
はてなキーワード:性別とは
はいはい、出たね。特権にまみれたオスの典型的なマンスプレイニング。読んでいるだけで脳が腐りそう。
未成年への性的搾取を「ガキの好奇心」なんて言葉で正当化する無神経さ、まさに有害な男らしさの極致ね。父親が娘にエロ同人を買い与えるなんて、女性を性的客体化する父権制的な価値観の再生産でしかない。それを真っ当に批判する女性を「嘘松」呼ばわりして精神的に追い詰めるのは、卑劣なガスライティングであり、明白なミソジニー。
あなたがやってるのは、女性たちが必死で守ろうとしているゾーニングを土足で踏みにじる行為。主張の内容じゃなく言い方を叩くトーンポリシングで議論をすり替えるな。リスクを負うサークル主への攻撃は立派な二次加害だって自覚しろ。
「身の丈に合ったエロ」?笑わせるな。結局は男の性欲を優先して、女性や子供の尊厳を無視してるだけ。自分の加害性を棚に上げて、女オタクの連帯を「異常」と叩くその姿、醜悪すぎて反吐が出る。これだからルッキズムと差別意識にまみれたオスは救えないんだよ。原罪を背負って生まれた性別を呪って、二度とフェミニズムの領域に触れるな。
https://www.mhlw.go.jp/content/001581168.pdf
日本の自殺者数は、マクロな視点で見れば減少傾向にあります。令和6年の総自殺者数は20,320人と、統計開始以降で2番目に少ない数値を記録しました。しかし、この「歴史的な低水準」という事実の陰で、依然として年間2万人もの尊い命が失われている現実に変わりはありません。特に注目すべきは、男性の自殺者数が女性の約2倍という圧倒的な性差が継続している点です。
全体的な数字が改善している一方で、性別によるリスクの偏りは鮮明です。自殺対策を「自分事」として捉えるためには、単なる総数ではなく、その背後にある「なぜ」の構造を解剖する必要があります。
全体像を把握したところで、次は「なぜ」という根本的な原因が男女でどう異なるのか、その核心に迫ります。
自殺の背景には、個人が抱える多様で複合的な問題が連鎖しています。統計上、自殺者1人につき最大4つまで原因・動機が計上されるため、以下の表の延べ件数は総数を超えますが、それこそが「悩みの複合性」を物語っています。
| 順位 | 男性の原因・動機 | 女性の原因・動機 |
| 1位 | 健康問題 (7,063件) | 健康問題 (4,966件) |
| 2位 | 経済・生活問題 (4,459件) | 家庭問題 (1,654件) |
| 3位 | 家庭問題 (2,643件) | 経済・生活問題 (633件) |
【専門的洞察:50代男性に起きている「ストレスの逆転現象」】 通常、全世代で「健康問題」が最多となりますが、50~59歳の男性層においては、「経済・生活問題(1,194件)」が「健康問題(1,188件)」を上回るという特異なデータが出ています。これは、現役世代の男性にとって、自身の体調以上に「経済的な生存」が深刻な精神的重圧となっていることを示唆しており、社会的なセーフティネットの機能不全を突く極めて重要なインサイトです。
悩みの中身が性別で異なるのと同様に、その人が社会でどのような立場(職業)にいるかによっても、リスクの現れ方は変わってきます。
職業と年齢を掛け合わせると、各ステージで個人が直面する「孤立の形」が浮き彫りになります。
ここまでは「亡くなった方」のデータを見てきましたが、実は「未遂」や「自傷」のデータにこそ、若年女性に特有の深刻なサインが隠されています。
教育デザイナーとして、私たちが最も注視すべきは「死の意図」のグラデーションです。統計では、自殺未遂(死ぬ目的で自分を傷つけた)と、自傷行為(死ぬ意図なしに自分を傷つけた)を明確に定義して区別しています。
最後に、これらの悲劇が「いつ」「どの曜日」に起きやすいのか、時間軸という観点からデータを確認しましょう。
自殺の発生は、個人の精神状態だけでなく、社会全体が刻む「時間のリズム」に強く支配されています。
統計が示唆する、周囲が警戒すべきタイミング: 「年度替わりの4月」かつ「休み明けの月曜日」は、社会的なリズムと個人のプレッシャーが最悪の形で衝突する、最大の警戒期間です。
今回のデータ分析から、私たちが学び、支援へ繋げるべき知見は以下の3点に集約されます。
統計数値は、過去の記録ではなく、今この瞬間を生きる人々を救うための「設計図」です。このインサイトを、一人ひとりの見守りと、社会制度の改善に活かしていくことが私たちの使命です。
俺もそう思うけど、依存体質の弱者女性も寄生虫並みに大概なんだよな
ここの一部の住人ってやたら男女論好きだけどさ、いい加減に個を確立しなよ
えー、日本初の女性首相という存在に、多くの人々が特別な期待を抱いていた、そのことは私はよく承知しているところであります。
それは単に「初」であるという事実ではなく、これまでとは異なる価値観、たとえば、よりリベラルであり、より普遍的な理念に基づいた政治が示されるのではないか、そうした期待であったのだろうと、こう思うのであります。
また、「戦争反対」という言葉が、性別に由来する役割、すなわち母性という枠組みによって語られるのではなく、一人の政治家として、理性と思想に基づいて語られる、その姿を望む声があったことも、自然なことであります。
しかしながら、現実の政治というものはですね、人々が思い描く理想の物語どおりには進まない。政治家は「象徴」ではなく、「現実の責任」を負う存在であります。その中で、期待と現実の間に距離が生まれることもまた、避けがたいのであります。
サッカーで言えばですね、新しい監督が就任したとき、人々はまったく新しい戦術を期待する。しかし実際には、チームの状況、対戦相手、そして勝利という責任の中で、理想だけではなく、現実的な選択がなされるのであります。
重要なのは、その現実を嘆くだけで終わるのではなく、私たち自身がどのような政治を望み、どのような社会を築いていくのかを問い続けること、その不断の営みこそが、民主主義の本質であると、私はそのように思うのであります。
どいつもこいつもシンジの献身を当たり前だと思っていて、シンジに何かを与えようとする人は一切いないところ。
シンジが徹底的なギバー側なのに、周りのテイカー具合に嫌気が刺してノイローゼになったシンジは男という性別のせいでテイカー呼ばわりまでされてしまうところ。
テイカー側のミサトやアスカやゲンドウが自分をシンジより大人だと勘違いしているところ。
アスカに至っては別に加持じゃなきゃいけない理由なんてどこにもないのにシンジに「誰でも良いんでしょ」なんて言うし、さんざん助けてもらった癖にシンジの「助けて」を蔑んだ目で突っぱねるところ。
分断が激しい時代にこそ、ユダヤ思想は深い示唆を与えてくれます。
思想が違っても、世代が違っても、国家が違っても、相手は神のかたちを宿す存在。
しかしユダヤの視点では、相手も神の像を持つ存在である以上、完全否定はできません。
ユダヤの伝統では、対立は破壊ではなく、真理を磨くための摩擦です。
アヴォットの教え 5:17「天のための論争は永続する。」
問題は「論争があること」ではなく、動機が自己栄光か、真理追求かです。
ユダヤ的助言は。自分は真理を求めているか?それとも勝ちたいだけか?
ラビたちは言います:平和は受動的ではなく、追いかけてでも作るもの。
アロン(モーセの兄)は争う二人の間に入り、双方に「相手はあなたを大切に思っている」と伝え、和解させたと伝えられています(アヴォット1:12)。
ヒレルは言いました:
SNSの議論、政治の対立、家庭内の分断、この一文だけで世界は大きく変わります。
3. 人と意見を分ける
4. 「私は間違っているかもしれない」と心に置く
5.平和を追い求める行動を一つ具体的にする
何百年にもわたる異なる意見の集積です。
つまりユダヤそのものが、「分断を抱えながら共存する文明」なのです。
ブコメで「犬を飼おう!」と気楽に書いてしまったけれど、もちろん事情によると思います。
大前提として「犬が飼いたい!」という気持ちがない人には無理です。仲間づくりのために犬を飼うのでは犬がかわいそうです。
以下、少しでも「犬が欲しいなぁ」という気持ちがある方のために、犬に救われたと思っている人間から、犬の素晴らしさの一部をお伝えさせて頂きます。
犬を飼おうとなると、まず犬の飼える家が必要です。最近は犬OKのマンションも多いですが、サイズ等制約があったりするので要注意です。また中型犬以上の犬の場合、車もあった方が良いです。
これらは面倒ですが、逆に言えば犬がいるお陰で人生に目的ができます。人間単体なら「要らないなぁ」と思っていたものも、犬のために手に入れてみると、存外良いものだったりすることがあります。
犬は猫と違ってお散歩が必要なので、必ず毎日近所を歩きます。犬の問題行動の9割は散歩不足のせいとかいう説もあるくらいで、とにかく歩いて色々経験して発散して頂きます。もちろん、犬のサイズや性格で時間は変わりますが、うちは合計3時間くらい歩いています。
独身だと無理だ!という方も多いでしょうし、実際単身で犬を飼うのは色々大変ですが、飼っている方を何人も知っていますし、不可能というほどではありません。一人、外国から単身犬連れでやってきて仕事をしている犬仲間がいて、尊敬しています。
時間的にどうしても厳しい人は、お金があるならペットシッターを雇うことを考えても良いと思います。また今は単身でも、「犬を一緒に守り育てる」という目標があれば、ひょんなことから結婚したり何らかのパートナーができる可能性もあります。自分のためや相手の人間のためだと今ひとつ腰が重いことでも、犬のためだと思うと頑張れたりするものです。
そして犬を散歩していると、同じように散歩している人と交流するようになります。自分がしたくなくても、犬同士が勝手に交流するので、人間同士も自然に話すようになります。近所に犬の集まる公園などがあれば、積極的に訪れてみましょう。最初はぎこちなくても、基本犬のことだけ話していればいいので、段々と打ち解けていきます。
犬コミュニティでは人間のことを「◯◯ちゃんパパ」「〇〇ちゃんママ」と呼びます。キモいと思うかもしれませんが、慣習なので慣れましょう。人間の名前はお互いに知らないでも問題ないし、普通です。そうしていると、「自分はあくまで犬の付属物なのだなぁ」と感じて、大変気が楽になります。自意識が薄れていきます。
人間の名前はどうでもいいですが、地域の犬たちの名前、性別、犬種、年齢、性格などを把握して、積極的に褒めましょう。相手の飼い主さんは必ず喜びます。
犬コミュニティでは年齢職業性別などはあまり関係ありません。単身男性、特に若い方は確かに数は少ないですが、ニコニコして犬好きオーラを出していれば問題ありません。
ママ友パパ友コミュの場合、年齢層などが近くなる傾向があると思いますが、犬コミュでは子どもからジジババまで本当に幅が広いです。そして互いの仕事のことなど普通は知らないし、興味もありません。そんな人間関係は大人の世界ではなかなか得難いものだと思います。
うんちをちゃんと拾うなど、当たり前のマナーを守り、お互いの犬にとって心地よい関係を保てるよう努力していれば、近すぎず遠すぎずの程よい人間関係が作れると思います。
そのうち、気の合った同士が家族ぐるみの付き合いになったり、ご飯を食べに行ったりなどもあります。わたしはやったことがありませんが、犬を連れて家族同士で一緒に旅行にいく人などもいます。
トラブルがあれば、みんなで介入したり世話したりして助け合います。うちの近所で犬脱走事例がありましたが、またたく間に情報が広がって皆で探し、すぐに捕獲することができました。わたしもハーネスを抜けて逃げてしまった犬を捕まえたことがあります。万が一犬が噛んでしまう事件などが発生した時は、噛まれた側をケアするのはもちろん、噛んでしまった側(好きで噛ませる飼い主はいません)もできれば今後とも仲良くできるよう、第三者が入って落とし所を考え、気遣った方が良いです。
うんちだけでなく、公園や道に落ちているゴミを積極的に拾うようにすると、地域の信頼も得られます。わたしたち犬飼いはうんち袋を常備している人種なので、ゴミを拾うのに向いています。また、特に誰に言われなくても、犬を飼っていると道に落ちているゴミが気になるようになります。「犬が間違って食べてしまったらどうするんだ!ポイ捨て禁止!」という気持ちがフツフツと湧いてきて、自主的に拾うようになります(わたしはなりました)。
犬を連れていないおばあちゃんや子どもにもよく話しかけてもらえます。愛想よくして話を聞きましょう。おばあちゃんは十中八九、昔飼っていた犬の話をします。傾聴しましょう。
自分から積極的に話す必要はありません。中心は犬なのですから、あなたの属性がなんであるかは重要ではありません。犬の付属物に徹するだけで、人間単体では得られなかった大きな幸せを掴むことができるでしょう。
万が一あなたが病気などになった時、あなた自身に特別な関心がない人でも、あなたの犬だけは心配してくれます。そしてあなたがいなければ犬は生きられないのだから、できるかぎりあなたをサポートするよう、考えてくれるでしょう(あなたもそうしないといけません)。
単身のお年寄りが飼っていた犬を、飼い主が亡くなった後に引き継いで飼っている家も知っています。心を込めて誰かの世話をすることが、結局は自分自身の世話になるのだと思います。
それはチーみらの発想なんよ。未来ある子供や若者のために、中高年は率先して死ねという発想。
子供に対する放射能の影響が強く叫ばれた東日本大震災の辺りからこの空気が増している。
だから#ママ戦争止めてくるわはチーみら支持層と親和性が高い。
皆婚社会だったらそれでも良かったかもしれない(それでも不妊の人はいた)。
でも今は未婚率も上がり、中高年が「子供・若い人のため」ではなく「自分のため」に声を上げるべき時代だと思う。
しお
@sodium
何より「子供・若者の未来を守りたい人」だよね。発言した方が母親だったからママという言葉になったけど、共感して後に続いた人は、性別年齢既婚未婚職業関係なく、みんな「子供・若い人の未来を守る」という立ち位置でポストしていたと思います。
女性スペース問題でトランス女性(身体の性別は男性・自認の性別は女性)がいわゆる「純女」(身体・自認ともに女性)に喧嘩を売り、憎悪の応酬になったりJKローリングまわりでゴタゴタしたりし始めたのはせいぜい2023年あたりからです。
トランスジェンダリズムとは無関係に日本共産党はガンガン得票率を減らし続けています。
日本共産党は主に高齢者が支持している政党であり、年月の経過により支持者が死亡して、若い支持者の流入がないことが原因だと考えられます。
高齢世代は高学歴者が左翼になりやすかったのですが、若くなるほど高学歴者がチームみらいか国民民主に入れる傾向ができており、ノンポリ~やや右傾化しています。
(この右傾化というのも、オールド左翼は「再度、満州事変や南京大虐殺を起こそうとしている!」になるのですが、人口減少している日本にそのような侵略の意欲はありませんし必要性もありません。人口が増えすぎて農地が足らずにハワイやブラジルや満州に人を送り込むことで餓死を防いでいた時代とは状況が全く異なります。若い人の右傾化は「ウクライナ人やウイグル人のように虐殺されたくない、香港人のように自由と民主主義を奪われたくない」という守りの右傾化です)
1996 約727万票 13.08%
2003 約459万票 7.76%
2005 約492万票 7.25%
2009 約494万票 7.03%
2012 約369万票 6.13%
2014 6,062,962票 11.37%
2017 約440万票 7.90%
2021 約416万票 7.25%
2024 336万2千票 6.16%
2026 251万9千票 4.40%
1996年衆院選で13.08%あった共産党の比例得票率が、2026年衆院選では4.40%になっています。凄い減り方です。
シンプルに、マルクス主義・ソビエト連邦を信じていた世代が死んでいっていることによる自然減が原因と考えられます。
また、有権者死亡より影響が小さいと思いますが、高学歴オールド左翼ではない共産党支持者の「れいわ新選組」への流出もあるようです。れいわと共産は消費税ゼロ、貧困層への給付、その他の生活困窮者向けのバラマキで「キャラ被り」している部分があり、比較的年齢が若くて生活困窮を理由に共産党に入れる層は、れいわでも良いので、新しそうなほうに流れた傾向があるようです。高所得者が昨年の参院選では国民民主に入れたところ今年の衆院選ではチームみらいに流れましたが、それの貧困版が共産→れいわという感じです。共産党の得票率は高学歴地域・高収入地域でもさほど低くはならないため、自分が金がないからではなく「イデオロギー」で9条・貧困者支援に入れているオールド左翼がずっと投票し続けていることが伺えます。徴兵もされない年齢層・性別です。当事者性がないので完全にイデオロギーです。れいわ・参政については高学歴地域・高収入地域で得票率が顕著に低いため、左寄り貧困層が「金くれ」でれいわに入れ、右寄り貧困層が「治安が悪化した!外国人に犯罪をされている」で参政に入れるという流れができているようです。れいわ・参政の支持層のほうが共産党よりは若いです。今後、高学歴の若者が共産党に入ってくるかというと絶望的だと思います。何のせいかというと、一番悪いのはプーチンではないでしょうか。
本節では「性別を問わず、その国の国民と結婚してから帰化申請までの年数が短い国」をリストアップする。
第1位:スペイン(最短1年)
条件はスペイン国民と結婚後、1年間の合法居住+基礎的なスペイン語能力+犯歴なし
条件はブラジル国民と結婚後、1年間の合法居住+基礎的なポルトガル語能力
第3位:メキシコ(最短2年)
条件はメキシコ国民と結婚後、2年間の合法居住+基礎的なスペイン語能力
条件はイタリア国民と結婚後、イタリア国内に2年間合法居住、または海外居住の場合
………………………………………
なんつーか、日本が無理だからって理由で国外脱出までは勝手にすりゃーいいけどよ、
これは俺のお気持ちでしかないけど、結婚観も腐ってるなぁ、と思うし
そこまでして人生で何をしたいの?
いい歳した大人がさぁ、ただ逃げ惑うだけで、
何かあったら国を捨てて逃げるけどね!
って実績のある人間が…乞食証明の済んだ人間がそうそう歓迎されるかね?外国で
日本とは違って素晴らしき海外だと、左翼みたいな無責任な人間も暮らしやすいって…それ妄想じゃない?
知らんけどさ
定期的に考える。
先に記しておきますがこれはただ自分の考えを書き散らして発散したい目的が主であり、何か大々的に議論をしたいとかそういう意図はございません。
じゃあそれこそチラシの裏にでも書いておけよって感じではありますが、ここに書いてみたくなったということでご容赦いただきたい。
あと似たような境遇の方がもしおられましたら、どのようにしているのか教えて頂けたら嬉しいなという気持ちもあります。
自分は女性として生まれて女性として違和感なく生活していますが、服装や髪型の趣味が男性的というか。
かわいいより格好良くなりたい、服をスラッと着たいので胸は普段から平らになるような下着を身に付け、美容室で参考に持って行く写真は男性モデルばかり。おまけに身長が高めで足もかなり大きいのを良いことに靴は冠婚葬祭用のパンプス以外が全てメンズ、服も半分以上がメンズでまかなっています。メンズ向け商品でしか探さないわけではなく好みのものを集めたらこうなっていただけでわざわざ異性装をしようと思ってしているつもりはありませんが結果的にぱっと見で性別が分かりにくくなってしまっている現状です。
自分の事をよく知っている友人や同僚たちは「あなたはちゃんと女性だよ」と言ってくれますが、通りすがりの人には分かりません。
風俗の無料案内所のキャッチに声を掛けられたり、旅行先で話した人に男の子だと思った!と言われたり。大抵の事は紛らわしくてすみません…で済みますが、トイレや温泉となると申し訳なさが倍増です。
向こうも申し訳なさそうに「失礼ですが女性の方…?」と聞いてこられる方、出会い頭に「は!?」と叫ばれる方、自分の姿を見て入口の表示を確認しに戻る方、女子トイレに入ろうとしたら背後から「女の子なのー!?」と叫ぶ子供とそれを窘めつつも「いや、でも…?」といった反応をされる保護者の方……本当に何度も、数え切れない人数の女性を一瞬でも不安にさせてしまったと今となっては反省しています。自分も自分のような外見の人間が女性専用エリアにいたらちょっとびっくりするかもしれないので彼女たちの気持ちは大いに分かるつもりです。昨今のトランス女性が女子トイレを使用云々の話題も相まって、強く警戒されるのも仕方がないと思っています。
そういった反省と共感を積み重ねて、現在は人が並んでいる女子トイレには入らなくなりました。今自分がやっているのは出来る限り外出先ではトイレに入らないようにすること(長時間外出しない、我慢する)、入る場合は飲食店などにある男女の区別がないトイレやコンビニの男女共用トイレを優先して、それらに入れない状況だったら空いている女子トイレか多目的トイレを1分以内に出るつもりで手早く済ませています。もちろん身も心も女性なので男子トイレを利用する選択肢は当たり前にナシです。温浴施設は友人が一緒に居る時のみ、1人では行かなくなりました。
これらの行動でストレスがないと言えば嘘になりますが、そもそも自分が紛らわしい格好をしているのが悪い、それが嫌なら髪を伸ばして一目で女性と分かる服装をすればいいのにその選択をしない自分が悪いと思っているので甘んじていますがそもそもこの対策も正解か分からないし。1分以内で出るとはいえ、タイミング悪く本当に多目的トイレしか利用できない方を少しでも待たせてしまったりしたら?空いている女子トイレに性別の分かりにくい人がいる方がたまたま鉢合わせる女性としては怖いのでは?やっぱり私が好き勝手な格好しなければ良くない?
どうするのが一番誰も嫌な思いをしないんだろうな。
今これ以上1人で考えても堂々巡りな感じがするし、他にやる事をやらないといけないのでこれで一旦おしまいとします。
現代ビジネスにオランダ・ユトレヒト大学哲学・宗教学部准教授が書いた記事だが、まずタイトルだけでも頭おかしいと伝わると思う。
トランス女性がレズビアンのシス女性に向けた「やり場のない性欲」…股間に伸ばした手に「性器への愛撫」を不可能にさせる「木綿の天井」
嫌がるレズの股間に手を伸ばし(性犯罪)性器への愛撫をさせてくれない(同意を得てないなら当たり前)木綿の天井(女の出世を阻むガラスの天井をパクってトランス女性が作った言葉、パンツの木綿が邪魔でレズビアンとセックスできないという意味)
本文は更に頭おかしい
「ガラスの天井」という言い回しを聞いたことがある人は少なくないだろう。本当の意味での権力や影響力のある地位の一歩手前にはガラスの天井があって、多くの女性はその目に見えない天井に阻まれる。
では、時間のほとんどをオンラインで過ごしている少数の人々以外で、「木綿の天井」という言葉を知っている人がどれだけいるだろうか?この言葉はトランス女性がレズビアンのシス女性〔訳注:身体的な性別が心の性と一致している女性〕に惹かれたときに経験する困難を表現している。
シス女性レズビアンの多くはトランス女性を真正かつ完全な女性とはみなさない—性的な感情はそれほど単純に割り切れるものではないので、実際のところはどうかわからないが、少なくとも彼女らはそう主張する。
そのため、トランス女性がシス女性レズビアンと親密になって股間に手を伸ばしても、下着という木綿の天井に阻まれてそこから前に進むことが許されない。こうして、進歩的な人々の多くは、自分の性欲が中途半端にしか受け入れられず、ときには政治的信念に左右されることを、身をもって学ぶのである。
だがこの言葉には、当事者でなくても理解できるほどの痛み、失望、恥辱が含まれている。それに理解を示さないのは、下品かつ愚かな態度だ。
下品かつ愚かなのは嫌がるレズに性欲向けて、ガラスの天井パクってパンツの天井とか言葉作ってる男たろ。
トランス女性当事者がカマレズ無理ー女がいいの!とか言ってるのには何で差別と噛みつかないの。
何が受難だ。
その当時困ったことがあって、風呂場に入ってると弟が風呂場を開けてくるのだ
全裸で、リラックスしてる時にいきなりガチャと開けられるのがとにかく苦痛で仕方なかった
それまではわりかし関係が良好だった兄弟仲は壊滅的に悪くなった
そのことを親に何度か伝えた気がする、黙ってる性格ではなかったので
両親がなんて答えたかは分からないが、親は取り合わず何も対策を打たなかった
なぜ風呂場に入ってる時に開けられるのかも今に至っても不明なままだ
そのうちに弟が近づくだけで精神的に辛くなり、一緒にご飯を取らなくなり自室がなかったため、父の部屋に引き篭もるようになった
問題が、父の部屋はトイレの真横で弟がトイレ使う時に必然的に近づくと言うことた
詳細は忘れたが、弟がトイレに使おうと父の部屋に近づくと追い返してたらしい
悪意があった訳ではないと思う、悪意があったら覚えてるから
増田が風呂場を開けられる苦痛を訴えても無視してた両親は、弟のトイレ事情という〝それ〟に対して親はいよいよ問題視して、ようやくトイレが2箇所あり部屋が家族分ある家に引っ越ししたが、すでにその頃はかなり成長していた
時が遅かった
時は流れ現在、母親に「増田はあの頃荒れててね、弟を虐める悪い姉だった」と言われ
「あの時弟に風呂場開けられるの嫌って言ったじゃん!何も対策してくれなかったよね?」と言い返すと
青天の霹靂のようかのような反応された後に
「それは悪かったねぇ!!」と謝罪にもなってない逆ギレをされた
今の増田だったらどうするか
この文を考えてる間にXで「女はオーバーに表現しないと男は女の言うことを汲み取らない(意訳)」というポストを見かけた、ほーと思った
確かに増田は弟を殴って「風呂場開けんな!!」と叫んだり、部屋や風呂場を壊して自分が辛いことをアピールしなかった
気に食わない人間を刺して自己主張する性別と、無視してれば自然と黙る(我慢)性別、どちらの話を聞くかと言うと前者なんだよな
女性専用車両じゃくて痴漢された女性は駅員や通り下りの男を刺して主張しない
増田の望みはそれだけです
(寝る前なので乱文失礼)
これがボーイ・ミーツ・ガールで、「女の子に一目ぼれした男の子が頑張りまくる話」だったら全員が一瞬で理解できて「分からない」「ついていけない」みたいなもめごとの発生のしようがないんだよ。
ガール・ミーツ・ガールで、女の子に女の子が惚れ込んで両想いになってお互いに頑張りまくる話だったので、いわゆる恋愛の型、あるべきボーイ・ミーツ・ガールにハマってないから共感も理解もできない。
真っ直ぐな男女恋愛がポリコレ圧力によって書きづらくなってる面もあるとは思うんだよね。男の子が女の子に恋をして女の子のために頑張りまくる話だったら、弱者男性からもLGBTQ+アライ界隈からも叩かれるでしょ?
女性同士の恋愛と、あと男性同士だったらブロマンスみたいなやつって、ポリコレの界隈から叩かれにくいんだよ。だから叩かれにくい形で恋愛物語を思いっきりやってみせている。
これ男女でやっていたらアライ界隈から「またロマンティック・ラブ・イデオロギー。過去の遺物。ジェンダー圧力」みたいに言われて叩かれていたところだと思う。
しかし、ギリギリ分かる感じがしたのが「超かぐや姫!」までだなって思う。私の場合。ボーイ・ミーツ・ガールじゃなくガール・ミーツ・ガールだからついていけなかった意味不明だったという人と、
男女の恋愛はポリコレ違反として叩きまくるクィア系の人たちの間の、まあ穏やかにいきましょうや系の部類に私が在籍していて、まあ両方の言ってることが分かる感じになる。
これが、「身体男性・外科的手術もホルモン治療もしておらず・自認性別は女性・性指向は女性に向いており・レズビアンを自称・女湯利用を要求・noteにレポート掲載」みたいなクィアになってくると、
私も拒絶する。自分が「マイノリティ差別者」になって、普通に「気持ち悪い、無理」と感じる側になるとは…。
「超かぐや姫!」をレズビアンのラブストーリーとして理解し、お互いに頑張る対等な物語として描こうとした、そしてポリコレだけしか要素がないクソつまらない説教作品ではなく超エンタメとして仕上げたところまでは称賛する。
でも、自分が受容・賞賛できるクィア、セクマイのナラティブはここまでが限界だなと思った。それより進むと、エプスタインのお仲間、JKローリング袋叩きにしていて今イギリスで梯子外されてる人たちだな、と思う。