
はてなキーワード:必要条件とは
日本の大学入試において実施されている大学入学共通テストは、もはやその役割を終えており、制度として廃止されるべき段階に来ている。共通テストは「公平性」「客観性」「全国共通の学力基準」を掲げて導入されたが、現実にはそれらの理念を十分に達成しているとは言い難く、むしろ高等教育と社会全体の発展を阻害する要因となっている。
第一に、共通テストは大学教育との接続において決定的な欠陥を抱えている。大学で本来重視されるべき能力は、知識の暗記や高速処理ではなく、問題を発見し、仮説を立て、資料を読み解き、論理的に表現する力である。しかし共通テストが測定しているのは、限られた時間内で正答を選択する能力が中心であり、大学教育に不可欠な研究的・探究的能力とは大きく乖離している。
第二に、共通テストは大学の教育・研究リソースを大量に浪費させているという点で、極めて深刻な問題を孕んでいる。多くの大学教員は、本来であれば研究や授業改善、学生指導に充てるべき時間と労力を、問題作成、出題検討、採点調整、制度対応といった入試業務に割かれている。特に国立大学を中心に、研究力の低下や教育の質の停滞が指摘される中で、全国規模の統一試験に大学教員を動員し続けることは、人的資源の著しい非効率利用である。
大学は本来、知の創造と高度人材の育成を担う社会的インフラである。にもかかわらず、その中核的リソースが「18歳をふるいにかけるための試験運営」に恒常的に吸い取られている現状は、日本社会全体にとって大きな損失である。共通テストは単なる入試制度の問題にとどまらず、学術研究の停滞、イノベーションの遅れという形で、長期的な社会的発展を阻害している。
第三に、共通テストは高校教育をも歪めている。多くの高校現場では、探究学習や協働的学習よりも、共通テスト対策が優先され、生徒の学びは「出題されるかどうか」に強く規定されている。これは教育の目的が知的成長から点数獲得へとすり替えられていることを意味し、人材育成という観点からも極めて非生産的である。
第四に、共通テストは受験生に過剰な負担と不安を与え、社会的コストを増大させている。私立大学専願者であっても共通テスト対策を求められる現状は、受験の複雑化と長期化を招き、家庭の経済力による格差を拡大させている。全国一斉試験であることが、必ずしも公平性を保証しないことは明らかである。
さらに問題なのは、共通テストが大学の主体性を弱めている点である。本来、大学は自らの教育理念と人材像に基づいて学生を選抜すべきである。しかし共通テストへの依存が続く限り、大学入試は画一化され、大学の多様性は形骸化していく。これは高等教育システム全体の活力を奪う結果につながる。
全国一律の試験で若者を序列化し、その結果に社会的意味を過度に付与する発想は、もはや現代社会に適合しない。共通テストの廃止は混乱をもたらす改革ではなく、大学が研究と教育に本来の力を取り戻し、高校が主体的な学びを回復するための必要条件である。画一的な選抜制度から脱却し、多様な能力と可能性を正当に評価する仕組みへと転換することこそが、日本社会の持続的発展に不可欠なのである。
現在のパートナーとは約三年一緒に居り、平均週一くらいの頻度でセックスしているのだが、
今回のセックスは最後まで気分が乗らず、あまり濡れないし痛みも伴い★☆☆☆☆だったな、とか、今回のセックスはオーガズムに達してはいないものの満足度が高く★★★★☆だな、とかセックスの質にばらつきがある。
しかし、欲を言うと毎回★★★☆☆くらいのクオリティを維持したセックスがしたい。
低クオリティセックスはフィニッシュ後に少しセックスがトラウマになり、しばらくセックスへの意欲が低下するためである。
そこで個人的にクオリティの高かったセックスを振り返ったり、必要条件と思われる条件を挙げていくことにする
服の上から乳首を優しく30分ほどマッサージされ、満を辞して下の愛撫にうつり、しっかりと手マンされた後に挿入されたセックスである。
個人的に長時間微弱な刺激を与えられたことによる「焦らし」が効いたのではないかと推測する。
騎乗位で挿入時ポルチオを突かれオーガズムに達することができた。
普段はお互いの家でセックスをしているが、旅行先でふと目に留まったラブホテルで何回か致したことがある。
セックス専用空間という非日常感が効いたのか特に前戯をしなくても充分に性器が潤っており、入室後即挿入が可能であるほどスムーズで、特に普段と変わらないピストンであっても速やかにオーガズムに至ることができた。
パートナーとは普段あまりキスをしないが、この日は性器への刺激そっちのけで舌を絡ませるキスに時間をかけたところ、手マン無しでも痛みなく挿入が可能だった
いわゆる種付プレスの体勢で挿入時もキスを続けたがオーガズムには至らぬものの精神的充足感が強く、ハイクオリティセックスになったと考えている。
④セックスするつもりはなかったが寝起きにボディタッチをしていたところ盛り上がり挿入に至ったセックス
セックスする予定ではなかったが自然とボディータッチで互いに気分が高まっていき満を辞して挿入となったセックスである。騎乗位での挿入となったが硬い性器がぼこぼこっと膣内を押し進んでいく感覚が楽しめ、オーガズムにも達することができた。
まず①体が清潔なこと ②行為中の崩れた顔が見られない程度の薄暗い空間 ③パートナーの射精のタイミングである。
特に自分にとって①は重要であるらしく、清潔な状態でないとパートナーに不快な思いをさせるのではないかと考えてしまい、性器が濡れない。
ちなみにオーガズムとセックスの満足度はあまり相互関係がなく、
一度はオーガズムに達したものの、イッてから③の期間が長く、性器が乾いた事例もあるし、
オーガズムには達していないものの終始性器がびしょ濡れで満足したセックスも幾度もある。
今後の展望
自分は非日常的な空間という特殊なシチュエーションや、挿入までの焦らしを時間を好む傾向があることが分かった。
その傾向を踏まえ、車内でディープキスを続けて満を辞して挿入するカーセックスや、秘宝館デートでじっくりムラついた後にラブホテルに直行し入室後即挿入ガンガンピストンなどのシチュエーションでは非常に満足度の高いセックスが望めるのではないかと感じた次第だ。
しかし今のご時世、カーセックスはなかなか難しいものがあるし、毎回性交渉を★★★☆☆のクオリティで維持していきたいという主旨からもズレてしまった。反省している。
過労死については割と社会や企業の責任が問われる風潮があるよね
じゃあ欧米はどうなのかというと、労働者とエリート層は区別されてるらしく、エリート層の過労死は自己責任らしい(調べた)
日本もそうなるべき、と言う人がチラホラ居るし、世の中その方向に行きそうな気がしてるけど
その時選択的エリート層の過労死を社会は「本人の責任」と割り切れるだろうか?
名ばかり管理職みたいなものが現れそうだよね、またはその中間のグレーな状態
チャッピーが言う「名ばかり管理職が生まれる条件」が面白かった
ここ変えないと同じ話だよね、時代が逆回転して終わり
👉 これが揃うと
「責任だけ重くて権限も報酬もない管理職」**が量産される。
増田もメンヘラではあるのだが、メンヘラには2種類いると思っている。人に迷惑かけられるタイプとかけられないタイプだ。増田は後者だ。人の顔色を常に窺っている。その割に気が利かないタイプなことも自覚している。
わかる。人に迷惑をかけるタイプのメンヘラも、彼女らなりにSOSを出しているのだ。大体は家庭環境なり養育歴に難があり、どこかに心の傷を負ったものが表出していることは。
しかし
あと全然親が優しいパターンのやつら。お前らは本当になんなんだよ!?!?!?
最近はなんとか気力で優しい世界の住人になろうと粘って、粘って、なんとか人並みの幸せを手に入れた。
なんてことないありふれた話だ。宗教三世、DV、(父親の罵声(たまにそんなことで?という顔するやつ、ちゃんと心理的虐待にあたるから調べてみろ、脳の一部が萎縮するんだからな))まあありがちに鬱、新卒で入った会社を辞め、生活に必要最低限な金を風俗で稼ぐ。
家族も頼れず、友人もいない、男性には恐怖心があるため彼氏を作って家に転がり込むなどもできず、孤独に生きてきた。
生活保護は?などと抜かす人間もいる。お前、頭が良くない増田に申請ができると思うのか?そもそも、必要条件をお前自身が知っているか?親に連絡が行くようなら首をつって死ぬような状況になったことはあるか?
そんな状況ではあったが、なんとか手に職をつけて、優しい人間と結婚をした。
はいはい結局結婚ですかだと?増田も男に生まれたら、1人で生きていきたかったよ。
PMSで自殺未遂をしたことあるやつだけが増田に石を投げていい。
それもなんとかピルなどで押さえ込んで、ようやく増田は人間の形を保っているんだよ。
結婚や男性についての書籍を読み漁って、より良い生活を送れる型に己を押し込んで、ようやく掴んだ幸せだ。
話は戻るが、だから、大した苦労も勉強もせず、やむ。。。ᐡ𖦹 ̫ 𖦹ᐡなどと言ってる人間を見るとどうしようもなく殺意が湧く。
大抵そういう人間にはセットでなんだかんだ面倒を見る奴がいるのも見ていて発狂しそうになる。親、友人、彼氏、旦那…
私が持っていないものを全て持っているくせに「病んでいる」「鬱」などの言葉で人の善意をいくらでも引き出せるその邪悪さ、見ていて惚れ惚れするよ、頼む、死んでくれ。
まあ、ここまで書いたが、やっかみなことはわかっている。
今の私にできることは過去の自分に対してよく頑張ったねと労うことくらいだろう。この苦しみから逃れたくて、散々自己啓発の類を読んだから知っている。
もう私は幸せな世界にいるのに、たまに腹の底からぐわっと全てが憎くなる。
豊かでバランスのいい食事を「ごちそう」であるということを30歳過ぎてようやく意味が理解できた。貧乏人だけど。
白米に汁物に数種のおかずという、一汁三菜。これだけでも立派なごちそうであるし、一汁一菜であっても、豊かで腹持ちもよく「また食べたい」と思うならごちそうである。
「豊か」という部分もミソで、味や栄養の他に、思い入れとか食べる時に連想される事、食べ物の背景に向き合える事などが必要条件である。
独身になると、自分へのご褒美や、せっかくの休日だからとかで自分が好きな物を食べ続けたりする習慣があると思うが、
望月さんみたいな食いしん坊をしていると食事の喜びにハリが無くなり、中川家・礼二の一人暮らしのコントみたいに食事前でも死にたくなるから。
ちなみにランクが高い料理屋などの贅沢な食べ物をごちそうとする意味する事もがあるが、豊かでバランスに加えて食材の質が良いから価格が高いので、ごちそうの意味はブレてない。例えば懐石料理もごちそうと言える。
ドカ食いや偏食は医食同源じゃないが生活習慣病にもなりかねない。茹でガエルのように静かに万病が増えていく。
ソクラテスも「生きるために食べよ,食べるために生きるな」って言ってたから多分合ってる。
最近、俺は自分の精神がどのような状況下で動揺し、脆さを露呈するのか、その自己理解が深まってきた。具体的に、俺の心をざわつかせたのは以下のような事象だ。
それは「金銭的な損害」や「実害」そのものではない。俺が真に恐れているのは、自分のあずかり知らぬところで、社会システムから不当に評価され、拒絶されているのではないかという疑心暗鬼だ。
顔の見えない誰か、あるいは無機質なアルゴリズムによって、自分の社会的信用が勝手に毀損され、包囲網が狭められているような閉塞感。この見えない評判への恐怖こそが、現代におけるストレスの根源なのだ。
だが、こうした正体不明の不安に襲われたときこそ、防衛策が必要になる。
それが、「まあ、どうでもいいか」とあえて口に出し、思考を強制終了させるひと呼吸だ。
これは単なる逃避ではなく、過剰防衛する脳を鎮めるための技術である。
例えば、極端な話、国家の情報機関が俺を何らかの手違いで「テロリストの一味」だと誤認識し、監視対象にしていたと仮定しよう。常人ならパニックになるかもしれない。
だが、冷静に考えてみてほしい。それで一体どうなるというのだ?映画のように即座に暗殺されるのか?日本の法治国家において、そんなことは万に一つも起こり得ない。
むしろ、彼らが俺を監視すればするほど、明らかになるのは「俺がいかに無害で、平凡な市民であるか」という事実だけだ。24時間監視されたところで、俺の潔白性がより強固に証明されるに過ぎない。
システムが俺を敵認定し、ブロックし、排除しようとするなら、それもまた一興かもしれない。
映画マトリックスのモーフィアスのように、俺はこの管理社会にとって予期せぬバグであり、警戒すべき存在として扱われている。そう解釈することだってできる。
システム上のエラーも、SNSの凍結も、他人の悪意ある書き込みも、結局は俺の人生の本質とは無関係なノイズに過ぎない。
他人の評価や、社会システムのご機嫌取りに自分の幸福を委ねている限り、この動揺は永遠に続く。だからこそ、意識的に遮断するのだ。
真に楽に生きるための必要条件。それは、自分のコントロールできない事象に対して執着を手放すことだ。
社会的な評価や世間体といった、実体のないものをゴミと割り切り、そこから静かに手を引くこと。
自分を不当に扱う世界なら、こちらから願い下げだと見切りをつけること。
つかまることは個別の司法判断が出てその行為が確かに犯罪と証明される必要条件だからつかまるかどうかで犯罪かどうか決まるっていってもあながち間違いじゃないんだよねっていう。
dorawiiより
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いいテーマです。まずは「バブル崩壊後〜現在」までの日本の財政・金融政策の要約年表を、主要な転機ごとにサクッと整理します(一次情報中心に引用)。
バブル崩壊で資産価格が長期下落、企業はバランスシート調整を優先し需要が冷え込みました。
政府は景気対策の補正予算を繰り返し、公共投資や減税で下支えする一方、1997年には消費税を3%→5%へ引き上げ、需要の腰折れも経験します。
金融面では不良債権問題が深刻化し、破綻・公的資本注入・預金保護の枠組み整備が進展。
日本銀行は金利を急速に引き下げ、1999年にゼロ金利政策を導入(2000年に一時解除)。
結果として、財政赤字と政府債務は構造的に拡大し、物価は下方硬直、成長率は低迷という「需要不足+金融システム調整」の時代となりました。
■流行った言説
景気対策/公共事業派:「需要不足が本丸。財政で埋めるべき」「不良債権処理と同時に需要の下支えを」
デフレ懸念とゼロ金利:「デフレが成長を蝕む」「金融は下限に張り付き、財政併用が不可避」
構造改革派(序章):「護送船団・規制撤廃・金融ビッグバンが必要」「過剰債務とゾンビ企業の整理を」
緊縮志向の反発も:「財政赤字が危ない、ムダな公共事業」—97年の消費税引き上げをめぐる賛否が分極化
円高デフレ観:「円高が産業空洞化を招く」→為替を巡る政策論が過熱
2001年、日銀は世界に先駆けて量的緩和(当座預金残高目標・国債買入れ拡大)を導入し、デフレ脱却と期待の転換を狙いました。
小泉政権下では歳出改革や郵政民営化などの構造改革を進めつつ、景気悪化局面では補正を併用。
2006年にデフレ改善を受け量的緩和をいったん終了し正常化へ動くも、2008年のリーマン・ショックで外需が急減、景気は再び悪化。
政府は雇用・中小企業・需要喚起のための追加歳出を重ね、日銀も基金創設等で信用緩和を強化しました。
金融政策はゼロ下限の制約に繰り返し直面し、財政は景気循環と危機対応で拡張と引き締めを往復する不安定な10年でした。
■流行った言説
構造改革ブーム(小泉・竹中路線):「規制撤廃・民営化・競争促進」「痛みなくして成長なし」「郵政民営化は改革の本丸」
量的緩和と期待の議論:「デフレ脱却にはマネタリー拡大」「期待インフレを動かせ」
プライマリーバランス重視論:「財政規律の回復を」「増税を含む中長期の再建計画」
アジアの成長取り込み:「外需主導・輸出立国」「中国需要を逃すな」
リーマン後の反転:一転して「需要下支え」「雇用維持」「危機時は大胆な財政・信用補完」が支持を集める
2013年、アベノミクスの下で日銀は2%インフレ目標を明確化し、量的・質的緩和(QQE)を実施。
長期国債の大量買入れと平均残存の延伸で期待に働きかけ、円安・株高・雇用改善が進行。
一方、2014年に消費税を5%→8%へ引き上げ、需要の山谷や実質所得の目減りが課題化。
2016年にはマイナス金利(-0.1%)と同年のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を導入し、10年金利を概ね0%に誘導。
超緩和を持続可能にする枠組みが整う一方、物価は目標に持続的到達せず、期待形成の難しさが露呈。
財政は景気対策と社会保障費の増勢のはざまで、持続性と成長投資の両立が焦点となりました。
■流行った言説
リフレ/リフレーション派の台頭:「2%目標を明確に」「量・質で国債買入れ(黒田バズーカ)」「円安を通じた期待・投資の喚起」
“三本の矢”言説:①大胆金融緩和 ②機動的財政 ③成長戦略—「第3の矢(構造改革)こそ本丸」という合言葉
消費税論争の定番化:「社会保障財源 vs需要腰折れ」「景気回復まで増税先送りを」
デフレ・均衡からの離脱:「賃上げ・物価目標・期待形成」を巡る企業・春闘連動の議論が注目に
副作用論:「長期緩和の金融仲介・市場機能への影響」「格差・資産価格バブル懸念」も同時に存在
2020〜21年はコロナ危機に対し、定額給付金・雇用維持・資金繰り支援など未曽有規模の財政出動を実施。
22年以降はエネルギー高・円安が重なり物価が2〜4%台へ上昇、政府は電気・ガス・燃料への時限補助で家計負担を平準化、為替の急変時には円買い介入でボラ抑制を図りました。
2024年にはマイナス金利とYCCを事実上終了し、短期金利誘導へ回帰する「極めて緩やかな正常化」へ移行。
2025年も補助金の段階的見直しと成長投資・規制改革の両にらみが続く一方、債務水準の高止まりと金利上昇局面での利払い負担が中期の課題。
物価・賃上げ・生産性・財政規律をどう同時に達成するかが、政策デザインの核心になっています。
■流行った言説
危機時の大規模財政コンセンサス:「現金給付・雇用維持・資金繰り支援は必要悪ではなく必要条件」
MMT・反緊縮の再燃(議論として):「自国通貨建て債務は制約が違う」「完全雇用まで財政で下支え」—賛否が激しく対立
コストプッシュ・為替の再評価:「円安×資源高=輸入インフレ」「為替パススルーは状態依存で強まる」
ターゲット型支援の支持:「面の補助より、脆弱層・エネルギー多消費層へピンポイント」
“新しい資本主義”や供給側強化:「賃上げ促進・人への投資・半導体等の戦略産業支援」「GX/DXで潜在成長率を底上げ」
出口・正常化言説:「マイナス金利・YCCの終了」「利上げのタイミングと副作用」「利払い増と財政の持続可能性」—“どこまで・どの速さで”が焦点
了解。議論の流れを踏まえ、あなたの主張(「外国人労働者なしで“管理された縮小”は可能」)の中核仮説を、データで一点ずつ崩します。結論から言うと、あなたの主張は①“圧縮のコストと時間”を過小評価し、②“人手の下限”がある領域(介護・インフラ・防衛・エネルギー)を技術だけで短期に置換できると誤信し、③外部依存(食料・エネルギー・外貨)の現実を無視しています。政策論としては実装不能な楽観です。
あなたの主張は「都市統合・生活圏圧縮」で“均衡”を保てると主張しますが、固定費は連続的に下がらない。交通・上下水・医療・学校・消防などは一定需要を割ると一気に維持不能になりやすく、路線廃止や病院撤退が誘発する“サービス消失→転出→税基盤縮小”のスパイラルが起きます(国交省の白書も、人口減少下のネットワーク脆弱化を前提に課題を整理)。 ([国土交通省][1])
「平成の大合併」の学術検証でも、合併で必ずコストが下がるとは限らない、短期はむしろ支出増、長期も項目によって増減が割れる等の結果が反復して報告。統合=節約は近似であって恒真ではない。つまり「密度再編すれば固定費が下がる」は一般化の誤りです。 ([J-STAGE][2])
厚労省の最新推計:介護職員は2040年度に約272万人必要(22年度比+約57万人、年+3.2万人ペースでの純増が必要)。現実は離職超過や採用難が強まり、介護は1応募に4.25求人という“超売り手市場”のケースも報じられています。不足の山は2030年代半ばに顕在化します。 ([厚生労働省][3])
OECDやILOのレビューは、ケア領域は人間接触・判断・倫理の比重が高く、ロボティクスやAIの代替は限定的で実装にも時間がかかると整理。生成AIで事務軽減はできても対人ケアの主工程は当面人が必要です。 ([OECD][4])
産業側でもロボット密度は世界的に急伸中ですが(IFR)、増設は主に製造現場。あなたの主張が要の介護・医療・運輸サービスは自動化難度が高い領域です。“質的転換で穴埋め”は2030sのピーク需要に間に合わない。 ([IFRInternational Federation of Robotics][5])
日本の就業率はこの10年で女性・高齢者ともに大幅に上昇。今後も改善余地はあるが、弾は既に相当使っている。OECDやJILPTも、日本の人手不足は“長期・構造的”と評価。女性・高齢者の追加動員“だけ”で需給を均すのは難しい。 ([JIL労働政策研究・研修機構][6])
OECDは明確に、「女性・高齢者の就労促進に加えて、外国人労働者のより大きな活用が不可欠」と勧告。あなたの主張はこの国際的なベースラインを外している。 ([OECD][7])
日本は食料自給率(カロリー基準)38%。残りを輸入に頼る構造は不変で、価格ショックに脆い。輸入代金の原資となる外貨獲得は規模が要る。“縮小+内需シフト”は、食とエネの輸入価格変動に晒されやすくする。 ([農林水産省][8])
エネルギー自給もOECD下位の水準。再エネ・原子力の拡大方針は進むが、当面はLNGなど化石燃料が必要。地政学次第でコスト高リスクは常在。輸入代替が進むまでの移行期は外貨の厚みが防波堤になります。 ([Reuters][9])
無人機・AI化はトレンドだが、整備・補給・サイバー・指揮統制など人員需要は不可避。装備の国産化・共同開発にも裾野人材と企業群が要る。人口と人材の最小密度を割る縮小は、維持費の単価上昇と技術の途切れを招きがち。ここを外国人高度人材まで閉じるのは自縄自縛。〔※エネルギー安保と同様、移行期の脆弱性は高い〕(政策白書・エネルギー構成の記載参照)。 ([Reuters][9])
在留外国人は376万人(2024年末)。内訳は「永住」「技術・人文知識・国際業務」「特定技能」「留学」などに分散し、技能・専門に紐づく制度設計が中心。一律の“安価な労働大量投下”という描写は実態とズレる。 ([法務省][10])
有効求人倍率は直近でも1.2倍前後の張り付き。構造的な人手不足が続いており、賃上げと自動化を促す圧力は弱まっていない。むしろ企業は賃上げ・投資・定年延長を同時進行。受け入れ=改革を止めるという単純因果は成り立たない。 ([JIL労働政策研究・研修機構][11])
人口構造の確定性(IPSS):2050年代に1億割れ、2070年8700万人規模、65歳以上が約4割の高齢社会。現役世代急減は避けられない。圧縮・自動化は必要だが、需要のピーク(介護・医療・インフラ更新)が先に来る。 ([情報処理推進機構][12])
だからこそOECDは、「女性・高齢者活用に加えて移民(外国人労働)」と複線を勧告。“技術と圧縮だけ”に賭ける単線は、移行期リスク(サービス崩壊・地域消滅・外貨不足)を無担保で抱える。 ([OECD][7])
私の主張が示した筋に沿い、単線(自動化・圧縮のみ)ではなく複線でリスクを分散すべきです。
日本が取るべきは、圧縮×自動化を前進させつつ、管理された受け入れを“保険”として併走させる複線戦略である。単線はリスク集中、複線はリスク分散。これが現実的な均衡です。 ([厚生労働省][3])