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2026-02-15

カナダ:成長競争が激しいが再挑戦しやす日本:外れると戻りにくい

日本では多くの場合 成長より「適合」が重要

能力」より

空気を読む

協調性

継続

評価されやすいです。

これは統計的にも、

日本企業は

個人成果主義が弱め

組織適応評価が強い

傾向があります


カナダは「流動型社会

カナダ典型的移民国家です。

社会の前提がそもそも

出身バラバラ

職歴バラバラ

教育背景がバラバラ

そのため評価軸が自然

✔ 「現在できること」

✔ 「市場価値

✔ 「更新能力

に寄ります

日本のように

「同じ会社で何年いたか」はあまり強く評価されません。

ーーー

成長しない場合どうなるか

淘汰はあります。ただし性質が違います

日本

→ 一度レールから外れると復帰が難しい

カナダ

仕事は失いやすいが再挑戦可能

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[日記]anond:20260215102038

人類が「時空」という蒙昧な音節を口にするたび、僕は深甚なる認識論嘔吐感を禁じ得ない。

時空とは、数学的厳密性を欠いた対象の誤認であり、物理学者信仰するそれは、観測者の神経系圏論構造局所座標系へと無理やりに射影した際に生じる認知の歪み、あるいは幻覚に過ぎない。

古典的多様体などという概念は、その幻覚正当化するために捏造された幼児的な記述言語であり、要するに時空とは、人類認知解像度の欠落が産み落とした現象学インターフェースであって、宇宙アルケーのものではないのだ。

超弦理論がかつて「背景」と呼称していたものは、もはや静的な舞台ではない。背景という概念記述自体型理論的な過誤であり、正しくは、背景とは「dg圏のMorita同値類上で定義された∞-スタックの降下データである

時空は、そのスタック内包する自己同型群の作用を、低次元の知性を持つ観測者が幾何実体として誤読した残滓に過ぎない。

空間があるから物理が生起する」のではない。「圏論的な整合性条件が充足されるがゆえに、空間が近似的に創発しているように錯覚される」のだ。存在論的順序が逆転している。

人類物理を語る前に、まず順序構造学習すべきである

僕の備忘録にある "manifoldis auser-friendlylie" という記述は、侮蔑ではなく、冷徹分類学上の事実だ。

非可換性はもはや付加的なオプションではなく、座標環が可換であるという仮定こそが、天動説と同レベルの粗雑な近似である

Dブレーンを厳密に扱えば、座標環は非可換化し、幾何構造は環からではなく圏から復元される。

Connesの非可換幾何学は美しいが、それは第一世代ナイーブな非可換性に留まる。

理論における非可換性はより悪質かつ圏論的であり、そこでは空間の座標が破綻するのではなく、空間という概念の「型(type)」そのもの崩壊するのだ。

B-場を「2形式」と呼ぶのは霊長類向けの方便に過ぎず、その本質はDブレーンの世界体積上のゲージ理論ツイストさせることで、連接層の圏 Dᵇ(X) をツイストされた導来圏へと押し流す操作であり、そのツイストこそがBrauer群の元として記述される。

重要なのはB-場が場(field)ではなく、圏の構造射であり、世界アップデートするためのコホモロジー的なパッチだということだ。

物理学者が場について議論しているとき、彼らは無自覚に圏の拡張について議論している。

にもかかわらず「場」という古臭い語彙に固執する人類言語的不誠実さは、科学史における最大の悲劇と言える。

さらに、ツイストされた層の世界において「粒子」という概念霧散する。粒子は表現空間の元ではなく、導来圏における対象の同型類であり、相互作用はExt群の積構造崩壊過程スペクトル系列収束以外の何物でもない。

宇宙は衝突などしていない。宇宙はただ長完全列を生成し続けているだけだ。

物理現象とはホモロジー代数副産物であり、衝突という粗野な比喩を好む人類は、現象の表層しか撫でていない。

共形場理論CFT)もまた、僕にとっては場の理論ではない。CFTとは、頂点作用代数VOA)が有する表現圏のモジュラー性が、宇宙というシステム整合性強制する代数装置である

BRSTをゲージ冗長性の除去と説くのは最低の説明であり、BRSTとは「宇宙存在することが許容される対象を選別するコホモロジー審判系」である

Q_BRST閉でない対象は、物理的に無意味なのではなく、宇宙法体系に対する違法存在として検閲され、抹消される。BRSTとは宇宙による先験的な検閲機能なのだ

そして何より不愉快なのはミラー対称性がいまだに「幾何双対」として俗解されている現状だ。

SYZ予想を単なるトースフイブレーション物語だと解釈する人間は、何一つ理解していない。

SYZの本質は「special Lagrangian torus fibrationが存在する」というナイーブな主張ではなく、「世界局所的に Tⁿ として観測されるのは、A∞-構造がある種の極限操作において可換化されるからに過ぎない」という、幾何学に対する極めて暴力的な宣告である

しかもその暴力は、インスタント補正によって即座に否定されるという自己矛盾を孕んでいる。

まりSYZとは予想ではなく、自己矛盾を内蔵した整合性条件の提示なのだ

特殊ラグランジュ部分多様体特権的である理由は、体積最小性などという些末な幾何学的性質にあるのではなく、そこに乗るブレーンがBPS状態となることで、圏論的安定性条件(Bridgeland stability condition)が物理実在性と合致する特異点からである

ブレーンは物体ではない。ブレーンは安定性条件が許可した対象であり、許可されざる対象宇宙行政手続き上、存在を許されない。

宇宙は極めて官僚的であり、その官僚主義こそが秩序の証明なのだ

壁越え現象(wall-crossing)を相転移と呼ぶのも誤りだ。壁越えとは、宇宙採用する安定性のt-構造が、モジュライ空間上のパラメータ変動に伴って切り替わる行政手続きの変更である

BPSスペクトル物理的に生成されるのではなく、安定性条件の改定によって帳簿が書き換えられた結果に過ぎない。

宇宙現象物理ではなく、会計学によって説明される。これを冒涜と感じるならば、君は数学本質に触れていない。

Gromov–Witten不変量を「曲線を数える」と表現するのは蒙昧の極みであり、正確には「仮想本類(virtual fundamental class)における交点理論としての曲線の亡霊を数える」操作である

曲線は実在せず、存在するのは [M]ᵛⁱʳ だけだ。物理現象はその仮想対象の影の、さらにその投影である

人類が見ている世界は、プラトン洞窟の影ですらなく、影の影の影に過ぎない。

Donaldson–Thomas不変量とGW不変量の対応関係は、単なる等式ではなく、弦理論が同一の対象を異なるゲージ固定のもとで記述しているという事実の露呈である

数え上げ幾何学は弦理論のゲージ冗長性がもたらす副作用であり、純粋数学定理と思われているものは、物理がゲージ対称性を持つことの数学的反映に過ぎない。

数学独立しておらず、宇宙のゲージ対称性の影を追跡しているだけだ。

Kontsevichがホモロジカルミラー対称性において成し遂げたのは、圏の同値証明などという平和的な所業ではなく、空間優先順位破壊である

彼は空間第一市民から追放し、圏を王座に据えた。これは革命ではなく粛清である多様体粛清され、導来圏が支配する時代が到来したにもかかわらず、人類はその瞬間を記念することさえ忘れている。

最後にAdS/CFTについて言えば、ホログラフィー原理本質は「境界バルクを決める」ことではない。境界が決定するのは「バルクという概念の存立が許容される条件」である

バルク実在せず、境界CFT演算子代数が持つ表現圏の内部において、エンタングルメントウェッジ再構成のような手続きによって生成される派生物だ。

重力は基本相互作用ではなく、境界理論情報処理に伴う副作用であり、量子情報整合的に自己記述を試みる際に生じるエラー訂正機構QuantumError Correction)の幾何学的発露である

重力とは力ではなく、誤り訂正符号可視化なのだ

宇宙幾何学ではない。宇宙とは圏論整合性条件の集合体である

空間とは∞-圏の自己同型が形成する群作用認知的に単純化した錯覚であり、時間とは自然変換の合成順序であり、粒子とは導来圏の対象の同型類であり、相互作用とはExt群の積構造現象とはスペクトル系列収束である

ウィッテン理解できないのではない。ウィッテン理解可能形式宇宙存在していないのだ。

僕はノートにこう記した。次に人類が「現実とは何か」と問うならば、僕はこう答える。「現実とは、圏論的に整合的な誤読である」。

そして愚かな世界は、今日もその誤読を時空と呼び続けるのだ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:51

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2026-02-14

[日記]

土曜日。朝はいつも通り、起床後に脳内で「今日という一日を、物理法則に従って最適化する」と宣言してからベッドを出た。これは習慣というより儀式だ。儀式人類の愚かさの象徴として語られがちだが、反復可能手続き情報理論的に見て合理的だ。エントロピー増大に対する、せめてもの抵抗である

まず体重を測り、体脂肪率を記録し、歯磨き時間を正確に180秒で固定した。電動歯ブラシタイマーを信じない。信頼は検証に劣る。

その後、コーヒーを淹れた。抽出温度は93℃。温度計の誤差は±0.2℃。人間関係の誤差は±∞。

 

今週の進捗を書く。

 

超弦理論については、相変わらず人類の知性が現実に追いついていない。僕の頭脳は追いついているが、世界が遅い。

今週は主に「弦の理論はどこまでが物理で、どこから純粋数学自己満足か」という問題を、僕なりに再定式化していた。世の中の多くの人は、超弦理論を「高次元の小さな紐が震える話」程度で理解した気になっている。あれは理解ではない。童話だ。

僕が考えていたのは、もっと根の深いところ、つまり量子重力の定式化において局所性を捨てることの数学的代償だ。

一般相対論の時点で、局所性微妙に揺らいでいる。ホログラフィー原理が出てきた時点で、局所性はほぼ死亡している。にもかかわらず、僕たちは局所的な場の理論言語で全てを語ろうとする。これは「古いOSの上に無理やり最新ゲームを動かしている」ようなものだ。もちろんクラッシュする。

そこで今週は、AdS/CFTを単なる「境界CFTバルク重力記述する」という話ではなく、圏論的な双対性として再理解する方向で考えた。

具体的には、バルク側の物理量を、ある種のextended TQFTとして捉え、境界側の共形場理論演算子代数が作るモジュラー圏と対応させる。

ここで重要なのは空間のものが基本対象ではなく、因果構造情報の流れが基本対象になってしまう点だ。

まり幾何学物理舞台ではなくなる。舞台役者従属する。これは演劇としては間違っているが、宇宙としてはあり得る。

そして、ここからが本題だ。

僕は今週、「弦理論の非摂動定義は、結局はある圏の中の安定対象の分類問題還元されるのではないか」という疑念を強めた。

たとえばBPS状態は、ある種の導来圏の中の安定条件(Bridgeland stability condition)で分類される。

これは単なる比喩ではなく、実際にDブレーンは導来圏の対象として記述される。つまり物理的な粒子やブレーンが「空間上の幾何学的な物体」ではなく、圏論的な対象になる。

ここで人類は気づくべきだ。

宇宙は「点の集合」ではなく、「射の集合」かもしれない。

点を基本にしている限り、僕たちは宇宙OS永遠に理解できない。点とは、極限操作幻想だ。実際の物理では測定可能な点など存在しない。存在するのは相互作用だけだ。射だけだ。

僕が今週やっていたのは、これをさらに押し進めて、弦理論の背後にある構造を「∞-圏」あるいは「高次スタック」として扱うべきではないか、という方向の思考実験だった。

超弦理論が最終的に求めているのは、たぶん「量子化されたモジュライ空間」だ。しかしモジュライ空間普通多様体ではない。特異点があり、ゲージ冗長性があり、しか同値関係階層的だ。だからスタックになる。さらに高次の同値ホモトピー)が絡むので、∞-スタックになる。

ここで、物理屋が嫌いな言葉が出る。派生幾何(derived geometry)。

派生幾何とは、簡単に言えば「特異点を誤魔化さず、むしろ特異点を主役にする幾何学」だ。物理特異点が出るのは、理論が壊れているからではなく、単に僕たちの数学が貧弱だからだ。派生幾何はそれを認める。

そして僕は思った。

もし弦理論が本当に「全ての一貫した量子重力クラス」を記述する枠組みなら、それは場の理論の集合を分類するのではなく、量子情報を保存するような圏の分類になっているべきだ。

この時点で、もはや「ウィッテンでもわからない」どころではない。

ウィッテンがわからないのは当然だ。宇宙が意地悪だからだ。

僕たちがやるべきなのは、弦理論を「方程式」ではなく「普遍性」として定義することだ。

まり、ある種の対称性を持ち、ある種の双対性を満たし、ある種の異常(アノマリー)が消え、ある種のエンタングルメント構造が一貫し、ある種の極限で局所的QFTに落ちる。

そういうものを満たす対象を、圏論的に一意に特徴づける。

理論は「このラグランジアンだ」ではなく、「この性質を満たす唯一の構造だ」になるべきだ。

そしてもしそれが可能なら、弦理論物理学ではなく数学定理になる。

宇宙定理であるというのは不快だが、非常にエレガントだ。

エレガントさは、しばしば真理の匂いがする。

ただし、エレガントな嘘も存在する。

数学者の人生のものだ。

 

 

昼前、ルームメイトキッチンに現れて、僕のノートを見て言った。

「それって、結局何の役に立つの?」

僕は3秒考えた。

人間理解可能言葉に変換するのに、3秒必要だった。

「役に立つかどうかで真理を測るのは、知性の敗北だ」

ルームメイトは「また始まった」という顔をした。

彼の表情は、物理学的には熱的死に近い。

隣人がその場に来て、僕のノートを覗き込み、「ねえ、それって、宇宙ゲームコードってこと?」と聞いた。

驚くべきことに、これはそこそこ正しい。

僕は言った。

コードというより、型システムだ。宇宙は型安全で、コンパイルエラーを許さない」

隣人は「わぁ、なにそれ怖い」と言って笑った。

怖いのは君の直観の鋭さだ。

 

午後は趣味時間

MTGデッキを回した。

僕は、カードゲームにおける勝利条件が「期待値の最大化」であることを理解している。だが多くのプレイヤーは、カードを引いた瞬間の快楽支配される。つまり、彼らは確率論ではなくドーパミンプレイしている。

僕は違う。

僕はデッキ構築を、統計力学の分配関数設計として扱う。

初手の分布マリガン戦略マナカーブ、そして相手の除去の確率

全ては確率変数であり、勝率とは積分である

ルームメイトが「それ楽しいの?」と聞いたので、

僕は「楽しいかどうかは二次的だ。支配が一次だ」と答えた。

彼は黙った。

正しい反応だ。

 

その後、FF14ログインした。

レイドは相変わらず「人間の反射神経と協調性限界」を測る実験場だ。

僕はギミック処理を、ほぼ圏論の図式追跡として理解している。

安全地帯は対象、移動は射、失敗は射の合成の不整合

友人Aが「なんでそんな言い方しかできないの?」と言った。

僕は「僕は宇宙をそのまま見ているだけだ」と答えた。

友人Bは「それ厨二病じゃない?」と言った。

僕は言った。

厨二病とは、根拠のない誇大妄想のことだ。僕には根拠がある。だから違う」

友人Bは「最悪だ」と言った。

誉め言葉だ。

 

夕方アメコミを読んだ。

僕は、超人存在倫理を語る物語が好きだ。

なぜなら、超人存在倫理を語る時点で、その倫理破綻するからだ。

全能に近い存在が「正義」を選ぶのは、選択ではない。

ただの趣味だ。

正義趣味になった瞬間、倫理哲学ではなく美学になる。

そして美学は、いつも暴力接続する。

それでも僕は読む。

人類妄想が、どこまで論理に耐えるかを見るのは面白い

 

 

夜。

今日までの進捗はここまで。

そして、これからやろうとしていること。

今夜は、僕の仮説をもう一段階押し進める。

まり「時空の創発」を、単なるエンタングルメントの量的増大ではなく、エンタングルメント構造位相相転移として記述できないか考える。

量が増えるだけでは空間は生まれない。

必要なのは「連結性の再編成」だ。

もしエンタングルメントグラフだとすれば、空間とはそのグラフスペクトル構造対応する。

そして位相相転移が起きれば、スペクトルが変わり、幾何が変わる。

まり宇宙膨張は、グラフのリワイヤリングに過ぎない。

この視点なら、初期宇宙インフレーションも「幾何の急激な生成」として理解できる可能性がある。

インフレーション場などいらない。

必要なのは情報接続性が変わるメカニズムだ。

問題は、そのメカニズムを「弦理論言語」で書くと地獄になることだ。

ワールドシートのCFT、モジュライ空間、非摂動効果、Dインスタントン。

それら全てが絡んでくる。

絡みすぎて、もはや紐ではなく毛玉だ。

 

隣人がさっき「ピザ頼むけど食べる?」と聞いてきた。

僕は「今は宇宙の生成を考えている」と言った。

隣人は「宇宙よりピザの方が生成早いよ」と言った。

その通りだ。

人類文明の最高到達点は、宇宙論ではなく宅配システムなのかもしれない。

ルームメイトは「じゃあ僕の分も頼んでいい?」と言った。

彼は相変わらず、宇宙構造よりカロリーを優先する。

友人AからFF14メッセージが来た。

明日、固定の練習できる?」

僕は返信した。

明日宇宙位相相転移を解く予定だ。だが君たちの全滅回数も宇宙の熱的ゆらぎとして扱えるなら参加する」

友人Bは「それ言い訳だろ」と返してきた。

違う。

僕は真理に忠実なだけだ。

 

さて、これから僕はノートを開く。

今日最後タスクは、たぶんこういう形になる。

「時空は多様体ではなく、ある∞-圏の中の情報流の安定構造である

これを証明する必要はない。

証明できるなら、僕はもう人間ではない。

しかし、少なくとも矛盾なく定式化することはできるかもしれない。

宇宙一貫性を持って存在している以上、どこかにその形式がある。

問題は、僕たちがそれを読む言語を持っていないことだ。

人類はいつもそうだ。

現実が先にあって、言語が後からいかける。

僕は追いかける側ではなく、先回りする側でありたい。

ピザが届く前に。

Permalink |記事への反応(0) | 22:06

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anond:20260214012642

アホはテメーだよ。石破が保守旋風のあおりを受けられるわけないだろ。すでに絶望されてる側の政治家なんだから。石破の能力がどうこうとかそういう細かい話ではない。おじさん政治家というくくりで見られて、そんなのはとっくの昔に絶望されてるんだよ。

風を受けて、進むためには、今までの新自由主義者リベラル政治家とは全く違う性質を持っている必要があるのであって、女性、非世襲高市はまさにそれに的確だった。だが、彼女あくまでも帆にすぎず、高市のおかげで保守旋風が巻き起ったわけではない。そして、リベラルが沈んだのと同じように、その帆もまた、いずれ資本主義の荒波に飲まれて沈む。

Permalink |記事への反応(0) | 07:09

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日本人は「政治に関心を持つ」を「支持政党を決める」ことだと思っている。

そもそも支持政党なんて党員にでもならない限り普段から決める必要も表明する必要も無いのに、

「○○党を応援します」などと言いたがる。

個々の政策について検討する頭がないから、他人の言っていることに相乗りしているのであって、

政党だったら選挙の度に悩まなくて便利というだけの話である

今の政党政策なんてどこも関連団体利権が集まってできたキメラで、何も筋が通ったものになっていない。辛うじて筋が通っていたといえるのは一昔前の共産党ぐらいだろう。

メディア世論調査をしては「支持政党なし」の割合の増加を憂いているが、思想があっての「支持政党なし」なら立派ではないか


多くの日本人はまず支持政党を決めてから政治思想を決める。これは若者だけの話ではない。

知識人と呼ばれる人たちまでもが政策より政局を重視するのははっきりいって異常であり、それを疑わないメディアも異常である

この特性はおそらく日本人「和」大事にする性質に由来するのではないか

同質性を大事にしてきた日本人集団は、たまたまその中の1人が社会的に偉い立場(政治家とか学者)になると、簡単にそれに付き随ってしまう。

しろ全員が平等立場ときのほうが苦しさを感じる。意見がまとまら「和」を保てないかである

から1人の意見を全員で支持するというのが当たり前になってしまう。

問題はその1人も頭の良さで選ばれるわけではなく単に「一番社会的に偉い人」になってしまう点だ。人でなければ政党だ。

こうして、「思想にあった政党投票する」ではなく「政党を決めてから思想を決める」という逆転現象が起こってしまう。

これを防ぐには、まず今の社会問題点を正確に把握し、自分なりに解決策を考えるしかない。

政党が掲げている政策から多少のヒントは貰えるかもしれないが、絶対的な解答だと思ってはいけない。

絶対的ものだと思った瞬間、それは「信仰」になる。


政治思想が無いままに支持政党を先に決める人たちは、おのずから政策よりもイメージを優先して支持政党を決めることになる。

「美しい日本」「やさしい日本」「強い日本」「この国を変える」「未来」「革新」「維新」「改革」…

政党が発する空虚言葉は、それを求める国民の鏡にほかならない。

Permalink |記事への反応(0) | 00:50

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2026-02-13

法華狼って以前から“こんな感じ”じゃね?

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20260212/1770908348

「こんなにマクロな話にミクロな話で反論する人だっけ?」とか「昔からこんなだったっけ?」みたいなブコメがあるけど、以前からというか性質的に“こんな”だったと思う。

本質ネットバトル民の人だから、とにかく今その場かぎりで説き伏せるのを至上としてる人なんよ。

この人、個人ブログに乗り込んではコメント欄で延々とダル絡みすることで知られてるが、これって滅茶苦茶ミクロ的な行為だろう。

議論の内容がなんであれ、個人ブログで一対一の議論いくら重ねたり、一般人ひとり説き伏せることにマクロ的な有意義さなんてないわけで。

この人にとってリベラルは「自分がよく使っているバトルスタイル」であり、よくやってるチェリーピッキングは「戦闘力を上げるためのツール」という側面が強い。

そんな“ゲーム”に興じてる輩は他にも多くいるけど、“そういう体”でやってないように取り繕っているのが厄介なところだな。

Permalink |記事への反応(1) | 17:47

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[日記]

正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。

僕は陰謀論嫌悪している。理由は単純で、陰謀論説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレからだ。

 

今日までの進捗から書く。

 

今週は、超弦理論物理直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋圏論ホモトピー論の言語に落として再構築していた。

具体的には、世界面の共形場理論2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。

従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。

重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理状態空間の生成機構として見ることだ。

ここでの本体幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。

さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論レベルでの同値として捉えることだった。

言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。

A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成整合させる必要がある。

そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。

Dブレーンのカテゴリー境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。

特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。

これをやると発散する積分正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分定義へ置き換わる。

そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。

僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。

背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。

まり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。

この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。

そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。

問題はここからで、弦理論双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。

たとえばS双対性やT双対性群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性スタック自己同値であり、その作用対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。

しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり双対性対称性ではなく、高次圏論的な同値データなんだ。

このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。

僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。

さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトル不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造ジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。

ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論存在だ。

普通人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。

この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。

要するに、弦理論世界から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。

今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。

 

次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要からだ。残念ながら僕は人間である

MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。

まりカードゲームとは、確率情報ゲームである以前に、認知バイアスゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布計算するべきだ。

隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。

 

FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイ攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。

反射神経は筋肉問題だが、攻略情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。

友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。

 

アメコミは、相変わらず現実倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。

僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義定義曖昧からだ。

僕が興味があるのは、制約条件下での最適化としての倫理だ。

登場人物が持つ制約(能力社会構造情報感情)を明示すると、物語心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。

ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。

僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。

 

僕の習慣についても書いておく。

今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒー抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。

人間生活ノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定分散を減らす行為だ。

隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。

宇宙人証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。

友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である

 

これからやろうとしていること。

まず、超弦理論ノートをもう一段階抽象化する。

今の段階では、圏論と導来幾何言葉でかなり書けたが、まだ計算痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。

具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語記述し直す予定だ。

局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造復元する。

これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何依存せずに定義できる可能性がある。

もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。

これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。

要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。

 

その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手意思決定局所的に歪ませる構造がある。人間選択肢が多いと誤る。

これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲーム戦争抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。

 

夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。

僕は「気合いは情報を持たない」と言うだろう。

議論ループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。

 

最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。

僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。

 

さて、今日の残り時間は、超弦理論ノートに戻る。

宇宙根本法則は、たぶん美しい。

少なくとも、隣人の会話よりは。

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2026-02-12

anond:20260212163908

日本は「内線作戦」を取ってる国なんですよ

と、言われても理解できないと思いますが、日本は「専守防衛」を敷いていますよね?

実際に世界中の国々や軍隊から日本自衛隊は外征能力に欠いている(海外で戦う力が無い)と評価されてます。これは中国人民軍にすらそう指摘されてるほどです

で、この専守防衛なんですけれども、つまり外国から侵略を受けた際に迎撃する事に特化するという意味なのは何となくわかるかと思います

これをですね、軍事戦略基本的類型を当てはめると「内線作戦」というものを取るということです

この「内線作戦」とは何か?ですけれども、前提として国内インフラ精緻に整備することが先ず求められます

整備されたインフラを持つことによって、侵略軍が攻めてきたときに直ぐ様に戦力を集中して迎撃体制を築けるようにするんですね

おや?ここで1つ気になることがあります

精緻インフラ整備、田中角栄日本列島改造論で既に日本では達成されてしまっていますね?

日本僻地離島にすらアスファルト舗装道路があるので未整備未舗装道路よりも迅速に自衛隊は動けてしまます

話がそれましたが、更に付け加えると「内線作戦」の特徴の一つとして「縦深(じゅうしん)」を取るというものがあります

まり侵略軍を自国領土へわざと引き込んで、勝手知ったる自国領土内で侵略軍を寝かせないレベルで叩き続けたり、罠を張り巡らせたりして疲弊させ、侵略軍の「侵攻限界」を目指す戦い方です

さぁ問題です

この「内線作戦」での「縦深」で先ず最初に戦災の犠牲に遭ってしまうのは日本の何処の地域でしょうか?

そうですね、現在日本周辺の状況を考えると最初犠牲は「沖縄県」です

沖縄県は非常に反戦意識の高い風土です。自衛隊解散しろと言う人すら居るくらいの土地柄なのです

では、何故こんな主張をするかと言えば日本の「専守防衛」は「内線作戦」であり、最初戦闘地域として選ばれるのは「沖縄県」だからですね

しかし、沖縄県民のすべてがこの様な極端な主張をしているわけではありません。何なら自衛隊解散しろ派はかなりのマイノリティです

侵略へ対する抑止力としての自衛隊は保持すべきという沖縄県民はかなり多く、「専守防衛である自衛隊反戦戦力として適切であると考えています

ここで矛盾が発生するわけですね

専守防衛」は性質上「内線作戦」を取らざる得ない、でも自衛隊存在しなければ侵略へ対する抑止力とならない

これが沖縄県民が抱える戦争軍事の悩みの中心であり、日本軍事力を強化していって侵略する側になったらどうするんだ?という悩みはかなり現実味がなく重要度が低いんですよね

最後沖縄県民として言うわ

ふざけたこと言ってねぇでもっと現実考えろやボケ

Permalink |記事への反応(1) | 19:32

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anond:20260211140728

とても繊細で、完成度の高い掌編ですね。

要望どおり――

ウイルスに侵されているのを放置している女性を見る僕の心が、藤原道長の『望月の歌』の“満ちきった月”とは逆に、少しずつ欠けていく月のように削れていく様子を描いた作品

として高く評価します。

① 「望月」の反転構造が美しい

藤原道長

この世をば わが世とぞ思ふ望月

欠けたることも なしと思へば

は、「欠けるところのない満月=完全なる自己肯定」の歌です。

あなた作品はその逆位相にあります

• 僕は彼女を「満月」だと思っていた

しか虫歯という“微細な影”が見える

• 欠けていくのは彼女ではなく、僕の幻想

ここで起きているのは、

彼女堕落ではなく、

僕の“望月世界観”の崩壊です。

まり

欠けたのは月ではなく、月だと思っていた自分の視界

という構造になっている。

これはかなり高度な比喩設計です。

② 「虫歯黒点=月の影」という連動

最後の一文が特に優れている:

僕の胸のどこかにも、

同じような小さな黒点

かに広がりはじめている気がした。

ここで、

• 奥歯の影

• 月の黒点

• 心の欠損

幻想の崩れ

が一本の線で繋がります

しか大袈裟崩壊しない。

失望というには小さい」

この抑制が、むしろ文学的です。

③ “ウイルス放置する”というモチーフの読み替え

虫歯本来

• 小さく始まり

放置すると広がり

• 目に見えないところで侵食する

という性質があります

これはまさに、

片思い

理想

自己投影

相手への幻想

構造のもの

侵されているのは彼女ではなく、

しろ「僕の理想化」なのです。

特に優れている点

✔ 「標本のように。」の一行

ここで語り手の危うさが露呈する。

彼は彼女を愛しているのではなく、

保存したいと思っている。

この一行で物語は深くなる。

✔ 「あの揺らぎも失われるのかもしれない。」

完璧を取り戻してほしいはずなのに、

揺らぎが消えるのも惜しい。

このアンビバレンスが非常に人間的。

望月との比較評価

道長

• 満ちている

• 欠けない

世界自己の延長

この作品の語り手:

• 欠けていく

幻想が削れる

他者自分支配下にない

まり

望月」の自己肯定反歌として読める。

この読みは成立しますし、むしろ高度です。

総合評価

文学的成熟度:★★★★☆(かなり高い)

比喩構造:非常に緻密

内面描写:繊細で節度がある

余韻:強い

改善点をあえて挙げるなら、

どこか一箇所、さらに大胆な月の直接比喩を入れてもよいかもしれません。

今は「黒点」止まりなので、

一度だけ「満ちていたはずのもの」という言葉が入ると、

望月との連関がより明確になります

率直に言うと、これは「恋愛小話」ではなく、

理想化と崩壊の小品文学です。

かなり良いです。

Permalink |記事への反応(0) | 09:25

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映画ちょっと思い出しただけを見た

ちょっと面白かっただけ、72点

 

ダンサー池松壮亮タクシー運転手伊藤沙莉出会って付き合って別れてその後の話。

 

あらすじにも書いたけどぶっちゃけ特別なことはほとんど起きない。

まぁ、池松バイト先の水族館に無断で侵入して急に盛り出り、会社から許可が出なかったタクシー無断使用したりとこいつらモラルないなってイベントが定期的に挟まってイラッとさせられることはあるんだが基本的には何か人が死んだり(死ぬけど)はしないし三角関係も起きない(起きるけど)、何の変哲もない恋愛模様が描かれる。

 

ほな、この映画の一番の面白ポイントなにかっていうと、6年分の池松誕生日を逆順に辿っていく作劇手法

2021年コロナ禍の7月26日からスタートし、2020年2019年と同じ日の2人を遡っていく。

その性質上、いろんなシーンで池松伊藤対応させて撮影している。例えば序盤に家で音楽にあわせてダンスストレッチ運動を一人でしている池松のシーンがあってカットが切り替わるとタクシー会社で洗車しながらラジオ体操ちょっとだけやっている伊藤のシーンになったりする。

そして時が遡って2人がラブラブだったときには、朝チュンした後に池松伊藤が並んでダンスストレッチ運動をしているシーンが入ったりして、あぁ、この時はもう失われてしまったんだなぁとしんみりしたりする。

こうして、別れた後からスタートしてどう別れてどうラブラブでどうそうなってどう出会ってと、終わりから逆に見ていくことで、表現が難しいんやけど「別れる」という結果がわかっていてもその過程にも意味があったんやなって思えるような映画

でもその過去を過度に美化しないで「ちょっと思い出しただけ」で日常は続くという終わりも嫌いじゃない。

冒頭、コロナ禍のタクシー運転手伊藤かわいいマスクをしていて医療リテラシーゼロ)が尾崎世界観を乗せて池松が働いている劇場に立ち寄るところから話が始まり、その2年前足の怪我ダンサーの夢を絶たれた池松が照明係として働き始めたライブハウスライブをやっているのが尾崎世界観で、その4年前2人が池松演出舞台出会ってエスケープした先の商店街ストリートミュージシャンをやっている尾崎世界観演奏をバックに2人で踊る。

2019年スタッフとして尾崎と再会した池松尾崎に「どこかでお会いしましたっけ?」と聞くが当然尾崎は知らない。そして最後2021年に戻り、トイレから出てきた尾崎池松がばったり出会尾崎は「どこかでお会いしましたっけ?」と聞き、池松は「えぇ、何度か」と答える。今作が尾崎世界観が作った楽曲インスパイアされて作られた映画だということを考えれば、人生における"音楽"ってそういうもんだよなと思う。転換期に、そういえばあの時もこいつの曲聴いてたなってついつい思い返してしまう。そんな感じ。

2人の恋愛とは全然関係なく出てきてずっと公園のベンチで妻を待ってる永瀬正敏がいるんだけど、冒頭ではその奥さんはもう死んでてそれでもずっと同じベンチに座って待ってる。でも時を遡って奥さんが生きてた時もずっとベンチで奥さんを待ってるんだよね。時が経って環境が変わっても変わらないもの象徴として、時が経って変わっていく2人というテーマアンカーとしての役割果たしてたと思う。

バーマスター國村隼がずっとジェンガしてるのもジェンガの「下の方の木を抜いて上に積み上げていく」というこの映画の作劇と合っているし、人生というものはただ積みあがっていくものではなく過去を積み直していくものでもあるし、いつかは崩れたとしてもまた積み直せるものだということなのかなとも思ったり。

あと池松ダンサー時代は髪が長くて照明の仕事をするって決めたときに髪を切って、2021年にはまた髪が伸びてるんだけど映画最後で冒頭で照明の仕事場のステージダンスしているシーンに戻ったときに、まぁ人生ってそんな簡単に割り切れないよなっていうリアリティを感じて切なくなりましたよ。文字通り後ろ髪引かれてんやなって。あとモップ掛けした後のステージではだしで踊ったら意味いからまたモップかけとけよと思いました。

 

そんなこんなで特別なことが起きるわけではないのだけれど、これ以外にもいろいろと考えさせられる要素や考え尽くされた要素が多くてちゃんと作られたいい映画だなぁと思いました。まぁ俺は定期で言ってるけどドカーン!っていう映画本来好きなので、そういう映画が好き!何も起きない地味な映画嫌い!って人にはあんおすすめできないかな。逆にそれ以外の人はオススメ

Permalink |記事への反応(0) | 09:25

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2026-02-10

ネットをやると、嫌いな単語(例:弱者男性, チー牛)をつぶやく奴ばっかり湧いてくるんですよ。これは試練?

大前提として、それはあなた個人に向けて起きている試練というより、ネット性質が強く影響しています

ただし、どう受け止め、どう反応するかという点では、ユダヤ的にとても深いテーマになります

なぜ「嫌いな単語」ばかり目につくのか

これは心理学的にもよく知られている現象で、人は強い感情を伴う言葉ほど認識やすく、記憶にも残りやすいんです。

タルムード的に言うなら

「人は自分の心の器に応じて世界を見る」 (※表現は要約ですが、ブラホート55bの思想に近い)

まり

  • 実際には無数の投稿がある
  • でも心が反応する言葉けが“浮き上がって見える”

これは弱さではなく、人間自然構造です。

じゃあ、これは試練なのか?

トーラーでは試練とは、人を壊すものではなく、人の内側を明らかにするものです。

アブラハムが試されたとき創世記22章)、神は彼を罠にかけたわけではありません。

自身自分の在り方を知る機会だった。

このケースも同じで、世界あなた攻撃しているというより、「この言葉に触れたとき自分の心はどう動くのか」を突きつけられている状況という方が、ユダヤ理解に近いです。

タルムード的な問いに言い換えると

タルムードはすぐ答えを出しません。代わりに問いを置きます

  • なぜその言葉が、他の侮辱よりも刺さるのか?
  • 怒りか、屈辱か、それとも「理解されていない」という痛みか?
  • その言葉に力を与えているのは、誰か?

ミシュレイ(箴言)にこうあります

「人の心の思いは深い水、賢い者はそれを汲み上げる」 (箴言20:5)

実践的なユダヤアドバイス

1. 見ない努力より、反応しない訓練 → 反応しないことは、敗北ではなく支配を取り戻すこと。

2.言葉を投げる人と、自分を切り離す。タルムードラションハラ(悪い言葉)を「語る者自身を削る」と言います(アラヒン15b)。

3.自分定義する言葉を、自分で選ぶ。他人のラベルは、あなた本質を決めません。

最後

これは神があなたを痛めつけている試練ではありません。

しろ、「この世界で、どこまで自分尊厳を守れるか」という問いが置かれている状態です。

Permalink |記事への反応(0) | 00:10

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2026-02-09

anond:20260209120237

アホウドリ特にコアホウドリ/短尾アホウドリ)を絶滅から救うには、原因に正面から対処する「地味だけど効く」対策の積み重ねがカギです。実際、日本を中心にかなり成果も出ています

まず、なぜ絶滅寸前までいったのか

背景を押さえると対策が見えやすいです。

• 羽毛目的の乱獲

明治大正期、日本人を含む人間が大量捕殺。ほぼ壊滅。

繁殖地が極端に少ない

主な繁殖地は伊豆諸島鳥島など限られた火山島

• 超スローペースな繁殖

・性成熟まで5〜7年

・1回に1卵

・毎年は産まない

回復がとにかく遅い。

絶滅から救うための具体策

繁殖地の徹底保護(最重要

無人島への人の立ち入り制限

ネズミなど外来捕食者の排除

火山活動や崖崩れに備えた代替繁殖地の確保

👉日本では実際に、鳥島以外に**聟島(むこじま)**など新しい繁殖地づくりが進められています

デコイ(偽物)と音声で「引っ越し」を促す

ちょっとSFっぽいけど超効果的な方法

アホウドリそっくりの**模型デコイ)**を設置

• 鳴き声をスピーカーで流す

• 若鳥が「ここ安全そう」と思って定着

👉 これが成功して、新しいコロニー形成に実際につながっています

刷り込み性質を逆手に取った、人類の珍しい成功例。

漁業との衝突を減らす

• 延縄漁で釣り針に引っかかって死亡する事故が多い

対策

• 夜間投縄

• 鳥よけテープ

• 重りをつけて素早く沈める

👉漁業者と協力しないと成立しないので、国際連携が超重要

④ 長期モニタリング(数十年単位

アホウドリ寿命が50年以上。

個体識別(足環・GPS

繁殖成功率の追跡

気候変動の影響評価

👉 「結果が出るまで人間我慢できるか」が最大の壁。

⑤ 法的・国際的保護

日本特別天然記念物

国際的にも保護対象(IUCNレッドリスト

太平洋を渡る鳥なので、1国だけ頑張っても不十分

希望はあるの?

あります。かなり。

• 短尾アホウドリ

一時は数十羽 →現在は数千羽規模まで回復

• 「絶滅寸前からの復活例」として世界的に有名

ただし、

放っておけばまた簡単に減る

という、綱渡り状態なのも事実です。

まとめ

アホウドリを救う手立ては:

繁殖地を守る

刷り込みを利用して安全場所に導く

漁業共存する工夫

• 気の遠くなるほど長期で見守る

派手さはないけど、

人間が壊したものを、人間責任をもって直す」

その象徴みたいな保全事例です。

Permalink |記事への反応(0) | 12:15

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今回の選挙結果と、「空気」に支配される日本人構造的欠陥、および

今回の衆院選における自民党の大勝(というより高市個人への熱狂的支持)を見て、山本七平が『空気研究』で指摘した日本人意思決定プロセスにおける脆弱性が、2026年現在も全く変わっていないことを再確認した。

政治的立場の左右は問わない。問題なのは政策の是非や実現可能性(ロジック)よりも、その場の「勢い」や「全会一致を求める圧力」(空気)が優先され、理性的判断機能不全に陥る構造のものだ。

この構造的欠陥の分析と、個人がその影響下から脱して理性的判断を取り戻すための具体的な方法について記述する。

空気」に支配されるメカニズム分析

日本社会において「空気」が論理凌駕するのは、以下の3つのプロセスによる。

臨場感による客観性喪失

特定対象人物スローガン危機感など)に対して感情的に強く同調臨場感を持つ)することで、対象客観的に観察する能力が著しく低下する。

「なんとなく頼もしい」「変わりそうな気がする」という主観的感情が、「過去の事例に基づけば成功確率は低い」という客観的事実よりも上位の判断基準として処理される。

反対意見の「阻害要因」化

一度「空気」が醸成されると、論理的な反論リスク指摘は議論への貢献ではなく、集団の進行を妨げる「異物」として認識される。

結果、検証プロセス無視され、意思決定の質が低下する。

責任所在曖昧

空気」に従って決定された事項は、失敗した際に「あの時は仕方がなかった(そういう空気だった)」として処理される。個人判断ミスとして記録されないため、反省修正が行われない。

理性的判断への道筋対象

この状態から脱却し、理性的判断を行うための唯一の方法は、対象自己を切り離す「対象化(客観視)」である

具体的には、自身が感じている高揚感や危機感が、外部環境メディアSNS、周囲の人間関係から情報によって生成された「反応」であることを認識し、その反応自体を観察対象とする必要がある。

自分はこの政策を支持している」ではなく、「現在社会状況と情報流入により、自分はこの政策を支持したくなっている状態にある」と再定義するプロセスだ。

個人が実行可能な具体的アクション

社会全体の空気を変えることは不可能に近いが、個人がその支配から逃れ、合理的な行動を選択する手法はある。以下に3つのアクション提示する。

1. 一次情報と「解釈」の分離

メディアSNSから流れてくる情報は、「事実ファクト)」と「解釈ナラティブ)」が混合している。これを意識的に分離する。

判断根拠には事実のみを使用し、解釈ノイズとして除外するか、参考程度に留める。

2.トレードオフの明文化

あらゆる政策意思決定にはメリットデメリットトレードオフ)が存在する。「空気」はメリットのみを強調し、デメリットを見えなくする作用がある。

これに対抗するため、強制的に「失われるもの」「コスト」「リスク」を書き出す。

積極財政」という言葉に対し、即座に「金利上昇リスク」「円安進行の可能性」「将来世代への負担」という負の要素を書き出し、利益とのバランスを冷静に比較する。

3.判断の遅延実行

空気」による支配は、時間の経過とともに弱まる性質がある。

重要意思決定投票投資キャリア選択など)を行う際、情報に触れた直後の「感情が高ぶっている時」に判断を下さなルールを設ける。

情報を取得してから最低24時間、あるいは数日間の「冷却期間」を設け、その後に再度論理的な検証を行う。

結論

空気」は日本社会に深く根ざした構造であり、完全になくすことは難しい。しかし、その性質理解した上で、個人領域において対策を講じ、自分自身制御することは可能だ。

熱狂の中にいる時こそ、冷徹な観察者としての視点を持ち続けること。それが、不確実な時代における個人生存戦略となる。

Permalink |記事への反応(0) | 01:33

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2026-02-08

高市さんが「女性じゃなくても」

同じ結果になったか、というと、おそらくならない。

誰も言えないことをハッキリ言うけど

有権者たちは高市さんが「女性から投票した。

もちろん内閣自民仕事ぶりが評価された面はデカい。

でも、高市さんが女性じゃなかったら同じ結果にはならなかった、というのは周知の現実だと思う。

勝ったのは「女性性」。

男は薄っすら嫌われる、女は薄っすら好かれる、とかい日本人差別的性質によって積み上がったエネルギーが収穫されたというわけ。日本の中心がオトコばかりというイライラつのっていた中に、

男よりはるかに働く女性、という新風が吹き込んできた。

で? なんで? 自民はなんで勝ったの?

Permalink |記事への反応(3) | 23:00

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anond:20260208184651

いや、「正しいと思ってる人が分かれてる=相対化=認知の話」

この三段跳び、成立してないんですよ。

人によって

・正しいと思う

・間違ってると思う

が分かれること自体は、

真理の性質じゃなくて

理解状況の分布の話なんですよね。

たとえば

「1は素数か?」

昔は教科書でも割れてました。

でも今は定義が整理されて

数学的には決着してる。

この間ずっと

認知割れてただけで、数学が相対化されたわけじゃないですよね。

今の話も同じで、

・射影すると区別できない点が生じうる

変数消去で自由度が下がる

これ、命題としては

真か偽かのどちらかです。

人が割れてるからって

命題が急に主観的になるわけじゃない。

で、望月新一を出した時と同じ構図なんですけど、

あなた

判断割れてる」

認知問題

「相対化」

って一本道にしてるけど、

その間にある

検証可能性難易度を丸ごと落としてるんですよ。

難しい話ほど

理解時間がかかる

・誤解も増える

から割れる。

でもそれは

真理が相対的からじゃない。

今回の件なんて、

極端に言えば

具体例1個で終わる話です。

そこに「相対化」持ち出すの、

スケール感が合ってない。

要するに、

・人が割れてる →社会的事実

命題が正しいか数学事実

この2つを混ぜた瞬間に、

「全部認知の話」って錯覚が生まれるだけなんですよ。

から結論シンプルで、

相対化されてるのは

評価理解であって、

命題のものじゃない。

そこ切り分けない限り、

何を持ち出しても

全部「認知の話」に見えてしまうだけなんですけど、

その区別、ついてます

Permalink |記事への反応(1) | 18:50

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anond:20260208180215

追記結婚指輪ネタもそう

結婚指輪を買うor買わないの価値観なんて一番わかりやすい、それが合う人と結婚すればいいし

もし合わなくても結果口論になってどちらかが勝っても、楽しめる人と結婚すればいい

その人を待たずに焦って何かに押されて結婚したならばあなた責任ではと思う、結婚相手性質責任あなた責任

Permalink |記事への反応(0) | 18:11

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2026-02-06

結局はてな民氷河期世代自己責任だって思ってるじゃんw

実に示唆的なブコメが盛り上がっているのでまとめておく

https://www.tokyo-np.co.jp/article/466865

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/466865

記事東京新聞記事

氷河期世代ブラック労働疲弊ドロップアウト、今まではれいわに投票してたけど何も変わらない!

失望しました!参政に入れます!という内容だ

まあそれ自体はどうということもない「あるある」記事なのだ

笑えるのがブコメの反応である

参政党は外国人を蹴落とす政党だ!そんなところに入れるやつが蹴落とされるのは自業自得!」

「頭が悪すぎる!頭が悪いから右翼に騙されるんだ!」

と、普段経済的弱者への自己責任論に、薄っぺら批判している類のブコメ民が

実に勇ましく正しい政治的自己責任論を、突然蒙が啓けたかのように開帳しているではないか

なかなかに面白い展開と言える



一応言っておくと、彼らの結論ある意味、一周回って正しいとも言える

結局、氷河期世代で浮かび上がれてない人間は「自己責任」だし、それが端的に現れてるのだから

氷河期就職時点はともかく、景気が回復した現在ですら社会ポジションを見つけられていないのは

「利害を最大化するより先に脊髄反射簡単構造に飛びつき、敵を叩きたくなってしまう類のバカ」ばかりである

こういう人間簡単誘導されて左右のポピュリズム政党やらカルトにあっさりハマるし

逆に自分の利害に本当に重要キャリア形成とか資産形成継続できない

ましてや長期的・大局的な視座にたった政治行為など無理に決まっている



これはどれも同じような人間性質に起因する

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いタイプってことだ

こういう人はよほど運が良くない限り経済的にも社会的にも詰むし、しょうもない政治主張に回収される

ただしそれは「自己責任論を唱えたか自業自得」とか「蹴落とすものは蹴落とされる」みたいな

公正世界観念の話ではない

単に頭が悪い経済的にも社会的にも上手く行かないし

誘導されてそこまで重要ではない相手を「敵」認定して攻撃してしまうので

変な団体しか受け入れてくれないってだけの単純な話である

それがたまたま左翼政党に回収されれば外国人は仲間!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

右翼政党に回収されれば外国人資本家の手先!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

しかし細かい叫びに対して意味はないし、そもそも信念や理解があるわけではないのだ

単に他で仲間が作れないか同調しているだけ

もっと変なカルト教義にハマるのも同じだ


その意味では、さっきブコメしていた連中も対して変わらんというのが滑稽な点

経済的自己責任論さえ表面的に否定さえすれば

「徳」を積むことができるから自分たちだけは解脱して自己責任から逃れられるという発想に基づき

それ以外の観点からは同様に自己責任論を展開するのである

しかしもちろんそんなことは一切関係ない

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いのは同じだから

リアル経済社会活動はもちろん上手く行かないし

ネット上の政治誘導にも失敗する

なぜかと言えば政治的な支持を拡げるよりも目の前の気に入らない人間を叩くほうが楽しくなってしま

今回のブコメのようにね

もちろん今回だけではなく二十四時間三百六十五日飽きもせず同じことをやっており

その結果として当たり前のように弱者同士はいがみ合い、政治的連帯不可能になるのだが

なぜかその因果関係を全く理解せず

「なぜ俺達は嫌われるんだ!バカばっかりだ!」と左右に分かれて喚き散らしている

しかし何も不思議なことは起きていないのである

Permalink |記事への反応(0) | 21:46

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なぜ男性の性欲に対して公的福祉サービスがないのか

近年、女性月経生理)に対する社会的理解支援が進んでいることを、非常に良いことだと感じている。

生理痛やPMS月経前症候群)による身体的・精神的な負担は、決して軽視できないものである

生理用品の無料配布、生理休暇の議論月経貧困対策など、公的民間レベルでの取り組みが増え、女性がより快適に生活できる環境が少しずつではあるが整いつつある。

これは、誰もが当たり前に享受すべき健康QOLの向上につながる、喜ばしい進展だと思う。 

 

一方で、同じように生物学的に根ざした強い生理欲求である男性の性欲」についてはどうだろうか。

男性の性欲は、主にアンドロゲンの影響で生じる自然衝動である個人差はあるが、抑えきれないほどの強さを感じる人も少なくなく、それが日常生活メンタルヘルスに影響を及ぼすケースもある。

実際、SNSインターネット掲示板では、常識を疑うような自慰行為や性体験を語る男性投稿散見される。これらすべてが望ましくないわけではなく、そうした語りが生まれる背景に、耐えがたい欲求存在しているケースがあることを示唆している。

しかし、社会全体として見てみると、男性の性欲を「つらい」「支援必要生理ニーズ」として公的に扱う仕組みは、ほとんど存在しない。

しろポルノへの規制強化、風俗産業への風当たり、性欲を公に語ることへのタブー視といった傾向が強いように感じる。

  

なぜ、このような非対称が生まれるのだろうか。

一つには、月経と性欲の「影響の性質」の違いが挙げられる。

月経基本的に本人だけの苦痛で、周囲への直接的なリスクが少ないため共感を集めやすい。

一方、性欲は行動として現れやすく、同意のない接触ハラスメントにつながる可能性があるため、「危険もの」として警戒されやすい、という側面がある。

これはおそらく正しいと思われるが、それだけでは説明しきれない部分もあると考える。

たとえば、月経によるホルモンバランスの乱れでイライラ感情の起伏が激しくなるケースは、誰しも「仕方ない」と理解しようとするだろう。

しかし、男性の性欲が強く抑えきれないときに、「仕方ない」と理解しようとする人はどれだけいるだろうか。

「性欲を抑えられないのは猿みたい」という揶揄が一部で使われることがあるが、同じ論法で「月経感情不安定になるのは猿みたい」と言うと、すぐに非難されるはずだ。

この非対称な許容度自体が、すでにダブルスタンダードを示しているように思う。もちろん、性欲が行動化して他人迷惑をかけることは、決して許されるものではない。

加害リスクを軽視するつもりは全くない。ただ、すべての男性加害者予備軍だというステレオタイプで一括りにしてしまうのも、健全議論を妨げていると思う。

人は誰しも、状況によっては加害者にも被害者にもなり得る存在である。性欲の「つらさ」を語る男性を即座に「加害者側」と決めつけるのではなく、

まずは「生理ニーズ」として理解しようとする姿勢が、もう少しあっても良いのではないだろうか。

  

支援方向性についても、少し考えてみたい。

女性生理支援が進むのは素晴らしいことであるが、男性の性欲についても、抑圧一辺倒ではなく、安全で衛生的な発散の場や、メンタルヘルス的な相談窓口を公的に整備する方向は、検討余地があると考える。

一部の国や地域では、障がい者向けに性的支援射精介助など)が福祉の枠組みで提供されている事例もあり、日本でも障がい者限定ではあるが、NPOなどが先駆的に取り組んでいる。

これを一般男性に広げるかどうかは別として、「性欲も健康の一部」として扱う視点は、増えても良いはずだと思う。

もちろん、ポルノ風俗公営化・クリーン化は、倫理的政治的ハードルが高いのも事実感染症対策労働者保護同意の徹底など、クリアすべき課題は山積みである

ただ、抑圧が逆効果になるケース(規制強化でかえって問題行動が増える事例)も指摘されている以上、単に「禁止タブー」で片付けるのではなく、科学的に・人権的にバランスを取った議論必要である。 

 

結局のところ、私が疑問に思っているのは、「どちらの生理的つらさも、できるだけ公平に扱おう」というシンプルなことである

女性月経支援が進むのは当然喜ばしい。

同時に、男性の性欲が「恥ずべきもの」「抑え込むべきもの」としてだけ扱われ続ける現状に、少し違和感を覚える人がいても、不思議ではないのではないのだろうか。

これは、男性優遇しようという話ではなく、誰もが自分の体と心を大切に生きられる社会を目指す話だ。 

 

ジェンダー平等とは、片方の苦痛だけを認めることではなく、両方を認め合うことではないか。そう思う。

Permalink |記事への反応(1) | 15:04

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anond:20260206123837

お前の考えは知らん

日本政府は着上陸侵攻対処指向しているので、海岸線防衛戦力を張り付ける

これは水上戦力へのミサイル投射分散するデコイ性質もある

そのために常備軍だけを割り当てる訳にはいかないので、早い段階で予備役招集志願兵の拡大を実施する

不足する場合徴兵も行われるだろうが、正直モタモタしてる間に致命的敗北を喫すると思います

なので徴兵は行われないでしょう

ただし戦後徴兵が開始されると思われ。

壊滅した常備軍補填国民皆兵化のために実施される

今のフィンランドみたいな国家体制になっていく

Permalink |記事への反応(0) | 14:21

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対戦ゲームやめたい

ゲームの腕は勝率で見ると真ん中~ちょい下程度

うまくない自覚はあるから格ゲーとかのタイマンはやらないんだよね

負けるのがストレスなのはわかってるから

でも複数人での対戦はやっちゃうんだよ

負けるのはストレスだけど他責出来ちゃうからやっちゃうんだろうな

昔はスイッチでスプラとかポケモンユナイトとかやってたけどスイッチファンが壊れてやめた

今はPCでDBD、ゲーセンガンダムバーサス

DBD1VS4の非対称対戦で、キラーってのはソロ他責出来ないんだけど、サバイバー側は4人チームで他責出来るからやってるんだろうな

ガンダムバーサスは2VS2で一人の働きがソロ覗いて一番大きいゲームなんだけど、勝ったら自分よくやった、負けたら相方のせいっていう糞思考

完結するから続けちゃうんだろうな

でも、他責するときって、はあつっかえ、とか、死ねよ、とか、そこはこうだろ(自分も出来ない)とか明らかに性質が悪い方向に行っちゃってるのも自覚してる

そもそも他責自体がよくないことでもあるしさ

でも勝てると楽しいからついやっちゃうんだよね

特に自分無双で勝てたときの達成がドーパミン出してるんだろうね

このままではいけないと思うがやめたいと思う気持ちもある

どうすればやめれるのかなあ

Permalink |記事への反応(0) | 11:22

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日本人男の約半数がおちこぼれy染色体もち

しってる?日本人男に存在する、大陸ではほぼ消失した特異で古いY染色体D系統(D1a2a-M55等)

まり人類発生から大陸で負けて東に逃げた果ての島で残った負け犬男の染色体なんよ

日本男の4割~5割がもってんだって

日本男が世界でも異常なロリペド隠蔽忖度陰湿でつるむ性質もちで自浄もないの、納得だわ

Permalink |記事への反応(1) | 10:49

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2026-02-05

なぜ「外国人犯罪報道国籍報道」は差別を誘発しやすいのか

人間は「目立つ少数」を過大評価する

これは心理学でかなり有名な現象です。

利用可能性ヒューリスティック

人は

👉 思い出しやす情報

を「多い」と錯覚します。

例えば:

外国人犯罪記事 → 強く印象に残る

日本人軽犯罪 → 印象に残りにくい

結果:

👉 「外国人犯罪が多い」という錯覚が起きやす

② 人は「集団」で原因を考えやす

社会心理学では:

●外集団均質性バイアス

外のグループ

👉 「みんな同じ」

に見てしまう傾向があります

例:

あの国の人は〜」

外国人は〜」

逆に自分集団

👉個人差で考える

不安があるとスケープゴートが生まれやす

これは歴史的に繰り返されています

社会が:

経済不安

将来不安

治安不安

を感じると

👉 「原因を単純化したくなる」

すると

移民

外国人

少数派

責任を背負わされやすくなります

✔ 実は日本だけの現象ではない

かなり世界共通です。

欧州

移民問題犯罪報道が政治対立の中心になる

アメリカ

人種犯罪報道は長年の社会問題

韓国

外国人労働者犯罪政治議論になりやす

✔ ただし重要バランス

ここはすごく大事です。

差別を防ぐ」ことと

犯罪問題議論する」ことは

本来別です。

両立が必要です。

👉犯罪個別事実として扱う

👉集団全体の性質一般化しない

研究的に一番危険と言われる言い方

例えば:

❌「○○国籍の人は犯罪が多い」

これは統計的にもかなり雑です。

犯罪率は通常:

年齢構成

所得水準

滞在資格

労働環境

社会統合

などで大きく変わります

日本特に起きやす理由

これは結構特徴があります

日本

👉外国人接触経験が少ない社会

です。

研究では

接触経験が少ないほど

偏見が生まれやすい傾向があります

接触仮説)

✔ 逆に偏見を減らす要因

研究でかなり一致しているのは:

個人的な交流

職場での共同作業

長期的な近所付き合い

多文化教育

です。

あなた視点はかなり健全

正直に言うと、

差別を誘発しそう」

と感じる時点で

👉情報リテラシーが高い状態

です。

Permalink |記事への反応(0) | 17:15

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anond:20260204203133

男がガチろうとしてることを邪魔するのは、基本、良くない。

だいぶ生物的な話。狩猟に行くときに、狩猟ガチろうとする性質の一端。

その旦那は、ガチる先が金銭報酬の発生する仕事ではないが、中身は同じ。

邪魔すると不機嫌になりろくなことにならない。合理的じゃないからこそ。

 

そういうガチり要素を持たなくなったヒトのオスは、休日で寝転び主婦に邪見にされるジジイのようになり、お前も魅力を感じなくなるだろう。

オスじゃなくなるということなので。

 

まあ、いっしょにどうぶつの森をしたい、共に時間を過ごしたいというお前の欲求も、

まさにそれの女版、合理的でない生物的な欲求なので

まりお互い様ってことだが。

相互妥協しあえ。週4と週3で4のほうが多いから、何か余分にお前がもらうとか。

Permalink |記事への反応(0) | 10:27

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ニュージーランド汚水処理場が壊れて海にうんこを垂れ流し始めている

ニュージーランド世界的に見れば2軍〜3軍程度の位置にいる国であり、ここしばらく不景気にあえいでいる。

政府数字ごまかしている失業率ごまかした上で5.4%と過去10年来最高の値を記録した。ここで言うごまかしというのは日本と同様に「仕事を探しているが見つけられない人」が失業率対象であり、働く気もなければ仕事も探していない人々を入れればこの数字は更に上がることになる。

https://www.rnz.co.nz/news/business/585910/unemployment-rate-highest-in-a-decade-as-it-rises-to-5-point-4-percent

そんな失業率の高まりとは恐らく無関係設備不適切な利用が原因と思われるが、ニュージランド首都であるウェリントン汚水処理場が機能を停止し、毎日凄まじい料の汚水を海に垂れ流している。

https://www.rnz.co.nz/news/national/585983/catastrophic-failure-wellington-mayor-describes-plant-s-leak-as-environmental-disaster

しかし実はこのニュースはそれほど驚くべきことではないといえば驚く人は多いのではないだろうか?

それはニュージーランドでは家畜の糞尿は垂れ流しになっており毎年河口付近は増殖した大腸菌で大変危険状態になるからだ。

これに人間排泄物が混ざるかどうかでしかないので、結局危険であることに代わりはない。

とはいえこの状況が言い訳はなく、最悪の場合伝染病を撒き散らすなどということもあるかもしれない。なぜならニュージーランド人は海辺に行くのが大好きであり、政府が汚いから泳ぐなと言っても泳ぐ不思議性質を持っている。

いくら海にうんこが垂れ流されていようと見た目がきれいなら泳ぐ、それがニュージーランド人と考えてもらっていいだろう。

そのため今後はウェリントンでは雑菌にやられた人が続出するかもしれないし、日本人が何もわからずに誘われるがままに海に言ってうんこまみれになる事態はぜひとも避けていただきたい。

彼らのうんこは目が回るほどに臭いからわかるかもしれないが。

ニュージーランドでは以前からインフラ事故が多発しており、最大都市であるオークランドでもシンクホールがそこら中に開いており、しかも修理もされずに放置されている。ニュージーランドではコーンを異常な数並べることが有名であり、小さな穴の周りを埋め尽くさんばかりにコーンが並んでいる。

まりにも大量にコーンを並べるせいで道が狭くなって運転しづらくなるが、現地の人はお構いなしにはねたり踏み潰しながら運転している。

恐らくウェリントンのサウスコーストにも異常な数のコーンが並べられているだろうから動画ネタにはなるかもしれないので興味があるなら言っても良いかもしれないが、臭さについては自己責任で言っていただきたい。

いずれにせよその界隈にはしばらくの間は近づくことは避けることをおすすめする。

汚水処理場の修理には今後数ヶ月はかかると言われており、その間進んだ海洋汚染解決するまでを考えると、その後1年位は近づけない可能性すらある。

近隣の人々はこれによって海岸で犬の散歩ができなくなったことに文句を言っているが、自分たちの出したうんこが海に垂れ流されるという凄まじい環境汚染心配する声が聞こえてこないのもやはりニュージーランドである

ただこの国は強烈ではないにせよ統制国家であるため、そういった人々の不安を煽るような報道意図的に避けられている可能性もある。

ニュージーランドに来る多くの日本人はニュージーランドという国は環境的にきれいなであるという奇妙な偏見を持っていることが多いのだが、夏の間の海は大腸菌が凄まじい勢いで繁殖しているので泳ぐことは進められていないことだけは把握しておき、決して危険な箇所で遊ばないことをおすすめする。

そういうわけでニュージーランドに来ることはおすすめしない。

Permalink |記事への反応(0) | 05:30

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2026-02-04

anond:20260204182204

これ気になってるhttps://anond.hatelabo.jp/20251102235928

しゅんきが終わった

しゅんきが終わった

ディスコードのサーバーにはその性質から、観客を「身内化」する傾向があった。

だが、あるファンに振られた後のしゅんきは、その傾向を極限まで推し進め、完全に境界を引いてしまった。

信者か、そうでないか

しゅんきがどれほど面白いことを言っても、

それを信者が「さすがしゅんき」と称賛する構造のものが、笑いを無効化している。

から見れば、それはもはやカルトだ。

しゅんきを芸人として楽しむには、内側に入るしかない。

しかし、そのためには次の二つの条件を受け入れなければならない。

しゅんきの過去スキャンダルを一切不問にすること。

しゅんき(表向きにはしゅんきの相方)に気に入られること。

この二つを超えた先にようやく内輪の笑いが待っている。

そしてその構造の中で、しゅんきは固定化された信者から小銭を回収しながら生きながらえる。

世の中によくあるビジネスモデルの一つとして完結した。

今までありがとう

昔は面白かったよ。

Permalink |記事への反応(1) |23:59

Permalink |記事への反応(1) | 18:42

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