
はてなキーワード:学童とは
はてぶ見て思い出したので備忘録的に書いておこうと思う。
そのおかげで自動車はいつ飛び出してくるかわからないという意識で歩いています。
普通の十字路で学童擁護の方が笛を吹いて旗振りをしているような場所。
青に変わって学童擁護の方が旗を振って、なのに半分を過ぎたあたりで猛スピードの車が目の前を通過していったのだ。明らかな信号無視。
学童擁護の方がすごい勢いで笛を吹いて抗議したけれど当然止まるはずもなく、そのまま行ってしまった。
多分あと一歩前に出ていたら普通に轢かれていたと思う。
十字路なんだけど、左折のみなどが入り交じってちょっと信号パターンが複雑な場所。
で、本来は右折のみのタイミングなのに直進してきた車。すごい徐行はしてるもののじりじりとにじり寄ってくる感じだった。
幹線道路と幹線道路が交わる大きい交差点で、交通量がすごい場所。
なんか危ないなあ、と青になってすぐに渡らないでおいたら、案の定、初心者マークをつけた車が目の前を通っていった。
多分、前の車について行ってしまった感じだと思われる。なんとなくで渡ってたら轢かれていたと思う。
あと近所に信号機のない横断歩道がいくつかあるのだけど、渡ろうとした時に止まってくれるのは精々半分くらいという体感です。
これは本物。
母と姉が「任天堂で遊ぼう!」って言うから、Switchが来るのかと思ったらこれきた。 これは… 紛うことなき任天堂だね…
Kakoさんも実在。
硯箱のラベルには「小倉雲人書」と記されていた。小倉雲人(おぐらうんじん)は昭和期に活動した書家で、教育用の書道教材や墨汁のパッケージにその名が使われていた人物だ。当時の任天堂は、学校教材市場にも力を入れており、学童用の文具セットや書道具一式を販売していた。つまり、Kako(@3y&10m)さんの母と姉が持っていた“任天堂の硯箱”は、家庭や学校で実際に使われていた正真正銘の任天堂製品なのだ。
だけど、めちゃめちゃ忙しい時は調整する余裕すらない時もある
その場合は学童延長すべきと思うけど、その会話は件の夫婦はしてない空気あるよね
仕事でも家庭でもよくあるすれ違いが、怨念の蓄積と共に燃えている
人間補い合って生きていけたらいいのに、難しいもんだよね
学童に重みないとかの話になると育児舐めてるみたいな話になっちゃうじゃん、そんな話してなくて抜けようと思えば会議なんか抜けれるだろ、やるかやらないかでは?って話してるんだよね
そうだよね?副作用を加味しても、後ろに大事な外部との面会が入っていたら抜けるよね?
自分にも緊急の会議はあるけど、帰らないといけない時間が決まっているんだからその時間はつまり日程が取れない時間だと思うんだよね
学童を伸ばせよって話はまさにそうなんだけど(だって後者に入っていたのが仕事なら調整してる)、大元のポストに言及する気はなくて、どうしても抜けれない会議なんかなくて、調整する方がダルいし大変ってだけなんじゃって思ったんだよな
Xで妻が出張で夫に子供の学童へのお迎えを頼んだら、迎えに行ってなくて会議が長引いたからと説明した話が話題になっている
会議くらい抜けろよ、もしくは事前に調節しとけよと思うんだけど、会議抜けろよと言う意見はあり得ないと言ってる人がいた
その程度の立場の人にはわからないでしょうね、みたいな意見だったんだけど、結構本当にどんな会議かわからん
てか最近ってそもそも会議が長引くことも悪とされていて長引きそうなら、皆さん時間大丈夫ですか?って確認あるような気が...
自分がファシリテーターとかで回さないといけないのであれば事前に時間通りに終わるように一言言っとくか、代わりを立てるのが普通だと思うんだけど...
年一回ぐらいで流行るダンピングの話題になると出てくる「老夫婦の減価償却道楽〇〇(食堂とか語学教室とか)は地域経済を焼け野原にする」系の話、全然よく分からんのよね
老夫婦は別に努力でも道楽でも店や生活維持できてるし、「焼け野原」になるなるっていっても具体的にどこで何がどう「経済的焼け野原」になったか誰も具体的実例一つも出してこないし
もっというと学習塾とかだと大手よりもずっと安くやってる個人の塾は色んな街にあるけど(まあ塾というより子供の居場所、私設学童みたいなのかも知れんが)、これらはダンピングとか言われないわけで
表じゃ言えないからここに。
お友達になりたかったと仲良くなりたかったと先生には言ったそうですね。
でもあなた、うちの子が泣いてる時に「弱いくせに」と言ったでしょう。
お友達になりたい子には「弱いくせに」と言えばお友達になれるんですね。私もあなたとお友達になりたいです。
うちの子があなたからの嫌がらせに敏感になる中で1を10と拡大解釈することはあったかもしれません。でもあの子は0を1にするような嘘はつきません。
名前をからかって、この字数ならもうすぐ死ぬよなんて、もっと仲良くなりたいお友達によく言えますね。あなたのご両親の死生観を伺ってみたいです。
色んなことをうちの子にしたでしょう。うちの子は幼稚園でもお友達に叩かれていたことがありました。その時も溜め込んで分かったのは後からでしたけど、でもあの時はもう遊ばない!と怒って自分を主張していました。
今回うちの子のイライラがすごくて家庭内がとても荒れました。そのうち脈絡なく嘔吐するようになり、学校に行きたがらなくなりました。
先生も気づいてなかったそうです。いつも先生がいないタイミングでやってくるそうですね。まだ保育園しか経験がないのにどこでそんな賢くなったんですか?
あなたのお母さん、先日の保護者会でグループトークで同じ班になりました。友人について、のテーマが出ましたよ。
私がうちの子の母親だと認識してもなお、平然とされていました。あの場で自分を抑えて当たり障りのない答えを絞り出した私に感謝してください。その日は腹痛で夕飯が食べられませんでした。あなたのお母さん、保護者会が終わるとお知り合いの方と挨拶を交わされてすぐに帰られましたね。私にはとても真似できない、心の強いお母さんですね。
うちの子が、一年で一番幸せな日の誕生日にさえ嘔吐して、楽しみにしていた自分で選んだ誕生日ケーキさえ食べられなかったこと、知っていますか?
大好きな友達と久しぶりに会って、誕生日プレゼントをもらってとてもとても楽しそうに遊んでいた時にも嘔吐してしまったことを知っていますか?
緘黙ぎみのうちの子がバカ正直に傷ついた顔をするのが面白かったですか?
あなたのご両親は、うちの子が学校に行けなかった時に私が仕事を休んで付き合ったことを想像できていますか?自営業ですから給料の補填はありませんよ。仕事が休めない日は信頼できる友人にお礼を渡してうちの子を預かってもらいました。もちろん私の財布から払いました。
今回はうちが学校と学童を休みました。でも、次はそのつもりはありません。
また同じようなことをしたならば、今いる居場所を失うのはあなた自身だということをよくよく理解して行動してください。
うちの子は謝られたらすぐに許してしまう子なのであなたも安心したでしょう。うちの子が許したから私も全てを飲み込むことにしました。でも私は許してないですよ。
あなたがこの先、2年生になった時も誕生日ケーキを食べる時も幸せな時も嬉しかった時も、受験に成功した時も成人を迎えた時もいつもいつでもあなたは私の子をいじめた子です。
子どもを育て始めて7年くらいになる。
ミルクあげるのもオムツ換えるのもあんまり何も思わずにやっていて、そうした手間がなくなる度に楽になったなぁくらいのことしか思わずにここまでやってきた。
この夏休みの間は給食がないので、弁当を作って持たせて学童に送り出していた。
で、ふと気づいたわけだ。たぶんこれが愛なのだと。
朝、眠たい体を動かして弁当を作ってやったり、身の回りのことに世話を焼いてやったり。今よりもっと小さな頃のミルクやらオムツ交換やらもたぶん愛のひとつの形だったのだ。
でも、この愛のかたちは子どもにはカケラも伝わっていない。自分が子どもの頃、働いたりご飯つくってくれたりしている両親に愛情を感じていたのかと考えると、私の場合は明確に否である。当たり前すぎて何とも思っていなかった。それなのに私の子どもはそれらに愛情を感じてくれていると都合よく考えることはとても出来ない。
それは別にいい。私がこれが愛だったのかと気づいて行っていることなど子どもに何とも思われてなくてもいい。
ただ、子どもの愛されているという自覚が足りないのはよくない。
私の両親は子どもの世話はしっかりするが手も出る人だったので、私は割と底の抜けたバケツの様に何があっても希死念慮と向かい合いながら生きてきてそれは今もまだ顔を出すことがあり、原因は自分が愛されていると思えていなかったことだと自己分析している。
だから、自分の愛情が子どもに伝わってないのはどうでもいいけどどうでもよくない。
感情のバケツをぶち壊すようなことをしなければ、日々の世話で充分なのだろうか?
それとも日々の世話なんてかたちをした愛情はやっぱり伝わらなくて、プラスアルファの何かが他にも必要なのだろうか?
けれども子どもには高い橋から川面をじっと見下ろすなんてことはして欲しくないので、何がなんでもプラスアルファになりそうなことを積み重ねなくてはならん。
それが人形劇みたいな真似事でもやらねばならない。
私はもう私に生まれてきて欲しくないのだ。
「変わらぬことは良きことなり」がまだ続いてるのな。クソだな。
結論から言えば我が国の教育はすべて間違っている。いい加減に自覚しようよ。
全部を変えてもいいくらいなんだよ。
大衆は国家衰退を政治の責任にしたがるが民主国家なんだから主権者つまり意思決定の主体は国民なんだよ。
で、国民が望んだ形で教育がなされ、役立たずを大量排出しているから国家が衰退してるんだ。
うっせぇボケ
いやいやいや、結局のところ教育も政治成果の一部であり、その意思決定の主体は国民であるから
結局のところ「国民が悪い」
俺が拳を振り上げたところでムダなのだ。負け確
日本人全員で「変わらぬことは良きことなり」やってんだよ。クソが。
で、具体的には、お盆前に単身赴任先から自宅に戻ったら妻から「これやって」と紙を渡された。
妻の出身国は前回の世界大戦で日本軍に侵攻され、争いを好まない国民性故に「OpenCity」いわゆる現在の平和都市宣言、不戦宣言で統治を渡したが
支配した日本軍が無茶苦茶やりだして殺しまくりで、国家ボロボロになりそうになったので反旗を翻し、日本軍に抵抗し始め
あっという間に日本軍に勝利し日本軍を駆逐し、日本軍が「ひえーかなわん」と逃げ帰った相手国の人である。温厚な顔してるが怒らせると怖い
過去40年経済成長率で日本が勝ったのは3回(年)だけ。37回は向こうが上、まぁフィリピンだ。
あちらは戦勝国であり、こっちは敗戦国であり、妻の方が偉い、正しい。
学校のICT教育だかでiPadが支給されその初期設定をやれというインストラクション。
俺の部下がこんなもん作ったらぶち殺すレベル。
いやいやいやいや、わかりますよ、ITリテラシー下の下の教員が見よう見まねで作ったのだろう。
忙しい業務の合間に作ったのだろう。印刷機は白黒しかない。わかる、無理ゲーだ。
やらせるのが悪い。
本来であればiPad調達は市教委一括なんだからインストラクションシートも業者に丸投げするか市教委でまともなものを作って各学校にデータ配布するかだが。ポンコツ敗戦国の教育システムにはそんな情報共有の仕組みすらないのだろう、各学校ごとにシコシコ作っているのだろう、リソースの無駄遣い、でも教員は「忙しい」と愚痴ってる。アホか。絶望。学校自治ってやつか?唖然。昭和か?
なにがポンコツかって、iPadの操作画面を切り貼りしてるんだが出力は白黒なのに適切な二値化、グレースケール処理されてない。
結果、何書いてるか読めねぇ、どの画面を図示してるかわかんねぇ、すべてがかすれている。
操作導線も省略しちゃダメなところを省略し、省略できるところを省略しておらずインストラクションを作った人間がよくわかってないのが想像できる。
マトモに読めないのは自覚しているのだろう、手書きで補完しているが、その情報いらね、みたいなメモ書きが付加されている。
いやいやいや、わかる、わかるんです、多分こーゆーことをやりなさいというのはかすれた情報から推測できなくはない。
おおむねそれであっているだろう。
が、ITで35年飯食ってる俺はプロだからその手のインストラクションを「勝手に補完」「想像でエイヤッ」に拒否反応があるわけ。
ストレスしかない。読めないものは読めない、だからわからん、分かる資料を出せ、としかならん。
で、だ、それはいいんだわ、そこまではぎり絶望で終わるんだが、「深い」絶望のわけは
このポンコツペーパーを書いてるの教員なんだよな、と気付いたからである。
つまりね、そーゆーペーパーを作っちゃう人間が子どもにモノを教えてるって現実に深い絶望なの。
だって、適切な説明ができない、抽象化ができない、この説明で何割が躓くか、どのレベルの人間まで正しく伝わるか
そーゆー想像を一切してないの。そーゆー人間が子どもにモノ教えてるんだぜ。こえーよ
学校からいろんな連絡物やペーパーが届けられるが、すべてが同じ。
いやいやいやいや、わかるんです、他の親たちはPTAだのママ友コミュニティで情報共有してやりくりしてんだろう。
だがそのコミュニティから外れたらアウトなわけ、村社会からはみ出たのは自己責任って考えなんだろう。
そーゆー甘えでクソペーパーを量産してる
そーゆー社会構図の全てが凝縮されたインストラクションなわけ。クソが
で、戦勝国の妻に日本の学校ってクソだなと揶揄やれるのも悔しい。
確かにあちらは経済成長率もグングン伸びてる、つまり優秀な教育システムで優秀な人材を大量に排出しているわけで、反論の余地が無い。
で、まぁ、ここまではいいんだが、
3,4歳くらいから数字に強い興味を持ち始め足し算引き算を教えてやるとすぐに習得。
焦った先取り教育をするつもりはないので塾だの公文もやってないが
いつのまにか掛け算を覚え、割り算を教えてくれというので軽く教えてやったら秒で理解して18割る6、くらいは暗算しやがる。
小数点はいつの間にか理解していた。地頭はいいのだろう。記憶力もかなり良い。
出張先から一緒にマイクラをオンラインでやってるんだけど図形や空間把握も問題ない。
そりゃ学校の授業は秒で飽きるわ。
かついじめられている。
学童で、4,5年生にぶつかられたらしい、「謝ってくれ」と要求したら殴られた、だそうだ。
殴り返したいけど我慢してスタッフに申告したらやんわりもみ消された、理不尽だとの報告、
「パパ、小さな隠しカメラを買ってください、録画して証拠を掴んで言い訳できないようにして謝らせたい」
こーゆーことを言うのだ。
「飛び級したい、なんで日本の小学校は飛び級できないんだ、外国ならできるんでしょ?」と言い出した。
学校/学童は暇すぎて本を読んでるらしい。漢字も勝手にがつがつ覚え始めた。
友達いなくてボッチだそうだ。
「話があわない」だそうだ。クソ生意気な。
行きたくなければ行かない選択もあるけど、その場合ママが仕事に行けなくなっちゃうし、ジジババは体力的に厳しいし、我慢して通ってくれないかな、世の中なんて理不尽なものだ、思い通りにはならん、殴られたら殴り返してもいいよ、だが殴るときは相手のスキをついて全体重をかけてヤレ、泣いたフリして油断させてヤルのだ。一発食らわせたあとは全力離脱して大人がいるところに行け、二発目は諦めろ、ボコられる。なぁに学校も学童もパパも保険には入っているので心配するな。小1と高学年の喧嘩は100%高学年の方が悪くなる、パパとママはなにがあろうと無条件の無制限でキミの味方だ。守ってやる。ちなみに自分より弱い相手とは喧嘩するなよ、それだけは許さん。ともかく、どーしようもなかったらなんとかするけど、転校する?
と説得し、今のところ通ってはくれてるが
手順書すらマトモに書けないスカタン教員ポンコツ学校には期待できないし、はぁ
どうすりゃいいの
息子が7歳になった、小学一年生。元気に育っている。
世の中は育児本が溢れている。
そーゆーのを一切無視して育てた。
問題なく育っているぞ。
4歳までは電車に乗るとつり革で懸垂をしたがるバカだったが現在はおとなしく座っている。
口うるさく説教などしなくてもほっときゃ常識なんぞ勝手に身につくのです。
幼稚園のあと自転車の後ろに乗せひたすら街を徘徊させられたあの日々が懐かしい。
ポケGOの次はにゃんこ大戦争からのRoblox、現在はマイクラ。
スマホもタブレットもSwitchも自分用を持たせている。好きなだけやらせている。
だが、これらは狡猾な大人が作った悪い機械であり、人をアホにする装置でありバカから金と時間をかすめ取る様々な仕掛けが施されており使えば使うほど愚かであり損をするのである、ということは繰り返し教えている。
今日明日に理解はできんだろうがそのうち理解し自制するようになるだろう。
Switchでゲームしながらスマホとタブレットで動画を流していた。
やかましい、どれか一つにしなさいと言うたら「全部見てる」というので
動画の内容を質問したらちゃんと答えやがった、聖徳太子の才能があると思った。すきにせぇ
とはいえショート動画は若干強めに抑制している、ありゃ毒です。言うても止まらんが。
パーソナライズド広告の仕組み、資本主義のバグ、欲望の自制心、哲学。
こーゆーものを都度教えてはやるが、まだまだ理解できんようだ。まぁいい。
歯がボロボロ抜け始めた。今は前歯が3本抜けていて笑うと間抜けな顔でかわいい。
だが小顔で足が長く顔立ちは俺似で整っており将来はイケメンモテモテ野郎になることは間違いない。
俺は長期出張中で月一しか帰れない。先回帰ったときはプールに連れて行った、4時間ほど遊んだあとにマクドナルドで飯を食うていたら「もう一度行きたい」と言い出してプールに戻りさらに4時間。
流石にそれだけ遊べば体力化け物の息子もサクッと寝るだろうと思ったらやはり22時まで寝ない。
ベッドでぐちゃぐちゃおしゃべりが続く。ママがブチギレるまで止まらない、かわいい。
スイミングに通いたいと言い出したので近所のスクールに申し込みをしてやった。
できれば楽器にも興味を持ってほしいのだが、まぁいい。
小さい頃から数字に興味があるようで足し算引き算はすぐに習得した。
掛け算も教えてやるとすぐに飲み込んだ。
あえて九九は教えずに頭の中で計算させるようにしている。
脳内で数字群をイメージして組み立てて計算結果を出すのが重要なのだ。
割り算の概念も教えてやったがすぐには飲み込めなかった。
知り合いの数学者に聞いたところ「割る」という抽象化はネガティブな脳内活動なため子どもは苦手で習得できるのは四則演算で最後になるそうだ。
しかし最近ようやく簡単な割り算は暗算できるようになってきた。いうても12割る4とか9割る3とかそんなんだが。
二桁の足し算引き算もわりと早いし知能は問題なかろう。
「難しい本」を読むのがかっこいいブームらしく漢字も読めるようになってきた。
だが文字面を「読む」だけではなく内容を理解し抽象化し概念的な思考に落とし込めるようにならねばならない。
息子がチョウチョと蛾の違いについて説明してくれた。
羽を広げて止まっているのが蛾、閉じているのがチョウチョ。だと
わかったかい、電車で足をかっぴらいている下品な奴がいるが、あれが蛾だ、嫌われる。
知性と品があるチョウチョ人間は控えめに足を閉じて座っている。な、これが連想だ。
同じ羽虫でも、人間でも、大きな違いがあるのです、と諭す。
鬱陶しい父親だ。
幼稚園の時に結婚を誓った彼女にも小学校に入ってから振られたようだ。
まぁ頑張れとアドバイスする。
学校に行きたくないとか言うわけではなく楽しそうに通っている、ドッチボールの話とかする。
どうも「ぼっち」=「カッコイイ」みたいなアホな思い込みがあるようだ、中二病か?はぇよ。Youtubeか?
学童で高学年の子と喧嘩になったのを「いじめられた」と表現しているようだ。
納得できなきゃ殴れとアドバイスした、低学年と高学年の喧嘩なら必ず大きい子の方が悪いとジャッジされる。
自分より弱い子を殴るのは絶対に許さんが自分より強い相手なら許す、殴り返されてボコられるが良い。
殴るときは腕だけではなく体全体、体重を乗せて殴れとアドバイス。
あと子どもの喧嘩は体重で決まるから飯を沢山食えとアドバイス。
すると「パパ、人を殴るのは悪いことです、僕は頑張って口で説得する」
あと「小型カメラを買ってください、証拠を残して相手が一方的に悪いことを先生に見せたい」
こーゆーことを言う。どこで覚えるんだ。Youtubeか?
まぁ社会なんて不合理で理不尽なものだ、そーゆーのも学んでくれ。
家ではゲーム三昧、Youtube沼だが、学童にそんなものはなく
それぞれ自分用が欲しいというので買うてやった、親友のYくんにけん玉で負けているのが悔しいようで自宅で練習してる、かわいい。
こーゆー遊びにも熱中してくれるのは親として嬉しいものです。
スマホのGoogle Meetで通話しながらやってるので快適。
息子側のSwitchをサーバー(ワールド本体)にしていたのだが建物作りすぎてもはや動かないところまで育ってしまった。
専用サーバーのRealmsサブスク購入したが息子のワールドデータはアップロードできない。
息子のアカウン側でRealmsを購入してデータをアップロードするのは流石に難しかろう。
漢字とアルファベットを完全に読めるわけではない息子にネット越しで操作説明しきる自信は無い。
仕方がないのでこっちのRealmsをサーバーにし、これまで4ヶ月の作品を捨て新ワールドをサバイバルで始めることにした。
そのへんの割り切りもサクッと応じてくれるのが賢い子だと思う。
しかしここまで書いて今気がついたが、子どものアカウントは俺が管理してるんだから俺のこっちのiPadで息子のアカウントにログインしてセットアップしてログオフして双方ログインし直せばいいだけじゃね?あ、え、あ。。。もういいや
あ、でもワールドデータはSwitch本体に格納だからやっぱダメ?わからん、まぁいい。
それにしてもサバイバル楽しすぎる。
息子は「よ、よ、よよがーん、ち、ち、ちチキーン」歌いながらやってる、映画マイクラの影響だ、先日二人で観に行ったのだ。
「パパ、早く会いたい、今度はいつ返ってくるの?今度戻ったらもう仕事は行かない?ずっとおうちにいて」
激かわいい
「もうすこし頑張って働けばSwitch2が買えそうなんだ、もうちょっと我慢してくれ、パパも我慢してる、愛してるよ」
「パパ仕事頑張って、待ってる、愛してる」
可愛すぎる。
ちなみに今の仕事は時給7000円なので一日1台買えるがナイショだ。
現在小3の息子は、小1の頃、学童の友達が行っているからとサッカークラブに入った。
サッカークラブの車が迎えに来てくれて、クラブ生を連れて行ってくれる。取り残されるのがさみしかったらしい。
その後、小2から、野球をやりはじめ、週に1回ずつ、どちらも続けている。
野球の方が好きなようで、休日は私とキャッチボールばかりしている。サッカーボールを持っていっても、だ。
そんな感じなので小3にもなると、サッカーは友人たちとだいぶ実力差がでてきた。
和気あいあいとしたクラブなので、試合となれば、順番で出させてもらえるが、明らかに中心となるメンバーとは、求められている役割が違う。
試合の時も、言われたポジションからあまり動くことなく、ドリブルで仕掛けるようなことは一切無い。持ち回りで、ゴールキーパーをやることもあった。
キーパーのポジションは嫌いではなさそうだったが、クラブから借りているキーパーグローブは、少々ぶかぶかで、少々くたびれていて、ゴール前に立っている姿は少々寂しい感じだった。
本人がサッカーは辞めたいといってきたら、野球だけでもいいと思っていたが、「友達とサッカーしたい」というので、「キーパーをちゃんとやったらどうだ?」といったら、「いいんだけど、痛いんだよね」返してきた。
「じゃあ、まずはグローブ買いに行こう」といって、用品店で好きなものを選ばせた。「小さくなったらすぐに買い換えるから」といって、サイズちょうどのピカピカのキーパーグローブを与えた。
その後の試合の日、チームの参加人数が少なく、交代選手がほとんどいない様子だった。試合前に、「キーパーやりたい人?」とコーチがみんなに声を掛けると、息子はしっかり手を挙げていた。
「今日は好きなだけキーパーやっていいって」とグローブをつけながら息子は言ってきた。そりゃそうだ、点を取りたい、キーパーはやりたくないって言う子は実際多い。
コーチも自分のグローブを持ってきたことをみて、仕方なくキーパーをやっているわけではないことを把握したのか、基本的な動きを改めて教えてくれていた。
試合が始まると、いままでにないくらい褒められていた。サイドににこぼれてきたボールはすべてタッチに蹴り出す。1対1になったら前に詰める。たぶん言われてるのはそれくらいだったのだろう。
それでも、コーチ、味方から「ナイス、キーパー」と何度も言われていた。
特に目立っていたのはキャッチしてからのスローイングだった。野球のおかげか、そこそこ遠くまで強い球を素早く投げることができて、そこからチャンスが何回かできていた。
試合の間もコーチやチームメイトたちから褒められ、最初は棒立ちだった構えも、両手を広げてみたり、声を出してみたり。まさに「所を得た」といった感じだった。
ハーフタイムにグローブをしたまま、水を飲む姿は、なんだか、プロの選手みたいじゃないか、と思ったりした。
全ての時間に出場し、試合の結果も良く、サッカーをはじめてから、一番楽しそうにしていた1日だった。そしてなにより、見ているこちらもわくわくしていた。
そんな日から息子はキーパーばかりやっている。先日、破れてきたから新しいグローブが欲しいと言ってきた。
新しいグローブを選ぶ息子をみて、あの日、キーパーグローブを買った日をこうして思い出す。
ここで言う「プログラミング初級者」とはプログラミングの記述が上から下へ向かって順番に処理されること、条件分岐やループという概念があることを理解しており、RPGゲームが作れる「RPGツクール(現RPG Maker)」や学童向けプログラミング環境「Scratch」、「ナビつき! つくってわかる はじめてゲームプログラミング(ナビつく)」、ADVゲームが作れる「吉里吉里(もしくは吉里吉里2)」、過去にBASICやC、HSP、Javascriptあたりでプログラミングへ挑戦し挫折したなどなど、ある程度の「プログラマブルなロジック」構築の経験がある者を指します。
ある時、筆者はふと思いました。「生成AIはなんだかんだで膨大なテキスト情報を処理している事がキモだよなぁ」とありきたりなことを。
そして、同時にプログラミング初級者の弱点として「現在記述されているコードの管理においてテキストと実際の処理フローが脳内で一致しない」「プログラミング言語ごとに定められているルールや関数予約語の把握が困難」なのが問題とも考えました。
前述したプログラミング初級者の弱点の考え自体は車輪の再発明であり、「Scratch」や、より高度な「UML」が既に存在しており、特筆すべきことは何もありません。
しかし、「Scratch」や「UML」、なんなら「RPGツクール」や「吉里吉里」などに無い点として、現代では自然言語処理が大幅に向上した生成AIが実用の域にまで到達しつつあるのが従来とは異なる点でした。
つまり、自然言語を混ぜ込みやすいテキストベースの言語、かつ、処理を記述するとフローが視覚的に理解しやすい言語、可能であれば情報量が多くて一部の界隈で広く使われている言語があればプログラミング初級者も気軽にプログラミングできるのではないか?と発想しました。
コンピュータ(コンパイラやインタプリタなどソフトウェアを含む)が解することができる言語にはプログラミング言語以外にも様々あり、今回取り上げるのは「データ記述言語」と呼ばれるものです。
データ記述言語の中でもグラフ作成へ特化しており、特にフローチャート作成で真価を発揮する「DOT言語」というものがあります。
早速ですが、実際に手を動かしてみましょう。ちなみにDOT言語はGraphviz OnlineというWebツールがあるため別途に何かしらをインストールして環境構築する必要はありません。便利な世の中ですね。
上記のGraphviz Onlineを開くと、既に左側のDOT言語で記述された内容が、右側で作図されています。DOT言語はこのような図を作図するためのデータ記述言語です。
一旦、左側の記述をCtrl+Aで全選択をしDeleteなどで全削除し、下記の内容をコピペしてみましょう。
digraph graphname {
A -> B;
}
DOT言語の詳細な使い方は様々なWebサイトやブログ記事、Qiitaなどへ譲るとして、A - > Bの見た目から発想の転換をしてみると処理Aから処理Bという流れに見えませんか?
DOT言語は生成AIを利用する上で有利なテキストベースでありながらグラフを作成できるのがキモであり、例えばこのA -> BがA「Webページを開いたら」 → B「Hello, Worldと表示する」という風にできるのであれば処理のフローが可視化されており本当に素晴らしいことです。
ここでプログラミングの有識者は「DOT言語をUMLなどに見立てて処理を記述するのは良いが、プログラミング初心者は求めた結果を出力するロジックやアルゴリズムを発想する知見や経験値が圧倒的に足りていないのが問題ではないか?」と至極真っ当かつ反論の余地がない問題点の指摘をすると思いますが、そこで活きるのが生成AIです。
生成AIは初級者プログラマ個人のロジックやアルゴリズムの作成能力へ無関係にロジックやアルゴリズムを生成できる(可能性が少なくともある)ので、処理のフローをDOT言語で記述することにより処理フローから初級者プログラマが求めるプログラムを生成AIへ推論させ生成させるというのが狙いです。実際に試してみましょう。
digraph graphname {
A[
label = "Webページを表示する"
];
B[
label = "Webページを表示したらHello, worldとテキストを表示する"
];
A -> B;
}
プログラミングの有識者はこの時点で「なるほど、自然言語の記述をそのままDOT言語に入れ込んでしまうのか」と気付いたのではないかと思います。
このDOT言語をGoogle Gemini 2.5Flashへ「下記のデータ記述言語のDOT言語で記述された処理フローをJavascript言語へ変換をしWebページ上へ「Hello,world」を表示したいので変換をお願いします。」と命令すると以下のコードが生成されました。
<!DOCTYPEhtml>
<html lang="ja">
<head>
<meta charset="UTF-8">
<metaname="viewport" content="width=device-width, initial-scale=1.0">
<title>Hello World Page</title>
</head>
<body>
<divid="output"></div>
<script>
//Webページが表示されたら(DOMが完全に読み込まれたら)実行される
document.addEventListener('DOMContentLoaded', function() {
// "Webページを表示する"ステップは、このHTMLファイル自体が表示されることで達成されます。
// "Webページを表示したらHello, worldとテキストを表示する"ステップ
const outputDiv = document.getElementById('output');
outputDiv.textContent = 'Hello, world';
});
</script>
</body>
</html>
フローを記述する利点は、ロジックやアルゴリズムを発想する知見や経験値が足りなくとも、フローのステップが明確に分かれているので生成AIが処理を切り分けて推論してくれることであり、そしてプログラミング初心者自身がフローチャートを視覚で確認できるので「Aを処理したらBを処理する」と切り分けて考えやすいことです。
また、求めている結果ではなく誤った結果が生成されても、A - > B - > Cとフローを細分化していくことで生成AIの推論精度を高めていくことができるのも利点です。
より生成AIへ精度の高い推論をしてもらうために補足情報を付加するのも有用です。
digraph graphname {
A[
label = "Webページを表示する"
];
B[
label = "Webページを表示したらHello, worldとテキストを表示する",
comment = "Webページが完全に読み込まれるまで待機"
];
A -> B;
}
labelの記述内容もcommentの記述内容も生成AIが推論のための情報として利用するので誤った結果が生成されてもA - > B - > Cとフローを細分化しなくとも良い場合があります。
DOT言語を知るプログラミング有識者が「DOT言語の仕様を考えれば確かにそうだが、その発想はなかった」と言っていただけるであろうDOT言語コード例だとこういう記述方法もアリです。
digraph増田コード {
最初の処理[
label = "Webページを表示する"
];
次の処理[
label = "Webページを表示したらHello, worldとテキストを表示する",
comment = "Webページが完全に読み込まれるまで待機"
];
最初の処理 -> 次の処理;
}
ノードの名称へ自然言語を採用することにより、例えばゲームプログラミング時に「キャラクターがジャンプする」という読んだそのままな処理のためのノード、というか一般的に言うオブジェクトを作成することが可能で、後は->で繋げて処理をさせられます。
ちなみに別のノードを作成する際に「"キャラクターがジャンプする"から継承する」の様なことをcommentなどへ記述しておくと生成AIが推論して継承します。なんならcommentなどへ「キャラクター画像にimage.gifを使用」などと記述しておくとファイルの読み込みもします。
更にDOT言語にはカスタム要素という仕様が存在しており、DOT言語の仕様で定められた予約語以外も使用が可能です。
digraph増田コード {
最初の処理[
label = "Webページを表示する"
];
次の処理[
label = "Webページを表示したらHello, worldとテキストを表示する",
comment = "Webページが完全に読み込まれるまで待機",
font_style = "フォントを太字のボールド体、色を赤(#FF0000)とする"
];
最初の処理 -> 次の処理;
}
生成AIはカスタム要素の名称からも推論を発揮し、上記の場合であればフォントスタイルを指定していると推論をするので生成AIの推論精度を高める補足情報として機能します。
つまりこれはカスタム要素の名称として"Action"などの名称を採用すると"動作"として推論をし、"decision"ならば"条件分岐"ですし、"input"ならば"入力"ですし、"loop"ならば"繰り返し"ですし、"Type"ならば"種別"です。
より詳細に process[type="Action"] などのノードを作成してどんどん生成AIの推論精度を高めていくことが可能であり、そろそろ察してきているかと思いますが 処理[種別="動作"] と自然言語で記述しても機能します。
プログラミング有識者は更に「プログラム言語自体の予約語、例えばJavascriptを生成する事を前提にlengthを名称にすると配列を使おうとするのか?」と疑問に感じるでしょうがお察しの通りで生成AIは配列を使おうとするので、敢えて使いたいプログラム言語の機能や外部ライブラリなどがある場合は補足情報として機能する形で記述しておくと生成AIは推論へ利用します(まぁそこまで知識ある方なら該当のプログラム言語使ったほうが手っ取り早いと思いますが)。
以上をもって「生成AIを利用したプログラミング初級者向けの温故知新な提案」を終えたいと思います。
色々とツッコミどころには筆者自身が気付いていて。例えば「結局はDOT言語の仕様を覚えないといけないのでは?」とか「プログラミング初級者に任せると生成前のソースであるDOT言語コードがスパゲッティになりそうだよな」とか「面倒くせぇから普通にプログラミング覚えろや」とか理解してますし至極真っ当かつ反論の余地がないと思ってます。
今回の提案のプログラミング有識者向けの本質は「生成AIへ向いた中間言語の発掘」であり、「DOT言語ならそこそこ普及してるしプログラミング初級者でも扱えるんじゃね?」と業務中に発想したものを書き留め公開いたしました。
何かプログラミング有識者の皆さんからより良い発想があれば参考にしたいと考えていますのでよろしくお願いいたします。以上。
Permalink |記事への反応(36) | 19:36
鰻はもう無理だと思うよ。
鰻が好きなら食えるうちに食ったほうが得。
一人一人が我慢してどうにかしよう!ってやり方は、ゲーム理論的にうまくいくわけがないじゃんか。
一か月鰻を食べなかったら10000円くれるとか、そういうのでもない限り、止められないよ。
電気だってガソリンだって、この値段で使えるんだったら便利さを放棄するなんて無理だ。
少子化だって、極論いえば損得で考えたら収支がマイナスだからだろ?
生き物の本能に損得が勝つってすごい話だけどさ。
子供を産んでもらうより、地方から人を吸い上げ続けたほうが簡単だし安上がりだからさ、本気になんかなれないんだよ。
東京は地方から、国全体でみれば途上国から移民とか技能実習生で労働力を確保するわけ。
そのほうが出生率上げるより手っ取り早い。
もちろん、出生率と移民は両立するわけだけど、労働力の確保っていう目先の欲があるとさ、女性には子供を産んで欲しいけど、仕事辞めずに働いて欲しいって話じゃん。
保育園と学童とフルに使って共働き頑張れって話だけど、それじゃあ3人4人と産むのはまあ無理だろ。
そこをなんとか100万の壁を取っ払ってやるから頑張ってくれない?とか言って舐めとんのかって話だわな。
鰻といっしょ。
産まないほうが得なんだから、産まないよ。
年金も健康保険も、子供が末広がりに増える前提の制度だけど、子供産まなくてもペナルティないんだもん。
子なしは年金貰えません、健康保険入れません、くらいのことしないと本気にはならないよ。
もう女は18で結婚して専業主婦になるのを礼賛するくらいのことしないと無理だよ。
どこの参政党だよ?って話。
保育園通いが発達を促進?研究結果を現役保育士目線で解説「保育園児は慣れているからできる側面も」
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/05a7737d7fa7b1f51930b8f5c013c9594eb71da4
東北大学の研究の件、この記事が私では良く分からないところがあります。
保育園児は、チャックを上げて下げてという声掛けで動くという練習をすでに積んでいるので、本調査でも良い成績が出るのは当然と思ってしまいます。
練習を積んでいるので良い成績が出るのは当然・・・それでしたら三歳児神話の否定としてはこの研究方法で有効のはずではないでしょうか。
他の個所についても同様であり、保育園児が出来るのは当然という考えならば、今回の調査は信頼性がその分あると考えていいはずです。
逆にこの調査結果は不自然だというのであれば信頼性が揺らぎます。
そうなると下記の箇所は何故なのかという疑問が沸きます。
調査ではじき出された数値自体は非常に参考になるものですが、現役保育士の立場としては研究結果を鵜呑みにすることは危険であると考えています。
保育園児が出来て当然ならば理由はどうあれのこの研究結果の信頼性を感じてよいのではないでしょうか?
なお次の記事でも心理的安定については未検証であることが触れられています
早期の保育園通いが発達を促進?現役保育士が研究結果を読み解いた
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f06ec0ffd6d1c830991e01281f86783c8af7340f
心理的安定について検証出来たらそれはもちろんそれに越したことはありません。これに関しては私も思うところです。
ただ三歳児神話自体はともかく、愛着に関しては乳幼児は父親・母親以外でもでも他の複数の大人に対しても形成できるというのが現在の論調なわけですから、やはり心理的安定について大きな心配しなくても良さそうに思います。
心理的安定に問題がある(保育園よりも家庭の父親や母親がいい)という根拠もやはり無いわけですから、現時点では個人的にはそこまで気にすることもない気もします。
病気や障がいなどがあれば家庭での生活や教育も難しい可能性がありますし、保育園での生活についても誰でも必ず発達が促進されるとは誰も言ってないのではないでしょうか?
一方で「3歳以降の発達」について評価したものではないという指摘についても私も同感です。
それでも三歳児神話はそもそもが根拠のないものですから「根拠がないのだから三歳以降の発達が逆転する心配は今のところしなくてよい」と言えば済む気もします。
現役職員の解説として非常に為になる箇所として保育園では一人一人に寄り添うことが出来ないという部分があります
手を洗うのも滑り台も順番待ち、抱っこも子どもの求めに応じて出来るわけではない問題、これに関しては私も勉強になった個所です
今回の研究では、子どもの能力が早く上がるという点では(必ずしもとは言えなくとも多くの場合では)保育園の方が上といっても差支えはない気がします
その一方で職員が父親や母親の代わりとなれるほど一緒に構ってあげられるわけではないというのは、私たち素人も忘れてはならないのでしょう
これが仮に「保育園が一番素晴らしい」というのであれば「子どもの発達は早さを競うものだっけ?」という疑問にはなるのですが、
「三歳児神話はやはり誤りだったことが研究でも分かった」という結論であれば有効に思います
また現場をよく知る現役保育士の解説・視点は非常に役に立つものであり、今回の記事は他の方にも読んで頂きたいと思いました
子どもや大人に聞き取り調査をして、保育園や学童から早く帰ってお父さんやお母さんと一緒に過ごしたいと思う日々でしたか、そういう風に質問しどのような結果が出るかが知りたいです
もし「早く帰ってお父さんやお母さんと一緒に過ごしたいとずっと思っていた」と保育園や学童に否定的な日々を過ごしていたのが多数であるなら、保育園に関してはやはり見直したい分野と言えるからです
保育園の方が発達が早くても、3歳4歳のその程度の差異であれば、在園時間が短いほうが良いんじゃないか?と思えるでしょう
一方で、四歳児以降の能力の発達についての調査はあれば越したことはないのですが、そこまで重要かは疑問もあります。どちらのグループも同じくらいという結果はあっても、逆転するってことは流石にない気がします
「非モテ男に女をあてがえ」
例えば
・財源は独身男性への重税
これで選択制シングルマザーや女性同士のカップルの子供を増やす形でも子供は問題なく増えそう
周りの女友達見ても「男はいらないけど子供は欲しい」「女同士で助け合って暮らしたい」みたいなこと言ってる子が多いし
寧ろ反対する理由ある?
ところで「父親のこと好き?」ってアンケートに「好き」と回答した女子高生の割合が
2000年には37%だったのが2021年には82%に急上昇している
暴力的・抑圧的な男性が排除され、穏やかで優しいタイプの男性が選ばれて、順当に娘に愛されている
にも関わらず「女は暴力的で強引な男に惹かれる!女を見下している方がモテる!」
と現実と真逆の主張をする男性をネットでちらほら見かけるから困惑する
女に良い思いをさせたら負け、みたいな思考になってる?
学校での集団過呼吸・体調不良は女性に多い?その実態と原因をファクトチェック
学校の現場で生徒が次々と過呼吸発作や原因不明の体調不良を訴える現象は、医学的には集団心因性疾患(いわゆる集団ヒステリーまたは集団パニック)と呼ばれます 。具体的には、ある集団内で一人が過換気(過呼吸)発作や失神、けいれん、歩行困難などの症状を示すと、それを目撃した他のメンバーにも同様の身体症状や一時的な意識障害・興奮状態が連鎖的に広がる現象です 。これらの症状には共通の有機的原因(感染症や中毒など)が見当たらず、心理的要因による無意識の模倣・暗示によって伝播すると解釈されます 。典型的には思春期の生徒たちが属する学校のクラスや部活動など、閉鎖的で仲の良い小集団で発生しやすいことが知られています 。
こうした集団発生事例では、最初に症状を起こした生徒(発端者)に対し、周囲の生徒が不安・驚きなど強い感情を抱き、その影響で過呼吸やめまいなどの症状を次々と訴えるようになります。医学的検査を行っても明確な身体的異常所見はなく、多くの場合、集団が落ち着き安心すると症状は速やかに治まります。これらは**「心因性」で実際の伝染性病原体は存在しない**ため、専門家は「対応を誤って大事にしすぎないこと」「冷静に安全を確保しつつ集団を一時的に解散させること」が再発防止に重要だと指摘しています  。
学校における集団過呼吸・集団体調不良は「女子生徒に多い」と言われることがありますが、これは事実と言えるでしょう。医療文献によれば、思春期・学童期の集団心因性疾患は女性に不均衡に多く発生することが繰り返し報告されています  。米国の調査では「集団ヒステリーはストレス下の児童や思春期のグループに多発し、男性よりも女性が著しく多い」と明記されています 。また2021年に発表された32件の研究をまとめたメタ分析によると、児童・生徒の集団ヒステリーにおいて女子の罹患率は男子の約2.43倍にも上ることが示されています  。このように数値データから見ても女子に多い傾向は明らかです。
日本においても、学校で発生する集団過呼吸・体調不良の事件はニュース等で度々報じられており、その多くで当事者は女子生徒です。例えば2006年7月、千葉県のショッピングセンターで女子中学生11人が次々に過呼吸やパニック症状を起こし搬送される騒ぎがあり、東京新聞の報道によれば「過去1年だけでも秋田、埼玉、大阪、山口、佐賀で同様の過呼吸連鎖が起きていた」とされています 。2013年6月には兵庫県の高校で1年生と3年生の女子生徒計18人が集団で過呼吸症状を訴えて病院に搬送される出来事もあり、学校側は「誰かの発作や救急車の到着を見て連鎖的に増えたのではないか」とコメントしています  。このように、日本の学校現場でも女子生徒が中心となった集団過呼吸事件が各地で確認されています。
海外の事例を見ても、集団ヒステリーは決して日本特有ではなく、むしろ世界各地で歴史的にも繰り返し記録されています。その多くで若い女性や女子学生が主な当事者です。1965年にはイギリス・ブラックバーンの女子校で85人の女子生徒が相次いで原因不明の失神発作を起こし社会問題となりました 。2010年代のアフガニスタンでは各地の女子校で多数の女子生徒が突然めまい・吐き気を訴えて倒れる事件が続発し、当初「毒ガス攻撃」と疑われましたが、国連などの調査で有毒物質は検出されず集団心因性の発作と結論付けられたケースもあります  。これらの事例からも、学校で集団発生する原因不明の体調不良は女子に多いという傾向は国を超えて共通していると言えます。
では、なぜこのような集団心因性の症状は女性に多いのでしょうか。専門家たちは心理的要因と生物学的・生理学的要因の両面からいくつかの仮説を提唱しています。それらを整理すると以下の通りです。
• 高い被暗示性と無意識の模倣(モデリング):集団ヒステリーでは、後から症状を訴える人々(続発者)が発端者を無意識に模倣・同一化してしまうことが大きな要因です 。一般に女性は共感性が高く、他者の感情や振る舞いに影響されやすい傾向があるとされます。実験的研究でも、女性参加者は他の人(特に同性)が「具合が悪い」と訴える場面を見ると、自分も頭痛やめまい等の症状を感じやすくなることが示されています 。一方、男性では他者の症状を見ても影響されにくい傾向がありました  。この暗示へのかかりやすさの性差が、女性に症状が多い一因と考えられます。
•ミラーニューロンの活発さ:人間の脳には、他者の行動や表情を見ると自分がそれをなぞるように活動するミラーニューロン系があります。この働きは共感や模倣の神経基盤とされますが、研究者の中には「女性は男性よりミラーニューロン系の反応が強い可能性がある」と指摘する者もいます 。実際、自閉スペクトラム症(共感や他者の感情理解の困難さを特徴とし男性に多い発達障害)ではミラーニューロン系の活動低下が示唆されるのに対し、集団ヒステリーはその逆でミラーニューロン系の過活動による現象とも位置づけられています 。この仮説によれば、女性は生得的に他人の状態を自分のことのように感じ取りやすいため、目の前の友人が倒れると自身も息苦しさや眩暈を感じてしまうというわけです 。
•不安反応・過呼吸の生理的な出やすさ:パニック発作や過呼吸発作といった急性の不安反応そのものも、疫学的には女性に多い現象です。例えばパニック障害(突然の強い不安発作に襲われる症状)は男性より女性に約2~3倍起こりやすいことが知られています 。過換気症候群(過呼吸発作)の有病割合については、調査によっては女性:男性が7:1にもなると報告されています 。このように生理学的ストレス反応における性差(ホルモンバランスや自律神経反応の違いなど)が、女性の方が過呼吸や失神を起こしやすい下地になっている可能性があります。言い換えれば、同じストレスを受けても女性の方が**「息が苦しい」「めまいがする」**といった身体症状として表出しやすい素因があるかもしれません。
以上のように、心理面での暗示へのかかりやすさ・共感性の高さと、生物学的な不安反応の出やすさが相まって、女性グループで症状が伝染しやすいと考えられます。実際、専門家も「集団ヒステリーで女性患者が多いのは、症状のモデリング(見本)の影響を受けやすい性差による可能性が高い」と結論づけています 。
集団ヒステリーにおける社会的・文化的背景も、女性に多い現象となっている一因です。まず、社会・集団内での役割や人間関係の違いが指摘できます。若い女性(特に思春期の女子生徒)は、同年代の仲間内で強い仲間意識を持ちやすく、閉鎖的で密接なグループを形成しやすいとされます 。その結果、グループ内で感情や行動を同調させる傾向が強く、誰か一人の異変に対し他のメンバーが過敏に影響を受けやすいのです 。実際、1960年代アメリカの工場における集団ヒステリー研究でも、症状が出た人々は互いに強い社会的つながりを持つグループに属していたことが報告されています 。男子生徒のグループでも友情はありますが、当時の社会通念や教育環境の中で女子の方が感情を共有しやすい関係性を築いていることが多く、これが集団ヒステリーの伝播を助長している可能性があります。
また、社会文化的な性役割や表現の違いも影響しうるでしょう。伝統的に多くの文化圏で、女性は体調不良や不安を訴えることに比較的寛容である一方、男性は「弱音を見せない」ことが男らしさとされる場面があります。そのため男性にも同様の心因反応が起きていても表面化しにくい可能性も考えられます。実際、歴史を振り返ると19世紀にはヒステリー(転換性障害)は女性特有と見なされていましたが、第一次世界大戦で多くの男性兵士が**「シェルショック」(砲撃ショック=心因性の神経症状)を発症すると、この性差の偏見は薄れていきました 。つまり、男性にも状況次第で集団ヒステリー様の反応が起こりうるものの、社会的な目や自己抑制によって顕在化しにくい**だけかもしれません。
文化的要因としては、その社会ごとにストレス源や症状の表現のされ方が異なる点が挙げられます。日本の学校では部活動中の疲労や教師からの叱責といった出来事が引き金になるケースがある一方、海外では地域の信念や風聞が誘因となる例も報告されています。例えばマレーシアやインドの一部では、女子生徒の間で突然誰かが取り乱すと「悪霊に取り憑かれた」と解釈され、パニックが伝染したケースがあります 。中東のアフガニスタンやイランでは、女子校で謎の有毒ガス攻撃の噂が広まり、実際に多くの女子生徒が呼吸困難や失神を訴えた事件が起きました(前述の通り後に物理的毒物は確認されず心因性と推定されています) 。このように、その社会が置かれた状況(宗教的な世界観、社会不安や葛藤、噂の内容など)が集団ヒステリーの誘因や症状像を左右しますが、いずれの場合も思春期前後の女性が主要な当事者である点は共通しています 。
さらに集団の環境要因として、都市部より農村部で発生しやすいとのデータもあります。先述のメタ分析では、農村地域の学校における集団ヒステリーの発生率は都市部の約2倍という結果が示されました(農村部11.1%、都市部5.6% )。農村では人間関係が密で噂が広がりやすいことや、医療リテラシーの差などが背景にある可能性があります。この点でも、集団ヒステリーは社会的環境に影響される現象であり、日本のみならず海外でも閉鎖的・保守的なコミュニティほど起こりやすい傾向が見て取れます。
学校で起こる集団過呼吸・集団体調不良に女性が多いという傾向は事実であり、これは単なる思い込みではなくデータや専門家の分析によっても裏付けられています。主な要因として、女性の方が心理的に周囲の影響を受けやすく、生理的にも不安反応が出やすいこと、そして女子生徒同士の強い結束や同調傾向が症状の連鎖を助長することが挙げられます。加えて、文化・社会的背景がこの現象の表れ方に影響を与えますが、世界的に見ても同年代の男性グループに比べ女性グループで頻発するのは共通した特徴です  。以上のことから、学校における集団過呼吸や集団ヒステリーは「女性に多い」とされるのは概ね事実であり、その原因は生得的な要因と社会的な要因が複雑に絡み合った結果と考えられます。そのため、この現象を理解・対策するには、生物学・心理学的視点に加え、教育現場におけるストレス要因の軽減や冷静な対応、噂の拡散防止など社会環境への働きかけも重要となるでしょう  。
参考資料:
• Jones, T.F. 「Mass Psychogenic Illness: Role of the Individual Physician」 American Family Physician 62(12):2649-2653 (2000)  
• Gang Zhaoet al. 「Mass hysteria attack rates in childrenand adolescents: a meta-analysis」 Journal ofInternational Medical Research 49(12): 1–15 (2021)  
•平凡社 「改訂新版世界大百科事典」「集団ヒステリー」項(執筆:臼井宏・野上芳美)  
• Lorber, W.et al. “Illnessby suggestion: Expectancy, modeling, andgender in the production of psychosomatic symptoms.” Annals of Behavioral Medicine33(1):112-116 (2007) 
•中田収 「過換気症候群」『日本呼吸器学会専門医制度専門医講習会要旨集』(2014) 他   (過呼吸症状の性差に関する記述)
• Shirin Daft, 「イランで呼吸困難や吐き気が続出──女子教育を狙った『毒ガス』か『集団ヒステリー』か」ニューズウィーク日本版 (2023年3月13日) 
2023年9月のこども1万人意識調査報告書という資料です(公益財団法人日本財団)
•大人はお金を稼ぐことに必死で、家族との時間が長く過ごせない子供が多い。学童とか、別に子供は望んでいない。お父さんやお母さん
私は夫婦共働きには賛成で、そもそもが一時期を除いて日本は夫婦共働きで成り立っている国なので、夫婦共働きにならざるを得ないと思う
その一方で上記のような意見が子ども側から出るというのは分かるしこういう問題はあると思う
ただ、ネットで見かける、家庭で出迎えてくる人がいると子どもは嬉しいから専業主婦を増やそうみたいな意見はおかしいと思う
家庭にいるのは別に父親でも良いわけだし、祖父母がいてもまあ両親ではないけど寂しさは低減されるはず
• お父さんの休みを増やして一緒に遊んだり、お母さんの手伝いができるようになったら家族みんなもっと幸せになると思います(11歳)
増やそう育休
ちゃんと怒ってくれた増田にお子さんは安心したと思うよ、お疲れ様
大変だし言うまでもないとは思うが、相手の親呼び出すなり学校とか児相に通報するなり大事にして、相手や学童に事の重大さをわからせた方がいい
娘が学童で3個上の男子に胸あたりを殴られたってお迎えに行った帰りに車で急に大泣きしはじめて、今までもその男子に嫌なこと言われたり意地悪されたり蹴られたりとかもあったんだけど、少し様子見てたの。
だけど今回はさすがにと思って、学童に戻って他の子どもたちや学童の先生もいたけど本人呼んでもらって怒りで震えるのを抑えて話した。
本人は否定してたけど周りで見てたっていう証言もあるし、学童の先生からも聞いたから否定したところでウソなわけで。
でもやってないしか言わないから、らちあかないし「次、娘になにかしたら絶対に許さないから」とだけ言って帰ってきた。
帰りに学童の先生が他の1年生の子にも手出したりしてて、本当にすみませんでした。って謝られたけどさ、これで何回目だよって感じなのよ。