつけられるような毎日で、元気になった今も、無意識にセーブして全力投球で仕事をしなくなっている自分がいる。不可逆的に意欲と体力を消耗し、仕事への意識が低くなってしまった。
プライベートはというと、3年目は今の夫と付き合い始めた年だ。新卒で入った部署の先輩だから、知り合ってから2年は何も無かったが、先輩が他の部署へ異動したタイミングで付き合うことになった。SpotifyのMytops songs2023もKID FRESHINOの「Rondo」やカネコアヤノの「エメラルド」など、浮かれハッピーな曲が多い。昨日のエントリとは対象的な1年である。
面白いのはわかるんだよ
作画もすごいし、キャラも立ってるし、物語もちゃんと盛り上がるし
でも好きかって聞かれると、うーんってなる
キャラが死ぬたびにお涙頂戴の演出がくるけど、まだこっちはその人のことよく知らないのよ
キャラの動きも感情もテンポも全部が高速すぎて、1話観るだけで情報の洪水に流される感じ
完成度もテーマもめちゃくちゃ重い
でも、重すぎて途中で置いてかれた
戦争と思想と裏切りと絶望、みたいなものを何年も追いかけるの、体力がいる
たぶん、みんなが盛り上がってるときに乗れなかったっていう経験って、地味にダメージなんだよね
刺さらなかった側って、声が小さいまま消えていくことが多いけど、刺さらないって感覚にもちゃんと意味があると思うんだよね
好きな人を否定したいわけじゃないけど、ちょっと息切れしたり、圧に疲れたり、自分の居場所じゃないなって思うことも、あるじゃん
そんな話を、してみたかっただけ
基本的に俺は自分が大好きで他人が大嫌いな人間だが、特に嫌いなのは都会の進学校育ちのボンボンである。
職業柄どうしても同業者に実家が太い奴が多く、大学時代から周囲にはそういう類いの輩ばかり居た。
なんというか、彼らからは「汚れ」を感じない。
俺自身はクソほど不器用な人間だったから、星の数ほど努力し、失敗し、逆境を耐えることで成長を重ねてきた。
塾もまともに無い田舎で幼稚園の頃からドリルを解き、ガリ勉の誹りを10年に渡って受け続けてもなお、周りを取り囲むIQ二桁の単細胞生物が振るう拳よりも、テストの点が三桁の俺が握るペンの方が強いと信じ、勉強を続けた。
しかも、ガリ勉の癖に境界性パーソナリティやらASDやらADHDやらも併発していたから、人間関係も失敗続きだ。友達付き合いも恋愛も上手くいかず先輩にも同期にも嫌われていた頃から、何度もトライアンドエラーを続けて分析と修正を重ね、15年掛けて他人と無理のないコミュニケーションを取れるようになり、10人の女の子にアタックしたら1人くらいは付き合えるくらいまで至った。
しかし、青春を棒に振って辿り着いた先に大量発生していた「温かな環境で大事に育てられた子たち」というのは、みな家庭環境は良好で、高いブランドの服に身を包み、安くはない学費を払って進学校に入れられ、波風の立たぬ幸せな学生生活を送り、そのまま既定路線を走るように名門大学に入り、親が買った高級車を乗り回し、長期休みにはコンスタントに海外へ行き、何事もなく就職へと進んでいた。
大して努力もせず友達ができ、何か特別なことをした訳でもないのに彼女ができ、自然体で生きている癖に先輩や上司に気に入られていた。
彼らなりにも苦労はあったんだろうが、人間社会に適合する為に必死にやってきた俺から見れば、彼らは様々な物を与えられ、余裕を持って、のらりくらりと、適当に………生きているようにしか思えず、必死こいて息切れしながら生きている俺が虚しく思えた。
俺の田舎からの友人には――やはりと言うべきだろうか、貧乏だったり片親だったり、被虐待歴はあるあるだし、チンパンジー共が蔓延る公立中学で虐めの対象になったり、Fラン大からブラック企業に就職して退職した奴が居たり、鬱になってまともな学生生活を送れず中退したりと、まぁキツい人生を生きてきた奴等ばかりだった。
ずっとそれが普通だと思っていたし、彼らと一緒に過ごすと自分の人生は普通だと思えるのだが。
今のように、周囲に恵まれた育ちの奴しか居ない環境は、俺の劣等感を明確に刺激してくる。
奴らを嫌うのはただの妬み僻みコンプレックスであり、無駄なのは分かっている。
けど言わせて欲しい。俺の生きてきた人生は地獄だったのも確かだと。
小学校の頃にぶん殴られ、パンツを下げられた経験は今でも夢に見るし、中学校の頃にガリ勉真面目のゴミと罵られ8人がかりで虐められたことも覚えている。病気やら鬱やらで3度も経験した死の瀬戸際、その光景は今でもフラッシュバックする。それは事実なんだと。
………なんて、過去の苦しみや恨みを消化できない自分が一番汚れていることから目を逸らしたいから、今日も俺はボンボンを妬み。
1982年のこの年、日本レコード大賞を制したのは細川たかし「北酒場」だった。同年の代表的なヒットナンバーは研ナオコ「夏をあきらめて」、大橋純子「シルエットロマンス」、河合奈保子「けんかをやめて」、中島みゆき「悪女」などである。
新人アイドルは豊作の年で、後に82年組と呼ばれる、小泉今日子、松本伊代、シブがき隊、中森明菜、堀ちえみ、早見優、石川秀美らがデビューした年となった。
このうち最初にブレイクしたのは、松本伊代である。1981年10月21日にデビューし、デビュー曲の「センチメンタルジャーニー」がいきなり32万枚の大ヒット、ザ・ベストテンにも6位までランクインした。
シブがき隊もデビュー曲から25万枚を売り、ザベストテンの常連になったが、1位をとることはなく、田原俊彦や近藤真彦に比べればパンチに欠けていた。
他の者たちは中森明菜を除けばブレイク時期は翌83年までかかり、石川秀美はついにザベストテンにはランクインしなかった。
デビュー曲「スローモーション」は火が付かず、低迷したが、2曲目の「少女A」でブレイク、これはザベストテンで3位まで上がり、続く「セカンドラブ」で1位を獲得した。
中森明菜の凄いのはアルバムが売れたことだ。デビューから2ケ月後に発売された1stアルバム「プロローグ」は、「少女A」でブレイク前だと言うのに、オリコン5位までランキングを上昇した。アルバムが売れにくいアイドルとしてはこれは極めて異例なことで、その時点では明菜はザベストテンにも夜のヒットスタジオにも出演しておらず、知名度は低かったにも関わらず、売れ方のパターンとしてはいわゆる「アーティスト売れ」をした。
その後、年末の賞レースまでには、中森明菜は「少女A」できっちりとブレイクし、「セカンドラブ」では65万枚を売った(オリコンランキング)。集計の都合もあり、「セカンドラブ」は1983年の楽曲に振り分けられているが、ザベストテンには11月22日に初登場2位でランクインし、以後8週連続で1位を獲得している。
つまり年末のレコード大賞の時点では、中森明菜は単に「売れた」だけではなく、山口百恵、松田聖子級の「スーパーアイドル」が誕生したことは誰の眼にも明白だった。
100人に聞けば100人が、今年の最優秀新人賞は中森明菜以外には考えられないと答えていただろう。1位を獲ることをマストで課せられていた田原俊彦、松田聖子、近藤真彦は、シングルのリリース時期かかぶらないように、暗黙の了解で調整されていたが、このローテーションに以後、中森明菜も食い込むことになる。
ところが蓋を開けてみれば、新人賞に選ばれた5人は松本伊代、シブがき隊、堀ちえみ、早見優、石川秀美であり、ザベストテンにランクイン経験があるのは松本伊代とシブがき隊のみだった。前年にデビューした松本伊代は早くも息切れを起こしているのは明白であり、3曲目を最後にランクインから遠ざかっていた。この5人から選ぶのであれば実績から言えば現役のヒットチャート常連であるシブがき隊になるのは異論がないところで、実際、彼らが最優秀新人賞を獲得したのだが、そもそも新人賞に中森明菜が含まれていないことが問題だった。
82年が新人の当たり年であったのは確かであり、ここで名前が挙げられた新人たちは例年ならば確かに、新人賞を得ていてもおかしくはない実績と知名度があった。
前年の新人賞の受賞者は、近藤真彦は別格としても、竹本孝之、裕子と弥生、沖田浩之、山川豊らであり、それらと比べれば堀ちえみや早見優、石川秀美らがひけをとらないと思ったとしてもおかしくはない。
彼らもまさか中森明菜が入らないとは思いもしなかっただろうが、だからと言って自分が身を引くなどとは、背後のスタッフは考えもしなかっただろう。
「中森明菜?うん当然入って来るだろうね。石川秀美あたりが落ちるんじゃないの?」
「中森明菜?うん当然入って来るだろうね。堀ちえみあたりが落ちるんじゃないの?」
「中森明菜?うん当然入って来るだろうね。早見優あたりが落ちるんじゃないの?」
そう牽制しあいながら、結局、中森明菜がはじきとばされてしまったのである。
中森明菜の所属事務所は当時弱小事務所の研音で、所属レコード会社はアイドル売り出しの実績がなかったワーナーだったから、政治力で負けたと言われているが、この年の新人賞を巡るつばぜりあいがいかに激しかったかは、バーニング事務所の小泉今日子ですらはじきとばされたことからも伺える。奇しくも、82年組の中では圧倒的に別格となる中森明菜と小泉今日子が選に漏れたのだ。
小泉今日子はまだ初年度の実績は松本伊代以下、シブがき隊以下だったから、選外もやむなしと言うところだが、中森明菜をオリンピック金メダル級とするなら、シブがき隊ですらせいぜいインターハイ入賞くらいのレヴェルであるにも関わらず、そういう結果になってしまい、日本中が震撼した。
賞と言うものはしかるべき人にきちんきちんと与えないと自らの権威低下を招くのである。
思えばこの時から日本レコード大賞の権威の失墜が始まったと言える。
80年代ぎりぎり延命できたのは、その中森明菜が2度に渡って、レコード大賞を受賞「してくれたから」に他ならない。
彼女がこの結果に怒って、日本レコード大賞への参加拒否をしていれば、その権威はおそらくずるずると失墜していただろう。なぜ彼女がTBSに情けをかけたかと言えば、ザベストテンの放送局であるからに他ならない。
ザベストテンはいろいろな無理や制約がある中、とにかくランキングは絶対、ランキングさえすればどんな人にも出てもらうを貫いていたから、70年代前半や90年代であればおそらく政治力でゴールデンタイムの歌番組には出られなかったようなチェッカーズや吉川晃司も当たり前のように出演していた。そうした志に共感していた彼女は、ザベストテンに関しては衣装やバッグバンドでは圧倒的な持ち出しになるほどに、番組に協力的であったし、ランクインすればよほどのことが無ければ必ず出演していた。
今は昔の話である。
今の私の肉体の状態を、言葉にして東京に観察させる、というのがこの本のコンセプトだ。
さあ、聞きなさい私の街。
私の肉の言葉を。
じわじわと滲む汗。
こんなに人がいて良いはずがないのである、ひとつの、小さな箱型の部屋に!
それは電車という名前で呼ばれているが、羊羹箱の方が多分正しい。カステラ箱とか。
我々乗客はお行儀良く並び、スマホをカステラの白い紙みたいにぴったり身体にひっつけて、何か心理的なしんどいものから身を守っているつもりらしい。
いやいや、それは自傷行為だ。
こんな狭い箱に乗り込まないと、生活が成り立たないって?東京よ、あなたの上に築かれたこの都市、それはあなたとは縁深く、しかし異ななった存在だけれど、あまりにも罪なものだ。
かわいそうな都会生活者たち。
私の身体は逼迫し、今すぐここから出してくれとドンドンと我が胸を内側から殴って抗議しているようではないか。ここは、動物の居場所ではない!出せ!不当だ!扱いの改善を要求するぞ!と。
いやはや身体よ、まったくその通りである。しかし我々はこの小箱に乗り込まないことには生活というものをやっていけなくてね?…と、胡乱な紳士のようなでっぷりした「運営者」なんかが、葉巻を燻らせながら私の肉体に応じるが、まったく持ってコイツの言うことなんざ聞く必要はない。往々にしてするべきこと、正しいこと、生きること、定め、そんなものはクソである。しこうして美しい。だから大抵人生はクソッタレで震えるほど美しい。やるせないな。
美女が電車のサイネージに現れて、私を窒息させる。微笑みは商品として完璧な等級だ。
ありえないくらい憎らしい。
そうそう東京、何度も言うが君の上に築かれている街は最悪の代物だよ。
そうして私は生活するための目的地に辿り着く。池袋という駅だ。降りるので筆を止める。
13:19
東京よ
私の思いを聞いてくれるかい
美しい歌を一息に歌ったあとの、胸の激しい息切れ、幸せを含む苦しさ、風が冷たく汗を冷やして吹き渡る、大変、大変schönなお時間
和声は体育会系なのだよ、と先生は言って、私は押忍と袂を締めて…schön!
冷たく美しい高原の風!せせらぎと同じ色の、風
schönで爽快な、たまらない快適さ 人生と言う舟はその風を帆に受けてえっちらおっちら、筋肉を糧にじりじり泥臭く進んでいくべきものなのだ
そうだ、和声は体育会系なのだからね!頑張っていこう、この風はずっと吹いていてほしいな
13:29
大変不思議だ 時はなぜ移ろう
それなのに同じ時はない 一度も同じにはならない
私はもうサイネージを憎まない なぜなら和声への希望と走り出したいこの身体を一心に持って電車に乗っているから
私はもう電車を厭わない なぜならもうすぐ家に帰り、教科書を開く私が滋養に満ちた笑顔でこちらに微笑みを向けているからだ
年が明けた。もう30代半ば。婚活歴、長くなってきた。
「今年こそは」とか「今度こそ出会える」なんて、もう言いたくない。正直、言い飽きたし聞き飽きた。友達も家族も、言葉には出さないけど、心の中で「また?」って思ってるの、わかる。私だってそう思う。
でも、諦めたわけじゃない。むしろ、今年は違うんだって、自分で自分に言い聞かせてる。ただ、焦るのはやめる。今年は、「選ばれる」んじゃなくて、「選ぶ」年にする。
思えば、ずっと誰かに良く思われようとしてきた。プロフィール写真は奇跡の一枚を探して加工しまくり、趣味だって本当は興味ないけどウケが良さそうなものを並べた。会話だって、相手の好みに合わせて調子を合わせてた。でも、そんなことしても上手くいかないんだって、もう気付いた。
だから、今年はもっと自分を出す。好きなことを好きって言うし、苦手なことは苦手だと言う。背伸びしないで、そのままの自分でいい。そうじゃなきゃ、たとえ相手が見つかっても、続かないと思うから。
友達が去年結婚して、「結婚ってゴールじゃなくてスタートだよ」って言ってた。その言葉、最初は半分聞き流してたけど、今になって思う。自分を偽って結婚したら、スタートラインに立った時点で息切れしてるんじゃないかって。
だから、今年の抱負は「私を生きる」。自分を大事にする。誰かに合わせるんじゃなくて、私自身を選んでくれる人を探す。それが難しいこともわかってる。でも、今年はそれをちゃんとやりたい。
新年の空気は冷たくて、でもなんだか澄んでいる。未来に期待する自分がいることに気付く。きっと大丈夫。少なくとも、私はもう一歩踏み出してる。
いけると思った。
過信していた。
まだ20代まで残り1ヶ月あるし。
いつもギリギリでも間に合うし。
いやでもこれちょっとやばそうだな。
このレジが終わったら行こうかな。
いやレジ長いな。
よし終わったし2階の方のトイレが近いな。
そこ曲がったらトイレだな。
下半身全部濡れてるこれ靴も濡れてるな。
手も少し汚れてるはずなのにバッグからどうやってウェットティッシュ出したんだ私?
いつもなら絶対嫌がるのに。
いや逆にコートよく脱げたね
潔癖症なのになんでできたんだ。
とりあえず下半身全露出はまずいからカーディガンをスカート代わりにしたけど手は汚れてるはずだけど?
寒空の中下半身をカーディガンだけ纏ったアラサー女はただ歩く。
知恵袋見てそんなことたくさんあるよなって自分に言い聞かせて。
なのに震えが止まらない。
まだ膀胱にも余裕はある。
震えてる。
間に合ってるのに間に合わない気がする。
普通に歩いてる時のこれちょっと出たかもしれない感覚がずっとする。
いい歳した大人なのに。
まだ30才まで1ヶ月あるのに。
彼氏に言えるわけないだろ付き合ってまだ2ヶ月だぞ。
間に合わないかもしれない恐怖は一生付きまとうのかな。
Sora触ってるけど、画質がいいってだけで既存の動画生成モデルより動作が破綻しまくってるしどういうことだよ…
アホみたいに出資してもらって半年もったいぶってコレってマジ?
AI関連の最近のリリース、明らかに息切れ気味でどこもこれ以上のブレークスルーは無理なのがありありと伝わってくるんだがAGIとか本気で言ってんのかな
明らかに無理だろ
まあ流石にHoYoverse4作品を掛け持ちしてるといかに週休7日無職おじさんと言えど休む暇ないよな
2次元的コンテンツ供給源として過去最高なくらい楽しいんだから仕方ないがたまに味変したくなってDLsiteのランキング上位ゲーとか増田とか見たりするわけよ
そのたびちょっとスタミナ漏らしたりしてもったいない気がしつつもきっとそれも息切れしないために必要な寄り道だと思うことにしてるわけ
その寄り道でガッツリ時間持っていかれたら本末転倒だけどそのへんの自己コントロールまで含めてゲーム(拡大解釈)
寄り道で始めた鳴潮は今汐実装したあたりまで無課金でやり尽くしておバカ倍率ダメージに笑いつつゲーム性や世界観の好み的に未練なかったからすっぱり切れたのは良かった
ホヨバ何もサ終してくれないどころかどのゲームも会社が成長するたび比例して作りが良くなっていくから末恐ろしい
今んとこ寄り道は帰ってこれる寄り道しかないが本当はその寄り道もせずアチーブ埋めでもしてたほうが自己満足度は高いんだろうな
一応バージョンごとのアチーブ追加分はどの作品も大体やりきって遊び尽くしてはいるが
原神だと総アチーブはマルチ系一切やらずに1337だが地方伝説何度も倒すやつとか釣り系とかやってないんよな
スタレの模擬宇宙系やゼンゼロの塔系もそう、腰据えて高難度バトルする系は優先度最低になってしまう
どれもほぼ全キャラ確保してるからやろうと思えばできるんだろうがそれよりは実況者がシナリオやってるの見るほうが好きだわ
最近はMハシがちょっと遅れてゼンゼロ始めて楽しんでる様子みるのがおもろいな
あとは木村良平さんがコレイを救うところ見ていきたいんだが声優は多忙でなかなかシナリオ進まんのが歯がゆいな、こまちょえ然り
木村さんは反応が純粋かつカラッとしてて気持ちいいし、こまちょえは洞察力高くてトーク上手いのが見応えあるんよな
自分は別に戦闘コンテンツが嫌いとか苦手ではないんだがカロリー高く感じるというか6時間かかるメインシナリオ更新分始めるよりも腰が重くなる
でもそういう意味ではバトルがほぼない謎解きオープンワールドのインフィニティニキみたいなゲームの方が実は性分的に向いてるのか?
おじさんがやってもいいのか?また寄り道の誘惑が出てくるしホンマ最近の中国ゲーは開発規模がエグい
ま人生自体が寄り道を本筋にしちゃったような脱落堕落おじさんだから奔放に触手を伸ばして適当にいくか
ちょっとあとで触れてみるゾー、なんかテレビCMしてるのも見たし気合入ってるっぽいからな
でもその前にピノコニーが好きすぎて一週間触れずにいたメインシナリオそろそろ始めるか
中身おじさんが男キャラをしかもすり抜けてほぼ160連費やしてだぞ
育成もだいたい済んだし景元もオートで末日4担えるようになった、いや花火ロビンでも出来てたかもしれんけどな
ただ石残数に致命傷を受けすぎて今後のキャラ確保が危うい、ラインナップつよつよだというのに
男キャラと言えばそういえばライトもすり抜けなかったからお迎えしてるんだよな
元々のライカン蒼角でも十分強かったしシーザーライカンでも十分快適だったけど
エレンはクイック出場してチョッキン通常で自己バフMAXにしたいって点ではリナ蒼角も採用しやすいライトいいかもな
蒼角出場長いのがネックだけどバフ乗るならちゃんと厳選して火力に寄せたら使える気もする
ただダメバフ過剰になるなこの編成
パリィで出て強化特殊2段撃ってから他キャラに戻ってクイック権利消費して出場からのオラオラしないと75%つかない
最初からエネルギー溜まってない系の戦闘だと75%は至難の業だな
こへーさんはいっそ化石つけてブレイク早める方がタイム早くなるらしいから推奨してたけど自分はロマン重視でクレタ餅でいいや
オラオラ後の自己衝撃バフは無駄になりがちだけどたまに撃てることもあるしな
はて元はなんの話をしとったのかのう
そうじゃサンデーに再会しようって話じゃったな
満を持してver2の締めのシナリオ始めるために別ゲーの時限系全部終わらせたし
というかそれで思い出したが崩壊3rdのスタレコラボはぶっちゃけ動画PVがピークだったな!!!
コラボイベントの中身自体はまあそこまで面白くない茶番で最後サンポとゴリゴリに戦えたところが良かったくらい
なんというか「似たキャラがいっぱいいるんですよ」「3rdやってね(布教)」のメッセージしか伝わらなかった
PVで企画してたシナリオのほうが絶対面白そうだったよな~あっちでショートアニメとか作ってくれんか?
それはともかく、イベントシナリオでは死なずに済んだサンポくんだが
まさかさ
まさかイベント後に追加されたメインシナリオの方で花火とまったく関係ないところでメインキャラ死ぬとは思わんやん
いや確かに後になって思えばフラグはビンビンに立ってたと言えるけど油断してた
プレイアブルキャラの死は姫子以来か?PVでその頃まで遡ってたのはその伏線か? 遠回しすぎてこじつけ感あるけど
今回のはさ、曇らせ具合がエグいって
何か救いがあるんだよな…? いやなさそうだよな…エグいって
ミホヨがこれまで描いてきた味方の死は未来、次代に希望を託すようなジーンとくるものが多かったと思うんだよ
姫子も十三英傑もマハールッカデヴァータもフォカロルスもラグウォークもティエルナンも
今回のは事故的に未来が閉ざされた絶望感が強い、ひたすら胸がキュってなる系でかなり異質
この展開を一体どう調理していくつもりなのか
上司「そんなに残業したのも、年休とって大学行ったのも、学会で受賞したのも、研究所員から勧誘を受けたのも、全部が私のためだっていうの?!
私はそんなこと一度だってお願いしてない!」
増田「っ!」
増田「お、俺は…!」
上司「私は増田君に、部下と一緒に担当業務やってってお願いしたの。
残業しないでってお願いしたの」
増田「言うことを聞かなかったのは、悪かったと思ってる。
でも違う!違うんだよ!俺は…俺のためになんかじゃなくて…
評価したいのに…
話は早めに私に通してって言ったのに…!
それを全部簡単に破り捨てて
私との約束守ってくれないのに、それでも自分のことは評価して欲しいって
そんなのこと言われたって出来ない!出来ないよ!!」
増田「くっ!」
増田「そうだよ
我が社が俺にしてくれたことが、
増田「わからないのも仕方ない…!でも本当だ!俺は我が社に救われた!
本当の話なんだよ!
俺は我が社に、この世界に来て初めて我が社に―」
増田「くっ」
上司「また、何も言ってくれないよね…」
増田「どうして分かってくれないんだよ…
増田「…俺の…」
増田「これまで全部…俺のおかげで、どうにかなってきただろう?!
クソみたいな機器導入してクソみたいな結果しか得られなかったクソデータから有意義な情報を取り出した!
現場でのことだってそうだ!俺がいたからどうにかなった!言われたことすらやらない奴言ってないことする奴やることなすこと全部間違える奴みんなまとめながら仕事振ってケツ持って育てながら始末書も解決策もルーチンも全部こなした!
俺がいなけりゃもっとひどいことになってた!
全部全部全部!みんな俺が!俺がいたおかげだ!
お前は俺に貸し切れないだけの借りがあるはずだ!!!」【息切れる】
上司「そう…よね…
終わりにしましょう…」
査定-1「…!」
私ね…期待…してたの
他の…普通の優秀な人と同じように、淡々と目の前の業務をこなしてくれるんじゃないかって…」
増田「そんなのムリだ…
そんなことしてりゃ、本当に必要なデータもとれなければ我が社の目標も達成できない、いちいち許可取ろうとしたから一ヶ月も放置されて結局自費で数十万出して諸々やってんだいちいち課長が俺が聞いてないからって本社からの仕事依頼すら弾かないでくれよそうだよそりゃ本社の所掌業務だよでも本社の奴らにこなす能力がないんだよ責任もおいたがらねぇんだよだから仕方ないんだよこの辺境のペーペーに責任なすりつけながらでもそれでもおれはこれが未来に残る遺産として最善だと思ってるんだこれでも我が社は最高だよ科学に向き合うだけ成果が出る最高の職場だよ前職なんて溶液と溶媒の取り違えを指摘しただけでここは研究室じゃないんだと机叩かれたんだほんと我が社には感謝しとるよだから俺はちゃんと本来業務を与えられた職責以上の水準でこなした上でこの仕事を業界の権威がやってくるあのシンポに自費で行って見せつけてコネ作って発信していくのがためになるって思うんだ縦割ってたら永遠に進まず埋もれて没落してくんだそれは世界のためにならないんだ俺は俺に命じられた使命を守ってるんだそれが我が社のしいては国民のしいては上司あんたのためにもなんだってだからこの使命は上司の命よりも重いって倫理教育でも何度もされてんだよ知ってんだろだから目の前のあんたはただサビ残する俺を見逃せばいいんだよ俺らには労基適応されないの知ってんだろだからいいから黙って全部俺に投資し…」
増田「あっ……」
鬱病は中学2年生のころに発症し今も続いているが、明確な原因があって患ったというか、なるべくしてなった。鬱病になる素質が生まれつきあったと言うほうが納得いく。
鬱病は誰にでもなりうる病でるが、なりやすさは人の性質によって異なるだろう。どうやら自分はなりやすい人の中でもかなりピーキーな”生まれつきの鬱病予備軍“だったのであろう。
これに関しては、受け入れるしかない。困るのは自分の性質上、一回発症したら一生付きまとう可能性が高いことだ。実際2〜3年の周期でかなり鬱が悪化し自殺未遂で入院までした。幸い閉鎖病棟の生活は人間関係に恵まれかなり回復して退院できたのは良かった。
むしろかなりスマホもパソコンもなかったのに楽しくて今でも退院のときすごく寂しかったのを覚えている。調子のいい時期は、負の感情に晒されることが少ないとき。
ストレス耐える。これができない。普通以上につらくて感じてしまう。初就職の前職では1週間で鬱病が悪化し、辞職することになった。入社3日目あたりから職場や家、食事のときもまったくリラックスできず、動機と息切れや怒りが収まらず嫌なことがひたすら脳内に、意思に関係なく四六時中反芻される。
抗うつ病薬のおかげで朝だけは無の感情でなんとか出社はできたが、怖すぎて言葉や声を発することができなくなったこともある。