
はてなキーワード:大阪府出身とは
頼れる旦那がいるから安心して会社も辞められたし、Xで反政府ごっこも出来るんだろうね
「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」なんて事はないと思うし、紫式部やアガサ・クリスティをはじめとして反例は沢山あるけれど、
そういう作家は「母」である事に囚われずに視野を広く持って創作してた訳で
この人みたいに「ママ」を売りにしてるようじゃ無理だろうね
清繭子
エッセイスト。1982年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒。
出版社で雑誌、まんが、絵本等の編集に携わったのち、小説家を目指して、フリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」にて、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。連載のスピンオフとして綴っていたnoteの記事「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」が話題に。本作「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビュー。
小柴昌俊 ──東京大 ──愛知県生まれ神奈川県・東京都育ち(1歳から小4まで東京/中学から神奈川/高校東京)
利根川進 ──京都大 ──愛知県生まれ富山県・東京都育ち(小学校富山/中学から東京)
白川英樹 ──東工大 ──東京都生まれ岐阜県育ち(小3から岐阜)
朝永振一郎 ─京都大 ──東京都生まれ京都府育ち(小学校から京都)
下村脩 ───長崎大 ──京都府生まれ長崎県育ち(幼少期に長崎/中学でまた長崎)
根岸英一 ──東京大 ──満州国生まれ神奈川県育ち(小学校から神奈川)
東京大7
京都大5
名古屋大2
■生まれ
大阪府2
■育ち
京都府3
http://kamomenome.exblog.jp/14156659/(元ソースから間違いを修正)
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湯川秀樹(出生地:東京都)両親は和歌山県 ※中間子論は計算間違いであった
江崎玲於奈(出生地:大阪府)親は大阪府、三重県 ※助手のアイデアのパクリ
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下村脩(京都)両親は長崎県 父が福知山連隊所属のため京都生まれ
根岸英一(満州)親は東京都、本籍は日本橋、目黒の根岸家に戦災で親戚が大勢つめかけたため神奈川移住
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わたしは1926(大正15)年9月19日に、愛知県の豊橋で生まれた。軍人だった父の
小柴俊男がそのころ豊橋の陸軍第18連隊に所属していたからだ。
母親は、はやといって、千葉の木更津の農家の末娘だった。木更津高等女学校を出て、
父と結婚した。どういうなれそめで知り合ったのかは知らないが、父も千葉の館山の
父は農家の三男に生まれて、中学に通うのも親せきの造り酒屋で小僧代わりに働きながら
学費をだしてもらった。さらに進学する学資はないから、学資不要の陸軍学校へ進んだらしい。
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祖父の塩川三四郎は1873年生まれ、政治家を志して長野県から上京し、東京帝国大学法学部を
卒業した。そして、渡辺千秋(長野県出身)の次女・千夏と結婚した。
「野依」は母方の血筋で、福岡県の東部、築上郡吉冨町に行き着く。「立野屋」の屋号をもつ
庄屋で酒づくりをなりわいとする大地主であった。
http://kingendaikeizu.net/gakusya/noyori.htm
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E6%9D%91%E8%84%A9
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朝永振一郎の父三十郎は、東京で真宗大学在職中に旧川越藩士大枝美福の長女ひでと結婚している。
朝永振一郎「なぜ京都にいながら東京弁使っているかっていいますと、おふくろが埼玉県生まれで、
おやじは長崎生まれで、中学の頃東京に出て、ずうっと東京にいた。そういうわけで、家庭では
東京弁を使っておりました」(『回想の朝永振一郎』みすず書房)
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私の父は仏壇屋の家業を継ぐのを拒み、文学者になろうと家をとびだした。東京で私が生まれた。
母は福島県の出身だった。しかし私が2歳のときあの大震災に遭い、一家はやむなく福井に戻った。
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利根川勉「私の親父は守三郎といいまして、福山藩(広島県)の貧乏侍の息子でした。ところが
同じ貧乏侍の利根川という叔父に子供がなくて、岡本という家から養子に行きました。
家内の父方は弘前藩士(青森県)の家系でした」(利根川進受賞時に父・勉氏へのインタビュー)
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北大理学部を受験した時、母は「落ちてくれ」と本気で祈っていた、と譲さんは明かす。
恩師は「章君を大学に進ませて」と勧めたが、家計に余裕がない。町で理髪店を営んだ
山形県出身の父の定輔さんは1946年に51歳で死去。長男の鈴木さんは16歳だった。
(「タウンガイド札幌2010年10月11日)(母ナエも山形県出身)
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西宮(大阪と神戸の中間地点にある街)出身、現在は都内(多摩地区)在住の者だけど、色々違和感。
神戸の北野みたく、個性豊かな個人の住宅が残っていない。まあ関東大震災があったから仕方ないけど、ちょっと肩透かしを食らった。
山手の方行ってみた?
そのみなとみらいの栄え具合とハーバーランドの寂れっぷりを比べて悲しくならないかな……。
神戸も横浜も東西に細長いだけという意味ではよく似た街なんだけどね。東半分と西半分で文化圏まで違ってしまってるというのも。
ファッションとかはそうかもしれないけど、たとえばスポーツとかクラシック音楽とかは神戸はお寒い限り。阪神タイガースも兵庫県立芸術文化センターも西宮に取られてる。その点横浜は規模はともかく質では東京にも対抗できるよ。
だいたい、横浜国立大学ってほぼ単科大学じゃないか。国立なのに早慶に蹴られるし。その点神戸大学は総合大学だし、旧帝大にも肩を並べる大学。
これはまあ同意。関東人の早慶崇拝は意味不明。入試の難易度はどうか知らないけど、研究レベルとか考えたら関西では神大(もちろん神戸大。横浜の方では神大と書いてじんだいとよみ神奈川大のことらしい、とまあこれは余談)はおろか大阪市大や京都工繊大の方がマシかもしれん。
あんたが使ってる「じゃん」が横浜弁なんだけどね……。
それに、神戸弁って「なんどいや」とか「ふざけとお」とか、お世辞にも上品とは言えないようなものも多いんだけどね……。
そもそも、神戸の西半分は旧国名でいうと播磨で、もはや大阪弁よりも岡山弁に近い世界になってる。
川崎はむしろ尼崎みたいなもん。尼崎が大阪の延長なら川崎が東京の延長。
それにさ、関西に来てから横浜がウザすぎるんだよね。神奈川出身って言ってるのに「横浜?」て聞き返してくる確率8割以上。横浜じゃないから神奈川って言ってるのに!
兵庫県というと「神戸?」と言われ、「西宮、ほら、甲子園球場があるところね」というと大阪府出身だと思われる俺の立場はどうなりますかねorz