Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「平成」を含む日記RSS

はてなキーワード:平成とは

次の25件>

2026-02-07

名古屋出身サイゼ割り勘厨見たことないけどいないの?

家計調査喫茶代」支出名古屋市1位岐阜市3位

2026年2月6日午後6時18分

去年1年間の1世帯あたりの「喫茶代」の支出額が発表され、「モーニング文化」が盛んな名古屋市は1位、岐阜市は3位でした。

岐阜市は、2024年の調査より順位を2つ上げました。

総務省は6日都道府県庁所在地と、政令指定都市で行った家計調査の結果を発表しました。

それによりますと、去年1年間に2人以上の世帯コーヒー軽食など喫茶店で使ったトータルの金額喫茶代」は、

岐阜市は1万5355円で全国で3位となりました。

▼1位は名古屋市の2万276円

▼2位は東京23区の1万8823円でした。

飲み物の料金だけでトーストなどが提供される「モーニング文化」が盛んな岐阜市は、2020年から4年連続で1位でしたが、2024年の調査では5位となっていました。

2024年と比べて2025年の支出額は2000円近く増えていて、岐阜県喫茶組合によりますと、前回の調査のあと、県や市のイベントなどでモーニングサービスのPRなどを行っていたということで、喫茶店の利用者の来店回数が増え、金額の増加につながったのではないか分析しています

喫茶組合牧野義春副理事長は、「2024年は5位でがっかりしていたので、今回、3位になってうれしいです。4年連続で1位を獲得した実績があるので、『岐阜喫茶だ』と、大都市に負けないように頑張りたい」と話していました。

引用元https://news.web.nhk/newsweb/na/nb-3000046627

名古屋に割り勘連呼アンフェが少ない理由考察してみた

喫茶文化根付いていて、男女ともに喫茶店好き

よく言われるのが「男は喫茶店とか知らないから!!」だが、名古屋にはコメダがある

低価格喫茶店もあり、増田にも行きつけがある

聞いた限りでは名古屋サイゼ割り勘連呼基地外を見たことない(名古屋出身のネームドアンフェいたら教えてくれ)

しか普通基地外結構いる印象(納税者を煽る生活保護アカウントを調べたら中区住みだったとか)

物価が安く賃金が高い(工場が多く、男の働き口が多い)

名古屋愛知)がよく言われるのが賃金物価バランスがいいこと

賃金が多く貰えるから女に対して奢ったりいい店に連れて行くことにも抵抗感ないのかもしれない

ちなみに福祉関係も手厚い

(健常者も含む)減税、低所得者へのばら撒き、障害者にも医療費補助などがあり、結構出費が浮く

・見栄っ張りな名古屋気質プライドが高い)

よく言われるのが「名古屋人は見栄っ張り」だということ

女に対して割り勘だと見栄を張らないか自然と奢るんだろうか?

価値観が少し古い

これもよく言われるのだが、男女問わず価値観が少し古いと言われている

女のファッション平成のままなど

その割にはさす九並みの人権侵害は聞かない

また親しい相手にはかなり打ち解け面倒見がいいらしい…(検索して調べた)

愛知の中でも西三河はさす九に近いと言われるから愛知としては一括りできないとは補足しておく

さてどうだろうか

Permalink |記事への反応(1) | 19:52

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260207033544

アメリカ戦争してたら属国意識のある首相自衛隊派遣させるしアメリカ大統領がやべーやつだとそれは当然実行されるって歴史上の事実20年も経てば忘れ去られるってこと

平成出来事だけどな

Permalink |記事への反応(0) | 03:48

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-05

最近、公の場で自分旦那奥さん名前を呼ぶ人すごく減ったな

ほぼゼロに近いんじゃないか

平成までは普通に「〇〇美はやく」とか「〇〇男さんは?」とかスーパーとかフードコートデカい声でしゃべってる人いたよ

なんだろなこの変化は

Permalink |記事への反応(2) | 19:17

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260205001130

平成一桁時代から百万回言われている「未来なのに携帯電話持ってないwww」に次いで、令和では「誰も電子タバコ吸ってない」でツッコめる

Permalink |記事への反応(1) | 00:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-04

anond:20260204161236

昭和時代に働いたことがある年齢で結婚適齢期だった人は今最低でも60歳。

はてなユーザーの大半は60歳未満だろうから平成と令和しか大人として体験していない。

はてなユーザーが昔のほうが酷かったという時、その「昔」は平成のことだと思われる。

多くのブクマカが昔のほうが酷かったといっているので、平成も子無しに厳しかったんじゃないかな。

Permalink |記事への反応(0) | 21:19

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260204161236

体感ではこんな感じ



一つ言っておきたいのは、ポリコレやらリベラリズムやらで表だって言うのが憚られるようになっただけであって

すべての既婚子持ちが内心「独身子無しって人間性問題あるよね」と心から思ってること自体はずっと変わっていないぞ

Permalink |記事への反応(2) | 18:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

平成から抜け出せない

音楽はずっとZARD

ゲームドラクエFF


映画マトリックスパイレーツオブカリビアン

いつになったら令和に行けるんだ

Permalink |記事への反応(3) | 10:52

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-03

anond:20260203140959

現代において悪口と、軽口というか勝手に嫌味と取られることの違いが似てきているようになっている。

悪口ってのは、例えば公の場で"この種無し野郎"と言ったり、"あの行き遅れが今日もさ~"ということを指すと思っていて

こういう、平成初期まで許されていたことが、公の場で慎まれるようになったのは良いことのように思う。

こういう言葉は、ふとした瞬間出てしまうので匿名の場でも控えた方が賢明だ。(自戒を込めて)

他方で、例えば一度も海外旅行に行った経験のない人間に対して、"え、一度も飛行機乗ったことが無いの?珍しいね"

ということが悪口か否かというケースが問題だ。

あるいは、複数人海外旅行の話になり、お嬢様学生時代経験したヨーロッパ周遊の話をすることに対して、

"何それ自慢?一度も飛行機に乗ったことない私への嫌味?"と思わせてしまうようなことだ。

正直な話、ついていけないので嫌な気分になるので勝手フェードアウトするのは、どうぞご勝手に、だ。

が、それを陰口で、○○ちゃんさ~自慢多くて嫌になっちゃうよね。いじめよう!おー!

となるのが公立中学校戦後から変わらない姿であって、だからこそ特に金持ちの家の女子お嬢様学校にぶち込むわけだ。

えー○○ちゃんすごいね、どんなところに行ったの?私も将来行きたいな、頑張ろうとなる人間のみ周囲にいてほしいわけで

それは今も昔も変わらないのだけれど、そういうお金持ちと、素直で気持ちのいい人間けが生き残っていけるのが都会なわけだ。

卑屈になって、勝手に嫌味を言われたのだと感じ、それを陰口で叩く(周囲の人間だけでなくSNSで言うのも一緒)人間に居場所はないわけ。

これこそがお金持ちが貧乏人の相手をしなくなる、いわゆる縦の旅行が無くなってしまうことの原因なのだ

現代においては、人々はかわいそうランキングの上位を目指し、勝手に卑屈になって金持ちはイジっていいという勘違いがまん延しているので

例えば政治家たかだか千万裏金狂喜乱舞して叩いて回る。

そうなればますます縦の旅行が減り、分断が進む。

しろ貧乏人こそ、お金持ちをおだて、称賛し、祭り上げて、気持ちよくなってもらって現状を知ってもらう態度が必要だ。

いまのように、お金持ちに対してすり寄って、おだてあげて、お金預かりますね~wと言って殺害するような態度ではいけない。

お金持ちの思想文化を分けてもらってそれを活かし次代に繋げるような気持ちで付き合っていく必要がある。

ゴマを擦れという話でもない。あくどい連中はどんどん通報すればよい。

富の偏在が分断を生んでいるのではない。

富の偏在を許さな社会の狭量さが、お金持ちが積極的にそうではない人々と付き合うのは危険だと思わせてしまっていることに気づいた方がよい。

Permalink |記事への反応(1) | 17:00

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

テープパンチャで紙テープパンチして、プログラムを組んでた世代って、私たちぐらいが最後かしら。

工場では平成以降でも普通にありそうだけども。

私たちのちょい上になると、スイッチをパチパチON/OFFで2進数入力してた世代だしなあ。

Permalink |記事への反応(0) | 14:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260203043413

トランプって平成から大統領だったの?

Permalink |記事への反応(0) | 04:36

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

育児精神疾患になるレベル苦痛行為

だいたいの親が育児幸せを味わっているし

育児100%苦しい行為なのかと言われたらそうではない

でも、現代育児は親が精神疾患になるレベル苦痛行為になってしまった

2010年代あたりと

現代育児では、常識が変わってしまった

東村アキコママはテンパリスト漫画ママ友に「しつけのために子供のお尻を噛む」という方法を教えてもらって、東村アキコも息子のおしりを噛むシーンがあるが

令和ではありえない

2010年代でも、まだ会話もできない2〜3歳児にしつけのために手をあげる親というのは存在している

平成初期〜中期でも、親は子供をなぐっても蹴っても怒鳴っても良かったのである

正直、子供に親が言葉を使って論理的にしつけをすることなく拳でなぐって

しつけをしたことになると言うのなら

それは親にとって楽過ぎると思う

昔の親は、2〜3歳くらいの子を親の監視なしで外で遊ばせたり、5歳児におつかいを頼んだり

体罰やり放題だったりむちゃくちゃやってる

昔の親というのは、あんまり子供に気をつかわなくてもよかったし

育児のために自分脳みそを使わなくてもよかったので

現代よりも楽だったのである

現代育児はとにかく子供ファースト子供に気を使う

体罰絶対ダメだし

ラン活したり、子供ボンドロを買うために親が奔走したり

とにかく我が子の幸せのために親が尽くさなければいけなくて大変なのである

昔の親は親が幸せになるために子供を都合よく使っていた

探偵ナイトスクープ大家族炎上してたけど

あんなの2010年代までは当たり前だった

現代は親のほうが我が子の幸せのためにとにかく消耗させられる 

親の時間も親のお金も、親の精神力も、我が子のために使う時代である

これを幸せだと感じる親もいれば、苦痛に感じる親もいる

ぶっちゃけ世の中、子供を作ってはみたけれど、自分の子供のこと好きじゃないですという親はたくさんいる

我が子のことが好きじゃないタイプの親は18年間、親も、子供の方も色々耐えなきゃいけないのでお互いに苦痛である

昔の親は子供が親の気に入らないことをすれば、ボコボコ子供を殴ることでなんとかやってきた

でも、現代の親はそうはできない。我が子のためにひたすら親は消耗する生活をさせられる。精神疾患になるレベル

結局、我が子を愛することができれば、育児苦痛でも18年経てば終わるので親は幸せになれるが

我が子を愛することができなかった親は、現代精神疾患になるレベルのつらい育児苦痛をとことん味わい、地獄に落ちるのである

Permalink |記事への反応(1) | 01:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-02

渋谷駅前とかにいる学生さんですか〜?って声かけしてくるキャッチ

あれ、何の勧誘

多分コロナくらいの頃からずっといるけど、学生さん笑じゃないので正体不明

なにしろ私は、

平成一桁ガチババアである


コロナ当時から学生さんではないのだから、今はアラフォー差し掛かっている。


オタク特有の若くみられちゃうテクシ笑

とかを通り越して、恐怖を感じる。

芋全開のマスクメガネをしているし、キャッチ自体も若そうなので学生判定がガバガバすぎる。

ババアなら共感できると思うが、ガキはババアを見分けられない。


でもなぜこんな恐ろしいことが起こるのか、よく考えてみた。

私は年相応の服装をしている。

イメージとしては、自分がガキの頃のお母さんみたいな服装

当時のお母さんが私と同い年くらいで、もうお母さんみたいな服装にならざるをえないんだよ。

それに、寒いし。

オシャレは我慢だが、お母さんは我慢する理由必要もないので、真冬真夏特にお母さんだよ。

グリーンレーベルとかの安いダウンコートにGUパンツとブーツとかスニーカー

お母さんだろ?


でもなんでお母さんが、学生さんですか!?というトンチキな声がけをされるのか?

考えてみなよ。

今の若い子たちも、

お母さんみたいな服装してんだよな。


GUって昔は若い子向けなイメージだったけど、今はママコーデ笑とかでも筆頭なわけですよね。

時代エイジレスなんだよ。

若者がお母さん化しているという意味でも。

Permalink |記事への反応(0) | 20:30

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-01

anond:20260201155042

他の先進国政権交代の頻度見たら15年なんか普通であって全然長くはないぞ

自民党長期政権ってのも30年以上続いた昭和の頃のイメージに引っ張られてるだけで

平成以降は1020年で他の先進国と大差ない

Permalink |記事への反応(1) | 15:57

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-31

衛生兵

エイ平成

Permalink |記事への反応(0) | 23:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260131125811

幼少期のうっすらとした記憶だが

平成初期までまさに増田の望むようなお知らせライン最後の方に入ってたよな?

失われた30年の間にやらなくなってしまったのだろうか

Permalink |記事への反応(1) | 21:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260131062522

AIによる補足解説 親子と性の距離感の変遷

日本の歴史を振り返ると、親と子のあいだの「性の距離感」は、社会構造の変化(ムラ社会→家制度核家族個人化)と強く連動しながら、大きく形を変えてきた。

この増田で語られている「気まずさ」は、個人感情問題というより、明治以降につくられた「清潔で無垢家族像」と、現代の「個人自由」が同時に存在してしまっていることによる摩擦音だと考えることもできる。

以下、かなり大ざっぱだが、親子と性の距離感の変遷を整理してみる。

---

親子の「性の距離感」の変遷

1.江戸時代:地続きで生活に近い性

江戸時代庶民社会では、性は「隠すべき罪」というより、笑いや日常に近いものだったと言われる。

大人同士の性的冗談や、男女の関係の気配は、子ども生活から完全に切り離されてはいなかった。

  • 親子の関わり

娘への性の知識は、主に母や年長の女性から実用的に伝えられた。春画(嫁入り本)がその一例。

  • 特徴

現代的な意味での「純潔」への強い執着は薄く、性は共同体生命活動の一部として扱われていた。


---

2.明治大正:家父長制と「恥」の形成

近代化とともに、西洋道徳観と国家による家族規範が導入される。

性は「表に出してはいけないもの」「家庭の外に漏らしてはいけないもの」へと再定義される。

  • 親子の関わり

父は家の規範体現する存在となり、母は家庭の「清潔さ」を守る役割を担わされる。

  • 特徴

親の前で性を連想させること自体が「家の恥」とされ、親子間に強い沈黙ルール生まれる。

ここで、「父=性から最も遠い存在規範)」という構図が固まっていく。

---

3.昭和戦前・戦中):国家と結びつく性

性は家の問題にとどまらず、国家政策とも結びつく。

性は「純潔を守り、結婚し、子を産む」という義務的文脈限定される。

  • 親子の関わり

性そのものについて語られることはほとんどなく、「節制」「慎み」といった態度だけが教えられた。

---

4.昭和戦後高度成長期):秘め事としての性

核家族化と個室化が進み、性は家庭内さらに奥へと押し込められる。

恋愛結婚が結びつき、「愛があるからセックスする」というロマンチック物語が広まる。

  • 親子の関わり

親は子どもの性を「見ないふり」をし、子どもは親の性を考えないことで、「清純な家族」というフィクションを互いに守る。

---

5.平成・令和:情報は開放、関係性は昭和のまま

インターネットにより、性の知識は親を介さずに容易に手に入るようになった。

性は個人ライフスタイルの一部として語られるようになった。

  • 親子の関わり

ただし家族関係だけは、昭和的な「無垢で清潔な親子像」を理想として引きずっている。

結果として、

「親も子も実態は分かっているが、その事実を互いに言語化しない」

という、妙に高度な沈黙ゲームが成立している。

---

時代別まとめ(かなり粗い整理)

時代 性の扱われ方父親母親 娘の感覚
---------------
江戸日常・笑い距離を取る実用的伝達比較自然
明治大正 恥・秘匿規範象徴 家庭の管理者 抑圧
昭和義務密室沈黙権威代理管理 断絶
令和ライフスタイルメタファー共犯 気まずさ

---

結論:なぜ今、こんなに気まずいのか

現代は、

江戸のように性を生活の一部として共有できる社会でもなく、

明治昭和のように本気で性を「悪」と信じ切れている社会でもない。

実態としては自由なのに、親子関係の場面だけは「無垢家族」という近代様式美を演じ続けなければならない。

そのねじれが、増田に書かれている「父と彼氏話題へのギクッとした感覚」を生んでいるように見える。

彼氏セックスメタファーだ」と気づいてしまった瞬間に、その演技の不自然さが見えてしまった。

からこそ、理屈では問題ないと分かっていても、感情けが追いつかない。

この違和感自然に消えるには、もう少し世代交代が進むのを待つしかないのかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 20:16

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

令和の時代トモコレが出るという驚き

まさかトモコレ、つまりトモダチコレクションが令和の時代に新発売されるとは思っていなかった

何故ならトモコレは、プレイヤー人物分身を作り出して箱庭の中で勝手人間関係を作るゲームであり、過去作では「嫌いな人の分身を作って粗末な扱いをする」「好きな人を作って自分恋愛結婚させる」といった遊び方も可能バーチャル蠱毒だったからだ

しか過去作には初代から出産イベントがあり、架空カップルから架空新人物まで誕生する始末。こんなカオスゲーム黒歴史としてこっそり平成に捨て置かれるもんだと思ってた。

なのに任天堂トモコレを出した。このクッソめんどくさいポリコレはびこるこの世の中に!これは重大なことですよ。

新しい宣伝動画を見ると、日本版海外版で多少のポリコレ対応は見られたものの、ゲームの大筋は何ら変わらないバーチャル蠱毒であることは間違いなさそうだ。

一応、ゲーム画面をゲームから直でSNSアップロードする機能なんかは制限されるらしいけど、それくらい。

から発売するのにSwitch2だけじゃなくSwitchにも対応してるのもすごいよね。

てなわけでトモコレ増田はすっごく楽しみにしているのである

Mii(分身アバター)のパーツもきっと増えてカスタマイズ性も上がっていることだろうし、楽しみだなぁ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:36

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

推しが売れないままおじさんになった。

中高生のころに、お笑いにハマっていた。

今をときめく売れっ子芸人達が当時若手芸人としてシノギを削っている真っ只中であり、大変豪華なメンバー劇場で1000円位で見ることができた時代だった。当時のお笑いスマホがない時代校則アルバイトができない学生でも十分楽しめる娯楽だったのだ。

特にNHK放送されていた「爆笑オンエアバトル」は毎週録画するくらい熱心に見ていた。毎週(隔週だったかも)公開収録が行われており、観覧に当たらなくても無料見学することができた。

ラーメンズますだおかだアンタッチャブルドランクドラゴンなど初期のオンエアバトルを支えた人気芸人達が卒業していくなかで、彗星の如く初登場初オンエアを獲得したあるお笑いグループにどハマりしたのだ。ネタ面白い、なのにオシャレでカッコいい。私は一気にそのお笑いグループの大ファンになった。

以降、四六時中ずっとそのグループのことを考えるようになった。お笑い雑誌を買って切り抜き、友人と足繁くライブに通った。大物芸人達が出演するライブ前説推しが出るとわかれば前説目的チケットを買った(当たり前だが、途中で帰ることな最後まで鑑賞した)単独ライブで、観客を巻き込んだコーナーで推しに当てられた時は嬉しくて気が狂いそうだった。推し怪我をしたと掲示板で知ったら、自分に何かできることはないか真剣に考えて、好きな曲だけを集めたMDを送ろうとした(さすがにやめたが)だいぶ認知が歪んでいた。

推し熱狂する一方で、?ということも出てきた。推しメンバーのうちの1人がかなり出待ちに冷たかったのである。目も合わせないし無視するか、かったるそうに応じる。それ以外にも、ファンの方を向いておらず、先輩芸人とのホモソーシャルな結びつきを大切にしているのではないかと感じることがあった。今の芸人の「軍団」とはちょっと違う印象を受けた。出待ちは、当時は黙認されていたが後に禁止になった。今売れているお笑い芸人達は出待ち1人1人に丁寧な対応をしていた人が多いように思う。当時の出待ち勢が今も何かしらの形で支えているのだろう。特にロバートは3人ともすごく優しく丁寧に応じてくれたのを今でも覚えている。

推しに少々の違和感を持ち始めた中、推しレギュラーメンバーお笑い番組が始まった。期待に胸を膨らませリアタイしたが、全く笑えない酷くつまらない番組だった。番組最後に沢山のよくわからない露出度の高い女性が踊っている中から推したちが指名し、女性が服を脱いで水着姿になる、というコーナーを目の当たりにしたときには推しへの気持ちが急速に冷めていった。

水着のお姉さんが嫌なのではない。当時の深夜のお笑い番組水着女性レギュラー出演することが割とよくあった。彼女たちは美人スタイルも良く、サバサバしていて話も面白く好感が持てた。

それとは違う、ファンが最も見たくないであろう、推し風俗嬢指名している場面を見させられたような気持ちになった。

次の日、一緒に推し活をした友人と会話が途切れ途切れになったのを覚えている。クスリとも笑えない内容、何の予告も無しに見させられた、最も見たくなかった形のエロ

そこから大学受験多忙になってゆき、徐々にお笑い自体を追いかけなくなっていった。

そこからだいぶ時間が経ち、久しぶりにかつての推しニュースになっていた。解散し、新たな体制になるというニュースであった。推したちは売れないままおじさんになっていた。

久しぶりに推し動画を漁った。ネタファッションもあのときオシャレだと感じたままであったが、同時に「懐かしい平成」と化してしまったように感じた。

インターネット黎明期お金のない学生時代推し活で本当によかった。

あの時に、今のようにある程度自分で使えるお金が当時あったとしたら、おそらくもっと推しお金をつぎこんでいただろうと思う。そして見たくもないエロを見せられてお金をつぎこんだことを後悔しただろう。

Permalink |記事への反応(0) | 04:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-30

回転ずしメリットって単に明朗会計なことだよな

と言っても、平成令和のキッズには通じない。

もっと昭和はろくでもない時代だったことを知って欲しい。

Permalink |記事への反応(2) | 07:54

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-29

anond:20260129082222

アヘンってwwwwwwwwwww江戸時代の人ですかwwwwwwwwwwwwwww

平成でもスピードだし令和はフェンタニルオピオイドですよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

いい加減アップデートしてくださいねwwwwwwwwwwwwwwwww

Permalink |記事への反応(3) | 12:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-28

子育て層の皆、お金についてどう思ってる?正直に教えて

うちは世帯年収1200万くらいで小学校低学年 1人を育てているけれど、ずっとカツカツな気がして焦っている。

1番の理由教育費が生涯いくらかかるのか見当がつかない というのが大きい。

 

平成までは大学学費用だけ貯めればよかった。

でも最近中学受験が当たり前になってしまったようで、自分常識経験が役に立たない。

塾代、私立中学、私立高校にどれだけのお金がかかるのかわからない。

 

習い事も多い。

の子供の頃は習い事をしているのはお金持ちの子供だけだったと思う。

今は英語教室プログラミング教室ダンス教室スイミングスクール などを掛け持ちするのが普通らしい。

保護者会の議題が「習い事について情報共有しましょう」で驚いた。

いまの時代習い事をする前提なのか。

  

女性社会進出ほとんどの家が2馬力になった結果、子育て費用も2倍になったような気がしている。

 

みんなはどう思っている?

Permalink |記事への反応(1) | 19:15

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

最近の子たちは完璧主義すぎるのが、少子化の原因なんじゃないかって

いやまあ、世界的に少子化から、それだけじゃないのは薄っすら分かってはいるんだけど。

何というかさ、結婚相談所とかマチアプで

全然いい人に出会えません!」

って言っている層たっくさんいるじゃん。

あれ、多分なんだけど、そこそこいいところで育ってきた人が多いんじゃないかなと思うんだよね。

それなりの大学を出て、周囲の人間普通に結婚していて、人生としては割と順調に進んできた人たち。

から理想ロールモデルをずっと見てきてる。

都会で結婚して、家を建てて、子どもを2〜3人育てて、みたいなやつ。

バブルリーマン震災コロナ経験してきたとはいえ

それでも「ちゃんとした家庭」を身近に見続けてきた。

で、問題はここからで。

今の世の中って、ある意味、きれいになりすぎてると思うんだよね。

結婚してから頑張る、という状態に、身を投げるのがすごく難しくなっている。

お姫様(向かいの庄屋で早朝から見かける、働き者の十代の娘)とか、

王子様(身長が高くてイケメンで、資産家の息子で、バリバリ働くエリートで、しかも同い年)とか、

そういう存在が、どこかからパッと現れないかな、って。

そこまで露骨じゃなくても、

「そういう結婚をしないと、幸せになれないんじゃないか?」

っていう不安が、ずっと頭の奥にある気がする。

株価は30年前を超えたとはいえ、まあ同等くらいなわけで。

格差は広がっているだろうし。

生活は便利で安全になっているのに、

昭和最後10年とか、平成最初10年くらいの、

あの「まあまあの世界」が、なんだかんだで最高地点だったんじゃないか、って感覚がある。

で、今の自分は、それを超えられるのか。

超えられなかったらどうするんだ。

その不安感が、結婚を遠ざけてるだけなんじゃないかと思うんだよ。

昔はさ、

お見合いとか紹介とかで、よく知らない相手とホイホイ結婚してたわけじゃん。

それが本当に正解だったかは分からないけど、

少なくとも、曲がりなりにも「正解にしていった」んだと思う。

破局することも、そりゃああっただろうけど。

イモくさいけど誠実そうなサラリーマン結婚して、

専業主婦として支えて、出世してもらうとか。

子どもができたから、養うためにもっと頑張って働いて、

会社に認めてもらわなくちゃ、とか。

そういう、

「うまくいくか分からない不安」と一緒に、

清水の舞台から飛び降りるみたいに、前に進んでいく行為

それを、ネットとか、悪意はないかもしれないけど不安を煽るSNSに浸かりすぎて、

怖がりすぎてるだけなんじゃないのか、って思う。

もっと勇気を出していい。

もっと妥協していい。

未来自分たちが何とかする、くらいでいいじゃないか

セーフティネットだって昔よりちゃんとしてる。

ブラック企業だって減ってきてる。

心配しすぎないで、

一回、飛び込んでみなよ、って思う。

Permalink |記事への反応(14) | 17:01

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

仮面ライダーゼッツ

これ令和どころか平成含めても一番の駄作では

Permalink |記事への反応(0) | 09:20

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-27

anond:20260127144928

そもそも音楽価値って生演奏にあるんじゃないのか?

CD売って儲けたいってのも昭和平成ビジネスモデルな気がする

限定商法握手会商法、特典DVD販売数競ってたCD全盛期よりサブスク音楽届けて

ライブに来てもらうっていう今の方がビジネスとして健全だと俺は思ってる

Permalink |記事への反応(0) | 15:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-26

【論考】内閉する欲望系譜:「私小説から萌え」への病理学的転回

【はじめに】

日本サブカルチャー特に二次元コンテンツにおける「廃(ハイ)」や「萌え」の底流には、特有の湿り気がある。それは、公的領域から撤退し、極めて私的で、時に猥雑とも言える内面世界への耽溺である

一般に、これは戦後日本の豊かさが生んだ徒花だと解釈されがちだ。しかし、この「社会から撤退内面への沈殿」という構造自体は、決して新しいものではない。

本稿では、明治期の自然主義文学変異した「私小説」と、現代の「二次元オタク文化」を、同一の精神構造を持つ歴史的双子として定義する。両者は、近代日本という抑圧的なシステムの中で、個人主体性確立できなかった者たちが選び取った、必然的かつ病理的な適応戦略である

1.明治の「布団」と現代の「モニター」:同型としての引きこもり

日本近代文学は、「自然主義」の受容から始まった。本来ゾラなどの西欧自然主義は、社会の暗部を科学的かつ客観的に暴き出すリアリズム手法であった。

しかし、この「社会記述するメス」が日本に持ち込まれとき、奇妙なねじれが発生した。田山花袋の『布団』に象徴されるように、記述対象が「社会から作家私生活(性欲・嫉妬・無様な内面)」へと急速に矮小化されたのである

なぜか。明治維新後の強権的な藩閥政治(前稿参照)の下では、知識人ペンによって社会を変革することは不可能だったからだ。

巨大な国家権力という「壁」を前にして、個人エネルギーは行き場を失い、内側へと逆流した。彼らに残された唯一の自由領土は、国家干渉しない「布団の中(性生活内面)」だけであった。

現代の「廃(オタク)」がモニターの中で美少女キャラクターを消費する構造は、明治文人が女弟子の布団の匂いを嗅いで文学へと昇華させた構造と、位相幾何学トポロジー)的に完全に一致している。

それは、「公的領域での敗北」を「私的領域での支配」によって代償しようとする、日本近代特有精神運動である

2.ミッシングリンク生存の「私小説から、消費の「データベース」へ

しかし、明治文人現代オタクの間には、決定的な環境エコノミー)の違いがある。私の初期の考察における欠落は、この「経済的下部構造」の変容を軽視していた点にある。

明治の「私」への撤退は、貧困封建的制度の中での「苦悶」であった。

対して、現代の「私」への撤退は、高度資本主義下での「消費」である

この変質をもたらしたのは、二つの歴史的断絶だ。

①「公」の死(1945年):

敗戦により、天皇という絶対的な「父(公)」が失墜した。これにより、個人の内向化を止める道徳的ストッパー消滅した。

②「革命」の失敗と「消費」の勝利(1960-80年代):

60年安保・70年闘争の敗北により、若者たちは「政治社会を変える」というルートが完全に閉ざされたことを悟った(明治期の再演)。

時を同じくして日本高度経済成長バブルを迎える。資本主義は、行き場を失った若者たちリビドーを見逃さなかった。

社会を変えられないなら、虚構世界で王になればいい。」

資本は、かつては恥ずべきものとされた「私的で猥雑な欲望」に「商品価値」を与え、二次元産業としてパッケージ化したのである

3.「小農経済」の亡霊:一億総引きこもり社会

二次元」という楽園の底にある心理的基盤として、私はかつて「小農経済的私有性」を仮定した。この視点は、現代風に修正することでより強固になる。

現代オタク的消費は、まさに精神的な「小農」である

彼らは広大な社会荒野)に出て他者連帯することを拒否し、自室という「一畝(ひとせ)の畑」を耕し、そこで自分だけの作物(推し)を愛でる。

この「他者不在の閉鎖性」こそが、日本ムラ社会近代化の過程で到達した成れの果てである

高度に発達した資本主義は、この「精神的小農」たちに、安価で高品質肥料アニメゲーム・グッズ)を供給し続ける。

このシステムにおいては、もはやリアル他者と関わるコストリスク)を払う必要はない。経済的豊かさが、逆説的に「人間関係貧困化(私化)」を可能にし、それを永続させるための産業構造を完成させたのだ。

4.結論:鏡の迷宮の中で

文学社会の鏡である」と言う。

明治の鏡(私小説)には、国家に押しつぶされて布団に逃げ込む「無力な知識人」が映っていた。

平成・令和の鏡(二次元)には、豊かさの中で社会性を喪失し、モニターに逃げ込む「消費する原子アトム)」が映っている。

この二つは、異なる花に見えて、同じ根から生えている。

その根とは、「個人の自立」を許さず、「公的な変革」も許さない、日本という硬直した社会構造のものである

外部世界への作用を諦め、内なる欲望の充足のみに生のリアリティを求める態度。

それは「醜悪」あるいは「猥雑」と指弾されるかもしれないが、この国のシステムが正常に稼働した結果排出された、極めて合理的な「排泄物」なのである

我々が二次元コンテンツに見る輝きと虚しさは、行き場を失った魂が、資本主義というプリズムを通して屈折した際に放つ、最期の光なのかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 15:20

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp