
はてなキーワード:官公庁とは
当時、大手SIの官公庁部門にいたが、本来なら発注予定だった案件がほぼ全部止まった。
当社からの発注を当てにしていた下請けにも発注を止めざるを得なかったので、中小SIは資金繰りができず潰れたところもあったと聞く。
昔なら先行発注とか営業支援名目で発注できたんだろうけど、コンプラが厳しくなってそこらへんNGになってたし。
年末になってようやく発注が来たので当社も下請け含めて体制組んだが、本来は半年案件が3カ月案件になったので色々と火を噴いた。
一介のサラリーマンだけど、この一件だけで恨み骨髄なんですが。
日本銀行(日銀)の本店を東京から大阪へ移転させるという構想は、単なる地方創生の一環に留まらず、日本の国家構造を根本から見直す「究極のリスク管理」としての側面を持っています。
政治、経済、BCP(事業継続計画)、文化など、多角的な視点からその妥当性を論じます。
日本が直面する最大の懸念は、首都直下地震です。東京に一極集中している現状では、日銀が機能不全に陥った際、日本全体の決済システム(日銀ネット)が停止し、世界的な金融恐慌を引き起こす恐れがあります。
現在も大阪支店にバックアップ機能はありますが、本店そのものを大阪に置くことで、東京が被災しても「日本の心臓」が止まらない体制を確立できます。
東京と大阪という約500km離れた拠点が対等な機能を持つことで、広域災害に対するレジリエンス(復元力)が飛躍的に向上します。
現代の安全保障において、中央銀行はサイバー攻撃や物理的攻撃の最優先ターゲットです。
一撃による麻痺の回避:政治(首相官邸・国会)と金融(日銀)の拠点が同じ千代田区内に密集している現状は、国防上極めて脆弱です。これらを物理的に引き離すことで、国家機能が一度に壊滅するリスクを低減できます。
東京一極集中は、地方の衰退だけでなく、日本全体の経済成長を抑制している側面があります。
国際金融都市・大阪の復活:日銀本店が大阪に移転すれば、国内外の金融機関が拠点を構え直し、大阪は再び「東洋のウォール街」としての輝きを取り戻します。
関西圏には優れた製造業やバイオ産業が集積しています。日銀が鎮座することで、これらの産業への資金供給ルートが太くなり、東のサービス業・IT、西の製造業・技術という「経済の両輪」が完成します。
「東京が全て」という価値観からの脱却は、長年の政治的課題です。
地方分権の象徴:日銀という最も権威ある機関の一つが移転することは、官公庁の地方移転を加速させる強力なメッセージになります。
現場の経済感覚が東京(官僚・IT・大企業)だけでなく、大阪(中小企業・商人・グローバル製造業)の視点を取り入れることで、より実態に即した金融政策が期待できます。
職員にとっても、過密な東京を離れるメリットは無視できません。
東京に比べ家賃が安く、職住接近が可能です。豊かな食文化や歴史的資産が身近にある環境は、職員のメンタルヘルスやクリエイティビティに寄与します。
関西圏は教育水準が高く、多様な選択肢があります。生活コストが下がることで、実質的な購買力が向上し、優秀な若手人材の確保にも繋がります。
大阪はもともと「天下の台所」であり、江戸時代には世界初の先物取引所(堂島米会所)が誕生した金融の聖地です。
金融の歴史的ルーツである大阪に日銀を置くことは、日本の経済的伝統を尊重することに他なりません。
新しい「粋」の文化:東京の「洗練」とは異なる、大阪の「実利と合理」の文化が日銀の組織文化に混ざることで、より強靭で柔軟な組織へと進化するでしょう。
日銀の大阪移転は、単なる拠点の移動ではなく、「東京依存からの卒業」を意味します。震災や有事という「もしも」に備えつつ、平時においては経済を多極化させ、日本全体の底上げを図る。この決断は、次世代に対する最大の投資となるはずです。
「たとえ1mmのズレでも、目標地点の距離が遠いほど大きなズレとして反映される」という喩え話がある。もし外的要因(地球の重力は除く。)に左右されず直進する物体があるとしたら、発射角がズレるほど目標地点から遠いところに着弾するだろう。
隠蔽といえばいわき信用組合の不祥事が記憶に新しい。迂回融資、無断借名融資などの不正行為に加えて、それらを告発しようとした団体に反社会的勢力の力を借りて圧力をかけ、隠蔽しようとした。
問題発覚後も預金通帳の焼却、マスターデータの入ったPCの破壊など証拠隠滅を行ったことが第三者委員会の調査によって判明しているらしい。
本事案は、融資先の赤字企業が潰れないようにペーパーカンパニーを使った迂回融資をしたところから始まったようだ。しかし、赤字企業の財政を立て直すには一社の迂回融資の金額だけでは足りず、いわき信用組合の利用者の名義を無断で利用して不正融資する(=無断借名融資)など、雪だるま式に不正行為が積み上がっていった。つまり、小さな不正行為を隠蔽するための不正行為が積み重なり、大きな不正行為になった。
結果、昨年に金融庁から査察が行われ、今年の第三者委員会の調査によりこれまでの不正行為がすべて明るみに出た。おそらく、職員もろとも今後数十年に渡って汚名を背負って生きていかなければいけなくなる。
さておき、先ほどの喩え話に戻そう。「たとえ1mmのズレでも、目標地点の距離が遠いほど大きなズレとして反映される」のだ。
換言すると、不正行為を隠蔽することは、物体が本来進むべきルートから外れたために、ルートから外れたこと自体を覆い隠すことを意味する。
しかし、直進する物体は時間が経過するほど目標地点から距離が離れていき、元のルートに戻すのが難しくなる。つまり、隠蔽行為のための隠蔽行為が増えていく。なにかミスが起きるたびに隠蔽を繰り返し、そのたびにコストがかかる。
隠蔽行為が露見したときの破壊力は凄まじい。組織が社会的責任を果たさないということは、組織の社会的信用(第三者から見た信用)を失墜させるということだ。社会的信用を失うと、一般企業であればあらゆる取引が破綻する。たとえば、札幌市では従業員に暴力を振るった建設会社はレバンガ北海道(プロバスケットボールチーム)との事業が打ち切られた。必然的に従業員の賞与金額が下がったり、非正規雇用者のクビが飛んだりするだろう。
こんなことは馬鹿でもわかる話だ。
だが、内部統制が実質的に存在しない中小零細企業(もちろん、すべての中小零細企業ではない。)だけでなく、大企業でさえ不正行為の隠蔽がたびたび取り沙汰される。これは内部の人間が馬鹿なのではなく、意思決定が狂う組織構造や企業文化によるものが少なくない。
そんなことになるくらいなら、問題が小さいうちに頭を下げるなり、示談するなりしたほうが余程被害は小さいまま、スムーズに解決する。
(俺の前職の連中はハラスメント事案などを気軽に隠蔽しすぎた。そのことが噂話として拡散され(しかも、当人たちの口によってである)、社会的信用を失いつつある。すでに採用難に陥っていて、信用回復の見通しは立っていない。不正を黙認した従業員のイメージも下がるので、転職なども難しくなっただろう。)
ガバナンスの効いた職場なら積極的に不法行為を犯し、問題を大きくする人材なぞ危なかっしくて使いたくないと判断するだろう。
仮に登用されたとしても昇進は見込めない。あるいは、昇進してもそこそこのところで転落するだろう。企業活動は問題解決の連続だ。わざわざ問題を増やし、問題を拡大し、損害を発生させるバカに上位の権限を渡すわけがない。権限を渡したらとんでもないことになるし、なっているところを何度も見てきた。
昨今はSNSの台頭によって情報の拡散が早く、広範囲だ。株価やブランドイメージを気にする大企業はコンプライアンスにはとりわけ気を使っている。昔からハラスメント気質の企業文化だとされてた営業系企業、建築土木企業も体質改善に取り組みはじめている。
そんな社会情勢の中、いまだに昭和の価値観の色濃い前職の連中。上から下まで馬鹿ばかりだといいたいが、一番だめなのは意思決定者であるトップだ。
切腹させるべきだ。
それがいちばん被害が小さく済む道だ。自分を含む周りの全てを破壊しながら、意地汚く座席にしがみつくつもりなんだろうか?
信用を回復させるためには、「罰則を受け入れ、損害を賠償する」という企業責任を果たすのが正解だ。
加えて、なにか問題が起きた時、当事者と真正面から話し合うほうが低コスト低リスクで済む。
誰も撤去したわけではない。
ただ、「掲げること」も「捨てること」も誰もしたくなくなったのだ。
どんな形であれ、日の丸を「汚す」「破る」「捨てる」行為が処罰対象になった。
たとえそれが古くなった紙旗でも、プリントTシャツでも、教室の隅で埃をかぶった小旗でも。
一度「日の丸」を手にしたら、生涯、責任を持って保管せねばならない。
そういう法律になった。
でも次第に、誰も日の丸を使わなくなった。
買えば負債になる。
飾れば撤去できない。
壊せば罪。
運動会の旗も、弁当のピックも、パッケージのデザインも変わった。
「赤丸」が消えた日本。
白地に赤があるだけで「通報された」という噂まで流れた。
教科書では「かつて国旗と呼ばれたもの」として小さく載っている。
でも実物は誰も掲げない。
その空に今も、どこにも旗は揺れていない。
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役人栄えて国滅ぶ
恋愛結婚したいならば公務員になるのがベストだというデータが出ている
日本全体で子どもの数が減り続けている中で唯一キープしているのは「どこの家の子」か?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3cde893858319d4a2b34979a67fcd2d892c9929d
2017年あたりを機に、「10-100人未満」「100-1000人」「1000人以上」の企業より官公庁の子ども数が上回った。2024年時点でも、官公庁が1位である。つまり、今の子どもたちで一番多いのは「官公庁の家の子」なのである。
しかも、官公庁の子どもの数は減ってはいるものの、他と比べればその減り幅は小さく、安定している。やはり、給料や離職の心配がないからこその安定なのだろう。大事なのは、今この瞬間の所得ではなく、今後も継続して安定した生涯収入が得られるという安心感である。特に、地方においては、官公庁に勤めることが一番人気が高いとも言われている。
しかし、一番多い子どもが「官公庁の家の子」になってしまっていることこそが少子化の原因でもあるだろう。
何も官公庁の人間が悪いわけではないし、彼らの結婚や子どもの数を減らしたところで何も解決はしない。
が、2007年に少子化担当大臣ポストができ、2010年に旧民主党による子ども手当ができ、2023年1月に前岸田首相が「異次元の少子化対策」なるものを掲げ、4月にこども家庭庁が発足したが、この推移だけを見ると官公庁以外はことごとく子どもの数が減っており、唯一官公庁だけがキープしているように見える。
穿った味方をすれば、今までの少子化対策とは公務員による公務員のための施策だったのかと思いたくなる。もしそうであれば、成果をあげていると言えるだろう。
これは事実として正しくありません。
日本の俗語で「給与所得者」を意味します。会社規模(大企業か中小企業か)には関係なく、雇用されて給与を受け取る人を広く指す一般的な言葉です。
法令や統計上で「労働に従事している人」を指す言葉であり、英語の workersengaged in work に近い意味です。中小企業に限らず、大企業・官公庁・個人事業なども含めて「働いている人」を広く表現する概念です。
労働基準法や統計資料では「労働者」や「従業者」という用語が使われます。
「サラリーマン」と「労働従事者」は法的にも行政的にも互いに置き換えられる用語ではありません。
「中小企業だからサラリーマンと言わない」という区別は制度上・慣用上ともに存在しません。
したがって
という主張は 誤り です。
正しくは、「サラリーマン」は俗語、「労働従事者」は法令や統計で使う硬い表現であり、企業規模とは関係がない というのが事実です。
2025/08/20、テスラジャパンが公式Xで、横浜みなとみらい周辺の一般道における公道テスト動画を公開した。https://x.com/teslajapan/status/1957986432926249405
これらの挙動が日本の現行法規で実装可能か、また「監視なし」でも可能かを、一次情報と公的資料を基に判定する。
ステアリング関連の個別機能要件。ACSFの各カテゴリ(B1=車線維持、C=車線変更など)を規定。カテゴリーCは運転者の意図的操作で方向指示器を作動させることを前提に単一の横運動を行う。
レベル2相当の縦横持続支援を包括的に型式認可する新規則。R79の制約を補完し、一般道の右左折支援、車線変更支援、障害物回避などのL2支援を対象化。
| 事象 | 一般道(ハンズオフ前提) | 根拠・条件 | 高速道路(ハンズオフ前提) |
|---|---|---|---|
| 交差点で右折矢印点灯後に右折開始 | 不可(一般道はハンズオン要求) | 機能自体はR171でL2支援として対象化されるが、国内運用は一般道でのハンズオフを認めない。参考:MLIT2024/06資料 | 条件付き可の見込み(交差点場面は高速では限定的、ハンズオフは段階導入の対象領域) |
| 赤信号で停止し青で発進(信号対応) | 不可(同上) | L2の継続支援としては対象だが、一般道のハンズオフは不可。参考:R171本文、MLIT資料 | 条件付き可の見込み(ハンズオフ領域の拡大に連動) |
| 工事区間で閉鎖車線を回避 | 不可(同上) | 障害物回避はR171の対象だが、一般道でのハンズオフ前提は不可。参考:MLIT2025/06資料 | 条件付き可の見込み(速度域、合図、DMS、抑止条件などの付帯条件下) |
| 路上駐車車両の追い越し | 不可(同上) | 周辺交通とVRU配慮を含むが、一般道ハンズオフは不可。参考:UNECE本文 | 条件付き可の見込み(高速での低速物回避等に限定的適用) |
| 横断歩行者に優先を譲り停止 | 不可(同上) | VRU配慮は要件化されるが、一般道ハンズオフは不可。参考:UNECE本文 | 該当稀(高速は歩行者進入が想定外) |
| ドライバー監視なしでの運転 | 不可 | レベル2は監視義務継続、スマホ注視も禁止(道交法71条5の5) | 不可(同左) |
現行制度で日本仕様のFSD(Supervised)が目指す絵は、だいたいこうだ。
交差点の右折矢印が点いた瞬間、システムは「今だ」と耳打ちするが、主役はあくまで運転者。ウインカーは人間の出番、手はハンドルに残すのが作法である。もし膝の上で腕を組んで余裕を見せれば、数秒で警告が畳みかけ、支援はしれっと身を引く。北米の「手は自由、車は勝手に」の夢は、ここでは早送りで終わる。
赤信号では賢く止まり、青になれば「青だよ」とは教えてくれる。ただし「行ってよいか」は自分の目で決める。見通しが悪ければ、システムは空気を読みすぎるくらい慎重で、運転者の加速のひと押しを待つ。信号は合図であって免罪符ではない、という教育が徹底されるわけだ。
工事のコーンが並ぶ場面では、基本「ちょい避け」+低速。完全なレーンチェンジは一般道では控えめ、合図は人間、進路の意思表示は軽いトルクで上書き、という分業制である。手を離せば、DMSが「握って」と催促する。工事現場で一番存在感があるのはパイロンでも重機でもなく、その警告になるかもしれない。
路上駐車の追い越しは、対向分離のない道ゆえに、対向車線へ大胆に踏み出す発想は封印。微小オフセットでスッとかわし、対向が見えた瞬間にサッと戻る。安全マージンは厚め、演出は薄め。北米の「スッと出てスッと戻る」は、ここでは「そっと出て、そっと戻る」に翻訳される。
横断歩行者には早めに気づき、素直に止まる。再発進は運転者が周囲を見て、合図して、そっと踏む。相手が戸惑えば、システムは強引に割り込まない。せいぜい控えめに促して、「決めるのはあなた」とハンドルを返してくる。主客転倒は起きない設計だ。
ハンズオフの扱いは総論として簡潔で、一定時間で警報、放置で支援解除。つまりAutopilotのと変わらない。まとめるなら、北米の「映画みたいな自動運転」は、日本では「教習所の優等生みたいな支援運転」になる、である。
ナビはよくしゃべるが、交差点が複雑になるほどハンドルは寡黙になる。案内は饒舌、操舵は保守的、責任はずっとあなた。速度もまた、標識と地図と車両法規の“低い方”に合わせ、越えそうならそっと抑える。画面には「支援中」「要監視」が常時明示され、取扱説明書は「L2は運転者責任」をこれでもかと刷り込む。派手さは薄いが、合格点は堅い。そんな“日本語訳されたFSD”が現行制度の答えである。
FSD(Supervised)の挙動自体はR171(DCAS)の枠で型式認可対象になり得るが、一般道におけるハンズオフ前提の実装は現時点では不可である。
高速道路についてはハンズオフを段階導入する国内方針が示されており、条件付きで可の領域が拡大する見込みである。一方、ドライバー監視の免除は対象外であり、一般道・高速を問わず運転者の責任は継続する。
しかし、X上ではTeslaAIが当該動画を以下のように引用している
Testing FSD Supervised inYokohamacity south ofTokyo –one ofthe firstJapaneseportsthatwas opened to foreign trade🇯🇵
https://x.com/Tesla_AI/status/1958012898707460488
テストされた横浜は1859年に外国貿易港として開かれた歴史を持つ。過去ハリスが日本に開国を迫った歴史があるように、今回のテスト公開が閉鎖的と見なされがちな自動運転法規の開放的運用へ、海外勢からの圧力として作用する可能性はある。
そうは言うが実際大手SIerや未経験文系を20年以上採りまくってるし、特に女子比率をあげたいからここ10年は女なら文理問わず無条件と言っていい感じで採りまくってる
あと官公庁からBPOを教われというが、そもそも官公庁にそれを仕込んでるコンサルが戦略、IT開発、BPOまで全部やってSIerを干上がらせてるから、富士通もデータも対抗してコンサルやってるんだよ(てか、そもそも日本のSIerっていうのはBPOで飯食ってんだよ)
未経験中途も第二新卒どころか20代なら(多少素養がありそうなら30前半でも)バンバン採ってるよ
このどれにもあてはまらないのにネットの情報教材に乗せられた人は…すまんな…
この社会の異常性の原因の一つは、プリーストリーというイギリスの発明家・作家が始めて、アメリカ北部のマサチューセッツやペンシルバニアに飛び火したカルト
ハーバード大学もユニテリアン関連機関で、奴隷制維持派で、南北戦争も起こしてた
日本にはアーサー・ナップが来た
若者教育に熱心で民族主義を煽るタイプ。シオニズムやナチズムも、統一もその流れ。
自民とか官公庁、裁判所、銀行業や保険業、不動産業、メディアなど、社会に影響する分野に多いらしい。
団体利益のためなら何でもありっぽい利権団体だよ。利権に手入れしようとした政治家は不審に死没していたりする。
彼らは他団体の成長をなんとしても妨げようとするから、汚いよ。
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収容人数40人程度の教室の中で、教壇上にある蛍光灯の白い光が、『スーパー過去問ゼミ』のテキストの文字を無機質に照らし出す。俺は増田、三十代半ばである。都内にある某公務員試験予備校で、もう八年以上も予備校講師をしている。担当は主に面接対策と論文指導だ。
今もこうして夕方以降の時間帯に、19~23才程度の若者向けに、公務員試験に合格するための要諦を指導する日々である。
採用から数年間は以前は筆記試験だけの指導をしてたが、幸いにも早めに昇進することができた。筆記以外の面接とか論文なんかも指導するようになった。正直、新卒で予備校に入社した人よりもスピード出世である。
「増田先生。この間の模擬面接のフィードバックの文ほしいんですが!」
休憩時間になると、熱心な受講生たちが俺の元へ寄ってくる。彼らの目は真剣そのもの。
公務員という安定した職を、社会に貢献できる仕事を求めて必死に努力している。その情熱は本物だし、俺も全力で応えたいと思っている。表向きは。
公務員になりたい、という彼らの動機は様々だ。「親が安心するから」「福利厚生がしっかりしているから」「クビにならないから」。もちろん、「住民のために働きたい」という崇高な志を持つ者もいる。残念ながら少数派だ。
問題は、明らかに公務員という仕事に向いていない、と感じる人間が少なからずいること。先ほど熱心な~と書いたが、熱心な子というのは、10人中で2人もいれば多い方だ。
例えば、先日の模擬面接でのこと。鈴木君(仮名)は、典型的な指示待ち人間だ。質問に対して自分の言葉で考えを述べることができず、用意してきた模範解答を棒読みするだけ。
「もし、あなたの判断で対応しなければならない緊急事態が起きたらどうしますか?」
って意地悪な質問をすると、彼は完全にフリーズした。こんな人間が、災害時や突発的なトラブルの最前線に立てるだろうか。市民の安全を守れるだろうか。
あるいは、佐藤さん(仮名)。彼女はコミュニケーション能力に著しい欠陥がある。人と目を合わせるのが苦手で、声も異常に小さい。グループディスカッションでは一言も発せず、ただ俯いているだけ。
こんなんじゃ、窓口業務で市民と円滑なやり取りができるとは到底思えない。クレーム対応など想像するだけで恐ろしい。
他にも、社会情勢への関心が驚くほど希薄な者、責任感が欠如しているように見える者、平気で嘘をつく者。挙げればきりがない。
予備校の事務窓口でもそうだ。たまに、はてな匿名ダイアリーでもさ。「クンニ」とか「テクウヨ」とか「下方婚」とか「売国先生」とか意味わかんねえコメントしてる人がいるじゃん。
たまに彼らの長文コメがあっても、何を言ってるのかわからない。話の内容が伝わってこない。そういうレベルの受講生が普通にいるのだ。
おいおい、なんだ?面接試験では「私の長所はクンニです('ω')」とか「少子化を防ぐためには下方婚を増やす必要があります」とか答えるのか??
こういう人は、公務員になってはいけない!と断言できる。いや、仕事だからやるけどさ……合格すれば俺の実績にもなる。
というわけで、彼らがもし、この予備校で叩き込まれたテクニックだけを頼りに、運良く筆記試験を突破し、面接を乗り切ってしまったら?そして、どこかの国の地方支局とか、市役所や県庁の職員になったとしたら?
想像するだけで背筋が寒くなる。迷惑を被るのは、まぎれもない住民さんである。煩雑な手続き、待たされる時間、要領を得ない説明、そして、いざという時に頼りにならない行政サービス。
彼らのような「不適格者」が公務員になることで、社会全体の不利益につながるのではないか。果たして、俺は社会のためになる仕事をしているのか。
これって、数年前にはてなブログの書評(基本読書の人など)で話題に上がったブルシット・ジョブではないのか?いや、ブルシットはまだ畑の肥やしになるからいいが、俺の場合は、もはや反社会性すら帯びている。
だが、俺の仕事は彼らを「合格させる」こと。それが予備校講師としての使命であり、存在意義なのだ。
彼らがどんな人間であろうと、筆記試験で点を取る方法を教え、面接で好印象を与えるテクニックを叩き込む。弱点を隠し、長所を最大限にアピールする方法を指導する。
「鈴木君、緊急事態の質問には、まず『冷静に状況を把握し、上司に報告・相談します』と答えるのが定石だよ。自分の判断を求められていてすら、まずは組織として対応することを強調するんだ。それが公務員試験ではポイントが高い。いいかい、あなたの言葉は、組織の言葉なんだからね」
「佐藤さん、声が小さいのは不利だ。面接官に聞き返されるだけでマイナス評価になる。呼吸を意識して、大きな声を出す練習をしよう。アイコンタクトも大事。難しいなら、相手の鼻のあたりを見るといい」
まるでペテン師のようだ、と自分でも思う。騙している先は霞が関にある官公庁や、うちの予備校のほどなくにある東京都庁、そのほか地方自治体。ものすごく女衒的で、ありえないほど罪深い。そんな仕事だ。
俺は、本当は適性がない人間に、あたかも適性があるかのように見せかける技術を教えている。彼らの合格は、俺の指導力の証明であり、予備校の評判に繋がる。給料だって、それによって支払われている。
俺が面接指導した子は、この八年間で、新人時代を含めると……少なくとも300人を超えている。延べ人数でカウントしていいなら、千人を超えている。ナンパ自慢の人数かよ。
このうち、予備校側から「増田君の寄与があった」と見做されたのは100人程度。その中に、筆記の模試がぼろくそだった人が含まれるのはいい。本人の努力の結果だからだ。教師名利に尽きる。だが、その中には、前半あたりで述べた「不適格」な人間を相当数含んでいる。それが今でも後悔になってる。
正直、公務員試験の面接なんて、一部の難関(国家総合職・裁判官・都庁・労基や財務など国家専門職)を除けば、パターン暗記で対処できる。
うちの予備校が、毎年人事院や都庁や特別区に情報公開請求(※)して、個人情報を黒塗りにしたうえで採用試験実施要領の資料提供をいただいているのだが、試験の要領的に……「面接官は完全な機械的採点をしている」ことがわかっている。民間企業に比べると、○○だったら何点とする、みたいな基準がはっきりしている。
なんでそうなるかというと、「公平性」を保つためだ。公平・中立・平等を基礎基本とする彼らにとって、それはとても大事なことなのだ。
彼ら面接官というのは、管理職クラスではあるものの、これまでの人事経験はほぼゼロである。そんな人達をたかだか数時間の研修で「面接官」にするには、面接試験を(初心者向けに)完全構造化するのである。結果として、相当無難な採点基準での面接試験につながるというわけだ。
※…試験実施要領を公開してくれる官公庁もあります。地方自治体だとあまり公開してくれない。よって、若手の予備校講師が国家・地方を問わず公務員試験(作文・面接含む)を受験してデータを得ることもあります。私が若手の頃ですが、都庁や特別区の採用試験に合格したことがあります
先ほどの「ブルシット・ジョブ」という言葉だが、つい先日知った。クソどうでもいい仕事、とでも訳すのだろうか。社会にとって何の役にも立たない、むしろ有害でさえあるのに、なぜか存在し、給料が支払われている仕事。まさに、俺の仕事のことではないか。
社会に貢献したい――という純粋な気持ちで公務員を目指す若者を応援したい。その気持ちは嘘じゃない。しかし同時に、明らかに不適格な人間をテクニックだけで公務員にしてしまう手助けをしている。
やっぱりこれは、反社会的な行為と言っても過言ではないのではないか。
良心が痛む。毎晩、寝る前に罪悪感に苛まれる。俺が合格させたあの学生は、今頃どこかの役所で、市民に迷惑をかけているのではないか。俺の指導が、誰かの不幸を生み出しているのではないか。
辞めたい。心の底から思う。こんな矛盾と罪悪感を抱えながら、これ以上仕事を続けるのはちょっときついかもしれない。
でも……辞めたところで何ができる?俺には、この予備校講師という仕事以外に、特別なスキルがあるわけではない。転職先がすぐに見つかる保証もない。家族がいる。生活を考えると簡単に決断できない。
先週もまた、俺は教壇に立ったのだ。第二次試験で採点対象になる論作文試験の全体講習である。
目の前には、期待と不安の入り混じった表情で俺を見つめる受講生たちがいた。彼らの未来を、そして、彼らが関わるであろう住民の未来を思って、俺は重い溜息をついた。
「ハイ!じゃあ今日の論文対策、始めま~す! みんな今日、気合入ってんねぇ~(^^)」
笑顔が張り付けて取れない。
答えは見つからないでいる。
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