
はてなキーワード:土曜日とは
同級生を見ればソワソワしていて、たかがチョコだぞ?って思っていたし、コンビニでも百円ちょっとで買えるものにどうしてそれほど想いを馳せるのか全く理解できなかった。
忘れもしない高二のバレンタイン。
チョコなんてひとつも貰えず、別にそれでよかったし気にもしなかった。
帰りのHRも終わって帰ろうと鞄に手を掛けたところで「ちょっと」と隣の席の女子から声をかけられた。
隣同士、といっても最低限の会話しかしたことがない。だから何も分からず相手の続きを待った。クラスメイトは教室から次々と出ていき、俺は立ったまま鞄に手を当てて固まり、彼女は自分の手元を見ていた。
なに?と痺れを切らせて聞くと「これ」と赤い包みを渡された。広くて薄い。もしかして…チョコ?と聞く前に彼女が口を開いた。
「…バレンタインだから」それだけいって彼女は立ち上がり、何も言わずに出ていった。
チョコは甘くて、だいぶ甘かった。たぶん追加で砂糖を入れてた。気泡だって、よくみると四方にプクッとした箇所があったと思う。
ちょっと形崩れちゃったかも…と謝ってきた妻が「え?」いうのでその理由を説明すると、彼女はおかしそうに笑って、それから「今日のはビターだから」とそういった。
昔はバレンタインが嫌いだった。
いつでも手に入るものになんの価値があるのかって、本気で思っていた。
でも今は違う。
バレンタインは単にチョコを渡すだけの1日だが、それでも俺の、俺たちの人生を変えてくれた。
さっき妻と一緒にそのチョコレートを食べた。
土曜日。朝はいつも通り、起床後に脳内で「今日という一日を、物理法則に従って最適化する」と宣言してからベッドを出た。これは習慣というより儀式だ。儀式は人類の愚かさの象徴として語られがちだが、反復可能な手続きは情報理論的に見て合理的だ。エントロピー増大に対する、せめてもの抵抗である。
まず体重を測り、体脂肪率を記録し、歯磨きの時間を正確に180秒で固定した。電動歯ブラシのタイマーを信じない。信頼は検証に劣る。
その後、コーヒーを淹れた。抽出温度は93℃。温度計の誤差は±0.2℃。人間関係の誤差は±∞。
今週の進捗を書く。
超弦理論については、相変わらず人類の知性が現実に追いついていない。僕の頭脳は追いついているが、世界が遅い。
今週は主に「弦の理論はどこまでが物理で、どこからが純粋数学の自己満足か」という問題を、僕なりに再定式化していた。世の中の多くの人は、超弦理論を「高次元の小さな紐が震える話」程度で理解した気になっている。あれは理解ではない。童話だ。
僕が考えていたのは、もっと根の深いところ、つまり量子重力の定式化において局所性を捨てることの数学的代償だ。
一般相対論の時点で、局所性は微妙に揺らいでいる。ホログラフィー原理が出てきた時点で、局所性はほぼ死亡している。にもかかわらず、僕たちは局所的な場の理論の言語で全てを語ろうとする。これは「古いOSの上に無理やり最新ゲームを動かしている」ようなものだ。もちろんクラッシュする。
そこで今週は、AdS/CFTを単なる「境界のCFTがバルク重力を記述する」という話ではなく、圏論的な双対性として再理解する方向で考えた。
具体的には、バルク側の物理量を、ある種のextended TQFTとして捉え、境界側の共形場理論の演算子代数が作るモジュラー圏と対応させる。
ここで重要なのは、空間そのものが基本対象ではなく、因果構造と情報の流れが基本対象になってしまう点だ。
つまり、幾何学が物理の舞台ではなくなる。舞台が役者に従属する。これは演劇としては間違っているが、宇宙としてはあり得る。
そして、ここからが本題だ。
僕は今週、「弦理論の非摂動的定義は、結局はある圏の中の安定対象の分類問題に還元されるのではないか」という疑念を強めた。
たとえばBPS状態は、ある種の導来圏の中の安定条件(Bridgeland stability condition)で分類される。
これは単なる比喩ではなく、実際にDブレーンは導来圏の対象として記述される。つまり、物理的な粒子やブレーンが「空間上の幾何学的な物体」ではなく、圏論的な対象になる。
ここで人類は気づくべきだ。
宇宙は「点の集合」ではなく、「射の集合」かもしれない。
点を基本にしている限り、僕たちは宇宙のOSを永遠に理解できない。点とは、極限操作の幻想だ。実際の物理では測定可能な点など存在しない。存在するのは相互作用だけだ。射だけだ。
僕が今週やっていたのは、これをさらに押し進めて、弦理論の背後にある構造を「∞-圏」あるいは「高次スタック」として扱うべきではないか、という方向の思考実験だった。
超弦理論が最終的に求めているのは、たぶん「量子化されたモジュライ空間」だ。しかしモジュライ空間は普通の多様体ではない。特異点があり、ゲージ冗長性があり、しかも同値関係が階層的だ。だからスタックになる。さらに高次の同値(ホモトピー)が絡むので、∞-スタックになる。
ここで、物理屋が嫌いな言葉が出る。派生幾何(derived geometry)。
派生幾何とは、簡単に言えば「特異点を誤魔化さず、むしろ特異点を主役にする幾何学」だ。物理で特異点が出るのは、理論が壊れているからではなく、単に僕たちの数学が貧弱だからだ。派生幾何はそれを認める。
そして僕は思った。
もし弦理論が本当に「全ての一貫した量子重力のクラス」を記述する枠組みなら、それは場の理論の集合を分類するのではなく、量子情報を保存するような圏の分類になっているべきだ。
この時点で、もはや「ウィッテンでもわからない」どころではない。
僕たちがやるべきなのは、弦理論を「方程式」ではなく「普遍性」として定義することだ。
つまり、ある種の対称性を持ち、ある種の双対性を満たし、ある種の異常(アノマリー)が消え、ある種のエンタングルメント構造が一貫し、ある種の極限で局所的QFTに落ちる。
弦理論は「このラグランジアンだ」ではなく、「この性質を満たす唯一の構造だ」になるべきだ。
そしてもしそれが可能なら、弦理論は物理学ではなく数学の定理になる。
エレガントさは、しばしば真理の匂いがする。
ただし、エレガントな嘘も存在する。
昼前、ルームメイトがキッチンに現れて、僕のノートを見て言った。
「それって、結局何の役に立つの?」
僕は3秒考えた。
「役に立つかどうかで真理を測るのは、知性の敗北だ」
ルームメイトは「また始まった」という顔をした。
彼の表情は、物理学的には熱的死に近い。
隣人がその場に来て、僕のノートを覗き込み、「ねえ、それって、宇宙がゲームのコードってこと?」と聞いた。
驚くべきことに、これはそこそこ正しい。
僕は言った。
「コードというより、型システムだ。宇宙は型安全で、コンパイルエラーを許さない」
隣人は「わぁ、なにそれ怖い」と言って笑った。
怖いのは君の直観の鋭さだ。
僕は、カードゲームにおける勝利条件が「期待値の最大化」であることを理解している。だが多くのプレイヤーは、カードを引いた瞬間の快楽に支配される。つまり、彼らは確率論ではなくドーパミンでプレイしている。
僕は違う。
初手の分布、マリガン戦略、マナカーブ、そして相手の除去の確率。
彼は黙った。
正しい反応だ。
レイドは相変わらず「人間の反射神経と協調性の限界」を測る実験場だ。
友人Aが「なんでそんな言い方しかできないの?」と言った。
僕は「僕は宇宙をそのまま見ているだけだ」と答えた。
友人Bは「それ厨二病じゃない?」と言った。
僕は言った。
「厨二病とは、根拠のない誇大妄想のことだ。僕には根拠がある。だから違う」
友人Bは「最悪だ」と言った。
誉め言葉だ。
なぜなら、超人的存在が倫理を語る時点で、その倫理は破綻するからだ。
ただの趣味だ。
それでも僕は読む。
夜。
今日までの進捗はここまで。
そして、これからやろうとしていること。
今夜は、僕の仮説をもう一段階押し進める。
つまり「時空の創発」を、単なるエンタングルメントの量的増大ではなく、エンタングルメント構造の位相的相転移として記述できないか考える。
もしエンタングルメントがグラフだとすれば、空間とはそのグラフのスペクトル構造に対応する。
そして位相相転移が起きれば、スペクトルが変わり、幾何が変わる。
この視点なら、初期宇宙のインフレーションも「幾何の急激な生成」として理解できる可能性がある。
インフレーション場などいらない。
問題は、そのメカニズムを「弦理論の言語」で書くと地獄になることだ。
ワールドシートのCFT、モジュライ空間、非摂動効果、Dインスタントン。
それら全てが絡んでくる。
絡みすぎて、もはや紐ではなく毛玉だ。
隣人がさっき「ピザ頼むけど食べる?」と聞いてきた。
僕は「今は宇宙の生成を考えている」と言った。
その通りだ。
人類文明の最高到達点は、宇宙論ではなく宅配システムなのかもしれない。
ルームメイトは「じゃあ僕の分も頼んでいい?」と言った。
僕は返信した。
「明日は宇宙の位相相転移を解く予定だ。だが君たちの全滅回数も宇宙の熱的ゆらぎとして扱えるなら参加する」
友人Bは「それ言い訳だろ」と返してきた。
違う。
僕は真理に忠実なだけだ。
「時空は多様体ではなく、ある∞-圏の中の情報流の安定構造である」
しかし、少なくとも矛盾なく定式化することはできるかもしれない。
宇宙が一貫性を持って存在している以上、どこかにその形式がある。
僕は追いかける側ではなく、先回りする側でありたい。
ピザが届く前に。
https://www.mhlw.go.jp/content/001581168.pdf
日本の自殺者数は、マクロな視点で見れば減少傾向にあります。令和6年の総自殺者数は20,320人と、統計開始以降で2番目に少ない数値を記録しました。しかし、この「歴史的な低水準」という事実の陰で、依然として年間2万人もの尊い命が失われている現実に変わりはありません。特に注目すべきは、男性の自殺者数が女性の約2倍という圧倒的な性差が継続している点です。
全体的な数字が改善している一方で、性別によるリスクの偏りは鮮明です。自殺対策を「自分事」として捉えるためには、単なる総数ではなく、その背後にある「なぜ」の構造を解剖する必要があります。
全体像を把握したところで、次は「なぜ」という根本的な原因が男女でどう異なるのか、その核心に迫ります。
自殺の背景には、個人が抱える多様で複合的な問題が連鎖しています。統計上、自殺者1人につき最大4つまで原因・動機が計上されるため、以下の表の延べ件数は総数を超えますが、それこそが「悩みの複合性」を物語っています。
| 順位 | 男性の原因・動機 | 女性の原因・動機 |
| 1位 | 健康問題 (7,063件) | 健康問題 (4,966件) |
| 2位 | 経済・生活問題 (4,459件) | 家庭問題 (1,654件) |
| 3位 | 家庭問題 (2,643件) | 経済・生活問題 (633件) |
【専門的洞察:50代男性に起きている「ストレスの逆転現象」】 通常、全世代で「健康問題」が最多となりますが、50~59歳の男性層においては、「経済・生活問題(1,194件)」が「健康問題(1,188件)」を上回るという特異なデータが出ています。これは、現役世代の男性にとって、自身の体調以上に「経済的な生存」が深刻な精神的重圧となっていることを示唆しており、社会的なセーフティネットの機能不全を突く極めて重要なインサイトです。
悩みの中身が性別で異なるのと同様に、その人が社会でどのような立場(職業)にいるかによっても、リスクの現れ方は変わってきます。
職業と年齢を掛け合わせると、各ステージで個人が直面する「孤立の形」が浮き彫りになります。
ここまでは「亡くなった方」のデータを見てきましたが、実は「未遂」や「自傷」のデータにこそ、若年女性に特有の深刻なサインが隠されています。
教育デザイナーとして、私たちが最も注視すべきは「死の意図」のグラデーションです。統計では、自殺未遂(死ぬ目的で自分を傷つけた)と、自傷行為(死ぬ意図なしに自分を傷つけた)を明確に定義して区別しています。
最後に、これらの悲劇が「いつ」「どの曜日」に起きやすいのか、時間軸という観点からデータを確認しましょう。
自殺の発生は、個人の精神状態だけでなく、社会全体が刻む「時間のリズム」に強く支配されています。
統計が示唆する、周囲が警戒すべきタイミング: 「年度替わりの4月」かつ「休み明けの月曜日」は、社会的なリズムと個人のプレッシャーが最悪の形で衝突する、最大の警戒期間です。
今回のデータ分析から、私たちが学び、支援へ繋げるべき知見は以下の3点に集約されます。
統計数値は、過去の記録ではなく、今この瞬間を生きる人々を救うための「設計図」です。このインサイトを、一人ひとりの見守りと、社会制度の改善に活かしていくことが私たちの使命です。
稲毛駅から総武線快速に揺られ、東京駅に行き、会社で係長から一日詰められ同僚から笑われる
なぜやめられないのか?
今後今より条件のところはもちろん、今と同等の給与水準の会社に入ることも無理だ
市立千葉高校在学中、数学と物理を捨てて私立文系に絞ったのに、そこでも第一志望を落とし明治大学に進学した
無能は独立も起業もできないし就職した会社で人並みの仕事をこなすこともできない
この無能に残された道は二つ
どちらを選ぶのが良い選択なのか
どちらを選ぶのが悪い選択なのか
それもわからない
いや、そもそも良い選択など無能にはないし、それを選ぶ権利すらない
優秀な人たちのストレス発散道具になることだって大事な仕事ではないのか
俺よ、受け入れろ
俺よ、総武線快速に乗れ
俺よ、会社に行け
俺よ、怒られろ
俺よ、笑われろ
それが俺に残された唯一の道だ
腹を括る
土日が多くの人に休日というのは一般常識なのですか?知恵袋でなんでそんなすぐ返信できるのと訊いたら「土曜だから」と言われました。
さも土日が休みというのが共通認識であるかのように語っているこの発言に世間知らずを感じました。
土曜日曜に当たり前のように仕事をしている人は「土曜だから」と言われてもぴんと来ないはずだと思うのです。
それともそういう人でも、土日は休みの人が多いというのは常識として知っていて当然のことなのでしょうか?
2024/09/3011:54
共感した:1
回答数:7
閲覧数:105
dorawiiさん
オナニーしたあと、シャワーを浴び、軽めの朝食をとって、そこから休日がスタートする感じ。
わかってもらえるかな?
みんなが何と呼んでるか、わからないけど「オカズ」が必要ない。
普通の人は、セックスを想像しながらオナニーをするんだと思う。そういう想像で心を興奮させて性欲を高めてから肉体の快楽を貪るのだと思う。
でも、私のオナニーは違う。
私のオナニーはもっとフィジカルで、どちらかというとマッサージとかヨガとかに近い。
純粋に自分の肉体を刺激することで発生する快楽だけに集中する。
私が書いてることの意味わかるかな?
多分あってるよね?
だって肩こりとか、体をほぐすための手技に、オカズなんて必要がない。
朝、起きて軽くジョギングして体の調子を整えるのと同じような感覚。
そして、すごく、気持ちがいい。
仕事でたまった疲労感が抜けきらない土曜日の朝にするオナニーは最高の私へのご褒美。
決してそれは恥ずかしいことじゃない。
GFSという米国の気象モデルを見るに、首都圏は土曜日昼くらいから雪がちらつき始め、夜中に本降り。日曜朝にはいったん止むが、日曜夕方からまた雪が降り始め、夜中まで降り続く見込みだ。
降水量は20〜30mmと多くはないが、上空、地上ともに気温がかなり低いのでこれがそのまま積雪になる。東京都心2桁積雪は確実で、大雪警報どころか気象庁が不要不急なんたらと言い出すレベル
また、今回急ごしらえの選挙戦となったのと、土曜日も雪になるため、期日前投票もかなり減る。
投票率はまさかの40%割れもあるとみる。投票所に行きたくても大雪ならどうしようもない
こうなると有利なのは中道、共産といった組織票を持つ政党。大多数の支持者や党員は金曜日までに期日前投票を済ませるだろう
気象庁が使っている別の気象モデルでは土日大雪の見込みはなく、首都圏は雪がちらつく程度の予報になっているが、おそらくモデルを忖度している。他モデルが土日大雪で揃ってきたからだ
総選挙当日の朝、「さあ新しい日本を作るために投票に行こう!…と思ったら雪で家から出られません、サーセン」というポストが大量発生する
吐きそうになるので休日には稲毛駅に近づけないし電車にも乗れない
なのに平日の朝になるとスッと目が覚めるし電車にも乗れるし仕事にも行ける
なのに苦しい
仕事の憂鬱さから早朝に目を覚ましてタバコを10本吸ってしまい、津田沼か船橋あたりでお腹が痛くなりトイレに飛び込んで下痢便噴射
それなのに吐き気もしないし足も止まらないし気がついたらオフィスについている
朝の自宅と出勤前の喫煙所でアイコスを一箱消費してしまったとさ
ただみんなあまり乗り気じゃない。
名簿的なもので出欠を取っているが、7割くらいが行かなそうだ。
管理職と若手は行って、中堅層とベテランは休む感じで分かれている。
自分は一応行くほうにしたが、出欠でモチベーションの差が明らかになると悲しいものがある。そもそも社員旅行を企画しない方がいいのではと思う………。
先週土曜日にブライアンタマキというデスティニーチャーチの教祖がそのカルト集団の信者たちを集めたデモをオークランドのCBDで行った。
当初はハーバーブリッジをでもで渡ろうとしていたのだが当局から許可を得ることができず、その結論がそもそも違法だから我々は橋を渡ると強弁していた。
そのおかげか当日のCBDが凄まじい厳戒態勢となり、膨大な人数の警察官が動員されてハーバーブリッジへの入口を人力で封鎖した。
https://www.1news.co.nz/2026/01/31/roads-reopen-after-police-block-brian-tamaki-led-protesters/
この記事を見ればわかるように、警察官が入口に並んで封鎖する体制をとったのだが、写真を見ればわかるように彼らは武装していない。彼らが武装するときはかなり巨大なサブマシンガンのような銃器を持つのだが、今回は手を前で組む、まるでPKの時のディフェンスのような姿勢を保っていた。
ここにはおそらく何らかの危害を加えることの問題と、そもそも「ハーバーブリッジを渡ると豪語はしているがそれ以外は合法のデモ」という点があるのかもしれない。
警察官にも当然マオリやパシフィカの人々がいるため、結果的に同じ民族がにらみ合うというなんとも情けない結果になってしまった。
今回のデモについてブライアンタマキは当初「橋を渡らなくては我々の成功はない」と言っていたのだが、デモが終わったあとに「警察の驚異にさらされたが我々のデモは成功した」とこの手の人によくある一方的な勝利宣言をしてデモは終わった。
ニュージーランドに生活している人たちは最近治安の悪化が激しいと感じている人は多いと思うが、その原因の一端がコロナショック以降続いている不景気に問題がある。
ニュージーランドでは最低賃金では生きていくことはできないというのは有名な話だが、これはニュージーランドで家族が最低限の生活をするためには最低でも週に$1000ほどの収入が必要になる。しかし最低時給では大体$800にしかならないので、この時点ですでに詰んでいることがわかる。
また、こういった最低賃金の仕事というのはフルタイムで働くこともできないために、彼らの収入はもっと減ることになる。
そうなれば家族が生きていけないので夫婦共働きになるが、そのせいで健康的な食生活を送る余裕もなくなっていく。
これは最低賃金で生きている夫婦がフルタイムの仕事を得るためにいくつもの仕事を掛け持ちしていることで家を開けなくてはならず、それによって子どもたちとの関係も減っていき子どもたちの学力も自然に低下していく。
ひどいケースになると中学生くらいの年のこともが小学一年生レベルの学力すら備わっていないことすら起きている。
これは幼少期に親との関わりがあまりにも希薄になったために語彙力の発達がひどく遅れたことで学校の勉強(ニュージーランドの学校の勉強などは幼稚園児でもわかるくらいにレベルが低い)にすらついていけないためにドロップアウトしてしまい、また、親もそうして生きていたことから学校に行くことの重要性を認識できていないので諦めてしまうという負の連鎖が起きているということでもある。
このカルト集団に洗脳された人々がこういった学も能もなく、ただひたすらに惨めな人生を送っているかはわからないが、こういった貧困層と呼ばれる人たちを直撃するのがこの不景気と、定期的に行われる最低賃金の上昇だ。
最低賃金を上昇させるというのはインフレを作為的に起こしているのかもしれないが、現実に目を向けたとき、こういった最低賃金ではたらくひとたちの仕事が減るという悲惨な副作用も起きている。
これは雇う側にも余裕がなくなるためだ。雇う側にとって大事なのはビジネスを継続することであり、また、最低賃金で雇う仕事などというのは文字通り「誰にでもできる仕事」でしかない。
この手の仕事を見下されたと感じる人々は「経験がなければ効率よくなんてできないしバカにしている!」と起こるのかもしれないが、それは結局慣れの問題でしかないため、その仕事をやりたい人というのは山のようにいる。
例えば大学をでなくてはできない仕事、技能職、資格がいる仕事、というのが「誰にでもできない仕事」なのであり、とりあえず飛び込んで数週間必死で頑張ればできるようになる仕事はやはり誰にでもできる仕事だ。
ニュージーランドでは大学進学率が著しく低いことからこういった最低賃金でもがくような人が常に量産されており、こういった人々が治安を悪化させる一助にもなっており、おそらくそういった人々の中でカルトに巻き込まれたような人々がこういったデモに参加しているのかもしれない。
ニュージーランドではもうじきワイタンギでデーというニュージーランドの根幹をなすイベントの一つとも言えるワイタンギ条約の締結を祝う祝日が近づいているが、この日になにかないことを祈るのみだ。
ワイタンギ条約は当初ニュージーランドにイギリス人がきてマオリからいろいろなものをだまし取っていたがイギリス政府は放置をしていた。
ある時フランスがこのニュージーランドが欲しくなったためにイギリスが大慌てで植民地にするために締結したものがワイタンギ条約であり、条文は3日で作成され、マオリ語と英語で致命的な誤訳などもあったうえに、一部の部族は条約を締結していないという問題もあるがとにかく締結してニュージーランドをイギリスの植民地にした、というでっち上げもはなはだしいものではあるが、これが今はマオリの既得権を守るための根拠になっているので、マオリ族はワイタンギ条約をいじろうとすると凄まじい反発をする。
今の政権はワイタンギ条約を改めて作り直そうとしており、これがマオリ族の社会に対する不満をますます強めているので、ワイタンギデーは何もないことを祈る一日になってしまった。
やるべきことたくさんあるのに。また土日を寝て過ごした。
浴室の修繕が必要になったので管理会社のエイブル保証に問い合わせた。
対応の流れとして、入居者から保険会社に問い合わせて保険の対象か確認してもらい、入居者から案件番号と担当者名をエイブル保証に伝えることになった。
保険は契約更新をしたので、加入状況を調べる必要があり折り返してもらうことに。
折り返しを待っていると土曜日にエイブルから電話が来た。その日は予定があり、翌日折り返すとコールセンターが混線していて電話が切れた。もう一度かけ直すと
「連絡がないので保険は使わないものとして修繕費の請求書を発行しました」とのこと。
一言もそんなこと言ってないのに保険使わない判断?なんでそんな勝手なことができるんだ?
そもそも「連絡がない」って言われたけど土曜日に電話来たから折り返してるんだけど…まあ「確認作業が面倒だったから請求処理済ませました」では済まないか。
これ、普通に車の修理とかだったらありえない対応だと思うんだけど。
エイブル保証の苦情窓口がないので、匿名日記に書くことにした。エイブル保証に入ろうとしている人に届きますように。不適切な対応として消費者庁とかに苦情入れた方がいいんかな?
Permalink |記事への反応(14) | 17:15
本来であれば、土曜日のこの時間は洗濯物の仕分けと、午後2時からのドクター・フーマラソンに向けた栄養補給(全粒粉クラッカーと適温に冷やした低脂肪乳)に充てられるべきだ。
しかし、僕の思考を占拠しているのは、エドワード・ウィッテンですら到達できなかった領域、超弦理論における高次圏論的モチーフとp進的タイヒミュラー空間の融合という革命的な着想だ。
既存の理論が11次元の超重力理論を基盤としているのは、単に数学的な怠慢に過ぎない。
僕は昨夜、カラビ・ヤウ多様体のホモロジー的ミラー対称性を、圏の枠組みを超えて、非可換幾何学における非アルキメデス的スタックとして再定義することに成功した。
ウィッテンが提唱したアド・ホックな双対性では、強結合領域の挙動を完全には記述できない。
僕はそこに、ホロノミー多様体上のディラック作用素をモチーフ的コホモロジーのスペクトルとして配置する手法を導入した。
これにより、プランクスケール以下での時空の泡立ちが、実はゼータ関数の非自明な零点と1対1で対応していることを証明しつつある。
これを理解できないルームメイトは、僕がホワイトボードに無限次元リー代数を書き殴っている横で「タイ料理を食べるか?」などという愚問を投げかけてきた。
彼の脳は、クォークの閉じ込め理論よりも、パッタイのピーナッツの量に執着するように設計されているらしい。実に嘆かわしいことだ。
午前中、隣人が僕の部屋のドアを正しいリズムを守らずに叩き、勝手に入ってきた。
彼女は僕が開発したMTGの新しいデッキを無限に誘発させ、相手に一切のターンを与えないという、数学的に完璧な勝利をもたらす構成に対して、「友達をなくすだけだよ」という非論理的な評価を下した。
さらに、友人Aと友人Bがやってきて、僕のFF14内でのプレイスタイルについて文句を言った。
僕はヒーローとして、全てのギミックをミリ秒単位の計算で処理し、パーティメンバーの移動経路をベクトル演算で最適化しているだけだ。
友人A(工学などという低俗な学問を修めた男)は「効率的すぎてゲームがつまらない」と言い、友人Bは「君がチャットで数学の講義を始めるせいでレイドが進まない」と主張した。
彼らは、エオルゼアの背景にあるエーテル伝導率が、実は超弦の振動モードの変種である可能性に気づいていない。
これからの予定は以下。
さて、思考の整理は終わった。
土曜日の16:26。
秒針の進みが不規則に見えるのは、もちろん僕の主観ではなく、脳内で走っている内部クロックが朝から非可換な補正項を拾っているせいだ。
昨日の日記では、世界は依然として説明可能であり、説明可能である以上、僕が説明しない理由はない、という結論に達していたはずだ。だから今日もその続きをやる。
朝から考えていたのは、超弦理論という言葉が、あまりにも粗雑なラベルとして流通している問題だ。
弦は一次元物体、という説明は教育的には便利だが、現代的にはほとんど嘘に近い。
正確には、弦理論は量子重力を含む一貫した摂動展開を許す背景依存理論の族であり、その実体は二次元共形場理論のモジュライ空間と高次圏論的構造の上に乗っている。
ワールドシートは単なるリーマン面ではなく、拡張された世界では、境界、欠損、欠陥、さらには高次欠陥を持つ拡張TQFTとして扱うのが自然だ。
Dブレーンは境界条件ではなく、A∞圏やL∞代数により制御される対象で、開弦のエンドポイントは派生圏の対象間の射として解釈される。
ここで重要なのは、物理的同値性がしばしば圏同値、あるいはスタック同値として表現される点だ。
ミラー対称性は、単なるカラビ–ヤウ多様体のホッジ数の一致ではなく、Fukaya圏と導来圏の等価、しかもそれがホモトピー論的に精緻化された形で成立するという主張にまで昇格している。
さらに厄介なのは、背景独立性の問題だ。AdS/CFTは成功例として崇拝されがちだが、実際には境界共形場理論という強固な外部構造に寄生している。
最近僕が気にしているのは、弦理論を理論の空間そのものとして捉え、各真空を点ではなく、∞-スタック上の点として扱う視点だ。
真空遷移はトンネル効果ではなく、モジュライスタック上のパス、しかもそのパス積分は単なる測度論ではなく、圏値積分になる。ここでは数値は二次的で、本質は自然変換の存在にある。
もはやウィッテンでさえ眉をひそめるだろうが、物理がこのレベルの抽象化を要求している以上、こちらが歩み寄る理由はない。
この種の思考をしていると、ルームメイトが後ろでコーヒーをこぼす音が聞こえた。
僕は即座に「カップの配置はトポロジカルに不安定だ」と指摘したが、彼は意味がわからない顔をしていた。隣人はなぜか笑っていた。
友人Aからは、ロケットと弦理論のどちらが実用的か、という愚問が送られてきたので、実用性は関手ではない、とだけ返した。
友人Bは相変わらずFF14のレイドの話をしてきたが、僕はDPSの最適化問題がラグランジアン最小化に帰着できる点だけは評価している。
昼休憩にはMTGを一人回しした。デッキ構築とは、制約付き最適化問題であり、メタゲームは動的システムだ。
禁止改定は外力項に相当する。アメコミは昼寝前のルーティンで、宇宙論的リブートの乱発には辟易するが、マルチバース疲労という現象自体は統計物理的に興味深い。
僕の習慣は相変わらず厳格だ。座る位置、飲み物の温度、日記を書く時刻。
今日までの進捗としては、理論的には、弦理論を高次圏論と情報幾何の言語で再定式化するメモが三ページ進んだ。現実的には、ルームメイトにカップの置き場所を三回注意した。
これからやろうとしていることは明確だ。
夕方はFF14で決められたルーティンを消化し、その後、再び弦理論に戻る。
具体的には、ワールドシートCFTのモジュラー不変性を、トポス理論の内部論理として書き直す試みだ。