
はてなキーワード:固定費とは
Xで見かけたので自分も書いてみる。ボーナスはない(年収÷12がそのまま月収)で、手取りは31万です。大学中退で30代前半。
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| 生活の固定費 | 58,500 |
| 家賃 | 40,000 |
| 光熱水費 | 7,000 |
| 通信費 | 6,500 |
| 洗濯代 | 3,000 |
| 日用品 | 2,000 |
杉並区で湯船もなければ洗濯機置き場もない狭いワンルーム。「快適な暮らし」には程遠いけど、寝て起きて+αができるスペースって考えたら安い……と思う。
ガス乾燥機つきのコインランドリーが徒歩1分なのはありがたい。洗濯代が3年で10万超えるけど、洗濯機の買い替えとか処分とか考えなくていいのは楽だよね。
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| 食べるもの | 27,000 |
| 食費 | 18,000 |
| 外食費 | 9,000 |
朝:フルグラ
夜:パックご飯 + 値引きの惣菜 + 週に2回ぐらいでカット野菜のサラダ
本当は自炊がいいんだろうけど、ホテル備え付けサイズの小さい冷蔵庫だから買いだめも作り置きもできないから正直厳しい。
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| 交際費 | 10,500 |
| 交際費 | 8,000 |
| 交通費 | 2,500 |
こっちに知り合いがいないから交際費は発生しないはずだったけど、地元に帰ったときorこっちに誰か来たときに飲みに行ったりするから月あたりだとこれぐらいになるっぽい。
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| 実家関連 | 29,100 |
| 帰省費 | 5,000 |
| 仕送り | 20,000 |
| サブスク(家族用) | 4,100 |
サブスクは実家の母とおばあちゃんのためにU-NEXTとYouTube Premiumファミリープランの2つ。変な動画や広告(マイルドな表現)を避けるため費用として仕方ない気がする。
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| 保険・医療 | 14,000 |
| 保険料 | 11,000 |
| 医療費 | 3,000 |
保険は都民共済にしてもっと安くしても良い気がするけど、親を安心させる手数料って考えたらこれでもいいのかなって思ってる。
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| 身だしなみ | 2,000 |
| 服 | 2,000 |
臭ったりヨレたりするのは論外なのはさすがにわかるからその前に捨てて買い替えてるけど、おしゃれどころかオフィスカジュアルも正直よくわからん。
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| 返済・税金 | 38,000 |
| 奨学金返済 | 18,000 |
| 年金追納 | 16,000 |
| ふるさと納税 | 4,000 |
奨学金は残り260万円もある。一種と二種を最大まで借りたのに留年したあげく結局中退したからマジでアホ。
年金の追納は120万ぐらい。ちょこっと繰り上げ返済したけど積立NISAやるなら繰り上げ返済せずに追納期間ギリギリまで引き延ばせば良かったと思う。
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| 積立 | |
| NISA | 50,000 |
| マッチング拠出 | 20,000 |
会社が出してくれてる確定拠出年金?の2万と合わせて9万あるし、預金の残高増えてないけど老後はなんとかなるでしょ(楽観)
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| 自分の楽しみ | 60,900 |
| サブスク(自分用) | 1,600 |
| 嗜好品 | 4,000 |
| その他 | 55,300 |
サブスクはアマプラとYouTube Premium。YouTube Premiumって住所が違うと「ファミリー」として認められないんだね、なんだよそれ……
その他はチケット代とかボイス代とかグッズ代とかで、変動はあるけど平均するとこれぐらいらしい。前はイベントのための交通費や宿泊費もここに入ってたけど、上京したらそれが0円になってその分グッズ代とかに回せて本当に助かる。これだけでも引っ越したことにお釣りが来るかもしれない。
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結婚とかまったく考えてないってのはあるけど全体的に楽観的すぎる。体調崩したり事故ったりしたらどうなるんだろう。
あとガチャとタバコと酒に興味がなくて良かったと思う。というかガチャ課金勢を(ガチャ回さなきゃ数万浮いてるのにな…)って内心バカにしてたけど人のこと言えないじゃんね……
【はじめに】
※本稿は、先に公開した同名論考に対して寄せられた批评と、それを通じて得られた理論的再検討を踏まえ、特に現代貨幣理論(MMT)に対する理解を、主流的な財政論の枠組みから切り離し、より構造論的・環境依存的な視点へと修正したものである。
基本的な問題意識は変わらないが、いくつかの記述は、より精密な形へと再構成されている。
なお、本稿の結論──
「金利上昇によって、政治の裁量空間が急速に失われていく」という構造認識自体は維持されている。
今回の改稿は、その結論に至る理論的経路を、より正確な貨幣制度理解に基づいて再構成したものである。
本稿は、完成された主張というよりも、
構造モデルが批評によってどのように精緻化されうるかを含めた思考過程の記録として読まれたい。
本稿は、硬直化した日本政治システム(リヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。
結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステムの延命(メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。
なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学的メカニズムを解明する。
システム内の能動性:なぜ「本気の改革者」は例外なく窒息するのか?
システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲を度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯的改革者」が出現する。
彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論の熱狂を背に、既得権益という岩盤に突撃する。
しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。
その敗因は、個人の資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。
日本の意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。
改革者の持つ「政治的熱量」は、膨大な会議、部会、審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。
鋭利な刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者を疲弊死させる。
河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率なアナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。
システム(各省庁)は、彼の命令を拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続きの迷宮」を展開した。
結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒な解決策(システムの自己保存)へと誘導された。
結果:
彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜きの役回りを演じさせられたのである。
システムに逆らう異物に対しては、派閥や官僚機構が連携し、この血液の供給を遮断する。
協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。
どれほど高潔な意志を持っていても、手足となる組織を兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。
事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応
鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋な理想主義者たちであった。
明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的にリークするという「兵糧攻め」を行った。
同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムのエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。
結果:
官僚と米国という二大免疫細胞に攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。
なぜ最も危険な敵ほど「中枢」に招き入れられるのか?
これは罠である。要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。
改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存の論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。
システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。
かつての日本社会党は、自民党の金権政治と軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。
1994年、自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党のトップ(村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである。
権力の中枢に座らされた村山氏は、システムの論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。
結果:
「総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義を消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。
なぜ政治システムは「イデオロギー」ではなく「会計」で死ぬのか?
政治とは、究極的には「誰からリソース(税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分の技術である。
戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限の果実を前提にしていた。しかし、宿主の生命力が限界に達した現在、システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。
なぜ自民党は「配れなくなった瞬間」に崩れ始めるのか?
前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協、医師会、経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国からの補助金と公共事業」である。
崩壊の論理:高度成長期やバブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレが常態化した現在、パイは縮小している。
一人のプレイヤーに利益を誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。
――そして露呈する、制度という名の「檻」
なぜ「国債を刷ればいい」は突然使えなくなったのか?
支配的な政策言説において、「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論(MMT)的アプローチは、ゼロ金利・低金利という特殊な金融環境でのみ作動する例外的措置(チート)として理解されている。
この見方に立てば、MMTは恒常的な財政運営理論ではなく、長期停滞と金融緩和に覆われた日本においてのみ一時的に許容された「裏技」に過ぎない。
2024年の日銀による利上げ、すなわち「金利のある世界」への回帰は、このチート機能の強制終了を意味する。
金利が上昇すれば、国債残高に比例して利払い費は自動的に増大する。国債利払いは予算編成上、優先的に処理される「固定費」であり、政治的裁量によって削減することはできない。
これら不可避的支出だけで国家予算の限界値に達する以上、政治家が「自由意志」で配分できる裁量予算は消滅する。
結果として、政治家は「利益の分配者」から、膨張する固定費の帳尻を合わせるだけの「赤字の管理人」へと降格させられる――
これが、金利上昇後の世界において語られる、MMT「失敗」の物語である。
しかし、この物語そのものが、より深い構造的真実を逆説的に暴露している。
現代貨幣理論(MMT)の本質は、低金利下のチートを正当化するための方便ではない。
それは、貨幣主権を持つ政府は「支出のために徴税や借入を必要としない」という、現代通貨システムの物理的実態を可視化した理論である。
MMTの視点では、国債は資金調達手段ではなく、民間部門に供給された余剰通貨を吸収し、金利を調整するための政策ツールに過ぎない。
本来、政府支出を制約するのは「財政赤字」ではなく、供給能力の限界が引き起こすインフレのみである。
現代の金融システムは、中央銀行の独立性という「防波堤」によって、政治権力が通貨発行を直接統制することを禁じている。
これは、インフレを制御できない政治に対する制度的不信を前提とした安全装置である。
さらに、国債は国際金融市場において「安全資産」として機能しており、これをMMT的論理で無効化することは、現行のグローバル金融秩序そのものを動揺させかねない。
むしろ、「貨幣主権国家は理論上できること」と、「市場・制度・国際秩序が許容すること」との乖離である。
しかし、それを実行すれば「財政規律の崩壊」と見なされ、円安やインフレ、資本流出を招くという政治的・市場的制約が即座に作動する。
それは、我々自身が作り上げた「財政規律」という名の制度的な檻の中に、最初から閉じ込められていたのである。
日本の金融政策は、国内で完結した閉鎖系ではない。円という通貨は、ドルを基軸とするグローバル金融システムの一部として循環する開放系に組み込まれている。ゆえに、「ゼロ金利を維持するか否か」という選択は、国内の意思だけで決定できるものではない。
2022年以降、米国はインフレ抑制のため急激な利上げを実施した。金利とは通貨の「魅力度」であり、高金利通貨へ資本が流れるのは、重力や水位差と同じ物理法則である。
米国が高金利、日本がゼロ金利であれば、資本は必然的に円を売り、ドルへと移動する。この圧力は政策論争によって回避できる性質のものではない。
資本流出の帰結として発生した急激な円安は、輸出企業には利益をもたらす一方、エネルギー・食料を輸入に依存する国内経済に対して、強烈な輸入インフレとして作用した。
生活必需品価格の上昇は、国民の生存コストを直接押し上げ、システムにとって最も危険な閾値――社会的耐性限界――へと接近させる。これは単なる経済指標の悪化ではなく、治安不安や政権不安定化という「システム破壊リスク」の増大を意味する。
一つは、利上げを拒否し続け、通貨価値の下落と制御不能なインフレによって通貨の信認そのものを失う道。
もう一つは、利上げを受け入れ、国債利払い費の増大によって財政運営が硬直化する道である。
国家にとって「通貨の死」は即死を意味するが、「財政の死」は延命可能である。
外部環境によって銃口を突きつけられたシステムが、自動的に「より生存確率の高い地獄」を選ばされた結果に過ぎない。
ここにもまた、個別の意思決定主体の「自由意志」は存在しない。
あるのは、開放系における外部変数によって強制的に狭められた、選択肢なき選択だけである。
なぜ国民は反乱せず、「産まなくなる」のか?
配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者、若者、そして未来の世代)から搾取し、コア支持層(高齢者、既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。
崩壊の論理:しかし、搾取される側の実質賃金(生存エネルギー)が限界を割った時、宿主は死ぬ。少子化や労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、Permalink |記事への反応(1) | 12:38
【はじめに】
本稿で描写した力学は、日本固有ではなく、「長期一党優位 × 外部安全保障依存 ×人口逆転」を満たす政治体制に一般化可能である。
本稿は、硬直化した日本政治システム(リヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。
結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステムの延命(メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。
なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学的メカニズムを解明する。
1.システム内の能動性:「異物」に対する免疫反応と、改革者の窒息
システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲を度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯的改革者」が出現する。
彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論の熱狂を背に、既得権益という岩盤に突撃する。
しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。
その敗因は、個人の資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。
現象:改革者が「AをBに変えろ」と命令した瞬間、官僚機構と族議員は「徹底的な検討」と「根回し」を開始する。
日本の意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。
改革者の持つ「政治的熱量」は、膨大な会議、部会、審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。
鋭利な刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者を疲弊死させる。
能動性:
河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率なアナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。
システム(各省庁)は、彼の命令を拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続きの迷宮」を展開した。
結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒な解決策(システムの自己保存)へと誘導された。
結果:
彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜きの役回りを演じさせられたのである。
現象:既得権益を攻撃する改革者は、システム内部で「調整能力がない」「独善的だ」というレッテルを貼られる。
システムに逆らう異物に対しては、派閥や官僚機構が連携し、この血液の供給を遮断する。
協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。
どれほど高潔な意志を持っていても、手足となる組織を兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。
事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応
能動性:
鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋な理想主義者たちであった。
明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的にリークするという「兵糧攻め」を行った。
同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムのエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。
結果:
官僚と米国という二大免疫細胞に攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。
現象:システムにとって最も危険な改革者に対しては、あえて「大臣」などの要職を与える。
これは罠である。要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。
改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存の論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。
システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。
能動性:
かつての日本社会党は、自民党の金権政治と軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。
1994年、自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党のトップ(村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである。
権力の中枢に座らされた村山氏は、システムの論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。
結果:
「総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義を消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。
2.外部変数A:宿主の衰弱 —— 「分配原資」の物理的枯渇とシステムの栄養失調
政治とは、究極的には「誰からリソース(税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分の技術である。
戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限の果実を前提にしていた。しかし、宿主の生命力が限界に達した現在、システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。
構造的現実: 前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協、医師会、経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国からの補助金と公共事業」である。
崩壊の論理:高度成長期やバブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレが常態化した現在、パイは縮小している。
一人のプレイヤーに利益を誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。
構造的現実: 「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論(MMT)的アプローチは、低金利という特殊な温室環境でのみ作動する「バグ技(チート)」であった。
崩壊の論理:2024年の日銀の利上げ(金融正常化)以降、このチート機能は強制終了された。金利のある世界では、国債の利払い費が爆発的に増大する。
防衛費、社会保障費、そして利払い費。これら「固定費」だけで国家予算の限界値(Cap)に達する。政治家が「自由意志」で配れる裁量予算はゼロになる。政治家は「利益の分配者」から、単なる「赤字の管理人」へと降格させられるのである。
構造的現実: 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者、若者、そして未来の世代)から搾取し、コア支持層(高齢者、既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。
崩壊の論理:しかし、搾取される側の実質賃金(生存エネルギー)が限界を割った時、宿主は死ぬ。少子化や労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、生物学的防衛反応」である。
働く人間がいなくなり、税収が途絶えれば、いかなる強固な政治権力も物理的に餓死する。
読者は疑問に思うかもしれない。「借金をチャラにできるゼロ金利がそれほど便利なら、なぜシステムはそれを永遠に続けなかったのか?」と。
答えはシンプルだ。外部環境(米国金利と為替市場)が、そのチートの使用を物理的に許さなくなったからである。
外部変数:2022年以降、米国(将軍)はインフレ退治のために急激な利上げを行った。
システムの反応:金利とは「通貨の魅力」である。米国が高金利で、日本がゼロ金利であれば、世界中のマネーは日本(円)を売って米国(ドル)へ流出する。これは水が高いところから低いところへ流れるのと同じ物理法則である。
「円安」は輸出企業(経団連)にはプラスだが、エネルギーと食料を輸入に頼る日本国民(宿主)にとっては、猛烈な「輸入インフレ」として襲いかかる。
ガソリン代、電気代、スーパーの食材価格が高騰した。これは、政治システムが最も恐れる「国民の生存コストの限界突破」を意味する。もしこれ以上放置すれば、暴動や政権転覆のリスク(システムの物理的破壊)が生じるレベルに達した。
システムは、以下の二つの地獄から一つを選ばなければならなくなった。
地獄A(利上げしない): 円が紙屑になり、ハイパーインフレで国民生活が崩壊する(通貨の死)。
地獄B(利上げする): 国の借金利払いが増え、予算が組めなくなる(財政の死)。
国家にとって「通貨の死」は即死を意味するが、「財政の死」はまだ延命の余地がある。
ゆえに、植田総裁(日銀)が利上げを決断したのではない。「通貨崩壊」という外部からの銃口を突きつけられ、システムが自動的に「地獄B」へのスイッチを入れさせられたのである。
ここにも「自由意志」は存在しない。あるのは、外部環境によって狭められた「強制された選択」のみである。
3.外部変数B:将軍の変心 —— 「吉田ドクトリン」の強制廃棄
日本の戦後構造(軽武装・経済優先)は、日本人の平和愛好精神が生んだものではない。冷戦構造下でアメリカがそれを「許容」し、安全保障コストを肩代わりしていたという「外部環境の特異点」に過ぎない。
なぜこれが決定的なのか:
米国の国力相対低下と中国の台頭により、アメリカはもはや単独でパックス・アメリカーナを維持できなくなった。トランプ現象に代表される米国の孤立主義は、日本に対して「安保のタダ乗り」を許さない段階に入った。
「将軍(米国)」からの圧力は、日本の国内政治力学(護憲派 vs改憲派の議論)を無効化する。
米国が「守ってほしければ、自分で槍を持て(防衛費増額・敵基地攻撃能力)」と命じた瞬間、日本国内の憲法論議は吹き飛ぶ。
システムは生存のために、憲法解釈をねじ曲げ、増税を行い、強制的に軍事国家へと再編される。これは主権的な選択ではなく、「属国としての構造的適応」である。
4.外部変数C:生物学的強制 —— 「消極的選択」としての保守と情報環境の閉鎖系
人口動態の変化は、単なる数の減少ではない。それは、異なる情報環境と経済的絶望を生きる世代間の断絶を意味する。
若者の自民党支持を、かつての学生運動のような「熱狂的な政治参加」と誤解してはならない。それは、メディア環境と経済的不安によって構造的に誘導された、極めて「受動的な合理的選択」である。
メカニズムA:生存本能としての「現状維持(Status Quo)」
現象:
20代の多くは、高市早苗氏のようなタカ派や自民党を支持するが、それは積極的な変革への意志というよりは、「リスク回避」の色合いが濃い。
深層分析:
デフレと停滞しか知らない世代にとって、リベラル野党が掲げる「分配」や「負担増」は、高齢者への富の移転を固定化する「緊縮の悪夢」として映る。
対して、自民党が掲げる「積極財政」や「強い国」というナラティブは、たとえそれが幻想であったとしても、窒息しそうな現状に風穴を開けてくれそうな「唯一の生存ルート」に見える。
彼らはイデオロギーで選んでいるのではない。「野党に任せて混乱するリスク(ダウンサイド)」を極限まで嫌い、「腐敗していても、今の生活が崩壊しない程度の安定を提供してくれる自民党」に、消去法的にしがみついているのである。
構造的要因:
この「消極的選択」を強化しているのが、ソーシャルメディアのアルゴリズムである。
TikTokやYouTube Shortsといった短尺動画プラットフォームにおいて、野党の複雑な政策論争は「退屈なノイズ」として淘汰される。
一方で、「論破」や「強い言葉(国を守る、敵を倒す)」といった保守派のシンプルなメッセージは、「消費しやすいエンタメ・コンテンツ」として拡散されやすい。
Native Instrumentsが予備的破産手続きに入った、ってニュースを最初に見たのは、プリセット探しに疲れてベッドでゴロゴロしながらスマホ眺めてた時だった。
一瞬、寝ぼけて「NIS Americaか何か別のNIだろ」と思ってスルーしかけたけど、本文読んだら普通にBerlinのNative InstrumentsGmbHで、例のCharlottenburg地裁での予備的破産手続き(vorläufiges Insolvenzverfahren)開始って書いてあって、ちゃんと管財人の名前まで出てる。
あー、これマジのやつだ、ってなった。
30年DTMやってるけど、そんな見出しを見る日が来るとは思ってなかった
90年代末にCubaseVSTいじり始めて、ソフトサンプラー黎明期からKontakt 1に飛びつき、Reaktorの意味不明な配線に挫折し、Traktorでクラブもどきのことをし、Maschine Mk1のパッドを叩き過ぎて一部反応悪くして、
Kompleteは気付いたら「アップグレード代が固定費」みたいになってた。
DTM 30年もやってると、「業界標準」って言葉を疑う癖がつくんだけど、それでもKontaktだけは本当に“事実上の標準”だった。
オーケストラ系の国内ベンダーも、同人の薄い本に付いてくるおまけ音源も、だいたいKontaktインストゥルメント前提。
で、その土台にしてた会社が、ある日突然「予備的破産」です、って。
「予備的破産だからセーフ」は、ユーザーの心には何のセーフにもならない
今の段階では「即死じゃなくて、延命しながら解体するか再構築するか見極めるフェーズ」だってことも、
管財人が付いた時点で経営陣の決定権はかなり縛られて、資産の売却とか事業単位での整理が現実的にテーブルに乗ってるってことも。
つまり、「もう崖から落ちてるんだけど、落ち方を調整する段階」に入ったってことだ。
でも、そんな法的な説明をどれだけ読んでも、日本のDTMユーザーのタイムラインは一瞬で「Kontaktどうなんの?」で埋まる。
「Traktor終わり?」とか「Maschine買おうか迷ってたけど様子見だな」とか。
あと、iZotopeとPlugin AllianceとBrainworxも同じグループだったことを今さら思い出して「RXまで巻き込まれるの…?」ってざわつく。
CDMだのGearnewsだのの海外記事は、「短期的にはサービス止まらない」「コアビジネスは健全で、拡大路線と買収で抱えた負債が原因ぽい」とか冷静に書いてる。
でも、30年かけて積み上げてきたプロジェクトファイルの左側で、Kontaktのアイコンがズラッと並んでる光景を見慣れてる身としては、
「はいはい短期的にはね、で、5年後の開けないプロジェクトは誰が責任取るの?」って話になる。
日本のDTM業界が食らう一番デカいダメージは、「安心感」が死ぬこと
日本のDTMって、良くも悪くも「とりあえずNI入れとけば大丈夫」文化があった。
それが一夜にして、「その“とりあえず”が一番とりあえずじゃなくなった」わけで。
国内の小さいデベロッパーにしても、多くはKontaktのフォーマット前提でビジネス組んでる。
自社でエンジン作る体力もないし、マルチプラットフォームのシンセを書ける人材もいない。
だから「Kontakt Player対応」ってラベルは、サポートとか互換性とか、ユーザーに対して「うちは大丈夫ですよ」っていう保証の看板でもあった。
その看板を貸してた本体がグラグラになったら、日本のサードパーティは一斉に「うちの音源、この先10年どう説明する?」ってところからやり直しになる。
特に日本は、教則本と専門学校と通信講座で「DTMの正解」を体系化するのが大好きな国だから、「カリキュラムの柱」がこんな形で揺れるのは、想像以上の衝撃になる。
「業界標準」の裏にあった投機的拡大のツケを、ユーザーが払うという理不尽。
今回の件で地味にムカつくのは、CDMや各メディアが「どうもプロダクトの売上がダメになったというより、拡大と高額買収で抱えた負債が原因ぽい」と書いてるところ。
ユーザー目線では、「何かよくわからんけど、あちこちのロゴが全部NIになっていく」くらいの話だった。
でも裏ではそのたびにでかい金が動き、その借金の最終的な“清算”に巻き込まれるのは、30年分のプロジェクトファイルを持ってる現場側。
日本のDTMユーザーは、円安だろうが税金上がろうがKompleteのアップグレード代をせっせと払い、
「もう使ってない音源もあるけど、将来の互換性のために一応アップグレードしておくか」と、実質サブスク状態で支えてきた。
その「互換性への保険料」が、まさか投機的なM&Aの反動で吹き飛ぶとは誰も思ってなかった。
30年DTMやってると、もう何社も見てきてる。
そのたびに、古いWindowsマシンを押し入れから引っ張り出して、
「この曲だけは何としてもステムを書き出しておかなきゃ」と夜中に凍ったUIと戦う。
今回も、多分そういう「最後のエクスポート祭り」が、日本中のスタジオと六畳間で静かに始まる。
国内ベンダーにとっては「巨大なチャンス」と「地獄の二択」が同時に来る
冷静に考えれば、これだけ巨大なプラットフォームが揺れた瞬間って、本来なら国内の開発者にとってはビッグチャンスでもある。
でも、日本のDTMマーケットって、そもそもそんなに大きくない。
NIレベルのプラットフォームを「じゃあ自分たちで作りなおそう」と思っても、開発費もマーケもサポートも全然追いつかない。
結果として、多くの国内ベンダーが直面するのは、だいたいこんな二択になる。
1. しばらく様子を見つつ「Kontakt前提ビジネス」を惰性で続ける
→ でもユーザーには「長期的な保証はできません」としか言えない
2. ここで腹をくくって自前エンジンか別フォーマットに大転換
どっちを選んでも、コストは跳ね上がる。
で、そのコストは結局、値上げか有償アップグレードか、何らかの形で日本のユーザーに跳ね返ってくる。
専門学校と「教える側」の人たちには地味に致命傷
もうひとつ、日本固有の問題として、専門学校と通信講座がある。
予備的破産のニュースが流れた翌日、どこかの専門学校で、講師にこう聞く学生は必ず出る。
「先生、Native Instrumentsって潰れるんですか?」
そこで本当のことを言えば、
「いや、今すぐ潰れるわけじゃないけど、将来のことはもう誰にも断言できない。数年のうちに、ブランドが分割されたり、別の会社に吸収されたり、最悪、一部の製品は開発終了になる可能性もある」
って話になる。
でも、授業としてはそんな不安定な話を延々するわけにもいかないから、「とりあえず今は気にせず学びなさい」と言うしかない。
こうして、「教える側は不安を隠しつつ、学生には良い顔をしなきゃいけない」という、いつもの構図がまたひとつ増える。
企業の戦略ミスと負債の処理を、教育現場が尻拭いするの、正直そろそろやめてほしい。
短期的な話をすると、日本のDTMショップと代理店はかなりキツい。
こういうところで一気に「様子見」が発動する。
ソフトはまだしも、ハードは「これから買うのは怖い」が一斉に駆け巡る。サポートがどうなるかわからないし、ファームウェアやドライバのアップデートが止まった瞬間、OSアップデートのタイミングで一気に文鎮になるリスクがあるから。
で、ユーザー側も、「このタイミングでKompleteUltimateに上げるか」とか「Maschine Mk3に買い替えるか」とか、今までなら普通にポチってた決断に、急ブレーキをかける。
その「様子見」が、実際には「もう戻ってこない」ことも、30年見てくるとよくわかる。
こうして、ゆっくりと、でも確実に、NI周辺にあった「標準装備としての売上」が薄まっていく。
その余波はもちろん、国内ショップの売上にも降りかかるし、「DTMってまだ日本でビジネスとして行けるの?」って空気にもつながる。
それでもプロジェクトファイルは開けなきゃいけないし、音は鳴らさなきゃいけない
じゃあ30年選手として、何をするか。
正直、やることは地味で、ロマンのかけらもない。
(国内外問わず、Kontakt依存度を下げられる構成をゆっくり検討する)
これを、世界中の古参DTMおじさんとおばさんが、各自の狭い部屋で黙々とやる。
そういう、ものすごく個人的で、でもシステム全体としては巨大な「サイレント・マイグレーション」が、これから数年かけて進むことになる。
日本のDTM業界にとって、今回のNIの件が「激震」なのは、別に明日サービスが止まるかもしれないからじゃない。
30年かけて「ここに積み上げれば安全」と教えられてきた土台が、実は誰かの投機的拡大とレバレッジの上に乗っていただけだった、って事実を突きつけられたからだ。
その現実を見せられたあとで、次に「安心して積める場所」はどこなのか。
それをまた探し始めなきゃいけない、っていう意味で、今日という日は確かに、日本のDTMにとってひとつの「終わりの日」なんだと思う。
……とか真面目なことを書きつつ、さっきも普通にKontakt立ち上げてベース音色選んでた。
でも、このニュースを見た瞬間に、いつものKontaktのGUIが、急に“期限付きの借り物”みたいに見えたのもまた、事実だった。
ここの意見について論評して
以下、引用部分を経済学・制度の両面から分解して論評します。結論から言うと、
でも「国債があること自体が間違い」は制度的にも経済学的にも言い過ぎ
「国債は金本位制の名残」は 一部は歴史的に当たるが、現在の国債の役割を過小評価している
これはかなり重要で、Bさん(または引用元)が言いたい核心はたぶんこれです。
後から税で回収する
という順序で動けます。
なので、「国債発行がないと支出できない」という家計的発想は誤りです。
ここが肝です。
金利を安定させる仕組み
ので、「やればいいじゃん」と軽く言える話ではありません。
たしかに昔は
金(ゴールド)との交換制約がある
この意味では「金本位制の時代の名残」という言い方は理解できます。
なので「金本位制の残骸」ではなく、
という方が実態に近いです。
国債廃止論は、MMT界隈で時々出ますが、実務的には難題が多いです。
が出ます。
政策金利(短期)だけで経済全体を制御するのは不安定になりがちです。
国債がなくなると
この意見は、
✅ 「国債がなくても政府支出は可能」という点では、貨幣の仕組みを理解している
❌しかし「国債は間違い」「金本位制の名残でしかない」は、現代金融での役割を無視して極端
❌国債廃止には代替制度(安全資産・金利形成・金融政策オペ)をどうするかがセットで必要
という評価です。
こんなツイートがあった
https://x.com/theobservereyes/status/2009607020178194776?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
「地方出身者が東京で一番衝撃を受けるのって、金持ちの多さじゃなくて「貧乏の選択肢の多さ」なんだよな東京ならお金がなくても無料のイベントや展示、安い飲食店が無数にある。田舎の貧乏は、家でテレビ見るかイオンのフードコートで粘るしかない「貧乏でも楽しむ権利」は、地方にはない」
このツイート通り
(というか世界中、昔から都会ではホームレスや貧困層をしやすいのは事実)
東京では、お金がなくても、無料の展示やイベント、公園や公共スペース、安い飲食店や八百屋、が無数にある。
家でテレビを見るか、イオンのフードコートで時間を潰すくらいしか選択肢がない。
「貧乏でも楽しむ権利」は、正直言って地方にはほとんど存在しない。
特に車を持たなくていいという決定的な差
地方では、車がないと生活が成立しない(京都みたいな都会は別だが)
車を持てば、安く見積もっても
初期費用100万円の車を買って年間維持費 約28〜30万円(駐車場代除く)という固定費が発生する。
つまり、地方の貧乏:最低ラインが高い、東京の貧乏:段階を下げられる
この差は大きい。
(真面目な話、地方は輸送料がかかるから地元のスーパーより全国チェーンのコンビニの方が安かったりする)
◆「東京は何にでも金がかかる」は本当か?
よくある反論が
「東京は何にでも金を取られる」
というもの。
こんな反応があった
https://x.com/tcn_kyoto_tpu/status/2009786757852868650?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
https://x.com/kyodai_meltdown/status/2009898403929657750?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
「ほんそれ、だって都内の貧乏学生多摩川で等間隔になって座ってないでしょ?」
それだけを見れば、確かに金はかかる。
東京には
用がなくても外に出る文化
何も買わなくても成立する空間
が圧倒的に多い。
例えば
皇居周辺
隅田川沿い
ミヤシタパーク
さらに有料でも
…など
数百円で一日潰せる場所もある。
地方都市で「どこに座る?」と聞かれて、即答できる場所がどれだけあるだろうか。
国道沿いにベンチはない。
そこへ行くには車が必要になる。
東京は
固定費を極限まで下げられる
用がなくても外に出られる
私は東京で、近所の安い八百屋で買い物をするが、地方ではそんな八百屋は中心部の商店街にしかない。
そこへ行くには車が必要だ
商店街に車は止めにくい
「東京=金がかかる」というイメージは、観光の東京しか知らない人の幻想に近い。
【追記】
家賃の話が出てきたが、家賃も高いところは高いが、安いところは安い。
西武線沿線や井の頭線や京王線明大前より後ろなら1K5万円〜(風呂付き)である
下高井戸、桜上水、上北沢、沼袋、野方、鷺ノ宮、久我山で調べてみてほしい
東京は銭湯カルチャーがあるので、風呂無し物件も多く、それを選ぶともっと安い
確かに田舎だと、10万円で3LDK借りられていいなとは思うが、一人暮らしするならそんなに変わらない
地方になった途端1K2万円とかにはならない(せいぜい3万円程度の差)
みたいな人って、どこに住もうとしてるの?
・東京都心に住むのを諦める
・日本を出る
---
何が「今までの普通」だったのか
1990〜2000年代の日本での「普通」はだいたいこうでした:
正社員で働く
結婚できる
子どもを1〜2人持てる
年1回くらい旅行
多少の貯金
なぜ「働いているだけ」では無理になったのか
①実質賃金が上がっていない
名目賃金:ほぼ横ばい
物価:上昇
社会保険料・税:増加
→ 働いても手元に残るお金が減っている
② 住居費が構造的に高い
③子どもは「ぜいたく品」扱いになった
保育料
教育費
→ 「産めるか」ではなく「リスクが高すぎる」
④セーフティネットが弱い
周囲に頼れない
じゃあ何ができるのか(現実的な話)
※あなたが考えている「国外」「語学」「専門スキル」は、まさに合理的。
まとめ(はっきり言うと)
だから今起きているのは
子どもを持たない
都心を諦める
日本を出る
求人が二種類に分裂する
B:フル自己責任型(保険なし、税は自分、解雇も自由、健康管理も自己)
この時点でBは「提示賃金が同じなら絶対損」だから、B側は賃金を上げないと人が来ない。
でも現実には、情報弱者・生活が詰んでる人・短期で現金が欲しい人がBに吸い込まれる。つまり「本人が選んだ契約です」という顔をしつつ、実態は選択の余地がない層が出る。
年末調整や源泉徴収って、正直めんどいけど「税の取りっぱぐれを減らす装置」なんだよね。
これが任意になった瞬間、未申告・滞納・うっかりミスが増える。税務署と自治体の徴収部門が地獄になる。
会社経由の社会保険が薄くなると、若くて健康な人ほど「保険いらんわ」って抜けがち。
残るのは医療費がかかる人の比率が上がる。保険料が上がる。さらに健康な人が抜ける……のスパイラル(逆選択)。
結果として「民間保険に入れる健康な人は守られ、病気持ちや低所得は行き場が薄い」方向に寄りやすい。
「福利厚生や義務がなくなって楽になる」だけじゃなくて、労務トラブルの形が変わって増える。
解雇自由による訴訟・紛争(規制がなくても揉めるものは揉める)
“法で決めてたから揉めなかった領域”が、全部“契約交渉と紛争処理コスト”に変換される。
大手はフル装備を維持できる。すると「保険も税も会社が面倒見てくれる安心」がブランド化して、人材が集まりやすくなる。
つまり規制を外したのに、大手優位が強化される可能性がある。皮肉だけどありがち。
高付加価値で人材が必要な中小:結局フル装備寄り(じゃないと採れない)
で、後者は「常に人が足りない」「教育コスト回収できない」「現場が荒れる」になりがち。
“雇用”が“ギグ”に寄っていく
自己責任型の雇用は、実態として業務委託・日雇い・短期契約と相性がいい。
収入のブレが大きい
住宅ローンが組みにくい
みたいな方向へ。出生率はさらに下押し圧力がかかる確率が高い(かなり高め、体感6〜7割くらい)。
自己責任型が増えると何が起きるか。雑に言うと「ツケが最後に公共部門へ来る」。
保険未加入や受診控え →重症化して救急搬送 → 最終的に公費負担が増える
低所得・不安定就労の増加 →生活保護・就労支援・治安コストが増える
企業倒産や解雇自由の急増 →景気後退局面で失業が一気に増幅(マクロ的な不安定化)
みたいな“土台の再導入”が起きる可能性が高い。完全自由放任は、社会が長期的に耐えにくい。
じゃあ「この主張」の美味しい部分は何?どこが現実的な落としどころ?
この主張、言いたい気持ちはわかる。特に「事務が過剰」「中小が行政の下請け」みたいになってるのは本当にそう。
なので落としどころとしては、完全自由化よりも次の3つの方向が現実的で、しかも“経営者も労働者も得しやすい”。
社会保障を“会社ベース”から“個人ベース”へ寄せる(ポータブル化)
会社が変わっても保険・年金・給付がスムーズに付いてくる。会社は負担と事務が減る。労働者は無保険落ちしにくい。
年末調整・住民税・社保手続きの“API化”みたいな話。会社がやるにしても、コストが激減するなら不満の半分は消える。
「義務の撤廃」より「義務の摩擦を削る」ほうが副作用が少ない。
たとえば、企業の健診義務を外すなら、個人の健診受診を(保険料割引や罰則を含めて)制度化する、みたいな設計。
このはてブ案をそのまま通すと、短期は一部の経営者が楽になる代わりに、税・保険・医療・治安のツケが社会に散らばって、長期的には「別の形の強制」を呼び戻す確率が高い。
ただし不満の核心は“福利厚生の理念”じゃなくて“会社に載せすぎた事務と責任”だから、叩くべきはそこ。完全自由化じゃなく、個人ベース化と行政手続きの摩擦削減が一番筋がいいと思う。
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/shopping-style/10-tokyo-best-new-bookstore-2025
こういう記事を見るたびにクッッソうざいと思ってしまう自分がいる
俺はただ普通の本屋に行って本が買いたいだけなんだ、余計な色気を出した本屋はやめろ
へんなおもちゃもいらん
普通の本屋やってたってお前らこないだろ、本買わないだろ、だから生き残るためにいろいろ工夫してやってるのに、なんだその言い方は!!!!
そんなことほざく前に、本当に必死で普通の本屋として生き残りを模索したか?
普通の本屋として、生き残りたいなら、努力する方向が間違ってるんだ
それ以上でもそれ以下でもない
わかったか
わかったら街中に大型本屋を戻せ
いいな?
クリケットを軸にした社交的なバーとして注目を集めてきた Sixes は、娯楽と飲食を融合させた独自の体験を売りに成長してきた。競技の世界観を内装や演出に取り込み、仲間同士で楽しめる空間づくりは、都市部の利用者から支持を得ていた。
しかし、華やかな雰囲気の裏側では、運営の難しさが積み重なっていた。大型店舗の維持には高い固定費がかかり、混雑しない時間帯の収益確保も課題となっていた。加えて、外食を取り巻く環境は変化が続き、消費者は体験の新鮮さだけでなく、価格や利便性にも敏感になっていった。
Sixes のモデルは、イベント性に強みがある反面、安定的な集客に左右されやすい側面を持つ。話題性が落ち着いた後に、継続的な来店理由をどう生み出すかが問われた。結果として、資金繰りの圧迫や拡大戦略の負担が経営を揺さぶり、事業継続が困難な状況に至った。
この出来事は、テーマ性の強い外食ブランドにとって重要な示唆を与える。世界観の魅力だけではなく、柔軟な運営と持続可能な収益設計が不可欠である。Sixes の破綻は、体験型ビジネスが直面する現実と、変わりゆく消費行動を映し出す象徴的な事例と言えるだろう。
日立市と南流山で年収500万円の人が感じる生活の余裕に大きな違いが出るのは、以下の2点が主な理由です。
南流山は、つくばエクスプレス(TX)とJR武蔵野線が乗り入れる首都圏のベッドタウンであり、都心へのアクセスの良さから、日立市とは比較にならないほど住居費が高くなります。
| 比較項目 | 日立市(茨城県) | 南流山(千葉県流山市) | 差の目安 |
| 単身向け家賃(1K/1LDK) | 1.6万円〜3万円台の物件が多数 | 6万円〜10万円前後が相場 | 約2倍〜3倍以上 |
| ファミリー向け家賃(2LDK) | 4.5万円〜5.8万円程度 | 12万円〜15万円前後が相場 | 約2倍〜3倍 |
| 土地価格の動向 | 比較的安定 | 近年急激に上昇中 | 資産形成のコスト増 |
年収500万円の人が、日立市で家賃5万円、南流山で家賃13万円(ファミリー向け2LDKなど)を払う場合、毎月8万円、年間で96万円もの差が出ます。
この「住居費の差額」が、日立市民にとってはレジャーや貯蓄、趣味に回せる「豪遊費」となり、南流山市民にとっては消えていく「固定費」となって、同じ収入でも手取りの自由度に決定的な差を生み出します。
流山市は近年、子育て支援策の充実などにより、高所得の共働き世帯が大量に移住している地域です。
日立市の世帯平均年収が約494万円であるのに対し、流山市の世帯平均年収は約601万円と、全国平均より大きく上回っています。
年収500万円は、日立市では「平均より余裕のある層」に属しますが、南流山では「平均的な世帯年収(約601万円)に届かない層」となり得ます。
周囲の住民が自分より高価な住宅に住み、高価な車に乗り、教育やレジャーに多くのお金をかけている環境では、「同じ年収」であっても、相対的に自分の生活水準が低く感じられ、「惨めな暮らし」という感情につながりやすくなります。
南流山市民が日立市民よりも経済的に厳しく感じるのは、「東京へのアクセスが良い」という最大のメリットに対して、「高い住居費」という多大なコストを払っているからです。
日立市民は、その地方都市ならではの安い生活コストによって、年収500万円という収入を最大限に「豊かさ」に変換できています。一方、南流山市民は、年収500万円が住居費に大きく吸収され、周囲のより豊かな世帯との比較に直面しやすい環境にあると言えます。
5年は前になる。
近所のスーパーでキャベツ一玉68円とか、卵10個パック198円とか、そういう物価だった頃だ。
体調を崩して仕事を辞め、貯金を切り崩した後は、幸い申請が通った障害年金と、リハビリとして始めたアルバイトで暮らすようになった。
その時考えていたのが、「いつ生活保護を受けることになるかもわからないから、支出をその範囲で抑えられるようになっておこう」ということだった。
いつまた働けなくなるかもしれないし、年金が打ち切られるかもしれない。
役所で一度相談し、説明を受けたことはあったので、金額はその時教えてもらっていた。
ちなみにその時は水際対策で断わられたわけではなく、まだ貯金がある段階で、働けなくて収入の当てがないと相談したところ、手続きの仕方などを保護担当の人が親身になって教えてくれた。
おかげで「お金がなくなったら生活保護があるし、役所で追い返されることもない」という安心感が持てて、そこから体調も安定し始めた。
話を戻して、当時住んでいた自治体では生活保護費は住宅扶助を上限まで使って13万円だった。
簡易キッチンとユニットバスの狭いワンルームなのだが、1万円近く超過している。
なので、13万円以内で生活するには生活費を諸々込みで67,000円に抑える必要があるわけだ。
バイト先への交通費は別にしておいて、通信費はスマホ(格安SIM)と家のネットを合わせて約9,000円。
水道代はほぼ基本料金なので隔月2,400円。電気・ガス代は(※当時)平均5,000円。
これを固定費として、月々15,200円の支出は確定していることになる。
ここから食費、雑費、被服や美容費など捻出するわけだが、人付き合いがなく出かけることがないので交通費がかからず、近隣に図書館があり、元々趣味が読書なので娯楽にも対して金がかからないのもあって、案外暮らせるものだった。
障害者手帳のフリーパスでバスに乗れば交通費はさらに節約できたし、割引になる美術館や自治体主催の無料の講座などに参加したりもできた。
一方で、歯医者の定期クリーニングや美容院の予定が入ったりすると一気に苦しくなるのも事実だった。
衣服代も予算を圧迫するので、靴はとにかく安いものを探し、ワークマンの980円のキャンバスシューズに行き着いた。
工夫をすれば暮らせるが、収入がある時は普通にやっていたこと(歯医者での定期クリーニングや、三か月に一度の美容院)が「贅沢」となり、小綺麗な格好をするのが難しくなるため、友人同士の集まりやおしゃれなカフェなど、身なりを値踏みされそうな場所からはちょっと足が遠のく。
月13万円はそんな生活だった。
しかし、その「工夫をすれば暮らせる」さえ、あくまで5年前の話だ。
それからロシアのウクライナ侵攻が始まり、円安も進み、物価がどんどん上がっていった。
まいばすで78円で買えていた板チョコが今は税抜148円だ。
光熱費は、使用量は減らしたのに基本料金と単価がバカみたいに上がり、倍になった。
いつも鶏むね肉を100グラム68円で売っていたスーパーでは、100グラム98円になった。
サバ缶は158円が258円になった。
まいばすの味がしないバナナなんぞ78円が気付いたら128円だが、それでも相当安い方だ。
chatGPTに相談すると「業務スーパーや作り置きを活用しましょう」などと言ってくる。
あのな、この世の困窮してる人間のそばに業務スーパーは必ずあるのか?
誰にでも徒歩やバスで行く体力があり、自炊する気力や知識や環境があると思ってるのか?
そういう話をしてるんだ私は。と、小一時間chatGPTを詰めてしまった。不毛な時間だ。
経済的に余裕がなく、さまざまな事情で自炊も難しい人が、安く食べたい、とにかく腹を満たしたいという時にそこにあって手が届くのは、現実的には安い菓子パンでありPBのカップヌードルだったりするのだろう。
普段からちゃんと食事をしている人がたまの間に合わせに食べるならいいが、常食するには体に悪すぎる、それらの食物でも「食えることは食えるんだからいいだろう」と言うのは、奇しくもマリー・アントワネットが言ってないとされる「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」という状態だ。
おおマリー、お菓子は安くとも体に悪く、民衆のQOLを下げてしまうのよ。
マリア・テレジアも草葉の陰で泣いている。
今は何も調べずにこれを書いているが、多分生活保護費が引き上げになったとかってことはなく、(むしろ引き下げの話をしてるくらいだ)同じ金額のまま、物価は爆上がり、交通費も光熱費も上がり、カツカツからキュウキュウで皆生きているんだろう。
(私はもう無理だと思ったので、貯金を諦めて生活費の上限を上げた。金がなくて食えなくなったら最悪死ぬからもういい)
とはいえ、これがどのくらい政治のせいなのか、友人も妹もいないタイプのメロスである私にはわからない。戦争とか温暖化の影響を、一体誰がどうしたらどうにかできるんだろう。
何もわからない。
まず先に断っておくと詐欺に遭ったことは本当だが、この文章はAIに書いてもらっている。
理由はまだ傷が癒えきっていないことと、自分の言葉で振り返ることができるほどまだ冷静ではないからだ。
ちょうどAmazonで注文していたから、疑いなんて一切なかった。
URLを踏んで、開いたページのロゴは完璧にクロネコ。フォントも、黒×黄色の配色も、文面も“本物”。
追跡番号っぽい数字が一列あって、それを見たときにはもう「これは本当のやつだ」と思い込んでいた。
“そういうものだと思った”のが一番の失敗だった。
カード番号。
有効期限。
全部入れて送信。
……画面が固まった。
次のページに進むでもない。
戻るでもない。
「あれ?」と思った瞬間には、もう取り返しがつかなくなっていた。
翌日、昼。
スマホが鳴った。
「本日の深夜、海外で約10万円のご利用があります。ご本人様でしょうか?」
血の気が、すっと引いた。
呼吸がうまく出来ない。
指も震える。
深夜なんて爆睡してたのに。
合計107,840円
頭が真っ白になって、
パスワード変更。
全部仕事中。
全部俺のせい。
でも、何の救いにもならなかった。
すると必ずこうなる ↓
固定費が全滅する
引き落とし日にカードが止まってたら
→ 支払い失敗 → 催促メール → 最悪停止
再発行まで1~3週間。
その間、ずっと不便
同じ失敗をする人が、これ以上増えないようにこれを書いている。
忙しい日ほど。疲れた夜ほど。
だれでも、だれでも、だれでも落ちる。
次に来るそのメールは、本物のフリをした“狩りの罠”かもしれない。
周りに言えない恥ずかしさ。
夜になると、あの時入力した数字を相手が眺めていたと思うと吐き気がした。
スマホに触るのが怖い。
ネット通販の決済画面を見るだけで動悸がする。
後から見返せば変なんだ。
そして何より、配送業者がクレカ情報を要求するはずがない。でも、その瞬間の俺は、「現実に起きていること」だけしか見てなかった。
もう一度言う。
Permalink |記事への反応(14) | 15:28
日本の消費税(VAT)は「広く薄く徴収される安定した税」とされる一方で、
その負担構造が中小企業に偏り、特にそこで働く労働者の賃金に影響を与えている可能性が議論されています。
本レポートでは、
を、制度構造・企業行動・実証データの3つの視点から解説します。
消費税(VAT)は、最終的な負担者は消費者であるとされていますが、
法律上の納税義務者は企業であり、消費者に必ず転嫁しなければならない義務はないことが特徴です。
消費税(VAT)は「事業者が自らの取引に対し納税する」しくみ
政府や民間調査では、消費税率引き上げ時の「転嫁率」に明確な規模差が見られます。
中堅企業:60〜80%
中小企業:30〜60%
理由は以下の通りです。
結果として、中小企業は消費税を自社で“吸収”する割合が高い。
例:
利益の2/3が消えることもある。
利益が圧迫される
→原材料費などは削れない
特に労働集約型業界(飲食、サービス、小売、介護など)で顕著です。
政府・民間の複数調査は、転嫁できない企業ほど賃金が伸びないことを示しています。
税の吸収を行った企業で
昇給率の鈍化
が増加。
これらは、消費税増税が「企業規模による賃金格差」に寄与している可能性を示唆しています。
したがって:
つまり、
消費税は中小企業労働者に対して賃下げ圧力を生じやすい税制である
独立行政法人労働政策研究・研修機構による調査報告「企業と賃上げの状況について」
→ 「業績や価格転嫁状況、賃金制度等の観点から、賃上げを行っている企業の特徴について分析」されている。
リンク:https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/23/2-3.html
→中小企業の「価格転嫁率」の実態データを公開。 「4 次請け以上の企業で“全く転嫁できなかった”企業が3割近く」等の記載あり。
リンク:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/follow-up/index.html
財務省「地域企業における賃上げ等の動向について(特別調査)」
→ 規模別(大企業 vs 中堅・中小企業)で賃上げの実施率に差があることをデータとして報告。価格転嫁できていない企業の割合という観点でも言及あり。
リンク:https://www.mof.go.jp/about/mof/zaimu/kannai/202401/tokubetsu.pdf
経済産業省「むすび(2022-2023年の日本経済)—価格転嫁促進と適切な取引関係—」
→ 「企業が投入コスト上昇を価格に転嫁しきれず、企業が負担せざるをえない構造が賃金・物価構造に影響」という分析あり。
リンク:https://www5.cao.go.jp/keizai3/2022/0203nk/pdf/n22_4.pdf
中国の実質的な経済制裁が続くことになると、日本のGDPに-1%程度の影響が出る可能性はある。
GDPにマイナス1%があると何が痛いかというと、防衛費の増額がより困難になる。
今現在、より早いペースで防衛費をGDP比2%にアップさせようとしているわけだが、防衛費に回すための費用捻出がより難しくなる。
GDP −1%は、縮小幅としては大きくは見えないが、税収を複数年にわたり下押しして、財政赤字を拡大させる契機になり得る数字。
特に影響が大きいのは、法人税納税(企業の収益の悪化)、所得納税(雇用・給与の伸び鈍化)、消費税収(消費の減少)だろう。これらが合わせて数千億円規模の税収減につながり、結果として補正予算の追加、国債発行額の増加、社会保障は削れないため公共投資などが圧迫されるといった連鎖が考えられる。
社会保障費は固定費に近く、削ることがほとんどできない。(というか本来は上げていく必要があるところ、上げないことにより実質的に下げている)
景気悪化時には「防衛費増額を国債対応するかどうか」が政治の争点になりやすく、議論が起こるだろう。
軍事も源泉は経済なので、経済が傾けば防衛にも良くない。当たり前だけど、北朝鮮のような国でも無ければ「貧国強兵」にはならない。
幾つも見てきてる。
ってキョトンとした表情で言われることがよくあるんだけど、「札束燃えてるやん」。自覚はないんか?
ビジネスの伸びに比べて、クラウド課金、エンジニア人件費の伸びが抑えられてなんぼなのに、ビジネスが伸びれば伸びるほど、課金も人件費も鰻登りじゃ意味ないんだよ。
「でも、規模が大きくなったら、その分固定費も増えるでしょ」
って、Webサービスとか「システム」をビジネスにしてるなら、規模が大きくなっても「比例して」あるいはそれ以上に固定費が増えるのはおかしい。
どうしてエラーがこんなに発生しているのか?
どうして手動メンテがこんなにたくさん発生しているのか?
「技術力がなくて設計から失敗」しているし、改善するだけの技術力もない。
から。
男は黙ってSnowflake?
男は黙ってTiDB?
K8s?
「俺、これ知ってるぜ」は技術力じゃない。
ビジネスの規模がデカくなったら、インスタンスをただひたすらデカく、増やすしかない設計しかできないのは、カスだ。
混乱に拍車をかけるだけだ。
何をしているか自覚できるだけの技術力があれば、「AIガー」という前に、かなりの部分、解決できる。