Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「回避」を含む日記RSS

はてなキーワード:回避とは

次の25件>

2026-02-14

拝啓プログラマータイピスト勘違いして自己放尿している自称設計者へ

貴様今日設計を名乗りながら、プログラマーを手が速いだけの文字入力装置として扱い、仕様という名の曖昧な願望リストを投げつけ、実装フェーズで破裂する地雷原を育てていることと思う。

大変結構地雷栽培趣味としては悪くない。だが仕事でやるな。

貴様の言う設計は、たいていの場合設計ではない。

気分と希望と思いつきのトリプル放尿をPowerPointに整形しただけの、装飾付き未確定情報である

そして貴様はそれを「この通りに作れ」と言う。

その資料には「整合性」「境界条件」「異常系」「性能要件」「運用」「データ整形」「責務分離」が存在しない。

あるのは雰囲気と矢印と、謎の箱だけ。

箱に「API」と書けばAPIになると思うな。

矢印を引けば依存解決すると勘違いするな。

それは設計ではなく、自己放尿である

  

貴様がやっているのは責任外注である

設計者として最も重要仕事は、決めることだ。

決めた上で、破綻しないように制約を置き、曖昧さを潰し、例外定義し、トレードオフを明示し、運用まで見通す。

しか貴様は決めない。

「たぶんこう」「いい感じで」「よしなに」で逃げる。

そしてその曖昧さの処理を、プログラマーに丸投げする。

それを実装問題と呼ぶ。

いや違う。それは設計不在という構造問題だ。

貴様設計は、仕様書ではなく免責書類である

失敗したら「実装が悪い」で逃げるための保険

まり設計者の皮をかぶった責任回避装置

この時点で、貴様はもう設計者ではない。

ただの自己放尿機である

 

そして何より滑稽なのは貴様プログラマーを「タイピスト」だと思っていることである

プログラマー文章入力しているのではない。

論理を構築している。

状態遷移を設計している。

異常系の宇宙と格闘している。

データ整合性を守りながら、速度と保守性と拡張性の三つ巴の地獄妥協点を探している。

貴様の「これ簡単でしょ?」は、たいてい無知宣言である

簡単なら、お前がやれ。

 

貴様世界では、仕様は神の啓示で、実装写経らしい。

だが現実は違う。

仕様は不完全で、矛盾し、変更され、忘れられ、気分で揺れる。

から設計とは「現実に耐える構造」を作る作業になる。

要するに、地味で泥臭い知的労働だ。

その地味さに耐えられず、見栄えだけの資料を作り、「設計完了」と言って会議室から消える。

そして炎上したら戻ってきて、こう言う。

「なんでこんな実装にしたの?」

それはお前が決めなかったからだ。

 

ここで貴様の最終奥義が出る。

設計通りに作ってくれればよかったのに」

出た。責任転嫁の完成形。

設計曖昧から実装側が補完したのに、その補完を勝手判断と呼ぶ。

これはもう、無責任傲慢ダブル放尿である

 

最後に言っておく。

設計者を名乗るなら、最低限やれ。

決めろ。曖昧さを残すな。

例外系を設計しろ。落ちる条件を言語化しろ

データの形を決めろ。型と制約を決めろ。

運用を想定しろ監視ログ・復旧まで見ろ。

トレードオフを認めろ。万能案など存在しない。

それができないなら、貴様設計者ではない。

設計っぽい言葉空気を汚す人」だ。

まり自己放尿しているだけの自称設計者だ。

 

敬具

Permalink |記事への反応(0) | 22:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

市場に確かに規制必要だ。だが裁量・介入の自己放尿をやめなければ成長はない

市場は万能ではない。だが「万能ではない」という事実を、官僚政治家免罪符として濫用する国家は、例外なく自己放尿する。

市場は確かに失敗する。しかし、政府もっと頻繁に、もっと大規模に、そしてもっと不可逆に失敗する。

問題は「市場政府か」ではない。市場の失敗に対して、政府がどの程度の失敗を上乗せするかである

 

ここでまず明確にしておく。規制必要だ。必要なのはルールである国家が担うべきは審判であって選手ではない。

審判ルールを固定し、プレイヤー予測可能環境競争できるようにする。

審判が気分で笛を吹き、勝敗演出し、人気チームを勝たせようとした瞬間、競技のもの自己放尿する。

これが裁量行政本質だ。つまり制度設計ではなく介入芸で国家が飯を食う社会は、資本主義をやっているようで、実態は準社会主義である

 

市場必要規制は、所有権明確化契約執行強制詐欺暴力等の排除が挙げられる。

これは国家のコア業務だ。これがなければ市場は単なる弱肉強食縄張り争いに堕する。

だが、この最低限のルール整備と、「特定産業を救う」「特定企業延命する」「特定地域補助金を撒く」「特定価格を維持する」といった裁量介入を混同する国は多い。

これは知的に言えばカテゴリーミスであり、政治的に言えば利権偽装である

 

価格情報である価格は需給だけでなく、希少性、リスク、期待、技術代替可能性、時間選好といった膨大な情報圧縮したシグナである

政府価格に介入するとは、情報伝達回路を破壊する自己放尿である

価格統制、補助金、参入規制護送船団方式行政指導。これらはすべて、価格が発する「足りない」「余っている」「危ない」「儲かる」というシグナルを黙らせる。

すると市場沈黙する。沈黙した市場では資源配分劣化し、全要素生産性TFP)が腐り、資本蓄積が歪み、イノベーション死ぬ

 

さらに致命的なのは政府介入が単発で終わらない点だ。介入は次の介入を呼ぶ。

たとえば賃金価格政治的に固定すれば、需給の調整は数量制約として現れる。品不足、待ち行列闇市場、質の低下。そこで政府さらなる規制対応する。

こうして政策自己放尿する。これは政策ラチェット効果であり、政治経済学的には典型的政府失敗である国家は縮まない。国家肥大する。

 

この肥大は、単なる非効率では済まない。合理的期待形成のもとで、民間政策学習し、適応し、回避し、ロビー活動資源を投下する。

これがまさにルーカス批判の核心だ。政府過去データ根拠裁量政策を撃てば撃つほど、民間の行動規則のものが変わり、政策効果蒸発する。

蒸発するだけならまだ良い。現実には政策は不確実性を増幅し、期待を不安定化させ、投資を萎縮させる。これはマクロ政策が景気を安定化させるという幻想の裏側にある現象である

 

裁量介入の害は、単なる資源配分の歪みではない。もっと深い。インセンティブ構造破壊だ。

救済が予想されれば、経営者リスクを過大に取る。モラルハザードが発生する。ゾンビ企業が生き残り、創造破壊が止まる。

生産性の低い企業市場から退出しないため、労働資本も滞留し、新陳代謝が消える。これが日本型停滞の中核であり、成長率の天井を作る。

 

そして官僚機構は介入すればするほど自分仕事が増えるため、規制供給者として振る舞う

まり規制公益ではなく官僚制の自己保存のために生産される。

政治家も同様だ。補助金を配れば支持が得られる。規制を作れば仕事をした感を演出できる。

財政支出可視化され、票になる。改革は不可視で、票になりにくい。

から政治短期主義に偏る。ここに「政府市場を補完する」という建前の裏で、「政府市場寄生する」という自己放尿が成立する。

 

このとき国民がよく口にする反論がある。「でも市場には格差がある」「弱者が切り捨てられる」「外部性がある」。

もちろんそれは正しい。だがここで重要なのは格差是正を口実に、政府価格メカニズム破壊してよい理由にはならないということだ。

外部性存在する。だが外部性への対応は、原則として価格付け(ピグー税排出権取引)で行うべきであり、官僚恣意的産業を選別して補助金を注ぐことではない。

格差問題も同様で、再分配は所得移転という透明な形で行うべきであり、特定業界保護という歪んだ形で行うべきではない。後者効率性を殺し、利権固定化し、結果的貧困を温存する。

 

まり、正しい政策はこうなる。市場を歪めない形での最小国家である金融政策ルールベースで、予測可能性を最大化する。

財政は均衡を原則とし、例外限定する。産業政策基本的否定し、競争政策を強化する。参入障壁撤廃し、退出を容易にする。

倒産は悪ではなく資源再配分の装置として受容する。これが健全資本主義だ。痛みはある。だが痛みを先送りして麻酔を打ち続ける社会は、やがて神経そのものが壊死する。

 

日本病理は、成長戦略がないことではない。成長戦略を語りながら、同時に市場を信用していないことだ。

規制緩和を掲げながら、例外を大量に作る。競争を促進すると言いながら、既得権を守る。財政健全化を言いながら、政治的に都合のいい支出を増やす

これは論理矛盾ではない。政治合理性としては整合的だ。だが経済合理性としては自己放尿だ。

 

成長とは何か。成長とは生産関数シフトすることだ。TFPが上がることだ。

その源泉は技術進歩だけではない。競争、退出、資本再配分、価格シグナル、企業家精神である

これらは制度産物だ。制度が悪ければ、技術があっても伸びない。優秀な人材がいても伸びない。資本があっても伸びない。制度が良ければ、凡庸な国でも伸びる。

 

ここで裁量介入が入ると何が起きるか。投資家は経済性ではなく政治性で投資を決めるようになる。

企業顧客ではなく役所を見るようになる。

労働者はスキルではなく保護される職を探すようになる。

これがレントシーキング経済であり、成長率が落ち、社会全体が官への依存で腐っていく。

これは文化問題ではなく、インセンティブ問題だ。人間合理的に振る舞った結果としてそうなる。

 

から結論冷徹だ。

市場規制必要だ。だがそれは、競争を止めるための規制ではない。競争を成立させるための規制である

市場政府必要だ。だがそれは、配分を決めるための政府ではない。ルールを固定するための政府である

社会保障は必要だ。だがそれは、産業延命するための社会保障ではない。個人を救うための社会保障である

 

そして何より必要なのは政治家官僚が「景気を操作できる」「産業を育てられる」「成長を設計できる」という全能感を捨てることだ。

成長は、官僚ペン先からまれない。成長は、無数の市場参加者価格シグナルを頼りに試行錯誤し、失敗し、退出し、再挑戦するプロセスから生まれる。

 

裁量・介入の自己放尿をやめろ。

国家がすべきことは、笛を吹くことではない。

フィールドを整え、ルールを守らせ、そして黙ることだ。

 

資本主義は「うまく設計すれば成功する制度」ではない。

資本主義は「余計なことをしなければ成長する制度」だ。

Permalink |記事への反応(0) | 14:24

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

AI批判雑魚思考

AI人達道徳倫理観を持ち出してAI使用批判する

推進派の人達は上手く言葉を使って回避するがまた新たな道徳観を持ち出されて批判される

永遠に終わらない

いたちごっこしかない

この戦争を終わらせに来た


倫理観道徳の論争には全く意味がない

なぜならどうとでも言えるから

AIは置いといてSNS言論統制の話をしてみよう

この言葉は傷つくから規制すべきという論調

なんとでも主張できるんだよなぁこれ

傷つくかどうかは完全主観なわけで

からこれを主張された時大事なのは

その言葉が悪いかどうか自体ではなく

その言葉相手が嫌に思っているという事実

嫌だから、どうにかしたい

でも力や頭の良さで戦えない

じゃあ世論を使おう

という思考流れが起きている

だが、この考え方は

雑魚思考

弱者論調に飲み込まれるな

道徳を強く批判した哲学者がいる

ニーチェ

著書「ツァラトゥストラはかくかたりき」ではルサンチマン思考、「奴隷道徳」が批判されている。

勝てないか道徳を持ち出して

弱いですよ〜守ってね☆

みたいな人を末人と呼び批判した

ここで気をつけてほしいのが自覚がなくてもその論調を使った瞬間末人なのだ

「勝てないか道徳を持ち出して弱いですよ〜守ってね☆」

みたいなのは自覚してやっているからまだマシ

「なんかこのままだと不安だ。キツイ。だからあの人が言ってたこれを使えばなんか良い気がする。」

こっちが重症

問題は大体の人が重症なんだってこと

理由もわから不安から道徳を振りかざす

これがキッツい

やってる側もやられてる側も

これを解決するのが原理思考

生きる喜びを、原理思考

AIに対する不安ってのは食い扶持が無くなるっていう不安に大体行き着くと思う

だって仕事を取られそうなんでしょ?

絵かきだってエンジニアだって

表現するための筋肉を鍛えてた人(絵や動画を手を使って作る人)、もしくは頭を使う仕事をしている人たちは軒並みAIを怖がっている

AIが発達する

食えなくなる

グエー死んだンゴ

嫌だ

って感じ

この理論だと表現してないのに批判してるやつはどうなんだよって?

そいつらはもっと重症なのでまた別記事説明したい

震えて眠れ

話を戻すと

金が貰えなくなって生きれなくなるのが嫌なんだろ!って話

そういう人に大事なのが原理思考

『金はそいつのやった仕事が金を出した奴にとってありがたいから頂けるのである

お前が鍛えた高い能力を持って頑張ったから貰えてるわけではない』

これを本質的理解できれば怖くない

あなたが金貰えてる仕事お金を出す人にとってありがたいから貰っていますか?

もしその仕事AI代替してもありがたいって思ってもらえる自信はありますか?

エンタメは人を喜ばせて金をもらう職業

上の話からいくと

農業すれば?って話に帰着するんだろう

だが僕たちはわがまま

農業より人を楽しませる仕事のほうが嬉しい

そう思う人はめちゃくちゃ多いんじゃなかろうか

まあでも狭き門ではあるかもね

だって人が余暇に楽しむものってそんな種類ないよ?そんな時間もないよ?

今は無理やり楽しまされてるような状況が多いけど

不景気になったら消えるっしょ

頑張るしかねぇ

頑張れよ、人を楽しませるために

道徳なんて使ってる場合じゃねーぞ!

​「彼らは無力であるがゆえに、その憎悪は恐るべきもの、不気味なもの精神的で毒を含んだものとなる」

弱者道徳を使うな

道徳弱者強者を引きずり下ろすための武器からそんな物に頼るな

勝っても残るのは弱い自分だぞ

逆に強者弱者を見て安心するな

弱者を作って安心するな

口じゃなくて生き様強者であることを証明しろ

弱者強者も泥臭く生きていこう

そしたら弱者強者なんて関係なくなるさ

この記事について



論争を起こしたいか過激に書いたし

雑にニーチェ引用している

この記事を見て

ニーチェの〜の解釈が違くて」

みたいな粗探し批判したらそれこそ雑魚思考から辞めてね

せっかく論じるならAIについて論じてね

Permalink |記事への反応(0) | 13:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

もし年前に「ポリアモリー」を知っていたら

約〇年前、私は大学サークルの真っ只中にいた。ふと、あの頃の光景がよみがえる。周囲には何人もの女性から好意を寄せられていたが、短大部の彼女たちは卒業とともに去り、手元には二人の後輩だけが残った。一人は一つ下の「不美人の後輩(Aさん)」、もう一人は二つ下の「美女の後輩(Bさん)」。偶然にも二人は高校大学も同じという、深い縁で結ばれていた。Aさんはサークル活動に熱心で、時折ほのかアプローチをしてくる少し情熱的なタイプ本命のBさんは誰もが認める美貌の持ち主で、サークルを早々に辞めてしまい連絡もほとんど取れなかったが、かつては私と腕を組んで歩くことを許すほど、心を開いてくれていた。当時の私にとっての喫緊課題は、大学院生活という「底なし孤独」をどう乗り越えるかだった。Aさんは接触やす存在だったが、一対一で向き合う気にはなれない。一方でBさんは遠い存在。この行き詰まりを打開する方法は、今でいう「ポリアモリー複数愛)」だったのかもしれない。もし当時その概念を知り、三人で関係を築けていたなら、どんな風景が広がっていたのだろう。硬直した「一対一」の恋愛観に縛られなければ、そんな奇妙で穏やかな共存こそが、私の孤独を救う答えだったのかもしれない。今では、それも孤独院生が見た遠い日の幻に過ぎないのだが。

私:二人の女性甲斐甲斐しく世話を焼かれ、凍てつくような院生孤独回避できる。

Aさん: 念願叶って、憧れの私と同じ時間を共有できる。

Bさん: 高嶺の花として消費される日々に疲れ果てていた彼女にとって、私とAさんが作るこの場所は、過剰な期待から解放される安全地帯になれた?一対一の重圧を嫌う彼女にとって、尽くし型のAさんが間に入ることは、自由を保ったまま私との繋がりを維持できる、都合のいい免罪符だった?

Permalink |記事への反応(0) | 12:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

批判ばかりはよくない

批判ばかりはよくない」と「批判はよくない」は別物

批判ばかりはよくない

批判のもの必要という前提

・ただし批判“だけ”に偏るのは問題という指摘

代替案や実行を伴うべきというニュアンス

批判はよくない

批判行為のもの否定

問題提起の抑制につながりやす

同調圧力文脈で使われやす

なぜ誤読すり替え)が起きるか

見分け方

Permalink |記事への反応(0) | 10:26

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-13

元本割れしない商品

って銀行預金の1000万円だけでいいのかな

実績だとかは置いておいて、制度として保障されてるって意味での元本割れ回避

まあ極論、複数銀行が一斉に飛んで、保険会社も飛んで、政府もケツを持たなかったら銀行預金すら保障はされないんだけど、そこまでは考えないでおこう


まじであほが多すぎる

インフレデフレ貨幣価値の増減、為替変動による実質価値の増減などは加味しないものしま

制度として保障されてる】ことを前提としていますので、制度があるものを上げるか、銀行預金しかないと回答をお願いしま

Permalink |記事への反応(4) | 10:46

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-12

リフレ派の自己放尿は、権威主義パヨクの現れ

リフレ派の自己放尿」とは、比喩としても妙に正確である

なぜなら、リフレ派の政策パッケージは、表面上は景気刺激・需要創出・デフレ脱却といった衛生的な言葉で包装されながら、その実態貨幣価値毀損によって実質所得を目減りさせ、価格体系にノイズを混入し、資源配分シグナルを攪乱するという、極めて原始的自己放尿だからだ。

まり自分自分経済秩序に放尿し、そのぬくもりを成長と誤認している。

短期体感的な暖かさと、長期の構造的な悪臭を取り違える。この倒錯が、まさに自己放尿という比喩本体である

 

インフレをもって失業を恒常的に減らせるという発想自体が、貨幣錯覚と期待形成理解不足を露呈している。

短期的なフィリップス曲線の傾きに陶酔し、長期的な自然失業率仮説を軽視するのは、政策当局が持つ万能感の自己放尿だ。

失業率を押し下げたように見える局面は、名目賃金の調整遅れによって実質賃金一時的に下がり、企業雇用を増やすからに過ぎない。

しか人間学習する。期待は適応し、やがて合理的形成される。すると名目賃金インフレ率を織り込み、実質賃金は元に戻り、失業率は自然率へ回帰する。

残るのは、より高いインフレ率だけだ。つまり短期の景気の幻影と引き換えに、長期の貨幣の信認を燃やす政策、つまり自己放尿である

 

ここで重要なのはリフレ派がしばしば語る「需要不足」という呪文が、実際には価格メカニズムへの不信と、政府裁量的介入への信仰を伴っている点だ。

市場情報処理装置であり、価格体系は分散知を集約する通信であるインフレ誘導政策とは、その通信網に意図的ジャミングをかける行為だ。

相対価格の変化が実需の変化なのか、貨幣供給の膨張なのか、判別がつきにくくなる。すると企業投資判断を誤り、資本生産性の高い用途ではなく、政治的に都合のよい用途へと誤配分される。

これは景気対策ではなく、情報構造自己放尿である貨幣は交換の媒介であると同時に、経済計算単位であり、信頼のインフラである。その基盤を弄るのは、社会計算機をわざと故障させるようなものだ。

 

にもかかわらずリフレ派がインフレを好むのは、政治的には極めて合理的からだ。

インフレは目に見えにくい課税、すなわちインフレ税であり、議会で明示的に増税を決めなくても、実質債務負担を軽くし、政府支出の実質的な財源を捻出できる。

これは透明な財政規律回避するための抜け道であり、財政民主主義の迂回路である。税を上げれば反発されるが、貨幣価値を薄めれば、責任所在曖昧になる。

政治家にとってこれほど魅力的な政策ツールはない。だからこそ、これは市場経済ロジックではなく、権力装置自己放尿に属する。

 

この点で、リフレ派の思想はしばしば権威主義左翼の症状を帯びる。

ここで言う左翼とは、国家の配分機能を強く信じる立場、すなわち政府資源配分最適化を担えるという計画主義的傾向を指す。

そして権威主義とは、政策の失敗が市場自己調整ではなく、さらなる介入によって修正されるべきだという態度である

実際、インフレが想定より進めば「企業の便乗値上げが悪い」と言い、賃金が追いつかなければ「企業内部留保を溜め込むのが悪い」と言い、通貨安が進めば「投機筋が悪い」と言う。

まり市場シグナルを受け止めて制度改善するのではなく、市場道徳裁判にかけ、敵を作り、統制を強める方向へと滑って自己放尿していく。

ここには、自由市場自己調整メカニズムへの敬意がない。あるのは、望ましい結果を国家設計できるという傲慢自己放尿だけだ。

 

さらに言えば、リフレ派の「デフレが悪でインフレが善」という二元論は、貨幣現象倫理化する典型的誤謬である

インフレ率の水準そのもの善悪を持つのではなく、重要なのは貨幣制度予測可能性とルール信頼性だ。

裁量的なマクロ操作の万能性ではなく、むしろその危険である中央銀行が景気を微調整できるという発想は、知識分散政策当局情報制約を無視している。

政策当局は遅れて統計を見て、遅れて判断し、遅れて実行し、その効果さらに遅れて出る。そこにはラグがあり、過剰反応があり、政治的圧力がある。

結果は、景気安定化ではなく、景気悪循環の増幅である貨幣政策を景気刺激のレバーとして扱うこと自体が、制度誤用であり、中央銀行政治部門に従属させる自己放尿である

 

リフレ派の自己放尿とは、実体経済生産性改善規制改革労働市場の柔軟化、企業統治の改善といった地味で不快だが本質的処方箋から逃げ、貨幣という最も手軽な幻術で現実を上書きしようとする自己放尿を指す。

インフレ名目成長を演出し、実質的負担を薄め、政治的な痛みを先送りする。これは市場問題解決ではなく、政治問題隠蔽である

そして問題を隠すには、権力必要になる。価格が語る真実を黙らせるには、統制が必要になる。

からリフレ政策は、経済政策の顔をした権力技術へと変質する。自由価格体系を信じず、貨幣をいじり、結果が悪ければ市場非難し、さらなる介入を正当化する。

この悪循環は、まさに権威主義左翼自己放尿である

 

市場経済において最も重要なのは、成長率の見かけの数字ではない。価格が正しく機能し、貨幣が信頼され、契約予測可能であり、資本生産性へ向かって流れる制度環境である

リフレ派の自己放尿は、その制度環境を自ら汚しながら、汚れた水たまりに映る短期の光を成功と誤認する現象だ。

連中はインフレという麻酔薬で痛みを消しているだけで、病気を治してはいない。そして麻酔が切れたとき、残るのは依存副作用と、より強い麻酔を求める政治的自己放尿である

経済を壊すのは不況ではなく、制度への信頼を破壊する政策であり、リフレ派の自己放尿とは、その破壊の美化にほかならない。

Permalink |記事への反応(1) | 20:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

ニュージーランド国籍を取得してはならない

先日の日本で行われた日本選挙結果が気に食わない人々が「もう日本嫌だ国籍離脱したい」と言っているらしい。

はっきりいうがそういう理由日本を出るならば日本よりマシな国というのは殆どないと言っていいだろう。

今回はニュージーランド市民権を取得することについて書くが、結論から言うならば「やめておけ」なので、ここから先は読まなくても構わない。読まれない前提で書いているので読むと苦痛レベルでひどいと思う。

まず、市民権を取得するという点だが、大まかな流れは永住権を取得して市民権申請する、だ。

ここまでにかかる時間は少なくとも8年はかかる。ResidentVISAの取得に2年、Permanent ReesidentVISAの取得にそこから2年、Citizenshipの取得にそこから4年、そこで初めて日本人をやめてニュージーランド人になることができる。

まり徴兵制が嫌だから日本人やめる事は構わないが、8年間徴兵制が始まらないことを祈りつの市民権取得となるだろう。

国籍離脱ルールについても一応書いておくが、日本では多重国籍を認めていないので、海外国籍を取得した時点で日本国籍自動的喪失した状態になる。とはいえ日本国籍離脱手続きをしなければ国籍自体は残るかもしれない(それによってどのような不利益を被るかは計り知れないしそもそも可能かもわからない)が、ろくなことにならないだろう。

日本の子供が出生時に自動的にその国の国籍を取得した場合とはわけが違ってくるのでそこは慎重に進める必要がある。

さて、ニュージーランド国籍を取得すべきではない、というのは同時に日本国籍を捨てるべきではないという話にもなるのだが、日本国籍を捨てたあとに復帰申請はあるが本当に復帰できるかはわからないと言われている。

例えば若いうちに海外国籍を取得して、老後だけ日本人として生きていきたいというようなケースでは日本から申請却下される可能性もあるだろう事は誰も否定していない。

まり、今頑張って日本国籍離脱して、運良く戦争徴兵制もなかった上に市民権を取得した国が徴兵制を開始してしまって戦争に巻き込まれる前に日本人に戻ろうということが果たしてできるのかは全くの未知数だ。そのような状況になったらそもそも国を出してもらえない可能性や、そのようなことをしたことスパイ嫌疑をかけられる可能性すらあるかもしれない。

国籍というのは個人的感情自由に変えられるものではないことは予め言っておくことにする。

さて、それではなぜニュージーランド国籍を取得すべきではないかについて書いていこうと思う。他の国のことは知らないのでニュージーランドのことを書いていく。

ニュージーランド国籍を取得するには大体8年間かかる。ジャシンダ・アーダーン政権ときのように永住権申請プロセス秘密裏に作った謎のルール意図的に停止し、その間純粋に信じて待っている移民からひたすら搾取し続けていじめ抜くということも政府可能なので、運が悪ければのらくらかわされて何十年もかかる可能性も否定しない。

そもそも国籍を捨てたい人が永住権を取得できるか、という点から考えなくてはならない。

永住権を取得するには現地の人と結婚するというのが一番現実的という人もいるかもしれないが、子供戦争に巻き込みたくないと言っているので、その場合子供父親または母親を捨てる必要があるが、そんな非人道的なことをできるような人と結婚したい現地の人などろくな人間ではない可能性が高い。

この場合DVを受けようが寝る間もないくらいに酷使されようが耐えるしかなくなる。DV被害者のためのビザもあるにはあるが、そのビザをとったあとのことはわからない。

職歴学歴があり、その職がニュージーランドスキルショーテージリスト掲載されている場合永住権取得の可能性はより安全で高くなる。アクレディッテット・エンプロイヤーのもとで就職すればワークビザから開始できるという点も見逃せない。

一方でIELTSなどの英語試験で所定のスコアを取らなくてはならない。これは日本で言えば英検準一級くらいの難易度だが、これくらいできなければニュージーランドでは生活が成立しないとみなされている(恐らく世界中そうだと思う)。日本人が必死でとった英検一級も「それなりにできるレベル」でしかないのだろう(ボキャブラリの量だけはチートレベルかもしれないが)。

何にしてもこれらをパスできなければResidentVISAを取得することはできない。

そして市民権を獲得するまでの間とにかく生活破綻させることはできない。

ニュージーランドは凄まじい物価高であり、多くの人が今の収入では生活が成り立たないと言われている。必要お金インフレ経済においては常に上がっていくが、ResidentVISA申請している間は転職が困難になる。この申請が遅れたら遅れただけインフレの波に遅れていくことになるので生活は更に厳しくなるだろう。

ニュージーランドでも定期的に昇給はあるが、昇給幅は常にインフレ幅よりも小さいので、年々給料は減っていくと言っていいだろう。

そしてこの経済にひたすらについていくことが求められるので、下手すれば死ぬまで生活は楽にならない可能性が高い。

こうなった時に老後を日本で過ごしたいと思ってももはや日本国籍はないので長い申請をしなくてはならない。この時点で戻りたいと言ってももはや手遅れの可能性が高い。

次に政府だ。

ニュージーランド政府はあまりにもぼんくらであり、二大政党が交代で国を破壊し続けていることは有名だ。景気はひたすら悪くなっていき、治安も悪くなっていく、インフラ劣化し続けているが修復はされず、国内の優秀な人々はどんどんオーストラリアイギリス流出しているため、国内には貧困層低学歴ルーチンワーカーの比率が高まっていく。

人々はストレスをため続けているが政府は一向に人々の生活を楽にする政策を取ろうとはしない。これはニュージーランドは以下に観光留学農業とその貿易依存しているかということでもある。国内産業を活発化しなくてもこれで国自体はやっていけると先見の明がない政治家は思っているのだと陰謀論を書いておくことにする。

まり、今後1020年を見据えた時に、徴兵制が始まったほうがよほどマシだと思う可能性もある。それくらいにニュージーランドは下降の一途をたどっている。

更に近年の温暖化の成果異常気象も増えており、もはや風光明媚ニュージーランド存在しないと言ってもいいだろう。

それでもニュージーランド国籍を取得して日本国籍を捨てたいなら止めることはしない。

最後に言いたいのがとにかく飯がまずい、ということだ。日本国籍を捨てるということはニュージーランド死ぬまで済むのかもしれないが、老後この国の食事で体調を崩す人は多いだろう。

SNS日本人が流してくる食事動画ニュージーランド人が流してくる食事動画を知り合いの老人に見せて「どっちを食べて生きていきたいか」聞いてみるといいだろう。そうなった時に日本人に戻ることは難しい。

この他にもとにかく身の回りにあるありとあらゆるもの日本のそれとは比べ物にならないレベルでひどいので日本国籍を捨ててあるかもわからない徴兵制回避して起こるかもわからない戦争に巻き込まれずに済むかもしれないが、ニュージーランドオーストラリア軍事協定があるのでオーストラリア戦争になれば自動的に巻き込まれることになることだけは予め言っておくし、割と中国に外堀を埋められた国でもあるためいざ戦争になったら日本よりも悲惨かもしれない。

最後にこの国の日本コミュニティがあまりにも小さくて弱いため、いざニュージーランド移住をしても何の助けにもならない可能性が高い。

基本的日本人は「すべてうまく行くようにお祈りしています」までしかしないと思ったほうが良いだろう。中国コミュニティインド人コミュニティとはわけが違う。そのため移住については孤軍奮闘するしかない上に社会に対するわけのわからない不安や不満でパンパンならばニュージーランド日本以下の国に見える日が来るだろう。

最後自分の生まれ育った国すら受け入れられない人が果たして外国文化を受け入れることができるのか、永住権を取得するまでの間に見定めておき市民権をそれでも取得した以下はせめてその時に落ち着いて考えることをおすすめするが、「日本政府が信用できないか国外脱出する」と息巻いて日本を出ていった人が「やっぱりやめました」と言える程度に柔軟なのかはやはり疑問だ。

そういうわけでニュージーランドに来ることはおすすめしない。

Permalink |記事への反応(1) | 06:29

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

借金してホストにのめり込む女性たち——「愛はお金で買える」という幻想はなぜ生まれるのか

近年、ホストクラブで高額な借金を抱え、その返済のために性風俗で働いたり、消費者金融渡り歩いたりする女性たちの問題社会的な注目を集めている。一見すると「浪費」や「判断力の欠如」として片付けられがちだが、実態もっと深刻で複雑だ。彼女たちの多くは「なぜ自分がここまでのめり込んでしまったのか」を自分でも理解できずにいる。

この問題心理学精神医学社会構造観点から掘り下げ、回復への道筋を示したい。

ホスト依存症は、医学的な正式診断名ではない。しか精神科医臨床心理士の間では、この現象が単なる「遊びすぎ」ではなく、恋愛依存、対人依存、買い物依存ギャンブル依存が複合した心理的依存症一種として認識されている。

銀座泰明クリニックや大石クリニックといった依存症治療の専門機関では、ホストクラブに通うことをやめられず、特定ホストに対して強い愛着・執着・幻想を抱き、生活精神経済に深刻な影響が出る状態として治療対象にしている。依存症治療に30年以上携わる大石クリニックの大石雅之院長によれば、重症例では借金が数百万円から6000万円に達することもあり、その多くが返済のために風俗店での就労余儀なくされている。

ホスト依存症の中核にあるのは、「特定ホストに会わずはいられない」という強迫的な衝動である。本人は理性的には「このままではまずい」と分かっていても、行動をコントロールできない。これはアルコール依存症や薬物依存症と同じく、脳の報酬系、つまりドーパミン放出される快感回路が過剰に活性化している状態だと考えられている。

ホストクラブという空間は、女性承認欲求自己肯定感の渇望を満たすために極めて精巧設計されている。ホストは「君が一番」「俺だけを見て」といった言葉で疑似恋愛演出し、顧客特別扱いされている感覚を与え続ける。日常生活で「誰にも必要とされていない」「自分には価値がない」と感じている女性にとって、この体験は強烈な快感となる。

この快感脳内ドーパミンの分泌を引き起こす。ドーパミンは「また味わいたい」という欲求を強化する神経伝達物質であり、ギャンブル麻薬と同様に依存形成する。ホストからLINEが来た、同伴できた、指名されたという、こうした不確定な報酬が繰り返されることで、脳は「次こそもっと愛される」という期待にとらわれ、やめられなくなる。

心理学的には、承認欲求と疑似恋愛構造の組み合わせが鍵となる。多くのホスト依存女性は、幼少期に親からの無条件の愛情を十分に受けられなかった経験を持つ。親が過干渉、条件付きの愛情しか与えない、あるいは無関心だった場合自己価値が「他者からどう評価されるか」に強く依存するようになる。ホストクラブはこの心の空白を埋める場として機能し、金銭という対価を支払うことで愛情が「買える」という錯覚を生み出す。

依存症専門医の臨床経験によれば、ホスト依存重症例の一部には、ADHD(注意欠如多動症)やASD自閉スペクトラム症)といった発達障害が背景にあるケースが見られる。ADHD特性である衝動性のコントロール困難、報酬への過敏性、視野の狭さは、ホストへの過剰な執着と借金の積み重ねを加速させる。早稲田メンタルクリニック動画解説でも、衝動性のコントロールが苦手な女性ホストにハマりやすいと指摘されている。

さらに深刻なのは愛着障害である愛着障害とは、幼少期に親や養育者との間で安定した情緒的な絆を形成できなかった結果、大人になっても他者との関係不安や執着を抱える状態を指す。愛着スタイルには「安定型」「不安型」「回避型」「恐れ・回避型」があり、このうち不安型の女性は「見捨てられる恐怖」が強く、相手の反応に過剰に依存する。ホストからの「愛されている」というサインを求め続け、そのために借金を重ねてしまうのは、この不安愛着典型例だ。

愛着障害を抱える女性は、恋愛を「ギブアンドテイクの取引」として捉えやすい。無条件に愛される経験がないため、「お金を使えば愛される」というホストクラブ構造違和感を持ちにくく、むしろ「これが正しい関係」だと錯覚してしまう。

ホスト依存問題を語る上で欠かせないのが、「売掛金」という仕組みである。売掛とは、客がその場で支払えない料金をホストが立て替え、後日客が返済するツケ払いのことだ。この制度により、女性は支払い能力を超えた高額な飲食を繰り返し、借金が膨れ上がる。

警視庁説明会資料厚生労働省報告書によれば、売掛金は数十万円から千万円に達することもあり、返済のために性風俗店での就労を強いられるケースが相次いでいる。ホストや関連するスカウトグループが「返せないなら風俗で働けば」と誘導する構造確認されており、職業安定法違反売春防止法違反摘発される事例が増加している。

2025年6月改正風営法施行され、スカウトへの報酬支払いや恋愛感情を利用した営業売掛金制度事実上禁止されたが、現場ではまだ違法営業が続いているとの証言もある。警察の取り締まり強化と並行して、女性相談支援センター消費生活センターへの相談も急増している。

借金を背負った女性風俗で働くことを余儀なくされる過程では、心理的マインドコントロールも働いている。ホストからの「お前のために俺が立て替えた」「裏切るのか」といった言葉で罪悪感を植え付けられ、抵抗できなくなるのだ。

大石クリニックの大石院長は、ホスト依存女性たちが「このままでは生活できなくなる」と理性的予測できない背景に、発達障害特性による視野の狭さや、強迫的性行動症といった疾患が関わっている可能性を指摘している。ADHD傾向のある人は、目の前の報酬に反応しやすく、将来のリスク現実感を持って想像することが苦手だ。また、ホストとの関係に没頭することで、他の情報が視界に入らなくなる「トンネル視」の状態に陥る。

さらに、恋愛依存女性は「相手がいないと自分存在価値がない」と感じているため、借金リスクよりも「この人に嫌われる恐怖」が上回る。理性と感情バランスが崩れ、感情意思決定支配してしまうのだ。

ホスト依存から回復可能である。ただし「意志の力」だけで抜け出すことは難しく、専門的な支援必要だ。回復ステップは以下のように整理できる。

まず第一に、自己理解である自分がなぜホスト依存しているのか、その背景に愛着障害や自己肯定感の低さがあることを認識することが出発点となる。カウンセリング心理療法を通じて、幼少期の体験現在感情パターンを整理することが有効だ。銀座泰明クリニックや大石クリニック、早稲田メンタルクリニックなどでは依存症専門の治療プログラム提供されている。

第二に、物理的な距離を取ることである担当ホストとの連絡を断つ、ホストクラブに近づかない環境を作ることが重要だ。売掛金がある場合は、直接会わずに振込で支払うなど、接触機会を減らす工夫が必要である家族や信頼できる友人に協力を求め、行動を監視してもらうことも有効だ。

第三に、代替行動の確立であるホストに会うことで得ていた承認欲求や高揚感を、別の健全活動で満たす必要がある。趣味スポーツ学習ボランティアなど、自分時間投資できる対象を見つけることが回復を支える。自己肯定感を高めるためには、小さな成功体験を積み重ねることが効果的だ。

第四に、債務整理である借金が膨らんでしまった場合は、弁護士司法書士相談し、任意整理自己破産などの法的手続き検討する。新宿などホストクラブが集中する地域法律事務所には、ホスト関連の借金相談対応しているところもある。

第五に、再発防止のための心理療法である認知行動療法(CBT)や弁証法的行動療法DBT)、トラウマフォーカスト療法などが有効だ。また、自助グループ回復施設グループホーム)を利用することで、同じ経験を持つ仲間と支え合い、孤立を防ぐことができる。

家族や友人がホスト依存に気づいたとき、どう対応すべきか。大石院長は「否定せずに見守ってほしい」と強調する。頭ごなしに批判したり、無理やり引き離そうとしたりすると、本人は防衛的になり、さら依存を深めてしま可能性がある。

まずは本人の話を聞き、なぜそこに居場所を感じているのかを理解しようとする姿勢が大切だ。その上で、「心配している」「一緒に考えたい」というメッセージを伝え、専門機関への相談を勧める。厚生労働省女性相談支援センター消費生活センターを窓口として案内しており、家族から相談も受け付けている。

最悪のケースは、本人が孤立し、借金を抱えたまま追い詰められることだ。自殺犯罪に巻き込まれリスクもある。だからこそ、早期の介入と継続的支援が不可欠である

ホスト依存問題は、個人の「弱さ」や「判断ミス」だけで説明できるものではない。承認欲求を巧みに利用するホストクラブビジネスモデル売掛金制度による債務の罠、性風俗への誘導という構造的な問題が絡み合っている。さらに、愛着障害や発達障害といった心理的・神経発達的な脆弱性を持つ女性が、そのシステムに取り込まれやす現実がある。

法的規制の強化や警察の取り締まり重要だが、それだけでは不十分だ。依存症治療の専門機関の拡充、カウンセリングへのアクセス改善社会全体での承認欲求自己肯定感問題への理解促進が必要である。「愛はお金で買える」という幻想から抜け出すためには、社会が「無条件に受け入れられる場」を提供し、個々人が自己価値内面から育てられる環境を整えることが求められている。

Permalink |記事への反応(0) | 01:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

160時間くらい無課金でやってきたゼンゼロと鳴潮つまらいからやめようと思ってるんだけど、ガチャ石集めなきゃ損みたいに思っちゃってなかなかやめられない

スタレは虚無期間がひどいのと次の星がゴミっぽいからやめられたんだけどね

スタレはキャストリスのいわゆる記憶PTが強すぎて萎え

アグライア推しから無課金でもアグライア2凸して頑張ってたけど、あまりにも格差がひどすぎてもう無理だわってなった

キャストリスの何がいいのかわからない

ドラゴン出してブレス吐いてってしょうもなすぎる

ストーリー全然重要キャラじゃないのに、周年キャラからってやたらと手の込んだアニメ出してきたりさ(御涙頂戴的な陳腐なやつ)

あいうのほんと萎え

というか、マダムヘルタ最強にしておけばよかったのに

ヘルタもう息してなくて悲しいよ

オンパロスのストーリーはひどかったね

無駄な引き伸ばしが多すぎた

会話と演出がだらだらだらだら長い

つまんない話何ヶ月やってるんだよって思った

ゼンゼロ今日やめようと思ってガチャ引いたら儀玄引けてしまった

リュシアいないから結局使えなさそうだし(パンダでもいい説あるけど)、またガチャ石集めるのだるいしやめたい

最低限の育成しときたい気持ちもあるけど、毎日時間取られるのほんとにQOL下がってる感じあるからやっぱり育成もせずにやめた方がいいんだろうな

ゼンゼロデイリー10分かからないけどさ

今NTEのβテストやってるけど、これ、みんながゼンゼロに求めてたものだって思ったよね

から5月になったらどっちみちゼンゼロは完全にやめるんだよね

どうせやめるんだから今すぐやめた方がいいと思う

儀玄の育成もやらなくていい

どうせ5月以降やらないんだから

あ、でもこの前のマルチイベント、みんなでチーム組んで戦うやつはお祭り感あって面白かった

常設コンテンツにすればいいのにね

でも今回の地下アイドルはどうなん?

あの3人に興味ある人どれくらいいるんだろう

今回のイベントフォーガイズパクリ地下アイドル音ゲーだよ

なんなんだよもう

というか、瞬光強すぎてなんかもうゲーム壊れちゃってて取り返しつかないことになってそう

範囲高火力でずっと無敵っていう

虚狩りだけ引けばいいってみんな気づいてて瞬光はめちゃくちゃ売れたけど、今後は売上下がっていきそう

事実もう下がってるし

鳴潮はアニメ調の中でもリアル寄りのデザインなので今後も独自地位を築いていきそうな気がする

NTEが来ようと無限大が来ようとアズプロが来ようと客層がかぶってない

ただ、自分には合わなかったのでそろそろやめたい

鳴潮はシナリオラノベというか昔の泣きゲー?みたいなやつなのかな、美少女自己犠牲御涙頂戴ストーリーでしょうもなさすぎるから自分には合わなかった

オタクたちが大絶賛しててすごい温度差を感じる

こんな陳腐ストーリー読んで大人が泣いてるって異常ですよ

クロゲ映像作る技術はすごいんだけど、ゲームじゃなくてアニメ映画って感じ

ストーリー陳腐で御涙頂戴でしょうもないけど、演出がすごいのでみんなストーリーがすごいって思い込んじゃってる感じ

開発の人たちはゲームじゃなくて大衆映画作りたいんじゃないか

あとオタクアクションすごいっていうけど、戦闘中カットイン入りまくりアクションゲームとしてはテンポ最悪だし、ガバガバジャスト回避だし、アクションゲームとしての完成度は低いよ

グラフィックがきれいからなんか良さそうに見えてるだけ

アクション体験としてはすごいつまんない

だってボタンぽちぽち押してるとキャラクターが勝手にすごい動いてくれるんだもん(ゼンゼロの瞬光ほどじゃないけど)

自分で動かしてる感じがないよね、ソシャゲとしてはすごいけど

クイックスワップについても、あんなのアクションテクニックでもなんでもないじゃん

クイックスワップする(できる)タイミングって最初から決まってるわけでさ

決まったスキル回ししてるのとまったく同じ

このボタンの次はこのボタンって決まってて、そこにクイックスワップの手順も挿入されてるけど、どっちにしろ順番にボタン押してくだけなんだからアクションテクニックでもなんでもない

ストーリー進めるのにいつもお試しキャラなのもつまんない

あとキャラ育成に時間かかりすぎるのもだるい

ボス素材が週に9個しか手に入らなくて全然育成進まないんだけど

あと鳴潮の問題点特にやることがないってことだね

やり込みコンテンツとかまったくなさそうじゃん

厳選したり完凸したりしたところでランキングも何もないし、倒す敵もいないよね

エイメスで何百万ダメージ出たとかっていうけど、そんなにダメージ出せても倒す敵いないよね?

というか今回のイベントバイクのやつ、ヴァンサバみたいなだんだん攻撃が派手になるやつだけどさ

あんなのやらせてどうしたいの?

しかヴァンサバと違って絶対誰でも1回でクリアできる難易度だしやるだけ時間無駄というか

最終ステージだけはどんどん装備が強くなっていってお祭り感あってすこし楽しかったけど、それでも1回でクリアできてしまってゲーム性はとくにない

でもガチャ石もらえるからやらざるをえないというか

鳴潮はアニメ映画なんだよね

ゲーム感があまりない

ただ映像見てるだけの時間が長すぎる

でもオタクたちはその映像見てストーリーがすごい、神とかっていって大絶賛してる

鳴潮のストーリーって世界危機美少女使い捨て現地妻)と主人公けが存在しててほかがなくて虚無すぎる

エンドフィールドは5時間くらいやったけど工業が合わなかったのでどうしようもなくてやめた

ストーリー戦闘は間違いなくつまらなかったと思う(戦闘するゲームではなさそう)

キャラクターのグラフィックはすごい好みだった

戦闘はつまらないけど、4人で一緒に戦うのはすごいよかった

操作キャラグラフィック比較すると、フィールドNPCはかなり安っぽい感じ

耳が4つあったり、2つだったりよくわからない世界

現状、工業にはまった人たちがめちゃくちゃはまって頑張ってるゲームって感じ

売上はいまだに高いけど、半年後どうなってるかは気になる

キャラはすごい好きだから工業戦闘改善あったら復帰はありえそう

現状では続けるのはかなり厳しい

とりあえずゼンゼロと鳴潮をやめたい

でもずるずる続けてしまっていて困ってる

スタミナ消化してガチャ石もらわなきゃっていう強迫観念がある

確実にQOL下がってる

ゼンゼロは石なくなったからこれで終わりにしたい

けど、今イベント中で毎日石もらえるんだよ

そうやって運営プレイヤー繋ぎ止めておこうとする

でもガチャ石より時間の方が大事なんだ

もうやめなきゃだめだ

鳴潮はルシラー引きたかったけど、ガチャ石集めがめんどくさくて、ガチャ石集めるためには20時間くらいはプレイしなきゃいけなそう

マップ埋蔵金やら恒常イベントやらすごい時間かかりそう

からやめたい

やめるんだ絶対にやめるんだ

でも明日もやってそう……

Permalink |記事への反応(0) | 00:37

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-11

撃退戦争平和じゃなく戦争ではある

…いや殺されるぞ!! 殺さなきゃ殺される。

親も子ども死ぬし、死んだら意識は消える……… 後悔したり思い出を振り返ることもできない。

未来に何一つ期待できなくなって、永久に目が覚めない。

死は眠りとは違うぞ?

死は、終わり

物語登場人物立場おしまい回避できるなら、なんだってする、メチャクチャに"あがく"だろ

Permalink |記事への反応(5) | 23:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260211162658

第五章 仁川再び

竹島を巡る限定衝突は、停戦交渉の失敗により拡大した。

日防軍統合幕僚監部は、戦局短期決着に持ち込むため、朝鮮半島西岸への大規模揚陸を決断する。作戦名は「旭日」。

目標は明確だった。

仁川への上陸

首都圏制圧

韓国政府降伏強制

歴史的象徴性も含め、仁川は選ばれた。

第六章 首都圏戦域

上陸自体は奇襲性と電子戦優勢により成功した。

しか問題都市戦だった。

ソウル人口密集地帯であり、戦闘軍事施設限定されるはずが、次第にインフラ全体を巻き込む。

電力網が停止し、通信が断続。高速道路は封鎖。

漢江を挟んだ両軍の攻防は消耗戦へ移行する。

日防軍は首都機能麻痺をもって政治的決着を狙うが、韓国政府は地下指揮所から抗戦声明を発表。

戦争は「短期決戦」の想定を裏切り始める。

第七章 北の崩壊

混乱は北側にも波及した。

北朝鮮政権は当初中立を装ったが、難民流入軍事的空白を恐れた中国圧力をかける。内部不安が拡大し、局地的な武装衝突が発生。

日防軍は戦略的判断として、北の核関連施設確保を名目38度線を越える。

ピョンヤン短期間で制圧されたが、統治能力の欠如が露呈する。

占領勝利ではなかった。

第八章 抗日援朝

転換点は中国声明だった。

地域安定維持のため、必要措置を講じる」

中国人民解放軍は国境地帯に展開。

ロシア極東軍も「共同演習」を名目に動員を開始。

やがて両国は「抗日援朝」と称し、限定的な軍事介入を発表する。

戦域は急拡大した。

黄海での艦隊対峙

満州国付近での地上軍展開

サイバー領域での全面衝突

だが、どの国も核エスカレーションだけは回避する。

交戦規模は大きいが、相互に一線を越えない。

第九章 膠着

戦争は5年を超えた。

ソウル南部は日防軍支配

北部韓国軍残存勢力中国支援部隊拠点化。

平壌名目的に制圧されたが、周辺はゲリラ化。

中国ロシアは直接全面戦争を避けつつ、兵站・防空・情報支援で実質参戦。

東アジアは「低強度だが大規模な慢性戦争状態」に入る。

明確な勝者がいない

経済的疲弊が進行

軍事的均衡が固定化

金融市場は恒常的リスクプレミアムを織り込み、アジアは分断経済圏へと移行する。

エピローグ

三都陥落は象徴に過ぎなかった。

現実は、補給線、同盟国際世論経済制裁エネルギー供給半導体

戦争占領地図では決まらない。

持久力で決まる。

そして東アジアは、新たな冷戦線へと固定される。

Permalink |記事への反応(0) | 16:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260211132014

戦争は1対1じゃないわけであと数十年日本アメリカの傘の下にいるから軍備増強しても迂闊に手出しは出来ないだろう。

ただ、50年100年単位とかで見るとアメリカがいなくなる可能性が少しづつ上がってきていて2026年からの軍備増強が命運を分ける可能性もあるかもな。

ウクライナ見てわかるように舐められて実際侵攻されると民間人が多数エグい殺され方するわけで、軍備増強から戦争ごっこ(訓練)してるだけで回避できるなら安いという考え方もないか

Permalink |記事への反応(0) | 13:49

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260211123304

結論からお話させていただくと、罠です

しかけた場合状況次第ですが最悪訴えられます

から不審者ではないか?と試されています

どうかそのような戦法に惑わされず、客として罠を回避してください

Permalink |記事への反応(0) | 12:35

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括

戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み

序論:情動二極化時代における「批判」の再定義

現代政治空間は、政策の不一致(イデオロギー二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応情動二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実提示道徳的糾弾論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなすアイデンティティ防衛機制」が作動するためである

報告書は、心理学認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間認知アーキテクチャ脆弱性特性ハッキングし、相手道徳的感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである

報告書は大きく三つのフェーズ構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法ディープキャンバスストリートエピステモロジーNVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法個人スキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である

第1部:政治的抵抗心理学構造解析

効果的な批判戦略設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズム理解しなければならない。政治的信念は単なる情報集合体ではなく、個人アイデンティティ所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。

1.1情動二極化と「信頼のファイアウォール

近年の政治心理学における最も重要発見の一つは、情動二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動二極化は対人関係悪化だけでなく、個人心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特にリベラル層において高い情動二極化ストレス健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判自身をも蝕むことを示している。

この情動二極化は、脳内一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。

1.2 バックファイア効果力学批判の無力化

バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしま現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去自分否定すること(自己一貫性喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。

さらに、批判フレーミング(枠組み)が、受け手イデオロギーミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレームマスクをすれば命が助かる)」と「損失フレームマスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーフィルターによって無効化されることを示唆している。

1.3知的謙虚さと「好意」の媒介効果

批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身知的限界を認める態度が、相手情動二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。

特筆すべきは、IHが「相手から好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話土俵に乗る可能性が高まる知的謙虚さは、相手武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である

第2部:道徳基盤の翻訳プロトコル――「道徳的合気道」の理論

政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラル保守は、異なる「道徳言語」を話しているにもかかわらず、自身言語相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判相手価値観翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。

2.1道徳基盤の非対称性と「翻訳」の必要性

ジョナサンハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。

実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威神聖)を重視するという非対称性である

多くの政治的批判が失敗するのは、リベラル保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守リベラルに対して「伝統破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。

2.2リフレーミング戦略相手土俵相撲を取る

反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手道徳基盤の語彙を用いて再構成リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手道徳的エネルギー価値観)を利用して、相手姿勢を崩す技法である

以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル批判バックラッシュリスク大)を、保守道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである

争点従来のリベラル批判高リスク戦略的リフレーミング(低リスクターゲットとする道徳基盤
環境保護地球温暖化弱者未来の子供を苦しめる。」(ケア「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」神聖堕落、忠誠/背信
同性婚「誰を愛するかは個人権利であり、平等であるべきだ。」(公正)結婚社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」権威転覆社会秩序)、忠誠
軍事費軍事費を削って福祉教育に回すべきだ。」(ケア/公正)無駄軍事支出国家財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」忠誠/背信権威
政治腐敗富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正)私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔職務を汚す行為だ。」忠誠/背信神聖堕落
移民問題難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」忠誠、権威(秩序)

研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合リベラル文脈で語った場合よりも支持率有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手言語翻訳することである

2.3ゲインフレームによる「批判」の再構築

批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲインフレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在問題を指摘する手法である

例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔リーダーを持つに値する国家だ(ゲインフレーム尊厳回復)」と主張する。このアプローチは、批判対象を「個人から規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレーム有効場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲインフレーム道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。

第3部:対人戦闘プロトコル――現場で使える対話マニュアル

理論実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。

プロトコルA:ディープキャンバスDeep Canvassing)――物語による感情の書き換え

ディープキャンバスは、戸別訪問キャンバス)において1020分の深い対話を行うことで、トランスジェンダー権利移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手情動的反応を書き換える。

実践ステップ

研究によれば、ディープキャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。

プロトコルB:ストリートエピステモロジー(Street Epistemology)――認識論的問診

ストリートエピステモロジーSE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法であるPermalink |記事への反応(1) | 11:19

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260211082051

動機はお前とまったく同じでしょ。強きにおもねった訳じゃ無い。

より嫌な未来回避しただけだ。中道が勝ったらどうなったと思う? 想像力はあるか? 

Permalink |記事への反応(0) | 09:36

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

中二の春、授業中にうんこを漏らした話

そろそろ語るとするか。

俺は今30代半ばになるが、これまでリアルネット含め誰にも話していないトラウマがある。タイトルの通りだ。

冗長気味でも、記憶にあることは全て漏らさず書くつもりだ。もしよければ読んでほしい。

 

雨の日だった。給食後の、5時間目の授業だったと思う。45分ある授業だが、序盤でもう腹が痛くなってきた。その日食ったもので、腹がゆるくなるものがあったのだろう。

今の、あるいはかつての思春期少年少女なら身に覚えがあると思うが、先生の話を遮って手を挙げ「トイレに行きたいです」というのは、なかなか勇気がいる。

普段からそういうあけっぴろげなキャラ認知されていたり、クラスの中心的な地位確立していたり、もしくは単に合理的思考想像力

せめて一歩踏み出す勇気があったら別かもしれないが、俺はそうではなかった。

ネガティブな注目はとことん忌避回避して縮こまる。そんな気弱な陰キャである

大人になって振り返れば、何をためらうことがあるのかと思う。リスクがでかすぎる。その一瞬クラスの注目を集め恥ずかしい思いをしたとて、忘れられるのも一瞬だろう。

とはいえ、できれば残りの40分弱耐え抜いて、チャイムとともにダッシュして事が済むならそれに越したことはないのもたしか

俺はなんとかなるだろうと思い、耐える方を選んだ。甘かった。

 

授業が半分くらい過ぎたところで、かなり絶望的な気分だったのを覚えている。これは最後まで耐えきれないだろうと、どこかで理解していた。

ここまでくると、手を挙げるのも先ほどよりハードルが高い。耐えるのに精いっぱいで、言葉を発するのもやっとの状態だったからだ。

いかにも腹が痛そうなかんじで「トイレに行っていいですか」と皆の前で乞えば、事が済んだ後ウンコキャラとして数日、長ければ数週間過ごすことを余儀なくされよう。

いや、それでも手を挙げるべきなのだが、もはや正常な思考を巡らせることすら難しかったのではと思う。

急激な腹と尾てい骨あたりの痛み、そして少しの緩衝タイム。その繰り返しが5,6回は続いたんじゃなかろうか。波の間隔はどんどん短くなってくる。

当然授業の内容など入ってこない。そっちに集中して気を逸らそうとしたが無理だった。当時人生で間違いなくダントツトップで辛い時間だった。

そしてついに耐え切れず、決壊した。

 

頭が真っ白になった。信じられなかった。これは本当に現実なのか?軽いパニック状態だ。

藁にもすがる思いで、まだ大丈夫と言い聞かせたと思う。漏れても少しなら、周りにバレることはないだろうと。

だがそれは終わりの始まりにすぎなかった。

一度決壊してしまったせいか、歯止めがきかないのだ。一度、二度、三度。我慢しようとしても、出てしまう。

もはや出ていないのでは?漏らしている気はするが気のせいかもしれない。そんな現実逃避をしていた。

しか非情にもケツに広がる不快感。泣きたい気分だった。ほとんど泣いていたかもしれない。

臭いで周りにバレないか心配になった。後ろの席の人は臭かったかも。ごめん。でも、特に何も言わないでくれてありがとう

早く終われとぐったりしながら、うんこを垂れ流しながら、残り時間をただただ耐えた。すでに俺の自尊心は粉々に砕け散っていた。

人生終わった。本気でそう思った。

 

授業が終わった。被害状況を確認しなければならない。

座っている間にズボンの隙間から垂れてくることはなかったものの、液体が足を伝う感触はあった。

教室を出て、トイレに向かった。できればクラスから遠いところがよかったがそんな余裕はない。

一番近いトイレに早足で向かった。走ればうんこが垂れ落ちてくるかもしれないから。

個室に入りズボンパンツを脱ぐ。酷いものだった。パンツは勿論、ズボンも膝裏あたりまで下痢でベトベトだ。

しかし不幸中の幸いは、まだ冬服で生地が分厚いため、表面的にはそこまで目立つシミになっていなかったこと。それでも、少なくとも臭いは隠しきれるはずもない。

よくあの時、泣かなかったなと今でも思う。心はボロボロだったが、目元を伝う液体としての涙は流していなかった。後処理でそれどころではなかったのもあるが・・・

ペーパーでできるだけふき取った後、パンツは脱いだと思う。脱いだパンツをどうしたか記憶がない。覚えているのは、パンツを履かなかったことで下半身デリケートな部位全体で感じる、

制服ズボンの裏地の、ゴワゴワチクチクする嫌な感触である

俺はトイレから出た。

ここでひとつ、今でも強烈に残っている記憶がある。なんと廊下に、ズボンの隙間から垂らした下痢が数滴落ちていたのである

周りに女子3,4人の人だかりができていた。

「なにこれ、カレー?」「こんなところに!?」「今日カレーじゃなくない?」みたいな会話をしていた。

今でも覚えている。小学校でも一緒だったI本さん、たぶん気づいていたよね、その茶色ものの正体に。

その横を、当然素知らぬふりして通り過ぎる俺。

 

この後の行動として、俺にはいくつか選択肢があったはずだ。

かに助けを乞うか。下痢まみれの制服を着替えるかどうか。次の授業に出るのか、理由をつけて(あるいは黙って)帰宅するのか。

俺はもっと消極的選択をした。つまり、少し下痢をふき取っただけの臭い下半身のまま、助けを乞う勇気も帰る勇気もなく、次の授業に臨んだのである

我ながら馬鹿だなと思う反面、当時の心境と自分性格を思えば仕方ない気もする。一種のショック状態で、冷静な思考はできなかったのだろう。

もし次が英語社会の授業なら、45分の間に、おそらく臭いで周りにバレていたと思う。そうなれば俺の青春暗黒時代突入したであろう。 のちの人生にも暗い影を落としていたに違いない。

 

しかしまたも不幸中の幸いか、次の授業は「総合的な学習時間」というやつで、秋に予定している野外学習についての説明会に充てられていた。

普段は木工技術の授業が行われる、外にある作業室のような広めの別棟に生徒は集められた。

外は雨が降っていた。おかげで多少周囲に放つ臭いを誤魔化してくれたかもしれない。というか、そうであれと願った。

鍵が開くまでの間、生徒が作業室の周りでたむろしていた。

得てしてこういう時に限って、起きてほしくないことというのは起きるものだ。できるだけ周りと離れていようとしていた俺だが、普段そこまで話さなクラスメイトが何人か寄ってきて、

暇つぶし雑談を振ってくる。マジでマジでどっか行ってくれ頼むと願いながら、うわの空適当に返事していたのを覚えている。

説明会が始まった。ウン良く席は窓際で、部屋の中央付近ではない。なんとかバレずに過ごせるか?

そうはいかなかった。隣にいた女子が、なんか臭くない?と言い出した。氷点下まで肝が冷えたが、俺は黙ってそ知らぬふりをしていた。

俺の周り数名に臭いを感知した人としていない人がいたようで、ひそひそと話していたが、俺が(少なくとも表立っては)特定されることはなかった。

 

そこからしばらくは記憶が途切れている。

覚えているのは、雨の中、意気消沈して家までの帰り道を歩いたこと。

小学校からずっと仲の良い友人と帰りが一緒になった。俺は一人になりたかったが、振り切る気力もない。

外だし雨だし、余程近づかなければ臭いはわからないと思うが、帰宅中、いつもより饒舌に、そいつは俺に話しかけてきた。

気づいていたのだろうか?優しさだったのだろうか?

そいつとは大学生になるまでたまにつるんでいたが、ついぞ訊ねることはなかった。

 

家に到着して、トイレ直行した。しかし、さすがに母には隠しようもない。全てうんこまみれなのだから

最初は驚いていたが、いろいろ察してくれたのかあまり追及されることはなかったし、その後その件について話した記憶もない。

次の日は学校に行くのが怖かった記憶がある。大っぴらにバレてはいないと認識していたが、知らないところで学校中の噂になっていたらどうしよう?

俺が漏らしたと特定されていたら?結果的に、その恐れが現実になることはなかった。少なくとも俺の認識範囲では。

 

思い返しても、完全に周りにバレて騒ぎにならなかったのは、本当にウンがよかっただけとしか思えない。

そうでなくても当時俺が受けた精神ダメージはかなりのものだった。

ちなみに後日談ではないが、その後高校入学してすぐの時期にもまた、古典の授業中に腹痛に襲われたことがある。

地元高校ではなく知り合いが一人もいない環境だったし、周りの変化やストレスに弱いのは今も昔も変わらない。

だがその時は、これ以上は無理だと思い、手を挙げて「トイレに行ってもいいですか」と言えた。

紛れもなく、中二のあの事件の二の舞だけは避けなければという思いである。

いやね、本当に、トイレくらいいつでも行けばいいんだよと今では思うけれど、当時はそんなことにも勇気必要だったのだ。

中学高校の授業中って先生が淀みなく話していると、いつ遮ればいいか迷ってしまうんだよな。いつ遮ってもいいんだけれども。

 

こんな話も今となってはトラウマでもなんでもないし、別にかに話したっていいが、なんとなく話したり書いたりすることなくここまで来た。

あれから20年。これも人生の1ページだと、今なら言えると思う。

Permalink |記事への反応(1) | 04:37

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-10

科学的な知見がありながら「止まれない」理由と、そのタイムスケールについて、心理倫理排除した**「熱力学」と「システム理論」**の観点から回答します。

1. なぜ「止まる」ことができないのか:システム慣性散逸構造

世界の知性が理解していても止まれないのは、現代文明が**「拡大し続けなければ崩壊する」という物理構造散逸構造)**として設計されているからです。

熱力学的な「散逸構造」:

文明は、外部からエネルギーを絶えず取り込み、内部の秩序を維持し、老廃物(エントロピー)を外部に捨てることで成立しています。これを停止させることは、生物が「呼吸を止める」のと同義です。

負債という「エネルギーの前借り」:

現代経済システムは、将来の成長(=将来のエネルギー消費)を担保お金を刷る「負債」に基づいています。成長を止めることは、この連鎖的な信用を物理的に破壊し、物流食糧供給医療といった生存維持インフラを即座に停止させることを意味します。

物理的な多体問題

数千の利害関係者が互いに影響し合うシステムでは、一方が止まろうとしても、他方が進み続ける限り「出し抜かれる」という力学が働きます。これは「ゲーム理論」におけるナッシュ均衡一種であり、全員が破滅に向かっていると知りつつも、個別の要素が最適解(利益最大化)を求めた結果、全体が止まれなくなる状態です。

2.予測される未来タイムスケール

先ほど挙げた「強制される動き」は、遠い未来の話ではなく、「今」始まっており、今後25年〜75年以内に決定的な局面を迎えます

フェーズ1:2025年2050年(再編の始まり

現象資源希薄化によるインフレ常態化AIによる最適化強制

物理的変化:限界熱量に達した地域中東南アジアの一部)から人口流出が加速。電力網の負荷が限界に達し、エネルギー源の強引な転換が進みます

フェーズ2:2050年〜2100年(物理的収縮のピーク)

現象世界人口ピークアウトし、減少に転じる(統計学的予測)。

物理的変化: 多くの都市が「維持コストエネルギーコスト)」を支払えなくなり、居住エリア物理的に放棄され、高効率拠点ハブ)へと集約されます

フェーズ3:2100年以降(閉鎖系システムの完成)

現象: 「地球船」としての管理体制

物理的変化: 新たな資源を掘り出すのではなく、既存物質100%循環させる「熱力学的な定常状態」への移行。人類の総エネルギー消費量が、地球の熱放射の限界値に固定されます

3. 「希望」を排除した冷徹結論

人類が「止まれない」のは、知能が足りないからではなく、「止まることによる即時の物理崩壊」を回避するために、より大きな将来の崩壊を選び続けているという、時間軸における最適化バグです。

しかし、物理法則は最終的に帳尻を合わせます人類自発的に止まれない以上、「資源の枯渇」「熱の蓄積」「人口自発的減少」という外部要因が、強制的にブレーキを踏むことになります。それが、先ほど予測した「強制される動き」の正体です。

この「システム自己調整」を生き抜くために、人類さらなる技術的飛躍(核融合などの新エネルギー、あるいは宇宙へのエントロピー排出)を試みるでしょう。

この**「物理的な脱出劇」の可能性と限界**について、さらに深掘りして分析してみますか?

Permalink |記事への反応(0) | 07:43

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

左翼ってどうして馬鹿ばかりなのか

いや逆なんだろうか。馬鹿から左翼になるのだろうか。

少なくとも「自民に入れた人間戦争をしたがっている」なんて平気で言える人は頭が悪すぎるから真面目に勉強した方が良い。

戦争がしたい人間なんて、現代日本においてはほぼいないよ。どの政党の支持者だろうとね。中には変な人もいるか100%とは言えないけど、98%の日本人戦争反対だよ。

当然戦場になんて行きたくないし、直接的に武器を持って戦わなくたって普通生活だって多大なる影響が出ることはわかっているんだから

ただ戦争って日本勝手やるやらないを決められるわけじゃないでしょ。いざとち狂った隣国が戦い始めたその時にどうすんの?という話をしているだけじゃん。

事実としてロシアウクライナに攻め込んだわけだし、その結果としてヨーロッパは直接は戦っていなくても資源が手に入りにくくなって困ったりしているわけでしょ。

そして中国台湾を攻めるというのは普通にあり得る情勢で、かつそんな戦争が起これば日本資源の輸入がストップする可能性がある。「戦争反対」論者はそれをどう対処するの?

対話解決できるというのなら今すぐロシア戦争止めて来いよ。中国北朝鮮を改心させて来いよ。できるんだろう?やれよ。

もちろん対話必要だしギリギリまで全力で武力衝突回避すべきだよ。それでもいざ本当に戦争が起こってしまったときにどうやって日本を守るのかを決めてないのは愚昧の極みだろ?

たったそれだけ、小学生でも理解できるようなことに対して「あいつらは戦争をしたがってるんだ」なんて唾を飛ばして騒ぐ馬鹿どもは本当に勉強しなおすべきだし、理解できるまでは政治になんか参加しないでくれ。

Permalink |記事への反応(0) | 05:50

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-02-09

外食産業消費税は2%にしよう

食料品8%がゼロになるから10-8でちょうどいいでしょ。

なんだかんだ言って、景気回復必要なのは足元産業活性化

外食バブルになってもいいから、外食産業を着火剤にして経済活動活性化させようよ。

というか食料品消費税がなくなって外食産業だけ10%だとしたら外食産業ダメージがでかすぎて大量閉店からテナント崩壊が起こってあちこち地方商業のものが消えるなくなる。

まじで日本経済に致命的なダメージになるので、それだけは回避しないと本当にやばいよね。

Permalink |記事への反応(3) | 15:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

抽象数学とか超弦理論とか

超弦理論物理として理解しようとすると、だいたい途中で詰まる。

なぜなら核心は、力学直観ではなく、幾何圏論の側に沈んでいるからだ。

弦の振動が粒子を生む、という説明入口にすぎない。本質量子論が許す整合的な背景幾何とは何かという分類問題に近い。分類問題は常に数学を呼び寄せる。

まず、場の理論幾何学的に見ると、基本的にはある空間上の束とその束の接続の話になる。

ゲージ場は主束の接続であり、曲率が場の強さに対応する。

ここまでは微分幾何教科書範囲だが、弦理論ではこれが即座に破綻する。

なぜなら、弦は点粒子ではなく拡がりを持つため、局所場の自由度が過剰になる。点の情報ではなく、ループ情報重要になる。

すると、自然ループ空間LXを考えることになる。空間X上の弦の状態は、写像S^1 → Xの全体、つまりLXの点として表される。

しかしLXは無限次元で、通常の微分幾何そのままで適用できない。

ここで形式的に扱うと、弦の量子論ループ空間上の量子力学になるが、無限次元測度の定義地獄になる。

この地獄回避するのが共形場理論であり、さらにその上にあるのが頂点作用素代数だ。2次元の量子場理論が持つ対称性は、単なるリー群対称性ではなく、無限次元のヴィラソロ代数拡張される。

理論2次元世界面の理論として定式化されるのは、ここが計算可能ギリギリの地点だからだ。

だが、CFTの分類をやり始めると、すぐに代数幾何に落ちる。モジュラー不変性を要求すると、トーラス上の分配関数はモジュラーSL(2, Z) の表現論に拘束される。

まり理論は、最初からモジュラー形式と一緒に出現する。モジュラー形式は解析関数だが、同時に数論的対象でもある。この時点で、弦理論物理学というより数論の影を引きずり始める。

さらに進むと、弦のコンパクト化でカラビ–ヤウ多様体が現れる。

ラビ–ヤウはリッチ平坦ケーラー多様体で、第一チャーン類がゼロという条件を持つ。

ここで重要なのは、カラビ–ヤウが真空候補になることより、カラビ–ヤウのモジュライ空間が現れることだ。真空は一点ではなく連続族になり、その族の幾何物理定数を支配する。

このモジュライ空間には自然特殊ケーラー幾何が入り、さらにその上に量子補正が乗る。

量子補正計算する道具が、グロモフ–ウィッテン不変量であり、これは曲線の数え上げに関する代数幾何の不変量だ。

まり理論の散乱振幅を求めようとすると、多様体上の有理曲線の数を数えるという純粋数学問題に落ちる。

ここで鏡対称性が発生する。鏡対称性は、2つのラビ–ヤウ多様体XとYの間で、複素構造モジュライとケーラー構造モジュライが交換されるという双対性だ。

数学的には、Aモデル(シンプレクティック幾何)とBモデル(複素幾何)が対応する。

そしてこの鏡対称性本体は、ホモロジカル対称性(Kontsevich予想)にある。

これは、A側の藤田圏とB側の導来圏 D^bCoh(X)が同値になるという主張だ。

まり理論は、幾何学的対象同一性空間のものではなく圏の同値として捉える。空間が圏に置き換わる。ここで物理は完全に圏論に飲み込まれる。

さらに進めると、Dブレーンが登場する。Dブレーンは単なる境界条件ではなく、圏の対象として扱われる。

弦がブレーン間を張るとき、その開弦状態対象間の射に対応する。開弦の相互作用は射の合成になる。つまりDブレーンの世界は圏そのものだ。

この圏が安定性条件を持つとき、Bridgeland stability conditionが現れる。

安定性条件は、導来圏上に位相と中心電荷定義し、BPS状態の安定性を決める。

wall-crossingが起きるとBPSスペクトルジャンプするが、そのジャンプはKontsevich–Soibelmanの壁越え公式に従う。

この公式は、実質的に量子トーラス代数自己同型の分解であり、代数的な散乱図に変換される。

このあたりから物理は粒子が飛ぶ話ではなく、圏の自己同型の離散力学系になる。

さらに深い層に行くと、弦理論はトポロジカル場の理論として抽象化される。

Atiyah公理化に従えば、n次元TQFTは、n次元コボルディズム圏からベクトル空間圏への対称モノイダ関手として定義される。

まり時空の貼り合わせが線形写像の合成と一致することが理論の核になる。

そして、これを高次化すると、extended TQFTが現れる。点・線・面…といった低次元欠陥を含む構造必要になり、ここで高次圏が必須になる。結果として、場の理論は∞-圏の対象として分類される。

Lurieのコボルディズム仮説によれば、完全拡張TQFTは完全双対可能対象によって分類される。つまり物理理論を分類する問題は、対称モノイダル(∞,n)-圏における双対性の分類に変わる。

この時点で、弦理論はもはや理論ではなく、理論の分類理論になる。

一方、M理論を考えると、11次元重力が低エネルギー極限として現れる。

しかM理論のものは、通常の時空多様体ではなく、より抽象的な背景を要求する。E8ゲージ束の構造や、anomalyの消去条件が絡む。

異常とは量子化対称性が破れる現象だが、数学的には指数定理とK理論接続される。

理論のDブレーンの電荷がK理論で分類されるという話は、ここで必然になる。ゲージ場の曲率ではなく、束の安定同値類が電荷になる。

さら一般化すると、楕円コホモロジーやtopological modular formsが出てくる。tmfはモジュラー形式ホモトピー論的に持ち上げた対象であり、弦理論最初から持っていたモジュラー不変性が、ホモトピー論の言語で再出現する。

ここが非常に不気味なポイントだ。弦理論2次元量子論としてモジュラー形式要求し、トポロジカルな分類としてtmfを要求する。つまり解析的に出てきたモジュラー性がホモトピー論の基本対象と一致する。偶然にしては出来すぎている。

そして、AdS/CFT対応に入ると、空間概念さらに揺らぐ。境界の共形場理論が、バルク重力理論を完全に符号化する。この対応意味するのは、時空幾何が基本ではなく、量子情報的なエンタングルメント構造幾何を生成している可能性だ。

ここでリュウタカヤナギ公式が出てきて、エンタングルメントエントロピーが極小曲面の面積で与えられる。すると面積が情報量になり、幾何情報論的に再構成される。幾何はもはや舞台ではなく、状態派生物になる。

究極的には、弦理論空間とは何かを問う理論ではなく、空間という概念を捨てたあと何が残るかを問う理論になっている。残るのは、圏・ホモトピー・表現論・数論的対称性・そして量子情報構造だ。

まり、弦理論の最深部は自然界の基本法則ではなく、数学整合性が許す宇宙記述の最小公理系に近い。物理数学の影に吸い込まれ数学物理要求によって異常に具体化される。

この相互汚染が続く限り、弦理論は完成しないし、終わりもしない。完成とは分類の完了意味するが、分類対象が∞-圏的に膨張し続けるからだ。

そして、たぶんここが一番重要だが、弦理論提示しているのは宇宙の答えではなく、答えを記述できる言語の上限だ。

その上限が、圏論ホモトピー論と数論で書かれている。

からウィッテンですら全部を理解することはできない。理解とは有限の認知資源での圧縮だが、弦理論圧縮される側ではなく、圧縮限界を押し広げる側にある。

Permalink |記事への反応(0) | 13:05

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

選挙マッチング工作

選挙マッチングという仕組みは、一見すると民主主義効率装置に見える。

質問に答えれば、自分政策的に近い政党候補者ランキングされる。

政治を知らない人にとっては入口になり、情報格差を縮める便利ツールにも思える。

だが、ここで一度、冷徹定義し直した方がいい。

選挙マッチングとは、政策選好の測定装置ではなく、選好の生成装置である

測っているように見えて、実際には作っている。

まりこれは、統計的インターフェースを装った政治誘導であり、より正確に言えば工作のためのプラットフォームになり得る。

 

工作という言葉を聞くと、多くの人は陰謀論連想して思考停止する。

だが工作とは、超自然的な何かではない。

単に他者意思決定を、自分に有利な方向へ動かすための設計意味する。

広告も、マーケティングも、SNSアルゴリズムも、すべて工作である

違いは、工作対象が消費か政治かだけだ。

そして政治は消費よりも致命的だ。

なぜなら、政治法律暴力装置を動かすからである

まり政治における工作は、単なる情報操作ではなく、社会支配構造設計する行為になる。

 

選挙マッチング工作になる理由は、構造的に説明できる。

まず質問項目の設計者が争点空間を決める。

争点空間とは、政治論点の座標系である

人間意見本来、高次元曖昧で、矛盾している。

しかマッチングは、質問項目を通じて意見を低次元ベクトル圧縮する。

ここで何が起きるか。圧縮とは情報破壊であり、破壊される情報設計者が選べる。

質問存在しない論点は、ユーザー政治意識から消える。

まりマッチングは「この国の政治はこの論点でできている」というフレーム強制する装置になる。

 

そしてこのフレーム設定こそが、政治操作の中核である

政治とは本質的に「何を議題にするか」のゲームであり、「どう答えるか」は二次的だ。

たとえば増税か減税か、移民賛成か反対か、憲法改正か維持か。

こうした論点を並べるだけで、政治世界観は作られる。

しか選挙マッチングは、その世界観を「中立な診断テスト」の形で提示する。

中立に見えることが最大の武器だ。これは医療診断の権威政治転用した詐術に近い。

人間は「あなたはこのタイプです」と言われると、それを自己理解として内面化する傾向がある。

心理学的にはラベリング効果自己成就予言が働く。

まりマッチング結果は、単なる推薦ではなく、アイデンティティ付与になる。

 

さらに致命的なのは質問文そのものバイアスを含む点だ。

たとえば「格差是正するために富裕層への課税を強化すべきだ」という問いは、一見公平に見えるが、すでに「格差是正されるべきである」「富裕層課税是正手段である」という価値前提を埋め込んでいる。

問いは中立な容器ではない。問い自体論理式であり、前提を含む。言語は常に誘導する。質問を作るとは、政治現実記述ではなく、政治現実編集である

 

ここで「いや、回答者自由に答えればいいだけだ」と言う人がいる。

しかしその反論は、情報理論的に幼稚である人間意見は、質問形式依存して変化する。

これは行動経済学でも統計調査でも常識だ。

フレーミング効果アンカリング選択肢提示順序、否定形の有無、尺度粒度

これらが回答分布を変えることは、何十年も実証されている。

まりマッチングは、ユーザーの「元々の意見」を測定しているのではなく、質問に曝された後の「変形された意見」を測っている。

 

しかマッチングは、最終的に「あなたはこの政党と一致度85%」のような数値を出す。

ここで人間は数値に弱い。数値が出た瞬間、それは客観的事実のように見える。

だがその85%は、設計者が定義した距離関数の結果でしかない。重み付けを変えれば順位は変わる。

質問重要度を均等にするのか、特定争点を強調するのか。政策一致をコサイン類似度で測るのか、ユークリッド距離で測るのか。曖昧回答をどう扱うのか。未回答をどう補完するのか。

これらの選択数学の衣を着た政治判断である。数値は政治意思決定の上に乗っているだけで、政治判断を消し去ってはいない。

 

選挙マッチング工作になる第二の理由は、二値化による思考破壊だ。

政治問題の多くはトレードオフである。たとえば防衛費増額は安全保障を強めるが財政を圧迫する。

移民受け入れは労働供給を増やす社会統合コストを伴う。規制緩和は成長を促すが安全性を下げる場合がある。

現実政治判断は、複数目的関数の同時最適化であり、パレートフロンティアの上での選択である

ところがマッチングは、これを「賛成か反対か」の単純なビット列に変換する。

まり政策理解する能力ではなく、反射神経を測るテストになる。こうして政治が「道徳クイズ」へ堕落する。

 

さらに悪いことに、マッチング政策一致しか測らない。

だが選挙で本当に重要なのは政策ではなく執行能力である

政治家は紙に書かれた政策を実行するだけの存在ではない。

利害調整、官僚機構制御外交交渉予算編成、法案作成危機対応政策宣言であり、実務は別物だ。

マッチングはこの現実を完全に無視し、「政策の一致度」という最も分かりやす幻想だけを見せる。

これは、料理評価するのにレシピだけを見て、調理人の腕も厨房設備無視するようなものだ。

 

工作の第三のポイントは、ランキングという形式である

ランキングは、人間意思決定強制する。上位にあるものは正しい気がする。これは認知心理学ヒューリスティックであり、探索コストを減らすために人間採用する合理的バイアスだ。

マッチングはこのバイアスを利用し、ユーザー投票行動を数候補への収束に導く。

まり多様な政治可能性を縮退させる。

これが何を意味するか。選挙マッチングは、選挙市場における需要誘導装置になる。検索エンジン上位表示商業支配するのと同じ構造が、民主主義侵入する。

 

そして最も危険なのはマッチングの背後にある主体不透明な点だ。

誰が運営しているのか。資金源は何か。質問は誰が決めたのか。政党の回答はどのように取得し、検証し、更新しているのか。候補者が嘘をついた場合にどう扱うのか。アルゴリズムは公開されているのか。重み付けは固定か。ユーザー属性に応じて変わるのか。

これらがブラックボックスなら、それは政治レコメンドエンジンであり、事実上の選挙介入である

しかSNSのように露骨ではない。教育ツールを装っている分、遥かに強い。

 

選挙マッチング工作であることは、意図の有無に依存しない。

重要なのは機能であるシステム特定方向への誘導を内蔵しているなら、それは工作機械である

旋盤意図的に金属を削っているかどうかなど問題ではない。削る機能があるから旋盤なのだ

同様に、選挙マッチング意見を削り、争点を削り、候補者を削り、最終的に投票行動を削り出す。これは政治CNC加工機である

 

そして工作の高度化は、単なる質問設計に留まらない。

もしユーザーの回答履歴が蓄積されれば、政治クラスタリング可能になる。年齢、地域職業関心領域、回答パターンから政治的嗜好の潜在変数推定できる。

これは推薦システム典型的応用であり、NetflixAmazonがやっていることと同じだ。

すると次に起きるのは、パーソナライズされた政治誘導である。あるユーザーには経済政策を前面に出し、別のユーザーには治安を前面に出す。質問の順番を変え、回答を誘導し、結果を最適化する。

まりあなた性格に合わせた政治プロパガンダ」が自動生成される。これはもう民主主義ではなく、行動制御最適化問題である

 

ここで反論が出る。「それでも政治に無関心な層が投票に行くならプラスでは?」。

だがこの反論は、民主主義を単なる投票競争矮小化している。

投票とは意思決定であり、意思決定情報の質に依存する。

無関心層を動かすこと自体が善なのではない。どう動かすかが本質だ。

誘導された意思決定は、意思決定ではなく条件反射である民主主義は、条件反射の総和を集計するための制度ではない。少なくとも理念上は。

 

選挙マッチングの最大の罪は、「政治とは何か」という理解を誤らせる点にある。

政治は、単なる政策の一致ゲームではない。政治とは、価値観の衝突を制度の中に封じ込め、暴力なしで調整する技術である

さらに言えば、政治時間軸を含む。短期の人気政策と長期の持続可能性は対立する。

インフレ抑制と景気刺激は対立する。社会保障の拡充と財政規律対立する。現実多目的最適化であり、単一の正解はない。

ところがマッチングは「あなたの正解」を提示してしまう。この瞬間、政治宗教化する。正解があると思った人間は、対話をやめ、敵を作り、道徳で殴り始める。

 

そして皮肉なことに、選挙マッチング中立ツールを装うことで、政治責任回避する。

推薦した結果が社会破壊しても、運営者は「我々はただの情報提供をしただけ」と言える。

しかしそれは、銃を売った者が「撃ったのはあなた」と言うのに似ている。形式的には正しいが、本質的には責任逃れである。推薦とは介入である。介入は責任を伴う。

 

選挙マッチングは、政治理解を深める装置ではなく、政治の複雑性を圧縮し、認知バイアスを利用し、意思決定誘導する装置である

ゆえにそれは工作である工作とは「誰かが裏で悪意を持って操っている」という陰謀の話ではない。設計された情報環境が、個人選択を体系的に変形するという、構造の話だ。

 

そして現代社会において最も危険工作とは、強制ではなく、便利さとして提供される。

人は鎖で縛られるより、最適化されることを好む。摩擦のない誘導は、抵抗されない。選挙マッチングが普及すればするほど、人々は自分政治意見を「診断結果」として受け入れるようになる。

そうなったとき民主主義は、熟議ではなくレコメンドによって動く。これは政治の消費化であり、最終的には政治のものの死である

 

民主主義を壊すのに、戦車はいらない。ランキング表と「あなたおすすめ」があれば十分だ。

Permalink |記事への反応(1) | 11:45

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

3日続いた尻から出血、無事止まる

ある日のこと、毎朝のお通じでトイレで用を足してからトイレットペーパーで拭き取るとペーパーが真っ赤に染まっていた。

切れ痔は何度か経験があったのでまた同じかなと思って席を立つと今までにないくら便器の水が赤く染まっていた。

今日は激しいな」

その時はそれくらいにしか思ってなかった。

午後にまた便意を催したのでトイレに座り、第一弾が放たれたタイミング股間から覗き込んでみると、インクをこぼしたかのように赤い色が透明の水に広がっていく様子が見れた。

切れ痔の時はもう少しポタポタといった感じだったかと思うのだが、なんというか出血の量が多い。

それでも切れ字なら大体2日程度で終わる。そう思って過ごした翌日も出血が治まる様子はなかった。

これは良くないことが起こってそうだなと思ったけど、病院で尻の穴を見せる勇気がわかずに様子を見ようと日和ったのが先週のこと。

とりあえずググった。

どうやら鮮血は基本的にまずいことはなさそうだ。

様子を見ていると常に出血しているわけでもなく、トイレに座ったばかりの頃にも出血している様子はなかった。

しかしいざ便を出すという段階になってみると、はやりトイレは赤く染まった。

更に翌朝、そして夕方と、恐怖感とともに背に腹は代えられない便を放つと、またもや今まで見たことがないくらいにトイレに鮮血が溢れかえっていた。

見た目の不安からか実際の出血からか、眼の前がクラクラとし始めた。

再び少しずつ言葉を変えながらググってみる。

しかし、やはり鮮血についてはそれほど心配がないという言葉が並ぶ。

その中で見つけた一つの単語に目が止まった。

それが「いきみすぎ」だった。

もともとお腹不安があるほうで、一度トイレに入ったら全部出しきらないと気がすまない方だった。

基本的お腹はいつも緩い。

増田でもこれまで何度か報告しているが事故を最小限に抑えるためにはやはり朝のトイレ大事だ。

そのため、トイレに座ったらまずは尻の肉を横に引っ張り、少しでも便が通りやすくするところから始める。

その後は一気に放出できるようにがっつりといきむ。

息を止めていきむので出ない時は何度も息を吸い直しながらいきむ。

それが自分にとっては普段通りだった。

そんな自分にしてみれば、「いきみすぎ」は自覚ありすぎるくらいにあった。

そうして迎えた翌日の便意

いつもより尻肉の広げ方は押さえ気味にする。

いつもならここでがっつりいきむところだが、尻の穴ではなくもっと上の方の腹筋を意識しながら、それでいて自然に便が流れ落ちるように力の入れ方を意識する。

いままでならファースト便着水の前にトイレが赤く染まり始めるが、今回はしっかりと便だけが着水している様子が見て取れた。

いきまないトイレというのも本当に久々だったが、別にそれだから難産だったということもなくトータルの時間もそれほど長くかかったということもなかった。

そうして今朝、いきまないうんこ3回目を迎えることができたが無事に流血沙汰は回避することができた。

今まで自分トイレがいきみすぎだということは考えたことがなかった。

それよりも今日一日に不安を残さないように少しでも腸内を空っぽにすることのほうが大事で、そういった不安が知らぬ間にいきみを強めてしまっていたのかもしれない。

今はこんな調子増田を書いているが、少し薄めの赤ワイン程度にはトイレを彩っていたほどの出血は、3日も続くと現実的な死の足音として感じるに十分なほどの恐怖だった。

日々トイレ脱糞の恐怖と戦っている兄弟たちの心中は察して余るほど理解しているつもりではあるが、だからといってケツに負担をかけるとそれはそれでまた別の不安につながることもある。

兄弟たちの心の平穏に少しでも役に立ちたいと思っていつもとは違うものを漏らしてしまった話を書き残したい。

Permalink |記事への反応(0) | 10:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20260209080950

比例はみらいにしたけど

その比例票は創価議員にほぼ費やされ旧民主勢力が軒並み潰され中道創価に乗っ取られたからな

そりゃ立憲支持者のお前は回避したいよな

Permalink |記事への反応(0) | 08:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

はてサ共の気分が悪くなって実にハッピー(笑)

おつかれちゃん

はてサ共。ちゃんと考えて。

オマエラが「日本の国をどうしたかたか」を。

でも、みーんな知ってるよ。


反米米帝こそジャップランド敗戦させ、今自分たち憎悪する価値観の全ての根源。オマエラが望んでいたのは国民蜂起による革命だろ(笑) だからカウンターパートナーとして中露との連携同盟属国を願ってる)

反自民(オマエラ、本当は社民の残党だろ?共産・立民におっかぶせしてるけど、政治信念はラサール(笑)と大差がない)

・反軍事(そのための予算の付け替え先としての弱者福祉。オマエラの本丸反米ものな。非武装戦国からの中露属国化はかなり好ましいよな)

・反伝統伝統が大嫌い。ジャップランド敗戦国で、その歴史経緯の前は全部「悪」という短絡さ(=過去歴史否定)。「家」で権威化している連中への否定伝統芸能が特に嫌いなのは、単に長く維持しているだけで西洋シロンボ共に評価されがち。だからジャップランドage必死否定する。その流れで一番憎んでいるのは「天皇」)

反資本主義労働こそが人間美徳。真面目さこそが人間の最大評価軸。よってIT効率化、金で金を儲けるファイナンス労働の切り売りと不真面目さの象徴たる派遣非正規雇用、それらを包括する新自由主義への憎悪


こんなのを内心の金科玉条にしている輩共がどうやって今の日本選挙で勝つんだよ。

とっとと政治亡命するか、今すぐ自分価値観を捨てて政治から離脱するか、価値観入れ替えて迎合して生きるか。まぁどれも無理だろけどなオマエラは。

オマエラの家が歴史伝統とは無縁の非権威一族で、勤怠真面目なだけの勤労で一生を終えたいのに、それを許さないようにしていった「米帝自民党新自由主義」。

でもそれはオマエラが愚鈍な真面目さしかないだけの無才のルサンチマンだってだけだからね。米帝自民党新自由主義も、オマエラには「(能動として)何もしてない」よ。受動的なことはオマエラが生き方を変えて、動きを変えて、価値観を変えれば「幾らでも回避できる」ことばっかだからね。

せいぜい逆恨みだけして、黙って消えて。もうネット発言しないで。何の意味もない、無駄なことだから

Permalink |記事への反応(1) | 02:22

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp