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2025-11-04

タンパク質が少ないか日本女はもっと家の男に肉食わせろ⇒タンパク質といえば肉と思う脳弱

・食費足りない?やりくりしろよ⇒てめえの稼ぎでできねえよ。やれるつうならお前がやれ

・家食つくる女は栄養士でもなんでもない⇒じゃあ栄養管理しろとか抜かすなアホ男

なんで「食わず女房」という民話ができたのかよくわかるな

男の強欲と論理性のなさ、女への他責、テイカーぶり

から変わらないんだわ

Y染色体が小さいか遺伝子不足劣等種族で脳もお察し

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2025-10-30

猟師の孫

「爺ちゃんの傍さ離れんなよ」

孫は聞いているんだか聞いていないのだか「うん!」と答えるが、その辺で拾った良い感じの木の枝を振り回し遊ぶ。木々が生い茂って独特の静寂さを持つ山中を老人とその孫、そして愛犬の五郎は進んでいった。

後年、知ることになるが本州の山林とは違い、ここ北海道の山は本州のそれとは違って非常に視界が悪い。本州の山林のほとんどは林業を営む方々が手入れをし真っ直ぐに樹木は伸びるが、北海道ではその圧倒的な森林面積により人の手が入っていない部分が数多く残り、文字通りの原生林として山の威容を示し、伸び放題となった木々山中を行くあらゆる生命の視界を遮る。

老人とその孫の身なりは帽子、長袖長ズボン長靴、本革製の手袋と手足首を覆う手甲と足甲は老人の妻、即ち孫から見れば祖母の手製だ。ハイキングならばまだしも老人と孫の装備は見るものが見ればひと目で生業特定できる。猟師だ。可能な限り肌の露出を抑え、特に四肢を重点的に防護する見た目は娯楽ではない事を表す。

老人の右手には大鉈、左手には老人の背丈と同じ程度の狩猟槍、肩に猟銃を下げていた。孫は武器らしい武器はほぼ無いが猟に出る際にだけ持たされるマキリと呼ばれる小刀は腰に差されていた。マキリの持ち手には滑り止めを兼ねたフクロウを模した見事な装飾が施されており、この持ち手の作者は孫の目の前を行く祖父である

この日は週のうちに何度も繰り返す山道の整備と捕獲罠の点検だ。祖父は大鉈で不要草木を打ち払いながら進み、樹木の肌やその根本を観察する。昨今の報道でも知られるようにクマ樹木へ爪で傷を付け自身縄張りを主張する。そして熊だけでなく多くの野生動物は排泄をする際に隠れるため木々の近くでする事が多い。

「爺ちゃんコレ!」と孫が樹木を指差す。孫はマーキングを見付けたと祖父へ伝えた。「おぉそうだよく見付けたべなぁ。クマが出っかも知れねぇから気ぃ付けろぉ」と孫を促す。当然ながら孫よりも先に祖父マーキングに気が付いている。しかし孫の"発見"を褒めてくれるのだ。一応の確認として猟犬としてよく訓練された五郎へ目を配り何も反応がない事を知ると前へ進んだ。

いくつかの罠を巡ると、くくり罠に雄のエゾシカが捉えられているのを見付けた。祖父はそっと猟銃と大鉈を地面へ置き、槍を構えてエゾシカへ近付いた。そこそこの歳を重ねているであろうエゾシカはその場へ伏せていたが祖父を視界に収めると立ち上がるものの一切の抵抗を見せない。エゾシカはまさに威風堂々と言った立ち振舞いをし祖父を見つめている。祖父が音もなく踏み込み、首元から深く入るたったの一突きでエゾシカは倒れた。

馬ほどの体格を持つとは言え、素人からするとたか草食動物を容易に倒したように見えるが首元から様々な骨を避けて心臓まで一閃する達人の技だ。

実は昭和30年代に北海道で冷夏が相次いで森が飢饉状態となりエゾシカヒグマキタキツネなど野生動物が人里へ大量に押し寄せる状態となったことがあった。その際に多くの民衆ヒグマに襲われるという事故が頻発し、若き日の老人は槍一本のみで日夜ヒグマを狩り続け、多いときには月に20頭以上、日に3頭ものヒグマを狩った。この若者は周囲の村落で大いに語られる槍の名手として名を馳せた。

その男気を聞きつけて槍を習おうとする男衆に混じり見物に来ていた女性は槍の名手の男に惚れ込んでそのまま押し入り女房となったという。それが孫の祖母である

「奥義は下段」

孫は槍の名手たる祖父から毎日のように槍を習った。槍を習うとは言っても「まだ早い」と言われ穂の無い槍、すなわち単なる長い棒であり来る日も来る日も孫は祖父お手製の"槍"を振った。

祖父は口癖のように「奥義は下段」と言った。漫画の中で見るような敵を大きく吹き飛ばしたり環境破壊を伴う派手な技でない。単に獣へ対して半身を取って穂先を地面すれすれに落とす構えこそが祖父の槍、アイヌの槍の奥義なのだという。

「槍を振った」と前述したが、実のところ槍を振り回すことはお説教を招く動きだった。「振るなァ!突かんかァ!」という祖父の怒号は今でも頭の中で鮮明に響き渡るほど毎度毎度同じ説教を貰った。

「突き引きが遅い!」「力任せに振るな!」「穂先を目線より上げんな!」「下段から何を出来るか考えれェ!」と覚えの悪い孫は何度も何度も同じ説教を受け続けたがコレがまたなかなか上手く出来ないものだった。祖父が用意してくれた的へ次々と素早く当てようとするとどうしても槍を振ってしまうのだ。

後年、孫は祖父の教えの真髄を1つずつ理解するようになってきた。

特徴と言えば祖父の槍、つまりアイヌの槍は内地(本州)の槍よりも短い。前述したが長さは使用者の背丈前後程度。これには理由があり樹木が生い茂る環境内地の槍は振るうこと叶わず、まさに無用の長物となるのであった。内地の槍の長さは人間同士が平地で争うための長さだ。

これが理解できれば"樹木が生い茂る環境で槍は振るうこと叶わず"であり、槍は基本として突かなければならないというのも理解できるようになる。槍を振れば周囲の樹木へ当たる。しかも槍を使っているということは獣とまさに相対している時である森林で槍を振るということは自らの死を招く愚行なのだ

「下段を奥義」とするのも獣と相対した際の死活問題から来ていると今では推測している。半身で構える下段は体当たりしてくる四足の獣の動きへ穂先の反応が遅れたとしても槍の柄が使用者と獣の間に残り、槍の柄で防御へ転じられる。これが上段や中段の構えであれば穂先の反応が遅れた瞬間に獣の一撃を直接身体へ貰うことになるだろう。下段から何が出来るか?攻撃と防御が同時に出来るのである

孫は何度か祖父が槍のみでヒグマを打倒するところを見たことがある。法令上、猟銃が使用できる範囲は限られ、猟銃使用許可のある場所であっても射撃方向に民家があると使用できなかったりするためだ。

遠くへ行ってろ」と言われ祖父から離れるが、ギリギリ祖父を視認できる距離で見ていた。猟犬五郎祖父の指示を受けるまでもなく孫が祖父から離れると護衛のように孫へついて行く。

奥義の下段を忠実に構える祖父の気迫は幼い孫が遠目で見ても物凄く伝わってくる。じりじりとヒグマとの距離を詰め、痺れを切らしたヒグマ祖父体当たりを敢行する。祖父の動きは音がしない破裂音であるパンッと鳴ったと錯覚するような鋭く素早い動きでヒグマ体当たり回避たかと思えば、ヒグマは自ら後ずさりする。祖父の槍の穂先がヒグマの血で赤く染まっていた。

ヒグマの口から鼻先が切り裂かれているようだ。瞬く間に祖父ヒグマから後の先で呼吸を奪った。命のやり取りという極限のストレスの中で呼吸が難しくなるというのは息をする者にとってはかなりの重荷を背負ったことになる。時間が経てば経つほどにその巨体が自らに重くのしかかり、逃げることすら困難にさせる。

体当たりは分が悪いと悟ったヒグマ祖父へ怒涛の勢いで距離を詰め、右前腕での引っ掻きを狙うが右前腕の起こりに合わせ祖父は瞬時に熊の手を下段から貫いた。ヒグマはあまりの激痛からか唸りとも呻きとも取れる声をあげて四足を地へ付く姿勢に戻ろうとするが右前腕は軽く浮かせたままである

三足となったヒグマは再び必死体当たりを敢行するが祖父は素早く真横へ体当たり回避し、三足となり横方向の動きが制限されたヒグマ祖父の動きを視線しか追えず首へ必死の槍を受けた。祖父は力なく地へ沈むヒグマの様子を見ると距離を取り2分3分と下段の構えを解かずヒグマの様子を伺い続けた。

短いようで長い時間が経つと下段の構えを解き、祖父が手を振って終わりだと合図したことを察した孫は祖父へ駆ける。仕留めたヒグマは体調2mを優に超える大物だ。「すごいすごい!」と興奮する孫をよそに祖父はニヤリと意地悪く笑って孫へ「血抜きすんぞ」と告げた。

ヒグマメートル100キロ、2m超のヒグマ200kg以上である。これを老人と幼き孫が気合いで持ち上げ木へ吊るして血抜きするのである祖父との狩猟で最も楽しくないのが大物の血抜きという重労働であり「忘れてた!」と声を出さずともわかる表情を孫は浮かべた。

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父が「来月から毎日山を見て回るぞ」と言うので幼き日の思い出を書きました。

私が1人でヒグマを獲ったのは二十歳を越えた頃、何かあったときのために祖父が後ろで見守りながらだったという、祖父とは違って槍下手なのですが私程度であっても昨今の情勢で何か社会のお役に立てれば幸いかなと。

では、行ってきます

Permalink |記事への反応(12) | 08:02

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2025-10-24

anond:20251024094022

ゲイのためなら女房も泣かす

それがどうした文句があるか

Permalink |記事への反応(0) | 15:23

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2025-10-10

[今日知った言葉]しゃもじ

しゃもじ語源は、柄の先に皿形の部分が付いた道具の「杓子」(しゃくし)の頭字「しゃ」に接尾語「もじ(文字)」が付いた女房言葉(にょうぼうことば)である[2]。本来は汁をよそう汁杓子も含めた言葉であり、米飯をよそうもの特に飯杓子と言ったが、時代が経るにつれ、汁用のものおたま(お玉杓子)、米飯のものしゃもじというようになった[2]。

Permalink |記事への反応(0) | 08:44

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2025-10-09

じわじわ夫と嗜好が合わなくなってきた

付き合い初めの頃は2人で麻婆豆腐を食べたり家系ラーメン行列に並んだりしていた。

しかじわじわアラフィフ間近に迫った今、じわじわ脂っこいものや辛い物がどんどんだめになってきている。

先週お昼ご飯丸亀製麺野菜かき揚げをチョイスして一口食べて無理になった。丸亀製麺でさえだめかー。

夫はまだ全然食べ盛りで家系ラーメンも揚げ物も大好き。

1歳年下とはいえ、差がすごい。

年上の女房は金のわらじを゙履いてでも探せとか、やめとけー。

見た目やらなんやらはさておき内蔵が男女で違うわ。

若い(若くはない)夫には申し訳ないけど、もう脂っこい食べ物食べたくないんだよ。

君が作ってくれた肉野菜いため、美味しいんだけど、はー、にんにくと脂がしんどい…。

ゴメンな。

おばちゃんでごめんな。

Permalink |記事への反応(0) | 23:01

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2025-09-04

近江一郎氏についての記述

1931年植民』より、「帆船南洋慰問の旅」という記事

五十噸の補助機関つき帆船海峡植民地から東インド約二ヶ年の予定で一周しようといふ企てがある――計画者は神戸市元町三丁目近江一郎氏でボルネオインドに久しく滞留、仏教研究して最近帰朝した岡本春岳師ほか二名の同志の力を得、海外在留民を慰問し、病没者の展墓弔霊燈台守の慰問をなし、併せてわづか五十噸の小舟で南洋を一周すること自体によって海事思想の普及に資し、寄港地では新聞以外に故国事情を知りたいと希望している人々のためには最近東京風景や観艦式などの活動写真を見せるとともに故国の発展ぶりや近情を講演し、商品見本やカタログなどを配って行き、簡単商品見本市を開き希望者には連絡の労もとり、各地にある日本人会の連絡をつけようといふのである。首唱者近江氏の厳父は日露戦役直後東京朝日新聞者がチャーターして満鮮巡遊団を企てた時のロセッタ丸の船長で、今年はその七周忌に当るので、亡父への供養の一端であると大した意気込みで、目下拓務省に補助の支出交渉であるが、それが纏まり次第四五月ごろには壮途につきたいと、近江氏は語る。

『明中教育十年』より、「明石中學校十年史」の1932年2月1日の項。

南洋調査団(鎖国丸)長拓務省嘱託近江一郎氏一行十名ノ為ニ市公会堂ニテ送別会開催ニツキ山内校長出席

直木由太郎編『家信 みとせのはるあき 上』より、1932年の「五月十六日神戸より」。

近江一郎氏の鎮国丸は最近琉球沖で難破し、船員一名死にました。詳細不明

1934年宗教文化誌 法華』より、音馬実蔵「看雲雑記」。

主義者近江一郎君はまだ知らぬ人だが、其著「小舟を住家に南洋へ」は近来非常におもしろく感ふかく読んだ書物の一であるので一筆書いておく。

第一此書は君が鎮国丸という小船に乗じて南洋に向ふ途中、琉球近くの与論島に於て、船が暗礁に乗り上げ大破、九死に一生を得たこの死線突破体験を本として、其遭難顛末と共に南洋開拓に就て、かねて諸方面に就き自ら準備のために取調べた生きた心得の数々を教へ示さんとするもので、世に机上の空論は多くてもこの書の如く命をかけて出来た書物まこと稀有と云ふべきで、この点に心ひかれるものがあるのである

『楚人冠全集』より、1937年杉村楚人冠バルサ」という記事

逓信省船舶試験場で、近頃絶対に沈まない救命艇とかを作った。(中略)沈まない船といふのは、バルサを用材にして作ったとの事だから、何も今に始まった新案でも何でもない、現に私の友人がこれで救命艇を作って、特許を願ひ出た次第は、一昨年の十一月の「グラフ」に私が書いている。彼は特許が許されないので、気前よくその船を私に呉れて行ったので、私はこれを手賀沼に浮べて、時々漕いで出るのを楽しんで居る次第も、その時に書いた。この贈主の名を近江一郎といふ。朝日新聞社明治三十九年の夏満韓巡遊の船を仕立てて、日本で初めて新聞主催団体旅行を企てた時、その乗艦ロセッタ丸の船長だった林橘治君が、即ちこの近江君の実父であった。

1940年『斜めに見たる神戸一中』。

近江一郎の著書で、第一神戸中学校のおそらく1935〜1939年頃の同窓会報に掲載されたコラムを集めたものである。内容としては、神戸一中の卒業生がこんなにすごいことをやった、こういう面白いことをやった、といったもので、上記の「中村文夫(日本板硝子社長)」や「川西実三(埼玉長崎京都東京知事歴任)」なども登場する。卒業生には海軍関係者が多かったようで、特に奥田喜久司とは親しそうな書き方がされている。内容としては、笑いあり涙ありの平和ものだが、支那事変日中戦争)が始まったことや、誰それが戦死したというようなことが書かれていたりもする。近江一郎自身のことはあまり触れられていないが、母親名前が「朝子」ということ、娘がいて神戸野田高等女学校入学させたこと、第一次大戦の青島の戦いに従軍していたこと、などが書かれている。

1959年『新民』より、寺岡謹平「祖国の礎特攻観音縁起について」という記事

昭和二十一から神戸の人近江一郎という老人がおりまして、南洋貿易をしておったのでありますが、戦争たけなわになりますと、日本航空隊では油がだんだんなくなる。潤滑油をなんとかして作ろうということで満州にわたって白樺から潤滑油を作る研究に目鼻がついた、ということを軍令部に進言致しました。そのときには戦争が終ってしまったので、戦争に敗けたのはわれわれ国民の協力が足りないため、ということを考えまして、なんとかして戦死した御霊をなぐさめたいということで、まず特攻隊の遺族を弔問しよう。御霊に参拝しようという念願を立て、二十一年二月から、全国、北は北海道、南は九州のはてから、ずっと単独で廻って歩いた。

(中略)

はじめのうちは簑笠にカーキ色の服を着た坊さんが現れると、これは押売りか物貰いだろうと思って、虐待された。いろいろ考えた末、各県の世話課に頼んで遺族の住所を調べ、予め紹介してもらって参りました。そこで今度は順序よく運んだ。行くと、先ず以て仏様の前にいってお経を読んで焼香をする。そして般若心経を半紙に書いたものを一枚奉納する。

これは神戸の友人で美田禾山翁という書家がおりまして、その人の仏心で般若心経を沢山書いてもらった。海軍特攻隊の遺族は、二五二五名おりますから、美田先生も老齢ではあるし、耐えられなくなった。そこで誰かに書いてくれということで、私も何百枚か依頼されましたが、電報で何枚どこそこに送れと、こういうふうにくる。

(中略)

そういうものお土産にもって廻って、六年間というもの休みなく廻りました。とうとうしまいには病気になりまして、二十七年一月二十一日に亡くなられた。その間に約一、九〇〇名の遺族を弔問しております。残ったのは東京東海北陸の一部で、東京都を最後に残したのは、終ったところでお上特攻隊の遺族の状況を奏上する、というのが狙いでございました。

吉川英治対話集』より、1959年の対談での吉川英治発言

近江一郎という無名の人がいるのです。軍に徴集されて、なにかのことで満州塾長をしたのです。開拓民の塾長じゃないかと思うのですが、終戦になってこっちに帰ってきて、さる人の紹介で、私が吉野村に疎開していたときに、杖をついて帰還者の服を着たままでやってきましたよ。そのころ、もう年齢は六十近かったでしょうか。

「いったい君はなにして歩いているんだ?」

「私は帰ってきて、たくさんの死んだ兵隊たちの家を一軒一軒歩いて、そうしてそこに年寄がいたら、年寄を慰め、仏壇があったらお線香の一本ずつもあげさせていただくのを生涯の念願にしている」「収入というものはどうしているんだ?」「収入はありません」「じゃ、どうして食べている?」「子どもが一人あって、女房神戸区役所人夫をしている」女人夫ですね。「子ども小学校に行っている。お父さんは好きなことをしていいと言うから、私はそれをやる」それから復員局で住所を調べましてね、全国を歩いていました。ほんとうに驚くべきものですよ。あるときその男と話をしまして、こういうふうに戦死者の家を歩いていると、ずいぶんひどいことを言われることがあるでしょうといったら、はじめてその男が炉辺でボロボロ涙を流しまして、このごろは復員局で言ってもらえるのでわかってきたけれども、いちばん最初九州、あのへんの山間を歩くんですね。なにしにきたとどなられる、弟を死なせたという兄貴がヤケ酒を飲んでいるところにぶつかって、「戦死したものの供養にきたと、それで死んだものが生きてかえるか」と上りかかったところを蹴落とされた。そんな目にも会いました。そういうふうにけとばされたり、つばをされたり、なぐられたりするたびに、「これは陛下の罪滅しになると思って私はしのんできました」というのです。

『あすへの話題』より、1965年中村文夫のコラム

近江一郎というのは私の中学時代のなつかしい同級の剣友であるが、五年の時、神戸一中を去って大阪天王寺中学に転校し、偶然にも、草鹿さん(註:草鹿龍之介)と同級となり、いずれ劣らぬ剣友同士の間柄だったのである

近江君と私は一年の時からの同級で、しかふたりは一時、剣道部の両雄として互いにしのぎを削った間柄で剣友として忘れられない一人だが、まことに気骨のたくましい一風変わった偉丈夫であった。それかあらぬか、一時は満州国に行って馬賊になったとまでうわさされたのであったが、敗戦となるや、彼は決然起って、あの戦争末期の花形として雄々しく散っていった海軍特攻隊の遺族を尋ねて全国行脚の壮挙を思い立ったのである

しかし何分にも当時世をあげて戦後の虚脱状態にあり、特別関係者以外はだれ一人としてこれを支援しようとする者はなかったが、彼は毅然として、すげがさ、負いずる姿のいでたちで、全く乞食坊主そのままの行脚を続け、全国にわたる戦没英霊実家を歴訪してその冥福と遺族の慰問精魂を打ち込んだのであった。

戦後の軍当局と連絡をとったものらしく、一地区ごとに行脚を終わると必ず大阪に私をたずねて来訪し、つぶさにその難行苦行の実情を物語ってその感想録と写真を見せてくれたものだが、ほんとうに涙なくしては聞くことも読むこともできなかった。当時在阪の草鹿さんともいっしょに、時々は三人で食事を共にして、近江君の労をねぎらい、かつ旅情を慰めたものであった。

1974年川西実三の『感銘録』より。

私の中学校の後輩で近江一郎という男がいて、父親船長だった関係もあり、南方の島の資源開発を思いたった。ここが素人の私にはわからないことだが、それには沈まない船をつくらなければならないというので、あちこち設計を頼んだり資金相談にきたりした。

この話を川西さん(註:川西清兵衛)が聞いて、近江君を助けてやろうということになったらしい。そして近江君の希望どおり不沈船が竣工して南方へ出発したと聞いた。ところが、どうしたわけか帰りがけに台湾沖で沈んでしまったという。なんともロマンチックな話だ。

Permalink |記事への反応(0) | 00:38

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2025-09-03

anond:20250903173034

りょ。

こちとら結婚九年目、アラフォー女房とガキが二人いる。下の子が生まれから、カラッカラの日々が続いた。何度も話し合ったが、「もうそういうの、したくない」と女房は言う。俺は女房が好きで、女房としたいのに、その想いは届かない。「店に行け、バレなきゃ浮気も問わない」とまで言われたが、俺はただ女房と肌を重ねたかった。それでも根気よく話し合いを続けた結果、四年の歳月を経て「三ヶ月に一度」という約束を取り付けた。一年で四回。とんでもない前進だと俺は喜んだ。今年、二回身体を重ねた。一度目の後、俺の心は一ヶ月も浮かれていた。女房が俺を受け入れてくれた、俺の居場所がある、そう思えたからだ。だが、喧嘩の後の話し合いで、女房はこう言った。「やっぱりしたくない。それもストレスだ」と。俺は了承した。女房心のケアが最優先だからだ。だが、数日後、女房さらに告げた。「日常生活で肌が触れるのもストレス」だと。

もう、一線を越えているんじゃないか

「ガキのために離婚しない」と言う女房と、その「夫」である俺。夫婦として、家族として、同じ目的に向かっていると思っていたが、俺の存在自体ストレスだというのなら、この関係はどうすべきなんだ。二人の努力必要なのに、一方的拒否されたら。俺は、どうすればいいんだろうか。

Permalink |記事への反応(1) | 17:35

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anond:20250902103511

創作くささを消してみました!大変だったお。

こちとら結婚九年目、とうにアラフォー。同い歳の女房とガキが二人。下のはまだ四つだ。

下のガキが生まれからというもの、いよいよ本格的に枯れちまった。いや、下のが生まれる前からそうだったんだが、あれは短時間でさっさと済ませる「作業」にすぎなかった。なんせ女房の都合第一からな。

このカラッカラの状況がどうにもこうにも我慢ならず、俺は何度も女房と話し合った。だが女房はこうのたまった。「もういいじゃないかそもそもそういうこと、好きじゃないんだよ。したくないんだよ」と。

「店に行け、浮気しても構わない。ただし、絶対に私にバレないこと」だとよ。

馬鹿野郎、俺はな、女房が好きで、女房とやりたいんだよ。その気持ちが、どうにもこうにも伝わらねえ。俺は小遣い制だし、リモートワークだし、そもそも女房の条件を達成できる手立てもねえ。だが、それ以前になにより、俺は女房とやりたいんだ。

女房とガキ二人が眠る寝室に向かい、ベッドに入るたび、俺は「この家族は俺が守る」と心に誓う。だが、どうも女房人生には、俺はいないような気がしてならねえ。

それでも根気よく四年間、話し合いの場を持ち続けた結果、ようやく女房が折れてくれた。「三ヶ月に一度なら応じる」と約束してくれたんだ。一年でたった四回か。だが俺にとっては、それはとてつもない大前進だった。

から今年、俺たちは二度、身体を重ねた。

一度目が終わってから一ヶ月ほど、俺の心はふわふわと浮かれていた。家に、俺の居場所ちゃんとあることを再確認できた気がしたんだ。なにより、女房が俺を受け入れてくれた、そう思えたことが嬉しかった。俺の浮かれっぷりが伝わったのか、数日後、女房はこう言った。「なんだか楽しそうでなによりね」と。

先日、些細なことで夫婦喧嘩になった。いや、女房にとっては些細なことではなかったんだろう。俺も感情的になって、売り言葉に買い言葉だった。

喧嘩の後、また話し合いの場を設けた。俺は謝罪し、冷静に今後のことを話し合う中で、女房への心配を伝えた。「前より感情的になってないか? ガキを叱る時、怒鳴るような声が大きくなってる。心配なんだ」と。

から女房ストレスをなくすことを最優先にしようと提案した。何ができるのか。色々な提案をする中で、女房はまたしても「やっぱりしたくない」と口にした。それもストレスの一つだという。

俺は了承した。一旦、性的接触はやめようと結論づけた。俺の目的は、女房心のケアだ。そのための手段として、性的接触をなくす。そう自分に言い聞かせた。

それから日経った。いつも通りの日常が過ぎる中、どんな流れだったか定かではないが、女房日常生活の中で俺の肌が触れることもストレスだと告げたんだ。

正直、それはもう一線を越えているんじゃないかと俺は思った。

女房離婚する気はない、と言う。ガキのことを最優先に考えたら、離婚という選択肢はないと。その上で、夫婦として、家族として、これから何十年も一緒に過ごしていくために、俺たちは話し合いを繰り返してきたはずだ。俺たちは同じ目的に向かっている、そう信じていたんだ。

だが、もう触れることすらストレスだという。それはもう、嫌悪に近いんじゃないのか。

二度目に身体を重ねた時、俺はうっかり避妊具を用意するのを忘れた。すると女房は「付けなくても大丈夫タイミングかも」と言ったんだ。「外に出すなら」と付け加えたが、その時は嬉しかった。その一言が、俺への愛情の一つに思えた。

あれから数ヶ月。今はもう、手をつなぐことはおろか、触れることすらできねえ。今年あった二回の行為は、もしかしたら俺の性加害だったんだろうか。

どちらかが拒否を繰り返すと、夫婦関係は壊れると聞く。それが四年も続いている。いや、二人目のガキの時も、行為のためだけの空疎関係だったから、それ以上か。

行為拒否するのは、仕方ないと一部は認めることができる。認めなければならなかった。だが今は、俺という夫の全てを拒否していて、それを面と向かって突きつけられている。

二人で話し合った「家族として一緒に過ごしていく」という目的は、本当に共有されているんだろうか。その目的のために努力をするのは、俺だけなんだろうか。もちろん、女房には女房の様々な負担があり、日々耐えているんだろう。だからこそ、お互いに一人の時間を確保しよう、コミュニケーションをとって役割分担を見直そうと話し合ってきたんだ。

だが、もう一線を越えられている気がする。離婚しかないんじゃないかとすら思えてくる。

「そんな風に言われると傷つく」とでも言えば、その発言も俺が女房ストレスを与えた瞬間になるんだろうか。

ガキのために離婚しない。その思いは、形だけ夫婦でいさえすれば達成できるものなのか。

相手を変えることはできないから、自分が変わるしかない。そう思って色々なことに挑戦してきたつもりだった。だが、同じ目的を持っているはずの相手が、その目的に向かっていないように見えたら、俺はどうすべきなんだろう。

二人の努力必要不可欠な目的なのに、一方が二人でいることを拒否した場合、どうすべきなんだ?

どうすればいいんですか。なあ、教えてくれよ。

Permalink |記事への反応(1) | 17:29

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2025-08-27

小泉八雲日本人はみな天使、とか書いてしまって気がくるいそう」

NHK朝ドラ「ばけばけ」の放送も近づいて、ラフカディオ・ハーン小泉八雲)への関心の高まりつつある昨今だが、この機会に言っておきたいことがある。それは、ハーンについての鶴見俊輔の以下のよく知られた言及は、素人自分の調べた限りでは、非常に不正確でほとんどデタラメに近いということだ。

Xユーザー鶴見俊輔botさん:

https://x.com/shunsuke_bot/status/1019013776841039872

ラフカディオ・ハーンは、やがて日本帰化し、日本人と結婚し、親類づきあいや近所づきあいの中にまきこまれ日本に住む者として日本文化をまぢかに見るようになってからは、次のように書いた。 「私は、かつて日本人はみな天使であるかのように書いたことを思い出すと、気がくるいそうだ。」

これを読んだ私は当初、きっとハーンは日本人の建前の裏の本音うんざりして、日本女性結婚して日本帰化したことも後悔したのに違いない、とすら思った。しかし調べてみたら全然違ったのだ。

かにハーンは鶴見引用するような文章を書いた。しかしその前の

日本帰化し…日本文化をまぢかに見るようになってから

という文脈鶴見勝手に付け足したものであり、実際の文脈

「以前住んでいた出雲の人たちはおだやかだったが、引っ越し先の九州の人たちは粗暴だ」

といったものだった。今で言う「さす九」である

まあ確かに批判はしているのだが、日本全体を批判したわけではないし、また批判した内容も(鶴見のほのめかすような)日本人の陰湿さといったものではなく粗暴さである。それも130年以上前の話だ。今は九州出雲も、当時より相当おだやかになっているはずである

たこ文章の出典は出版物ではなく、W.B.メイソンという人に宛てた1892年私信である。つまり公然たる主張ではなく内輪の愚痴なのだ。それならその日の気分で筆の滑ることもあろうし、果たしてそこまで深刻に受け止めるべきものだったかのかどうか。

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なお日本刊行された小泉八雲著作には、どうやらこの文章は収録されていないようだ。少なくとも国会図書館デジタルコレクション小泉八雲著作を「日本天使」で全文検索しても見つからない。これは私の調査不足による誤りで、実際は普通に収録されていた。申し訳ない。この記事の終わりで詳述する。

検索結果 -国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=internet&accessRestrictions=inlibrary&collection=A00001&collection=A00002&collection=A00022&collection=A00003&collection=A00014&collection=A00015&collection=A00188&collection=A00017&collection=A00016&collection=A00019&collection=A00121&collection=A00024&collection=A00152&collection=A00150&collection=A00173&collection=A00122&collection=A00162&collection=B00000&keyword=%E5%A4%A9%E4%BD%BF%20%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA&fullText=true&creator=%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2&eraType=AD&availableType=Persend&identifierItem=ISBN&includeVolumeNum=true&pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&displayMode=list

しかしハーンの文章英語原文をChatGPTに教えてもらい、その語句ググると出典が見つかる。これならおそらくアメリカ大学図書館では読むことができただろう。

"make memad to think that I wroteall theJapanese wereangels" -Google検索

https://www.google.com/search?q=%22make%20me%20mad%20to%20think%20that%20I%20wrote%20all%20the%20Japanese%20were%20angels%22

Fulltext of "TheJapanese letters of Lafcadio Hearn"

https://archive.org/stream/japaneseletters00hearrich/japaneseletters00hearrich_djvu.txt

I can'tget much chance to studylife in Kuma-

moto. Idon'tlike the Kyushu people — the com

mon people. InIzumoallwassoft, gentle, old-

fashioned.Here the peasants and the lower classes

drink andfight andbeat their wives andmake me

mad to think that I wroteall theJapanese were

angels. . . .

(拙訳)

熊本では人生を学ぶ機会が多くない。

私は九州の人たち、つまり庶民が好きではない。

出雲では、すべてがやわらかく、優しく、古風だった。

ここでは農民下層階級が酒を飲み、喧嘩をし、妻を殴り、

私は日本人はみんな天使だと書いたと思うと気が狂いそうになる…。

また鶴見文章の出典は、国会図書館デジタルコレクションで容易に見つかる。当該の記述は「生花位置」という文章の一部で、初出は「華道1953年3月」だとのこと。率直に言って、私のような素人にもなかなか興味深く面白い文章である

鶴見俊輔 著『大衆芸術』,河出書房,1954.

https://dl.ndl.go.jp/pid/2466359/1/46?keyword=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%81%BF%E3%81%AA%E5%A4%A9%E4%BD%BF

https://dl.ndl.go.jp/pid/2466359/1/88

華道』15(3),日本華道社,1953-03.

https://dl.ndl.go.jp/pid/6028304/1/5

鶴見1942年までハーバード大学留学していた。彼はおそらくそこで、日本ではあまり知られていなかったこのハーンの手紙を読んだのであろう。そしてその約10年後に、その内容を自分文章に(意図的うろ覚えか)不正確に引用して、日本文化を批判する自説の補強に使ったのであろう。しかハーンの手紙の正確な原文は日本ではあまり知られないままだったので、鶴見文章面白さもあって、その引用が独り歩きしてしまったのではないだろうか。

なお鶴見には他にもしばしば、他人作品我田引水して自説をイタコのように語らせる悪癖があるようだ。例えば彼は日本マンガ評論のさきがけでもあるのだが、長谷川町子サザエさん』などの評論は全編そんな感じだった。これもおそらく執筆当時は、庶民作品に潜む抵抗精神という本質を見抜いたなどと称賛されたのであろうが、今となっては私には鶴見他人作品をダシに自分政治信条を主張しているだけにしか見えない。しかし、もし仮に『サザエさん』が鶴見評論より先に廃れていたら、同様に評論けが独り歩きしていたのではないだろうか。

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2025/10/02追記

この記事を手早く書き上げて公開した後ほぼ失念していたが、「ばけばけ」の放送も始まったので思い出して読み返したところ、割と読みづらかったので文章に少々手を加えた。内容は変えていない。

この記事への反応は少なかったが、かなり肯定的評価もいただけた。また「小泉八雲日本天使」でググる検索結果の上位に出るようになったから、今後は鶴見のこの言及に興味を持った人の調べる手間が省けるだろう。

まあ省けると言っても、私は完全な門外漢素人であり、調査PCを数時間操作しただけである。たったそれだけで、もし鶴見の同時代人だったらハーンの専門家アメリカ大学図書館に出向かないとわからなかったようなことが容易にわかってしまう。つくづくありがたい時代だと思う。

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2025/10/26追記

申し訳ないが訂正。

先に書いた通り、ハーンの例の手紙日本であまり知られていないという私の推測は間違いで、実際は広く知られていた。

まり、ハーンの手紙が知られずに鶴見言及が独り歩きしたという私の憶測は完全に間違いだった。改めて申し訳ない。

以下はその手紙を紹介した初期の例である

田部隆次 著『小泉八雲』,早稲田大学出版部,大正3.国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/950739/1/122?keyword=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%20%E5%A4%A9%E4%BD%BF

熊本では人の世を研究する機会にあまり数多く接する事は出来ない。

僕は九州人--普通人--は好かない。

出雲では誰も彼もが柔和で、優しくて、古風だ。

此処と来たら百姓連や低級な奴等が酒は飲む、喧嘩はする、女房は殴るで、

僕が前に日本人は悉々く天使にして……なんて書いた事を考えると心を掻きむしられるようだ。

また、ハーンの手紙を踏まえて書かれた最近(2025/08/18)のブログ記事もあった。

朝ドラ『ばけばけ』の主人公の夫のモデル小泉八雲はどんな人だったんだろう?① | よどの流れ者のブログ

https://ameblo.jp/s21y24/entry-12923911589.html

九州人―普通人―は好きというわけにいかない。

出雲では万事柔和で古風であった。

ここでは農夫や下層社会は酒を飲む、喧嘩をする、妻をなぐる。

私は日本人は皆天使ででもあるように書いたことを思うと気がちがってしまいそうだ。

しかしそうなると、この鶴見言及が、なぜ1953年から今(2025年)に至るまで間違いを指摘されてこなかったのかはわからなくなってしまった。

単純に、小泉八雲専門家の目に触れる機会がなかったからだろうか。

それとも鶴見権威を恐れて間違いを指摘する者が現れなかったのか。

今の私は見当がつかない。

Permalink |記事への反応(0) | 08:02

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2025-08-21

anond:20250821232536

ロシアウクライナ歴史を見る限りはあまり仲の良い友人には見えないけど、まあそこら辺は人それぞれ解釈があるんかねえ。

少なくともソ連崩壊後のウクライナロシアを嫌うのは当然の結果だと思うけどなあ。

この戦争が開始された時に逃げ出した女房を連れ帰そうと追いかけてきたDV夫みたいなもの揶揄された通りだと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 23:41

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2025-08-17

ルー・リードルー・リード詩集」(河出書房新社

経歴

ルー・リード(1942-2013)は、ロックミュージシャンシンガーソングライターギタリスト)。

ニューヨーク郊外会計士を営む実家に生まれ、シラキュー大学では英米文学を専攻し、伝説的な作家デルモア・シュワルツ師事しながら、ギターを持ち、B級レコード会社のために流行にのったヒットソングパクリのような曲を提供していた。

この頃、同性愛(極度のホームシックによる鬱症状という説もある)治療のために家族の手配で電気ショック治療を受けさせられる。

1964年伝説ロックバンド「ヴェルヴェットアンダーグラウンド」のメンバーとしてデビューし、ショッキング歌詞前衛的な演奏カルト的人気を博した。

1970年代にはソロに転じ、前半はデヴィッドボウイプロデュースした「トランスフォーマー」で、グラムロック代表的ミュージシャンとして活躍した。お笑い芸人HG」のルックスはこの時期の彼に影響を受けている。

徐々に黒人音楽に傾倒し70年代後半はドンチェリーらと組んでフリージャズファンクラップのような歌が合体した奇妙な作品を出し、軽い混迷期に入った。

80年代以降はシンプルな4ピースギター×2,ベースドラム)の骨太演奏に語りのようなモノトーンな歌い方を乗せる方法論が定着し、「ブルーマスク」「ニューヨーク」などとっつきづらいがくせになる名盤を作った。

その後セールスは低迷し、本人も70年代後半のような実験的・音響的な方向に傾倒し、2000年代中盤以降新作はリリースされず、2011年に突然、スラッシュメタル大御所メタリカと共作アルバム「ルル」を作ったが、長尺でラフ演奏メロディほとんどない歌声が乗る(しか一曲が長い)作品は、特にメタリカファンから酷評された。2013年肝臓癌で死去。

作品紹介

この詩集生前に発表された唯一の詩集(多分)で、彼の歌詞と、雑誌に発表した詩・記事からなる。

詩の魅力

ボブディランのような多義性・はぐらかしや、レナードコーエンのような崇高さとは異なり、ルー・リード歌詞は明確、即物的客観的で、感情を乗せない、観察者的な視点が特徴である言葉遊びも少ない。

テーマ

テーマショッキングものが多いが、それが詩の構造精神にまで侵食せず、あくま象徴として機能しているのが魅力で、それゆえ、声を張らなくても、メロディを工夫しなくても(楽曲ほとんどが2~3コードで作られている)、演奏を盛り上げなくても、聞き手に迫る。

薬物

代表作「ヘロイン」は文字通りヘロインについて歌った作品であり

ヘロイン/ぼくの死であれ/ヘロイン/ぼくの女房でぼくの人生

と、その表現は率直で容赦ない。

ただ、ヘロイン自体の直接的・具体的な描写はなく、これは読み手聞き手)には、自分愛着をもち、人生代替となる「何か」と置き換え可能普遍性を持つ。

恋愛

1970年代中盤の名盤ベルリン」、「悲しい歌」の歌詞には

「ぼくは彼女スコットランド女王メリーだと思った/ものすごく努力したのに/まったくの勘違いだとわかっただけ」

と、ここだけ読むと幼稚なほどロマンチック失恋の歌なのだが、最後

「他のやつなら彼女の両腕を折ったことだろう」

と突然血なまぐさくなる。

家族

一見強面・ハードな印象のある作者だが、薬物以外に拘りがあるのが「家族」で、例えば、

「おふくろに恋人ができた」という歌は、

「おふくろに恋人ができた/昨日やつに会ってきた/おふくろが新しい人生の1ページを始める/やつとの関係が早く終わってほしい」

とあるルー・リード44歳のとき作品である

「妹へ」という歌は

「元気が無いって自分でもわかっている/このところ調子が良くないからな/でも信じてくれ/ぜんぶおれのせいだ/おれはずっと自分可愛い妹を愛してきた」

ストレート愛情を歌っている(妻を歌うときにこのような率直さはない)。

自殺

79年のアルバム「ザ・ベルズ」は控えめに言っても駄作だが、最終2曲が秀逸で、

「おれは家業なんていらない/あんたが死んだってそんなもの継ぎたくない」

「パパ/こうやって訪ねたのは間違いだった」

と歌う「家族」ルー・リード父親を憎む発言を繰り返し、生前最後インタビューでも「親父はオレにそんなクソ(注:ギターのこと)はよこさなかった」で締めた。)

に続き、

「宙を舞い/体をつなぎとめるものもなく/宙を舞い/膝から地面に落ちた時/パラシュートなしで公演するのは/あまりかっこ良いものではなかった」

と夜のブロードウェイでの飛び降り自殺を描く「鐘(The Bells)」で終える。

死を選び家族に別れを告げた遺書のようである

好きな理由

露悪的ではあるが、情緒に頼るところはなく、自分のことを歌っているようでもどこか第三者的目線を感じる。その透徹したところが魅力で、苦しさややるせなさを抱えていても、読むと「ふわっと」自分から離れられる不思議な癒やしが感じられる。

自分気持ちを抑えられないほど悲しいときや辛いときに読むと、不思議浄化作用を得られる。

ユーモア

自分が好きな歌詞は、本当に悪趣味なのだが、「黒人になりたい」という歌で、

黒人になりたい/ナチュラルリズムを身につけて/6メートル先まで精液をとばし/ユダヤ人のやつらを痛めつけてやる」

という、人によっては噴飯もの歌詞だが、リズムの良さと話題の飛躍に、どこか英雄に憧れるおとぎ話めいたユーモアがある。

そして、ルー・リードユダヤ系アメリカ人であることを念頭に置くと(そして、本人がそのことを歌で一切明かさないことを含めると)、この人の自虐性とユーモア、という側面も見えてくる。

読み手聞き手によって評価は異なるが、自分にとっては、「毒」を浄化してくれる「毒」(=解毒剤)だと思います

以上

参考資料

書影

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309257501/

(楽曲)

(heroin)

https://www.youtube.com/watch?v=yN-EZW0Plsg

(mama’sgot a lover)

https://www.youtube.com/watch?v=mEuShdchzkk

(families)

https://www.youtube.com/watch?v=JXbu4z2kc6s

(I wanna be black)

https://www.youtube.com/watch?v=H-ksg_ZVn8s

(sad song)

https://www.youtube.com/watch?v=QG_ooIR0DTY

(littlesister)

https://www.youtube.com/watch?v=ZbOG-2ahx4w

(the bells)

https://www.youtube.com/watch?v=9tS1wCEzOTk

Permalink |記事への反応(0) | 07:33

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2025-07-22

兄貴女房に手を出して そのまま布団に逆戻り

Permalink |記事への反応(0) | 07:19

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2025-07-14

表現規制を進める者たちの目的

現代結婚生活というのは、男にとって残酷ものだ。

 中世において、男女の平均寿命が4、50歳だった頃には、そう大した問題もなかった。

 女房は、50くらいなら、まだ性的魅力を残しているからだ。

 それが、60、70まで生きるようになると、もはやだ。

 そこで男たちは、歳を取ってからは、金があれば風俗、なければポルノでしのぐしかなくなった。

 実際にセックス体験した者にとって、特に若い頃に良い性体験を持った者ほど、ポルノで性欲を満たすというのは、実に難しいことだろう。

 だから、エプスタイン島みたいな場所に、世界中セレブが押し寄せていたわけだ。

 例外は、性欲のために結婚してない人たちである

 そういう人たちは、そもそも性欲が薄いかポルノだけで充足してるかのどちらかだ。

 彼らはそもそも、実生活において、妻とのセックスだけで性欲を満たしてないため、歳をとってポルノしかなくなっても、そう大した問題がない。

 日本では、2013年までの一時的開放によって、そういう男が大量に出現した。

 おそらく、それ以前からメディアの発達によって、上等なポルノが出現するようになった八十年代くらいから、そういう男たちが生まれ始めていたのだろう。

 そこで、風俗特により金が掛り、危険が伴い、脅迫できるような違法もので、人々を支配していた連中が、またいきなり表現規制を働くようになったわけだ。

 まあ、そうして性的抑圧した結果が、性欲のために結婚するしかない人たちの未婚化であり、半世紀も経ったら、性欲のために結婚するような人たちは絶滅し、結局、彼らの権力は失われるだろう。

 残るのは、権力結婚できる者以外は、何の権力もなくても、圧倒的なコミュ力性的魅力を持って、実生活でも好みの美女と、何の不自由もなく付き合える男と、性欲が薄いから、社会的要求のために、どんな女とでも結婚できる男のどちらかだが、前者は、現代社会では、存在すら疑わしい。

 なぜなら、連中の性的抑圧とイケメンコンテンツが、何の権力もない男がモテるようになることを、全力で阻止しているからだ。

 性的抑圧は、異性への余裕のなさを産むだけでなく、自信を奪い、女性への慣れも奪い、要するに、奥手にする。

 残るのは、無神経で図太く、共感能力が低く、よってコミュ力も低い強引なだけの男であり、そういう男がストーカーみたいなことをして美女と付き合えない限りは、性欲はあるけど権力がない男は消えてなくなるだろう。

 残るのは、権力で女と付き合える男たちと、性欲のない一般民衆だが、性欲がないというのは、性的嫌悪感も薄いという意味であり、そういう女たちは、ただ金や利便性のために、権力だけあるキショイ親父と付き合うことにも抵抗感がない。

 結局のところ、彼らをエプスタイン島みたいな施設支配するのは不可能になるだろう。

 あとは、未成年者と付き合ってるそういう親父を脅迫することくらいだろうが、そもそも、隠しカメラがないことになっている密室に入って、相手少女と口裏を合わせられたら、その少女がハニトラ工作員でもない限り、起訴することは不可能である

 それは、逆に言えば、連中が、これから、ハニトラ工作員を大量に使用するだろうことを暗示してもいるが。

 ただ、これから増える性欲のない人たちというのは、性欲がないから、子供を産むのは、社会的責任必要を果たすため以外にない。

 となると、彼らは、責任感や正義感が強い人たちということになる。

 彼女らが、未成年者との性行を、社会的に悪とされているのに、自分たちがそれに加担するかというと、疑問の余地もある。

 結局のところ、そういう少女たちもどちらかになる。

 社会的には犯罪とされてるけど、何が悪いか分からず、よって、それが正しいと思った時だけ付き合うか、それが悪だと思って、犯罪者を裁くためにハニトラに加担するかだ。

 しかも、性欲がないということは、権力や金への執着心も、比例して低いということであり、まあ、権力によって変えるかどうかも分からないが。

 もし金銭欲が強かったら、権力がない男とも付き合わないため、結局、現代社会では高級娼婦愛人みたいなことをするだけで、未婚化と少子化に加担している女にしかならないだろう。

 よって、そういう女は、金持ち愛人になって、シングルマザーになる以外に子供など生まない。

 現代のように避妊具も揃った社会においては、シングルマザーにさえなることは少ない。

 まあ、中南米東南アジアの終わった治安の国には多いわけだが。

 だから、そうした国から犯罪者と一緒に輸入しようとしてるわけだ。

 その殆どは、カトリックマフィアのハニトラ工作員だろうが。

 そうした少女たちは、未成年淫行を悪いこととは思っておらず、本当の権力者たちには身体を売りまくっているのに、それ以外の男をハニトラして潰すことも何とも思ってないわけである

 もっと悪ければ、正真正銘の毒婦であり、男の方は、はした金で平気で人を殺すような奴らが沢山だ。

 彼女らを家に上げたら、最悪の場合、眠らされた後、殺し屋の男たちを招き入れて、金品を根こそぎ奪われて、脅迫され、何かあったら、家族ごと皆殺しにされたり、殺されて別人にすり替えられるだろう。

 あるいは、人気のないところに誘い込まれて、同じように殺されてすり替えられ、突然宗教に目覚めたり、教会との謎のコネクションを作り出した当主によって、金と権力は、教会やその陰謀のために使い尽くされるか、丸ごと寄付、なんてことも起こるだろう。

 家族の者は、今、「陰謀論がー!」とか言ってるようだと、その時に何を言おうがもう遅い。

 下らない陰謀論、というか、家族が別人にすり替えられたという妄想(カプグラ症候群という専用用語である。なぜそんな患者が、専門用語が出来るほど沢山いるかは、本当に不都合な真実を含んでいるからだろう。木を隠したければ森の中だ。)を抱いた精神障碍者として病院行きだ。

 顔なんてのは、似てる人は腐るほどいる上、整形すれば更に簡単になるし、DNA鑑定なんてのは、相手拒否したら不可能である

 そもそもDNA鑑定自体が怪しいのは言わずもがなだが。

 そこで血の繋がりがない別人だと分かったとしても、精々が、母親浮気疑惑を負わせられるだけだろう。

 日本でも、婚外子差別シングルマザーへの焼石的な支援が、こういう屑の遺伝子を広め、社会的にあらゆる悪影響を未だに残している。

 シングルマザーへの支援なんてのは、最低限の生存保証される程度しかないが、シングルマザー候補安心させ、誤った道に進ませるそんな偽善は止めて、婚外子差別を失くし、クズ権力者が、自分が蒔いた種を自分で面倒見ないといけない状態にすれば、婚外子孤児も一気に減少し、治安は更に改善されるだろう。

 そして、今いる婚外子は、莫大な財産を受け継げるわけである

 それ目当ての女も、その前に、シングルマザーへの支援がなく、まずあるだろう権力者や権力者の一族から嫌がらせによる地獄みたいな生活を生き残り、子供に嫌われていない場合だけその恩恵に預かれることを考えれば、誤った道に進みたがることもないだろう。

 今もうシングルマザーになってしまった女はともかく、これからの女にはそうすべきである

 そもそも婚外子差別なんていう学校が教えてない法的問題存在することは知らないけど、小学校でも教えてくれるシングルマザーへの支援があるから万が一の時も安全だと高を括っている女と、婚外子差別存在して、まず間違いなくぼろ雑巾のように捨てられることを知っていて、シングルマザーへの支援も大して期待できないことも分かっている女なら、間違いなく前者の方が多いだろうから、今婚外子差別を失くしても、そんなもの存在してたことさえ知らなかった女の方が多いんだから婚外子差別を失くして、安心して権力者に抱かれる女が増えることなんてほぼないだろうが。

Permalink |記事への反応(0) | 23:19

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anond:20250714180942

雄雄した男性価値観からすると、実感として女房がそう見えてるんだよ。

そして、女の方も、そういう男性に魅力を感じてしまうから、救いようがない。

Permalink |記事への反応(0) | 18:11

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2025-06-24

 手紙には新蔵が蜂蜜をくれたから、焼酎を混ぜて、毎晩杯に一杯ずつ飲んでいるとある。新蔵は家の小作人で、毎年冬になると年貢米を二十俵ずつ持ってくる。いたって正直者だが、癇癪が強いので、時々女房を薪でなぐることがある。

Permalink |記事への反応(0) | 06:24

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2025-06-20

[今日知った言葉] 悋文字(りんもじ)

「悋気」という言葉を省略して、そこに「文字」を付け足した女性語。

なんでそんなことをするかというと、これは「女房詞(にょうぼうことば)」という隠語関係する。

女房詞には「文字言葉」というものがあって、ある語の頭の一音ないし二音に「もじ」という語を付ける。

例えば「はずかし」の文字言葉なら、「ずかし」の部分を省略して「もじ」を付け足すので「はもじ」になるといった感じ。

Permalink |記事への反応(2) | 17:58

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2025-05-23

破られた約束 ~川を渡る女~

死の床にあった妻が語り始めた。

死ぬことは怖くはありませぬが、あなたがわらわの死後、再婚することだけが気がかりにございます

男は強く否定した。

「お前の他に妻を得ようなどと思うものか。武士として誓って再婚などせぬ」

安心した妻は言う。

「本当に誓ってくださいますのね」

「ああ、お前以外に妻などあり得ぬ」

「嬉しい。再婚なさるならばと思ってお願いできませんでしたが、誓ってくださるならばひとつ望みがございます。わらわが死んだら、あなたの姿が見えるこの庭の、2人で植えた梅の元へ、小さな鈴を持たせて埋葬してください」

そう伝えて妻はなくなった。

男は悲しみ、妻の言うとおりにした。

男は本心から妻を愛し、本当に後妻を娶る気はなかった。

しかし、周囲はそれを許さず、1年もたたぬうちに再婚の話が出るようになった。

「跡取りもいないのにあなた様に何かあればこの家はどうなるのですか。誰がご先祖の供養をするのでしょう」と。

家名を守るのも武士の勤めである、と説得され、ついにはようやく17となったばかりの妻を迎えることとなった。

庭の梅の木からの呵責を感じながらも、新しい妻を迎えた男は少しずつ幸せを感じ始めていた。

婚姻から7日たった頃、男は城での宿直を仰せつかった。

その晩、新婚ながらひとり寝する新妻はなかなか寝付かれず、何やら恐ろしさを感じていた。

夜も更けたころ、女は何か音を聞いた。

よく聞けば小さな鈴の音である

リンリンリン、という音が遠くでなっていたかと思うと、今度は庭で音色が響く。

おかしいわ、庭に誰が」と思った瞬間、女の閨に黒い影が入ってきた。

それは目が腐り落ちた女の霊だった。

「お主はうちにいてはならぬ。この家の女房はわらわじゃ。そなたは去らねばならぬ。里に帰れ。だが決して、このことを旦那様に告げてはならぬぞ。もし言ったならば、そなたを八つ裂きにしてくれよう」

「話しませぬ、里に帰ります

「誓うか」

「誓いまする」

霊にそう告げたとき新妻は気を失った。

宿直から帰った男に新妻は離縁を申し出た。

「里に帰りとうございます

「ならぬ、お前に意地悪をしたものなどがおったならばわしがなんとかしよう。わけを話してくれぬか」

「言えば私は殺されてしまます

「誰にじゃ。お主には護衛もつけよう。訳もなく離縁などできぬ

新妻は、本当のことを話さざるを得なくなり、霊との約束を破り昨晩の出来事をすべて伝えた。

男はすぐに、女の霊から逃げるため、新妻と遠くの村へ移住した。

怨念もここまでは届くまい、と安心していたある日、男は再び宿直を仰せつかった。

城まで向かう夜道、夜の川沿いを歩いていた男は、ふとした拍子に、昔住んでいた町の橋を見つけた。

その橋はもう何年も前に壊され、地図からも姿を消したはずのものだった。

川の対岸の橋のたもとには女が立っていた。

白い着物に、黒髪を長く垂らして、じっと男を見つめていた。

あなた……わらわのこと、覚えておいでか?」

男は胸が締めつけられる思いでうなずいた。

約束、したわよね。決して後妻は娶らぬと。

 死んでも、わらわだけを愛すると。

 誰とも結ばれないって、誓ってくれたわよね?」

「……それは、あのときの、感情で……」

「嘘つき」

風が止んだ。

夜の空気が凍りついた。

女の声は変わらず穏やかだったが、

なくなった目の奥にあるものが、男の背筋を凍らせた。

あなたが選んだのは、わらわとの約束より、

 温かい家庭と、新しい妻だったのね。

 それが悪いことだなんて、言わないわ」

女は静かに一歩、橋に足をかける。

水面に、二人の影が映る。

「でも、あのとき約束は、わたしの生きる理由だったの。

 死んでも、約束が守られるなら、

 この未練も、いずれ静まると思っていたのよ」

「……すまない、本当に……」

「ねえ、最後に教えて。

 わたしあなたにも、あの女にも約束を破られた。

 あなた復讐したいと思うのは、

 そんなにおかしいことかしら?」

女はゆっくり橋を渡ってくる。

その時、橋の上に、もう一人の女が現れた。

今の妻だった。

怯えた表情で、男を見ている。

風がざわめいた。

橋が軋み、川がざわつく。

三人がそこに立っていた。

女の霊は新妻の首をねじ切り、微笑んだ。


――さて、ここであなた質問です。

登場人物3人、先妻、後妻、旦那好感度順に並べてください。

できましたか




では解説です。

あなたが優先するものが分かります


男は、社会的立場を表します。家を守る、仕事を守る、社会的責任を果たすこと。

先妻は、愛、そして契約を表します。夫への愛、大切な人との約束

後妻は、弱者性、無辜性を表します。若いながら貰われてきただけ、脅されただけ、仕方なかったこと。

あなた倫理観が浮き彫りになりましたか

しかし、実際には3人とも落ち度があります

男は、妻との約束を破ったこと、身を挺して新妻を守らなかったこと。

先妻は、新妻を殺す暴力

後妻は、先妻の居場所を奪ったこと、霊との誓いを破ったこ

その落ち度に目をつぶれますか?

発展的考察課題

男は亡き先妻への約束を守るべきだったと思いますか?

亡霊となった女の怒りに、正当性はあると思いますか?

現在の妻が、過去約束を知らずに夫と結ばれたことは、責められるべきことですか?

あなたがこの話の中で一番「怖い」と感じたのは誰ですか?なぜですか?

あなたがこの男だったら、どうしまたか

逆に、亡霊だったら、あなたは何を望みますか?

あなたの答えが、あなた自身の「信じるもの」を映し出します。

どうか、川を渡る前に、自分の影をよく見て。

anond:20250515123838

Permalink |記事への反応(1) | 16:48

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俺はね、ネトウヨだけどね、パヨクとチューしました

おいおい、兄ちゃんちゃんちょっと聞いてくれよ。この俺様がな、まさかこんなことになろうとは夢にも思っちゃいなかったぜ。

普段は「チョンが!」「パヨク売国奴!」なんて威勢よく吠え散らしてる、生粋ネトウヨ俺様が、だよ?

まさか、あの忌まわしき、唾棄すべきパヨクと、その…チューしちまうなんてな。世も末だぜ、まったく。

事の発端はな、いつものようにネットで「アカ」どもを罵倒してストレス解消してた、とある日の夜だった。

近所の飲み屋で、いつものように焼き鳥と熱燗でご機嫌さんになってな。そこに、ひょろっと現れたのが、いかにも「そっち側」って雰囲気の女だったんだ。

Tシャツには変なプロテストみたいな文字が書いてあって、顔にはデモ帰りみたいな疲労感が漂ってる。見りゃわかる、ああ、コイツパヨクだなってな。

最初はな、いつも通り「お前らみたいなのが日本ダメにするんだ!」って心の中で毒づいてたんだ。

だけどな、その女が一人でしんみり飲んでる姿を見てたら、なんだか昔の女房を思い出しちまってな。

いや、決して美化してるわけじゃないぞ? ただ、なんていうかな、その…「敵」ながら、ちょっと寂しそうに見えたんだよ。

酔いも手伝ってか、気づいたら声をかけてたんだ。「おい、姉ちゃん、一人か? こんなとこで何やってんだ?」ってな。

そしたら、最初は警戒してたみたいだけど、俺のこの、渋いオヤジの魅力に抗えなかったんだろうな、話してるうちにだんだん打ち解けてきやがって。

そっからが、俺も想定外の展開だった。政治の話なんかしないでおこうと思ってたのに、あっちが「今の政権は…」なんて言い出すもんだから、こっちもついつい「いやいや、あんたらのがおかしいだろ!」って言い返してな。

そっからはもう、いつもの舌戦だよ。こっちは「憲法改正!」「スパイ防止法!」、あっちは「多様性!」「護憲!」なんてな。

だけどな、不思議なもんで、罵り合ってるうちに、妙な連帯感みたいなもんが生まれてきたんだよ。

お互い、本気で日本のことを憂いてるってのは一緒なんだなって。やり方は真逆だけどな。で、酒もガンガン入って、議論も白熱して、気づいたら二人して大笑いしてたんだ。

そんで、店を出る時だ。夜風にあたって、ちょっと頭も冷えてきた頃だったんだけど、なんだか別れるのが惜しくなっちまってな。

で、俺がポロッと「なあ、もう一杯だけ行かねえか?」って言ったんだ。そしたら、あっちも「いいですね!」なんて言ってきやがって。

二次会は、薄暗いスナックだった。カラオケなんか歌っちゃってな。

俺が「軍艦マーチ」を入れたら、あっちが「イマジン」を入れやがって、また言い合いになるかと思ったら、なんだかんだでデュエットしてんだから、世の中わかんねえもんだぜ。

で、結局、終電もなくなって、タクシーで送っていくことになったんだ。マンションの前で「じゃあな」って別れようとした時だ。

なぜだか知らねえが、急に女がこっちに顔を近づけてきやがって…そして、その…チューだよ。

最初は「うわっ!」って思ったぜ。だって、敵だぜ? この俺様が、日頃から罵倒してるパヨクとチューだなんて、悪夢かと思ったね。

でもな、なんだろうな、その時、妙に温かい気持ちになったんだよ。唇の感触とか、そんなんじゃねえ。なんていうか、人間って、イデオロギーとか関係なく、どこかで繋がれるもんなんだなって。

もちろん、次の日になれば、またネットで「アカ」どもを罵倒してるだろうさ。それは変わらねえ。俺は生粋ネトウヨからな。

だけどな、あの夜のチューだけは、なぜだか俺の心に残ってるんだ。

まあ、こんなこと、仲間には言えねえけどな。言ったら「裏切り者!」とか言われるのがオチだ。

でもよ、たまには、敵だと思ってたやつと、こんな風に人間的な触れ合いをするのも悪くねえなって思ったぜ。

人生ってのは、わからねえもんだな。

おい、あんたらも、たまには凝り固まった頭を柔らかくして、敵だと思ってたやつと、ちょっと話してみるのもいいんじゃねえか? 

しかしたら、新しい発見があるかもしれねえぜ? 

まあ、チューするかどうかは、あんた次第だけどな!

Permalink |記事への反応(2) | 12:39

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2025-05-09

anond:20250507161602

一ついい言葉を教えてあげる。


わず女房

Permalink |記事への反応(0) | 10:30

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2025-05-05

anond:20250505151626

だってそうじゃねーならそれこそ女同士で一緒に住んでりゃいいじゃん。

性的なこと求めてこないパートナーが欲しいならノンケの同性が一番いいぜ?

で、困ったことにこれも実際よくいるんだよね

具体的に言うと、阿佐ヶ谷姉妹勝手理想見出し勝手に押しつけてるタイプの女さん

あと多いのが「ゲイ友情結婚」ってやつ

世間体を満たし、なおかつ性欲は外で勝手に発散してくれて、自分には何も求めない、まさに「食わず女房」の男バージョン

三大性嫌悪こじらせたメスのミサンドリームファンタジーあとひとつは? って感じ

もっとも、そういうこと言ってるのがただでさえ打算に走りがちなメスの中でも選りすぐりのスーパーエリートイカーばっかりだから現実じゃまず成り立たないっていう

単に口で言うほど実行に移す気がないから好き勝手夢見られるだけ、というのも当然あるだろうが

Permalink |記事への反応(1) | 15:54

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2025-04-09

「もう4月なのに、全然気温が安定しないよな」

「温かくなったなぁ…と思ったら急に寒くなったりするし、俺の女房かよ」



今日仕事中ずっと考えてて閃いたネタだけど自由に使っていいよ

Permalink |記事への反応(0) | 20:59

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2025-04-05

2015年01月05日(月)

渡邊芳之 @ynabe39

15年1月5日

あなるほど認知スタイルか。場依存型と場独立型。なんと今は亡き指導教官研究テーマではないか。「左右識別困難と認知スタイル関係www.jstage.jst.go.jp/article/cogpsy...

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postedat 16:05:49 削除

Permalink -2015年01月05日

2015年06月14日(日)

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月14日

仕事とはいえ普通の人たちが発達障害の子どもについてあれこれ語る場に身を置くと自閉症の子もの親としては幾度か辛い瞬間がある。そりゃないだろう、アハハじゃないだろうと。仕事から黙ってちゃんとこなしてきたけれど。

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postedat 15:20:54 削除

Permalink -2015年06月14日

2015年06月15日(月)

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月15日

この20年くらいの間の日本人に「目的の正しい暴力」への嫌悪が著しく強まっていることは考慮しないとうまくいかないと思う。

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postedat 04:01:07 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月15日

これは別に日本人がよくなった」みたいな話でなくて、国家権力による暴力の独占が著しく進んだということ。学園紛争やそれに連なる学生運動の失敗、オウム事件などの影響がある。

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postedat 04:03:39 削除

Permalink -2015年06月15日

2015年06月16日(火)

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月16日

「著名な心理学者の98%が血液型性格には関係がないと言っている」と言われたって血液型性格判断をやめたりしないよね。

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postedat 06:45:47 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月16日

そのうちに実学の危うさも見ることになる。

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postedat 07:33:30 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月16日

全員出席したら教室に入れなかったからね。

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postedat 07:42:59 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月16日

東大京大文学部教育学部がなくなるわけないのだから,「文系学問価値」の議論なっちゃってる時点で的外れだと思う。

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postedat 13:30:46 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月16日

自分学部がなくなる心配のない旧帝大文系先生方が「自分学問価値否定された」と思って反論しているのは間違いとまでは言わないとしても的外れだし地方文系学部を守る力にもならない。むしろ文系の評判をますます落とすことを心配する。

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postedat 13:36:26 削除

Permalink -2015年06月16日

2015年06月29日(月)

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

けっきょく表現言論の「意図目的が正しいもの」には最大限の自由を与え「意図目的が悪いもの」には自由必要ない,くらいに考えている人が主流なのではないかと思う。

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postedat 07:27:14 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

そうだけど「日本ダメだ」「日本は遅れている」という人がまさにそういう人権意識だったりするんだから

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postedat 07:34:09 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

為政者宗教指導者が「よい」と認めることだったら中世ヨーロッパでも封建時代中国でも全く自由だっただろう。

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postedat 07:35:23 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

自分ヘイトスピーチ規制差別表現規制も性表現規制もすべて「ほんらい自由であるもの公共の福祉から制限するもの」という点では同じだと思うし,それぞれの規制を認めるかどうかはそれぞれ「規制必要になるような実害がどれだけ著しいか」の判断によると思う。

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postedat 07:51:10 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

いくら「汚い自由」「悪い権利」であっても自由権利制限するんだからあくまでも限定的でなければいけない,むやみに拡大されないようにしないといけない。

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postedat 07:54:00 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

いかいか時代を超えて決まっていて、昔それが容認されていたのは「遅れた社会」だったからだ、という考え。

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postedat 08:11:50 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

家庭でたいへんがっかりする出来事があってしょんぼりしている。

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postedat 16:58:18 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

表現とはよいものであるから自由にすべきだ」「言論には価値があるから自由であるべきだ」というなら,自分から見てよくないもの価値のないもの表現でも言論でもないか自由である必要はないということになる。

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postedat 22:09:53 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

国立大学ももう「教官はいません。われわれは教員。それどころか最近国立大学法人では教員事務職もまとめて(以前のように教職員とは言わずに)「職員」と呼ばれることが多いと感じます

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postedat 22:38:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

教官というのがまだいるのは文科省以外の省庁立の「大学校」などだけではないか

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postedat 22:39:16 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

大学教員意見は「その先生堀ちえみファンだった」というところに収斂しました。

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postedat 22:55:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

「定年」もむかしは「停年」と書いた。

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postedat23:02:24 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月29日

一難去らずにまた二難。

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postedat23:40:17 削除

Permalink -2015年06月29日

2015年06月30日(火)

渡邊芳之 @ynabe39

15年6月30日

教育職業とのマッチング問題だよね。大学進学率が高くて大卒に見合った待遇仕事が少ない国で満足度が低いのだと思う。

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postedat12:46:46 削除

Permalink -2015年06月30日

2015年07月01日(水)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

「人文系知識なんか大学勉強しなくても独学で十分に身につくだろう」というのは半分本当で半分ウソ

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postedat 18:15:37 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

いっぽうでそうした知識全体を体系付けて俯瞰したり整理したりするメタ技術能力大学専門教育を受けないとなかなか身につかない。

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postedat 18:18:29 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

そういう意味では学問としての人文学というのは「人文学教養」みたいなものに対してはメタ位置にあると思う。

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postedat 18:19:12 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

一連の「人文系学部価値」「人文学価値」についての議論では,こういう知識教養価値と専門の研究教育価値とがごちゃまぜになってると思うんですよ。

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postedat 18:53:52 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

それこそ「国立大学文系学部必要かどうか」という問題と「若い時に夏目漱石森鴎外を読むべきか」みたいな問題そもそも別だろうという話です。

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postedat 18:57:17 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

@AJSCT学問について専門的な評価研究者にしかできないと思います文科省だって学問の専門的評価必要な時には学者を雇ってやらせますから。ただ「学問価値評価」はおそらく学問の外側の問題から学問専門性ではむしろ判断できないのではないかと思います

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postedat 19:40:45 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月1日

なにしろ人文学系の研究者が「人文系学問大学は大切だ」という自分価値をきちんと相対化できなかったら「それでなにが人文学系だよ」ということになると思います

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postedat 19:59:12 削除

Permalink -2015年07月01日

2015年07月02日(木)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月2日

教職教養に限らず,いまいる大学で「自分の専門分野の心理学」だけを教えて暮らしている人なんてもともとごく少数だと思う。

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postedat 16:28:51 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月2日

大学語学先生」たちの多くだって大学院で「外国語教育」を専攻したわけではないだろうし。

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postedat 16:31:05 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月2日

この数年で大切な先輩や知人がさっさと亡くなってしまうのを何人も経験したな。

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postedat17:44:04 削除

Permalink -2015年07月02日

2015年07月03日(金)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月3日

津波からすぐ逃げた人」と比較できるのは「津波からすぐ逃げなかったが助かった人」だけで「津波からすぐ逃げずに亡くなった人」とは比較できないよね。

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postedat17:12:19 削除

Permalink -2015年07月03日

2015年07月05日(日)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月5日

アメリカンビューティーレコードがなかなか手に入らない。アメリカ盤なんかずいぶんプレスされたはずだが。

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postedat 09:28:45 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月5日

ベルマークなんか集めないで募金を集めればいいじゃないか」と女房に言ったら「ベルマーク学校が集めて決まったやり方で送らないとお金にならないので,着服などの心配がない」と言われた。そういうことも大事なんだよね。

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postedat 14:25:03 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月5日

将来がどうなることが子どもたちにとって幸せかなんてことは親にはわからないよ。

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postedat17:46:12 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月5日

大人になってからの不幸なんて15歳の時には想像もつかない種類のものほとんどだよ。

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postedat 19:14:20 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月5日

臨床心理学科を卒業して精神神経科病院心理士として就職して主要業務は送迎車の運転,というのは昔よく聞かされた。

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postedat 19:51:36 削除

Permalink -2015年07月05日

2015年07月06日(月)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

血液型性格判断を信じる医師看護師には何度も会ったので「疑問の前提になる現状認識」の時点で異なる。

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postedat 02:53:57 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

学校先生が嫌い」で世界が動く時代

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postedat 03:13:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

右に行っても左に行っても大混乱の時代には秩序が皆の憧れになる。

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postedat 03:22:38 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

自分の気に入らない内容が報道されると「マスゴミを信じるな」みたいなことを言い,いっぽう自分に耳触りのよい報道は全く疑わないのは不徹底だと思う。

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postedat 07:28:08 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

一難去らずにまた三難。

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postedat11:28:34 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

長男去ってまだ二男。

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postedat11:30:45 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

自分政治性は政治的だと思わない」というのはほとんどの人に共通する特徴だよね。どんなに偏っていても自分政治立場は「中立」にみえる。

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postedat 13:53:59 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月6日

政治的」に見えるのは自分より大きく右か左に位置するものだけである

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postedat 14:02:00 削除

Permalink -2015年07月06日

2015年07月08日(水)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

大人ワールドで起きる問題の半分くらいは原因が嫉妬個人的怨恨

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postedat 06:27:54 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

価値というのは「それの足りなさ具合」である

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postedat 07:52:38 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

足りなくならないと価値を感じない。

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postedat 07:53:03 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

他人からは「不可解な動機」と思われるものでも当事者がおかれた文脈や状況から見ると必ずしも不可解とは限らない、という話なのだが。そのうえで「どんな動機であれ殺人は許されない」というのは言わずもがなだと思う。

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postedat 08:37:11 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

この先生気持ちもわからないでもない。毎日ルーティンで大量にやらされているとこうなる。だからこそ、学生生徒に簡単に「気持ち」を書かせて提出させたりしてはいけないと思う。

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postedat 08:50:45 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月8日

たいへんなことほど目立たずに始まるのだ。

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postedat 19:04:01 削除

Permalink -2015年07月08日

2015年07月09日(木)

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月9日

多くの人は「理由」と言うのを「行為の原因」「行為きっかけ」といった客観的意味ではなく「その行為について自分が納得できる説明」のような意味で考えているのだと思う。「そんなの理由にならないと思う」という言い方はまさにそういうことだ。

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postedat 04:57:38 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月9日

「そういう理由であれば自分もそうしただろう」「そういう理由であればそうしても不思議ではない」と思える時だけ、ある説明や経緯を「理由」として受け入れる。そうでない場合には「そんなの理由と言えない」「そんな言い訳は成り立たない」と考える。

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postedat 05:00:06 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月9日

理由なき反抗」だって映画を見れば主人公個人には反抗する「理由」が山ほどあるわけだが、それらが大人社会から理由」として認められなければ「理由がない」とされてしまう。

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postedat 05:46:08 削除

渡邊芳之 @ynabe39

15年7月9日

犯罪やその報道裁判などについて自分もっと違和感を持つのは「どうしてそんなに犯行動機を重視するのか」ということだ。警察マスコミも「動機を追求する」ことに躍起になるのだが、いざ動機が語られ

Permalink |記事への反応(0) | 12:53

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2025-03-19

anond:20250319113041

まさかその女房ってのが、変な宗教に嵌って無いだろな?

たまにそういうの居るから


あとは...

魚介類は食べさせてもらえるのかな?

タンパク質は取らせてもらえてないの?

大豆だけだと片手落ちで、豆腐を喰うなら動物性たんぱく質を合わせろと、

栄養士先生に教えられた。

まさかタンパク質プロテインで摂ってるとか?

ベジタリアンパワービルダー※もいたな。

(※ボディビルディングパワーリフティングの両方やる人、和製英語建築の方ではなく。)

でも、野菜だけって...


食べる楽しみを殺されてしまったんじゃ、人生の半分を奪われたようなもんだな。

Permalink |記事への反応(1) | 18:28

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2025-03-06

やっぱ九州って独特だよ…

警官が妹を顔もわからなくなる程に殴打して、下半身露出させて家の前に放置って…。

しか警官2008年にも嫁さんにも馬乗りになって10数発殴打して鼓膜破ってるし、2010年には元嫁の弟を拳で30発顔殴って顔面骨折させてる。

何でこの時点で警官首になったり酒やめたりしないのか。

しかも息子に柔道教えてる間も体罰してストレスチック症にさせて、元嫁さんも息子に強く言われてやっと離婚

酒乱なのに職場飲み会では陽気になるだけで暴れたことない。

一番グロいと思ったのは被害女性旦那証言

母親を亡くした子どもたちの悲痛な訴えは無視で、家事することになった苦痛を訴えるキチガイ夫の話を聞いて初めて頭を下げる犯人グロい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c496ea05becbd449b0f6377e7052813df9961c38

美智恵さんの夫:家のことはすべて任せていました女房を亡くして、炊事・洗濯とやっていますものすごい苦痛です廣瀬被告には刑務所から出てきてほしくないと思っています最も重い刑を望みます

美智恵さんの夫が法廷証言すると、廣瀬被告はいきなり立ち上がり「申し訳ありません」と頭を下げた。

Permalink |記事への反応(2) | 21:19

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2025-02-15

夫を救ったかもしれん

夫が45の時に私からほぼ押しか女房という形で結婚した。私は夫の12歳下で、幸い子供も授かって楽しくやってる。

ただ、全部こちからアピールで成した結果なので、結婚してもらった、子供を持たせてもらったという感覚が抜けなくて、ふと夫は幸せなのかな…と思うことがあった。

結婚育児も夫にとっては予定外の人生のはず。

独身時代の夫はひとり暮らし仕事もきっちりやって趣味にも邁進していてすごく楽しそうに生きていた。

本人も義父も義母も「もう一生、結婚することはないと思ってた」とか「子供をもたない人生なんだろうなと思ってた」とか言うし。

なんだけど、このところ夫が「結婚当初は全然ひとりで平気だと思ってたんだけど、もし私ちゃん結婚してなかったら今頃はもたなかっただろうなという感覚がある」みたいなことを頻繁に言うようになった。

やった……私は夫を救ったかもしれん……この世からこの素晴らしい人間を失わなくてすんだ……

Permalink |記事への反応(1) | 11:02

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