
はてなキーワード:子宮体がんとは
※タイトルの藻女は誤字でなく、当事者だけど喪女という表現が嫌いなのでマイルド?に言い表してみました。
いない歴=年齢。
まぁ、30代の時分には焦って婚活したり怪しげなマッサージも本気で検討したりしたけど、40を超えてみると、
「もう、いいか」
と、良くも悪くも諦めがついた。
自分一人と猫を養っていけるなら、それで十分。
女というある意味「見られる性」を卒業して、ここからは自分ファーストで自由に生きようと吹っ切れた矢先。
これまで順調だった生理が急に不順になった。
ストレスで稀に飛ぶこともあったので、それかなと思ったけど、3カ月ぶりに来たと思えば、1カ月以上ダラダラ続く。
凄く嫌だったけど婦人科で診察を受け、最初はピルを処方されたりしてたのだけど、今回は、様子が違った。
1カ月以上、とにかく量が多い。
それを医者に言うと、即内診、子宮体がん検診、その場でMRI予約、、、まぁ、何も出ないでしょうと、たかをくくって昨日結果を聞きにいったら、子宮内膜増殖症とポリープがあるとか。
一応、経過観察もできるらしいけど、放置すると癌になる可能性も出てくるし、不正出血はこのまま続くだろうとのこと。
年齢も44歳。
それに、パートナーの有無にかかわらず、何なら結婚したとしても、子供は絶対欲しくないと思ってた子供嫌いなので即答。
摘出しましょう。
したっけ、そこから話は早く、医者もこちらを向きなおり、手術の前の診察などの予定を聞かれる。
そして、心の準備がいる。
結果、来月に改めて相談となった。
1週間かかるらしい。
そこまで聞いて急に不安になる。
健康だけは自信があったのに、まさかこんな大事が待ち受けてるとは。
看護婦さんに手術の説明や不安を少し聞いてもらったけど、モヤモヤする。
子宮を使うつもりは元々なかったけど、結局、一度も子宮の頑張り(20年以上の生理や排卵)に応えてやれなかったなという思いはちょっとだけ出る。
健気じゃない。
妊娠どころか、妊娠する可能性があるイベントが一ミリもない中、毎月せっせと妊娠した時のために子宮内の準備をしてきたことを考えると、期待に沿えずにごめん、と母親にすら思わなかったことを感じる。
(またいずれ書くけど、母親との関係があって、私は子供が欲しくないので、罪悪感とか感じたことはなかった)
でも同時に、子宮は私の体の一部だけど、それだけが私の人生じゃない、私本人の意志で生きる、という反発もある。
「女は子宮で考える」とかいうグロテスクな男目線のフレーズや、昨今の子宮を持ち上げるような風潮も、多少見聞きしてたから、余計、子宮が自分の全てのような考えには抵抗がある。
でも、腎臓を一個摘出するのと子宮を全摘するのでは、だいぶ、印象が違うよな、と。
私も子宮は女の特権とか、そういう考えが実はあったのか、と愕然としたり。
昨日はしばらくAIに自分の考えを壁打ちさせて、とにかく考えをまとめるのが精いっぱいだった。
結果、子宮が全てではないし、結局残しても、使うつもりは端からなかったのなら、無駄な感傷で癌のリスクを残すのは本意でない。
ただ、子宮でもほかの臓器でも同じく、自分の中に生まれた時からあったものが取り出されることはやっぱり多少の感慨はあることを認める。
例えるなら、多機能なスマホを持ってても、買い替えるまですべての機能を使い切らない、知らないまま終わる昨日もたくさんあるのと同じ、と納得させた。
子宮は目に見えないけど、ずっと私の中で来るべき日に備えて、妊娠の準備をし、今月もダメだったのね、と言わんばかりに血を外に出してきた。
幸い、生理痛やPMSがほぼなかったので、生理がメンドイな、ぐらいにしか思わずに来たけども、最後の最後で痛恨の一撃。
それでも、一緒に生きてきたことには変わらない仲間なので、恨み言を言ってグッバイするのは嫌。
必要以上に惜しむのも違うかな、と思うけど、お疲れ様、ぐらいはちゃんと伝えたい。
出血もまだとまらないけど、これが最後かと思うと、子宮の涙にも思えてくる。
子宮の血、つまり見えないだけで、子宮はボロボロでこんなに長い間血を流し続けている。
それはもう、私が引導を渡して開放する時期なのかもしれない。
むしろ、最後に子宮体がんのリスクを一緒に連れていってくれるのだと思うと、どれだけ健気なのかと。(都合よすぎる考えかな)
子宮を摘出することに関しては最初から理性的には迷いはなかったけど、自分の中で感情的な抵抗があったのは驚きだった。
同じ症状でも、子宮は出来るだけ残したいという人も多いらしい。
産婦人科医のポッドキャストでも、昨今の子宮崇拝の風潮のせいじゃないかと言ってたけど。
※タイトルの藻女は誤字でなく、当事者だけど喪女という表現が嫌いなのでマイルド?に言い表してみました。
いない歴=年齢。
まぁ、30代の時分には焦って婚活したり怪しげなマッサージも本気で検討したりしたけど、40を超えてみると、
「もう、いいか」
と、良くも悪くも諦めがついた。
自分一人と猫を養っていけるなら、それで十分。
女というある意味「見られる性」を卒業して、ここからは自分ファーストで自由に生きようと吹っ切れた矢先。
これまで順調だった生理が急に不順になった。
ストレスで稀に飛ぶこともあったので、それかなと思ったけど、3カ月ぶりに来たと思えば、1カ月以上ダラダラ続く。
凄く嫌だったけど婦人科で診察を受け、最初はピルを処方されたりしてたのだけど、今回は、様子が違った。
1カ月以上、とにかく量が多い。
それを医者に言うと、即内診、子宮体がん検診、その場でMRI予約、、、まぁ、何も出ないでしょうと、たかをくくって昨日結果を聞きにいったら、子宮内膜増殖症とポリープがあるとか。
一応、経過観察もできるらしいけど、放置すると癌になる可能性も出てくるし、不正出血はこのまま続くだろうとのこと。
年齢も44歳。
それに、パートナーの有無にかかわらず、何なら結婚したとしても、子供は絶対欲しくないと思ってた子供嫌いなので即答。
摘出しましょう。
したっけ、そこから話は早く、医者もこちらを向きなおり、手術の前の診察などの予定を聞かれる。
そして、心の準備がいる。
結果、来月に改めて相談となった。
1週間かかるらしい。
そこまで聞いて急に不安になる。
健康だけは自信があったのに、まさかこんな大事が待ち受けてるとは。
看護婦さんに手術の説明や不安を少し聞いてもらったけど、モヤモヤする。
子宮を使うつもりは元々なかったけど、結局、一度も子宮の頑張り(20年以上の生理や排卵)に応えてやれなかったなという思いはちょっとだけ出る。
健気じゃない。
妊娠どころか、妊娠する可能性があるイベントが一ミリもない中、毎月せっせと妊娠した時のために子宮内の準備をしてきたことを考えると、期待に沿えずにごめん、と母親にすら思わなかったことを感じる。
(またいずれ書くけど、母親との関係があって、私は子供が欲しくないので、罪悪感とか感じたことはなかった)
でも同時に、子宮は私の体の一部だけど、それだけが私の人生じゃない、私本人の意志で生きる、という反発もある。
「女は子宮で考える」とかいうグロテスクな男目線のフレーズや、昨今の子宮を持ち上げるような風潮も、多少見聞きしてたから、余計、子宮が自分の全てのような考えには抵抗がある。
でも、腎臓を一個摘出するのと子宮を全摘するのでは、だいぶ、印象が違うよな、と。
私も子宮は女の特権とか、そういう考えが実はあったのか、と愕然としたり。
昨日はしばらくAIに自分の考えを壁打ちさせて、とにかく考えをまとめるのが精いっぱいだった。
結果、子宮が全てではないし、結局残しても、使うつもりは端からなかったのなら、無駄な感傷で癌のリスクを残すのは本意でない。
ただ、子宮でもほかの臓器でも同じく、自分の中に生まれた時からあったものが取り出されることはやっぱり多少の感慨はあることを認める。
例えるなら、多機能なスマホを持ってても、買い替えるまですべての機能を使い切らない、知らないまま終わる昨日もたくさんあるのと同じ、と納得させた。
子宮は目に見えないけど、ずっと私の中で来るべき日に備えて、妊娠の準備をし、今月もダメだったのね、と言わんばかりに血を外に出してきた。
幸い、生理痛やPMSがほぼなかったので、生理がメンドイな、ぐらいにしか思わずに来たけども、最後の最後で痛恨の一撃。
それでも、一緒に生きてきたことには変わらない仲間なので、恨み言を言ってグッバイするのは嫌。
必要以上に惜しむのも違うかな、と思うけど、お疲れ様、ぐらいはちゃんと伝えたい。
出血もまだとまらないけど、これが最後かと思うと、子宮の涙にも思えてくる。
子宮の血、つまり見えないだけで、子宮はボロボロでこんなに長い間血を流し続けている。
それはもう、私が引導を渡して開放する時期なのかもしれない。
むしろ、最後に子宮体がんのリスクを一緒に連れていってくれるのだと思うと、どれだけ健気なのかと。(都合よすぎる考えかな)
子宮を摘出することに関しては最初から理性的には迷いはなかったけど、自分の中で感情的な抵抗があったのは驚きだった。
同じ症状でも、子宮は出来るだけ残したいという人も多いらしい。
産婦人科医のポッドキャストでも、昨今の子宮崇拝の風潮のせいじゃないかと言ってたけど。
⛄雪だるウーマン🐨🎀
@secret38360
4時間
これを行政主体で予算つけてやるならまだ分かるけど、NPO丸投げなら絵に書いた餅にもならんやろ。
@mihyonsong
ケアマネ?何それ?と思った私ですが、要望されてる団体の方に詳しく聞いてみたところ、なるほどでした。
ぜひ読んでください。
現在話題となっている「子育てケアマネ」構想について、宋美玄氏が当事者団体に話を聞いて印象が変わったとする投稿が注目されているが、その情報源が当事者団体に限られている以上、当事者主義という名前はついているが、無意味であり、その実質は中立性を欠いた“プロパガンダ的”発信に近いものであるといわざるを得ない。公序良俗に反しており、本来ネット規制、SNS規制の対象になるべきなのはこうした発信であり、こうしたことが俎上に上がらない時点で規制は有害で無益である。総務省は国民の利益に反したことばかりやっており、上層部を変えるのは当然だと言わざるを得ない。
本来、行政が予算をつけて制度的に運営するならばまだ議論の余地がある。しかし、NPOや特定団体に丸投げする形では、**公平性・専門性・持続性に欠ける「利権ビジネス化」**となりかねない。
また、情報源が要望側に限定されるということは、中立的な第三者や慎重な立場の人々からの評価が得られていないことを意味しており、逆に言えば「中立的立場の者はその構想に賛同していない」ことを裏返しに示している。
このような構図がまかり通れば、実効性の薄い制度設計に予算が投じられ、NPOなどの関係者だけが利を得るという構造が制度化されてしまう。いわば、「社会課題」を名目とした税金の搾取=税金泥棒の温床となり得る。
その背景にあるのが、実務や経済原理への理解を欠いた一部の人文系学部出身者(特に社会学系)による制度設計の脆弱さである。現場経験や財政的制約に根ざすことなく、机上の空論と抽象的な理想主義だけが先行するため、政策そのものが実効性を欠き、社会の実情とかけ離れたものとなっている。
さらに深刻なのは、こうした仕組みが「社会貢献」や「福祉的仕事」として無批判に美化されることで、現実の課題解決に寄与しない活動が“労働”として認識され、若者の職業観を歪めている点にある。本来、成果と責任が問われるべき公的支援の領域が、自己満足型の“活動”の場と化し、税金が浪費される構造が制度の内部に温存されている。
このような状況を放置すれば、「支援」や「多様性」の名の下に、実態の乏しい利権構造だけが温存・強化されることになり、行政への信頼は損なわれ、社会全体の活力も低下する。
本来、制度に求められるべきは、実効性・透明性・説明責任の確保である。理念や理想そのものは否定されるべきではないが、それが現実から乖離し、予算の浪費や構造的不平等を生み出すような運用に陥ってはならない。
ましてや、中立性を欠いた「当事者」の主張だけを鵜呑みにし、それを「妥当なもの」として拡散するような行為は、制度論や報道に関わる立場の者として決して許容されるべきではない。それは政策論議でもなければ、報道でもなく、単なるプロパガンダの片棒を担いでいるにすぎない。
たとえその人物が女医であれ、活動家であれ、インフルエンサーであれ、その主張が中立性を欠き、国益に反する内容である以上、どのような立場にあっても免責されるものではない。“善意”や“当事者性”を盾にして、制度の正統性を歪めるような発信は、むしろ社会の信頼を損なう行為であり、明確に誤っている。
真面目に回答します。
男性の咽頭がんの原因はHPVも原因のひとつと言われています。
挿入がなくても陰毛同士の接触などでも移る時は移るので検査自体に意味はなくはないです。
あと検査により卵巣の異常などが発見されることもあるので最近は超音波検査と粘膜採取によるがん検診が別になってるのが通常なため、
全く痛くない医師もいます。女医の方が人気がありますが比較的乱暴で痛い人が多かったため、
敢えて男性医師を選んだりしていましたが、男性医師でも痛い人は痛いのでこれは運要素が強いです。
性行為は別にしなくてもいいですがその予定があるのならばその前に高額にはなりますがワクチンを打っておくと安心です。
検査で異常がみつかりHPVの検査で自分ががんになりやすいHPVを持っているかどうかの結果が出るまでは死が脳裏をよぎるほどです。
したくもない性行為で忘れた頃にがんになる可能性は頭の片隅においておいてください。
性行為の相手が風俗にも行ったことがない全くの初めての人でパートナーが自分一人のみの場合はその限りではありませんが、
もし自分がHPVに感染していてキャリアだった場合お互いに移しあうことになりリスクは下がりませんし、
子宮体がんの検査において一般的な検査方法が、子宮の中に直接器具を挿入し細胞を採取してがんリスクを調べる子宮内膜細胞診です。子宮の奥に器具を挿入しないといけないため、子宮頸がん細胞診よりも痛みは強くなります。また、細胞採取時にチクっとする痛みを感じることもありますが、この痛みは人によって感じない方もいる程度です。
万一、検査時に強い痛みを感じる場合は、子宮内膜症など他の病気を発症している恐れがあるので、我慢せず検査中に申告しましょう。
この説明を読む限り、チクッとする痛みは大したことなくて、器具挿入の痛みが強いのと、他の病気のせいで痛みが強い可能性があるっぽく読める。
女が結婚しない人生、子供を産まない人生も認められていた時代だよ
山口智子さんや小泉今日子さんが肯定的に見られていた時代だったよ。
多様性の欠片もなかったどころか、今よりも寧ろずっと多様性良いねの時代だった。
なのに突然少子化が叫ばれ出してバックフラッシュが起きたのは21世紀に入ってから。
だから敢えて結婚出産した人達は全員、自ら望んでその人生を選んだ事を無視してはいけないと思うよ。
氷河期世代の女性に子供を産まなかった人が多いのは、多様性どうこうじゃなくて純粋に経済問題だと思う
@mihyonsong
でも氷河期世代は、20代終わりに、30すぎて結婚も出産もしていないのは「負け犬」って言われてめちゃくちゃ煽られてた世代なんよ。今みたいに、多様性イイねのかけらもなかったんよ。
------------------------
(追記)
女の婚姻率がほぼ100%の時代(不本意既婚と任意既婚がいた)→婚姻しない自由が認められた時代(未婚者はほぼ全てが任意未婚)→少子化が叫ばれ出したバックフラッシュの時代(任意未婚の割合は変わらず。増加したのは不本意未婚のみ。氷河期世代はこれに当たる)
という経緯を辿っているので、氷河期世代の若い頃は既に任意未婚は普通にいた時代であり、「多様性イイねのかけらもなかった」というのは大間違いだろうという事。多様性イイねの時代は昔は確かに存在していて、今はそれがなくなったんだよ。
元ポストの引用で『負け犬の遠吠え』が多様性を推進させたみたいに語っている人も多いけれど、それも全然実感と違うなー。
この本は寧ろ多様性を後退させて画一的な価値観を推し進めた本だったと思うが。
『負け犬の遠吠え』は2003年発行だけど、以前は結婚しない女性、子供を産まない女性の生き方は普通に認められていたのに
にわかに少子化が叫ばれ出して世間から叩かれ出すようになった。
これ以上叩かれたくない独身の著者が自ら「負け犬」と自虐して降伏仕草を見せる→その言葉を利用してさらに叩かれるようになる、
という流れだったよ。
こんな本が出た事自体、既に自分の意思で非婚非産を選ぶ女性は大勢いた事を証明しているんだから、多様性は既にあったんだよ。この本はその多様性を後退させた。
氷河期世代女性の未婚率の高さはけして多様性が認められたからじゃなくて(多様性に関しては寧ろ前世紀末の方が認められていた)、
社会全体としては産めよ増やせよが国是となって画一的になる中での、経済的理由で「結婚したくてもできない」女性の増加によるものだから
けして褒め称えるべき事でも誇るべき事でもないと思う
Permalink |記事への反応(27) | 21:42
子宮頸がん検診ではない。痛くてトラウマになると噂の子宮体がんの方だ。
ネットで検索すると痛かった体験談ばかり出てくるが、たまたま痛くなかったので、子宮体癌検査が怖くて藁にも縋る気持ちで検索している人(検査前の私など)に少しでも参考になればと書いている。
この子宮体がん検査の結果は、良性のポリープがあるのみだった。
子宮体がん検査の基本的な情報は省く。ネットで適切なサイトを見てほしい。
何が要因でそれほど痛くなかったのかは定かでないし、個人差も当然あるはず。
それでも、少しでも痛みがマシになるよう「これかも?」と思ったポイントを挙げる。
①処女であれば、「性交経験が無いので、できるだけ細い器具を使ってほしい」と申告。
②「子宮体がん検査は凄く痛いと聞いていて怖いので麻酔をしてほしい」と婦人科医に打診
→稀に対応している婦人科もあるため、麻酔してもらえるならそれも有りではないか(費用はかかる)
④検査前、下の服を脱ぐ際などのタイミングで、こっそりクリトリス周りなどを自分の指で刺激して少しでも膣口を柔らかくする
⑥検査中は、とにかく力を抜く。そして股をしっかり開く。
これらの実行で、少なくとも私は耐えられる程度の痛みで済んだ。
子宮の壁を擦られる感覚はオエッとなるが、少なくとも叫ぶレベルの痛みは無かった。
ただ、これは私がたまたま子宮の病気ではなかったからかもしれない。
なお、検査後の子宮の鈍痛はそこそこキツく長く続いたため、事前に痛み止めを飲んでおいた方が良いと思われる。
花粉症なので3ヶ月に1回ほど定期通院してる。
先月末にコロナを発症し近所の耳鼻咽喉科に行った話や、コロナの鼻や喉の症状は一昨日くらいにようやく治ってきた話をした。
「蓄膿症になってないか診てみますね」と言われ、鼻の穴に何度もスプレーをして(あれってなに?麻酔?)、細長い器具を鼻の穴から喉の奥まで挿入。
アアアアアアア………、あああああああー痛い🥹🥹🥹
大人だが涙目になった。痛いってことはスプレーは麻酔ではなかったのか。
器具を入れた状態のままで「スンスンと鼻で匂いを嗅いでみてください」と指示されたが、痛みによるショックで指示に従うまで30秒くらいかかってしまった。
コロナとかインフルの検査をするときに鼻から突っ込む検査器具と同じ系統の痛みですわ。
子宮頚がん検査、子宮体がん検索もそうだけど、体内の臓器に細長い器具を挿入する検査が自分は死ぬほど苦手だと分かったよ。
さすが処女だよ。もう永久に処女でいいや。挿入は痛いってインプットされちゃったから。
ちなみに胃カメラや大腸がん検診はまだ受けたことないけど、たぶん同じように辛いんだろうね。
ちなみに蓄膿症にはなってなかったみたいで一安心だった。その後、二時間くらいは鼻から喉にかけて器具を挿入された痛みと違和感が残ってた。
何が言いたいかと言うと、私はチキンで痛みに弱い。挿入は痛くて怖い。なるべく挿入されたくない。
大学病院から帰ってきたらグッタリ疲れ切ってしまった。ご褒美に吉野家の親子丼をテイクアウトして帰ってきた。
これが(少なくとも自分の味覚では)ツユダクで鶏肉もふんわり柔らかくてかなり美味しくって、少しメンタル回復した。
そのあとは気づいたら昼寝してた。
ここ最近は悪夢ばかり観てたのだけど、このとき見た夢は楽しい夢だった。
ずっと夢の中にいたかった。
わたしの場合は周りから結婚を急かされるのが嫌でお見合い結婚した。
最初結婚に乗り気でなく、顔を合わせてから1年ぐらい放ってたら周囲が過熱しだして
まあ断ったらまた結婚々々言われるのでそのまま結婚したら、相手もそんなに違わない温度だった。
で、結婚したら子供も作らねばならないと思ったがなかなかうまくいかないうちに妻に子宮体がんが見つかり、
というわけで妻の卵巣と子宮の摘出後の現物を見たが、エロ漫画の断面図で見るような模式的な形をしておらず
凄く形が歪んでいるように見えたので、これはがんでなくても正常に機能していなかったのではと感じた。
執刀医は子宮の表面に数か所できた、白いいぼ状の組織を見せて、これががんですと説明した。
2週間後、あれはがんではなくて前がんでしたという病院からのお知らせが来た。
女性の体は卵巣を摘出すると更年期の症状が早く訪れるものだそうだが、妻の場合は全くそんな症状がなく、
ほっとするとも言えない複雑な心境だった。このころ妻から離婚を持ちかけられたが妻をほったらかすこともできず
同意はしなかった。じつはがん治療のタイミングで妻にある遺伝病が発覚しており、今後の彼女の人生で困難が予想されたからだ。
それから20年しないうちにわたしも妻も親世代は全員鬼籍に入り、予想された困難は現実化し
妻は車椅子でトイレに行くのも苦労している。で、わたしは妻が隠したパンツを発掘してミヨシ純せっけんと洗濯板で予洗いしてから
洗濯機で洗うのが習慣になってしまったが、これが不幸なのかどうかは彼女の気持ちを別にすればよくわからないのだ。
私は、数日後に子宮をとる手術を受ける。
愛しくも憎らしい2人のやんちゃ坊主を十月十日大事に守ってくれた子宮。
とうとう君とさよならしなければならない時がきたようだ。
長男が生まれる前、子供ができなくて病院に行ったらポリープが見つかり、そこから私は子宮内膜異型増殖症という病気と7年間のお付き合いが始まった。
簡単なものとはいえ、何度も手術をしたし、ホルモン治療もした。
ホルモン治療中はホルモンバランスが崩れ精神的に不安定になった上に、多動気味の長男が一番活発な時期だったため、とても辛かった。
もう1人子供がほしいな。
女の子を育ててみたいな。
でも2人の男の子を育てるので手一杯だな。
だが、手術と検査をした結果、再発の度に病が徐々に悪くなっており、
正直、ホッとした。
この気持ちが一番大きかった。
7年間、ずっと病と戦っていたわけではない。
でも、ずっと病が私の背後にペッタリとくっついているような感覚もあって、そこから開放される、安心感。
おそらく主治医に希望を残されてしまったら私はまだ治療をしていただろう。
しかし、どこか子宮がなくなる不安というか、喪失感に近いものを感じている。
子供も2人産んだ。
なぜだ?
なぜ私はこんなにも寂しさや不安を感じているのか。
1つの理由として、考えたのは「もう子供を産めなくなる」という明確な線引きの向こう側に立つことへの不安だろうか。
私は今30代半ば。まだ周りに妊娠出産をする同年代達が現れるだろう。
その時に彼女たちを羨むことになるかもしれない。
我が家にも女の子がいたら、もっとハッピーだったかもしれない。
子供が3人いたら、とっても大変だろうけど、きっと賑やかで楽しいだろう。
それでも、やはり今手術をして家族や子どもたちとできるだけ長く生きるための選択肢を選ぶことが最善だとわかっている。
それでも、子宮を取り出すことに何が寂しい?
手術まであと数日。
結論が出ないまま、また日付が変わった。
この気持ちの持って行き場がなく、
野木氏の書いている主人公(または主人公サイド)はいわば「持っている人」しかいない。
全作品目を通したわけではないが、「持ってない人」が主人公サイドに組み込まれたことはあっただろうか。
逃げ恥は原作ありなので多少違うかもしれないが、主人公のみくりははかつての彼氏に「小賢しい」と言われるほど頭がキレる女性だった。
その小賢しいが呪いだのなんだの言われているが、地頭がいいということである。これは「能力」といっていいだろう。
夫婦になる平匡もである。拗らせた童貞という一種の劣等感は持っていたが、正規で働き、家政婦を雇える収入を得ていた。
そして二人とも性格がまともな両親に恵まれ、お金の心配せずおそらく大学まで通わせてもらっている。もうここである意味勝ち組である。
そんな勝ち組二人が子供が出来き、夫婦となり問題を乗り越えていくSPはこれでもかというぐらいキラキラしていた。
金銭的に余裕があり、話が通じるパートナー、そして助けてくれる両親と友人と親族。
百合ちゃんは子宮体がんで病院に付き添っ杖くれる人がいないといいつつ高校生時代の友人に助けてもらえ、
嫌な役と感じていた上司は実は頼れるいいやつだったというオチ。
何故ならば自分には、助けてくれる、友人も家族もお金もないからである。
だから自分は羨ましい。野木作品にでてくる「持っている人間」達が。
アンナチュラルでは法医学者という手に職をつけ、くいっぱぐれない女性が主人公だった。
MIU404では警察官二人が主役である。よほどのことがない限り定年まで勤めあげられる職業であった。
両者とも「持っている人」である。
「持ってない人」は舞台からいなかったものとして排除されるか、被害者か加害者になるしかない。
それが自分は一番苦しい。
野木作品では「持ってない人間」は加害か被害されないと問題提訴できないのである。
そして「持ってない人」は概ね、主人公たちが試練を乗り越え、ますますキラキラするための舞台装置でしかない。
よく社会問題を扱っているともてはやされているが、本当の底辺の問題は全く取り扱ってもらえないのだ。
それがものすごく辛くてしんどかった。
そしてこんなにコンスタントにヒット作を飛ばす野木亜紀子と言う人も「持っている」人なのだろう。
ドクターの質によるところが大きいと思うので、次はよいドクターにあたることを祈っています。健診だと難しいかもしれないけど……
さて、子宮頸がんの検査も違和感が強いし痛いときは痛いけど、子宮体がん検査はびっくりするほど痛かったです。
子宮筋腫の術前に内診しているとき、検体とる直前に「じゃあ体がんの検査もしておきますねー」と言うが早いがぐりっとつかまれて「!!!!!!!!!」。
あれは事前に言っておくと緊張して余計に痛くなるからという思いやりだったのか?
痛かったのもともかく、そのあとトイレに行ったら便器の中が真っ赤になっていて再び「!!!!!!!!!」。
こっちのほうが衝撃でした。驚きのあまりトイレの中でちょっと叫んだ。
でも、万一がんがあったら手術で飛び散らせてしまうとたいへんなので必要なんだな……
骨髄穿刺よりは痛くないです。
初回は尿検査→内診→細胞診、2回目の今回は細胞診の結果を聞いた。
細胞診の結果は異常ではあるけどがんではないので、とりあえず3ヶ月後にまた検査予定。
たぶんストレスか何かのホルモン異常からくるものでしょう的なこと言われた。
で、大丈夫と思うけど一応子宮体がんの検査も受けておく?て言われて、
まぁ受けといて損はなかろうと受けることにした。
先「あれ、なんか胎嚢みたいなのあるんだけど?」
私「…は!?」
先「妊娠してる?」
私「いやいやいや、先週まで生理だったんでないと思いますけど」
先「やー、生理だと思ってて実は違ったってこともあるし」
私「え、でもいつも通りの期間と出血量だったんですけど?」
先「ええ〜…でもこれ胎嚢だと思うんだけどな〜…一応尿検査してくれる?」
私「えぇー…」
先「まぁまぁ一応ね。あとこれハイ」
胎嚢らしきところに印つけてくれてた。
戸惑いながら尿検査受けて、結果聞くために待合室で待ちながらめっちゃ色々考えた。
妊娠したって言ったらうちの彼氏はどんな反応するんだろうとか、
妊娠してたら予定日が大体来年の春ぐらいだから仕事の状況どうなってるかなとか、
とにかくいろんなこと考えた。
まぁ結果妊娠してなかったんだけど。
先生も「違ったね〜…、胎嚢だと思ったんだけどな〜…」だってよ。
(ちなみに胎嚢っぽいのがあるけど胎嚢じゃないってのもよくあることらしい)
そのあと子宮体がんの検査して、次はそれの結果聞く。何もないといいな…。
筋腫持ちでもしかしたら妊娠・妊娠継続ちょっと難しいかもね的なこと言われてて、
年齢的にも高齢出産と言われる年になってて。
もしかしたらこの先もらえない写真かもとか思っちゃうとなんか捨てにくいw
めでたい写真でもなんでもないのにねw