
はてなキーワード:寄生とは
殺せないのは分かる
ハチは知らんかった
シバンムシアリガタバチの名前は、乾燥した食品や畳を食害する害虫「シバンムシ」の幼虫に寄生し、見た目がアリに似たハチ(アリガタバチ科)であることに由来します。漢字では「死番虫蟻型蜂」と書き、シバンムシの幼虫を求めて室内に侵入し、メスが毒針で人を刺すことがあります。
由来の詳細は以下の通りです。
シバンムシ(死番虫): 幼虫が乾燥食品や畳を食べて穴を開ける(食害)虫。英語の「Death-watch beetle(死の番をする虫)」の訳で、求愛行動のコチコチいう音が、昔のヨーロッパで「死の秒針」と恐れられたことに由来。
アリガタバチ(蟻型蜂): アリガタバチ科に属する、アリに似た姿のハチの総称。羽がない(または退化している)メスは、アリと見間違えやすい。
市場は万能ではない。だが「万能ではない」という事実を、官僚と政治家が免罪符として濫用する国家は、例外なく自己放尿する。
市場は確かに失敗する。しかし、政府はもっと頻繁に、もっと大規模に、そしてもっと不可逆に失敗する。
問題は「市場か政府か」ではない。市場の失敗に対して、政府がどの程度の失敗を上乗せするかである。
ここでまず明確にしておく。規制は必要だ。必要なのはルールである。国家が担うべきは審判であって選手ではない。
審判はルールを固定し、プレイヤーが予測可能な環境で競争できるようにする。
審判が気分で笛を吹き、勝敗を演出し、人気チームを勝たせようとした瞬間、競技そのものが自己放尿する。
これが裁量行政の本質だ。つまり制度設計ではなく介入芸で国家が飯を食う社会は、資本主義をやっているようで、実態は準社会主義である。
市場に必要な規制は、所有権の明確化、契約執行の強制、詐欺・暴力等の排除が挙げられる。
これは国家のコア業務だ。これがなければ市場は単なる弱肉強食の縄張り争いに堕する。
だが、この最低限のルール整備と、「特定産業を救う」「特定企業を延命する」「特定地域に補助金を撒く」「特定価格を維持する」といった裁量介入を混同する国は多い。
これは知的に言えばカテゴリーミスであり、政治的に言えば利権の偽装である。
価格は情報である。価格は需給だけでなく、希少性、リスク、期待、技術、代替可能性、時間選好といった膨大な情報を圧縮したシグナルである。
政府が価格に介入するとは、情報伝達回路を破壊する自己放尿である。
価格統制、補助金、参入規制、護送船団方式、行政指導。これらはすべて、価格が発する「足りない」「余っている」「危ない」「儲かる」というシグナルを黙らせる。
すると市場は沈黙する。沈黙した市場では資源配分が劣化し、全要素生産性(TFP)が腐り、資本蓄積が歪み、イノベーションが死ぬ。
さらに致命的なのは、政府介入が単発で終わらない点だ。介入は次の介入を呼ぶ。
たとえば賃金や価格を政治的に固定すれば、需給の調整は数量制約として現れる。品不足、待ち行列、闇市場、質の低下。そこで政府はさらなる規制で対応する。
こうして政策は自己放尿する。これは政策のラチェット効果であり、政治経済学的には典型的な政府失敗である。国家は縮まない。国家は肥大する。
この肥大は、単なる非効率では済まない。合理的期待形成のもとで、民間は政策を学習し、適応し、回避し、ロビー活動に資源を投下する。
これがまさにルーカス批判の核心だ。政府が過去データを根拠に裁量政策を撃てば撃つほど、民間の行動規則そのものが変わり、政策効果は蒸発する。
蒸発するだけならまだ良い。現実には政策は不確実性を増幅し、期待を不安定化させ、投資を萎縮させる。これはマクロ政策が景気を安定化させるという幻想の裏側にある現象である。
裁量介入の害は、単なる資源配分の歪みではない。もっと深い。インセンティブ構造の破壊だ。
救済が予想されれば、経営者はリスクを過大に取る。モラルハザードが発生する。ゾンビ企業が生き残り、創造的破壊が止まる。
生産性の低い企業が市場から退出しないため、労働も資本も滞留し、新陳代謝が消える。これが日本型停滞の中核であり、成長率の天井を作る。
そして官僚機構は介入すればするほど自分の仕事が増えるため、規制の供給者として振る舞う。
つまり、規制は公益ではなく官僚制の自己保存のために生産される。
政治家も同様だ。補助金を配れば支持が得られる。規制を作れば仕事をした感を演出できる。
財政支出は可視化され、票になる。改革は不可視で、票になりにくい。
だから政治は短期主義に偏る。ここに「政府が市場を補完する」という建前の裏で、「政府が市場を寄生する」という自己放尿が成立する。
このとき国民がよく口にする反論がある。「でも市場には格差がある」「弱者が切り捨てられる」「外部性がある」。
もちろんそれは正しい。だがここで重要なのは、格差是正を口実に、政府が価格メカニズムを破壊してよい理由にはならないということだ。
外部性は存在する。だが外部性への対応は、原則として価格付け(ピグー税・排出権取引)で行うべきであり、官僚が恣意的に産業を選別して補助金を注ぐことではない。
格差問題も同様で、再分配は所得移転という透明な形で行うべきであり、特定業界保護という歪んだ形で行うべきではない。後者は効率性を殺し、利権を固定化し、結果的に貧困を温存する。
つまり、正しい政策はこうなる。市場を歪めない形での最小国家である。金融政策はルールベースで、予測可能性を最大化する。
財政は均衡を原則とし、例外を限定する。産業政策は基本的に否定し、競争政策を強化する。参入障壁を撤廃し、退出を容易にする。
倒産は悪ではなく資源再配分の装置として受容する。これが健全な資本主義だ。痛みはある。だが痛みを先送りして麻酔を打ち続ける社会は、やがて神経そのものが壊死する。
日本の病理は、成長戦略がないことではない。成長戦略を語りながら、同時に市場を信用していないことだ。
規制緩和を掲げながら、例外を大量に作る。競争を促進すると言いながら、既得権を守る。財政健全化を言いながら、政治的に都合のいい支出を増やす。
これは論理矛盾ではない。政治合理性としては整合的だ。だが経済合理性としては自己放尿だ。
成長とは何か。成長とは生産関数がシフトすることだ。TFPが上がることだ。
その源泉は技術進歩だけではない。競争、退出、資本再配分、価格シグナル、企業家精神である。
これらは制度の産物だ。制度が悪ければ、技術があっても伸びない。優秀な人材がいても伸びない。資本があっても伸びない。制度が良ければ、凡庸な国でも伸びる。
ここで裁量介入が入ると何が起きるか。投資家は経済性ではなく政治性で投資を決めるようになる。
これがレントシーキング経済であり、成長率が落ち、社会全体が官への依存で腐っていく。
これは文化の問題ではなく、インセンティブの問題だ。人間が合理的に振る舞った結果としてそうなる。
市場に規制は必要だ。だがそれは、競争を止めるための規制ではない。競争を成立させるための規制である。
市場に政府は必要だ。だがそれは、配分を決めるための政府ではない。ルールを固定するための政府である。
社会保障は必要だ。だがそれは、産業を延命するための社会保障ではない。個人を救うための社会保障である。
そして何より必要なのは、政治家と官僚が「景気を操作できる」「産業を育てられる」「成長を設計できる」という全能感を捨てることだ。
成長は、官僚のペン先から生まれない。成長は、無数の市場参加者が価格シグナルを頼りに試行錯誤し、失敗し、退出し、再挑戦するプロセスから生まれる。
国家がすべきことは、笛を吹くことではない。
問題は税があることじゃなくて、税が裁量配分されることで、政治が市場の淘汰機能を破壊する点にある。
ゾンビ企業が延命し、天下り官僚が寄生先を確保し、既得権が再生産され、自己放尿する。
ただし税が全部悪だと言うと、逆に理屈が崩れる。税の正当化は主に3つある。
1つ目は公共財。国防、司法、警察、最低限のインフラみたいに「市場だと供給できない(ただ乗りが起きる)」ものは税で賄うしかない。
2つ目は外部性。公害や感染症みたいに、取引当事者だけで完結しない損害があるなら、課税や規制で内部化するのは筋が通る。この手の「市場が構造的に価格付けできないもの」には比較的合理性を認める。
3つ目は再分配の最低限。ここは好みが分かれるが、少なくとも「暴動が起きない程度に社会を安定させるコスト」としては合理的に説明できる。要するに社会保障を「道徳」じゃなくて「治安維持の保険料」として扱う発想だな。
税の本質は市場が扱えない領域を最小限補うための仕組みであって、現実の税制はだいたい票と利権のための資金自己放尿装置に堕落しやすい。
売れた作品やシリーズに寄生してキャラ破壊して権利を主張するという点では
有名乙女ゲーを腐らせる腐女子制作スタッフ、女リスナーと男キャラの乙女向け音声作品シリーズで既存男キャラ同士で好き好き言ってキスさせキャラ崩壊させた新作担当腐女子ライターなどの腐女子と
ダンダダンやヒロアカの主人公やフリーレンを黒く塗って髪型を変えてブラックウォッシュしている連中は同じタイプの人間だな。
どちらも自力では魅力あるキャラや作品を生み出すことが出来ずに、努力もせず人が作ったものを台無しにして元の物に対する注目度や人気を利用するだけ。
改変で語りたい主張があるとか言いながら、その主張にもキャラにも男同士の恋愛コンテンツにすら別に思い入れはない。
統一教会を潰すべき理由は朝鮮人が国政に近づいているからだよ。
結局リベラルはネトウヨを殴る棒としてしか朝鮮人が国政に近づいていることを使ってないことがあからさまだから説得力無い。そもそもリベラルドグマによって侵略者の子孫である劣等チョッパリが朝鮮人に逆らうことは許されないので公の場で朝鮮人が国政に寄生しようとしてるから潰しましょうとは言えない。朝鮮学校を支援してるリベラル村でそんなこと言ったら吊し上げからの袋叩きだし。
早くその教義を捨てて朝鮮人が国政に近づいているから潰しましょうと言え。統一教会を叩くネトウヨ動画をyoutubeで作れ。結局それができないしやらないなら、ネトウヨを叩く道具として丁度いいから使ってるだけに過ぎない。本当に潰したいなら手段を問わず右からも左からも叩かられるようなネガキャンをしろ。
どっちやねん
正直はてなの議論ってテストだけ出来る馬鹿がやってる感じだよな。
このまとめみたら分かるけど離婚するような男女って男ははてさが外人いれまくったせいでまともに稼げず、女はよくてキャバクラ、悪ければ風俗で稼いでるような奴ら、男は当然かねないから払えないし、女もいうほどキャバでは稼げないから売れっ子風俗壌意外は。結局払わない。
で男の方はもともと金なんか無いから追い込むと闇の商売に手を出して犯罪の処理コストの方がかかりかねない。
女は今キャバクラがあるからなんとかなってるけどそれも大分下火だし年を取ればどんどんきつくなる。
おまえらメガネオタクやオタコみたいに親に寄生しながら子育てもせずセコセコ株に投資してるわけでもないから本当に金に余裕がない。
はてな連中はこんな奴ら追い込んで何したいんだ?それともおまえら小梨オタ勢のようにあるのに払ってないとでも思ってんのか?ねーよ。
今を生きてるからな。
・敵モンスターきもカラフルな発光カリフラワーみたいなのに寄生された動物?にしてもでかすぎるな どろどろしててきも
・茶髪(ザイロ)常にイライラしすぎで怖い キレすぎだろ 鼻つまみ者の勇者以前に態度が怖い
・魔王出てくるのはっや
・騎士隊長?のお姉さん(キヴィア)がヴンダーのミサトさんに見える
・「まさか…貴様!勇者か!」ってザイロが勇者だと分かった途端におまじないのようにこの悪人が!大罪人が!と罵倒し始めるのなんかモヤる
・敵つよすぎない?
・女神の力つよすぎない?
・なんか詰め込みすぎというかバトル凄いけどよくわかんない
・あんな高い所にいる魔王に短剣で立ち向かっていくのいくらなんでも無謀じゃないか?
・ザイロの滑舌がときどき怪しい まあずっとキレてるから無理もないか
・地球はかいばくだんみたいなので魔王撃破 こんなんで終わったのか…?
・どうせザイロにも深ー-ーい事情があったんだろうけどこんな短絡的な世界だとそこまで斟酌してもらえないんだろうな
・ザイロの過去回想 なるほどここで勇者刑になっちゃったわけかー
・世界が単細胞すぎるのあんまし好きじゃないな理不尽とか仕組まれてるっていうよりなんかあまりに単純
・タイトル回収
・なるほどなー ザイロがあんなにムカムカしてるのがわかった気がする うーんでも事情はわかったけどキザすぎーって感じ
・画面が暗い云々はそこまで気にならなかったな
土曜日の16:26。
秒針の進みが不規則に見えるのは、もちろん僕の主観ではなく、脳内で走っている内部クロックが朝から非可換な補正項を拾っているせいだ。
昨日の日記では、世界は依然として説明可能であり、説明可能である以上、僕が説明しない理由はない、という結論に達していたはずだ。だから今日もその続きをやる。
朝から考えていたのは、超弦理論という言葉が、あまりにも粗雑なラベルとして流通している問題だ。
弦は一次元物体、という説明は教育的には便利だが、現代的にはほとんど嘘に近い。
正確には、弦理論は量子重力を含む一貫した摂動展開を許す背景依存理論の族であり、その実体は二次元共形場理論のモジュライ空間と高次圏論的構造の上に乗っている。
ワールドシートは単なるリーマン面ではなく、拡張された世界では、境界、欠損、欠陥、さらには高次欠陥を持つ拡張TQFTとして扱うのが自然だ。
Dブレーンは境界条件ではなく、A∞圏やL∞代数により制御される対象で、開弦のエンドポイントは派生圏の対象間の射として解釈される。
ここで重要なのは、物理的同値性がしばしば圏同値、あるいはスタック同値として表現される点だ。
ミラー対称性は、単なるカラビ–ヤウ多様体のホッジ数の一致ではなく、Fukaya圏と導来圏の等価、しかもそれがホモトピー論的に精緻化された形で成立するという主張にまで昇格している。
さらに厄介なのは、背景独立性の問題だ。AdS/CFTは成功例として崇拝されがちだが、実際には境界共形場理論という強固な外部構造に寄生している。
最近僕が気にしているのは、弦理論を理論の空間そのものとして捉え、各真空を点ではなく、∞-スタック上の点として扱う視点だ。
真空遷移はトンネル効果ではなく、モジュライスタック上のパス、しかもそのパス積分は単なる測度論ではなく、圏値積分になる。ここでは数値は二次的で、本質は自然変換の存在にある。
もはやウィッテンでさえ眉をひそめるだろうが、物理がこのレベルの抽象化を要求している以上、こちらが歩み寄る理由はない。
この種の思考をしていると、ルームメイトが後ろでコーヒーをこぼす音が聞こえた。
僕は即座に「カップの配置はトポロジカルに不安定だ」と指摘したが、彼は意味がわからない顔をしていた。隣人はなぜか笑っていた。
友人Aからは、ロケットと弦理論のどちらが実用的か、という愚問が送られてきたので、実用性は関手ではない、とだけ返した。
友人Bは相変わらずFF14のレイドの話をしてきたが、僕はDPSの最適化問題がラグランジアン最小化に帰着できる点だけは評価している。
昼休憩にはMTGを一人回しした。デッキ構築とは、制約付き最適化問題であり、メタゲームは動的システムだ。
禁止改定は外力項に相当する。アメコミは昼寝前のルーティンで、宇宙論的リブートの乱発には辟易するが、マルチバース疲労という現象自体は統計物理的に興味深い。
僕の習慣は相変わらず厳格だ。座る位置、飲み物の温度、日記を書く時刻。
今日までの進捗としては、理論的には、弦理論を高次圏論と情報幾何の言語で再定式化するメモが三ページ進んだ。現実的には、ルームメイトにカップの置き場所を三回注意した。
これからやろうとしていることは明確だ。
夕方はFF14で決められたルーティンを消化し、その後、再び弦理論に戻る。
具体的には、ワールドシートCFTのモジュラー不変性を、トポス理論の内部論理として書き直す試みだ。