
はてなキーワード:強請りとは
よりイカれた砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないみたいなサイコシスターフッドサスペンス映画だった、63点。
ガタイが良くてイカつい顔をした主人公は小柄でかわいいイズミとひょんなことから仲良くなる。二人でキャッキャウフフしてるまになんかいい感じになるんだけど、そこからイズミがヤンデレ化しどんどん様子がおかしくなっていく。そしてそれがマックス高まったとき、地獄のふたが開く。
みたいな感じの映画。
増田の民として作中に✋(👁👅👁)🤚 シーンがあることについてまず述べておく必要があるだろう。
守護と拘束、自己と他己みたいなアンビバレンツさを扱った作品だと思ったかな。
冒頭、幼き日の主人公がリードもつけずに犬の散歩をしていると犬がいなくなってしまうシーンから始まり、後に車に轢かれて死んだことがわかる。その後も、鳥籠に閉じ込められたインコを飼い、学校ではたった一人の生物部員として水槽に閉じ込められた金魚を飼っている。
彼女は弱きものを拘束して守護することで自分を確立していて、そこにイズミという拘束癖のあるヤンデレ小動物が入ってくる。
印象的なシーンとして生理痛に苦しむ主人公にイズミが三陰交圧痛をかけ、列海王が悶絶するシーン(混線する記憶)。しかしその後、生理痛が治まることとなるわけで、イズミが主人公に対して「痛みを与えて」「安らぎをくれる」存在なんだろうなって百合スキーとしてちょっとキュンとした。
また小道具から照明に至るまで、主人公が青でイズミが赤と明確に描き分けられている。しかしイズミからの主人個の生活への侵略が進んだ際には主人公のペディキュアが赤に塗られて、最後にイズミの呪縛から逃れてからは今度は青いペディキュアが塗られるなど芸も細かい。
また主人公は金魚には金次郎(金太郎だったかも)、インコにはチュン太と男の名前を付けており、イズミはそのことに異常な嫉妬心を抱いている描写が多い。イズミが明日一緒に帰れる?と主人公に問い、主人公が金次郎の世話があるからと断ると、翌日には水槽を破壊し金次郎を殺害してしまう。これ砂糖菓子で見たやつや~ってなった。
その後、チュン太まで強請り取られた主人公は精神の状態がおかしくなっていく。
で、まぁその後、イズミが担任教師の弱みを握って付き合ってたり、イズミが行方不明になってたいじめっ子のクラスメイトを拉致監禁していたりしたことがわかって、最終的にイズミは担任教師を殺害しいじめっ子も殺害、そこに居合わせた主人公に襲い掛かってくる。
ところで急に冒頭にちょっと出てた全然知らん女と、また別の全然知らん男が現れこれまでの話が殺人罪で起訴された主人公の接見中の供述であったことが分かり、主人公はその後、イズミを返り討ちに合わせていたことがわかり、弁護士が頑張って主人公は無罪に。日常に戻るのであった。
と思いきや、前半での印象的なシーン。鏡を見ていたイズミが目が赤くなっているのを見かけて動揺し鏡をぶち割り「自分を守るための嘘、あんたの武器でしょ」と語り掛ける場面が、裁判後に今度は主人公がまったく同じシーンを繰り返しその後「自分を守るのは自分だけ」と付け加える。
こうなると裁判前までのイズミと主人公のあれこれがすべて主人公の供述だったことで、どこまでが本当でどこまでが嘘か急に分からなくなってくる。主人公の裁判も「イズミ」「教師」の死亡だけで「いじめっ子」については新聞記事にも載っていない。死んだと語られていたチュン太も籠の外でどうやら生きているようだ。
さて、ここからは俺の解釈になるんだけど、教師と付き合っていたのはイズミではなく主人公だと思う。これは「男」を拘束して守護する(弱みをバラさない)ことに執着していたのは主人公だから。教師を呼び込んでからのシーンでイズミは煙草をふかしているが、作中で喫煙癖があるのは主人公の方だし。
そうなるといじめっ子を監禁したのは誰かという話になるがもしかしたらこっちはイズミの仕業かもしれない。女性に対して加虐性と拘束性を発揮しているのはイズミなので。そして2人のサイコパスが揃った結果、教師がいじめっ子に性的に襲い掛かりそれを発見した主人公が教師を殺害、それを見られていじめっ子も殺害しチュン太の代わりに埋めて、イズミも殺害した。とするのが一番俺の中ではしっくり来たかな。
もしくはもう一歩踏み込んで、"イズミ"はそもそも存在しなかった。新聞に出ていた死んだクラスメイトと教師というのは「いじめっ子」と「教師」だった可能性。だがだとしたら最後のシーンでまだいじめっ子の捜索願のポスターが残っているのはややおかしいか。
そしてすべて終わって「あたしを守れるのはあたしだけ」と付け加えたときには主人公の目は青くなっていて電線に止まるチュン太が映し出される。イズミという拘束してくるけど安らぎをくれる飼い主様を自分の中に取り込んで自由になった主人公は、エンドロール後に元々の自分の席に座る女の子をじっと見つめている。その女の子の形態にはかつて自分がイズミからもらってつけていた南京錠のストラップがついている。
ここも「元々主人公がイズミだった」としてもある程度成立するように作られているようにも思える。
そんな感じで常に2つのモチーフを対比しながらもいかにも考察がはかどるように考えて作られていて、この人なかなか腕があるなと感心してしまった。とはいえ、やりすぎてふわふわしてて具体的に結局どういう話やったん?っておさまりの悪いところもあるので個人的にはもっとちゃんとわかるほうが好み。
インディーズ作品らしいけど、前に見た傀儡よりはちゃんとエンタメに振って作られていたかなって印象。
主人公とイズミのコンビは役者の妙もあって見ていて飽きないし、それぞれリアリティをもって演じられていてこの2人のキャイキャイを見るためだけに百合スキーは見てもいいと思う。まぁ最後にはおかしなことになるんやけど。そんなこんなでインディーズ好きと百合スキーにはわりとオススメ。
まあフェミニズムに限らずポリコレ系はインナーサークル作って就職やらビジネスを有利にする(今の時代は企業は正しいポリコレをしないと淘汰されます、それを知っているのは我々です、他業種の人とも一緒にSDGsなどで繋がれます、といったもの。それが理工系のような技術を持たない人文系大卒・院卒が社会で優位性を持つ数少ない手段だった。)ためのものだから、どのみちインナーサークルに入れそうにない低学歴の女性がフェミニズムに良い印象を持たないのは当然かと。恩恵がないどころか、強請り犯や談合企業にやられるかのように、自分たちの社会的利得までインナーサークルに吸われてしまっている可能性もあるからね。
「ようよう」白髪交じりの生え際、すこし強請りて、狩られたオヤジの仰ぐ空、細くたなびくそうめんあり。
締める氷は皿なり。つゆもなお、飛沫の多く飛び散りたる。
タラの芽天、一つ二つつまみて、鼻の頭ひかりたるも、おかし。そばボーロも、お菓子。
馬も肥えんと我が腹いと丸うなりたるに、二桁台へ戻らんとて、一食二食抜きたるも、微動だにせずあわれなり。
ましてこの太き麺、低糖質なれど、いと高きGI値ゆえ、脂肪と成りはてて、ヤバきこと言うべきにあらず。
雪の肩に積もりたるは言うべきにあらず、息のいと白きも、またサラリと前髪撫でる気色も、我モテ渡るに付き付きし。
それほど洋ロックについて興味もないゆとり世代だが、スリラーのMVくらいは見たことがあるし、ムーンウォークの練習もしたことがある。
しかし、ちゃんと彼について調べたことはなく、今さっきたまたまwikiを読んでいて誤解していたことがたくさんあった。
・どうやら児童虐待はしてなかったらしい
うっすら子供の頃のニュースで、マイケルが男児に性的虐待をしたというので大騒ぎしていた。
自分も幼かったし、今以上にマイケルに興味もなかったのでその後どうなったのか知らなかったが、
どうやら真相は児童の父親が虚偽の証言をさせて大金を強請り取ろうとしていたらしい。
自宅に「ネバーランド」とかいう遊園地を作っていたという話もあり(これは事実)、
遊園地をエサに子供を集めていたずらしていたというイメージがついてしまっていた。
マイケルといえば、その音楽性と同じくらい話題だったのが容姿の話題だった。
マイケルは黒人なのに、整形によって肌は白く、鼻が高く、白人のような見た目にしたのだとメディアでは認識されていた気がする。
しかし、整形は元々は怪我や火傷によるもので、整形の回数も「鼻が2回、顎が1回」とのことでイメージほど整形しまくってるわけではなかった。
また、肌が白くなったのは整形ではなく病気によるものだとのこと。マイケルは黒人であることに誇りを持っていたらしく、白人になりたがっていなかった。
ほとんど神格化されていたレベルのミュージシャンなので、人間性に問題があっても不思議じゃないか、くらいに勝手に思っていたが、
自分がマイケルに対して持っていたネガティブなイメージのほとんどすべてがメディアによるでっち上げだったみたいだ。
今でも特にマイケルのファンというわけではないが、自分と同じように間違ったイメージで認識している人も多いと思うので、
彼の名誉のためにここに共有しておく。どうやら、普通にいい人だったっぽいよ、マイケル。
Permalink |記事への反応(10) | 15:32
ある人(勤め始めて5年以上は経つ)が私の所属している部署に異動してくるという、一見なんでもない辞令だった。
なぜなら、彼はもう3部署も飛ばされている、言わば問題児だったからだ。
研修も終わり、配属先が決定した当日、伝説となる発言を放ったのだ。
弊社では障害者雇用も行っているため、そういった方々も多少は採用されている。
しかし、クローズで正社員雇用をすり抜けた挙句、雇用が本決定した途端に告白し、開口一番こちらからのフォローを求める発達障害者は初めてのケースだった。
障害者雇用であれば先例があるためこちらも動きやすいし、せめて面接時に「発達障害だ」と告白してくれれば、部署内で多少の受け皿を用意しておくぐらいは出来たのに。
これでは発達障害を言い訳にしているとしか思えないし、発達障害に適した環境を用意することも出来ない。
面接時に必ず申告しなければならないとも定められていない。
という訳で、同じ部署の方々は何も抵抗できず、この発達障害の方(以降Aさんとする)のフォローに奔走することになる。
話はとんで1年後。
Aさんの異動が発表された。
そのまた2年後。
またAさんの異動が発表された。
その間にも、あらゆる部署からAさんの噂は絶えず流れ込んできた。
ここまで特定の人物の多種多様な噂話を聞くのは初めてで、何も知らないながらも大変そうだ、といった印象は受けていた。
そう、この時の私は印象を受けていただけ。
何も分かっていなかった。
そして遂に、私の所属する部署にAさんが異動してくることになったのだ。
ちなみに勤務年数で言うと、Aさんは私の先輩にあたる。
が、この部署での勤務年数で言えば、勿論私の方が長くなる。
そのため、私を含め部署内全員でAさんと指導をすることとなった。
もう一度言う。私はAさんをナメていた。
実際に共に仕事をすると、今までの人達はこんな人と付き合いながら仕事をしていたのかとあまりの大変さに敬服した。
例えば仕事を教える時。メモ1つとっても、以下のような症状が見られるのだ。
・メモを取らない
・とったメモを無くす
・メモが見つかっても内容がぐちゃぐちゃすぎて参考にもならない
これでは迂闊に仕事も任せられない。
1つの仕事を任せる度、1人がAさんについて、1つ1つ懇切丁寧に教えていく。
健常者の新人とは違って、そのままの意味で任せる度に教えなければならないのだ。
つまり、Aさんが仕事をする度もう1人の労働力が無くなることになる。
だがAさんの厄介さはそれだけに留まらない。
・優先順位をつけられない
・凹みはするが反省ができない
・PDCAサイクルを回せない
・人の助言・アドバイスを受け入れられない
これらはいずれも、我々が指摘・注意した際に「発達障害なので…」と言い訳された言動の一部だ。
特に厄介なのが、「人の助言・アドバイスを受け入れられない」だ。
こちらがどれだけ優しく
「どこまで分かってるかな?すり合わせしてみよう」
「褒めて伸ばして欲しい」
「なんで皆いじめるんだ」
と暴れ馬になってしまうのだ。
こりゃ大変だと、様々な対策も打ってみた。
Aさん専用のマニュアルを作ったり、不文律を手順書に明言したり、仕事を同時に複数個与えないよう配慮したり、進捗を定期的に確認したり…それはもういろいろだ。
マニュアルより思い込み優先で動いたり、手順書の存在を忘れたり、やるべき事ではなくやりたいことを優先させてしまったり、進捗を確認しても「出来てます」と虚偽の報告をされる。
勿論そんな人には本当に簡単な仕事(もはや仕事とも呼べないレベルだが)しか任せられない。
いや実際にはコピーや掃除などの仕事すら満足に回せていない状態なのだが…
そんな状況でも、我々は諦めなかった。
閑散期には彼にもう一度仕事を教え直したり、誰かとグループを組んで共に仕事をしたり、打てる手は打っているつもりだった。
しかし、我々が耐えているのと同時に彼も我慢していたのだろう。遂にこう騒ぎ出した。
「なぜ仲間はずれにするんだ」
「なぜ皆自分を育てようとしてくれないんだ」
…恐ろしいことに、彼は自分は仕事ができる、もっと仕事を任せてもらえて当然だと思い込んでいたのだ。
ここまで来て、全員が彼を諦めた。もうお手上げなのだ。
今まで働いてきて人にネガティブな感情も抱いたことも無かったし、むしろいい人ばかりだ。
表には出さないが、もう、誰もAさんの話をまともに聞かない。
しかし既に何かを察したのか、もうAさんに確認をもらったり、助言を求めたり、仕事の説明をしてもらったりすることが無くなった。
悲しい話だ。しかしそれはそうだろう。
こちらがどれだけ寄り添ってももっともっとと強請り、自分は何も与えないどころか足を引っ張るのみ。
その癖自己愛や自己評価は高く、傷つきやすく、現実とのギャップを埋められるだけの能力もなければ、改善策も実行しない、考えることもしない。
そんなAさんの傍若無人っぷりは今も健在だ。
皆耐えている。社会人でいたいから、加害者になりたくないから、解雇する権利がないから。
なぜ我慢するのか?
発達障害者の面倒を見るために、重い体を引き摺って通勤している訳では無い。
我々はママでも介護士でも先生でもなければ、会社は学校でも就職支援センターでもない。
発達障害者の面倒を請け負って仕事を倍こなしても、給料も上がらなければ手当も出ない。
寧ろ、自分たちの1/5も仕事をしていない人間と同じ給料で働かされていると思うと、怒りすら湧いてくる。
もはや、Aさんを起点に部署全体がどんどん悪い方へ向かっているのだ。
分かっている。この状況はAさんにも我々のためにもならない。
もうAさんには直接言うべきだろう。
やりたいことと出来ることは違うと。
だってそんな簡単なことすら、発達障害者は分からないらしいのだ。
彼さえやめれば元の職場に戻るのに…と、心がどす黒いもので埋まっていく感覚は、何とも言い表せない不快感がある。
そして痛々しい位に、苛つく自分自身への自責の念と、怒りの感情の葛藤で追い込まれる。
もう耐えられないと。
私は同士であり、友人でもあった彼女を止めることなどできなかった。
Aさんが異動してきてから、私は嫌という程思い知った。
発達障害は甘くないと。
発達障害者と共にやっていけないという声が上がる度、その内容や考え方に怒る「発達障害擁護派」はちまたに溢れかえる。
お恥ずかしい話、私も当初は「発達障害者も平等に仕事が与えられるべき」と軽く考えていた。
だが今なら断言出来る。彼らは発達障害者のサポート・フォローに苦労した経験がないのだ。
こういった人達は、総じて私と立場が変わった瞬間に掌を返すだろう。
きっと誰だってこうなる。なぜなら人間は聖人じゃないのだから。
そもそも、同じ給料を貰う以上、極端に効率が悪い人がいると不満が出るのは自然な事だ。
特に私のケースでは、正社員として雇用された上で発達障害者のフォローを求めるところがそもそもおかしかったのだ。
健常者と働きたいなら、健常者と同じように雇われたなら、健常者と同じ効率や働きぶりを求められるのは当たり前だ。
勿論、ここで述べたような人間とは違う、もっとまともに働いていらっしゃる発達障害者の方もいらっしゃるのだろう。
そういった必死に努力している方の事は応援したいし、能力を適切な場所で発揮してもらいたいとも思う。
「勉強不足だ」
「悪気はないんだから許してあげて」
と叩かれることが往々にしてある。
そもそも、片方のみに負担を強いるその精神に異議を唱えたい。もはや異常だ。
これらの何がおかしいのかも分からないお花畑っぷりに、グロテスクさを感じる。
健常者だからという理由だけで、我々の人生がイージーモードだと思っているのだろうか?
なぜ健常者が理解を深めなければならないのか?
支援は当然だという声には、こういった反抗心すら覚える。
誰かに足を引っ張られた時に、無限に、穏便に手を差し伸べられるほどの余裕は無いのだ。
こう言ってはなんだが、生産性がマイナスの人間は働かずに生きれるよう、福祉をもっと充実させるべきだと思う。
普通の仕事をしなくても生活できるように社会的な補助が必要だ。
もしくは、フォローする人には別途手当を与えたり、給料を増額したりといった、メリットがあると思わせる程度の手当が必要になるだろう。
そちらの方が、発達障害者に取っても、我々にとっても、お互い適度な距離をとって友好的に接することができるのではないだろうか。
労働という効率や生産性を求められる場から離れれば、我々はもっと上手い付き合い方ができるのではないだろうか。
どうか、どうか。
我々を助けていただけないだろうか。
加害者になどなりたくはない、そして被害者にもなりたくないのだ。
https://archive.ph/2022.08.26-152931/https://note.com/tender_tulip463/n/n6bfa6436ae65
入学してすぐにアルバイト始めたけど、具体的な金額はボカすが、1000円程度の時給のために働くのが面倒になった。
親には小遣い貰ったけど、すぐなくなってしまう。2万も貰ってたのに、すぐ使い切って「もっと欲しい」と親に強請りそうになる自分が嫌になった。
服も買えて、サークルも飲み会も人並みに活動できるうえ、時間があるから1年生のときよりも真面目になったし、資格取得のための勉強もできるようになった。
って会社の同期に奨学金の使い方を話したら、嫌な顔された。アルバイトしろよって言われた。
いやいや良い使い方だって。
社会人数年で一括返済できる貯金はできたけど、奨学金制度にマジで感謝してるから利子つけて返すために、あえて毎月支払い続けてた。
知らん顔し続けてたファンとNHKとソニーに対してはこれが普通の反応だからわかった?というお気持ち
あと、
Back in the 1990s, whenhisstarwasstillon therise, thenow 52-year-old Oyamada, in interviews with localmusic magazines, recalled how he would, among other things, force a mentally-disabled boy toeathis own feces and masturbate in front of other students.
(地元の音楽雑誌のインタビューで、知的障害のある少年に排泄物を食べさせたり、他の生徒の前で自慰行為をしたりしたことなどを語っていた。)
anond:20210718233928anond:20210718234504anond:20210719020302anond:20210719022059
別に不治の病という訳ではないのだが、治療がなかなか進まず辛いので、心の糧にしたい。
・ギョウザ
・レバニラ炒め
・豚キムチ
・コロッケ
・親戚のオバサンから貰った、自分の財力では買えない良い牛肉(※冷凍保存済み)
・地元のお気に入りの店で出している、ハッシュドソースのハンバーグ
・鮎の塩焼き
でも本当は、何でも良い。妻と一緒に食べられれば。
俺を差し置いて自分だけ美味しいものを食べることは出来ないと、頑張って我慢している妻に我慢させたくないんだ。自分の分は食べていいよと言うのに、言うことを聞かない。
本当は食いしん坊のくせに、無理しやがって。
一緒にご飯を食べる時は、いつも俺のものを「一口ちょうだい」とお強請りして横取りするくせに、無理しやがって。
治ったら、一緒に食べような。
褒められたいと嘆く人が一定数居る。
自分の作品を「こんな絵なんて誰も評価しないでしょ」と自虐と共に発信する。
または、「私なんて~」と自分を卑下し、「そんなことないよ!」以降褒め言葉を要求してくるような人。
そんな人に対して褒めたところで、
「褒めてもらえた!」なんて認識しない。
そりゃそうだよね。褒めて欲しいと強請り、褒めてもらえただけだし。
そして挙句、「私は一度も人から褒めてもらったことがない!!」と言う始末。
そういったネガティブなことを言わない人であっても
「褒められるのは嫌い」「褒め方が悪いんだから自分を振り返れグズ」など内心思っていたりするからな。
よほどの事が無い限り、褒めるなんてしないほうがマシ。
ほめる学校でテストの点が上がったとか色々あった気もするが、「日本人には無理」だ。
残念だったなお前ら。
そんな大げさな話でもないけど。
無駄に長いし読みづらいよ。
私は友達が少ない。
長期休み明けなどで「友達とライブに行った」「恋人と旅行に行った」など数少ない友人が話ているときに、私は相槌を打ちながらも少し羨んでいた。
そもそも自分が人ごみが極度に苦手・乗り物酔いしやすく酔い止め薬を飲みすぎて効かなくなった・敷布団と掛布団が違うと安眠できない…という旅行というか人付き合いに全く向いていない体質なのと、人と壁を作る性格なのが原因なので、それを人のせいとは思わないし、自分でももう慣れた。
それでも、羨ましいという感情が多少生まれてしまうことはしかたがない。
私の友達は、私がそういう体質であることを知っているから、気を使ったが故に誘わないという心理も理解している。
そこで卑屈になって気を遣われることも面倒なので、基本的にはぼっち・恋人いない=年齢を自分の軽い持ちネタのように扱って喋っている。
そんな中、最近友達の友達といった感じで知り合った人と、なんとなく馬が合い何度か会って話すようになった。
趣味の話ばかりしていたけれど、大学の同学年ということもあってプライベートな世間話も多少するようになった。
いつものように私は重くならない程度の軽め重めのぼっちネタを多少使いつつ談笑する。
相手(仮称:A氏)の話を聞く限り、A氏は恋人がいて友達もそこそこにいるという、人とのコミュニケーションを平均程度にとっている普通の人だった。
A氏は、私の軽め重めのぼっちネタに様々な反応を示しつつも笑顔だった。
私の家族はとりたてたエピソードがあるほど仲がいいわけではないけれど、決して悪いことはない。私と父に関しては、ほんの少し過剰なくらい仲が良かったかもしれない。
なので、そんな話をだらだらと話した。その時も基本的にA氏は笑って聞いていた。
そして2人で会って喋って5回目くらいの時、A氏が切り出した
「自分とこはもうほんとびっくりするくらい仲悪くてさー。家族で外食なんて行ったことない。ていうか中学くらいからは挨拶だって怪しいくらいだった」
「大体家だと親とか兄弟が喧嘩してるからうるさいからずーっとヘッドフォンつけて生活してたんだ」
「大学だって行かせてもらえそうになかったけど、中学の時からずーっと説得して何とか学費全額自分で払うってことでOK貰ったんだ」
驚いた。友達の旅行や恋人との出来事をあんなに楽しそうに話していたA氏が、自分の家族不仲の話を卑屈に顔を歪めて喋っていた。人との談笑としてではなく、自分の鬱憤を晴らすかのようにとめどなく。
多分、私がA氏の地雷を踏んでしまったんだと思う。A氏の地雷は他人の家族仲の良い話だったのかもしれない。
私は本当に驚いた。
大体、ネット上で炎上するのは恋人関係のネタだと感じていた。つい先ほども、男性恐怖症だった女性が男性の恋人ができてそのラブラブな思い出を日記のようにしてSNSに投稿していたということが炎上していたらしい。
家族みんなが仲いいというエピソードを絵や漫画にして炎上したなんてことは、私は聞いたことが無い。
でも、それは私が聞いたことがない、あるいは見えていなかったというだけの話で、家族仲がいいという話を聞いてフラストレーションが溜まっている人間だって数多くいるはずだ。
別にだからといって、自分の恋人仲や家族仲の話をする時は相手に気をつかえ!とは思わない。そんなのは私の勝手だし、やめてほしければ下からお願いすればいいと思う。
ただ、順風満帆に生きているように見えても家族の話をつつくと一気にニートみたいに卑屈な笑みを浮かべる人がいるということを、自分の目の前で見て「あぁ、本当にあるんだなぁ」と思った。
個人的には、恋人や友達が多いなら家族仲とかどうでもよくないかと思う。
でもその後A氏と話してみたら、A氏は、「他の人は知らないけど、自分はいくら他人と仲良くしてたって満たされない。肉親と仲良くできないから盆にも正月にも帰りづらいし、親戚はうちの一家を煙たがってるし、それでも小さい頃怪我したとき本気で心配してくれた時のことは覚えてるし…」
まぁA氏は私とは真逆で、いくら恋人や友達がいようと家族仲が悪いんだったら意味がない、という考え方をもっているらしい。
結局のところ、簡単な結論 ないモノ強請り 隣の芝生は青く見える それだけ。
まぁ、個性が個性がとか叫ばれる現代社会で価値観の相違というはなしはよく流れてくるけど、それが身をもって目の前で発声してびっくりしたって話です。