
はてなキーワード:多読とは
「おうち英語」という言葉は五年前よりも有名になっていると思う今、ネット上では娘より喋れる子しかいない気がするけど、おうち英語やっている友人含めて、リアルでは娘みたいに喋れる子は見たことない。
自分では「ゆるおうち英語」と呼んでいる私と娘のおうち英語をメモ代わりに増田に放流してみる。(教材名の大文字小文字など間違いあるかも)
この約五年間基本的に
・私にできる限りの語りかけ
で過ごしてきた。
私:アラフォーワーママ、英語喋れると思われる大学卒の英語喋れない純ジャパ、オタク
0歳9ヶ月〜現在(5歳5ヶ月)
ゆるおうち英語レポ
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妊娠中、ディズニー英語システム(以降DWE)に憧れを持ち、購入を検討。
価格を調べると約100万円で、これで英語が話せるようになるなら安いとも思った。
しかし、調べるうちに、
• DWE単体では完結しない
と知り、「これさえ買えばOK」という教材ではないと理解した。
その中で
『世界で活躍する子の〈英語力〉の育て方』を読み、(※おうち英語をする人ならみんな読んでいる著書と思われる)
という考えに共鳴し、それは今もなお私のおうち英語ポリシーになっている。
市販教材を使わない導き方もあるが、ワーママでありかつ教育業界に勤める私にとって、プロが時間をかけて作成した教材の価値は考えるまでもないと判断。
DWEの他に検討していたのが、2026年の今はサ終したBenesseのワールドワイドキッズ(WorldwideKids, 以降WK)。
フルセット約25万円で、こちらを軸に多読を進める想定をしていた。
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WKのStage0をやるかどうか迷っていた時期に、
「それならDWEのPlay Along!(DWEの前哨戦教材。以下PA)を中古で使う方が良い」という意見をネット見て、DWEのPAを中古購入。
ここでDWE教材の完成度の高さを実感することになる。
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1歳3か月〜2歳:WK導入、英語発話が始まる
1歳3か月ごろ、WKフルセット(DVD30本とおもちゃのセット)、結局中古で導入。
結果的に、英語力の土台として最も影響が大きかったのはWKだと感じている。
WKはさすが天下のBenesse、低年齢に安心して見せられることを大前提とした「すべて英語の」コンテンツがいろいろ30分詰まっているDVD という点が素晴らしい。1歳3ヶ月〜3歳半まで毎日見ても飽きることがなかった。
一週間でDVD一本、一日一回見るような形で少しずつ見進めて行った。
この五年間を通じて、私が何か一点だけ人に勧めるとしたらWK。
DWEは、大きく4ステージに分かれていてそのステージの中に小さなステップが散りばめられているイメージ。
のような感じ。
WKは6ステージと銘打っているものの、30本のDVDを楽しみながら順番にただ見るだけと言ってよい。それでほんとに喋ってる。
1歳7か月
初めての発話が英語だった(「UP!」)。
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2歳〜3歳:DWE教材追加・Numberblocks・多読導入
中古の良いところは、買いたくなったタイミングで買えるところ。結局最終的にはほぼフルセット購入したのだけど、必要になった時期に必要と思えるものを基本的には買い足せている。やっぱ要らんかったもの達のまとめと費用も記事の最後に。
DWEのSing Along! (歌のDVD、以下SA)を購入するも、DWEのDVDは実質紙芝居であるため食いつきは微妙。歌のみ収録のCDは基本的に今も毎日リビングで極小音で流れている。5歳になり、DWEのお話までなんとなく行っているから歌の理解もある程度あるが、意味なくBGMとして流してもあまり意味がない気がする。最近になって聴き取りもわりとできていることがわかったくらい。
でいうところのお話Straight Play(以下SP)も購入。SAよりは興味を持ったがそこまでではない。正規会員であればイベントが多くあるのでモチベーションや楽しみもアップすると思うけど中古にはそれがないのが孤独なところ。
基本毎日WKは観ながら日々が過ぎていく。
素で英語を喋るときもあった1-2歳とくらべ、日本語ががぜん優位になってくる。ただ、「そんな表現も言えるのか」と驚く英語発話も続いた。
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2歳:Numberblocks視聴開始
WKのステージ5.6辺りから、「すべて日本語だとしても難易度が本人にとって高いだろう」と本人の反応の鈍さを見て思ったことから、
YouTubeで Numberblocks(イギリスの算数アニメ)を視聴開始。BBC作成なので質が担保されていて安心。
個人的にはYouTubeはおうち英語に欠かせないけれど、選び方で全てが決まると言ってもよいと思う。自分で見極めるのは難しいので本人が興味持ったらすぐに調べる。
ただし、YouTubeは諸刃の剣でもあると思う。娘はこだわりなく、聞き分けの良い性格であるために、許可したチャンネルしか見ない。また。YouTubeの動画は英語の好きなものを見るというのが通常であるから「何を見ても安心であり英語である」状態を作れているが、親の選んだDVDを見せるような形が一番理想ではある。この頃から本人の見ているコンテンツの内容を完全に把握することが難しくなった。
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•Oxford Reading Tree(ORT)約300冊
• Liao130 130冊
両方導入。すべて音声ペン対応。これは価格的にも重かった。が、「家の中に読みきれないほどたくさんの絵本がある」という環境をプレゼントできただけでも自分が嬉しかった。
ORTはイギリスの国語の教科書としても採用されている数ページの薄い絵本。自力読みを目指すための本…とおもっている(でもお話ふつうに面白い)
リャオは、台湾の英語教育ママが選んだ英語絵本130選。まず人が選んでくれた絵本というコンセプトが良い、たくさんの絵本に出逢えてありがたい。はらぺこあおむしみたいな誰でも知ってるお話もあるし、日本では訳されていない絵本もいくつもある。
5歳5ヶ月になってもまったく読み終わらないが、それでも良いと思っている。
字を読むことに関してはまったくノータッチだったのに、5歳前くらいから、頭文字から単語を推測するような様子がある。
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3歳半:伸び止まり感
本人そのものの成長、日本語の伸びに英語がついてきていない感じがしていた。
オンライン英会話(ワールドアイキッズ)、トド英語もやってみたが、悪くもないが良くもない。
このことを当時「親が英語を話せないせいだ」と思っていたが別にそんなことはなかった。実際は本人自身の成長スピード、日本語の言語力が加速し、母語である日本語と第二言語の英語がくっきり区別されていっていた期間だったと思う。
今後どうなるか不安も抱えながらも、言語習得に必要と言われる2000時間のインプットを目指し、毎日淡々と英語に触れ続けた。
この間も本人まったくこだわり無く、自我がしっかりしてきてもプリンセスやプリキュア、可愛いもの💞などにハマることも一切なく、楽しく英語動画を視聴し続ける。
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この辺りから今までの主なインプットコンテンツはYouTube。
主に観ていたチャンネル
※numberblocksはblippiしか観なかった半年くらいを除いて常に観ている
3歳 / Mickey Mouse Clubhouse
3歳 / Minnie’s Bow-Toons
4歳 / Blippi
5歳 / Pinkfong
5歳 / JunyTony
5歳 / Bebefinn
5歳 / Peppa Pig
やはりWK、DWEのような「完全ないい子、教材めいたゆっくりの会話」とは異なり、早くて理解が追いつくか?とも思っていたが、
実際に使われる口語も多いようで、私の知らない表現を多く使うようになってきた。
なかでもblippiの存在が大きすぎる。(アメリカの教育系YouTuber)
現在5歳、保育園の間はずっとインプット期間だと思っているけれど、それでもブリッピーがアウトプットを大きく前進させた気がする。親としては一生ブリッピー観ていて欲しかった笑
ナンバーブロックスがイギリスなのでアメリカってのも良いなと、、
JunyTonyは韓国のコンテンツでめちゃくちゃ画面切り替えも早くてココメロン状態ではと思ってあまり見せたいチャンネルではないのだけど、もう分別のつく5歳だし、アジア系だからか、「おなら、うんち、おしっこ」系の楽しい動画多くて、娘そういうのが大好きなのでまあ許容かと…
Peppa Pigは2-3歳では通らず5歳のいま観ているけど、ちょうど完全に理解できるレベルなんじゃないかなーと観ていて思う。
黙って視聴していた後に、日本語で
「パパピッグがケチャップないってエマージェンシーって電話しちゃったんだよ。全然エマージェンシーじゃないよねえ笑」
と話してくれたりする。
動画以外のインプットだと、DWE内職をメルカリで外注したのがものすごく良かった。
DWEを本気でやる際には親の「内職」(カテゴリ分けやラミネート、ファイル作りなど)は必須と言っても過言ではないが、その内職をネットで外注してDWE絵本を音声化した。(内職代行は賛否ある)
DWE絵本とは
の「お話」の部分であり、straight playのDVDと同内容である。
絵本が音声で読めるようになったことで、今までBGMだった 家に流れ続けているSAの意味もわかるようになってきた。絵本が音声で読めるようになったことで、straight playのDVDは無くても良かった、ということに結果的にはなった。
主なインプットはYouTubeだが、アウトプットは外注系はなにもしていない。
(AEONのサマースクール(通常授業に夏の3回だけ混ぜてもらえる)に3歳で行ったときとても良かったのに無くなった。
ECCのサマースクールは4歳に行ったが名前間違い、メール連絡希望なのに電話してくる、子どものポシェットに男性職員がかわいいねと勝手に触れる、外国人講師がピザのぬりえでピーマンをピンク色に塗ろうとしたら「えっ笑」みたいに言ってきたという役満でもう行くことはない)
オンライン英会話もやったことはあるが、まだあまりしっくり来ない。
ただ4歳の途中くらいからか、私とのおままごとやお風呂遊びは全て英語になった。本人の英語力を私が測れないので難しいが、おそらく私の理想としている母語者の2-3歳レベルではないのかと思う。そう考えると、おままごとは完全に英語なのはそんなもんかなと。
あと4歳でDWEのLET'S PLAY(4つのステージクリアには不要だが補完的役割のセット)を買ったのがものすごく良かった。インプット期間を経た後で何か一つDWE買うならレッツプレイが良いと思う。工作、遊び、料理など。楽しくて自然に発話が英語になる。
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まとめ
毎日1-2時間程度インプットがあり、アウトプットが合計10分くらいはある現在、インプット時間は2000時間を超えられたと思っている。
確かなインプットを積み上げたころから、ぽろぽろ英語の発話が出てきたと思う。
ネットで見かけるおうち英語キッズ達はもっと喋れるから(スーパーキッズじゃなくても)周りにはこれだけ喋れる娘ちゃんはすごい、耳がいいんだね、才能があるんだねと言われることがよくあるけど、私はそうではないと思っている。
しかし本人がまったくこだわり無い性格であるということは、ここまできたことに大きく起因しているとは思う。
先月生まれた二人目が、娘と同じように喋れるようになったら、再現性があると言えると思っている。
そもそも私がなぜおうち英語をやっているかというと、最も大きな理由は
かっこいいから
であり、いつまでにどのくらいのレベル、というのはあれど、英語ペラペラネイティブを目指しているわけではない。
あとは中1から自走で机の上系のことは補完してもらうとしても、英語の勉強に時間を割かなくても済むようになれば受験でかなりラクできるだろうなあということ。
あとは教育を生業とする自分として、おうち英語はこの私が導き育てた子どもが英語を喋れるようになるのかというドデカ興奮プロジェクトであるということもかなり大きい。(これも子が育てやす過ぎて悩みがひとつもないからこんなこと考える時間があるからできるとは言える)
おうち英語の鉄則は、
・指針を決めること
・心の師匠を決めること(→だと思っていたが、いまはチャットgptでも良い可能性もある)
・毎日やること
だと思う。年齢に応じて日本語が喋れるように成長している子どもなら、毎日やれば英語が喋れるようになると私は子をみて思っている。
以下、費用感
買って良かった教材
Disney’s World ofEnglish – Play Along!(PA) ¥2,970
Play Along!おもちゃ ¥6,980
WorldwideKids(WK) ¥41,700
Disney’s World ofEnglish – Sing Along!(SA) ¥39,100
Disney’s World ofEnglish –Story andSongsCD(SS) ¥770
新品_Liao List 130 ¥59,000
新品_Oxford Reading Tree (ORT) ¥50,000
新品_Numberblocksの本(音声ペン対応) ¥3,700
DWE絵本の音声化 ¥32,500
Disney’s World ofEnglish –Let’sPlay! ¥7,700
結果的に買わなくても良かった教材
Disney’s World ofEnglish – Straight Play(SP) ¥21,500 ←DWE絵本を音声化したことで同内容のDVDなので不要になった
Disney’s World ofEnglish – Question &Answer Cards(Q) ¥6,600 ←まだ開けてないからやるかもしれない
Disney’s World ofEnglish –Talk Along Card(TAC) ¥17,600 ←単語はYouTubeみてたり他の絵本読んでたりしたら自然に習得してた
新品_Brain Quest ¥3,300 ←カードゲームみたいなやつ、一回くらいしかやってないからいつかやるかも
ミライコイングリッシュ ¥32,000 ←2019くらいに現れたオールイングリッシュDVDセット。欲しいって言ったから買ったけど見ないんかい
Disney’s World ofEnglish –StepbyStep(SBS) ¥3,900← 歌を覚えて単語覚えてお話理解してテスト、の中の「理解して」の理解深めるためのステップワークみたいなやつ
未使用譲ってもらえたし安いしここまできたらSBSまで欲しかったから後悔はしていないけど、娘はやりたがらなかった
総額:¥337,620
役立った教材合計:¥252,720
それ以外:¥84,900
読書というのは、時間がかかるものだと思ってないか。月に1冊、年に12冊。それが当たり前だと思ってないか。違うんだよ。全然違う。
俺も、そうだった。毎月1冊、年に12冊。それが限界だと思ってた。時間がない、疲れてる、どの本を読んだらいいかわからない。そんな理由をつけて、読書から遠ざかってた。だけど、ある時気付いたんだ。「あ、俺、本当は本が好きなんだ」ってことに。それが全てを変えた。
最初にやったことは、「完読の呪い」を解くことだ。俺たちは「本を読む」ということに対して「最後まで読み切らなければならない」という呪いをかけてる。つまらない本でも、最後まで読まなきゃいけない。そう思ってる。違うんだよ。本というのは、つまらなかったら、途中で止めてもいい。実は、これが読書量を飛躍的に増やす最初のステップだ。なぜなら、つまらない本に時間を費やさなくなるから。その時間を、面白い本に使えるようになるからだ。
次にやったことは、「多読する本」と「精読する本」を分けることだ。全ての本を丁寧に読む必要はない。速く読める本もあれば、じっくり読むべき本もある。その違いを認識することが大事なんだ。たとえば、エンタメ小説とか自己啓発本とか、そういう本は速く読んでいい。ただし、詩集とか古典とか、そういう本はじっくり読まなきゃいけない。その本の性質に応じて、読み方を変える。そうすると、月の読書量は劇的に増える。
そして、これが最も重要だ。「スマホの時間を読書時間に変える」ことだ。お前は毎日、どのくらいスマホを触ってる。3時間?5時間?10時間?その時間の一部を読書に充てるんだ。通勤時間に本を読む。トイレの時間に本を読む。食事の時間に本を読む。寝る前に本を読む。その時間をかき集めると、毎日1時間、2時間の読書時間が作られるんだ。1日2時間読書すれば、月に60時間。年に720時間だ。これは、月に10冊、年に100冊を確実に読める時間だ。
それからな。「図書館を最大限に活用する」ことだ。本を全部買う必要はない。図書館で借りれば、無料だ。そして、「つまらなかったら返却する」ことも容易だ。これが読書のハードルを物凄く下げるんだ。なぜなら、「買ったから最後まで読まなきゃ」という心理が消えるからだ。図書館で借りた本なら、途中で止めても罪悪感がない。その自由さが、読書量を増やすんだ。
次は、「本の選び方を工夫する」ことだ。本屋に行って、ランキングのやつだけ買う。それじゃ駄目だ。自分がどんな本が好きなのか。自分がどんなジャンルに興味があるのか。それを知ることが大事だ。そして、その興味に従って本を選ぶんだ。つまらない本に時間を費やさなくなるから、読書量は増える。さらに、「本の紹介記事」とか「読書ブログ」とか、そういったものを参考にして、本を選ぶのも良い。他の人が「面白い」と言ってる本は、確率として面白い可能性が高いんだ。
そして、これも大事だ。「速読する技術を身につける」ことだ。俺たちは、学校で「ゆっくり、丁寧に読むこと」を教わった。だけど、全ての本がそう読む必要があるわけじゃない。たとえば、エンタメ小説なら、ストーリーを追うだけでいい。細かい表現に拘る必要はない。そうすると、読むスピードは上がるんだ。実は、「速く読む」ことができると、読書量は3倍、4倍に増える。
ここからが本当に大事だ。「読書記録をつける」ことだ。月に何冊読んだか。年に何冊読んだか。それを記録するんだ。すると、面白いことが起きる。「あ、今月10冊読んだ。来月は12冊読もう」とか、「去年は50冊だった。今年は100冊目指そう」とか、そういう目標が生まれるんだ。その目標が、読書量を増やすモチベーションになるんだ。
そして、「本の感想を誰かと共有する」ことも重要だ。友達と本について話す。SNSで感想を書く。読書会に参加する。そういった行為が、読書の喜びを倍増させるんだ。また、他の人の感想を読むことで、「あ、その本、読んでみたい」とか、「その本は読まなくていいな」とか、そういう判断ができるようになるんだ。
ここで大事な気付きがある。「読書をスポーツのように考えてはいけない」ということだ。「月に何冊読む」「年に何冊読む」というのは、目標ではあるが、それ自体が目的ではない。大事なのは、その本から何かを得ること。その本で感動すること。その本で学ぶこと。それが、読書の本質なんだ。だから、「とにかく速く読む」「とにかく多く読む」というのは、読書の本質から遠ざかってる。大事なのは「どの本を読むか」「その本から何を得るか」ということなんだ。
だから、俺が実行したことをまとめると、「つまらない本は途中で止める」「多読と精読を分ける」「スマホの時間を読書に変える」「図書館を活用する」「自分の興味に従って本を選ぶ」「速読の技術を身につける」「読書記録をつける」「感想を共有する」。これら全てが、相乗効果を生み出すんだ。
1年間、これを実行したら、俺の読書本数は月に10冊、年に120冊を越えた。3桁だ。最初の月は5冊。2ヶ月目は8冊。3ヶ月目は10冊。そして、4ヶ月目以降は毎月10冊以上を読むようになった。最高で月に15冊読んだ月もある。
だけど、大事なのは「冊数」じゃない。那些本から何を得たか。その本で人生が変わったか。そういうことなんだ。実は、100冊読む中で、本当に「人生が変わった」と言える本は、5冊か10冊くらいなもんだ。でも、その5冊、10冊に出会うためには、100冊読む必要があるんだ。つまり、「量をこなすことで、質に出会う」という逆説的なことが起きるんだ。
だから、覚えておけ。読書というのは、時間がかかるものじゃない。工夫次第で、誰もが年に100冊以上読むことができるんだ。スマホの時間を読書に変える。つまらない本は止める。自分の興味に従う。図書館を活用する。この4つだけでも、読書量は倍増するんだ。
そして、最後に。読書というのは、孤独な行為じゃない。本を通じて、過去の著者と対話することだ。本を通じて、今の読者と対話することだ。その対話の中で、人間は成長するんだ。だから、「たくさん本を読む」というのは、「たくさんの人と対話する」ということなんだ。その対話を増やすことで、お前の人生は、もっと豊かになるんだ。
ピッコマ
UIが結構好きだったのと「ナビレラ」って漫画が好きだったので利用してたんだけど、最近唐突に無料話の場合にSMS認証を求められるようになって面倒だからもういいかな…と思ってやめた
その前はhontoを使ってたけど、そのとき買った本はもう読まなくなってしまった アクセス面倒くさくて…
同じようにピッコマで買ったいくつかの作品も読まなくなってしまうかな
ヨコハマ買い出し紀行と推し武道は紙で買い直そうかな
迷ったけど今日紀伊國屋の電子書籍サイトに移行してとりあえず人生にマストという漫画だけ揃えて買ったけど、結構いい感じ
アマゾン嫌いだからkindleは考えたことなかったけどみんな使ってるよね そこでだけ作品売ってる人もいるしな…犬のかがやきとか(知らないだけで他でも出してる?)
白泉社の漫画に好きなものが多くてアプリのマンガParkは結構よかったんだけど
時々クソ重なのとトップページにBLTLのエロシーンの抜粋があられもなくバーンと出てくる構成とか感覚が合わなくて嫌でここで買いたくないと思ってしまってやめた
結局なんだかんだ読み返すのは紙の本ばかりになってしまう
みんなどこで電子書籍買ったり読んだりしてるんだろう
さすがブクマカや増田は多読の人が多そうで実際の使用状況から参考になりそうなコメントたくさん見られて助かりました、ありがとうございます
使い方や選択の仕方も本当に人それぞれなんだなと
昨日今日と使ってみてかなり使いやすいし相性がいいと感じるのでしばらくkinoppyでいってみて、あとサブでbookwalkerなり足してく感じにしようかな…と思いました
もういつ死ぬかもわからないから壁を埋め尽くしてる紙の本も徐々に処分していってコンパクトな方に移行していかないとねというところなので…
Permalink |記事への反応(18) | 01:38
当たり前だけど同じ文字数の文章であれば日本語の方が圧倒的に早くインプットできるよね。
なんとか読み返さずに英文を読む練習をしてるけど、それでも日本語に比べると蟻のようなスピードでしか読めない。
なまじもともと読書好きでかなり速読もできる分、英語では一語一語おっかけて文構造を想定しながらでないと意味が読み取れないのが苦痛でならない。
さらっと読み流す事はできないでもないけど、読み流すと確実に内容を半分以上取りこぼしているし、結局面白くともなんともない。
でもきっちり意味を取りこぼさないように読もうとすると、日本語読む時のスピード感と比べて死にたくなる。
こんなハメにならないようにと思って書く。
でも実際はもう時間いっぱいで他の事やる余裕がなかったり。
TOEIC LRは5年くらい受けてない
たぶん向上しているが、ペラペラには程遠い
一年経って、母娘がお料理している写真の写真描写をしようとしたら
なっかなか英語が出てこなくって、とても落ち込んだ
今まで一体何やってたんだろと
1. 瞬間英作文 538時間
1. 瞬間英作文 365日
2.単語 365日
3.シャドーイング 365日
4.速読 245日
6.オンライン英会話の予習 241日+ブランク+41日(更新中)
7.オンライン英会話 357日(数日ブランクあり。予約してた時間を覚え間違えたり)
9. 多聴 182日
●トレーニング別やった(完遂した)教材(同じ順)
瞬間英作文:どんスラポンバン計4冊+どんスラのおかわり計2冊
単語:金フレ、キクタン800、DISTINCTION1、キクタン4000の計4冊の見出し語、例文全て
シャドーイング:TEDtalks4本、JapanTimesのスピーチ3本+インタビュー4本
速読:TOEIC超特急スピード強化編+ダブルパッセージ編、OPINION1100(Z会)、
多読:ラダーシリーズ61冊、2周読んだ本入れると67冊分相当(89万文字)
オンライン英会話:毎日1レッスン(初期の頃は一日3レッスン)、テーマ別ディスカッション
スピーチや独り言:NHK WORLDから一記事を選んで、原稿作って、1分間暗唱できるまで練習、録音、セルフフィードバック
(初期の頃は、TOEFLやIELTSのサンプル問題から原稿作って、セルフトーク)
ライティング:初期の頃はnoteにジャーナリング。その後、TOEFLやIELTSのライティング問題を解く。220本辺りでやめる。
1. 瞬間英作文 やった教材の復習
2.単語 TOEIC系の英単の定義(definition)を英語の文章で説明(英英辞典っぽく)
3.シャドーイング 遺伝子編集と生命倫理のインタビュー記事を使用
スピーチや独り言:オリジナルなことを作って喋る、リスニング以外の全スキル向上
多聴:たくさん聞く
ライティング:使いたい表現を使う、混文や論理的な文章を書く練習
1.速読、多聴のつもりで始めたが結局、精読、たまにシャドーイングしたり、ボキャビルだったりする
3. 体系的に勉強することが科学的のように見えるが、なんだかとっ散らかった感じもする
4.テストの公式問題集は一切やってない。これに集中した方が効率良かったかも、と思う未練があったりする。
5. でも多言語話者なんかは「ドリルなんて要らない」って言うので核心は不明
7.法則性を理解することと、自分の口で再現できることは全然別
9.YouTubeなどで〇ヶ月でマスターしたみたいな動画のサムネイルを見ると辛くなる
10. ってか日本人YouTuberの動画は見てて辛くなる、美男美女多めだし
11. 結局ネイティブや非ネイティブ且つ非日本人の英語学習(多言語学習)YouTuberを見るようになる
13. でもこういう映画やバラエティ番組を使ってゆるーくやる勉強の方が効果的だったのかもと未練がある
14. 実際のところは不明
2.言語はインプット量と言うが、使わないまま忘却する知識も増えてしまう
3. たくさんインプットするほどアウトプットする場面は多くない
4. でも忘れてしまうのはもったいないので、またやりお直して覚える→忘れる、の繰り返し
7. 瞬間英作文は自作できる英文もあるので全滅することはないが、結局あらかたサビる。
8.未来完了などのレアな文法を使う場面や、shall weなどの疑問文は使う機会がない
11. が、おそらくやり過ぎだと思う。リターンが乏しい。
13.特にインタビューものは、アンフォーマルな英語なので難しい。
14.普通にTOEIC L やTOEFL でいいような気もする。
●将来
1. 5000時間は余裕、10000時間もたぶんいけると思う。
2.しかし、継続日数や量とかじゃなかくて、そろそろリターンが欲しい。
3. 50歳までにバーでネイティブとビア飲みながらワイワイお喋りしたい。
5. ってか仕事したくない。
1.一年記念に英語学習YouTubeを始めた。まだ全然下手だけど
2.インフルエンサーみたいに教えるスタイルではなく、「実際にやっている」動画を主にアップしている
5. でも結局一つもヒットしてないけど
6.ゆっくりやっていく感じ
●さいごに
なんか書き忘れたことがある気がする。
追記していくかも。
国語辞典やブリタニカのような写真ではなく字が主体の百科事典の動植物あるいは衣服等の説明は分かりづらいものです。
あれはそもそも現物を見たことがあることを前提にしているような解説になっているようにみえます。
辞書の主な使い方の一つとして、文章に出てくる具象名詞がどういうものか分からないから引いてみることがありますが、この場合現物を見たことがないことも多いはずです。
ですから解説に写真を用いないならば実物と相違ない像がありありと浮かんでくるような文章で説明されていなければある意味本末転倒なのです。
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試みにあなたが知らない植物を何か一つ引いて、その説明を読んで図に描いてみてください。そしてネットの画像検索で比較してみてください。
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今はAIがありますからより科学的に辞書事典の記述の妥当性を検証できると思います。
写実的な絵を描くことに定評がある人達から同じ植物の絵を集めて、模範的な絵として学習させたら、同じような人たちからその植物をまだ知らない人たちを選出し、辞書の説明だけを頼りにその植物の絵を描かせます。
次のパターンとして、絵は全くの素人という人たちに実物を見せてその絵を描いてもらったら、既に学習させた模範的な絵との比較で、両パターンの近似度の平均をそれぞれ算出します。おそらく全くの素人が実物を見て描いたものの方がまだ高い近似度を持っていることでしょう。
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広く捉えればこれは国語教育の問題かもしれません。つまり国民全体において辞書等から正しいイメージが得られないというのが平均的な水準として示されるならば、それは個人によつ勉学の怠慢という自己責任ではなく、教育制度側の過失といえることになります。
PISAではごく単純な論理パズルのような説明文を読ませて正答を導かせるようなことを行ってきていますが、一度、文章からそれが示す物体やその配置に関する図を選択させる問題も出してみるべきだと思います。
数学には取って付きのマグカップとドーナッツを「同型」とみなすようなトポロジーという学問がありますが、そのような緩い制約の下ですら構造的に異なるような一群を選択肢としても、なお正解を選べない人がごまんと出てくる結果となるかもしれません。
そうだとすれば小説の情景描写もまたまともに機能していないかもしれません。自覚のないあきめくらが読者かもしれませんから。
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本をたくさん読めば読解力が身に付くという考えが横行しています。この根性論のような考えも問題です。
PISA等で国民の文章からイメージを自分の頭に形成する力の低下が判明したら、文章とそれが一般的に指し示す図の対応ということに焦点を当てた学習法をぜひ初等教育に取り入れるべきでしょう。
やみくもに本を読んでれば読解力が上がるというのは、読書に慣れるとか、知らない単語を発見することで知識を埋め合わせる機会が得られるということが考えられるのである意味で正しいですが、しかし言葉をイメージに還元する力の育むに際しては根本的に、原理的に無力だと思います。
我々の脳よりもはるかに高い処理能力を持つAIでさえも、一部の学習に際してはフィードバックという一定の手順を必要するのです。
我々が文章から正しいイメージを得るようになる過程についても同じことが言えると思います。
「そのイメージで合ってるよ」「そのイメージは間違ってるよ」と教えられることによるフィードバックがなければ、自分の読みが修正される機会がなく、何かを読んでもトポロジー的にすら間違ったイメージを展開していくようになるでしょう。
あるいはそれは教育されなかった「ヒト」としての自然な姿なのでしょうけども、それはそれとして。
話を戻せば、するべきことは、文と図との基礎的な対応表を作って、九九のように叩き込ませることです。
これは一見根性論めいているかもしれませんが、無計画な多読よりも遥かに効率的でしょう。
基礎的な表がクリアできたら、もう少し複雑な文や文章でも作成しておいた対応表へと移行していけばよく、方式としても構造化されていて明快です。
結局これは数学において基礎をおろそかにすれば応用問題で容易につまづくようなこと、たとえば掛け算ができなければ割り算はできないとか、微積分の原理が分かってないのでは微分方程式は解けないということと同じです。数学に取り組むのとある意味で同じ態度で国語の学習にも臨まれるべきだと思います。
具体名挙げてしまって著者には申し訳ないのだが「未来からのホットライン」の核融合炉の施設内部の描写がてんで理解できない。説明が緻密なのがむしろネックになってる感じで、キャットウォークとかトンネルとか配線とかの位置関係が三次元的に脳内に構成されていかないんだよ。本当に上下左右という程度の確度でしか把握できない。
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小説は漫画とかと違ってイメージが押し付けられないのがいいという意見を聞くことがある。個人的にはこれはイメージという単語の前に「自分が気に食わない(特に人物の容姿)」という文言が省略されているように思える。
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想像することって、はっきりいえば単に手間でしょ。小説は想像することを楽しむものって手段と目的が逆転してる感じで、本来は「筋書きを楽しむもの」だと思う。筋書きさえ面白ければ、そして挿絵とかが適切なら、想像しなくて済むのならそれに越したことはない。
くだんの小説も建物の「構造」について図があるからといってイメージを押し付けられたと感じる人は例外的だと思うから、文章で全て言い尽くそうとしないで見取り図ぐらい添付してもよかったと思うんだよね。
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私と同じ考え方っぽい人を二つ挙げとく
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https://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2014/02/21/090746exit
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1514063554/exit
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そしてどうしてもこれだけは抜粋しときたい(5chのレスから)
文章だけで考えてると「この馬はどこから走って来てどこに行ったの?
なんでそんなとこから馬が走ってくるの?」
みたいな変な部分が必ず出てくる
読む側からしてもまさしくそういう感じで、結論としては始点と終点が一致したループだと言っていても、今までも風景の説明から本当にそのことが導けるのだろうかという感覚になることがある。
各部分の描写から全体を統合できない感じで、整合性を認められないことがある。
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前記の小説の施設を見学するシーンでも各区画を主人公たちの足取りに沿って説明していってるのだが、いつのまにか前いたところが主人公達の頭上にあることになっている。
確かにエレベーターで地下に降りる描写はあったけど、上下の関係で足取りが立体交差できるような文章だったか。
区画という各部分の風景だけは十二分に頭に浮かび上がってくるんだけれど、ジグゾーパズルでいうならそれはピースの凹部や凸部があやふやになっている状態にたとえられる。
なのでそのパズルを組み合わせる=建物全体の構造を把握することもできないとなる。これが読後感にもやもやを生む。
そもそも自然言語というものはねじれの位置とか含めた抽象的な位相関係を表現するのに不向きなのかもしれない。
そうでないにしてもせめてPISAとかは単純な論理パズルで読解力を測るんじゃなくて風景の説明文に対して、少なくともこれは与えられている文に矛盾しないという図を選択させる問題も導入してほしい。
ネックが読者側にあるかもしれないかもしれないのにその問題が十分には剔出すらされていないように思われるから。
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「船べりに足をぶらぶらさせていた」文学事典に載ってるような作家の手になる表現だ。しかし「船べりに」とは一体どういう状況なのか。
「船べりで~」であれば人がデッキの手すりでも背にして寄りかかって片足をぶらつかせる風景が想定される。
この話は作家自身の航海記であって大西洋を横断できるような鉄の船の話だから「船べりに」何かをするにはへりは高すぎると思われる。和船の小舟のように足をへりに置けるような状況じゃない。
たとえれば無理に腰よりも高い塀の上に片方の足を足の裏を外側に向けて乗せるイメージでただでさえ不安定な姿勢だから、せいぜいへりをかかとで擦るようなことはできても、重力に逆らってぶらつかせるとは描写として不自然と言わざるをえない。
思い込みで文章を書くとそういうことになると聞いたことがあるから、ちゃんと正確に書いてほしい。
正確に書けば書くほど想像の余地が少なくなるから小説としてつまらなくなる、というものではない。
想像する楽しみと小説の楽しみ方としては二次的なものだとは前にも書いた。限定的で端的な例だが、泥のように眠るという慣用句を小石のように眠るとアレンジすることで生まれるような詩的な妙味を味わうことも小説の楽しみ方の一つだ。
酒などを希釈しないで飲むことを生一本といっても、水で薄めずにといっても、神の創りたもうたままにといっても、どれも全く「希釈しない」という全く同一の事態を指しているうえでにその同一性こそがその描写が正確であることを示す必要条件でもあるわけだが、こうした同義のフレーズが畳みかけられている箇所にも、同じ事態の概念への落とし込み方の多様さに面白みが認められるだろう。
俳句は小説じゃないけれど、あれなどは兼題写真があるのが普通だ。写真というこれ以上なく正確な像を前提としているからといって、そこから派生される俳句の数々に「想像の余地がないからつまらない」と批判する人間がいるだろうか。
むしろ想像の喚起を重視する人のブログとか見ると「容姿の描写ほとんどされてないのを逆手にとってわざと金髪美少女のイメージで読んだ」とか言ってるような人もいて、想像するのを楽しむというやり方は小説をカップ麺の重しにするのと同じぐらいひねくれた本の使用法なのではないかとさえ思えてくるわけだ。筋書きを楽しむ、表現そのものを味わうというのが文句なく一義的な意義であるとすればなおさらだ。
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必要だと思ったとこだけ読み込んで不必要だと思ったところは読み飛ばせばいい、授業だって教師の言うこと全部覚えてない、それと同じだというような人もある。
しかし授業内容と違って小説は内容を問い合わせることができない点で致命的に異なる。
不十分だと思って読み込もうとした箇所も独力では一生かかっても理解できないかもしれない。
作者は思い描いた風景を必死に文に落とし込もうとしたかもしれない。作者は情景を読者と共有したがってる。なのに十分に伝わらない。こんな悲惨なことがあっていいのだろうか。
小説には攻略本もITの専門書にありがちなサポートダイヤルもないんだ。
二重回しとか大島紬みたいな名詞の指すものが単に想像できないとかだったら画像検索すれば済むことだけど、実際に読んでてつまづくことが多いのは文や文章という総体がどういう具象や抽象を指し示しているかとことで、でもこうなったときには打つ手がない。
人工知能は与えられた文章をイメージに接地させずに意味を理解できるが、人間としてはイメージに還元できないことには文章を味わうことはできない。
もちろん読者側の能力の問題かもしれないからそこは見極めなければならない。
先述のようなPISAなどの結果によりそういう能力が不十分と分かれば、出版業界に小説には抽象的な構造に関して図解を挿入するよう働きかけるか、さもなくば教育を刷新するか、そういう判断の指針が得られる。
教育を刷新するというのは単に文章を多読すれば読解力を身に着けさせられるはずだという今の態度が不十分という意味で、一つ文を読ませたらその文が一般的に指し示すことになる図を提示するといった訓練を導入するべきだと思うということ。
単文が示す風景(あえて情景とはいわないでおく)すらもまともにイメージできないようでは複文や文章の指し示す風景もまたイメージできるはずがない。
基礎(単文)を固めることでしか応用(文章)を扱えるようにはならないということではむしろ数学と同じだ。そういう心持で読解の養成には取り組むべきだ。
たとえば百聞は一見に如かずといっても社会生活のうえでいつも文章が指し示す現物を持ってこさせられるとは限らないから、文章をイメージに還元する力は実務的な能力でもあるわけさ。
困ったら流行りのものを読めばいいのだ、と思って書店のランキングなどは見てみるものの、昔みたいにタイトルや表紙にわくわくすることが減ってしまった。土日はずっと図書館にいて、学校の帰りに書店に寄るのが日課だったのに。宿題は読書感想文がいの一番に終わるような子供だったのに。
はるか昔、中学生の頃は年間多読賞を貰うくらい読んでいたはずなのに、その頃は表紙の色が好きだから、紐のしおりがついててなんかよかったから、装丁のフォントが好みだったから、新刊だから、なんとなく目に付いたからで本を選べていたのに。
たしかに子供と比べて自由な時間は減ったかもしれないが、別にブラックの社畜ではない。他に時間を大きく割かねばならない趣味もない。ただ手に取らなくなってしまっただけ。
手元にあるものならいくらでも読み返す。読むことで疲れたりはしない。目が悪くなったわけでもない。多分「本好きレベルが普通の人」より少しだけ早く読める。なので1時間もあればそれなりにまとまった量を読める。恋人と二人暮しなので土日なんて10時に起きて12時に家事が終われば寝るまでずっと自由時間であるはずなのだが、最後に本を読んだのは先月とかではなかったか。
新しいものがわからない。わくわくするものがわからない。流行っているらしいものはなんとなくのレベルでしかわからない。アンテナ感度が足りていないのか、私の好奇心が足りていないのか、やる気がないのか、疲れているのか。本1冊もよめないほど干からびているのか。あの頃の私はどうやって毎日読むものを決めていたんだったか。
勤め先の近くに大きな書店があるので、昼休みに覗きに行く。覗きに行って買うこともあるが新刊ではなくかつて読んだものであることもざらにある。
『3ヶ月で英語力を大幅に上げた』
https://anond.hatelabo.jp/20210415222429
これ読んで、
「いいなー、羨ましいなー」
と思ったのがきっかけ。
というのは、表向きの理由で、本当に心を撃たれたのはこっちの記事かも。
『才能ある人は努力が報われていいな』
https://anond.hatelabo.jp/20210405102425
共感できる。
努力って報われない。
金あったら整形したい
たちまち飢え死にすることはない。
2年9か月ぶりの学習再開。
4年前に825点を取ったことがある。
1400時間に到達した。
冒頭の増田さん羨ましい。
YouTubeでも数か月でできるようになったって人るし。
まぁでも継続してりゃいずれは聞こえるようになるんじゃね?みたいな。
3ヶ月で上達した増田さんのようにジャンルを限定すればいいのかも。
「うわー懐かしいー、昔やったよー」って、
僕はてっきりダンジョンに入ってダラダラ敵をかわしつつ宝箱を回収するゲームだと思ったのだけど。
あぁこれが老害か。
2週間でやめた。
資金が底をつくまで、
で、一応、2022年末、かな。
年内に3000時間突破は確実だろう、でも2022年はどーかな。
あとは、もう長期戦。
「やり方下手」「遠回り」でもいいので、モノになってくれたらいいなって希望です。
今のところちょっと思いつかない。
何もしないよりは何か勉強している方が性に合ってる。
リスクというよりもはや織り込み済みと言うべきか。
浪人生みたいなもん。
浪人生が「毎日勉強して偉いね」って言われて嬉しくないのと同じで、
僕もなんとも思わん。
下手すりゃ僕は生涯浪人生だし。
いいです。
僕は伸びなかった。
休みがあんまりなかったので、絶対量が足りなかったのもあるが。
「勉強してる」って言うと「何言ってんのこいつ」って、あの空気が好きじゃない。
だいたいこの世代はみんな辛そうだけど、なんか結局生きる。
まぁ徐々に病院のお世話になっていくけど。
でも20年ある。
それで一つでもコンプレックスを克服できたら、ありがたい。
だからね。
僕より若い人は死んで欲しくない。
それで僕より偉くなってください。
今の僕は世間的には弱者男性って資本主義社会のカスみたいに言われてるけど、
死のうなんて1mmも思わないな。
なんでだろ。
受験してない。
TOEIC LR は、800点は取れないと思う。
700点代は取れると思う。たぶん。
POLYGLOTZというアプリを最近インストールして、小テストがあったので受けてみたら、とても難しくって、
結果を見ると
うあー...って
角っこに家系ラーメンがあって。
他のお店が閉まってるせいで、お客さんみんなこのラーメン屋に集まってて。
店ん中ごった返してて。
あぁこれは感染するかなって思ったんですけど、無事でしたね。
チャーシュー麺の大食べました。
僕にとって上達とは、スピーキングのことです。
最終的に自分の考えは、長めの文章で立論して伝えられる英語力が欲しい。
受験生はよく聞くと思いますが、結局受験の敗因は、量らしいです。
ただし、これが語学学習にも言えるかって言うと、よく分からん。
冒頭の努力が報われない記事のブコメ読むと、「やり方がおかしい」って意見多い。
テスト勉強しないってのは、僕のスタイルで、ほとんどの英語学習者は、テスト勉強を軸に学習しているようです。
僕の努力がもしかして「TOEIC LR に集中していた方がもっと上達したかも」って観測はあるかも。
もうとっくに900点以上とか取れてたりして。
知らんけど。
オンライン英会話は学習初期に、一日75分やってた。あれはエグかった。
多聴はなんだか多聴になってないやり方だけど。
YouTubeで好きなものを聞くってのが僕にはなかったので。
学習時間が1500時間になれば、細かいデータをどこかに投稿しようと思ってます。
→2021年4月29日noteに投稿https://note.com/oceansnote/n/n3bfdc03b3505
子供のころ、両親共働きで帰りも遅くて、地元の公民館にあった図書室に入り浸ってたから色々小学生で読んだら不味そうな本とかも読めて学校の図書室より面白かった
公民館のイメージが地域によってバラバラみたいだけど、基本毎日9〜19時くらいまで開館してて、事務所にいつも何人か職員の人がいて、老人がカルチャー教室とかで集まったり、地域の会合とかがあったり、ちょっとしたホールがあって演歌歌手のどさ回りがあったりする感じのやつ
子供向けの本のコーナーは全体の1/4、郷土資料とか図鑑とかが1/4、あとは娯楽小説とかのハードカバーって感じだった(文庫本や漫画は確かなかった)
佐藤ラギのギニョルとか、当時意味わからないなりになんかヤバいものを読んでる…と思ってたりしてめちゃくちゃドキドキした
高校生になると市の大きな図書館が高校から歩いて30分くらいにあったからそこでも毎週上限まで借りて、高校の図書館は文庫本が多めだったからそこでも毎週上限まで借りて、めちゃくちゃたくさん小説を読んでた。
新書とか論評とかは全く興味なくて今に至るまで読んだことがない。あれだけ流行ってたバカの壁とかも読んでない。
高校の図書館は毎年貸出冊数の表彰してくれてて三年間毎年図書カードをもらってたし、国語のテストや模試の成績だけはいつも良くて、現代語の小説しか読んでないのに古文や漢文も小論文も苦労なく解けてた。
大学ではオタクになって、生活費を削る勢いで商業BLの小説と漫画を読み漁った。
それなのに就職したら全く本を読まなくなった。文庫本一冊読みおわるまで集中力もたなくて何度も中断して結局よみかけの本がたくさん棚にある。
その代わりにずっとTwitterみてる。いろんな人の本当かどうかわからない呟きも小説みたいなもんだな〜と思うとダラダラと何時間でも見てられる不思議
あれだけ本読んでた私が本読まなくなるほど高負荷の労働をそれなりにこなして、趣味にも家庭にも力入れられるとか世の中の人どうなってんだろな…偉すぎる
実際に高負荷だった新卒で入った会社を辞めて、楽な方に楽な方に流れてきて、月の残業10時間未満の仕事に就いてるけどそれでも土日は布団でゴロゴロしてるとすぐ終わるし、平日も20時に帰宅して飯風呂即布団みたいになるし…
まとめると、本に簡単にアクセスできる環境で育ててラッキー、多読してる分国語の成績は良いけど他の教科の勉強してないからトータルするとバカの部類、労働は体に悪い
少なくとも、現代社会で生きていく上で求められる力のうち、論理的な文章を読む能力に絞るとしても、
・表現力(形にできないものは「思考」できない) →書くトレーニング
…が必要。そして、それぞれを身に付けるには、右に書いた対策が必要。「こんな面倒臭いことしないとダメなの?!」って思うかもしれないけど、読解力が優れた人はこれを「面倒」だと思わずにやってる。なんでそんなことができるかというと、純粋にそれが「楽しい」から。従って、一番重要なのはこれらを「楽しめる力(素養)」ということになる。それを踏まえると、
という問題にいきつく。自分は、読解力を「指導する」側の人間として、それなりの評価を得ているが、そんな自分でも、「根本的に上記の力が一つならず足りていない」生徒を前にして、彼らの力を「伸ばす」ことができるのか/できたかと問われると自信がない。自分がしているのは、所詮、「もともと彼らの力量でできるはずだったこと」のうち、よくない指導者のために「できない」か「やり方を知らない」状態にある生徒に、「自分のできることに気付かせること」程度でしかないからだ。世間の「読解力を伸ばす」とか称するやり方にも、納得を感じることがない。もちろん、信じることが全て無益なわけではなくて、「信じる」→「モチベ湧く」→「やる」→「少しできるようになる」→「自信が次のモチベになる」→…みたいな良いサイクルの切っ掛けになることだってあるわけだから否定はしないけど、それが「万人向けのレシピ」であるような説明をするのは正しくないと思う。そして最後に、
(3)読解力にはレベルがある
・初級…書いてあることを要約できるレベル。
・中級…書いてあることを他に応用できるレベル。
とざっくり定義すると、この級の壁を越えさせるのは更に困難である((1)で書いたのはせいぜい初級レベルまでの話。)初級者を中級者にするには、少なくとも高等教育が必要だし、上級者にするには相当な時間と手間がかかる上に成功するかどうかも覚束ない。
こういうことを考えると、「読解力を育成する」なんて空恐ろしいテーマについて正面から向き合うような恐ろしい真似は、自分にはなかなかできそうもない。