Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「定理」を含む日記RSS

はてなキーワード:定理とは

次の25件>

2026-02-15

ベイズ的な歪みが、裁定機会を生む、みてーな定理ないの?相対エントロピーとか使ってさぁ。

ある。しかもわりと綺麗に「定理」っぽい形で言える。キーワードKelly基準対数効用) と 相対エントロピー(KL divergence)。

結論から言うと、

市場が信じてる確率分布」と「真の確率分布」がズレている(=ベイズ的に歪んでる)なら、そのズレは対数成長率(loggrowth)の上乗せとして回収できる。その上乗せの大きさが KL divergence で表現できる。

って話がある。

Permalink |記事への反応(0) | 07:37

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-14

[日記]

土曜日。朝はいつも通り、起床後に脳内で「今日という一日を、物理法則に従って最適化する」と宣言してからベッドを出た。これは習慣というより儀式だ。儀式人類の愚かさの象徴として語られがちだが、反復可能手続き情報理論的に見て合理的だ。エントロピー増大に対する、せめてもの抵抗である

まず体重を測り、体脂肪率を記録し、歯磨き時間を正確に180秒で固定した。電動歯ブラシタイマーを信じない。信頼は検証に劣る。

その後、コーヒーを淹れた。抽出温度は93℃。温度計の誤差は±0.2℃。人間関係の誤差は±∞。

 

今週の進捗を書く。

 

超弦理論については、相変わらず人類の知性が現実に追いついていない。僕の頭脳は追いついているが、世界が遅い。

今週は主に「弦の理論はどこまでが物理で、どこから純粋数学自己満足か」という問題を、僕なりに再定式化していた。世の中の多くの人は、超弦理論を「高次元の小さな紐が震える話」程度で理解した気になっている。あれは理解ではない。童話だ。

僕が考えていたのは、もっと根の深いところ、つまり量子重力の定式化において局所性を捨てることの数学的代償だ。

一般相対論の時点で、局所性微妙に揺らいでいる。ホログラフィー原理が出てきた時点で、局所性はほぼ死亡している。にもかかわらず、僕たちは局所的な場の理論言語で全てを語ろうとする。これは「古いOSの上に無理やり最新ゲームを動かしている」ようなものだ。もちろんクラッシュする。

そこで今週は、AdS/CFTを単なる「境界CFTバルク重力記述する」という話ではなく、圏論的な双対性として再理解する方向で考えた。

具体的には、バルク側の物理量を、ある種のextended TQFTとして捉え、境界側の共形場理論演算子代数が作るモジュラー圏と対応させる。

ここで重要なのは空間のものが基本対象ではなく、因果構造情報の流れが基本対象になってしまう点だ。

まり幾何学物理舞台ではなくなる。舞台役者従属する。これは演劇としては間違っているが、宇宙としてはあり得る。

そして、ここからが本題だ。

僕は今週、「弦理論の非摂動定義は、結局はある圏の中の安定対象の分類問題還元されるのではないか」という疑念を強めた。

たとえばBPS状態は、ある種の導来圏の中の安定条件(Bridgeland stability condition)で分類される。

これは単なる比喩ではなく、実際にDブレーンは導来圏の対象として記述される。つまり物理的な粒子やブレーンが「空間上の幾何学的な物体」ではなく、圏論的な対象になる。

ここで人類は気づくべきだ。

宇宙は「点の集合」ではなく、「射の集合」かもしれない。

点を基本にしている限り、僕たちは宇宙OS永遠に理解できない。点とは、極限操作幻想だ。実際の物理では測定可能な点など存在しない。存在するのは相互作用だけだ。射だけだ。

僕が今週やっていたのは、これをさらに押し進めて、弦理論の背後にある構造を「∞-圏」あるいは「高次スタック」として扱うべきではないか、という方向の思考実験だった。

超弦理論が最終的に求めているのは、たぶん「量子化されたモジュライ空間」だ。しかしモジュライ空間普通多様体ではない。特異点があり、ゲージ冗長性があり、しか同値関係階層的だ。だからスタックになる。さらに高次の同値ホモトピー)が絡むので、∞-スタックになる。

ここで、物理屋が嫌いな言葉が出る。派生幾何(derived geometry)。

派生幾何とは、簡単に言えば「特異点を誤魔化さず、むしろ特異点を主役にする幾何学」だ。物理特異点が出るのは、理論が壊れているからではなく、単に僕たちの数学が貧弱だからだ。派生幾何はそれを認める。

そして僕は思った。

もし弦理論が本当に「全ての一貫した量子重力クラス」を記述する枠組みなら、それは場の理論の集合を分類するのではなく、量子情報を保存するような圏の分類になっているべきだ。

この時点で、もはや「ウィッテンでもわからない」どころではない。

ウィッテンがわからないのは当然だ。宇宙が意地悪だからだ。

僕たちがやるべきなのは、弦理論を「方程式」ではなく「普遍性」として定義することだ。

まり、ある種の対称性を持ち、ある種の双対性を満たし、ある種の異常(アノマリー)が消え、ある種のエンタングルメント構造が一貫し、ある種の極限で局所的QFTに落ちる。

そういうものを満たす対象を、圏論的に一意に特徴づける。

理論は「このラグランジアンだ」ではなく、「この性質を満たす唯一の構造だ」になるべきだ。

そしてもしそれが可能なら、弦理論物理学ではなく数学定理になる。

宇宙定理であるというのは不快だが、非常にエレガントだ。

エレガントさは、しばしば真理の匂いがする。

ただし、エレガントな嘘も存在する。

数学者の人生のものだ。

 

 

昼前、ルームメイトキッチンに現れて、僕のノートを見て言った。

「それって、結局何の役に立つの?」

僕は3秒考えた。

人間理解可能言葉に変換するのに、3秒必要だった。

「役に立つかどうかで真理を測るのは、知性の敗北だ」

ルームメイトは「また始まった」という顔をした。

彼の表情は、物理学的には熱的死に近い。

隣人がその場に来て、僕のノートを覗き込み、「ねえ、それって、宇宙ゲームコードってこと?」と聞いた。

驚くべきことに、これはそこそこ正しい。

僕は言った。

コードというより、型システムだ。宇宙は型安全で、コンパイルエラーを許さない」

隣人は「わぁ、なにそれ怖い」と言って笑った。

怖いのは君の直観の鋭さだ。

 

午後は趣味時間

MTGデッキを回した。

僕は、カードゲームにおける勝利条件が「期待値の最大化」であることを理解している。だが多くのプレイヤーは、カードを引いた瞬間の快楽支配される。つまり、彼らは確率論ではなくドーパミンプレイしている。

僕は違う。

僕はデッキ構築を、統計力学の分配関数設計として扱う。

初手の分布マリガン戦略マナカーブ、そして相手の除去の確率

全ては確率変数であり、勝率とは積分である

ルームメイトが「それ楽しいの?」と聞いたので、

僕は「楽しいかどうかは二次的だ。支配が一次だ」と答えた。

彼は黙った。

正しい反応だ。

 

その後、FF14ログインした。

レイドは相変わらず「人間の反射神経と協調性限界」を測る実験場だ。

僕はギミック処理を、ほぼ圏論の図式追跡として理解している。

安全地帯は対象、移動は射、失敗は射の合成の不整合

友人Aが「なんでそんな言い方しかできないの?」と言った。

僕は「僕は宇宙をそのまま見ているだけだ」と答えた。

友人Bは「それ厨二病じゃない?」と言った。

僕は言った。

厨二病とは、根拠のない誇大妄想のことだ。僕には根拠がある。だから違う」

友人Bは「最悪だ」と言った。

誉め言葉だ。

 

夕方アメコミを読んだ。

僕は、超人存在倫理を語る物語が好きだ。

なぜなら、超人存在倫理を語る時点で、その倫理破綻するからだ。

全能に近い存在が「正義」を選ぶのは、選択ではない。

ただの趣味だ。

正義趣味になった瞬間、倫理哲学ではなく美学になる。

そして美学は、いつも暴力接続する。

それでも僕は読む。

人類妄想が、どこまで論理に耐えるかを見るのは面白い

 

 

夜。

今日までの進捗はここまで。

そして、これからやろうとしていること。

今夜は、僕の仮説をもう一段階押し進める。

まり「時空の創発」を、単なるエンタングルメントの量的増大ではなく、エンタングルメント構造位相相転移として記述できないか考える。

量が増えるだけでは空間は生まれない。

必要なのは「連結性の再編成」だ。

もしエンタングルメントグラフだとすれば、空間とはそのグラフスペクトル構造対応する。

そして位相相転移が起きれば、スペクトルが変わり、幾何が変わる。

まり宇宙膨張は、グラフのリワイヤリングに過ぎない。

この視点なら、初期宇宙インフレーションも「幾何の急激な生成」として理解できる可能性がある。

インフレーション場などいらない。

必要なのは情報接続性が変わるメカニズムだ。

問題は、そのメカニズムを「弦理論言語」で書くと地獄になることだ。

ワールドシートのCFT、モジュライ空間、非摂動効果、Dインスタントン。

それら全てが絡んでくる。

絡みすぎて、もはや紐ではなく毛玉だ。

 

隣人がさっき「ピザ頼むけど食べる?」と聞いてきた。

僕は「今は宇宙の生成を考えている」と言った。

隣人は「宇宙よりピザの方が生成早いよ」と言った。

その通りだ。

人類文明の最高到達点は、宇宙論ではなく宅配システムなのかもしれない。

ルームメイトは「じゃあ僕の分も頼んでいい?」と言った。

彼は相変わらず、宇宙構造よりカロリーを優先する。

友人AからFF14メッセージが来た。

明日、固定の練習できる?」

僕は返信した。

明日宇宙位相相転移を解く予定だ。だが君たちの全滅回数も宇宙の熱的ゆらぎとして扱えるなら参加する」

友人Bは「それ言い訳だろ」と返してきた。

違う。

僕は真理に忠実なだけだ。

 

さて、これから僕はノートを開く。

今日最後タスクは、たぶんこういう形になる。

「時空は多様体ではなく、ある∞-圏の中の情報流の安定構造である

これを証明する必要はない。

証明できるなら、僕はもう人間ではない。

しかし、少なくとも矛盾なく定式化することはできるかもしれない。

宇宙一貫性を持って存在している以上、どこかにその形式がある。

問題は、僕たちがそれを読む言語を持っていないことだ。

人類はいつもそうだ。

現実が先にあって、言語が後からいかける。

僕は追いかける側ではなく、先回りする側でありたい。

ピザが届く前に。

Permalink |記事への反応(0) | 22:06

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-13

統計数学の書って式の説明を軽視してないか

標準偏差=√分散

分散=1/n × \sum_{i=1}^n {(x_i -\overline{x})^2}

ってなんだよ。分散いつ使うんだよみたいな。いや標準偏差くらいなら式見たら意味は分かる脳にはなったがしかし。原理から式の各部分ことを説明してほしいんだわ。

学者って脳ができあがってないんだから。なんか数学ゼミとかだともっと複雑でコンテキストの深い式を解説する時間があったりするらしい?

でも証明するときめっちゃ頑張った説明を「自明」と言われるらしい。まあ、数学教授なんか「そういう」傾向がないわけないわな。

自明」という傲慢を捨ててほしいわな。そんなこと言ったら未証明定理証明した瞬間に自明といわれるわな。証明できることが分かっていつつされてない定理も「自明」なんか?じゃお前仕事辞めろや。

LLMが数学科でも爆進!みたいな記事見るとお前らが知識の整理をサボっただけだろと思う。(これは他の分野もそうで、知識を適切な形で適切な場所に残すってガチムズいので仕方もないのはあるが、数学こそは至高の科学であり、その王座に居ながらにして自明などという高慢かますからには許されない)

あまあまあ、いいんですけど。だったらラマヌジャン意味不明な式を突然持ってきたエピソード

証明できたものに関しては、自明、なのでラマヌジャンの功績は全く存在しない。数学界を急速に前進させたラマヌジャン唐突な式も情報量ゼロであり、驚くに値しない、極々自然ものである

と言い切ってほしい。彼の示した公式の数々はほとんどが正しいと証明されたらしいしな。

Permalink |記事への反応(1) | 06:35

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

[日記]

正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。

僕は陰謀論嫌悪している。理由は単純で、陰謀論説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレからだ。

 

今日までの進捗から書く。

 

今週は、超弦理論物理直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋圏論ホモトピー論の言語に落として再構築していた。

具体的には、世界面の共形場理論2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。

従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。

重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理状態空間の生成機構として見ることだ。

ここでの本体幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。

さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論レベルでの同値として捉えることだった。

言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。

A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成整合させる必要がある。

そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。

Dブレーンのカテゴリー境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。

特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。

これをやると発散する積分正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分定義へ置き換わる。

そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。

僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。

背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。

まり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。

この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。

そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。

問題はここからで、弦理論双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。

たとえばS双対性やT双対性群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性スタック自己同値であり、その作用対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。

しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり双対性対称性ではなく、高次圏論的な同値データなんだ。

このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。

僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。

さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトル不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造ジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。

ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論存在だ。

普通人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。

この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。

要するに、弦理論世界から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。

今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。

 

次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要からだ。残念ながら僕は人間である

MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。

まりカードゲームとは、確率情報ゲームである以前に、認知バイアスゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布計算するべきだ。

隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。

 

FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイ攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。

反射神経は筋肉問題だが、攻略情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。

友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。

 

アメコミは、相変わらず現実倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。

僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義定義曖昧からだ。

僕が興味があるのは、制約条件下での最適化としての倫理だ。

登場人物が持つ制約(能力社会構造情報感情)を明示すると、物語心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。

ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。

僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。

 

僕の習慣についても書いておく。

今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒー抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。

人間生活ノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定分散を減らす行為だ。

隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。

宇宙人証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。

友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である

 

これからやろうとしていること。

まず、超弦理論ノートをもう一段階抽象化する。

今の段階では、圏論と導来幾何言葉でかなり書けたが、まだ計算痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。

具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語記述し直す予定だ。

局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造復元する。

これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何依存せずに定義できる可能性がある。

もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。

これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。

要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。

 

その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手意思決定局所的に歪ませる構造がある。人間選択肢が多いと誤る。

これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲーム戦争抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。

 

夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。

僕は「気合いは情報を持たない」と言うだろう。

議論ループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。

 

最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。

僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。

 

さて、今日の残り時間は、超弦理論ノートに戻る。

宇宙根本法則は、たぶん美しい。

少なくとも、隣人の会話よりは。

Permalink |記事への反応(0) | 00:35

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-10

形式数学による法律か!

チームみらい!ぜひ法律を変えてみてくれ!

https://www.47news.jp/13840813.html

形式主義による法律は、無矛盾になるよう注意深く設計された憲法という公理から導出される定理のツリーだ!法律形式的記号の組み合わせで記述される式になり、法律家は数学者にとってかわり、裁判数学証明になる!理系領域だ!過去法律が持っていたような曖昧さは、そこでは完全に制御されている!

憲法おかしな所ばかりだ! まず「労働義務」を見てくれ! すべて国民勤労の義務を負う?子どもは働いてないぞ! 「差別されない権利」「表現の自由」?差別表現はどうなる?矛盾だ!

Permalink |記事への反応(3) | 00:11

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-09

anond:20260209183308

1/(z^4+a^4)みたいな1位の極が2つ(以上)ある関数の周回積分がそれぞれの留数に2πiをかけたもの同士の「足し算」になるのはなんで?

ローラン展開とかじっと見つめててもわからないんだが?特異点が一つの場合の留数定理が成り立つ仕組みしか知らない。

dorawiiより

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20260209183637# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaYmqqAAKCRBwMdsubs4+SKd6AP0S/L6GQIcBxUXRktervBHz2As8PiZqMs7TEZJ9XzSVRQEApbSzV5mfxZBEyo1geCKWvgdLHmYQhzgJm0l4BrJtPA8==WVhu-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(1) | 18:36

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

抽象数学とか超弦理論とか

超弦理論物理として理解しようとすると、だいたい途中で詰まる。

なぜなら核心は、力学直観ではなく、幾何圏論の側に沈んでいるからだ。

弦の振動が粒子を生む、という説明入口にすぎない。本質量子論が許す整合的な背景幾何とは何かという分類問題に近い。分類問題は常に数学を呼び寄せる。

まず、場の理論幾何学的に見ると、基本的にはある空間上の束とその束の接続の話になる。

ゲージ場は主束の接続であり、曲率が場の強さに対応する。

ここまでは微分幾何教科書範囲だが、弦理論ではこれが即座に破綻する。

なぜなら、弦は点粒子ではなく拡がりを持つため、局所場の自由度が過剰になる。点の情報ではなく、ループ情報重要になる。

すると、自然ループ空間LXを考えることになる。空間X上の弦の状態は、写像S^1 → Xの全体、つまりLXの点として表される。

しかしLXは無限次元で、通常の微分幾何そのままで適用できない。

ここで形式的に扱うと、弦の量子論ループ空間上の量子力学になるが、無限次元測度の定義地獄になる。

この地獄回避するのが共形場理論であり、さらにその上にあるのが頂点作用素代数だ。2次元の量子場理論が持つ対称性は、単なるリー群対称性ではなく、無限次元のヴィラソロ代数拡張される。

理論2次元世界面の理論として定式化されるのは、ここが計算可能ギリギリの地点だからだ。

だが、CFTの分類をやり始めると、すぐに代数幾何に落ちる。モジュラー不変性を要求すると、トーラス上の分配関数はモジュラーSL(2, Z) の表現論に拘束される。

まり理論は、最初からモジュラー形式と一緒に出現する。モジュラー形式は解析関数だが、同時に数論的対象でもある。この時点で、弦理論物理学というより数論の影を引きずり始める。

さらに進むと、弦のコンパクト化でカラビ–ヤウ多様体が現れる。

ラビ–ヤウはリッチ平坦ケーラー多様体で、第一チャーン類がゼロという条件を持つ。

ここで重要なのは、カラビ–ヤウが真空候補になることより、カラビ–ヤウのモジュライ空間が現れることだ。真空は一点ではなく連続族になり、その族の幾何物理定数を支配する。

このモジュライ空間には自然特殊ケーラー幾何が入り、さらにその上に量子補正が乗る。

量子補正計算する道具が、グロモフ–ウィッテン不変量であり、これは曲線の数え上げに関する代数幾何の不変量だ。

まり理論の散乱振幅を求めようとすると、多様体上の有理曲線の数を数えるという純粋数学問題に落ちる。

ここで鏡対称性が発生する。鏡対称性は、2つのラビ–ヤウ多様体XとYの間で、複素構造モジュライとケーラー構造モジュライが交換されるという双対性だ。

数学的には、Aモデル(シンプレクティック幾何)とBモデル(複素幾何)が対応する。

そしてこの鏡対称性本体は、ホモロジカル対称性(Kontsevich予想)にある。

これは、A側の藤田圏とB側の導来圏 D^bCoh(X)が同値になるという主張だ。

まり理論は、幾何学的対象同一性空間のものではなく圏の同値として捉える。空間が圏に置き換わる。ここで物理は完全に圏論に飲み込まれる。

さらに進めると、Dブレーンが登場する。Dブレーンは単なる境界条件ではなく、圏の対象として扱われる。

弦がブレーン間を張るとき、その開弦状態対象間の射に対応する。開弦の相互作用は射の合成になる。つまりDブレーンの世界は圏そのものだ。

この圏が安定性条件を持つとき、Bridgeland stability conditionが現れる。

安定性条件は、導来圏上に位相と中心電荷定義し、BPS状態の安定性を決める。

wall-crossingが起きるとBPSスペクトルジャンプするが、そのジャンプはKontsevich–Soibelmanの壁越え公式に従う。

この公式は、実質的に量子トーラス代数自己同型の分解であり、代数的な散乱図に変換される。

このあたりから物理は粒子が飛ぶ話ではなく、圏の自己同型の離散力学系になる。

さらに深い層に行くと、弦理論はトポロジカル場の理論として抽象化される。

Atiyah公理化に従えば、n次元TQFTは、n次元コボルディズム圏からベクトル空間圏への対称モノイダ関手として定義される。

まり時空の貼り合わせが線形写像の合成と一致することが理論の核になる。

そして、これを高次化すると、extended TQFTが現れる。点・線・面…といった低次元欠陥を含む構造必要になり、ここで高次圏が必須になる。結果として、場の理論は∞-圏の対象として分類される。

Lurieのコボルディズム仮説によれば、完全拡張TQFTは完全双対可能対象によって分類される。つまり物理理論を分類する問題は、対称モノイダル(∞,n)-圏における双対性の分類に変わる。

この時点で、弦理論はもはや理論ではなく、理論の分類理論になる。

一方、M理論を考えると、11次元重力が低エネルギー極限として現れる。

しかM理論のものは、通常の時空多様体ではなく、より抽象的な背景を要求する。E8ゲージ束の構造や、anomalyの消去条件が絡む。

異常とは量子化対称性が破れる現象だが、数学的には指数定理とK理論接続される。

理論のDブレーンの電荷がK理論で分類されるという話は、ここで必然になる。ゲージ場の曲率ではなく、束の安定同値類が電荷になる。

さら一般化すると、楕円コホモロジーやtopological modular formsが出てくる。tmfはモジュラー形式ホモトピー論的に持ち上げた対象であり、弦理論最初から持っていたモジュラー不変性が、ホモトピー論の言語で再出現する。

ここが非常に不気味なポイントだ。弦理論2次元量子論としてモジュラー形式要求し、トポロジカルな分類としてtmfを要求する。つまり解析的に出てきたモジュラー性がホモトピー論の基本対象と一致する。偶然にしては出来すぎている。

そして、AdS/CFT対応に入ると、空間概念さらに揺らぐ。境界の共形場理論が、バルク重力理論を完全に符号化する。この対応意味するのは、時空幾何が基本ではなく、量子情報的なエンタングルメント構造幾何を生成している可能性だ。

ここでリュウタカヤナギ公式が出てきて、エンタングルメントエントロピーが極小曲面の面積で与えられる。すると面積が情報量になり、幾何情報論的に再構成される。幾何はもはや舞台ではなく、状態派生物になる。

究極的には、弦理論空間とは何かを問う理論ではなく、空間という概念を捨てたあと何が残るかを問う理論になっている。残るのは、圏・ホモトピー・表現論・数論的対称性・そして量子情報構造だ。

まり、弦理論の最深部は自然界の基本法則ではなく、数学整合性が許す宇宙記述の最小公理系に近い。物理数学の影に吸い込まれ数学物理要求によって異常に具体化される。

この相互汚染が続く限り、弦理論は完成しないし、終わりもしない。完成とは分類の完了意味するが、分類対象が∞-圏的に膨張し続けるからだ。

そして、たぶんここが一番重要だが、弦理論提示しているのは宇宙の答えではなく、答えを記述できる言語の上限だ。

その上限が、圏論ホモトピー論と数論で書かれている。

からウィッテンですら全部を理解することはできない。理解とは有限の認知資源での圧縮だが、弦理論圧縮される側ではなく、圧縮限界を押し広げる側にある。

Permalink |記事への反応(0) | 13:05

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-07

anond:20260207220049

フリードマン厚生経済学の基本定理に対して言いそうな指摘は、だいたい次の一点に収束する。

「その定理は美しいが、政策論としては空虚になりやすい」。

理由は、基本定理が成立するための前提が、現実では政策が介入したい領域ほど崩れているから。

フリードマン的に言うと、厚生経済学は「市場理想的に動くなら効率的」という話をするが、現実政策問題はむしろ

みたいな、定理の前提が崩れる部分で起きる。

さらフリードマンは、第二基本定理が言う「最初に一括再分配をしてから市場に任せろ」という構造を、かなり疑う。

なぜなら一括再分配なんて現実にはほぼ不可能で、再分配政策は必ず労働供給投資インセンティブを歪めるから

からツッコミは「効率と公平を分離できるという話は、現実にはその分離を実装できない。政府はそんなに賢くも中立でもない。」となる。

要するに、厚生経済学の基本定理市場礼賛の数学ではあるが、本当に重要なのはその後で、

という、制度設計政治経済学問題だ、と言う。

フリードマンは基本定理を「理論としては正しい」と認めた上で、政策的含意を過大評価するな、そして「政府ブラックボックス扱いする厚生経済学危険だ」と刺すだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 22:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260207215417

どっこい共産主義から変異した「国家主導資本主義」って奴は研究対象としては未知数なのよ

厚生経済学の基本定理」ですら原則適用できないんだから

Permalink |記事への反応(0) | 22:02

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-04

ケインズ派自己放尿で日本経済は終了

日本経済の長期停滞を説明する理屈はいくらでもあるが話は驚くほど単純だ。

原因は需要不足でもデフレ心理でもない。ルール破壊し、価格シグナルを歪め、貨幣政治目的従属させたことだ。

要するに、ケインズ派政策自己放尿である

 

ケインズ派の基本動作は、景気が悪いと見れば政府需要を作り、財政赤字と金融緩和で穴を埋めることにある。

だが成長は支出からまれるのではなく、生産性インセンティブから生まれる。

価格情報であり、金利時間選好の要約統計だ。

それを中央銀行財政当局が踏み潰す行為は、市場という分散計算機砂糖水をぶちまけて自己放尿するようなものだ。

短期的な多幸感は出るが、計算は壊れる。

 

日本で起きたのは、貨幣中立性を信じない政策当局が、期待形成自分たち管理できると誤信した結果だ。

量的緩和マネタリーベースを膨張させ、金利ゼロに貼り付け、将来の不確実性を消せると考えた。

しか合理的期待の世界では、予見可能政策はすでに価格に織り込まれる。予測可能インフレ目標は、予測可能に無力化される。

ここで起きるのは刺激ではなく、リスク社会化ゾンビの温存だ。

退出すべき企業が退出せず、資本は低生産性部門に拘束され、全要素生産性は下がる。

 

財政側も同じ構図だ。公共投資需要を作ると言いながら、実際には政治的配分で資源を歪める。

限界効用の低い支出に税と国債を投じ、将来世代負担転嫁する。

リカード等価定理を完全に満たさないにせよ、将来増税の予想は現在の消費を抑制する。

刺激のつもりが期待を冷やす。これが自己放尿の第二波だ。

 

さらに悪いのは、金融財政の結託である中央銀行独立性を空洞化させ、財政規律金融で肩代わりする。

これは金融抑圧と財政拡張ダブル放尿だ。金利という最重要価格を潰し、政府予算制約を見えなくする。

市場参加者学習する。将来のルール恣意的だと分かれば、長期投資は萎む。短期裁定けが増える。

 

政策善意ではなく、ルール一貫性必要だ。

k%ルール象徴されるように、裁量ではなく予測可能性が重要だ。

日本は逆をやった。状況に応じて目標を変え、手段を増やし、説明を付け足した。

その結果、政策ノイズになり、期待は不安定化した。貨幣中立でなくなり、しかも望ましい方向には動かない。

 

賃金が上がらない、投資が伸びない、成長率が低い。

これらは症状であって原因ではない。

原因は、価格システムを信頼せず、政府が最適配分を計算できると考えた傲慢さだ。

市場は失敗することがあるが、政府の失敗はスケールする。

日本観測されたのは、ケインズ派自己放尿が制度化され、止めるブレーキが外れた状態だ。

 

結論は地味だが冷酷だ。

需要創出ごっこをやめ、ルールに戻れ。

貨幣政策予測可能に、財政は制約を可視化し、退出を許容する。

価格に語らせ、金利仕事をさせる。

それができない限り、自己放尿は続き、成長は戻らない。

世界感情では回らない。回るのはインセンティブ情報だけだ。

Permalink |記事への反応(0) | 07:23

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-01

人気者だから成果を出す?お前因果関係わかってる?

数学者が人気者になるとき、何らかの定理証明たからだ

もともと人気だった者があとから定理を見つけたのではない

政治家はどうだ?

何の成果もなく、人気だけが高い者が、あとから成果を期待されている

そういうの、希望的観測っていうんだぞ

人気者ならばいい人だ、いい人ならば良いことをする、っていう集団妄想

IQ100はこういうのが多い

Permalink |記事への反応(1) | 20:32

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-30

どんでん返しブロッコリー美味さの増田素真の差真うー利己っろぶの史絵眼田土(回文

おはようございます

蒸し網の蒸し野菜の話しか最近してないぐらい自分でもどうしちゃったのってぐらいな世の中。

いちいち初めて蒸す食材にションテン全爆上がりしていたら、

私も疲れちゃうわ。

とはいえ

私の蒸し食材オープンワールドアールピージーの中でのパーティー役割では重要職業ポジション下仁田葱級に担っている「蒸し士」という謎の職業パーティーに含まれている感じなぐらい毎日蒸しってところなの。

今回挑戦する食材定番らしいブロッコリーね。

一房買ってきて、

試しに蒸して食べてみるの。

茎の軸の固いところも薄くスライスして、

ブロッコリーっていってもブロッコリーから

想像に値するブロッコリー像があると思うんだけど、

それを想像するブロッコリー味のブロッコリー味だと思ったのね。

そしたらよ!

そしたら実食して、

パク!

房の部分シャクシャクしてて美味しくって茹でてぼやけた味のブロッコリーとは大違いな違うなんか緑色の強い濃い味で想像以上なの。

蒸してマヨネーズなどの調味料もなしで、

この味に仕上がるのね!って

房で驚きつつ、

次は軸の固いところを薄く切ったものを実食よ!

パク!

え?なにこれ!?

ほっくほくで甘くてふわふわしっとりとして美味しいの!

ちょ、ちょ待ってよ!

軸の方がメインの房よりも美味しくね?って。

謎の逆転現象が起こってるの!

今までの常識だとブロッコリーって房ありき房メインで軸は窓から投げ捨ててしまものだと思っていたけれど、

軸のこのなにこの美味さ!

軸の方が先に完食して無くなっちゃったぐらい!

まりの軸の方が美味しくって、

房の部分も美味しく蒸し上がっているけれど、

軸の足もとにも及ばないぐらいな感じになっちゃうの!

とはいえ

房もしっかり美味しいのよ!

それをも遙かに上回る軸の美味しさ!

美味しいかどうか分からない私のチャレンジングスピリッツだけで挑み蒸したブロッコリー

まさか房の本編より軸の方が美味しいだなんて!

野菜蒸して食べるごとに

今までの野菜の味の私の中の常識がひっくり返っているの!

そして、

今のところ何回も既に積んできた蒸し打席数!

今回もホームランで全打席ホームランは新記録を更新し続けているという偉業!

私は大谷翔平選手みたくなるんだ!って意気込んで

蒸し野菜を蒸してきたけどホームラン連続でかっ飛ばしている失敗のなさの

全部全回蒸し美味しい!って逆にどういうこと?って思うの。

まり簡単で美味しくて逆に怪しく思っちゃうわ。

まあ、

強いて言うのなら、

ブロッコリーの軸と本編である房の蒸し時間がちと長すぎたかな?ってことぐらいの懸念しかないぐらいなもう1分か2分蒸し仕上げる時間短くてちょうど良かったかも!って思うぐらい。

蒸し時間が長すぎて詰まった当たりだと思ってたけどホームラン

結局昨日の晩の晩酌のお供は、

ブロッコリーだけで大満足という、

まさか房よりも軸の方が美味しいという大どんでん返しを喰らって感動して泣いてしまうぐらいの

大作映画を1本見終わったような食べた後の感想

しかも、

素材自体の味がしっかり蒸すことによって濃くなっているようなこともあってか、

ノー調味料ノーブロッコリー!なの

直訳すると調味料無くっても蒸したブロッコリーは充分に美味しい!って意味ね。

なんでも全部蒸したら漏れなく美味しくなってしまうって、

逆に考えると自炊思考停止の蒸し料理やりすぎると、

まりの手間の簡単さ過ぎてしかも手間に見合った以上の何倍の美味さになるので、

いままでの自炊してきた常識自炊脳がおかしくなってしまうわ。

もう蒸すだけでよくね?って。

自ら思考停止してしまっているようだけど、

これって自炊のなんか面倒くささ、

何食べようどう切ろうどう煮よう焼こう炊こう味付けようと

色々考えて作っていた自炊工程

蒸すってだけは、

わずか1工程で済んでしまう、

切って蒸し網の中にいれて時間で蒸すだけ。

今までの自炊の苦労がなんだったのかしら?って思うわ。

もちろん自炊して作るビーフストロガノフも美味しく決まったときは嬉しい美味しい楽しい!ってドリームカムトゥルーさんの歌みたいになっちゃときもあるけど、

それは全打席ホームランってワケではないので、

それも相まって簡単手間もないのにホームラン級の美味しさになっちゃう!ってことなのよ。

蒸しているだけなのに。

なんかここ最近の初めて蒸して食べる食材に全編全部感動していたら疲れちゃうわ!ってぐらいなんだけど、

それをも上回る、

美味しさに食材なっちゃうのよね。

ジャガイモタマネギとかカボチャとかブロッコリーとか、

そんな美味しいポテンシャル成分が有り余るほどふんだんに含まれていたとわ!

感動しすぎて疲れちゃったわ。

そう思いつつ、

ブロッコリーを食べながら思ってたのよ。

もう嫌だなぁ次を何蒸して食べてみようか?って考えるの。

だって漏れなく全部美味しくなっちゃうから

その美味さに美味疲れを起こしてしまいそう。

身体にはめちゃ良さそうだけど。

おかげで昨日は晩ご飯ブロッコリーだけで大満足という結果に終わったの。

夜ご飯ブロッコリーだけって聞いて納得できる?

私は出来ちゃったわ!

ウケる

次何を蒸そうかな?って考えちゃうわー。

ニンジンまだチャレンジしてないでしょ?

ピーマンも意外と蒸し上がって良い味に仕上がる予想しか予想だにできない旨味しかたこれなさそうなのよ。

他なに蒸す?

大根とかも良い役者なので、

適度な厚さで蒸したらおでん大根が最強説あったけど、

蒸し大根でまた大根の美味さのアップデートが走っちゃう更新されちゃうかも知れないという恐怖があるわ。

キノコ類は魚とかと一緒に蒸して魚の全旨味汁のルーシーを全受けして染み旨に仕上がるので

魚とキノコとかの組合せも漏れなくパーフェクトゲームを叩き出すの。

あと私やってみたいのが、

内臓だけ取ってあるまるまるの姿が残っている魚ってあるじゃない。

あれ丸ごと蒸したらどんなことになるの?って

たぶん美味しさのあまりに私がひっくり返っちゃうかも知れない憧れがあるロマン系魚まるごと蒸しってのにも挑戦してみたいわ!

そんなことしたら、

美味しくて誰かに怒られそうよ!

あとパックで売ってる無頭エビとか、

あれも絶対美味しくなる要素しかなくない?

しかも自ら色が赤くなって蒸したて食べ頃を教えてくれるというシステムを持ち合わせているし。

海老も蒸したら大変なことになりそう。

これら、

また全打席ホームラン間違いなくない?

ただ心配なのが

蒸し時間を上手にキメられるか!ってことあるけど、

まあだいたい私が編み出した数学博士秋山仁先生ビックリするような5分で蒸す5の倍数の定理をもってして蒸せば、

とりあえずだいたい上手に蒸せそうよ。

蒸すと食材が色鮮やかになって、

これ本当に私の蒸しライフにも彩りを与えてくれるのよ。

こんなに毎回蒸しでションテンが上がりまくっていたら蒸し料理なんて疲れて嫌になりそうだけど、

それをも凌駕する超えてくる美味しさには敵わないのよね。

蒸すってことが美味しさパラメーターのチートすぎておかしなっちゃうわ。

ジャガイモ蒸かしたら超美味しいわよー!って窓開けて大声で叫びたいぐらいよ。

うふふ。


今日朝ご飯

目新しく私の目前の目の前に飛び込んできたそのスモークサーモンクリームチーズサンドイッチ

アトランティックサーモントラウトサーモンノルウェーサーモンかは分からないけれど

赤い色とクリームチーズの白い色のコントラストが鮮やかで引き寄せられてしまって手に取って買って食べてしまったわ。

ちょっとお値段するけれど

サーモンクリームチーズが美味しくってこれまたリピ決定美味さだわ!って。

わず嬉しくなっちゃった

今日も頑張れる気がする!

うん!

デトックスウォーター

ホッツルイボスティーウォーラーしました。

ルイボスティーのパックもまだまだ夏から引き続きたくさんあんので、

こちらも消化していかなくちゃ!ってことね。

朝の寒いときのホッツは温まるわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

Permalink |記事への反応(0) | 09:02

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-29

蒸しただけのジャガイモが美味しい増田住まい示威拝も胃がゃ字の気だ嗜む(回文

おはようございます

絶賛蒸し野菜好調蒸し蒸し中なんだけど、

ここ最近私が一人大騒ぎ騒いでいる食材を蒸したら蒸すだけで美味い!ってやつ。

あれジャガイモ何回か繰り返して、

蒸して食しているのね。

初回はフライパンで使える新しい蒸し網を買ってションテン爆上がりの上でのそれの初めて使う感動だけでジャガイモが美味しくなってたのかな?って思っていたいわゆるポテトビギナーズラック的なことだと思ってたの。

でも

2回目!美味し!

3回目!美味し!

うーん、

蒸し野菜の全打席ホームラン記録は途絶えないのよね。

ジャガイモ適当品種をノールックマーケットで買ってくる、

いわゆる品種とか拘らず無視して蒸してとにかく一応なんでもやってみようってポテトスタイルで挑む、

ここ何回か蒸してきたジャガイモなんだけど。

総じて全部全回美味しいのよ。

もう逆に思うにこのジャガイモの蒸しただけでの不自然なまでの美味しさに怪しく思っちゃうの。

蒸しただけでこんなにジャガイモの旨味を引き出すことができるの!?って。

しかも残念なことに私の蒸しパワーと蒸しレヴェルはまだまだ1なので、

私の超絶蒸しテクニック超絶技巧ではないのは間違いないのよ。

まりこれ、

誰が蒸かしてもジャガイモばっちばちに美味しく蒸し上がる?ってこと?

ここ最近試していた蒸す時間数学者秋山仁先生ビックリするような5の倍数の定理を守りつつ、

20から15分に短縮してみたの。

さすがにほっこりホクホクしすぎて、

もっと私のダイレクトに刻む歯応えを確かなものにしたいと蒸し時間を調整して短くしてみたの。

15分!

はい

蒸し上がりました!

わ!なにこれまたやってしまったわ!

美味しいジャガイモのアルデンテやー!って

少し歯応えがあり固く仕上がっているけれど、

芯まで熱は通ってるのでホクホクには間違いないんだけど、

食べ応えのある歯応えになったのは大成功だったの!

そして、

毎回毎回蒸してジャガイモ食べて美味しいが連続するから

今までの自分自炊歴で

なんか作ってもこれ美味しく仕上がってんのかしら?って

まーこんなもんでしょ?って首をかしげながら食べていたビーフストロガノフ焼きたてパンオックスベーカーを浸して食べるんだけど、

これが私が美味く作ることができたのか、

よく正解が分からないままビーフストロガノフと焼きたてのオックスベーカーを食べていたのね。

打率的には体感3割切るような感じの。

手間かけた割りにはそうでもなくない?って

まり飛び上がるような美味しさでは無いのよね。

なのになのによ!

これジャガイモたった20分か15分か蒸しただけなのに、

それだけで美味さがいきなりマックスになるライドオン!なにこれ?って思っちゃうじゃない。

ジャガイモとかの食材ってそもそもとして

こんなにも旨味のポテンシャルがあったの!?って。

無駄ポンコツ自炊テクニック披露して、

食材の味を私自台無しにしてしまっていたかのようなのよ。

しかに、

煮たり茹でたりしてルーシースープは美味い!とは感じていたけど、

これ全部茹でたり煮たりしたとき

野菜たちとかの素材の旨味のポテンシャル成分が全部流れ出ていたってことらしいの。

それを一切の一滴もこぼさずに

野菜そのままの形で蒸すもんだから

野菜食材達の美味しいポテンシャル成分がモイスチャーな湯気に包まれるようにして蒸すことで、

そのポテンシャル成分が少なくなってしまうことがないってことなのよ。

マジもうこれこの冬シーズン

蒸しジャガイモで暮らせるくね?って思っちゃうのよ。

つーか余裕でジャガイモ美味いしそれだけで暮らせそうなぐらいの味わい!

帰ってからパスタ茹でる11分ですら面倒くさがって夜茹でパスタ王になるんだー!って思いは強くても、

一切帰宅してから茹でてパスタなんて作ったこと無いのに、

ジャガイモとかは蒸せちゃう

しかパスタの茹で時間より長い20分とか15分とかでもよ。

手間のコストを遙かに凌ぐジャガイモの美味さで全てが帳消しになるの。

しろ蒸しだけにってワケじゃ無いけど、

そんな手間は惜しまない!って蒸したい気持ちが私がマックスに余裕で帰宅してクタクタになったヒットポイントが少ないわずかな1ポイントでも

面倒くさいを乗り越えてでも食べたい蒸しジャガイモなのよ!

こんな夜に

美味しい蒸したジャガイモとか食べてたら逆に美味しすぎて身体に害になるのでは?って思って一応AIたちChatGPTちゃんやGeminiちゃんに尋ねるけれど、

野菜とか最高すぎるやろ!カップラーメン食べて寝るよりかははるかにマシ!って計算結果を叩き出すのよね。

塩分ゼロ脂質ゼロ

ホクホクの美味しさだけしかない、

しかもわりとビタミンCとかも含まれているジャガイモ完全食品とまで言わないけれど、

完全食品よりな食材であとズーチーチーズとか乳製品さえあれば大丈夫とのこと。

ジャガイモ1つ蒸して食べてるだけなのに、

こんなに幸せになれるものなの?って

やっぱりこれはおかしい!美味しすぎる!怪しい!って思いつつも

あっと言う間に小ぶりなジャガイモを2つホクホクと食べ切ってしまって罪悪感のない満足感に包まれるの!

でね、

本当はジャガイモと一緒にカボチャも蒸したのね。

ぱく!

食べるでしょ、

美味っ!甘くてホクホクでカボチャも美味すぎるでしょ!って

2打席連続ホームランどころか、

1打席で2本のホームランが打てちゃえないけど打てちゃった感じの、

ジャガイモカボチャの美味さたるや!

うーん、

こんなに美味しくていいのかしら?って不安になるレヴェル。

ホクホクのカボチャちょっと15分では長すぎたのか、

でも箸でほぐれるぐらいのもうとろける寸前!

蒸すってこんなに凄かったの?って

何度でも感動してしまうそフライパンの上の蒸し網のステージ食材達への拍手喝采なのよ。

自炊の謎ミラクル奇跡的に美味しく仕上がっても再現性のない二度と再現できない料理とくらべて、

これは蒸し時間だけなので、

再現性も何もないただたんに15分カウントダウンするだけ、

蒸す時間という意味での再現性必要な要素はそれしかなくてどう考えても間違えようのないバッチリ感なの!

こんな毎晩ションテン爆上がりしてていいのかしら?って

私のションテンメーターがたった1つのジャガイモだけで壊れてしまいそうだわ!

ドラゴンボールスカウター相手戦闘力を計測したら、

まりにも相手戦闘力が高すぎて計測出来なくてスカウターが爆発してしまう、

そんな私のションテンメーターが蒸したジャガイモを計測すると

ションテンメーターが爆発してしまっていたの。

新しいションテンメーターを博士に開発してもらわなくっちゃ!って。

また恐ろしいことに

ジャガイモカボチャのみだったけど、

これまた美味しい食材シンプルに蒸しただけのワンパン何品かそろったやつをションテンメーターで計測したらたぶん計測不可能な美味しさになってしまいそうで計測するのが怖くなっちゃうわ。

なんで毎回蒸したジャガイモがこんなにも美味しい?

不思議に思うわ。

もっと世間ジャガイモの蒸した美味さに気付くべき、

私一人で大騒ぎしているみたいよね。

でもジャガイモが美味すぎるのはどうやら毎回蒸しても大成功なので間違いないみたいね

美味しくっていいんだけど、

やっぱりどう考えても蒸すだけでこんなにも美味しくなってしまうのは

怪しいと首をひねってしまうわ。

また今夜もパクパクとあっと言う間に美味しく蒸したジャガイモを食べながら唸るに決まってるのよ。

目に見えているわ。

うふふ。


今日朝ご飯

ミックスサンドしました。

ミックス続いてる?もしかして

そう思っていて迷っている自分を反映している鏡に映しているかのようだわ。

でも今朝はそう迷いは無かったはずなのに、

無意識のうちにミックスを手に取っていた

ミックスサンドイッチが私を呼んでいたのよ。

そう言うことにするわ。

美味しいことに変わりはないから。

デトックスウォーター

ホッツ白湯ストレートウォーラー

今日はホッツ白湯のみのストレートのホッツ。

美味しくいただいて身体が温まったところ。

寒くってやっぱりこれに朝は温まらないと始まらないわね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

Permalink |記事への反応(2) | 08:53

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-27

無視できない蒸しタマネギの美味さの増田素真の差マウのギネ待たし無為な機で凍む(回文

おはようございます

最近蒸し料理のもう仕事化している申し子!ってぐらいの蒸し料理ずいてきているんだけど、

いろんな食材を蒸して食べるというのにチャレンジ中!

でね、

今回はシンプルタマネギをやってみたの。

普通にシンプルタマネギよ。

新玉とかじゃなく新二子玉でもなく二子玉川ライズでもなく、

普通に売っているシンプルタマネギ

それをこちらも至ってシンプルに1玉を3分割する輪切りにして、

フライパンの上に乗せた蒸しの上に輪切りにしたタマネギを搭載するの。

で!

蒸すこと約10分!

輪切りにしたタマネギが上質に蒸し上がって、

タマネギを横に切ったもんだから

タマネギ年輪に見える層が蒸しあげられたことによって盛り上がってきて、

自ら蒸し上がりました!って盛り上がりを隠しきれないぐらいな勢いで出来上がっちゃってるの!

早速実食よ!

パク!

な!なにこれ!

ま、まるで食べるオニオンスープじゃん!

うま!

旨味の甘みの濃縮したタマネギオニオンスープ化!

辛みなんか一切なく、

タマネギの甘さしか勝たんってぐらいきっと優勝出来ちゃいそうな勢い!

タマネギのただ普通タマネギを1玉普通に蒸しただけなのに、

この美味しさ?

あっと言う間に試しにと思って輪切りにしたタマネギ1玉はペロリと私の胃袋の中に収められたの!

とろとろでタマネギ自体自分の甘さを閉じ込めすぎているので、

一口タマネギを運んだら

中でジューシーに溢れるタマネギ汁がまさにオニオンスープのそれで、

もう一回大事ことなので何度でも言うけれど、

これって食べるオニオンスープじゃん!って!

鬼の形相とは裏腹に思わずそのオニオンスープの全タマネギの甘みをあますところなく自らのタマネギの身をもって保湿しつつ、

モイスチャーに蒸し上がったタマネギタマネギのいいところしか残っていない感じなの。

たった1つのタマネギでこんなに旨味あんの?甘いの?って

晩酌にってつもりで美味しくなくて失敗したら窓から投げ捨てればいいじゃん!って思っていたのとは大違いに、

しろ逆にもう1玉2つのタマネギを蒸せばよかったわ!ってぐらいに

あっと言う間に食べちゃったの。

蒸し料理ポテンシャルポテンヒットどころか

まさに味のホームランよ!って

私も二刀流大谷翔平選手みたくなるんだ!って蒸し料理界の二刀流を目指せるなって1回ぐらいは思っちゃったぐらい!

この蒸し料理というか、

蒸すだけでこんなにションテン爆上がりするものなのかしら?

しかタマネギたった1つででよ!

うま!って。

もうみんな今年が午年だってことを忘れているでしょ?って私は「うま」いって叫び続けるのよ。

今年はもしかしたら私蒸しの年になるかも知れない!

この1年の切って火蓋が切られて兜の緒を締めるたい感じ!

しかもこれほとんど食材を切って乗せるだけだし、

もっと早くに蒸し料理のいや蒸し野菜の良さを知るべきだったわ。

今知らない人がいたら、

試してみるといいわよ!

そんな蒸籠だなんてたいそうな装置を買わなくてもいいので、

フライパンの中に設置できて蒸せる蒸し網ってのがここ21世紀になって開発されたようなので、

これはもう味の文明開化やー!って言いたいぐらいなの。

こんな器具早くから知っておけばよかったわ。

いや逆に今知れたからこそ良かったのよ!

これなんでも野菜蒸せちゃって食べられちゃうから

超絶ヘルシーになっちゃうの!

しかも私あんまりそもそも味付け無くっても大丈夫な、

これが正解なのか味音痴なのかもはや分からないけれど、

生野菜サラダとかもドレッシングなしでパクパク食べちゃう体質!

これもあってかか分かんないけど、

蒸し上がった野菜たちはなにも調味料を付けずに

ジャガイモは一滴のポン酢を垂らすのみって、

ジャガイモポン酢使うんかーい!って言われちゃいそうだけど、

もちろん使わなくてもジャガイモの味の甘みの旨味は充分にあるの!

今のところ、

蒸し料理というか蒸し野菜たちやってきたけど、

打席初球ホームラン!って感じで失敗しないいや失敗する余地がないのよ!

余地がなさ過ぎまくりまくりすてぃーだわ!

失敗しようが無いのよね。

あと強いて言うのなら蒸し時間があるけれど、

だいたい5の倍数でいいみたい!

はい

今思いついた名言でました!

蒸す時間食材に対して5の倍数でいい!って

気付いちゃったわ!

ジャガイモは大ぶりだと20分!

このタマネギとかなら10分!

白身魚とかのお魚だったら5分!

わ!

だいたいの蒸し料理時間は5の倍数でいい!って法則まで見付けられちゃって一挙両得を5倍にしたい気持ちよ!

ションテン爆上がり毎晩上がっていたら

ションテン爆上がり疲れを起こしちゃいそうだけど、

それをも上回るほどの蒸し上がったお野菜たちの美味さが炸裂しているので、

私は言わせないの!

鈴木杏樹さんばりにモリモリ食べ野菜!って私が先に言うから

こんなに身近に幸せがあって良かったのかしら?

いや今までどんだけ不幸だったんだよ!って言う意味では全くないけれど、

大事ことなのでこれはここでまた何度も言いたいんだけど

蒸したタマネギはまるで食べるオニオンスープやー!ってこと。

たぶん、

私はそこそこ自炊やって来た手間味噌自慢しているわけじゃないけれど、

それがひっくり返るぐらいの

簡単さに美味しさに食べ応え強さ」と

私のお粥研究テーマでもある「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」にも匹敵するぐらいなの!

ただ切って食材を蒸し網に乗せるだけ。

今まで自炊やってきた私の膝が崩れ落ちそうだわ。

こ、こんなにも蒸し蒸すだけで超絶なんでも美味しくなっちゃうなんて!

恐ろしいことにこれが失敗していない

打席初球ホームランだってことも恐ろしいわ。

だって自炊適当に何か作ったとき

まぐれで奇跡的に超絶美味しいのができるけど、

調味料とか目分量なので再現出来ないじゃない!?

あの味が自分再現できないのよ!

自分でですら。

だけど、

蒸し料理食材を乗せてだいたいの食材の量とか固さとかで蒸す時間は5の倍数という秋山仁先生ビックリするような定理

私の何もかもがひっくり返っちゃうぐらいの事件なのよ!

ふふふ!

今度は私はサーモンに挑戦する、

いわば蒸し界隈のラスボス級の食材に挑戦しようと思っているの!

サーモン蒸したら絶対美味しいしかなくない?

そしてキノコも一緒に蒸せば、

たぶんまた1回の表初打席初球ホームラン間違いないのは今から想像するに容易すぎるわ。

私のサーモンチャレンジもお見逃しなく!って言いたいところよ。

タマネギ1玉でこんなにションテン爆上がりするんだから

サーモンでやったらたぶん大変なことになるかもしれない!

でも過信してはいけないの!

蒸しがあまりにも簡単で手軽だからって自分の蒸しレヴェルと蒸しパワーを過信しないようにしたいわ。

ションテンが爆上がりしていることをサーモンに悟られずに

蒸しサーモンやってみるつもり!

から晩ご飯のことを考えるとワクワクするわ!

うふふ。


今日朝ご飯

昨日買って食べるのをすっかり忘れていた納豆巻き!

今朝に持ち越し朝ご飯に!

まりタマネギの美味しさに全てを忘れていたわ!

でもこうやって朝ご飯に大好きな納豆巻きを食べられるダブルでの幸せ

今日は良いことあるに間違いないに決まってるわ!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ストレートウォーラーに、

って思ったけど思い出したかのようにまたルイボスティーティーパックがあることを忘れてしまいそうだったから、

ホッツルイボスティーウォーラーしました。

今日ちょっとだけ早起きしたので、

慌てちゃったけど

落ち着いて1日を過ごしたいわね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

Permalink |記事への反応(0) | 08:59

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-26

anond:20260126143024

経済学定理とかあるとして、それを数値に落とし込めば対称性とか出てくるのに、文系定義理解しようとするから定義合致しない主張を「数値が示していても」拒否している。

やっぱMMTディスってるよね

Permalink |記事への反応(0) | 14:32

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

文系って「定義」で理解しようとするよな

経済学定理とかあるとして、それを数値に落とし込めば対称性とか出てくるのに、文系定義理解しようとするから定義合致しない主張を「数値が示していても」拒否している。

 

経済学定理は、本来ほとんどが数式で書ける。効用関数、制約条件、期待値、均衡条件。そこに一度落とし込むと、対称性や保存則めいたもの自然に立ち上がる。

たとえばMM命題でも、「企業が外に出す総キャッシュフロー一定」という制約の下で、配り方を変えても価値が不変になる、という構造対称性が見える。これは定義問題ではなく、写像の不変量の話だ。

 

ところが数式を経由しない理解だと、話は言葉の箱詰めになる。

企業価値とは何か」「株主が得するとは何か」という定義をまず固定し、そこから外れる主張は、たとえ数値やモデルが示していても「定義に合わないか却下」になる。これは反証拒否というより、形式言語への過剰コミットだ。

 

典型的なのがこういう思考経路だ。

優待現実に得をしている人がいる」→「得している以上、価値がある」

ここでは期待値価格調整も、数値としての均衡条件も登場しない。代わりに「得」という日常語の定義けが支配する。数値モデルが示す対称性は、最初から視界に入っていない。

 

物理数学に慣れている人は逆をやる。

まず量を置く。保存量があるかを見る。対称性があればノーザー的に不変量を疑う。定義最後に整える。

経済学定理も、本来こちら側の文化に属している。MM命題が美しいのは、倫理でも経験談でもなく、対称性露出しているからだ。

 

このズレが厄介なのは、数値で示しても通じない点だ。

「この条件下では期待収益は等しい」と言っても、相手は「でも優待は嬉しいよね?」と返す。これは反論ではなく、別の座標系で話している。

 

問題は、構造の話をしている場面で、例外感情主語にしてしまうこと。

経済学定理がしばしば誤解されるのは、「社会の話なのに、実は対称性の話をしている」からだ。

この理解様式のものが、優待論争みたいなところで露骨に噴き出している。

Permalink |記事への反応(1) | 14:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-23

科学史担当教員求人に応募して、面接に行った。

時給1117円。

交通費480円まで。

主要業績3件×3部、製本済。

その時点でだいぶ覚悟はしていたが、面接想像より一段深い地獄だった。

面接官が言う。

「ところで、科学史をご専門とのことですが、高校レベル数学はどの程度お分かりですか?」

嫌な予感がした。

「ええと……数IIIまでは一応……」

歯切れが悪くなった瞬間、相手の目が光る。

「では、この程度は大丈夫ですよね?」

ホワイトボードに書かれる、

二次関数

平方完成。

頭が真っ白になる。

できない。

いや、正確には「昔はできた気がするが今は無理」だ。

沈黙

「……高校2年生レベルですが」

と言われた瞬間、何かが切れた。

「違うんです!!」

気づいたら叫んでいた。

科学史が専門の大学教員だって!!

高校2年程度の数学ができない奴は普通にいるんです!!

しろゴロゴロます!!」

面接室が静まり返る。

ニュートン微積を作った背景とか!!

ガリレオが落体をどう概念化したかとか!!

クーンパラダイム論とか!!

それと平方完成は別なんです!!」

面接官が少し困った顔で言う。

「でも、それって……

科学史って、科学ができなくてもいい学問なんですか?」

呆れた口調だった。

この瞬間、敗北を悟った。

「……はい

しか言えなかった。

本当は言いたかった。

科学史とは、

科学が「できる/できない」を生む制度歴史

外側から観察する学問だと。

でも、時給1117円の面接

そんな説明をする気力は残っていなかった。

帰り道、思う。

ニュートンは二項定理ができた。

ガリレオは比例計算ができた。

自分は平方完成ができない。

だが、

ニュートンがなぜ神学に執着したか説明できる。

ガリレオ裁判がなぜ起きたか説明できる。

それでも社会は言う。

高校数学もできないのに、科学史?」

たぶん、この学問

つの時代もこうやって笑われてきた。

帰宅後、求人票をもう一度見る。

時給1117円。

科学史とは、

科学ができない人間が、

科学の偉大さと残酷さを

同時に引き受ける学問なのだと、

今日もまた一つ、身をもって学んだ。

Permalink |記事への反応(2) | 13:43

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-30

右翼曲折の火砲定理

dorawiiより

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20251230184508# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaVOfJgAKCRBwMdsubs4+SFeLAP4lUdSUmvPDkiKw0/EzazO6mNW2E7Gb4XGigcihRRo1PAD+PylyTukwNe+l2kmJ7tumTMpLYEM/RrWdTPeOmzspngk==eQD7-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(0) | 18:45

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-23

anond:20251223120735

でも夜は女性が下方ですよね

加法定理

Permalink |記事への反応(0) | 12:09

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

三角関数って高校で習う意味ある?

俺、アラフォーだけど加法定理なんか使ったこと一回もないぞ。

こないだ資格試験勉強20年ぶりくらいにみたけど、あんなもん必要になったときに覚えりゃ十分でしょ?

Permalink |記事への反応(1) | 12:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-22

anond:20251219110851

高校生やったのはもう20年前だから今は違うかもだけど、塾行ってなかった自分からみたら、色々便利なの習ってたように見えた。

例えば、

例えば数学なら、授業なんてどこに行っても

定義定理1の証明定理1を使う例題→定理2の証明定理2を使う例題→定理1定理2を使う例題

って流れしかないでしょ?

加法定理証明って教科書だと単位円上に点とって、幾何性質から方程式立てて導いたんだけど、塾行ってたやつらはベクトル内積使って導く方法を知ってた。

私の頃は、数学Ⅰと数学Ⅱは必修だけど、数学Aとか数学Bはそのなかから何単元か選択必修みたいな感じだったので、三角関数が出てくる数学Ⅱで、選択必修の知識であるベクトルを使わせてくれなかったんだと思う。

数学Ⅱで使えるのは、数学Ⅰと数学Ⅱの知識だけで、必ずしも習うとは限らないベクトルは使えないみたいな理屈で。

数学なんて受験以外じゃ役に立たないけど、少なくとも受験じゃ有利なんじゃないかな。

Permalink |記事への反応(0) | 22:46

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-20

anond:20251219110851

こんなこと言っちゃだが、定理証明なんかテストの点にならないし、教えたってみんな理解してない。

公式なんて使えりゃそれでいい。

2次方程式の解の公式加法定理を導出できる大学生が何割いるって話で。

ちゃん根本から理解していたほうが、応用がきくし、誤用は少ないけれど、別の話だ。

ソフトウェアサービスの開発で考えてみればいい。

APIの中を知ってた方が応用がきくし誤用リスクは少ないけど、それだけだ。

誰もが向こう側でなにをしてるかを知る必要はない。

Permalink |記事への反応(0) | 15:29

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-19

anond:20251219110851

学校教科書や授業は、なんだかんだ、その知識にとって重要ポイント重要だと伝えてくる。

「生徒が興味を持ちやす面白いコラム話」とか挟む。そもそも知ろうと思うことが重要なので。

あと正確性のために、年号とか、使用頻度は低いが並列的である定理とかが、やたら詳しく書いてあることもある。

 

塾はそうではなくて、受験問題になりやすいところを伝えてくる。

コラムとかない。問題にならない定理年号も忘れさせる。

Permalink |記事への反応(0) | 16:31

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20251219110851

定理証明かいらねーんじゃないの?

API組み合わせればアプリつくれて、APIの中身知らなくていいみたいに、問題を解く道具(公式=定理)の使い方だけ教えたほうが効率的だし、Win-Winじゃん。

プログラミング学習と一緒で、理解できないものにぶち当たったら、とりあえず思考停止してそういうものとして使ってみて、身体で覚えるのが数学

社会科とかは、ちゃんとアタマ理解しないとボロが出る。

Permalink |記事への反応(0) | 11:46

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

塾の教え方ってなんか違うの?

塾とか予備校って通ったことないから知らないんだけど、学校より質が高いの?

例えば数学なら、授業なんてどこに行っても

定義定理1の証明定理1を使う例題→定理2の証明定理2を使う例題→定理1定理2を使う例題

って流れしかないでしょ?

どんなに工夫したって、この基本テンプレから離れられなくない?

Permalink |記事への反応(20) | 11:08

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp