
はてなキーワード:在日外国人とは
多文化共生を謳う人間は多文化共生していないとのご指摘によりお答えします
大きな理由としてはやはり労働力としての重要な役目をになっていることです
細かな理由としては日本は古くより弥生人始め渡来人、琉球・蝦夷等多文化共生社会であり今は長い歴史の始まりにすぎないためですが話が逸れるので割愛
縦と横話がありましたが私はブルーワーカーのため高低でいえば低の部分の視点であります
本文
彼ら彼女達(以下外国人)の国籍はベトナム、ミャンマー、インドネシア、フィリピンです
外国人達は純粋で真面目で賢い、どこにでもいるような若者達です
外国人達は母国から遠い日本で暮らすためストレスを感じやすく、マナーの違いは敏感で日本のルールをよく守っていると感じます
日本に来る理由は出稼ぎだったり、日本に移住したいと考えていたり色々です
ネットで目にする外国人問題の多くは一部の話で、日本人だったら話題にならないことばかりだと感じる、夜の騒音やゴミ問題も普通に日本人でもある話だ
正直な話、私が外国人達と接するまではここまで多文化共生を推進しようとは思っていなかったのですが、日本に住みたい、働きたいという熱い意志に心を動かされて多文化共生を考える契機になった
日本は外国人要らないと訴える人を見ると悲しくなる、日本は大きな国で懐も大きいと思っているからなんと狭量な考え方だと思う
今はネットで悪事千里を走るため外国人はというバイアスがかかりやすい
日本に外国人が多くなると日本は外国人に支配されてしまう的な考え方について、日本語という公用語があり日本の法律がある以上、外国人は日本語を学び(学ばないやつも少数いるだろうが)日本の法律に従うのだから支配されてしまうことはなく、もっといえば日本の地理、自然環境、食文化、食材、文化マナー等全部含めて日本であり、日本で生きる限り外国人も日本国人化していくのではないか、という持論があるので支配されることはないと推測する
インド人のパフォーマンスを発揮するにはインドのスパイスと環境が必要なのです
多文化共生ってなんだろうね、あなたはあなただし私は私ってことを否定せず存在を認めるってことだと思うんだ
ただし外国人はこうだという主語がデカい偏見は修正していかなければならない、排外主義の存在も否定せず肯定もせず認めることが多文化共生だ
近代国家において「宗教」と「政治」は切り離すべき領域だと広く認識されてきた。フランスのライシテやアメリカ合衆国の政教分離原則は、その象徴的な制度だ。しかし現実には、国家が宗教性を色濃く帯びることは今なお存在する。たとえばイスラエルは「ユダヤ人の国家」として建国され、その宗教的アイデンティティが国家運営に深く関与している。そして日本においても、天皇や皇族という存在が、神道との結びつきを歴史的に内包している。
両国のケースは、一見異なるようでいて共通の危うさを抱えている。
イスラエルは「ユダヤ民族の歴史的故郷」として建国を宣言した。その根拠には旧約聖書の物語や宗教的伝統が強く関わっている。結果として、ユダヤ教徒以外の市民──特にアラブ系住民──は建国以来、周縁化されてきた。宗教を国家の中核に据えることは、必然的に「誰が正統な国民か」を宗教的アイデンティティで線引きすることにつながり、多様な共同体の共存を困難にしている。
日本は1945年の敗戦後、天皇を「現人神」から「象徴」へと位置付け直した。表向きは政教分離を徹底しているが、皇室祭祀や伊勢神宮との結びつきが示すように、天皇制には神道的要素が色濃く残る。仮に「日本国は神道を基盤とする」と明言するような事態になれば、他宗教を信仰する市民や無宗教の人々を事実上「周縁化」するリスクがある。
イスラエルにおけるユダヤ人国家法(2018年制定)は、ヘブライ語を唯一の公用語と定め、ユダヤ民族の自決権を強調するものだった。この法律はイスラエル国籍を持ちながらもユダヤ人でない人々に対し、「あなた方はこの国の中心ではない」と突きつけるものだと批判されている。
同様の構図は日本にも潜在する。もし天皇や皇族の存在を「日本人らしさの源泉」として国民統合の基盤に据えるならば、移民や在日外国人、さらには信仰を持たない人々は「純粋な日本人」から外される恐れがある。歴史的に見ても、国家と宗教を結び付ける発想はナショナリズムと結びつきやすく、結果的に差別や排除を強化してしまう。
21世紀の国家に求められるのは、宗教や民族に依存しない「普遍的な統治原理」である。イスラエルがユダヤ国家として存続する限り、中東和平は根本的に難しい。日本においても、皇族を「伝統」として尊重しつつも、その存在を国民統合の根拠にすることは避けるべきだ。象徴は象徴として文化的に位置付け、政治や宗教的正統性と結びつけないことこそ、民主主義の成熟に必要な姿勢である。
国家が宗教を掲げれば掲げるほど、国民の多様性は軽視される。多元性を守ることが、世界の安定と平和のために欠かせない。日本が未来に向けて歩むべき道は、皇室の宗教的役割を強調することではなく、むしろそれを歴史的文化の一部として相対化することだろう。
イスラエルのように「宗教と民族を国家の根拠に据える」ことが、いかに差別や対立を生み出すかは歴史が示している。そして日本において、皇族という存在はその危うさを内包した制度の名残に他ならない。たとえ「象徴」としての立場に矮小化されているとはいえ、その根底には神道的な神聖性や「国民統合の中心」という曖昧な宗教的正統性が張り付いている。
この仕組みを温存する限り、日本は「国体」や「民族の純粋性」といった古いナショナリズムを再燃させる危険を常に抱えることになる。民主主義国家において必要なのは、あくまで国民一人ひとりの自由と平等であり、世襲的な権威や宗教的象徴ではない。
だからこそ、最終的には皇族制度そのものを廃止していくべきである。文化的伝統として歴史を学ぶことは尊重されるべきだが、それを現行の制度として維持する必要はない。むしろ「象徴」として残していること自体が、国家と宗教を再び接続してしまう可能性を温存している。
皇族廃止は「伝統の破壊」ではなく、むしろ多様性と民主主義を守るための必然的な選択である。日本が未来に進むためには、宗教的正統性に依存した統治の残滓を整理し、国民の平等を本当の意味で保障する体制へと移行することが求められている。
これはいいことだ、というかやるべきことだ。
反論はあるだろう。「〇〇ファーストは必ずしも〇〇以外への攻撃の意味でないのに粒立てるのは逆効果」とか。
いや在日外国人で子供という立場で考えたらこわいに決まってんだろ。子どもを怖がらしてはいけない。なぜか?人倫に悖るからというのはむしろ副次的な話で、生え抜きの日本嫌いな外国人のコミュニティを国内に作りたいのかって話だよ。
外国人問題は常にプラグマティックに対処しなければならない。前にも言ったが共生だのダイバーシティだのが幻想だからこそだ。
一方でことさらに「ほら日本人は排他的で野蛮だ」とジャッジしては気持ちよくなってる日本人という奇怪な存在がある。言わずと知れた左巻きの面々だ。
お前らは正義のつもりでもやってることは差別主義者そのものだからな。
国内では排外主義に火に油を注いでるし、中韓のプロパガンダが在外邦人やその子弟をどれだけ不安な境涯に置いてるか考えもしない。
外国人問題についての施策は、正義がどうとかよりも「いかに穏便に済ませるか」が問題なんだ。【どうせ分かり合えないのだから、極力こじらせない】を胸に刻め。
■勝手に埋葬する「闇土葬」 外国人増加で霊園トラブル「知らない間にお墓が」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900171148.html
自分は外国人問題についてやたら共生だの多様性だのジャップは排他的だのと道徳的イシュー化して正義ぶって気持ちよくなってる左翼は糞だと思っている。同時に感情ホシュの外国人排撃にも全く共感しない。外国人にまつわるコンフリクトは泥縄であろうとあくまで現実主義で収めていくしかない。
そして「闇土葬」だが、これはただただやってるやつがテキトーなだけだ。「死体遺棄だ!」「これが看過されるなら殺人事件の死体隠匿に利用されかねない!」「致死性伝染病源になったらどうする!」とか真顔で非難する向きがあるが、その気になれば山でもどこでも埋められるのである。ただただいい加減なガイジンが無賃乗車のノリで勝手に(管理の緩そうな)墓地を使用したということだ。
それはそれでやった奴をしょっぴけば良いのだが、背景として土葬可能な墓地がレアすぎてイスラム教徒が困ってるということがあるだろう。
ポンシュ党や、元ポンシュ党で今は不倶戴天の仲の飯山あかりなどが「日本は火葬一択だ!」とか言ってるが、ごぞんじのとおりそんなこたーない。
そして在日外国人が土葬できる墓場が欲しいというなら【現実的対処】としてじゃんじゃん作ってやれば良いではないか。できることはすればいい。サヨクの言うような共生云々じゃなくて需要があるなら金取って供給すればいいのだ。どうせ共生だの異文化理解だのというのは幻想だ。だからこそ物理的に可能なことは四の五の言わずにやれば良い。土葬可能墓地、認可してやれよ。
氷河期世代真っ只中に高卒だった在日外国人3世だけど、今は年収2千万ある。
その自分から言わせてもらうと、やっぱり就職氷河期世代は甘えだと思うよ。
そもそも在日外国人っていう理由だけで、周囲からは一般的な企業に就職することは無理だから大学に行っても意味がないと言われていた。(一部の金持ちを除いて)
それはバブルが弾ける前から言われていたことで、外国人差別が当然のようにまかりとっていたからだ。
俺が工事現場でコンクリまみれになりながら職人に顎で使われたたときに、同級生は大学で遊び呆けてるだけだったよ。
珍しく食事に誘われて現場から直接作業服で向かうとあからさまに嫌な顔をされた。
当時でもブラックって言われるくらいには早出残業休日出勤は当たり前で、家に帰ってから行くなんて余裕は一切なかった。
それなのに修行中っていう理由で1年間は手取りで月収20万ももらえなかった。
そんな話を同級生にするといかにも世の中の底辺を見るような目で慰めてきたことを未だに忘れていない。
その後同級生たちが卒業するっていう段階になって、当然就職できたのはほんの一部。
他はわらわらとフリーターを始める奴らばかりだった。
それでもいつかちゃんとした就職ができるみたいな変な余裕だけはあって、親元で生活しながら遊び呆けてるだけ。
その頃自分はアホな職人にこき使われることに嫌気が指してきたので、独立目指して色々と勉強を始めたところだった。
職人から仕事を盗むのも当然だけど、この先人を雇うならどうするかとか税金の申告はどうするかとかも寝る間を惜しんで本を読んで勉強した。
それからさらに苦労して独立をするんだけど、その話をあんまり掘り下げても面白くないと思うのでここではしない。
ただ、更に忙しくなってそれこそ35すぎて結婚するまではろくに休みなんてないような状況だったけど、その間も同級生たちは親元フリーターで甘えた生活をしている奴らばかりだった。
冗談見たくうちで働いてみるか?って聞いたことはあるけど、それこそ冗談じゃない勢いで笑って断られた。
お前の収入の10倍近く稼いでる相手に、よくそんな余裕あるなって心の底から思ったよ。
その頃だって、肉体労働以外にもパチンコ店やキャバクラのボーイとか大変だけど収入のいい仕事は沢山あった。
それでもそういった職業全てを見下して、一般的な企業に就職できない自分たちの不運ばっかりを嘆いていたのを俺は知っている。
彼らなりにそれを苦労だというなら否定はしないけど、お前らが寝ないで死ぬ思いして働いていた姿を俺は一度も見たことがないよ。
それが甘えじゃないっていうなら何が甘えだか教えてくれよ。
それが今になって社会に対して助けろなんていうのは、今まで真面目に税金を払い続けてきた自分にしてみれば冗談じゃないっていうのが本音だ。
でもそれだと、俺を汚いものを見る目をしてきたこいつらと一緒になってしまうから文句も言わずに受け止めるけどね。
そもそも参政権もないし、そんなもののためにこいつらと同じ日本人に帰化するつもりもないし。
これをn=1の生存バイアスだと切り捨てるならそれも別に自由だけど、少なからず人の何倍も苦労してきた事実だけは目を背けないでくれよ。
全員が同じだけ苦労しろとは思わないけど、いつかちゃんと就職できるはずだって言いながら遊び呆けてきた奴らは少なくとも甘えだろ。
これから先、いろいろな制度で救済されるかもしれないけど、それでもまだ自分たちが不遇だと思うのだけはやめてくれ。
日本人よりも不幸な在日外国人という存在を作ってプライドを回復するなんてケチなことはやめよう
在日外国人が不当に日本の利益を享受している~よりも大企業は巨大な資本があるからそれを運用して資本を増やしているのに税金を払う義務から逃れている~の方が楽しいよ
地主の子供に生まれたってだけで賃貸の収入で毎月いくら入ってくるのよ
れいわに鞍替えしたらさ そういうやつらもひっくるめて日本経済という船に一蓮托生で消費税ゼロという博打を打てるんだ
タイラーダーデンも「ワークアウトは自慰行為だ 真の男なら自己破壊をしろ」って言ってただろ
そして入れなかった他の奴らも一緒にさ、ただ金持ちの家に生まれた運動神経が良かった勉強ができた仕事ができたってやつらを消費税ゼロという自己破壊に巻き込んで全員で真の男になるんだ
🧠解説と注意点
在日外国人が犯罪率でやや高く見えるのは確かですが、差は大きくなく、犯罪全体に占める外国人の割合は少数です。
最も多い犯罪は窃盗などの軽微犯罪で、凶悪犯罪は非常にまれです。
外国人に対する警察の取締対応が厳しいため、摘発率が高めに出る可能性 もあり、必ずしも実態通りではありません
Injavi
。
✅結論
日本人と在日外国人を単純比較すると、外国人の犯罪率が若干高めではあるものの、大差はありません。
外国人犯罪の大半は窃盗など軽微なものであり、凶悪犯罪の頻度は低いです。
年齢構成や摘発バイアスなどを考慮すると、外国人が特別に犯罪を多く起こしているとは言えず、偏見に基づく断定は避けるべきです。
まず初めに断っておくと私は参政党支持者ではないし、排外主義者でもない。
中国人の友人もいるし、お付き合いしていた方もいる。
どちらかといえばリベラルに近い考えを持っていたし、世代ではないけれどブルーハーツの青空のような歌詞に共鳴してよく聞いていたこともある。
それでも、はっきりと言える。
日本は決して“日本人ファーストの国”ではない。それどころか「中国人ファースト」の国になっている。
なりつつあるのではなく、既にもうなっている。
つい先日都内の住宅街を歩いていると前から酔っ払いの外国人女性が突然殴りかかってきた。
女性であることはわかるが力士のような巨漢で、支離滅裂な言動で何語かも不明だが叫んでいる。
私は逃げようとしたが殴られると同時に押し倒され、そのまま髪の毛を捕まれ、何度も頭を地面に叩きつけられた。
手に持っていたスマホは投げ飛ばされ、バリバリに割れたスマホの画面から必死で110番を押して、近くのコンビニに助けを求めた。
しかし、店員の外国人は私を無視して押し返し、酔っ払いの仲間がコンビニまで迫ってきた。
警察が到着するまでの10分ほどは本当に殺されるかと思い、恐怖で手足が震えていた。
警察に後から聞くと、どうやら相手は中国人で泥酔状態だったらしい。
警察は特にその加害者を遠ざけることもなく、血まみれの私を見ながら「こんなことで110番しないでよ」と冷静に言った。
そして、警察官はまだ何か叫んでいる女性を拘束することなく、血まみれの私に対してこう言ったのだ。
ありえない。
私はただ路上で歩いていただけで、女性に触れることもなければ会話すらしていない。
しかし、中国人女性がそう言っているということで逮捕もせず、双方取り調べになった。
警察官はしきりに「中国人だから仕方ない、中国人はこの辺多いからよくあるんだよ」と取り調べ中にめんどくさそうに言い、
「中国人だから意味ないと思うよ。あなたが何も被害を訴えなければ、このまま収めるからどうする?」
しかし、警察署の中ではじめての取調室で警察官に反論できるわけもなく、血まみれの私が加害者扱い。
そして中国人女性は拘束を受けることもなく、そのまま釈放して帰宅したとのこと。
後日、何度も警察に被害届を提出したい旨を訴えるも一向に動かなかったため、弁護士から訴えたところ、ようやく半年経って防犯カメラの解析が始まった。
もちろん防犯カメラには一方的に暴行を受け頭を叩きつけられる私、猥褻行為などあるわけはないどころか、私は一切手すら触れてない状況がそのまま映っていた。
ちなみにその後はというと相手方からは私が中国人差別したからやったなどとまた虚偽の弁明があり、示談交渉をお願いされた。
拒否するつもりだったのだが警察は女性を不自然なまでに擁護し、担当の外国人犯罪専門の女性警察官から相手が反省してると私に連絡があった。
私は身内に警察、法曹関係者もいるのだが、通常警察や検察官が示談を勧めることなどは絶対にありえないと聞いていた。
ありえないはずのことが身に起きていた。
もしかしたら、たとえば警察が書類送検した際の書類などを検察官が見て、不起訴になる可能性が高いと判断したのかもしれない。
検察官がそのような姿勢であれば不起訴の可能性が高いということで、弁護士にも強く勧められたため弁護士費用のこともあり、泣く泣く示談することとなった。
これは東京の繁華街が近くにはあるものの、普通の住宅街での出来事である。
中国人がただのなんの落ち度もない一般市民に暴行し、中国人の出鱈目な嘘で逆に冤罪加害者にされそうになり、警察も検察官も、味方である弁護士ですら事件をまともに扱わない。
・中国人に殴られ
そんなの一部だけ、たまたまだと思われるかもしれない。
外国人犯罪は減っているというデータを持ち出して反論する人もいるかもしれない。
だが、それは不起訴・放置されるからカウントされないだけではないか?
警察官は「中国人は面倒」と本音をこぼし、事案そのものを畳もうとする。
だから、警察は捜査しても無駄な事件、中国人絡みの事案は重大事件でもない限り、できるだけ穏便に済ませたい。
中国人優遇というわけではなくとも、中国人ということが判明してからはずっとめんどくさそうな態度が続いていた。
めんどうだからと言ってこんな対応をし続けるなら、日本は「中国人には逆らうな」という無言の圧力を受けているのと同義である。
もちろん韓国人や他のインバウンド客、在日外国人にも問題を起こす人間はいるし、日本人だってそうだろう。
しかし、単なる住宅街で酔っ払っただけで普通の市民に暴力を振るい、酔いが覚めて示談交渉の段階になってもなお差別だなんだと叫び徹底的に自己弁護に走る人間がいる。
それが犯罪としてデータに残ることもないし、そういう人間と共存していかなければならない。
そういうデータに残らない無数の犯罪の多くは外国籍の人物によるものであり、その大部分が中国人であるというのは現場の警察官はよく理解している。
中国人は確実に日本を侵食し、特に近年は日本の大学、企業、生活に取り入り、文化や構造自体を徐々に壊し始めている。
少し前の話であるが、私が当時在籍していた大学にいつ頃からか目に見えて中国人留学生が増えていった。
そんなに簡単に入れる大学ではなく、入試も難しく日本では指折りのブランドのある大学ではあると思う。
同じ入試を受けて入っているはずなのにどういうルートなのか留学生の中でもダントツで中国人が増えてきたのだ。
しかし、何故か一切大学側は調査を進めることはなく、学生融資団体が調査をしたところ、
某海外有名大学出身であることも、日本の難関大出身であることすら全て虚偽であったのだ。
しかし、そのことは公表されることもなく、その教授によって招聘された多数の教員、学生もそのまま在籍を続けている。
これは無名大の話ではなく、日本の国家予算がふんだんに入った国会議員や総理大臣を多数輩出する伝統ある日本の有名大学での話である。
また転職して中途入社した某外資系企業にいたときは同期入社の半分が中国人で、プロジェクトチームの同僚10人中8人が中国人であった。
彼らは日本の有名私大を卒業し、日本にある外資系の大手企業に新卒や中途で入ってくる。
当時のプロジェクトでは日本の政府系システムの業務支援を扱っていたが、こんな国家の中枢に関わる事業を外資系企業、
しかも中身はほぼ中国人で構成されたチームで行っていいのかと疑問に思ったが、
少しでも中国人や外国人に対して口を出すことはリベラルな外資系大手企業では、重罪であった。
ちなみに日本人の上司の目の前で中国人の同僚同士が中国語で上司の悪口や日本をバカにする会話を普通にしていたこともある。
お付き合いしていた中国人女性いわく中国人は中国大好きだし、本気で習近平を崇拝しているし、日本を敵視しているのが普通らしい。
中国にずっといる中国人や旅行客は特にそうで、在日中国人のことをバカにしているし、日本人には考えつかないぐらい日本に対して偏見に満ちた憎悪を抱いている。
だから日本で生まれ育った彼女のような客観的に中国を見れる人間にとっては、日本のほうがよほど居心地が良いのだという。
多くの中国人はhypothetical enemyである国の構成員に他ならない。
そんな人たちが日本にわんさか訪れて、移住を進めているのが現在の日本だ。
しかもそんな日本を敵視して習近平を崇拝している中国人もわずか来日して5年経てば帰化して晴れて法律上正真正銘の日本人となる。
ある大手マスコミ関係の企業にいた頃は何故かだいたい部署に必ず一人ぐらいの割合で金さんや李さんがいた。
どちらかといえばリベラルな価値観を当時は抱いていたのでたいして疑問には感じてなかったが、よくよく考えると、
取引先の出版社やTV局にもやたら中国や韓国に偏った考えを持った人間が多かったように思う。
ネットのよくある陰謀論の類かと信じてなかったが、実際に自分が入社するとあまりの左寄りの姿勢や在日中国人の多さに驚いたぐらいだ。
差別や偏見はよくないと教育され、グローバル化に迎合することが是とされる社会においては、
高学歴や大手企業に入るような恵まれた環境に属するようになればなるほどリベラルな考え方が多くなるように、大学でも会社でも外国人と共存し、リベラルな価値観に囲まれてきた。
特に知的でありたいとする人間やコミュニティであるほどに保守的な思想や価値観はダサいし危険というやんわりとしたレッテルを貼られ、口に出すことすら日常でタブー視される。
LGBTへの容認やグローバリズムに対する賛同などリベラルな思想はどんどん口に出すし、そのような姿勢に対する同調圧力も蔓延している。
固有名詞はあまり出したくないが東大や早慶のようなブランド大学になればなるほど、特に内部にいると中国人留学生に対して驚くほど寛容なシーン、
アファーマティブ・アクションという名の優遇を目にすることとなるし、現在一昔前に比べて異常なほどこれらの大学に中国人は多い。
大学でも企業でも今日本にいる中国人ははっきりいって逆差別と言えるぐらい優遇を受けている。
しかし、やはり日本人をバカにし、日本の文化を破壊し、日本人を見下し暴力を振るうような連中と共存なんてできるわけがないだろう。
まだ手遅れではないという政治家もいるが、私はもう手遅れではないかと思う。
もう日本にやってくる中国人は心底日本をバカにし、見下していている。
インバウンド景気などという政治家もいるが、実態として今来ている中国からの旅行客の大半は安いから来ているだけだ。
実際に高級ホテルには中国人客は皆無と言っていいほどおらず、ドンキやドラックストアに溜まり、安いビジネスホテルに大量に押し寄せている。
彼らの一人は日本人でいっぱいの満員電車を見て中国語で差別的な言葉でこう言っていた。
中には日本に対して友好的な考えを持っている一部の人間もいるが彼らがどれだけ日本人を嫌い、敵対しているか。
これは中国人と日頃から仕事やプライベートで接していればよくわかることだ。
上野や浅草には中国人専用のクラブや飲食店が多数あり、日本なのに日本人が入れない 禁足地が都内には激増している。
電車で中国人家族が叫び散らかそうとも、スーツケースを座席に山積みしようとも、めんどくさがって駅員も注意はしない。
日本の国家システムを扱う重要プロジェクトの多くが外資系企業に業務委託され、プロジェクトメンバーの大半が中国人であっても政府は気にも留めない。
日本の民法キー局や三大出版社に多数の中国人がいて重要なポジションについていても、誰も問題視はしない(既に数十年と続いた文化なので、本来注意する側も同族だったりする)
日本人が路上で暴力を振るわれても警察も検察もまともに扱わないし、不起訴になるので結果として外国人犯罪は激減している。(数字上)
リベラルがどうとかもはや関係なく、中国人に対する規制は必要だと思う。
けれど、もう手遅れだ。
日本人ファーストという普通のことを言っただけで、過剰なまでに叩かれる。(アメリカでもフランスでも海外で自国ファーストを唱える政党は与党であるし、極めて普通のことだ)
中国語を覚え、中国人とともに難関大学の受験を潜り抜け、中国人と共に学び、中国人と共に日本の国家機密を扱い、中国人と共に日本の悪口を言いながら仲良くなり、中国人とともに日本を貶めるために働き、
私はこれからも生きていくために同僚の中国人と日本人から金を搾取するゲームや日本の根幹に関わる国家システムを扱うだろう。
中国人差別なんて絶対に許さないという顔をして、たとえ路上で突然殴ら顔面を打ち付けられて殺されそうになっても、中国人店員に助けを求めて無視されても、にこやかに示談に応じるだろう。
「日本共産党はいまだに共産主義を標榜しており暴力革命を放棄してない!」という批判がいかに馬鹿げているか。
ちょい上の世代をつつくとガチ共産党員がまだご存命でいらっしゃるが、これほど形骸化している悲しい世代はない。
さらにその下の世代、不破時代を生きた今の幹部クラスね、なんだか共産主義にロマンを感じてて、これもどうだかなあと。
結局のところ、日本共産党は今のユルユル左派に落ち着くべくして落ち着いた。
そういう現状をまったく知らないフリをして「立憲共産党!」とか言うんだよね批判する人は。それがどれほど無意味かというね。
「共産党!」にアレルギーを持っている人がいると思っているという、これもこれで悲しい世代なんだよねえ。
日本にリベラルがない、とはよく言われるのはその通りで、第一、自民党がだいぶリベラル寄りで、
幸いにも我々日本は戦争もせずに来たわけよね自民党のおかげ様でね。
はっきり言うと、政権を運営するという点においては、自民党以外は断然シロウトで、自民党にまかせとけば良いのよ基本は。
これ、俺より上の世代の大半がそんな気分だったと思うよ、昭和平成の長い間。
ところが任せとくと勝手なことやるよなあ。自分のケツも拭かずに何がミソギだっつーのよ。
結果、政策よりも、そういう質の不満の方が溜まって現在に至っているというね。
政策とかさ、見比べたところでさほど変わらないよ。
消費税ゼロにもならないし、原発ゼロにもならないし、在日外国人もゼロにはならない。悲観じゃなくて、妥協ね。
だからさ、きちんと自民党に文句垂れる人や政党がいいと思うんだな。あんなくだらない呆れることに文句言うのもエネルギー使うだろ。
それをやってもらいましょうということ。